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#265 カレーは悪くない!

 朝晩は涼しいのですが、日中はまだ25度前後の夏日が続いています。温暖化の影響でしょうか。昨年までは10月も中旬になると長袖に切り替えていましたが、今年は10月の下旬まで夏日が発生し、秋の気配が感じられません。このままでは夏の次にすぐ冬が来ることになりそうです。
 ところで前回のブログでも述べましたが、台風19号の影響がまだ続いています。災害規模が広範囲に渡り、東日本大震災に匹敵する、あるいはそれ以上の災害規模となっています。今週末は多くのボランティアが参加して災害後の被災地の片付けを手伝っています。ボランティアに参加できない場合は義援金などで被災された方々の生活支援に協力するなど、様々な支援を考えなけらばならないでしょう。「情けは人のためならず」と言います。明日は我が身です。
 さてこの1週間台風による大災害とともに毎日報道されていますのが、神戸市立東須磨小学校の教諭4人によるいじめ問題です。「いじめ」というよりも「犯罪」であり、教育の場でいじめ防止を子供たちに訴える教員が同僚をいじめていたことに呆れて言葉も出ません。事件の詳細はここで述べませんが、この事件に対する地元の教育員会の対応が物議を醸しています。その内容をネットから引用します。
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教員いじめでカレー給食中止に 神戸市教委「食材生かして煮物を作る」
 神戸市立東須磨小学校の「教員いじめ」で、その道具に使われたカレーを給食から一時的に中止すると市教委が発表し、ネット上でも波紋が広がっている。
 カレーショップからは、「カレーに罪はない」と疑問視する声が続出している。しかし、市教委では、「児童らが精神的ショックを受けているため」だとして、当面続ける考えだ。
 加害教員らが激辛カレーを被害教員に無理やり食べさせる様子の動画がテレビなどで繰り返し流れ、いじめ問題の深刻さが白日の下に晒された。その一方、神戸市教委では、この動画にショックを受けた児童がいるとして、2019年10月16日の保護者会で給食カレーの一時中止を発表し、ツイッター上などでは、この決定に疑問や批判の声が噴出している。
「何の罪もない子供たちが可哀そう」との声が相次ぎ、フラッシュバックで気分が悪くなる児童がいれば、個別のメニューで対応すればいいのではないかとの意見が出た。また、「いじめをマネする児童が出るのを恐れたのではないか」といった憶測も出て、むしろ、いじめたり食べ物を粗末にしたりしてはダメと教育するいい機会になるとの指摘もあった。
一方で、「応急処置的なもの」「カレー出さないは正解やろ」「何かあると困る」と、市教委の対応に理解を示す声も一部であった。 著名人からの反応も相次いでおり、様々な意見が書き込まれている。 アルピニストの野口健さんは「カレーは何も悪い事はしていないよね...」と疑問を呈し、吉村洋文大阪府知事は、「クビにすべきは、カレーじゃなくて、加害教員でしょ」とツイートした。
カレー店からも異論続々「カレーに罪はありません」
ライターで著名ツイッターユーザーの深爪さんは、「カレーを見ただけで具合が悪くなる児童も出てもおかしくないと考えれば、ある意味妥当な措置なのかな」などと市教委の対応に一定の理解を示した。
カレーショップからは、カレーへの風評被害などを懸念する声も次々にツイートされている。 静岡県沼津市にある「印度屋キッチン・ダバ下香貫店」は10月17日、「給食のカレーに罪はありません」と問題提起し、カレー料理の前でスタッフがお願いのように手を合わせる写真をアップした。この投稿は、大きな反響を呼び、10万件以上もの「いいね」が付いている。また、ほかのカレー店も続々呼びかけており、ツイッター上では、カレーを避けずに食べようと写真を投稿する動きが活発になっている。
神戸市教委の健康教育課は18日、給食について、東須磨小から相談が来て、時期を決めずに当面、カレーを変更することにしたとJ-CASTニュースの取材に答えた。変更の理由については、「詳細は、お答えしかねます」とした。
代替メニューとして、カレー粉は止めたうえで、肉やジャガイモ、ニンジンなどの食材を生かした煮物にするなど、味付けを変えるそうだ。
カレーを食べられない児童に個別対応することについては、「同じ釜を使って自校調理しており、メニューを分けるのは難しいです」と話した。給食のカレーを今後の教育に生かすことについては、「そういう声を聞いていませんので、学校から相談があれば考えたい」と言うに止まった。カレー一時中止についての意見は、18日昼過ぎ時点までは来ていないという。
(https://www.j-cast.com/2019/10/18370446.html?p=all)
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 上記の教育委員会の対応をどう考えるかは個人の問題ですが、少なくとも問題の本質(いじめの加害者よりもカレーが悪いという「論理のすり替え」)を教育委員会は理解していないということです。カレーが原因で食中毒が発生したということであれば理解できますが、「いじめ=カレー」では事の本質をとらえていません。
 昨日のNHKのニュースでは次のような記事がありました。
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 神戸市の公立小学校で起きた教諭間のいじめの問題を受けて、17日に開かれた市議会で、教育委員会はこの小学校で子どもどうしのいじめが急増していることを明らかにしました。教育委員会は「推測だが教員の人間関係が影響した可能性もある」として、対策を急ぐ考えを示しました。
 神戸市の市立東須磨小学校で、4人の教諭が同僚の男性教諭らに悪質ないじめを繰り返していた問題を受けて、市議会は17日、臨時の文教こども委員会を開きました。
 この中で、教育委員会の住谷照雄次長は、東須磨小学校での子どもどうしのいじめの認知件数が2年前の平成29年度は0件だったのが、昨年度は13件、さらに今年度は半年間で16件と急増していることを明らかにしました。
 そのうえで、住谷次長は「推測だが教員の関係がぎくしゃくし、子どもにも影響した可能性もある」と述べ、いじめ対策を急ぐ考えを示しました。
 また、17日の委員会では被害者の男性教諭が、去年、前の校長と面談した際、「おまえはいじめられてないんやな」と念を押されたと訴えていることなどを踏まえ、前の校長らを参考人として招致する方向で検討することになりました。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191018/k10012137221000.html)
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 上記の記事がフェイクでないとすれば、この事件の影響が当該小学校の児童たちに悪影響を与えているのでしょうか。教員間のいじめはこの学校だけではないと思います。表面に出てこない事例が数多く存在することでしょう。
 子どもたちと直接接することが仕事の教員が襟を正して生きることが今までの時代以上に要求されている昨今です。教職に携わる人たちはもう一度自分の生き方をふり返る必要があります。

