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#307 いつまでも分かり合えない男と女

 今日は5月31日です。明日から6月が始まります。新コロの影響でしょうか?3月から5月下旬まで新コロによる休校期間が続き、多くの学校では夏休みが極端に短くなり、遅れた授業を取り戻すことになります。小中高の夏休みは平均すると10日から15日程度に短縮されます。また土曜日に授業する学校も出てきました。最近ではエアコンを設置している学校が増えてきましたが、エアコンが無ければ真夏に室内で35度を超える中での授業は不可能です。学校の設置は地方自治体の仕事ですので、生徒が熱中症にかからないように、できるだけ早くエアコンの設置を各地町村にお願いしたいところです。
 さて、本日のブログタイトルは三流週刊誌のタイトルのようですが、「なぜ男女はいつまでも分かり合えないか」に関する面白い記事を見つけましたので転載します。かなりの長文ですが、我慢してお読みください(笑)。
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『レストランで「男性は通路側、女性を壁側」とするマナー以外の意味』
 異性と話していて、認識の違いでストレスを感じたことはないだろうか。脳科学・AI研究者の黒川伊保子氏は、「実は、とっさのものの見方が男女で違う。そのため、ストレスが生じる場合がある」という——。
※本稿は、黒川伊保子『コミュニケーション・ストレス 男女のミゾを科学する』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

<男女の視覚の守備範囲の境界線は約3メートル>
 「夫は、あれがない、これがない、と忙しい私を呼びつける」、「ドライブ中、妻にナビゲーションさせるとイライラする」、そんな経験はないだろうか。これ、実は、とっさのものの見方の違いから生じる男女間ストレスなのである。
 脳が不安を感じたとき、男性は、空間全体を把握し、動くもの・危険なものをいち早く察知しようとする。女性は、自身の周辺や、目の前の大切な存在に意識を集中する。
狩りをしながら進化してきた男性たちは、「遠く」の「動くもの」に感度が高くないと生き残れなかったからだ。
 子育てを担当してきた女性の側は、自分と子の周辺を綿密に見て、針の先ほどの変化も見逃さないセンスがいる。人間の赤ちゃんは、毛皮に覆われてはいない。生後1年も歩けない。あらゆる哺乳類の中で、最も脆弱な存在だからだ。だから女性は、「近く」を「綿密に」見るのである。男女の視覚の守備範囲の境界線は、約3メートル。男性はその外側を、女性はその内側を担当している。

<男女の立ち位置が、無駄なストレスを作り出す>
 男女で、レストランで食事をするとき、壁際の席に案内されたら、男性は通路側に座り、女性を壁側に座らせたほうがいい。ヨーロッパのマナー通りに。でも、理由は、レディ・ファーストだからじゃない。男性は、半径3メートルの外側に無意識のうちに目線を泳がせ、動くものに目線を走らせる傾向が強いからだ。お店のスタッフの動きや、向かいの客がワイングラスを傾けたしぐさなどに、いちいち目線が行く。目の前の大切な人に集中できる女性からしたら、「食事に集中していない」「自分に集中していない」と感じて不安になるからだ。せっかくのデートなのに、もったいなさすぎる。
 ショールームの設計にも気をつけたほうがいい。男性説明員が、店内を見渡せるような立ち位置で接客すると、他の客の動きに目線を取られることがあり、女性客からしたら、自分に集中していないとか、落ち着きがないように感じることがあるのだ。目線の運び方が違うことを知らないと、男性の“遠くをちらり”は、集中力の欠如に見えてしまう。
 ということは、女性が、男性に何かを説明するときも、立ち位置(座り位置)には気をつけたほうがいいということだ。男性を「他者の動きが目に入る」場所に立たせると、集中力を欠いているように見えてイラっとする。「話、聞いてるの?」と確認したくなることがある。しかし、これは、濡れ衣である。危険察知能力の高い男性脳は、目線が泳ぐのを止められない。そんな男性たちを、「他者の動きが目に入る」場所に立たせて、何かに集中させようとしないことだ。

<男性脳の三次元点型認識>
 男性は、半径3メートルの外側、ときには何キロメートル先までもが守備範囲である。その広い範囲を瞬時にカバーするには、「綿密に見る」というわけにはいかない。
あらゆる奥行きの、いくつもの点をチラチラッと見て、空間全体を把握して距離感をつかむのである。
 構造物を見るときは、角や輪郭をさっと注視し、構造を理解する。テクスチャー(面の質感)を味わうのは、その後になる。すべてを見るのではなく、かいつまんで見るわけだ。かいつまんで見るからこそ、瞬時に距離感が測れるし、ものの構造を見抜くことが得意なのである。
 一方で、「あなた、あそこに、赤い缶があったでしょ?」とか「あのとき、あの人、こんなバッグを持っていたわね」には、「わからん」「見てない」と応えることが多い。女性にしてみれば、「そっけない」「とりつくしまがない」と感じて、「もうちょっと、優しい口の利き方ができないの?」となじりたくもなるのだが、そもそも見ていないので、言いようがないのである。
 奥行きのあらゆる点をかいつまんで見て、空間全体を把握して距離感を測り、ものの構造を見抜く。こういうものの見方を三次元点型認識と呼ぶ。

<女性脳の二次元面型認識>
 うちの息子は、あきれるほど「目の前にあるものが見つけられない」のだが、道の距離感をつかむのは、達人なみだ。私が助手席でグーグルナビを見ながら、「450メートル先右折って言ってるけど、どっちの信号かな」と迷ったりすると、きっぱり「一つ先のほうだね」と言ったりするのだ。あまりにゆるぎないので、ためしに信号までの距離を口頭で言わせてみると、「200……100」というその数字が、グーグルナビの表示とぴったりなのである(!)。この能力は、めちゃくちゃ便利なので、目の前の醬油瓶が見つからなくたって、私もお嫁ちゃんも気にしない。むしろ、目の前にあるのにおろおろする、大きな熊みたいな彼は、お嫁ちゃんの愛情センサーを刺激するらしい。「カワイイ」と抱きしめてもらったりしている。
 一方、女性は、見えるものの表面を面でつぶして、なめるように見る。守備範囲は狭いが、見逃すことがほとんどない。これが女性の、二次元面型認識だ。女同士なら、旅の途中に、「レジ脇に、赤い缶、あったでしょ」「あった、あった。あれ、チョコブラウニーよ」「買えばよかったな」「じゃあ、戻ろうよ」みたいに盛り上がる。これが夫とだと、「レジ脇に、赤い缶、あったでしょ」「わからん」「あれ、気になって……」「それは何だ?」「わからないけど」「……」みたいになる。夫とは旅が盛り上がらないと、妻たちが感じる所以(ゆえん)だが、夫にしてみても、ちんぷんかんぷんなのだろうなぁ、この会話。会話がすれ違う前に、「見ているもの」がすれ違っているのである。

<男女は、究極なまでに効率的なペアの装置>
 夫に道を教えていて、「あなた、あの青い看板」と指さしているのに、「どこだ?」と言われて困惑することがないだろうか。50~60メートルの射程距離だと、とっさに、男女の見る場所が数メートル程ずれることがある。男性が向こう、女性は手前に。さらに、最初に見た場所に目当てのものがないと、男性はさらに遠くへと目線を走らせる。逆に、女性は手前に目線を走らせる。つまり、男女の目線は、けっして交わらないのである。男女は、感覚的に道を教え合うのには、向いていないのかもしれない。
 逆に言えば、究極なまでに効率的な「ペアの装置」なのだと思う。互いの守備範囲をキッパリと分け合って、無駄がない。冷蔵庫の扉を開けた瞬間も、男女で目線の走らせ方が違う。
 男性脳は、奥のほうを中心に、まばらに見ながら、危険な物をピックアップしようとしている。女性脳は、見えるものの表面をなめるように見て、目当ての物を見逃さない。当然、「目当てのものを見つけ出す速さと確度」は、後者に軍配が上がる。その代わり、男性は「賞味期限切れの食品」を見つけ出して、家族を危険から守ってくれるのである。公平に見れば、どちらも家族の役に立っている。妻目線で見れば、「頼んだマスタードは持ってこれないくせに、賞味期限切れの海苔の瓶を持ってくるって、どんな嫌がらせ!?」となるのだけれど。

<男女脳論はマーケティングにも応用できる>
女性は手前、男性は奥。
この話を、あるドラッグストアの店長会でしたことがある。すると、3カ月後、ある店長さんから、報告をいただいた。「女性向けの商品の販促展示を、レジの後ろの棚から、レジ前に変えた。それだけで、月間40本ベースの売り上げが、300本ベースに跳ね上がった」と。この逆もある。美容室で、男性向けの商品を目の前に置いておいても、一向に興味を示してもらえなかったのに、棚に飾ったとたんに気づいてもらえた、というようなケースだ。商品の飾り方、ポップやポスターなどの販促ツールの置き方も、男女でツボが違う。違うとわかれば、話は簡単である。女性向けなら女性スタッフに、男性向けなら男性スタッフに、「目につく場所」を指摘してもらえばいい。
 男女の脳の「とっさの使い方」の違いを知ることは、コミュニケーション・ストレスの解消だけではなく、マーケティングにも有効なのである。
(https://president.jp/articles/-/35713)
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 上記の主張が正しければ、男女お互いの違いを知って会話をしたり共同作業をすることは有益となります。また夫婦喧嘩などの防止にもつながります。要するに男女の考え方、感じ方が根本的に異なっており、それを理解しないでは同じ土俵で議論できないということでしょう。
 それにしても、いつまでも分かり合えないのが男女の心。それゆえに男女のテーマは古来より文学や音楽など広く芸術の対象になっています。今後も永遠に続く人類の大きなテーマとなっていくことでしょう。

2020年05月31日

#306 空港ピアノ

 現在緊急事態宣言が続いている東京、神奈川、埼玉、千葉の首都圏1都3県と北海道に週明けには解除宣言が出されるようです。ようやく日本中が平常に戻りつつありますが、新コロ以前の生活になるにはかなりの時間が必要になるようです。ワクチンや特効薬の開発に時間がかかり、それが世界中に普及するまでにかなりの月日がかかるでしょう。
 そのような中で東京オリンピックの来年開催が10月に判断されるというニュースが先日報じられました。10月の時点での判断は早すぎる気がしますが、オリンピック開催の準備のためには多くの時間が必要とされますので、10月を最終判断としたのでしょう。来年開催することができなければ中止となります。今の新コロ状況が続けば、中止の可能性が高く、日本がオリンピックにつぎ込んだ努力や経費はすべて徒労になります。そうならないように新コロが少しでも早く収束するように、日本だけでなく世界中が協力して感染症に対して防疫体制を整えませんと、第2、第3の新型ウィルスが発生し、その度に同様の緊急事態宣言が出されることになります。
 さて、このような緊急事態の時にこそ心にゆとりを持ちたいものです。多くの県で緊急事態宣言が解除されましたが、それでも自宅で過ごす人がまだ多い状態で家庭内暴力を始めとする様々な問題が生じました。また「自粛警察」のような極端な正義感を振り回す輩も発生しています。それらの原因を一言でいうと、「心に余裕がない」ということでしょう。心の余裕を取り戻すために、音楽を聴くことをお勧めします。一人で、または家族や友人と共通の音楽を聴くことで、心にゆとりが出て人間本来の優しさを取り戻すことができます。
 私のお勧めはNHKのBSで放送されている「空港ピアノ」という番組です。日本だけでなく、アメリカ、欧州、オーストラリアなどの空港にピアノが設置されており、老若男女や年齢にかかわらず誰でも自由にピアノを弾くことができます。ピアノを始めた幼い子どもからクラシック音楽のプロの演奏家やバンドのピアニストなど飛行機の待ち時間などを利用して好きな楽曲を弾くことができます。演奏の終わりにピアノにまつわる思い出やピアノを弾きはじめた理由など一言感想を話してくれます。
 音楽は世界共通の言語です。自分の好きなジャンルの音楽を聴くことで、ストレスを解消し、リラックスすることができます。もちろん音楽だけでなく、その他の芸術やスポーツなど心身ともにリラックスし、明日への活力になるものがあれば幸いです。どんな状況に置かれても心の平静さを失わないような術(すべ)が必要になると、新コロは教えてくれています。「災い転じて福となす」という心がまえが必要な今日この頃です。

2020年05月24日

#305 音楽の泉

 今日は朝から快晴です。昨日の大雨とは異なり、湿度の低い爽やかな五月晴れとなっています。緊急事態宣言の終了に伴い、全国各地では少しずつ街の賑わいが戻りつつあるようですが、それに伴い新コロの第2波の到来が懸念されています。緊急事態宣言は終了しましたが、新コロが終息したわけではありませんので、やはり個人の行動自粛が一番です。
 さて日曜日の朝は時々寝床でラジオを聴くことがあります。朝8時ごろにラジオのスイッチを入れるとNHKの朝のニュースの後で「音楽の泉」が始まります。毎回1作品を特集してクラシック音楽を一般のリスナーに分かりやすく解説し、その曲の構成やモチーフ、作曲家の生い立ちや人生観、作曲の背景にある文化的な営みなど普通のクラシック音楽番組では放送しないような些細にいたる情報を与えてくれます。
 30年以上にわたって「音楽の泉」を担当された皆川達夫さんが4月19日に永眠されました。私は「音楽の泉」を20年以上も何となく聞いていましたが、皆川さんの語る作曲家の人物像を聞きながら皆川さんの姿を想像していました。声色から判断すると、ふっくらしたお顔で眼鏡をかけており、髪は少なく、好々爺の姿をイメージしていました。
 ところが先日NHKのテレビで皆川さんの特集番組をたまたま拝見しましたが、声からくるイメージとは全く異なり精悍な顔つきの方でした。また彼の経歴を拝見しますと隠れキリスタンとグレゴリオ聖歌の関係を研究するなど、音楽の様々な分野にわたる幅広い知識を屈指してクラシック音楽の普及に努めてこられました。
 先日の西日本新聞のコラム「春秋」に皆川さんに関する記事が載っていましたので、ご紹介します。。

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西日本新聞5月14日付「春秋」より
『ラジオ長寿番組の一つにNHK第1の「音楽の泉」がある…』
 ラジオ長寿番組の一つにNHK第1の「音楽の泉」がある。1949(昭和24)年に放送開始のクラシック音楽入門番組。日曜の朝、布団の中で聴くとトロトロ気分で二度寝に誘われる
▼シューベルトのピアノ曲「楽興の時」に乗って、今年3月までは「お話は皆川達夫さんです」の案内で始まった。西洋音楽史家皆川さんの柔らかな、それでいて枯れた語り口に長く親しませてもらった
▼3月29日の放送の最後に「体調にやや不安を覚えるようになりました」と番組を降りられた。88年に解説役になって31年余り。クラシックの魅力を分かりやすく楽しく淡々と伝えてきた
▼著書も多い。「洋楽渡来考」という表題も。最初に渡来した西洋音楽はどんなものだったのか。皆川さんの渡来考は、隠れキリシタンが口伝えで継いだ祈りの歌「オラショ」研究に及んだ。オラショとグレゴリオ聖歌との関係を明らかにしてイタリア政府から功労勲章を受けている
▼学術的業績を、隠れキリシタンの里・長崎県平戸市の生月島を何度も訪ねて積み重ねた。西洋からの古楽が形を変えて継承された史実は、研究者の心を熱くした。「長く厳しい弾圧の中、歌い継がれてきたことは奇跡に近い」。そんな言葉が本紙に載ったこともある
▼番組を終えて約3週間後に老衰による訃報を聞いた。92歳。九州の小さな島で掘り起こした音楽の古い泉を、探究心の源泉にした人だった。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/608146/
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 音楽は人の心の琴線に触れる文化です。そのジャンルが何であろうと生活に密接した文化です。世の中が平和でなければ音楽の隆盛はありません。新コロの影響でコンサートやライブがすべて自粛されていますが、すべての音楽家にとってこれは悲劇です。新コロで外出し難い今、部屋で好きな音楽を聴いて心を潤いを取り戻しましょう。
 長年にわたりクラシック音楽の魅力を伝えた皆川達夫さんのご冥福を心より祈り申し上げます。

2020年05月17日

#304 志村けんと台湾

 奄美地方では今日梅雨入りとなりました。九州地方はおよそ4週間遅れで梅雨入りとなります。蒸し暑い中でマスクをすることは辛いものがありますが、新コロの感染予防には仕方ありません。
 ところでブログ#294で志村けん死去について述べましたが、海外の人々、特に台湾の人々には大きな悲しみが広まっています。その記事をPresident Onlineから転載します。

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『台湾最古の報道機関だけが知る志村けんが同国に愛された理由』
<変なおじさんはもう見られないと台湾が泣いた>
 志村けんさん(享年70)が所属していた事務所であるイザワオフィスが、4月18日から同社のYouTubeチャンネルで、1987年から96年まで放送されたコント番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』を再編集した動画10本を、順次公開すると発表した。現在公開中の動画で見ることができるのは、「ご存知!!じいさんばあさん」「変なおじさん」などのコントだ。
 これらのキャラクターを演じた志村さんが日本はもちろん、台湾の人々の心にも深く刻み込まれていることは、よく知られている。
 彼が台湾で不動の人気を得ていく経緯については、それを後追いで「学習」した世代の台湾人や日本人が語る記事が、志村さんの死後にいくつか掲載された。
 しかし、志村けんというコメディアンの存在が初めて現地の人々に認知され、やがてしっかり根を下ろしていったリアルな様子が、まさに同時代人として実体験した台湾人の口から語られたことはまだない。
 そこで、台湾最古の報道機関である中央通訊社、東京支局長の楊明珠氏(56)に話を聞かせていただいた。
 彼女は台湾の淡江大学日本語学科を卒業後、91年に東京外語大学大学院の修士課程を修了。2006年に中央通訊社東京特派員として再来日し、11年から現職にある。志村さんの死去時には、彼女が台湾に向けて配信した第一報や人物評が多くの現地メディアに掲載され、「日本喜劇泰斗 告別人生舞台」(日本のコメディーの第一人者が、人生に別れを告げた)。「『怪叔叔』成絶響」(「変なおじさん」は、もう見ることができない)といった見出しが躍った。
 では時計の針を一度、1980年代に戻してみよう。

<台湾人たちはどうしても日本のテレビ番組が見たかった>
 台湾では87年まで戒厳令が敷かれていて、解除されるまでテレビ局は3局しかなかった。
「それらの局で放送される番組はすべて政府が検閲していましたから、堅苦しい、面白くもおかしくもない内容ばかりで」(楊明珠氏。以下同)
 さらに72年の日中国交正常化を機に、台湾のテレビ番組では日本語の使用が禁じられていた。
 「日本の番組が放送できないのはもちろん、たまたま日本語が出てくる場面では、音が消されていたんです」
 ところが80年代に入ると、この状況に風穴があく。特殊な機器をつけて日本や香港からの番組を違法受信する人が出てきたり、日本の番組を録画した海賊版ビデオがレンタル店に並び始めたりして、誰もが争って日本の番組を見るようになりました」
 志村さんの死後に出た一部の記事には、そうした海賊版ビデオ人気の根底に、台湾庶民の反政府的な意識が働いていたとするものもあったが……。
 「あの時代の空気を肌で知る人間としてはっきり言えますが、それはかなりうがった見方ですよ。血の通った憩いに飢えていた当時の台湾人は、日本のドラマやお笑い番組、歌番組などが持つ自由な雰囲気を本能的に求めたんです。例えばあの頃、お腹を抱えて笑えるような台湾のテレビ番組なんてひとつもなかったですから」
 当時の海賊版ビデオは、家庭で楽しまれたのはもちろん、台湾ならではの視聴環境もあった。
 「私の大学時代、『MTV』が大流行していました。アメリカの音楽専門チャンネルとはまったく関係なくて、日本でいう個室ビデオ店。とはいっても健全な雰囲気で、店内でいろいろなジャンルのビデオが安く借りられ、その中に日本の番組を録画した海賊版ビデオもたくさんありました。よく友人たち5、6人であれこれ借りて、同じ部屋で一緒に見たものです。当時は学生寮住まいで、ビデオデッキなんてなかったですから」

<ドリフの海賊版ビデオに中国語の字幕>
彼女がブラウン管を通して志村さんの姿に初めて触れたのは、そのMTVか、もしくは大学入学の直前、日本のことを勉強しようとレンタル店から借りてきたあらゆるジャンルの海賊版ビデオを自宅で見漁っていた頃だったと記憶している。
「時代を考えれば、『8時だョ!全員集合』や『ドリフ大爆笑』のコーナーだったと思うんですが、いっぺんでファンになりました。志村さんがコントで演じる人物は、見た目や表情も含めみんな個性が強くて、深く考えなくても笑えますから」
海賊版とはいえ、日本の番組には中国語の字幕が付いていることがほとんどだったという。しかし、細かいニュアンスまで伝わるほどの質は期待できず、文化の違いもあるので、言葉で笑わせるタイプの芸人の面白さは伝わりにくい。その点、キャラクターが強烈な志村さんのコントは、外国人にも理解しやすかった。
ただ80年代のドリフターズや志村さんの番組には、共演者とのセクシャルなやりとりや、上半身裸の女性がしばしば登場していた。女性として、そんな場面に不快な思いなどなかったのだろうか。
 「そもそもアンダーグラウンドなビデオを見ているわけですし、これぐらいのことはあるだろうって無邪気に笑っていましたね。特に男性は、ああいったエッチなシーンにある種の解放感を覚えていたみたいですよ」
志村さんの笑いには性別はもちろん、世代も言語も問わず見る者を引きつける磁力がある。
 「志村さんお決まりのフレーズだった『なんだ、チミはってか?』や『だっふんだ』は、老若男女誰もが真似しました。これはかなり珍しい現象で、台湾人や日本人の他のタレントや芸人が発したフレーズが台湾全土的な流行語になったことは、私が知る限りありません」

<台湾総統も志村チルドレンの一人だった>
 志村さんの影響を受けたのは、一般人だけではない。
 「タレントの陽帆は、志村さんの『ひとみばあさん』(台湾での表記は『瞳婆婆』)をそっくりコピーした『陽婆婆』のキャラクターでブレイクしましたし、胡瓜という芸名の超有名司会者は、志村さんへの尊敬の念を公言しています。志村さんが台湾を訪れたときに自身のバラエティー番組で共演したこともあり、細かいところにまで真剣にこだわる真面目な仕事ぶりに、改めて感銘を受けたそうです。彼の場合は外見的な真似はしていないのですが、女性共演者へのちょっかいの出し方の感じなんかが、志村さんそっくり。食事を共にしたこともあって、志村さんが台湾式に紹興酒へ干し梅を入れて飲んでいたのが印象的だったと語っています」
 さらには志村さんの死去時、「志村けんさん、国境を超えて台湾人にたくさんの笑いと元気を届けてくれてありがとうございました。きっと天国でもたくさんの人を笑わせてくれることでしょう。ご冥福を心から祈ります」と日本語でツイートした蔡英文総統(63)も、間違いなく志村チルドレンの一人だという。
 「彼女は親日派だし、世代的にも志村さんから笑いの洗礼をたっぷり受けているはずですからね。話題になったツイートに添えられた桜の写真は、ちょうど志村さんが亡くなった3月29日に関東で雪が降ったとき、私の知人でもある台湾紙の東京特派員が調布で撮影したものなんです。何枚か撮った写真のひとつを自分のフェイスブックに上げていたら、台湾政府筋から連絡があって提供の要請を受け、内容に一番ふさわしい別ショットを送ったそうです。ツイートの文面にしても、日本語で書かれたことを含め、蔡総統の個人的な強い思い入れがあふれていました」

<台湾人たちがシビれた「志村大爆笑」>
 87年の戒厳令解除に続き、92年に日本の番組が解禁されると、台湾のテレビ局が正式に購入した『志村けんのだいじょうぶだぁ』(台湾名は「志村大爆笑」)などが放映されるようになった。それらは長年にわたって繰り返し再放送され、志村さんの人気をさらに強固なものにしていった。
 そして『喜劇泰斗』(コメディーの第一人者)としての地位の総仕上げになったのが、00年代に放映された日本と台湾を結ぶ日本アジア航空(08年に日本航空が吸収合併)のCMシリーズだ。日台ハーフ俳優の金城武と共演したそれらは日本のみでの放送だったが、志村さんが台湾の魅力を伝えるCMに出演したことは現地でも大きな話題となり、ワイドショーなどで映像が流されたという。
 「大スターの志村さんが台湾を紹介するCMに出てくれるだけでもうれしいのに、故宮博物院のようなありきたりで気取った名所ではなく、金城さんと二人で年代物の原付バイクやローカル列車に乗り、屋台のおじさんや行商のおばちゃんから胡椒餅とか釈迦頭(台湾の有名な果物)を買うといった、地元の庶民の暮らしを体験する設定に、台湾人はしびれたんです。撮影で使われた某ロケ地には、今でも志村さんと金城さんが写った当時の日本アジア航空の広告ポスターが張ってあるとか。『志村けんがここで撮影した』というのは、何よりのPRになりますからね」
 最後に、ある余談をひとつ紹介して、結びとしたい。「志村さんの死が発表された(亡くなったのは29日深夜)のと同じ3月30日、台湾の行政院長(首相に相当。国政の実質No.2)や国防部の参謀総長(日本の統合幕僚長に相当)を歴任した、高名な軍人・政治家の郝柏村氏が100歳で亡くなりました。ところが台湾メディアでの扱いは、志村さんの死のニュースのほうがはるかに大きかったんです。でもその差こそ、台湾の一般的な庶民感情の表れなんですよ」もちろん郝氏の死去を受け、台湾総統府は公式な追悼声明を発表した。しかし、蔡英文総統自身は志村さんに対してしたように、郝氏への惜別メッセージをツイッターで綴ることはなかったのである。
(https://president.jp/articles/-/35070)
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 志村けんさんが日本人だけでなく、台湾の人からも熱烈に愛されていたことが、この記事を通してうかがえます。ドリフの「8時だよ全員集合」や、その後の「大丈夫だあ」当の番組を通して、彼が奇想天外な発想をしてお茶の間に笑いを提供し続けたことが、今更ながらすごいことだと思えます。彼のくだらない笑いには国境や世代を超えた何かがあるのでしょうか。とにかくすごい人物を失ったものです。改めて志村けんさんに追悼の意を表したいと思います。

2020年05月10日

#303 中国人が見た日本の教育

 今日は久しぶりに朝から雨が降っています。毎年5月3日、4日は福岡でドンタクパレードが催されますが、この両日は雨が降る確率が高くなります。今年は新コロの影響でドンタクパレードが中止になりました。
 さて大型連休の後半に入りましたが、新コロのために外出自粛要請のために多くの人が自宅で過ごされることでしょう。散歩等の外出は可能ですが、遠出は厳しい状況にあります。そこで「近場旅行」を勧めたいと思います。「近場旅行」と言っても、ただの「近所の散歩」のことです。自宅の周囲を散歩することで、今まで気づかなかった通りの花壇や屋根瓦の色や、木々の新緑など様々なことに気づくことができます。普段は通らない道を歩いたり、普段散歩する時間帯を変えることで、何気なく見過ごしていた近所の景色を満喫することができます。
 さて面白い記事を見つけましたので転載します。中国人が見た日本の教育についての記事です。かなりの長文ですが中国人の本音が分かります。

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『中国人ママが驚いた日本の教育「ゆとりと思ったら……慶応ボーイ?」「謎の謙譲語トーク、まねできない!」』
 日本に暮らす外国人、中でも、中国国籍の「華僑」と日本国籍に帰化した「華人」の数は合計100万人に迫っています(法務省調べ)。日本に連れてきたり、生まれたりする中国にルーツを持つ子どもが増える中、気になるのは教育です。「ゆとり教育と言っても、日本の受験戦争は激しい」「成長するにつれて、子どもたちは中国語を話せなくなった」。日本で子育てをする中国人の母親の本音を聞きました。

<日本の「ゆとり教育」は本当だった?>
集まったのは以下の4人です。
・方さん(30代、吉林省吉林市出身、一人娘3歳)
・孫さん(仮名、40代、北京市出身、息子二人、長男は21歳、次男13歳)
・王さん(仮名、40代、四川省成都市出身、一人娘8歳)
・記者自身(30代、浙江省出身、息子二人、長男7歳、次男2歳)
中国の教育はよく「詰め込み教育」と批判されています。海外の「ゆとりのある教育」は中国人にとっては羨ましい存在です。日本に来て新鮮だったのは、保育園や小学校の運動会で個人に順位をつけないことだったと言います。
「子どもたちは『紅組』と『白組』に分けられ、2組しかないのに、結果は『優勝』と『準優勝』。つまり、みんな賞がもらえるわけです」(方さん)
日本で義務教育を受けたことがない母親にとって、日本の学校の第一印象は「競争を強調せず、ゆとりがある」ことだったと口をそろえます。
「公立学校の授業もかなり分かりやすく、宿題が少ないです」(王さん)

<「中国にはいない慶応ボーイ」>
一方、日本の教育からは「ゆとり」だけではない面も感じたそうです。
「日本の塾は、受験対応のシステムとして非常によく出来上がっています。日本のエリート選抜は小学校、だいたい10歳の時点で始まっており、中国よりはるかに早いです」(孫さん)
中国の教育の場合、中学、高校に上がる際の試験(「小昇初」と「中考」)がありますが、人生の運命を決める最も重要な試験は、「高考」と呼ばれる大学入試です。学生と親にとって、「高考」は非常に大きなプレッシャーになります。日本の場合、有名私立大の付属校に合格できれば、ほとんどの人は、そのまま大学に進学することが保証されます。極端な場合、幼稚園に入った時から、人生がほぼ決まるケースもあります。
「『慶応ボーイ』のような存在は、中国ではなかなか考えられません」(王さん)
早くから選抜が始まることは、それだけ、チャンスが多いとも言えます。
「親として、子どもにチャンスが多いほうが安心」(孫さん)という気持ちもあるようです。

<中国語で話しかけても日本語で返事>
外国にルーツがある家庭ならではの悩みとして、語学があります。
孫さんの場合、数年前に一時帰国し、次男は小学校4年生の時に再来日したのです。
「再来日した次男は最初、日本語が分からず成績がよくありませんでした」
その後、塾にも入り、成績がぐんぐん伸びましたそうですが、一番よかったのは「本を読むこと」だったそうです。
方さんは「できれば中国語を娘に教えたい」と話しました。娘は3歳で、家では中国語をよくしゃべりますが、保育園での時間が長いので、日本語のほうが上達しているそうです。王さんは夫が日本人で、家で使うのは日本語。「娘に中国語で話しかけても、日本語で返事されます。家庭で中国語を教えるのは難しいと感じています」
記者の場合、子どもが生まれてから家で中国語を話すことを徹底したので、子どもが中国語を話すことは問題ありません。しかし読み書きになると、親が教えることに限界も感じます。

<「子どもが、中国人だと認めたくない」>
中国語への不安に対応するため、最近では「出前」の「中国語教室」が増えています。
「出前」の「中国語教室」では、近所同士の華人がお金を出し合い公民館やマンションの会議室を借り、中国語の先生を呼んで、子どもたちに授業をします。「親としては、中国語を覚えさせたいのですが、教室が開けるのは1週間にせいぜい1回か2回くらい。小学校に入ったら、子どもたちは日本語のレベルがどんどん上がるのに、中国語は話せなくなってしまいます……」(記者)
「中国語の先生を確保したり、教えるレベルを確認したりするのが難しい」(王さん)
「日本は、中国人のための学校である中国人学校が圧倒的に足りないですね」(方さん)
気になったのは、自分から中国語をあまり話さない子どもがいることです。「日本社会の雰囲気として、中国への評価はあまりよくないため、中国人だと認めたくない子どもが多いようです」(王さん)
「子どもに対しても、中国を蔑視するような言葉を使う人がいるため、親としてとても心配です」

<「お土産を持って遊びにくるなんて」>
新型コロナウイルスの影響で外出自粛となる前、中国人の母親たちが驚いたのは、スポーツが盛んなことです。
「週末になると、子どもたちが公園やグラウンドで走ったり、スポーツをしたりして、とても健やかな感じですね」(方さん)
「日本のほとんどの小学校、少なくとも東京では、プールが配備されていて、健康にいいですね。中国では、学費の高い私立の小学校でない限り、なかなかプールはないです」(王さん)
「子どもの礼儀が正しく、教養の高さが伝わります。なにより校舎が綺麗です」(方さん)
孫さんが驚いたのは、息子の同級生が孫さんの家に遊びにきた時のことです。みんな飲み物やハンカチなどを持参してきます。初めて訪問する場合は、お土産までを持ってくる子がいるそうです。中国の親、特に今、母親たちが子どもだった時代には、そこまで気にかけることはなかったそうです。「身だしなみというか、礼儀というか、男子学生も自然にできていて、とても感心しました」

<LINEグループの謙譲語トーク「まねできない」>
最後に「日本の学校のここが変」について聞きました。
孫さんは、PTAに積極的に参加し、日本人の母親との交流も多い方です。日本に長年生活してきたとは言え、いざ「深い」交流が始まると、慣れない、あるいは「変なところ」に気付くことがあるそうです。
ある日、次男の学校にインド人の子どもが入学してきました。インド人の両親は日本語がわからず、子どもも日本語が話せませんでした。すると、ある日本人の母親が「日本語ができなかったら、インター(インターナショナルスクール)に行きなさいよ」と言ったのです。「そのお母さんは、私(孫さん)も外国人だと意識せずに話したと思いますが、自分の子どもがもし日本語が分からなかったら入学する資格もないのか、と思い黙り込んでしまいました」
また、日本人の母親は自分を低い位置に置くことが多いのも気になったそうです。
「ウチは散らかってて…」とか、「うちの子、全然やらなくって」「そうそう、うちもなのよ」などの会話がよくあるそうです。
「同じライングループに入ると、謙虚というか、お母さんたちがほかの人を『褒めて』、自分のことを『下げる』ことが多く見られます。あの謙譲語の使い方は、まねできません」(孫さん)

<架け橋になってくれる子どもたち>
「異常な」ほどプライバシーに気を遣うことも「日本ならでは」と言います。
「学校でしか配らない小冊子でも、子どもの顔がわからない写真が使われてびっくりしました」(孫さん)
孫さんが次男に、友だちの受験校を聞くと「プライバシーだよ。知らない。聞けない。知っても教えられない」という回答が帰ってきたそうです。
「集合写真に子どもの顔を出さない親もいると聞きました」(方さん)
一方、王さんは「中国では子どもが誘拐されるケースもあるので、多少度が過ぎたと思っても、我慢はします」。
母親たちの話からは、日本と中国には、少なくない違いがあることが見えてきました。そして、その違いを実際に受け止めているのは学校に通う子どもたちです。孫さんの次男は小学生高学年のため、差異の部分をしっかり感じとっているようです。「日本の学校では音楽やスポーツも重視するし、多くの新鮮なことに触れる機会が多いです。先生が何かを直接教えるというより、学生は自分たちが考えて問題解決に取り組むことも多いですね。(次男が)授業に出る漢詩を中国語で読んだり、中国語の意味を補足して説明し、中国の文化を紹介したりして、架け橋的な役割も実現している」そうです。
記者の長男も保育園時代から、クラスメートの日本人、ロシア人、マレーシア人のお友達と仲良く遊んでいることが多いです。親の戸惑いはあるものの、子どもたちが両国の架け橋になるよう、大人同士も交流を深めていきたいと思っています。
(https://withnews.jp/article/f0200503001qq000000000000000W02311101qq

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 外国人から見た日本人像は良い意味でも悪い意味でも私たちが普段気づかないことを教えてくれます。日本人とは何かを考える意味で参考になる記事です。それでは残りの大型連休を自宅や近所旅行で満喫しましょう。

2020年05月03日

#302 頑張れ日本人!

 緊急事態宣言の延長を政府は現在考えており、ひと月ほど延長するようです。それに応じて、すでに5月7日、8日の休校を多くの都道府県で実施する予定ですが、おそらく大半の学校が5月末までの休校となることでしょう。
 さて私が勤務しています明光学園では昨年度よりICT教育を進めており、中3と高3以外の学年は全てiPadを持っており、このディバイスを使用して授業を実践している先生もいらっしゃいます。今日は今後のICT教育(オンライン教育)を進める上で希望者に研修会が実施されました。
 本稿の生徒が使用するアプリは「ロイロノート」、Google Drive、そして双方向会議用のZoomです。オンライン教育として必須のアプリとなっています。それぞれのアプリの特性を認識して、新コロによる休校の延長に備えて教師全員がアプリを利用できるように頑張らなければなりません。ゴールデンウィークを利用して私も使いこなすことができるように頑張ります。
 ところで、北海道を除いて、東京や大阪など感染者が少しずつ減少を始めました。収束に向かう兆候が少しづつ見えてきました。この日本人の行動に対して世界から称賛の声が聞こえています。「【海外の反応】パンドラの憂鬱」より引用します。

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海外「これが日本との差だ!」米紙『日本は欧米とは違い強制力なしで感染減少に成功』
 世界中で感染の拡大が続く新型ウイルス。どこの国であれ、現状正確な感染者数を把握するのは難しく、感染者の数はあくまでも拡大状況の参考程度となるでしょうが、米大手紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は、ここ最近の日本の感染状況などに注目。1日の感染者数がピーク時に比べ減少している事などから、「強制的な手段を使わずとも、日本の感染者は大幅に減少」というタイトルで、欧米とは違い罰則付きの都市封鎖をせずとも、国のトップが要請をすると、国民がその要請を受け入れ、さらにそれにより一定の成果が出ていることを伝えています。WSJの記事に対し、アメリカ人から1日で500を超えるコメントが。日本人の規律に対する称賛の声、アメリカ社会への不満の声など、様々な意見が寄せられていましたので、ご紹介します。

■ 日本人は癇癪を起こすことなくちゃんと政府の方針を聞くし、
  今何が必要なのかが分かってるからだろ。 +22

■ 残念ながら俺たちは要請を理解出来るほど頭脳明晰ではない。 +4

■ 日本人は前からマスクを着けてるし、握手もしない。 
  お金やクレカは手渡しじゃなくてトレーに置く。
  そして礼儀正しくて、清潔。
  私が見た限り、日本の通りや空港は本当に清潔だった。
  日本人は個人の利益より集団の利益を優先するのよ。 +233

■ 国のトップが国民に自粛を求め、国民がそれを受け入れる。
  結局国への信頼感が私たちとは違うのでは。 +2

■ 日本人はアメリカ人より高い規律があって人間として成熟してる。
  こっちとは違って甘やかされた環境を求めてないしな。 +6

■ スウェーデンと同じだよね……。
  国民に賢明な人たちが多いと要請でも成立するんだ。

■ 「従順」はアメリカの伝統ではない。良くも悪くも。 +2

■ 他の国では見られない文化がある事を見逃してはいけない。
  つまり、彼らには高い自制心があるんだ。
  そしてそれは多くの国では見られないものだ……。 +3

■ だって日本人はちゃんと政府の指示に耳を傾けるもん。 +5

■ 規律、倫理、礼儀に関して、日本は他のどの国とも違う。 +7

■ 日本には高度に発展した社会がある。
  日がな一日大統領を責め続けてるアメリカ人とは違うんだ。
  ところで、アメリカはあらゆる面で成功を収めたけど、
  医療システムと免疫に関しては失敗してしまったね。
  ヘルス(健康)=ウェルス(財産)なのに。 +6 インド

■ 日本人はコミュニティや集団を俺たちより大切にしてるしな。
  アメリカ人は自分に不便が及ぶ事を許さないんだ……。 +6

■ だけど一日何人検査をしてるの?
  最後に聞いた時、日本は大規模な検査はしてないようだったよ。
  それもオリンピック開催のためだったって。 +4

■ 国民が政府の要請を聞くんだろ? アメリカじゃ不可能さ。 +2

■ アメリカとは違って日本人は小さい頃から、
  自分は特別な存在ではないという事実、
  そしてどんな時も冷静に行動する事の重要性を学ぶ。
  とは言え、オキナワで数年間暮らしてた頃に、
  路上でデモ活動をしてる人たちを見た時は、
  何でも自分の思い通りになると信じてる、
  大きな赤ん坊を見てるような気分になったけどね。 +13

■ だって日本人ってそういう人たちじゃん。 +1 ベトナム

■ 名誉を大事にして見苦しい行動は取らないんだよね。 +2

■ ドイツ人と日本人は高い衛生意識があるし、お上に従う。
  路上でゴミをポイ捨てすることもしない。 +1

■ 日本人ほど高い規律を持つ国民はいないからねぇ。
  アメリカ人は自分の権利を主張してばかりだし。 +2

■ 何で日本では自粛要請が機能してるかって?
  世界にあるのは「日本」と「それ以外」だからだよ。

■ これは本当に興味深い!
  集団主義と個人主義の違いの完璧な例じゃないかな🤔 +2

■ アメリカでも自粛「要請」を試みたけど、誰も聞かなかった。
  だから次のステップに移行するしかなかったんだよ。 +12

■ それはフェイクニュースだ。
  自分の地元では社会的距離を実践し始めてたよ。 +4

■ 日本はスウェーデンよりはるかに模範的だと思う。
  スウェーデンの報告には偽りがある。 ポーランド(中国出身)

■ この前地元で「我々に自由を」ってデモをしてる集団を見たわ。
  自粛「要請」なんてアメリカ人は聞かないだろうな。 +9
  

■ 国民がちゃんと政府の指示に従うなら、
  本来強制的なロックダウンなんて必要ないんだよね。 +42

■ 日本で感染者が減ったのはここ数日だけ。大げさな報道はやめるんだ。

■ 理由は明らかだよ。
  日本の場合は国民に教養があり、社会には礼儀がある。
  それがアメリカとの差だ。 +35

■ 日本人は他者を思いやる気持ちを以前から持っていた。
  私は日本のそういった面が大好きなんだよね。
  他者にどう接するべきなのかについて、
  日本にいる頃に沢山のことを学んだよ。 +2

■ つまりこのバカげたロックダウンは必要ないってこと? +23

■ この国にいるのは日本人じゃなくてアメリカ人だけどね。
  日本人は集団の幸福を大事にしてるし、
  全体のために自己犠牲を払える人たち。
  日本人はワンチームとして動く。
  私たちは個々が好き勝手に動く。 +4

■ 日本人は社会の秩序を保つ行動を取るもの。
  これが日本と残りの他の世界との差だ! +2

■ 地震、台風、洪水、火山の噴火、その他諸々の災害を、
  日本人は自分の人生の一部だと考える傾向があるんだ。
  だからそれらを乗り越えるための規律が備わる。
  アメリカ人が見習うべき文化的な要素だ。 +4

■ 日本で日本人と一緒に仕事をすると、
  何で日本人が自粛要請に反発しないのかが分かるよ。
  アメリカ人はナチュラルに権威を疑ってかかる。
  ただのお願いをアメリカ人にしたところで、
  自粛が上手くいくとはちょっと私には思えない。 +66

■ 政府が出来るのは命令ではなくて要請。
  本来なら理想的な社会のあり方ではあると思う。

■ 日本国民には教養と清潔感がある。
  そしていざって時には社会のルールを守る。
  思い返してみてほしい。
  日本は国土が狭く、地震が多くて、資源も少ない。
  それにもかかわらず世界第3位の経済大国なんだ。
  今回の戦いだって、きっと日本が勝利するさ。 +15
(http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-3432.html)
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 世界から日本はこのように思われています。一日でも早く新コロ収束に向かって皆で力を合わせ国難を乗り越えましょう!

2020年04月30日

#301 愛の戦士たち

 ゴールデンウィークが近づき、東京都では「ステイホーム週間」を設けて初の週末を迎えています。先週末と異なりテレビの報道で知る限りは、主な観光地ではほとんど人込みが見られません。感染率を減らすために、この状況が続いてくれることを期待します。また福岡市の天神も自粛率が70%を超えるなど、新コロへの人々の自粛対策意識が高まっています。このことは新コロの感染を防ぐだけでなく、医療関係者の負担を減らすことにもなり、医療崩壊を防ぐことにもつながります。
 さて「愛の戦士」として医療現場の最前線で働いていらっしゃるのが医師、看護師などの医療関係者です。新コロの感染から自分の命や家族を守りつつ、日夜感染者のためにほとんど休みなしに医療現場で戦っていらっしゃいます。本当に頭が下がります。地震や洪水などの自然災害では、ボランティアとして多くの人たちが災害現場で活動できますが、医療現場では専門職の人々しか働けず、一般の人々はただ現場の推移を見守るしかありません。そのような大変な医療従事者に感謝し声援を送るために、世界各国で決まった時間に皆で拍手したり、歌を歌ったりすることが行われています。この行為は医療現場の人たちと共に気持ちを共有したい意識の表れで、お互い愛の気持ちでつながれた行為に他なりません。
 また医療関係者だけでなく、国の安定に寄与している警察、消防、通信、電気などのインフラ産業、生活を維持するために必要なスーパーマーケット、薬局など、この自粛期間にも毎日働かなければならない業種に所属している人々もまさに「愛の戦士」と言えるでしょう。本当に頭が下がります。新コロが落ち着き、平常の状態に社会が戻れば彼らが社会のヒーローであり、救世者となります。
 ところが、このような慈愛に満ちた彼らの活動にも関わらず、彼らに対して様々な風評被害が発生しています。次の記事は読売新聞の社説です。
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『コロナ過剰反応 偏見は社会不安しか生まない』
 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、過剰反応や差別的な行為が相次いでいる。正しい情報に基づいた冷静な行動を心がけたい。
 目立つのが、医療従事者らに対する心ない言動だ。集団感染が発生した東京都台東区の永寿総合病院に勤務する女性は、娘が通う保育園から登園を自粛するよう求められた。女性はPCR検査で陰性だったが、娘の登園を控えざるを得なかった。
 医師や看護師が感染した兵庫県小野市の北播磨総合医療センターでは、人事異動で転居しようとした職員が業者に引っ越し作業を断られた。家族が勤務先から出勤停止と言われたケースもある。
 日本医師会によると、感染者が出た病院がシーツや枕カバーなどのリネン交換を業者から拒まれた事例も出ている。言うまでもなく、医療従事者は過酷な現場で日々、身を削る思いで、懸命に治療にあたっている。こうした過剰反応は、感染症に対する不安が背景にあるにしても、極めて残念である。
 保育園に子供を預けられなければ、その医師や看護師は病院に行けないかもしれない。寝具の交換ができないと、病院内の業務は滞る。偏見から生まれた行為が、現場を疲弊させ、医療崩壊を招くということを考えねばならない。
 学校現場でも、不適切と言うほかない対応が見られる。愛媛県新居浜市の市立小学校は、感染拡大地域を行き来する長距離トラック運転手の子供に自宅待機を求めた。保護者も子供も体調に問題はなかったが、感染のリスクが高いと判断したという。
 外出自粛が広まるなか、トラック運転手は物流を担い、国民の経済活動を支えている。学校関係者はなぜ、そのことに思いを巡らすことができなかったのか。
 学生の集団感染を公表した京都市の京都産業大には抗議などの電話やメールが数百件届いた。なかには「大学に火をつける」と脅迫するような内容まであった。誹謗(ひぼう)中傷が続くと、感染拡大を防ぐため情報を積極的に公開しようとする動きに、ブレーキがかかりかねない。過激な言動は社会不安をあおる結果しか生まない。
 新型ウイルスには誰もが感染しうる。今、求められるのは、最前線で働く人たちに感謝し、自らも感染抑止に努める姿勢だろう。
 茨城県や福岡市の職員は、医療従事者らへ拍手を送る取り組みを始めた。こうした動きが社会に浸透することを期待したい。
(https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20200423-OYT1T50011/)
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 高校生も難しい対応を求められています。今年のインターハイの中止が決定しました。また高校野球も中止という重大な決定をする時期に来ています。今私たちは二者選択を迫られています。行動自粛を続けてできるだけ早く新コロの影響を脱するか、あるいは中途半端な行動自粛のせいで、今後も長期にわたり経済活動まで自粛させるか。あくまでも選択するのは私たち一人ひとりの意識です。頑張りましょう。

2020年04月26日

#300 10万円の行方

 政府は30万円支給で迷走した挙句に国民全員に突如一律10万円支給を決定し、その支給方法を先日公表しましたが、この10万円支給に対して国会議員の間で様々な対応があるようです。本日「東洋経済 ON LINE」で面白い記事を見つけましたので転載します。前回のブログで書いた国会議員の歳費が詳しく書かれています。

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『歳費2割減で露わになった政治家の独善と欺瞞』
ー批判逃れの茶番劇に国民の批判が高まるー

 国民生活がコロナショックで窮迫する中、国会議員の歳費2割削減や一律10万円の受け取り辞退の動きに、各界各層から厳しい目が注がれている。
各党は、国から受け取る歳費を2割削減することで基本合意した。国民全員に一律で配られる10万円についても、受け取り辞退やいったん受け取った後に寄付などをする動きが出ている。
 ただ、こうした国会議員の対応には「国を動かす政治家の独善と欺瞞が際立つばかり」(有識者)との嘆きが広がっている。

<維新と共産は歳費削減に反発>
 多くの国会議員は「自ら身を切ることで、国民に寄り添う」(自民党幹部)と胸を張り、4月30日と見込まれる2020年度補正予算案の成立に合わせて、各党は最終的な対応を打ち出す方針だ。
 ただ、2割削減には「5割削減が当たり前」などの批判が相次ぎ、10万円の扱いについても各党の対応はバラバラ。国民の政治不信を加速させかねない状況だ。
各党の協議が先行したのは議員歳費の削減だった。緊急事態宣言の全国への拡大や全国民への一律10万円給付の決定に先立ち、4月14日の自民、立憲民主国対委員長会談で「2割削減」で合意した。これを受けて自民党は20日の臨時総務会でこの方針を了承。同党が国会議員歳費法改正案を議員立法で提出し、月内にも衆参本会議で成立させる段取りを決めた。
 国会がコロナショック対応に揺れる中、歳費削減で合意した自民党の森山裕、立憲民主党の安住淳の両国対委員長は、「国会も国民の皆さんと気持ちを一緒にするのが非常に大事」(森山氏)、「我々自身が範を示す」(安住氏)と胸を張った。
だが、これに対し、3月に2割削減を求めていた日本維新の会は「風向きが変わって態度が一変した」と反発。政党助成金の受け取りを拒否している共産党は「筋が違う。今は国民の命と健康、生活と営業を支え、全力で補償する方策を仕上げるのが国会議員の仕事」と安易な歳費削減合意を批判した。
 国会議員の給料に当たる議員歳費については、月額129万4000円と規定されている。2割減額なら同103万5200円となり、25万8800円の削減だ。適用は5月分から1年間とされ、年額では議員1人当たり310万5600円の削減となる。
 これだけ見れば表向きは「範を示した」ようにもみえる。しかし、国会議員は歳費のほかに、文書通信交通滞在費などの名目で各種手当を歳費とほぼ同額受け取っており、これに各党(共産党を除く)に交付される政党助成金や都内一等地の議員会館・宿舎の家賃の優遇などを合わせれば、議員1人当たりにかかっている「コスト」は年額1億円超との推計もある。
 このため、厳しく計算すれば「削減の実態はわずか3%程度という微々たるもの」(政界関係者)となる。こうした実情を知る橋下徹元大阪市長は「せめて5割削減と言えないのか。国会議員は結局、自分の財布が大事」などと批判。永田町でも「批判逃れの茶番劇」「国会議員のモラル低下の表れ」などの自嘲めいた声が広がる。

<大臣は10万円の受け取りを辞退>
 一律10万円給付に対する大臣や国会議員の対応も問われている。政府は21日の持ち回り閣議で、大臣と副大臣、政務官を対象に10万円の受け取り辞退を申し合わせた。安倍晋三首相が20日の自民党役員会で、「10万円については、全閣僚が受け取りを辞退する」との判断を示したことを受けたものだ。これに伴い、自民党も所属国会議員の受け取り辞退を決定する方針だ。
 公明党の山口那津男代表は「私自身は受け取らない」と語ったが、党としての受け取りの可否は決めない考えを示すなど、与党内でも対応が分かれている。
野党側では、立憲民主党の安住国対委員長が国会議員の受け取りの可否について慎重に検討する考えを示し、国民民主党は総務会で党所属国会議員が受け取った10万円を寄付などで社会還元する方向となった。維新の松井一郎代表も、党所属国会議員と地方議員が受け取ったうえで、党が全額を徴収し、寄付に回す方針を明らかにした。
 一方で、共産党の小池晃書記局長は会見で「私はもらわない」としつつ、「受け取るか受け取らないかを聞くこと自体をやめたほうがいい。もらわない選択肢もあるし、もらって全部寄付する人もいる。それぞれが判断すればいい」と党としての方針は決めない考えを示した。
 各党の対応はバラバラとなるが、その背景には、各政党やそれぞれの所属国会議員1人ひとりの台所事情の違いがある。「国会議員だから、として画一的に対応するのはおかしい」との指摘もあるが、「多額の税金で待遇が保証されている国会議員は、10万円どころかさらに身銭を切るのが当たり前」という庶民感覚とのズレは隠せない。
 国会には、自民党の河井克行前法相と河井案里参院議員夫妻のように公選法違反疑惑で雲隠れを続ける議員や、緊急事態宣言下で「セクシーキャバクラ」通いが発覚し、立憲民主党を除籍処分となった高井崇志衆院議員など、「かなりの数の不良議員」(政界関係者)が存在する。

<消える「井戸塀政治家」>
 これらの議員は、政治家としての活動は「ほとんどしていない」(同)とみられるだけに、インターネット上でも「こんな議員の歳費や手当に血税が使われるのは許せない」との声があふれる。
 多くのメディアは、政治家による歳費2割削減や10万円の受け取り辞退などについて、分析や解説記事をあまり伝えていない。大手紙幹部は「コロナ報道に埋没し、議員の格好つけにすぎないので、優先順位が低かった」と釈明する。
 しかし、コロナ対策の成否は「首相や閣僚だけでなく、個々の国会議員の政治判断にもかかっている」(自民長老)のは事実だ。それだけに、「国会議員の自覚不足が、コロナ対応での国民の不信感を広げている」(同)ことは否定できない。
国会議員はかつて「選良」と呼ばれていた。また、一昔前には「井戸塀政治家」という政界用語もあった。前者は「選ばれたすぐれた人物。特に、国会議員をさす」(三省堂大辞林)とされ、後者は「国事に奔走して家財を失い、残るは井戸と塀ばかり」という、清貧を旨とする政治家像を指す言葉だった。
 しかし、「いまや政界では、選良や井戸塀、清貧というような言葉は死語となった」(有力政治学者)のが実態だ。安倍首相はコロナ禍を「第3次世界大戦」と表現したとされるが、今回の議員歳費や10万円給付をめぐる対応をみる限り、「国民や前線兵士を放置して、大本営発表を続けた帝国日本の軍部の姿が二重写しになる」(同)と指摘されても仕方がない。
(https://toyokeizai.net/articles/-/346210?page=3)
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 確かに幕末、明治、大正時代には多くの傑出した偉大な大政治家が国家社会のために身を捧げたものです。現代の政治家にとって「井戸塀」に相当する政治家が何人いるでしょうか。国家危急存亡の時に果たして何人の政治家が立ち上がってこの国を導くことができるでしょうか。挙党一致することなく、与党も野党も口先ばかりの論戦をおこなっています。心中は誰も自分の歳費を減らしたくないのです。政治家を見れば国の将来が分かります。非常に嘆かわしいことです。

2020年04月23日

#299 人の真価が問われる時

 全国に緊急事態宣言が出されて初めての週末を迎えましたが、東京や大阪などの大都市では外出の自粛率が70%を超えているようです。政府が呼びかけた「最低でも7割」を達成しており、このまま新コロのピークが収まるまで続いてほしいと思います。
それでも地方都市では少しずつ感染者が増加しており、ここ大牟田でもついに感染者が出ました。40代の女性だそうです。加えて無症状の感染者はどの町でも少なからず存在すると思われ、手洗いやうがいなど日頃の生活が感染を防ぐのに大切になります。
 日本人は海外から礼節ある国民と評価されていますが、国内の視点(少なくとも私の視点)で見ると、政府の要請に従わない愚輩も少なからずいます。数日前のニュースでは東京でパチンコができない輩が栃木県まで遠征する旨の報道がされましたが、残念ながら、ここ大牟田でも隣の県境の荒尾市までパチンコをしに行っている記事が西日本新聞に載っていました。このような政府の要請を無視してまで、自分の欲に埋没する人たちは、いったい何を考えているのでしょうか。
 このような自覚のない行為が感染を増やすことにつながります。国の存亡にかかわる緊急事態の期間中は不急不要な外出はできるだけ控えてもらいたいものです。
 またこのことは政府や国会議員の言動にも表れています。平時体制であれば国会の審議に時間をかけることは有り得ますが、今は緊急事態です。言いかえれば新コロとの戦争状態です。国の対応が1日遅れれば、それだけいっそう感染が拡大し、被害が大きくなります。
 特に国家の方向を決める国会議員と庶民の意識の間にはかなりの乖離があるように思えます。例えば事業者に対して国は営業自粛を要請していますが、国会議員は現在それに応じて歳費の2割を削減すべく現在審議が行われています。昨夜の報道番組「ニュースキャスタ」によりますと国会議員の年収は次のようになっています。

歳費   約1240万円
期末手当 約640万円
文書通信・交通滞在費 約1200万円
立法事務費 約780万円
年収 約4170万円 2割削減すると約3860万円

 2割削減しても約40000万円が収入として手に入ります。呆れてものが言えません。民間企業であれば事業自粛中はある程度給料保証がありますが、それでも月給の半分程度でしょう。自営業にいたっては営業しなければ収入が入ってきません。最悪の場合、店を廃業することになります。
 少しでも世の中の現状が理解できる国会議員であれば、「自分たちの年収を3割にしてもいいので、削減した分を医療関係者や生活困窮者の足しにして頂きたい。」と言えるのではないでしょうか。ちなみに衆議院・参議院併せて713人です。年収7割削減でおよそ1人当たり3000万円となり、議員713人の削減額が約21億3900万円となります。このような英断をする国会議員はいないのでしょうか。(それ以外に所属の政党から支援金がでますので、実質的にはもっと年収が増えます。)
 国家存亡の時に、まず国会議員が身を正し、国民に評価されるような言動を自ら行うべきです。そうしないと政府や国会議員に対して国民は信頼しません。
 今回のウィルス騒動で明らかになったのは、平時体制では日本社会はうまく機能しますが、一旦緊急事態(戦時体制)になると、現憲法や法律の制限により、政府の強権発動ができないということです。このことは戦後ずっと議論されてきましたが、幸いにも紛争や戦争に巻き込まれることなく70余年を過ごしてきて、その間一度も国家非常事態の対処方法を考えてこなかったことにあります。これは与野党問わず国家を運営する者の怠慢でもあります。
 確かに大地震や台風などの自然災害においては死傷者が多数出ますので迅速な災害対応を国家はしてきました。今回の新コロによる疫災を通して、再度「国防とはなにか、社会を守るとはどのようなことか」を、考える時期が来たと思います。その意味で今は「人の真価がわかる時」「国の非常事態を考えるとき」だと思います。

2020年04月19日

#298 自然との共存へ

 当塾へのアクセス数がいつの間にか1万回を超えてしまいました。ホームページを開設して5年が経ちますが、1日10回程度アクセスがあります。HPを訪問して下さった皆様に御礼申し上げます。
 さて昨日政府は全国の都道府県に緊急事態宣言を出しました。遅きに失している感がありますが、それでも全国民が同じ意識で新コロに立ち向かうことが大事です。もし3週間で新コロの疫災の収束に向かう兆しが見られれば、日本人の団結力が優れている証左にもなります。世界中が日本の対策に注目しています。日本人の底力を示しましょう。
 さて今回の新コロだけでなく、従来から科学者の間で危惧されてきたことがあります。それは新コロのような新感染症に効く薬はなく、一度感染症が勃発すると、交通機関の発達のおかげで世界中が瞬時にパンデミックになりえる、ということです。その理由の1つは人類が科学技術の発達により、今まで踏み込まなかった原野に踏み込み、そこを開発した結果、寝ていた未知のウィルスを起こしてしまうことです。
 また地球温暖化によりシベリアの永久凍土が解けて、その中に封じ込められていた未知のウィルスが働き始めることも以前から指摘されてきました。新コロのパンデミックを体験している今、人類全体が経済活動を含めて今までの生き方をもう一度考え直す時期に来ているのではないでしょうか。自然と共存していかなければ、人類の生存はありません。
 ここで興味ある記事を紹介します。霊長学者で著名なジェーン・グドール氏の記事です。
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コロナパンデミックの原因は「動物の軽視」 霊長類学者グドール氏
【AFP=時事】世界的に有名な英出身の霊長類学者、ジェーン・グドール(Jane Goodall)博士(86)は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)は、人類が自然を無視し、動物を軽視したことに原因があると指摘している。
 アフリカで先駆的な研究に取り組み、チンパンジーの本質を明らかにしたことで知られるグドール氏は、ナショナルジオグラフィック(National Geographic)の新ドキュメンタリー番組「ジェーンのきぼう(Jane Goodall: The Hope)」公開に先駆けて行われた電話会見で、今後の災難を防ぐために過去の失敗から学ぶよう世界に訴え、誰もが変化を起こすことができると語った。

■今のパンデミックについてどう考えますか?
グドール氏:われわれが自然を無視し、地球を共有すべき動物たちを軽視した結果、パンデミックが発生した。これは何年も前から予想されてきたことだ。
 例えば、われわれが森を破壊すると、森にいるさまざまな種の動物が近接して生きていかざるを得なくなり、その結果、病気が動物から動物へと伝染する。そして、病気をうつされた動物が人間と密接に接触するようになり、人間に伝染する可能性が高まる。
 動物たちは、食用として狩られ、アフリカの市場やアジア地域、特に中国にある野生動物の食肉市場で売られる。また、世界中にある集約農場には数十億匹の動物たちが容赦なく詰め込まれている。こうした環境で、ウイルスが種の壁を越えて動物から人間に伝染する機会が生まれるのだ。

■このような動物市場に対し、私たちはどんなことができますか?
 中国が生きた野生動物の市場を閉鎖したのは非常に良いことだ。一時的な禁止措置だが、われわれはこれが恒久的な措置になり、他のアジア諸国も後に続いてくれたらと願っている。
 しかしアフリカではブッシュミート(食用の野生動物の肉)の販売に多くの人の生活が懸かっているため、これを禁止するのは非常に難しいだろう。
 自分自身や家族を養うためのお金を全く持っていない人々に対して(食用野生動物販売の)禁止をどう行うべきかは、かなり慎重に検討する必要がある。ただ少なくとも今回のパンデミックはわれわれに、新たな流行を防ぐにはどんなことをすべきか教えてくれたはずだ。

■私たちは何に希望を持てば良いですか?
 私たちは自然界の一部であり、自然界に依存しており、それを破壊することは子どもたちから未来を奪うことに他ならないということに気付かねばならない。
 世界中で行われている前例のないロックダウン(都市封鎖)という対応によって、より多くの人が目を覚まし、ひいては、どうすれば自分たちの生き方を変えられるのかということを考えるようになればと思う。
 日々の小さな選択をする時にその選択がもたらす結果を考えるようにすれば、誰でも、毎日、影響を与えることができる。何を食べるか、その食べ物はどこから来たのか、その食べ物は動物を虐待して得られたものか、集約農業によって作られたものか(大抵の場合そうだが)、子どもの奴隷労働で作られたから安いのか、生産過程において環境に悪影響を及ぼしたか、どこから何マイル移動してきたのか、車ではなく徒歩で移動できないか。
 それから、貧しいとこういった倫理的な選択ができないため、どうすれば貧困を和らげられるのかも考えてほしい。貧しい人たちは生き延びるために、自分たちにできることをせざるを得ない。どれを買おうかと考える余裕はなく、最も安いものを買うだけだ。食べ物をもっと栽培できる土地を必死に探し、最後の木を切り倒してしまうのだ。
私たちが生活の中でできることは、一人一人少しずつ異なるが、私たち皆が変化を起こすことができる。誰もがだ。
(https://www.msn.com/ja-jp/news/coronavirus/コロナパンデミックの原因は「動物の軽視」-霊長類学者グドール氏/ar-BB12vhoi)
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 私は英語の問題集からたまたまグドール氏のことを知りました。彼女の活動を説明した英文が過去の進研模試に登場したのです。彼女が警告しているように、現代人は自然と共存するよりも拝金主義者と化しており、経済第一主義を唱道しています。言い換えれば他の生命体を犠牲にし、自然を軽視した生き方を選んできたのです。
 日本では明治以前の時代は人々は自然とともに歩いてきました。特に江戸時代は完璧なエコ・リサイクル社会として知られています。江戸時代は廃物という考えはなく、残飯や糞尿は肥料として畑で使用されました。エコロジー(生態学)としては最先端を歩いていたわけです。
 今度の新コロ厄災を契機として、人類が生き方を改めないと、第2、第3の新型ウィルスが発生し、人類の生存を許さないでしょう。そこに地球の意志があるような気がします。あまりにも自然を破壊し、他の生命体の存続を脅かす人類は生命の母なる地球にとって邪魔者でしかありません。

2020年04月17日

#297 触らぬ神に祟り無し

 今日は朝から雨が本降りです。天気予報では夜に雷雨と言っていますが、明日にかけて西日本から東日本まで大荒れの天気が予想されます。大雨で新コロを洗い流してもらいたいものです。
 さて福岡県知事が緊急事態宣言を行って1週間近く経ちました。大牟田市は現在感染者は出ていませんが、今日も久留米では7名の感染者が出ています。筑後市や柳川市も感染が確認されていますので、その南に位置する大牟田市も早晩感染者が出てくることを懸念します。
 ところで昨日食料品の買い物に出かけましたが、イオンでは食料品コーナーのみ営業しており、その他の専門店街はすべて閉鎖されていました。もちろん映画館も閉鎖されており、専門店街にある書店も当然営業自粛になっていました。
 一方で、ゆめタウンはほとんどの店が営業しており、新コロの影響は全く受けていないような雰囲気でした。しかし週明けに小川県知事が再度営業自粛を呼びかけるということで、ゆめタウンも今後営業自粛になるかもしれません。
 安部総理大臣は国民に対して自粛要請を度々呼びかけていますが、国難ともいえる疫災を収束させるには私たち一人ひとりの行動にかかっています。言いかえれば不急不要以外には遊びに出歩かないことです。実際、遊びに行こうと思っても福岡市の天神や博多駅周辺の商業施設は営業自粛のために、ほとんど休業となっており、出かける意味がありません。
 コンビニやスーパーは営業していますが、遊び場所ではありません。このような状況下では大人しく家で読書したり、趣味に時間を使ったりすることが最善です。新コロがウヨウヨしている街中に出かけるよりも安全な家の中で過ごすのが一番です。「触らぬ神に祟り無し」と言いますが、まさに至言です。
 仕事の種類により、街中に出かけなければならない人以外は、テレワークを利用したりして人込みを避けることが必要です。私たち一人ひとりが様々な工夫をして新コロの影響を早く脱しましょう。東日本大震災も国民の努力によって克服しました。世界中の人たちが日本の新コロ対策に注視しています。強制的に都市封鎖をしなくても済むように、私たちの努力で新コロに打ち勝ちましょう。

2020年04月12日

#296 春の小川

春の小川は、さらさら行くよ
岸のすみれや、れんげの花に
すがたやさしく、色うつくしく
咲けよ咲けよと、ささやきながら
(文部省唱歌)

 大牟田市内の小学校・中学校、県立高等学校は小川県知事の緊急事態宣言を受けて5月6日まで休校となりました。私が非常勤講師をしている明光学園も昨日新コロの影響を避けるために放送により入学式をおこない、その後5月6日まで休校になりました。緊急事態宣言がどれほどの効果があるか分かりませんが、少しでも感染者数が減少に向かえば幸いでしょう。また毎週木曜日に行われている学習支援ボランティアもしばらくの間中止となり、今日は一日中休みになってしまいました。
 そこで午後、買い物のついでに運動がてら1時間ほど自転車で近くの諏訪川沿いに三宮古墳まで足を延ばしました。この古墳は大牟田・荒尾地区にある古墳群の1つで、ネットに次のような説明があります。
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三の宮古墳(さんのみやこふん)
荒尾唯一の前方後円墳
主軸をほぼ東西にとる全長60m。
後円墳は直径23m、高さ6m、南東斜面は彩土により削り取られているが、比較的原形を保っている。
前方部は長さ37m、高さ2.3m、幅14m、後円墳と接する部分はせまくくびれており、神社建立の際、一部分が削り取られたが、全体の形は帆立貝型をする未開口の古墳である。古墳の北側にかすかな周皇(みぞ)の跡がある。
後円部に河原石の葺石や円筒埴輪の破片が発見されたが全貌は明らかでない。
(http://yumeko2.otemo-yan.net/e349227.html)
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 古墳がある三宮神社内に案内板がありますが、それを読まないと神社内に古墳があることに気づきません。それほど古い神社です。小学校時代にはここまで鍛錬遠足で何度か来たことがあります。徒歩では1時間半ほどかかります。神社の案内板によりますと、この古墳は5世紀ごろ造られたそうです。この近くには萩ノ尾古墳、潜塚(くぐりづか)古墳、四つ山古墳、そして当塾の近くの大牟田市動物園の上方の貯水塔の下にあります宅ヶ峰古墳などがあります。
 神社を出ると正面に諏訪川の上流が流れており、冒頭に書きました「春の小川」のようにさらさらと瀬音が聞こえ、岸辺には菜の花やれんげが咲き乱れていました。新コロの影響が無ければ子どもたちが水辺で遊んでいる姿を目にすることができるはずです。春は爛漫の姿を見せています。

2020年04月09日

#295 桜満開の日に、海達公子のこと

 新コロの影響で人々の行動自粛が要請されていますが、桜は今年も咲いています。今が満開です。残念ながらクラスター発生を防止するために、桜下での花見や宴会が自粛されています。桜は来年も咲きますが、自分の命は自分で守るしかありません。
 さて、今日は所用で午前中県境のスーパーマーケットまで行ってきました。当塾から自転車で15分のところにあります。そこに行く途中で四ツ山公園に立ち寄りました。この公園は福岡県と熊本県の県境にある4つの小さな山(四つ山)から成り立つ公園です。ここには年に1,2度しか来ませんが、春の桜で有名です。公園の展望台からは有明海やラムサール条約に登録されている荒尾干潟が一望できます。また天気が良ければ遠い天草の島々も見ることができます。また島原湾で唯一の灯台(四ツ山灯台)が公園内にあります。
 また、この公園には四つ山神社と四つ山古墳があります。この古墳は6世紀に造られたと言われていますので、今から1500年ほど前に造られたことになります。この場所には古墳群があったと言われており、おそらく当時の豪族がこの一帯を支配していたのでしょう。四つ山神社の境内からははるか遠く島原の街並みや雲仙普賢岳の姿が一望できます。
 この四つ山神社に登るには車道を通るコースと南側の階段を上るコースがあります。いつも階段を上って神社に参拝するのですが、今日は階段の途中に案内板があるのに気づきました。「海達公子(かいたつ きみこ)の文学散歩道」と書いてあります。はて、そんな文学者がいたかな、と思い、わき道に逸れて小道を進んでみました。小道の左右に詩を刻んだ石碑がいくつも建っており、海達公子の顕彰碑となっています。
 当塾に戻り、ネットでこの詩人のことを調べてみると、次のような記事が見つかりました。(http://yumeko2.otemo-yan.net/e348116.html)
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海達公子(かいたつきみこ)
生誕 1916年8月23日
死没 1933年3月26日

幼少のころより父の影響を受け、雑誌「赤い鳥」などに児童自由詩を発表。北原白秋らの絶賛を浴び、それ以後、詩人として全国に知られるようになる。

 1916年(大正5)8月23日長野県飯田市に生まれ、父・松一の仕事の関係で荒尾市で育ちました。貴文(松一のペンネーム)は公子が荒尾北尋常小学校(現・荒尾第二小学校)に入るや、公子に童謡・自由詩を作らせるため、野や海岸に連れ出し、自然観察わ心がけさせ、家庭では「赤い鳥 (注1」などの児童雑誌や読本などの読み聞かせを行います。
 小学1年生のときから毎日「日記」を書くことを強いますが、公子は好奇心に富み、それが苦になりませんでした。公子は1年生の後半から作品を次々と「赤い鳥」等に投稿し、2年生にして北原白秋折り紙つきの少女詩人として一躍有名となり全国に知られるようになりました。
 1929年(昭和4)ら高瀬高等女学校(現・玉名高校)へ進学、2年のころから若山牧水の妻、喜志子に短歌を習い、短歌の創作をはじめます。1933年(昭和8)3月16日女学校卒業式後に虫垂炎で倒れ、腹膜炎を併発、3月26日 16歳の若さで亡くなりました。
5000編の詩と300首の短歌を遺しました。


【お日さん】
お山の上が
光り出した
お日さんの
上る道
あすこ
あすこ

【すすき】
さら さら すすき
お山のすすき
おててのばして
なにさがす
あおいお空に
なにさがす

【ひし】
とがった
ひしのみ
うらで
もずが
ないた

【てふてふ】
てふてふが
ひらひらとんできた
もちっと向ふへ
とんでいけ
あまちゃの花が
さいている

【夕方】
なたねが
きいない
向ふの方に
人のせた馬が
ぼつぼつ通る

【ばら】
まつかい
まつかい
ばらの花
目にはいつて
るるうちに
目つぶつて
母ちやんに
見せにいこ
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 北原白秋は有名な詩人ですが、海達公子のことを今日初めて知り、今更ながら自分の知識の無さを恥ずかしく思いました。大牟田・荒尾近郊には幕末から明治、大正にかけて活躍した多くの人達がいます。その人達をいつか紹介したいと思います。

2020年04月05日

#294 変なおじさん逝く

 今日は3月31日で、年度末です。明日から新年度になりますが、新コロの影響で明るいニュースがありません。各大学での入学式の中止や小中高の春休みの延長が検討されています。
 さて、昨日志村けんさんが新コロの犠牲になりましたが、国内外に大きな悲しみが広がっています。中国や台湾、韓国でも速報を流したそうです。説明するまでもなく、彼はドリフターズの一員で、様々なコントを国中に提供し、笑いをもたらしました。またドリフターズ解散後も多くの世代に笑いを与えてきたことでも知られています。
 しかし意外と知られていないのが彼の素顔です。彼の性格は舞台で見せる「バカ殿」のようなふざけた性格でなく、物静かな優しい人物であったと言われています。笑いのための役作りのために、徹底し計算された笑いを追求し、舞台やテレビではひたすら「バカ」になりきったそうです。昨晩のNHKの緊急特番「志村けんのファミリー・ヒストリー」を見ましたが、その顔はコメディアンの顔ではなく、素顔に近い真面目でシャイな顔だったことを感じました。稀代のコメディアンとして彼ほど徹底的に独特な笑いを追求した芸人はもう出てこないのではないかと思います。
 昨日からマスコミも彼の訃報を長時間にわたって報道しています。今日「文春オンライン」に次の記事が出ていましたので引用します。
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【追悼】志村けん 取材記者だけが知る“素顔”
         「努力を外に見せない、シャイで繊細な人でした」
 新型コロナウイルスによる重度の肺炎を患い入院中だった志村けんさんが、3月29日に逝去したことが分かった。70歳だった。
 これまで、自身についてあまり多くを語ってこなかった志村さんだが、芸能界40周年となる節目で、「週刊文春」2012年10月11日号のロングインタビューに応じていた。そのインタビューを担当したジャーナリスト・中村竜太郎氏が、取材時に垣間見えた志村さんの“意外な一面”や、誌面に載せられなかったエピソードを語る。

<とても人見知りで、最初はそっけないふうだった>
 志村さんのインタビューは、乃木坂にあるイザワオフィス(志村さん所属の芸能事務所)で行いました。私は1964年生まれで、まさにドリフとともに育ってきた世代なんです。『ドリフ大爆笑』も『志村けんのバカ殿様』もずっと見ていました。ただ、それまでの記者人生の中で志村さんに直接お会いしたことはなかったので、気持ちとしては一人のファンとして、「どんな方なのかな」「やっぱりひょうきんで、軽やかな感じの方なのかな」と思って、取材に向かったんです。
 そして、いざ事務所の応接室でテーブルを囲んでお会いしたら、とても人見知りの方で。非常にシャイで繊細な人なんだな、というのが強く印象に残っています。インタビューでは、限られた時間の中で用意した質問を一つずつ聞いていくんですけど、最初はなんだかそっけないふうでした。
「いつもどうやってギャグを考えているんですか?」と聞いたら、「うーん……。まぁ、どれもたまたまですよ」みたいな。そこで変な間が空いてしまうので、次はより具体的に「では、東村山音頭はどうやってできたんですか?」と聞いたり、少し質問を噛み砕いたり……そうすることで徐々に場の空気がほぐれていった、という感じでした。

<普段の志村さんは「静」の人>
 私たちが思う“志村さん像”には、爆発的なギャグを繰り出したり、舞台上で突然暴れだしたり、やっぱりそうしたイメージがありますよね。でも、それが「動」だとしたら、普段の志村さんは「静」なんです。特にインタビューの序盤は言葉が重たいといいますか、あぁ、実はとても慎重な方なんだな、という印象を受けました。
 私が知る中では、北野武さんの雰囲気にちょっと似ているかもしれません。武さんとは『ビートたけしのTVタックル』で共演したことがありまして、直接お話ししたこともあるんですが、武さんも素顔は人見知りで知られます。でも、ひょっとしたら武さんよりも志村さんの方が、言葉が少ない、寡黙な方かもしれないです。テレビで見ている印象とは全く違いましたね。

<「笑ってるとさ、また頑張ろうって思えるじゃない」>
 特に記憶に残っているのは、志村さんに「お笑いとは何ですか?」とお聞きしたときのやりとりです。その質問に対して志村さんは、「お笑いって、よくわかんないけど元気とパワーをもらえるよね」と仰って。「笑ってるとさ、また頑張ろうって思えるじゃない」と。それは本当に良い言葉だなと思いましたね。
 お話を伺っていると、志村さんは一つ一つのコントをとにかく作り込んでいるんだな、と感じました。こうすると面白いんじゃないか、いや、こっちの方がいいんじゃないかと、何度も試行錯誤しながら作っていく。でも、そうした努力は外に見せない方なんだと思います。
 私もインタビューでは、「あのときはどうだったんですか?」「あの伝説のギャグはどうやって生まれたんですか?」と聞くわけです。でも、やっぱり自分がやっているお笑いを解説するというのは、どこか気恥ずかしいことだと思うんですよね。志村さんが自分の話をされるときに、終始照れ笑いのような、はにかんだ表情をされていたのも、そうした気持ちがあったからじゃないかな、と感じます。

<“厳格な父親”のもとでお笑いを目指した日>
 ただ、それでも「自分は喜劇人なんだ」「コメディアンなんだ」という自負は、すごく伝わってきました。そもそもお笑いの道に進んだきっかけは、子供時代の経験にあるそうなんです。
 志村さんのお父さんはもともと軍人で、戦争が終わってからは小学校の先生をやっていて、教頭にまでなった。そうした職業柄か、とにかく厳格な父親だったそうで。いわゆる、“日本のお父さん”が強い時代の家庭で、ときに堅苦しいような、窮屈なような、そうした家だったんだと仰っていました。
 でも、そんなお父さんも、テレビにエノケン(榎本健一)さんが出てきてお笑いをやると、「ふふっ」と笑いをこらえるようなところがあったみたいです。志村さんは子供時代にそんな姿を見ていて、「こんなに厳しいお父さんが笑うこともあるんだ……。お笑いって、なんかいいな」と思ったそうです。それがお笑いを目指した原点なんだと教えてくれました。

<4年前に肺炎を患ってからは健康面にも気を遣っていた>
 実は最近も、志村さんのことはよくお見かけしていたんです。私の事務所は麻布十番にあるんですが、十番にはよく志村さんがいらっしゃって。地下鉄の麻布十番駅から上がっていくと、地上出口の前にちょっとした広場のようなところがありますよね。そこで待ち合わせをして、「志村けんファミリー」の方と飲みに行っている姿を、よく目にしました。
 2016年に肺炎を患って2週間ほど入院された後は、それまで多いときは1日60本くらい吸っていたタバコをやめたり、お酒も少し控えるようにしていたそうなんです。今年の1月には胃のポリープ切除の手術もしていて、健康面にも気を遣っていたと聞いていたのですが……。
 突然の訃報は本当に残念で、ショックです。言葉も見つからないほど悲しいです。一人のファンとして、あのとき取材させていただいた記者として、心からご冥福をお祈り致します。
(https://bunshun.jp/articles/-/36958)
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 京都産業大学では10数名もの大学生が感染し、クラスターが発生しています。若者が新コロに感染しても病状が軽いという認識は改めなければなりません。現実に10代の人々も亡くなっています。新コロは対岸の火事ではないのです。
 志村けんさんが私たちに教えてくれています。新コロは自分自身で健康管理をして、自分が感染源にならないように、不急の用事以外はできるだけ出歩かないことです。また夜の繁華街の出入りも自粛することです。私たち一人ひとりが彼の死を受け入れ、国民一人ひとりがこの国難に対応しなければならない土壇場にいることを自覚しなければなりません。志村けんさんに衷心より哀悼の念を捧げます。

2020年03月31日

#293 新コロの特効薬はBCG?

 今朝当塾へ来る際に近くの中学校の横を通ってきましたが、桜が7分咲きで、あと数日で満開になりそうです。ただし、福岡県でも新コロの感染者が増加し、昨晩は小川福岡県知事の自粛要請が夜遅くありましたので、ここ大牟田でも今年の桜の花見は中止になりそうです。
 さて、日本におえる新コロ感染が毎日増加しています。政府の緊急事態宣言までぎりぎりのところまで来ています。感染爆発まで秒読みの段階で、都市封鎖の現状はパリやロンドンの街頭中継が物語ってます。ほとんど人影が見えず、街が静まりかえっています。東京でもそんな風景がみられるのでしょうか。
 ところで日本人なら誰でも知っているBCG接種ですが、このBCGがにわかに脚光を浴びてきました。新コロの予防策の1つになるという情報があるそうです。実際オーストラリアでは次のような報道がなされています。
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【シドニー時事】オーストラリア南部メルボルンにある小児医療研究所「マードック・チルドレンズ・リサーチ・インスティチュート」は27日、新型コロナウイルスに効果があるかどうかを調べるため、結核予防に使われるBCGワクチンの臨床試験を開始すると発表した。
 BCGは全世界で毎年1億3000万人の子供に接種されている。発表によると、これまでの研究ではBCGを使うことで、新型コロナに似たウイルスに感染した人のウイルス数が減ったという。BCGは人間の基本的な免疫機能を強化する作用があるとされる。
(https://www.jiji.com/jc/article?k=2020032700946&g=int)
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 上記のニュースには追加情報があり、BCG接種を現在実施していない国(イタリア、フランス、スペイン、アメリカなど)は新コロ感染者数が多く、BCG接種を行っている国(日本など)は比較的感染者が少ないという記録があります。ただしBCG株にはいくつかの種類があり、日本が採用しているワクチン株を使用しているイラク(感染者数506人)では隣国のイラン(感染者数35,408人)ほど感染者数が出ていません。あくまでも人口比等を考慮すべきですが、数字を見る限りでは確かにBCGの効果が出ているようです。
 ただし、BCGはあくまでも新コロに対する1つの指標となるもので、BCGが新コロを防ぐ唯一の手段とは言えないと思います。政府は新型インフルに効く「アビガン」を新コロにも有効かどうかの治験を開始するそうです。新コロに効く特効薬の開発に少なくとも1年はかかると言われていますので、その間に有効な策としてBCGの効き目が認められれば、日本人の感染者の数が少ない証左の一つになりそうです。朗報に期待したいとおもいます。

2020年03月29日

#292 泣き面にバッタ(蜂)!?

 世界中で猛威を振るっている新型コロナウィルスですが、厄災の中心がヨーロッパからアメリカへと移動し始めており、アメリカでは感染者が8万人を超えてしまいました。特にニューヨーク州はそのうちの半数を占めるそうです。一方では新型コロナに勝利を宣言した中国は感染が始まったのは武漢でありながら、感染源はアメリカであり自国でないと高らかに宣言しています。いわゆる情報戦を展開している始末です。
 しかし中国に別の大きな脅威が迫っていることを中国政府は知っているのでしょうか。私が数日前にこの情報を見た時にフェイクニュースではないかと疑いましたが、複数のメディアがネットで話題にしていますので、まんざら嘘でもないようです。もちろん日本のマスコミはまだ報道していません。Newsweekの日本語ネット版から引用します。

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『新型肺炎で泣き面の中国を今度はバッタが襲う』
<新型コロナウイルス制圧を宣言した中国だが、間もなく到来するバッタの大群「蝗害(こうがい)」への備えはあるのか>
 武漢発の新型肺炎を基本的に制圧した、と宣言した中国に新しい脅威が襲い掛かろうとしている。バッタの襲来だ。
 中国の古い文献では「蝗害(こうがい)」と呼び、「黄害」すなわち黄河の氾濫による被害と同じくらいの脅威だ、と歴史的に認識されてきた。黄河の氾濫は歴代王朝の交代を促したから、蝗害も無視できない。中国は今やまさに「泣き面にバッタ」という局面に立たされている。
 今回大量発生したサバクトビバッタはコロナウイルスとほぼ同時に増え始め、最初はアフリカ東部のケニアやエチオピアとその周辺で群れを成した。その総数は3600億~4000億匹と推算されているが、人間の知力で数えること自体が不可能に近い。
 彼らは40×60キロの広さで覆うような陣形をつくり、ゆっくりではあるが、いかなる力にも阻止されない勢いで東方へと突き進んだ。「出アフリカ」を果たし、2月にはパキスタンとインド北西部に到達。マケドニアを出発してインダス河流域に到達したアレクサンダー大王に負けないくらいの恐怖をもたらした。パキスタン政府は軍用機で農薬を散布するなどして対応に出たが、一敗地にまみれた。
 パキスタンとインドを「征服」したバッタの大群は目下、天山山脈に沿って東進し続け、シルクロードを「バッタロード」に塗り替えつつ、間もなく中国国境を侵犯する勢いを見せている。新型ウイルスを相手に「人民の『戦疫』」に勝利した習近平(シー・チンピン)政権は、次の「バッタ戦役」に備えることができるか否かが問われそうだ。
 実は筆者は1992年の晩春から初夏にかけて、パミール高原の東部・中国新疆ウイグル自治区の北西部で「蝗害」を体験している。日本のトヨタ・ランドクルーザーに乗って草原を走っていたとき、車外からまるで砂利道を疾駆しているような音が耳に入ってくる。それは砂利ではなく、バッタをひいた音だ。それが一日中、延々と続くので、好奇心はやがて恐怖に変わってくる。
 バッタは最初に新芽を出したばかりの草原を占拠し、居座る。若草を食い尽くされた家畜は痩せ細って死に、遊牧民のモンゴル人やカザフ人は途方に暮れていた。やがて作物が成長するにつれて、バッタは草原部から畑や水田地域に移っていく。すると、今度はオアシスの農耕民が被害を受ける。当の中国政府は「蝗害」を天災と見なし、何一つ有効な策を講じていなかった。いや、そもそも古代から有効策は発見されていなかったのだが。
 モンゴル草原生まれの筆者は子供の頃から、「中華民国18年(1929年)のバッタ襲来」の話を長老たちに聞かされていた。蝗害の後、モンゴル高原と接する中国北部は大飢饉に襲われ、死者数は1000万人に上った、と推定されている。大飢饉であふれ出した中国人難民はそのままモンゴル草原に進入して定住し、先住民であるモンゴル人の人口を凌駕するようになった。「バッタの襲来が中国人難民を生み、モンゴルの亡国をもたらした」と、遊牧民は理解している。
 蝗害を食い止める唯一の方法――それは、バッタを食べてしまうことかもしれない。農作物と牧草で丸々と太り、タンパク質の塊のようなバッタは栄養価が高い。まるで彼らに復讐するかのように、中国人は古くから好んで食べてきた。
 しかし武漢発の新型肺炎が猛威を振るうようになってから、中国は野生動物の食用をやめるよう呼び掛けている。今回のサバクトビバッタは毒を持っているともいわれる。4000億匹の大量のバッタを食べ切れるのは14億人の中国人だけだが......。
(https://www.newsweekjapan.jp/youkaiei/2020/03/post-53_1.php)
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 アフリカでは数年おきに大量のバッタが発生し、農作地を荒らし回る姿がニュースなどで報道されますが、このバッタがはるばる中国まで侵入していくとは恐るべきです。過去において数回発生しているのは事実ですので、今回も大きな被害を及ぼすことになりそうです。このバッタ群が東シナ海や朝鮮半島を通って日本まで来ることは有り得そうもないですが、しばらくは注視すべきニュースです。特に中国だけでなく、バッタの被害を受けや国々の食料自給に関して大きな被害をもたらすと危惧されます。まさに「泣き面に蜂」ならぬ「泣き面にバッタ」です。
 ところで、東京都ならびに関東各県は今週末に外出自粛をを要請していますが、はたして1400万人の都民にそれができるでしょうか。極論を言えば鉄道やバスなどの交通機関を運休し、デパートなどの店舗を閉鎖すれば可能でしょうが、それができない状況では実質上不可能でしょう。とはいえ、東京都がオーバーシュート(感染爆発)すれば、東京のみならず日本国内全体の政治や経済に大きな影響をあたえることになります。東京都民の善意に期待して見守りたいと思います。

2020年03月27日

#291 桜が一斉に咲く理由

 今日は朝から曇っていますが、春らしい暖かな気温となっています。今朝当塾に来る途中で桜の木を見ましたが、2,3輪の花が咲いているだけで、この辺りは開花宣言が出せない状況です。来週にはもう少し春めいた天気が続き、桜花は七分咲きになっているでしょう。
 さて、新型コロナウイルスの話がしばらく続きましたので、本日は桜に関する話題見つけました。よく特集番組で扱われる「桜はなぜ一斉に咲くか」です。東洋経済オンラインに本日次の記事が掲載されましたので、それを転用します。

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桜の花が一斉に咲き始める"意外すぎる"理由 知れば知るほど面白い「メカニズム」
 間もなく花見の季節。新型コロナウイルスによるパンデミックもあり、人々の交流がさまざまな場面で制限されているが、外出時、道端の桜の木にふと目をやると、花芽がだいぶ大きく膨らんでいる。私たち日本人にとって大切な季節、春がいよいよやって来たのだ。
『雑学科学読本 身のまわりのすごい「しくみ」大百科』を著したサイエンスライターの涌井良幸・貞美両氏に、日本の代表的な春の風物詩である桜の開花と、それに関連した天気予報のしくみについて、図版を交えながらわかりやすく解説してもらった。

開花宣言で、なぜ「ソメイヨシノ」を使うのか?
 日本列島の桜の開花を示す桜前線は、西日本から関東、東北、そして北海道へと移っていく。でも、そもそもなぜ桜は春になると一斉に咲き始めるのだろうか。
 桜は、花が散って数カ月後の7~8月には葉の付け根に花芽をつけ、翌年に咲く花の準備を始める。そして、花芽を持った状態で休眠するが、秋に葉が落ちて冬の寒い空気にさらされると徐々に眠りから覚める。その後、気温が高くなるにつれて花芽が大きくなり、春に花を咲かすのだ。
 日本の多くの地域で桜の開花宣言に使われる桜は、ソメイヨシノという品種である。なぜこの桜の品種が指標に使われるのかというと、実は、ソメイヨシノはすべて同じ遺伝子からなるクローンだからだ。

ソメイヨシノのルーツ
 ソメイヨシノは江戸時代後期、染井村(現在の東京都豊島区駒込あたり)の植木職人によって作出されたといわれる。しかし、ソメイヨシノ同士では交配することができず、接ぎ木という方法でしか増やせない。そこで、1本のソメイヨシノの原木から接ぎ木によって増やしていったのである。
 野生のヤマザクラのように、異なる遺伝子なら個体によって開花のタイミングは違うのだが、クローンなら、地域や気候条件がそろえば一斉に咲き始め、満開となり、散っていくことになる。
 2019年3月、京都府立大学などの研究チームが、東京・上野公園にある、原木と推定されるソメイヨシノの全遺伝情報(ゲノム)の解読に成功したと報じられた。
 解読の結果、通説どおり、ソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラを祖先に持つ可能性がわかったほか、祖先の桜から552万年前にいったんそれぞれの種に分かれた後、百数十年前に交雑によって再び1つになり、ソメイヨシノが生まれたことが判明したのである。
 気候に密接に関係している桜の開花を解説したところで、天気予報のそもそもについても触れておきたい。四季があり、天気の話題が好きな人も少なくない日本だが、知られていない知識は意外に多い。

「降水確率」「平年並」…天気予報で使う用語の意味
 天気や気温によって着る服を決めたり、降水確率で傘を持っていくかどうかを判断したりと、天気予報は私たちの暮らしに深く関わっているが、日本の気象情報を集めて天気を予測しているのは気象庁である。
 地域気象観測システム「アメダス」や気象衛星「ひまわり」、最新のスーパーコンピューターなどを用いて、天気や気温、降水量、風向、風速、日照時間といったさまざまな気象情報を分析している。
 ところで、この天気予報には「降水確率」や、季節予報の「低い」「平年並」「高い」の確率といった「確率」を用いた予報がある。
 たとえば降水確率60%とは、そのような予報を100回発表すると、予報区内において約60回で対象時間内に1㎜以上の降水があり、約40回で1mm以上の降水がないことを意味している。
 勘違いされやすいが、降水確率の数字は、雨の強さや降っている時間・範囲、雨の量などとは関係ないのだ。
 また「平年」も、天気予報の世界では統計学で厳密に規定されている。天気予報における平年の値とは過去30年間の平均値で、「平年並」は次のように求められる。

今年は観測史上最も早い桜の開花宣言に
 まず、各年の平均気温と平年の値(30年間の平均値)の差を求め、平年より平均気温が低い順に並べていく。この30年分のデータを「低い」「平年並」「高い」の3つの階級に分けたとき、真ん中の10年(平年並)の範囲を「平年並」としている。
 つまり、30年間で気温変動のばらつきが小さい10年を導き出しているのだ。これは統計学の言葉でいうと、「平年並」とは、平均値というより「中央値」に近い概念なのである。
 以上、この記事では、桜の開花と、それに深く関連する天気予報についてざっと解説した。東京では先日、観測史上最も早い桜の開花宣言となったが、最近は世相からしてどうしてもネガティブな思考に寄りがちだ。
 でも、私たちのメンタルをポジティブにし、心新たな気分にさせてくれるものは、実は身近に存在する。息が詰まるような今だからこそ、身の回りの自然に目を向けてみてはどうだろうか。
(https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/桜の花が一斉に咲き始める意外すぎる理由-知れば知るほど面白い%ef%bd%a2メカニズム%ef%bd%a3/ar-BB11waEO)
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 昨日テレビで上野公園の桜を中継していましたが、例年とは異なり人数が少なく、花見客でごった返している例年風景とは全く違う様子に、何か新鮮なものを感じました。都会の桜は人が見ていなくても立派に咲きます。人里離れた桜も誰にも見られずに健気(けなげ)に咲きます。どちらも同じ桜です。桜を愛でるこの国の文化を大切にしたいものです。

2020年03月22日

#290 新型ウィルス以上にひどいこと

 新型肺炎ウィルス感染拡大が止まりません。中国や韓国では感染者数が減少していますが、ヨーロッパを中心にイタリアやフランスなど国家非常事態宣言を行う国が出ており、おそらくヨーロッパでは20世紀初頭のスペイン風邪以来の非常事態宣言だと思われます。
 ところで当塾において新型ウィルス以上のことが発生してしました。2日前のことですが、朝9時頃に当塾に来た時に不動産屋から電話がありました。(当塾は賃貸物件です。)何事かと思い話を聞きますと、「お部屋は大丈夫ですか。南側の部屋を確認してください。」というものでした。いぶかしがって塾を開いている部屋に入ると、最初は気づかなかったのですが、障子の一部にしみがついています。変だと思い再度じっくり部屋を見渡すと、何と!!!???机の上に置いている本がずぶ濡れになっているではありませんか!
 急いで周囲を見渡すと天井から水漏れがしており、それが生徒の座らない机に重ねていた大切な教材をすべて濡らしていたのです!被害はそれだけではありません。教材用に作成していたプリント類も濡れていました。生徒が座る机にも水たまりができており、部屋の半分以上が何らかの被害を受けていました。また別の場所に置いているノートパソコンにも水滴がついていました。慌てて水滴をふき取り、パソコンを起動しましたが、水漏れの影響はなく、パソコンに保存しているデータは無事で、不幸中の幸いでした。
 不動産屋さんの話によると、昨晩深夜に4階に住んでいる住民が洗濯をしている時に水道につながっているホースが外れて水が流れ出し、本人が気づかない間にそれが3階の部屋に落ちて、3階の部屋の水が当塾で授業をしている部屋の天井に降り注いだようです。
 被害を受けた教材は辞書を含め30冊以上になります。濡れた本は乾かしてもページがめくれてしまい、使用不能です。新しい本は再度購入できますが、すでに販売を終了したものは手に入りません。水漏れを起こした住民から謝罪があり、ご本人が入っている損害保険で補償できるとのことですが、失われた教材は二度と使用できません。2日ほど24時間部屋のエアコンをつけたままにして部屋の湿気と教材の乾燥に努めましたが、変わり果てた教材に茫然自失で、しばし落涙です!?
 購入可能な教材は即購入し、授業に備えまようと思いますが、水漏れ前日に購入した一度も使用していない本も犠牲となり、補償金で補える以上の損失に言葉も出ません。
 私にとって、今回の事件は新型ウィルスに自分がかかる以上にショックな出来事でした。人生において「好事魔多し」とか「青天の霹靂」とか言われますが、自分に何の落ち度がなくても、様々なことが起こります。地震や洪水などの天災がそうです。今回の件は私にとって大きな教訓となりました。

2020年03月15日

#289 沈黙の春

 今日は春らしい陽気の一日でした。所用で福岡に行ってきましたが、電車の車窓から見える風景は菜の花が満開で、線路沿いのいたる所に黄色い花が咲き乱れていました。寒い冬から抜け出して、外で謳歌したい気分になります。しかし例年の春と異なり何かが違います。そうです。人影が見えないのです。車窓から見える公園やグラウンドには人影がまばらで、子供たちが遊んでいる姿がほとんど見られないのです。毎年のこの時期には多くの人が暖かな日差しを浴びている公園に出かけ、子どもたちの歓声が聞こえてくるのですが、今年の春はその姿は見えません。まるで「沈黙の春」です。
 「沈黙の春」と言えば、60年ほど前にレチェル・カーソンが書いた小説ですが、彼女はこの小説で、農薬の残留性や生物濃縮がもたらす生態系への影響を明らかにし、社会的に大きな影響を与えたことで知られています。「沈黙の春」をブログのタイトルに引用したのは公共の場で遊ぶ子どもたちの姿が消えてしまったからです。
 確かに、電車の乗客は通常の7割程度で、座席の空席が目立ちました。また日曜日の昼間の天神はいつも買い物客でごったがえしますが、今日は客足も少なく、静かな日曜日の風景がありました。
 小中高の一斉休校が始まり1週間が経ちますが、いろんな所で弊害が目立つようです。特に子どもたちにとって悪影響を与えているのが「子ども食堂」の臨時閉店です。先日NHKで次のニュースが報道されました。
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『子ども食堂 感染拡大で中止相次ぐ 都内で260か所以上』
 新型コロナウイルスの感染拡大で人が集まるイベントなどを自粛する動きが広がる中、子どもに食事や居場所を提供する「子ども食堂」も中止が相次いでいます。都内では少なくとも260か所以上が中止していて、関係者は「開催が相当厳しい状況となっていて、行政のバックアップが求められる」と話しています。
子ども食堂は、食事を無料や低額で提供する取り組みで、子ども食堂を支援するNPOによりますと、全国3700か所余りに広がっています。
 NHKが東京・23区にある子ども食堂に新型コロナウイルスの感染拡大を受けた対応について区や社会福祉協議会などを通じて聞いたところ、少なくとも383か所のうち、7割近くにあたる265か所が今月いっぱいの中止を決めたことが分かりました。
 一方、休校で給食が無くなり食事が十分に食べられない子どももいるとして、少なくとも25か所は予定どおり開くほか、中止する代わりに弁当を配るという食堂もあり、対応は分かれています。
 NPO法人全国こども食堂支援センター「むすびえ」の湯浅誠理事長は「自治体から自粛要請があったところもあり、子ども食堂を開くのが相当難しい状況となっている。経済的に厳しい家庭だけでなく子どもの日中の居場所が必要な家庭にきめ細かな支援ができるよう行政のバックアップも必要だ」と話しています。

シングルマザー「仕事が手につかないくらいショック」
各地で相次ぐ、子ども食堂の中止は、これまで利用してきた親子に影響を及ぼし始めています。

関東地方に住む42歳の女性です。
シングルマザーとして、営業の仕事をしながら小学2年の娘を育てています。

女性は限られた生活費でやりくりするため、月の半分近く、複数の子ども食堂を利用してきました。
しかし、子ども食堂の中止が相次ぐ中、今月は、まだ利用できていないでいます。さらに、今月2日から娘が通う学校が休校となり、日中の時間から、学童クラブに通わせた結果、弁当を持たせる必要が出てきました。こうした影響で、食費は2倍に膨らんだといいます。
 女性は「1食300円ほどで、バランスのとれた食事を作るのは難しいので無くなるとつらいです。シングルマザーの世帯にとり、月に1万円違うと影響は大きくて、仕事が手につかないぐらいショックでした」と話しています。
 さらに、忙しい営業活動に加え、こうした食事の準備など、家事の負担が増したことで、唯一の楽しみだった娘と向き合う時間が減ってしまったと、不安を募らせています。
 女性は「子ども食堂によって、私の負担が減って、顔を突き合わせて話をする時間ができていたけど、それがなくなるのがつらいですね。子ども食堂が中止され、初めてこんなに気持ちが荒れるぐらい助けられていたんだと改めて実感しています」と話していました。

あえて開催頻度を増やす食堂も
 多くの子ども食堂が感染のリスクを避けようと中止を決める中、あえていつもより開催する頻度を増やした食堂もあります。
千葉県松戸市で子ども食堂を開いている高橋亮さんは、これまで週に1回、土曜日に開催していましたが、学校の臨時休校が始まったあと週3回に増やしました。
 新型コロナウイルスの感染が拡大する中、開催を続けるか悩んだ時期もありましたが、学校の給食が無くなり、そのうえ子ども食堂も中止になれば利用しているひとり親や共働き家庭の中には日中、ひとりで過ごさざるをえなくなったり食事に困ったりする子どもがいると考えたからです。
 5日、平日の昼間に開いた子ども食堂では、集まった小学生から高校生まで17人に念入りに手や指の消毒をしてもらい、入り口の扉を開けっぱなしにして換気をしていました。
 子ども食堂での感染予防対策について国から具体的な指示はないため一般的に言われている感染予防の対策を可能なかぎり、徹底しているといいます。
 そして、ボランティアが宿題を見てあげたり、一緒にゲームをしたりして過ごした後、野菜や果物を多く取り入れた昼食を食べていました。
 参加した小学5年生の女の子は「お母さんは仕事で忙しいので休校が決まったときは『お昼どうしよう』と困っていました。ここでお昼食べられてお母さんが楽になれるからよかったです」と話していました。
 高橋さんは「私たちにできることは何か相当悩んだが、休校が決まり居場所のない子どもたちを受け入れなければいけないと決断した。ここに子どもたちが来ることが保護者の安心につながるので、衛生管理を徹底しながら、開催を続けたい」と話していました。

専門家「子どもたちは二重の不安」
子どもの貧困問題に詳しい、日本大学文理学部の末冨芳教授は、「子ども食堂は食事の提供だけでなく、子どもたちにとって、心理的な居場所にもなっているので、中止になると、子どもたちは二重の不安に襲われてしまう。学校給食は安全な体制で提供されているので、休校中であっても、希望者には、提供できるようにする仕組みが必要だ」と話していました。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200307/k10012318841000.html?utm_
int=all_side_ranking-social_003)
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 学校給食や子供食堂で一日の主な栄養を取っている子どもたちにとって、休校による給食の停止や、子ども食堂の一時停止は子供の死活問題に関わります。政府は感染者対策だけでなく、子どもの命にかかわる食事の問題を一日でも早く解決してもらいたいものです。

2020年03月08日

#288 全国一斉休校!?

 3月1日、暦の上では今日から春が始まりますが、今日は一日雨が断続的に降っており、気温も低い状態が続きました。
 新型肺炎ウィルスの勢いが止まりません。政府はこの状態を考慮し、明日2日から全国の小、中、高校に対し春休みまでの一斉休業を要請しました。この要請を受けて全国の学校現場では休業に向けて様々な対策が取られているようです。今日は日曜日ですが、多くの小学校や中学校で出校日とし、生徒たちに支持を与えているニュースがテレビで流れていました。当塾に通っている公立高等学校の生徒たちも同様に2日から自宅学習になっています。
 また多くの高等学校では3月1日が卒業式ですが、出席者は高校3年生と保護者のみという前代未聞の式になったようです。また福岡のいくつかの私立高校では卒業式自体を中止にした学校もあるようです。
 私立の学校では対応が微妙に異なっており、私が非常勤講師をしている明光学園では明日が卒業式で出席者は卒業生と教職員、保護者のみとなっています。また3月3日から期末試験が行われ、6日試験終了後に休校となるようです。
 また学校の休業措置に合わせて部活動も中止になります。春に行われる選抜高校野球が果たしてどのような扱いとなるか、高野連の対応に関する発表待ちとなります。おそらく公立高校は休業中に部活が中止となりますが、私立高校では学校の休業中も練習する旨の報道がなされており、同じ甲子園出場校として不公平感があります。さらに選抜野球を開催しても無観客試合とするか否か、非常に微妙な問題が山積しています。
 社会的に大きな影響を受けるのは教育現場だけではありません。スポーツなどのイベントが延期になったり、中止になったりしています。特にコンサートなどのイベントはキャンセル料やチケットの払い戻しなどで、かなりの赤字が予想されます。また様々な中小企業に生産中止や延期など不況に向かう要因が大きくなっています。政府は仕事が無くなった方々への補償を考えていますが、まだ具体的な指針が発表されていません。どれほどの補償になるのか、予想もできない状態です。
 政府は1,2週間が山場と説明していますが、それ以降どのような社会的影響が残るかを見守る必要があります。次回このブログを書く段階でどのような状況になっているか想像できないものがあります。すこしでも被害が少ない方へ動くことを願っています。

2020年03月01日

#287 日本が笑いものに!?

 今日は天皇誕生日の振り替え休日です。朝から雲一つない快晴で、早春の香りが漂っています。あと1週間で3月を迎える時期になり、今年も冬もまもなく終わりを告げます。
 ところで連日新型コロナウィルスのニュースが終日報道されていますが、感染者や防疫に従事した人々までを差別する事象が起こっています。対象者に対して暴言を吐いたり、子供に対しては学校でいじめを受けるなど、不当な扱いがなされています。どのような意図で差別行為を行っているのでしょうが。明日は我が身です自分が今度は感染者になる可能性はゼロではありません。感染された人や防疫従事者に対して激励や様々な支援を行うことが正しい在り方と思います。非常事態の時に協力し合うのが文化的な生き方です。
 さて暗い話題が続ていますので、今日は面白い(厳密にいえば恥ずかしい)話題をお届けします。今日たまたま見つけたウェブ記事に次のようなものがありました。

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『競技に興奮すると部屋に閉じ込められる? 東京五輪、競技場の不自然な英語「混乱招く」と懸念の声』
 「Calm down, cool down」「HELLO, OUR STADIUM」ーー東京五輪・パラリンピックのメインスタジアムとなる国立競技場を巡り、場内にあった英語表記の案内板などが「奇妙で意味不明だ」との声が上がっている。海外メディアの記者や英語が母国語の識者がSNSに相次いで投稿。「日本が笑いものにされるだけでなく、混乱を招く恐れがある」と懸念する意見も出ている。(共同通信=松本鉄兵)
▽目立った不自然な英語
 日本勤務が長い米紙ウォールストリート・ジャーナル編集委員で、英国出身のアラスター・ゲイルさんは昨年12月15日、報道関係者向けのお披露目イベントに参加した。完成したばかりの競技場を6時間かけて見て回ったという。競技場は「ピッチが見やすく、デザインもすごく良かった」(ゲイルさん)。それだけに不自然な英語表記が、際立っていたという。
「Calm down, cool down」
「Joho no Niwa」
などだ。
 どちらも何を意味するのか分からなかったという。「五輪は世界的な一大イベントですよ。大勢の人が訪れるのだから細かいところまで考えるべきだった。意味が分からない看板があると残念な気持ちになります」
 国立競技場を管理運営する「日本スポーツ振興センター」によると、「Joho no Niwa」はイベント用のエリアを指すという。
 「Calm down,cool down」は障害がある人の利用を想定しているといい、大勢の中から視線を遮り気持ちを落ち着かせるスペースだという。壁の色を暖色系にするなど配慮した。ただ公共空間での導入例が少なく、バリアフリーに取り組む「交通エコロジー・モビリティ財団」が東京五輪に向けて策定したピクトグラム(図記号)を参考にしたという。
 同財団の担当者は、新しい概念であるため理解しづらかったのかもしれないと話す。またきちんとした定義づけもされていないためピクトグラム化の作業は難しかったという。策定メンバーに言語を扱う専門家は入っていなかった。
▽誤訳が生まれる理由
 「Calm down, cool down」は誤解を招きかねないと問題視するのは、異文化コミュニケーションが専門の鳥飼玖美子・立教大名誉教授だ。「命令形で『落ち着け』と言っている。失礼な印象を受ける」と話す。日本では、競技を見に来て興奮すると部屋に閉じ込められるのかと、意図しない形で解釈される恐れもあると言う。「文法的に間違っていないだけにより深刻だ」。
 米国出身で、異文化コミュニケーションが専門のロッシェル・カップ北九州市立大教授は、お披露目イベントの際に使われたキャッチフレーズ「HELLO, OUR STADIUM」との表現に違和感を抱いたという。「日本人にとっては分かりやすいかもしれませんが、英語にはない表現で、最初に見たときはとても奇妙だった」と戸惑う。
 カップさんは、国立競技場内にあった不自然な英語表記をツイッターで紹介する一方、ニューズウェーク日本版の電子版やジャパンタイムズのオピニオン欄にも寄稿。日本の顔となるはずの国立競技場に1千億円以上も投じながら、なぜ英語表記に十分思いを巡らせることができなかったのかと論じた。外国語表記を考える際、プロ翻訳者のチェックを経ていなかったり機械翻訳に頼り切ったりしているのが原因ではないかと推測する。
 不正確な英訳が話題になったケースは過去にもあった。
 大阪市の地下鉄を運行する大阪メトロでは昨年、公式サイトの外国語ページに、路線名の「堺筋」を「Sakai muscle」(堺 筋肉)とする誤った英訳を掲載していたことが判明。また「3両目」を「3 Eyes」、駅名の「天下茶屋」を「World Teahouse」と表記していた。自動翻訳ソフトが原因だった。
 ▽1964年東京五輪でも
 かつては企業で働く若い女性を和製英語で「BG」(ビジネスガール)と呼んだ時代もあった。しかし英語圏では「接客業」と受け止められるとして、NHKが1964年の東京五輪を前に放送禁止用語にした。間もなく「OL」(オフィスレディー)という新たな和製英語が生まれた。
 鳥飼氏は、日本人の言語に対する意識は前回の五輪からほとんど変わっていないと苦笑いする。「単に英語で表記すればいいということではなく、その言葉を見た人がどう受け止めるか、どう表現したら正確に情報が伝わるかという視点が大事だ。それこそがおもてなしの心ではないのか」と話す。
 その上で、外国語に翻訳する際は、正しい表現であるかどうかをプロの通訳者や翻訳者に必ず確認する必要があると説く。
 日本スポーツ振興センターの広報担当者は取材に「Calm down, cool down」などの英語表記について「現時点で変更する予定はない」。
(https://www.47news.jp/47reporters/4551743.html)
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 大阪の堺筋が"Sakai Muscle"(堺の筋肉)ですか。漫才の材料になるような笑い話では済まされない語訳です。翻訳の難しさは文化的な背景や異なる言語上の観念を無視して、そのまま外国語に直すことです。
 これは日本語をあまり知らない外国人が使う日本語にも当てはまります。私がシドニーに住んでいた頃、語学学校のの先生から日本語のパンフレットの添削を頼まれたことがありました。確かに文法的には正しくても、そのままでは通用しない表現が何か所もあり訂正したことを思い出します。
 ましてオリンピック会場は世界中から人々が集う場所です。正しい表記を使用してもらいたいものです。そうしないと「日本人の英語は変だ」という印象をまた与えてしまうことになり、日本が世界からの笑いものになります。

2020年02月24日

#286 山川異域 風月同天

 今朝は久しぶりの雨が降っていましたが、今後明後日まで気温が低下し、今年一番の寒気が到来すると天気予報が言っています。九州北部でも降雪が記録されることになると、今冬初めての雪になります。
 ところで先週に引き続き、日本国内でも多くの新型肺炎ウィルス患者が発見されています。武漢が閉鎖される前におよそ500万人が脱出した経緯もあり、また中国政府の隠蔽ともいえる対応の遅さにより、新型ウィルス患者の多くが日本国内に入り込み、現状を引き起こしたとも考えられます。とにかくこれまで以上に感染拡大が予想されますので、人込みなど不要の外出はしばらく避けた方がよさそうです。
 さて、日本各地から武漢を始めとするウィルス汚染地区にマスクなど医療品を送ったことで中国人から感謝の声が上がっています。その中に次のようなニュースがありました。

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『日本からの支援に書かれていた「漢詩」、「日本人に逆に教えられた」
 中国では今、「山川異域 風月同天」という漢詩の一部が話題となっている。別の場所に暮らしていても、自然の風物はつながっているという意味で、中国語検定試験「HSK」の日本事務局から中国への支援物資の箱に書かれていたものだが、中国では日本の支援に感謝するとともに、日本人のほうが中国文化に造詣が深いことに衝撃を受ける人が後を絶たないようだ。中国メディアの今日頭条は12日、「日本が教えてくれたこと」と題し、中国の伝統文化を見直してみるようすすめる記事を掲載した。

 日本からの支援物資には、他にも中国の漢詩などを引用したメッセージが見られている。富山県から遼寧省に送られた箱には、「遼河雪融、富山花開。同気連枝、共盼春来」(遼河の雪が融ければ富山の花が開く。同じ気でつながる枝同士、ともに春の到来を待つ)とのメッセージが送られたが、これは千字文をアレンジしたものである。京都府舞鶴市から遼寧・大連市へと送られた支援物資の箱には、場所は離れていても心は一つという意味の「青山一道同雲雨、明月何曾是両郷」という漢文が書かれていた。

 こうした漢文・漢詩は言うまでもなく中国から日本に入ってきたものだが、日本人の方から漢詩を引用してメッセージを送ってきたことを、中国人は大変驚いているようだ。中国国内でも、武漢に対する応援メッセージがネット上などで届けられているが、その多くは「武漢加油」(武漢頑張れ)という単純な一言にとどまっている。

 無論、どちらも「応援しよう」という気持ちに変わりはないが、では中国の伝統文化を活用している日本との格差を目にして、中国人はどう反応すればよいのだろう。記事は、「自虐に走ることはないが、日本から学ぶべきことは学ぶ」ように勧めている。「文化は愛でるものではなく使うもの」だと指摘し、日本との格差を認めつつ、中国のソフトパワーに変えることは可能だと前向きな姿勢を見せている。記事は結びに、改めて日本の親切に感謝しつつ、中国の伝統文化の良さに気づかせてくれたことにも感謝を伝えている。

 今回の中国人を驚かせた、支援物資に見られたメッセージの数々は、日中を問わず中国の文化の良さを改めて再確認させてくれたのではないだろうか。中国に起源をもつ漢文・漢詩に力を得て、新型ウイルスという困難に立ち向かってほしいものである。
(http://news.searchina.net/id/1686864?page=1)
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 上記の記事は中国人が日本人の支援に対して謝意を示している一例ですが、多くの中国人観光客が京都を訪れ、唐を模して造られた京都の街並みに昔の唐時代をを思い起こすようです。1970年代の文化大革命により貴重な多くの文化的価値を失った中国ですが、昔の中国を懐かしむ文化がこの日本に残存しており、この度の支援物資に添付した詩も中国人にとり自分たちの文化を思い起こさせたのではないでしょうか。
 とにかく現時点では、中国の新型ウィルスを抑え込み、中国政府t協力して日本国内で蔓延し始めている新型肺炎を抑える必要があります。今後の拡大を注視する必要があります。

2020年02月16日

#285 今年も届きました

 今朝は全国的に寒気の影響で、最低気温を更新した場所が多かったようです。昨日は強い寒気の影響で北海道は各地で厳しい冷え込みとなっています。7時までの最低気温は、上川地方の江丹別でー36.0度まで下がりました。国内でー35度以下になるのは19年ぶりとなるそうです。
 ところで新型肺炎ウィルスはまだ猛威を振るっており、毎日ニュースでも伝えられていますが、横浜に停泊している客船からほぼ毎日のように感染者の報告が伝えられています。船のような閉鎖環境では下船するわけにはいかず、各船室で待機を求められます。せっかくの船旅が最悪の状況になっています。この状況がいつまで続くかは断定できませんが、この客船のウィルス収束までしばらく時間がかかりそうです。
 さて毎年この時期に楽しみにしていることがあります。1月末にささやかな冊子が届きます。株式会社クマヒラからの「抜粋のつづり」です。この冊子には以前のブログに書いていますが、国内外に無料で配布されており、最近1年間の深部雑誌等から珠玉のエッセイなどを集めたものです。本日はその中から1つのエッセイを転載します。

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『利他のこころ』東 ゆみこ(大法輪「鉄笛」元年7月号より)
 八十歳をすぎた私の両親はともに認知症をわずらい、1年半ほど前、立て続けに同じ病院の三階と四階に入院し、離ればなれになった。最近になって父だけが介護施設に移ったが、病気は進行し、お金も携帯電話も一人で扱うことができず、ほんの少しの着替えと日用品だけで毎日を過ごしている。
 見舞いに行くと、母は毎回「せっかくの昼寝が邪魔された。いい気持ちで寝ていたのに。帰ってくらっしぇ」と言う。父は窓から見える槙(まき)の木の枝が気になるらしく、「あそこが刈られていないなあ」と繰り返しつぶやく。そういえば、別の病院では、禁止されている携帯電話をかけ続けたり、「寿司を持って見舞いに来い!」とどなったりする老人を見たこともある。
 心身が衰え、慣れ親しんだ人や家、大切にしていた物から離れて、記憶さえ薄れていく中にあっても人間は何かにこだわり続ける。なぜこだわるのか。他人には容易に理解しがたいが、そういう出来事に遭遇すると、いつも伯母の死の場面が思い出される。
 ここでいう伯母とは、私の母のきょうだいのうちの最年長の姉を指している。貧しい漁師の家に生ま育ち、若いころは腕の良い海女で、その稼ぎで両親や弟妹たちの生活を支えた。
 あるとき伯母は、子どもがいなかったために跡継ぎを探していた小さな旅館の女将にほれこまれ、養女となった。旅館のことなど何ひとつ知らなかった伯母は、料理はもとより、旅館のきりもり、業者とのつきあいに至るまで、女将の教えを、睡眠時間をけずって習得した。
 女将が亡くなって旅館を引き継いだ後も、教えに忠実だった。墓参りも欠かさず。仏壇に線香とご飯をそなえ、「おばあちゃんが好きだったから」といって、自分では吸わない煙草を口にくわえて火をつけ、線香の隣に立てていた。伯母は、貧しい海女だった自分を二代目に選んでくれたおかげで、自分の家族が金銭的に助かったと、毎日手を合わせて感謝していたのである。
 けれども、そんな伯母が、ひょんなことから子ども向けに書かれた釈尊の四門出遊(しもんしゅつゆう)の物語を読み、先代の女将は、「行商人というものはこちらを騙して、質の悪い魚を高く売ろうとするから気をつけろ。つけいられないように叱り飛ばせ。」と伯母に命じた。伯母はことば通り行商人に厳しい態度をとっていた。だが、人々の苦しみを見て出家を決意された釈尊のように、身内だけでなく他人に対して思いやりの心を持たなければならないと考えた。先代の女将のおかげで自分の家族が助かったように、自分も他の人をできるだけ助けるべきだ、と。そこで、行商人に深々と頭を下げ、これまでの自分の態度を率直に謝り、時折チップを渡すようになった。チップは行商人が商売をたたんだ日まで続いた。
 伯母は釈尊の童話をきっかけとして、これまでの教えを捨て、生き方を抜本的に改めたのである。しかし、感謝の念は絶えることなく、脳梗塞や心筋梗塞で倒れた後も、「車で行けば」という息子の勧めを断って、道端で休み休みしながら、不自由な体で墓参りを続けた。
 その伯母が亡くなったときの話である。
 たまたま帰省していたおり、叔母が危篤状態だとの連絡がはいった。母とともに病院に急行すると、すでに親類縁者、七、八名が集まっていた。私も小学生のころに看てもらった主治医のI先生が、叔母の脈をとっていた。伯母はまさに亡くなろうとしていた。
 旅館の跡取りである長男は。「かあちゃーん、俺をおいて逝かないでくれよォ」と叫んだ。伯父は伯母の名前を呼び、「いろいろ世話になったな。俺も、俺の親も兄弟も、みんな本当に世話になった。」と声をかけた。冗談好きの伯父が伯母の名前をまじめに読んだので、私はそれをはじめて聞いたかのような感慨を覚えた。他の人たちはほとんど口をきかず、身じろぎもせず、じっと様子を見守っているばかりだった。
 そんな中、I先生が右手を大きく動かして、自分の顔をふいたのが目にとまった。驚いたことに、患者の死に慣れているはずの先生が泣いていた。何度か涙をぬぐった後に、こうつぶやいた。
 「この人はさぁ、俺に『体を大事にしてください』って言うんだよなぁ。患者なのに、死ぬっていうときに、医者の体の心配をするんだよ。痛いとか苦しいとか文句も言わないで。こんな患者、はじめて見たよ。」
 数日後、先代の女将が眠る菩提寺で葬儀が営まれた。説法の段になって、それまで式を取りしきっていた若い住職に代わって、奥の方から老住職がよぼよぼとした足取りでやって来られた。老住職はたどたどしい口調で法名について話し始めた。
 「仏の最も大切な教えのひとつである慈悲。この慈悲の中でも大いなる慈悲をあらわす『大慈』の文字をつけさせていただきました。おかみさんは、生前みなさんを大きく慈しみました。仏の教えにつかえる身で、私がおかみさんに慈しみを与えるべきところ、この私にさえ、おかみさんは慈しんでくださった。私は末期がんで、もうすぐあとを追うことになるでしょう。それなのに、こんなことしか言えなくて情けないが、このへっぽこな頭で何度考えても、この方の戒名には『大慈』しかない。これしか思い浮かびませんでした」
 もう三十年以上も昔のことである。
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 人はこの世を去るときに、その人の真の価値が分かります。どれだけ世の中で成功して名を残しても、その人がどれだけ周囲に愛情や慈悲を与えたかにより、本人の本当の評価が決まります。そして、その人の人生の集大成になります。人の生まれは時代や家庭環境により大きく異なりますが、その人の一生の間にどれだけ愛情を注ぐことができるかが、人の真の価値を決めていくことでしょう。

2020年02月09日

#284 感染列島

 今日は朝から春霞のかかったような空模様で、2月が始まったばかりですが、3月初旬のような陽気です。この春のような陽気に誘われて近くの大牟田市動物園の上にある貯水塔に久しぶりに行ってきました。ここは延命公園内にあります。正式名称は「延命貯水池展望台」と言います。当塾から歩いて10分ほどの距離です。その途中に大牟田市を舞台にした映画「いのちスケッチ」のロケ現場の動物園がありますが、チケット売り場には親子連れの列ができていました。展望台の上から大牟田市や荒尾市の一部、そして有明海や遠く島原、雲仙も一望できます。冬枯れた街の風景が印象的でした。
 さて最近毎日トップニュースになっているのがコロナウィルスによる新型肺炎の感染です。本日のNHKのニュースでは「今回の感染拡大に伴う死者は300人を超え、患者の数も2590人増えて1万4380人となった」と報道しています。ご存じのように、日本でも感染者の数が拡大しており、日本政府は今回の新型のウイルスによる肺炎などの感染症を感染症法の「指定感染症」と検疫法の「検疫感染症」にする政令を当初の予定より前倒しして昨日施行しました。この新型ウィルスによる感染がいつまで続くのか分かりませんが、確実に世界中に拡大しています。
 この新型ウィルスの感染拡大に関連して、ふと数年前にテレビで放映された映画を思い出しました。妻夫木聡、檀れい主演の「感染列島」です。この映画をご覧になっていない方に長くなりますが、この映画のあらすじをご紹介します。
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 新型インフルエンザの発見から3ケ月後の日本が舞台である映画です。ある日救急救命士の松岡(妻夫木)のもとへ、インフルエンザと思われる患者が運ばれてきます。松岡はインフルエンザとはみなさず、薬を渡して患者を帰します。しかしその翌日、同じ患者がまたしても運ばれてくることに。しかも昨日とは状況がまったく異なっていて、あらゆる処置が効果を発揮しません。患者は口からも目や鼻からも血を流して死亡してしまいました。
 同時に搬送された、患者の妻真鍋だけは助かります。医療スタッフとWHOは、「これは新型インフルエンザではないか」と疑い始めますが、すでに感染は急スピードで広まっているのでした。院内も徐々に戦場の様相を呈していくことになります。
 新型インフルエンザの広まりを食い止めるためにWHOから一人の人物が日本へ派遣されます。それは松岡の元恋人である小林(団れい)でした。小林は、「この感染症が国内に広まったら3ヶ月以内に交通網・都市機能がストップ、6ヶ月後には感染者数が数千万人になる」というショッキングな予測を知らせます。小林も加わって医療チームは懸命に対処にあたりますが、感染を食い止めることがなかなかできません。
 ついには医療スタッフにまで感染が広がり始めてしまいます。焦りと恐怖が募るスタッフですが、小林と松岡はある1つの疑問を抱きます。それは潜伏期がまったくないことと、発症から死に至るまであまりにも早いという2つの特徴でした。これらのヒントから、小林と松岡は、「新型インフルエンザではない」という仮説を立てます。「パンデミック」と名付けた謎の感染症の感染源とウィルスを突き止めるため、二人の新たな戦いが始まるのでした。
 しかしそうしているうちにも感染者の数は全国で数千万人を超える莫大な数に。それまで献身的に働いていた看護師も、夫と娘を残してこの世を去ってしまうのでした。
 松岡は違法と知りながらもウィルスの正体を突き止めるために、ウィルス研究者の鈴木に検体を渡して調査を依頼します。同時に、鳥インフルエンザの権威である仁志とともに、ウィルスの発症となった地を探し始めました。
 第一感染者である真鍋の家を訪れると、真鍋の父は海外で活躍する医師であるが行方不明で帰国時に体調が悪かったことがわかります。その地を訪れると、感染症と似た症状の患者がいて、感染地が判明します。さらに松岡と仁志は、洞窟内に潜むコウモリが感染源であることまで突き止めました。
 その頃、ウィルス研究者の鈴木も病原体の解明に成功し、ワクチンの作成が進められます。しかしワクチンの完成までは半年ほどかかり、それまで生き延びられるかが問題に。
 小林はパンデミックの患者に血清を輸血する方法を松岡に教えて遠方に旅立ちます。しかしとうとう小林もパンデミックに感染してしまいます。松岡と知り合った養鶏場の娘の夏緒も感染していましたが、松岡は第1感染者から採取した血清を夏緒に打ちます。
夏緒は奇跡的に回復し、松岡は血清が効果を出したことを確かめます。
 血清を持って小林のもとへと急ぐ松岡でしたが、小林はすでに命を落としていました。松岡はかつて小林がガンで弟を失ったことを思い出します。どれほどつらい状況でも、「明日はある」と伝えられる医師でいてほしいと、小林の弟は望んでいました。
そのことを伝えられず後悔する松岡。半年経過してようやくワクチンが完成し、パンデミックは鎮静化に向かうのでした。
(https://magazinekuchico.jp/movie/映画『感染列島』のネタバレあらすじ/)
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 この映画の中で感染した患者が病院に殺到しますが、その場面が現在武漢の病院の待合室で多くの人達が診察を待っている姿と重なります。一見するに値する映画です。日本国内で最悪数百万人の重症感染患者が発生した場合にこのような状況になると思われます。
 現在新型ウィルスがどのような広がりを見せ、どのように収束するかは誰も分かりません。このウィルスがインフルエンザのような性格を持つものであれば、夏前に収束することも考えられますが、WHOも現在判断できない状況です。また東京オリンピックも控えていますので早急な防疫対策が必要となります。特にオリンピックには世界各地から選手や観衆が集まってきます。それまでに終息宣言を出しませんと、オリンピック自体が中止になってしまします。今後の新型ウィルスの動向を注視したいところです。

2020年02月02日

#283 人口の14%?

 ここ数日天気の悪い日々が続いています。雪空ということが言えれば真冬の気候になりますが、まるで春の菜種梅雨のような暖かい雨の日が断続的に続いています。例年の一番寒いこの時期には考えられないことです。これも地球温暖化の影響でしょうか。気象専門家はダイポール現象という表現を用いていますが、冬に雪が降りませんと春以降の全国的な水不足が懸念されます。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とならないように、すべての事柄において中庸が大切です。
 さて、本日のブログタイトルの「14%」の数字から何を連想できるでしょうか。この数字は『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治著 新潮新書)の中に出てくる数字です。この本のタイトルと帯の部分に描かれた不釣り合いに”3等分”したケーキのイラストに惹かれて思わず買って一読した本の中に出てくる驚愕的な数字です。この本を読んでいらっしゃらない方に目次をご紹介します。
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第1章 「反省以前」の子どもたち
「凶暴で手に負えない少年」の真実/世の中のすべてが歪んで見えている?/面接と検査から浮かび上がってきた実態/学校で気づかれない子どもたち/褒める教育だけでは問題は解決しない/一日5分で日本が変わる

第2章 「僕はやさしい人間です」と答える殺人少年
ケーキを切れない非行少年たち/計算ができず、漢字も読めない/計画が立てられない、見通しがもてない/そもそも反省ができず、葛藤すらもてない/自分はやさしいと言う殺人少年/人を殺してみたい気持ちが消えない少年/幼児ばかり狙う性非行少年

第3章 非行少年に共通する特徴
非行少年に共通する特徴5点セット+1【/ 認知機能の弱さ 】見たり聞いたり想像する力が弱い「/不真面目な生徒」「やる気がない生徒」の背景にあるもの/想像力が弱ければ努力できない/悪いことをしても反省できない【/ 感情統制の弱さ 】感情を統制できないと認知機能も働かない/ストレス発散のために性非行/ “怒り"の背景を知らねばならない/ “怒り"は冷静な思考を止める/感情は多くの行動の動機づけである【/ 融通の利かなさ 】頭が硬いとどうなるのか?/BADS(遂行機能障害症候群の行動評価)/学校にも多い「融通の利かない子」/融通の利かなさが被害感につながる【/ 不適切な自己評価 】自分のことを知らないとどうなるのか?/なぜ自己評価が不適切になるのか【?/ 対人スキルの乏しさ 】対人スキルが弱いとどうなるのか?/嫌われないために非行に走る?/性の問題行動につながることも【/ 身体的不器用さ 】身体が不器用だったらどうなるのか?/不器用さは周りにバレる/身体的不器用さの特徴と背景

第4章 気づかれない子どもたち
子どもたちが発しているサイン/サインの「出し始め」は小学2年生から/保護者にも気づかれない/社会でも気づかれない「/クラスの下から5人」の子どもたち/病名のつかない子どもたち/非行化も懸念される子どもたち/気づかれないから警察に逮捕される

第5章 忘れられた人々
どうしてそんなことをするのか理解不能な人々/かつての「軽度知的障害」は人口の14%いた?/大人になると忘れられてしまう厄介な人々/健常人と見分けがつきにくい「/軽度」という誤解/虐待も知的なハンディが原因の場合も/本来は保護しなければならない障害者が犯罪者に/刑務所にかなりの割合でいる忘れられた人々/少年院にもいた「忘れ られた少年たち」/被害者が被害者を生む

第6章 褒める教育だけでは問題は解決しない
褒める教育で本当に改善するのか「?/この子は自尊感情が低い」という紋切り型フレーズ/教科教育以外はないがしろにされている/全ての学習の基礎となる認知機能への支援を/医療・心理分野からは救えないもの/知能検査だけではなぜダメなのか「?/知的には問題ない」が新たな障害を生む/ソーシャルスキルが身につかない訳/司法分野にないもの/欧米の受け売りでは通用しない

第7章 ではどうすれば? 1日5分で日本を変える
非行少年から学ぶ子どもの教育/共通するのは「自己への気づき」と「自己評価の向上」/やる気のない非行少年たちが劇的に変わった瞬間/子どもへの社会面、学習面、身体面の三支援/認知機能に着目した新しい治療教育/学習の土台にある認知機能をターゲットにせよ/新しいブレーキをつける方法/子どもの心を傷つけないトレーニング/朝の会の1日5分でできる/お金をかけないでもできる/脳機能と犯罪との関係/性犯罪者を治すための認知機能トレーニング/被虐待児童の治療にも/犯罪者を納税者に
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 この14%は第4章と第5章に出てくるデータで、著者は次のように説明しています。
 「現在、一般に流通している『知能生涯はIQが70未満』という定義は、実は1970年代以降のものです。1950年代の一時期、『知能指数はIQ85未満とする』とされたことがありました。IQ70~84は、現在では『境界知能』と言われている範囲に当たります。知的障害と判定される全体の16%くらいになり、あまりにも人数が多すぎる、支援現場の実態に合わない、など様々な理由から『IQ85未満』から『IQ70未満』に下げられた経緯があります。ここで気づいて欲しいことがあります。時代によって知的障害の定義が変わったとしても、事実が変わるわけではないことを。IQ70~84の子どもたち、つまり境界知能の子どもたちは、依然として存在するのです。」
 著者は長年の非行少年に対する臨床心理士として非行少年の多くに認知機能の不足を指摘しますが、この「特別な」子どもたちだけでなく、一般家庭の子どもたちのうち、14%に何らかの欠点を持った子どもが存在することを指摘しています。特にクラスの中の下位5人程度に学習障害や問題行動を起こす生徒がいることを指摘しています。またこのような子どもが学校を卒業して世の中に出ると、「忘れられた厄介な人々」になると言っています。
 確かに最近ニュース等で知られています「あおり運転」をする人物には感情を抑えられない等の「普通でない」心理状態が見られます。この14%が正しければ私たちの周囲に高い頻度で問題行動を起こす人物が存在することになります。
 今回のテーマには様々な意見のあることは承知していますが、特に教育者や子供の保護者の方々に一読して頂きたい本です。

2020年01月26日

#282 天に異変が!?

 今年度のセンター試験が本日で終了し、いよいよ来年度から大学入試共通テストが始まります。現在の高校2年生が受験することになりますが、ご存じのように文科省の方針に対して様々な異論が噴出しています。もちろん英語だけでなく、数学や国語などの教科にも採点方法や採点基準等に対して多くの懸念があり、今後の文科省の対応に注視していく必要があります。
 さて真冬の夜空の名物としてオリオン座と冬の大三角形がよく話題になりますが、この冬の大三角形を形作っているオリオン座に今異変が起こっています。冬の大三角形はおおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウスの3つの星がが形成する三角形です。このうちベテルギウスの様子がおかしいのです。天文ファンの間ではここ数年の間大きな話題となっていますが今冬になりベテルギウスの光が2等星以下に落ちているのです。普段のベテルギウスが1等星の輝きで、冬空に一際輝いていますが、昨晩見たところ、確かに光量が落ちており、大三角形の形が崩れています。
 専門家によりますと、ベテルギウスは光量を変える変光星で数10年単位で明るさを変えますが、昨今の明るさの変化は異常としか言えないほど落ちています。このことに関する記事を紹介します。

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『ベテルギウス、爆発迫る? オリオン座、減光で話題に
 冬の夜空に明るく輝くオリオン座の「ベテルギウス」が昨秋から暗くなっている。もともと明るさが変わる変光星だが、通常の範囲を外れた暗さだとの情報が出回り、寿命が尽きて超新星爆発を起こすのでは、とインターネット上で話題になった。だが専門家は否定的だ。
 オリオン座はギリシャ神話の狩人オリオンがモデルで、ベテルギウスは右肩の赤い星。質量は太陽の約20倍、約1千万年の寿命のうち9割を過ぎたとみられる。爆発すれば天の川銀河で約400年ぶりの超新星で、月ほど明るくなった後、見えなくなる可能性がある。
 確かに暗くなってはいるようだ。大西浩次長野工業高専教授によると、通常は0等から1.2等の幅で明るさが変動するが、昨年12月ごろからは従来の幅を超えるくらい暗くなったという
ただ、異常事態かどうかには疑問符が付く。国立天文台の山岡均准教授は「測定精度は観測者による差が大きい」と指摘。2003年と07年にも同程度に暗い時があったとする。何より「超新星爆発と今回の変光は無関係」と山岡さん。爆発前に星が暗くなるような現象は起きないという。「爆発間近か」「星空が寂しくなる」とあおるツイッターなどの書き込みに困惑した様子だ。
 寿命といっても「あと数日という人もいるし、数十万年くらいかも」と大西さん。気長に待つよう勧めている。
(https://news.livedoor.com/article/detail/17683197/)
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 専門家によりますと、ベテルギウスが超新星爆発を起こすかどうかは疑問とのことですが、日蝕や月蝕以外で天文の話題が人口に膾炙するのは面白いことです。小学生の頃に父に天体望遠鏡を買ってもらい、毎晩月や惑星を眺めていたことを今でも思い出します。月は比較的大きな衛星ですので、月面がはっきりと見えますが、惑星にいたっては遠距離にありますので、小さな望遠鏡ではいくら倍率を上げても、にじんだ点にしか見えません。例えば天体写真で土星の輪がはっきり見えている写真がありますが、あれは本格的な望遠鏡を使用して撮った写真であり、残念ながら私の望遠鏡ではぼんやりした楕円形しか見えませんでした。
 最近の高性能の望遠鏡ではコンピュータを連動したものがあり、星座名や惑星名を入力するだけで、その方向に自動的に望遠鏡を向けるシステムをもったものが比較的購入しやすい価格で販売されています。今後ベテルギウスが超新星爆発をいつするのか分かりませんが、たまには夜空を見上げることもよいことです。今夜あたり冬の星座を楽しんではいかがですか。

2020年01月19日

#281 オーストラリアの森林火災

 今日は3連休の最終日になります。空には雲が出ていますが朝から晴れており、現在の気温が9度と冬らしい天気になっています。
 ところで南半球は現在夏ですが、オーストラリアは大規模な森林火災で非常事態が続いています。Japan Forbes の昨日のネット記事では次のように伝えています。

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『オーストラリア森林火災で「種の絶滅」は必至、生物学者が指摘』
 オーストラリアの山火事は壊滅的な被害をもたらし、依然として衰える気配を見せていない。貴重な野生動物が数多く生息する、現地の生態系に深刻なダメージが及んでいる。
 火事でこれまで、推定10億以上の動物が命を失ったとされる。これは想像を絶する数字ではあるが、トータルの被害はさらに拡大する見通しだ。
 「5億から10億の動物が犠牲になったとの議論もあるが、哺乳類や爬虫類、両生類及び鳥類に無脊椎動物を加えた場合、死亡した個体数の合計が兆単位に達する恐れもある」と、イーストアングリア大学の生物学教授でBBCの番組司会者としても有名なベン・ギャロッドは述べた。
 「オーストラリア大陸はきわめて独特な生態系を誇り、この地域の維管束植物(シダ植物や種子植物)の85%と、哺乳動物の80%は、他の大陸では見られないものだ」と彼は続けた。
 10億以上の動物が犠牲になったとするデータは、世界自然保護基金が発表した数値を元に、シドニー大学教授のクリス・ディックマンが試算したものだ。しかし、ディックマンの試算に無脊椎動物は含まれていないという。
今回の火災は既に1800万エーカーを焼き尽くしたが、ギャロッドはその影響が数カ月から数年の間、残り続けると予測する。火災から逃げた動物も棲みかを失い、食べ物の入手に苦しむことが予想される。結果として、いくつかの種が絶滅してしまうことが確実だとギャロッドは考えている。
 「今のレベルの地球温暖化で、これほどの被害が起こるのであれば、仮に地球の平均気温が摂氏2度から3度上昇した場合、一体どのような事態になるだろう。今こそ人類は一致団結して行動を起こすべきだ」と彼は続けた。
(https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/オーストラリア森林火災で「種の絶滅」は必至、生物学者が指摘/ar-BBYRtRp)
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 オーストラリアの森林火災(bush fire)は毎年発生しますが、昨年から今年にかけて発生した森林火災は数か月続いています。森林火災の原因はオーストラリア国内に群生するユーカリプスの木です。コアラの主食として知られていますが、この木は多量の油性分を含み、特に気温の高い夏には枝が風にあおられて、その摩擦熱により簡単に発火します。また落雷により多くの火災が発生します。
 ニュース報道ではあまり知らせませんが、私がオーストラリアにいた時に、現地の人から聞いた話では、森林火災を防ぐために昔はオーストラリア先住民であるアボリジニは森林を少しずつ伐採し、適度の規模の森林火災を発生させて大規模な火災を防いでいたそうです。しかし現在では白人移住者によりアボリジニはエアーズロック近郊の保護地に追いやられ、森林を管理することをしていませんので、一旦火災が生じますと大規模なものになる傾向があります。
 私の体験では、大学の図書館で勉強していた時に、ふと窓の外に目をやると、近くの森林が燃えていました。そのように森林火災は日常的なもので、オーストラリア人にとって夏の風物詩と言えるものですが、確かに今回の大規模火災は今までで一番ひどいものとなっています。上記の記事のように生態系にも大きな影響を及ぼしますので、一刻も早い消火が望まれますが、ご存じのようにオーストラリアは乾燥気候により、夏はほとんど雨が降りません。このまま自然消火に頼るしか方法はないようです。

2020年01月13日

#280 入試シーズンが始まります

 今日は朝から快晴で日中は比較的暖かな穏やかな冬の一日でした。正月休みも本日で終わり、多くの人々は明日6日が仕事始めだと思いますが、当塾では3日が仕事始めでした。高校や大学入試を受験する受験生がいる年はたいてい1月3日から授業を開始します。1月2日から授業を始めた時もありました。今年は高校受験をする生徒がいますので、当塾はすでに授業を行っています。
 受験と言えば、中学入試がまもなく始まります。大牟田市の私立中学入試は大牟田中学校が明日6日に、明光学園中学校が7日に入試が行われます。福岡地区も前後して中学入試が行われます。
 福岡都市圏と郡部の中学入試の違いですが、都市圏では公立中学よりも私立中学を第1志望として考えている小学生が比較的に多いのですが、郡部ではやはり公立中学校を優先する傾向があり、地元の私立中学校を受験する小学生は比較的少ないようです。その理由として公立中学校の方が経済的であり、高い授業料を出してまで地元の私立中学校に子供をいかせる理由が見つからないためです。
 筑後地区では、久留米大学附設中学校は大学進学の優れた実績を残しており、入試の競争率も高く、鹿児島のラサール中学と同じレベルの難関私立中学ですが、それ以外の私立中学校はそれほど学力は高くなく、生徒募集に苦労しています。そのために大牟田地区の私立中学校や高校はスクールバスを持っており、北は久留米・柳川・八女地区までスクールバスを運用しており、南は荒尾・長洲・玉名までスクールバスを走らせています。
 私立の高校入試は月末に予定されています。ただし以前とは異なり、先願入試・前期試験・後期試験と最大3回入試を受験することができます。また定員割れを考慮して、受験する大半の生徒が合格する現実もあります。
 しかしながら、あくまでも入試です。合否は入試当日の体調にも左右されますので、やはり受験生にとって入試は1回勝負の意味合いがあります。自分の志望校に合格すべく受験生には最後まで頑張って欲しいと思います。受験生がんばれ!

2020年01月05日

# 279 令和2年が始まりました

 新年あけましておめでとうございます。令和2年(2020年)が始まりました。今年も皆様にとって良き1年でありますように、心よりお祈り申し上げます。今年は干支の始まりである子年ですので、何事も心機一転で始まる兆しがあります。
 私も初心に戻って学習塾二コラの運営を行う所存です。そのために今年は健康で毎日を過ごすことを第一義と考えています。還暦を既に過ぎた私にとって、若いころと違い、勢いでは健康を維持できませんし、また質の高いの授業を日々実践できません。健康であればこそ、積極的に様々な活動に取り組むことができます。その意味で今年も学習塾二コラは生徒たちに常に意欲的な学習機会を与え続けることができるように心がける所存です。今年も一年よろしくお願いいたします。
 次に新年にちなんで、マザーテレサの言葉をご紹介します。

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『わたしをお使いください
       ~ マザー・テレサの祈り ~』

主よ、きょう一日、
貧しい人や病んでいる人々を助けるために  
わたしの手をお望みでしたら
きょう わたしのこの手をお使いください。

主よ、きょう一日、
友を求める小さな人々を訪れるために
わたしの足をお望みでしたら
きょう わたしのこの足をお使いください。

主よ、きょう1日、
優しい言葉に飢えている人々と語り合うために
わたしの声をお望みでしたら
きょう わたしのこの声をお使いください。

主よ、きょう1日、
人というだけでどんな人々も愛するために
わたしの心をお望みでしたら
きょう わたしのこの心をお使いください。

*この聖歌をお聴きになりたい方は次のページをコピペしてください。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=8&v=c7GhyHbT3j0&feature
=emb_logo
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 このような心構えで毎日を生きている人は幸せです。一人ひとりが自分に与えられている恵みに感謝して生きることがこの世を平和に導いてくれます。個人の心の平安が世界平和へとつながります。今年2020年を平和への礎年としたいものです。

2020年01月02日

#278 今年一年をふり返って

 今年も明日で終わります。このブログ読者の皆様にとって、どのような1年だったでしょうか。国内外では台風や地震災害など数多くの自然災害が発生し、今でも仮設住宅で年を越さなければならない人が少なくありません。また事件や事故が例年以上に発生した年でした。特にあおり運転や高齢者の交通事故が目立ち、様々な道交法の改正へとつながる模様です。
 個人的に一年をふり返ってみますと、正月早々コンピュータのハードディスク(HD)が故障し、その修理依頼に12万円ほどかかり、法外の出費となりました。HDには塾の資料をはじめ多くの貴重な資料を保存していましたので、やはりHDのバックアップは必要です。HDディスクが完全に復旧したわけではなく、いくつかのデータが紛失してしまいました。影響は年末まで続き、年賀状の住所録を再度作らなければならず、今年と昨年頂いた年賀状を中心に住所録のデータを作り直しました。
 また現在非常勤講師をしています地元の明光学園で、諸般の事情により2学期から中学1年生を担当することになり、現在中1、中2、高1、高2の4学年を担当しています。塾と学校の授業の質は落とせませんので、多忙な毎日を過ごしています。
 今年一年お世話になりました。来年は子年で干支の初めでもあります。また東京オリンピックが開催されます。来年も皆様にとりまして、良い年になりますことを祈っております。

2019年12月30日

#277 Merry Christmas!

 今日はクリスマスです。キリスト教の信者だけでなく、世界中で「聖なる日」として楽しまれています。日本では、昨日のクリスマス・イブにお祭り騒ぎで楽しんでいる人が多く見られましたが、クリスマスの本当の意味を分かっている人がどれだけいるでしょうか。本日はクリスマスの日にちなんで、ドン・ボスコ社の「知ってる?クリスマス」より物語を1つ紹介します。
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フォルトナートのクリスマス
グイド・ゴッツァーノ作

 空のかなたを見つめながら、イエスが白く長い衣を着て歩いていく。やがて、イエスはその衣を脱ぎ捨てる。
 権力のもとで搾取され続ける人々、泣き叫ぶ子どもたち、
日々の生活にあえぐ人々の涙を拭うために……。

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 遠い昔のこと。フォルトナートという貧しい男が憔悴しきってうずくまっていた。すると、「なぜ、そんなに悲しい顔をしているのか」と見知らぬ男が声をかけた。
 「家にはお腹を空かせた子どもが五人。でも、私にはお金も仕事もなく、子どもたちに食べさせるものもありません。どうしたらいいのか。」
 「じゃあ、私の仕事をしてもらえないかね。明日の朝早くヒースの野原に行って、枯れたヒースを鎌で刈ってほしい。」
 フォルトナートは、あすはクリスマス、一年のうちでいちばん大事な日に朝から仕事なんてと考えたが、そのとき、空腹で待つ子どもたちの泣き声が聞こえたような気がした。
 「おっしゃるとおりにします。子どもたちと神さまのために。」
 「よろしい。それでは明日の夕方に賃金を払おう。」
 そう言って、男は姿を消した。
 翌朝、フォルトナートは半信半疑のうちに鎌を取り、野原に行って枯れたヒースを刈り始めた。遠くから教会の鐘の音が聞こえた。
 「ああ、神さま、こんな日にミサにも行かず働くことをゆるしてください。」
彼は祈りながら仕事を続けた。ヒースの束は山のようになっていった。
やがて太陽が地平線に沈むころ、彼は鎌を置き、石の上に腰掛けた。突然ヒースの束が燃え始めた。火は、どんどん広がった。彼は火を消そうと必死になったが、あっという間にすべてが灰になってしまった。
「ああ、一日の働きがすべて無駄になってしまった。ご降誕の聖なる日を汚した天罰だ。私は間違っていた。ご降誕の日を大切にしなかった。」
そのとき、「失望してはいけない。」という声が聞こえ、フォルトナートが振り向くと、昨日の男が立っていた。
 「心配するな。あなたの仕事に十分な支払いをしよう。家に帰ると驚くものが待っている。受け取ったものを大事にしてほしい。そしてこれからあなたを訪れる不幸な人たちに門を閉ざさないように。」
 フォルトナートが急いで戻ると、彼の家は壮麗な城になっていた。子どもたちがうれしそうに彼を迎え、中には豪華なクリスマスの食卓が用意されていた。その日から、フォルトナートの生活は一変した。畑を買い、財産を増やしていった。
 初めのうち、彼は恩人との約束を忠実に守った。彼を訪れる人には慰めの言葉やお金を惜しむことなく分け与えた。ところが、彼は次第に約束を忘れ、いつの間にか周囲にはへつらう者が集まり、彼自身も傲慢になっていった。
 クリスマスがやってきた。彼はその日、盛大な宴会を開いて町中の金持ちや有力者を招待した。宴会が始まると一人のみすぼらしい老人がやって来て、「どうかこの哀れな者を助けてください。」と哀願した。召し使いたちが彼を追い返そうとしていると、その様子を見たフォルトナートが「大切なクリスマスの宴会だ。彼を一歩も中へ入れるな。」と怒り狂って叫んだ。老人は首を振りながら立ち去っていった。
 しばらくすると、四頭立ての馬車に乗って、立派な身なりの人物がやってきた。急いで迎えに出たフォルトナートが「どうぞお入りください。」と言うと、その人は「ありがとう。しかし、私はあなたの家には入らない。つい先ほどこの家を訪ねたとき、あなたは私を追い返したから。あなたは一年前に話したことをもう忘れてしまったのか。たった一年間の豊かな生活が、あんなに敬虔だったあなたを、このような傲慢な人間にしてしまったのか。」と言って去っていった。
 気がつくと壮麗な城も、召し使いも、パーティーのごちそうも、すべて消えていた。クリスマスの夜、貧しい家の中ではお腹を空かせた子どもたちが泣いている。しかし、すべてを失ったと思ったフォルトナートの心の奥底から、熱いものがよみがえってきた。彼は決心した、「ほんとうの救いの道を歩こう」と。

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 無我夢中で働き、昇進を果たし、成功を得たと思ったそのとき、ある種のほろ苦さを覚えることがある。衣を脱ぎ捨てたイエスの真意がわかるようになった今、痛みを伴いながら遅すぎる回心を始める……。

(注)回心 キリスト教で、過去の罪や不信の態度を悔い改め、神の道に心を向けること。
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 クリスマスイブの大騒ぎも結構ですが、クリスマスの日にはその意義を考えながら一日過ごすことも大切です。年末になると多くの児童養護施設に匿名で様々な贈り物が届けられます。これもイエス様の意にかなう行為です。世の中のすべての子どもたちに、ささやかな愛と幸せが与えられますように。Merry Christmas!

2019年12月25日

#276 師走の都大路

 今年も残すところ10日となりました。今日は朝から雨が降り続いており、寒い年の瀬となっています。また今日は冬至で、昼間の時間が一年で最も短い日です。
 さて本日、恒例の全国高校駅伝が女子は午前中に、男子は午後に行われました。女子は福岡県代表の筑紫女学園が3位となり、男子は福岡県代表の自由が丘が8位、県代表選考では敗れましたが北九州代表として出場した地元の大牟田高校が18位となり福岡県勢の頑張りが目立ちました。特に大牟田高校は全国優勝5回、準優勝9回、3位2回の実績を持つ高校です。全国優勝を通して斜陽の街を活気づけてきた学校でもあります。
 元々九州は長距離競技が強く、どの県も優勝を狙える実績を持った高校がたくさんあります。多くの強豪が存在する中で、大牟田高校の優勝実績は評価に値するものです。残念ながら最近は優勝から遠ざかっていますが、また古豪の復活を遂げてもらいたいものです。
 年末年始にかけて様々な高校のスポーツが行われます。サッカー、ラグビー、春高バレー、バスケのウィンターカップなど人気のスポーツが行われます。私は中学校の時に軟式テニス部に入っていましたが、練習の厳しさにおいては野球部に比肩するほどでした。今では真夏には適宜水分を補給するなど体調面を気遣いますが、当時の部活動では練習中の給水は禁じられており、練習が終わるとすぐに水道がある場所まで走って、水をごく飲みしたものです。また冬時にはフットワークを鍛えるために動物園のある延命公園まで走って行き、ダッシュや腕立て伏せ、うさぎ跳びと、今では信じられないような鍛錬をしていました。今では懐かしい思い出となっています。
 今日行われた駅伝でも、正選手として全員が出場できるわけではなく、補欠や裏方に回って活動する生徒が多くいます。当然校内での競争に勝ち残らなければ正選手になれないのですが、強豪校になればなるほど厳しい競争が待っています。多くの学校が早朝練習や合宿などで体を鍛え自分の記録を伸ばそうとしますが、誰でも順調に記録が伸びるわけではありません。故障や体調不良などで記録が伸びず、正選手になれずに部活動を引退する生徒の方が圧倒的に多いのです。しかし彼らや彼女たちにとって夢中で練習に打ち込むことができた日々は何物にも代えがたい宝物となっています。苦しい練習に耐えたことが、その後の人生に大きな自信となることでしょう。
 サミュエル・ウルマンの「青春」の詩にあるように、「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時初めて老いる。」ということが言えそうです。年齢に関係なく、いつまでも理想を追い続ける人が若者であり、「青春」を謳歌していると言えます。

2019年12月22日

#275 赤ちゃんポストの功罪

 時間の経つのは速いもので、今年も残り半月ほどになりました。今年も様々な事件や出来事が発生しましたが、あまりにも多くて先月起こったことさえも想起するのに苦労します。
 さて、「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)のことをお聴きになったことがあるでしょう。熊本市にある慈恵病院が事情により育てられない乳児を受け入れる制度です。この制度に対して様々な意見があり、特に生まれた子供に肉親を知らせるかどうかで、かなりの議論があったことを思い出します。この慈恵病院の取り組みについて時事ドットコムに次のような記事がありましたので紹介します。

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『内密出産、進まぬ法整備 子の「知る権利」担保に課題

 ―赤ちゃんポストの病院・熊本』
 乳幼児を匿名で預かる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を運営する慈恵病院(熊本市)が、妊婦が匿名のまま病院で出産できる「内密出産」の受け入れを始めてから1週間。導入の背景には、経済的な困窮などで育てられない母親が、1人で産み落とす孤立出産が相次ぐ現状がある。病院は独自に子どもの出自を知る権利を担保する方針だが、専門家は「民間任せでは不安が残る」として、法整備の必要性を訴える。
 「出産後、自分でへその緒をハサミで切る事例もあった」。2017年9月、ゆりかごの運用を検証する熊本市の専門部会は報告書で、孤立出産の危険性を指摘した。出自を知る権利にも言及し、国に内密出産制度の検討を促した。
 内密出産は、ドイツでは14年に法制化された。母親は出産時に身元を記した書類に封をして行政機関に預け、匿名で出産。子は養子として育てられ、16歳になると書類を見る権利を得る。実母が閲覧を拒否した場合、家庭裁判所が判断する。
 慈恵病院は17年12月、ドイツをモデルとした制度の導入検討を公表し、市と協議を重ねてきた。市は「自治体や民間病院で解決できる課題ではない」として国に法整備検討を要望。厚生労働省は18、19年度事業でドイツなど諸外国の事例を調査・研究中だ。今回、病院は職員1人が親の身元を保管し、子は一定の年齢に達すると出自を知ることができる仕組みで導入に踏み切った。
 これに対し、奈良大の床谷文雄教授(民法)は「母親のプライバシーと子の知る権利という利害対立への対応が保障されていない。本来は行政が担うべきだ」と指摘。市は「出自を知る権利をどう担保するかは社会的な合意が必要だ」とする。
 戸籍など法的手続きも不透明だ。親の身元が分からない「棄児」の戸籍は、首長が名付け親になり単独で編製される。法務局は「無戸籍になることは想定されない」との見解を示し、内密出産の場合も踏襲されるとみられるが、市は対応を明らかにしていない。
 蓮田健副院長は「母子の安全が最優先。事例を重ねないと法整備は進まない」と話す。厚労省母子保健課は「諸外国や国内の現状把握に努めている」とし、自治体に対応を委ねる方針。大西一史市長は「現行法における課題の有無を確認する」とコメントしている。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019121400330&g=soc&utm_source=
top&utm_medium=topics&utm_campaign=edit)
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 慈恵病院の蓮田病院長の講演を聞いたことがあります。蓮田氏は子どもの命の大切さを思い、多くの批判を承知の上で「赤ちゃんポスト」を始めた経緯を述べていました。確かに生まれてくる命を親の一存で消すことはできません。この国では毎年数10万人の命が「中絶」の名目で殺されています。隠れて行われている中絶を含めると、実数はこの数倍に上るかもしれません。
 慈恵病院の取り組みを考える上で、もう一度「命」とは何かを考えることが大切です。生まれてくる子は生まれたい意志を持ってこの世に誕生します。出産する女性は伴侶と共に子供の幸せを常に考えるものです。愛=性欲ではありません。
 10日後には世界で最も祝福された嬰児の生誕祭が行われます。その事を意識せずにクリスマスを祝い、楽しむ人たちが世界中に溢れます。私たちはもう一度「命の大切さ」を考えるときに来ているのではないでしょうか。

2019年12月15日

#274 無言の帰国

 昨日故中村哲医師のご家族がご遺体に悲しみの対面をなさいました。空港には棺を担ぐ大統領の姿も見え、国を代表してご遺族に追悼の言葉をかけていました。本日の午後にご遺体は日本に戻る予定となっています。読売新聞から次の記事を紹介します。
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中村さんのひつぎ、先頭で担いだ大統領「全てのアフガン人が勇敢な男と記憶する」
 アフガニスタン東部で殺害された民間活動団体(NGO)「ペシャワール会」現地代表で医師の中村哲さん(73)の遺体は7日、妻の尚子さん(66)と長女・秋子さん(39)らとともに、アフガンから帰国の途についた。
 出国に先立ち、アフガン政府が首都カブールの空港で見送りのセレモニーを開いた。アフガン国旗に覆われた中村さんのひつぎをガニ大統領が先頭に立って担ぎ、飛行機に向けて運んだ。ガニ氏はあいさつで、井戸や農業用水路の整備に取り組み復興に尽力した功績をたたえ、「全てのアフガン人は、彼をアフガンの勇敢な男として記憶する」と述べた。
 尚子さんらは6日、大統領府でガニ氏と面会した。秋子さんは「(父に)良くしていただいて、ありがとうございました」と述べ、アフガンの人々へ謝意を示したという。
 ペシャワール会によると、中村さんの遺体は9日に出身地・福岡に着き、11日に告別式が行われる。
(https://www.yomiuri.co.jp/national/20191207-OYT1T50249/)
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 また西日本新聞によりますと、中村哲さんに日本政府と地元当局は事前に「危険」を伝達していたそうです。

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アフガニスタン東部で福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」現地代表の医師中村哲さん(73)が殺害された事件で、日本の外務省が中村さんに対し、危険が迫っているとして注意を呼び掛けていたことが7日、分かった。地元当局は約1年前から危険情報をつかみ、事件直前に中村さんに襲撃計画の情報を伝えていた。中村さんも警戒態勢を強めていたものの、犯行グループが用意周到に襲撃を実行した可能性が高まっている。
 複数の政府関係者によると、外務省は直接、中村さんに対して危険が迫っている旨の情報を伝えていたという。外務省幹部は「中村さんとは接触して『危ないです』と伝えていた。(事件に遭ったのは)非常に残念だ」と話した。
 一方、事件が起きたナンガルハル州の当局者は、約1年前に情報機関から中村さんの身に危険が迫っているとの情報が州当局に伝えられ、内務省がボディーガードを派遣して護衛に当たらせていたという。同州のメヤヘイル知事は、情報機関からは約1カ月前にも注意喚起があり、事件前日の3日に中村さん本人に襲撃の恐れがあると伝えた、としている。
 中村さんは4日、同州ジャララバードで、車で移動中に武装した男らに襲われた。銃撃した武装集団は6、7人で、車2台を使ったとの情報があり、地元警察が当時の状況を調べている。
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/566300/)
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 中村医師はそれに怯むこともなく自分の夢をアフガンの土地に咲かせ続けたのでしょう。彼の意志は永遠にアフガンの地に残るでしょうが、只々残念の一言です。
 国内だけでなく、海外からも中村医師の死を悼む声が多く届いています。このブログでは現地の人々の声をいくつかご紹介します。(出典:「パンドラの憂鬱」)

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■ ナカムラ医師が用水路を作ってくれたおかげで、
  アフガンの砂漠に緑が誕生したんだ。
  他にも様々な施設を作ってくれた。
  地獄を天国に変える術を知っている、偉大な男だった。
 
■ 彼ほどアフガンのために動いてくれた人はいなかったね。

■ 日本の皆さん、ナカムラ医師を守れなくてごめんなさい。
  全てのアフガニスタン人が悲嘆に暮れています。

■ 最近はクナール川の水を地元の人たちが利用出来るように、
  灌漑工事をやってくれようとしてたんだよね。
  本当に犯人が憎くて仕方がない。

■ 祖国を愛するアフガニスタン人の中で、
  彼の命を奪おうと思う人間なんているはずがない……。
  これはアフガンの混乱を求める人間の犯行に違いない。

■ ナカムラ医師はアフガンに緑をもたらし、
  政府の人間はアフガンに荒廃をもたらした。

■ 日本国民とナカムラ医師のご家族に謝罪したい気持ちでいっぱいだ。
  彼の安全のためにもっと警備を強化するべきだったんだ。

■ アフガニスタンのサムライが旅立ってしまった。
  怒りと悲しみで本当にやりきれないよ。

■ 彼はアフガニスタンに天国を作ってくれたんだ。
  彼の御霊が還る場所もまた、天国に違いない……。 

■ 世界の片隅を灯し続けた人生だった。
  そして全てをアフガンに捧げてくれたんだ。
  ああっ、なんて偉大な人なんだろうか。

■ ナカムラ医師がアフガンに遺してくれたものは数多くある。
  難しい地域に平和な暮らしを与えてくれた事もその1つ!

■ アフガン人なら今まで彼が何をしてきたのかみんな知ってるはず。
  それなのに守れなかったことは痛恨の極みだ。

■ ナカムラ医師は砂漠に楽園を作り出してくれた。
  ただただ地元の人たちの幸福を願って……。
(http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-3280.html)
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 上記のサイトでは中村医師に捧げる言葉がまだまだ続きます。中村医師が緑地化したアフガンの写真も掲載されていますので、興味のある方はサイトをご覧ください。
 さらに
 中村医師だけでなく世界の片隅で活躍されている名も知らない日本人がたくさんいます。使命感からそのような活動をされているのでしょうが、彼らの上に安全と幸福がありますように、心から祈ります。

2019年12月08日

#273 中村哲医師逝く

 昨日悲報が突然届きました。長きにわたりアフガニスタンで国民のために活動されていた中村哲医師が殺害されました。犯人はまだ捕まっていませんが、このニュースは現地や日本だけでなく、世界中に伝えられました。ただ無念としか言いようもありません。中村医師は福岡県出身で、地元の西日本新聞では年に数回中村医師の活動を伝える記事が掲載されていました。またNHKなどの番組で中村医師の近況を伝えるニュースも時々流れていました。同じ県民として誇らしく思えたものです。
 本日は中村医師の生前の声を「文春オンライン」から引用します。
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【追悼】中村哲医師
「ペシャワールに赴任したきっかけは、原始のモンシロチョウを見たから」
 12月4日、アフガニスタンで医療や人道支援に尽力していた「ペシャワール会」代表で医師の中村哲さんが、現地で何者かに銃撃されて亡くなった。享年73歳、志半ばでの悲報だった。
 追悼のため、中村さんの歩みを記した「週刊文春」2016年9月1日号の記事を再編集の上、公開する。なお、記事中の年齢や日付、肩書き等は掲載時のものです。
◆ ◆ ◆
 私が子供の頃に暮らしていた福岡県若松市(現・北九州市)は、父と母の双方が生まれ育った土地でした。若松は遠賀川(おんががわ)の河口にあって、石炭の積み出しで栄えた町です。母方の祖父である玉井金五郎は、港湾労働者を取り仕切る玉井組の組長。父親は戦前、その下請けとして中村組を立ち上げ、戦後は沈没船のサルベージなどを生業(なりわい)にしていました。
 ちなみに、玉井組の二代目は作家の火野葦平です。彼は私の伯父にあたる人でしてね。彼が一族の歴史を描いた小説『花と龍』は、小学生の頃に映画化もされました。私は玉井家の実家にいることが多かったので、文筆業で一家を支えていた和服姿の伯父の姿をよく覚えています。

 アフガニスタン東部のジャララバードを拠点に、国際貢献活動を行う医師の中村哲さんは1946年生まれ。港湾労働者を組織した一族の中で、多くの人たちが出入りする家に育った。

自宅には借金取りがしょっちゅう来た
 生活の中心だった玉井の家は大きな邸宅でした。普段から労働者や流れ者風の男たちが行き交い、子供がうじゃうじゃといました。例えば私が兄だと思っていた兄弟が、よくよく聞いてみると従兄弟(いとこ)だった、なんてことも珍しくない。三世代、四世代が入り乱れて住んでいましたね。
 若松の家にいたのは、ほんの数年のことでした。私が6歳のとき、福岡市の近くの古賀町(現・古賀市)に引っ越したからです。後に聞いた話では、中村組の従業員が沈没船引き上げの際に亡くなる事故があったそうです。父は保証人倒れも重なり事業に失敗し、空き家になっていた昔の家に戻った。私はそこで大学を卒業するまで過ごしました。
 古賀町の家は瓦屋根の平屋で、中庭に鯉の泳ぐ池がありました。津屋崎(つやざき)の海岸から運ばせたという庭石が置かれ、事業に失敗して極貧に落ちた、という感じが全くないのは不思議でしたね。とはいえ、借金取りはしょっちゅう来て、強面(こわもて)の男たちが、家具に白墨で差し押さえの金額を書いていく。勉強机にも金額が書かれ、子供心に不安になったのを覚えています。
 ところが、酒豪の両親は心配するより酒でも飲もうと言うばかり。結局、親がクヨクヨしていなければ、子供もクヨクヨしないもので、どこにも悲壮感はありませんでした。
 しばらくして、父は家を二階建てに増築し、借金を返すために旅館業を始めました。「ひかり荘」という旅館の名前は、伯父が付けてくれたものです。部屋は15ほどあり、建設業関係の客が多かったです。土木工事が近くであると、何か月も部屋を借りて出勤するわけです。考えてみれば、私はアフガンで用水路づくりの土木工事をしているので、いまもそうした人たちに囲まれて働いている。何とも不思議な気がします。

宴会客のドンチャン騒ぎから避難して近所の姉の家で受験勉強をしていた
 ただ、子供の頃はそれでも良かったのですが、高校時代は辟易(へきえき)とすることもありました。私の狭い部屋は壁ひとつ向こうが宴会場で、試験の前日でも夜遅くまでドンチャン騒ぎが続くんですよ。
 当時の労働者には命からがら戦地から復員してきた世代が多く、彼らは酔うと盛大に軍歌をうたい始める。手や茶碗を叩き、踊り、大いに羽目を外すものですから、大学受験の時は近所に嫁いだ姉の家に机を置かせてもらい、勉強をしていました。

 一浪の後、九州大学の医学部に入学。1973年に卒業してからは、佐賀県にある国立肥前療養所(現・肥前精神医療センター)の精神神経科にまず勤務した。

 子供の頃、私は虫や蝶の観察が好きだったので、本当は農学部の昆虫学科に行ってファーブル先生のような生活をするのが夢でした。しかし、固い父親からすれば、昆虫学といってもただの遊びにしか聞こえなかったでしょう。
 医学部に進んだのは、医師になりたいと言えばその父の許しが得られると思ったからでした。その頃、ちょうど地方の無医地区の問題がクローズアップされていましてね。自分は医師になって日本国のために尽くしたい。そう言えば表向きは立派です。それでも昆虫学者の夢が諦めきれなければ、後から農学部に転部すればいいと考えたわけです。
 しかし実際に医学部に入ると、国立大学とはいえ高価な医学書を何冊も買わなければなりません。それを父が借金をして買ってくれるのを見ているうち、転部の気持ちはなくなっていきました。親から受けた義理、恩を立てないと親不孝になる。そう思い、医学部を出ようとはっきり心に決めたんです。
 最初、神経科に入ったのは、人間の精神現象に興味があったからです。実は高校の頃の私は極度のあがり症で、教師に当てられただけで汗がわっと吹き出し顔が赤くなる。女性が前に座っていると自然に振る舞えなくなり、固まって動けなくなるくらいでした。そのことでずいぶん悩み、それで哲学の世界を齧(かじ)り始め、読書に没頭していった過去のいきさつもありました。

 一人暮らしを始めたのは、そうして国立肥前療養所に勤務するようになってからです。病院は佐賀の山中にあり、周辺には空き家の百姓家が多かった。そのうちの一軒を借りていました。家は人が住まないと傷むということで、家賃はなし。食事は病院で食べていたので、帰ってきて寝るだけの場所でしたけれど。
 あの頃はうつ病や統合失調症の患者の話を、とにかく聞き続ける日々。カウンセリングでは相手の世界をそのまま受け入れ、会話するのが鉄則です。相手に寄り添うようにして、ただただその人の気持ちを理解しようと努める。
 その経験から私は多くを学んだと感じています。後にアフガニスタンで文化も風習も異なる人たちと接する際、大切なのは彼らの生きる世界を受け入れ、自分の価値観を押し付けないことです。単に違いであるものに対して、勝手に白黒をつけてしまうことが様々な問題を生む。そう考える癖がつきました。

 中村さんが初めてパキスタンを訪れたのは1978年。以前から趣味の登山で付き合いのあった福岡登高会から、ヒンズークシュ山脈への登山に医師としての同行を依頼された。それがきっかけで同地に縁ができ、福岡県大牟田(おおむた)市の労災病院などに勤務した後、日本キリスト教海外医療協力会からペシャワル赴任の打診を受ける。

 福岡登高会からの依頼は、二つ返事で応じました。登山の期間中、医師はベースキャンプに何か月も滞在します。そのあいだに自然の観察ができるのが魅力だったからです。
 ヒンズークシュ山脈周辺はモンシロチョウの原産地と言われ、はるか氷河期の遺物とされるパルナシウスという蝶も生息しています。あの高山に本当にモンシロチョウが居るのかを、自分の目で確かめてみたかった。実際にベースキャンプでは充分に蝶の観察ができました。だから、現地赴任を打診された時も、もともと好きな地域だったので心惹かれるものがあったんです。

 結婚したのも同じ頃です。家内は当時勤務していた病院の看護師でした。

 1984年、前年にロンドンのリバプールで医療活動の準備をした後、ペシャワルのミッション病院へ妻と幼い子供を連れて赴任した。同時に彼の活動を日本から支援する「ペシャワール会」も設立された。

 同地での仕事はハンセン病の治療を行い、その根絶のプロジェクトを進めることです。ですが、私が赴任を決めた背景には、医療の他にもう一つの理由がありました。
 実はその2年前に父が亡くなったんです。父が生きていたら、私は老いた両親を残したままペシャワルに行こうとは考えなかったはずです。昔の親父というのは恐ろしい存在で、生きているうちは自分に自由がないような気持ちがするんですね。だから、あの厳しかった父が死んだとき、寂しいという気持ちは当然ありつつも、それにも増して「これで俺は自由になった」という思いを抱いたのです。人生における重しが消え、これからは自分の思い通りの人生を歩んでいくことになる。そんな思いが私をペシャワルへと押しやったのでしょう。

 さて、私たちが暮らしたのは、ミッション病院の敷地内にある邸宅でした。場所はダブガリという旧市街。以前は英国軍の宿舎や兵舎があった英国支配の本拠地で、病棟は兵舎を改築した建物でした。敷地内にムガール王朝時代の廟もある歴史ある街です。

家族と住んだ大きなイギリス軍将校の元宿舎
 私たちの家も以前は将校のためのもので、600坪ほどの敷地が壁に囲まれた英国風のレンガ造りの建物でした。建坪は200坪くらい。浴室も複数。部屋にはカーペットを敷き詰め、畳に見立てていました。ちなみに英国の影響を受けているパキスタン人は平気で土足で上がってくる。一方でアフガン人は日本人に似ていて、玄関でしっかり靴を脱ぐという文化の違いがある。なので、パキスタン人の来客の際、靴を脱いでもらうのに苦労した思い出があります。
 家族5人、私たちは広さだけはあるその家で、小さく生活していたということになります。大変なのはイギリス風の庭園で、雨がほとんど降らない土地柄ですから、水やりをしなければ芝生も花壇の花もすぐに枯れてしまう。これは自分たちでは維持ができず、病院が雇ってくれた庭師に手入れを頼みました。あと、洋式トイレにはいまもなじめませんですね。
 80年代はアフガン難民の支援のために、欧米各国の援助団体が増えた時期です。そのため、アメリカが出資したインターナショナルスクールがあり、私たちも子供を通わせました。妙な言い方ですが、当時のペシャワルは国際的な援助で活気があったんです。

 ミッション病院でハンセン病の治療を続けながら、中村さんの活動は徐々に広がりを見せていく。86年からは新たな支援団体を設立し、難民キャンプでの活動も開始。無医地区での診療や診療所建設に尽力した。活動が大きな節目を迎えるのは2000年のことだ。

 私の活動がハンセン病の治療に留まらなかったのは、現地ではハンセン病だけを見る診療所が成り立たないからです。ハンセン病の多い地域は、結核やマラリア、腸チフス、デング熱、あらゆる感染症の巣窟です。マラリアで死にかけている患者に、ここは科が違うから帰ってくれとは言えない。あらゆる疾患を診察するようになる中で、ミッション病院を出て独自の活動が始まったわけです。そうして診療所を建てる活動を通して、アフガンの人々との付き合いを深めていった。
 赴任から15年後、ハンセン病については国際的にコントロール達成宣言が出されました。その後、一斉に援助が引き上げられていきましたが、一方、アフガンでの感染症の患者は増え続けていました。そこで日本側からの援助が続く限り患者を診(み)続けようと、現地に活動の拠点となる新たな病院を設立したのです。
 そのタイミングで起きたのが、2000年の大旱魃(かんばつ)でした。当時、WHOが発表した被害は、国民の半分以上が被災し、飢餓線上にある者が400万人、餓死線上が100万人という凄まじいもので、そのとき現地で飢え、死んでいった犠牲者のほとんどは子供でした。水がないために作物が実らず、汚い水を飲むので赤痢や腸チフスにかかる。飢えと渇きは薬では治せません。抗生物質や立派な薬をどれだけ与えても命が救えない状況に、私は医師として虚しさを覚えました。そして医療活動の延長として開始したのが、診療所の周りの枯れた井戸の再生でした。

「家」と呼べるようなものはないに等しい
 3年後、中村さんは「百の診療所よりも一本の用水路」を掛け声に、大河川から水を引く灌漑用水路の整備事業も始める。現在、10年以上かけて完成した水路の全長は27キロメートル。3500ヘクタールを潤す。周辺地域の取水設備も手掛け、2020年までに計1万6500ヘクタール、65万人の農民に水を行き渡らせる計画を進めている。

 いま、私はアフガン人スタッフや時々来る日本人有志とともに、現地の宿舎で暮らしています。ガードを含めると15人ほどの共同生活です。家族はミッション病院を出る際、家内の実家である大牟田に戻りました。
 我々のようにアフガニスタンで活動する国際団体は、お金持ちの別荘のような建物を借り受けて、そこを宿舎や事務所にするのが一般的です。私たちも同様で、ジャララバードの宿舎では一室を私専用の部屋にしてもらっています。六畳くらいの部屋に机が一つ、ベッドが一つ。それだけの部屋です。夜は電気がないため、10時くらいまではソーラーパネルで明かりを付けて消灯。日中は用水路工事の現場にいることが多いですね。
 そのようなわけで、家族と離れてからの私には、「家」と呼べるようなものはないに等しいのですが、ただ唯一のこだわりが風呂です。アフガンには湯船に浸かる習慣がありません。しかし、1日が終わって「ああ、良い湯だな」という瞬間だけは欲しい。そこでイスラマバードのバザールで風呂桶を探し、宿舎のシャワー室に設置しました。これが現地での唯一の贅沢です。
 長年の紛争で疲弊したアフガニスタンでの工事には、時間と忍耐が必要です。最初はシャベルとツルハシしかありませんでしたが、土地の人々の故郷に戻りたいという気持ちに支えられながら、工事を進めてきました。
 この事業を続けていると、水の力のすごさが分かります。旱魃以後、多くの村が土漠と化し、全村が難民化した村もありました。しかし、あるとき用水路が完成すると、噂を聞いたもとの村人が数週間後には現れ、しばらくして荒れた村にテントが並び始める。いずれ村長が帰村し、畑の境界線や村の秩序が以前の状態に復元されるのです。
 そのような村々の様子を見ていると、私はときおり郷愁に誘われることがあります。
 用水路が完成した流域には、緑が文字通りに戻ってきます。水路にはドジョウやフナが泳ぎ、鳥がやってくる。そして、あの稲作の様子や四季の移ろい……。それが日本の何でもない昔の農村風景に非常によく似ている。
 彼らの社会は8割が農民ですから、田植えや稲刈りの季節になれば、それこそ村が総出で農事を手伝う。農業を中心とした共同体の中で、お年寄りが大切にされているのも、生まれ育った若松市や古賀町を思い出させます。
 そして土木作業を行うスタッフと暮らしていると、あの玉井家や実家での日々が胸に甦ってくるのです。その意味で私にとって、アフガニスタンは懐かしい場所でもあるのかもしれません。
(稲泉 連/週刊文春 2016年9月1日号)
(https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/【追悼】中村哲医師「ペシャワールに赴任したきっかけは、原始のモンシロチョウを見たから」/ar-BBXMlGo)
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ノーベル平和賞の候補者に挙がっていた中村医師の生涯はまさに修行僧のような生き方でした。医療の延長として現地で一番必要なものが「水」でした。用水路を数10キロ作ることで砂漠だった地域が緑豊かな耕作地へと変わっていきました。まさに奇跡としか言いようがありません。中村医師の御霊に心より祈りたいと思います。

2019年12月05日

# 272 人生の贈り物

季節の花がこれほど美しいことに 歳を取るまで少しも気づかなかった
美しく老いていくことが、どれ程に
難しいかということさえ気づかなかった
もしも もう一度だけ若さをくれると言われても
おそらく私はそっと断るだろう
若き日のときめきや迷いをもう一度繰り返すなんて
それはもう望むものではない
それが人生の秘密 
それが人生の贈り物

季節の花や人の命の短さに 歳を取るまで少しも気づかなかった
人は憎み、諍い、そして傷つけて 
いつか許し愛し合う日が来るのだろう
そして言葉も要らない友になっていゆくのだろう
迷った分だけ深く慈しみ 
並んで座って沈む夕日を一緒に眺めてくれる友がいれば 
他に望むものはない
それが人生の秘密 
それが人生の贈り物

季節の花がこれほど美しいことに 歳を取るまで少しも気づかなかった
私の人生の花が散ってしまう頃 やっと花は私の心に咲いた
並んで座って沈む夕日を一緒に眺めてくれる友がいれば
他に何も望むものはない
並んで座って沈む夕日を一緒に眺めてくれる友がいれば
他に何も望むものはない
他に何も望むものはない
それが人生の秘密 
それが人生の贈り物
(さだまさし ♪人生の贈り物~他に望むものはない)

 本日は12月1日、今日から師走です。暦の上では冬の季節が始まります。今年も暖冬傾向だと気象庁は予想していますが、さてどのような冬を迎えることでしょうか。
 さて、人生はよく四季に例えられます。青春、朱夏、白秋、そして玄冬という呼び名で呼ばれています。この季節は年齢区分によって異なりますが、作家の五木寛之は次のように区分しているようです。

青春:誕生~25歳頃まで
朱夏:25歳頃~60歳頃まで
白秋:60歳頃~75歳頃まで
玄冬:75歳頃~

 本日のブログの冒頭で「人生の贈り物」を紹介しましたが、この歌はさだまさし氏が老境に入る心境を謳っています。よく言われることですが、若者には体力や気力が漲っていますが、金がない。中年時代は金はありますが、仕事で忙しく余暇や金に使う時間がない。高齢者はある程度貯えがあり、時間が有り余っていますが、気力・体力が追い付かない。
 このように「人生の贈り物」は、各時期において何か欠けているもの(お金、時間、若さ)を暗示しているように思えます。それを求めるために私たちは日々あくせくして勉強し、仕事をしているような気がします。それぞれの時期に手に入らないものや失うものを必死で求めているのです。よい例が「アンチ・エイジング」と言われる老いに逆らう美容術でしょう。歳を取ればいつしか体が置いていくものです。それに抗ってアンチ・エイジングを施しても、私たちの肉体はいつしか枯れていきます。
 人生は短く、儚く、それぞれの時期が過ぎ去って初めて、その時期がいかに大事だったか心から分かるものです。若者は勉学の大切が分からず、刹那的な誘惑に惹かれます。中年時代はやがて忍び寄る老いを意識せずに仕事に忙殺され、自分の人生に本当に必要なものに気づきません。そして老年になって人生をふり返るときに、いかに自分が人生の神髄に気づかず、歳を取って初めて人生の寄り道をしてきたことに気づき、後悔の念に打ちひしがれます。 さだまさし氏は、さりげなく人生の秘密、人生の贈り物を謳っています。何度も味わいたい詩です。冬の季節を迎え、このようなことを感じた次第です。

追伸:この歌はYouTubeで聴けますが、残念ながら、さだまさし本人の歌声は聴けないようです。代わりに岩崎宏美が歌っています。
(https://www.youtube.com/watch?v=qfhdmX-Ccpw)

2019年12月01日

#271 ローマ教皇来日

 今日は台風崩れの低気圧のせいで朝から本降りの雨が降り続いています。昨日から日本に滞在しているローマ教皇は今日午前中に長崎で降り注ぐ雨の中で平和メッセージを述べています。その内容をNHKニュース・ウェブから引用します。
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『ローマ教皇 長崎でスピーチ 核兵器の非人道性を強く非難』
 ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は長崎市の爆心地公園でスピーチを行い、「この場所は私たち人間がどれだけひどい苦痛と悲しみをもたらすかを深く認識させる」と述べて、核兵器の非人道性を強く非難しました。そのうえで「核兵器や大量破壊兵器を持つことは平和や安定につながらずむしろさまたげになる」と述べて核兵器のない世界の実現に向けて各国政府をはじめ、全ての人が一致団結して取り組むことを呼びかけました。
 ローマ教皇として38年ぶりに日本に滞在しているフランシスコ教皇は24日朝、長崎市の爆心地公園を訪れました。雨が降りしきる会場では、レインコートを着て待ち受けていた参加者が見守るなか、フランシスコ教皇は、平和の記念碑の前で深々と頭をたれて献花し、犠牲者に黙とうをささげました。
 このあとスピーチを行ったフランシスコ教皇は「この場所は私たち人間がどれだけひどい苦痛と悲しみをもたらすかを深く認識させる」と述べて核兵器の非人道性を強く非難しました。
 そして「核兵器や大量破壊兵器を持つことは平和や安定につながらずむしろさまたげになる」と指摘し、核兵器を持つことが安全保障につながるという考えは、恐怖と相互不信に基づく誤った認識だとして批判しました。
 そして、核兵器禁止条約を含め核兵器と軍備の削減に向けて各国に引き続き働きかけていく考えを示しました。さらに武器の製造や開発に多額の費用が費やされるのは「途方もないテロ行為」だとしたうえで、貴重な財源は貧困対策や自然環境の保護にこそ使われるべきだとしています。
 そのうえで、フランシスコ教皇は「新しい兵器の技術開発が進む中でわたしたちは多国間主義の衰退が事態を深刻化させているのを目の当たりにしている」と述べ国家間の相互不信の広がりが、兵器を規制する国際的な取り組みを崩壊させかねず、食い止める必要があると訴えています。
 そして「核兵器から解放された平和な世界こそが、数え切れない全ての人が強く求めるものだ」と述べ、核兵器のない世界の実現に向けて核の保有国、非保有国をとわず各国政府をはじめ、全ての人が一致団結して取り組むことを呼びかけました。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191124/k10012189181000.html?
utm_int=detail_contents_news-related_002)
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 また、「焼き場に立つ少年」の写真を撮った従軍カメラマン、オダネル氏の息子と会話を交わしたそうです。その内容を同じNHKのニュースから引用します。
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『ローマ教皇「焼き場に立つ少年」の写真家の家族にあいさつ』
 ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は、長崎市の爆心地公園でスピーチを行ったあと、原爆が落とされたあとの長崎で「焼き場に立つ少年」の写真を撮影した、アメリカ軍の従軍カメラマン、ジョー・オダネル氏の息子と会話を交わしました。

〇焼き場に立つ少年とは〇
「焼き場に立つ少年」は、アメリカ軍の従軍カメラマンだった、ジョー・オダネル氏が、原爆投下後の長崎で撮影したとしている写真です。この写真には、目を閉じた幼い子を背負いながら、唇をかみしめて直立不動で立ち、まっすぐ前を見つめる10歳ぐらいの少年の姿が写されています。
 オダネル氏は、すでに亡くなった弟を背負った少年を写したものだとし、このあと少年が見つめる中で弟は屋外で火葬されたと伝えています。オダネル氏が長崎や広島など日本各地を回り、私用のカメラで撮影したフィルムは、アメリカに帰国したあとも悲惨な記憶とともにトランクの中にしまわれていました。
 しかし、オダネル氏は過去と向き合うことを決意し、帰国から40年余りが経過した1989年にトランクを開き、翌1990年には地元・テネシー州で原爆の悲惨さを訴える写真展を開催。アメリカ国内では反発を招いたものの、その後、日本各地でも写真展が開催され、平成19年、2007年には長崎市にある長崎県美術館で「焼き場に立つ少年」が特別公開されました。
 長崎市に寄贈された「焼き場に立つ少年」は、いまも長崎市の原爆資料館に展示され、戦争の悲惨さを訴え続けています。そして、おととし、平成29年の年末、フランシスコ教皇がこの写真に、みずからの署名と「戦争がもたらすもの」というメッセージを添えて、教会関係者に配布するよう指示したことから再び注目を集めました。
 カードの裏には、教皇のメッセージとともに「この少年は血がにじむほど唇をかみしめて、やり場のない悲しみをあらわしています」という説明も添えられました。
 一方、オダネル氏みずからも来日し、長崎市で少年の行方を探したほか、長崎平和推進協会の写真資料調査部会なども調査を続けていますが、この少年は誰なのか、また撮影された場所はどこなのか、特定には至っていません。

〇撮影者の息子「誇りに思います」〇
「焼き場に立つ少年」の写真を撮影した、ジョー・オダネル氏の息子のタイグ・オダネル氏(50)は「フランシスコ教皇に父親が使っていたメダルを見せると、スペイン語で『ありがとう。あなたと父親に祝福を』とおっしゃった。父親が撮影した『焼き場に立つ少年』の写真がきょう、爆心地に掲げられていたことを誇りに思います。世界中の人がこの写真を見て、『長崎の悲惨な経験を繰り返してはならない』と思いを寄せた瞬間になったのではないかと思う」と話していました。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191124/k10012189231000.html?
utm_int=news_contents_news-main_001)
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 38年ぶりのローマ教皇は信者13億人の頂点に立つ方ですが、今回の日本訪問の際に核兵器の廃棄について強く訴えています。果たして人類はこの愚かな兵器を廃棄することができるでしょうか。古代から現在まで争うが絶えない人類は様々な兵器を創造して敵を殲滅しようとしてきました。これはすべて相手に対する恐怖と不信感の表れです。個人も社会も敵対する相手に対して共存するのではなく、相手よりも常に優位に立つために、様々な計略を立てて相手を蹴落とそうと策略を巡らせます。
 最終兵器と言われる核兵器を使う日が来るか分かりませんが、世界中に不信や疑惑が満ちている状態が続けば、遅からず「審判の日」が来ることになるかもしれません。これを避けるために、私たち一人ひとりが他者に対して友好に接し、思いやりを持って相手に接する姿勢をもつ必要があります。共存社会や民主国家は個人から成り立っています。人の醜い心が自然破壊や国家間の対立を引き起こします。戦争への道を止まらせるのは私たち一人ひとりの心の在り方だと思います。

2019年11月24日

#270 いのちスケッチ

 11月も下旬となり、街中に晩秋の装いを漂わせています。空気が澄んでいるせいか、夕焼けがきれいな日々が続いています。
 さて11月15日より大牟田市を舞台にした映画「いのちスケッチ」が全国で上映されています。(福岡県内では11月8日に先行上映されています。)昨日は授業変更により夜の時間が空きましたので、早速映画館まで足を運んで鑑賞しました。
 映画を見るのは好きですが、なかなか映画館まで足を運んでみる機会はあまりありません。理由の1つにアクション映画などの娯楽映画は毎月たくさん上映されますが、名作と言われるような作品があまりないと思えるからです。また映画館で鑑賞するには少なくとも往復時間を含め3時間以上の自由時間がないと不可能です。私の場合平日夜の時間は塾の授業がありますのでまず不可能です。日曜日などの休日には買い物や所用で福岡まで行きますので、かなり時間を調整しない限り、休日に映画を見に行くことはまずありません。
 さて、現在上映中の「いのちスケッチ」は地元びいきやお世辞抜きに見る価値があると思います。脚本が素晴らしく、若者の挫折や、親子関係、高齢者の認知症など現代社会の問題点を素直に描いています。また動物を通して「命」の大切さを見事に描いています。
 さらに現在、大牟田市動物園が取り組んでいる高齢の動物への取り組みを作品中にみごとに描いています。一例として大牟田市動物園では園内の動物に対して麻酔なしの血液検査を行っており、これは世界的にも珍しい検査方法だそうです。その検査方法が成功するまでをライオンをモデルにして描いています。
 この映画では大牟田市動物園を「延命動物園」の名称で紹介していますが、この名前は架空のものではなく、実際大牟田市民は延命動物園と呼んでいます。と言いますのは、この動物園がある地区を延命寺町と呼んでおり、中学校の統廃合で無くなりましたが、数年前まで動物園の隣に延命中学校がありました。その跡地は現在動物園の駐車場になっています。動物園には当塾から徒歩で5分ほどで行けますので、私は時々散歩ついでに坂道を登って動物園の前を通りますが、この坂道も映画に登場します。
 大牟田が映画の舞台になっていますので、映画の中で登場人物の背景に浮かび上がる様々な景色や通りの場所を確認しながら楽しみました。大牟田駅のホーム、大蛇山の夏祭り風景、有明海の夕暮れの干潟、そしてラストシーンに登場する白川病院近くの堂面川の桜並木など、大牟田市民にとって日常生活に溶け込んでいる風景が何気なく登場します。
 かつての炭都のイメージはなく、大牟田の現在の田舎町の風景が作品中に出てきます。また以前大牟田市動物園を閉園することが話し合われた時期がありましたが、その状況もさりげなく描かれています。
 「いのちスケッチ」は田舎町での出来事をただ描いているのではなく、大牟田を通して同じような状況にある全国の地方都市を描いていると思います。一見する価値ある映画です。

2019年11月17日

#269 割り箸の衝撃的事実?