2019年10月20日

#264 日本水没!

 10月もすで中旬となり、朝夕はすっかり秋らしくなってきました。今日は朝から秋日和の一日となっています。ところで昨日は台風19号の進路先で大きな被害が出ました。千葉県に大きな被害を与えた台風15号は千葉県を中心とした比較的狭い地域での被害で済みましたが、それでも停電等の大きな被害が出ました。今回の台風19号は超大型台風で、もし九州に来襲していましたら九州一円が暴風圏にすっぽり入ってしまうほどの大きさでした。
 福岡県は強風圏に入っていませんでしたが、それでも福岡県の沖合に暴風警報が出されるほどで、いかに大きな台風であったかが分かります。昨晩はかなり強い風がここ大牟田でも深夜まで吹いていました。
 さらに驚いたことに、この台風は日本各地で大雨を降らせたことです。特に箱根では2日間で1000mmを超える雨が降り注ぎ、これまでの全国の記録を大幅に塗り替えました。台風が進むにつれて静岡から関東方面へと被害が広がり、さらに東北地方まで大きな傷跡を残しました。特に多摩川、千曲川など大きな河川が氾濫し、多くの川で堤防決壊を起こし、多くの犠牲者が出ています。
 この台風の影響で新幹線にも影響がでています。千曲川の堤防決壊により長野新幹線車両センターの新幹線が浸水しています。これらの車両は整備のために使用できず、場合によれば廃車となるかもしれません。新幹線を含め全国各地の決壊した堤防や壊れた道路を復旧するのにどれほどの費用がかかるのか想像できないほどです。
 今度の大災害はひとつの教訓になるのではないかと思います。地震と異なり進行方向をある程度予測できる台風では、事前に入念な避難準備をしなければなりません。地球温暖化に伴い、今回の台風のように猛烈な勢力を伴う台風は今後も毎年発生し、日本各地を襲うことになるでしょう。貴重な人命や財産を失わないように私たち一人ひとりが何をしなければならないかを、今回の大災害が教えてくれます。自然の猛威の前には私たちは無力です。自然災害に対して安全な場所はこの国にはどこにもないのです。特に近年では毎年のように様々な大きな災害が各地で生じています。この国に住む宿命として、大地震、火山の噴火、台風、大雨等による大災害をいかに防ぐかを一人ひとりが考えなければならない時期にきているのではないでしょうか。
 今回の災害で亡くなられた方々にお悔やみを申し上げますとともに、被害に遭われた方々に心よりお見舞いを申し上げます。そして1日も早い復旧を心より祈りたいと思います。

2019年10月13日

#263 日本ラグビー大躍進!