 朝夕はかなり気温が下がり、洗顔する水も冷たく感じる頃になりました。今週末には寒波が来るそうなので、本格的な冬支度が始まります。今年も秋は急速に深まり短期間で終わりそうです。
 さて、昨日友人が中国製造の割りばしについてSNSで連絡してきましたので、本日はその衝撃的な内容を抜粋してご紹介します。

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『中国割り箸製造工場の恐ろしい実態!割り箸使用は本当に危ない』
 日本人が年間使っているわりばしの量。なんと軽く260億本を超えるそうです。1日あたりにすると7,100万本が消費されているんですね。確かに仕事や外出先での外食の多くはわりばしを使ってますね。なかなか日本では大きく取り扱われませんが、そのわりばしで恐ろしい健康被害の恐れがあることが分かりました。
 以前に話題になったことがありますが、割り箸を金魚鉢にいれたら7日後には金魚が死んでしまったそうです。本来、あんなきれいな白いクリーンな木のわりばしなど存在せず、製造の過程で漂白剤、防カビ剤が大量に含まれています。
 中国の有名俳優ホアン・ボー氏がレストランで仰天体験したSNS投稿です。彼がわりばしをきれいにしようと店員から水をもらってつけていたら、なんと水が黄色に変色し、変な匂いがしたというショッキングな出来事を紹介したものです。有名人の投稿だけに直ぐに125,000近くが転送投稿され中国では波紋を呼びました。
 実際にわりばしの毒性について研究したレポートがあります。東京都健康安全研究センターの研究レポートで、わりばしに含有しているクロロエタノールの含有調査によると、わりばしや竹串などの竹製品を鶏などの食品に刺すと期間にもよるが3~24%が食品に移行することが確認できたそうです。
 防腐剤に含まれるエタノール(ここでいうクロロエタノール)は、農薬などにも使われ、神経系統、肝臓などに影響を及ぼすことが知られていて国際的な危険有害分類基準では区分1「発がんのおそれ」に分類されているそうです。日本ではこうした中国わりばしの使用量が9割以上です。
 大部分のわりばしは中国の貧しい小さな村で超低賃金で大量生産をしているのが現状です。竹製品の村工場が並ぶ合肥市の製造現場では教育を受けていない労働者が不衛生な環境で製造をしているそうです。
 市の役員は「工場で働くものはみんなきちんとした教育を受けていないですよ。」「ほとんどのわりばしはすぐカビてしまいます。だから、工場で防腐剤と漂白剤を使ってるんです。」と言っています。教育を受けていない工場で働くものがきちんと定められた薬品量で製造しているのかまでは誰も分かりません。

<割り箸の毒性に制限がなくなる中国政府のずさんな管理>
 薬品量の管理はすべて村の工場任せという恐ろしい現実。問題は、中国の定める基準で製造がされているか当局から厳格な取り締まりがあるわけではなく、実質政府は見て見ぬふりをしているのが現状のようです。
 こうしたわりばしを作る工場の多くの地域では製造の認可すら取っていないので、実際に製品元を探し当てることは難しく、製造自体が工場任せになっているのが現状とのこと。(!! これは恐ろしい事実・・)
 中国国際食品包装協会のDong Jinshi氏は「政府には厳密な品質検査を担当するところなんてないですね。たとえば北京のダシン区にはわりばし工場が7、8あって、製造から箱詰めまで全てやっています。
 出荷後にいろいろな販売業者を通していくから、出荷したら工場のオーナーですらどのわりばしが自分の工場のものかなんて分からないんです。」と述べています。
 こんな状況でしたら、ただでさえ有害物質が含まれているのに多くの工場がきちんと適量を使って製造しているとは考えにくいですよね。
 もしかしたら日本人は大量に使っているわりばしからの有毒摂取量によってかなり健康を害している可能性が高いです。日本人が好きなラーメンやうどん、そば、お味噌汁など汁物でわりばしを使っていますが、水分を吸収したわりばしを毎度口に運んでいる行為はそのまま大量の漂白剤、防カビ剤を口に運んでいるのと同じことということになる訳です。
(ほんとうに恐ろしい…。)
(https://blog.goo.ne.jp/1shig/e/3f3c4ea9ae47631a3506d75dd571ba57?fbclid= IwAR0LGGhgPHAIzEOiaK861n9XXOZd5zKPLb1mPmYGV9qual-zPsz8k7pXaxg)
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 上記の記事がフェイクでないとすれば、私たちは汚染された割り箸を日常的に使用していることになります。特にレストランや食堂などで割り箸を使ってうどんやラーメンなど汁物を食べる場合は十分注意しなけらばなりません。
 やはり「My箸」を用いて自分の健康を守るしかないようです。以前の割り箸は国内で伐採された木材の残りで、使用できない木端を割り箸の材料にしていました。しかし今では価格が安いことで、中国産など海外製品を多くの店が使用しているのでしょう。汚染物質は放射性物質と同様に見た目では分かりませんので、自分の健康は自分で守る必要があります。

2019年11月10日

#268 創立5年目を迎えました

 朝から強い北風が吹いていますが、すっかり秋らしい日になりました。北国では今週末に雪の予報が出されており、すでに晩秋といった方が相応しいかもしれません。温暖化の影響でしょうか秋の期間がますます短くなっているようです。
 さて今日11月4日は当塾の創立記念日に当たります。2015年の今日開塾しましたので、創立5年目を迎えることになります。創立当時に在籍した生徒たちはすでに卒塾しました。在籍期間は生徒個人により異なりますが、1年から3年半と様々です。高校や大学に入学しても、引き続き当塾で勉強を続ける生徒もいます。
 当塾は現在、原則として個別対応の授業を行っていますので、受け入れ可能な生徒数が少なく、入塾を希望する方には次年度まで待って頂く場合もあります。当塾は特に宣伝しているわけではありません。すべて口コミで評判を聞いて来ていただいていますので毎年塾生で満たされるのは有難いことです。
 当塾の運営はすべて自己資金で賄っていますので、あとどのくらい続けられるか分かりませんが、創立10周年までは何とか続けたいと思います。その後は資金の続く限り、体力の続く限り続けようと現在は考えています。実際、当塾を運営するのに部屋の賃貸料、コピー機のリース代、電気・光熱費、書籍購入費等を含め毎月15万円ほどかかります。これらの経費は現在勤めています明光学園の非常勤講師の毎月の給料を全部つぎ込み、足らない分は自分の貯金から補っています。
 このような塾の運営方法がいつまで続くか分かりませんが、少なくとも現在在籍している生徒が全員無事に卒業するまでは続けていく所存です。
 それでは学習塾二コラをこれからもよろしくお願いいたします。

2019年11月04日

#267 大学入試 英語民間試験採用断念!

 今日は11月3日、文化の日です。皇居では文化勲章の親授式が行われました。また全国で叙勲された方々が4113人いらっしゃるそうです。それぞれの分野で長年一途に取り組んだことが評価の対象となったのでしょう。
 さて金曜日に大きなニュースが飛び込んできました。文部科学省が2020年度の大学入試で英語の民間試験の採用を抜本的に見直すことを公言しました。この件を受けて全国の高校で大きな混乱が起きています。特に新しい入試に向けて時間をかけて取り組んできた高校からは強い不満や非難の声が上がっています。また民間の検定試験会場から遠いところに住んでいる高校生からは安堵の声が上がっています。
 教育界において、これほど世間を騒がせた案件はないと思います。この民間試験採用の件がいかにずさんな政策だったことは明白です。私はこの問題について以前よりこのブログで批判してきましたが、中途半端な状態で新しい試験制度を実施して大混乱を生じさせることよりも、遅まきながら英語民間試験活用の導入見送りを表明したことは賢明だったと思います。
 かなり長くなりますが、立教大学名誉教授である鳥飼久美子氏のNHKで放送された「視点・論点」(10/16放送)を引用して、再度この問題点を明らかにしたいと思います。

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「大学入学共通テスト 英語民間試験導入を考える」(視点・論点)
 立教大学 名誉教授 鳥飼 玖美子

 今日は、2020年から始まる「大学入学共通テストへの英語民間試験の導入」について、どういう制度なのか、何が問題なのかを説明します。
 「大学入学共通テスト」というのは、これまで行われてきた「大学入試センター試験」いわゆる「センター入試」を廃止した後に始まる、新しい「共通テスト」です。
 国立大学を目指すなら必ず受験しなければなりませんし、私立大学も多く参加していて、毎年50万人以上が受験します。
 その「共通テスト」の英語科目では、大学入試センターの試験に加えて、民間事業者による試験も受けなければなりません。高校2年生は、7種類ある民間試験のどれかを選んで申し込みをします。高校3年生になってからの4月から12月までの間に二回受けられることになっていて、そのスコアが民間試験事業者から、大学入試センターの「大学入試英語成績提供システム」に送られ、それが、大学に送られることになります。
 民間試験のスコアをどのように活用するかは大学が決めるので、国立大学でも「出願要件にする」とか「合否判定には使わない」、もしくは「民間試験のスコアを加点する」などマチマチです。活用を決めかねている大学もありますし、肝心の民間試験で未だに日程や会場を公表していない事業者も複数あるので、高校現場は混乱しています。
 英語に民間試験を導入することになったのは、「読む・聞く・書く・話すの4技能」を測定することが理由です。これまでのセンター入試は「読む・聞く」の「2つの技能」なので、「話す力」「書く力」も測るのに民間試験を使うとなりました。2020年から3年間は、大学入試センターが作る英語試験と民間試験の二本立てで、2024年度以降は民間試験だけにするかどうか決まっていません。
 初の共通テストは2021年1月実施ですが、英語民間試験は2020年のうちに受けなければなりません。
 英語民間試験はすでに多くの大学で活用されていますが、共通テストとして50万人以上が受けるとなれば、規模や運営が全く違ってきます。ところが、そのような認識がなかったのか、制度設計に構造的な欠陥があります。具体的に7点ほど挙げてみます。
 まず、大学入試センターの「共通テスト」でありながら、民間の英語試験だけは、実施する事業者の運営に任せています。そして入試センターの英語試験と違って、民間試験は学習指導要領にもとづいた出題ではありませんし、出題内容を公表しません。
 次に、認定された民間試験は7種類あって、それぞれ目的や試験の内容、難易度、試験方法、受検料、実施回数などが違います。
 3番目の問題は、「格差」です。
 これまでは、大学入試センターに検定料を払って、志望大学に受験料を払うだけでしたが、今後は、別に民間試験の受検料が必要です。受検料は事業者によって違い、一回6000円くらいから2万数千円かかります。
 高校生は誰もが、最低でも2回、できたら何度も受けて練習したいと考えるでしょうが、保護者の経済的負担は大きくなります。結果として裕福な家庭では何度も民間試験を受けさせ、対策講座に通わせてスコアをあげることが可能になり、余裕のない家庭の受験生との経済格差が大きくなります。
経済的に苦しい家庭なので、国立大学を希望していたけれど、英語民間試験の出費を考えると大学進学を諦めるしかない、という高校生もいます。
 また、全国に試験会場がまんべんなく用意されるわけではないので、地域によっては遠方まで出かけて受検しなければなりません。交通費や宿泊費がかかって、地域格差が受験生を直撃します。
 加えて、障害のある受検生に対して、これまでのセンター入試のようなキメ細かい配慮が民間試験では準備されていません。「障害者差別解消法」違反の疑いも指摘されています。
 4番目の問題は、「採点の公正性」です。50万人もの解答を短期間に、誰がどう採点するのか。スピーキング・テストの採点は海外で行う、でも場所は「アジアを含めた世界のどこか」、としか明らかにしていない事業者もあります。どのような資格を持った人が採点するのかを公表していない民間試験もあるので、公正性や透明性が問題となっています。
 5番目の課題は、「出題や採点のミス、機器トラブル」です。
複数の民間試験がパソコンやタブレットを使う予定ですので、機器トラブルや、音声データを聞いても誰の声か分からない、雑音が入っていて採点できない、などの事故が一定の割合で発生することは避けられません。
 大学入試では、何重にもチェックしますが、それでも出題や採点のミスやトラブルが発生することがあります。その都度、大学は対応策を公表します。
ところが、民間試験でそのような事態が起きても公表するかどうか分かりません。文科省の見解は、「民間事業者等の採点ミスについて、大学入試センターや大学が責任を負うことは基本的には想定されません」というものです。
出題や採点、危機管理で、大学入試センターほどの厳密な運営を実現するのは経費も手間も並大抵ではありません。民間事業者に一任で良いのでしょうか。
 6番目の問題は、「利益相反」の疑いです。
民間試験の中には、問題集などの対策本を販売している事業者があります。担当部署が違ったとしても、同じ事業者が、共通テストの一環である英語試験を実施しながら、対策指導で収益を上げるのは、道義的な責任が問われないのでしょうか。
 高校を試験会場には使わないと明言していたのに、最近になって方針を変えた民間事業者もあります。受験生が通う高校を会場にして、その高校の先生たちが試験監督をすることに問題はないのでしょうか。
 最後に、根本的な問題があります。高校は大学入試を無視できないので、高校英語教育は民間試験対策に変質します。授業をつぶして模擬試験を受けさせる高校もすでに出ています。民間試験は学習指導要領に従うことを義務付けられてはいないのですから、民間試験対策に追われることは公教育の破綻につながります。かつては、受験勉強が高校教育をゆがめていると批判されましたが、民間試験対策が高校教育をゆがめることになります。
 「英語を話せるようにしたい」という願いは理解できます。でも、「話す」ことは、状況や相手によって違ってきます。文化的な要素も影響します。「話すこと」は複雑なので、正確に測るのは極めて難しいのです。高校までの基礎力を土台に、大学入学後に時間をかけて指導する方が効果は上がります。
 そもそも「スピーキング・テスト」では、「話す力」の何を測るのでしょうか。文法の正確さを測るのか、発音の良し悪しをみるのか、ともかくよどみなくしゃべれば良いのか、採点基準によって点数は違ってきますし、採点者によって評価はばらつきます。それを避けるために「採点しやすさ」を目指す出題にすると、本来のコミュニケーション能力を評価することにはなりません。「話す力」を入学選抜に使うのは無理があると分かります。
 センター入試は「2つの技能しか測っていない」からダメだとされましたが、実際は、学習指導要領に準拠して、コミュニケーションという視点から、かなり工夫を凝らして、「総合的」な英語力を測定していました。「4技能」は別々に測定する必要はなく、互いに関連しているので、総合的に考えるべきものです。
 受験生を犠牲にすることなく、公正・公平な選抜試験を実施するにはどうしたら良いのか、大学入試は何をどう測るべきなのか、そもそも「コミュニケーション能力」とは何か、などを教育的観点に立ち返って議論できたらと願っています。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/414086.html
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 文科省が現在の英語教育を改革しようとしたこと自体は間違いないのですが、改革案を実施しようとした結果、不平等が生じる事態が生じることを深く考えなかったのでしょう。今後の善処を強く望みたいと思います。
 また、新しい共通テストにおいて、国語の採点方法にも問題点が残っており、バイトを使用して採点を行い事の是非が問われています。すみやかな是正を望みます。

2019年11月03日

#266 令和の時代と自然災害

 10月22日に即位礼正殿の儀が執り行われ、国内外に向けて今上陛下の宣明が発せられました。この儀式のために世界中の多くの賓客が招待され、荘厳かつ厳粛な式典が挙行されました。私もテレビでその一部始終を見ていましたが、200近い国家元首、王族などVIPが日本に集まりました。東洋の片隅の国に世界中の代表者が集うのは尋常ではありません。普段私たちは意識しませんが、いかに日本という国が世界から認められているかを改めて認識する機会となりました。その模様をNHKのNEW・WEBから引用します。
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即位礼正殿の儀
 ことし5月の皇位継承に伴って、新たに即位した天皇陛下が即位を内外に宣言される「即位礼正殿(そくいれいせいでん)の儀」が皇居・宮殿で行われました。天皇陛下は「国民の幸せと世界の平和を常に願い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います」と述べられました。
 「即位礼正殿の儀」は国事行為として行われる「即位の礼」の中心となる儀式で、天皇陛下は皇居・宮殿の「松の間」で皇后さまとともに臨まれました。
 儀式には秋篠宮ご夫妻をはじめ、11人の皇族方が参列されたほか、外国の元首や王族、それに内閣総理大臣など三権の長や各界の代表など、およそ2000人が参列しました。
 21日夜から降り続く雨のため、中庭に整列する予定だった古式ゆかしい装束の職員は人数を減らして屋内に配置されました。
 天皇陛下は平安時代から儀式での天皇の装束とされる「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」に身を包んで「松の間」に入り、正面中央に置かれた高さ6メートル50センチ近くある「高御座(たかみくら)」の台座にのぼられました。
 続いて十二単(じゅうにひとえ)を着た皇后さまが「高御座」と並んで置かれた高さ5メートル50センチほどの「御帳台(みちょうだい)」にのぼられました。
 午後1時12分、侍従と女官によって、「高御座」と「御帳台」のとばりが開けられると両陛下が姿を見せられました。そして天皇陛下が即位を内外に宣言するおことばを述べられました。
 この中で天皇陛下は「国民の幸せと世界の平和を常に願い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います。国民の叡智とたゆみない努力によって、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与することを切に希望いたします」と述べられました。
 続いて安倍総理大臣が天皇陛下の前で「寿詞(よごと)」というお祝いの言葉を述べました。そして安倍総理大臣の発声で参列者が万歳を三唱し、これに合わせて皇居外苑の北の丸公園で自衛隊が21発の礼砲を打ち鳴らしました。
 このあと「高御座」と「御帳台」のとばりが閉じられ、両陛下が「松の間」から退出されて、儀式はおよそ30分で終わりました。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/japans-emperor6/articles/
articles_ceremony_02.html
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 日本は国の内外に令和の時代を宣言しましたが、令和が始まりわずか半年のあまりの間に大きな災害が続いています。平成の時代は大地震を始めとする大災害が多発しました。そして令和の時代になり水害や台風被害を始めとする災害が多くの地域で発生しています。以前ブログ#264でもお伝えましたが、特に関東や東北地方では洪水が発生し、多くの人命が失われました。以前では考えられないほどのものすごい雨量が短時間で降り、そのために多くの河川が氾濫して周囲の町や村が水没する事態を招いています。
 これは平成の時代にはあまり見られなかった災害です。平成は地震や火山災害が多く発生しました「火の時代」が、令和は「水の時代」になるかもしれません。耐震や免振構造など地震対策は多くの住宅でなされていますが、洪水や浸水対策は地震に比べて防災意識が低いないのではないかと危惧します。地震と同じように水災害では電気・水道などインフラが被害を受け、地震災害と同等かそれ以上に長期間にわたり生活に影響を与えます。
 また地震ではそれほど影響を受けなかった家具や電気製品を再利用できますが、水害で家具等はすべて水に浸かり、廃棄するしかありません。また被害も広範囲にわたり、多量の災害ゴミが発生します。また地震と異なり、農作物や水産物への影響が多大なものとなります。
 ここ数年間の自然災害を目の当たりにして、災害は新しい段階に入ったようです。つまりこの国には安全な地域はどこにも存在しないということです。以前には発生しなかった地区で多くの洪水が発生しています。地球温暖化に伴い、台風はますます大型化していきますし、わずか1個の台風で大きな災害が引き起こされます。自然災害に対して「明日は我が身」となります。天気の変化を常に意識し、被害を最小限度に抑える日頃からの対策が必要となります。

2019年10月27日

#265 カレーは悪くない!

 朝晩は涼しいのですが、日中はまだ25度前後の夏日が続いています。温暖化の影響でしょうか。昨年までは10月も中旬になると長袖に切り替えていましたが、今年は10月の下旬まで夏日が発生し、秋の気配が感じられません。このままでは夏の次にすぐ冬が来ることになりそうです。
 ところで前回のブログでも述べましたが、台風19号の影響がまだ続いています。災害規模が広範囲に渡り、東日本大震災に匹敵する、あるいはそれ以上の災害規模となっています。今週末は多くのボランティアが参加して災害後の被災地の片付けを手伝っています。ボランティアに参加できない場合は義援金などで被災された方々の生活支援に協力するなど、様々な支援を考えなけらばならないでしょう。「情けは人のためならず」と言います。明日は我が身です。
 さてこの1週間台風による大災害とともに毎日報道されていますのが、神戸市立東須磨小学校の教諭4人によるいじめ問題です。「いじめ」というよりも「犯罪」であり、教育の場でいじめ防止を子供たちに訴える教員が同僚をいじめていたことに呆れて言葉も出ません。事件の詳細はここで述べませんが、この事件に対する地元の教育員会の対応が物議を醸しています。その内容をネットから引用します。
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教員いじめでカレー給食中止に 神戸市教委「食材生かして煮物を作る」
 神戸市立東須磨小学校の「教員いじめ」で、その道具に使われたカレーを給食から一時的に中止すると市教委が発表し、ネット上でも波紋が広がっている。
 カレーショップからは、「カレーに罪はない」と疑問視する声が続出している。しかし、市教委では、「児童らが精神的ショックを受けているため」だとして、当面続ける考えだ。
 加害教員らが激辛カレーを被害教員に無理やり食べさせる様子の動画がテレビなどで繰り返し流れ、いじめ問題の深刻さが白日の下に晒された。その一方、神戸市教委では、この動画にショックを受けた児童がいるとして、2019年10月16日の保護者会で給食カレーの一時中止を発表し、ツイッター上などでは、この決定に疑問や批判の声が噴出している。
「何の罪もない子供たちが可哀そう」との声が相次ぎ、フラッシュバックで気分が悪くなる児童がいれば、個別のメニューで対応すればいいのではないかとの意見が出た。また、「いじめをマネする児童が出るのを恐れたのではないか」といった憶測も出て、むしろ、いじめたり食べ物を粗末にしたりしてはダメと教育するいい機会になるとの指摘もあった。
一方で、「応急処置的なもの」「カレー出さないは正解やろ」「何かあると困る」と、市教委の対応に理解を示す声も一部であった。 著名人からの反応も相次いでおり、様々な意見が書き込まれている。 アルピニストの野口健さんは「カレーは何も悪い事はしていないよね...」と疑問を呈し、吉村洋文大阪府知事は、「クビにすべきは、カレーじゃなくて、加害教員でしょ」とツイートした。
カレー店からも異論続々「カレーに罪はありません」
ライターで著名ツイッターユーザーの深爪さんは、「カレーを見ただけで具合が悪くなる児童も出てもおかしくないと考えれば、ある意味妥当な措置なのかな」などと市教委の対応に一定の理解を示した。
カレーショップからは、カレーへの風評被害などを懸念する声も次々にツイートされている。 静岡県沼津市にある「印度屋キッチン・ダバ下香貫店」は10月17日、「給食のカレーに罪はありません」と問題提起し、カレー料理の前でスタッフがお願いのように手を合わせる写真をアップした。この投稿は、大きな反響を呼び、10万件以上もの「いいね」が付いている。また、ほかのカレー店も続々呼びかけており、ツイッター上では、カレーを避けずに食べようと写真を投稿する動きが活発になっている。
神戸市教委の健康教育課は18日、給食について、東須磨小から相談が来て、時期を決めずに当面、カレーを変更することにしたとJ-CASTニュースの取材に答えた。変更の理由については、「詳細は、お答えしかねます」とした。
代替メニューとして、カレー粉は止めたうえで、肉やジャガイモ、ニンジンなどの食材を生かした煮物にするなど、味付けを変えるそうだ。
カレーを食べられない児童に個別対応することについては、「同じ釜を使って自校調理しており、メニューを分けるのは難しいです」と話した。給食のカレーを今後の教育に生かすことについては、「そういう声を聞いていませんので、学校から相談があれば考えたい」と言うに止まった。カレー一時中止についての意見は、18日昼過ぎ時点までは来ていないという。
(https://www.j-cast.com/2019/10/18370446.html?p=all)
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 上記の教育委員会の対応をどう考えるかは個人の問題ですが、少なくとも問題の本質(いじめの加害者よりもカレーが悪いという「論理のすり替え」)を教育委員会は理解していないということです。カレーが原因で食中毒が発生したということであれば理解できますが、「いじめ=カレー」では事の本質をとらえていません。
 昨日のNHKのニュースでは次のような記事がありました。
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 神戸市の公立小学校で起きた教諭間のいじめの問題を受けて、17日に開かれた市議会で、教育委員会はこの小学校で子どもどうしのいじめが急増していることを明らかにしました。教育委員会は「推測だが教員の人間関係が影響した可能性もある」として、対策を急ぐ考えを示しました。
 神戸市の市立東須磨小学校で、4人の教諭が同僚の男性教諭らに悪質ないじめを繰り返していた問題を受けて、市議会は17日、臨時の文教こども委員会を開きました。
 この中で、教育委員会の住谷照雄次長は、東須磨小学校での子どもどうしのいじめの認知件数が2年前の平成29年度は0件だったのが、昨年度は13件、さらに今年度は半年間で16件と急増していることを明らかにしました。
 そのうえで、住谷次長は「推測だが教員の関係がぎくしゃくし、子どもにも影響した可能性もある」と述べ、いじめ対策を急ぐ考えを示しました。
 また、17日の委員会では被害者の男性教諭が、去年、前の校長と面談した際、「おまえはいじめられてないんやな」と念を押されたと訴えていることなどを踏まえ、前の校長らを参考人として招致する方向で検討することになりました。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191018/k10012137221000.html)
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 上記の記事がフェイクでないとすれば、この事件の影響が当該小学校の児童たちに悪影響を与えているのでしょうか。教員間のいじめはこの学校だけではないと思います。表面に出てこない事例が数多く存在することでしょう。
 子どもたちと直接接することが仕事の教員が襟を正して生きることが今までの時代以上に要求されている昨今です。教職に携わる人たちはもう一度自分の生き方をふり返る必要があります。

2019年10月20日

#264 日本水没!

 10月もすで中旬となり、朝夕はすっかり秋らしくなってきました。今日は朝から秋日和の一日となっています。ところで昨日は台風19号の進路先で大きな被害が出ました。千葉県に大きな被害を与えた台風15号は千葉県を中心とした比較的狭い地域での被害で済みましたが、それでも停電等の大きな被害が出ました。今回の台風19号は超大型台風で、もし九州に来襲していましたら九州一円が暴風圏にすっぽり入ってしまうほどの大きさでした。
 福岡県は強風圏に入っていませんでしたが、それでも福岡県の沖合に暴風警報が出されるほどで、いかに大きな台風であったかが分かります。昨晩はかなり強い風がここ大牟田でも深夜まで吹いていました。
 さらに驚いたことに、この台風は日本各地で大雨を降らせたことです。特に箱根では2日間で1000mmを超える雨が降り注ぎ、これまでの全国の記録を大幅に塗り替えました。台風が進むにつれて静岡から関東方面へと被害が広がり、さらに東北地方まで大きな傷跡を残しました。特に多摩川、千曲川など大きな河川が氾濫し、多くの川で堤防決壊を起こし、多くの犠牲者が出ています。
 この台風の影響で新幹線にも影響がでています。千曲川の堤防決壊により長野新幹線車両センターの新幹線が浸水しています。これらの車両は整備のために使用できず、場合によれば廃車となるかもしれません。新幹線を含め全国各地の決壊した堤防や壊れた道路を復旧するのにどれほどの費用がかかるのか想像できないほどです。
 今度の大災害はひとつの教訓になるのではないかと思います。地震と異なり進行方向をある程度予測できる台風では、事前に入念な避難準備をしなければなりません。地球温暖化に伴い、今回の台風のように猛烈な勢力を伴う台風は今後も毎年発生し、日本各地を襲うことになるでしょう。貴重な人命や財産を失わないように私たち一人ひとりが何をしなければならないかを、今回の大災害が教えてくれます。自然の猛威の前には私たちは無力です。自然災害に対して安全な場所はこの国にはどこにもないのです。特に近年では毎年のように様々な大きな災害が各地で生じています。この国に住む宿命として、大地震、火山の噴火、台風、大雨等による大災害をいかに防ぐかを一人ひとりが考えなければならない時期にきているのではないでしょうか。
 今回の災害で亡くなられた方々にお悔やみを申し上げますとともに、被害に遭われた方々に心よりお見舞いを申し上げます。そして1日も早い復旧を心より祈りたいと思います。

2019年10月13日

#263 日本ラグビー大躍進!

 今日は朝から快晴で、久しぶりに天気の良い週末となっています。日中はまだ残暑のような高い気温が続いており、半そでで過ごせますが、朝夕はすっかり秋の雰囲気で、道端には彼岸花が咲き誇り、夜は虫の鳴き声が子守唄替わりとなっています。
 さて今年の秋は「スポーツの秋」となっています。世界陸上やバレーボールワールドカップが同時に行われており、まるで来年の東京オリンピックの予行練習を行っているようです。その中で一際目立っているのがラグビーワールドカップです。日本チームの大躍進が国内外で話題となっています。
 昨晩の対サモア戦では見事な勝利をおさめ、ロシア、アイルランドの勝利と合わせて3連勝となりました。残り1試合のスコットランド戦の行方次第ではベスト8進出も夢ではありません。ここで1次リーグ突破の条件が分かりにくいためにスポーツ新聞の記事をを引用します。
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日本の1次リーグ突破の条件
 日本が勝ち点5を追加し、3連勝で勝ち点は14となった。実力が上位のスコットランドが9日にロシアから、アイルランドが12日にサモアからいずれも4トライ以上で勝利し、勝ち点5を奪うと仮定すると、日本は13日のスコットランドとの1次リーグ最終戦で勝つか引き分けで、史上初の8強入りが決定する。
 日本は敗れた場合でも突破の可能性はあり、7点差以内の敗戦、または勝敗に関係なく4トライ以上でそれぞれ獲得できるボーナスポイントがからんでくる。
 日本が敗れた場合、スコットランドの勝ち点は14か15。スコットランドに4トライ以上を奪われ、スコットランドが15となると、日本は4トライ以上かつ7点差以内の敗戦でボーナス点2を獲得する必要がある。スコットランドが3トライ以下なら、日本はボーナス点1を確保すれば勝ち点で上回る。
 スコットランドが9日のロシア戦で引き分け以下か、アイルランドが12日のサモア戦で負け、もしくは3トライ以下の引き分けに終われば、その時点で日本の決勝トーナメント進出が決まる。
W杯1次リーグ順位決定方法 
 各組上位2チームが決勝トーナメントに進出。勝ち=4点、引き分け=2点、負け=0点の勝ち点制。4トライ以上、7点差以内の敗戦はそれぞれボーナスポイント1点が加算。勝ち点が並んだ場合は<1>直接対決<2>得失点差<3>トライ数差<4>得点数<5>トライ数で決着。ここまで並んだ場合、19年10月14日時点の世界ランキング上位チームが上位。
(https://www.msn.com/ja-jp/sports/rugby-world-cup/ラグビー日本、決勝進出へ-スコットランド戦の条件/ar-AAIlpGh#page=2)
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 サッカーと異なり、ラグビーは複雑な得点方法を採用していますので、3連勝していても油断はできないことになります。残りあと1試合、選手たちには頑張ってもらいたいと同時に国を挙げて応援したいと思います。
 ところで、日本選手のメンバーを見て不思議に思われた方もいらっしゃるのではないかと思います。確かにメンバーの中には純日本人?は半数しかいません。半分は外国人選手(日本国籍を含む)が出ています。ラグビーの規定によりますと3年以上該当する国で生活していれば、その国の代表選手になれるそうです。ひと昔のラグビーでは日本人だけで国際大会に出場していましたが、時代は変わり、このような規定に変更されたのでしょう。
 このラグビーなどのスポーツの多国籍化に対して様々な意見がありますが、「日本人とは何か」という問題に関して、スポーツ界ではかなり寛容な態度を取っています。国際結婚が増えて、容姿容貌で国籍を判断できない時代になっています。スポーツ界では様々な身体的要素を取り入れることで、選手の身体的特徴をより強くすることにもなります。この問題は「優生学」が関係してきますので、賛否両論の微妙な問題が出てきまが、この「優生学」について機会があれば述べてみたいと思います。
 スポーツ界ではこの難しい問題にとらわれず、アスリートの努力を称えるとともに、国民代表としてスポーツに出場する姿を応援したいと思います。また現在のラグビーチームのメンバー構成は日本が将来移民政策をとる際の1つの解決法が示されています。換言すれば、日本人がどのように来日する移民と接していくべきかという問題はラグビーチームの在り方がそのヒントになるでしょう。

2019年10月06日

#262 変な教育方針!?

 昨日は日本ラグビーチームの大勝利に国中が沸いた一日でした。現在行われているラグビーワールドカップで日本がアイルランドに勝利し、日本の強さが改めて世界に示された日でもあります。現在ではラグビーはサッカーほど人気がなく、ラグビーワールドカップ前には観客が集まるかどうか懸念されていましたが、どのゲームも観衆が集まり、日本国内ではかつてないほどラグビーに注目が向けられています。しかし私が幼いころにはサッカーよりもラグビーの方が人気があり、「これが青春だ」のような青春ドラマには必ずラグビー部が舞台設定で使用されていたものです。これからも日本チームの快進撃に期待したいと思います。
 さて先日の西日本新聞の記事に「変な計算指導」の記事が載っていました。筆算の横線を定規で引くことへの疑問です。本日はこの記事を引用します。

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筆算の線、手書きダメ? 小5、160問「書き直し」
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/545572/)
 「なぜ筆算の横線を、全て定規で引く必要があるのでしょう」。福岡県内の小学校に通う小学5年男児の親族の女性(34)から、特命取材班に相談が寄せられた。夏休みの宿題を提出したところ、横線が手書きだったとして、担任に「書き直し」を命じられたという。指導の背景を探った。
 女性によると、担任は日ごろから定規を使うように指導。男児は疑問を抱きつつも注意されるのが嫌で基本的に従ってきた。今回、筆算の一部は「別にいいだろう」と自分で判断し、手書きで線を引いたという。
 すると、担任から保護者に書き直しを求める電話があった。対象は160問分。理由を尋ねると「計算ミスが減るし、みんなにやらせている」。女性は「計算のリズムが崩れるし、自分なりのノートの取り方を見つけるのも勉強ではないか」と不思議がる。
 同様の指導を行っている県内のベテラン教諭に理由を聞いた。定規で線を引く動作は意外と難しく、「小学2年の習い始めは2割しかできない」という。筆算の線引きはこの練習になるというわけだ。高学年では「手書きより見直しやすいし、面倒くさがらずにやる子の方が学力が伸びる」と説明する。
 このような理由を、男児の担任は保護者に説明していない。県内の別の学校では小学6年も定規の使用を指導しているが、疑問を抱いた父親(39)が理由を問うと、「学年で決めています」との返事だったいう。
 いつ、どう広がったのかは不明だが、「30年前にはそう指導していた」という小学校教諭の声もあった。
 「教師自身が考えなくなっている」。定規の利用など、教員が十分に理由を説明できないルールが数多くある実態について、東京大大学院の村上祐介准教授(教育行政学)は警鐘を鳴らす。
 村上氏は2015年度、自治体ごとに授業の受け方や生活態度を定めた「スタンダード」と呼ばれるルールの有無を全国調査した。回答を得た445自治体の約2割が導入していた。
 スタンダードの内容は自治体ごとに異なるが、「足の裏を床につけて座る」「手を真っすぐ挙げる」などの規律や、「子どもが自分で課題を解決する時間を確保」といった授業の手法が記されている。
 こうした画一的なルールの広がりについて、村上氏は若手教師の授業の質を一定水準に保つ役割はあるとしつつも、「守ることが目的化してしまう危険がある。教師自ら判断することを望んでいない傾向があるのではないか」と懸念する。
 教師の間にも異論はある。勤務先の小学校で18年度にスタンダードが導入されたという福岡県の男性教師(60代)は「学校にとって理想の子ども像が書かれている」と話す。
 机上に置くノートや筆箱の位置、発表や話を聞く態度、あいさつの仕方、廊下の歩き方に加え、靴や傘、トイレのスリッパの置き方、休み時間の遊び方の注意点まで書かれている。「子どもには、ルールを作っていく力こそが必要なのに…。スタンダードが浸透するほど枠組みになじめない子が排除される心配もある」。ベテラン教師のそんな疑問は、スタンダードを推し進める校長の前でかき消されがちだという。
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 算数で定規を使うことは、例えばグラフや表を作成する際には必要ですが、果たして筆算の横線を引く際に使用するかどうかは意見が分かれます。上記の記事にあるように「教師自身が考えなくなっている」ということは一理あります。生徒が置かれている状況を考慮し、何が一番必要か、どのような道具を使用するかは授業内容によります。
 画一的な指導が必ずしも良いとは限りません。教育現場では教師一人ひとりの創意工夫が必要とされる所以です。それをしないと、ただ機械的に指導しているだけで、その場に応じたふさわしい指導が欠如することになります。
 昨今話題になっている事故が続出している組体操の在り方やブラック校則など、生徒の現状に応じた指導が必要となってきます。「以前はこうだったから」や「長年ずっとやっている」は通用しない時代です。生徒の能力をいかに引き出し、開花させるために従来の指導方法に拘らず、その時代に応じた指導方法を考える必要があります。それが教師の「独創性」ということになります。

2019年09月29日

#261 心がほっとする話

 昨日九州地方を駆け抜けた台風17号は今朝温帯低気圧になり日本海を進んでいます。温帯低気圧とは言いながら、暴風・大雨の性格を帯びていますので、低気圧の進行方向にいる皆様は充分お気をつけ下さい。
 台風17号は大型の台風で、九州の西側を通るコースを移動しましたので(この場合が九州の西部や大牟田市にとり最悪のコースになります)、一日中自宅にいて台風が通過するのを待っていました。台風15号ほどではありませんが、九州地方では14万件以上が停電し、現在も長崎県を中心に3万戸以上が停電しているようです。早急の電力復旧が待たれます。3週間前の台風15号による千葉県内の停電はまだ完全に復旧していません。1つの台風の被害がいかに大きなものであるかを考え、予知が難しい地震と異なり、台風は進行方向が予見できますので、あらかじめ台風に対する対策を十分する必要があります。
 さて今日は台風一過でもあり、心からほっとする話をご紹介します。まず最初は航空会社の思いやりのある対応です。

「お連れ様はどちらですか?」妻に先立たれた男性、客室乗務員の対応に…
 半世紀以上も連れ添った妻に先立たれた、横浜市の知人男性からこんな話を聞いた。男性は葬儀を終えた後、故郷である佐賀県唐津市の寺に納骨するため、羽田空港から空路、九州へと向かった。
 遺骨を機内に持ち込めることは知っていた。でも入れたバッグがかなり大きく、念のため搭乗手続きの際に中身を伝えた。機内に乗り込み、上の棚にバッグを入れて席に着くと、客室乗務員がやって来てこう言った。「隣の席を空けております。お連れ様はどちらですか?」
 搭乗手続きで言ったことが機内に伝わっていたのだ。男性が「ああ、上の棚です」と説明すると、乗務員はバッグごと下ろしてシートベルトを締めてくれた。飛行中には「お連れ様の分です」と飲み物も出してくれたという。
 「最後に2人でいい“旅行”ができた」と男性。その表情を見ていたら、こちらも温かい気持ちになった。 (https://www.nishinippon.co.jp/item/n/357086/)

 国内の航空会社の心温まる応対です。どこの航空会社か分かりませんが、亡妻の遺骨を「もの扱い」せず、一人の人間として扱ってくれたこの会社に拍手です。さて次に紹介します話は「これぞプロ意識!」と言えるものです。

「食べさせられませんから」通話中に冷めたラーメン 若い店主の行動に客は驚き
 ふらりと立ち寄った、あるラーメン店。こだわりのスープが売り物とか。まだ若い店主の元気な声が響く。ラーメンを注文した客の携帯電話が鳴った。込み入った内容らしい。客は話しながら店の外へ。出来上がったラーメンが席に置かれた。客はなかなか戻ってこない。
 しばらくして席に着いた客がラーメンに手を伸ばそうとした。その時、店主はさっとラーメンの器を引いて、湯気の立つ作りたてに取り換えた。驚く客に「お客さんに、冷めたラーメンは食べさせられませんから」
 「2杯分の料金を」との申し出を固辞した店主。そのTシャツの背中に書かれた文字に目が留まった。「一杯入魂」。野球の「一球入魂」のもじりだろうか。なるほど。この店のラーメンがうまい理由が分かった
 仕事帰りに乗った、ある路線バス。停留所に止まるたび、運転手が車内アナウンスを繰り返す。「週末の金曜日です。1週間、お疲れさまでした」
 バスを降りるお年寄りには「寒いですから気を付けて」「自転車にご注意ください」。あえて言えば「一停入魂」か。学生たちが「ありがとうございました」と笑顔で降りていった。外の風は冷たいが、車内は何だかポカポカと
 ラーメン店主とバス運転手。仕事は違っても、心を込めて最良のサービスを提供しようというプロ意識には通じるものが。料金はいつもと同じなのに、すごく得をした気分にしてくれた。(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/388375/)

 このラーメン屋の店主やバスの運転手のプロ意識は私たちが模倣しなければならない姿勢でもあります。学生は学生らしく、社会人は社会人らしく、自分の仕事に誇りを持ち周りの人々に真摯に対応する姿勢はまさに「プロ意識」を持った職人と言えるでしょう。
 今日は秋分の日です。現在私たちがこの世に存在しているのは先祖の方々のおかげです。台風一過、墓参してはいかがでしょうか。

2019年09月23日

#260 備えあれば憂いなし?

 朝から秋晴れで、涼しい秋風が吹いています。日中は30度を越す日々がまだ続いていますが、朝晩は爽やかな風が吹くようになりました。このまま秋らしい日々が続いてほしいものです。
 さて、今日は敬老の日で3連休(または2連休)の最終日になります。ウィキペディアによりますと「敬老の日」は『敬老の日は、国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条によれば、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としている。』ということです。
 この「老人」の定義が時代により大きく変わってきました。老人福祉法では65歳以上を「老人」、「高齢者」と定義しているようです。だから65歳から年金が支給されるのでしょう。しかしながら、年金財政の枯渇に伴い、政府は年金支給を70歳に変更する計画を立てています。そうしますと、65歳の「老人」という呼称は皮肉にも「後期中年」または「後期壮年」となるのでしょうか。
 10月からの消費税増税に伴い大半の商品の値段が上がりますが、年金のみに頼るお年寄りにとって、ある意味では国による高齢者に対する「いじめ」になります。これでは老人を敬う「敬老」が老人を軽んじる「軽老」となってしまいます。政治家のように年齢にかかわらず働ける環境にいる高齢者は収入がありますが、収入のない年金暮らしの高齢者は少ない年金を切り詰める生活をしなければなりません。
 財務省のトップが老後資金として定年後30年間生活するために2000万円必要だと論じましたが、この基準はいわゆる「老後報告書」の中で、「高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、毎月5万円程度を保有資産から取り崩しており、これを基に収入と支出の差である不足額約5万円が毎月発生する場合には、20年で約1300万円、30年で約2000万円の取り崩しが必要となる」旨の記述があり、これがネット上で炎上したのです。
 大企業で働いた退職者は退職金が少なくとも5,6千万円貰えるでしょうし、企業年金の形で支給されます。そのお金の一部を利用して資産形成もできるでしょう。ところが中小企業や零細企業に勤めている人は退職金は極端に少なく、1千万円以下の人が少なくありません。このような状態では2000万円どころではなく、退職したその日から日々の暮らしに困ることになります。つまり体が動く限りパート等で働かざるを得ないのです。
 また、いくら貯金があっても充分ではありません。病気やケガ、想定外の自然災害による緊急の出費が必ずあります。老後の生活は個人の生活レベルにより異なりますが、せめて人間らしい生活は送りたいものです。「備えあれば憂いなし」と言いますが、金銭面だけでなく健康面も含めて、あくまでも人間として尊厳ある生活を送りたいものです。「敬老の日」にこんなことを考えてみました。

2019年09月16日

#259 ざんねんないきもの2

 今朝は朝から快晴の天気が続いていますが、ここ数日間は昼間に局地的な豪雨が降り続いていました。夕立とは異なる梅雨の末期の集中豪雨のような土砂降りの雨が10分ほど降り続いたかと思うと、急に日差しが指してきて天気が回復しますが、また数10分ほどで土砂降りの雨が降ってきます。そのような状態がここ大牟田でも2,3日続きました。先日のニュースでは横浜で数時間豪雨に見舞われ、幹線道路がまるで海のようになっていました。秋晴れとなるには、もう少し時間がかかりそうです。また今夜半には台風15号が関東に上陸する見込みですが、被害が大きくならないことを祈るばかりです。
 さて、ブログ#257で紹介しましたが、「続ざんねんないきもの事典」を購入して現在読んでいます。「へえ~」、とか、「えっ!?」というような内容ばかりが載っており、思わず笑ってしまいます。今日はその中からいくつか紹介しましょう。

〇クマノミはいちばん大きいオスがメスに変身する
 クマノミは、イソギンチャクに潜り込んで身を守っています。だいたい1株のイソギンチャクにひとつの群れが暮らしていますが、群れのなかにはメス1匹だけで、あとはすべてオスです。
 このメスはどこから来たのかというと、なんとオスが性転換したもの。群れの中で一番大きなオスがメスに変わり、残ったオスの中で一番大きなオスと夫婦になって卵を産むのです。
 イソギンチャクから離れられないクマノミは、卵を産んでいいのは一番大きなものの特権ということでしょうか。

 クマノミの面白い習性ですね。人間でいえば、一種の同性婚でしょうか?この点ではクマノミの方がずっと進歩しているのでしょう。次は私たちの身の回りにいるハトの話です。

〇ハトはあおむけにされると動けない
 公園や駅にいるハトは、つねにせわしく動き回っていますが、じつは体をあお向けにしてギュッとにぎると、置物のように固まって動けなくなります。
 これは死んだふりの一種と考えられます。敵につかまり身動きがとれなくなったら、いったんムダな抵抗をやめ、油断したすきに全力で逃げるという作戦のようです。
 この性質に目をつけたのが手品師。どこに置いてもじっとしているので、箱やらハンカチやら胸ポケットにしまわれることになりました。そして1000年も前から、ハトは手品師のよき相棒として、みんなを楽しませているのです。

 確かにテレビで手品を観ていますと、どこからとなくたくさんのハトが手品で登場します。ハトの性質を利用していますね。ところで以前手品を見ていたときに、ハトを使った手品があったのですが、ハトが手品師のポケットから飛び出さずにそのまま固定された状態で床に落ちたことがありました(笑)。ハトが緊張しすぎて固まってしまったのでしょうか。もうひとつ紹介しましょう。

〇ウマは全力で走ると死ぬ
 ウマは頭がよく、人になつきやすい性格をしています。人を乗せて走れる動物の中では最も速く、乗馬というスポーツもできたほど。昔はウマに乗って戦ったり、旅をしたりしていたので、いくらでも走れそうに思いますが、実際は頑張りすぎると、心臓発作で死んでしまいます。
 実際に、モンゴルのお祭りで行われている草原を30kmも走るレースでは、ゴール前に力尽きてしまうウマもあるそうです。人間もほかの動物も、限界が来る前に力を緩めてしまうものですが、ウマは全力を尽くし、身を滅ぼしてしまうのです。

 ウマは人間の言うことを聞いて一生懸命頑張りすぎるのでしょうか。でも競馬では距離が短いせいか、途中で死んだウマの話を聞いたことがありません。ところで一番長距離を走ることができるのは人間らしいです。このことは英検2級の問題に出題された内容ですが、チーターなどはとても足が速い代わりに短距離しか走れません。しかし人間は長距離に適した骨格をしており、他の動物に比べてそれほど足は速くありませんが、狩りをするときに、獲物を追い詰めて仕留めてしまうことを繰り返して、今日の繁栄の基礎を作ったと問題文に書いてありました。
 私たちが知っているようで、けっこう知らないことがたくさんあります。今まで当たり前と思っていたことが、様々な発見により新しい世界が広がっていきます。些細なトリビアですが、知ることで世界が広がっていき、楽しくなります。

2019年09月08日

#258 夏の終わりとセミの声

 先日の豪雨による大きな災害が佐賀県を中心にでています。特に大町町では工場からの工業用油の流失で付近の田畑や住宅が大規模の範囲で油まみれになっており、稲作が全滅の状況です。また油の一部が有明海に流れ込んでおり、国内最大のノリ養殖に甚大な危害が出る可能性があります。想定以上の豪雨のために予期せぬ人災が生じてしまいます。企業側は様々なことを想定したうえで、自社の工場等を守り、かつ周囲に影響を与えないような対策を取る必要があるでしょう。災害地がすみやかに復旧することを祈ります。
 ところで今日は8月31日で、暦の上では夏の終わりです。普段ですとお盆過ぎからセミの鳴く声がツクツクボウシへと変わり、晩夏を彩るのですが、今年の夏はお盆過ぎから連日雨が続き、特に先日の豪雨でここ数日はセミの声がほとんど聞こえません。おそらくセミたちも雨に打たれて死んでいったのでしょう。ツクツクボウシの鳴く日が今年来るのか心配です。去りゆく夏を惜しんで鳴くセミは晩夏の風物詩とも言えます。
 さて、今日はセミに関する面白い記事を見つけましたのでご紹介します。

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『セミの最期は澄んだ空を見ることさえできない
        土の中に何年も潜り、一夏で子孫を残す』(東洋経済オンライン)
 生きものたちは、晩年をどう生き、どのようにこの世を去るのだろう──。
老体に鞭打って花の蜜を集めるミツバチ、成虫としては1時間しか生きられないカゲロウなど生きものたちの奮闘と哀切を描いた『生き物の死にざま』(稲垣栄洋著 草思社)から、セミの章を抜粋して掲載する。

〇死を待つセミは何を見る。
 セミの死体が、道路に落ちている。セミは必ず上を向いて死ぬ。昆虫は硬直すると脚が縮まり関節が曲がる。そのため、地面に体を支えていることができなくなり、ひっくり返ってしまうのだ。
 死んだかと思ってつついてみると、いきなり翅(はね)をばたつかせてみたりする。最後の力を振り絞ってか「ジジジ……」と体を震わせて短く鳴くものもいる。
 別に死んだふりをしているわけではない。彼らは、もはや起き上がる力さえ残っていない。死期が近いのである。仰向けになりながら、死を待つセミ。彼らはいったい、何を思うのだろうか。彼らの目に映るものは何だろう。澄み切った空だろうか。夏の終わりの入道雲だろうか。それとも、木々から漏れる太陽の光だろうか。
 ただ、仰向けとは言っても、セミの目は体の背中側についているから、空を見ているわけではない。昆虫の目は小さな目が集まってできた複眼で広い範囲を見渡すことができるが、仰向けになれば彼らの視野の多くは地面のほうを向くことになる。もっとも、彼らにとっては、その地面こそが幼少期を過ごした懐かしい場所でもある。
〇「セミの命は短い」とよくいわれる。
 セミは身近な昆虫であるが、その生態は明らかにされていない。セミは、成虫になってからは1週間程度の命といわれているが、最近の研究では数週間から1カ月程度生きるのではないかともいう。とはいえ、ひと夏だけの短い命である。
 しかし、短い命といわれるのは成虫になった後の話である。セミは成虫になるまでの期間は土の中で何年も過ごす。
 昆虫は一般的に短命である。昆虫の仲間の多くは寿命が短く、1年間に何度も発生して短い世代を繰り返す。寿命が長いものでも、卵から孵化(ふか)して幼虫になってから、成虫となり寿命を終えるまで1年に満たないものが、ほとんどである。
 その昆虫の中では、セミは何年も生きる。実に長生きな生き物なのである。
〇幼虫の期間が長い理由
 一般に、セミの幼虫は土の中で7年過ごすといわれている。そうだとすれば、幼稚園児がセミを捕まえたとしたら、セミのほうが子どもよりも年上ということになる。
 ただし、セミが何年間土の中で過ごすのかは、実際のところはよくわかっていない。何しろ土の中の実際の様子を観察することは容易ではないし、仮に7年間を過ごすとすれば、生まれた子どもが小学生になるくらいの年数観察し続けなければならない。そのため、簡単に研究はできないのだ。土の中での生態については、いまだ謎が多いのである。それにしても、多くの昆虫が短命であるのに、どうしてセミは何年間も成虫になることなく、土の中で過ごすのだろう。
〇セミの幼虫の期間が長いのには、理由がある。
 植物の中には、根で吸い上げた水を植物体全体に運ぶ導管(どうかん)と、葉で作られた栄養分を植物体全体に運ぶ篩管(しかん)とがある。セミの幼虫は、このうちの導管から汁を吸っている。導管の中は根で吸った水に含まれるわずかな栄養分しかないので、成長するのに時間がかかるのである。
 一方、活動量が大きく、子孫を残さなければならない成虫は、効率よく栄養を補給するために篩管液を吸っている。ただ、篩管液も多くは水分なので、栄養分を十分に摂取するには大量に吸わなければならない。そして、余分な水分をおしっことして体外に排出するのである。
 セミ捕り網を近づけると、セミは慌てて飛び立とうと翅の筋肉を動かし、体内のおしっこが押し出される。これが、セミ捕りのときによく顔にかけられたセミのおしっこの正体である。夏を謳歌するかのように見えるセミだが、地上で見られる成虫の姿は、長い幼虫期を過ごすセミにとっては、次の世代を残すためだけの存在でもある。
〇繁殖行動を終えた成虫に待つのは…
 オスのセミは大きな声で鳴いて、メスを呼び寄せる。そして、オスとメスとはパートナーとなり、交尾を終えたメスは産卵するのである。これが、セミの成虫に与えられた役目のすべてである。繁殖行動を終えたセミに、もはや生きる目的はない。セミの体は繁殖行動を終えると、死を迎えるようにプログラムされているのである。
 木につかまる力を失ったセミは地面に落ちる。飛ぶ力を失ったセミにできることは、ただ地面にひっくり返っていることだけだ。わずかに残っていた力もやがて失われ、つついても動かなくなる。
 そして、その生命は静かに終わりを告げる。死ぬ間際に、セミの複眼はいったい、どんな風景を見るのだろうか。あれほどうるさかったセミの大合唱も次第に小さくなり、いつしかセミの声もほとんど聞こえなくなってしまった。
 気がつけば、周りにはセミたちのむくろが仰向けになっている。夏ももう終わりだ。季節は秋に向かおうとしている。
(https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/セミの最期は澄んだ空を見ることさえできない-土の中に何年も潜り%ef%bd%a4一夏で子孫を残す/ar-AAGhqYF#page=2)

 人間の80年の命に比べれば、成虫となりわずか7日しか生きられないセミは確かに短命ですが、人間と大木を比較すると、何千年も生きる木と比べると人間は短命です。真夏に声を絞りながら必死に生きていくセミのように、私たちも勉強し、働き、自分の人生を謳歌して命を全うする人間でいたいものです。
 明日は9月1日、暦の上では秋がもう始まります。

2019年08月31日

#257 ざんねんないきもの

 ここ数日秋雨前線のせいで、ぐずついた天気が続いています。昨晩は室温が25度以下でしたので、エアコンをつけずに寝ましたが、今朝は寒さで目が覚めました。外気温が17.4度、室内の温度計では22度でした。私の記憶では8月にこれほど気温が下がった日はないと思います。10月中旬までは最高気温が25度を超える日がありますので、今日の気温はまるで10月下旬の気温です。わずか一日で2か月ほど気温が進んだ感覚です。天気が回復すればまた30度を超える日々が続くのでしょうか。日々の極端な気温変化のせいで、体調を壊さないように充分ご留意してください。
 さて先日歯の治療のために近くの歯科医院に行きましたが、治療を待っている間に面白い本を見つけました。「ざんねんないきもの事典」(高橋書店)という児童向けの漫画時点です。ページをめくると面白い内容が次々に出てきます。雑学事典として子どもだけでなく大人でも十分楽しめる内容です。少し紹介しましょう。

〇ダチョウは脳みそが目玉より小さい
 ダチョウは世界最大の鳥で、あらゆるサイズが規格外です。頭までの長さが2.4m、体重150㎏にもなる巨大な体は文句なしに鳥類ナンバーワン。卵の重さも1.5㎏あり、その黄身は世界最大の細胞でもあります。当然体のパーツも大きく、目玉だけでも直径5㎝、重さは60gあります。これはニワトリの卵とちょうど同じぐらいの大きさです。
 こうなると脳の大きさもさぞおおきそうなものですが、たった40gしかありません。つまり目玉以下です。頭のよさは大きさだけでは決まりませんが、実際ダチョウはかなり記憶力が悪いそうです。

「大男総身に知恵が回り兼ね」(体ばかりが大きくて知恵のない人をあざけっていう言葉)と言いますが、ダチョウにもこの事が当てはまりそうです。もう1つ紹介します。

〇シマリスのしっぽはかんたんに切れるが、再生しない
 シマリスはふさふさのしっぽを上手に使って、木の上でバランスをとったり、毛布がわりに抱えて眠ったりします。
 とても便利なしっぽですが、ひっぱられると簡単に抜けます。しっぽの骨のまわりの毛と皮膚がずるっとむけてしまうのです。これはリスの仲間に共通する特徴で、敵に襲われたときにしっぽを捨てて逃げるという、トカゲと同じ発想の防御方法です。ただし、リスのしっぽは再生しません。ペットとしても大人気のシマリスですが、はしゃいでしっぽを持つと地獄絵が広がることにもなるので、注意しましょう。

 リスのしっぽは体の部分に比べて大きくふさふさしており、特に冬はしっぽを体に巻いて暖かく過ごすなど、とても便利なものですが、まさかしっぽがちょん切れるとは知りませんでした!!!。ブログ読者のみなさんは決してペットのリスや観光地にいるリスのしっぽを引っ張らないように注意してください。簡単に抜けるそうです。しっぽが抜けた後のリスを想像してください。なんだかネズミみたいな姿になってしまいます。あまりにも哀れな姿になっていしまいます(笑)。
 この他にも私たちが知らない情報がこの本にたくさん載っています。雨の日に暇つぶしにこの本のページをめくるのはいかがでしょうか。このような雑学は読むだけでなく、周囲の人に教えてあげましょう。一度に人気者になりますよ!
 現在このシリーズは4巻発売されています。興味のある方は書店まで足を運んでみてください。きっと新しい世界が広がると思います。

2019年08月25日

#256 長崎とNagasaki

 先日の大騒がせな台風が秋風を何処からか運んできたようです。ここ数日間昼間はまだ厳しい残暑が続いていますが、早朝や夜遅く涼しい風が吹き出しています。少しずつ夏が終わりを告げているようです。
 さて、同じ言葉や表現でも、ところ変われば全く使い方が異なる事例が散見されます。例えば「長崎」と言えば日本人は異国情緒、中華街、出島、26聖人を始めとするキリスタン弾圧などが思い浮かぶのではないでしょうか。ところがアメリカでは意外な意味に使われていることが明らかになりました。今月8日の西日本新聞で、次のような記事が紹介されました。(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/533636/)

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『米ドラマで「ナガサキする」 “破壊する”の意味で使用 原爆に着想、俗語表現か』
 米国で大ヒットし、日本でもNHKで放映されている連続ドラマ「THIS IS US(ディス・イズ・アス)」で、「Nagasaki」という単語が「破壊する」「つぶす」という意味の動詞として使われている。原爆の壊滅的な威力を踏まえ、完膚なきまでにたたきつぶすという意味合いで用いたとみられる。日本語版製作関係者によると「ナガサキする」という動詞としての用法は、過去の欧米作品には見当たらず「ショックを受けた」といった声が上がっている。
 作品は誕生日が同じ36歳の男女3人と両親を中心に描く連続ドラマ。米NBCテレビが放映し、テレビ界最高の栄誉とされるエミー賞の主演男優賞も受賞、続編の製作が続いている。
「Nagasaki」がせりふに使われたのはドラマのシーズン1(計18話)第2話「ビッグ・スリー」。主要人物の一人、俳優ケビンがコメディードラマで道化役を続けるのに嫌気が差し降板を決意、テレビ局の代表と会話する場面だ。ケビンに対し代表は言う。
 「If you do,I'll be forced to Nagasaki your life and career.(もし降りるなら、君のキャリアを徹底的につぶすしかない)」
 さらに、かつて人気だった別の俳優の名前を挙げ、自分に逆らった俳優の末路を思い知らせようとする。さらに、かつて人気だった別の俳優の名前を挙げ、自分に逆らった俳優の末路を思い知らせようとする。
 「I Nagasak'd him.(私がつぶした)」
 (日本語訳はDVD吹き替え版、英語は英語字幕より)
 日本市場向けに作品の字幕・吹き替え製作を担当した東北新社(東京)によると「Nagasaki」という単語が動詞に使われたケースは「確認できる範囲では、過去に事例はない」といい「このような使い方をされていることに驚いた」と話した。
 一般的な辞書には記載がなく、特殊な俗語表現とみられる。
 西日本新聞は電話とメールでNBCに取材、表現の意図をただしたが、同社広報担当者は回答しなかった。NBCの発注でドラマを製作した米国の20世紀フォックステレビジョンは取材に対し「プロデューサーは、エピソード自体に語らせることを望んでおり、残念ながらそのことについて話すつもりはない」と回答した。
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 どのような背景でNagasakiが使われるようになったのか詳細は分かりませんが、脚本家の印象としてnagasaki=破滅の意味で用いたのでしょう。しかしその脚本家は原爆投下後の長崎の惨状を知らないと思われます。実際の長崎の惨状をフィルムや写真等で目にすれば、このような表現を使おうとは思わないでしょう。nagasakiという表現は正式な英語表現ではないようですが、軽はずみで使用して欲しくないと思います。
 同じく西日本新聞の今月9日のオピニオン欄に次の記事が掲載されました。

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『福岡県大牟田市の高校3年、古賀野々華さんが留学したのは米ワシントン州リッチランドという町…』(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/533999/)
 福岡県大牟田市の高校3年、古賀野々華さん(現在明光学園高等学校の3年生です。)が留学したのは米ワシントン州リッチランドという町。長崎原爆に使われたプルトニウムの生産基地だった
 戦後も核関連産業が経済を支える「原子力の町」。原爆のきのこ雲は町のシンボルであり誇りでもあった。学校のロゴマークや学用品にもそのデザインが使われていたという。
 そんな米国での「当たり前」が、長崎の原爆資料館を訪れた経験もある古賀さんに違和感と疑問を募らせる。多くの人の命を奪った原爆は誇れるものですか。犠牲になったのは普通の市民なんです―
 現地で思いを発信した。どんな反応が返ってくるか、不安や恐怖心さえあっただろう。反響は両論あった。「原爆のおかげで終戦が早まった」との肯定論は変わらずにある。一方で、あなたが声を上げなければ「日本側の考えを知る機会は一生なかった」との意見も届いたそうだ
 原爆を落とした側にとって、立ち上るきのこ雲は軍事的にも政治的にも勝利の象徴である。だから、その下で起きた惨劇は国民に伝えられない。街や人が溶かされるように壊されたことを、知る機会も知らされる機会も多くはないと聞く
 3日前の本紙にあった古賀さんの記事を読みながら、異国で振り絞ったであろう勇気の大きさに心が揺れた。「被爆国の国民として問い続けていきましょう」と18歳の若者に後押しされたような、今日は長崎原爆の日。
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 なお、古賀野々華さんに関する記事は次のものです。動画サイトが添付されていますので、興味のある方はぜひご覧ください。

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『【動画あり】「きのこ雲、誇れますか?」高3の動画が話題に 米留学先の高校ロゴに異議』
 「きのこ雲の下にいたのは兵士ではなく市民でした。罪のない人たちの命を奪うことを誇りに感じるべきでしょうか」-。福岡県大牟田市の高校3年生、古賀野々華さん(18)が、米国の高校に留学していた5月、校内向けの動画で、原爆のきのこ雲を模した高校のロゴマークに異を唱えた。動画はインターネット上で拡散し、広く話題に。1年間の留学を終え、6月に帰国した古賀さんは「批判を恐れずに、自分の意見を伝えることの大切さを学びました」と振り返った。
 留学先は米ワシントン州リッチランドにあるリッチランド高。町では戦前、長崎に投下された原爆のプルトニウムが生産された。原子力の生産や技術の研究が町の発展に寄与し、核関連産業が町の経済を支えてきた。
 同校のロゴマークは「R」の文字にきのこ雲を模したもので、パーカやジャージーなどあらゆる学用品にあしらわれている。
 「原爆を、こんなふうに扱っていいの?」。留学後に町の歴史を知り、日々を過ごすうちに膨らんだ違和感が問題意識に変わったのは半年が過ぎた頃。米国史の授業で、多くのクラスメートが「原爆のおかげで戦争が終わった」との考えを示していたからだ。
 そんな古賀さんの様子に気付いた教師から、校内放送に出演し、メッセージを伝えることを勧められた。読み上げる英文作りには、ホームステイ先のホストマザーも協力してくれた。
 帰国を間近に控えた5月30日、校内放送に出演した。原爆投下で大勢の市民が犠牲になったこと。日本では原爆の恐怖を学び、犠牲者を悼む「平和の日」があることなどを紹介。「きのこ雲は、爆弾で破壊したもので作られています。きのこ雲に誇りを感じることはできません」と締めくくった。
 歴史あるロゴマークに愛着を持つ人も多い中、同級生から「あなたを誇りに思う」「あの動画がなければ日本側の意見を知ることは一生なかった」と勇気ある行動を称賛された。地元紙でも取り上げられ、古賀さんのメッセージをきっかけにさまざまな場所で議論が生まれた。
 「ここまで反響があるとは思いませんでした。私はロゴマークを変えさせたかったわけではありません。ただ、(原爆を)投下された側の気持ちを知ってほしかった」。いま、古賀さんはそう振り返る。将来は、米国で学んだことを生かした仕事に就きたいという。
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/533053/?page=2)
*動画サイトのURL(https://youtu.be/mpY8q1XH3QI)
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 加害者が被害者の心情を理解するのは難しいものです。足を踏んだ者は踏まれた者の痛みを理解するのが難しいものです。私たちの日常生活でも何気なく話していることが相手の気持ちを傷つけることが多々あります。それを避けるために相手に対して思いやりを持って接する必要があります。換言すれば、いじめている者はいじめられている人の気持ちが分かっていません。自分がいじめられて初めてその心情を理解できるのです。相手の立場を少し想像すれば相手の気持ちが分かるはずです。よいコミュニケーションとは常にお互いの気持ちを考え言動することです。このことは個人間だけでなく、国家間にも当てはまります。

2019年08月18日

#255 進研模試が売買される!

 お盆休暇を混乱させた大型台風もようやく日本列島から遠ざかり、今日はまた真夏の太陽が輝いています。休暇を1日繰り上げて帰宅した人や、帰郷を1日延期した人などで昨日は列島中が混乱しました。今後も多くの台風が発生すると予想されますので、これからの台風シーズンに備える必要があります。
 さて本日のブログですが、教育界で心配されていたことが実際起こっています。2日前の西日本新聞によりますと、高1から高3、受験生まで広く全国規模で行われている進研模試がネット上で売買されているようです。

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『進研模試、ネット売買横行 全国で40万人受検 実施日のずれ悪用』
 「インターネット上で進研模試の『ネタバレ』が売買されています」。高校1年生の子どもを持つ母親から、特命取材班にそんな声が届いた。進研模試とは、通信教育大手ベネッセコーポレーションが実施し、全国の高校約3千校で約40万人が受検する民間模試。参加校で実施日が異なるのを利用し、問題と解答・解説が会員制交流サイト(SNS)などで出回っているという。調べてみると、他の模試も含めて不正は10年以上横行していた。
「高1 7月の進研模試の国数英すべての問題、解答の写真をiTunesカード1500円でお送りします」
 7月中旬。ツイッターで「#進研模試ネタバレ」と検索すると、同種の投稿がずらりと並んだ。「全教科配布できます」「問題のみ アマギフ1500円 回答つき アマギフ3000円」-。
 模試の表紙や問題の一部を写した写真が添付されている。iTunesとは、音楽・映像配信サービス「iTunes(アイチューンズ)」、アマギフとはネット通販大手「アマゾン」のギフト券のこと。欲しいという人にはメールで全写真を送り、電子マネーで報酬をもらうやり方だ。大手予備校の河合塾、駿台予備校の模試についても同様のツイートが確認できた。
 フリーマーケットアプリ大手のメルカリにも数百~数万円で多数出品されていた。試しに7月の進研模試地歴、公民、理科の3教科を計888円で購入すると、3日後に書き込みのない問題と解答・解説、解答用紙が手元に届いた。
 ベネッセによると、ネットを利用した「ネタバレ」が問題となり始めたのは2005年ごろ。「ネタバレ板」と呼ばれる掲示板に問題や解答を直接書き込む形だった。同社は不正な書き込みの削除申請を続けている。近年、ツイッターやフリーマーケットアプリで不正が確認されたことから、18年からは大手3社(メルカリ、ヤフオク、ラクマ)と連携。削除を確実に行うという約束を取り付けたという。
 それでも不正な投稿、出品は絶えない。ベネッセは「SNSを常に監視はできない。連携する3社以外については、申請をしても削除するかどうかの判断、時期はSNSの運営側に委ねられる」と頭を抱える。
 模試には「統一実施日」があるが、実際は行事など各校の都合で前後して実施する高校が多い。7月模試は6月29日が実施日とされていたが、取材班に声を寄せた女性の子どもの高校では7月13日に行われた。
 そもそも実力を試すための模試で、不正をするメリットはあるのか。女性は「模試の結果を大学の推薦に利用する学校もあると聞いた。子どもの学校では、クラス分けの判断材料に使う重要な試験だと言われた」と打ち明ける。
 確かに昨年7月、関西の私立大付属高校で一部生徒が模試の解答をネット上で入手していた問題が発覚。同校では、模試を内部進学の合否判定に使っていた。
 ほかにメリットはなさそうだ。福岡県の公立高校に勤める30代女性教諭は「模試の結果が、内申点や大学推薦に影響することはあり得ない」と話す。
 不正によって模試でいい成績をとっても、実際の入試で結果を出さなければ意味がない。女性教諭は「親が高いお金を出しているのにもったいない」。長崎県の公立高校の50代男性教諭も「模試のデータ全体の信頼性にも関わるし、進路選択上も問題が出てくる。不正をしても自分のためにならない」と呼び掛けた。
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/534969/)
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 進研模試や河合模試など、全国規模の模試は多くの高校で生徒の学力を測ったり、特に高校3年生では志望校の判定に使用したりします。これらの模試は学校行事のために標準実施日の前後2週間を実施予定日として各学校で実施日を定めています。その際に問題が漏れないように、標準実施日よりも早く実施する学校では試験終了日に問題を回収し、標準実施日以降に生徒に返却するのが普通です。
 進研模試の利用としてはクラス編成や志望校判定等に利用しますが、進研模試だけを判断材料にすることはまずありません。クラス編成など使用する重要な資料として、定期試験等による学期・学年成績と校内実力試験が挙げられます。両者を比較検討し、最終的に進研模試などの校外模試を参考にすることがあります。特に高3の大学推薦入試では高校3年間の学習成績(5段階評定)に加えて生徒会役員や部活動の部長や全国大会に出場した優秀な経歴を持つ生徒を受験するにふさわしい生徒として選ぶのが普通です。
 進研模試の成績は生徒個人の成績を表す1つの指標となりますが、それがすべてではありません。実際、学期成績と進研模試の成績は正比例しますので、進研模試だけ成績がずば抜けていることはありません。
 過去において他校の生徒から進研模試の問題をもらったかは判断できませんが、突然成績が急上昇した生徒がいました。もちろんこのような生徒の模試成績は充分注意して扱ったことを思い出します。
 ネットが普及した現代では何でも売買することが可能ですが、小銭稼ぎのために良心を無くすことは恥ずかしい犯罪行為だと分からないのでしょうか。嘆かわしいことです。

2019年08月16日

#254 上を向いて歩こう

 今日は8月13日、今日から15日までが盂蘭盆会(うらぼんえ)で、お盆の仏事供養(くよう)または供養のための法要・儀式のことで、略して盆会、盆供(ぼんく)、盆といわれ、魂祭(たままつり)ともよばれています。関東では7月13日から7月15日まで行われるそうです。ニッポニカによりますと、この儀式の由来は次のように説明されています。

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 おそらく5世紀前後に中国(あるいは西域(せいいき))でつくられたと思われる『盂蘭盆経(ぎょう)』が、この仏教行事の直接のよりどころである。この経によれば、目連(もくれん)尊者が、餓鬼道(がきどう)に落ちて苦しむ母親を救おうとし、仏陀(ぶっだ)(釈迦(しゃか))の教えに従い7月15日の自恣(じし)の日(夏3か月の修行の終わる日)に百味(ひゃくみ)の飲食(おんじき)を盆に盛り、修行を終えた僧たちに供養したところ、その僧たちの偉大な功徳(くどく)によって母親を救うことができたという説話(目連救母)に基づく。この故事によって、7月15日の盆供養は現在の父母のみならず7世の父母をも救いうると考えられ、中国では早くも南朝梁(りょう)の武帝(在位502~549)の時代に同泰寺で盂蘭盆斎が設けられ、以後、中国の年中行事の一つとなって大いに流行したという。日本にも7世紀のなかば以前に伝わり、飛鳥寺(あすかでら)の西に須弥山(しゅみせん)の形をつくって盂蘭盆会が催されたと伝えられる。733年(天平5)には宮中で盂蘭盆供養が催されており、以後、宮中の行事ともなった。また民間でもお盆の行事は正月と並ぶ重要な年中行事となったが、これは、農耕儀礼やそれにまつわる祖霊信仰のなかに仏教がうまく溶け込んだ結果であろう。
----------(https://kotobank.jp/word/盂蘭盆会-441915)

 このお盆の期間中多くの人が里帰りや墓参りで故郷で過ごします。年末年始休暇とともに日本人の2大民族移動と言えます。
 さて昨日は520人が犠牲となった日航機墜落から34回目の慰霊の日となりました。あの事故以来遺族の方々は今日にいたるまで慰霊の登山を続けて来られました。私がまだ20代だった頃の悲惨な事故でした。当時この事故を表す「ダッチロール」という言葉が流行っていました。飛行機の操縦ができずに飛行機が迷走する状態を表す言葉です。
 この事故の犠牲者の中に有名な坂本九さんがいらっしゃいます。享年43歳という若さでした。彼の歌った「上を向いて歩こう」は「SUKIYAKI」の曲名で世界的にヒットし、1963年にアメリカのビルボードで4週連続1位となった曲です。
 私はこの歌にささやかな思い出があります。オーストラリアのシドニーで暮らしていた1995年頃にこの歌の日本語バージョンを何度も聴いたことがあります。ある日シドニー市内のニュータウンという通りを歩いていた時に、どこからかこの歌が聞こえてきました。それも坂本九さんの日本語の歌声です。それから時々坂本九のオリジナルバージョンや英語バージョンが街中に流れていたことを思い出します。
 日本に住んでいた頃、この曲の偉大さにはそれほど気づきませんでしたが、南半球の片隅で聴いた「上を向いて歩こう」はこの歌の持つ時代を超えた魅力に改めて気づかされた出来事でした。
 坂本九さんが今生きておられたら、どんなに素晴らしい歌手になっていらっしゃったことでしょうか。本当に残念です。でも彼が歌ったこの歌は世界中でいつまでも歌い継がれて行くことでしょう。

2019年08月13日

#253 焼き場に立つ少年

 暦の上では立秋を迎えましたが、最高気温35度を超える猛暑の日々が続いています。また夜も最低気温が25度を下回らない熱帯夜が続いており、エアコンなしでは眠れない夜が続いています。
 さて今年もまた鎮魂の月がやってきました。8月6日の広島、8月9日の長崎、そして8月15日の終戦日です。原爆による被害だけでなく、それまでに国土の多くが焦土と化しました。またこの戦いを通して300万以上の国民が命を落としました。
 毎年8月には広島、長崎の原爆を始めとする太平洋戦争(第2次世界大戦)の特集を様々なメディアが特集します。その中で毎年のように採り上げられるのが「焼き場に立つ少年」の写真です。このブログを読まれている皆様も一度は目にしているのではないかと思います。今年の11月にローマ教皇が来日される予定ですが、フランシスコ法王が平和へのメッセージとして、この写真を取り上げたことでも知られています。
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『ローマ法王、長崎原爆後の写真「焼き場に立つ少年」配布』(朝日新聞)
(https://www.asahi.com/articles/ASL124Q7HL12UHBI009.html)
 カトリック教会のローマ法王庁(バチカン)が昨年末、教会関係者に向け、1945年に原爆投下を受けた後の長崎で撮影された写真入りのカードを配布した。フランシスコ法王が配布するよう命じたもので、教会関係者によると、法王が年末にカードを配布するのは異例。「核なき世界」を訴えてきた法王が出した強いメッセージと受け止められている。
 カードには、米国の従軍カメラマン故ジョー・オダネル氏が45年に撮影した「焼き場に立つ少年」が印刷されている。法王はこの写真に「戦争の結果」とするメッセージと自身のサインを添えた。
 法王はカードに「亡くなった弟を背負い、火葬の順番を待つ少年。少年の悲しみは、かみしめて血のにじんだ唇に表れている」と、スペイン語の説明も加えた。
 法王は昨年11月に核軍縮をテーマにしたシンポジウムの参加者に「核兵器は人類の平和と共存しない」と述べるなど、核廃絶を求めるメッセージを全世界に投げかけている。
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 さらに西日本新聞の記事によりますと、次のように説明しています。
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『「焼き場に立つ少年」はあの子?謎追う被爆者 ローマ法王注目の写真』
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/532764/)
 亡くなった弟を背負った少年が、真っすぐ前を見つめる。原爆投下後の長崎で撮影したとされる写真「焼き場に立つ少年」は、11月に来日予定のローマ法王フランシスコが世界中に広めるよう呼び掛けたことで注目された。法王は言う。<このような写真は千の言葉よりも伝える力がある>。だが少年の身元も撮影場所も分かっていない。長崎市のある被爆者は今も、写真の謎を追っている。
 写真は、米軍の従軍カメラマンだった故ジョー・オダネルさんが1945年に長崎で撮影。少年が焼き場で弟を火葬する順番を待っている場面だとされる。
 「あの子じゃなかろうか」。長崎市の元小学校長、村岡正則さん(85)は10年ほど前、写真が長崎で公開されることを伝えるニュースを見て驚いた。同じ銭座国民学校(現銭座小)に通っていた少年にそっくり。学級は違ったが、何度か校庭で遊んだことがある。丸顔でおとなしい性格。転校生だったと記憶するが、名前は思い出せなかった。
 45年8月9日、村岡さんは爆心地から1・6キロ離れた自宅で被爆。外出しようとした瞬間、閃光(せんこう)が走り吹き飛ばされた。がれきの下からはい出し、両脚と左腕のやけどの痛みをこらえながら母たちと裏山に逃げ込んだ。あの少年も幼子を背負って裏山にいた。「どうしよっとね」と尋ねると、少年は「母ちゃんを捜しよると」と言い、立ち去ったという。それっきり会っていない。
 2017年末、法王は写真をカードに印刷し、<戦争がもたらすもの>というメッセージを添えて各国に配るよう指示。日本ではカトリック中央協議会(東京)などを通じて配布された。「私はあの子に会うたとさ、話したとさ」。カトリック信者でもある村岡さんは法王の行動に背中を押され、少年を捜し始めた。
 銭座小は児童約850人のうち約500人が犠牲となり、学籍簿も焼失した。写真のことが書かれた本に出てくる人に会い、自分の記憶と照らし合わせて手掛かりを探った。調査範囲は市外にも広げたが、有力な情報は得られていない。
 法王はかつて<核兵器は人類の平和的共存の基礎にはなれない>と語り、その教訓となる被爆者の証言を<予言的な声>と表現した。「焼き場に立つ少年」は核廃絶が進まない世界の未来を示唆する、と伝えたいのだろうか。
 法王は11月、長崎と広島を訪れる予定だ。「この写真は末永く戦争の惨禍と平和の尊さを力強く、訴え続けていくに違いない」と村岡さん。少年に光を当てた法王の来日を機に、新たな証言が出てくることを待ちわびる。
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 先日NHKで放送された特集番組『もう一度”長崎の原爆”を見つめる「焼き場に立つ少年」を探して』によりますと、該当する少年の氏名は「上戸明宏」または中村明廣」で、写真を詳しく分析すると意外なことが分かっています。少年の瞳の周囲と鼻に詰め物をしている状況から、原爆症の専門医師の話では原爆による骨髄障害ではないか、ということです。(https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2019/08/0809.html)
 もしそうであれば、この少年は原爆症により早晩亡くなっていたのでは、と推測できます。この写真は多くの人命が失われた戦争の悲惨な一面を如実に示しています。
 終戦から74回目の夏を迎えますが、平和への祈りは今でも絶えることなく、8月15日まで様々な行事が全国各地でおこなわれます。世界各地では今でも様々な紛争が続いています。この国が率先して平和を築く努力を行う時が今です。

2019年08月11日

#252 夏の風物詩

 毎日猛暑続きで、特に九州地方は異常高温注意報が連日出されています。昨日は久留米市で38.4度を記録し、全国最高気温となっています。気象庁は室内での熱中症を防ぐためにエアコンの適切な使用を呼びかけています。確かにエアコンを使用しませんと、室内では33度以上の高温となり、じっとしていても汗が流れます。電気代はかかっても熱中症防止のためにエアコンの使用をお勧めします。
 またこの異常高温のために小学校では熱中症を防ぐために、プールの使用を中止している学校があり、その地区の子供たちの夏休みの楽しみが奪われています。週の初めに台風8号が九州地方に接近する見込みですが、この暑さも一緒に持ち去ってもらいたいものです。
 さて8月となり、毎週末全国各地で花火大会が予定されています。福岡県内では明日8月5日に行われる西日本屈指の筑後川花火大会や8月13日の関門海峡花火大会が有名です。残念ながら、福岡市の大濠花火大会は観客数が40万人を超え、観客が花壇を踏み荒らしたり、また安全確保が難しいとの理由により昨年で終了しました。観客がマナーを心得て、安全が確保された時に再開して欲しいと思います。
 さて花火は一瞬の光の芸術です。最近では様々な形の打ち上げ花火が登場しています。昨夜、塾生の都合により授業がなくなり、テレビ中継されていた大曲花火大会(全国花火競技大会)を久しぶりに観ました。どの花火師の作品も甲乙つけがたく、夜空を一瞬の美しい光で染めて多くの観客を魅了していました。
 翻って誰でも楽しめるのが家庭で行う市販の花火です。家族揃って庭に円を描いて座って子供たちが花火を楽しむ様子は夏の風物詩と言えるものでしょう。特に線香花火は人の人生を象徴しているように思えます。線香花火の輝きにはそれぞれ名称が付けられており、ウィキペディアでは次のように説明しています。
(https://ja.wikipedia.org/wiki/線香花火#燃え方)
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線香花火の燃え方は、段階に分けられ名前がついている。
蕾:
着火すると直径5mm程度の火球(玉)ができる。炭素の燃焼により気泡ができては破裂し、再び火球の形に戻るを繰り返すため、火球が震えて見える。
牡丹:
火球内の燃える火薬が、温度上昇により液体状に。火球が破裂した時の表面張力で生じた流れに沿って、火花が飛び出す。
松葉:
火花がより多く、激しく散って、松葉のように見える。
柳:
火花が低調になる。
散り菊:
消える直前。火花が分裂しなくなり、火球は落ちたり、燃え尽きたりする。
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 上記の名称を人の人生に例えると、蕾は人の幼少時代、牡丹は青春時代、松葉は壮年時代、柳は老年時代、そして散り菊は人生最後の時となります。この線香花火で面白いことは、最後まで見事に燃え尽きることがあまりないことです。燃え盛りの時に突然火球が落ちてしまったり、あまり火球が大きくならずに、しょぼしょぼと燃え尽きたり、線香花火1本1本が様々な光彩を奏でてくれます。
 私たちの人生も線香花火そのものです。人生の長短は人それぞれで、様々な生き方があり、様々な人生の輝き方があります。あなたの人生は今どのように輝いていますか。

2019年08月04日

#251 夏休みに子供が痩せる?

 今日も早朝からセミが一斉に鳴いています。夏休みに入り、すでに1週間が過ぎました。子どもたちは学校生活から解放されて、毎日家でのんびりしたり、友だちと遊んだり、あるいは一日中塾で勉強したりと、様々な生活をしています。この期間お母さんたちは大変です。子どものために昼食の準備をしなければなりません。普段は学校の給食を子供たちは食べますが、夏休みの間多くの子供たちは昼食を家で食べますので、その準備をしなければなりません。お母さんたちにとっては受難の季節かもしれません(笑)。
 ところで、夏休みに痩せる子供がいるそうです。別にダイエットをしているわけではありません。夏休みのために学校給食がないので、特に貧困家庭で昼食を食べられない子どもがいるのです。この問題を論じた記事を掲載します。

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夏休みに痩せる子どもたちへ フードバンクで広がる支援』朝日新聞DIGITAL
(https://www.msn.com/ja-jp/news/national/夏休みに痩せる子どもたちへ-フードバンクで広がる支援/ar-AAESeGV#page=2)
 東京や静岡、京都など各地のフードバンクが近年、長期休み中の子どもたちに無償で食料品を届ける取り組みを始めている。給食がない夏休みが明けると、痩せて学校に戻る子どもが少なからずいるからだ。「栄養格差を縮めるうえで意義がある」と識者らは言う。
 小学4年の娘がいる東京都狛江市に住む30代女性は昨年の夏休み、フードバンク狛江(FBK)から食料支援を受けた。米やみそ、乾麺など、1人あたり3キロの食品が段ボール箱で届く。「お米があると、おかずにお金を回せ、バリエーションを増やせた。本当に助かった」と話す。
 夏休みは食費の負担が増える。一人親家庭で、手取りは月約15万円。半分が家賃で出る。「毎月、食費で調整して乗り切っているので、8月はきつい。支援があると心もほっとします」
 狛江市の2017年の調査によると、過去1年に経済的理由で必要な食料を買えなかったことがあると答えた一人親世帯は4割を超えた。FBKは昨夏から、長期休みの食料支援を開始。市が一人親世帯に送る児童扶養手当の現況届提出依頼が入った封筒に案内を入れ、昨夏は希望した44世帯に食料を届けた。
 国会では5月、食品ロス削減推進法が成立し、フードバンクとの連携強化も促された。FBKの田中妙幸(たえこ)理事長(66)は「食べられない子どもがいる一方で、捨てられる食品がある。子どもが幸せに暮らせる循環を作りたい」と話す。
 夏休み明けに痩せる子どもの存在は09年、「子どもの貧困白書」(明石書店)で取り上げられ、話題に。フードバンク山梨が15年、長期休み中、希望する子育て世帯に食料品を届ける「こども支援プロジェクト」を始めた。
 夏休み中に学校へ来た子どもに「先生、何か食べるものない?」と言われた小学校教諭からの相談がきっかけだ。現在、8市町と協定を結び、学校を通じて就学援助世帯に案内を出す。今夏は624世帯1312人の子どもに届けるという。
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 子ども食堂やフードバンクが国内で急速に増えており、多くの子供たちが恩恵に預かっていますが、これらの慈善団体がない地域の子供たちが「夏休みに痩せる」ことになるのでしょう。各地に少なくとも1つはスーパーマーケットやコンビニがあります。売れ残ったお弁当や消費期限切れのパンなどは廃棄されます。まだ消費できる食品を必要な家庭へ配るようなシステムを各自治体で作れば食品ロスを防ぎ、食品を無駄にならないように回すことができます。各自治体は該当する子供の数を把握し、早急に有効な手段を取る必要があります。子どもは国の宝です。政府は幼児教育無償化を謳っていますが、裕福な家庭には不必要でしょう。その分、日々の生活に困っている未成年の子供たちに食料を含め、適切な学費援助や給付奨学金の支給などの支援をしてもらいたいものです。夏休みは始まったばかりです。すべての子どもたちが日々充分な食事を取れるように、各自治体は早急の対策を取る必要があります。

2019年07月28日

#250 人間力の衰退

 今日は早朝から激しい雨が断続的に降っています。現在朝鮮半島を進んでいる台風5号に刺激された梅雨前線の活発化に伴い、昨日から五島や対馬で降り続いていた線状降水帯が夜半から九州北部にかかっています。その影響で佐賀や久留米など筑後平野を中心に大雨が続いています。2年前の梅雨末期の豪雨では、朝倉を中心に大きな被害が出ました。また昨年は広島県を中心に大きな被害が出ており、毎年のようにどこかで大きな被害が出ています。
 地震被害を含め災害を防ぐために、あらかじめ災害規模を予想して充分な準備をすることが大切です。今回の豪雨被害がこれ以上広がらないことを切に願っています。また本日は参院選の投票日でもあり、投票への影響を懸念しています。
 さて、また悲惨な事件が起きてしまいました。連日報道されている京都アニメーションの放火事件です。本日現在34名の方々が亡くなられ、重体の方々を含め多数の人が入院中です。報道によりますと加害者の一方的な思い込みにより、短絡的に放火殺人に走ったことが分かっています。京都アニメーションは「京アニ」の名称で世界的に知られているアニメーション制作会社で、故手塚治虫氏のアニメ会社「虫プロ」から独立したアニメ会社だそうです。細やかな表現と丁寧な作品制作で国内だけでなく海外にも多くのファンがいます。事件現場での献花のために連日多くのファンが駆けつけています。多くの尊い人材が失われたことは今後のアニメ制作に大きな影響を与えることでしょう。亡くなられた方々へ深い哀悼の意を表したいと思います。
 今回の放火殺人事件にかかわらず、日常の何気ない生活にも意味不明かつ不可解な言動が溢れています。一例としてはヘイトスピーチやネットでの誹謗中傷や嫌がらせ、あおり運転や飲酒運転を含む危険な運転行為など、巷には人間の心の崩壊と思わせるような事件が後を絶ちません。
 このような人間の基本的な生き方の否定に関わる行為がどこから来ているのでしょうか。専門家は様々な分析をしますが、1つ言えることは本来人間の持つ倫理観や正義感など人間として持たなければならない精神性、いわゆる「人間力」が徐々に欠如していることではないでしょうか。人は一人では生きていけません。生まれてから成長するまで絶えず周囲の人達に囲まれ、様々な知識や知恵を身につけていきます。それに伴い他人との関わり合いを倫理・道徳として身につけていきます。しかしながら、現在人は特に他人との協調性よりも個人の価値観を優先し、勝手気ままに振る舞う傾向にあるようです。言い換えれば、「相手の立場や心情に考慮せず、自分が正しい。相手が間違っている。自分が失敗したのは自分が悪いのではなく、すべて社会が悪い。」といった悪感情が個人から政治家まで世界に溢れています。
 これでは様々な問題の根本的解決にはならず、異なる意見の国家同士であれば戦争に突入していくことでしょう。何が正しく、何が間違っているか、感情に囚われずに物事の本質を考える思考を絶えず行う必要があります。そのための家庭でのしつけであり、学校教育でなければなりません。単に頭がよい子供を育てるのではなく、心豊かな子供を育てるのが、より良い社会をつくる主たる目的です。事件を起こした犯人を責めるだけではなく、日常生活で他者を不当に非難したり、貶めたり、差別したりする心がないかどうか、私たち一人ひとりが一度自分の身をふり返って反省する時期が来ているのではないでしょうか。このままでは人間力の衰退に伴い、人類は滅亡の道をたどっていくことでしょう。世に現れる現象はすべては私たちの心が決めます。

2019年07月21日

#249 天国のマネージャーへ

 今日は朝から晴れています。少々蒸し暑く、最高気温が30度を超えそうです。九州南部などで大暴れした今年の梅雨もあと1週間ほどで明けることでしょう。梅雨末期の大雨に注意したいものです。
 さて昨日の朝日新聞(電子版)に次の記事が載っていました。個人的に全く無関係の記事ではありませんの、紹介したいと思います。

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『天国のマネジャーへ 果たした約束、球場に響いた校歌』
(14日、高校野球熊本大会 熊本国府11―2玉名)
 リブワーク藤崎台の第1試合、2回戦の熊本国府―玉名。シード校に挑む三塁側スタンドの玉名の応援席に、遺影を手に試合を見守る夫婦がいた。熊本市北区植木町の会社員西林尚綱(たかつな)さん(47)と久美さん(46)。今年1月31日に骨肉腫で亡くなった娘の蒼さん(享年19)は、玉名のマネジャーだった。
 野球好きの家族の影響で、蒼さんは中学3年の時には1人で球場に通うほどになっていた。高校1年の5月に骨肉腫を発症しているのが判明した。治療のため2年次は留年。3年目の秋に、野球部監督をしている1年の時の学級担任に誘われ、もともとやっていたソフトボール部のマネジャーから野球部に転向した。
 治療のため、東京の病院と熊本を行き来する日々が続いた。骨肉腫が足から発症していたため、普段歩くときは松葉杖を使っていた。重いものを持てないため、ボール渡しやボール磨きでチームに貢献した。
 昨夏の熊本大会もマネジャーとして参加する予定だったが、雨のため日程がずれ、東京での治療のため試合を見ることができなかった。結果は開新に0―1で惜敗。保護者がLINEで実況してくれるのを病院で見ながら、「一緒に応援したかった」「1試合でも勝ってもらいたい」と悔しがった。
 蒼さんが迎えられなかった今春の卒業式の日。尚綱さんの元を、今の野球部の2年と3年が訪れ、寄せ書きを渡してくれた。「ご卒業おめでとうございます」「天国で見守っていてください」……。部員たちは「大会で必ず勝って校歌をきかせる」と約束してくれた。
 そしてこの夏、約束は果たされた。1回戦で玉名は10―3で天草拓心に勝ち、球場に校歌が響いた。「この大会は校歌を聞かせるために来ました」。尚綱さんは待望の勝利を、スタンドで蒼さんの遺影と共に喜んだ。2回戦は敗れたが「よく頑張ってくれた」と選手たちをたたえた。
 玉名の栗屋翔世主将(3年)は試合を終えて、「西林さんに勝利をという気持ちは、チーム全員の心の中にあったと思う。1回だけでも勝てて良かった」と安心した表情を見せた。(渡辺七海)
(https://www.msn.com/ja-jp/sports/news/天国のマネジャーへ-果たした約束、球場に響いた校歌/ar-AAEiqL2)
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 この記事を読んで、現在大学1年生の元塾生が語っていたのを思い出しました。彼は玉名高校の出身で、お母様のご友人の紹介で熊本県の和水町から車で40分ほどかけて2年ほど当塾に通いました。その元塾生から今年の冬に「同級生の女生徒が亡くなって通夜に行きますので授業に来れません。」との連絡を受けたのでした。次回当塾に来た時に彼に話を聞くと、病気で亡くなったとのことでした。亡くなった詳しい理由を聞くのは失礼に当たると思い、尋ねるのを避けましたが、昨日病気で亡くなられた女生徒、西林蒼さんに関する記事を偶然目にしたのでした。元塾生から話を聞いていなければ、素通りした記事でした。
 子供が親よりも先に他界するのを”逆縁”と言いますが、親御さんの心中は察して余りあるものがあります。天国にいる蒼さんが母校の球児たちのマネージャーとしていつまでも活躍できるように、心から祈りたいと思います。

2019年07月15日

#248 心

 昨日は所用で福岡へ行きましたが、昼過ぎから土砂降りの雨模様となりました。ここ大牟田でも今日の午前中雨が降っていましたが、今現在雨が止んでいます。明日は天気が少し持ち直しそうですが、九州北部の梅雨明けまでもう少し時間がかかりそうです。
 さて、稲森和夫という名前を聞いたことがあると思います。現在京セラの名誉会長であり、KDDIの最高顧問を務めていらっしゃいます。また2010年には日本航空の社長に就任し、日航の経営を立て直したことでも知られています。日本のビジネス界を事実上牽引しているビジネスマンのお一人です。私はここ数年来、稲森氏が書いている書物を読んでいますが、彼の「生き方」や「働き方」はベストセラーとなっています。最近新刊が出ましたので冒頭部分を少し抜粋させていただきます。

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『心』稲森和夫(サンマーク出版)
人生のすべては自分の心が映し出す
 これまで歩んできた八十余年の人生をふり返るとき、そして半世紀を超える経営者としての歩みを思い返すとき、いま多くの人たちに伝え、残していきたいのは、おおむね1つのことしかありません。それは「こころがすべてを決めている」ということです。
 人生で起こってくるあらゆる出来事は、自らの心が引き寄せたものです。それらはまるで映写機がスクリーンに映像を映し出すように、心が描いたものを忠実に再現しています。それは、この世を動かしている絶対法則であり、あらゆることに例外なく働く真理なのです。
 したがって、心に何を描くのか。どんな思いをもち、どんな姿勢で生きるのか。それこそが、人生を決めるもっとも大切なファクターとなる。これは机上の精神論でもありません。心が現実をつくり、動かしていくのです。
 そんな”心”のありようについて最初に気づくきっかけとなったのは、私がまだ小学生のころ、肺結核の初期症状である肺浸潤にかかり、闘病生活を余儀なくされたことでした。幼い私にとってそれは、暗くて深い死の淵をのぞいたような強烈な体験でした。
 鹿児島にあった私の実家は、叔父二人、叔母一人が結核で亡くなるという、まるで結核に魅入られたような家でしたが、私は感染を恐れるあまり、当時、結核にかかった叔父が寝込んでいる離れの前を通り過ぎるときには、鼻をつまんで走り抜けていました。
 私の父といえば、肉親を世話するのは自分しかいないと覚悟を決めていたのでしょう。感染することなどまったく恐れず、とても献身的に看病していました。私の兄もまた、そんなにたやすくうつるものではないだろうと、まったく気にもとめていませんでした。
 そんな父や兄は感染することなく、私だけが病魔に襲われてしまった。ひたひたと迫りくる死の恐怖におののきながら、私は日々鬱々とした気持ちで病床に伏せるほかありませんでした。
 そんな私を見かねたのか、当時隣に住んでいたおばさんが1冊の本を貸してくれました。そこにはおよそ、次のようなことが書いてありました。
「いかなる災難もそれを引き寄せる心があるからこそ起こってくる。自分の心が呼ばないものは何一つ近づいてくることはない」
 ああ、たしかにそうだ、と私は思いました。病気を恐れず懸命に看病していた父は感染せず、また病気など気にせず平然と生活していた兄もまた罹患しなかった。病を恐れ、忌み嫌い、避けようとしていた私だけが、病気を呼び寄せてしまったのです。
 すべては”心”がつくり出している―このとき得た教訓は、その後の私の人生に大きくかかわる大切な気づきとなりましたが、当時はまだ年端もいかない子どものこと。その意味するところを十分理解するまでにはいたらず、それによって人生が大きく変わることもありませんでした。
 その後、少年期から社会に出るまでの私の人生は、挫折と苦悩、失意の連続でした。中学受験には二度も失敗し、大学受験をしても希望の学校に行くことはかなわず、続く就職試験も思うようにならない。なぜ自分ばかりがこううまくいかないのだ、何をやってもダメに違いないと失望し、うちひしがれ、暗い気持ちで日々を送るばかりでした。
 そんな人生の流れが大きく変わったのは、大学を卒業し、京都にある碍子メーカーに就職してからのことです。不況による就職難の中、大学の先生からの紹介をいただいて、やっとのことで入社した会社でしたが、フタを開けてみればすでに経営は行き詰っていて、ほぼ銀行の管理下にあるというボロ会社でした。
 同期に入社した仲間は一人、二人と辞めていき、とうとう私一人になってしまいました。逃げ場のなくなった私は、それならば、と心を入れ替えて仕事と向き合うことにしました。どんな劣悪な環境であっても、できるかぎりの仕事をやってやろうと肚を据え、研究室になかば泊まり込むほどに研究開発に没頭したのです。
 やがて成果が上がりはじめ、おのずと周囲からの評判も上がると、ますますやりがいを感じて研究に邁進する。するとおもしろいように、さらによい結果が出る。そんな好循環が生まれ、やがて私は、当時世界的にみても先駆的な独自のファインセラミックス材料の合成に成功することができたのです。
 けっして能力が向上したわけでも、すばらしい環境が与えられたわけでもない。ただ考え方を改め、心のありようを変えただけで、自分をとりまく状況が一変した。
 人生とは心が紡ぎ出すものであり、目の前に起こってくるあらゆる出来事はすべて、自らの心が呼び寄せたものであるー少年のころにつかんだその法則を、このときあらためて実感し、人生を貫く”真理”として心に深く刻みつけることとなったのです。.....
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 ”心”の在り方を徹底的に追求した人物は釈迦牟尼仏陀(釈尊)ですが、釈尊も心の動きに囚われやすい人間の性(さが)を冷徹に語っています。心の定義は様々ですが、釈尊は心の動きに囚われず、心を制御することが悟りを開く目的であると語っています。
 確かに私たちは何かを思うことで因果が生じ、それが実現する過程を体験します。言い換えれば、自分が思わない事柄に関しては生じない法則があります。良きにつけ悪しきにつけ、自分の思いがすべての事象を生じさせると言えそうです。稲森氏の著書「心」に興味のある方はぜひ続きをお読みください。

2019年07月14日

#247 大学入試採点に"学生バイト"?

 先週からの大雨に伴い九州南部を中心に大きな被害が出ています。今日は梅雨の中休みで朝から晴れていますが、梅雨が終わるまではまだ安心できません。すでに充分雨が降りましたので、農作物に水か不足することはないでしょう。また数日前からセミも鳴き始めました。本格的な夏の始まりも、すぐそこまで来ています。
 さてこのブログで2020年度から始まる「大学入学共通テスト」について、度々コメントしていますが、また心配なことが起こりました。大学入試の採点に学生バイトを利用しようというものです。関係する記事を引用します。

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『大学入試採点に"学生バイト"は絶対反対だ』
(https://president.jp/articles/-/29243)
 2021年1月から始まる「大学入学共通テスト」では、初めて記述式の問題が導入される。その採点をめぐり、文部科学省は「アルバイトの大学生も認める方針である」とNHKが報じた。予備校講師の小池陽慈氏は「大学生に任せるべきではない」と強く反対する。その理由とは――。

予備校関係者震撼「大学試験の採点にバイト大学生」
 2019年7月4日、大学入試関係者を震撼させるニュースが流れた。大学センター試験の後継として2021年1月から実施される「大学入学共通テスト」の採点者に、なんと“大学生”が採用される可能性があるというのだ。
 これまでの「センター試験」は、すべての教科で“マーク式”の問題が出題されていた。よって“採点者”は必要なかったが、後継の「大学入学共通テスト」は、生徒の「思考力」を試すという名目のもと、国語と数学で“記述問題”が出題されることになったのだ。
もちろん記述問題は、機械にかけて一斉に採点などということはできない。そこでは当然、“人力”による採点が不可欠となる。すなわち、“採点者”が必要となるわけだが……。
例年、センター試験は、約50万人が受験する。「大学入学共通テスト」でも、受験者数は同じレベルになると見込まれる。つまり、50万人分の答案を、きわめて短い一定の期間内に、正確に採点することが求められるのである。そして文部科学省は、その正常な運営には1万人の採点者が必要であると想定している。では、その“1万人”を、果たしてどうやって確保するのか。

“シロート学生”に記述式解答の採点を公平にできるのか
 これまでそれは、民間業者との連携のもと、プロの採点者や大学院生などでまかなうとされてきた。ところがそこに、「アルバイトの大学生」も採用する方針であることが明らかになったのだ。
 再来年から始まる「大学入学共通テスト」には、初めて記述式の問題が導入されます。その採点には、およそ1万人が必要とされていますが、アルバイトの大学生も認める方針であることが、文部科学省への取材で分かりました。(NHK NEWS WEB<「共通テスト」採点にバイト学生 認める方針 疑問視の声も>2019年7月4日)
 このニュースに触れて、「大学生に大学入試の記述答案など採点できるのか」と思った人も多いのではないだろうか。私は現在“予備校講師”として現代文を指導しているが、講師になる以前、5年ほど大手の予備校で「現代文」の全国模試の採点者を担当していたことがある。
 その予備校の採点者は、大学生では採用に応募することすら許されず、私も大学院に進学してから採用されたのだが、研修や、模試のたびの会議、それに実際の採点に対する本部からの指摘など、一連の採点作業が入念に行われるため、当初は本当に驚いたものだ。あの現場を直接に経験していればこそ、「大学生に大学入試の記述答案など採点できるのか」という意見が出るのは、当然のことと思われるのだ。

“優秀な大学生”なら一定レベルの採点も不可能ではない
 ただし、「大学入学共通テスト」の「国語」の記述問題に関するかぎり、人選を間違えなければ、つまり優秀な大学生であれば、あれを“採点できない”ということは、必ずしも言えない。それはひとえに、「大学入学共通テスト」国語の記述問題の特質による。
「大学入学共通テスト」国語の記述問題は、大量の枚数を短期間で正確に採点する――のみならず、受験生が少しでも正確に“自己採点(センター試験同様、受験生は同テストの結果いかんによって最終的な出願校を決定するので、即時の自己採点を要求されることになる)”することができるように、解答が“一義的”に決まるよう、さまざまな仕掛けがなされているのだ。
 例えば、本文や資料について話し合う【会話文】で解答の方向を“誘導”する。あるいは、設問に過剰なまでの“条件”を付して、解答をにおわせる。したがって「大学入学共通テスト」の国語の記述問題では、同テストとは別の試験(私大や国公立大の2次試験など)の記述問題にしばしば認められるような、“許容できる解釈にそこそこの幅がある”という事態がそれほど発生しないと推測される。採点者のチーフなどを配置して細かい点をきちんと調整するなら、“優秀な大学生”であればある程度の機械的作業で一定レベルの採点も不可能ではない。

「共通テスト」記述問題採点者に大学生採用は断固“否”
 では、それなら「大学入学共通テスト」の記述問題採点者に大学生を採用することは“アリ”なのだろうか?答えは、“否”である。断固として、“否”である。先に触れたとおり、私は、長い間模試の採点者をしてきた。その中で、いろいろな経験をした。例えば、私の採点に、受験生から「納得できない」と質問をもらうことはたびたびあった。それは場合によって、クレームとなることもあった。受験生も必死なのだ。
 日々のたゆまぬ努力の成果をすべて答案用紙にぶつけた結果、“納得のいかない”採点結果が返却されてきたなら、文句の一つも言いたくなるのは当然だろう。そして考えてみてほしい。“たかが模試”でも、そのようなことは起きるのだ。
 ましてやこれが、実際の進学先を――すなわち場合によっては自分の未来を――決定づけることになる入学試験本番であるならば、得点開示の結果、“採点ミス”や“納得のいかない採点”が判明した場合、それに対するクレームは、より激しくなるだろう。そうしたプレッシャーを、つい先日まで自らも受験生であった大学生に負わせることは、果たして「国の政策」として許されることなのだろうか。

大学生採点者は受験生50万人への「責任」を負えるのか
 もちろん、実際にこのシステムが運用される際には、少なくとも形式上は、大学生採点者が何かしらの“責任”を問われることや、“クレーム対応”の矢面に立つことはないだろう。彼らを統括するチーフや責任者が、一切を請け負うはずである。
 しかしながら、仮に自分が受け持つ会場や地域から、受験生の将来を左右しかねないような重大な採点ミスが出たことが発覚したなら、あるいはそれに対するクレームが入ったなら、たとえそれが自分の採点答案であるかどうかわからないにせよ、重く責任を感じる“大学生採点者”は必ずいるはずだ。とりわけ、そういった業務に誠実にとりくむ、まじめな学生であるならば。
 さらに気になるのは、仮に本当に大学生を採用する事態になったとして、そこで実際に採用されることになるのは何年生の学生なのかということだ。まさか、つい前年まで高校生、あるいは受験生であった大学1年生は、採用の対象とはならないだろう。かといって4年生を卒業間際の1月以降に採点へと駆り出すことも考えにくい。となると実際に採用の対象となるのは、大学2~3年生である可能性が高い。
 だが、大学2年生の1月は、本来なら、自らの研究したい方向もそれなりに見えてきて、それに向けて勉学にいそしむべき時期だろう。3年次に、本格的なゼミが始まる大学もあるに違いない。少なからずいる有為の学生であるならば、いよいよ始まる大学での本格的な学習に向け、それぞれの勉強にじゅうぶんな時間を費やしたいはずである。ましてや3年生なら、多くの大学・学部で次なる4年次に始まる卒論ゼミを見据え、その下準備に専心することを望むはずだ。
 そのような、大学生にとって本来最も大切な“本分”であるべき勉学の時間を、今回の措置は犠牲にしてしまう可能性があるのではないだろうか。下手をしたら、学生が断りにくい状況が作り出され、“ボランティア”という名の強制労働すらありうるのではないか――というのは考えすぎだろうか。

文科省の「暴挙」を許してはならない
 私は、大学受験業界で“飯を食う”人間として、今回の入試改革を受け、それに対応した多くの教材を執筆し、また、映像授業の撮影もしてきた。私自身の長年の夢でもあった、受験参考書を単著で執筆するという機会も手にすることができた。「共通テスト対策講座」が満載の内容で、すでに原稿は編集者に送り、校正の段階に入っている。だから、本当のことを言えば、怖い。
 もし、自分を含め、われわれ教育業界の人間が今回の文部科学省の施策に対して異を唱えることによって「大学入学共通テスト」の実施が延期、もしくは中止になってしまったなら、長年の夢であった単著デビューも“お蔵入り”になってしまう可能性があるのだ。せっかく皆で協力しながら教材を作り、そして撮影した「共通テスト対策講座」の映像授業も、おじゃんになってしまうこともありうるのだ。でも、それでも強く訴えたい。「大学入学共通テスト」の採点者に大学生を採用することだけは、だめだ。絶対に、だめだ。教育業界の方も、そうでない方も、「どうか、お力をお貸しいただきたい」と私は声を大にして言いたい。この国の教育のために。この国の将来を担う、若者たちのために。文科省の「暴挙」を許してはならないと思う。
小池陽慈(こいけ・ようじ) 予備校講師
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 かなり長文の引用となりましたが、文科省に対する疑念は1つです。「大学生がアルバイトとして大学入試の採点をすることが可能だろうか」です。人生を左右する大学入試に結果責任を負わない大学生を採用する発想が分かりません。確かに記述式問題を採用することで受験生の思考能力を判断することが新入試の目的でもありますが、記述式問題には採点者の人数を確保しなければなりません。文科省はそこまで考慮して新入試の導入を考えているはずですが?入試の公平な採点に疑惑を生むような採点者の導入は止めてもらいたいと思います。同様に民間試験として公認される英検の採点を全く無関係の外人に依頼するニュースもあります。この問題は別の機会に意見を述べたいと思います。

2019年07月07日

#246 世界でたったひとりの自分を大切にする

 九州北部はようやく入梅となりましたが、「降れば土砂降り」で昨夜はかなりの雨が降り、熊本や甘木など非難情報が出た地域もあったようです。しかしながら、稲を育てている農家の方にとっては嬉しい梅雨の到来となります。
 入梅したことで、あの嫌な感覚が戻ってきました。そうです。肌にまといつくような、あのべたべたした湿気の感覚です。太平洋高気圧が暑さと共に湿気も運んできます。この感覚は夏が終わるまで続くことになります。来年の東京オリンピックはこの湿度の高い亜熱帯気候のような状況下で行われます。選手だけでなく観客にも熱中症対策が求められることでしょう。
 さて、雨の休日はゆっくり家で過ごすのが一番です。読みたい本を開いて頁をめくる至福の時間は何よりも大切です。今日は久しぶりに鈴木秀子さんの本を取り上げてみたいと思います。本日のブログタイトルは最近手にした本のタイトルです。内容を紹介する意味で、本の前書きから引用します。

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『人生を支える「2つの心」』
 人は誰しも「自分にないもの」を求めたがるものです。あの人はいいものを身につけている。美人でスタイルもいい。みんなから愛されている。いい結婚をしたあの人がうらやましい。子供がいない人は自由で楽しそう。自分の仕事で輝いている人がまぶしく見える。
 自分ももっと〇〇だったら、もっと幸せになれるのに......。あの人みたいになれたら、人生が楽しいだろうに......。自分と他人を比べて、「うらやましい」「自分は損をしている」と思い込んでしまうのです。
 でも、このような思い込みは、すべて自分の心が作り出した妄想です。事実ではない妄想に振り回されているだけです。振り回されているうちは、どんなにがんばっても心が満ち足りることはありません。幸せを感じることもできません。では、どうすればこの思い込みやめられるのでしょう。
 それは「他人をうらやむのは当たり前」「自分は今、そういう気持ちに振り回されてしまっている」と自分に言い聞かせてあげることです。
 私といっしょに暮している、魅力ある高齢のシスターの話です。彼女は聡明で成績もよく、学校の先生になりたいと思っていました。でも、出征した父親が戦死し、中学を卒業すると働きに出ることになりました。貧しい家を支えるため、師範学校に行くことをあきらめなければならなかったのです。
 彼女が働きに出る前の晩、祖母は彼女にこう言って聞かせました。
「人さまの持っているものを見て、うらやましがったり欲しがったりしてはいけないよ。」
 すると、聞いていた祖父がぽつりとつぶやきました。
「こんな若い子にうらやましがるな、だなんて酷だ。そういう気持ちにならないわけがない。うらやましがって当たり前だよ。」
 2人は少し間を置いて、もう一度同じことを繰り返します。祖母は「うらやましがってはいけない」祖父は「うらやましがって当たり前」と。
 彼女はこの言葉が、人生を生きる上でたいへん役に立ったと言います。
「おばあさんの言葉だけだったら、私は自分を『うらやましがるべきではない』と厳しく律し、つらい思いをしながら生活することになったでしょう。おじいさんの言葉だけだったら、自分を甘やかし気ままな人間になっていたでしょう。自分の中に、相反する2つの声がいつも聞こえていたからこそ、私は何が本当に必要かを考え、物事の中庸を取ることができたのです
 人と比べて心がかき乱れたときは、みなさんもこの「2つの心」を思い出しましょう。人は人、自分は自分。それでいい。そう思う気持ちがきっと芽生えます。

『心の土台を整える』
 あの人に負けないようにがんばらなければいけない。
 たくさん努力して一番を目指さなければいけない。
 こういう気持ちが起こるのは、決して悪いことではありません。人間ならば、むしろあって当たり前。他人を意識し、うらやましがるということは、生きるエネルギーに満ち溢れている証拠でもあります。
 ただし、他人との比較に価値を置き過ぎると、一生そうやって生きることになってしまいます。「〇〇が欲しい」「〇〇がないから不安」「〇〇でなければダメ」......これにとらわれてしまうと、一生そこをグルグル回り、心をすり減らすことになりかねません。
 比べること、評価することの中で自分を見ていると、自信はどんどん失われるばかりです。そこで大事なのが、「幸せになるための心の土台」を整えるということ。

『世間一般の常識ではなく、自分の幸せのものさしで考えてみるのです』
 昔の修道会には、「教えるシスター」と「労働するシスター」がいました。先にお話ししたシスターは成績優秀であったにもかかわらず、進学できなかったために「労働する人」になりました。
 「教える人」と「労働する人」では、仕事内容に違いはあれ、身分差はありません。でもこういうとき人はつい「教えるほうが上だ」「大学に行けなかったせいで身分が下になった」などと思ってしまいます。
 シスターも、そんな気持ちに揺れ動くことがあったかもしれません。でも、彼女は祖父母の言葉に耳を傾けることで、世間一般でではなく、自分自身の幸せのものさしを手にすることができました。祖父母からの教えが、彼女に「幸せになる心の土台」を与えてくれたのです。
『人間が幸せになるための「3つの絆」』
 「心の土台」を作る方法を、もう少し具体的に考えてみましょう。心の中で「3つの絆」を育てるのです。1つ目は「自分との絆」。2つ目は「他人との絆」。そして3つ目は「自分を超える大きな力との絆」です。この3つがしっかりと育まれれば、幸せの土台はおのずと築かれます。たとえどんな苦難が訪れても、幸せを見失うことはないでしょう。
 1つ目の「自分との絆」とは、ほかならぬ自分自身との絆です。
 人は他人の目は気にするものの、自分のことはいい加減にしがちです。他人の評価でウロウロし、自分を責めてイライラする。これでは、いくらがんばっても自分との絆は育まれません。長い人生の中には、つらいこと、苦しいことがたくさんあります。それを乗り越えるには、地を足につけて「自分は自分でいい」と言って聞かせることで、自分との絆を強めることができます。
 2つ目の「他人との絆」とは一人ひとりの個性を認めるということ。
 この世界は異なる個性の人々で成り立っています。それぞれが異なる個性を持っているからこそ、私たちはつながり合い、補い合い、生きることができます。考え方がまるで正反対の人も、自分を生かす大切な存在である。それを心に刻むことが、他人との絆を作るということです。
 3つ目の「自分を超える大きな力との絆」とは、人間の中にある、大いなる存在を感じることです。
 私たちは単に「生きている」のではなく、神様から分け与えられた聖なるもの=愛や尊厳によって「生かされて」います。たとえ神様を信じられなくても、大自然の山々や樹木、季節を彩る草花によって、私たちは命の尊さ美しさ、生きることの素晴らしさを実感することができます。
 身近にある何気ない自然の営みに感謝し、賛美すること。これが「自分を超える大きな力との絆」を育んでくれるのです。幸せになるための努力とは毎日少しずつ、この3つの絆を築くよう訓練していくことです。

「世界でたったひとりの自分を大切にする」 鈴木秀子(文嚮社)
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 梅雨の時期には雨に濡れたアジサイが似合います。適度の雨は田畑を潤し、作物を育てます。梅雨明けが7月下旬ですので、梅雨の時期が3週間ほど続くことになります。災害に充分気をつけて、この季節を乗り切りましょう。

2019年06月30日

#245 空梅雨記録更新と沖縄慰霊祭

 今日も朝から晴れています。例年ですと毎年今頃は雨が断続的に降る蒸し暑い日々が続いていますが、今年はまるで梅雨明けを思わせる日々が毎日続いています。実際、梅雨明けというより五月晴れと言った方がふさわしいかもしれません。日中は気温が30度近くまで上がりますが、湿度があまり高くなく、朝晩は涼しい日々が続いているからです。新聞記事によりますと昨日1967年の最も遅い入梅の記録に並んだそうです。今日も雨が降りそうにありませんので、確実に記録更新ということになります。以下の記事は西日本新聞のネット記事です。

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『九州北部、梅雨記録的遅さ』(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/520944/)
 梅雨入りが平年(5日ごろ)より大幅に遅れている九州北部地方は、22日も広範囲で晴れ間が広がった。1951年の統計開始以降、梅雨入りが最も遅かった67年の記録に並んだ。23日も天気は崩れない見込みで「記録更新は確実」(福岡管区気象台)という。一方、少雨の影響でダムの貯水位は日々下がり、市民生活への影響が出始めている。
 気象台によると、九州北部は5月1日ごろから雨が少なく、6月22日までの総雨量は福岡市109・5ミリ(平年比40%)▽佐賀市96・5ミリ(同26%)、長崎市140・5ミリ(同40%)▽熊本市195・5ミリ(同48%)と平年の半分以下だ。
 21日現在、福岡県内の主要18ダムの平均貯水率は37・3%と同時期平均の80・3%を大きく下回っている。同県添田町の油木ダムは14・4%とより深刻で、下流の同県行橋市と苅田町は家庭に送る水の圧力を下げる「減圧給水」を実施。佐賀県の主要15ダムも平均貯水率は35%と低い。
 気象台によると、梅雨前線が九州付近に北上するのは26日ごろ。その後は雨が続く予想で、ようやく梅雨らしいじめじめとした時季に突入しそうだ。
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 この記録的空梅雨で思い出しますのは、私が1978年に大学入学後、9月から一人暮らしを始めた頃のことです。当時の福岡市はその年の夏より渇水状態が続き、福岡市は夜間断水を実施していました。福岡市民は夜間断水に備えてバケツや20リットル容器に水道水を溜めて生活用水として使用していました。結局10月中旬まで断水が続きましたが、夜間断水とはいえ不便な生活を強いられました。私も20リットルの容器に水を溜めて生活水として使用していました。当時の学生はワンルームマンションというものはあまりなく、住居は下宿や間借りが普通でした。当然お風呂はなく、近くの銭湯へ通っていました。その銭湯も断水のあおりを受けて、断水が始まる8時頃には営業を終了していました。その後40年近く福岡市で暮らしましたが、節水対策を市民に呼びかけても、市内で実際に断水が起こったことは記憶にありません。福岡市は人口が158万に達し、40年前のおよそ1.5倍に増えています。当然生活水の使用量も増えていますので、主要なダムの貯水量が気になるところです。
 確かに梅雨時の季節はじめじめして蒸し暑く、気持ちも滅入りますが、それでもこの国には必要な時期として私たちは生活していかなければなりません。梅雨時の雨が稲穂を成長させ、秋には豊かな実りをもたらします。長い間この国の根幹となった稲作農耕の源となる一因がこの梅雨になります。極端な気候変動は困りますが、農耕文化を源流として栄えた日本は、様々な季節を伴い今日まで栄えてきました。今後もこの国が繁栄していけるように、豊かな水源と水量を誇る国として生き続けることができるように、梅雨時の水を大切に扱いたいものです。
 また今日6月23日は沖縄戦から74年目の慰霊の日になります。私が福岡雙葉学園に勤めていた頃、姉妹校研修の一環として沖縄平和学習に参加し、石垣島と沖縄本島に1週間滞在して沖縄の文化や歴史、沖縄戦について知る機会がありました。その後何度も沖縄を訪れたことがあり、沖縄の慰霊の日は他人事ではありません。沖縄が本当に平和で豊かな文化を持つ島に再びなることができるように、平和の祈りを捧げたいと思います。本日の「沖縄全戦没者追悼式をNHKで観ていましたが、追悼式の前に「県歌」と言われている「月桃」の歌が流れていました。

『月桃』(作詞・作曲 海勢頭 豊)
1.月桃ゆれて 花咲けば
  夏のたよりは 南風
  緑は萌える うりずんの
  ふるさとの夏

2.月桃白い花のかんざし
  村のはずれの石垣に
  手に取る人も 今はいない
  ふるさとの夏

3.摩文仁の丘の 祈りの歌に
  夏の真昼は 青い空
  誓いの言葉 今も新たな
  ふるさとの夏

4.海はまぶしい キャンの岬に
  寄せくる波は 変わらねど
  変わるはてない 浮世の情け
  ふるさとの夏

5.六月二十三日待たず
  月桃の花 散りました
  長い長い 煙たなびく
  ふるさとの夏

6.香れよ香れ 月桃の花
  永久(とわ)に咲く身の 花心
  変わらぬ命 変わらぬ心
  ふるさとの夏

 沖縄戦を歌った曲で、森山良子の「さとうきび畑」が有名ですが、沖縄の人々にとって「月桃」の歌は欠かせません。爽やかなメロディですが、歌詞は激しかった沖縄戦を体験し、戦いを超えて平和の調べとなっています。沖縄が本当に平和になれば日本も平和になります。また世界平和へとつながります。一度YouTubeでお聴きください。(https://www.youtube.com/watch?v=4EPGYSc0dkw)

2019年06月23日

#244 親父にさよなら

 九州北部はまだ梅雨入りしません。金曜日に久しぶりに雨が降りましたが、一転また晴天が続いています。雨天が続かないので、気象庁が梅雨入りを宣言できないのでしょう。このままでは空梅雨の6月になりそうです。
 さて今日は6月第3日曜日「父の日」です。「母の日」と比べて何かと影の薄い「父の日」ですが、それでも小さな子供がいる家庭では子供たちがお父さんになにかプレゼントをしてくれるのではないでしょうか。子供が成長するにつれて、特に思春期に入りますと、父親は煙たがられる存在となりがちです。今までいつも話しかけられていたお父さんは子供から口をきいてもらえず、家族とのコミュニケーションも段々少なくなり、家族から疎まれ、まるでさだまさしの噺「父さんとポチ」のようになってしまいます。お父さんが家族から相手にされず、飼い犬のポチとしか会話できない噺です。(「父さんとポチ」は立川談春のYouTubeでお楽しみください。)
 母についての話題は尽きずに、母の歌もたくさんありますが、父親については母親と比べると数が少なく、テレビ番組「寺内貫太郎一家」のような昔の頑固おやじのイメージが今でもつきまといます。「頑固おやじ」ももはや死語となりつつあるご時世ですが、友だちパパのイメージよりも「頑固おやじ」が日本の伝統的な父親像を今でも表しているのではないでしょうか。
 ところで私的には「親父」をテーマにしたある歌が今でもなつかしく蘇ってきます。森本レオの「親父にさよなら」という歌です。レコードが1970年発売となっていますので、私が中学生だった頃の歌です。私はレコードは持っていませんが当時深夜放送でよく流れていた曲です。今でも妙に頭の片隅に残っていて、時々ふと思い出す歌です。今日は「父の日」ですので歌詞をご紹介します。ネットで検索すればYouTubeで視聴できます。(https://www.youtube.com/watch?v=49Dh96nYUxo)世のお父さん達に捧げます。

『親父にさよなら』(森本レオ)
父さん さよなら
イエスキリストの父さんと同じ職業の大工だった父さん さよなら
小学校しか出てなかったのにたくさん字を知っていた父さん さよなら
父さん いろいろなこと知ってたよね
自転車の正式な名称はチンチン自転車というのだ
と教えてくれた父さん さよなら
神経痛の薬だといって酒ばかり飲んでいた父さん さよなら
酔っ払うと普段は機嫌がいいんだけど
仕事がうまくいかないと母さんに茶碗や箸をぶつけてた父さん さよなら
母さんも大変だったよね
夜中にみんなが寝静まった頃 
そっと起きて壊れた茶碗を糊ではっつけてた父さん さよなら

そういえば父さん 寝ててもおならしてたよね
臭いと音の両面攻撃でみんな夜中に悩んだんだよ

お前の女房は絶対俺が見つけてやると言って
とうとう一人も見つけてくれなかった父さん さよなら
そのくせ孫の名前ばかりたくさん作って
引き出しをいっぱいにしちゃった父さん さよなら
父さん いくら俺がタフだからって そんなには無理だよ
僕が泣くと 泣くのは女の仕事だと言って 
鬼瓦のような声で怒鳴った父さん さよなら

恐い顔してたねー 僕の未来図かと想うと 
何度自殺したくなったことか
あれからだよ 父さん僕がニヒルになったのは
でも機嫌がいいと 男はでっかくならにゃいかんと言って
肩車をしてくれた父さん さよなら
でっかくなれよと言ったわりには 
母さんよりちびだった父さん さよなら

女を持つのは男の甲斐性だと言って
とうとう一人も持てなかった父さん さよなら
大きくなっても絶対にこんな所へ来るんじゃないぞと言って
競馬場でみそおでんを買ってくれた父さん さよなら

お風呂で100数えるまで出るんじゃないぞ と言って
先にぶったおれちゃった父さん さよなら

お正月になると凧の足を長く長く作ってくれた父さん さよなら
僕が泣いてせがんだら あんなに嫌いだった犬を
懐にいれて買ってきてくれた父さん さよなら

あの時の父さんの手はとってもでっかかったのに
僕がデモに行くと言った時 もう寝たきりだった父さん
布団をはねのけて 僕をつかまえて 頭ぺたぺたぺたぺた叩いたよね
あの時の父さんの手はもうちっちゃくてしわしわで
とっても悲しかった

天皇陛下の好きだった父さん さよなら
町内会長でもなかった父さん さよなら
市長でもなかった父さん さよなら
大統領でもなかった父さん さよなら
人の家ばっかり作って 
とうとう自分の家は一軒も作れなかった父さん さよなら
照れ屋で内弁慶でおっちょこちょいで
甘ったれでもう一度会いたい父さん さよなら
俺の親父だった父さん さよなら

2019年06月16日

#243 夜の女の闘い!?

 九州南部や中国、四国を除いて入梅となりましたが、九州北部は今日も晴天の一日です。金曜日の夜半に一時大雨が降りましたが、一転降雨のない日々が続いています。昨年の梅雨時の豪雨と比べますと、雨の降らない梅雨も異常気象と言えるのではないかと思います。
 さてご存じと思いますが、地上波の夜の11時台のニュース番組がものすごいことになっています。NHKを含めニュース番組のキャスター(アナウンサー)がすべて女性になってしまいました。この現象を私は不可解な現象としてとらえています。まるで「夜の女の闘い」の様相を示しています。(失礼!)
 ニュース番組の性格上、その日に起こった出来事を正確かつ分かりやすく伝えるのがニュース番組の主な役割だと思います。各テレビ局の方針に沿って様々な出来事を取捨選択し、一番大事なものを順に視聴者に伝えていきます。その際に男性、女性アナウンサーの区別はないはずです。(従来は男性が主としてニュースのメインキャスターを務めていましたが、必ずしも男性が優れているわけではありません。)
 ところが、すべてニュース番組が女性アナウンサーに変更になった背景に視聴者を無視した各テレビ局の視聴率争いが見え隠れしているように思えてなりません。これは差別と偏見に関わる微妙な問題ですが、ニュース番組の質とは無関係で、中高年の男性視聴者を引き付ける目的があるような発言をしたある放送局幹部がいました。これが真実ですと、ニュースを取り扱うこと自体が「Show ショウ」であり、一種の娯楽番組となってしまっていることです。
 私が各ニュース番組を視聴したところ、テレビ東京のWBSの経済ニュース以外は各番組に独自性は見られず、浅薄な知識のキャスターがニュース原稿を読んでいる感じです。これではネットでニュース検索をした方が、より詳しい情報を得られます。(ただしネットのフェイクニュースに気をつける必要があります。)視聴者は当然テレビやラジオ、新聞等のマスコミを通してのみニュース情報を得ることができますが、このような状況では本当に必要な情報がテレビから得ることができないことになります。特に海外ニュースは各テレビ局の性向が見られ、欧米では重要視されているニュースが日本国内では放送されないことも多々あります。
 また、1つ気になることがあります。ニュースに関わらず放送内で「美人アナウンサー」や「美人レポーター」という表現が使われますが、欧米では差別用語として身体的特徴を表す語は用いることができないことになっています。マスコミは必要以上に多くの放送自粛用語を規定していますが、先に述べた表現に関して日本のテレビ局の態度は非常に甘いと思います。
 ただ私が大いに称賛したいのはBS各局のニュース番組はどの局も質が高く、専門家の意見も多岐にわたり、一見する価値があります。同じ放送局でも地上波とBSでは内容が大幅に変わることも多く、BSのニュースを観て地上波のニュースを視聴しますと、その内容の違いにびっくりします。たかがニュースですが、視聴者に与える影響は大きいので、バラエティ番組と異なり、視聴者に情報を正確に伝えることを第一に考え、その上で優秀な女性キャスターを大いに起用してもらいたいと思います。

2019年06月09日

#242 8050問題

 今日は朝から曇天で、時折小雨が降っています。九州南部はすでに梅雨に入りましたので、北部もまもなく入梅となるようです。
 さて、また痛ましい事件が発生しました。先日発生した川崎殺傷事件です。小学生ら19人を死傷し、事件現場で自ら命を絶ったのは51歳の男性で、80代の伯父らと同居し、引きこもり傾向にあったと言われています。事件の原因について多くの専門家がニュース等で意見を述べていますが、その中で1つ気になったのが8050問題です。ご存じのない方にこの問題をウィキペディアから一部引用します。
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『8050問題』(https://ja.wikipedia.org/wiki/8050問題)
 引きこもりの若者が存在していたがこれが長期化すれば親も高齢となり、収入に関してや介護に関してなどの問題が発生するようになる。これは80代の親と50代の子の親子関係での問題であることから「8050問題」と呼ばれるようになった。
 2018年に内閣府は、40歳から59歳までを対象とした初の実態調査を行った。それは従来までは引きこもりの問題は若者特有の問題であるとして調査されていたものの、中高年の実態はどうであるかを把握して支援に役立てるため。そして2018年度の予算案に調査費として2000万円を計上した。
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 川崎殺傷事件では容疑者が同居していた伯父らが80歳代で、かつ容疑者がひきこもり状態であったことから、この8050問題が大きくクローズアップされています。引きこもりと言えば若い世代のひきこもりが連想されますが、厚生労働省は平成21年度よりひきこもり地域支援センター設置運営事業を行っており、先月内閣府がまとめた資料によりますと、40~64歳のひきこもり状態の人が全国に61・3万人いるそうです。この年齢では養親は少なくとも70代以上で年金暮らしをされていることと思います。いつ病気で倒れてもおかしくない世代になります。
 この中高年ひきこもりに対して様々な意見があり、どれも正論のように聞こえますが、ひきこもりの解決法まで述べている意見ほとんでが見当たりません。この国では8050問題が晩婚化・少子化とともに近い将来大きな問題となっていくことでしょう。
 それでは具体的な解決法があるかと思えば、残念ながら私には解決法を見出すことができません。個人的な問題なのか、あるいは公的な援助を必要とする国を挙げての問題なのか判断できない事柄だからです。ひきこもりに関してはケース・バイ・ケースの問題で、それぞれの対処方法が異なります。しかし、時間をかけて取り組むわけにはいきません。最悪の場合は養親が年老いて亡くなり、引きこもりの子どもが後を追う可能性が高いからです。
 世間では引きこもりの人たちに働くように促す意見がありますが、働くことができないから8050問題が生じているのです。引きこもりには何らかの要因があり、特に中高年の引きこもりではリストラや配置転換、上司のパワハラ等がきっかけとなり、引きこもりが発生している報告が多々あります。確かに61.3万人は少なくない数字です。この問題は喫緊の課題として老々介護と同様に国を挙げて取り組まなければならない深刻な問題です。この問題に関心のある方はNHKの「ひきこもりクライシス 100万人のサバイバル」をご参照ください。(https://www3.nhk.or.jp/news/special/hikikomori/articles/crisis_04.html)

2019年06月02日

#241 嘘つきは泥棒の始まり!

 ここ数日は快晴の状態が続いていますが、異常高温注意報が出されており、午後3時現在、北海道の佐呂間では38度を超える猛暑を記録しました。全国でみると、926の観測地点中53地点で猛暑日となっており。このうちの44地点が北海道だそうです。気象庁は、北海道から近畿にかけての多くの道府県に高温注意情報を発表し、猛暑日が予想される所もあるとして、熱中症に警戒を呼びかけています。全国的に真夏並みの猛暑が続いていますので、充分水分を補給するなど健康管理には充分注意したいものです。
 さて、世の中はオレオレ詐欺などの「特殊詐欺」の犯罪に溢れています。タイで行っていた特殊詐欺の一団が逮捕され、日本に移送されたニュースが先日放送されていました。この詐欺集団を含め、特殊詐欺の背後に暴力団が関わっていると報じられています。暴力団排除条例等により運営資金確保が難しくなり、様々な詐欺事件に暴力団が関わっているのでしょうか。詐欺事件には充分注意したいものです。
 ところで2か月以上前のことになりますが、3月某日のニュース特番で「フェイクニュース」の特集をやっていました。この特番をご存じない方もいらっしゃると思いますので、かなりの長文になりますが、その関連記事を下記に引用します。

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『数千万稼ぐ者も…「フェイクニュース製造村」で見た驚きの現実』
(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55222)
 世界を覆うフェイクニュースの洪水。その発信源のひとつは、なんと東欧の小さな村だった。NHKのディレクター・佐野広記氏が「フェイクニュース村」に潜入し、見たものとは――。

<フェイクニュースでベンツを買った>
 「あ、またフェイクニュースよ」ニューヨークに住む1児の母、アビーさんは、ため息交じりにつぶやいた。いまアメリカでは、市民が日常的に触れる情報の中に、ウソの記事=フェイクニュースが当たり前に飛び交っている。この日アビーさんが見ていたのは、『歯磨き粉のチューブ』に関する一本の記事。『印刷されている読取コードの色が、実は、有害物質の含有量を示している』というデタラメな内容だった。
 「もう何を信じていいか分からなくなってきています」事実が歪められ、ネット上で一瞬にして広がる「フェイクニュース」。今年3月に放送した「放送記念日特集 フェイクニュースとどう向き合うか~“事実”をめぐる闘い~」(NHK総合。NHKオンデマンドで配信中)を制作するにあたり、私たちはその実態を取材した。
 日本でも、『記録的な寒波で、ナイアガラの滝が完全凍結した』とか『大量の塩水を一気に飲めば、腸内をきれいにできる』といった生活情報や健康情報などのウソが出回っている。東南アジアは深刻で、去年『物乞いや妊婦などのフリをした人が、子どもを誘拐しようとしている』というフェイクニュースを信じた人々が、ホームレスを集団で暴行し殺害する事件まで発生していた。
 こうした記事には、広告が埋め込まれており、多くの人がアクセスして広告がクリックされると、発信者に収入が入る仕組みとなっている。ニュースメディア「バズフィード」が発信元を追跡調査した結果、100を越えるフェイクニュースサイトが、ヨーロッパのとある町で運営されていることが明らかになった。バルカン半島にあるマケドニア共和国の地方都市、ヴェレスだ。ニューヨークから飛行機を乗り継ぐこと20時間。「フェイクニュース工場」の異名を持つヴェレスに、今年2月、取材に入った。200~300人の若者がフェイクニュース作りに手を染め、多額の広告収入を手にしていると言われている。
 平均月収約5万円の、決して豊かではないこの町。道行く車の多くは、凹みやキズが修理されずに放置されたまま。バンパーが外れている車も珍しくない。そんな中、BMWやベンツなど、ピカピカの高級車が、2年前から突如増え始めた。しかも乗り回しているのは20代の若者ばかりだという。マケドニアの高級車ディーラーが教えてくれた。「業績はうなぎ登りです。貧しいマケドニアで、若者たちが高級車を買ってくれるなんて思ってもみなかった。彼らはインターネットを使ってお金を儲けているようです」

<すべてがウソばかりになってしまった>
 2年前にフェイクニュースを作り始めた2人組に出会った。金色のピアスが耳に光る、イマドキで端正な顔立ちの男子大学生だった。取材場所に指定されたのは、5つ星ホテルの一室。大学で経営学を学ぶ2人は、先輩から「ネットで記事を書くと金になるぞ」と聞いたのを機に、始めたという。
 当初は、『トランプ候補が「メキシコ国境に壁を作る」と発言した』など、大手メディアでも話題になっていた内容をまとめた記事を作っていたが、どうもアクセス数が芳しくない。そこで方針を変えて、『「ネバダ州の砂漠に強制収容所を作る」と発言した』という具合に、トランプ候補の発言にウソを入れて過激にしてみたところ、アクセス数が急増。広告収入が一気に増えた。当初は「本当」も混ぜていたが、気づくとタイトルから記事、写真まで、すべてウソばかりになっていったという。
 「一番のヒット作だ」という1本の記事をスマホで見せてきた。『速報 ドナルドトランプが心臓発作で死亡』。トランプ氏が仰向けに倒れ、血のようなものが流れている写真が添えられており、画像加工ソフトも駆使して作り上げたという。ホームページ作成方法は独学で学び、英語も使いこなし、アメリカ国民向けにウソの記事を書き続ける2人は、「とにかくタイトルで興味を引くことが重要」と繰り返す。
 作成した記事は、フェイスブックのシェア機能を使って投稿するが、より多くの人に拡散するよう、時差を考慮してアメリカ時間に合わせて投稿するなど、細かい工夫を重ねている。こうしたフェイクニュースで、多い時には月に約60万円(この町では1年分の収入)の広告収入を得ているという。

<フェイクニュースを交換するバー>
 「実際にはありえないような内容を書いているのに、たくさんのお金が入る。アメリカ人って馬鹿だなと思うようになったよ。2020年のアメリカ大統領選挙でも稼がせてもらうよ」と淡々と話す2人に、「罪悪感はないのか?」と問いただすと、「悪いのはフェイクニュースを作っている俺たちじゃない。読んで騙される彼らの方だ」と言い放った。
 2人は、稼いだ金で毎晩のように飲み歩いている。決まって飲むのは、ジャック・ダニエル。マケドニアにも、ワインや蒸留酒のラキアなど国産酒はたくさんあるが、外国の高いウィスキーを飲むのがステータスだという。店はフェイクニュース制作者が情報交換する場になっていて、大勢の若者で賑わっている。
内臓が揺さぶられるほど大音量のクラブ音楽が流れる店内で、彼らは叫ぶように将来の夢を語り合っていた。
 「このままマケドニアにいても、タクシードライバーになるか、レストランのウェイターになるしか道はない。早くマケドニアを出て、自分の会社を興して、未来をつかみたい」2人は空が白むまで踊り明かしていた。
 彼らがフェイクニュースを作る背景には、同国の厳しい経済状況がある。マケドニアが旧ユーゴスラビアの一部だった昔、ヴェレスは国営の工場が集まる一大工業地帯で、活気に溢れていた。ところが、ユーゴスラビアが解体すると、工場は次々と閉鎖。現在、住民のおよそ3割は失業者だ。若者たち口を揃える。
 「親には頼れない、金は自分で稼がなくてはいけない」町の市場を訪ねると、特産のパプリカ、トマト、チーズなど新鮮な食材が並ぶが、お世辞にも賑わっているとは言えない。店主の大人たちは茶を飲み、ヒマそうにおしゃべりする中、忙しく動き回っているのが子ども達だ。6~7歳の少年たちが、外国人の私たちを見つけ「お金をくれ」と言ってきた。
 現地コーディネーターが硬貨を配ったのだが、驚いたのはそのすぐ後。少年の1人がポケットを裏返し、「ほら、僕はまだもらっていないよ。お金をちょうだい」と、ウソをついて、金をさらにせびってきたのだ。フェイクニュースの原点を見た気がした。

<息子にはもっとフェイクニュースを書いてほしい>
 取材では、マケドニアの若者たちの間で「先生」と呼ばれている人物に面会した。ミルコ・チェセルコスキ氏。彼の名刺には「トランプ大統領の誕生を手伝った男」と書かれている。ミルコ氏は7年前から、ネット上で広告収入を得るノウハウを教えており、これまで大勢のヴェレスの若者を指導してきたと言う。
若者たちに必ず紹介するという、1本のフェイクニュースを見せてきた。見覚えのある記事―アメリカで出回っていた、あの『歯磨き粉のチューブ』のニセ記事だった。
 「この1本だけで、1000万円稼ぎ出しました。世界で1億回も読まれたんですよ。実はこの記事を作ったのは、私の妻なんですけどね」。勝ち誇ったような笑い声が、耳にこびりつく。
 「『大きい』とか『たくさん』のような普通の言葉を使ってはダメなんですね。『途方もない』『ものすごい』『計り知れない』『壮大なスケールの』『天井知らずの』など大げさなフレーズを使うんです。『ここだけの』とか『速報』とかをつけ加えれば、クリックの獲得は間違いなしです。中身は必ずしも事実でなくても良いのです」
 去年、フェイスブックやグーグルは「フェイクニュース対策」を強化すると発表。ヴェレスの若者のサイトやアカウントは次々と閉鎖された。しかし彼らは、今なおフェイクニュース作りを続けている。今回、フェイクニュース作成者10人近くに話を聞いたが、その中には警察官もいた。彼らは「そもそも国や企業が出す情報もウソばかり」と言い、ウソをつくことへの閾値が、私たちとはまるっきり違うのだ。
 ある家族を訪ねた際、私は、絶句するしかなかった。まだあどけなさの残る17歳の男子高校生が、事実をねじ曲げたウソの記事をスラスラと作り上げ、あっという間に全世界に発信していた。それを横で見ていた母親は、止めるどころかむしろ、もっと面白いウソをつきなさいと煽っている。
 『衝撃ニュース! サンドラ・オー(カナダ出身の有名女優)がケガをして、ドラマを降板した』――目の前で、高校生が作り上げたフェイクニュースだ。両親の年収を優に超える稼ぎを手にし、その金でイタリア製のバイクを買ったばかりだという。
 「罪の意識はないのか?」と尋ねると、息子は「クラスメイトの4割くらいがフェイクニュースを作ってるよ」と言い、母親は「それほど悪いことだとは思いません。お小遣いをあげなくて済んで家計は助かっていますし、息子にはもっと頑張って欲しい」と悪びれることもなく言い切った。私にとっては異常な光景が、彼らにとってはただの日常だった。フェイクニュースがなくなる日は、はるか遠い先のことかもしれない。
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 いかがでしたか。この記事を読んで暗澹たる気持ちになります。「自分はフェイクニュースに騙されないぞ。」と自信を持って言えるでしょうか?そういう私も今冬に配信された『記録的な寒波で、ナイアガラの滝が完全凍結した』の記事にすっかり騙されてしまいました。確かにアメリカでは当時記録的な寒波が続いていましたが、あの巨大なナイアガラ瀑布が完璧に凍結してしまうことは常識的にあり得ません。氷河期を除いてはあの滝の莫大な水量はどんな手段を用いても止められません。
 何となく新聞やネット等のニュースを読むと騙されることになります。特に日本の各新聞社、テレビ局は「社是」の方針なのか、フェイクニュースを流すというよりは、世界で進行している重大なニュースに対して「掲載しない、沈黙を続ける」という奇妙が現象が見受けられます。この件に関してはいずれブログで述べてみたいと思います。
 世の中はSNSで情報が広がる傾向にありますが、フェイクニュースを知らない大衆がフェイクニュースに踊らされ、それが暴動に発展する日も近いと思われます。特にAIの発達により、国家の首脳の動画を編集し、声紋を利用した動画を流すことにより、大衆を簡単に扇動する時代が来ることでしょう。そのような時代の到来について私たちは情報源がフェイクであるか否か、様々な情報を元に冷静かつ客観的に判断することを迫られています。とんでもない世の中になったものです。
 特殊詐欺やフェイクニュースを作成する輩は幼い時に親から、そして学校で習わなかったのでしょうか?「嘘つきは泥棒の始まり」だということを。

2019年05月26日

#240 文科省に大喝!

 沖縄・奄美地方はすでに梅雨に入りました。九州地方もあと2週間ほどで梅雨入りになることでしょう。昨日は屋久島で50年に一度の豪雨が降り、現在240人以上の観光客が孤立しています。毎年繰り返されていますが、梅雨時の豪雨には充分注意する必要があります。今まで安全と思われていた地域でも、いつ災害に見舞われるかもしれません。大雨警報が出た場合は避難先の確認も含め、充分な警戒が必要になります。
 さて2020年度の大学入試からセンター試験に代わる新しい入試が導入されます。この件について、このブログでも何度か取り上げましたが、数日前にNHKなどでその採点方法に関するニュースが報道されました。特に英語の採点方法を聞いて私は唖然としました。この件についてご存じない方にNHKが報道した記事をいくつか引用します。

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『大学入学共通テスト 英語の民間試験 海外の業者による採点も』
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190516/k10011917451000.html)
 今のセンター試験に代わり再来年から始まる「大学入学共通テスト」に導入される英語の民間試験。文部科学省がその採点者として、委託された海外の業者なども認めていることがわかりました。専門家は、採点の質の確保や信頼性の観点で懸念があると指摘しています。
毎年50万人余りが受験する今の大学入試センター試験は来年が最後となり、再来年1月からは「大学入学共通テスト」が始まります。
 このうち英語は、書く力と話す力を新たに測定するため、7つの民間事業者による英検やTOEICなどの検定試験が導入されます。再来年1月の受験生は来年4月から12月にかけて、これら民間試験を2回にわたって受け、そのスコアが受験する大学に提供される仕組みです。
 試験の採点者について、文部科学省は受験生が在籍する高校の教職員を除くこと以外、条件をつけていませんが、関係者によりますと、アジアなど海外の委託業者や学生のアルバイトなども採点者として認められていることがわかりました。
 これについて、7つの事業者を取材すると、大卒以上で、英語の指導歴が3年以上あることを採点者の基準としているところがある一方、海外の英語を話す人とだけしているところや、「機密事項」として基準を公表していないところもありました。
 入試制度に詳しい東京大学高大接続研究開発センターの南風原朝和前センター長は「どの国で採点されているかも分からないくらいなので、国の共通テストとして利用するならば、採点者の資質が分かるデータを提供してほしい。外国での採点などは質の確保や信頼性の観点で懸念がある。国は実態を確認し、対策を考える必要がある」と指摘しています。
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『バイトや海外業者も採点 大学入試 英語民間試験 信頼性に懸念』
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190516/k10011918441000.html)
 採点の質や信頼性は確保できるのでしょうか。今のセンター試験に代わり再来年から始まる「大学入学共通テスト」に新たに導入されるのが英語の民間試験です。民間試験では採点を海外の業者に委託することなども認められていますが、すでに採点に疑問があるケースも見つかり、懸念する声がでています。
毎年50万人余りが受験する今の大学入試センター試験は来年が最後となり、再来年1月からは「大学入学共通テスト」が始まります。このうち英語は書く力と話す力を新たに測定するため、7つの民間事業者による検定試験が導入されます。
 再来年1月の受験生は来年4月から12月にかけて、これら民間試験を2回にわたって受け、そのスコアが受験する大学に提供される仕組みです。
 試験開始まで1年を切り、今週、民間事業者が試験の日程や会場などの概要を相次いで公表するなど、準備が進められています。
 文部科学省は民間試験の採点について、受験生が在籍する高校の教職員を除くこと以外、条件をつけていませんが、取材すると、海外の委託業者や学生のアルバイトも採点者として認めていました。そのため採点の質の確保や信頼性に懸念を示す専門家や学校関係者もいます。

<一切利用しない大学も>
英語の民間試験の利用方法をめぐって、大学の対応も分かれています。大手進学塾のまとめでは、82ある国立大学のうち、民間試験を合否判定に利用する大学は筑波大学や広島大学など38校、出願資格などとして利用するものの合否判定には使わない大学は39校です。このうち東京大学や京都大学など8校は出願資格としての提出を任意としています。一切利用しない大学は北海道大学や東北大学など3校。まだ具体的な方針を公表していない大学が2校となっています。文部科学省は「各大学の方針は尊重するが民間試験を活用する方向で検討してもらいたい」としています。

<民間の検定試験導入>
7つの民間事業者による検定試験の具体的なスケジュールは、第1回となる再来年1月に共通テストを受ける人たちの場合は、来年4月から12月の間に、これら民間試験のうち希望したものを2回受けます。そのスコアは大学入試センターを通じて受験する大学に提供され、各大学の判断で出願資格や合否判定に使われます。
民間試験の実施から4年間、つまり2024年1月までは従来どおり大学入試センターによる英語の試験も実施されますが、2025年以降については未定だということです。

<専門家「民間任せの弊害 国は対策を」>
入試制度に詳しい東京大学高大接続研究開発センターの南風原朝和・前センター長は「どこの国のどんなレベルの人が採点するのかがブラックボックスとなっていて、採点の公平性や質の確保の観点で懸念がある。国は民間事業者に対して受験料は下げて採点などの質は上げるよう求めているが、それは矛盾している。大学によって活用に差があるのはこれらの試験を信用していないことの表れで、それぞれの大学が影響を小さくする方法を考えているのが実情だ。民間に任せることの弊害として国が実態を確認し、対策を考える必要がある」と話しています。
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『大学入学共通テスト 英語の民間試験 海外の業者による採点も』
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190516/k10011917451000.html?utm_int=detail_
 contents_news-related_002)
 今のセンター試験に代わり再来年から始まる「大学入学共通テスト」に導入される英語の民間試験。文部科学省がその採点者として、委託された海外の業者なども認めていることがわかりました。専門家は、採点の質の確保や信頼性の観点で懸念があると指摘しています。
 毎年50万人余りが受験する今の大学入試センター試験は来年が最後となり、再来年1月からは「大学入学共通テスト」が始まります。
 このうち英語は、書く力と話す力を新たに測定するため、7つの民間事業者による英検やTOEICなどの検定試験が導入されます。再来年1月の受験生は来年4月から12月にかけて、これら民間試験を2回にわたって受け、そのスコアが受験する大学に提供される仕組みです。
 試験の採点者について、文部科学省は受験生が在籍する高校の教職員を除くこと以外、条件をつけていませんが、関係者によりますと、アジアなど海外の委託業者や学生のアルバイトなども採点者として認められていることがわかりました。
 これについて、7つの事業者を取材すると、大卒以上で、英語の指導歴が3年以上あることを採点者の基準としているところがある一方、海外の英語を話す人とだけしているところや、「機密事項」として基準を公表していないところもありました。
 入試制度に詳しい東京大学高大接続研究開発センターの南風原朝和前センター長は「どの国で採点されているかも分からないくらいなので、国の共通テストとして利用するならば、採点者の資質が分かるデータを提供してほしい。外国での採点などは質の確保や信頼性の観点で懸念がある。国は実態を確認し、対策を考える必要がある」と指摘しています。
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『文法もつづりも間違いでも得点 数々の疑問 英語民間試験』
 今のセンター試験に代わり、再来年から始まる「大学入学共通テスト」に新たに導入される英語の民間試験に対しては、さまざまな疑問の声が上がっています。
 西日本の高校で英語を教えている教員は去年、生徒が受けたある民間試験の採点に疑問を持ちました。「地域をきれいにするためにできることは何だと思うか、1つ取り上げて理由を書きなさい」という英作文の問題で、生徒の解答用紙には「I think to inportant」としか書かれておらず、文法や単語のつづりも間違っていました。この教員は、過去に民間試験の採点に関わった経験があり、自身ならば「0点」にすると言いますが、業者から返ってきたスコアは160点満点中41点だったということです。この試験の採点はアジアなど複数の国の業者に委託するなどして行われているといいます。
 この教員は「自分の能力を測定するだけの検定試験なら、生徒のやる気を損なわないため、多少甘い採点もあり、かもしれない。しかし、入試に使われると思うと、満点の4分の1もの点が付いているのは疑問だ。本番でもきちんと採点が行われるか不安があるし、ある試験の採点がやさしいと評判になったらそこに受験生が殺到して結果的に公平な評価にならず問題だ」と話しています。

<各事業者で採点基準が大きく異なる>
民間試験を実施する7つの事業者は、採点者の基準やその公表方針が、それぞれ大きく異なっています。
▽「ケンブリッジ英語検定」は、大卒以上で英語教育に関する資格を保持し、英語の指導歴が3年以上などとしています。
▽「TOEFL iBT」は、大卒以上で英語の指導経験があるなどとしています。
▽「IELTS」は、大卒以上で英語教育に関する資格を保持し、英語の指導歴が3年以上などとしています。
▽「TOEIC」は、大卒以上で英語教育に関する資格を保持し、一定期間の指導経験があることなどとしています。
▽ベネッセコーポレーションが実施する「GTEC」は、海外の英語を話す人で、採用試験に合格した者、などとしています。
▽「英検」、「TEAP」、「TEAP CBT」は、いずれも日本英語検定協会が実施していますが、採点者は国内・海外を問わないが、応募資格などは「機密事項」につき公表できないとしています。

<異なる試験の点数どう平準化 受験料もまちまち>
 採点以外にも課題が指摘されています。1つは異なる試験によるスコアをどこまで公平に平準化できるかです。この手段として国は、国際的にも使われている「CEFR」という指標を用いるとしています。
 しかし、目的や手法も異なる試験のスコアをどこまで公平に評価できるのか、問題視する意見が根強くあります。また、試験によって受験料がまちまちで、6000円ほどから高いものでは2万5000円を超えるものもあります。
 大学入試センターに提出できるスコアは2回ですが、練習で試験を受けることも可能です。このため、家庭の経済状況や地域によって受験機会に格差が生じることも懸念されています。
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注:上記の記事の内容はかなり重複していますが、ここでは別記事として扱っています。

 4つの記事の引用でかなりの長文となりましたが、最後までお読み頂いた方は新しく実施される英語の試験が現在どのような状況になっているのか、お分かり頂けたと思います。文科省は民間試験の採点方法に関して充分な資料を集め、関係者と綿密に連絡を取り、採点方法の裁可を決めなくてはなりません。一国を代表する大学入試問題に変わる試験の採点を全く部外者の外国人に任せる国がどこにあるでしょうか。少なくとも私は聞いたことがありません。
 特に多くの高校生が受験している「英検」はCEFRという国際基準を数年前から採用していますが、具体的な採点基準は公開していません。民間業者の試験を「大学入学共通テスト」に採用するなら、具体的な採点基準を詳細に公表すべきです。またTOEICはビジネスに関する問題が多数出題され、高校生には不利な試験です。また試験問題を持ち帰ることができず、自分の取った点数しか分かりません。
 このように民間の英語試験を利用することは大学入試として多くの問題があり、早急に改善されませんと、2020年度の試験のために来年から民間の試験を受験することになります。文科省はこの問題に対して真剣にかつ緊急課題として取り組む必要があります。受験生の一生が左右される大学入試です。安易に考えてもらったら困ります。わずか1点で合否が分かれる入試を公正にかつ平等に扱う姿勢が文科省に問われています。

2019年05月19日

#239 償いー交通事故の悲惨さを歌う

 今日は5月の第2日曜日、「母の日」です。子供たちはきっとお母さんに素敵なプレゼントをしているでしょう。ところで最近母子や幼い子供たちが巻き込まれる交通事故が相次いでいます。4月19日に東京・池袋で高齢者運転の車が暴走し、3歳の女の子と母親が死亡した事故。5月8日に大津市で散歩中の保育園児の列に車が突っ込んだ死傷事故。5月10日に愛知県西尾市で2歳の男の子と33歳の母親が乗用車にはねられた事故など、多くの子供達が死傷する事故が増えています。特に大津の事故では子供たちを見守る保育士には過失はなく、園長先生の涙ながらの会見は涙を誘いました。
 交通事故は自分が注意していても避けられない場合があります。車を運転する人は細心の注意をして車を運転すべきでしょう。ちょっとした油断が事故を引き起こし、かけがえのない命を失わせることになります。また、その後の賠償金や治療費などは一生かかって払い続けることにもなります。
 今日は、さだまさしの「償い」という歌を紹介します。交通事故を起こした若者がどのようなことになるか如実に語っています。この歌は実話に基づくもので、また2001年に東京都で、4人の少年が40代銀行員の男性に対し、車内で足が当たったと口論の末、三軒茶屋駅のホームで暴行を加え、くも膜下出血で死亡させる事件がありましたが東京地裁において判決公判が行われ、主犯格少年2人に対して、裁判長がこの「償い」を聞くように諭したことでも有名な曲です。YouTubuで聞けますのでぜひお聴きください。

「償い」(作詞・作曲 さだまさし)
月末になるとゆうちゃんは
薄い給料袋の封も切らずに
必ず横町の角にある郵便局へ
とび込んでゆくのだった

仲間はそんな彼をみてみんな
貯金が趣味のしみったれた奴だと
飲んだ勢いで嘲笑っても
ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり

僕だけが知っているのだ
彼はここへ来る前にたった一度だけ
たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ

配達帰りの雨の夜横断歩道の人影に
ブレーキが間にあわなかった
彼はその日とても疲れてた

人殺しあんたを許さないと彼をののしった
被害者の奥さんの涙の足元で
彼はひたすら大声で泣きながら
ただ頭を床にこすりつけるだけだった

それから彼は人が変わった何もかも
忘れて働いて働いて
償いきれるはずもないがせめてもと
毎月あの人に仕送りをしている

今日ゆうちゃんが僕の部屋へ泣きながら走り込んで来た
しゃくりあげながら彼は一通の手紙を抱きしめていた
それは事件から数えてようやく七年目に初めて
あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り

「ありがとうあなたの優しい気持ちはとてもよくわかりました
だからどうぞ送金はやめて下さい
あなたの文字を見る度に
主人を思い出して辛いのです
あなたの気持ちはわかるけど
それよりどうかもうあなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」

手紙の中身はどうでもよかった
それよりも償いきれるはずもないあの人から返事が来たのが
ありがたくて ありがたくて ありがたくて ありがたくて ありがたくて

神様って思わず僕は叫んでいた
彼は許されたと思っていいのですか
来月も郵便局へ通うはずの
やさしい人を許してくれてありがとう

人間って哀しいね
だってみんなやさしい
それが傷つけあってかばいあって
何だかもらい泣きの涙が
とまらなくて とまらなくて とまらなくて とまらなくて

2019年05月12日

#238 子どもの貧困対策に「給食費無償化」?

 今年のゴールデンウィークはどのようにお過ごしになられたでしょうか。長かった連休も明日で終わり、5月7日(火)から普通の日常生活に戻ります。今年は長い休日のために5月病に罹る人が増えるのではないかと心配しています。一方では子供たちが学校に戻っていくので内心ほっとされているお母さんたちもいらっしゃることでしょう。今月は運動会や体育祭、文化祭など様々な学校行事が予定されています。子供たちも学校生活に戻り、また慌ただしい日々を過ごすことでしょう。
 さて今日は「子供の日」ですが、昨日のマスコミ報道によりますと、子供の数が38年連続で減少しており、それに伴い日本の人口も減り続けることになる旨の内容を放送していました。確かに人口減少は国力の衰退にもつながり、喫緊の課題となっています。その子供を巡る問題の1つとして学校給食があります。経済的に困窮している家庭の子供たちが給食費を払えない問題です。
 本日の "DIAMOND on line" にこの問題に関する記事がありましたので、長文になりますが紹介します。

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『子どもの貧困対策に「給食費無償化」が最適な理由』(https://diamond.jp/articles/-/199656)

本当に必要な家庭に届いていない「就学援助制度」
 子どもの学校関連の出費のなかで、最も大きな割合を占めるのが給食費である。文部科学省「平成30年度学校給食費調査」によれば、給食を実施している公立学校の保護者の年間負担額は、1人あたり小学校4万7773円、中学校5万4351円となっている。貧困家庭には、この給食費が大きな負担になる。その給食費を含む、学校に通うのに必要な費用を援助する制度が「就学援助」である。
 就学援助とは、学校教育法第19条で「経済的に就学困難と認められる学齢児童又は学齢生徒の保護者に対しては、市町村は、必要な援助を与えなければならない」と定められている制度のことだ。就学援助などの支援を受けている小中学生は、2015(平成27)年度で約6人に1人、全国で149万人にのぼり、最も負担が大きい学校給食費をはじめ、学校で勉強するために必要な文房具・楽器などの学用品代や、クラブ活動費、PTA会費などが支給される。
 ただし、就学援助は自治体間で格差が大きい上に、必要な家庭に届いているとはいえない現状がある。
「生活保護なども同様ですが、行政による支援を受ける場合、保護者が自ら就学援助の申請をしなければなりません。しかし、本来その必要性が高い家庭ほど、支援内容や申請方法について情報を把握していないケースが多く、制度対象から漏れている可能性が高いのです」(鳫氏、以下同)生活保護に比べて、就学援助という制度の知名度がそれほど高くないが故の現象である。

横浜市の公立中学校の給食実施率はゼロ
 また、給食の有無や、その充実度も自治体によって大きく事情が異なる。小中学校の昼食には、「完全給食(ミルク、おかず、主食)」、「補食給食(ミルク、おかずのみ)」、「ミルク給食(ミルクのみ)」、「給食なし」の4パターンがある。そもそも学校給食が実施されていない自治体も、まだ少なくない。
 前述の文部科学省「平成30年度学校給食実施状況調査」を参照すると、全国の完全給食実施率は、公立小学校は98.8%だが、公立中学校では79.0%とやや数値が下がる。「神奈川、近畿地方、高知、広島、九州北部の各県の完全給食実施率は低く、そのなかでも特に、横浜市の公立中学校の完全給食実施率は何と0%。完全給食以外だと、給食費が少ない、もしくはゼロですから、給食費を支援する就学援助の金額も少なくなる。貧困解決にならないのが現状です」
 2016年7月、横浜市は市立中学校12校で給食の代わりに「ハマ弁」という配達弁当を導入。2017年1月には、全145の市立中学校に拡大したが、「おいしくない」との評判が多数で、昨年12月の利用率はわずか2.6%と、まったく普及していない。

 しかし、ハマ弁の利用率が上がらないのは、味以外にも大きな理由があると、鳫氏は指摘する。「これは横浜市独自の制度なのですが、子どもの立場になって考えてないことは明らか。というのも利用者が少ないのは単に味の問題だけでなく、周りの友人から『あの子は弁当をつくってもらえなくてかわいそう』などと思われることを気にするあまり、非常に注文しづらいという背景があるのです」
 学校給食の歴史を振り返ると、始まりは1889(明治22年)年、山形県鶴岡町(現・鶴岡市)の忠愛小学校で貧困児童を対象に無償で行われたのが発祥といわれている。鳫氏によれば、その後も貧困救済として給食を支給される子どもに負い目を感じさせないよう、教師たちも気遣う必要があったという。横浜市は、学校給食制度当初と同じ問題を抱えているのだ。

年間5120億円あれば無料で給食が食べられる
 このように、就学支援制度や給食事情が自治体によって大きく異なるために、子どもの学校にかかる費用のうち最大割合を占める「給食」に関する支援がなかなか行き届かない。こうした現状の中で、鳫氏が提唱するのは、「完全給食にして、給食費を一律無償化する」ことだ。よくある「お金持ちの家庭まで無償にする必要はあるのか」という意見に対しては、こう反論する。
「高校授業料無償化のときも同じ議論がありましたが、個人の所得を把握するのはとても大変でコストもかかります。また、給食はどの子どもにとっても大事なものですし、所得の多い家庭はたくさん税金を納めていると考えれば、不平等とはいえません」
 2016年に行われた政府の経済財政諮問会議では、子ども・子育て世帯の支援対策として、給食費無償化が提案され、そのためには年間5120億円が必要になるとの試算が示された。学校給食は1食あたり、250~300円ほどの安価でありながら、栄養バランスがとれている。地域によっては、「おいしくない」などという課題もあるとはいえ、貧困家庭には非常に助かるはずだ。
 ここ数年、貧困家庭の子どもを念頭に月に数回、無償で食事を提供する「子ども食堂」という活動も活発化し、全国各地2200ヵ所にまで広がっている。ただ、「子ども食堂」は貧困対策というよりも、地域のコミュニティー活動としての役割を担う側面の方が大きい。給食費をタダにして、誰もが未納の心配なく平等に学校給食が食べられるようになれば、貧困に苦しむ子どもたちが間違いなく救われる。あらためて、学校給食の意義を社会で捉え直す必要があるだろう。
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 確かに貧富の差にかかわらず、子供たちが同じ給食を食べることができるのは理想ですが、それに必要な年間5120億円をどこから捻出するかが大きな問題となります。衣食住足りて最低限の文化的生活ができますが、親の経済状態に関わらず、せめて子供たちには学校で十分な食事を与えてやりたいものです。子供の日にあたり、このような記事を紹介させていただきました。

2019年05月05日

#237 令和+018=西暦!?

 普段は仕事の関係で週1の遅いペースでブログを更新していますが、今週は連休が続いており、比較的時間が取れますので、今話題の元号に関するブログを書き続けています。
 さて、昨日元号が平成から令和に変わりましたが、意外と煩わしいのが和暦⇔西暦の計算です。すぐに計算できる人は少ないのではないでしょうか。只今ネットで新聞記事を閲覧していましたら、面白い記事が載っていましたので引用します。

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『令和+「018(れいわ)」=西暦…簡単に換算』(読売新聞より引用)
(https://www.yomiuri.co.jp/kaigen/news/20190502-OYT1T50023/)

 今後、学校や職場で増えそうなのが、「令和8年って西暦何年だっけ?」といった和暦・西暦換算のやり取りだ。そんな時に「2026年です」とスラッと答えるための知って役立つ計算式とは――。
 実は、令和を西暦に換算する方法は過去の元号の中で最も覚えやすい。令和の年数に「018れいわ」を足せば西暦の下2桁になるからだ。
 例えば、令和31年であれば、18を足して「2049年」が正解となる。高校や塾の数学講師と、「タカタ先生」という芸人の二足のわらじを履く高田和典さん(36)は「令和2018(れいわに、れいわ)と覚えましょう」と提唱する。
 なお、平成を西暦の下2桁に換算するには88を足す。働く女性の差別禁止が強化された平成19年は2007年となる。タカタ先生は「平成は女性の社会進出が進んだので、平成の年数に1988(いくはは)を足す、と覚えましょう」と時代背景を踏まえて解説する。
 役所に提出する申請書や契約書など、日常生活の中で和暦は意外に多く使われる。タカタ先生は「語呂合わせなら覚えやすく、暗算力を磨くこともできる。パッと計算できれば『できる人』と思われるメリットもある」と語る。
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 ちなみに上記の同じページの左側にある和暦から西暦への計算方法は次のようになっています。
*基準年数は和暦元年の西暦-1です。

【大正】基準年数 1911
(覚え方)大正デモクラシー 自由求めて行く人々(1911)
(例)大正10年+1911=1921年  
(注)下2桁 21-11で大正10年になります。

【昭和】基準年数 1925
(覚え方)高度経済成長 い一靴でGO(1925)
(例)昭和20年=1945年     
(注)下2桁 45-25で昭和20年になります。

【平成】基準年数 1988
(覚え方)女性の社会進出 社会に出て行く母(1988)
(例)平成30年=2018年     
(注)平成は2000をまたぎますので、1999年までと2000年以降に分かれます。
  1.1999年までは下2桁から88を引く。 95-88=平成7年
  2.2000年以降は下3桁から88を引く。 2002を102として、102-88=平成14年

【令和】基準年 2018
(覚え方)令和に令和(2018)
(例)令和5年=2023年
(注)下2桁 23-18で令和5年になります。

 留意して頂きたいのは基準年数が実際の年号よりも「1」少ないことです。これは旧年号最終年と新年号元年が重複することから生じていると思われます。なお明治の換算方法が書いてありませんので、各自でお考え下さい(笑)。以上元号にまつわるトリビア(雑学)でした。(上記の各元号の換算式の(注)は私自身がコメントした追加情報です。)

追記 上記の内容を簡単に記憶したい人は「1125 8818」と携帯番号のように覚えておけば大丈夫です。

2019年05月02日

#236 令和時代の始まり

 昨晩から本日にかけて新元号「令和」を祝福する全国各地の様々な行事をテレビを通して見ることができました。特に午前零時に新時代を迎える頃には、何か年越しの雰囲気を感じさせるような盛り上がりでした。民放のCMでは、ある企業が "A Happy New Year" をもじって "A Happy New Era" (Era は時代のことです)と宣伝していました。平成の代替わりと異なり、上皇陛下が存命ですので賑やかな雰囲気が国中に溢れています。
 さて午前10時過ぎの国事行為である「剣璽等承継の儀」と11時過ぎに行われた「即位後朝見の儀」をテレビで見ていましたが、テレビ各局すべて実況中継していました。全テレビ局が一斉に同じテーマを中継するのは東日本大震災以来ではないかと思います。それだけにマスコミも新しい時代の始まりを真摯に取り上げているのでしょう。
 さて令和が始まりましたが、令和="Beautiful Harmony" のように素晴らしい時代を築いてもらいたいものです。もちろん新しい時代を築いていくのは皇室だけの課題ではありません。私たち国民一人ひとりがその置かれた環境において絶えず自己研鑽し、その努力に応じて新しい文化を生み出し、そして他者のための幸せに貢献していく、そのような時代を創造して行かなければならないと思います。
 世界的に視野を広げますと、民族対立や人種対立、宗教対立や、南北問題など様々な紛争がいたる所に存在しています。また国内外で地震や火山噴火などの自然災害や経済問題を始めとする大きな問題が山積しています。令和の時代にはこれらの問題と日本がどのように関わりあうかが大きな課題となります。日本人および日本文化は色々な意味において世界から注目されています。つまり私たち一人ひとりの言動が世界に影響を与えていると言えます。民度の高い国民として多くの国々に評価されていますので、さらに世界に貢献できるように新しい時代を迎えた今、はしゃぎ過ぎることなく、真摯に自分と向かい合うことが必要でしょう。私たち一人ひとりの努力が令和の名にふさわしい時代を創り上げることになります。世界に唯一の元号を持つ国の国民として、新元号にふさわしい日本人でありたいものです。

2019年05月01日

#235 平成時代の終わり

 本日は4月30日、平成最後の日になります。各テレビ局は早朝から天皇陛下、皇后陛下の話題を中心に皇室に関連した番組を放送しています。NHKでは先週から皇室関連の特別番組を流しており、平成の世において皇室の在り方を考えさせるような特集を組んでいます。
 昭和から平成への世替わりは昭和天皇の崩御とともに平成が始まりましたので、悲しみと慶びが入り混じった不可思議な雰囲気がありましたが、今回の平成から令和への世替わりは、なにかしら12月31日の大みそかのような雰囲気が漂っており、明日正月が来るような華やいだ気分になります。言いかえれば、真の意味での新しい時代の始まりです。
 さて以前のブログでも書きましたが、平成時代の31年間は皆様にとってどのような時代だったでしょうか。英語の generation (1世代)はおよそ30年を意味します。子どもが生まれ、成人し、そして次の家庭を作るまでが30年かかるという意味が含まれています。今生きている方で60歳までの方々は人生の半分以上を平成時代に過ごしたことになります。すべての人々が人生の途上で喜怒哀楽を感じ、様々な体験をなさったことでしょう。私も昭和と平静を半分ずつ生きたことになり、次の令和を生きることになりますと3つの時代を生きることになります。明治・大正・昭和を生きた方々はすでに100歳を超える御年となられますが、さすがに人生が1世紀を超えますと、その長寿に思わず頭が下がります。
 天皇陛下が仰るように、この平成を通して確かに日本が戦争に巻き込まれることはありませんでしたが、周囲の地域紛争や日本の平和維持に関わる姿勢が常に問われていた時代でもあります。また地震や台風、大雨等による自然災害が多数発生した時代として記憶されることでしょう。特に福岡県や九州に住んでいる方々は2005年の福岡西方沖地震や、2016年の熊本地震を体験しています。また九州は大地震だけでなく火山による被害も他の地域に比べて多く、普賢岳の大火砕流はいつまでも記憶に残る災害となっています。
 また平成は社会不安も多かった時代です。人間のものとは思えぬ異常な大量殺人や猟奇事件、カルト事件が多く発生し、特にオウム事件は歴史上初めてサリンを使った化学兵器を使用し、多数の死傷者を出しました。この後遺症で今でも苦しんでいる人が多くいます。この時代には対外戦争は起こりませんでしたが、誠実な生き方とは異なる拝金主義や詐欺事件など人々の心の中の戦争は今でも続いています。
 明治以降近代国家に向かった日本は令和の時代にに入り、どのような国家になっていくでしょうか。この国がいつまでも平和であり、世界に模範となるような国であり、平和を率先して作り上げていく国家になって欲しいものです。今日で平成が終わり、そして明日から令和が始まります。さよなら平成!

2019年04月30日

#234 高齢者ドライバーは老害?

 ゴールデンウィーク10連休がいよいよ始まりました。この長い連休を利用して海外や国内の観光地を訪れたり、里帰りや近くの山や海に出かける方が多いと思います。また家でのんびり過ごす方もいらっしゃることでしょう。せっかくの10連休ですので有意義に過ごしたいものです。一方ではデパートなどのサービス業に携わっている方々は残念ながら連続して休みを楽しむ機会がないと思います。そういう意味では国民全員がこの10連休を楽しむわけではありません。
 さて、連休と言えば多くの人が近場で楽しむのではないでしょうか。地元の繁華街での買い物や近くの公園等で家族と過ごされる方が多いと思います。しかし、この時期に気を付けておかなければならないのが交通事故です。市街地や高速道路で頻繁に交通事故が起きています。自分の身の安全は自分で守らなければならない時世です。それでもどうしても避けられない事故もあります。昨今頻繁に発生している信号無視等による車の突っ込み事故です。特に問題になっているのが高齢者による交通事故です。
 先日通勤の準備をしている時にたまたまテレビをつけていたのですが、高齢者による事故の瞬間を特集していました。信号無視はもちろんのこと、逆走、線路内への車の侵入、そして先日池袋で発生した87歳の高齢者による親子2人の死亡を含む多数の死傷事故など枚挙にいとまがありません。もちろん交通事故はドライバーの年齢にかかわらず、全世代を通じて発生しますが、歩行者を巻き込む事故は圧倒的に認知症を含む高齢ドライバーが原因となる場合が昨今では多いようです。
 このような悲惨な状況をどうして避けることができないのでしょうか。事故を起こした高齢者の家族は以前より自分の高齢の親に運転を止めるように説得してきましたが、本人が納得しなかった旨の発言をしています。確かに小さい子供を叱るのは簡単ですが、高齢者を納得させて運転免許を返納させることは本人の自尊心もあり、とても難しいと思います。まして子供を叱るように自分の親を叱ることはなかなかできないと思います。一度死亡事故を起こしたら、若い人は一生かけて賠償金などの償いができますが、高齢者は経済的な理由や余命の関係などで不可能です。事故を起こした加害者が寿命で亡くなりますと、当然被害者への補償は高齢者の家族が引き継ぐことになります。つまり親子2世代にわたり被害者への償いをすることになります。高齢者ドライバーはこのことを十分理解しておかなければなりません。死傷事故を起こした場合は自分だけの問題では済まないのです。
 家族による高齢者ドライバーの免許返納が難しい現状では、残念ですが運転免許に法的規制をする必要があるでしょう。一案として次のようなことが考えられます。
(1)70歳以上の運転免許所持者に対して毎年筆記試験と実地試験を行う。筆記試験では選択問題だけ
   でなはく、筆記試験も行う。筆記試験を行うことで認知症の度合いを判定できる。
(2)実地試験では自動車学校や公立の運転免許試験場を使用して、複数の車を走らせて実際の運転に近い
   状況を作り出し、運転技術を確認する。脱輪や信号無視等の違反は免許更新ができない。
 上記の試案では認知症のドライバーを排除できるとともに、年齢にかかわらず元気な高齢者は何歳になっても車を運転できることになります。公的な試験を課すことにより、運転を続けたい高齢者なそれなりの努力(交通法規を覚え直したり、自分の運転技能を見直すなど)をする必要があります。試案のポイントはこの試験を毎年実施することです。毎年行うことで高齢者の認知症の程度を把握できますし、体力や身体上の問題を抱えている高齢者に注意を促すことになります。ただしこれを実施するには多額の費用や負担が生じますが、現状のままでは高齢者による事故が増加の一途をたどり、次の令和の時代には大きな社会問題と発展するでしょう。それを防ぐためにはどうしても法的規制が必要になると思います。ただし、運転免許返納者への考慮として特に地方の公共交通機関の充実が望まれます。少なくとも30分おきにコミュニティバスが利用できる等の利便性が必要です。より安全な社会となるよう、様々な工夫が求められます。
 せっかくの10連休です。事故のない楽しい連休となるように交通事故には十分注意して、平成の終わり、そして令和の始まりに相応しい思い出になるような休日をお過ごしください。

2019年04月28日

#233 貧困を救う!ママのハーブティ

 今日は朝から20度を超える気温が続いています。桜花はすでに散ってしまいましたが、入れ替わるようにサツキや藤が咲き始めています。また田んぼではレンゲの花が咲き乱れ、初夏のような陽気が続いています。
 本日のブログは「貧困を救う!ママのハーブティ」です。これは今朝RKBで放送された情報番組「世界一の九州が始まる」の内容で、母乳に悩んでいるお母さんのために作られたハーブティの紹介でした。ただこの製品の素晴らしさはそれだけでなく、遠く離れたミャンマーの貧困の村を救っていることでした。番組の概略をRKBのHPから引用します。

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4月21日放送 「貧困を救う!ママのハーブティ」
 年間9億円の売り上げがあるオーガニックハーブティ。販売しているのは、福岡に拠点を構えるボーダレス・ジャパン。なぜそんなに売れているのか?愛用者は母乳で子育てしているママ。母乳の量が不足している、母乳が詰まり乳腺炎を発症し高熱が出る、など悩みを抱えるママは全国にたくさん。しかし授乳期は薬の使用は控えたいもの。そこで、オーガニックハーブティが重宝されているのだ。創業から約10年。今や全国の20%の産婦人科で販売や退院時のプレゼントとしても利用されている人気商品!だが…今回の物語はそこで終わらない!
ハーブティ販売の裏側には、原産地の貧困問題を解決するという壮大なテーマがあった。原産地はミャンマーのリンレイ村。長年たばこの葉の栽培を行い、農薬による健康被害や安定して収穫できないことで貧困に苦しんでいる農家が多い村。そこで、たばこの葉からハーブ栽培に生計の切替えを提案。買い取りを保証することで、現地の人々の暮らしが格段に改善されているのだった。ボーダレス・ジャパンでは、ハーブティ事業以外にも世界の貧困問題を解決する事業を展開。田口一成社長(38)曰く「世界の貧困問題は必ず全て解決できる」。 (https://rkb.jp/sekakyu/)
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 さらに、取材後記には次のように書かれています。
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 初めて、ボーダレス・ジャパンの田口社長にお会いした後、今まで以上に熱くこみ上げてきた私の感情です。皆さんが取り組まれている事業のスケール、偉大さ、そして情熱に感銘を受けたのです。ボーダレス・ジャパンは、世界の貧困や環境問題をビジネスを通して解決する取り組みを行うソーシャルビジネスの会社です。私の中では、これまで、貧困の解決策と言えば「募金」「貧しい国に学校をつくる」それくらいしか思いつきませんでした。その考えの浅はかさに自己嫌悪に陥りました。こんなやり方があったのか!と。社長をはじめ、社員はほぼ20代から30代の若者です。彼らは、自分の人生をかけて社会貢献しています。お金儲けしたくて頑張っているわけではありません。本気で世界の貧困を救いたいと考えているのです。具体的にどんな問題をどう解決しているのかはぜひ番組で確認して頂きたいのですが、ミャンマーやバングラデシュなどで貧しい家庭の子どもたちが学校に通えるようになるなど、彼らの活動による効果は確実に表れています。と言っても、暑苦しいキャラクターの社長ではありません。社員の方々は、田口社長のことを「まるで少年のようで、日々の生活においては心配になることもたくさん」とおっしゃっていました。実際、現在、自転車で転んで左手の指を骨折しています。しかし、頭は常にフル回転。田口社長は取材中におっしゃいました。「世界の貧困問題は絶対に全て解決できる」。(https://rkb.jp/sekakyu/kouki/2019/20190421/index.html)
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 ビジネスを通して貧困問題を解決したり社会貢献を行うことは企業活動の理想と言えるものでしょう。企業の利益のみを考えるのではなく、あくまでも「社会問題を解決していくために存在する企業形態がこれからの世界を救う1つの基準になるのでは」と思います。既存の考えに捕らわれずに、自社の利益を上げながら、同時に社会問題を解決していく発想が若い世代を中心に出てきているのがうれしい限りです。

2019年04月21日

#232 ももかの花が咲いたよ

 今日4月14日は熊本地震が発生して3年目になります。震度7の大地震が続けて発生した珍しい地震です。最初の地震は14日の午後6時25分頃だったと記憶しています。2005年3月20日に福岡西方沖地震(M7.0、最大震度6弱)を体験していた私は当塾の室内で同様の揺れを感じ、大きな被害が発生したのではないかと危惧しました。そして2日後の深夜1時半前に就寝しようとした時に2度目の大地震が発生しました。部屋にあるタンスが大きく揺れたのを覚えています。その夜はその後発生した多くの余震で一睡もできませんでした。夜が明けてニュースで熊本地方を中心に大きな被害が発生していることが分かりました。今まで大地震の記録がなく、安全と思われていた熊本地方に大地震が起こり、改めて大地震はどこにでも起こりうると痛感しました。
 さて、熊本地震に関する記事が本日の西日本新聞のネット版に感涙する記事が載っていましたのでご紹介します。改めて地震で亡くなられた方々にご冥福をお祈りいたします。

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『庭の桃に亡き娘重ね 益城町・橋村さん「ももか、お帰り」「いのち」の詩、胸に前へ』
(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/502502/)
 淡いピンク色の花が初めて咲いた。3月末、熊本県益城町の自宅の庭で、桃の枝を見つめる橋村りかさん(46)の胸に、昨年9月に亡くなった長女のももかさん(享年17)への思いがあふれた。「ももかの花が、咲いたよ」。自宅を購入した15年前、庭に植わっていた桃の老木。伐採した切り株から3年前、思いがけず新芽を出し、今年初めて花を付けた。まるで娘が帰ってきたかのようだった。
 夫婦と子ども3人の5人家族。脳性まひのももかさんは、ほとんど体を動かせなかった。気管を切開していて話すこともできず、表情と足の動きがコミュニケーションの手段だった。
 2016年4月16日未明、熊本地震の本震が発生。突然の大きな横揺れに、介護ベッドが大きく揺すぶられた。夫がももかさんを抱きかかえ、家族みんなで外へ飛び出した。話せない娘は青ざめて、ずっと震えていた。自宅は全壊した。
 約3カ月の避難所生活を終え、仮設住宅に入居。春に松橋支援学校高等部(同県宇城市)に入学したももかさんが、わずかに動く右手でペンを持ち、筆談を覚えたのは、このころだった。
 じしんはこわい/じしんはこわい/はやくおわるといいな(略)
 最初に書いたのが、地震。初めて娘の「言葉」に触れた感慨と同時に、それまで吐き出せなかった恐怖を思い、胸が詰まった。
 その年の11月、30分ほど仮設の自宅を留守にして戻ると、娘は顔色をなくし、呼吸をしていなかった。胸の鼓動も止まっている。命に関わる発作は、幼いころから何度も繰り返していた。救急車を呼び、必死で心臓マッサージをした。
 3日間の入院後、仮設に戻った娘は手紙のような詩を書いた。タイトルは「いのち」。
 いのちはたいせつ/いのちはだいじ(略)/おかあさん/いのちをくれて/ありがとう/みんなありがとう
 「私はももかの母だけど、中身はこの子が育ててくれている」
 仮設団地での生活は、地域の人たちと一緒で心強くはあったが、狭い室内では車いすが使えず、不自由を強いられた。ようやく自宅の修繕が終わった昨年7月、わが家に戻ってきて、娘は安心した顔をしていた。
 2カ月後の9月16日。眠ったまま逝った。泣いて、泣いて、放心した。
 小中学校の友人たちが写真を飾ったボードを届けてくれた。意志が強く、学校が大好きで、いつもみんなに囲まれていた。今年3月の卒業式では同級生が遺影を持ち、卒業証書を受け取ってくれた。
 桃の季節に生まれ、百の香りを放つ花のような魅力的な人にと願いを込めて名付けた「ももか」。あらためて、名前のような娘だったと感じた。
 巡り合わせだろうか。地震の年に現れたひこばえが、娘を失った悲しみの庭に花を咲かせた。背を押されている気がする。「怖かった地震からもう3年だね。いのちはたいせつ。一日一日を大切に生きていくからね」
=2019/04/14付 西日本新聞朝刊=
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 亡くなられたももかさん以外に多くの人が死傷されています。仮設住宅で多くの人々がまだ生活されています。地震や大雨などの自然災害は「対岸の火事」ではなく、「明日は我が身」です。活断層が発見されていない地域でも、「発見されていない」だけで自分の身の回りに存在すると想定しておいた方がよいと思います。実際数日前の新聞記事で、柳川市周辺やや佐賀県南部に活断層が存在すると伝えていました。また久留米市から浮羽市にかけて存在する水縄(みのう)断層帯は、福岡県の南部に位置する活断層帯です。この断層帯は記録によりますと679年(天武7年)の筑紫地震であった可能性があります。
 このように私たち現代人が知らない活断層が日本全国に無数にあります。自然災害は常に自分に降りかかることを想定し、日頃より災害に対処する姿勢が必要です。

2019年04月14日

#231 明光学園ハンドボール部日本一!