 今日は朝から快晴で、久しぶりに天気の良い週末となっています。日中はまだ残暑のような高い気温が続いており、半そでで過ごせますが、朝夕はすっかり秋の雰囲気で、道端には彼岸花が咲き誇り、夜は虫の鳴き声が子守唄替わりとなっています。
 さて今年の秋は「スポーツの秋」となっています。世界陸上やバレーボールワールドカップが同時に行われており、まるで来年の東京オリンピックの予行練習を行っているようです。その中で一際目立っているのがラグビーワールドカップです。日本チームの大躍進が国内外で話題となっています。
 昨晩の対サモア戦では見事な勝利をおさめ、ロシア、アイルランドの勝利と合わせて3連勝となりました。残り1試合のスコットランド戦の行方次第ではベスト8進出も夢ではありません。ここで1次リーグ突破の条件が分かりにくいためにスポーツ新聞の記事をを引用します。
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日本の1次リーグ突破の条件
 日本が勝ち点5を追加し、3連勝で勝ち点は14となった。実力が上位のスコットランドが9日にロシアから、アイルランドが12日にサモアからいずれも4トライ以上で勝利し、勝ち点5を奪うと仮定すると、日本は13日のスコットランドとの1次リーグ最終戦で勝つか引き分けで、史上初の8強入りが決定する。
 日本は敗れた場合でも突破の可能性はあり、7点差以内の敗戦、または勝敗に関係なく4トライ以上でそれぞれ獲得できるボーナスポイントがからんでくる。
 日本が敗れた場合、スコットランドの勝ち点は14か15。スコットランドに4トライ以上を奪われ、スコットランドが15となると、日本は4トライ以上かつ7点差以内の敗戦でボーナス点2を獲得する必要がある。スコットランドが3トライ以下なら、日本はボーナス点1を確保すれば勝ち点で上回る。
 スコットランドが9日のロシア戦で引き分け以下か、アイルランドが12日のサモア戦で負け、もしくは3トライ以下の引き分けに終われば、その時点で日本の決勝トーナメント進出が決まる。
W杯1次リーグ順位決定方法 
 各組上位2チームが決勝トーナメントに進出。勝ち=4点、引き分け=2点、負け=0点の勝ち点制。4トライ以上、7点差以内の敗戦はそれぞれボーナスポイント1点が加算。勝ち点が並んだ場合は<1>直接対決<2>得失点差<3>トライ数差<4>得点数<5>トライ数で決着。ここまで並んだ場合、19年10月14日時点の世界ランキング上位チームが上位。
(https://www.msn.com/ja-jp/sports/rugby-world-cup/ラグビー日本、決勝進出へ-スコットランド戦の条件/ar-AAIlpGh#page=2)
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 サッカーと異なり、ラグビーは複雑な得点方法を採用していますので、3連勝していても油断はできないことになります。残りあと1試合、選手たちには頑張ってもらいたいと同時に国を挙げて応援したいと思います。
 ところで、日本選手のメンバーを見て不思議に思われた方もいらっしゃるのではないかと思います。確かにメンバーの中には純日本人?は半数しかいません。半分は外国人選手(日本国籍を含む)が出ています。ラグビーの規定によりますと3年以上該当する国で生活していれば、その国の代表選手になれるそうです。ひと昔のラグビーでは日本人だけで国際大会に出場していましたが、時代は変わり、このような規定に変更されたのでしょう。
 このラグビーなどのスポーツの多国籍化に対して様々な意見がありますが、「日本人とは何か」という問題に関して、スポーツ界ではかなり寛容な態度を取っています。国際結婚が増えて、容姿容貌で国籍を判断できない時代になっています。スポーツ界では様々な身体的要素を取り入れることで、選手の身体的特徴をより強くすることにもなります。この問題は「優生学」が関係してきますので、賛否両論の微妙な問題が出てきまが、この「優生学」について機会があれば述べてみたいと思います。
 スポーツ界ではこの難しい問題にとらわれず、アスリートの努力を称えるとともに、国民代表としてスポーツに出場する姿を応援したいと思います。また現在のラグビーチームのメンバー構成は日本が将来移民政策をとる際の1つの解決法が示されています。換言すれば、日本人がどのように来日する移民と接していくべきかという問題はラグビーチームの在り方がそのヒントになるでしょう。

2019年10月06日

#262 変な教育方針!?