 私が非常勤講師をしている明光学園で、昨日ハンドボール部の全国選抜優勝報告会が講堂で行われました。その記事が西日本新聞のHPに載っていましたので、それを引用します。

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『明光学園が初の日本一 ハンドボール全国高校選抜大会 報告会で主将「3冠目指す」』
 3月に関東で開かれた全国高校ハンドボール選抜大会女子で初優勝した明光学園高ハンドボール部の報告会が9日、大牟田市倉永の同校で開かれた。同学園中学校の生徒を含む350人がホールに集まり、登壇したキャプテンの3年、柿添まどかさん(17)ら部員20人に大きな拍手を送り、同校では各種競技を通じても初めてとなる全国制覇の快挙を喜び合った。
 同部は創部5年目。西窪将志監督(36)によると、福岡市内や熊本県内からの通学生が多く、片道約2時間かけて通う部員もいる。授業前の朝8時から校内清掃ボランティアをするのが部の日課で、心技体を日々鍛えているという。ディフェンスからの速攻が得意で、大会でも実力を存分に発揮して県外の強豪校を次々に破り頂点に立った。
 報告会で柿添さんは「絶対に日本一になると宣言して達成できたのでうれしい。夏のインターハイ、秋の国体も優勝し、3冠をしっかり取りにいきたい」とさらなる飛躍を誓った。
=2019/04/10付 西日本新聞朝刊=
(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_chikugo/article/501382/)
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 ハンドボールはまだマイナーなスポーツで、マスコミもなかなか採り上げてくれませんが、それでも全国大会での優勝は「あっぱれ!」です。生徒たちは次のインターハイでの全国制覇に向けて毎日猛練習を行っています。彼女たちのこれからの健闘にエールを送りたいと思います。

2019年04月10日

#230 大牟田動物園で総選挙!?

 本日は市内の中学校で入学式が行われ、新一年生が初登校しました。市内の中学校で統廃合が進んでいますが、新入生の笑顔はいつも爽やかです。さてネットに面白い記事が載っていましたので掲載します。大牟田で唯一?賑わっている動物園の記事です。

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『AKBは途切れても…大牟田市動物園で「総選挙」 飼育員×動物、ペアで立候補』
(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/501182/)

 福岡県大牟田市の市動物園で、飼育員が動物とペアで“立候補”して動物の魅力の伝え方などを競い合い、評価してもらうユニークな投票イベントが開かれている。エントリーしたのは「エミュー×かわかみ」「カンガルー×おの」など11組。入園者らは、園内に掲示された飼育員手作りのパネルなどを参考に投票する。今年は10年間続いたアイドルグループ「AKB48」の選抜総選挙が途切れ、寂しい人も多いはず。飼育員と動物で頂点を目指す「動物園版総選挙」に清き一票を投じて盛り上がってみませんか。
 イベントは昨年に続いて2回目。飼育員も評価の対象とするイベントは、動物の生活の質を高める「動物福祉」に力を入れている大牟田市動物園ならではの企画だ。「動物の魅力の伝え方」「取り組みの素晴らしさ」「パネルのデザイン性」の3点が投票のポイントになる。
 エントリーした飼育員と獣医師計11人のうち、川上万央(まお)さん(27)は担当する8種の動物のうち「マイナーだが顔が格好良い」とエミューと組む。パネルでは、餌を探すのにあえて時間がかかる工夫を施した餌箱を写真付きで紹介。餌をすぐに取り出せないようにしたのは、餌取りが難しい野生に似た環境にするためだ。
 飼育員2年目の古賀秋穂さん(21)は「喜ぶと尻尾を振ったり、寝そべったりして、人なつっこくてかわいい」とミニブタを選択。7頭の家族相関図のイラストや、普段の生活の様子をパネルに描いた。にぎやかな“家族”の光景が思い浮かぶようで、「ミニブタの古賀さんと覚えてもらえればうれしい」と話す。
 今年のイベントでは初めて、全11組の取り組みを紹介する動画を撮影し、動画投稿サイト「ユーチューブ」にアップした。NG集も制作し、飼育員たちが楽しく動物と向き合っている姿が映し出されている。椎原春一園長は「動物の人気投票とは違った企画で、飼育員たちの創意工夫を広く知ってもらうきっかけにしたい」と話す。投票締め切りは15日。大牟田市動物園のフェイスブックからも投票できる。

●一時は閉園のピンチ 「動物福祉」で復活
 大牟田市動物園は1941年に九州5番目の動物園として開園した。92年度の全面リニューアルで入園者数は年間40万人超とピークを迎えたが、その後はレジャーの多様化などで2004年度には13万人余りまで落ち込んだ。
一時は閉園が検討されたが、市が06年に指定管理者制度を導入以降、動物の魅力を生かしたイベントや、「動物福祉」を重視した飼育が話題となり、入園者数は回復していった。16年度以降は23万人以上を維持し、大規模リニューアルによらない「復活劇」は全国的に注目され、動物園の専門家も高く評価している。
 人気上昇は、各飼育員の動物福祉の取り組み自体も「展示」し、発信している点が大きい。動物の健康維持のために定期的に行う採血の様子を公開したり、狭い獣舎でも動物本来の行動ができるように餌を隠して探させたりと、飼育員も含めた「丸ごと展示」が来場者増につながっている。
        §   §
 大牟田市動物園には4.4ヘクタールの敷地にホワイトタイガーやキリン、モルモットなど51種239頭が飼育されている。入園料は大人370円、高校生210円、4歳以上80円。3歳以下は無料。0944(56)4526。
=2019/04/09付 西日本新聞朝刊=
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 AKBは人気の陰りもあり今年総選挙を中止しましたが、大牟田動物園では多くの動物が元気に過ごしています。筑後地区唯一の動物園ですので、県内や隣県から休日には多くの人が訪れます。時間があればぜひ動物たちと遊んでください。

2019年04月09日

#229 投票率上昇への一考察

 本日は第19回統一地方選の前半戦となる11道府県知事選と6政令市長選、41道府県議選、17政令市議選の投票が各地で行われています。しかしながら、いつも問題となっているのが投票率です。前回から18歳による投票が始まりましたが、結果として大人の投票率を下回りました。公益財団法人「明るい選挙推進協会」のデータによりますと、昭和26年の地方選挙で投票率82.99%を記録して以来投票率が低下しており、最近では50%を下回る状況が続いています。
 他国の状況を見てみますと、独裁国家を除いて民主国家のオーストラリアでは毎回90%を超える投票率を維持しています。「投票は国民の義務とされ、正当な理由なく投票しないと、20オーストラリアドル(約1600円)の罰金が科せられる。この義務投票制度が導入されたのは1924年。51〜71%だった投票率は、それ以来90%を下回ったことはない。」
(NHK選挙ウェブより https://www.nhk.or.jp/senkyo/chisiki/ch18/20160304.html)
 日本でこのような投票拒否に対する罰則規定を提起するような議員は出ないでしょう。そのようなことを言い出せば地元の選挙民からそっぽを向かれることでしょう。それではどうすれば投票率を上げることができるでしょうか。
 私的に次のようなことを考えてみました。
 1.国民主権として選挙に投票した人だけが政治に口を出すことができる。投票しなかった人は公の場で
   政治に口を出すことができない。当然デモ等にも参加できない。
 2.選挙に投票した人には投票証明書を発行し、消費税を5%にする。投票証明書を持たない人は消費税
   を15%にする。
 3.選挙に投票した人にはクーポン券を発行し、商品の割引などに利用する。
 いかがでしょうか、罰則規定では国民の反発が予想されますので、あくまでも投票した人にプラスになることを実施することで投票率の上昇につながるのではないでしょうか。理想を言えばあくまでも選挙民の意識を向上させることで、投票率を挙げるのがよいのでしょうが、現実には難しいものがあります。選挙は人々が自分の意思を表す唯一の手段です。暮らしやすい世の中を作っていくために大切な一票を行使しましょう。

2019年04月07日

#228 新元号は「令和」

 本日は4月1日で、今日から新年度が始まり、日本中いたる所で入社式、入学式が行われています。また5月1日の新天皇の即位に当たり、今日新元号が発表されました。新しい元号は「令和」です。出典は大化から始まる元号の歴史上初めて我が国の古典「万葉集」から選ばれました。報道によりますと、「令和」は万葉集の梅の花の歌32首の序文にある「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かお)らす」から引用されたということです。この歌は福岡の大宰府で詠まれた歌らしく、地元で暮らす者にとり誇らしい気がします。
 今まで我が国の元号は中国の古典から引用されていましたが、今回の元号の成り立ちを考えますと、これからの日本の元号は大きな影響を与えてきた古代中国から精神的にも独立し、新たな日本独自の精神文化を作り上げる意味合いが含まれているものと推察します。
 新元号「令和」ですが、「令」という字はふつう「命令」のような形で使用される場合が多いのですが、新しい元号では「すばらしい」とか「めでたい」という意味合いで使用されます。また、「和」は元々「和む」の意味合いで使用しますが、「昭和」でも使用されています「平和」のイメージも含みますので、新元号「令和」は寒い季節を乗り切った後に咲く梅の花に例えて、これからの新しい日本を象徴するような元号だと思います。またバブル経済崩壊後の不況にあえいだ日本が再び立ち上がり、希望の時代を築いていく象徴のような元号だと思います。
 ちなみにローマ字では「REIWA」と書くそうです。「れ」は「LE」ではなく「RE」になります。日本語の発音からすれば「れ」は「LE」に近いのですが、正式なローマ字の日本語表記では「RE」だそうです。いずれにせよ、5月から新しい天皇を擁し、日本国は多くの自然災害や経済不況にもかかわらず、不死鳥のように飛翔することでしょう。
 また新元号に合わせて私たち日本人万葉集で歌われている古代の人々の自然に調和した生き方を参考にして、新しい生き方を模索していかなければなりません。それは拝金主義的な生き方ではなく、自然環境に調和し、地球と共存する生き方になるでしょう。日本が率先して自然環境に即した生き方の模範を示せば他国が自ずから生き方を改めていくことでしょう。そのような世になることを期待しています。

2019年04月01日

#227 THANK YOU, ICHIRO

 今日は3月31日、平成最後の3月末日となりました。昼間は所用で福岡まで行ってきましたが、電車の車窓から見る景色はどこも桜が満開で、線路の近くの公園では多くの人が花見をしている光景が広がっていました。また菜の花も咲き誇り、桜花との見事な色彩のコントラストを示していました。
 今日のブログは前回に続き、イチロー選手の話題です。3日ほど前にシアトルマリナーズの地元の新聞社シアトルタイムズに粋な全面広告が話題になりました。イチロー選手の同僚のマリナーズのディー・ゴードン内野手が米国での開幕戦を迎えた28日、“師”と仰ぐイチロー外野手への感謝を綴った広告を掲載しました。メジャーでは、移籍した選手が古巣へのメッセージを全面広告で伝えるケースは少なくありませんが、引退したプレーヤーに同僚が惜別の思いを綴るのは異例だそうです。
 英文はネットで検索できますが、日本語訳は掲載されていないようなので、拙訳してみました。ゴードン選手の気持ちが伝われば幸いです。

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THANK YOU, ICHIRO

親愛なるイチローへ
まず最初に、僕への偉大な友人として、そして今日まで僕の大好きな選手としていてくれたことに感謝を言いたいと思います。
君のおかげで僕は野球が好きになりました。僕は子どもの時エイボンパークにいた頃、君に心酔していました。僕が生まれる前に世に出回ったテレビゲームで人々は君の名前にちなんでプレーヤーを名付けました。
 それから2012年がやってきました。シアトルでドジャーズが君たち選手と対戦していました。僕はショートの守備位置で君のすべてのプレーを見ていました。そしてついに君の(日米)ヒット合計数を数えることになりました。実は君の守備よりも君がヒットを打つことにもっと注意を払っていました。(ドジャーズごめんなさい。でもそれがイチローなのです!)
 翌日僕が君に打撃について聞こうとする前に、君はヤンキースにトレードされました。
僕はそれで打ちひしがれましたが、2015年がやってきました。僕がマイアミ・マーリンズにトレードされて数日後に君がマイアミと契約しました!
 そこで僕は飛び上がり、親友に叫びました。「イチローと一緒にプレーすることになったんだ!冗談だろうって?とんでもない!」僕は君がボールを打ったり走ったりするのを見ることができるように、ロジャー・ディーン・スタジアムへ行ったことを覚えています。球場へ到着し、僕が緊張して君の所へ歩いて行ったとき、君は僕にとても親切にしてくれました。君は僕にできることは何でも手助けする、と言ってくれました。そのことが僕をとても感動させたと断言できます。今日まで僕は次のように言っています。「僕がイチローとプレーする?どうやって?僕はエイボンパーク出身さ!」
 この数年間君がどれほど僕を助けてくれたか、人々は知りません。イチロー、僕たちはよい時も悪い時も、浮き沈みを経験してきました。しかし、君の友情はけっして揺るぎません。君はいつも僕のそばを離れなかったし、助けてくれました。僕が不当に扱われたら、そのことで君が非難されても、君はいつもそばにいてくれました。
 ツイートやインスタグラムはこの場合ふさわしくないと思ます。だからふさわしい方法で君への感謝を示したかったし、どのくらい君に感謝しているか言いたかったのです。君の友情や指導なしには、(君の秘密は決して言わないけれど)ディー・ゴードンという名前の首位打者はいなかったでしょう。
 兄貴、愛しているぜ!君はずっと僕の人生の一部だ。君が引退後の生活を楽しむことを期待しています。僕はきっと頼れる君がいなくてさみしく思うから、オフの日には僕と一緒にボールを打とう。

愛弟子、デバリスより
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 イチロー選手を師と仰ぐゴードン選手の熱い想いが伝わってきます。またメジャーリーグの多くの選手からイチロー選手を称える声が聞こえてきます。イチロー選手は日本だけでなく、野球本場のアメリカからも偉大な選手と称賛されています。野球道を極めた選手に贈られる最高の賛辞です。イチロー選手は日本人の誇りでもあり、日本人の一人として喝采を挙げたいと思います。
 さて、明日は新元号が発表されます。どのような元号になるのか楽しみです。従来通り中国古典から引用されるのか、あるいは日本の古典から引用されるのか、日本中で興味深い話題になっています。

2019年03月31日

#226 不世出のヒーロー

 お彼岸の中日も過ぎ、全国各地から桜の便りが届く今日この頃です。近くの中学校の桜の花も3分咲きとなり、次の週末には満開が予想されます。今年も多くの人々が花見に出かけることでしょう。
 さて21日のメージャーリーグ戦途中で大きなニュースが流れました。イチロー選手の引退を知らせるテロップが各テレビ局のTV画面に一斉に流されました。このニュースを知って東京ドームの観衆には試合途中でざわめきが起こり、イチロー選手がバッターボックスに立つごとに大歓声が沸き起こりました。イチロー選手の引退のうわさは東京ドームでの開幕戦以前からありましたが、実際日本での公式試合でイチロー選手が引退するとは夢にも思いませんでした。
 野球のスーパースターと言えば王、長嶋選手の名前が思い浮かびますが、イチロー選手はこの2人に劣らず、それ以上の評価を得ることになるでしょう。また彼は将来アメリカの野球殿堂入りが確実視されています。日本で培った野球をアメリカのベースボールで実践し、多くの大記録を作った小さな大選手として人びとの記憶にいつまでも残ることでしょう。
 英語の教科書にイチロー選手の逸話が載っていますので、ここに紹介します。
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 ある日著者(教科書に出てくる高校時代のイチローの同級生)が眠れずに深夜に寮内をぶらつくと、一人の生徒が洗濯をしていた。声をかけるとイチローだった。理由を聞くと、イチローは次のように答えた。「練習が終わって皆が一斉に洗濯をするけれど、洗濯機の数が少なくて長時間待たなければならない。待つ時間に居残り練習をして、誰もいない午前3時頃に選択すれば時間を無駄にしなくても済む。」このことを聞き、著者は「すごい。」というより「頭がおかしい」と思った。
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 このことを知ってイチローの野球に対する非凡な考えを改めて知るとともに、彼が努力の天才であることを改めて痛感しました。イチローの偉大さは21日の試合後に観客が帰り支度をせず、イチローがグラウンド内に現れることをひたすら待ち続けたことにも表れています。イチロー選手が登場すると東京ドームの観衆は全員総立ちで、イチロー選手を迎え、そして彼が姿を消すまで拍手と声援が鳴り響いていました。王、長嶋選手の場合は引退試合を行いましたが、イチロー選手の場合は実質上日本での試合が引退試合となりました。平成最後のスーパースターで、このような選手は2度と現れないでしょう。さよならイチロー、そしてご苦労様でした。
 なお深夜過ぎまでおこなわれた会見の詳細は次のページで読むことができます。
  https://www.yomiuri.co.jp/sports/mlb/20190322-OYT1T50249/

2019年03月24日

#225 黄金の花

 「黄金(こがね)の花」(♪ネーネーズ)

 黄金の花が咲くという 
 噂で夢を描いたの
 家族を故郷 故郷に
 置いて 泣き泣き 出てきたの
 素朴で純情な人達よ
 きれいな目をした人たちよ
 黄金でその目を汚さないで
 黄金の花はいつか散る
 
 楽しく仕事をしてますか
 寿司や納豆食べてますか
 病気のお金はありますか
 悪い人には気をつけて
 素朴で純情な人達よ
 ことばの違う人たちよ
 黄金で心を汚さないで
 黄金の花はいつか散る

 あなたの生まれたその国に
 どんな花が咲きますか
 神が与えた宝物
 それはお金じゃないはずよ
 素朴で純情な人達よ
 本当の花を咲かせてね
 黄金で心を捨てないで
 黄金の花はいつか散る
 
 黄金で心を捨てないで
 本当の花を咲かせてね

 ここ数日間マスコミが取り上げているニュースが、東京福祉大学で3年間でおよそ1400人の留学生が所在不明となり除籍されていた問題です。この大学では、別に500人を超える留学生が退学になっていたことが判明しました。報道によりますとこの大学は早稲田大学に次いで多くの留学生を受け入れているそうですが、ニュースで知る限り大学の体をなしていません。いったいこの留学生はどこへ姿を消したのでしょうか。文科省はこの事件の真相を調査するそうです。かつて黄金の花と呼ばれた日本ですが、バブル崩壊とともに失われた20年を経験したこの国に、まだ発展途上国から富を求めて多くの人たちが出稼ぎにやってきます。政府も「新移民政策」(政府は移民政策という呼称を用いていませんが、実質上移民政策です。)を推進して国内の労働力不足補うつもりです。日本で数年間働けば故国で一生働かずに暮らせるほどの収入を得ることができます。まさしく彼らにとって日本は「黄金の花」です。
 誰にとりましても生活するための金銭は必要ですが、人間の欲は果てしなく、生活に必要以上の富を求めます。そのためには他人を殺めても平気でいる世の中です。お金は確かに必要ですが、人びとはお金に支配されています。日本に出稼ぎにやって来た素朴で純情な人たちにこのことを忘れないで欲しいと思います。上記の唄は沖縄の女性グループ「ネーネーズ」が歌った唄です。故筑紫哲也氏がキャスターを務めていたニュース番組の最後に流されていました。
 さて、3月15日には多くの小学校で卒業式が行われました。児童数減少のために今年で廃校や休校になる小学校もあるそうです。また3月22日には多くの小・中・高等学校で修了式(終業式)が行われ、春休みを迎えます。この若い世代が希望を持つことができる世の中を創っていくことが大人の責務です。「黄金の花」に心を奪われずに人生を歩む生き方を大人は身をもって子供たちに示す必要があります。なお「黄金の花」はユーチューブで聞くことができます。

2019年03月17日

#224 白秋期-地図のない明日への旅立ち

 大牟田市内の中学校卒業式が3月8日に行われました。県立高等学校の入試合格発表が3月14日となっていますので、この日に中学校卒業生の進路の大半が決まることになります。それぞれ新しい学び舎で頑張ってもらいたいものです。高等学校は中学校と異なり、教科数も増え、授業内容も難しくなります。今以上の努力が必要となります。将来の進路を切り開くために高校3年間を有意義に過ごしてもらいたいと思います。10代の若者にとり、青春という時期は輝かしくもあり、また悩みも尽きぬ時期ですが、努力次第ではどのような人生も歩める可能性に満ちています。まさに青葉輝く季節です。
 一方では白秋という時期もあります。本日のブログタイトルは五木寛之氏の著作「白秋期ー地図のない明日への旅立ち」(日経プレミアシリーズ刊)から採っています。本書で五木氏は「60代、70代は老人ではない。白秋期は人生の黄金期である。」と主張しています。次に本書の前書きを引用します。
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 人生五十年といわれた時代があった。そのころ、青春、朱夏につづく白秋期は、晩年の少し前の、おだやかで静かな季節のイメージだったと思う。
 仕事や、家庭や、さまざまな社会的活動から身を引いて、これまでの人生をふり返る時期と考えられていたのである。
 しかし、今はちがう。人生百年という言葉は、すでに目前にせまっている現実だ。五十歳を過ぎて、さらに五十年の明日が待ち受けている。それは人間の歴史始まって以来の出来事である。
 その未来に地図はない。私たちは手さぐりで、さらなる五十年を生きなければならないのだ。人生を、青春、朱夏、白秋、玄冬の四つの時期に分けて考えれば、白秋期とは五十歳から七十五歳あたりまでの二十五年間である。その季節を私たちはどう生きるのか。
 白秋期は晩年ではない。フィジカルにはさまざまな問題を抱えていたとしても、いまの五十歳から七十五歳までの時期は、むしろ人生の収穫期ではないか、と私は思う。
 無駄なエネルギーを消費せずに、合理的に冷静に歩いていく。周囲を眺める余裕もある。さまざまな経験もつんでいる。そして新しい物事を学ぶ気力や好奇心も衰えてはいない。
 自分自身をふり返って見ても、五十歳から七十五歳までの白秋期は、もっとも自分らしく生きることができた最良の季節だったような気がする。
 鴨長明が山林に隠棲したのは、五十歳の頃だった。人生五十年の時代のことだから、いまでいうなら最晩年の百歳前後にあたる。
 いま高齢者と呼ばれるのは、七十五歳以上、百歳あたりまでの人びとだろう。私たちは五十代から七十代の半ばまでの二十五年間を、人生の黄金時代として考えなければならない。
 なにも人を驚かせるような、目立ったことをするのが白秋期の目標ではないだろう。実りは静かにやってくる。それを大切に育てるのが白秋期の仕事だ。
 それぞれの白秋期を生きる何かのヒントにでもなれば、というのが、この本にこめられたひそかな願いである。白秋期を人生の収穫期とするために、地図のない旅へ旅立つ人に、ささやかなエールを送りたいと思う。
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 五木氏は1932年生まれですので、今年87歳になられます。氏は白秋期をすでに終え、いま玄冬期を過ごされています。本書は五木氏の長い人生経験から得られた深い知恵が至る所に見られ、これからの人生を生きる人たちにとり参考にできるところが多々あります。老若にかかわらず一読に値する本です。
 以前のブログ("216)にも書きましたが、青春は短く、その時期を通り過ぎた者が振り返ると甘く切ない季節です。青春は可能性に満ちていて、それでも多くの挫折に満ちた季節でもあります。今、青春を生きる若い人たちはこの貴重な時期を無駄遣いしないよう、後悔しないように充実した毎日を過ごして欲しいものです。

2019年03月10日

#223 1早春賦

『早春賦』 (作者:吉丸一昌、 作曲:中田 章)
春は名のみの 風の寒さや
谷のうぐいす 歌は思えど
時にあらずと 声もたてず
時にあらずと 声もたてず
氷融け去り 葦(あし)はつのぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空
春と聞かねば 知らでありしを
聞けばせかるる 胸の思いを
いかにせよと この頃か
いかにせよと この頃

(歌詞の意味)
春とは名ばかりの風の寒さ
谷のウグイスは 歌おうと(鳴こうと)するが
まだその時ではないと 声も出さない
氷は解け 葦(あし)は芽吹く
もう春が来たかと思ったが あいにく
今日も昨日も雪模様だ
春だと聞かなければ
知らなかったのに(気づかなかったのに)
聞いてしまったから気がはやる
(そわそわして落ち着かない)
この気持ちをどうしたらいいのか 今頃の時期は
(http://worldfolksong.com/songbook/japan/soushun.htm より引用)

 上記は有名な「早春賦」の歌詞と、その意味を載せています。今日は3月3日、ひな祭りの日です。昨晩から雨が降り続いており、3月にしては「春は名のみ」の肌寒い日となっています。これからもまだまだ寒い日が続きますが、季節は次第に真春に向かって進んでいきます。多くの高校では3月1日が卒業式で、私が講師として勤めている明光学園の卒業生も3月1日に学び舎を巣立って行きました。私個人としては教員生活30年のうち、高校3年生を15年ほど担当し、高3の担任を10回経験しました。教え子達から時々便りをもらいますが、社会の中堅として様々な分野で活躍しているようです。
 学び舎を去って行く卒業生は母校を訪れる機会はあまりありませんが、卒業生を送る立場の教員は同じ学び舎で毎年卒業生を見送ります。特に卒業生と関わりの深い高3の学年団は進路相談や人生相談まで様々な相談に応じつつ、最終学年の生徒一人ひとりに気を配りつつ、本人たちの将来を案じます。私の場合は教職歴の半分を高校3年生と共に過ごし、他の学年では経験できないような多くの貴重な体験をさせて頂きました。毎年この時期になりますと、卒業していった生徒たちの顔をふと思い出したりします。教え子たちが学び舎に一堂に集まることは二度とありません。喜びも悲しみもすべて思い出の中に佇んでいます。4月になれば、また新しい生徒との出会いが待っています。人の出会いと別れは毎年3月・4月に繰り返されます。

2019年03月03日

#222 素晴らしい置き土産

 2月も残り5日となりました。明日から国公立大学の2次試験が始まり、今週の金曜日(3月1日)には多くの高等学校で卒業式が行われます。卒業生は進学や民間企業への就職など、4月から様々な人生を歩み出します。彼らの上に神のご加護がありますようにと、祈りたい気持ちになります。
 さて本日西日本新聞のネット記事に臓器移植に関する心温まる記事が載っていましたので引用させていただきます。読みながら思わず涙がこみ上げてきました。

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西日本新聞(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/489293/)
「あいつなら臓器提供する」18歳の命、家族がつなぐ 6人に移植「共に生きている」

 臓器移植法の下、国内で初めて行われた脳死移植から今月末で20年となる。年10件前後で推移していた臓器提供者は、本人の意思が不明でも家族の承諾があれば提供できる改正臓器移植法の施行(2010年)後、徐々に増えてきた。家族はどんな思いで提供を決断したのか。鹿児島県のある家族を訪ねた。
 最後の朝、仲良し5人きょうだいが久しぶりに手をつないだ。「みんなの役に立てるように頑張ってこいよ」。家族そろって、四男=当時(18)=を臓器摘出手術に送り出した。
 その2週間前の未明。母親(50)の携帯電話が鳴った。通信制高校に通う四男が「交通事故に遭った」との知らせだった。数時間前に「ちょっと行ってくる」と家を出たのを見送ったばかり。「けがでもしたかな」。重く受け止めてはいなかったが、現実は違った。
 重症の頭部外傷を負った四男は救急搬送された病院では十分な処置が難しく、ドクターヘリで大きな病院に運ばれた。明るく穏やかで、友達がいっぱいいて、卒業式を間近に控えていた。「会わせたい人がいれば呼んだ方がいい」。医師の言葉に、ヘリに同乗した父親(50)は状況を察した。呼吸をつかさどる脳幹が機能しておらず、自発呼吸は戻らない、との説明だった。遠方に暮らすきょうだいたちも駆け付けた。
 1週間後。医師から「息子さんには二つの道がある」と告げられた。一つは、つないでいる器具や管を外す選択。自然に臓器が弱り、命が尽きることになる。残された時間は2週間くらいという。もう一つは、臓器提供を選ぶ道だった。
 ドナーカードがなくても家族の承諾があれば臓器提供ができる。その晩、家族会議を開いた。両親の意見は一致していた。「五体満足で生まれてきたんだから、五体満足のまま、あの世に送り出してやりたい」
 きょうだいの意見は、もう一方の道で一致していた。「あいつの性格からして『臓器が欲しい人にあげたい』と絶対言うよ」と長男(27)。長女(17)は「お母さん、灰になったら何にもなくなってしまうよ」と言った。
 両親は数年前の、とある日を思い出した。たまたま見ていたテレビ番組が臓器移植を取り上げていた。四男は「助けた方がいいだろ。自分なら絶対提供するよ」と、さらっと口にした。その時は気にも留めなかった。きょうだいげんかすらしたことがない、子どもたちの迷いのない総意に「あの子の気持ちになれば、そうだな」。両親の心が動いた。
2回の脳死判定を経て臓器摘出手術の朝が来た。集中治療室(ICU)で約1時間、家族水入らずで過ごした。事故の擦り傷がすっかり治った四男の心臓の音を聞いたり、顔を触ったり。最後は、ベッドの上で5人きょうだいが手と手を重ねた。温かかった。
 手術後、四男の心臓は真っ先に病院のヘリポートへ。「さよならじゃない。移植を受ける人、その家族、友人、たくさんの人を救ってくるんだよ」。大きく手を振り、四男の“門出”を家族全員で見送った。
 たくさんの管が取り外された四男は、くすっとはにかんだような顔をしていた。伸びたひげをそり、体を拭き、好きなスポーツブランドのTシャツを着せた。スポーツジムを開くことを夢見て、細身ながら鍛え上げられた体はこの日も、ただのTシャツをおしゃれに着こなした。
 「どんなお金持ちにも、どんな権威がある人にも、誰にもできないことをやった息子を誇りに思う」。父親は、葬儀、告別式に参列した千人の人々に胸を張った。同級生からは「かっこいい」とメッセージが届いた。
 四男の命は、多くの力で「つながれた」と感じる。事故直後に偶然通りかかって人工呼吸をしてくれた友人や、医療関係者のリレーでつないだ命が、臓器移植を受けた10代を含む6人の患者を救い、支え続けている。中には「余命1カ月」の人もいた、と聞いた。
 6人のその後は、鹿児島県移植コーディネーターの山口圭子さん(56)を介した手紙で伝わった。「無事に退院できた」「少しずつ復職している」「大好きな乳製品を食べられるようになった」。ドナー家族とレシピエント(移植を受ける患者)は互いの個人情報を知ることはできないが、ある人は「元気になったら里帰りさせていただきます」と記してくれていた。
 「家族にとって手紙が生きる励みになっている。息子は、私たちと同じ時代を生きているんだって」
=2019/02/24付 西日本新聞朝刊=
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 世の中には臓器移植でしか助からない重篤な病の人たちがたくさんいます。日本では宗教観の違いなどにより、まだ臓器移植に対して抵抗がある人が多いと思いますが、上記のような家族が増えれば、臓器移植に対して積極的に取り組む人たちが増えるのではないでしょうか。水泳の池江 璃花子選手が白血病で入院したニュースが報道されましたが、その直後に骨髄ドナーの登録者が急増したそうです。また運転免許証の裏面には臓器提供に関する項目が記載されています。臓器提供は死に逝く人たちのこの世へのささやかな置き土産になるでしょう。

2019年02月24日

#221 平和の象徴になった親友

 前回のブログで株式会社クマヒラ発行の「抜粋のつづり その七十八」をご紹介しましたが、今日はその中のもう一つ記事をご紹介させて頂きます。ブログタイトルにあります「平和の象徴になった親友」とは広島の原爆により、原爆症で亡くなった佐々木貞子さんのことです。佐々木さんの話は今日まで多くの書物で扱われており、教科書に掲載されるなど、日本人では知らない人がいないほど知られている方ですが、今日掲載する記事は彼女の友人から見た佐々木さんについてのもう一つの話です。
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  平和の象徴になった親友
           川野 登美子  (「抜粋のつづり その七十八」より抜粋)」
 広島市の広島平和記念公園にある「原爆の子の像」。1958年に建立されてから60年、ドーム型の台座に折り鶴を掲げる少女が立っている。モデルになった女性は佐々木貞子さん。2歳で被爆し、12歳のとき原爆症で亡くなった私の親友だ。
     小学校のクラスメート
 クラスメートになったのは50年、市立幟町小学校2年の時だった。6年生まで同じクラス。当時は、背の低い順に並ぶことが多く、私の前が貞ちゃんだったこともあって仲良くなった。おとなしい子だったが、体育の授業になると輝いた。特にかけっこは男子を入れても一番。私も走るのには自信があったが、一度も勝てなかった。
 卒業間近の55年1月。ずっと皆勤賞の貞ちゃんが突然休み入院した。先生ははっきり言わないが原爆が原因であることは分かった。クラスメート62人のうち、私も含め3分の1が被爆者。新聞は盛んに原爆症を取り上げ、発症したら死ぬと子供心に刻まれていた。
 クラスメートは交代で毎日お見舞いに行った。みんな貞ちゃんは原爆症で、いずれ死んでしまうだろうと感じていた。つらかった。貞ちゃんはいつも帰り際に病院の階段下まで見送ってくれたが、さみしそうな顔で一歩も動かない。玄関までの長いロビーが、貞ちゃんと私たちを隔てる壁のように思えた。涙をこらえ「振り返ったらいけんよ」と声を掛け合い、出口まで必死で走った。
     恐怖と戦い鶴折る
 いつしか貞ちゃんは鶴を折るようになった。千羽鶴が病を大空へ運んでくれると看護師さんから聞いたようだ。すごく集中して折っていた。折り紙がないから、薬が入っていた小さなセロハンを使って、細かい部分は針や爪ようじを手にしながら器用に折った。
 中学に上がると、貞ちゃんは学校生活について聞きたがった。あまり楽しい話をするわけずにもいかず、会話は減っていく。みんなで黙々と鶴を折って帰った。次第にお見舞いがつらくなり、8月末から行くことができなくなった。貞ちゃんが白血病で亡くなったという知らせを受けたのは、その2か月後だ。
 涙があふれるとともに「自分だったら」と恐怖に襲われた。見舞いを途中でやめた自分たちのことを責めた。後から知ったが、貞ちゃんは自分が原爆症とだと知っていた。病室の引き出しから白血球の数を記した紙が出てきた。恐怖と戦いながら泣き言も言わず、鶴を折っていた姿を思うと胸が張り裂けそうになった。
     銅像建立へ寄付募る
 私たち元6年竹組のメンバーは貞ちゃんのために何かしたいと銅像の建立を計画する。ガリ版で2000枚のビラを作り広島市で開かれた全日本中学校長会で配り、寄付を呼びかけた。これがきっかけで、市内の小中高の児童会と生徒会が集まり『広島平和をきずく児童・生徒の会』が発足。最終的に全国から540万円が寄せられた。
 元竹組のメンバーは中学時代のほとんどをこの活動に費やした。しかし、組織が大きくなるにつれ、貞ちゃんを慰霊するという本来の思いが置き去りにされていくように感じた。像のデザインや設置場所など何も教えてもらえなかった。像が建ったあと、私たちは口をつぐんだ。貞ちゃんと自分たちがわかっていればいいと思ったからだ。
 92年、企業経営者になっていた私は広島県中小企業家同友会から、講演依頼を受ける。貞ちゃんのことを話してほしいという。母に相談すると、原爆で多くの犠牲者が出た旧制広島一中にある追悼碑の前に連れて行かれた。そこには兄の名前も刻まれている。母は「お兄ちゃんのためにも貞ちゃんのことを話さないけんよ」と言った。
 兄は「僕は残念だ、残念だ」と言い残して亡くなったという。被爆時に3歳だったわたしには、原爆の被害は語れない。語れるのは幼くして亡くなった親友のことだ。彼女を通して今の子どもたちに、平和の尊さを伝えるのが私の役目だと気づいた。以来、私は語り部となった。
 今も原爆の子の像の前をよく通る。像は本当に貞ちゃんにそっくりだ。世界各国の人がその下に集い、多くの千羽鶴さささげられている。親友は「かわいそうな貞ちゃん」ではなく「世界平和の象徴」になった。通り過ぎながら言う。「貞ちゃん、私も頑張るね」
     (かわの とみこ=語り部・日本経済新聞文化面 30年8月3日)
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 佐々木貞子さんの友人、川野が語る言葉に71年前の原爆投下から原爆症を発病し亡くなる貞子さんの様子が鮮やかに描かれています。また原爆の子の像の建立の際に大人の都合による様々な政治的駆け引きがあったことを読み取ることもできます。
 広島・長崎への原爆投下から今年で71年を迎えますが、核廃絶にはまだまだ長い道のりがあります。また近頃アメリカの中距離核戦力全廃条約の破棄に関するニュースが世界中を駆け巡りました。最悪の場合、再び核大国による核兵器の増強が始まるかもしれません。人類はいつになれば相互不信による愚かな軍拡競争を止め、平和な世の中を作ることができるのでしょうか。

2019年02月17日

#220 ささやかな贈り物

 今日は2月10日です。つい先日新年を迎えたと思っておりましたが、もうすでに2月も上旬が終わる頃となっています。さすがに自然は嘘をつかず、福岡の日の出時間が現在7時8分となっています。一番遅い日の出が7時23分(1月16日頃)ですので、すでに15分ほど早くなっていることになります。また一番早い日没が17時10分(12月1日頃)ですが、現在は17時59分頃ですので約50分ほど日が長くなっています。春に向かってお日様もパワーアップしているようです。
 さて今日のテーマは「ささやかな贈り物」です。以前同じような内容を書いたと思いますが、自分のブログを読み返すことをしませんので、何回目のブログか思い出せません(笑)。その贈り物とは毎年この時期に送っていただいております株式会社クマヒラの小冊子「抜粋のつづり」ことです。この冊子は毎年無料で発行されており、全国各地の熊平製作所の支店や営業所で入手することができます。この冊子との出会いはおよそ10年ほど前になりますが、まだ現役の教員として働いていた時に職員室の片隅に置いてあったものを目にしたことです。ページをめくると様々な珠玉の名文が散りばめられており、その出典は全国で販売されている様々な本屋や、雑誌、新聞や機関誌などから著者の許可を得て掲載されています。この冊子を目にして以来、読者になった次第です。この冊子はあくまでも無料配布ですが、私は郵送費を払い毎年この時期に送ってもらっています。今年のこの冊子の中に次のような添え書きが挿んであります。(一部引用)

拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
  さて、毎年寄贈させていただいております「抜粋のつづり その七十八」が出来上がりましたので、
  お送り申し上げます。
   「抜粋のつづり」は社会への感謝・報恩の思いから昭和六年に創刊。著者、新聞・出版各社の
  ご理解を得て、戦中・戦後の混乱期を除き毎年刊行し、百十五ヵ国の日本大使館や総領事館、全国
  の各種団体、企業、個人に四十五万部を無料配布させていただいております。
  今年も本日、全国いっせいに配布いたします。広くご高覧賜れば幸いに存じます。なにとぞよろしく
  お願い申し上げます。
   末筆ですが、皆様のご健勝、ご発展をお祈り申し上げます。    敬具

この冊子を作成するのに多額の費用がかかっていることは明らかです。この会社の善行に対し、まさに頭が下がる思いです。今日は最新版「抜粋のつづり その七十八」から次の文を抜粋したいと思います。

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「叶わなかった高校進学」 山本孝弘
 肉体は単なる乗り物であって、本来の自分は魂である。子どもの頃から私はそう感じていました。先日、五年前のみやちゅうを読み返していると、スピリチャル・カウンセラーである神光幸子さんの記事を見つけました。記事を読みながらあらためて「魂」という真理が心に落ちました。
              *
 七年前に肉体を離れた父の魂は、今どこにあるのか。
 生き方が下手で、反面教師を絵に描いたような父でした。母に迷惑を掛け続け、それでも父なりに生き抜いた73年間は、彼にしかわからない思いの中で日々苦しくもがいていたこともあったのではないかと思います。
 戦後の貧しい時代、5人の兄弟の次男として生まれた父は小学生の時に父親を亡くしました。1つ違いの長男と二人、家計を助けるために中学を出てすぐ工場で働きました。父のお通夜の時、末っ子の叔母が涙を流しながら言っていたことを、私は一生忘れないと思います。
 「兄ちゃんは頭がよかった。中学3年の時、先生が家に何度も来て『何とか高校に通わせてやってほしい』と母ちゃんを説得してた。でもその度に兄ちゃんは『幼い弟や妹のために僕は働きます。高校に興味はありません。』って言ったんだよ。兄ちゃんありがとう…」
              *
 私の兄が高校受験をした日は、家族の中で父だけがそわそわしていました。そして合格したと分かった時、父はとても興奮し、「握手しよう」と兄に手を差し出しました。でも思春期の息子というものは素直ではありません。
 「あんな高校、名前を書けば誰だって入れるんだ!」
 そう言い放った兄に父は怒るでもなく、「そんなことを言うな」と、ただ悲しそうに呟きました。そのことを兄が覚えているとは思っていませんでした。ですが父が亡くなった日の晩、兄は言いました。
 「あの人にとって高校進学っていうのは夢だったんだよな。あんなことを言わなきゃよかった。握手すればよかった…」
              *
 私が結婚する前、妻の実家に両親を連れてあいさつに行った時はとても不安でした。父が何がしかの失態を演じるのではないかと思ったのです。しかし、父は普段とは全く違っていました。その時の父の話は本当に面白く、私を含めみんな大笑いしました。そんな父は見たことがなく、私は驚きました。「自分はこの人のことを何も知らないんだな」と思いました。
 結局、父とお酒を飲む機会はありませんでした。今いきなり目の前に父が現れても全く驚かないので、一緒に飲んでみたい気もします。もうすぐ7回目の命日がやってきます。
 (やまもと たかひろ=みやざき中央新聞社中部特派員
                  みやざき中央新聞「取材ノート」30年4月9日)
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 上記のお父さんのように昔の父親は頑固一徹でした。「寺内貫太郎一家」の父親のように無口で、口下手で自分の感情を素直に表現できない父親が多くいたものです。私の父は大正生まれで92歳の人生を全うしましたが、この記事の父親と似通った点がたくさんあり、自分の父親のことが書かれているようでした。
 今では誰もが高校に行く時代ですが、本当に勉強の大切さを理解している高校生がどれだけいるでしょうか。「何となく親や周囲に勧められて高校までは出ておかないと」と思っている高校生が多いことと思います。私は現在電車で明光学園に通勤していますが、電車の中で様々な高校に通う生徒達のほとんどがスマホで遊んでいます。定期試験期間中を除いて勉強している生徒はほとんどいません。この一文をその生徒たちに読ませてやりたい気持ちになります。勉学の大切さに気づいている生徒は幸いです。

2019年02月10日

#219 神の慮り

 今日は2月3日、節分です。明日は立春となり、暦の上では春を迎えます。しかし、春とは言いながらまだまだ寒い日が続きます。今年の福岡の冬は昨年と比べてそれほど厳しい寒波が到来していませんが、東北地方やや北海道では例年通り大雪となっています。また北アメリカでは零下30度を超す極寒が続いており、ナイアガラ瀑布も凍結しかかっています。寒波による死者もすでに20名を超えているそうです。これ以上寒波が続かないことを祈るばかりです。
 さて福岡県内の私立高校の入試はすべて終了し、5日には公立高校の推薦入試が実施されます。以前は公立高校で推薦入試は行われていませんでしたが、生徒減少による生徒確保のためでしょうか、公立学校でも推入試が行われています。また現在すでに大学入試も始まっており、地元の福岡大学や西南学院大学を始めとする各大學の入試が実施されています。入試は受験生にとって大きな試練となります。その後の人生を左右する大切な選択ですので、第1志望の合格を目指してもらいたいと思います。
 しかしながら、誰もが第1志望に合格できるとは限りません。本人の努力に応じて結果がついてきますし、当日の健康状態や運も成功する大きな要素となります。これは入試だけでなく、入社試験や人生の岐路においても当てはまります。特にスポーツや芸術において優勝や入賞の栄冠を手にするのは参加者の中でごくわずかの勝利者のみです。大半の人はそれを獲得することができず、挫折や失望感を味わい、その厳しい競争から姿を消していきます。これはすべての分野にも言えることです。例えば企業で昇進する人数は限られており、管理職までたどり着けるのは、ごくわずかの人だけです。本人の能力や日々の努力と営業実績、そして運が大きく左右します。大半の社員は途中で昇進を諦めなければなりません。このことは日本だけでなく、世界中で行われている現実です。ある意味では厳しい競争なしには発展しない世の中となっています。
 そのような環境で生きている私たちですが、挫折を経験した人に素晴らしい詩を紹介したいと思います。本日のブログタイトルの「神の慮り(おもんばかり)」です。この詩はずいぶん前に何かの本で読んだことがありましたが、記憶の中からすっかり消えていました。現在受験生の指導をしており、ふとこの詩を思い出した次第です。なお原詩は英語ですが、よく知られている神渡良平詩の訳詞でご紹介します。

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  「神の慮り」A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED  (神渡良平訳)

  大きなことを成し遂げるために
  力を与えてほしいと      
  神に求めたのに
  謙虚さを学ぶようにと
  弱さを授かった

  より偉大なことができるようにと
  健康を求めたのに
  より良きことができるようにと
  病弱な体を与えられた

  幸せになろうとして
  富を求めたのに
  賢明であるようにと
  貧困を授かった

  世の人々の称賛を得ようとして
  権力を求めたのに
  得意にならないようにと
  失敗を授かった

  求めたものは一つとして与えられなかったが
  願いはすべて聞き届けられていた
  言葉に表されていない祈りが叶えられていたのだ

  ああ、私はあらゆる人の中で
  もっとも豊かで祝福されていたのだ

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 この詩はニューヨーク大学病院リハビリセンターのロビーに掲げられている、ある患者さんの詩で作者不詳となっています。どのような患者さんか分かりませんが、自分の与えられている病状や今までの人生を振り返り、このような詩が生まれたと考えられます。実に味わい深い詩です。受験や入社試験の失敗、失恋や闘病など人生に失敗はつきものです。その「失敗から何を学ぶか」が一人ひとりに人生の課題として与えられています。それぞれの失敗を学び、克服し、失意の中から新しい希望を見出したいものです。
 高村光太郎の詩「道程」の一節にあります「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」はすべての生き方に通じるものです。自分の人生を振り返ると、一本の道ができています。それが一人ひとりの人生です。自分の未来はまだ分かりませんが、目の前のものを取捨選択することで新しい人生が生まれます。与えられたものには何一つ無駄なものはありません。人生の一つ一つの課題をこなして一歩一歩前に進んでいきましょう。目の前の大きな課題を与えられている受験生頑張れ!

2019年02月03日

#218 大天晴!

 昨日テニスの大坂なおみ選手が全豪オープンテニスで日本人初めて優勝しました。彼女の業績に大いに天晴(あっぱれ)を差し上げたいと思います。テニスの4大大会(全豪、全仏、全英、全米)のシングルマッチで今まで日本人は優賞することができませんでしたが、彼女がこの偉業を成し遂げてくれました。この試合を全国の多くのテニスファンが応援したことと思います。
 スポーツの世界では競技の種類や身体能力の傾向などによって活躍する人種が偏る傾向にあります。例えば陸上では主に黒人が活躍し、フィギュアスケートでは主に白人やアジア人が活躍する傾向があります。テニスもその例にもれず、1960年代までテニスは白人のスポーツとして知られていました。その壁を打ち破ったのが男子ではアメリカの黒人アーサー・アッシュ選手、女子ではオーストラリア人先住民の血を引くのグーラゴング選手だったと記憶しています。
 日本人の活躍する場面はなかなか出てこず、男子では松岡修造の次に錦織圭まで待たなければなりませんでした。錦織はこれまでの男子選手と比べてアメリカでの豊富な練習量に支えられ、またマイケル・チャンの優れたコーチング力を背景に大きな大会で決勝まで進めるほどになりましたが、優勝するにはまだ力不足の感があります。テニスやスケートなど特殊な技術を要するスポーツの勝敗は優れたコーチの存在が欠かせず、例えばジョコビッチのような超一流の選手には常時数名のコーチが付き添っています。言い換えれば、本人の才能や努力だけでなく優秀なコーチとの出会いがその選手の成長を決めることになります。
 私も中学・高校とテニス部に所属し、毎日部活動に明け暮れましたが、テニスはメンタルスポーツと言われるように、精神力が要求されるスポーツです。団体スポーツでは選手がお互いに声かけあって励まし合えますが、個人スポーツでは信頼できるのは自分のみであり、自分で支えるしかありません。この精神力は厳しい練習に耐えることで育まれます。大坂選手は天賦の才能、本人の努力そして恵まれたコーチとの出会いによって開花したと言えるでしょう。
 このことはスポーツだけでなく、人生においても言えると思います。人生において誰とどのような出会いをするかにより、その後の生き方が変わってきます。特に子供たちの持っている才能は側にいる大人たちが見つけてやらなければなりません。子どもの持つ才能と、その才能を引き出す大人との出会い、そして恵まれた練習環境が満たされれば、どの分野においても子供たちは能力を開花させることでしょう。昨今の将棋界や囲碁界で優秀な若者が活躍していますが、このことをよく表しています。今後も大坂選手だけでなく、多くの若い人たちに頑張ってもらい、多くの人たちに勇気と希望を与えてもらいたいと思います。頑張れ若人!

2019年01月27日

#217 受験生頑張れ

 今日と明日は大学入試センター試験が実施されます。毎年この時期にセンター試験に関するブログを書いていますが、今日は社会、国語、英語の3教科が行われ、明日は数学と理科が実施されます。当塾からは3人の高校3年生が受験しています。2人の塾生はすでに進路が決まっていますが、各自の学校方針でセンター試験を受験します。現在のセンター試験は来年で終了し、2020年からは新しい大学入試制度「大学入学共通テスト」が始まります。この制度については様々な意見が出されており、良い面としては、数学や国語で思考力を試す試験問題が出されます。受験生は暗記に頼るのではなく、様々な知識を用いた思考力が試されます。危惧される点としてまず挙げられるのが英語の試験です。2020年から国公立大学は英語の入試を大学入学共通テスト+民間の英語試験と定めています。つまり英検やTOEICなどの民間の試験を受けて入試成績を総合判断することになります。
 ところが東大など一部の国公立大学では民間の英語試験の成績を入試に考慮しないと宣言しています。換言すれば、国公立大学大学において共通した物差しで受験生を評価することができないということです。また受験生や親御さんの立場とすれば余分に民間試験の受験料を払わなければなりませんし、地域によっては民間の英語試験会場の数が少ないことも挙げられます。つまり平等な受験の機会を受験生に与えることができなくなる可能性があります。文科省はこの点を考慮して大学入試共通テストを実施するつもりでしょうが、様々な懸念が今でも多くあります。
 また私立大学では現在民間の英語テストを評価する大学もあります。例えば福岡大学は英検2級を取得している受験生には英語の入試を受けなくても8割の得点をもらえますので、その分他教科を頑張ることができます。ただ慶応大学のような難関大学は大学独自の入試を受けなけらばならず、受験生は様々な入試に対応することになります。受験生の立場ではどちらが良いか正直悩ましいところです。とにかく2020年の入試を迎える現高1の生徒が一番影響を受けますので、様々な対策を講じる必要があります。とにかく受験生頑張れ!

2019年01月19日

#216 青春

 本日は「成人の日」の祝日で、昨日と今日は全国各地で成人式が行われています。成人式を迎える20歳の若者だけでなく、この日を楽しみにしている親御さんも多いことでしょう。昨年は貸衣装の振袖が届かないという、とんでもない出来事が発生しました。それを受けて今年は「ママ振」という言葉が登場しました。母親もしくは祖母の振袖を仕立て直して、成人式に参加する女性が増えているそうです。いずれにしても、人生で1回しか参加できない式ですので、新成人の方々は育ててくれたご両親に感謝するとともに、一人の大人として責任あるふさわしい言動をしてもらいたいと思います。
 そのような新成人に対して1編の詩を紹介したいと思います。1980年代に日本国内で採り上げられ、広く知られた詩です。詩というよりも教訓的な表現で書かれています。原文は英語です。

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  【青春】サムエル・ウルマン(宇野 収、作山宗久訳 「青春という名の詩」より))

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う。薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体 ではなく、たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは怯懦(きょうだ)を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。ときには、二〇歳の青年よりも六〇歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。

歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神は芥になる。

六〇歳であろうと一六歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探求心、人生への興味の歓喜がある。君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。人から神から美・希望・喜悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲歎の氷にとざされるとき、二〇歳であろうと人は老いる。頭(こうべ)を高く上げ希望の波をとらえる限り、八〇歳であろうと人は青春にして已む。

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 私がこの詩に出会ったのは若さがみなぎるまだ20代の頃でした。「青春は若者の特権である」、と考える人が多いのですが、還暦を過ぎた今この詩を読み直してみますと、確かに身体的な若さのみを青春というのではなく、何事にも挑戦する心(精神)の若さを「青春」という言葉で表すことができると思います。もちろん年を取りますと体力や気力が衰え、若者ほど身体を十分に活かすことができなくなりますが、心の若さは保つことができます。言い換えれば、この詩にあるように、若くても志がなければ、生きる意欲がなければ、その人はすでに「心の萎えた老人」だと言えるでしょう。
 日本では70過ぎの高齢者が大学や大学院に合格するだけでニュースになりますが、欧米では中高年の人々が学び直すことがしばしば見られます。私がオーストラリアに留学している時にも70過ぎのおばあちゃんが3人大学院に学びに来ていました。そして積極的に発言し、講師を困らせていたことを思い出します。確かに体力的には衰えますが、意欲・気力は本人が維持できる要素の一つです。もし生きる気力や学ぶ意欲が無くなれば、高齢者は急速に老化し衰えていくことでしょう。常に新しいことに興味を持ち、意欲的に生活することが若さを保つ秘訣であることは古今東西の偉人の生き方を見て分かります。「成人の日」の今日、ふとこの様なことを考えてみました。

2019年01月14日

#215 災難は忘れた頃にやって来る

 今日は1月7日、七草粥の日です。スーパーマーケットでは七草の食材を販売していますので、比較的簡単に七草粥や雑煮を楽しむことができます。大変遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。年末年始はいかがお過ごしでしたか。今年の正月は平成最後の正月となりました。これから5月の新天皇即位まで様々な行事が行われることと思います。
 さて私事ですが、先月の下旬に腰を痛め(ギックリ腰?)、ようやく痛みが無くなり普通に歩けるようになりました。また新年早々愛用のデスクトップコンピュータが故障し、保存していたファイルが全て消えてしまいました。このHPはバックアップしていましたので、現在別のノートブックコンピュータを使用して、このブログを書いています。(それで新年の挨拶が遅れてしまいました)デスクトップはハードディスクが壊れていますので、データの復旧はほとんど不可能です。大切なデータは必ずバックアップを取るようにしませんと、全てが消えてしまいます。地震と同じように機械はいつ壊れるか分かりませんので、必要なものは事前にデータを保存するなどの処置が必要となります。現在新しいハードディスクに新しくWindows10をインストールしましたが、仕事で使用する様々なソフトをインストールして元の使える状態にするのにしばらくかかりそうです。
 年末のギックリ腰や新年のコンピュータ故障で、今年の正月は悲惨な結果となりました。皆様もスマホの大事なデータは必ずバックアップを取るようにしてください。さもないとデータが永遠に消えてしまうことになります。これほど悲惨な正月は経験したことがありません。今後はひたすら運がついてくるのでは、と思っています(笑)!それでは今年もよろしくお願いします。

2019年01月07日

#214 平成最後の晦日

 本日は12月30日、平成最後の師走も残り1日となりました。年末のテレビは忙しく平成30年間の報道特集やニュース番組を流していますので、平成がどのような時代だったかダイジェスト版で確認できます。英語では1世代(one generation)を30年と規定していますが、まさに30年という時間は一人の人間が生まれ育ち、社会人として活躍する時間そのものだと実感します。幼児は大人に、青年は老年になるのに十分な時間です。すべての人の人生において、30年という長さに喜怒哀楽のすべてが詰まっていると言っても過言ではないでしょう。さらに次の30年を考えると、生存している人がどのくらいいるでしょうか。私を含めて甚だ疑問です。
 人生50年と言われた時代はすでに過去のものとなり、昨今では長寿のおかげで人生80年ではなく、人生100年と呼ばれるようになりました。しかし本当にそうなるでしょうか。ただ長生きするだけでは何の価値もありません。いかに充実した生き方をするか、換言すれば、他人のためにいかに有意義のある人生を送るかが大きな課題となります。新しい元号のもとに今までの経済中心・自己中心の生き方は改められ、本当の幸せを求める生き方が問われる時代になるような気がします。そうしないと人間の存在自体がこの地球という惑星の生殺与奪を決定しかねる状況となっているからです。
 この惑星に生命体が誕生して以来様々な進化が行われました。その歴史を簡単に振り返ると、地球上に登場した最初の生命体は藻でした。次に藻を食料とする植物が登場しました。そして様々な種類の植物が大量に増えた結果として草食動物が誕生し、植物を管理していきました。また肉食動物が登場し、増えすぎた草食動物を管理します。最後に新参者として人間が登場し、動植物を管理する役割が与えられました。長らく人間の役割は主として動植物を管理することだったのです。
 ところが知恵を身につけた人間が様々な経済活動を行い、急速に人口を増やしていきます。人口が急激に増えるにつれて経済活動もさらに活発となり、様々な資源を湯水のように使い果たしていきます。その結果今日の世界の人口は70億を超えて、平等な社会の確立ではなく格差社会が拡大し、一握りの人間が世界を管理する様な現在の状況が生じています。
 このような状況を踏まえ次の30年間に思いを向けた時に、どのような時代が待っているでしょうか。希望に満ちた時代であるとはとても言えません。宇宙船地球号は定員オーバーの状態が続いており、現状では人口が増えるに伴い、環境問題が大きくなり、食料を含めて資源の枯渇も危惧されます。次の30年、2049年にどのような世界が登場するのか見当もつきません。希望的な憶測では科学技術が進み、ロボットと共存する未来社会が想像できますが、悲観的な憶測では人口が100億を超え、自然破壊が拡大し、格差社会がさらに深刻化し、少数の人間が大多数の人間を管理する社会が登場することになるでしょう。
 いずれにしても未来を創るのは現在の私達です。希望ある未来を作り上げるために今何をしなければならないでしょうか。現在のような強欲資本主義を続けていけば早晩世界の破滅を引き起こすことになるでしょう。そのためには惑星地球と共存できる新しい思想や社会体系を作ることが急務となります。そうしないと結果は日を見るよりも明らかです。そのための新しい時代が来年から始まると思っています。私たち一人ひとりの力は微々たるものですが、大河は一滴の水から始まります。各自が今までの生き方を改め、地球と共存する自然に沿った生き方を始めると、すべてが変わっていくことでしょう。将来の子ども達のために、より良い社会を作っていくのは大人たちの責務です。
 平成最後の晦日にこのようなことを考えてみました。今年一年間お世話になりました。それでは良い新年をお迎えください。

2018年12月30日

#213 遥かなるクリスマス

メリークリスマス
二人のためのワインと それから君への贈り物を抱えて駅を出る
外は雪模様 気づけば ふと見知らぬ誰かが僕にそっと声をかけて来る
振り向けば小さな箱を差し出す 助け合いの子供達に僕はポケットを探る
携帯電話で君の弾む声に もうすぐ帰るよと告げた時のこと
ふいに誰かの悲鳴が聞こえた 正面のスクリーン激しい爆撃を繰り返すニュース
僕には何にも関係ないことだと 言い聞かせながら無言でひたすら歩いた

メリークリスマス
僕達のための平和と 世の中の平和とが少しずつずれ始めている
誰もが正義を口にするけど 二束三文の正義 十把一絡げの幸せ つまり嘘
僕はぬくぬくと君への 愛だけで本当は十分なんだけど

本当は気づいている今のこの時も 誰かがどこかで静かに命を奪われている
独裁者が倒されたというのに 民衆が傷つけ合う平和とは一体何だろう
人々はもう気づいている 裸の王様に大人達は本当の事が言えない
いつの間にか大人達と子供達とは 平和な戦場で殺しあうようになってしまった
尤も僕らはやがて自分の子供を 戦場に送る契約をしたのだから同じこと
子供達の瞳は大人の胸の底を 探りながらじわりじわりと壊れていく
本当に君を愛している 永遠に君が幸せであれと叫ぶ
その隣で自分の幸せばかりを 求め続けている卑劣な僕がいる
世界中を幸せにと願う君と いえいっそ世界中が不幸ならと願う僕がいる

メリークリスマス
僕は胸に抱えた小さな 君への贈り物について深く考えている
僕は君の子供を戦場へ送るために この贈り物を抱えているのだろうか
本当に愛している 永遠に君が幸せであれと叫ぶ
本当に君を愛している 永遠に永遠に君が幸せであれと叫ぶ

メリークリスマス
凍てつく涙を拭いながら
生きてくれ生きてくれと叫ぶ
雪の中で雪の中で雪の中で
白い白い白い雪の中で

メリークリスマス
メリークリスマス 


♪さだまさし「遥かなるクリスマス」


 今日はクリスマスイブですが、クリスマスイブが振替休日となるのは今年が最後でしょう。昨日の天皇誕生日の祝日が今年で終了するからです。将来は分かりませんが、12月23日を祝日としない限りクリスマスイブが日曜日以外の休日となることは2度とありません。その意味では感慨不快ものがあります。
 さて今日はクリスマスイブ。街中が賑やかな雰囲気で満たされていますが、世界中の人々が素直にこの日を喜んでいるわけではありません。今も戦闘の中で逃げ惑う子ども達や弱者がいるのです。平和な世の中で暮らしている私達には理解しがたいですが、サンタからの贈り物をもらえない子ども達がたくさんいます。上記の詩にある「ふいに誰かの悲鳴が聞こえた 正面のスクリーン激しい爆撃を繰り返すニュース僕には何にも関係ないことだと 言い聞かせながら無言でひたすら歩いた」という人が多いことでしょう。自らの幸せのみを追求する多くの人がいるなかで、「伊達直人」のような身寄りのない子ども達にランドセルを寄贈する人もいます。
 人々の様々な思いが交錯する中で、今年もクリスマスがやってきました。争いのない平和な世の中で愛する人たちと一緒に過ごすことのできるクリスマスを幸せに思わなければなりません。宗教の違いを超えて世界中の人達が平和の尊さを祝える日にしたいものです。Merry Christmas!

追伸: さだまさし「遥かなるクリスマス」はYouTubeで聴くことができます。一度検索してみてください。

2018年12月24日

#212 平成最後の天皇誕生日

 今日は天皇誕生日です。そして平成最後の祝日となります。この12月23日を将来祝日として定められるか分かりませんが、今日の祝日は今年で最後になります。現皇太子の誕生日が2月23日ですので、この日が祝日となるのでしょうか。4月29日は昭和天皇の誕生日でした。現在は「昭和の日」として祝日と定められています。法律では今上陛下の誕生日が祝日とされています。
 さてこのブログ読者の皆様にとって「平成」はどのような時代だったでしょうか。この30年間すべての人にとり喜怒哀楽に満ちた時代であったのではないでしょうか。個人的には昭和と平成を半分ずつ生きたことになります。特に故郷大牟田の盛衰を目の当たりにした時代だったような気がします。
 昭和30年代は三池炭鉱が最も繁栄した時代でした。幼い頃、床に就くと数キロ離れた三池炭鉱三川坑からかすかに流れてくる労働歌を子守歌がわりにしたものです。街中は活気にあふれ三川坑のある三川町から三池港まで工場群が立ち並び、夜でも工場の照明が明々と灯っていたことが記憶に残っています。今では工場群は存在せず、そこに広々とした空き地が点在しています。
 昭和38年11月9日に発生した炭塵爆発は今でも覚えています。当時幼稚園に通っていましたが、友人たちと遊んでいた午後3時過ぎに大きな爆発音と同時に地響きが起こり、急いで家に帰ったことを記憶しています。多くの方が犠牲となり、親戚の方も亡くなりました。そして石炭産業の衰退とともに大牟田の街も廃れていきました。人口が22万人から現在では10万人台へと半分に減少しています。大牟田だけでなく石炭産業で繁栄した国内の町はすべて廃れていきました。
 時代は昭和から平成へと移り変わりましたが、昭和の終わりとともにバブル経済も終わり、日本経済が低迷する時代を迎えます。「勝ち組」「負け組」の言葉に象徴されるように経済格差が広がる時代となりました。平成は昭和時代以上に多くの貧困層が生じた時代でもあります。「平成」とは名ばかりで国内では多くの事件や災害が毎年のように起こり、国外では多くの戦争や紛争、大地震などの災害が続発した時代になりました。
 簡単に昭和から平成までを個人的体験とともに振り返りましたが、ブログ読者の皆様にとりましても平成30年間だけでも本当に悲喜こもごもの日々だったのではないでしょうか。
 来年から新しい元号になりますが、どのような時代を迎えるのか、期待を込めて迎えたいと思います。

2018年12月23日

#211 ロボットカフェ登場

 今日は朝から雨が降っています。もう少し気温が下がればみぞれや雪に変わるのでしょうが、冬には珍しく本降りの雨が降り続いています。
 さて今日のブログのテーマはロボットカフェです。現在ロボットは様々な分野で働いており、工場などで働く「機械」としてのロボットから、ホテルの受付嬢や病院で介助人として働く人型ロボットまで用途が様々で、人間との接点がますます広がっています。そのような状況下で新しい種類のロボットが登場しました。カフェで働くロボットです。このロボットの大きな特徴は身体を動かせない身障者の方々がロボットを遠隔操縦していることです。かなり長くなりますが、ロボットカフェのニュースを紹介します。

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Yomiuri Online (https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20181211-OYTET50035/)
『自宅から遠隔操作できるロボットカフェ
   病気や障害で外出が難しくても自分の声で「いらっしゃいませ」』

 ロボットが接客する新しいタイプのカフェが11月26日から12月7日まで、都内で期間限定で営業した。身長120センチの白いロボットが3台、店内を動き回って注文を取り、お客さんの待つテーブルへコーヒーやオレンジジュースを運んだ。
 「いらっしゃいませ」「飲み物は何になさいますか?」「今日はどちらから?」。ロボットから聞こえてくるのは電子音ではない。本物の人の声だった。

【ロボットを動かしたのはALSや頸髄損傷などの男女10人】
 実はこのロボット、外出が困難な人たちが、自宅に居ながら遠隔操作していた。筋 萎縮 性側索硬化症(ALS)や 頸髄 損傷で自力歩行が難しい人など、20~40歳代の男女10人が、全国から公募で選ばれた。「テクノロジーの力があれば、重い障害がある人が働ける場所を作れる」。ロボットを開発したオリィ研究所(東京)代表の吉藤健太朗さん(31)は胸を張る。
 カフェがオープンしたのは、東京・赤坂にある日本財団ビルの一角。接客するロボットの名前「OriHime(オリヒメ)-D」は、七夕にちなみ、「離れていても会えるように」という願いを込めて名付けられた。専用ソフトをインストールしたパソコンがあれば、遠くにいても操作は簡単だ。ロボットの額にあるカメラが撮影した映像を自分のパソコン画面で見ながら、マウスをクリックし、進行方向を決める。内蔵されたマイクで客に声をかけることもできる。

【28歳で亡くなった親友の言葉が開発のきっかけ】
 カフェのオープンを前に、ロボットのOriHimeを片手に意気込みを語ったオリィ研究所の吉藤さん。初日の営業が終わったあと、吉藤さんは店内を眺めながら、つぶやいた。「番田に見せられなくて、悔しいですね。」
 番田雄太さんは、吉藤さんの秘書。今回のカフェの実現を心待ちにしていた親友でもある。4歳で交通事故に遭い、頸髄を損傷した番田さんは、手足を自由に動かせなくなり、20年以上、入院先の病院や自宅のベッドで過ごしてきた。吉藤さんの存在をインターネットで知り、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて連絡してきたのをきっかけに知り合い、2015年から同研究所で活動をともにした。
 番田さんは吉藤さんの机の隣に置かれた20センチの小型のOriHimeを介して、岩手県の自宅や入院先の病院から“出勤”。 顎あご で動かす特殊なマウスでパソコンを操作し、秘書として吉藤さんのスケジュールを管理したり、名刺を整理したりした。
 約3年前のある日、吉藤さんは番田さんに声をかけ、冗談でこう言った。「秘書なら、私の肩もんだり、コーヒーを持ってきてよ」。すると、番田さんは「じゃあ、そんな体つくってくれよ」と返した。今のOriHimeより大きな、番田さんの分身になるロボットをつくる。それを動かして、カフェができたら……。この会話をきっかけに開発が進んだ。

【同じような境遇の人たちに希望を】
 だが、番田さんは昨年9月、28歳の若さで亡くなった。吉藤さんは一時、気力をなくし、夢を見失いかけた。また前を向けたのは、こんな思いからだ。「番田は自分のためだけにカフェをやりたかったわけじゃない。同じような境遇の他の人たちにも、希望を与えたいと言っていた。」ようやく実現したカフェは連日満席。営業日10日間で約900人が訪れるにぎわいぶりだった。

【記者もカフェ体験 取材相手とロボット介して再会】
 記者もカフェを体験。ホットコーヒーを飲みながら、ロボット操作役の「さえちゃん」との会話を楽しんだ。オープン初日には、記者もカフェを体験した。温かいコーヒーをトレーに載せ、ロボットはそろりそろりとテーブルへ近づいてきた。その姿は、湯飲みをお盆に載せて運ぶ「からくり人形」に似て、なんだか面白い。「どうぞお取りください」。到着したロボットに促され、トレーからコーヒーを受け取った。
 ロボットの左胸には「さえちゃん」とニックネームが書かれたプレートが付いている。「さえちゃん」は埼玉県の女性(36)。身体症状症という病気で、吐き気やめまいを起こしやすく、外出が難しい。ロボットを操作しての接客は、約10年ぶりの仕事。「社会から切り離された気持ちが強くなっていたけど、今日は家にいるのに人と関わることができています。自分や難病の人だけじゃなく、育児や介護で悩んでいる人など、いろんな人を外の世界とつなぐ可能性を秘めていると感じました」。仕事の合間、女性はそう語った。

【11月24日付の夕刊で紹介した永広さんとも、ロボットを介して「再会」】
 カフェのオープンを前に、読売新聞夕刊(11月24日付)の記事で紹介した永広 柾まさ人と さん(25)とも、ロボットを介して「再会」した。永広さんは全身の筋力が低下していく脊髄性筋萎縮症(SMA)という難病を患う。わずかに動かせる指先を使ってマウスを操作し、都内の自宅からロボットを動かす。勤務1日目の感想を聞くと、永広さんは「緊張して言葉につまることもあったけど、お客さんに楽しんでもらえたみたいでよかった」と答えてから、「働くって疲れるんですね」と言い添えて笑い声を上げた。共感した記者もつられて笑ってしまった。「ほかにロボットを使って挑戦したいことは?」という質問には、少し考えて「楽器を弾いてみたい。バイオリンの音色が好きなんです」と教えてくれた。今回、操作役の10人には時給1000円が支給される。「給料が出たら、家族に贈り物をしたい」と話している人もいる。

【どんな人も働くことにチャレンジできる未来へ】
 中央省庁の障害者雇用水増しが問題になった昨今、体が不自由な人の働く場所は不足し、周りの理解も進んでいないように思える。人工知能(AI)を活用した技術の登場で、単純労働を中心に、人間の仕事が機械に取って代わられるのではないかと不安の声も聞かれる。
 一方、今回のカフェは、重い障害で外出が難しい人であっても、在宅での仕事を可能にする一つの実例を社会に示した。同研究所は2020年をめどに、常設店の開業や他業種への拡大など、ロボットの様々な使い方を検討していく予定だ。
 吉藤さんは「体が自由に動かせなくても、番田はやりたいことを諦めなかった。ロボットを使って『働きたい』『誰かの役に立ちたい』という思いをかなえてもらえたら」と語る。
 テクノロジーの使い道も、視点を変えれば、多様な働き方を生み出せるかもしれない。どんな人も働くことにチャレンジできる未来に期待したい。
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 ロボットカフェは身障者の方々にとって朗報です。障害のレベルにかかわらず、外部の人達と仕事をしながら会話を楽しみ、おまけに給料ももらえます。従来では病室や自宅に閉じこもらざるを得なかった人々が健常者と同じように働くことができるのです。このようなロボットカフェを全国に展開して、多くの身障者が働き、生きがいにしてもらいたいと思います。さらにAIなどの技術が進めば、遠くない将来にロボットに介助してもらい、買い物もロボットに行ってもらうことも可能です。ロボットのカメラを利用して途中の景色も楽しめます。兵器開発に多大の費用を使う代わりに、本当に人間に役に立つロボットを開発したほうが、老人介助や身障者介護のような社会福祉の点で人類に大きく貢献できます。そのような日が来ることを待ち望みたいと思います。

2018年12月16日

#210 サっちゃんが行ってしまった

 ♪サっちゃん (作詞阪田寛夫、作曲:大中恩)
  サッちゃんはね サチコっていうんだ ほんとはね
  だけど ちっちゃいから 自分のこと サッちゃんって呼ぶんだよ
  おかしいな サッちゃん

  サッちゃんはね バナナが大好き ほんとだよ
  だけど ちっちゃいから バナナを 半分しか 食べられないの
  かわいそうね サッちゃん

  サッちゃんがね 遠くへ行っちゃうって ほんとかな
 だけど ちっちゃいから ぼくのこと 忘れてしまうだろ
  寂しいな サッちゃん

 先日「サっちゃん」を作曲した大中 恩(おおなか めぐみ)さんが死去されました。大中さんは他にも「犬のおまわりさん」などの名曲を残されています。この有名な2曲は今でも多くの幼い子どもたちによって歌い継がれています。この歌についてウィキペディアに次のような説明がなされています。

【サっちゃん】(https://ja.wikipedia.org/wiki/サッちゃん)
「1959年10月10日に開催されたNHKラジオ「うたのおばさん」放送開始10周年記念リサイタル(主催:松田トシ)にて、新曲として発表された。作詞の阪田寛夫は、この歌は「近所に住んでいた少女サッちゃんのことを歌っている」と語っており、サッちゃんのモデルとなった少女は、阿川佐和子であるとされている。阪田寛夫と、佐和子の父・阿川弘之とが知り合いで、互いの自宅も近かったためで、このことは週刊文春で阿川が連載していた対談「この人に会いたい」の中で阿川が阪田と対談した際に判明した。しかし、2011年3月18日放送のTBS系『ぴったんこカン・カン』に阿川が出演した際には、「『実は阿川は関係無く、幼馴染の少し影のある少女が幼稚園を転園したときの思い出を書いた曲』と言われた」と発言している。」

 幼い頃に聞いたり歌ったりした唄はいつまでも心に残るものです。特に童謡・唱歌として親から聞いた子守歌や童謡・唱歌は日本語の美しい語感や音楽のメロディやリズムの素晴らしい感性に基づいた一流の作者による作詞・作曲が行われており、明治時代に作られた歌も時代を超えて生き続けています。この「サっちゃん」もその中の1つでしょう。
 その一翼を担ってきたのが毎日放送されているNHKの歌番組「みんなのうた」だと思います。5分程度の短い放送でありながら、この番組を通して様々な童謡・唱歌が流され、多くの日本人の心の中に音楽の感性を醸成させてきました。この歌番組は「NHK全国学校音楽コンクールと」併せて音楽という媒介を通してNHKの社会貢献のひとつだと思います。
 ところがNHKの最近の傾向として、「みんなのうた」に登場する多くの歌は童謡唱歌のような叙情豊かな歌ではなく、誰に向けて歌っているのか訳のわからない歌ばかり流されています。NHKは民放と異なり公共放送です。極端な偏りのある番組や報道は自ら慎む姿勢を持っているはずです。ところがこの「みんなのうた」は以前と異なり、情緒不安定な歌ばかり流しています。一体誰がどのような基準で選曲しているか、大いに疑問です。
 話題は変わりますが、今年の「平成最後の紅白歌合戦」も同様の傾向が見られます。従来はあらゆる世代を考慮した歌手を出場させていましたが、最近の傾向として特定の世代(特に若い世代)受けを狙った番組作りが見受けられます。これでは公共放送ではなく、民放で放送されているただの歌番組と同じです。その年のヒット曲だけでなく、世代を超えて歌われている歌を多く採用すべきです。そうしないと今まで歌い継がれてきた数々の名曲が失われていきます。人々が口にしなくなった瞬間から歌は消えていきます。換言すれば、時代の波を超えて生き残ったものが名曲となるのです。その意味でNHKは子どもたちが観る歌番組に取り上げる曲の選定に十分すぎるほど気遣っていただきたいものです。

2018年12月09日

#209 平成最後の師走

 月日の経つのは早いもので、もう師走を迎えました。あとひと月で新年を迎えます。今年の師走は平成最後の師走になります。平成時代の師走はもう二度とやって来ません。来年の師走は新しい元号の師走になり、新しい時代が始まります。
 さて平成30年間という年月は皆様にとって、どのような時代だったでしょうか。英語では1世代を30年と規定しています。子どもが生まれ、その子供が成人し家庭を持ち、次の子どもが生まれる間の年月です。確かに30年という時間は長いようで、過ぎ去ればあっという間の短い時間でもあります。
 個人的にはこの30年の間にオーストラリアへ3年間留学したり、妹や両親が他界したり、様々な出会いと別れを繰り返した期間でもあります。また最大の出来事は無料学習塾ニコラを4年前に開塾したことです。
 翻って国際的にはベルリンの壁崩壊後のドイツ連邦の復活や、ソ連の消滅によるロシアの復活、多くの戦争や数えきれないほどの大きな自然災害の発生など、この30年の間に世界情勢が目まぐるしく変化していきました。
 今でも昭和の終わりから平成の始まりの特異な瞬間を覚えています。昭和天皇が崩御された1月7日は静かな朝で始まった記憶があります。街中を歩きましても、不思議に静かな空間に満たされ、国中が喪に服した一日を体験しました。それと同時に新しい元号「平成」がテレビ画面で発表されて、新しい時代への期待と一抹の不安が心の中で交差したことを覚えています。
 この平成の30年間は昭和の時代と異なり、物心両面で様々な変化が起こりました。昭和には存在しなかったインターネットの普及、ケータイからスマホへの劇的な変化、IT革命、オレオレ詐欺やネット詐欺を始めとする詐欺犯罪の拡大など、昭和では考えられなかったような技術革新における進歩や、それに関連する犯罪の深刻化があげられます。
 また昭和時代の後半から平成を通じて国内で深刻な問題のひとつが核家族の増加と、それに伴う引きこもりやニートなどの様々な家庭問題の出現が挙げられます。このことは一般家庭だけでなく、皇室にも及んでます。皇太子妃の環境不適応や最近では秋篠宮家の結婚問題など、平成時代は明らかに家族と個人の問題が深刻化した時代だったと思います。
 さて来年は4月30日で平成が終了し、5月1日から新元号となります。新時代がどのような時代になるか予想がつきませんが、平成時代以上に科学技術が進む一方で、人の心がどのように移ろい行くかが大きな課題となるでしょう。今月は各地で新年を迎える様々な行事が控えています。平成最後の師走を心ゆくまで楽しみたいと思います。

2018年12月02日

#208 無料食堂の挑戦

 寒さも徐々に厳しくなり、空腹の人には堪えられない季節を迎えています。寒い季節を乗り越えるには衣食住が必要となります。そのような季節の中で、3週間ほど前にNHKが心温まるニュースを流しました。奈良にあるとんかつ店による無料食堂の挑戦です。その内容を朝日新聞の記事より引用します。
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【朝日新聞Digital】
『お金無くて腹ぺこ…コソッと相談を 「無料食堂」の挑戦』
https://www.asahi.com/articles/ASL586262L58POMB00C.html

 奈良市神殿(こどの)町のトンカツ店「まるかつ」の壁に、「無料食堂のお知らせ」が今月、貼り出された。「お金がなくて、おなかがすいていたら、相談してほしい。無料提供も考えます」との思いで店長が書いた。「困った時のために覚えておいてください」と話している。
 日曜日の昼下がりに店を訪れると、テーブル席のほとんどは家族連れで埋まっていた。キッチンでは、店長の金子友則さん(41)が真剣な表情でトンカツを盛りつけていた。
 無料食堂の理由を聞くと、「100人来て99人にだまされても、1人の本当に困っている人を救えるならいいのかなと思って始めました」。
 きっかけは、2年ほど前に受けた一本の電話。「ほんまにお金、ないんです」。声の主は、何度か家族連れで来た男性客だった。来店時に改めて聞くと、男性は「病気がちで働けず、生活苦に陥った。妻と子が出ていった」と語った。
 「月末には生活保護のお金が入るので、それまで食べさせてもらえませんか」。その1度だけ、トンカツをごちそうした。
 以来、来店のたびに相談に乗った。最初の1度を除き、男性はきちんと支払ってくれた。今年、久しぶりに男性が来店した。「子どもと一緒に暮らせそうだ」と明るい表情を見せた。
 ほかにも「お金がないが、食べさせてもらえないか」と電話を受けたことがある。飲食店としてできることを考えて、5月4日、A4用紙で無料食堂の貼り紙をした。
 「もしどうしても、お腹(なか)がすいても、お家にお金がないときやお子さんにおいしいものをお腹いっぱい食べさせてあげたいのにご事情があってむずかしいときなどはコソっと店長に相談してください――」
 ツイッターで投稿すると、ひっそりと始めるつもりが、2万件を超える「いいね」が寄せられた。
 事情がある相手とはいえ、無料で料理を提供する試みが正しいのか今もわからない。「『こっちはお金を払っているのに』とほかのお客さんに言われたら、謝るしかないです」
 告知から2週間ほどたち、数人が利用した。金子さんは「ない方がいいんですけどね、こういうのは」と思いつつ、「いつか困った時のために頭の片隅で覚えておいてもらえれば」と考えている。
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 以上の内容ですが、店長の金子さんには本当に頭が下がります。特に「99人に騙されても1人を救いたい」という心意気に熱いものを感じます。ずいぶん前に「一杯のかけそば」という物語が日本中で話題となりましたが、とんかつ店「まるかつ」は現在進行形の実話です。これから年末にかけて様々な募金活動などの慈善活動が行われるでしょうが、すべて一人ひとりの善意に支えられています。少しでも協力したいものです。
 なおNHKニュースをご覧になりたい方は次のHPにアクセスしてください。
http://www.nhk.or.jp/osaka-blog/ohayou/308775.html

2018年11月26日

#207 日仏戦争勃発?

 寒気のせいで今朝は最低気温が大牟田では1.8度を記録し、今秋一番の寒い朝となりました。また最高気温も12.6度となり、晩秋というよりも初冬の一日になりました。季節は日一日と冬に向かって進んでいきます。今週末は冬支度の準備が必要になる週末になりそうです。
 さて、ここ数日間日本だけでなく世界も驚かせているのが日産前会長のカルロス・ゴーンの逮捕劇です。連日テレビや新聞等で報道されていますので、すでにご存じと思いますが、共同通信では本日次のように伝えています。
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共同通信「報酬不記載120億円かゴーン前会長、具体的指示」
https://this.kiji.is/438607481650201697

 金融商品取引法違反の疑いで逮捕された日産自動車の前代表取締役会長カルロス・ゴーン容疑者(64)が有価証券報告書に記載しなかった報酬は、逮捕容疑を含め少なくとも総額120億円前後とみられることが23日、関係者への取材で分かった。ゴーン容疑者が実際の報酬額と報告書に記載する額を、側近の前代表取締役グレゴリー・ケリー容疑者(62)に書面で具体的に指示していたことも判明。東京地検特捜部はこの書面を押収し、虚偽記載の実態解明を進めている。
 逮捕容疑の計約50億円に加え、直近3年間に計約30億円の報酬も記載しなかったとして、特捜部は立件を検討する。
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 今回の事件ではゴーンの単なる報酬の虚偽記載では終わらないような気がします。様々な憶測が飛び交っています。フランスのルノーと日本の日産・三菱は連合関係(不平等提携)の立場を取っていますが、ルノーは元々フランスの国営企業だった経緯があります。ルノーはゴーンをCEOとして残すと発表していますし、たとえ日産がゴーンの会長職を解任してもルノーに留まることになります。日産が経営危機に陥ったときには資本提携でルノーの力を借りましたが、現在は日産の売り上げによる利益がルノーの経営を支えている現実があります。
 様々な報道から憶測しますと、「ルノーが日産と三菱を完全支配下にする計画を日産が見抜き、ゴーンの虚偽記載を発端として日本側が資本提携の解除を画策したのではないか」ということです。フランス側では今回の事件を日本側のクーデターと考えているようです。ルノーにはフランス政府が支援しています。一方では日産・三菱グループには日本の通産省が支援しています。今回の件がカルロス・ゴーン個人の事件として片づけられない様相が溢れています。ルノーは以前にドイツのダイムラー社との資本提携をしていましたが、ルノーがダイムラーを傘下に引き入れる状況を危惧し、ダイムラー資本解消をした経緯があります。
 同じことを日産に対して画策していたのでしょうか。フランス政府とカルロス・ゴーンの動きを読み取り、今回の事件を契機として日産・三菱(日本側)の逆襲が始まったような感がしています。今回の事件がどのような結末を迎えるかはまだ分かりませんが、ゴーンは産業スパイとして日本の技術を他国に持ち出したというような憶測もあります。今回の事件では一企業を通して国家の戦略が見えてきます。いわゆる産業戦争です。武器を使わずにいかに相手国の経済を支配するかが現代の戦争の一形態です。事の顛末は推理小説よりも奇妙な結末を迎えるかもしれません。しばらくこのニュースから目を離せない日々が続きます。

2018年11月23日

#206 猿がスト!?