 昨日は日本ラグビーチームの大勝利に国中が沸いた一日でした。現在行われているラグビーワールドカップで日本がアイルランドに勝利し、日本の強さが改めて世界に示された日でもあります。現在ではラグビーはサッカーほど人気がなく、ラグビーワールドカップ前には観客が集まるかどうか懸念されていましたが、どのゲームも観衆が集まり、日本国内ではかつてないほどラグビーに注目が向けられています。しかし私が幼いころにはサッカーよりもラグビーの方が人気があり、「これが青春だ」のような青春ドラマには必ずラグビー部が舞台設定で使用されていたものです。これからも日本チームの快進撃に期待したいと思います。
 さて先日の西日本新聞の記事に「変な計算指導」の記事が載っていました。筆算の横線を定規で引くことへの疑問です。本日はこの記事を引用します。

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筆算の線、手書きダメ? 小5、160問「書き直し」
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/545572/)
 「なぜ筆算の横線を、全て定規で引く必要があるのでしょう」。福岡県内の小学校に通う小学5年男児の親族の女性(34)から、特命取材班に相談が寄せられた。夏休みの宿題を提出したところ、横線が手書きだったとして、担任に「書き直し」を命じられたという。指導の背景を探った。
 女性によると、担任は日ごろから定規を使うように指導。男児は疑問を抱きつつも注意されるのが嫌で基本的に従ってきた。今回、筆算の一部は「別にいいだろう」と自分で判断し、手書きで線を引いたという。
 すると、担任から保護者に書き直しを求める電話があった。対象は160問分。理由を尋ねると「計算ミスが減るし、みんなにやらせている」。女性は「計算のリズムが崩れるし、自分なりのノートの取り方を見つけるのも勉強ではないか」と不思議がる。
 同様の指導を行っている県内のベテラン教諭に理由を聞いた。定規で線を引く動作は意外と難しく、「小学2年の習い始めは2割しかできない」という。筆算の線引きはこの練習になるというわけだ。高学年では「手書きより見直しやすいし、面倒くさがらずにやる子の方が学力が伸びる」と説明する。
 このような理由を、男児の担任は保護者に説明していない。県内の別の学校では小学6年も定規の使用を指導しているが、疑問を抱いた父親(39)が理由を問うと、「学年で決めています」との返事だったいう。
 いつ、どう広がったのかは不明だが、「30年前にはそう指導していた」という小学校教諭の声もあった。
 「教師自身が考えなくなっている」。定規の利用など、教員が十分に理由を説明できないルールが数多くある実態について、東京大大学院の村上祐介准教授(教育行政学)は警鐘を鳴らす。
 村上氏は2015年度、自治体ごとに授業の受け方や生活態度を定めた「スタンダード」と呼ばれるルールの有無を全国調査した。回答を得た445自治体の約2割が導入していた。
 スタンダードの内容は自治体ごとに異なるが、「足の裏を床につけて座る」「手を真っすぐ挙げる」などの規律や、「子どもが自分で課題を解決する時間を確保」といった授業の手法が記されている。
 こうした画一的なルールの広がりについて、村上氏は若手教師の授業の質を一定水準に保つ役割はあるとしつつも、「守ることが目的化してしまう危険がある。教師自ら判断することを望んでいない傾向があるのではないか」と懸念する。
 教師の間にも異論はある。勤務先の小学校で18年度にスタンダードが導入されたという福岡県の男性教師(60代)は「学校にとって理想の子ども像が書かれている」と話す。
 机上に置くノートや筆箱の位置、発表や話を聞く態度、あいさつの仕方、廊下の歩き方に加え、靴や傘、トイレのスリッパの置き方、休み時間の遊び方の注意点まで書かれている。「子どもには、ルールを作っていく力こそが必要なのに…。スタンダードが浸透するほど枠組みになじめない子が排除される心配もある」。ベテラン教師のそんな疑問は、スタンダードを推し進める校長の前でかき消されがちだという。
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 算数で定規を使うことは、例えばグラフや表を作成する際には必要ですが、果たして筆算の横線を引く際に使用するかどうかは意見が分かれます。上記の記事にあるように「教師自身が考えなくなっている」ということは一理あります。生徒が置かれている状況を考慮し、何が一番必要か、どのような道具を使用するかは授業内容によります。
 画一的な指導が必ずしも良いとは限りません。教育現場では教師一人ひとりの創意工夫が必要とされる所以です。それをしないと、ただ機械的に指導しているだけで、その場に応じたふさわしい指導が欠如することになります。
 昨今話題になっている事故が続出している組体操の在り方やブラック校則など、生徒の現状に応じた指導が必要となってきます。「以前はこうだったから」や「長年ずっとやっている」は通用しない時代です。生徒の能力をいかに引き出し、開花させるために従来の指導方法に拘らず、その時代に応じた指導方法を考える必要があります。それが教師の「独創性」ということになります。