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 山は赤く 赤く色づいて 
 すすきが風に、風に揺れている
 朝はとても冷たい もうすぐ冬が来るね
 朝はとても冷たい もうすぐ冬が来るね
(♪26番目の秋 岡林信康)

 秋も深まり、木々の葉もようやく色づき始め、青空に紅葉が映える時期となりました。日中は気温が20度前後まで上がりますので爽やかで過ごしやすいのですが、朝晩、特に早朝は10度前後まで下がりますので、洗顔する水が冷たく、冬の到来を感じさせる今日この頃です。
 さて、面白いニュースを見つけましたので、早速引用させてただ来ます。

『高崎山職員サル代役 無料の日“スト”で午前現れず』(西日本新聞2018年11月18日)
 https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/466458/

 野生ニホンザルの餌付けで知られる大分市の高崎山自然動物園は17日、年に1度の感謝デーとして園を無料開放した。餌の減量などを理由にサルが山から下りてこない“ストライキ問題”が続いており、職員は動向にやきもき。午前中は寄せ場に現れなかったため、職員がサルに扮(ふん)して入園客を楽しませた。
 例年5千人が訪れる人気イベント。「主役のサルが不在でも入園客を楽しませたい」と、職員はかぶり物や頬を赤く染める化粧をしてサルに扮し、普段の高崎山の様子を紹介したり記念撮影に応じたりと奮闘した。
 同市の小学3年工藤真菜美さん(9)は、ボスザルが座る切り株の上でポーズを取り“ボス気分”を味わった。「サルに会いたかったけど、いつもなら入れないボスザルの席に座らせてもらえて楽しかった」と、特別サービスにご満悦だった。
 園のサルは、午前中に寄せ場に来ていたC群が姿を見せない日が増え、午後に訪れるB群もわずかな時間で帰るなど出現は不安定。この日は午後1時前からB群が寄せ場に現れ、園は通常の姿に戻った。ガイド担当の職員は「午前中から待っていたお客さんにサルを見てもらえてほっとした」と話した。

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 上記の記事が載る以前に「猿のストライキ」を扱う記事がありましたので、併せて載せておきます。

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『サルが“ストライキ” 餌への不満爆発、山にこもる 大分の高崎山』(西日本新聞2018年11月08日)
 https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/463831/

 大分市の高崎山自然動物園で、餌をやる寄せ場にサルが現れなくなっている。サル数を抑制しようと餌の量を年々減らしてきた園に対し、不満を募らせたサルが山奥に引きこもり“ストライキ”に打って出たのが原因で、群れの力関係も影響しているとみられる。書き入れ時の7、8月の来園者は例年より計1万人以上も減り、普段は穏やかな園で緊張感が高まっている。
 園によると、高崎山はもともと農作物を荒らす野生のニホンザルに餌付けし、観光資源にした施設。山にはB群(約640匹)とC群(約590匹)が生息し、寄せ場には午前にC群、午後にB群が現れるのが一般的だった。
 異変が顕著になったのは今春以降。C群は毎月10日ほどの“欠勤”が続き、9月は連続11日を含む22日間、10月も12日間、姿を見せなかった。B群も来ない日があるほか、わずかな時間で山に帰っていくなど、不安定な状態が続いている。
 園では、一時2千匹を超えたサルを800匹まで減らそうと、約30年前から1匹あたりの餌を少しずつ減量。B群で「餌への不満が爆発した」(職員)ため、餌が豊富な夏から秋にかけて山奥に引きこもるようになったと推察している。さらに餌場を広げようと山の外に出る様子も目撃され、寄せ場に来た時に木の実をたくさん頬張っているサルも確認されている。
 C群は、かつてのリーダー格が恋人を求めて次々にB群に入ったため、急激に弱体化。2016年以降、山の木の実などが減る冬場はB群が寄せ場を占拠するようになった。近づけなくなったC群は「寄せ場に来る習慣自体、なくなった可能性がある」という。
 サルの減少に伴い来場者は大幅減。7月は1万4166人(前年同月比4573人減)、8月は3万1290人(同6758人減)、9月は1万3421人(同4059人減)となった。園は今夏、デザートの芋を「紅あずま」などのブランド芋に変え、「スイーツの魅力」でサルを誘ってきたが、結果には結びついていない。
 さらに園が懸念するのはC群の消滅だ。今の群れの様子は、覇権争いに敗れて寄せ場に来なくなり、02年に消滅を確認したA群と似ているという。C群には、英国の王女と同名で有名になり、「選抜総選挙」で連覇した人気者のシャーロットもいる。
 A群が消滅した直後には、園を去ったサルが付近の畑などで農作物を食べる「猿害」が多発しており、同様の事態も心配している。
 サルたちの今後の動きは予断を許さない。園側は「慎重に経過を観察しながら対策を考えるしかない」と気をもんでいる。
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 猿が餌の量を不服としてストを決行するのですね。元々は野生の猿を餌食して観光にしたのが高崎山の動物園です。他所から猿を連れてきたのではなく、野生として住み着いていた猿を利用しています。猿から見れば餌をくれるので、餌場にやって来ただけなのでしょう。餌が少なくなれば当然猿たちは出て来なくなります。何だか、どこかの国の春闘のストライキに似ているような気がします。「ベースアップしないとストを決行するぞ!」「賃上げを行え!」と叫ぶ声が聞こえてきます。その点猿たちの行動ははっきりとしています。餌をくれなきゃ出ない!、何だかドタキャンした芸能人のコンサートに似ています。猿だといって馬鹿にできません。猿も人間も同じ行動をとる動物なのでしょう。面白い現象です。

2018年11月18日

#205 寺社、団体外国人に困惑

 昨今は世界的に日本ブームで、多くの外国人が日本を訪れています。日本政府も観光業に力を入れており、2020年の東京オリンピックに向けて大々的に観光としての日本を世界に売り込んでいます。多くの外国人が日本を訪れ、この国の歴史や文化、日本人の生活を理解するのは文化交流という点からも、外交の面でもこの国の利益になることであり、親日の外国人を増やすことで武力よりもはるかに効果があります。
 しかし、文化交流はあくまでも出会った人々が礼節をわきまえ、様々な親善活動を行うことで、お互いを理解し、それによって実り豊かな国交が行われます。自分の文化や習慣を他者に押し付けるだけでは文化交流にはなりません。その一例として、次のような出来事が昨日の西日本新聞の一面に載りましたのでご紹介します。
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『寺社、団体外国人に困惑 南蔵院、個人以外お断り 境内で大音量音楽、屋根に上って写真』
(西日本新聞 2018年11月10日)
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/464466/

 巨大なブロンズ製釈迦涅槃(しゃかねはん)像で知られる福岡県篠栗町の南蔵院が、観光で訪れた外国人団体客のマナー悪化を理由に受け入れを停止している。大音量で踊りながら境内の動画を撮るなど「集団になると風紀を乱す行為が目立つ」という。ただし、外国人を全面的に拒否する意図はないとして個人客は断らない方針。マナー違反に苦慮する宗教施設は他にもあり、国が外国人観光客受け入れに力を入れる中、文化の違いからくる摩擦にどう対処するか関係者は頭を悩ませている。
 南蔵院は、「ねぼとけさん」の愛称で親しまれる全長41メートル、高さ11メートルのユニークな釈迦涅槃像がインターネットで話題になり、毎年多くの外国人客が訪れる。
 南蔵院が停止措置を決めたのは約1年前。林覚乗住職によると、数年前から外国人団体客が増え始め、中には境内で大音量の音楽を鳴らして踊りながら動画を撮ったり、寺院の屋根に上って写真を撮影したり、水子地蔵の前で記念撮影するなどの行為も目立つようになった。注意をすると聞く人もいるが、「なぜ怒られるのか」と耳を貸さない人もいるという。
 林住職は「集団心理なのか団体の方がマナーが悪い。外国人を排除しているつもりはなく、祈りの場の雰囲気を壊す人は日本人でも退去してもらっている」と説明する。個人客には12カ国語による注意書きでマナー厳守を呼び掛けている。
 南蔵院はバスツアーを主催する旅行会社などに受け入れ停止の方針を通知しているほか、県や篠栗町などにネットの観光サイトから同院の情報を削除するよう要請。町は「人気のある南蔵院の情報を発信できないのは痛い」とこぼす。
 九州の他の地域でも同様のケースが起きている。熊本県八代市の八代宮では、クルーズ船で大勢訪れる外国人客によるたばこのポイ捨てやごみの放置などが増えたため、昨年8月から約2カ月間、船が寄港する日に合わせ施設を閉鎖。その後、市が警備員を配置するなどの対策に乗り出し、事態収拾を図ったという。
 一方、年間約1千万人の参拝客が訪れる太宰府天満宮(福岡県太宰府市)もトイレを汚すなどの行為に悩まされているが、「受け入れ拒否まではさすがにできない」として特別な措置は取ってないという。
 観光庁は、観光地での外国人客によるトラブルが増加傾向にあるとして実態調査を進めている。「南蔵院のようなケースが増えるようであれば、持続可能な観光推進はできない。調査を急ぎたい」(同庁外客受入参事官室)としている。
 南蔵院の林住職は「国は4千万人もの訪日外国人客の受け入れを目標に掲げているが、現場の苦悩にも目を向けてほしい」と話している。
■日本でのマナー 根気よく説明を
 九州大大学院比較社会文化研究院の松永典子教授(多文化共生教育論)の話 南蔵院の外国人客の受け入れ停止は、そうせざるを得ないほどひどい状況だったということだろう。ただ、文化の違いから起こりうることでもあり、日本で求められるマナーについて根気よく説明する必要がある。国も外国人観光客増加による観光振興を掲げる以上、大々的に相互理解を促すキャンペーンを展開すべきだ。そうすることで外国人客の理解を助け、マナーを巡る衝突回避につながると思う。
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 上記の記事は極端な例と思いますが、心無い外国人観光客による無謀と思える事件が日本国内で多発しています。「郷に入っては郷に従え」と言いますが、海外旅行をする際にはまず観光先の事情を入手しなければなりません。次に訪問先の歴史や文化を尊重し、人々のしきたりに従う必要があります。このことを無視すると必ず現地でのトラブルに巻き込まれます。特に団体旅行では羽目を外し、大騒ぎして現地の人達からひんしゅくを買います。
 これは日本人が海外旅行を解禁された1960年代にも起こりました。その時の生まれた日本人のイメージが、「眼鏡をかけて首からカメラを提げた日本人」です。当時団体旅行が主流だった日本人が世界中から、特に欧米から日本人のなりふり構わぬ行動を非難されたことがあります。さすがに当時から50年が経過し、海外旅行を楽しむ日本人はマナーが素晴らしい、と称賛されていますが、そのような時代があったことを決して忘れてはなりません。
 同様にこの国に観光に来る外国人も日本のしきたりを守る必要があります。自分の行動規範をそのまま訪問先に持ち込んではならないのです。あくまでも訪問地の風習やしきたりに従い、その範囲内で大いに観光を満喫することができます。このことを知らしめさせるのは個人ではなく、国の仕事です。日本政府観光局を始めとする外務省や法務省等が手を組み海外の観光客に周知徹底させる必要があります。外国人も日本人もお互いを理解し、文化交流を深めてもらいたいものです。

2018年11月11日

#204 創立4年目に入ります

 今日は早朝から雲一つない快晴で、秋らしい一日となっています。稲刈りはすでに終わり、田圃は地肌を見せています。昔は子ども達が稲刈り後の田んぼで脱穀した稲穂を利用して秘密基地を作り遊んでいました。今では子ども達が田んぼで遊ぶ光景は見られず、過ぎ去った時代の思い出になっています。
 さて今日11月4日は学習塾ニコラの創立日になっています。4年前の今日開塾しました。以前ブログにも書きましたが、なぜ11月4日が創立記念日なのか?その理由は簡単明瞭です。当塾のある建物の番地が114番だから11月4日なのです(笑)!
 実際、記念日など特別な日がたくさんあればあるほど、結構忘れるものです。例えば親兄弟の誕生日や命日、友人たちの誕生日など、増えれば増えるほど、うっかりして忘れることがよくあります。そこでうっかりミスを防ぐために、11月4日を当塾の創立日にした所以です。
 当塾創立以来4年目を迎えたわけですが、世の中はそれに伴うように多くの自治体や民間に問わず無料学習塾の創立、学習支援活動、子ども食堂などが国内に広がり、多くの子ども達が救われています。また世代を超えて災害地へのボランティア活動や慈善活動などが広がっており、以前に比べてボランティア意識が高まっているように思えます。
 それでも国民レベルで考えますとボランティア意識は欧米諸国と比べてまだまだ低く、山口県周防大島町で行方不明2歳の男の子を発見した「スーパーボランティア」と呼ばれている尾畠さんが今でもニュースで取り上げられるのは、彼の行為が珍しいからでしょう。尾畠さん曰く、「自分は今まで他人から助けてもらってきたので、お返しに奉仕活動を行っているだけです。」この言葉にボランティア活動の神髄があります。彼としては当然のこととして行ってきたことが、「世にも珍しい」としてマスコミが取りあげることが、この国のボランティア精神の低さを示しています。
 誰も一人では生きていけません。特に若い頃は親兄弟を含め多くの人に助けてもらって生きています。人生を歩み、家庭を持ち、子どもが成長し独立して、生活にある程度余裕ができれば、残りの人生は世の中に少しでも恩返しができるように生活ができれば理想的な晩年となるでしょう。作家の五木寛之氏が提唱している「林住期 りんじゅうき(初老/白秋)」(現役を退いたあと質素だがしがらみ(柵)から自由になる時期)を有意義に過ごすためにもボランティア活動は有意義だと思います。私はこの点において「世の中への恩返し運動」を提唱したいと思います。定年過ぎて時間的に余裕がある人は今までお世話になった世の中に恩返しとして、何かの形でボランティア奉仕をすることです。もちろんこれは自分に無理なくできる「身の丈に応じた活動」をすることを意味し、例えば子ども達の登下校の見守りや、町内清掃など、誰でもできることがたくさんあります。また子ども達に教える知識があれば、各自治体が行っている学習支援活動のボランティアとして子ども達に接することもできます。
 高齢者の悩みとして「周囲からの孤立や孤独」が挙げられますが、ボランティア活動を通じてこの孤立や孤独を無くすことができます。また子ども達から感謝されるという「おまけ」までもらえます。人生の晩節において若い時のように自己満足・欲望を追求することではなく、人のために役立っているという意識を持つことがこの人の生きがいとなり、他人とともに生きる「共生」がこれからの時代に必要なことと思われます。ボランティアの精神は誰もが持つことのできるものであり、利他の精神でもあります。

2018年11月04日

#203 老子の遺言(2)

 雨の多い1週間でしたが、一雨ごとに秋らしくなっているようです。夜の虫の合唱は夜間の気温が下がっているせいか、日ごとにその声が小さくなっているようです。冬を迎える前に死に絶えてしまう悲しみの声でしょうか、昨晩はか細い声で鳴いていました。私たちもそろそろ冬支度に入る頃となったようです。
 さて今回のブログも松原老子の珠玉の言葉をお届けします。101歳まで生きて来られた老子の深い言葉を味わって頂きたいと思います。

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「人は順調なときほど墜落の種を蒔き、
    逆境のときにこそ進歩の種が蒔けるのです。」

 あなたがたが今、逆境におかれているとしたら、とても幸福なことなのだと感じていただきたい。なぜなら、それは、あなた自身の人間育成のひとつのチャンスなのですから。
 逆境の中では自分の本意ではないこと、つらくて苦しいことが待ち構えているかもしれません。ときにはそんな人生を恨めしく思うこともあるでしょう。
 でも101年も生きた私が思うのは、いい人生を送るためのカギは逆境にあるということです。逆境をどう生き抜くかで、その後の人生は決まると言ってもいいでしょう。歴史を振り返ってみると本当に伸びている人は逆境に抗うことはなく、むしろ従いながら生きている。そして、もがき苦しみながらも、そこで何かを掴んでいく。努力をして進歩の種を蒔いているのです。
 逆に、人生が順調なときほど人間は堕落の種を蒔いていると思ったほうがいい。やることなすことすべてがうまくいっているときこそ気をつけなければなりません。知らぬ間に傲慢になり、忙しいと、とかく挨拶もろくにできなくなってくる。相手を思いやることもできなくなるから次第に嫌われかねません。つまりは調子にのるなと言いたいのです。調子にのると元も子もなくしてしまう。災いが出てくるわけです。
 もう一つ申し上げると、努力もせずに掴み取った成功は一瞬のことでしかありません。努力することを知らなければ、次第に怠惰心顔を出し、その成功をも消し去ってしまうでしょう。怠惰心というのは本当にクズだと思います。一時の成功に執着し、何もしないままでは生きる意味がありません。
 ですから嫌なこと、気に食わないことがあっても、それはもう浮世の務めだと割り切って従いましょう。その間に未来の自分への勉強をすればいい。逆境を心して乗り切ることで、人間は本当に伸びることができると思います。

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 松原老子の仰るとおり、70年代に高度経済成長で図に乗ったこの国の多くの企業が、先達者のように堅実に働くことを忘れて土地の売買や株式の売買で巨額の富を手にしました。しかしバブル経済が終了するや否や巨額の負債を抱え、多くの企業が倒産の憂き目に遭いました。その影響は今でも続いています。
 またこのことは個人においても言えることです。特に子どもの勉強は忍耐の連続です。「わからない。」「できない。」から逃げることは簡単ですが、それからは何も学ばないでしょう。勉強を通して「我慢すること」「忍耐」を学ぶことで道は開けます。
 また大人は自分の仕事に邁進することで、必要とされる技能を身につけ、それを元に自分の仕事のキャリアを広げることができます。仕事をせずに遊んでばかりいる人間は、一時的に楽な生活を送ることができても、人生のどこかでつまずき倒れます。そうならないように自分の生き方に責任を持ち、辿ってきた道を絶えず振り返ることで、実りある人生を歩むことができるでしょう。
 松原老子は1世紀を超える人生において様々な出来事を経験して英知を身につけ、それを元に日本社会に警鐘を鳴らされました。個人から企業、社会に至るまでいかに堅実に生きることが大切であるかを訴えて生涯を閉じられました。「人間万事塞翁が馬」、「好事魔多し」と言いますが、常に我が身を振り返り、日々努力を続ける大切さを老子は私たちに教えてくれています。

2018年10月28日

#202 老子の遺言(1)

生きる意味とは何なのか?よくそんな質問をされますが、答えは実に簡単です。
すべては他(ひと)のため、自分のためではありません。
人は他の役に立つことを目的に生まれたのです。
自信を持ってください。あなたはきっと誰かのために役に立ちます。

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 上記の言葉は2009年に101歳で遷化された臨済宗の僧侶、松原泰道氏の言葉です。氏が日本人への遺言として著された「つまずくことが多い人ほど、大きなものを掴んで成功している」の冒頭の一節です。次に以下のような文言が続きます。
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 「私は何のために生まれてきたのだろう?」「生きる意味とは?」。これは誰もが一度は心に問いかける大命題ではないでしょうか。しかし、この問題についての私の答えはいつもはっきりしています。
 生きる目的とは他(ひと)の役に立つことです。人間はそのために生まれたのです。自分のためではありません。なかには自分の人生は自分のものとおっしゃる方がいるでしょう。もちろんそれはその通り。ですから自分の人生を通して、いかに他のお役に立つかを考えればいい。なぜならあなたはひとりで生きていくことはできません。他との縁があってはじめて人生を育むことができるのです。
 追々お話ししますが、他のためとは自分のためであることと別物ではありません。他のために何かをするということは、翻って自分のためになるのです。そんな人生観を築くことができたら生きる意味や、やり甲斐を得ることができる。そしてそこに、喜びを見出すことができれば人生はより豊かになるでしょう。
 なに、大丈夫ですよ。あなたは必ず他の役に立つことができる。自信を持って前を向いて、進んでいってください。
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 松原泰道老子の書物は私が若い頃から読み親しんできたものですが、大往生を遂げられる直前まで多くの著書を世に出されました。本日引用しているものは2013年にマガジンハウスより出版され遺作となったものです。仏教関係の著述を通して絶えず私たち日本人に問いかけて来られた偉大な老子のお一人です。一読していただきたい著者の一人です。本書にちりばめられている言葉を最後に引用します。

・「人」はもたれ合いを意味する象形文字。「間」には巡り合いという意味がある。そう考えると、人間の在り方ははっきりとしています。
・ひとりで生きていくことは、誰にもできません。
・長い人生で気がついたのは、つまずくことが多い人ほど大きなものをつかんで成功しているということ。
・人生の中で起きた不幸な出来事は、どこから送られてきたかはわかりませんが、受取人は確実にあなただということです。受け取ったものをどう展開するか、そこはお手並み拝見というところ。
・人に救いを求めてばかりいたら、いつまでたっても幸せにならない。
・読書をしないということは考えることをしないに等しい。本の中には先人の知恵、苦労した人の考え方、何でもかかれています。参考にしない手はありません。
・解決した人生などありません。私自身101歳になった今でもどう生きて行こうか、毎日自問自答しています。
・この世に不変なものはひとつもない。もちろん、変わらぬ愛などありはしない。
・感動できなくなったら、人間は終わり。進歩しません。

2018年10月21日

#201 誰もいない海

今はもう秋 誰もいない海
知らん顔して 人がゆきすぎても
私は忘れない 海に約束したから
つらくてもつらくても 死にはしないと  
(♪トワエモア)

 一日ごとに秋らしくなってきています。この時期は早朝と日中の温度差が一年で最も大きく、最低気温が10度近くに下がりますが、最高気温が24度前後あり、昼間は半袖でも過ごしやすい気候です。しかし、夜はかなり冷えますので、風邪を引いたり、体調を壊したりしますので健康に充分ご留意下さい。
 さて、冒頭の歌詞は伝説のデュエット「トワエモア」のヒット曲「誰もいない海」の歌詞の冒頭です。夏には海水浴に多くの人が海を訪れますが、この時期になりますと朝夕散歩で訪れる人がいる程度で、日中浜辺で戯れる人はすっかりいなくなり、静かな海に戻ります。次に賑やかな海に戻るのは来春の潮干狩りの時期でしょうか。
 人間は現金なもので、自分が必要としているものについては褒め称え賛美します。卑近な例は桜花です。毎年桜の満開の季節には多くの人が身近な公園に足を運び、桜花の下で宴を催しますが、桜の花が散ってしまうと見向きもされなくなります。そのような桜木は来年の開花に向けて人知れずに秋には蕾をつけ、蕾のままで越冬して春にまた開花します。このように考えますと、海にしろ桜花にしろ、人が存在する以前から同じことを延々に繰り返し続けています。変わっていくのはいつも人の心です。
 海で思い出しましたが、昨今世界中で問題になっているのがプラスチックごみの問題です。特にマイクロプラスチックごみは外洋まで達しており、海洋生物に多大な影響を与えています。ニュースでよく引用される動画がウミガメの鼻に刺さったストローを取り出す場面です。ウミガメが痛さのあまり涙をこぼす画面が世界に衝撃を与え、特にアメリカではプラスチック製ストロー全廃に向けて大きな一歩に繋がる要因となりました。このプラスチックごみの影響に関して東京大学は次のようなコメントを出しています。
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 海の生き物に必要な栄養は、まず、海の表層にいる植物プランクトンが、太陽の光を受けて光合成で作りだします。それを小さな動物プランクトンがえさにして、さらに魚などが、その動物プランクトンを食べます。
この動物プランクトンが、植物プランクトンと間違えてマイクロプラスチックを食べてしまっていることが、最近の研究でわかりました。この動物プランクトンを魚が食べ、その魚をさらにサメやクジラのような大型の生き物が食べることで、海の生き物全体にマイクロプラスチック汚染が広がっていくる可能性があります。また、動物プランクトンが栄養のないマイクロプラスチックを食べて満腹になれば、発育不足になって生態系のバランスがくずれるかもしれません。
 プラスチックにかぎらず、物体の表面にはさまざまな物質が付着しやすいので、マイクロプラスチックが生き物の体内に入れば、それと同時に、表面についた有害な物質が取り込まれる可能性もあります。プラスチックそのものに有害な物質が添加されていることもあります。
実際に、魚や貝、水鳥などの体内から、プラスチックや、そこから溶けだしたとみられる有害物質がみつかっています。
 プラスチックのごみは、海流や波、風によって世界の海に広がっていきます。その実態調査には費用も人手もかかるので、全体像を正確に把握できるところまではいっていません。
とくにマイクロプラスチックについては、海面で確認される量が予想より少なく、どこかに行ってしまっているのを見逃しているという見方もでています。相当な量のマイクロプラスチックが、すでに海のどこかにたまっているのかもしれません。
(東京大学海洋アライアンス)https://www.oa.u-tokyo.ac.jp/learnocean/news/0003.html
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 プラスチックは私たちの現代生活にとり必要不可欠なものですが、私たちが気づかないところで様々な悪影響を与えています。それが回り回って人間の生活に悪影響を与えることになります。プラスチックを材料にしたPETボトルは環境ホルモンの一因になっており、私たちの日常生活に忍び寄ってきます。文明の利器を利用する際には将来の影響を考えるだけでなく、地球の生物に与えうる潜在的な可能性にも目を向ける必要性があります。

2018年10月14日

#200 この秋に

 今日は体育の日で、3連休の最終日になります。連休初日は台風25号の影響で九州地方は日中暴風や強風が吹き荒れた天気でしたが、昨日は秋らしい爽やかな一日でした。所用で福岡に行きましたが、電車の車窓から見える田園風景は稲が黄金色に輝いており、稲刈りが進んでいる田圃もありました。空気もかなり乾燥しており、背振山地や久留米の高良山は細かな山肌まできれいに見えるほど空気が透き通っており、秋らしい一日でした。また今日は昨日と同じように晴天の一日ですが、やや湿度が高くて蒸し暑く、室温も29度まで上がり、一転晩夏に戻ったような空気感があります。
 さて、このブログも今回で200回を迎えました。開塾と同時に始めたブログですが、週1回のペースでのんびりと書き続けていますので、不特定少数(笑)?向けに4年近く続けたことになります。この間読んでいただいた方々も累計で6000人を超えました。心より感謝申し上げます。学習塾ニコラが続く限り、このつたないブログ「ひつじの独り言」も続きます。
 ところで、秋と言えば「読書の秋」「食欲の秋」など様々な秋がありますが、皆さんの秋はどのような秋でしょうか。人生もよく四季に例えられます。人生のそれぞれの時期を「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」と表現しますが、秋は「白秋」となります。柳川育ちの北原白秋の「白秋」です。ここで余談ですが、北原白秋の生い立ちをウィキペディアより引用します。
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【北原白秋】
1885年(明治18年)1月25日、熊本県玉名郡関外目村(現・南関町)に生まれ、まもなく福岡県山門郡沖端村(現・柳川市)にある家に帰る。父・長太郎、母・シケ。北原家は江戸時代以来栄えた商家(油屋また古問屋と号し、海産物問屋であった)で、当時は主に酒造を業としていた。1887年(明治20年)、弟・鉄雄が生まれる。またこの年、白秋に大きな影響を与えた乳母・シカがチフスで逝去する。
1891年(明治24年)、矢留尋常小学校入学。1897年(明治30年)、柳河高等小学校より県立伝習館中学(現・福岡県立伝習館高等学校)に進むも、1899年(明治32年)には成績下落のため落第。この頃より詩歌に熱中し、雑誌『文庫』『明星』などを濫読する。ことに明星派に傾倒したとされている。1901年(明治34年)、大火によって北原家の酒蔵が全焼し、以降家産が傾き始める。白秋自身は依然文学に熱中し、同人雑誌に詩文を掲載。この年、初めて「白秋」の号を用いる。1904年(明治37年)、長詩『林下の黙想』が河井醉茗の称揚するところとなり、『文庫』四月号に掲載。感激した白秋は父に無断で中学を退学し、早稲田大学英文科予科に入学。上京後、同郷の好によって若山牧水と親しく交わるようになる。この頃、号を「射水(しゃすい)」と称し、同じく友人の中林蘇水・牧水と共に「早稲田の三水」と呼ばれた。1905年(明治38年)には『全都覚醒賦』が「早稲田学報」懸賞一等に入選し、いち早く新進詩人として注目されるようになる。この頃、少年時代南関の家で本を読み、白秋に本の大切さを教えた叔父が亡くなる。
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北原白秋は多くの童謡の詩も残しています。例えば「雨降り」「ゆりかごのうた」「砂山」「からたちの花」「この道」「ペチカ」「あわて床屋」「待ちぼうけ」「城ヶ島の雨」など今でも多くの人が口ずさむ童謡がたくさんあります。柳川は観光地として多くの外国人が来ていますが、私の母の故郷ですので、私が幼い頃には毎年柳川を訪れていました。ここ数十年は母の故郷を訪問することもありませんが、いつか暇を見つけて遠い昔に母と歩いた田舎道をこの秋に歩いてみようと思っています。

2018年10月08日

#199 グラミン銀行が日本へやって来る!

 前回の台風21号よりもさらに強い台風24号が現在沖縄を通過しています。明日(9/30)は九州から近畿地方まで西日本は台風の影響が終日続きます。前回の台風は関西空港を始めとする多くの重要な施設が大きな被害を受けましたが、今回も大きな被害が想定されますので、台風の進路に当たる方々は充分ご注意願います。
 さてグラミン銀行という言葉を初めて聞かれた方が多いのではないかと思います。私自身も2、3年前に英検の問題集で初めてグラミン銀行のことを知りました。御存じない方々へブリタニカ国際大百科事典より引用します。(https://kotobank.jp/word/グラミン銀行)

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【グラミン銀行】
 バングラデシュの特殊銀行。貧しい人々を対象に無担保で少額融資(マイクロクレジット)を行う銀行で、その創設者ユヌス博士とともに2006年のノーベル平和賞を受賞した。
 グラミン銀行誕生のきっかけは、ユヌスが体験した1974年のバングラデシュの大飢饉(ききん)であった。当時、チッタゴン大学の経済学部長であったユヌスは、貧困のために飢えて死んでいく人々を救う方法を模索し、考え出したのが少額融資による貧困撲滅計画「グラミン・バンク・プロジェクト」であった。少額融資事業を始めたのは1976年からであるが、1983年に特殊銀行として正式に発足、ユヌスはその総裁に就任した。なおグラミンとはベンガル語で「村の」という意味である。
 銀行の株は政府が60%、残り40%をメンバー(1人1株)が保有する。銀行の特徴としては、融資の対象が貧しい人に限定されていることである。さらに融資を受ける人は5人のグループを形成し、担保を必要としないかわりに、返済については連帯責任となる。また毎週集会が開かれ、それへの参加も義務づけられている。グラミン銀行は、融資するだけでなく、この集会を通じて、識字教育、保健衛生の普及、家族計画、職業訓練などのプログラムを実行している。バングラデシュの農村部における識字率は1997年現在で男性44.5%、女性35.3%にすぎず、グラミン銀行の活動は教育の普及、生活向上にも役だっている。イスラム教の盛んなバングラデシュでは、女性の地位が低い。とくに女性が就職や財産管理などの経済活動を行うことを嫌う傾向がある。そのため、グラミン銀行から融資を受ける人は、自分で自由になる金銭を求める女性が圧倒的に多く、2006年ではメンバーの95%が女性で占められ、勤勉な女性が経済的に自立できる例が多くみられている。一方、グラミン銀行に対して、年20%という高金利、相互監視のようなグループ連帯保証などに対し批判の声もある。しかしグラミン銀行で成功したマイクロクレジットは、開発途上国はもとより、先進国にも広がりをみせている。2006年10月現在、メンバー数は667万7000人、累積融資額は57億7000万ドルであり、融資の返済率は99%に達している。
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 この銀行が今秋日本で活動する記事が先日ネットに掲載されました。この銀行は貧しい人にお金を貸すのではなく、貧しい人たちの起業を通して援助し、教育活動も行う団体で、上記の記事のようにバングラデシュで成功を収めています。グラミン日本のHP(https://grameen.jp/about/)から引用しますと、

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 先進国と呼ばれる日本。しかしながら、格差は徐々に拡大し、今では国民の6人に1人が貧困ライン以下での生活を余儀なくされています(*)。現代の日本では、貧困は失職、病気、ケガ、事故、配偶者との離別・死別などによってほとんどの人に起こり得る、明日は我が身の問題になっています。
グラミン日本は、貧困や生活困窮の状態にある方々に低利・無担保で少額の融資を行い、こうした方々が起業や就労によって貧困や生活困窮から脱却し自立するのを支援するマイクロファイナンス機関です。これまでの金融ではカバーされなかった人たち、たとえば働く意欲はあっても今は生活が苦しいシングルマザーやワーキングプアの人たちに、生活資金ではなく、「起業や就労の準備のためのお金」を融資します。
私たちは、働く場所があるということが真の意味で人を貧しさから救う、そして融資資金はそのための種(シード)になると考えています。
グラミン日本は、開発途上国のみならず、欧米先進国でも貧困削減に効果(**)を上げているグラミン銀行の日本版です。日本の実態にあった方法で運営します。
貧困のない、誰もが活き活きと生きられる社会をつくりたい、それが私たちの想いです。
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 確かに生活保護のような生活資金を与えるだけでは生活保護者に働く機会を与えることにはならず、貧困の解消には繋がりません。意欲のある貧困の人達が集まって起業することにより生産性が高まり、それから生じる利益により貧困から抜け出すことができます。ただし、これまでは起業する資金が借りられなかったことが現状でした。グラミン銀行は貧しい人たちの起業を支援する目的で創設されました。一人では何もできませんが、数名集まれば知恵や技術も集まり、そこから起業することも可能です。日本の銀行では資金援助をしない場合でも、グラミン銀行は支援してくれます。日本社会でグラミン銀行が根付くことが今後の課題ですが、貧困にあえぐ人たちが自立するためには必要不可欠な銀行です。これからグラミン銀行に注視していく必要があります。

2018年09月29日

#198 アルツハイマー病は脳の糖尿病だった!?

 今日は秋分の日です。昼間と夜の時間が同じで、明日からは夜の時間が長くなっていきます。また本日はお彼岸の中日でもあり、多くの人が墓参に出かけていくことでしょう。日本以外でお彼岸の習慣があるかどうか分かりませんが、春と秋の彼岸に墓参するのは祖先を敬う意味でも日本の素晴らしい伝統だと思います。
 さて9月21日は「世界アルツハイマーデイ」でした。世界中でアルツハイマー病に罹る人が急速に増えています。本日のブログのテーマである「アルツハイマー病は脳の糖尿病だった」は以前私が読んだ本(『アルツハイマー病は「脳の糖尿病」 2つの「国民病」を結ぶ驚きのメカニズム (ブルーバックス)』)の感想ですが、それ以降の情報が今週の「週刊新潮」で特集記事が掲載されていましたので、ここに取り上げてみます。
 私は専門家ではありませんので、詳細に説明することができませんが、2025年には患者数が国内で700万人を超えると言われている認知症のうち8割がアルツハイマーと言われています。この病気には現在根本的な治療法がありません。換言すれば病気の進行を止める薬や治療法がないのが現状です。現在行われている研究で分かっていることは脳内のたんぱく質であるアミロイドβが溜まることによりアルツハイマー病が引き起こされるということです。
 ところが最近の研究で”アルツハイマーは脳の糖尿病ではないか”、という仮説が出ており、それを元に様々な研究が現在行われています。この説によると、糖尿病患者にアルツハイマーを患う割合が多く、糖尿病と深い関係のあるインスリンがアルツハイマーの発症と深く関わっていることが判明したそうです。「新潮」の記事を引用しますと、
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「健康な状態では、すい臓で作られたインスリンは血液脳関門という、脳にある”関所”を通過して脳で作用する。ところが、インスリン抵抗性の状態(体がすい臓から分泌しているホルモンのインスリンが、標的とする細胞(筋肉や脂肪)に十分作用しないこと)だと、インスリンは血液脳関門を超えられず、脳まで届かない。インスリンは記憶を司る海馬などにブドウ糖を取り込む働きがありますが、インスリンが届かなければそれが出来ず、記憶力が低下する。また、脳の神経伝達物質であるアセチルコリンはブドウ糖で作られるために、インスリンが脳で上手く作用しないと、アセチルコリンの機能低下にも繋がるのです。」
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 人が長生きすことは素晴らしいことですが、人がより長生きすることで以前は発症しなかった老化に関連する様々な病気が発症するようになります。アルツハイマー病も「恍惚の人」や「老人ボケ」などと呼ばれた時代もありましたが、現代では国民病と呼ばれるくらいに事態は深刻化しています。私事ですが、先日若年性アルツハイマー病で私の友人の一人が亡くなりました。
 この病気は誰にでも発症する可能性があり、他人事とは思えません。この病気は患者本人が気づかないままに、発病する20ほど年前に脳内にアミロイドβの沈着が始まるそうで、年を取れば誰にも罹患する可能性があります。アルツハイマー病を始め、根本的な治療法のない病気に対する研究が進み、少しでも病気に悩む人たちへの福音となるように医学研究の進展を望みたいものです。

2018年09月23日

#197 もう一つの時代の終わり

 今日は敬老の日ですが、今朝のテレビ各局のワイドショーで昨日紹介しました安室奈美恵さんのラストライブの特集と樹木希林さんの訃報を報じていました。樹木希林さんは昭和から平成を代表する女優さんで、テレビの「時間ですよ」や、「寺内貫太郎一家」に出演して、特に「寺内」ではおばあちゃん役が大評判で、西城秀樹さんと息の合った配役はお茶の間を毎回沸かせていました。また偉大な女優さんが逝ってしまいました。ご冥福をお祈り申し上げます。
 さて安室奈美恵さんは今年デビュー25周年で引退したわけですが、もう一人今年デビュー50周年を迎えた歌手がいます。マスコミはほとんど取り上げませんでしたが、この人物もおそらく日本の歌曲史上に名を遺すことでしょう。その名は岡林信康です。知る人ぞ知る「フォークの神様」と言われている人です。1968年に「山谷ブルース」でデビューした彼は自作自演の弾き語りスタイルで脚光を浴び、その後はっぴいえんどとロックに挑み、都会から離れた山村での生活を通して生まれた演歌風作品は美空ひばりとの交流につながりました。以降も歌謡ポップス、テクノポップスと演奏スタイル変えていき、現在は日本伝統の民謡のリズムを取り入れたエンヤトットを中心に活動しています。彼の作った歌は決して万人向けの楽曲ではありませんが、彼の主張する生き方や考え方には共感する熱狂的なファンがたくさんいます。多くのミュージシャンが彼を尊敬しています。
 私は中学1年生で彼の歌に出会いましたが、その衝撃は今でも忘れません。それ以来45年ほど彼の「追っかけ」をしています。彼との出会いがなければ音楽を趣味にしていないでしょう。彼は今年72歳になり、本人は明言していませんが、年齢的に現在行われている全国ツアーが最後の活動になるかもしれません。先週の木曜日と金曜日にコンサートが福岡で行われ、私は金曜日のコンサートに出かけました。コンサート会場は普段と違い、70歳前後の老人?が多く集まって、老人会のような雰囲気でした(笑)。彼の容貌はさすがに72歳の年齢は隠せず、歌の大半椅子に座って歌っていましたが、その歌声は若い時と大差なく、伸びのある声が印象的でした。2時間を超すコンサートでしたが、最後まで気力溢れる姿を目にすることができました。もしこれで彼が引退すれば、「フォークソングの一つの時代」が終わります。
 彼の歌の魅力は実生活から生まれた歌詞と旋律豊かな曲のみごとな調和です。そして彼の歌の一番の魅力は歌詞の奥深さです。

♪自由への長い旅
 いつの間にか私が私でないような
 枯れ葉が風に舞うように小舟が漂うように
 私がもう一度私になるために
 育ててくれた世界に別れを告げて旅立つ
 信じたいために疑い続ける
 自由への長い旅を一人
 自由への長い旅を今日も

 この道がどこを通るのか知らない
 知っているのは辿り着く所がある事だけ
 そこが何処になるのかそこで何があるのか
 分からないまま一人で別れを告げて旅立つ
 信じたいために疑い続ける
 自由への長い旅を一人
 自由への長い旅を今日も

 この歌は彼自身が永遠の新曲だと言っていますが、人生を旅に例え、旅人として日々生きていくことを示唆しています。また彼の楽曲で一番好きな歌詞が「山辺に向かいて」です。達観した人生観を表わしています。


♪山辺に向かいて
 緑に濡れている山 赤く燃えてる山
 白い眠りにつく山 いろんな色に
 姿を変えて生命は巡る 街から遠く 
 そんな風に見えた

 山の雪は川に落ち 川は海に注ぐ
 水はいつか空の雲 流れるように
 姿を変えて生命は巡る 街から遠く 
 そんな風に見えた

 無理やり冬を生きてた そんな気持ちがした
 何かをひとつの色に 閉じこめていた
 巡る生命の音が聞こえる そいつに乗れば 
 素敵なことだろう

 いろんな顔を見せてよ まだ見ぬ俺の
 たやすく決めつけないさ 自分のことを
 巡る生命の音が聞こえる そいつに乗れば 
 素敵なことだろう 

 緑に濡れている山 赤く燃えてる山
 白い眠りにつく山 いろんな色に
 姿を変えて生命は巡る 街から遠く
 そんな風に見えた

 Youtube等で上記の歌を一度お聴きください。岡林信康の生きざまが歌の端々ににじみ出ています。彼の魅力の一端に触れることができるでしょう。今年72歳になった岡林信康ですが、50年歌い続けることは並大抵のことではありません。様々な音楽ジャンルを通して自分の音楽スタイルを絶えず追求してきた岡林信康。いつまでも現役で歌い続けて欲しいと思っています。

2018年09月17日

#196 一つの時代の終わり

 昨日は多くのテレビ局で安室奈美恵さんのラストライブのニュースを報道していました。彼女は1990年代から現在まで日本の音楽界をリードしてきた一人です。昨日の具体的なライブの内容は報道管制が敷かれていますので、明日にならないと詳細は分からないそうですが、90年代の音楽界だけでなく流行や彼女の言動など様々な影響をこの国にもたらした人物です。彼女のファンのことを「アムラー」という言葉で表現したこともあります。この言葉が流行った当時、私はオーストラリアにいましたので、この言葉を初めて聞いたときに新しい携帯電話(セルラー・フォン)が発売されたものと思っていました(笑)。現代はすべてネットで情報が入手できますが、1995年当時はウィンドウズ95が発売された時代で、インターネットを通して今ほど情報が簡単に手に入る時代ではありませんでした。特に芸能記事はそれほどネットで拡散されていない時代でしたので、キンキ・キッズという言葉も関西地方に住む子どものことかと思っていたほどです。この言葉の意味を後で聞いて赤面しました(笑)。「歌は世につれ世は歌につれ」とよく言われますが、確かにそれぞれの世代にはそれぞれのアイドルやスターがいて、彼らとともに一緒に過ごした時代を共有します。その人物の引退とともに一つの時代が終わったと感じます。安室さんはその最たるものではないでしょうか。特に30代から40代の人にとって彼女の引退は感慨深いものがあるでしょう。
 もうひとつ昭和から平成の時代の終わりを示すニュースが先日ありました。それは毎年福岡市の大濠公園で開催されていた「西日本大濠花火大会」が今年で終了したことです。今年の花火大会の開催日には大会終了の件について全く報道されていませんでしたが、先日の主催者である西日本新聞紙上で、花火大会終了のあいさつが掲載されましたので、それを引用します。(https://www.nishinippon.co.jp/nlp/event/hanabi/)

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「西日本大濠花火大会」終了のごあいさつ 
 福岡の夏の風物詩として親しまれる弊社主催の「西日本大濠花火大会」は、今年も8月1日夜に行い、多くの市民の皆さまに夜空を飾る大輪の花をお楽しみいただくことができました。誠にありがとうございました。
 戦後まもなく福岡市中央区の福岡県営大濠公園を会場に始めた当大会は、数度の中断・休止を経て今回で56回を数えました。
 半世紀を超す歴史を刻む間に、福岡市は飛躍的な発展を遂げ、大濠公園を取り巻く環境も激変しました。観覧者の増加や急速な周辺開発に伴って、安全な大会運営は大きな曲がり角に来ています。数年来、主催者として観覧者ならびに周辺の安全確保の議論を重ねてまいりましたが、「2019年以降は実施が難しい」と判断するに至りました。楽しみにされる方が多数おられることは重々承知しておりますが、安全確保の観点から断腸の思いで、ここに大会の終了をお知らせいたします。
 長年にわたり、大会運営にご協力・ご支援いただいた関係者、大会を愛してくださった皆さまに心より感謝を申し上げます。
 「西日本大濠花火大会」は1949年、戦没者の鎮魂と戦後復興を目的に始まりました。まだ戦争が色濃く影を落としていた時期です。翌50年の大会開催を報じる西日本新聞紙面は、緊迫する朝鮮戦争の状況も掲載しています。大会は文字通り、平和と豊かな暮らしを希求する戦後日本とともに歩んできました。
 67~78年の間、大会は中断しましたが、福岡市制90年・大濠公園開園50年の79年に復活して以降、大濠公園改修工事(88年)の年を除く毎年開催し、福岡の夏に欠かせない行事として定着しました。多くの方々に愛され、楽しんでいただく大会を主催できたことは、私たちの喜びであり、誇りでもありました。
 大会運営は順調な年ばかりではありませんでした。台風接近でやむなく順延した年もありました。天候不順のため、朝から夕方まで開催の有無を尋ねる電話が鳴りやまなかった年もありました。上空の風が強くて花火の形が乱れた年、逆に無風で花火が煙に包まれた年もありました。花火の燃えさしが近隣の施設や住宅に飛散し、きついお叱りを受けたこともあります。毎回課題に悩みながらも、大会を待ち望んでくださる皆さまを思う一心で改善を図り、これまでやり通してまいりました。
 市街地の大濠公園で催す大会は、国内で他に例のない「全方向から観覧できる都市の花火大会」でもあります。福岡市の成長や交通網の整備も相まって、会場および周辺に集まる観覧者数は毎年40万人を優に超える規模に膨れ上がりました。一人でも多くの皆さまが観覧できるようにと願い、安全対策に努める福岡県警察や福岡市消防局の指導を仰ぎながら細心の注意を払って大会運営に携わってきました。
 それでも、主催者として「安全・安心」の確保に限界もあります。今年は過去最多の警備員、誘導員を投入して場内整理を行いました。出入り口の特設監視カメラも駆使し、危険回避に努めました。混雑具合に応じて細かく入場規制も実施しました。しかし一歩間違えば雑踏事故につながりかねない観覧者の滞留が、随所で発生しました。
 規制に反して入場しようとする方、出入り口以外から会場に侵入を試み、負傷して病院に搬送された方もいました。園児や児童が大切に育てていたヒマワリ花壇が観覧者に踏み荒らされるという痛恨の出来事は、会場の収容人員をはるかに超える観覧希望者が殺到している現状の一端だったとも言えます。周辺道路に人があふれ、多数の座り込み観覧が生じていることもパトカーや消防車の緊急出動を妨げかねず、街の安全を脅かしています。
 今夏の猛暑も混雑に拍車をかけました。多くの観覧者が開始時刻の午後8時の直前まで公園外で待機し、開始と同時に一気に入場する現象が起きました。誘導員が整理に努めましたが、一時は制御能力を超え、身の危険を覚えるほどの事態に陥ったことも事実です。
 幸いにもこれまで、福岡県警察、福岡市消防局、同市交通局をはじめとする運営関係者の努力、観覧者の協力を得て大事故もなく大会を続けることができました。私たちも「何としても大会を維持したい」と、踏ん張ってまいりました。しかし、昨今の現場の混雑ぶりや事故を懸念する数々の指摘、安全対策の限界といった事情を考え合わせると、これ以上の継続は難しいと結論づけざるを得ませんでした。
 「西日本大濠花火大会」を愛し、支えてくださった皆さまありがとうございました。皆さまの思いを重く受け止め、私たちはこれからも街ににぎわいをもたらす催しに取り組んでまいります。変わらぬご支援をよろしくお願いいたします。
西日本新聞社 代表取締役社長
柴田 建哉
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 福岡市民や毎年花火大会を楽しみにしていた多くの人々にとって晴天の霹靂だったことでしょう。いつまでも続けてもらいたい夏の風物詩でした。しかし上記の「終了あいさつ」にありますように、来場者数が限度を超えており、また観客のマナーの悪さや風紀を乱すことを懸念した主催者側の憂慮も充分理解できます。それほどまでに福岡市が大きくなりすぎたと言えるのではないでしょうか。3年前までおよそ40年ほど暮らした福岡市ですが、人口が増えるにつれて福岡の古き良き時代が消えてしまい、大都会にありがちな慌ただしい街へと変化したように思います。そこには博多人の粋な生活はなく、雑多なせわしい日常が存在するのみです。時代が変化するにつれて、良くも悪くも様々なものが変わっていきます。安室奈美恵引退と西日本大濠花火大会終了はその象徴のように思えます。

2018年09月16日

#195 真の意味?

 昨日と本日は秋雨前線の影響で最高気温が25度を下回り、先週の真夏のような天気とは真逆にすっかり秋らしい天気となっています。このまま本当の秋になってもらいたいのですが、まだまだ残暑が続く予報が出ています。また先日の台風21号や北海道の地震で亡くなられた方々に心より哀悼の意を表しますとともに、被災された方々にお見舞いを申し上げます。また日本に近づく台風22号の今後の動きにも注視したいと思います。
 さて日本が中国から漢字を取り入れて2000年近い時間が経ちます。その間に日本でも様々な漢字が作られています。例えば「峠」は日本人が発明した漢字です。このように日本社会では漢字を使用しないでは生活できないほどに漢字の存在が日常生活の奥深く入り込んでいます。また日本人が使う文字も多種多彩で、漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字など日本語学習に取り組んでいる外国人を悩ませています。私たち

”ネイティブ日本人”も日本語の表記には困惑することが多々ありますので、外国人にとっては確かに不可解な言語と思われるでしょう。
 ところで、私たちが頻繁に使用している漢字の中に「真」があります。「しん」や「まこと」と読みますが、元来どのような意味なのかご存知でしょうか。この「真」を明確に説明しているサイトを偶然見つけましたので、ここに引用します。(https://www.epochtimes.jp/2018/09/36014.html)

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 日本人の名前にも「真」の字は男女問わず多く使われており、とても身近に感じる漢字ですが、古代にこの漢字に込められた本当の意味とは何でしょうか。生まれたばかりの赤ちゃんの命名にお悩み中のお父さん、お母さん、気になる異性の名前の意味をひも解きたいお年頃のみなさん、ぜひご参考ください。
今回は第一回目なので、古代の漢字の成り立ちからご紹介します。
【漢字の成り立ち】
 黄帝(こうてい)が治世した時(紀元前2500年ごろ)蒼頡(そうけつ)という史官がいた。彼は、古代から伝わる縄を結んで事を記述する方法で、史実を記した。しかし、時間が経つと、結び目を付けた縄がたまり、何を記録しているのか分からなくなるという問題があった。ある日、彼が狩りに出かけると、三叉路で同行の年寄りたちが言い争いを始めた。ある老人は、その先にカモシカがいるから東へ行こうと言い、もう一人の老人は、その先遠くないところに鹿の群がいるから北へ行くと言う。更に別の老人は西へ行くべきで、その先に2頭のトラがいるからと言い張った。
 蒼頡がそれぞれに根拠を尋ねてみると、皆は地面に残っている野獣の足跡を見て判断したのだと言う。その時、彼は一瞬ひらめいて喜んだ。「一種類の足跡が一種類の野獣を表すことができるのならば、私も符号を使って記録したいものを表現できるではないか」。彼はすぐに走って家に戻り、物事を記述する符号の作成に取り掛かった。人に邪魔されないように、彼は閉じ籠って一心に様々な符号を作り始め、それらを「字」と名付けた。
 最初に造った字は、すべて事物の形態を真似て描いたものだった。例えば「日」は丸い太陽を真似て描いたもので、「月」は夕月の形をなぞったものであり、「人」は人間の側面を、「爪」は鳥獣の爪の形を観察して描いた。彼はこのように細かく万事万物を観察し、大変な苦労を経て様々な字を造り上げた。黄帝はこれを知って大いに蒼頡を賞賛し、各部落に行ってこれらの符号の使い方を教えるよう命じた。こうして、彼が造った字は広く使われるようになった。

【漢字の意味を説明する書「説文解字」】
 中国の漢の時代の許慎(きょしん)が、漢字の成り立ちやその本義を部首ごとにまとめた書を「説文解字(せつもんかいじ)」という。第一回「毎週一字」でご紹介する漢字「真」について、「説文解字」には以下のように書かれている。
 真,漢代許慎《說文解字》曰:仙人變形而登天也,此乃真之本義。
さて、中国語が分かる人も分からない人も、古代に「真」に込められた本当の意味を悟ることができますか。
【「真」の意味】
 漢字の「真」は、上部の「十」と、真中の「目」という文字から成る。「十」は、仏教でいうところの「十方世界(宇宙には十次元、またはそれ以上の異なる次元が存在するという考え方)」を意味し、その下に「目」があることから、全ての次元を見通す「佛の目」を表す。古代中国では、神や佛、仙人などの人間より高い次元に住む生命のみが、真実を見通す力があると信じられていた。彼らは肉体を持たず、自由自在であり、何によっても束縛されないからである。一方、人間は己の主観思想に限定され、人間の肉体が知覚する感覚によって、気分も考えも翻弄されてしまう。
 「真」はまた、中国古代から伝わる道教で非常に重んじられている。道教では、教えに従って修練を積み、「真」を求め、「真人」になることを目指す。真人は、どのような概念、観念、感覚からも解放され、自由自在である。真人の心は完全に「無」であり、だからこそこの世のいかなる要素からも束縛されないのである。
「真」と対象的なのが中国語の「假(うそ)」や日本でもお馴染みの「偽」である。この二つの文字に共通するのは人偏である。嘘、偽りなどは、人間の心から生まれると古代から信じられてきたからである。
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 私たちが何気なく使用している感じですが、「真」の文字だけでもこのような深い意味が込められているのですね。漢字の持つ奥深さを改めて感じますとともに、漢字を生み出した古代中国に敬意を表します。NHKの人気番組「日本人のおなまえっ!」に変った名前が出てきますが、皆さんのお名前にどのような漢字が使われており、それがどのような意味を持っているのか調べると面白い発見があるかもしれません。

2018年09月09日

#194 ブルータス、お前もか

 9月に入り、暦の上では秋になりましたが、まだまだ残暑の厳しい日々が続いています。学校はすでに2学期が始まりましたが、日中の暑さは収まらず、エアコンの設置がない学校では子ども達の健康が心配されます。また私たちの夏バテ解消も涼しい季節を迎えるまで、もう少し時間がかかることでしょう。
 さて、ほほえましいニュースをお伝えしたいところですが、スポーツ界でまた不祥事が発生しました。今度は体操界の不祥事です。記憶に残る不祥事だけでも、レスリングの伊調選手へのパワハラ、日大のアメフト問題、アマチュアボクシング界の試合での不正判定、アジア大会でのバスケットボール選手の買春問題、そて今回の体操界における暴力行為だけでなく、塚原夫妻によるパワハラ疑惑など次々にスポーツ界の不祥事が暴露されています。以前では隠蔽されていたものがSNSなどの発達で世の中にすぐに拡散される時代です。また不祥事に対する人の意識がは変わってきたことも不祥事は発覚一因となるのでしょう。
 スポーツの本来の目的は身体と精神を鍛え、スポーツを通じて人格を向上させることだと思います。確かにスポーツには勝負事の一面があり、アスリート達は勝利に向かって自分自身を鍛え、他者に勝利するために全てを犠牲にして日々猛練習を行います。その中で一握りの選手が栄冠を手にすることができます。特にオリンピックや世界大会で活躍するレベルでは、3,4歳の幼い頃から専門のスポーツに接することが必要となります。幼い頃からの不断の努力の結果、栄冠を手にしたアスリートに対して惜しみない称賛が与えられます。スポーツの持つ素晴らしい一面です。
 しかし現在発生している様々な不祥事はスポーツ界だけでなく、権力を持つ者の持つマイナスの面が現れている気がします。民間レベルでも、国家レベルでも、権力の座に就いた者は自分の言動に絶えず注意して行動しないと、周囲を恐怖と混乱に陥れます。その結果、民間レベルでは企業内で不正が横行し、業績が傾いたり最悪の場合は倒産したりします。大塚家具やヤマト運輸がこの例に当てはまります。国家レベルでは昨今の文科省や財務省の官僚たちが隠蔽行為がそれを端的に示しています
 権力の座に就いた当初は気も引き締まり、様々な課題に誠実に取り組み、実績を残しますが、権力の座に長く留まりますと気が緩み、様々な不正が横行するものです。今回の体操界の不祥事を知り、「ブルータス、お前もか」という気持ちになりました。不義、不正が横行する世の中ですが、せめて努力した選手が正当に報われるスポーツ界であってほしいと思います。

2018年09月02日

#193 さくらももこさん逝く

 昨日「ちびまるこ」の作家であるさくらももこさん死去のニュースが伝えられ、多くの「ちびまるこ」ファンが涙を流しました。さくらももこさんは8月15日午後8時29分、乳がんのため死去されました。心よりお悔やみ申し上げます。このニュースは国内だけでなく、海外でもさくらももこさん訃報のニュースが一斉に伝えられました。いかに「ちびまる子」が国境を越えて、アジア諸国に人気を博した証左となるものです。以下は時事通信のニュースからの引用です。(https://www.jiji.com/jc/article?k=2018082800515&g=
soc&utm_source=top&utm_medium=topics&utm_campaign=edit)
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 1990年代半ばからアニメ「ちびまる子ちゃん」が放映され、絶大な人気を誇った台湾では、主要紙が「美しい子供時代をありがとう」(リンゴ日報)とこぞってさくらももこさんの訃報を伝えた。自由時報は28日、ちびまる子ちゃんの実写ドラマで花輪クンを演じたタレント、汪東城さんの「先生(さくらさん)の全てに感謝している。先生の作品を読むととても幸せな気持ちになれた」と語る追悼の言葉を紹介した。
 韓国の聯合ニュースは「韓国でもアニメが放送され、人気を博した『ちびまる子ちゃん』(韓国放映タイトル「まるこは9歳」)の作者が53歳で他界した」と報道。中央日報(電子版)は、「ちびまる子ちゃんが人気を得たのは、日本人にとって多くの意味を持つ昭和時代の日常を伝えたからだ」と解説した。
 香港各紙も大きく取り上げた。星島日報は「まる子の永遠の笑顔を残して逝く」と題して詳報。現地で放送されたアニメの主題歌を歌った女性歌手の欧倩怡さんは「子供の頃から大好きだった。キャラクターも個性的だった」と振り返り、早過ぎる死を悼んだ。
 シンガポールの中国語紙・聯合早報もさくらさんの死去を伝えた。
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 「ちびまるこ」の主題歌、「おどるポンポコリン」はさくらももこさん自身の作詞で、売上100万枚を記録したヒット曲でもあります。「サザエさん」は昭和初期から中期の時代を反映した漫画ですが、「ちびまる子」の舞台設定は作家の子ども時代の体験を描いた昭和時代の後半から平成始めです。私と同世代の人達にとって、「ちびまる子」を観ていますと、番組内で流される懐かしい歌とともに子ども時代に体験した場面がいたるところに出てきます。次の日曜日の「ちびまる子」は、さくらももこさんを偲び、番組を変更して放送するそうです。世代を超えて家族一緒に楽しめる番組は数少なく、「ちびまる子」はその中の1つです。「サザエさん」のように、作者が逝った後でも、いつまでも続いてもらいたい番組です。故さくらももこさんと、ちびまる子に感謝、感謝です!

2018年08月28日

#192 「ボット」してるんじゃねーよ!

 今日は8月最後の日曜日です。1週間過ぎると9月になります。時の流れは早いもので、今年も3分の2が過ぎ去ったことになりますが、この厳しい残暑の中では残りの日々を数える気にもなりません。とにかく暑い8月でした。猛暑のために日中は何もする気になれず、熱帯地域、亜熱帯地域の人々が木陰で昼間長く休憩する気持ちがよく分かりました。
 さて、NHKで今世代を超えて人気が出ている番組が「チコちゃんにしかられる」です。5歳の女の子が番組のクイズ解答者たちに質問しますが、答えられないと、「ボーっと生きてんじゃねぇよ!」と顔を真っ赤にして叱るチコちゃんを見ていて、思わず笑いが出てきます。たくさんクイズ番組が放送されている中で、異色の面白い番組です。
 「チコちゃんに叱られる!」は見ていて笑いが出る楽しい番組ですが、先日とんでもないニュースが飛び込んできました。本日のブログタイトルの「ボット」の件です。ご存知のない方にNHKのニュース記事より引用します。
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『チケット注文の9割は「ボット」から 買い占め狙いか』
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180824/k10011592101000.html)
 コンサートなどのチケットをめぐり、大手販売サイトでは、注文しようとする通信の9割が「ボット」と呼ばれる自動プログラムによるものだったことがわかりました。チケットの転売が問題となっている中、何者かがチケットを買い占めようと「ボット」を操っているとみて警戒を強めています。
 チケット販売サイト大手のイープラスは、アメリカの大手IT企業、アカマイ・テクノロジーズと協力して、ことし5月に発売されたコンサートのチケットの注文の記録などを分析しました。
 その結果、発売が開始された午前10時から30分間に寄せられた50万件のアクセスのうち、人手では不可能なスピードで大量の注文が送られていたり、サイト上でマウスが極めて規則的に動いていたりするなど、「ボット」と呼ばれる自動プログラムによるアクセスが45万件と全体の9割を占めていました。
 チケットのネット販売をめぐっては、何者かが「ボット」を使って買い占めるケースが続出しているほか、高額での転売も問題となっています。
 このため、イープラスでは、読みにくい文字を表示して客に入力させるなど人間でないと注文できないよう対策をとっていましたが、最近は「ボット」の性能が上がり、こうした対策を突破できるようになってきているため、不自然な注文を遮断する新たな対策を導入したということです。
 イープラスの小西雅春さんは「チケットを買いたい客のほか、イベントの主催者も被害を被っているため、早急に対策を進めたい」と話しています。
 アカマイ・テクノロジーズの中西一博さんは「新たな対策をとるとボットが突破するという、いたちごっこの状況だ。換金性の高いものを狙ってより高度な技術が使われるようになっており、警戒が必要だ」と話しています。
 「ボット」は「ロボット」の略称で、人間がコンピュータを使って行う処理を自動的に行うプログラムのことを指します。
 手作業で検索を行わなくても、あらかじめ設定した言葉や情報をインターネット上やデータベースから拾い集めるといった機能に加え、ソーシャルメディア上で自動的に投稿したり、会話をしているかのように問いかけに応じたりと、AI=人工知能の発展とともに急速に技術が進んでいます。
 「ボット」はマーケティングや顧客対応を効率的に行えるとして活用されている一方で、チケットの買い占めなど金を目的とした活動に悪用される状況が続いています。
 さらに、うその情報を拡散するといった行為やサイバー攻撃に悪用される懸念も指摘されています。
東京電機大学の佐々木良一特命教授は「金もうけを目的としてボットを悪用する組織は、金を惜しまずより高度で複雑なプログラムを作成し、分業化も進む傾向がある。一方で、ボット対策を厳重にすると利用者が使いにくくなる。利便性とセキュリティーはトレードオフの関係にあり、抜本的な対策が難しくなっている」と指摘しています。
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 最近の人気アーティストのコンサートチケットは本当に入手しにくくなっており、特に昨今はネットによるチケット申し込みが一般化しています。以前はチケット販売所前で2,3時間も並べば良い席が買えましたが、現在は座席がすべてコンピュータ指定になっており、希望の席が入手できない状況です。そのような状況下で「ボット」のようなコンピュータによるチケットの買占めには本当に頭にきます(怒!)
 問題は「誰が買い占めているか」です。チケット十数枚であれば個人の可能性がありますが、数百枚単位では組織的に動いている可能性が高いと思います。以前東京でレアものの商品を代理人を並ばせて買い占める事件がありましたが、類似する事件の香りがします。金儲けのためには何でもする浅ましい姿勢はひんしゅくものです。まさに、「ボット」してるんじゃねーよ!です。

2018年08月26日

#191 七夕と公害(2)

 お盆休みも終わり、多くの人々はまた多忙な日常生活に戻っています。子ども達は夏休みの宿題に追われています。多くの学校では2学期の開始日が最近早くなってきています。エアコンを教室に設置しているために、大牟田地区の中学校では8/27日に2学期が始まります。厳しい残暑が続きますが、夏休みも残り1週間ほどで終わりを迎えます。
 さて、前回のブログの続きになります。
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 光害は経済至上主義社会が生み出したものです。というのは、光害の大きな原因となっているのが原子力発電だからです。
 現在日本の発電事業は、火力、水力、原子力の三つに支えられています。水力発電はダムを造り、落下する水の力でタービンを回し発電しています。火力発電は、石油などエネルギー資源を燃やし、その熱でお湯を沸かし、蒸気の力でタービンを回し発電します。原子力発電も、火力発電と同じようにお湯を沸かしてタービンを回すのですが、決定的に違うのは、原子力発電は生産量をコントロールすることができないという点です。
 原子力発電は、核融合エネルギーを用いるため、状況に合わせ発電量をコントロールすることができません。原子力発電は一度動かし始めてしまうと、電気があまり使われない真夜中でも、昼間と同量の電気を生み出し続けなければならないのです。
 電力会社によって深夜の電気使用量拡大策として考えられたのが、観光地の「ライトアップキャンペーン」でした。歴史的建造物や、橋、高層ビルやタワーが明るい光に照らし出される様子は美しいものですが、それによって夜は確実に明るくなり、人類は満点の星空を失いました。植物そのものに豆電球を飾り付ける電飾も都市などで盛んに行われました。夜のライトアップが植物を死滅に追いやっているにもかかわらず、人々は灯りを消そうとしません。
 それはなぜでしょうか。お金儲けにつながっているからです。観光地はライトアップすることで人を集め、都市ではネオンサインを使って自社製品を宣伝します。二十四時間営業のコンビニエンス・ストアが必要以上に明るいのも、人の購買意欲をそそるためです。
 すべてがただお金を儲けるために行われているのです。私たちはもうそろそろ、お金よりも大切なものがあることに気づかなければなりません。そのためには、私たちがこれからも地球で生き残っていくために本当に必要なものは何なのかということを見直すことが必要です。お金儲けを最優先事項にしている限り、人類は崩壊のシナリオを歩み続けるだけだ、ということに気づかなければなりません。
 地球で生きることを大前提とした産業構造や経済構造を考え、移行していくことが必要なのです。命というのは循環です。一つの命が滅びても、生み出された新たな命が生をつないでいきます。自然界でも、動物の死体は食物連鎖の中で別の命の栄養源となり、さらに大きな命の循環を支えていきます。この命の循環はどこかで度を越した余分や不足が出ると、崩れてしまいます。循環は限られたバランスの中でしか維持することができないからです。これが膨大な意識がつくり上げた、このゲームのルールなのです。
 しかし、人間だけが地球上のバランスを崩してしまっています。それは、命の循環よりもお金儲けや自分たちの欲望を優先してしまうからです。
 私たち個々の意識は膨大な意識につながっています。どうすればバランスを維持し、命を謳歌することができるのか、その答えを膨大な知識は知っています。どんな困難に直面しても、人はそれを乗り越えるだけの力を持っています。最後まであきらめずに、どうすれば環境のバランスを整えることができるのか、一人ひとりが自分の問題として取り組んでいけば答えは必ず見つかります。なぜなら私たち一人ひとりが膨大な意識そのものでもあるからです。
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 著者が主張していますように、私たちは電気や水資源などエネルギーの無駄遣いを日々行っています。地球の限りある資源を将来の世代につなぐことを考えないで母なる地球から搾取しています。昨今の地球温暖化はその結果生じたものでしょう。原子力発電も電力会社が主張する様な安価なエネルギーではありません。廃炉に必要な費用を考慮していないからです。廃炉に必要な費用がどのくらい必要かは福島の原発処理が良い例です。また原子力発電で生じた夜間電力を消費するのにNHKを始めとする大半のテレビ局は24時間放送を行っています。特に夜間の番組はショッピング番組など、どうでもいいような内容の番組を放送しており、電気エネルギーを大量に浪費しています。
 私たちは自然と切り離された環境では生存することができません。地球が与える環境下でのみ生きていくことができるのです。今年の夏は世界的に異常気象が発生しました。この事象が今後も続くのかどうか私たちは慎重に見守らなければなりません。宇宙船地球号は人類のためではなく、地球で生活するすべての命のものです。
 なお、著者の木内鶴彦氏は彗星探索家として名を知られています。彼が発見したスウィフト・タットル彗星は周期が135年ですが、次の接近の際(2126年)に地球に衝突する可能性があり、木内氏が主唱して1994年に将来世代にどのような地球環境を残すかを話し合う「将来世代フォーラム」という世界会議ができました。また氏は「臨死体験」ではなく医者が死亡を宣告した「完全死」を体験した人でも有名です。興味のある方は「生き方は星空が教えてくれる」(サンマーク文庫)をご一読ください。

2018年08月19日

#190 七夕と光害(1)

 暦の上では立秋を過ぎましたが、日中はまだ35度を超える猛暑が続いています。それでも早朝や夜は涼しい風が吹き始め、特に深夜に今まで鳴いていなかった虫の音が聞こえてきます。残暑厳しい中で季節は確実に移ろい始めているようです。
 さて今日は七夕と「光害」について述べたいと思います。最近では七夕の行事をを7月に行うことが多くなりましたが、七夕行事は旧暦で行うのが常識です。7月に行いますと、季節は梅雨後半になりますので、梅雨空では夜の星空を目にすることができません。まして織り姫と彦星は1年に1回しか出会えませんので、昔の人は二人に対してそのような酷な設定はしないはずです。旧暦の7月7日(8月の上旬に当たります)に祝ってこそ夏の夜空が楽しめるということです。七夕伝説は古来中国から日本に入ってきていますので、当時の中国の文化が色濃く影響しています。
 ところで、なぜ七夕がこの時期に設定されたかご存知でしょうか。夏の夜空が奇麗だからでしょうか。昔の人は現代のような優れた科学力を持っていたわけではありませんが、現代人よりも自然観察力に秀でていました。もし現代の知識を用いて七夕の時期を説明すると次のようになります。「生き方は星空が教えてくれる」(木内鶴彦著、サンマーク出版)から引用します。かなり長い引用になりますので、2回に分けてお伝えします。
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『夜空の「明るさ」が人類を破滅に追い込む』
 ところで、唐突な質問ですが、みなさんはなぜ1年のうちで七夕の日だけ、織り姫と彦星が合うことができると言われているのか知っていますか?
 実は、旧暦の七月七日というのは、1年のうちでただ一度、半月が天の川の中に位置する日なのです。半月も天の川も、その明るさは共に十七等星と同じです。天の川を形づくる無数の星々もこの日だけは半月の明るさにその輝きが相殺されるため、天の川は夜空から姿を消してしまうのです。天の川の流れが消えてなくなるため、織り姫と彦星はめでたく会えるというわけですね。
 今の都会では、七夕でなくても天の川は姿を消してしまっています。それだけ夜空が明るくなってしまっているということです。
 なぜ、この話を持ち出したかというと、夜空が明るくなっていることが、地球上に深刻な問題を引き起こしているからです。前述の「将来世代フォーラム」の世界会議の最中、彗星や小惑星の地球への衝突を回避させるという私の提案に水を差す人物が現れました。ヨーロッパの植物学者である彼は、次のように言いました。
 「君が言っているのは百年も、百二十年も未来のことだろう。地球はどうせそこまでもたないのだから、そんな計画も結局は無駄になるだけだ。だからやめてしまったほうがいい。」
 私はビックリして、なぜ地球が百年もたないのかと、尋ねました。
 「君は今年(1994年)、ヨーロッパの植物学会で発表された内容を知らないのか?」
 知らないと答えると、彼は実に衝撃的な報告をしてくれたのです。それは17年後には、世界中の植物がいっせいに枯れ始め、約三年ですべての植物が枯れてしまうだろうという調査報告でした。1994年から数えて17年後ですから、2011年には植物がいっせいに枯れ始めてしまうというのです。
 植物の死は、動物の死に直結します。つまりこの植物学者は、2014年にはどうせ人類はみな死に絶えてしまうのだから、彗星のことなど気にするだけ無駄だと言ったのです。
 植物がいっせいに枯れるなんて、そんなバカな 、そう思われるかもしれませんが、この植物学者の言ったことは嘘ではなかったのです。最近、昔よりも夜が明るくなったと感じている人は少なくないはずです。夜空に見える星の数が減ったのは、大気汚染のためばかりではありません。夜空が明るいために、星の明るさが打ち消されてしまっているのです。
2002年7月7日、七夕の日の朝日新聞に次のような記事が載っていました。
 「全国の市民の協力で夜空の「明るさ」を調べたところ、調査を始めた88年以来、今年1月が最も明るかったことが分かった。(中略)02年1月は全国381地点で観察。明るさの平均値は巨大都市(人口100万人以上)が16.9等、大都市(同30万人以上)が17.6、中都市(同10万人以上)が18.0、小都市(10万人未満)が20.4だった。」
 この数字は空の明るさを星の等級で表したもので、数が小さいほど明るく、大きいほど暗いということになります。
 皆さんは「光害」という言葉をご存知でしょうか。これは一晩中消えることのない街のネオンや照明、大気汚染や気象条件の変化などによってつくり出された「明るい夜」がもたらす害のことです。夜空が17等星の明るさというのは、空一面が17等星の星で埋め尽くされたときの明るさなのですが、一般の方にはなかなかピンとこないかもしれません。17等星で埋め尽くされた明るさというのは、実は半月時の夜空の明るさとほぼ同じです。そして夜空にはもう1つ同じぐらいの明るさのものがあります。それは天の川です。そこで冒頭で述べた七夕の話につながるわけです。では、なぜ夜が明るいことが害になるのでしょうか。
 昼間は明るく、夜は暗く、これが自然のリズムです。植物は昼間、太陽の光を受けて光合成を行い、夜の闇では休むというサイクルをもった生き物です。それが一晩中人工的な灯りにさらされているため、ストレスを感じ弱ってきているのです。人間が同じような環境におかれたらどうなってしまうでしょう。つまり、夜になっても寝かせてもらえず一晩中働かされ続けたら、です。眠らないということが、どれほどの肉体的・精神的ダメージにつながるかということは、容易に想像がつくと思います。つまり、光害とは私たち人類の文明が植物に与えている害なのです。
 植物がすべて枯れてしまうと、大気中の酸素濃度はエベレストの山頂と同じぐらいの薄さになると言われています。エベレストの山頂ぐらいなら、息苦しいけれど死ぬほどでもないだろうと思われるかもしれませんが、実際には酸素より二酸化炭素のほうが重いため、人間の生活圏は二酸化炭素に覆われ、酸素濃度はゼロになってしまうのです。
 この危機を回避するためには、1994年から10年以内に、地球上の緑の面積を1984年当時のレベルまで戻さなければならないというのです。その植物学者は、「でも木内さん。今から10年間で地球上の森林面積を10年前の状態に戻すことなどできると思いますか?これは実際には不可能なことです。その証拠に、私がいくら訴えても、どこの国に親書を出しても誰も取り合ってくれなかった。」と、悲しそうに言いました。
 地球の大気の78%を占めているのは窒素です。あとは酸素が21%、残りの1%にその他の成分が含まれています。地球温暖化の原因として取りざたされている二酸化炭素も、大気全体から見ればわずか0.031%にすぎません。しかしこれは大気の平均的な数字で、実際には二酸化炭素は他の成分よりも重たいため、そのほとんどが地上近くにとどまることになるのです。
 地球温暖化の問題から排出量規制が叫ばれるなど、二酸化炭素は悪者扱いされることが多いのですが、植物にとっては必要不可欠なものです。我々動物が酸素がないと生きていけないように、植物は二酸化炭素がなければ生きてきけません。ですから、地球上の動植物が命をつないでいくために求められているのは、大気中の酸素と二酸化炭素のバランスをとることなのです。投げやりな気分になってたその植物学者に、私はさらなるデータの収集を頼みました。
 大気中の二酸化炭素の適切な割合というのは、何パーセントから何パーセントまでなのか、そして現在、標高ゼロメートル地帯にある都市部の二酸化炭素濃度はどのくらいで、それは生存可能範囲のどの辺りに位置しているものなのか、それを知ることができる分布図を作ってほしいと頼んだのです。
 今、自分の国がレッドゾーンに入っていると知れば、先進国もこの問題を真剣に考えてくれるようになるでしょうし、逆に酸素を世界中に提供している国があれば、先進国が援助の手を差し伸べることによって森林伐採を食い止めることができると考えたからです。
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(次回のブログに続きます。)

2018年08月12日

#189 南国バスガイドの汗と涙の奮闘記

 八月に入り、蝉の鳴き声けたたましく、まだまだ35度以上の猛暑が続いています。今日甲子園で全国高等野球選手権大会が始まりました。今年は100回目の記念大会で、例年よりも多い56チームが全国から集い、すでに熱戦を繰り広げています。各県代表の選手たちが思いっきりグランドでプレーできるように熱中症に注意して頑張ってもらいたいと思います。
 さて、テレビで毎日放送される番組ですが、地上波、BS波、スカパーなどのCS波を含め、ものすごい数のチャンネルが24時間中放送されています。中には電波の無駄使いのような私たちの生活に全然役に立たないような番組も多くあります。実際、どんちゃん騒ぎのような、どうでもよい番組がかなり目につきます。そのような中で地元の人々の生活に密着し、励ましてくれるような番組も確かに存在します。
 一例として、毎週日曜日の朝に放送されている「新・窓を開けて九州」(RKB)は九州に住む人々の生活を等身大で見つめる良識ある番組の一つです。今日は宮崎交通に入社した新人バスガイドを特集していました。この番組の内容をRKBのHPから引用します。
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 南国情緒にあふれ九州屈指のリゾート地として栄えていた宮崎県。昭和40年代には「フェニックスハネムーン」がブームとなり、年間37万組もの新婚カップルが宮崎を訪れていました。そんな宮崎の観光に欠かせなかったのが、車内を盛り上げる歌と豊富な知識で観光客をおもてなしする“バスガイド”。観光宮崎を支えてきた宮崎交通には、年に125名がバスガイドとして入社することもあったほど女性が憧れる仕事の代名詞でしたが、現在は在籍しているバスガイド全体でも11名、めっきり減少してしまいました。観光宮崎の復活のためにも人材確保が叫ばれています。
 今年4月、宮崎交通に入社した新人バスガイドはわずか3名。志望動機は「大好きな宮崎の自然をPRしたい」「若いうちにやりたいことに全部挑戦したい」「アイドルみたいにキラキラしているバスガイドに憧れた」など、三者三様。そんな彼女たちが一人前としてデビューするには、3ヶ月に渡る厳しい修行を乗り越えなければなりません。礼儀作法や言葉遣いは勿論、難しい民謡の歌い方も熟練のバスガイド教官に叩き込まれ、膨大な量のガイド文章をひたすら暗記。果たして、全員が無事にデビューすることができるのか?奮闘の日々を追いました。(http://rkb.jp/madoake/)
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 私が担任をしている時に何度か奈良・京都の修学旅行を引率しましたが、ガイドさんの説明する内容や話し方に生徒たちも耳を傾けます。修学旅行を担当するバスガイドさんは比較的若い方が多いのですが、車中内では見学地の説明から雑談まで絶えず生徒たちに気を配り、見学地ではクラスの先頭に立って交通整理や見学地内を案内してくれます。バスガイドさんはガイドをしている間は気を抜けません。また業務上、体調管理にも充分気をつけなければなりません。大変な仕事です。「新・窓を開けて九州」は九州・沖縄の各県に関係のある日常生活の何気ない一面を捉えています。日曜日の朝に視聴者を爽やかな気持ちにさせてくれる番組です。
 また「新・窓を開けて九州」の後に放送される番組「世界一の九州が始まる」は九州を舞台にして活躍している中小企業や農家など日頃私たちが知らない人たちが毎回登場し、世界的な特許製品や、農産物などを紹介してくれます。九州にも多くの優良企業が存在し、地元の将来性を期待させてくれる番組です。今回ご紹介した番組以外にも視聴する価値のある番組がたくさんあります。ネット視聴がテレビ視聴を超えたと言われますが、テレビの役割はまだまだ大きいものがあります。

2018年08月05日

#188 東京オリンピックにサマータイム導入?

 今日から8月になり、台風一過後にまた猛暑が戻ってきました。台風12号はまだ九州の南海上でうろうろしていますが、中国大陸に向けて動き出すようです。今月は統計的にも台風が発生数の多い月ですので、今後発生する台風の進路には充分な注意が必要になります。
 さて、おかしな人が世の中にはたくさんいますが、先日妄言を吐いた人がいます。森喜朗「しんきろう」氏です。彼の提案では東京オリンピックの暑さ対策としてサマータイムを導入するように安倍首相に提案したそうです。この件についてNHKのウェブニュースでは次のように報道しています。
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 東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会の森会長は、安倍総理大臣と総理大臣官邸で会談し、大会期間中の暑さ対策の一環として、夏に生活時間を早める「サマータイム」の導入を検討するよう要望しました。
この中で森会長は、安倍総理大臣に対し、2020年東京大会に関連して、47都道府県を回る聖火リレーの概要や、開会式や閉会式の演出の在り方などについて説明しました。
 そのうえで森会長は「マラソンなど一部競技の日程を朝早くにしたが、それだけで異常な暑さに耐えられるのか。抜本的な暑さ対策を考えなければならない」と述べ、大会期間中の暑さ対策の一環として、夏に生活時間を早める「サマータイム」の導入を検討するよう要望しました。
 森会長によりますと、これに対し安倍総理大臣は「一つの解決策かもしれない」と述べたということです。会談のあと森会長は、記者団に対し、「安倍総理大臣は非常にまじめに聞いてくれた。2020年東京大会を契機にサマータイムが実現すれば、大会の大きな遺産になるのではないかと思う」と述べました。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180727/k10011552261000.html?utm_int=detail
 _contents_news-related_001)
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これに対して菅官房長官は次のように述べています。
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 菅官房長官は30日午前の記者会見で、東京オリンピック・パラリンピックでの猛暑対策をめぐり、夏に生活時間を早めるサマータイムは国民生活に大きな影響が生じるとして慎重に検討する考えを示したうえで、競技時間の前倒しなどの対策を徹底する考えを示しました。
 東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会の森会長は先週、総理大臣官邸で安倍総理大臣と会談し、大会期間中の暑さ対策の一環として、夏に生活時間を早めるサマータイムの導入を検討するよう要望しました。
 これについて菅官房長官は午前の記者会見で、「猛暑対策というのは重要な課題であり、サマータイムは一つの提案として受け止めるが、国民の日常生活にも大きな影響を生じるものだ」と述べ、慎重に検討する考えを示しました。
 そのうえで菅官房長官は「暑さ対策は競技の開始時間の前倒しや沿道の緑化、それに路面の温度の上昇を抑制する舗装などの取り組みを進めており、ハード・ソフトの両面で総合的な対策を徹底したい」と述べました。(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180730/k10011555991000.html)
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 猛暑の中サマータイムを実施して1、2時間ずらしたとしても、根本的な暑さ対策にはなりません。サマータイムの悪影響を森氏は理解していないのでしょう。以前このブログで夏季オリンピックの開催時期について私見を述べましたが(ブログ#158)、猛暑の中での東京オリンピックとサマータイム導入は別件として扱わなければならない問題です。
 まずサマータイムに関してですが、ヨーロッパ各国では3月の最終日曜日午前1時から 10月最終日曜日の午前1時まで実施します。具体的に述べますと開始日の午前1時が午前2時に、最終日の午前2時を午前1時に変更します。オーストラリアで3年間暮らし、サマータイムを体験した私としては、身体が慣れるのにサマータイム開始日から2週間ほどかかりました。わずか1時間の変更でもでも体内時計がおかしくなります。
 サマータイムの発想は特に高緯度のヨーロッパにおいて昼間の長い時間を有効に利用しようとするものです。早く仕事に取りかかり、早く仕事を終えて、個人の自由な時間を大いに楽しむ発想ですが、サービス残業の横行する日本では逆に仕事の時間が増えるだけだと思います。北海道を除いて、それほど高緯度ではない日本国内は仕事終了後の明るい時間はそれほど長くありません。ウィキペディアによると、戦後一時期に日本でサマータイムを実施したこと説明しています。
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 日本において夏時間は、太平洋戦争敗北後の連合国軍占領期にGHQ指導下で公的に導入され、1948年(昭和23年)4月28日に公布された夏時刻法に基づき、同年5月2日の午前0時から9月11日にかけて初めて実施された[3]。以後、毎年5月(ただし、1949年(昭和24年)のみ4月)第1土曜日24時(= 日曜日0時)から9月第2土曜日25時(= 日曜日0時)までの間に夏時間が実施されることとなったが、残業増加や寝不足を引き起こすなどとして不評を呼び、1951年(昭和26年)度はサンフランシスコ講和条約が締結された第2金曜日の9月7日で打ち切られ[3]、翌1952年(昭和27年)4月27日の占領終了と同月28日の条約発効による日本の主権回復に先立ち、夏時刻法は同年4月11日に廃止された。
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 東京オリンピックを機会にサマータームが導入されますと、同じような結果になると思われます。森氏の名前のようにサマータイムが「しんきろう」のように終わってしまう可能性大です。
 問題は「なぜ真夏の時期に夏季オリンピックを開催しなければならないか」という根本的な問題です。すべてはアメリカとヨーロッパの都合で、夏季オリンピックが真夏に回されたことです。秋季開催ではアメリやヨーロッパでの人気スポーツ開催時期と重なり、視聴率が確保できないことが一因です。つまり、アスリート・ファーストではなく、視聴率ファースト、換言すれば、お金ファーストということになります。オリンピックを含め、世の中すべてがお金中心に動いています。世の中で一番強いのは政治ではなく、「お金」です。金さえあれば権力でも何でも手に入る世の中です。困ったものです...

2018年08月01日

#187 夏休みがやって来ました(2)

 夏休みが始まり1週間が過ぎました。小学生の子ども達は以前は朝から友達と暗くなるまで遊び回っていました。その中でも学校のプールに行くのが一番の楽しみで、プールを利用できる指定された曜日と時間帯を楽しみにしていたものです。ところが今年は猛暑のせいでプールを閉鎖する小学校が増えています。
 その理由の一つにプールの水温が33度を超えてしまうことが挙げられています。(プールの水がぬるま湯状態で、かつ湿度100%では発汗作用が無くなり、体温が下がりません。またプールサイドでは日光の照り返しなどの輻射熱のために急激に温度が上がり、熱中症になりやすい状況になります。)東京の小学校で始まったプール閉鎖が福岡市の小学校でも130校以上でプール閉鎖が始まったと昨日のニュースで流れていました。それでも子ども達には待ちに待った夏休みです。普段できないような時間を有意義に過ごしてもらいたいものです。
 子ども達にとっては楽しい夏休みですが、お母さんたちにとっては子ども達が一日中家にいることになり、それだけ家事が増えることになります。食事も子どものために毎日3食作らなければならず、それだけ負担が増えます。お母さんたちの本音は「こどもの夏休みはいらない」ということでしょうか。「夫元気で留守がいい」に通じる部分があるようです。
 ところで高校入試や大学入試を控えている受験生にとって、夏休みは入試の天王山と言われるほど重要な時期になります。この期間の過ごし方によって、その後の勉強の仕方や志望校を変更することになります。全ての受験生に与えられている時間は平等です。特に高校3年生は学校で夏休みの課外授業が8月上旬まで実施されますので、完全な夏休みは1週間ほどしかありませんが、その間の自学自習の時間を工夫することで、かなりの時間を確保することができます。その時間の活用次第で志望校が近くも遠くもなります。猛暑に負けず、日々努力してもらいたいと思います。
 さて台風12号が接近しています。今夜以降に東海地方に上陸し、九州北部は明日の夜以降近づく予報が出ていますが、例年の台風と異なり東から西へ移動する奇妙な動きをしています。今週末は全国各地で夏祭りや花火大会が予定されていますが、関東地方では花火大会の順延や中止が相次いでいます。ここ大牟田では今日と明日が「大蛇山祭り」となっていますが、台風の動きによっては明日の祭りは中止になりそうです。とにかく人騒がせな台風です。台風の勢いで猛暑を連れ去ってくれればよいのですが、猛暑と台風のダブルパンチではたまりません。豪雨の被災地では今でも多くの人が片づけに追われています。台風による大雨が2次災害とならないように天に祈るばかりです。

2018年07月28日

#186 夏休みがやって来ました(1)

 福岡県内の大半の小・中・高校は7月20日に終業式を迎え、夏休みに入りました。今回の西日本豪雨による被災地の学校は避難所として使用されているために早めに夏休みに入っている学校もあります。テレビの報道番組によりますと、被災地の子ども達は夏休みに入っても地元の復興の手伝いをしており、のんびりと過ごしている時間はありません。それどころか、多くの生徒達の教科書や勉強道具が洪水で流されてしまい、勉強どころではないと危惧されます。
 政府は今回の西日本豪雨を被災者の権利や利益を保全する「特定非常災害」に指定する方針を固めました。過去に指定された例は阪神大震災、新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震の4件で、地震以外での指定は初めてとなるそうです。今回の豪雨では甚大な被害が広範囲に及び、多くの被災者が避難所暮らしを余儀なくされており、政府は生活再建や復旧を後押しするためにも指定が必要と判断しました。
 今回の豪雨で感じましたのは、豪雨による被害全体が想定されていた以上に凄まじく、今朝のNHKの日曜討論で参加者の方々が口々に解説されたところによりますと、東日本大震災よりも被害額が超えるのではないかと懸念されていました。今回の豪雨がもし東京首都圏で発生すれば被害額が60兆円を超えると推定されるそうです。
 ある意味では、豪雨は大地震よりも幅広い被害をもたらします。地震では建物が損壊しても、建物内にある家具や電気製品は使用できる可能性があります。また自家用車は建物に押しつぶされない限り使用でき、避難所までの交通手段として、また仮シェルターとしても利用できます。しかし豪雨による洪水ではすべてが流されてしまいます。流れずに残った家屋でも泥水や土に覆われ、建て替えしなければなりません。もちろん家財道具や車も使用不可となります。今回の豪雨災害を目の当たりにして洪水は地震よりも大きな被害をもたらすことを改めて認識させられました。被災地では猛暑の中での復旧作業に追われる日が続きます。健康に充分留意して後片付けをして頂きたいと思います。
 ところで今年の暑さは確かに異常です。天気予報の解説では太平洋高気圧とチベット高気圧が重なり、猛暑の原因となっているそうですが、この暑さは当分続くそうです。実際、エアコンをつけない部屋の温度は日中では34度を超えています。夜になりましても32度前後までしか下がりませんので、夏バテや熱中症を防ぐために一日中エアコンを利用することになりますが、健康維持のために仕方がないことです。私はバッグに小さな温度計を入れています。その温度計では日陰では35度前後示しても、ひなたでは軽く40度を超えてしまいます。天気予報に出てくる各地の温度はあくまでも日陰の気温ですので、街頭では気温が5~6度高いことになります。特にベビーカーに乗っている乳幼児は路面に近いので、保護者の皆さんは充分な注意が必要になります。
 今日は日中の猛暑を避けるために午前中に近くのショッピングセンターまで自転車で買い物に行ってきましたが、自転車に乗っている間は前から風が来ますので、比較的凌ぎやすいのですが、信号などで一旦停止すると汗が全身から噴き出してきます。やはり真夏の時期の体調管理は充分慎重に行う必要があるようです。自分の健康は自分で守りましょう。

2018年07月22日

#185 明日は我が身

いくつかの水たまりを残して 梅雨が駆け抜けてしまえば
湿った風の背中越しに 君の好きな夏が来ます.... (♪「ほおずき」グレープ)

 梅雨末期の豪雨が去った途端、梅雨が去って厳しい猛暑がやってきました。肌にまとわりつくような湿気のある空気感が真夏の始まりを告げています。一昔前の日本の梅雨は上記の歌詞のように情緒深く、しとしと降る長雨の後に眩しい光の夏がやってきたものですが、最近の梅雨は「降れば土砂降り」のように毎年どこかで大きな災害をもたらしています。これも地球温暖化の影響でしょうか。水害だけでなく、地震や台風などますます大きな被害をもたらす自然現象となっています。
 さて前回のブログでも触れましたが、今月5日に発生した西日本豪雨(気象庁は平成30年7月豪雨と命名しました)から1週間以上経ちましたが、この豪雨による死者は200名以上、行方不明者もまだ多数いらっしゃいます。また数多くの被災者がまだ多くの避難所で生活を余儀なくされています。改めてお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。
 特に今回の豪雨被害の状況はニュースの画面を見ながら何故か東日本大震災の状況に似たものを改めて感じさせられました。テレビ画面に映し出される被害状況が本当にそっくりなのです。東日本大震災では被害を受けた家屋や家財道具等が道に沿って並べられていましたが、今回の豪雨によって被害を受けた家財道具等の災害ゴミも同じように道に沿って並べられています。地震と水害の違いはありますが、大規模災害に見られる悲惨な状況です。
 さて今回の豪雨災害の直前に気象庁は特別警報を発し、災害が発生する可能性の高い地域に充分な注意を呼びかけましたが、残念ながら災害への注意喚起が活かされない結果となってしまいました。異常気象が常態化している現状では私たち一人ひとりが身の回りの安全を考える時期に来ています。「自分だけは安全だ」という考えを改めない限り、今回のような災害が繰り返し発生することでしょう。地震は日本国内で暮らす限り、どの場所にも発生します。地震の発生しない安全な場所などどこにもないのです。地震が起こっていない地域はたまたま発生していないわけで、いつ何時大地震が発生してもおかしくありません。大地震が発生しないと思われていた福岡や熊本が良い例です。また台風や豪雨による水害も特に山際や川や池などの水辺で生活している人は普段より災害を想定して生活する必要があります。
 またこのことは自然災害だけではありません。猛暑による断水や熱中症などの生活支障も考慮しなければなりません。気象庁は猛暑による「高温注意情報」を発表しますが、熱中症は一人ひとりが注意して生活すれば防ぐことができます。特に気温が35度を超えるような猛暑日には室内でもエアコンなどで室内温度を適切に保つなどの対策を取る必要があります。犯罪だけでなく自然災害からも「自分の身は自分で守らなければならない」時代です。台風や水害は事前に避難や被害が予測できます。「自分だけは大丈夫」という考えを捨てて、非常事態にすぐ行動できるように普段から災害に備える準備が必要です。

2018年07月15日

#184 ミスター笑点逝く

 この1週間は大きな出来事が立て続けに起こった週になりました。サッカーワールドカップにおける日本チームの活躍、日本国中広範囲にわたる豪雨被害、元台風による北海道の豪雨被害、オウム真理教の幹部7人への死刑実施など良いニュースや悪いニュースが混在した1週間だったように思えます。いずれもこのブログでひと言述べたい出来事ばかりですが、特に豪雨による被害は凄まじく、今日現在で死亡者、行方不明者合わせてすでに100名以上になっています。被害に遭われた方々に心より御見舞い申し上げます。大地震と同様に水害も発生後の片付けが大変です。特に床上浸水に見舞われた家の建て替えや、避難生活など金銭問題を含め、解決すべき問題が山積します。被災者に対し国や地方自治体の速やかな支援が必要です。
 さて、もう一つ大きな出来事がありました。「ミスター笑点」と言われる落語家、桂歌丸さんの逝去です。歌丸さんの残した功績は大きく、人気長寿番組「笑点」の顔として50年以上も活躍されました。また笑点を通じて落語をより身近な存在として国内外の多くの方に紹介し、落語を歌舞伎や文楽と同じような古典芸能の域まで深めた先達の一人だと思います。
 落語を大衆芸能と捉える人が多いのですが、落語で語られる世界は実に奥が深く、小噺の中に多くの教訓や至言、人生訓が含まれています。一例として多くの人がご存知の「寿限無」という落語があります。「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ・・・」で始まる落語です。冒頭は誰でも口ずさむことができる有名な一節ですが、五劫の擦り切れの意味を知っている人は意外に少ないのではないでしょうか。
 「劫」は時間の長さを表わす言葉ですが、どのくらいの長さでしょうか。一説によりますと、十里四方の大きな岩があり、その岩の上に3千年に1度天女が天から舞い降りて、羽衣の裾でその岩を触ります。するとほんの少し岩がすり減るそうです。それを繰り返し、すっかり岩がすり減って無くなるのが「劫」という時間の単位だそうです。それを5回繰り返すほど長生きしてもらいたい、という親の願いが「劫」という言葉に含まれています。「寿限無」は多くのめでたい言葉をつなぎ合わせて生まれた子どもの名前にする落語ですが、出てくる言葉の一つひとつに奥深い内容があります。ぜひ文字で読んでいただきたい落語の一つです。なお古典落語を分かりやすくまとめたものが講談社や角川文庫から出版されていますので、手軽に購入できます。
 桂歌丸さんは無くなる直前まで寄席やテレビなどで落語を語っていた仕事一筋の方でした。「自分から落語を取ったら何も残らない。」「楽になりたいので今苦労しているんだ。楽になるときは、目を閉じたときだ。」などの名言を残しました。後世に名を遺す名落語家のお一人です。今頃は故円楽師匠と笑点の思い出話を語り合っていらっしゃることでしょう。

2018年07月08日

#183 絵本作家の役割

 昨日は九州北部が梅雨の集中豪雨のために北九州市や長崎の壱岐などに洪水警報が出されましたが、今日は一転して梅雨明けのような晴天が朝から続いています。関東地方はすでに梅雨明けし、厳しい暑さが続いています。関東地方が6月中に梅雨明けするのは観測史上初めてということで、本格的な夏の到来とともに水不足が心配されます。また新しく発生した台風の進路も気にかかります。現在沖縄に接近していますが、明日以降九州に近づきますので、期末試験を実施している学校では試験日の変更などが懸念されます。
 実は私も本日は朝から期末試験の問題を作成していました。何とか試験問題が出来上がりましたが、試験の時期にはいつも原稿の提出期限が迫った作家のような気分で問題作成に取りかかります。調子がいい時にはすぐに問題が完成するのですが、調子が悪いと(気分が乗らないと)あれこれと考え時間だけが過ぎ去ります。何度も見直して加筆修正しますが、満足のいくものにはならず、ため息ばかりが出てきます。
 さて試験問題を作成しながらテレビを見ていましたら、NHKの「プロフェショナル仕事の流儀」で今年5月に亡くなられた、かこさとし氏の特集を再放送していました。NHKのHPによると『「からすのパンやさん」など数々の名作を生み出した絵本作家・かこさとしさんが、5月2日、亡くなりました。私たちは3月から1か月間、創作の現場を取材しました。死期が迫っていることは、ご自身もご家族も悟っていました。「生きた証しを遺(のこ)せるなら…」と、かこさんは取材に応じてくださいました。これは“追悼番組”ではありません。最後まで、絵本作家として生きた一人のプロフェッショナルの記録です。』と述べています。私も仕事の手を止め、しばし番組を見ながら、かこ氏の最後のお姿や重病にもかかわらず仕事に打ち込むその姿勢にプロとしての姿勢を改めて学ばせていただきました。
 どの仕事もそうですが、初めから天職というものはありません。自分が始めた仕事を通して様々なことを学び、職場や仕事先の人間関係を通して人生や生き方を学びます。その延長が天職となります。様々な職業がある中で、子どもたちに夢を与える素敵な仕事の一つが絵本作家ではないかと思います。かこ氏関連の記事を朝日新聞のページから引用します。
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1926年、現在の福井県越前市に生まれ、東大工学部を卒業。終戦後、昭和電工に勤める傍ら、休日を使って医療や教育などに困難を抱えた人々を支援する「セツルメント活動」に力を注いだ。軍国少年だった自らへの悔いが背景にあったという。戦災にあった地域の子どもに見せていた自作の紙芝居が、福音館書店の編集者だった松居直さんの目にとまり、59年に絵本「だむのおじさんたち」でデビューした。
 「かわ」「海」「地球」など、子どもの好奇心を引き出す科学絵本も数多く手がけた。専門家に取材して最新の知見を盛り込みつつ、語りかけるような文章に加え、挿絵や図版を多くして理解を助けるよう心を配った。ラオスやベトナム、オマーン、中国などで識字活動や障害児教育にも取り組んだ。紙芝居や一般書を含めた作品は700点を超える。
 約29万点の資料をもとにまとめた「伝承遊び考」全4巻の完成などが評価され、08年に菊池寛賞を受賞。13年に「からすのパンやさん」の続編4冊、「どろぼうがっこう」の続編2冊、14年には「だるまちゃん」シリーズの新作や半生を語った「未来のだるまちゃんへ」を出版するなど、最近まで盛んな創作意欲を見せていた。 (https://www.asahi.com/articles/ASL574GBLL57UCLV00K.html)
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 まだ文字が読めない子どもにとって絵本は様々な夢や情報がつまった宝物です。絵本を通していろいろなことを知ることができます。かこさんは絵本だけでなく大人も理解するのが難しい内容の科学を子ども達にも理解できるように、分かり易い図表を用いて分かりやすく説明した方でした。「絵本は子どもだけのもの」と大人は思いがちですが、大人も楽しむことができるのが本当の絵本です。絵本は子ども達に夢を与え、その知的好奇心を刺激して、彼らに将来の生き方にも通じるような考え方の土台を作る手助けをしてくれます。かこ氏のご冥福をお祈りします。

2018年07月01日

#182 ゲーム依存症は疾患!