2019年09月29日

#261 心がほっとする話

 昨日九州地方を駆け抜けた台風17号は今朝温帯低気圧になり日本海を進んでいます。温帯低気圧とは言いながら、暴風・大雨の性格を帯びていますので、低気圧の進行方向にいる皆様は充分お気をつけ下さい。
 台風17号は大型の台風で、九州の西側を通るコースを移動しましたので(この場合が九州の西部や大牟田市にとり最悪のコースになります)、一日中自宅にいて台風が通過するのを待っていました。台風15号ほどではありませんが、九州地方では14万件以上が停電し、現在も長崎県を中心に3万戸以上が停電しているようです。早急の電力復旧が待たれます。3週間前の台風15号による千葉県内の停電はまだ完全に復旧していません。1つの台風の被害がいかに大きなものであるかを考え、予知が難しい地震と異なり、台風は進行方向が予見できますので、あらかじめ台風に対する対策を十分する必要があります。
 さて今日は台風一過でもあり、心からほっとする話をご紹介します。まず最初は航空会社の思いやりのある対応です。

「お連れ様はどちらですか?」妻に先立たれた男性、客室乗務員の対応に…
 半世紀以上も連れ添った妻に先立たれた、横浜市の知人男性からこんな話を聞いた。男性は葬儀を終えた後、故郷である佐賀県唐津市の寺に納骨するため、羽田空港から空路、九州へと向かった。
 遺骨を機内に持ち込めることは知っていた。でも入れたバッグがかなり大きく、念のため搭乗手続きの際に中身を伝えた。機内に乗り込み、上の棚にバッグを入れて席に着くと、客室乗務員がやって来てこう言った。「隣の席を空けております。お連れ様はどちらですか?」
 搭乗手続きで言ったことが機内に伝わっていたのだ。男性が「ああ、上の棚です」と説明すると、乗務員はバッグごと下ろしてシートベルトを締めてくれた。飛行中には「お連れ様の分です」と飲み物も出してくれたという。
 「最後に2人でいい“旅行”ができた」と男性。その表情を見ていたら、こちらも温かい気持ちになった。 (https://www.nishinippon.co.jp/item/n/357086/)

 国内の航空会社の心温まる応対です。どこの航空会社か分かりませんが、亡妻の遺骨を「もの扱い」せず、一人の人間として扱ってくれたこの会社に拍手です。さて次に紹介します話は「これぞプロ意識!」と言えるものです。

「食べさせられませんから」通話中に冷めたラーメン 若い店主の行動に客は驚き
 ふらりと立ち寄った、あるラーメン店。こだわりのスープが売り物とか。まだ若い店主の元気な声が響く。ラーメンを注文した客の携帯電話が鳴った。込み入った内容らしい。客は話しながら店の外へ。出来上がったラーメンが席に置かれた。客はなかなか戻ってこない。
 しばらくして席に着いた客がラーメンに手を伸ばそうとした。その時、店主はさっとラーメンの器を引いて、湯気の立つ作りたてに取り換えた。驚く客に「お客さんに、冷めたラーメンは食べさせられませんから」
 「2杯分の料金を」との申し出を固辞した店主。そのTシャツの背中に書かれた文字に目が留まった。「一杯入魂」。野球の「一球入魂」のもじりだろうか。なるほど。この店のラーメンがうまい理由が分かった
 仕事帰りに乗った、ある路線バス。停留所に止まるたび、運転手が車内アナウンスを繰り返す。「週末の金曜日です。1週間、お疲れさまでした」
 バスを降りるお年寄りには「寒いですから気を付けて」「自転車にご注意ください」。あえて言えば「一停入魂」か。学生たちが「ありがとうございました」と笑顔で降りていった。外の風は冷たいが、車内は何だかポカポカと
 ラーメン店主とバス運転手。仕事は違っても、心を込めて最良のサービスを提供しようというプロ意識には通じるものが。料金はいつもと同じなのに、すごく得をした気分にしてくれた。(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/388375/)