 昨日沖縄地方では梅雨明け宣言がありました。沖縄では毎年6月23日は沖縄戦の犠牲者を悼む「慰霊の日」であり、沖縄県内各地で追悼行事や慰霊祭がありました。沖縄南部の糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園では県など主催の「沖縄全戦没者追悼式」が営まれました。沖縄と九州では梅雨の期間がひと月ほどずれますので、九州地方はこれからが梅雨本番になります。昨年は福岡県や大分県を中心に集中豪雨の被害が相次ぎましたが、今年は未然に災害を防ぐ手段をできるだけ講じて、被害者を出さない工夫が必要です。
 さて先日気になる記事が新聞やテレビで報道されましたので、目にされた方も多いことと思います。以下に朝日新聞のHPより関連記事を抜粋します。
(https://www.asahi.com/articles/ASL6K741TL6KULBJ009.html)
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 スマートフォンなどのゲームのやり過ぎで日常生活に支障をきたすゲーム依存症が「ゲーム障害」として国際的に疾患として認められた。世界保健機関(WHO)が18日公表した、改訂版国際疾病分類「ICD―11」の最終案に明記された。来年5月のWHO総会で正式決定される。ICDは日本をはじめ多くの国が死因や患者の統計、医療保険の支払いなどに使う病気やけがの分類。
 厚生労働省の調査では、成人約421万人、中高生約52万人がゲームなどのネット依存の恐れがあると推計されているが、政府は依存を防いだり依存傾向のある人を早期発見したりするための対策をほとんどとっていない。ゲーム障害が国際的に疾患として認められたことで、予防対策や適切な治療を求める声が強まるとみられる。
 ゲーム障害は、依存性のある行動で日常生活に障害をきたす精神疾患の一種とされた。日常生活に支障が出てもゲームを優先する状態が12カ月以上みられる場合で、症状が重い場合はより短期で診断できるとした。ただし、飲酒同様、ゲームをする行為自体が問題とされたわけではない。
 国内で初めて専門外来を開いた、国立病院機構久里浜医療センターの樋口進院長は「公式な疾患になることで、ゲーム障害は本人の意志が弱いからではなく、治療が必要な病気だと理解してもらえるようになって欲しい」と話す。
 日本企業も加盟する米国のゲーム業界団体など20カ国以上のゲーム業界団体がゲームに依存性はないと反対している。WHO担当者は「科学的な根拠に基づき疾患に加えた。各国は予防や治療態勢の計画を立てるべきだ」と反論する。
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 以上が記事の抜粋ですが、WHOもついにゲーム依存症を疾患として認定したようです。なおこの疾患の定義をまとめると、
・ゲームをする時間などを自分でコントロールできない。
・ゲーム以外の出来事や関心事の優先度が低くなる。
・日常生活に支障をきたしてもゲームを優先する。
こういった状況が12カ月以上続くと「ゲーム障害」と認定される。深刻な場合にはより短期でも診断される(同記事)、ということです。
 確かに、多くの世代で携帯等を使用してゲームに夢中になっている人たちを通勤途上でしばしば見かけますが、「ゲーム」に関わらず、スマホ依存症もこの類の疾病と定義してもよいと思います。なお、このスマホ依存症については脳生理学の立場で別の機会に述べてみたいと思います。
 ゲームは確かに面白く、気分転換や暇つぶしに最適のツールですが、依存症になるほどのめり込んでは人生が終わってしまいます。この点でパチンコなどのギャンブル依存症に似た様な生活状況を作り出します。物事には中庸(ほどほど)が肝心です。

2018年06月24日

#181 他人の目線が気になる

 今週は沖縄、奄美地方が台風による大雨に見舞われましたが、北部九州では晴天続きで湿度も低く、梅雨の中休みが続いています。しかし天気予報によりますと週の中頃より梅雨空になる見込みで、それまで今しばらく爽やかな日々を楽しめそうです。
 さて、私たちは良くも悪くも他人の目線が気になるものです。他人が自分のことをどのように感じているかは老若男女関わらず常に関心の中心にあります。「自分が何者であるか」は自分自身が評価するよりも、他人の意見を参考にすることが役立つ場合が多々あります。それは自分が気づかない一面を他人は感じているからです。このことは個人だけでなく国と国の間にも存在します。例えば私たち日本人が他国の人たちからどう思われているかは、日本人が自ら自国の文化や日本人像を再認識するのに役立ちます。また私たちが当然と思っている事柄が他国の人々から見て驚くほど奇妙であったり、尊敬に値するような事柄であったりします。そのような日本人の一面を扱っているサイトがネットに沢山ありますが、私が時々アクセスしている面白いサイトがサーチナ(http://www.searchina.net/)というサイトです。ここは日本旅行を体験した一般の中国人が日本や日本人をどのように見ているか、本音で評価をしているサイトです。私たち日本人に対して批判する意見もありますが、概ね日本に対して好意的で、中国政府がマスコミ等を通して表明しているような嫌日本感は全くありません。それよりも日本人の習慣や考え方を評価する意見で溢れています。例えば次のような書き込みがあります。

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『こういう設備は、気配りの日本人だからこそ作れるのだと思う!=中国メディア』
(2018-06-14より抜粋)

 中国メディア・今日頭条は13日、「これらの創意あるデザインは、日本人だからこそ発想できたのではないか」とする記事を掲載した。
 記事は、「自分は日本人を恨んでいるが、それでも日本の創意ある設備や人にやさしい生活用品の数々には感嘆を禁じ得ない。中国人にとっては大いに参考になるものばかりだ」としたうえで日本で見かける、細かい配慮が感じられる事物について列挙している。
 まずは、トイレに関する話。温水洗浄便座や消音装置の完備といった点はすでに周知の通りということなのか、紹介されていない。記事は、「どの個室が空いているかを知らせる案内板がついたトイレ」、「トイレには専用のスリッパが配備されている」、「非常時にトイレとして使うことができるイスを備え付けたエレベーターがある」とした。
 続いては、乗り物についてだ。駅で電車を待つ人がちゃんと整列していること、足湯のサービスがある列車が運行されていること、喫煙デッキを備えた列車があること、ボタンを押すとスピードを抑えてより安全走行してくれるタクシー、合理的に枠が配置され、しかも、利用者がちゃんと枠内にきれいに駐車している駐車場などを挙げている。
 また、旅行中でよく見られる点としては、団体観光客が自分の荷物を見つけやすいように、スタッフが空港の荷物受け取りターンテーブル前でトランクを色別にきれいに並べる光景、ホテルの部屋にはベッドごとにライトスタンドがあり、隣で寝る人の邪魔をすることなく本を読んだりできることに言及した。
 記事はこのほか、スーパーなどの商業施設に冷蔵用のコインロッカーがあること、ATMの横に傘や杖のほかにドリンクカップのホルダーも用意されていること、病院などで表に記入する場所に老眼鏡が置かれていること、缶飲料の上部に何の飲み物であるかを示す点字が打刻されていることなどを紹介している。
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このように私達には当然と思っていることが他国の人々からは驚異の目で見られています。中国だけでなく、東南アジア諸国や欧米各国の人々も日本人に対して尊敬の念を抱いている人が多く見られます。私たち日本人は他国の人からそのような評価をしていただいていることを常に自覚して国際理解や協調に努めていかなければならないと思います。

追記 上記のブログは主に中国人の目線から見た日本人および日本文化への評価ですが、世界各国の人々の日本への評価は次のHPを参照してください。
【海外の反応」パンドラの憂鬱 http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/

2018年06月17日

#180 異常な世界

 この一週間で報道されているニュースに人間の異常性が感じられます。昨晩の臨時ニュースは新幹線内の殺人事件でした。航空機ではチェックインする際に厳しい荷物検査が義務付けられていますが、JRや民間の電車ではまったく荷物検査はありません。当然乗客は安全と思い車両に乗り込むわけですが、今度の事件をきっかけに第2、第3の類似事件が発生しないかと心配になります。言いかえれば、通り魔殺人事件が電車内で発生するようなものです。航空機と違い、電車内に警備員や警察官がいない状況では自分の身は自分で守るしかないようです。これでは電車内で居眠りもできません。
 またここ数日ニュースに登場しているのが「紀州のドンファン」と言われる男性の不可解な死です。遺体から大量の覚せい剤が見つかりましたが、警察は殺人事件とみて捜査しています。また彼の愛犬の遺体も掘り起こされて捜査の対象になっています。彼の自宅には多くの監視カメラが取り付けられており、現段階では不審者の姿は報じられていません。現場にいたのは若い妻と家政婦のみ。それでは誰が彼を殺したのか?ミステリー小説のような何とも言えない不可解な事件です。
 そして多くの人が涙を流した事件が「目黒虐待死」です。文字を覚え始めた5歳の女児の親への哀願は涙なしでは読めません。全部ひらがなで書かれていますが、毎日新聞よりその一部を紹介します。

 ママとパパにいわれなくってもしっかりとじぶんからもっともっときょうよりかあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします
 ほんとうにおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおす これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだから やめるから もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします


両親の悪行は言うまでもありませんが、児童相談所が虐待の状況を把握しておきながら行政として何もできなかったのは問題です。児童虐待や家庭内暴力(DV)に対しては行政側は条例等を改正して積極的に介入すべきだと思います。そうしないと同じような虐待事件が何度も繰り返されます。実際今この時に虐待されている子ども達がたくさんいるのです。犠牲になるのは特に弱い幼い子ども達です。10代の子どもと違い、幼い子ども達はどんなにひどい親でも唯一の信頼できる存在として自分の親を妄信します。親に気に入られるためには自分を犠牲にしても何でもやり通そうとするのです。実際この女児は親が寝ている午前4時に起きて電気をつけずに暗い中で文字を書く練習をしていたそうです。覚えたての文字を使って上記の「遺書」と思える文を書いたのでしょう。この事件に関する記事は涙なしには読めません。梅雨空の中、天も涙しています。
 全く異常な世界が私たちの目前に展開されています。人間の神性が忘れ去られ、猛獣以上の残虐性や獣性が野放しにされている現在です。身の安全は自ら守る時代になったのでしょうか?

2018年06月10日

#179 流れる星は生きている

 前回のブログで九州北部の梅雨入りに少し時間がかかるとお伝えしましたが、何とその翌日に梅雨入り宣言が出てしまいました(笑)。それでも週の後半は晴天になり、梅雨の中休みが続いています。今日も朝から快晴です。
 さて話題が代わりますが、友人との出会いには何か運命的なものを感じさせます。例えば小学校の頃は同じクラスで親しい友人でき、毎日のように一緒に遊んでいても、学年が変わりクラスが変われば何となく疎遠になった経験がありませんか。同じように中学時代や高校時代で親しい友達ができても、卒業して学校が変わり、お互い生活する環境が変わればいつの間にか疎遠となっていく傾向があります。そのような時間の経過の中で、友情関係が続いて行くのが本当の親友と言えるのではないでしょうか。
 また友情が始まるのにいくつかのパターンがあります。最初に出会って意気投合して友情が長く続くパターンや、何となく飽きてしまい、直ぐに分かれるパターン。また気になる人がいて、こちらから話しかけたいけれども、何となく躊躇してしまい、その後しばらくして何かのきっかけで話しかけると、その後一生続くような友情が築かれるなど、様々な友人との出会いがあります
 これは本との出会いにも言えると思います。書店で本のタイトルや表紙に魅かれて読み出したけれど、期待したほど内容が面白くなく、途中で読まなくなったり、何となく気にはなるけど、なかなか手にしない本もあり、その後何かのきっかけで購入し読み出すと、とても面白く、最後まで一気に読み終えてしまうようなものもあります。人と同じように外見で判断してはいけないということです(笑)。
 前書きがかなり長くなりましたが、今日のブログのタイトルは知る人ぞ知る名著「流れる星は生きている」(藤原てい著)です。私が初めてこの本を見つけたのは高校時代の頃で、今から数十年前のことになります。最初は天文学の本かと思い、手にしても何となく中身を読み出すまではいかず、結局購入しないで長い年月が過ぎてしまいました。ところが最近ふとこの本のことを思い出し、頁をめくると朝鮮半島の地図が載っており、終戦直前の満州からの脱出劇を一般人の目で詳細に述べてある本だということを知りました。そこで購入して読み出すと最後まで一気に読んでしまいました。ちなみに著者の故藤原ていさんの御主人は新田次郎さんです。私はこの事も知りませんでした(只々赤面です!)。
 この本はソ連の満州侵攻直前直後の満州や朝鮮半島の状況を実体験を通して事細かく記しており、当時朝鮮半島を脱出することがいかに過酷であったか。また幼い子供3人を抱えて食料も不足している状況で、いかに子ども達の命を守ったかを母親の立場で詳しく述べています。また日本人同士でありながら朝鮮半島脱出の過程でお互い助け合ったり、反目し合ったりする様子も詳しく書かれています。当時の脱出劇がいかに悲惨なものであったか、またその途中で多くの日本人が差別に合い、死んでいったかを事細かに書いてあります。
 この本の刊行は昭和24年で、私が生まれるずっと以前のことです。この本は当時日本国内でものすごい反響を呼び、映画にもなったそうです。本のタイトル「流れる星は生きている」は戦争当時、南方にいた部隊の二人の兵隊さんが作詞、作曲した歌の歌詞の一部から採っています。この曲はYouTubeで聴くことができますので興味ある方は検索してみてください。なおこの本には日本に帰国後に著者の故郷の長野県諏訪市に帰るまでを描いていますが、著者の生い立ちや帰国後の生活を詳しく知りたい方は自伝的小説「旅路」を併せてお読みください。両著とも中公文庫から出版されています。一読する価値のある本です。

2018年06月03日

#178 自転車に乗って(2)

 九州南部はすでに梅雨入りしましたが、九州北部は入梅までにもうしばらくかかりそうです。梅雨時期には高温多湿になりやすいので、天気の良い日にできるだけ室内の清掃や庭の草取りなどを行いたいものです。また食中毒も発生しやすい時期になりますので、食事や健康管理に注意して生活していきたいものです。
 さて今日も朝から快晴の一日でした。午前中買い物ついでに1時間半ほど自転車で移動しましたが、湿度が低く爽やかな風が吹いていました。サイクリングには最適の一日となりました。先日の雨で洗われた木々の緑がいっそう鮮やかに輝いています。
 ここ大牟田は有明海沿岸にあり、高い場所に上りますと有明海を一望できます。また大牟田川や諏訪川の河口に行きますと目前に有明海が広がり、遠く佐賀や長崎まで見渡すことができます。普段は天気や湿度の関係でで遠くの山々が霞んで見えないことが多いのですが、今日は遠く北は佐賀県の背振山地、西は有明海対岸の長崎県鹿島市や太良町と多良岳、諫早市の街並みがきれいに見渡せました。実際対岸の建物が小さく並んでいるのが視認できました。また南の方に目を向ければ雲仙岳(普賢岳)が高くそびえ、麓の島原市内も一望できました。このような日は年に数回しかなく、自転車に乗ってわざわざ大牟田川河口まで行ったのは正解でした。
 天気の良い日はできるだけ外で体を動かしたいものです。前回のブログでも述べましたが、自転車は健康や体力維持にも役立ちます。また車による移動と異なり、自然に吹く風を満喫できます。また景色の見え方も違ってきます。車を運転しているときは風景をじっくり楽しむことができませんが、自転車はペダルを漕いでいる時や、立ち止まっている時に好きなだけ景色を楽しむことができます。自転車は自然に優しい究極のエコカーです。雨の季節を迎えるまでもうしばらく楽しみましょう。

2018年05月27日

#177 自転車に乗って(1)

 今日は風が強く、夕方から少し曇ってきましたが、それでも朝から快晴で気温や湿度が低く、梅雨入り前の爽やかな一日となりました。あと10日もすれば北部九州で入梅となりますので、今日は5月最後の晴天の休日になるかも知れません。
 さて今日は久しぶりに自転車の掃除を行いました。毎日移動に使用していますので、あちこち埃がこびり付いており、時間をかけてきれいにふき取ってあげました。またクランク(ペダルのついている部分)の根元がガタついていましたので、自転車屋に持って行き、ベアリングの部品交換と後ろのタイヤを交換してもらい、全部で7千円ほどかかりましたが、また元のように快適に乗ることができました。
 人口が最盛時の半分ほどになった大牟田ではバスの便数も減らされ、どこへ行くにも不便を感じます。自宅の近くのバス停では以前は15分おきにバスが来ていましたが、現在は1時間に1本しかなく、バスが来ない時間帯もあります。そこで活躍するのが自転車です。自家用車は長距離を移動するには便利ですが、ガソリン代や税金など予想以上に維持費がかかります。その点自転車は市内を移動する程度でしたら、バスを待つ必要もなく、道路の渋滞でイライラすることもありませんので気楽に移動できます。また自転車に乗ることで軽い運動にもなりますので、交通費の節約と健康のために一石二鳥です。
 ただ唯一困るのは雨の日に自転車が使えないことです。合羽を着て乗るのは可能ですが荷物が濡れてしまします。そこで雨の日には職場まで歩いて行くことになります。雨に日には少し早起きして、歩く時間を考慮して早めに移動しなければなりません。それ以外は四季を通して(冬でも)、自転車は重宝する移動手段となります。大事に使用すればタイヤや部品交換するだけで5,6年は乗ることができます。皆さんも健康のために、また気分転換に天気の良い日には自転車を利用しましょう。

    自転車にのって ベルを鳴らし
    隣りの町まで 嫌なお使いに
    そして帰りにゃ 本屋で立ち読みを
    日が暮れてから おうちに帰る
    自転車にのって 自転車にのって
    ちょいとそこまで歩きたいから     ♪高田渡「自転車に乗って」より抜粋

2018年05月20日

#176 ヤングマンと澄子さん逝く

 今週の前半は真夏のような日が続いていましたが、今日は一転梅雨のような一日で、湿度が高く、断続的に雨が降り続いています。梅雨空に合わせるかのように昨日と本日続けて訃報が飛び込んできました。
 昨日から西城秀樹さん死去のニュースを各テレビ局トップニュースで報道しています。西城秀樹さんと言えば、芸能人では言わずと知れた大スターです。1970年代から現在のような「アイドル」ではなく「スター」として大活躍し、輝いていました。また歌手だけでなく俳優としても才能を発揮しました。特に私が好きだったテレビ番組「寺内貫太郎一家」では小林亜星さん演じる貫太郎と長男周平役の西城さんが繰り広げるちゃぶ台返しの取っ組み合いに毎週日本中の人々が腹を抱えて笑ったことを思い出します。
 大歌手としての彼の数多い歌の中で、私は特にブルースカイ・ブルーが好きです。その理由は大学生時代にバンドを組んでいましたが、ライブで演奏するために私はベースギター担当として、この楽曲のフレーズを必死で覚えたことをつい昨日のように懐かしく思い出します。西城秀樹の名前はいつまでも「ヤングマン」の代名詞として芸能史に輝くことでしょう。
 本日もうひとり大スターの死去が伝えられました。加山雄三「若大将シリーズ」でヒロイン役と務めた「澄子さん」こと、星由里子さん訃報のニュースです。彼女に対する私の印象は、私が小学校の頃に怪獣映画と若大将映画がカップリングされて上映され、彼女はどちらの映画にもヒロイン役として登場されました。もちろん1960年代から銀幕の女優として数多くの映画やテレビドラマに出演され、活躍されてきました。現在でもBSテレビやスカパーなどで若大将シリーズや怪獣映画が時々放送されますが、テレビ画面には若かりし頃の星由里子さんの姿がまぶしく輝いていると同時に、あの頃の懐かしい時代を振り返ってみたりします。若大将シリーズと怪獣映画の2本立てで上映されていた古き良き時代の銀幕スターです。懐かしい昭和の香りが漂っています。お二人のご冥福を心より祈りたいと思います。

2018年05月18日

#175 魑魅魍魎の世界

 久しぶりに雨が降っています。今日の仕事は雨が降る前に冬に使用したダウンコートとマフラーを近くのクリーニング店に持って行き、その後庭の草取りをすることでした。当塾には部屋の南側に16畳ほどの小さな庭があり、春になるとすぐ草が生えてきて、ほおっておけば森のようになってしまいます(笑)。午前中に雨が降る前に何とか大きな草を抜いてしまい、これで2週間ほどは大丈夫でしょう。これから晩秋までは草との壮絶な闘いが続きます(笑)。
 さて本日のブログのタイトルですが、いま魑魅魍魎(ちみもうりょう)が世界に広がっています。ビットコインなどの仮想通貨の話です。昨晩NHKで面白い番組を放送していました。NHKスペシャル「仮想通貨ウォーズ~盗まれた580億円を追え」(再放送は5月17日(木)午前1時となっています)という番組で、NHKのHPでは次のようにこの番組を紹介しています。

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前代未聞、史上最大の“580億円分”の仮想通貨が交換会社から流出した事件。仮想通貨の普及を図る国際団体「NEM財団」は、流出した仮想通貨NEMに目印をつけて追跡を続けていたが、先月、追跡を停止したことを発表した。犯人側は匿名性の高いダークウェブを介して、巨額のNEMをビットコインなど、別の仮想通貨に交換。もはや犯人側の“勝利”かと思われた・・・。しかし、警察や財団とは別に、独自に犯人を追跡しているITのスペシャリスト「ホワイトハッカー」たちは諦めていなかった。「こうした事件を放置すると仮想通貨の未来が揺らぐ」という信念の元、各国のホワイトハッカーが犯人包囲網を構築し、交換後も追跡が可能な“独自のプログラム”を開発し、交換に関わった人物から情報を集めるなど、サイバー空間を舞台に一進一退の追跡劇が続いているのだ。果たして犯人は何者なのか?知られざるハッカーたちの攻防に密着する。
https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180512(予告動画あり)
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 見ていて背筋がぞっとするような番組でした。この番組は今年の1月に国内大手の仮想通貨交換所コインチェックから580億円が盗まれたその後を追跡しています。犯人を追跡する数名の天才的ハッカー達と犯人との攻防をドキュメンタリー形式で追跡した番組です。私の背筋が寒くなったのは次の事柄です。
 悪事をするためにはお金が必要です。一例として中東のISが国家を維持するためには莫大な金が必要でした。不当に獲得した原油を売ったりして国家を維持していました。資金が無くなりますと国家を維持することができません。ISが消滅した原因の1つは資金の枯渇です。
 ところが近年簡単に大金を手にすることができるようになりました。仮想通貨を盗んで現金に換金することです。コンピュータプログラムを作り出す知識があれば、その知識を用いて簡単に仮想通貨を手に入れることができる現代世界です。世間の人々はビットコインを始めとする仮想通貨に投資して金儲けしようとする投資熱に浮かされていますが、あくまでも国家が運営する現実の金銭ではありません。いつ無くなるかもしれない仮想の金銭です。私はどうしてもこの状況が80年代のバブル期の国内の投資熱と重なってしまいます。仮想通貨がうまく運営されているときには問題は起こりませんが、一端不況や紛争などが発生しますと仮想通貨は雲散霧消してしまいます。文字通り何も残りません。
 この番組を通して見えてきましたのは、世界を動かしているのは国家や経済ではなく、すべてが金だということです。つまり金を所有する者が国家や経済を動かし、人間をも動かし、この世を支配しているという現実に改めて気づかされました。本当に恐ろしい魑魅魍魎の世界です。

2018年05月13日

#174 #ThankYouIchiro

 今年のゴールデンウィークも残すところあと2日となりました。昨日までは晴天でも強風が吹いていましたが、本日は穏やかな天気になり、行楽には絶好の一日となっています。近くの大牟田市動物園には多くの子ども連れの親子で賑わっています。大牟田市も多くの来園客に対応できるように、大牟田駅から動物園まで臨時の無料バスを運行しています。
 さて昨日はイチロー選手に関するニュースが世界中を駆け巡りました。国内外のマスコミはこぞってイチロー選手に関するニュースをトップ扱いで報道していました。イチロー選手本人もインタビューでこの日が来ることを覚悟していた様子でしたが、「球団の会長付特別補佐」としてシアトルマリナーズに「生涯雇用」の肩書で残るそうです。今季は選手として試合には出ませんが、来季は選手として出る可能性も残っているそうです。今後イチロー選手はいつもの通り選手に同行して練習をするそうです。
 しかしイチロー選手にとっては実質上の引退と思われます。今季成績が振るわなかった上、外野手が5人もいては活躍する選手が最優先されます。また選手登録枠数の問題もあります。アメリカ人は活躍する選手に対して本当に称賛しますが、不振な選手に対してはブーイングが起こり、下部組織への移動や引退解雇など厳しく対応します。イチロー以外の選手でしたら、今回即解雇または自由契約となることろでしょう。シアトルマリナーズはこれまで素晴らしい実績を残してきた偉大なイチロー選手に最高の敬意を表して今回の措置を決めたのでしょう。球団の大英断に喝采を送りたいと思います。なお本日のブログタイトル#ThankYouIchiroは米大リーグ公式ツイッターで、『「#ThankYouIchiro」のハッシュタグ(検索用ワード)をつけて動画を投稿。鋭い送球で走者を刺す「レーザービーム」や07年のオールスター戦でのランニングホームランなどを紹介し9時間で41万再生を超えた。』とあります。参考にご覧ください。

2018年05月05日

#173 高校の「朝課外」揺れる現場

 今日で4月が終わり、明日から5月になります。新学期が始まり、あっという間にひと月が過ぎたことになります。福岡県内の高等学校では2020年の大学入試改革に備えて、様々な改革が行われています。また文科省でも新形式の入試に備えて全国の指定された高校で新形式の模試を繰り返し、そのデータを集めています。入試改革に備えて待ったなしの状況が続いています。
 さて冒頭のタイトルですが、これは西日本新聞で現在取り上げている福岡県内の公立高校の朝課外についての報道です。(詳細はhttps://www.nishinippon.co.jp/nnp/anatoku/article/410668/をご覧ください。)福岡県内の公立高校では1970代より「朝課外」の名目で普通科の高校を中心に早朝7:30頃より授業が行われています。ほとんどの学校で生徒に授業を強制的に受けさせており、この朝課外授業に対して不満に思っている生徒が少なくありません。この状況に対して県教育委員会は各高校に対して朝課外授業の状況を調査しており、朝課外を選択制にするように通達しています。当塾に通っている生徒の話によると、今年度から朝課外が選択制となり、学校の対応の苦慮が見られます。
 私が聞いた話では朝課外授業は鹿児島県から始まり、現在九州各県で行われています。この習慣は関東や関西では見られませんが、70年代当時大手の予備校が九州に進出していなかったので、都会の生徒の学力に追いつこうと、授業時間を増やすために始まったと考えられます。その背景には大学入試の合格者を増やそうという各学校の思惑があります。特に普通科の公立学校では大学入試合格者数によって評価される傾向があり、入試結果は教員の人事移動にも影響します。
 生徒の中には早朝から授業を受ける意味がないと考える者も多く、この点で学校側と生徒側の意識のずれがあります。また朝課外授業だけでなく、放課後の課外授業もあります。放課後の課外授業も多くの学校で行われており、たいていは16:00~18:00まで授業を行っている学校が多くあります。生徒たちはその後部活動に参加し、福岡市内の県立学校の生徒達は7時半過ぎに校門を出ています。
 70年代と異なり、各県には大手の予備校があり、そこで勉強する生徒も多い現状では、果たして高校生にとり朝課外が必要なのか、この朝課外については今後も検討する大きな課題だと思います。

2018年04月30日

#172 生きていくあなたへ(3)

 緑がますます輝き始める頃になりました。近くの国道の花壇にはポピーやスミレの花が咲き乱れています。今日も朝から晴天ですが、空には少し霞がかかっています。さて昨日から大型連休に入りましたが、皆様はどのように過ごされるおつもりでしょうか。当塾はお盆休暇、年末年始休暇、年度末休暇以外は休まず授業をしていますので、大型連休中も平常通り授業をおこないます。
 さて故日野原先生の言葉を本日まで抜粋したいと思います。「生きていくあなたへ」には他にも多くの珠玉の言葉がありますので、是非一度お読みください。

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Q:どうしたら先生のように、年をとっても若く元気でいられるのでしょうか?
A:お若いですね、とか元気ですね、と言っていただけるのは、素直に嬉しいものです。僕は食べることや健康習慣だけでなく、美容にもそれなりに気を使っているのです。実は、この年末に、肌のしみとりにもチャレンジしてみたのです。人間には外見を整えることで、人に会いたくなったり、積極的な気持ちがわいてきたりする心が備わっているのだと実感します。
 そういった外見の若さというのも大事ですけれど、もし僕が若々しいと言われるのだとすれば、一番の原因は、常に新しい自分との出会いを大切に過ごしているからではないかと思います。
 過去の自分にこだわり、自分のやり方はこうだとか、自分はこういう性質だ、ということを決めつけず過ごしています。だから毎日が自己発見の連続なのです。
 その中には、日常の小さなことから、人生を変えるような重大なものまで様々あるのですが、特に大きく自己を見つけられたのは、苦難に遭ったときや病気を患ったときに多かったように思います。
 人間というものは苦難にあわなければなかなか目が覚めない。
 105歳まで長寿を頂いた僕ですが、実は子どもの頃から身体が弱く、結核や腎臓炎を患ったりと病気がちでした。そして今も心臓に病を抱え、思い通りにいかないあれこれの連続です。しかし病は僕にたくさんのことを教えてくれました。
 ルカによる福音書に、「貧しい人は、幸いである」「今泣いているものは、幸いである」という言葉がありますが、病を抱えている僕にはこの言葉の意味がよくわかります。
 人間というのは不思議なもので、苦しいとき、逆境のときにこそ自分の根源と出会うことができるのです。病や苦難によって、新しい自分を見つけたら、その恵みを受け取ると同時に、過去の自分の皮を脱ぎ捨てましょう。常に「キープ・オン・ゴーイング(前に進み続けよう)」。
 若々しさの秘訣にもつながる僕の大好きな言葉です。
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 幼い子ども達は常に自分の周りのものに興味を持ち、「何?どうして?」と近くの大人に問い続けます。日野原先生も仰るように、常に新鮮な気持ちで生きることが若さを保つの秘訣でしょう。年を取れば取るほど、物事を分かったつもりになり、感動することが無くなる傾向になりますが、世の中は常に変化していきます。例えば若い世代は古い世代には苦手なスマホを使いこなしています。何歳になっても世の中の動きに注視し、様々なものに興味を持って生きたいものです。生きている限り、これで終わりということはありません。常に新しい自分と出会いたいものです。
 それでは大型連休を有意義にお過ごしください。

2018年04月29日

#171 生きていくあなたへ(2)

 ここ数日間各地で真夏のような天気が続いています。昨日は30度を超えた場所が多くあったそうです。ここ大牟田でも最高気温が26度ほどでしたが、空気が乾燥していますので、木陰に入ると涼しく、爽やかな気分になります。
 さて本日も日野原先生の「生きていくあなたへ」から抜粋したいと思います。

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Q:離婚を経験し、もうこんな思いはしたくなくて、新たな出会いを求められずにいます。
A:どんな出会いにも、いつか必ず別れの時が来ます。
 僕も妻も長く夫婦でいましたが、結局死によって分かれる時が来ました。人はいつか必ず別れなくてはいけない。どれほどつらくても、曲げようもない事実であり、受け入れなくてはいけません。
 出会いは感動を伴うけれども、その幸福感が大きければ大きいほど、別れの時に覚える喪失感も大きいものですね。でも生きることと死ぬことの片方だけを選べないように、出会いと別れというものも、どちらか一方だけをとるというわけにはいかないのです。出会いと別れというのは1つのものなのです。
 出会いに感動しながらも、この感動の正体はどこにあるのだろうと、さらにむずむずしてしまう、そんな経験があなたにありませんか。出会いがもたらしてくれる感動の本質が何であるのかということは、その人と一緒にいる間には、すぐにわからないものなのだと僕は感じます。別れなければ、出会ったことの意味、本当の喜びを知ることはできません。
 別れというものはすでに出会いの中に含まれているものだとすると、別れたくないからもう新たに出会いたくないという人もいるかもしれませんね。でも人は生まれてきた時から、他人と出会わずに生きていくことはできないのです。
 愛する人と別れ、こんなつらい思いをするならいっそう出会わなければ楽だったのではないか、という気持ちになる日もあると思います。あるいは、たくさんの別れに心が疲れ、新たな出会いを避けたり恐れたりする気持ちになることもあるでしょう。人間とは弱いものです。
 別れというものは本当に悲しいものですね。それでも別れるべきその日が来たならば、ただ悲しさを感じて終わりにするのではなく、別れが教えてくれる「出会いの意味」に目を向けてみてほしいのです。別れとは、出会いの中にあり、悲しく静かに僕たちが出会った本当の意味を再確認させてくれるものだからです。たくさんの別れを経て、感動の正体を探し続けた今、僕は改めてそう感じているのです。
 『星の王子さま』にこんな別れのシーンがあります。王子さまが、自分の星に大切な薔薇(ばら)を置いてきてしまったことを後悔し、「絆(きずな)を結んだ人と交わした約束には永遠の責任があるんだ」と言って帰っていくとき、王子さまは地球で出会った、大切な真の友である飛行士にこう告げます。
 「悲しみはいつか和らぐよ。いつかその悲しい気持ちが和らいだら、僕と出会ってよかったって思うよ」
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 日野原先生が仰る通り、出会いと別れは表裏一体をなすものです。これは人の出会いだけではなく、ペットとの出会いや、書物など物との出会いも含まれます。大切にしていた指輪や本を失くしてしまうことも1つの別れでしょう。身近な人や物や健康などは自分の周りに存在する間は、その大切さが分かりませんが、失って初めてその価値に気づくものです。

2018年04月22日

#170 生きていくあなたへ(1)

 4月も早や中旬を迎え、青葉がますます煌めき始める頃となりました。昨日は低気圧通過のせいで、九州地方はかなりの雨量となりましたが、それがかえって新緑の季節に色合いを添えています。
 さて本日から数回にわたり故日野原重明の最後の対談集である「生きていくあなたへ」(幻冬舎刊)から抜粋したいと思います。この本は日野原先生が亡くなられる半年ほど前に対談形式で録音したものを編集したものです。先生の最後の肉声が聞こえてきます。また、あとがきに先生最期のメッセージが載っています。今日はその中から印象に残ったものを取り上げてみます。

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Q:先生は命の尊さを伝える活動を続けてこられましたが、命とはどんなものなのでしょうか?
A:命とは目には見えないけれど確かに存在する、エネルギー体のようなものです。ではそのエネルギー体はどこに存在するのかということですよね。僕は長年、命の尊さを伝えることを使命として、「命の授業」というタイトルで全国の10歳の子ども達と交流してきました。僕は子ども達にこう問いかけます。
「命はどこにあると思う?」
 そうすると子ども達は心臓のあたりを指したり、脳みそと答えたりするのです。
 心臓は身体を動かすために働いている単なるポンプのようなものに過ぎないよ。脳みそはいろんなことを考え出す機能を持った身体の一部でしかないんだよ、そして、「命というのは君達が使える時間の中にあるんだよ」と子ども達に伝えてきました。僕は続けます。
 君達は今、毎日朝ごはんを食べて、学校に来て勉強して、友達と遊んで……。これは誰のためにしてると思う?すべて自分のためだよね。君達は、子どものうちは与えられている時間を全部自分のために使いなさい。だけれども、君達が大きくなったら、その時間をほかの人のため、社会のために使わないといけない。そう気づく時が必ず来るよ。だから大きくなって大人になったら、君達の時間をできるだけまわりの人のために使ってくださいね。
 そして地上での時間が終わったとき、神様が天秤を持って待っているのです。生きてきた時間のうち、人のために使った時間が多いか、自分のために使った時間が多いかをはかって、人のために使ったほうが多い人が天国に行けるんだよ。
 そう話すと、子ども達は目をきらきらさせて、僕の話を聞いてくれます。子ども達は、大人よりすんなりと理解してくれるものです。「天の御国は子どものような心を持ったもののためにある」という意味の聖書の言葉があります。
 命とは何であるか。本当に理解しているのは、もしかしたら子どものほうかもしれないですね。
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 日野原先生の仰るとおり、人間の価値はお金や地位や権力、容姿容貌で決まるのではなく、生きている間にどれだけ他人のために自分の時間を使ったか、換言すれば、「どれだけ人を愛したか」に尽きると思います。私のような我欲の多い凡人にはなかなか到達できる心境ではありません。しかし自分にできることを少しずつ実行していくことで、いつか神様の善悪をはかる天秤が少しでも平行になるよう努めたいと思います。

2018年04月15日

#169 ランドセルの旅立ち

 この1週間は新年度を迎え、小学校から大学までのほとんどの学校で始業式や入学式が行われました。校舎に生徒の笑顔が溢れて、すっかり学校らしい雰囲気が戻ってきました。学校という場所はもちろん生徒が主役であり、生徒あっての学校です。今年度の学校教育はどのような顔を見せてくれるでしょうか。生徒の明るい笑顔に期待したいと思います。
 さて昨日ネット検索をしていましたら、面白い記事に遭遇しましたので、今日はそれを引用します。
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「約9000個のランドセルが旅立ちへ」
(https://www.jiji.com/jc/movie?p=n000844)
 使い終わった約9000個のランドセルに学用品を詰めてアフガニスタンの子どもたちに贈る作業が7日、横浜市内で行われた。全国から送られてきたランドセルを、クラレの社員や関係者ら約190人が一つ一つ開封、検品し、ノートやペンを詰めて段ボールに梱包していった。ランドセルは船で運ばれ、秋以降に現地の子どもたちの手に渡る予定。【時事通信映像センター撮影】
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 上記のニュースは画像がありますので、ぜひご覧ください。ものすごい数のランドセルが山積みとなり、関係者がが整理に追われています。たしかに小学校を卒業して使われなくなったランドセルは、ただのごみになります。子供の記念としてミニチュアのランドセルに作り変えるサービスもありますが、大抵は押入れの片隅に保存されて、ついには捨てられる運命になるのではないでしょうか。捨てられるくらいなら、古いランドセルを発展途上国の子どもたちに使ってもらう方がランドセルにとって大喜びです。日本のランドセルは作りもしっかりとして耐久性にも優れています。文具を買えない子どもたちにとって、かけがえのないプレゼントになります。心温まるニュースです。
 もう一つ似た様なニュースがあります。
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「JR武蔵野線の列車、行き先「ジャカルタ」表示」
(http://www.yomiuri.co.jp/economy/20180407-OYT1T50067.html)
 行き先を「ジャカルタ」と表示した回送列車が3月以降、千葉市から新潟市に向けて走っている。日本での役割を終え、新潟の港からインドネシアに輸出される中古車両の活躍を願い、JR東日本の社員が表示板を手作りした。粋な心遣いが、沿線住民や鉄道ファンの間で話題を呼んでいる。
 千葉県習志野市のJR新習志野駅に3月30日午前9時半過ぎ、機関車に引っ張られた8両編成の回送列車が到着した。最後尾の運転席上部に掲げられた行き先表示は、インドネシアの首都「ジャカルタ JAKARTA」。ホームでは約50人の鉄道ファンが熱心にシャッターを切る。機関車の警笛が鳴り響く中、列車は異国に向けて旅立った。
 車両は営業運転を終えた武蔵野線の「205系」。JR東はインドネシアの鉄道会社から申し出を受け、2020年までに、1985年~91年の製造で更新期を迎えた336両をこの会社に有償で引き渡す。3月2日から順次、千葉支社の車両センターから出発させている。
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 日本では一定期間を過ぎると電車は世代交代のために廃車となりますが、まだまだ充分走ることができます。そのような電車たちに第2の人生(余生)を海外で過ごしてもらおうという企画です。電車をただ海外に移送するのではなく、電車に花道を迎えさせるために行先を「ジャカルタ」と表示させたのでしょう。電車たちを気遣い、勇退させようとする日本人らしい発想だと思います。
 上記の2つのニュースを通して、久しぶりに日本人らしい細やかさを感じることができました。

2018年04月08日

#168 桜雨の降る頃に

 今日は4月1日、新年度の始まりです。本日は日曜日のために実質上は明日2日から大半の企業や官公庁で新年度が始まることになります。いくつかの大学や小学校で本日入学式が行われる場面をテレビで流していました。いずれにしても新しい季節の始まりです。
 今年の桜は天気にも恵まれ、日本国内の多くの場所で今週末まで花見が行われています。地域によってはさすがに葉桜が増えてきていますが、それでもまだ桜を愛でる日が続いています。日本の桜まつりは最近では日本国内だけでなく海外でも評判がよく、中国や韓国を始め多くの外国人がこの季節に合わせて日本にやってきます。日本の風情を最も楽しめる季節の一つとして世界中に知られるようになりました。
 桜と言えば、開花から1種間ほどで満開を迎えますが、今年はかなりの地域で1週間以上咲き誇っているようです。特に満開を過ぎて花弁が風に吹かれて一斉に散っていく桜雨の様子は形容しがたいほどの桜花の潔さを示し、古来より日本人の心を表わすような佇まいを表現します。特に卒業式や入学式に見ることができる桜は春の季節の色合いをいっそう高めてくれます。

  桜の雨が降る頃に 君に初めて出会った
  まだ幼い笑顔が とても素敵だったね
  いつしか季節はめぐり 君はここを出ていく
  思い出胸にかかえて 君は故郷を出ていく
  愛は春風のように 心に花を咲かせて
  そして遥かな旅路へと 君を誘っている
  桜の雨が降る頃に 君と出会い別れた
  そしていつか 帰っておいでよ
  ここは君のふるさと  (♪桜雨の降る頃に)

 桜雨の季節が終われば、新緑の候を迎えます。緑がひと際美しい季節を迎えます。また新たな気持ちで新年度に臨みたいと思います。

2018年04月01日

#167 戦慄の近未来!

 今日で平成29年度(2017年度)が終了します。当塾では昨日から授業を再開しましたが、今年度は中学3年生4名が当塾を卒業しました。いずれの生徒も2~3年当塾に通った生徒でした。4月からは全員が第1志望の高校へ進学します。生徒達の前途を心より祝福したいと思います。
 さて昨日録画しておいた映画を観ましたが、あまりにも面白くて、つい夜更かしをしてしまいました。それと同時に近未来におそらく類似した事件が発生するだろうと考えると背筋がぞっとしました。映画のタイトルは「アイ、ロボット(I, Robot)」です。あらすじを簡単にまとめますと次のようになります。
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 近未来の2035年、舞台はアメリカで、ロボットが活躍する社会です。利便性の増した次世代家庭用ロボットNS-5が各家庭に導入されます。そんな折にロボット嫌いなスプーナー刑事の下に連絡が入ります。ロボット工学の第一人者であり、スプーナーの恩人でもあるラニング博士がU.S.R.本社ビル内で死亡しているのが発見されます。現場に残されていたホログラムプロジェクターにはスプーナーを呼ぶよう遺言が残されていました。警察は自殺と判断しますが、腑に落ちないスプーナーは、ラニング博士の愛弟子であるロボット心理学者のカルヴィン博士と共に研究室の中を探り、「サニー」と名乗り人間に近い感情を持つNS-5型ロボットを発見します。そのサニーが逃亡し、ロボットが人間に逆らい自由意思を持つことが明らかになります。…途中省略…そのような状況下でロボットが人間に対して反乱を起こし、人間とロボットの戦いが始まりますが、ロボットをコントロールしているのはロボットを管理しているホストコンピュータ「ヴィキ」だということが判明します。このコンピュータを破壊することでロボットによる反乱は終息を迎えます。ロボットはすべてミシガン湖畔の倉庫へと収容され、使命を遂げたサニーもそこへ向かいます。サニーが丘を見つめその上に立つと、集められたロボット達はサニーを見上げます。それはまさに、サニーが夢の中で見た「ミシガン湖の湖畔と、丘の上に立つ人物がロボットを解放する」光景だったのです。(ウィキペディアより抜粋、要約)
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 このような内容のSF映画ですが、ロボットが反乱を起こした理由は、「①人間は自然を破壊してきた。②人間は人類にとり自ら脅威となっている。③地球を救うために人間の排除が必要である。」と映画の中で訴えていました。確かに3つの理由すべてが理にかなっています。私たち人類はこれまで地球環境を破壊し続け、人間以外の他の多くの生物たちを死に追いやりました。さらにこの惑星地球も今破壊尽くそうとしています。
 このような状況下で、もし地球に意思があるとすれば、地球が自分の命を守るために早晩今の人類を天変地異等により滅ぼす手段に出てもおかしくありません。実際起こり始めているのではと、危惧したくなります。
 私たちは生きている地球に感謝して、他の生命体と共存できる環境を作り上げるような時期に来ていると思います。そうしないと人類自ら作り上げたAI(人工知能)やインターネットの暴走により、または悪意ある集団の管理下により人類全体が危機に陥ることになりかねません。特に囲碁や将棋の世界ではAIの絶対的な勝利が人間以上の能力を持つことを証明しています。また工場では多くのロボットが働いており、それを管理する少数の人間がいれば充分な状況です。最近ではロボットの受付嬢が働くホテルも登場しました。今後は様々な分野で有能なロボットが登場することでしょう。このことは私たち人類を労働から解放することを意味していますが、反対に無能は人間は社会からはみ出すことも危惧されます。近未来は私たちの自由意思にかかっています。
 便利な世界が人類にとり必ずしも幸せとは限らないでしょう。人類の未来は今生きている私たちの行動にかかっています。特に映画の最後のシーンが何を意味しているかを皆さんにじっくり考えていただきたいと思います。ぜひ観ていただきたい映画です。

2018年03月31日

#166 子ども食堂、悩むニーズ把握

 前回まで政治的な話題が続きましたので、今日は久しぶりに「子ども食堂」の話をしたいと思います。昨日の西日本新聞に『子ども食堂、悩むニーズ把握 7割「来てほしい子来ない」九州運営者アンケート』という記事が載っていました。(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/403341/を参照)この記事を引用します。
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 温かい食事や居場所を提供する「子ども食堂」について、九州の運営者にアンケートしたところ、7割が「来てほしい家庭の子に来てもらえない」とニーズ把握に悩んでいることが分かった。17日に福岡県春日市であった「広がれ、こども食堂の輪! 全国ツアーin福岡&九州サミット」の実行委員会が調査した。実行委は「地域や子どものニーズに合わせて食堂の形態を考えていく段階に来ている」と指摘する。
 アンケートは2~3月に実施。九州7県で子ども食堂を運営する49の団体・個人から回答を得た。利用対象者を尋ねたところ、7割以上が「大人を含めて誰でも」。子ども食堂は貧困対策を出発点としてきたが、最近は家庭や地域に居場所のない子の受け皿になったり、学習支援の場になったりと形態が多様化しており、対象を「生活困窮家庭の子」に限っているのは2カ所だけだった。
 課題は、地域の中で「来てほしい子」をどう把握するか。呼び掛けるだけでは限界もあり、アンケートでは、35カ所がスクールソーシャルワーカーや民生委員など他団体から紹介してもらったことがあると回答した。どんな子に来てほしいか、運営側の意識統一ができていないケースもある。
 一方、食堂に来た子を児童相談所や自治体の支援窓口につなげたことがあるのは5カ所にとどまった。運営スタッフは有志中心で対応が難しいケースもあり、実行委員長を務めた大西良筑紫女学園大准教授(社会福祉学)は「子ども食堂を持続可能な取り組みにするには、スタッフの負担を減らし、専門機関とも連携を深める必要がある」と提言する。
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 確かに上記の記事にある通りだと思います。私は毎週木曜日に手鎌地区公民館で大牟田市の委託による社会福祉協議会主催の学習支援活動にボランティアとして参加していますが、現在10数名の生徒が学習しています。しかし、民生委員などの話では市内に百数十名ほどの貧困家庭の子ども達がおり、市内2か所の学習支援に参加している子どもの割合はおよそ全体の2割程度になります。また大牟田市内にも「こども食堂」に該当するボランティア団体がありますが、参加人数はそれほど多くありません。
 この原因はいろいろあると思いますが、まず第一に支援の必要な家庭の保護者が学習支援やこども食堂の存在を知らないことが挙げられます。大牟田市では「市政だより」等で広報をしていますが、「市政だより」を見ませんと親御さんは気づきません。どのように知らせるかが今後の課題であり、まだまだ努力不足があるようです。次に考えられるのが親御さんが必要性を感じていない。言いかえれば子供の教育に関心がない、ということになります。いずれにしても子ども自身がこのような支援活動に気づくことは少なく、市役所の福祉課や、民生委員の努力により支援活動の存在を知らせていく必要があります。
 また子ども食堂の運営に成功しているところもあります。一例として「赤ちゃんポスト」で有名な熊本の慈恵病院の「エンゼルこども食堂」は熊本地震2週間後に子ども食堂を始めたそうですが2年間でのべ6000人のこどもに食事を提供したそうです。貧困世帯のほか、親が働いて一人で食事する孤食の子どもに無料で食事を提供しています。(https://www.nishinippon.co.jp/sp/nnp/kumamoto/article/403037/)
 これからも学習支援や子ども食堂のような福祉活動が広がりを見せるでしょうが、地域や子どものニーズに合った活動となるように工夫を凝らす必要があります。

2018年03月25日

#165 疑心暗鬼2

 前回のテーマの続きになります。前回はフェイクニュースに関する疑心暗鬼を述べましたが、今回はもう一つの疑心暗鬼の話です。ご存知のようにテレビや新聞、雑誌を含め総じてマスコミは「自分の不利になる情報は出さない、載せない」ということです。一例を挙げますとチベットで行われている中国による蛮行を記事にする報道各社はほとんどいません。これが政府圧力による報道管制によるものなのか、各社の自主規制によるものか判断できませんが、中国の不利になる情報を取り上げると、それ以降の取材等が厳しく制限され記事が書けなくなるという懸念がNHKを含め報道各社にありそうです。このことは国内だけでなく、海外、特にアメリカによく当てはまります。例えば日本に普及しているCNNのニュースは反トランプ姿勢が目立ちます。トランプ大統領の地元ニューヨークではトランプ人気が依然続いていますが、CNNはこの事実を無視して反トランプの意見を流しています。一般市民のインタビューでも反トランプ内容の意見が目立ちます。
 また卑近な例では、スマップ騒動顛末並びにNHKの紅白歌合戦の出演歌手所属の芸能事務所の偏りに自主規制の傾向が見られます。テレビではスマップの3人が脱退した後に元の芸能プロダクションから圧力がかかり、3人に関する情報があまり見られない様になっています。このことは3人の人気に陰りが出た結果ではなく、芸能プロの機嫌を損なわないように、各芸能記者が自主規制しているということでしょう。また昨年大晦日のNHK紅白歌合戦では、ある芸能プロ所属の歌手の人数が突出しており、いかに芸能プロの勢力を無視できないかという証左にもなります。本来であれば、紅白歌合戦はあらゆる世代の歌手を登場させる国民的番組でなければなりませんが、最近の紅白は著しい偏向が見られます。また年末の日本レコード大賞では候補者のノミネートの際にも金銭売買で候補者を選ぶ旨の黒いうわさが飛び交っていますが、真相は闇の中です。
 前回と今回の2回のブログを通して言いたかったことは、「流れてくる情報をそのまま鵜呑みにしてはならない」ということです。1つの情報に対して本当に正しいかどうか一応疑ってみる必要があります。いわゆるクリティカル・シンキング(物事に対して客観的かつ批判的に考えること)を私たちは日頃より実践する必要があります。今はネット時代ですので、様々な情報が流れてきます。1つの情報だけでなく、様々な角度からいくつかの情報を俯瞰しなければ正しいかどうか判断できないのです。

2018年03月24日

#164 疑心暗鬼1

 昨晩NHKで面白い番組を放送していました。フェイクニュースについての特集です。私が愕然としたのは、番組冒頭で紹介された「ナイアガラ完全凍結」のニュースでした。確かにネット上で騒がれたニュースでもあり、当塾の生徒達にも紹介しましたが、ナイアガラ滝周辺の人々はこのニュースを完全に否定し、完全なデタラメだとNHKでは説明していました。私もすっかり騙されてしまいました。
 ネット上には様々なニュースや情報が飛び交っています。発信された情報について何が真実なのかまるで分らない状態です。コンピュータやITテクノロジーのおかげで特に画像や音声は簡単に作り変えることができます。NHKの番組内でも説明していましたが、フェイクニュースを作ることで多額の広告費を得ることができるそうです。1月で60万円稼げるそうです。金のためには何でもする拝金主義が世界中を跋扈しています。
 この人倫にも劣る状況はネット上の情報に限らず新聞や雑誌等のマスコミも実際行っています。一例としてA新聞が引き起こした慰安婦問題が取り上げられます。吉田清治なる人物が書いた捏造本をA新聞はその内容を確かめもせずにそのまま信じ世界中に流布してしまい、その結果今のように韓国や中国から日本国家があたかも慰安婦を性奴隷として国家組織的に扱った事に対して激しく抗議している状況を作り出しています。ここでは個々の慰安婦事例については取り上げません。日本国家が慰安婦を組織的に性奴隷にしなかったということです。
 また湾岸戦争を引き起こした原因であるイラクが1990年にクウェートに侵攻した直後にアメリカや世界中である映像が繰り返し放送されました。クウェートから脱出してきた難民の少女がアメリカの下院議会にて「イラク兵はクウェートの病院まで攻めてきて赤ちゃんを保育器から出し殺すところを見ました」と涙ながらにクウェートでの現状を訴える映像です。また油まみれになった水鳥の映像も繰り返し放送されます。これは、イラク軍がペルシャ湾に原油を流出させたためにこのような状態になっている世界中に訴えかけられたのです。これらはアメリカや世界の世論を大きく動かし湾岸戦争へ突入する一因となります。しかし実は、この映像は後に完全なる「やらせ」であったことが発覚します。まず、クウェートの難民の少女。彼女は本当のところクウェート駐米大使の娘だったことが発覚!しかも、クウェートに一度も行ったことすらなくずっとアメリカに住んでいた・・・。(http://www12.plala.or.jp/rekisi/wangann.htmより引用l)
 このように戦争さえも引き起こすことがあるフェイクニュースに私たちは充分気をつける必要があります。1つの情報に頼るのではなく、複数の情報源を元に何が正しいか、間違っているかを常に意識する必要があります。そうしないと簡単に騙されてしまいます。特にニュース番組がデモや街頭インタビューを行いますが、その対象者が一般市民なのか、左翼、右翼等のシンパなのかを見極めなければなりません。私たちはいつの間にか洗脳されてしまいます。いつも疑心暗鬼になるひつようはありませんが、常に与えられた情報が正しいかどうかを考える必要があります。

2018年03月23日

#163 止まり木

 昨日と今日は開塾当初から通っていた中学3年生(卒業生)達3名が最後の授業を受けて卒業していきました。3名とも中学1年生から2年以上当塾に通っていた生徒でした。高校入学後も引き続き授業を受ける予定の生徒もいますが、塾開設当初から通ってきた中学生はすべて卒業したことになります。これで学習塾ニコラも一つの時代が終わり、次の時代へ進むことになります。
 新年度になり新しい生徒たちが来ることでしょう。そしてまたいつかこの学び舎を去っていきます。在籍年数が定まっている学校とは異なり、当塾の存在価値は生徒の学力に応じた学習効果を高めてやることです。生徒によっては1~2か月の短い在籍かも知れませんし、2~3年学び続けるかもしれません。各家庭の経済状況に関わらず、生徒のニーズに応じた学習の場を提供することが当塾の目的だと思っています。
 学習塾ニコラは例えると渡り鳥が移動の途中で休んでいく止まり木のような存在だと思っています。当塾では数十名の生徒を相手にした集団授業はしません。生徒の人数が多くなればなるほど生徒間の学力差が大きくなり、生徒個人に応じた学習指導ができなくなるからです。あくまでも生徒一人ひとりを大切に考えると個別指導が理想になります。受験指導のように同じ程度の学力を持つ生徒であれば数名単位の授業が可能になりますが、それでも残念ながら多少の学力差が生じてしまいます。
 当塾ではこれまで様々な年齢の生徒を受け入れてきました。時期は異なりますが下は小学2年生から上は4年生大学の編入試験を受ける短大生まで様々な生徒が来てくれました。学年が異なれば準備する教材や指導の仕方が変わります。色々大変なことがありますが、これからも当塾に来てくれる生徒のために精進するつもりでいます。どのような生徒たちが来てくれるか楽しみです。
 なお「新着情報」にも載せていますが、当塾は来年度の準備をするために3月21日から3月28日まで休業になります。問い合わせ等は従来通り受け電話やメール付けています。

2018年03月18日

#162 3.11に思う

 今日は3月11日です。東日本大震災から7年が経ちました。朝からNHKや民放の各テレビ局が震災に関する特集番組を放送しています。月日の経つのは本当に早く、あれから7年経ったとはとても思えないくらいです。以前のブログにも書きましたが、大地震が発生した時は私は授業中で、授業を終えて職員室に戻った時に同僚から地震のことを聞き、テレビ画面に映された津波の状況を目にし、茫然となったことを思い出します。
 あの震災から7年が経ちましたが、その間に多くの自然災害が発生しています。霧島連山の新燃岳の噴火や2年前の熊本地震を始めとする熊本や大分で発生した一連の地震被害、九州北部豪雨など毎年のように大きな自然災害が起こっています。地震、噴火、風雨災害など、いつどこで災害が発生してもおかしくない状況が続いています。最近は気象情報技術の進歩により台風や大雨の予報はかなり進歩しましたが、急に発生する地震や火山噴火については今でも予想しがたい状況です。
 自分の住んでいる場所が自然災害から安全であると言える場所は日本にはどこにもありません。この国は地震と噴火が同居する火山列島であり、私達の祖先は多くの自然災害と共存しながら生活してきたのです。ここ大牟田は地盤の関係で熊本地震でも震度4程度の揺れで済みました。しかし臥龍梅で有名な普光寺の社伝によりますと、「建久3年1192の三池山大地震で堂宇は全て破滅した。」とあります。やはり1千年ほど前に大牟田でも大地震が発生しているのです。
 台風や大雨など予め予想されている被害については充分な対策を取ることができますが、地震など突然発生する災害に対しては常日頃より防災意識を持ち、食料や水の備蓄品などを用意しておく必要があります。また隣近所の方々との日頃のコミュニケーションも必要となります。都市部ではマンションやアパートで多くの人が暮らしており、以前のように隣近所の人が集まり井戸端会議をすることが少なくなりましたが、やはり災害を生き抜くには人々の日頃の繋がりが必要です。
 遠からず東日本大震災よりもはるかに規模の大きな南海・東南海地震が発生します。この大地震が発生した時には九州地方から関東まで広域の大災害が予想されます。「災害は忘れたころにやって来る」を常に心に留め、災害からは自分自身で身を守ることを意識して生活しましょう。東日本大震災で亡くなられた方々に心より哀悼の意を表します。

2018年03月11日

#161 2355

 今日は日中23度を超える最高気温を記録し、早春から一気に初夏になったような一日でした。しかし、この天気はこのまま続かずに、週の中頃にはまた冬に戻るような気温になると天気予報が伝えています。三寒四温の続く3月ですが、花粉も飛び散る時期ですし、花粉症の症状がひどくなる時期です。体調管理には充分気をつけてください。
 さて「2355」という言葉を聞いたことがありますか。この言葉をご存知の方はすでにこの番組のファンとなっている方でしょう。この「2355」はNHKのEテレで月曜日から金曜日まで放送されている5分番組です。番組のタイトルが示す通り、深夜23時55分に始まります。番組のテーマソングは細野晴臣氏が歌っています。毎回趣向を凝らしながら、視ていてホッとする数少ない番組の1つです。有名歌手や芸能人による様々な歌も登場します。今年は戌年なので、「ポチが通ります」は名曲です。番組の中で特に面白いのは「日めくりカレンダー」です。日めくりカレンダーを様々なアニメキャラクターがめくり、翌日の日付を確認していきます。また番組の最後に出てくるトビハゼは何ともかわいらしい表情で、一日の疲れを取ってくれる優れモノです。2355を見た後で寝床に入ればぐっすり眠れます。
 なお朝番組に類似番組の「0655」がありますが、朝慌ただしい時間帯であり、視る時間がありません。また録画して観るのはお勧めできません。録画して観たことがありますが、あくまでも朝の番組ですので、元気なニワトリが勢いよく鳴き回り、観ていますと精神がだんだん興奮してきます。この番組を視た後にますます眠れなくなります。あくまでも「2355」を見て、良い眠りについてください。
 今日はEテレの宣伝でした(笑)。

2018年03月04日

#160 暦の上では

君が涙ぽつんと落とした日 街では
もう春のセーターが店先に並んでた
街はまだ冬の名残り 風は冷たい・・・ (♪「暦の上では」伊勢正三)

 今日は3月1日です。暦の上では春ですが、朝晩はまだ寒く、冷え込みが厳しい日もあります。しかし季節は早春を迎え、日一日と春の兆しがみられる今日この頃です。
 さて3月1日には福岡県内の県立、私立高等学校の多くで卒業式が行われます。勉強や部活動などで忙しい高校生活の3年間はあっという間に過ぎ去り、次の新しい人生に一歩を踏み出すのが卒業式です。次の学校へ進学する生徒もいますし、一足早く社会に出ていく生徒もいます。私も長い教員生活で高校3年生の教科担任を15年、高3担任を10回経験させて頂きました。高校3年という学年は他の学年と比べて比重が重く、次の進路を目指して生徒と教師の共同作業を行う学年です。学校としては生徒の卒業後の進路を確保する出口の学年でもあります。高校3年生の担任をして初めて学年全体や生徒指導が把握でき、他学年に比べて仕事量が多く、毎日の仕事に追われますが、自分が担任した教え子を卒業させるということは教師冥利につきる、と言えます。
 現在非常勤講師を務めている明光学園でも本日卒業式が行われました。私は1クラスだけでしたが、英語を担当しましたので、卒業していく生徒たちの顔を懐かしく見ていました。彼女たちのこれからの人生に幸多かれ、と祈りたいと思います。自我が目覚める10代の時期には自分が両親や周囲の人々から守られていることになかなか気づきません。様々な誘惑の多い10代の時期をうまく乗り越え、大人になることができるのは周囲の暖かい眼差しと助言のおかげです。
 「卒業」という言葉は学生だけのものではなく、人生の様々な節目にある人にも言えます。今までの世界に別れを告げ新しい世界に進む人には、今までの環境をすべて「卒業」することになります。就職、結婚、離婚、転職すべてに当てはまります。今日卒業した高校3年生だけでなく、新しい環境に入っていく全ての人たちに祝福の言葉を送りたいと思います。
 ところで、3月7日には福岡県立高等学校の入試が行われます。当塾に来ている中学3年生は全員私立高校の入試に合格していますが、県立高校の入試にも挑戦します。中学3年生は1週間後の入試に向けて最後の頑張りに入っています。泣いても笑っても残り1週間が勝負です。日本中のすべての中学3年生の健闘を称えたいと思います。頑張れ受験生!

にぎやかな午後のひととき
暦の上ではもう春なのに
まだまだ寒い日が続く・・・ (♪ 「暦の上では」伊勢正三)

2018年03月01日

#159 平昌オリンピックと今後の課題

 平昌オリンピックも今日閉会式を迎えます。ブログで3回にわたりオリンピックを取り上げましたが、今回のオリンピックは日本選手にとり一番印象に残る大会となったようです。獲得メダル数では長野オリンピックを超える13個となり、選手個人だけでなく、国を挙げて取り組んだ成果が実ったようです。またメダルを取れなかった競技も選手たちの健闘が称えられるものとなりました。次の北京大会につながる大会となったようです。選手たちの頑張りは私たちに本当に勇気と希望を与えてくれます。私たちにできないことを代表して選手たちが闘ってくれます。そのような選手たちに経済的、精神的援助を差し伸べることも私たちができることの1つになります。2年後には東京オリンピックが開催されますが、今以上に選手たちを応援し支えていく必要があります。
 今朝のニュース番組を見て納得したのですが、前回のブログで指摘した国際オリンピックの金銭問題の件です。アメリカのNBCテレビが10年間の放送権料を1兆円を超える金額ですでに獲得しているそうです。NBCの年間スポーツ放送計画によりますとオリンピック放送の最適な時期が夏しかなく、ここに東京オリンピックの開催をするようにオリンピック委員会に提案し、それが了承されたそうです。オリンピック委員会は1兆円を超える金額に目が眩んだのでしょう。日本の真夏がいかに酷暑であるかという現実に目をつぶり、日本開催を決定したのが真相のようです。このような金まみれのオリンピックは早晩息詰まるでしょう。権威ある大会をいつまでも続けるために早急の大改革が必要となっています。金銭まみれの国際オリンピック委員会ですが、日本オリンピック委員会にはまだ善意があると信じたいです。まず自国の委員会から姿勢を正して世界にスポーツにおける公正な精神と不正をただす働きをしていただきたいと思います。3月9日はパラリンピックが始まります。今回のオリンピックほど注目度は高くありませんが、参加選手が堂々と競い合える大会にしてもらいたいと思います。日本選手頑張れ!

2018年02月25日

#158 誰のためのオリンピック?

 今日は朝から快晴で正午の気温も10度近くあり、霞がかかったような早春の空が広がっています。あれほど厳しい冬がまるで過ぎ去ったかのような陽気です。すでに2月の下旬になりますので、このまま温かな春になればと思っています。
 さて平昌オリンピックも後半に入りましたが、昨日の男子フィギュアスケートは圧巻でした。怪我から復帰した羽生選手は見事金メダル、また宇野選手は銀メダルを獲得し、会場に初めて国歌「君が代」が流れました。2人ともこれまでの努力が見事に報われた瞬間でした。「努力は報われる」を地で行った2人です。またカーリングを始め多くの種目で日本選手が頑張っています。彼らにも大いに声援を送りたいと思います。
 ところで、今回の平昌オリンピックを始め、最近のオリンピックは誰のためのものか首を傾げる状況が続いています。言いかえればオリンピックは元来参加する選手のための競技会であるはずですが、巨大な利権が複雑に絡み合い、オリンピック組織委員を含め、それに群がる私欲の集まりと化しています。変則的な競技時間の設定など、欧米社会の視聴時間に設定して競技を行っていますので、完全に選手の体調やコンディションを無視したものとなっています。例えば男子ノーマルジャンプは夜遅く行われ、強風も吹き、たびたび競技が延期されました。けっきょく表彰式は午前零時過ぎに行われ、観客はほとんどいない状態でした。これではメダルを獲得した選手に失礼です。
 話によるとアメリカのあるTV放送局がオリンピックの放送権を獲得し、その意向が強く働いているそうです。これは2020年の東京オリンピックにも影響するとのことで、おそらく今回同様に参加選手にとり過酷な競技の設定時間となるでしょう。また東京オリンピックは6月の下旬に始まります。国際オリンピック委員会は日本の梅雨の時期がどのような状況か知らないのでしょう。高温多湿の時期に競技をすることは選手の能力以上に運が左右します。観衆のためのオリンピックに成り下がった状態は古代ローマで行われた猛獣と戦う戦士を彷彿させます。猛獣と戦い、敗れた戦士は別の戦士と取り替わります。猛獣に勝った戦士は観衆から賛美をもらいます。同様に今のオリンピック参加選手は残念ながらオリンピック委員会やTV局にとり消耗品でしかないのです。
 前回の1964年の東京オリンピックは参加選手にとり競技しやすい時期で、最高の実力が発揮できる10月でした。今回の日本オリンピック委員会は開催地獲得のために、組織委員会に日本の6月の気候について強く言えなかったのでしょうか。いずれにしても不可解です。前回のブログでも述べましたが、ロサンゼルス大会以降は金満オリンピックが続いており、利権獲得のために莫大な金銭が飛び交っています。オリンピック組織委員会メンバーの収賄事件も後を絶ちません。嘆かわしい限りです。これでは「一民間団体」であるオリンピック委員会に代わり、利権が絡まない国際連合などの国際団体が運営する競技会に移行するような運動を起こさない限り、早晩現在のオリンピックは継続できなくなるでしょう。せめて2020年の東京オリンピックでは本来のオリンピックの目的を果たせることができるような大会にしてもらいたいと思います。

2018年02月18日

#157 平昌オリンピック始まる

 平昌オリンピックが始まりました。開催前から様々な問題を抱えていたオリンピックですが、開会式の熱狂でそれを吹き飛ばしたかのような雰囲気です。日本の隣国での開催にすでにテレビ各局は一日中オリンピックの放送に力を注いでいます。スキーやスケートを始め、様々な種目で日本人選手の活躍を大いに期待したいと思います。
 さて4年おきに開催される夏季・冬季オリンピックですが、創設者クーベルタンの思いとは裏腹に最近のオリンピックの政治的な利用、商業利用、国家的ドーピング問題、環境破壊等様々な問題を抱えています。個人的な意見として平和な牧歌的なオリンピックはおそらく1964年の第18回東京オリンピックで終了したように思われます。特に閉会式では国家を超えて一丸となって競技場に入場した選手たちの表情が印象的でした。(東京オリンピックのDVDで楽しめます。)
 次の第19回メキシコ大会では南アフリカのアパルトヘイトに反対してアフリカ諸国のボイコット騒動。さらに1972年の第20回ミュンヘンオリンピックは日本男子バレーボールチームが金メダルを取った記憶に残るものでしたが、イスラエルチームへのパレスチナゲリラテロにより死傷者が出た大会でもありました。また第21回モントリオール大会でもアパルトヘイトが問題となり、アフリカの22ヵ国が実際ボイコットしました。オリンピック史上最大の影響を与えたのが第22回モスクワ大会で、ソ連のアフガニスタン侵攻により西側諸国がオリンピックをボイコットしました。次の第22回ロサンジェルス大会ではその報復としてソ連や東側諸国がボイコットしました。
 このようにオリンピックと政治問題は切り離すことができない問題となっています。今回の平昌オリンピックも北朝鮮なしでは語れないでしょう。オリンピック終了後のアメリカの出方が気になるところです。また国家ぐるみのドーピング問題やオリンピック委員の収賄問題など、大会としては相応しくない由々しい問題が少なからず存在します。選手たちが競技に集中できる環境作りを各国のオリンピック委員会は積極的に作らなければなりませんし、平和の祭典であるオリンピックに政治の入らない環境を作るべきでしょう。2020年は東京オリンピックが開催されます。このような問題が少しでも減らすことができるように、日本国民が一致団結してオリンピックの準備をする必要があります。もう一度平和の祭典を実現してもらいたいと思います。

2018年02月11日

#156 雪の朝

 暦の上では立春を迎えましたが、「春は名のみの風の寒さや...」(♪早春賦)の歌詞のように、とても寒い立春となりました。新聞紙面や天気予報では今日の天気を「立春寒波」と呼んでいます。雪がほとんど降らない大牟田でも今朝は雪が少し積り、一面真っ白な雪の朝を迎えました。昼過ぎにはさすがに雪も解けて晴天になりましたが、それでも日陰の雪は解けずに残っています。
 立春ともなりますと、確かに日の出の時間が少し早まり、午前7時20分頃に朝日が昇ります。また日の入りは冬至に比べて40分ほど遅くなり、17時40分頃に日没を迎え、残照がいつまでも残っています。自然は嘘をつかず、日ごとに春が近づいていますが、寒波は今週半ばまで居座り、寒い日がまだまだ続きます。インフルエンザの脅威もまだ衰えていません。福岡県内の大学入試は地方受験を含め今週ピークを迎え、次週からは関東・関西地区の入試が始まります。
 ところで1月31日に実施された私立高校入試の合格発表が先日行われ、当塾の生徒全員が合格しました。これで高校入試の滑り止めが確保されました。生徒たちの嬉しそうな笑顔を目にしながら、少しホッとしています。現在当塾に在籍する中学3年生は4名いますが、第1志望校に合格した1名を除き、県立高校などの入学試験に向けて、残り3人はこれから努力を続けることになります。
 大学受験にも高校受験にも言えることですが、生徒の真摯な努力に応えるべく、日々生徒の学習指導を行い、「合格」の朗報を聞くことができるのは教師冥利に尽きます。生徒あっての教師です。生徒を合格へ導くのはたやすいことではありませんが、生徒が努力するからこそ、教員の日々の苦労が報われます。すべての入試が終わるまであと1カ月ほどありますが、最後まで努力して生徒たちと春を迎えたいと思います。春はもうすぐそこまで来ています。

2018年02月04日

#155 福岡県内の私立高校入試が行われる

 早いもので1月も末日を迎えました。受験シーズン真っ只中です。福岡県内の大学入試は先日の九州産業大学の入試を始めとして、すでに1月下旬から始まっています。2月の上旬には福岡大学や西南学院大学などが入試を実施します。今年度当塾には高校3年生が在籍していませんので気分的には楽ですが、今日は筑後地区の私立高校入試が現在行われており、当塾の中学3年生4人のうち2人が只今志望校を受験しています。(他2名はすでに志望校に合格しました。)最後の最後まで健闘してもらいたいと思います。
 さて福岡県の公立高校では、推薦入試(2/8,9)と一般入試(3/7)が行われます。また私立高校の入試は地区ごとに分かれており、福岡地区は推薦・専願入試が1/23日、一般入試(前期)が2/2日、一般入試(後期)が2/10日となっています。北九州地区では推薦・専願入試が1/23日、一般入試Aが1/30日、一般入試Bが1/31日、一般入試Cが2/1日となっています。(A、B、Cは実施する高校が定められていますので、北九州地区の受験生は最大3校受験することが可能です。)筑豊地区は推薦・専願入試が1/23日、地区内の各高校でそれぞれ入試を1/29、1/30、1/31日に実施します。筑後地区では推薦・専願入試が1/23日、一般入試(前期)が1/31日、一般入試(後期)2/9日に実施されます。
 どの地区も私立高校は1/31日を中心に入試が実施されますが、受験生の能力を計るために多角的な入試が実施されます。特に公立私立を問わずに実施される推薦・専願入試ですが、高校側が少しでも優秀な生徒を確保するために実施する傾向があり、生徒数確保のための重要な入試となります。また受験生にとって推薦・専願入試は一般入試よりも合格し易く、高校側と生徒側にとってWIN・WINの関係となります。
 しかしながら福岡都市圏の高校に比べて郡部の高校は生徒数の減少に伴い、生徒数の確保に苦闘しています。特に私立高校では文科省からの補助金が1人当たり100万円と言われていますので、生徒が集まらない学校は学校運営の資金が確保できずに、教員の給与カットや、学校施設の充実ができなくなります。極端な場合には学校存続の危機になります。
 とにかく受験生にとって大きな山が眼前にあり、それを乗り越えたところに「合格」の二文字を得ることができます。インフルエンザが全国的に流行し、受験生は風やインフル対策など、学力以外にも気を配る必要があります。厳寒の時期ですが、努力した者には暖かい春が待っています。頑張れ受験生!

2018年01月31日

#154 受験シーズン

 去る1月13、14日に大学入試センター試験が行われ、受験生はその結果をもとに国公立大学やセンター利用の私立大学への願書を提出し、今後の私立大学入試や国公立大学2次試験に備えることになります。また今日は大牟田市内のいくつかの高校で専願入試が行われています。
 私が非常勤講師として勤めている明光学園でも本日専願入試が実施されていますので、在校生は自宅学習となっています。最近は推薦入試や専願入試を私立の高校だけでなく、県立の高等学校でも行っています。福岡都市圏ではそれほど影響がありませんが、郡部では生徒数の減少が著しく、いかに生徒を集めるかが緊急の課題となっています。また女子校の不人気もあり、久留米市の久留米信愛女子高校は来年度より男女共学になり、筑後地域では明光学園が唯一の女子校となります。
 そのような厳しい生徒募集の状況では各学校が必死で自校のアピールを行っています。先生方は各地域の塾や予備校を回り、必死に生徒の勧誘を行っています。中には生徒の学業成績や模試等の成績次第で入試を受験する前に合格を確約する学校もあります。また奨学金や授業料免除で優秀な生徒を集める学校もあります。生徒募集は学校の経営にも大きく影響し、各学校とも様々な工夫をして自校の魅力をアピールしています。各学校必死で生徒募集に力を入れており、これに乗り遅れますとクラス数の減少や最終的には廃校等の厳しい状況に見舞われます。
 このことは学校だけでなく、塾や予備校にも大いに言えます。生徒が集まりませんと、経営的に行き詰まり閉校となります。かつて福岡市にありました地元の大手の予備校、九州英数学館や水城学園がそのよい例です。この受験期になりますと、新聞に様々な塾や予備校の広告が入ってきますが、すべて合格者数を自慢するものばかりです。それも有名校の合格者数を強調しています。果たして現実はいかがでしょうか。塾・予備校の系列校が多ければ多いほど、必然的に合格者数は多くなります。合格者数だけでは判断できない授業の質や生徒への指導助言など目に見えない部分は判断されません。入塾を考えている生徒の皆さんはこの点をしっかり考える必要があります。塾や予備校名で判断するのではなく、本当に自分に必要な学校かどうかは無料講座やお試し期間を通じて判断すべきです。
 さて今年も当塾の生徒1名が志望高校に合格しました。私としてもまず一安心です。また1月31日には筑後地区で私立高校の一般入試が実施されます。当塾からも数名受験します。その入試まであと1週間あります。最後まで諦めず、努力した者に栄冠は輝きます。受験生の奮闘を祈ります。

2018年01月23日

#153 親子の縁

 今日は実家で亡くなった父母の13回忌が行われました。両親が亡くなった年月は異なりますが、法事に参集してくれる親類の負担を減らすために、お寺に依頼して同じ日に法事をしていただきました。振り返りますと両親が亡くなって13回目の法事をしたことになります。あらためて年月の流れを感じざるを得ません。子どもの年齢が50前後になりますと、親子の代替わりが始まります。子どもが若い時に不幸にも世を去る親御さんがいらっしゃいますし、子どもが70、80歳になっても100歳を超えて元気な親御さんもいらっしゃいます。
 親がいなければ、子どもはこの世に生まれてきません。同様に祖父母がいなければ親もこの世に存在しません。私たちは遠い先祖から世代替わりを繰り返しています。ここに先祖への感謝と先祖供養の意味が存在します。ある計算では親が二人、祖父母が四人、祖祖父母が八人と繰り返していくと、10代目を超えるころには先祖の総数が百万人を超えるそうです。それだけ多くの先祖を私たちは一人ひとり背後に持ちながらこの世に存在していることになります。
 それでも直近の父母や祖父母との繋がりが一番強いものです。良い親に恵まれるか、そうでないかは生まれてくる子どもの一生に関わります。ここに親子の不思議な縁が存在します。親子の愛憎は血の繋がりのある人間関係の中で一番強いものです。異論はありますが、最近の研究では子どもが両親を選んで生まれてくる、と言われています。心理学の発達で、退行催眠術や臨死体験経験者への調査の結果、様々なことが明らかになってきています。それによりますと、私たちは様々な経験を体験するためにこの世に生まれてくるそうです。そして、各自の人生において一番貴重な体験をするために両親を選ぶそうです。
 親は生まれてくる子の幸せを祈り、そして将来の幸せを願って子育てをしますが、必ずしも子どもは親の願いを知っているわけではありません。また子どもを虐待する愚かな親も存在します。子どもは子どもの人生があり、社会に出てからは親と同居する子どもは少ないことでしょう。親は子どもが成人するまでは責任がありますが、子どもが巣立ちを迎える頃には親もまた子どもから自立しなければなりません。また子どもは結婚し、自らが親となります。人の一生はこの繰り返しです。
 世代交代は人間だけのことではありません。社会や国も代替わりを行います。この国は来年代替わりを迎えます。今上陛下に代わり、現皇太子が新天皇となりますが、どのような世の中になるか誰も分かりません。日本国がいつまでも存続するように、私たち一人ひとりの生き方が大切になります。

2018年01月21日

#152 新センター試験への懸念

 今年も大学入試センター試験が昨日と本日行われています。昨日は国語、社会、英語が実施され、今日は数学、理科が実施されています。昨日は大雪の関係で地域によっては試験時間を繰り下げる措置が取られました。また寒い時期でもあり、風邪やインフルエンザなどで体調を壊す受験生が少なからずいると思われます。とにかく受験生には最後まで頑張ってもらいたいと思います。
 さて、現在実施されているセンター試験は2020年度から「大学入学共通テスト(仮称)」となり、試験内容も大幅に変更になります。国語や数学では記述式問題が採用され、そのプレテストが現在全国の指定された特定の高校で実施されています。その結果をもとに新たな入試問題を作成するようです。
 問題は英語です。文科省は新テストで英語の入試を廃止し、代わりに民間の英語検定試験の成績を採用すると発表しています。共通テスト開始から3年間は現在のセンター試験形式の問題を併用して、その試験結果を入試に反映するようです。個人的な意見ですが、はたして英検などの検定試験が公正かつ公平に実施されるのでしょうか。
 まず英検(英検協会が主催する実用英語検定試験)ですが、現在1級から5級までのグレードがあります。このうち実際に入試の合否判定に使用できるのは入学試験に対応する2級、準1級、1級の3種類になると思われます。2級はセンター試験程度のレベル、準1級は難関私立大学(早稲田や慶應など)の入試レベルとなります。1級に合格できる高校生はほとんどいませんので、ここでは論じません。この2級、準1級の問題構成ですが、主として語彙問題、メール問題、長文問題から構成されており、解答はすべてマークシート方式となっています。この点で文科省が提唱している記述問題の導入に反しています。また語彙問題はあくまでも英単語を覚えているかが焦点となり、文法や表現を問う問題はほとんどありません。単語を暗記していれば解ける問題です。言いかえれば小学生でも単語を覚えれば解ける設問です。他の問題も解答は選択式ですので、答えが分からない問題も勘で解答できます。また採点方式ですが、英検協会では最近「英検IBA CSEスコア」を採用しており細かな点数基準を定めています。果たしてこの採点方式が公正な評価かどうか意見がが分かれます。(詳細は次のURLを参照してください。http://www.eiken.or.jp/eiken-iba/)
 英検を採用する際に一番心配なのが、高校などの試験実施会場では事前に試験問題が送ってきますので、学校関係者が事前に試験問題を見て、それに応じた問題を生徒に演習させることが可能になります。つまり教員による不正行為が簡単にできることになります。現在のセンター試験では試験問題が厳重に管理されていますが、民間の検定試験、特に英検に関しては不正が横行することがあり得ます。この点を文科省がどう対応するかが課題です。
 他の検定試験(TEEP, TOEIC, TOEFL, IELTSなど)にはそれぞれ一長一短があり、受験料、受験開催地数をふくめ、全国の高校生に公平に受験できる機会を与えることは不可能です。また成績をどのように入試に反映するかが今後の課題となります。現在の中学3年生から大学入学共通テストを受験することになりますが、英語に関して、どのような方針を出すのか、文科省は詳細をできるだけ早く提示する必要があります。

2018年01月14日

#151 怒れ、日本人大学生!

 正月松の内も明けないうちに、日本政府にひと言苦言を呈したいと思います。ある確かな情報筋の話です。現在海外から多くの留学生が日本国内の様々な大学で学んでいますが、その多くの学生が奨学金の返還を必要としない「給付型奨学金」を貰って生活しています。問題はこの給付型奨学金の配布方法です。
 その情報筋は現在ある国立大学に所属する人物で、その人物の話によると中国や韓国など近隣国の優秀な学生はアメリカやヨーロッパに留学をするそうです。この国や地域に留学できない能力不足の学生もしくは海外旅行気分で留学したい学生が日本にやって来るそうです。そのような能力不足の留学生にたいして政府は給付型の奨学金を与えています。日本人の学生は苦労して「貸与型奨学金(いわゆる奨学金ローン)」を貰い、卒業後に苦労して何百万円も返金しなければなりません。なかには奨学金ローンで水商売をする女子学生もいると聞きます。
 別の問題はその留学生の多くに勉学の意欲がない、ということです。情報筋によりますと、長期休暇になると奨学金を利用して日本国内を旅行して回り、休暇中の研修やセミナーには参加しない、とのことです。また授業出席率の悪い生徒や成績が振るわない学生に対して注意や叱責すると、学校に登校しないようになった、との報告を受けています。このような留学生の状態を文科省に報告すると、文科省の役人たちは問題は留学生にあるではなく大学の対応にあると、大学側を厳しく非難するそうです。不良留学生を注意するのは大学側の責任ですが、文科省の連中はその現状を認識しようとしません。また留学生数の実績を残さない大学に対して文科省は次年度の予算を減らすそうです。そこで大学は仕方なく留学生に対してお客様扱いで現在対応しているとのことです。
 この話を聞いて皆さんはどう思われますか?日本にいる留学生が全員このような状態ではないでしょうが、全ての留学生に対して一律に給付型奨学金を支給するには問題があります。むしろ優秀な日本人大学生に給付型奨学金を支給すべきではないでしょうか。確かに以前は日本育英奨学金(現在の日本学生支援機構)において、支給型と貸与型の奨学金があり、私は4年間貸与型奨学金を貰っていました。大学卒業後に教職についたために、奨学金返還の免除が適応され、大いに助かりました。
 日本政府は現在、大学生の奨学金制度を改善しようとする動きがありますが、あまりにも行動が遅すぎます。このことはODA(政府開発援助)にも言えます。必要な国や地域に援助をするのは当然ですが、必要でない国に対しても援助する傾向があります。例えば世界第2位になった中国に対して、つい最近までODAの支援を行っていました。中国が現在の地位に上り得たのは日本政府によるODA支援のおかげです。中国の国民はそのことを全く知りません。中国政府が自国民に対してODAによる日本からの援助を伝えていないからです。おまけに中国政府は自国が経済大国になったにもかかわらず、まだ発展途上国だと主張して、この主張に応じて日本政府は多額の援助をおこなってきました。中国の宇宙開発は日本政府によるODAのおかげです。
 人にも、国にも言えることですが、他人を意識して外面の良い者は身内に対して厳しい一面を持っています。確かに貧しい国や地域に対しての経済援助は必要でしょう。しかしながら日本国内にも貧困で苦しんでいる多くの人がいることを忘れてはなりません。1970年代、80年代のような「一億総中流時代」はすでに終わったのです。「勝ち組、負け組」の言葉に見られるように、日本国内でも経済格差がますます拡大し続けています。日本社会をこれから支えていくのは若い世代です。彼らが勉学に打ち込むことができるように、奨学金制度の速やかな改革を望みます。

2018年01月07日

#150 朋有り、遠方より来る

 平成30年(2018年)が始まりました。年末年始恒例の帰省ラッシュが今日ピークを迎えています。故郷で過ごした家族がまた日常生活へと戻っていきます。故郷のご両親は子供や孫たちの姿を見送り、次の再開の日を楽しみにしていることでしょう。毎年お盆の時期と年末年始の時期に繰り返されるこの情景は故郷を思い都会で暮らしていても帰郷の念を忘れずに持ち続ける日本人らしい心根を象徴するものだと言えます。
 同じことが同窓会にも言えるのではないでしょうか。社会に出て働き始めますと同郷で育った友との交流も仕事の忙しさに紛れて段々無くなっていきます。そしていつの間にか音信不通となってしまいます。そのような時に卒業した学校(小学校や中学校、高校、大学など)の同窓会は日常生活で忘れ去った懐かしいひと時を思い出させてくれます。
 昨日30数年ぶりに大学時代の友人達と楽しい時間を過ごすことができました。30余年の月日が過ぎたとはいえ、話すごとに、杯を交わすごとに昔の懐かしい思い出やお互いの近況報告など楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまい、再開を約束して別れました。まさに論語にある一節「朋有り、遠方より来る。亦楽しからずや」です。また今晩は中学時代の同窓会が予定されています。還暦を迎えた仲間が顔を合わせます。どんな話が聴けるか楽しみです。今年は戌年、ワンダフルな年にしたいものです。それでは今年もよろしくお願いいたします。

2018年01月03日

#149 今年を振り返って

 今年もまもなく終わろうとしていますが、今年ほど国内外で多くの事件や事故が多発した年はないのでしょうか。あまりにも多すぎて記憶に残らず、今年の出来事なのかどうか確認しなければならないほどでした。特に今年の最後までテレビのワイドショーを賑わせていたのが大相撲の暴力事件です。この暴力事件の裏に何があるのか分かりませんが、蒙古襲来状況の大相撲界にあって、日本人力士との諍いが少なからずあることでしょう。貴乃花の姿勢がそれを示しています。
 また世間を大いに騒がせたのが政治家や芸能人によるセクハラや不倫問題です。人として見本を示さなければならない立場の人がずいぶん堕落しています。これは教職員のセクハラにも言えることです。また大企業による談合や不正な事業行為など、世の中の様々な分野において多くの「悪徳」という名の膿が吹き出ています。これでは世の中が良くなるわけがありません。まず大人が毅然として自らの姿勢を正し、子どもたちに見本を示さなければこの国は決して救われません。
 もちろん、このことは日本以外の多くの国々にも当てはまります。換言すれば、人としての倫理観や生き様が著しく低下しているのです。利己主義的な「我良し」の考えではいずれ息詰まるでしょうし、個人の不正がいずれ国家間の紛争や戦争へと繋がっていきます。紛争は戦争や国家の上層部が行うのではなく、国民全体の意識がそうさせます。今一人ひとりが自らの生き方を考え直し、より良い人生を歩まなければ、紛争や戦争はいつまでも絶えることがないでしょう。私たちに生き方が問われているのは今です。
 来年も様々な出来事が生じるでしょうが、個人として、国家として生じる出来事に一つ一つ誠実に対応することが求められる一年となりそうです。
 今年もこのブログを読んでくださった皆様にお礼を申し上げます。ただの個人のつぶやき(「ひつじの独り言」)ですので、何卒ご無礼お許しください。なお当塾は本日より1月3日まで休業になります。来年も皆様にとりまして良き一年となりますように、心よりお祈り申し上げます。

2017年12月30日

#148 クリスマスイブに

 

 今日24日はクリスマスイブで、明日25日はクリスマスになります。日本では12月25日は休日になりませんが、欧米のキリスト教国ではではクリスマス休暇を取る国が多くあり、およそ1週間の休暇を取る人達がほとんどです。その代わりに正月は1月1日のみ休日となり、1月2日から仕事が始まります。国が違えば社会習慣もかなり異なります。
 私は幼い頃にクリスマスはプレゼントをもらい、ケーキを食べる日だとばかり思っていました。クリスマスの本当の意味を理解したのはずいぶん大きくなってからのことでした。キリスト教国ではない日本でクリスマスの意味を理解している人がどれだけいるかは疑問ですが、世界中でなぜクリスマスを祝っているのか、少し立ち止まって考えてみるのもよいでしょう。
 さて今日はクリスマスイブにちなんだ話をご紹介しましょう。英語の問題集などでも掲載されていますし、1990年代のセンター試験の出題源にもなった本に「心のチキンスープ」(Chicken Soup for the Soul)という英語の本があります。心温まる内容ばかりを集めた本ですが、英語のシリーズ本は現在までに10数冊発行されています。そのシリーズ最初の本の中に"A brother like that"という一文があります。今日のクリスマスイブに相応しい名文です。

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A brother like that (from Chicken Soup for the Soul)

 これはぼくの友達、ポールの話である。ある年のクリスマスイブのこと、ポールは兄さんからクリスマスに新車をプレゼントしてもらった。ポールがオフィスから出てくると、街でよく見かける少年が、そのピカピカの新車の回りを歩き回っていた。よほどその車が気に入ったらしく、ポールに話しかけてきた。
「この車、おじさんのかい?」
「ああ、兄貴からのクリスマスプレゼントさ」
 と、うなずきながらポールは答えた。少年はそれを聞いてひどく驚いた様子だった。
「えっ?おじさんの兄さんがくれたって?おじさんは全然お金を払わなくてよかったの?うわあっ、すごいな!ぼく・・・」
 と、少年は何かを言いかけたが、そのまま口をつぐんでしまった。少年は、「ぼくにも、こんな兄さんがいたらなあ」と言いたかったのだろう、とポールは思った。ところが、少年の口から出た言葉にポールは耳を疑った。
「ぼくね、おじさんの兄さんみたいになりたいなって思ったんだ」
 ポールは、まじまじと少年の顔を見つめていたが、自分でも思いがけない言葉が口をついて出ていた。
「この車に乗ってみるかい?」
「本当?ウン」
 車を走らせてまもなく、少年の目はキラキラと輝き始めた。
「おじさん、ぼくの家の前まで乗せてくれる?」
 ポールはおもわずニヤッとした。きっとこんな大きな車で帰ってくるところを近所の人たちに見せて、自慢したいんだなと思った。しかし、その憶測はまたもやはずれた。
「あそこに階段がついている家が見えるだろう?そこでちょっと待ってくれる?」
 少年は車を降り、駆け足で家に入っていった。しばらくすると家の中から、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。少年が体の不自由な弟を背負って出てきたのだった。弟を階段の一番下に座らせ、車がよく見えるように弟の体を支えた。
「ほら、お前。見てごらん。さっき言ったとおり、すごい車だろ。そこにいるおじさんの兄さんがクリスマスプレゼントにくれたんだって。それも、まるっきりタダでくれたんだって。お前も待ってなよ。兄ちゃんが、いつかきっとあんな車をおまえに買ってやるからね。そしたら、いつも話してるクリスマスのきれいな飾りを、その車に乗って見に行こうね」
 それを聞いたポールは何も言わずに車を降りると、少年の弟を抱き上げ車の助手席に座らせた。目をキラキラ輝かせた少年もその横に乗り込むと、三人はドライブに出かけた。本当に素晴らしいクリスマスのドライブだった。
 このクリスマスの日、ポールは聖書のみことばをしみじみ感じたのである。
「受けるよりは与える方が幸いである」
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 クリスマスの本当の意味をどれだけの人が知っているでしょうか?今年もクリスマスがやってきますが、本当にクリスマスの祝福が必要な子どもは周りから相手にされない子どもたちや、貧しい家庭の子どもたちかも知れません。

Merry Christmas to those people in need!

2017年12月24日

#147 クリスマスの集い

 クリスマスを迎えるまでちょうど1週間となりました。街中にはクリスマスソングが流れ、にぎやかな雰囲気がただよっています。子どもたちは今年はどんなプレゼントをもらえるか心待ちにしていることでしょう。
 さてキリスト教の学校ではこの時期に様々なクリスマスの集いが開かれます。特にカトリック学校ではクリスマスミサや集いが催され、クリスマスの意味を考える時期になります。私が現在非常勤講師をしている大牟田の明光学園では一般の方々を招いた全校生徒によるクリスマスの集いが昨日催されました。その前日に集いの練習やハレルヤの合唱の練習等が行われました。クリスマス集い当日にはキリスト誕生の寸劇から始まり、その後クリスマスミサへと続いて行きました。その集い中で聖歌隊の合唱やオーケストラの演奏など趣向を凝らした演出が素晴らしく、観客を魅了しました。およそ2時間ほどの集いでしたが、司教様のお話や共同祈願等を通し生徒たちはてクリスマスの意味を心に留めたようでした。
 同じカトリック学校でも母体となる修道会やその学校によって様々な形式の集いが催されます。例えば私が奉職した福岡雙葉学園では、全校生徒が参加するのではなく、卒業をひかえた高校3年生がクリスマス・キャンドルサービスを行います。キャンドルサービスとは聖歌などの歌を通してクリスマスを祝う行事です。30分ほどの時間ですが、聖歌やクリスマスキャロル、自分たちが選んだ歌を全校生徒の前で歌い、クリスマスを盛り上げます。高校3年生にとって、学年最後の行事であるとともに、後輩たちへのメッセージとして40年以上もの間このキャンドルサービスが続いています。毎年高校3年生が趣向を凝らしてキャンドル代わりのペンライトに色セロファンを付けて、もみの木やハート型など様々なイルミネーションを演出します。ユーチューブでご覧になれます。(https://www.youtube.com/watch?v=9QPCA7xCrjg)
 クリスマスが近づくにつれて、多くの人々はクリスマスの本当の意味を考えずに、パーティや忘年会の宴会代わりに飲み食い、賑やかに楽しく過ごすのでしょうか。この現代の世相を表わすかのように、さだまさしの「遥かなるメリークリスマス」という歌があります。その歌詞は次のような出だしで始まります。

『遥かなるクリスマス』 byさだまさし

メリークリスマス
二人のためのワインと それから君への贈り物を抱えて駅を出る
メリークリスマス
外は雪模様気づけば ふと見知らぬ誰かが僕にそっと声をかけてくる
メリークリスマス
振り向けば小さな箱を差し出す 助け合いの子供達に僕はポケットを探る
メリークリスマス
携帯電話で君の弾む声に もうすぐ帰るよと告げた時のこと
メリークリスマス
ふいに誰かの悲鳴が聞こえた 正面のスクリーン激しい爆撃を繰り返すニュース
メリークリスマス
僕には何も関係ないことだと 言い聞かせながら無言でひたすらに歩いた........

名曲です。ユーチューブなどでお聴きください。いずれにしてもクリスマスが今年もやってきます。けれど世界には貧困のために、また戦火に追われクリスマスを祝えない多くの子どもたちがいます。。家族や友人で楽しく過ごすことも大切ですが、今一度クリスマスの本当の意味を原点に戻って考えたいものです。
I wish you Merry Christmas!

2017年12月17日

#146 死は人生で最も大切なことを教えてくれる

 季節はすでに晩秋から初冬へと移り、例年になく真冬のような寒さが続いています。昼前から雨が降り出しましたが、気温が数度低ければ、雨が雪に変わるような今日の天気です自然の季節には四季があり、青春・朱夏・白秋・玄冬と呼ばれていますが、人生にも同じような四季があります。釈迦は生老病死を唱えましたが、まさに私たちの人生のそれぞれの段階を表しています。
 さて本日のブログのタイトルは、以前ご紹介しました聖心会シスターである鈴木秀子氏の最近の本で考えさせられる一文がありましたので、今日はそれをご紹介します。

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「死」で人は、攻撃しなくなる
     「死は人生で最も大切なことを教えてくれる」鈴木秀子(SB Creative刊)より抜粋

 中学3年生の少女、Eさんの話です。Eさんは、とある女子校に通う明るく朗らかで気立てのよい少女でした。幸せな家庭に育ち、何不自由なく過ごしていました。
 しかしある日、突然体調に異変を感じ、大きな病院で精密検査をいくつも受けることになります。検査の結果、彼女の内臓には末期のガンが見つかりました。しかも、そのガンがあまりにも進行しているため有効な治療法はなく、Eさんは余命いくばくもないことがわかりました。
 もちろんその結果は、主治医からEさんのご両親にすぐ告げられました。でもご両親は、それれの事実をすべて、彼女に伝えないことを決意します。そして彼女が息を引き取るその日まで、皆でゆっくり過ごすことにしたのです。
 とはいえ、カンが鋭いEさんは「私はもう死に向かっているのかしら?」と察している節があったそうです。さらには「私の病気には、治療の手立てがもうないのかしら?」とご両親に尋ねたこともありました。しかしご両親は「本人のためにも最後まで本当のことを告げない」という方針を貫くことにします。
 それは、娘のEさんが通う学校に対しても同じでした。ある日お父様はわざわざ仕事を休み、一度学校を訪れ、担任の先生と直接話をします。とはいっても、次のことしか伝えませんでした。
 「娘がいつもお世話になりまして、ありがとうございます。実は娘は体調が悪く、学校を休まざるを得なくなってしまいました。また通えそうになりましたら、ご連絡します。」
 Eさんの症状も病名も、何も明かさなかったのです。でも、その程度の伝達事項であれば電話連絡でも十分なはずですから、その時に担任の先生は「お父様がなぜ欠勤してまで学校を訪れ、娘が休むという意思を伝えにきてくださったのか」と少しいぶかしく思ったそうです。
 あとからお父様に聞くと「娘の病気のことを言葉にして伝えると、娘が本当に死んでしまうと思ったのです」と弁明していました。つまりお父様自身も、Eさんの死を受け入れることができでいなかったのです。
 やがて、Eさんは亡くなります。その事実が学校に伝えられた時、今まで何も知らされていなかった担任の先生をはじめ、級友たちはあまりの突然の悲劇に驚きました。数カ月前まで同じ教室で机を並べて楽しい時間を共有していたEさんが、一言も別れを告げずに天国に旅経ってしまった。それは確かに、衝撃的な事件であったはずです。
 そして、担任の先生も級友たちも、Eさんの葬式にそろって参列しました。すすり泣く声が満ちてただでさえ悲しい雰囲気の中、そこには追い打ちをかける出来事が起こりました。それは出棺の時のことです。
 その地域では、「親が子どもに先立たれた場合は、母親は火葬場に赴いてはいけない」という風習がありました。ですから霊柩車に棺が乗せられると、あとは「お骨になって、骨壺に入って帰ってくるだけ」になるのです。
 お母様は、その風習をとても受け入れられなかったのでしょう。「それならば、棺を霊柩車には絶対に乗せるまい」と、男性たちが運ぶ棺にしがみつき、往来で人目もはばからずEさんの名前を呼び、泣きじゃくり続けました。周りの人たちに押さえられ、なだめられるうちに、お母様の着物の裾は乱れはだけて、白い襦袢があらわになりました。けれども、そんなことを気にするそぶりを微塵も見せず、お母様は懸命の抵抗を試みました。
 その格闘は数分間も続いたでしょうか。何人かの屈強な男の人たちがお母様をなんとか押さえつけ、羽交い絞めにして、ようやく霊柩車は火葬場へと出発しました。それを追いかけるように、ご親族たちもしめやかに車で移動していきました。
 Eさんの同級生たちはそれら一連の騒動を、道路の向かい側からまるで演劇でも鑑賞するように、ただぼんやりと静かに傍観していたそうです。多感な年代の少女たちの柔らかな心に、「死」の実感が強烈に印象づけられたのです。
 それから、Eさんのクラスは、雰囲気がガラリと変わりました。教師に口答えするなど犯行的な態度をとっていた多くの生徒たちが、打って変わって素直になりました。それまで、特定の生徒に悪口や虫などのいじめを行っていたグループが「許してほしい、そして仲良くしてほしい」と謝ったりしたのです。
 そのような変化は隣のクラスやその学年にまで広がりました。そして教師たちの手に負えなかった不良グループまでもが急に反省の色を見せ、派手な身なりや行動を改めはじめました。さらには、生徒たちを叱るだけだった教師たちの姿勢にも変化が起こり、学校全体に「優しさ」が伝播したというのです。「その年の入学試験の受験者数も増えた」とも、あとから風の便りに聞きました。
 Eさんの突然の死は悲劇としか言いようがなく、多くの人に衝撃と悲しみを与えました。しかし、Eさんは、自身の死を通して「命があることが当たり前ではない」という「ともすれば忘れがちな真理」を、級友や教師など多くの人に教えてくれました。
 その結果、命の尊さに気づいた仲間たちは。「命ある限り、人には優しくしよう」と、はじめて行動を変えることができました。Eさんの死は、周囲の多くの人々を成熟へと導いてくれたのです。
 私たちもEさんの人生から、貴重な教訓を学ぶことができます。「明日、身近な人が死ぬとわかっていたらどうするか」、想像力をたくましくして考えてみましょう。その人が嫌いだったとしても、きっと優しく接することができるはずです。
 またその応用形として「明日、自分が死ぬとすればどうだろうか」と考えてみましょう。嫌いだった人の長所も見えてくるはずです。

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 長文の抜粋となりましたが、確かに「命」について考えさせられる名文です。この場合、死に逝く者に対して事前告知をどうするか、という問題は別にして、自分の身近な人に死期がが迫った場合にどうふるまうか、また自分の命がまもなく尽きることが分かった場合に、どのように受け止め行動するか等、様々なことが考えさせられます。そして自分自身の「死」に対して正直に向かい合うことで「人生の意味」や「真摯に生きる」という意味を掴むことができます。この本の一読をお勧めします。


2017年12月10日

#145 平成の終わりと、はしだのりひこ逝く

 久しぶりにブログを書いています。実は非常勤講師をしている学校で現在期末試験が行われており、私が担当している授業のテストを3種類作らなければならず、その作成に時間がかかりましたので、ブログの更新ができませんでした。現在は採点に追われています。加えて成績締め切り日まで試験後の3日間の猶予しかなく、テスト返却後にすぐ成績処理をしませんと間に合いません。今月は師走ですが、学校の先生方はテストの採点や成績処理、親子との個人面談の準備で大忙しの日々を過ごすことになります。
 さて先日皇室会議が開催され「平成」が再来年の4月30日に終わることが正式に公表されました。これで平成は31年間で終了することになります。天皇陛下がご存命中に元号が変わるのは200年ぶりとのことです。元号名の「平成」は必ずしも平和な時代ではなかったと思います。昭和と違い平成は戦争に介入するはありませんでしたが、それでも様々な大事件や大事故が続けて発生し、異常な殺人事件も多く起こりました。事件や事故が起こるたびに以前の出来事が忘れ去られ、年末の特集番組でようやく思い出すようなことが続いています。
 思い返せば1989年(昭和64年)1月7日は昭和の終わりと平成の始まりという2つの時代が重なった1日でした。この日の不可思議な一日を今でも覚えています。早朝に昭和天皇の崩御が報じられ、国内は正常な生活が営まれていましたが、どことなく空虚感が漂っていました。一時代が終わり、新しい時代が始まった一日でした。再来年の平成の終わりと新しい時代の始まりをどのような雰囲気で迎えるのでしょうか。今から楽しみです。
 個人的に大きなニュースが昨日ありました。はしだのりひこ氏の逝去です。はしだのりひこ、と言えば年配の人達はご存知でしょうが、フォーククルセダーズのメンバーで、名曲(迷曲?)「帰ってきたヨッパライ」で世の中を風靡しました。この歌の微妙なリズムと歌詞の内容はそれまでの歌謡曲の範囲を超えた奇妙な衝撃を世の中に与えました。特にテープレコーダーの回転数を変えて曲作りを行った奇抜なアイデアには世の中が驚きました。勿論ビートルズからの影響です。また彼はシューベルツの「風」、クライマックスの「花嫁」を不朽の名曲として世に残した人物としても知られています。またフォークソングを世の中に広めた一人でもあります。両曲ともに作詞はきたやまおさむ、作曲ははしだのりひこです。彼の曲は特に親しみやすく、誰でも口ずさむことができるメロディーです。「風」は教科書に載せられ、「花嫁」は1971年に発表され、その年の紅白歌合戦に出場しています。特に「風」は一度は誰でも口ずさむ名曲中の名曲です。

「風」 作詞 きたやまおさむ
    作曲 はしだのりひこ


人は誰も ただ一人旅に出て
人は誰も ふるさとを振りかえる
ちょっぴりさみしくて 振りかえっても
そこにはただ風が 吹いているだけ
人はだれも 人生につまずいて
人はだれも 夢破れ振りかえる

プラタナスの 枯葉舞う冬の道で
プラタナスの 散る音に振りかえる
帰っておいでよと 振りかえっても
そこにはただ風が 吹いているだけ
人は誰も 恋をした切なさに
人は誰も 耐え切れず振りかえる

何かをもとめて 振りかえっても
そこにはただ風が 吹いているだけ
振りかえらず ただ一人一歩ずつ
振りかえらず 泣かないで歩くんだ
何かをもとめて 振りかえっても
そこにはただ風が 吹いているだけ
吹いているだけ 吹いているだけ

 寒い季節に歌いたい1曲ですが、タイトルの「風」について北山修氏があるエッセイでこのようなことを書いていました。「自分は京都駅近くの家で幼いころ暮らしていましたが、いつも京都駅を乗り降りしている人々を興味深く見ていました。その人々の動きから一陣の風が吹くことをいつも感じていました。そのような経験から「風」という市が生まれました。」人生は生きて愛することの繰り返しです。過ぎ去ったものを振り返っても、そこには風しか吹いていません。一歩前に進めることが必要です。
 はしだのりひこ氏はフォークルのメンバーであった故加藤和彦氏と今天国で語り合っていることでしょう。彼のご冥福を祈りたいと思います。

2017年12月03日

#144 こんな手があったとは!

 先週の後半から始まった寒波がまだ続いています。ここ大牟田では2日前の最低気温が-0.8度と氷点下を記録したそうです。今年の冬は例年以上に寒くなると思われます。これからは風邪やインフルエンザにかからないように健康管理が大切になります。
 さて先日の西日本記事の1面に画期的な記事が載っていました。『ネット”神”授業 講師は現役教諭 福岡発無料動画再生700万回「学習の機会均等に」』(ネット記事の詳細はこちらです)
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/374414/
 この記事によりますと、福岡県の公立高校教師の山崎圭一さんが授業動画を「ユーチューブ」に投稿しており、人事異動で高校を転任する時に生徒から先生の授業をユーチューブで流してもらいたいと依頼されたそうです。最初は世界史だけでしたが、その後日本史、地理と科目が増え、最近はホームルームなどの動画も投稿されています。授業動画は大手の予備校や通信教育会社が有料で配信していますが、山崎さんは無料で投稿しており、「教員の配置や教育課程の都合で生徒が興味に合った科目を選択できず、学習の機会が失われている。先生にも見てもらって授業の参考にしてほしい」と語っています。
 私はこの記事を読んで、この手法は貧困家庭の子どもたちや不登校の子どもたちにこそ利用してもらいたい手法だと思いました。私は時々話題となっている動画を時々ユーチューブで観ていましたが、自分がユーチューブに投稿する発想は全くありませんでした。実際授業を投稿することになると、小学校から高校までの学年別授業形態や科目の種類など様々な課題がありますが、複数の教員が集まり、それぞれの学習形態に合った授業を録画して投稿すれば、様々な理由で授業を受けられない子どもたちに福音となります。このような手法はまず優秀な教育人材を有する政府に考えてもらい、至急実行すべきだと思います。発想を変えるといろいろなことが実現できる一例だと思いました。ネットの悪用が叫ばれている昨今ですが、この記事はまさに文明の利器の良い使い方の例です。彼の発想と実行力に脱帽します。

2017年11月23日

#143 ちいさい秋見つけた

 今朝は今秋一番の冷え込みとなり、当地では最低気温5度を記録しました。現在は気温10度ですが、日中はこのまま気温が上がらない状態が続く見込みです。週末から急に寒くなり、晩秋というよりも初冬の雰囲気が漂っています。特に本日は年末年始の寒さだそうです。
 さて前回のブログでは童謡・唱歌の「紅葉」を紹介しましたが、今朝から「小さい秋見つけた」が何故か胸の中でこだましています。私がこの歌を初めて聞いたのは、たしかNHKの「みんなの歌」だったと思います。時期は分かりませんが、おそらく幼稚園の頃ではなかったかと思います。ボニージャックスが歌うこの歌の前奏が物悲しく、秋から冬へと移る季節感が漂い、不思議な雰囲気を醸し出しています。作詞・作曲は、かのサトウハチロー、中田喜直です。ウィクペディアによると、作詞のきっかけは『サトウハチローが住んでいた東京都文京区弥生の自宅の庭にはぜの木が植えられており、この木の紅葉する情景を見たのが作詞のきっかけとなった。この自宅は1996年に岩手県北上市のサトウハチロー記念館に移築され、はぜの木は後楽園駅近くの礫川公園に移植された。』と説明しています。なお歌詞は次の通りです。


  「ちいさい秋見つけた」
  作詞:サトウハチロー 作曲:中田喜直

  だれかさんが だれかさんが
  だれかさんが 見つけた
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた
  目隠し 鬼さん 手の鳴る方へ
  澄ました お耳に かすかに沁みた
  呼んでる口笛 百舌(モズ)の声
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた

  だれかさんが だれかさんが
  だれかさんが 見つけた
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた
  お部屋は 北向き 曇りのガラス
  うつろな目の色 溶かしたミルク
  わずかな 隙から 秋の風
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた

  だれかさんが だれかさんが
  だれかさんが 見つけた
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた
  昔の 昔の 風見の鳥の
  ぼやけた 鶏冠(トサカ)に はぜの葉一つ
  はぜの葉 赤くて 入日(イリヒ)色
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた

 この歌の1番の歌詞「目隠し 鬼さん 手の鳴る方へ澄ました お耳に かすかに沁みた」、2番の歌詞「お部屋は 北向き 曇りのガラスうつろな目の色 溶かしたミルク」、3番の歌詞「昔の 昔の 風見の鳥のぼやけた 鶏冠(トサカ)に はぜの葉一つ」には何かしら日常生活とは異なる不可思議な空間を思わせるサトウハチローの独特な死生観を表しています。今年も秋が例年よりも短く、冬の装いが近づいています。季節の変わり目ですので、ますますご自愛ください。

2017年11月19日

#142 秋晴れの一日

 放射冷却の影響で最低気温が10度を下回る日が続いています。北日本では雪の便りが届く頃となりました。日ごとに秋が深まっていきます。街路樹の銀杏の木も黄色に色づき、葉が散り始めています。遠くの山々は赤や黄色に変わり、紅葉が見ごろになる日が近づいています。ここでふと唱歌「紅葉」を思い出しました。小学校の音楽の授業でこの歌で輪唱の練習をしたことを覚えています。
 
    「紅葉」
 秋の夕日に照る山もみじ
 濃いも薄いも数ある中に
 松をいろどる楓(かえで)や蔦(つた)は
 山のふもとの裾模樣(すそもよう)
 溪(たに)の流に散り浮くもみじ
 波にゆられて はなれて寄って
 赤や黄色の色さまざまに
 水の上にも織る錦(にしき)

 この「紅葉(もみじ)」は、作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一による唱歌で、1911(明治44)年に「尋常小学校唱歌(ニ)」上で発表されそうです。この岡野・高野コンビは、「紅葉(もみじ)」の他にも「故郷(ふるさと)」、「春が来た」、「春の小川」、「朧月夜(おぼろづきよ)」などの日本の名曲を数多く残しています。童謡、唱歌は日本人の心の故郷を表しています。誰でも幼い頃に子守歌として聞いたり、また幼稚園や小学校で歌ったことがあります。時代が変わっても日本人の原風景として心に残る童謡、唱歌はいつまでも歌い続けてもらいたいと思います。季節を感じながら、何気ない一日の幸せを感じることも大切です。

2017年11月12日

#141 創立3周年を迎えました

 当塾は今月創立3周年を迎えました。実際、創立記念日は昨日でしたが、昨日は所用のため福岡へ行き、その後授業を行いましたので、ブログを更新する時間が取れませんでした。改めて本日ブログを更新します。
 さて当塾の創立記念日ですが、以前にも書きましたように、11月4日でなくてもよかったのですが、当塾の住所が大牟田市浄真町114番地ですので、語呂合わせで11月4日を創立日にした次第です(笑)。
 現在10名前後の生徒が当塾で学んでいます。創立当初から個別指導を中心に授業を行っていますので、当塾では最大10名前後が収容能力の限界となります。当塾の設立当初は5名から10名程度のコース単位の授業を考えましたが、コース単位で授業を行いますと、コース内の生徒の学力差を考慮しなければならず、コース制を取っている他校との差別化ができません。また公立学校との区別もつきにくくなります。確かに大手の進学塾ではコースの細分化を売りにしている塾がありますが、文言通りに効果が出ているかは甚だ疑問です。授業の内容も吟味せずに塾の名前に魅かれて大手の塾に通っている生徒も多いのではないでしょうか。
 当塾では一人ひとりを大切にして、その生徒の学力に応じた授業をするには個別指導の方がよりよい授業ができます。コース制と個別指導性を比べてどちらが良いかは一概に言えませんが、各塾がその特徴を活かして経営していけばよいと思っています。換言すれば、「人は人、自分は自分」の発想になります。
 幸いにも、あえて生徒募集をしなくても口コミで生徒が集まってきますので、これも今までご支援してくださった多くの皆様のお陰と思っております。当塾の今後の課題として、必要とされる生徒に学びの場を提供するとともに、全国各地に同様な学びの場を与えるきっかけを作ることができれば幸いだと思っています。実現するのに少なくとも数年はかかるでしょうが、自分のできる範囲でやれることから少しずつ始めたいと思っております。それでは今後もよろしくお願いいたします。

2017年11月05日

#140 長崎へ行ってきました

 例年になく天候不順だった10月も終わり、今日から11月になりました。季節は慌ただしく秋から冬へと変わっていきます。日中は20度を超える気温ですが、朝晩はかなり冷える日々が続いています。特に早朝は最低気温が10度前後の朝が続いています。ブログ読者の皆様は体調に充分ご留意ください。
 さて本日は講師をしている学校が創立記念日のために授業が休みになりましたので、気分転換に長崎に行ってきました。大牟田から長崎まではJR鹿児島本線の鳥栖駅で長崎本線に乗り換え、3時間ほどで到着します。佐賀駅を過ぎた頃から多数の気球が空を飛んでいました。そうです。毎年この時期に佐賀の嘉瀬川河川敷でバルーンフェスタが行われます。本日は初日で河川敷には多くの出店が並び、賑わっていました。毎年テレビのニュースでバルーンフェスタの様子は目にしますが、実際自分の目で見たのは今日が初めてでした。
 今日長崎を訪れた理由の一つは長崎県立美術館で「さだまさし展」が開催されていて、彼の自筆の楽譜や実際コンサートで使用したギターを見るためです。彼との付き合い?は古く、私が高校生の時にグレープとして活躍していた頃に遡ります。当時「精霊流し」がヒットしていた頃で、彼は今ではNHKテレビ番組の「生さだ」を始め、毎年多くのコンサートに出演し、名前を知らない人はいないほどの人気を博していますが、グレープ当時の彼を振り返ると、まさか日本を代表するシンガーになるとは全く予想していませんでした。
 その後、歩いて大浦天主堂まで行ってきました。途中コルベ記念館に寄り道しました。第2次世界大戦中にアウシュビッツで他人に代わり、命をささげたコルベ神父様が長崎に滞在した頃の様子を残している記念館です。今回初めて訪問する機会を得ました。コルベ神父に関する書物や資料がたくさんあり、彼の長崎での生き様が偲ばれます。長崎は「坂の町」というだけでなく、「教会の町と」言った方が相応しいほどです。大浦天主堂などの大きな教会は観光地化されている面がありますが、裏通りに一歩入ると敬虔な祈りが捧げられる街です。
 また今日は県立図書館で宮崎康平生誕100周年記念の展示会も行われていましたので、足を延ばして彼の直筆や手紙等を鑑賞してきました。宮崎康平といえば「まぼろしの邪馬台国」や「島原の子守歌」で世に知られています。さだまさしと宮崎康平は旧知の中で、さだまさしがグレープとしてデビューするきっかけを作ったのが宮崎康平だと言われています。
 今日の長崎は快晴で秋らしい雰囲気が漂っている一日でした。同じ九州管内で距離的に近いわりには、なかなか行く機会がなく、1日だけの滞在では十分満喫することはできません。またいつか時間が取れたら1泊して長崎市内を隅々まで堪能したいと思っています。
 

2017年11月01日

#139 鈴木秀子さんのこと

 先週末に続き今週末も台風に見舞われました。2週連続の台風襲来になります。ここ大牟田はそれほど大きな被害はありませんでしたが、先週の台風で各地で大きな被害が出ましたので、被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。地震にしても台風にしても、一度発生しますと大きな被害が生じますので、日頃からの防災意識が大切になります。
 さて今日のブログのタイトルにあります鈴木秀子さんをご存知でしょうか。鈴木さんの著者紹介より引用抜粋させていただきます。

鈴木秀子:聖心会シスター。国際コミュニオン学会名誉会長。長年にわたり、全国及び海外で講演活動を行い、特に、死が近づく人や、その関係者からの相談が多い。

 私が鈴木さんを知るようになったきっかけははっきりと覚えていませんが、おそらく故渡辺和子さんの著書の中であったような気がします。シスター渡辺と同様に、シスター鈴木は珠玉の名文を書かれる方でもあり、様々な本から引用して素晴らしい内容を読者に紹介されます。その内容は万人を首肯させるものがあります。本日はシスター鈴木の最近出版された本の中の名文1つを紹介したいと思います。
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 『自分の感情を良きものに変える』(「今、目の前のことに心を込めなさい」海竜社より)
 あるアメリカ人がこういう話をしてくれました。その人はもう年配の男性ですが、これは9歳の時の思い出です。
 小さい時、お父さんがサーカスに連れて行ってくれました。家はそんなにお金持ちではありませんでした。お父さんが、今日はサーカスに連れて行ってあげるというので、9歳の男の子はもううれしくてたまらなかったのです。
 会場につくと、切符を買う長い列ができていました。自分たちはその列のいちばん最後になりました。すぐ前には、十人家族が並んでいました。それはお父さん、お母さんと八人の子どもたちの、とても貧しそうな家族でした。着ているものは質素でしたが、きれいに洗濯してありました。その家族は貧しいながらも、きちんとした生活をしている人たちだと子ども心にも思いました。
 「サーカスってところはね、ライオンがいたり、象がいたりするんだよ。そうして象が鼻の先で輪を回したり、いろんな動物がいろんなことをするんだよ」とお父さんは得意になって話していました。
 子供たちは二人ずつ四列に並んで、うれしそうに聞いていました。母親の方は、はじめて家族全員でサーカスを見ることができた、そして夫がそういう稼ぎをして連れてくれたということが、誇らしげに見えました。
 いよいよ切符を買う順番が近づいてきました。その家族が買えば、次は自分たちです。9歳の男の子は、とても待ちきれない思いでいました、もうサーカスのざわめきが外まで響いています。動物たちの鳴き声も聞こえてきます。
 十人家族のお父さんが、切符売り場のところに立ちました。そして大きな声でほんとに誇らしげに、「大人二人、子供八人」と言いました。それは後ろに並んでいる9歳の男の子のところまで聞こえてきました。お母さんもうれしそうに傍に寄り添い、子供たちもわくわくしている様子でした。
 ところが突然、お父さんはさっきまでの威勢の良さがなくなって、うなだれてしまったのです。お母さんは何事が起ったかと思ってお父さんを見守り、子どもたちはなんか様子がおかしいということで、しょんぼりとし始めました。
 そのお父さんはしばらく黙って地面を見ていました。しかし、今度はまた勇気を出して、切符売り場のところで顔をつけ、まるで切符売り場の窓の中を覗くようにして、「大人二枚に、子ども八枚でいくらですか」と聞きました。その声は他の人には聞こえなかったのですが、お父さんはその窓口から後ずさりすると、肩を落としてうなだれて下を向いてしまいました。あれほど誇らしげに見えたその男の人が、小さく見えました。
 突然9歳の男の子と手を繋いでいたお父さんが、四列に並んでいた子どもたちの前を通り越して、うなだれているお父さんの方を叩きました。
 「今ここに、百ドル札が落ちていますよ。あなた、落としたんじゃありませんか」と言いました。しょげきっていたお父さんは、持っているはずはなかったのですが、思わず辺りを見渡しました。
 その間に、9歳の子どものお父さんは百ドル札を地面から拾って、そのお父さんに渡しました。「あなたのポケットから落ちるのを私は確かに見ました。ここには他に人がいません。あなたが落としたんです。きっと気づかないうちに百ドル札があって、それが落ちたに違いありませんよ。」と言ったのです。
 そのお父さんはただ黙って、手に置いてくれたその百ドル札を見つめました。そして、相手の顔をじっと見て深く頷き、涙をぽろぽろ流して、「ありがとうございます」と言いました。
 そのお父さんは紙幣を持って「大人二枚、子ども八枚」と誇らしげな声で切符を買いました。「さあ、みんなサーカスだぞ」と言って、子どもたちを先に中に入れ、振り返って自分たちに深く頭を下げました。そして夫婦はサーカスの中へ消えていきました。
 9歳の子の父親は子供の手を取って、「さあ、うちに帰ろう」と言いました。そしてお父さんと男の子はそのまま家に帰ってきたのです。
 9歳の男の子は何も言いませんでした。でも大人になった今、思い出してみると、自分はあのとき、人生はどのように生きるのかということを学んだといいます。自分の中に起ってくるいろいろな感情や考えを、良いものにしていくにはどうしたらいいのか。サーカスを見る以上の素晴らしい宝を、あの瞬間に自分は父からもらいました、という話をしていました。
 これは「自分で自分を変えていく、そうすると周囲も変わってくる」という、まさにその瞬間を体験した話でした。
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 まさしく名文です。子供は親の背中を見て育ちます。若い世代は大人の姿を見て学びます。煽り運転の例を挙げるまでもなく、昨今のすさんだ世情を反映すような事件が多発しています。人の心がすさんでいる証拠です。ネットでも匿名性を利用して誹謗中傷するものが数多く見られます。まず自らを正して誠実に世の中に向き合うような生き方が必要とされる今日この頃です。

2017年10月29日

#138 明日は選挙です

 コスモスが咲き乱れる季節となりました。先日テレビで福岡県内のコスモスで有名な公園が紹介されていました。数千本のコスモスが咲き乱れ、公園一面がコスモス畑になっていました。しかし残念ながら当塾横の国道の花壇には今年は花が一輪も咲いていません。国道沿いの電柱地中化工事が行われているためです。真冬も咲いていたコスモスの姿は今年は見ることができません。可憐な姿は来年に期待したいと思います。ただ鹿児島本線の線路沿いに数本コスモスが咲いているのに気づきました。おそらく人の手を借りずに自ら成長したものでしょう。その健気な姿に頭が下がります。
 さて明日はいよいよ衆議院選挙となりますが、超大型台風の襲来が予想されていますので、投票率が心配されます。また今回の選挙から18歳以上の若者が投票しますので、若い世代の意識も選挙に影響します。連日のようにテレビ番組で選挙予想や党首討論などの意見を伝えていますが、果たして政権を取るのはどの政党でしょうか。前回のブログでも述べましたが、この国の将来に関わる大切な選挙です。「たかが一票」と思っても大切な一票となります。国政はあくまでも国民の意思の表れです。
 明日は荒天が予想されますので、私は今日期日前投票に行ってきました。市役所内の投票所ですが、それほど混雑はしていませんでした。ニュースでは期日前投票が前回の1倍半増加となっているそうです。おそらく鄭風の影響を心配して多くの方が投票所に足を運んだのでしょう。特に18歳の若者の積極的な投票活動を期待したいと思います。「たかが一票、されど一票」です。この国の将来のために大切な一票を投じましょう。明日は超大型台風の影響が懸念されています。台風の進路に当たる地域の方は充分お気をつけください。

2017年10月21日

#137 カズオ・イシグロの思い出

 昨日の昼から雨が降り続いており、今朝から10月には珍しい本降りの雨となっています。傍の国道を走る車の轍の音で雨の強さが分かります。さて今年のノーベル文学賞を受賞した長崎生まれのイギリス国籍を持つカズオ・イシグロ氏ですが、彼の名前は私がオーストラリアのシドニーで暮らしていた20年以上も前に聞いたことがあります。
 当時私はシドニーの大学院に入学する半年ほど前にシドニー大学付属の英語学校に通っていました。この英語学校は大学生・大学院生になるために英語力を磨くためだけではなく、大学での授業の受け方やプレゼンテーションの仕方、レポートの書き方などを教えてくれました。そこで出会った講師の一人、ジュディス・ウィーリーからイシグロ氏の話を伺いました。彼女はイシグロ氏の小説はとても面白く、ためになるのでぜひ読んだほうが良い、とアドバイスしてくれました。早速シドニー市内の書店に行き、彼の本を1冊購入しましたが、その後本の頁を開くこともせず、そのままになっています。
 その本をまだ捨てずに書棚に保管していると思い、さっそく探してみました。見つかりました。本のタイトルがKazuo Ishiguro "The Unconsoled"となっています。発行年が1995年とありますので、22年前に購入しており、ペーパーバックの本が歳月の経過により酸化し、頁の端々が赤茶けた色に変ってしまいました。今となっては遅すぎますが、あの時ジュディスの助言通りに彼の本を一読していれば、彼の読者になっていたかも知れず、彼のノーベル賞受賞後に彼についての自慢話ができたかもしれません(笑)。私たちはあらゆるものに対してどこでどのような縁があるか分かりません。人の助言には素直に従うものです。読書の秋に相応しく、少し時間を見つけてシドニーでの思い出に浸りながら、この本の頁を少しずつ進めていこうと思います。

2017年10月15日

#136 小池知事「核武装容認」!?

 今日は朝から快晴です。朝早く花火の音がしましたので、どこかで運動会が行われるのでしょう。さて先日ノーベル文学賞にカズオ・イシグロ氏が選ばれました。彼についての思い出を書こうと思いましたが、面白いネット記事を見つけましたので、急遽その話題に切り替えたいと思います。イシグロ氏の話は後日書きたいと思います。
 さて本日のブログタイトル「小池知事核武装容認」の記事ですが、詳細は次のページでお読みいただけます。(https://withnews.jp/article/f0171008000qq000000000000000W05x10701qq000016025A)早く読まないと削除される可能性大です。
 問題は小池知事が過去において核武装を容認したか否かではなく、HPから削除された記事を過去に遡って検索するサイトがあることです。私はこの記事を読んで、びっくり仰天しました。一度HPから削除された記事は原則としてアクセスできません。興味ある記事を後で読もうと思っても、削除された後は全くアクセスできなくなります。ところが、Wayback Machine というサイトを利用すると、削除されたページが読めるようになります。上記のページから引用しますと:

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 「Wayback Machine」は、全世界のウェブサイト情報を自動収集、保存しているデータベースを持っており、調べたいサイトのURLを入力すると、そのサイトの過去の姿が見られる、というサイトです。
 「Wayback Machineは、過去のウェブページが検索できる世界で唯一のサイトです。米国ではすでに、検索した過去のサイト情報が、裁判の証拠としても使われています」
 「Internet Archive」のサイト内の記述によれば、1996年の設立以来、各年代の計約3千億ページを保存してきました。
 データベース収容情報を都度、呼び出して作成されるページや、パスワードロックされたページ、ロボットによる情報収集を拒む設定をしているサイトを除けば、「Wayback Machine」はほぼすべてのネット情報にアクセス。ロボットとの相性で保存できてないページもありますが、Twitterなど一部を除く世界中の全ウェブ情報が、「Wayback Machine」で検索できる状況になっているそうです。
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 いやはや、とんでないことが私たちの知らない間に行われています。管理社会の裏側で様々な情報収集が行われていることでしょう。例えば監視カメラについては私たちの目に直接見えますので、その賛否の意見がよく交わされていますが、このようなサイトが存在することについて大半の人が知らないと思います。詮索したくありませんが、個人の電子メールや携帯のメールなど絶えず収集しているものが存在しているかもしれません。インターネットを通じて便利になった反面、個人の情報が絶えず危険にさらされている時代です。とんでもない時代に私たちは暮らしていることを自覚しなければなりません。

2017年10月08日

#135 運動会の思い出

 今朝遠くから鼓笛の音が聞こえてきましたので、当塾に来る途中で母校の小学校を覗いてみました。あの鼓笛の音は運動会の合図でした。グラウンドに目をやると徒競走が行われていて、大きな声援が聞こえてきます。親が子どもの走る姿を応援している様子は今も昔も変わりません。その様子を垣間見ながら小学校の運動会のことをふと思い出しました。
 当時小学生の私は足が速く、毎年のように紅白ブロックのリレーや学級対抗リレーの選手に選ばれていました。特に小学校6年生の時には紅白リレーのアンカーとして最後を任されていました。私がバトンを受け取って走り始めた時には前方を走る選手と少し距離がありましたが、必死で走り、ゴール直前で追い抜いてゴールテープを切ったことを今でも覚えています。そのゴールの瞬間が小学校の卒業アルバムに載り、その写真を見るたびに懐かしく、小学校時代のことを思い出します。
 私が在籍した当時の学校は木造2階建ての校舎でしたが、今では鉄筋コンクリートの校舎となり、隣地区の小学校と合併して学校名も変わってしましました。変わっていないのはソフトボールで使うバックネットとグラウンドに今でも残っている数本の樹だけです。

 最近では中学校や高校で春に運動会を行う学校が増えてきましたが、運動会はやはり秋がふさわしいと思います。爽やかな秋の風を感じつつ、体をおもいっきり動かし、昼食時に食べたデザートのナシやクリなどの果物の味を今でも思い出します。昔は小学校の運動会と言えば親戚一同集まって応援に行くなど、家族の一大行事でした。少子化により子どもの数が少なりましたが、子どもだけでなく大人も楽しめる日本の文化の一面を運動会は示しているのではないでしょうか。

2017年10月01日

#134 実るほど頭を垂れる稲穂かな

 今日で9月も終わります。あれほど暑い残暑が続いた今月でしたが、今日は爽やかな晴天の一日でした。季節はすっかり秋になり、水田の稲穂も頭を垂れるほど豊かな実がなっています。早くも稲刈りが始まっている田んぼもあります。7月の豪雨や9月の台風にも耐えて稲穂は実り豊かな姿を私たちに見せてくれています。
 「実るほど首を垂れる稲穂かな」の意味は「稲が実を熟すほど穂が垂れ下がるように、人間も学問や徳が深まるにつれ謙虚になり、小人物ほど尊大に振る舞うものだということ。」と辞書に載っていますが、今まさにこの格言が試される状況をこの国は迎えます。衆議院選挙のことです。安倍首相が先日衆議院解散を表明してから、各政党は「風雲急を告げる」状況に陥り、特に小池氏が希望の党を立ち上げて以来、民進党は解党の状況に陥っています。
 昨今の政治は劇場型政治と言われていますが、今度の選挙ほど有権者を引き付けるものは最近なかったのではないかと思う次第です。内憂外患が渦巻いている日本国内外におきまして、今度の選挙は大変重要な選挙になるものと思います。国内の憲法問題や景気回復など様々な問題だけでなく、朝鮮半島の有事や中国、ロシアなどの動向を踏まえ、この国がどこへ向かおうとしているのか、またアメリカとの関係を基盤とする日本の将来の防衛と安全など様々な外交問題が山積しています。
 特にアメリカのトランプ大統領は自国を北朝鮮から守るために、準備が整えば北朝鮮への攻撃を来年早々に始めるかもしれません。それを意識した安倍首相の衆議院早期解散だと述べた評論家もいます。事の真偽はさておき、私たち有権者にとりこの国の将来にとり、どの政権政治が今求められているのかを考えなければなりません。今までの実績を優先するべきか、また改革を必要とするか、私たちは賢い選択を迫られています。この国の将来を決めるのは私たち国民です。選挙の結果はそれが意にそわなくても受け入れなければなりません。本当にこの国のために尽くしてくれる政治家を選ぶ必要があります。明日から10月が始まりますがこの国の運命を決する大切な月になりそうです。

2017年09月30日

#133 暑さ寒さも彼岸まで

 今日は秋分の日で祝日に当たりますが、秋彼岸の中日でもあります。道端には沢山の彼岸花が咲いています。お墓参り行かれた方も多くいらしたのでは、と推察します。「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、日中は最高気温が25度を超える日がまだ続いていますが、就寝時にはエアコンをつけなくても済みます。朝は半袖姿では寒いくらいの日もあります。つい2週間ほど前までは残暑が厳しい日々が続いていましたが、ここ数日ですっかり秋めいて来ました。
 さて今日を境に次の春彼岸まで夜の方が長い日々が続きます。確かに日の出の時間が朝6時を過ぎるようになりました。また日没は18時15分を切るようになっています。私は今年は早朝の課外授業のために勤務している高校に週2回6時半過ぎに家を出ますが、最近では朝日を浴びながら40分ほどかけて通勤しています。出勤時はまだ明るいですが、これが冬至近くになりますと星明りの中での出勤になります。
 これは生徒にとっても同じことです。大牟田市内や近郊の各高等学校はスクールバスを所有しており、電車やバスなどの公共交通機関が発達していませんので、スクールバスで生徒の登下校を行っています。八女や山鹿、玉名等の遠方から通学してくる生徒たちは早朝の課外授業に参加するために、5時半に起床することになり、保護者の方の愛情が生徒を支えていることでしょう。特に共働きのお母さんは子供のお弁当作りで、子供の起床時間よりも早く起きますので、仕事と家庭生活の両立は大変厳しいものがあります。特に母子家庭では経済的な負担だけでなく、お母さんの体力的な問題も抱えていらっしゃることと思います。子供が在籍する高校3年間を辛抱すれば、子育てからはある程度解放されますが、それまでが大変です。日頃より健康に留意して子供のために頑張って貰いたいと思います。

2017年09月23日

#132 高齢世帯4分の1が貧困

 昨日の台風18号は福岡県にはそれほど大きな被害をもたらしませんでしたが、台風が通過した鹿児島や、宮崎、大分の各県では大きな被害を与えました。特に津久見市や佐伯市では、いたるところで川が氾濫し、大きな水害になりました。また、この台風は日本列島に沿って通過し、各地で大きな被害を与えています。現在この台風は北海道を進んでおり、まだ十分な警戒が必要です。この台風による被害を受けた多くの人々に心からのお見舞いを申し上げます。
 さて本日は敬老の日ですが、数日前に西日本新聞に衝撃的な記事が載りました。ネット記事はこちらです。(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/358641/)
 この記事によると『高齢世帯4分の1が貧困 独居女性では2人に1人「生活保護未満」』の見出しで、65歳以上の高齢者がいる世帯の貧困率が2016年時点で27.0%だそうです。また1人暮らしの女性は特に深刻で、2人に1人が生活保護の水準を下回る収入で暮らしており、その背景には年休受給額の減少を指摘しています。以前に貧困家庭の子供たちの状況をこのブログで取り上げましたが、現実には子供の6人に1人が貧困家庭の子供という事実だけでなく、高齢者も4人に1人が貧困ということになります。
 貧困家庭の子供が成人すれば、正規・非正規に関わらず就職の機会に恵まれますが、高齢者となりますと、考慮すべき年齢はもちろんのこと、体力や気力の面で大変厳しいものがあります。得られる収入は年給しかありません。生活できるほどの年休をもらえる人は良いですが、年休の掛け金が少なかったり、生活できるほどの年金がもらえない人にとっては死活問題となります。また老々介護のように高齢者が介護を必要とする状況になった場合は支出する金額が大幅に増えてきます。つまりある程度の個人的な貯金がないと老後の生活がなりたたないことを意味しています。
 最近の若い世代は年金を積み立てることをしない人が増えていますが、高齢者の現状を考慮して、生活できるだけの年金をもらえる対策を今から建てておく必要があります。「明日は我が身」です。日々の生活費を節約して少しでも貯蓄に回す等の個人の対策が必要です。国も財政的に疲弊している現在、多くのことを国に頼ることはできません。どの世代もまず自立することを考え、余裕があれば他人のために尽くすことが、これからの世の中に必要なことと考えられます。敬老の日に考えさせられる新聞記事でした。

2017年09月18日

#131 遺贈という考えについて

 遺贈(いぞう)という言葉をご存知でしょうか。人生最後の社会貢献として様々な場所に自分の財産を寄付し、自分の生きた証を残す活動です。先日NHKのクローズアップ現代で遺贈について特集番組が放送されていました。この番組によると自分の家族への遺産だけでなく、社会貢献の1つとして遺贈を考えている人が増えているそうです。特に家族のいない独居生活をしている人の中には、自分の死後に国に財産を取られるよりも何らかの形で自分の生きた証を残す意味でも社会福祉団体等に寄付している人がいるそうです。
 ただし遺贈をする際にいくつか留意する点があります。1つは「家族の同意ができているか」という点です。つまり家族と話し合い、遺言書の形で自分の意思を明確に示すことです。これがないと自分の死去後に遺族間で醜い遺産争いが生じる可能性があります。次に「自分の意思を汲んでくれる団体が遺贈に相応しいかどうか」ということがあります。「オレオレ詐欺」ならぬ「遺贈詐欺」が流行るかもしれません。対象となる団体(介護や福祉団体など)を一度自分の目で確かめた方が良いでしょう。NHKによると遺贈の流れは次のようになるそうです。 遺贈先を決める → 遺言書を作成する → 死去 → 遺贈
 遺贈に関して無料で相談できる窓口もあるそうです(いぞう寄付の窓口 日本レガシーギフト協会)。また全国各地で遺贈セミナーが催されています。出生率が下がっている現代の日本では老後を子供に見てもらうことができない高齢者が今後も増えていくことと予想されます。終活の一端として、また自分の人生の集大成として、遺贈という考えは確かに理にかなっていると思います。遺贈という形で少しでも世の中に役に立つ社会貢献は素晴らしい慈悲心の現れです。

2017年09月10日

#130 ゆく川の流れは絶えずして

 九月になり季節は日ごとに秋めいてきました。つい一週間前には朝の最低気温が28度前後でしたが、今日の最低気温は20度を下回り、18.6度を記録しています。確かに日中はまだ30度を超す日が続いていますが、それでも朝夕はすっかり秋の気候になり、寝るときもエアコンを使用しなくてもすみます。日々の忙しさに追われている間に、いつの間にか季節は移ろい、そして静かに時は流れて行きます。
 個人的にはこの季節感が一年で一番好きな時期です。夏の季節に秋の気配が漂い、2つの季節の微妙なコントラストを肌で感じることができます。例えば秋空を示すイワシ雲が上空に漂う一方で、遠くの山々の上空にはまだ入道雲が沸いています。スーパーマーケットの食品コーナーではまだスイカが販売されている一方で、ナシやリンゴがすでに売り場に並んでいます。
 私が大学生の頃には今ほど地球温暖化が進んでいませんでしたので、毎年お盆過ぎには今日のような季節感を楽しむことができました。毎年八月の下旬に京都へ出かけ、レンタサイクルを利用して京都市内を一周したものです。朝の九時過ぎに当時京都駅前にあるレンタサイクル店で自転車を借りて、清水寺や銀閣寺、京都大学を前を通り、大覚寺や嵐山、そして桂川沿いに京都駅まで戻ってきます。京都市内およそ7時間で一周できるサイクリングをしたものです。特に加茂川や嵐山の桂川の川辺を自転車で走りますと、夏の暑さの中で吹く秋風を感じたものでした。いつか機会があればまた京都を訪れたいと思っています。
 夏が終わり、秋が始まるこの微妙な季節感がとても面白く、いわゆる「わび」や「さび」を感じさせてくれます。「方上記」の冒頭に「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」と語った鴨長明がこのような季節感を愛でていたのが分かる気がします。彼も移ろい行く季節の中で日々の出来事や人々の営みに無常感を感じていたことでしょう。
 季節と同様に、世の中もいつの間にか移ろいで行きます。私は所用で月に二度ほど以前住んでいた福岡に行きますが、先日バスの車窓から以前よく行っていた六本松の隣にある梅光園の書店が無くなっているのを見つけ、無常感を感じたところです。今まで慣れ親しんだ事物が無くなることに、一抹の寂寞感を感じるとともに、六本松地区の再開発の進展に新しい街の息吹を感じ、まさに「いく川の流れは絶えずして」の感があります。また天神地区も今後数年で新しいビル群が誕生します。時代とともに福岡市は大きく発展していきます。
 また人も同じように老いてこの世を去る人がいる一方で、新しい命を授かる人もいます。すべてが「いく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」です。それでは私たちがこの世に留まる短い間に、何ができるでしょうか?答えは人それぞれ異なりますが、自分のためだけでなく「他人のために生きる」ことができる人は幸いな人だと思います。人生も、時代もすべて流れていきます。悔いの残らない人生を歩みたいものです。

2017年09月03日

#129 去りゆく夏

 今日は8月最後の日曜日です。来週には9月が始まります。大牟田市内の中学校では8月30日に2学期が始ますので、夏休みも今日を含め残り4日間となります。子供たちは今ごろ夏休みの宿題に追われているのではないでしょうか。
 個人的には昨日で勤務している学校の課外授業が終わり、気分転換を兼ねて荒尾市のグリーンランドの近くまで運動不足を解消するために自転車で行ってきました。当塾から自転車でおよそ50分ほどの距離ですが、今日は湿度が低く、カラッとした夏日でした。暇なときには月に1回ほどグリーンランドまでサイクリングを兼ねて遠出します。その時の気分でラムサール条約に登録された荒尾干潟まで足を延ばすこともあります。
 さて当塾の生徒たちや他校の生徒に聞いたところ、大牟田市内の各中学校で夏休み期間中にエアコン設置の工事が終了したそうですが、エアコンの運用は来年度からだそうです!?生徒の話によると市の予算の関係で今年度は使用できないと、ある中学校の校長先生が生徒たちに詫びていたそうです。変な話です。確かに税収に苦労している大牟田市としてはエアコン設置に莫大な予算を取っているでしょうが、エアコンを設置したからには即運用することが正道なのではないでしょうか。せっかくのエアコンが「絵にかいた餅」になってはいけません。もちろん光熱費の名目で生徒から電気代を取っている自治体が多く、大牟田市もそれに準じることも可能なはずです。(あるいは議員の歳費を削っても各学校のエアコン運用費に充ててもらいたいものです。((笑))そうしないと気温35度を超える猛暑の中、教室内でもそれに近い状況になります。効率的な授業をするにはエアコンを使用することが必須です。一昔前の夏ではありません。おそらくエアコンの効いた部屋で過ごしているお偉方には学校の酷暑の現状が分かっていないのでしょう。彼らの速やかな意識改善が求められます。
 ところで、昨夜無事に大曲の花火(全国花火競技大会)大会が行われました。毎年テレビで中継してくれますので、塾の授業が始まるまで見ていました。夏の終わりの風物詩として多くの人が楽しみにしている花火です。今年は大雨のために開催が危ぶまれてましたが、開催本部や地元の人たちの努力のおかげで今年も夜空に美しい大輪を咲かせました。夏と言えば規模の大小にかかわらず全国各地で花火大会が催されます。これも日本が平和な証拠です。同じ火薬を使用しましても、戦争に使用すれば爆弾や弾丸となり人を殺す道具となります。その最たるものは核兵器でしょう。一度使用すれば人類を何度でも殺せるほどの核兵器が世界に存在しています。その同じ火薬を平和に利用すれば花火となり、多くの人々を感動させ満喫させてくれます。同じ火薬を使用するのであれば、平和に利用したいものです。
 まだ30度を超える日々がしばらく続きますが、夏は静かに去ろうとしています。季節はいつの間にか移り変わって行きます。来週には全国の学校で2学期が始まります。大人も子供も気分を入れ替えて、次の季節に進んでいきたいものです。今年も夏が去っていきます。

2017年08月27日

#128 夏休みが短くなる!?

 お盆休みも終わり、残暑がまだ厳しい日々が続いていますが、何となく秋の気配が近づいている雰囲気がしています。例えば数日前うるさいクマゼミの鳴き声の中にツクツクホウシの声が聞こえてきました。また日中はまだ30度を超える日が続いていますが、それでも朝夕涼しい風が吹き始め、夜にはコオロギや鈴虫などが鳴いています。
 さて子供たちの夏休みも残り10日ほどになりましたが、当熟の生徒に聞いたところでは大牟田地区は8月30日から2学期が始まるそうです。最近の夏休みが何日あるかご存知でしょうか。ちなみに福岡県(福岡市)では7月22日から8月27日までの37日間だそうです。1番長いのは千葉県(千葉市)の45日、1番短いのは北海道の27日間となっています。もちろん雪国では逆に冬休みが長くなります。私の子供の頃の夏休みは7月21日から8月31日まででした。2学期は9月1日からと決まっていました。今年度の夏休み期間については詳しく知りたい方は次ページを参考にしてください。

       http://読めばなるほど.com/archives/2100.html

 ここ数年で全国的に夏休みが短くなる傾向があります。その理由として、授業時間の確保による長期休暇の減少や教員の負担の軽減などさまざまです。公立学校では土日が休業となっていますので、長期休暇の日数を減らして対応するしかないようです。教室にエアコンがある学校では、子供たちは集中して授業に取り組めますが、それ以外の学校では35度を超える教室は一種の温室であり、授業に集中するどころか、注意緩慢による様々な事故が考えられます。まして炎天下の下での体育は考えられません。長期休暇に関しては各地方自治体が実施することになっていますが、文科省は実態を把握し、適切な指導をする必要があるでしょう。
 日本人の特色として、他人が何かを始めれば、事の善悪に関わらず取り入れる傾向があります。言いかえれば、自分で考え行動せずに、周囲の雰囲気に合わせて一斉に「右に倣え」をします。学校の長期休暇の問題を始めとして、「子供たちのために今必要なものは何か」という視点で考えなければなりません。大人の都合で犠牲になるのはいつも子供たちです。

2017年08月20日

#127 72回目終戦の日

 本日8月15日は終戦の日で、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で開かれました。再来年に元号の変更が実施されることを考えますと、今上天皇が参加されます追悼式は来年で最後になります。毎年終戦記念日の前後にテレビで様々な特集番組が放送されますが、その中でも涙なしで見られないのは特攻隊を扱った番組です。今年もその特集をテレビで放送していましたが、17、18歳の若さで特攻に志願した若者の気持ちは当時でなければ分からないでしょう。鹿児島の知覧からだけでなく、福岡の太刀洗飛行場からも多くの若者たちが沖縄へ向かって飛び立って逝きました。
 様々なテレビのコメンテーターが当時の戦争を「無謀な戦争」と言っていますが、現在の視点から歴史を見てはいけません。歴史を学ぶ際に一番大切なことは「当時はどのような歴史的背景が存在し、それに対して各国がどのように動いたか」ということです。この視点がなければ、また同じことを繰り返すことになります。言いかえれば、歴史から何も学んでいないことです。戦後70余年が過ぎ、戦争を体験した世代が少なくなってきましたが、先人達が体験した熾烈な戦争体験を踏まえ、72年間戦争をしていない平和国家として平和の尊さをこの国から世界に訴える必要があります。
 さて明日から行使をしている学校で夏季課外授業が始まります。このブログも週1回程度の更新になりますが、これからもよろしくお願いします。

2017年08月15日

#126 どんな人生にも意味がある

 今日部屋の書棚を何気なく見ていましたら5年ほど前にNHKのEテレで放送されていた「100de名著 フランクル夜と霧」のテキストが出てきました。フランクルは第2次世界大戦中にドイツナチスによりアウシュビッツ強制に収容されて生き残った方ですが、のちに「夜と霧」という名著を残しています。ページをめくると、素晴らしい言葉で溢れています。本日のブログはこのテキストより引用したいと思います。(NHKテレビテキスト 100de名著 32~33ページ)

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どんな人生にも意味がある 「何か」があなたを待っている
 生涯、精神科医として迷える人、苦しむ人の心と向かい続けたフランクル。その独特なアプローチは「ロゴセラピー」として体系化されています。
 ロゴセラピーとは、「ロゴス(意味)によるセラピー(癒し)」という意味です。ロゴセラピーでは、人がみずからの生きる意味を見出し、人生を紡ぎあげているのを援助していくのです。
 フランクルの思想の ― したがってロゴセラピーの考えの ― エッセンスは、次のように言えます。
  どんな時も、人生には、意味がある。
  なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。
  この人生のどこかに、あなたを必要とする「何かがある。」
  あなたを必要とする「誰か」がいる。
  そしてその「何か」や「誰か」は、あなたに発見され実現されるのを「待って」いる。
  「何か」があなたを待っている。
  「誰か」があなたを待っている。
 私たちは、常にこの「何か」「誰か」によって必要とされ「待たれている」存在なのだ。だからたとえ今がどんなに苦しくても、あなたはすべてを投げ出す必要はない
 あなたがすべてを投げ出しさえしなければ、いつの日か、人生に「イエス」ということのできる日が必ずやってくるから。
 いや、たとえあなたが人生に「イエス」と言えなくても、人生のほうからあなたに「イエス」と光を差し込んでくる日が、いつか、必ずやってくるから。
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 確かに至言です。人は「誰か」のために、「何か」のために頑張ろうという意識があってこそ、やる気が出てきます。日々の暮らしの中で、他者のために生きる気持ちがあれば自分の人生に意味を持つことができます。たとえ他人から見て不遇の人生であろうと、その人にとって生きがいのある人生と言えるのではないでしょうか。
 

2017年08月13日

#125 いのちの使い方(その3)

 今日は日航機が群馬県の御巣鷹に墜落した日で、あれから32年が経ちます。当時私は高校3年生の授業を担当していました。当時流行った言葉が「ダッチ・ロール」でした。つまり日航機が事故原因となった圧力隔壁の破壊でコントロールできずに、機体が揺れていた状態を言います。遺族の方々にとって32年という時間はどのようなものだったのでしょうか。今でも多くの方がやり切れない気持ちでいらっしゃると思います。歌手の坂本九さんも犠牲者の一人でした。改めて犠牲になられた方々に冥福を捧げたいと思います。
 さて本日のテーマは「いのちの使い方(3)」です。前回紹介しました日野原先生の別書(『3.11後を生きる「いのち」の使命』48頁~51頁)から引用します。

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 女性飛行士先駆けであるアン・リンドバーグは、また社会学者でも作家でもあります。この方の随筆『海からの贈り物』の中に、次のような一節があります。
 「私が中年になったからには、人生の後半が始まると思うから、しばらく島に行って、どうこれから生きればよいかということを考えよう」
 そして彼女は1週間ばかり、昼間は海岸の砂浜で過ごし、夜は帰って机の上で、浜から持って帰った貝殻を手にしながら、将来の生き方を考えるのです。
 自分はどんな貝殻に住むべきか。壮年期は外へ向かって、いかに自己を顕示するかが課題だったが、五十歳という中年を迎えた今、内なる自己を見つめて、これからは内に向かう自己と外へ向かう自己を調整する時が来た、と。
 彼女は五十歳を中年の「入り」と考えています。そしてそれが、ちょうど内なる自己を考えるタイミングの年だというのです。
 残された日々、まだ行ったことのないところに行ってみよう、という計画もあるかもしれません。しかし、何よりも大切なのは、生きることについて、これまで以上の「深さ」を求めることです。
 私たちのこれまでの人生の中で、意味のある時間というのは、はたしてどのくらいあったでしょうか。社会の中で、あるいは家庭で、生きるための努力をした時間。遊んだり、楽しむために使った時間はかなりあったでしょうが、自分のことを考える一方、私ではない他者のために考える時間はどれだけあったでしょうか。そのバランスはどうなのでしょうか。
 私たちが死ぬ時、あなたがもらったものの重さと、あなたが捧げたものの重さのどちらが重いか、と聞かれたらどう答えますか。六十歳まではもらったものの方が多いでしょうね。
 若いときには学校に行くとか、社会の仕事が忙しいとか、子供に手がかかるとかで、なかなか思うように時間がとれません。しかし、人生の午後になると、私たちは自分で選択する時間が与えられます。そしてその選択をする時に、「何のために」ということを考えなくてはなりません。
 今までは、家庭のためとか、社会的な地位とか名誉のためだったかもしれません。しかしゴールを見定め、人生に結末をつけることを考えると、意味とか価値という事柄に重きを置くようになります。与えられた時間をどうデザインするか、それはその価値観によって決められるのです。
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 105歳で天寿を全うされた日野原先生らしい御言葉です。人生の午後になって慌てずに、人生の日が沈む頃になってあたふたすることのない様に、将来を見据えて残された時間を考慮しながら今後の生き方を考えたいものです。

2017年08月12日

#124 お盆休みになります

 台風5号は各地に大きな災害を残して消滅しましたが、今年の夏は各地で不安定な天気となっています。今日は「山の日」の祝日ですが、高低にかかわらず山に登る人は天気の急激な変化に充分ご注意ください。特に山で発生する雷は上空からではなく、真横から来る傾向がありますので、少しでも天候が変わる兆しがある場合には、無理をせずに下山する等の退避行動を取る必要があります。
 さて学習塾二コラは明日12日より16日までお盆の休暇に入ります。当塾では毎週木曜日、日曜日以外は祝祭日も授業をしていますので、本年度は今回が実質上の休みになります。私はこの期間を利用して今まで使用した教材の整理をしたり、部屋を少し片づけようと思います。また新しい教材を探しに福岡まで出かけようと思います。
 田舎町で暮らす最大の欠点は必要な書籍が手に入らないことです。福岡市には今でこそジュンク堂や丸善、紀伊国屋書店など比較的大きな書店があり、必要な教材がある程度入手できますが、一昔、二昔前には大きな書店が無く、若いころには年に1度は東京まで本の買い出しに行っていました(笑)。今でも東京に行く機会があれば時間を見つけて本屋巡りをします。三省堂書店、新宿紀伊国屋書店、ジュンク堂池袋店、丸の内丸善書店、八重洲ブックセンターには必ず立ち寄ります。また神田神保町にある古書街にはお気に入りの店が何件かあり、時間があればぶらっと立ち寄ります。
 世界最大の書籍文化を誇る東京の主な書店を巡るだけでも数日を要します。最近はアマゾンを利用する機会が増えましたが、やはり実際自分の目で直接書籍の内容を調べて購入しないといけません。生徒にはできるだけ最新の内容を含んだ教材を与えたいと思っています。
 英語の教材に関しては何十年もロングセラーを続けている名著がありますが、時代に応じて教授法も変わり、それに応じて教材も変わっていきます。以前の教材は難しい和訳や文法問題が載っている問題集が中心でしたが、最近の問題集はセンター試験の問題に合わせた傾向があり、以前ほど細かなことを問う問題集は姿を消しつつあります。また2020年のセンター試験に代わる新形式の入試に合わせて、今後数年間で英語の参考書や問題集が大きく変わることが予想されます。それに合わせて英語を教える人は新しい教授法を身につける必要が出てきます。塾や予備校が今後生き残ることができるかどうかは、新形式の試験にどれだけ対応できるかにかかっています。特に英語を教える教師はそれに対応するための不断の努力が要求されます。言い換えれば本物の英語力を持った語学教師しか生き残れない世の中になります。

2017年08月11日

#123 広島そして長崎

 今日は長崎に原子爆弾が落とされて72回目の日を迎えました。8月6日の広島と8月9日の長崎は私たち日本人だけでなく世界中の人達にとって決して忘れてはならない日となっています。NHKの国際放送であるNHK Worldではインターネットを通じて記念式典を英語でライブ中継していました。
 毎年8月はテレビで戦争や原爆に関するドキュメンタリー番組が8月15日の終戦日まで放送され、改めて戦争と平和の意味を私たちに考えさせる月となっています。今年7月に核兵器禁止条約が採択されましたが、核保有国は会議にすら参加せず、また条約自体が強制力を持たないので、実質上実行力はありません。しかし常に核戦争を危惧し、愚かな戦争を防ぐためにも常に世界に訴えていかなければなりません。
 世の中には様々な社会や考え方やあり、国家同士の利害が複雑に絡む中で、必ずしも意見が一致するものではありません。しかし平和への願いを絶えず唯一被爆国である日本が訴えていかなければなりません。今日世界を見渡してみますと、第2次大戦後果たして戦争や紛争を経験していない国がいくつあるでしょうか。新聞やテレビで紛争の場面を見ない日は1日もない現状です。政治や思想の違いを超えて世界が平和を迎えるために、私たち一人ひとりができることを考え実行する時が来ています。先人たちが戦って残してくれた平和な日々をいつまでも続けていくために、各人の努力が求められます。私たち日本人にとって毎年8月は先人たちの苦労を思い、平和を祈念する月です。

2017年08月09日

#122 いのちの使い方(その2)

 前回のブログで、日野原先生のお言葉を紹介しましたが、「自分のいのちを使って、だれかのために使う命」という考え方は究極のボランティア(奉仕)精神であると思います。10~20代の若い人は自分の夢に向かって、たとえそれが叶わぬ夢であろうと、邁進することが必要でしょうし、そのことから学んだ様々な知識や知恵、経験を用いて社会に出て活躍することができます。そのための日々の勉強が大切です。
 30~40代の人は子育てや家族の人間関係、家族以外の周囲の人付き合いを通して人間関係を学ぶ大切な時期であります。また50代~定年までの期間は子育ても終わり、自分の生きて来た道を振り返り、次の新たな人生を踏み出す時期ではないかと思います。特に60代からは身につけた知識や知恵、人生経験や技術を生かせるようないのちの使い方、換言すれば他者への奉仕ができる世代ではないでしょうか。勿論自分に与えられた残り時間を面白おかしく過ごすのも1つの生き方です。誰も否定できません。自由とは自ら考え行動することでしょうし、その結果はすべて自己責任であることを意味します。
 私が思うに、日野原先生のお考えは長い人生を生きてきた方で、まだ体が充分動くうちにできる範囲で誰かのために命を使うことが他者に与える幸福であり、同時に自分にとっても幸福感に満ちた時を過ごすことではないかと思います。これは「他者への奉仕は究極的に自己愛である」(情けは人の為ならず)と言いかえることができるでしょう。
 奉仕(ボランティア)には大小はありません。自分にできるところから始めればよいと思います。例えば町内掃除やごみ拾いなども立派な奉仕になります。またどんな時にでも相手に笑顔で接することは、相手を温かな気持ちにすることができます。日本が本当の「もてなしの国」になるために、奉仕の精神は誰もが持たなければならないものだと思います。日野原先生はそれを実践された方でした。

2017年08月05日

#121 いのちの使い方(その1)

 現在非常勤講師をしています学校が夏休みになりましたので、個人的に少々時間に余裕があり、この時間を利用してできるだけブログを進めていこうと思います。実際、非常勤講師と当塾の授業を掛け持ちしていますので、週30時間の授業を行っています。(非常勤講師授業19時間、当塾11時間、授業は3種類+8種類、計11種類を担当しています。)そのために普段は週1回程度のブログ更新しかできませんが、休みの期間中は比較的時間が確保できますので、日頃身の周りで気づいたことを述べてみようと思います。あくまでも「ひつじの独り言」です。(笑)
 さて先月18日に聖路加国際病院理事長・名誉院長の日野原重明先生が105歳で帰天されました。日野原先生は医師としてだけでなく、様々な書籍や講演会を通して私たちに生き方を教えてくださった賢人でもあります。書店に行けば必ず先生の御著書が数多く置かれています。このブログを読まれている皆様も先生の御著書を1,2冊は読まれていることでしょう。今日は先生の「いのちの使い方」という本から少し引用して、先生の生き方、人生に対する考え方をお伝えしたいと思います。

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「いのちの使い方」日野原重明(小学館)より
人生を変える希望のメッセージをあなたへ  日野原重明

 人生に何を期待できるかでなく、人生から自分が何を期待されているかを考える。つまり、これまで人生から受け取ってきたたくさんのものを考えれば、求めるばかりでなく、自分のいのちを使って、だれかのためにその恩恵を返すことがあっていいはずです。

 人間は運命を生きるものではありません。人間は生き方を変えることができる。過去は変えられませんが、未来は自分でこれからつくれるものです。

 予期せぬ災害に見舞われることが不幸なのではなく、そのときに、希望を失ってしまうことが不幸なのです。

 やろうと思うだけでは、やらないことと同じです。行動こそが勝負です。

 長生きもいいけれど、”1日を長く生きる”ことも大事です。

 人は未知の分野に挑戦すると、これまで使われていなかった遺伝子が目を覚まして、活動し始めます。

 ”創(はじ)める”ことは年齢にいのちという水を注ぐことです。

 死んでいった者のいのちの意味、残された者のいのちの意味を見つけることはできるはずです。その意味を見つけ出すことは残された者の使命ではないかと思います。

 昔は”余生を暮らす”と言ったものですが、余った生、余分の生などというものはありません。
 
 100歳を過ぎてもわからないことがまだまだある。それを知りたい、わかりたい、追いかけていきたい。その気持ちがあってこそ精いっぱい生きていけるのです。
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いずれの言葉も珠玉に満ちています。105歳で天寿を全うされた日野原先生に相応しい言葉です。(続く)
 

2017年08月03日

#120 教師と夏休み

 真夏の8月を迎えました。ここ数日間九州地方では猛暑が続いており、特に佐賀市では今日は体温よりも高い38度の気温が予想されており、ここ大牟田でも37度まで気温が上がると予想されています。ここまで高い気温が続きますと、エアコンが設置されていない公立の学校では授業に集中できず、補習・課外授業が成り立たないでしょう。
 さて世間では「学校の教員は夏休みが長くて羨ましい。」と思っている方が多いですが、最近の教員は普通の会社員と同じく長期の夏休みはありません。確かに私が教員になった30年ほど前には、まだ牧歌的な雰囲気があり、部活動の顧問や特に仕事の無い教員は研修期間を除いて生徒と同じ夏休みを取っていました。しかしながら現在は生徒が学校に登校しなくても、毎日出勤して退勤時間まで職員室で過ごすようになっています。
 学校によっては自宅研修を認めている所もありますが、そのために多量の研修レポートを課されますので、大半の教員が学校内勤務を選びます。また生徒が登校しない期間中に県主催や私学主催の様々な研修が催され、それに参加しなければなりません。また高校の教員は普通7月末まで、そして8月の後半2週間は夏季課外授業を行いますので、実質上の休みはお盆前後の1週間のみとなります。
 加えて運動部の顧問をしていますと夏休みはお盆期間中の3,4日しか休みが取れません。また夏休み期間中に様々な練習試合や合同練習、合宿等が入ってきますので、普段以上に自分の時間が取れない日々が続きます。私もテニス部等の顧問を10数年しましたが、お盆、年末年始の休み以外全く休日が取れない状態でした。高校野球や春高バレーなど世間から称賛される部活動が多くありますが、顧問の先生は苦労が偲ばれます。

2017年08月02日

#119 夏休みとラジオ体操

 7月も明日で最後となりました。ここ数日間福岡県南部では35度を超える猛暑が続いており、今日は最高気温37度が予想されています。実際エアコンを入れてない部屋は34度を超えています。これも地球温暖化の影響でしょうか。ひと昔と異なりエアコンなしの夏の生活は考えられない状況です。
 21日より夏休みが始まりましたが、現在非常勤講師をしています大牟田の明光学園の中2の生徒に対して28日まで指名補習をしていましたので、個人的には昨日よりやっと夏休みが来た気がしています。指名補習には1学期に欠点と取った生徒を中心に希望者も含め10名ほどが参加しました。1年生の復習から始めて、生徒が間違えやすい単元を中心に行いました。生徒たちは積極的に参加し、和やかな雰囲気の中で授業を進めることができました。中学1、2年生の英語は何よりも基本的な事項を繰り返して学習させることです。明光学園はプログレス21という教科書を使用していますので、公立中学の検定教科書と異なり学習量がかなり多く、英語が苦手な生徒は授業についていくのが大変です。
 さて夏休みと言えば、子供の頃に早朝のラジオ体操に参加することが定番となっていました。夏休みになると小学校の子供達は近くの公園や学校の運動場に朝早く集まり、6時半のラジオ体操の放送に合わせて一緒に体操をしたことを思い出します。親に起こされ、眠い目を擦りながら小学校のグラウンドに集合してラジオから流れる体操に合わせて第1、第2体操を行い、終了後にカードにハンコを押してもらったことを覚えています。
 現在の小学校で夏休み期間中このようなラジオ体操の行事が行われてるかどうか知りませんが、NHKでは今でも日曜日や夏休み期間中に全国巡回ラジオ体操を実施しており、リハーサルまで含めると午前6時に集合するそうです!?ラジオ体操のように全国の人々が参加して行う体操行事は世界でも珍しく、日本独自の国民の健康増進法の一つと思われます。最近では様々なストレッチ体操などが登場していますが、幼い頃に覚えたラジオ体操は私たちにとって一生忘れないものとなっています。なおこのラジオ体操は各地の方言版や英語を始めとする数か国語に翻訳されています。興味のある方はNHKのホームページやYouTubuでご確認ください。まだまだ酷暑がしばらく続きます。夏バテにならないように健康には充分ご留意ください。

2017年07月30日

#118 大牟田の夏祭り

 昨日と今日は大牟田の夏祭り「おおむた大蛇山祭り」が行われています。私の子供の頃は7月21日、22日に行われて、大蛇山とともに夏休みが始まったことを思い出します。昨日は塾も休みにして、生徒たちは祭りを見に行きました。ここで、「おおむた大蛇山祭り振興会」のHP(http://www.omuta-daijayama.com/)から少し引用します。

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〇大牟田の勇壮な夏祭り
 おまつりの期間中は約35万人の人出で賑わうおおむた「大蛇山」まつり。始まりは三池地方の祇園社の祭礼に伴う行事で、はっきりとした文献はありませんが、寛永17(1640)年に三池祇園社が建てられ、寛政3(1791)年の文献には地域の祇園さんのお祭りのことが書かれていますので、江戸時代の前期から中期にかけて始まったと考えられています。
 山車に人が乗り、太鼓や鐘を打ち鳴らしながら、町中を練り歩きます。この山車のことを「大蛇山」と呼んでいます。大蛇山は、長さ約10メートル、高さ5メートル、重さが最大3トンにもなり、木製の山車に和紙、竹、わら等を組み合わせた、頭・胴体・しっぽをつくり、大蛇のように飾りつけがなされます。この勇壮な大蛇たちが、街の各所で、祭りに、そして人々の心に火をつけていきます。

〇遠い昔から守り続けられた祭り
 300年以上も前にさかのぼると推定される大蛇山の起源。いくつかの言い伝えも残されています。
大蛇山は、こうしたはるかな時を重ねて、古いしきたりと伝統の技術で受け継がれてきた祭りです。竹材の枠に何重にも和紙を張り合わせて作るという、昔ながらの製法が今も守り続けられ、同じ山車はふたつとありません。毎年毎年、それぞれに意匠を凝らし、より迫力ある大蛇山を作るために努力が重ねられているのです。

〇大蛇山伝説(http://user.ariakenet.com/~egashira/daijyayamadensetu.htmより引用)
 三池地方に昔から伝わる大蛇山伝説と三池の地名にまつわる伝説は次の様なものです。昔々、三毛の地に三毛中納言師親の娘で、それはそれは美しい「玉姫」という姫君が「ツガニ」を大層可愛がっていました。年が流れて姫が、十八歳の春を迎えた時に、三毛の地に不幸をもたらしていた山奥の「大蛇」を鎮めるために、人身御供として、さしだされる事になりました。そして世にも恐ろしい大蛇に、今にも飲み込まれそうになった時に、巨大なツガニが現れ、大蛇を頭・胴・尾と三つに断ち切りました。その時より山には三つの池が出来たとか。以来この地は三池といわれる様になりました。現在も三池山の中腹には、水の枯れることがない三つの池があります。今日まで「大蛇山」は祇園祭の神事として伝えられています。  
 江戸時代初め頃の三池(三毛)地方は、荒地が多く農産品の収穫は不安定、さらに疫病もはやり、時の領主により悪病よけと 雨乞いへの強い祈願が込められ、祭神を悪病よけや農業の神とする「祇園」のお宮が造られました。三池祇園の大蛇山は、古くからの水神信仰と三池藩の立花氏により導入された祇園信仰の二つの要素(どちらも農業に関係する神様である)により、やがて祇園の祭りに大蛇が取り入れられ「大蛇山」の形が出来たと言われています。
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 本格的に暑い夏がやって来ました。今年も各地で猛暑が予想されています。読者の皆様も体調管理に充分お気をつけください。

2017年07月23日

#117 夏祭りの祭囃子

 今日は「海の日」で祝日ですが、この祝日は1995年に制定されました。当時オーストラリアに住んでいた私はこの祝日の詳しい経緯を知りませんが、1998年に日本に帰国して「海の日」が制定されたことを知り、いささか驚いたことを思い出します。
 さてここ数日前から朝早く蝉が鳴いて目覚まし時計代わりに使えます。特にすぐ近くで鳴かれると車の騒音のように聞こえます。車はすぐに通り過ぎてくれますが、蝉はその場で数分間鳴きますので、蝉の鳴き声を聞いていると段々耳が遠くなってきます。1週間の命と思えば耳障りな鳴き声にも憐れみを感じますが、しかしうるさいものです。
 ところで昨年のこの時期のブログにも書きましたが、大牟田の夏祭りが今年は7月22日、23日に行われますが、その祭囃子の練習が各地で行われています。毎日夕暮れ時から8時過ぎまで各地域の子供達や大人たちが一生懸命に祭囃子を練習しています。この囃子の音が聞こえ始めると夏が近づいたことを知ります。夏祭りに詳しい生徒に聞いたところでは、夏祭りの中心の出し物である大蛇山の山車が6台(六山と言います。)出て、市内の各地域を練り歩きます。その後歩行者天国に集合し大蛇山のパレードが行われます。他の夏祭りの山車と異なるのは大蛇山の口から火を噴くことです。もちろん花火ですが、それでも勇壮な姿を見せてくれます。最近では白大蛇や金色の大蛇が登場するそうです。また個人で制作した大蛇も参加するそうです。
 昨年の夏祭りの夜に祭りの様子を見に出かけましたが、いつもは閑古鳥が鳴いている通りにものすごい数の人々が集まり、身動きができない状態で通りを歩いたことを思い出します。大牟田が一番元気だった頃の街並みを思い出しました。当時は大牟田の繁華街だった築町や栄町は多くの店が並んで、アーケード街は人々で溢れかえり、賑やかな歓声で街中が満ちていました。
 日本全国に様々な祭りがあり、祭りを通して各地の伝統文化が継承されています。特に夏祭りは京都の祇園祭のような優雅な祭りを始め、勇ましい祭りや博多の祇園山笠のようにタイムを競う祭りもあります。自分の生まれた土地の祭りは自分のアイデンティティと言うべきものです。いつまでも大切に継承してもらいたいものです。

2017年07月17日

#116 砂の上の足跡

 数日前の北部九州豪雨では多大な犠牲者が出ました。今日現在行方不明者が20名以上報告されています。依然として孤立している村落があるようです。できるだけ早い救出が望まれます。まだ梅雨末期の大雨が続きますが、まもなく梅雨が明けます。道路や水道、電気など復旧するまで被害を受けた方々はもうしばらくご辛抱ください。
 5年前の豪雨災害と比べて今回の豪雨による被害は数倍に及ぶと見込まれています。またこれまでに発生した熊本地震等の地震災害による被災者の支援もまだ続いています。この国で暮らすということは常に災害と隣り合わせを意味します。日本人は昔から自然災害と向き合ってきました。火山、地震、台風、豪雨などできるだけ被害を少なくするために、相互扶助という考えを常に意識して生活してきました。そして対処できないことに対してはすべて受け入れる諦念感を身につけてきました。
 様々な困難に直面し、絶望感に陥った時に「神も仏もあるものか!」と叫びたくなるものです。そのような方に次の詩を送ります。「あしあと」(Footprint in the Sand)というタイトルがついています。

  あしあと

ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
 あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
 わたしと語り合ってくださると約束されました。
 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
 ひとりのあしあとしかなかったのです。
 いちばんあなたを必要としたときに、
 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
 わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。
 あしあとがひとつだったとき、
 わたしはあなたを背負って歩いていた。」

マーガレット・F・パワーズ
translation copyright(C)1996 by Pacific Broadcasting Association

2017年07月09日

#115 九州北部豪雨

 ここ数日間北陸・東北地方、中国地方と豪雨が続いており、昨日は九州北部が豪雨に見舞われました。特に福岡県の朝倉や大分の日田を中心に大きな被害が出ており、各地で断水や停電が発生し、久大線の鉄橋が流されるなどライフラインや交通関係に多大な影響が出ています。被害に会われた方々には心よりお見舞い申し上げます。ここ大牟田でも昨日は断続的に大雨が降っていました。市内全域に避難勧告が出され、特に山間地区では避難指示も出ていたようです。その影響で大牟田を含む筑後地区の学校はすべて臨時休校となりました。現在激しい雨は降っていませんが、豪雨をもたらす雨雲が北九州市付近にあり、その地域で現在雨が激しく降り続いています。
 この豪雨で5年前の平成24年7月11日から14日まで続いた九州北部豪雨のことを思い出しました。当時私は高1の学年主任をしており、豪雨が発生した期間に2泊3日の宿泊学習会で杖立温泉のホテルに滞在していました。11日の深夜にホテルの下を流れている杖立川が氾濫し、警戒警報が鳴り続けていました。宿泊していた部屋から外を見ると杖立川が氾濫し、向こう岸の民家に水が押し寄せ、駐車していた車が半分水に浸かっていました。翌日からも日田で激しく雨が降り続け、日田市内が洪水のために交通期間が不通になりました。宿泊学習会は13日まで行われ、午後1時にホテルを出発して4時過ぎに帰福を予定していましたが、送迎バスが日田市内を通ることができずに、遠回りをして大分経由でホテルに到着ししました。その後帰宅の準備をして午後5時過ぎにホテルを出発し、中津、北九州経由で福岡に戻ってきました。学校に到着したのは夜9時近くで、多くの保護者が校門付近で子供たちの帰りを心待ちにしていらっしゃったことを覚えています。子供たちが保護者とともに下校したときに安堵のため息をついたことを覚えています。まさか自分がこのような災害に巻き込まれるとは夢想だにもしていませんでした。災害はどこでも発生します。日頃の準備が大切です。昨今地震や台風も大きな被害をもたらしています。様々な災害に対して充分な対策が必要です。

2017年07月07日

#114 中体連の予選が始まりました

 7月に入り、今年もいよいよ後半に入ります。今日は梅雨の中休みで、曇天の空ですが、時折日差しも射してきます。昨晩は阿蘇地方で震度5弱の地震が発生し、ここ大牟田でも少し揺れを感じました。その1時間ほど前に北海道でも大きく揺れましたので、日本の南北で同時に揺れたことになります。今まで地震を経験していない地域にお住いの方々も、いつ発生するか分からない地震にはくれぐれもご注意ください。
 さて今週は中体連の予選が大牟田市内の各地区で行われていますので、中学3年生の授業は中止になり、久しぶりに授業がありませんでした。3人の生徒たちはバスケットボールとソフトテニスに所属しており、本日が予選だそうです。3人の健闘を期待します。
 ところで、私も中学時代はソフトテニス部に所属しており、毎日放課後は7時近くまで練習に明け暮れていたことを思い出します。当時日曜日は練習がありませんでしたが、自主練という形で練習していました。そして中学3年生の最後の中体連予選で団体戦、個人戦とも準決勝に進みましたが、どちらも決勝には進めずに筑後地区大会には出場することができませんでした。私にとって中学時代の良き思い出の1頁でもあります。
 当時の部活動は勝利至上主義のように他者から強制される活動ではなく、生徒が自ら集まり積極的に活動していた時代でした。しかし練習は厳しく、先輩からの叱咤激励が毎日飛び交っていました。部活の疲れで授業中に居眠りすることもなく、部員は全員勉強も頑張っていました。今話題になっているブラック部活と違い、牧歌的な活動でした。先輩後輩の良き関係を育て、年齢を超えた繋がりを身につける場所でした。
 民間のスポーツクラブと異なり、学校の部活動はあくまでも活動したい生徒の集まりです。特に運動部では生徒の負担にならない、かつ練習の厳しさも伴う活動が再び脚光を浴びてほしいものです。

2017年07月02日

#113 本格的な雨の季節を迎えて

 3週間ほど前に九州地方は入梅し、その後しばらく雨が降りませんでしたが、数日前から本格的な雨の季節に入りました。沖縄地方はすでに梅雨明けとなりましたが、九州地方はこれからが梅雨本番になります。先日より鹿児島地方はかなりの雨量を記録しています。九州北部でも昨日はかなりの降雨量が観測されました。今日は小康状態が続いていますが、夜には再び大雨が予想されています。梅雨明けまでに3週間ほどかかりますが、この季節が無ければ農作物は育ちません。
 この国の四季には明確な特徴があり、先人たちはそれぞれの季節に合った暮らしを営んできました。現代の日本人はエアコンなどの文明の利器を利用して、以前に比べ天国のような快適な暮らしを手に入れていますが、自然と共存した生活から離れることで様々な弊害が出てきます。かつて存在しなかった様々な身体的、精神的な病気にかかり、苦しんでいる人が増えています。これらの病気に対処する様々な薬や治療法が開発されていますが、根本的な治療にはなりません。なぜなら自然と乖離することで発生した病気が数多く存在します。文明病と呼ばれる病気を治すために、今一度自然と共存する生活を再考する時期が来ているのではないでしょうか。
 ところで、昨今テレビやマスコミで多く取り上げられているニュースが乳癌に罹っている小林麻央さんに関するものではないでしょうか。彼女は残念ながら一昨日他界しましたが、彼女が世間に与えた様々な影響は言葉では言い表せないほど大きなものがあります。夫である市川海老蔵さんのコメントにありましたが、彼女の最期の言葉が「愛している」とのことでした。この二人を通して本当の夫婦愛を感じた人が多くいたのではないでしょうか。彼女のご冥福を祈りたいと思います。

2017年06月25日

#112 中学校の英語教育に?

 大牟田市内の中学校では来週から期末試験が始まりますが、当塾でも現在試験対策の授業を行っています。さて当塾に通っている中学1年生から聞いた話によると、期末試験の範囲が広く、塾に行かなければ理解できないほどの範囲と量だそうです。クラスの生徒の大半が塾に通って勉強している現状だそうです。実際期末試験に出題される問題集の範囲を見せてもらいましたが、授業担当の英語の先生は答えを配布するだけで問題の解説は生徒に全くしないそうです。これは入門期の中学1年生にとって英語につまずく最たる例です。
 入門期の英語学習においては、基本例文を何度も繰り返し覚えさせ、英語の語感を身につけさせるのが常道です。進学塾などでは生徒の学力に応じて授業進度を早めますが、基本的な英語力を身につける入門期の生徒たちには懇切丁寧な指導が必要となりあす。また生徒が理解できるように各課の単語テストや復習テスト等をする必要があります。この生徒が通っている中学校ではそのような指導が全くないとのことでした。この中学校に限らず市内の中学校で細かな指導を行っている話は聞きません。誰のための授業でしょうか?
 学校教育の本来の目的は基本的な学力を生徒に身につけさせ、塾に行かなくても学習を理解できる生徒を育てることだと思います。「授業が分からなければ塾に行って勉強しなさい。」では何のための学校か、と疑問に思います。本来塾の役割は学校教育を補完するために存在し、学校と二人三脚していくものですが、これでは塾に丸投げの状況です。毎日一生懸命子供たちのために頑張っている先生もたくさんいらっしゃいますが、生徒の現状を把握し、自分の授業では落ちこぼれの生徒を出さないように復習テストなどを実施し、生徒の学力把握をするべきだと思います。また理解力の劣る生徒に対しては放課後に居残り指導するなど様々な対策を取るべきです。学校では部活動など様々な活動がありますが、まずは生徒の学力保障を第一に考えるのが学校の役割です。

2017年06月18日

#111 大牟田に金閣寺が?

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 先週梅雨入りしましたが、一日雨が降っただけで、相変わらずの晴天が続いています。今朝明け方少し雨が降りましたが、今はすっかり上がっています。この時期にしては湿度の低い爽やかな日々が続いています。
 さて世に知られている事物に似たものが意外にも身近にあることに気づかされます。今日のブログタイトにあります「金閣寺」が意外にも大牟田にありました。(画像はブログタイトル「ひつじの独り言」をクリックしてください)何となく雰囲気が金閣寺に似ていると思いませんか。本物の金閣寺は京都市北区にあり、三階建で多くの観光客に人気があります。金閣寺の手前に池(鏡湖池)があり、金閣寺が湖面に映って金色の艶やかな姿を見せてくれます。
 一方大牟田の金閣寺は1階建ですが、手前の池はまるで鏡湖池のように見えます。もちろん民家を撮ったものですが、手前に池があり、金色ではありませんが壁面の色が似ており、背景に木々があり、どことなく雰囲気が似ています。このように注意深く周囲を観察すると有名な事物に似たものが見つかると思います。皆さんも探してみてはいかがでしょうか。

2017年06月11日

#110 日本卓球の躍進とブラック部活(2)

 日本卓球の大躍進が伝えられています。卓球・世界選手権個人戦で平野美宇が銅メダルを獲得しました。また混合ダブルスで吉村・石川ペアが48年ぶり金メダルを獲得しました。昨今の卓球界における大活躍は卓球協会の長期計画が見事に実った結果でしょう。どのスポーツにも言えることですが、スポーツをマスターするのには10年ほどの年月がかかります。現在活躍している10代の卓球やフィギュアスケートなどの選手は2,3歳からスポーツを始めています。その成果が10代で表れている証左になります。
 福岡県では福岡県タレント発掘事業が行われており、参加する小学生や中学生の適性を専門家が観察し、彼らに相応しいスポーツを勧めます。そのようにして将来活躍する能力を持っている選手を発掘し育てています。一種のスポーツエリート教育です。確かに才能を持っている子どもで、適性に応じたスポーツを奨励することは本人にとって将来を切り開く芽を与えることになります。才能のある子どもたちに頑張ってもらいたいと思います。
 一方で、前回のブログでも述べましたが、ブラック部活と学校の体制に疑問詞がつくような話を聞きました。当塾に中学生が6名ほど通っていますが、生徒から聞いた話では今月の下旬から中体連の予選が始まるそうです。(このことは大牟田市内のことだけかも知れません。)私は中学生の頃、ソフトテニス部に所属していましたが、中体連の予選は1学期の終業式が行われる7月20日以降に始まりました。昨今の中体連の予選がひと月以上も早まった理由は分かりませんが、問題はその予選が平日に行われていることです。高体連の予選は週末や連休中に実施されることが多いのですが、なぜ中体連の予選が平日に行われるのか正直言って分かりません。
 特に問題なのはクラスの中で中体連に参加する生徒がいた場合、授業が自習になるそうです。授業を担当する先生が顧問として生徒の引率に当たることもありますが、クラス全員が予選に参加することはありえません。たとえクラス生徒の1/3が参加としても残り2/3の生徒は授業を受けることが可能なはずです。予選参加により授業を受けることができない生徒に対しては放課後に補講等の対策が取れるはずです。それをクラス全員に自習させることは考えられない状況です。中学校はこのような状況を把握した上で、放任しているのでしょうか。そうだとしたら学校全体で教育を放棄していることになります。生徒の部活動は大いに賛成ですが、一部の生徒のために大多数の生徒が犠牲になっては本末転倒です。前回のブラック部活に合わせて、教育界に警鐘を鳴らしたいと思います。

2017年06月04日