 このラーメン屋の店主やバスの運転手のプロ意識は私たちが模倣しなければならない姿勢でもあります。学生は学生らしく、社会人は社会人らしく、自分の仕事に誇りを持ち周りの人々に真摯に対応する姿勢はまさに「プロ意識」を持った職人と言えるでしょう。
 今日は秋分の日です。現在私たちがこの世に存在しているのは先祖の方々のおかげです。台風一過、墓参してはいかがでしょうか。

2019年09月23日

#260 備えあれば憂いなし?

 朝から秋晴れで、涼しい秋風が吹いています。日中は30度を越す日々がまだ続いていますが、朝晩は爽やかな風が吹くようになりました。このまま秋らしい日々が続いてほしいものです。
 さて、今日は敬老の日で3連休(または2連休)の最終日になります。ウィキペディアによりますと「敬老の日」は『敬老の日は、国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条によれば、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としている。』ということです。
 この「老人」の定義が時代により大きく変わってきました。老人福祉法では65歳以上を「老人」、「高齢者」と定義しているようです。だから65歳から年金が支給されるのでしょう。しかしながら、年金財政の枯渇に伴い、政府は年金支給を70歳に変更する計画を立てています。そうしますと、65歳の「老人」という呼称は皮肉にも「後期中年」または「後期壮年」となるのでしょうか。
 10月からの消費税増税に伴い大半の商品の値段が上がりますが、年金のみに頼るお年寄りにとって、ある意味では国による高齢者に対する「いじめ」になります。これでは老人を敬う「敬老」が老人を軽んじる「軽老」となってしまいます。政治家のように年齢にかかわらず働ける環境にいる高齢者は収入がありますが、収入のない年金暮らしの高齢者は少ない年金を切り詰める生活をしなければなりません。
 財務省のトップが老後資金として定年後30年間生活するために2000万円必要だと論じましたが、この基準はいわゆる「老後報告書」の中で、「高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、毎月5万円程度を保有資産から取り崩しており、これを基に収入と支出の差である不足額約5万円が毎月発生する場合には、20年で約1300万円、30年で約2000万円の取り崩しが必要となる」旨の記述があり、これがネット上で炎上したのです。
 大企業で働いた退職者は退職金が少なくとも5,6千万円貰えるでしょうし、企業年金の形で支給されます。そのお金の一部を利用して資産形成もできるでしょう。ところが中小企業や零細企業に勤めている人は退職金は極端に少なく、1千万円以下の人が少なくありません。このような状態では2000万円どころではなく、退職したその日から日々の暮らしに困ることになります。つまり体が動く限りパート等で働かざるを得ないのです。
 また、いくら貯金があっても充分ではありません。病気やケガ、想定外の自然災害による緊急の出費が必ずあります。老後の生活は個人の生活レベルにより異なりますが、せめて人間らしい生活は送りたいものです。「備えあれば憂いなし」と言いますが、金銭面だけでなく健康面も含めて、あくまでも人間として尊厳ある生活を送りたいものです。「敬老の日」にこんなことを考えてみました。

2019年09月16日

#259 ざんねんないきもの2

 今朝は朝から快晴の天気が続いていますが、ここ数日間は昼間に局地的な豪雨が降り続いていました。夕立とは異なる梅雨の末期の集中豪雨のような土砂降りの雨が10分ほど降り続いたかと思うと、急に日差しが指してきて天気が回復しますが、また数10分ほどで土砂降りの雨が降ってきます。そのような状態がここ大牟田でも2,3日続きました。先日のニュースでは横浜で数時間豪雨に見舞われ、幹線道路がまるで海のようになっていました。秋晴れとなるには、もう少し時間がかかりそうです。また今夜半には台風15号が関東に上陸する見込みですが、被害が大きくならないことを祈るばかりです。
 さて、ブログ#257で紹介しましたが、「続ざんねんないきもの事典」を購入して現在読んでいます。「へえ~」、とか、「えっ!?」というような内容ばかりが載っており、思わず笑ってしまいます。今日はその中からいくつか紹介しましょう。

〇クマノミはいちばん大きいオスがメスに変身する
 クマノミは、イソギンチャクに潜り込んで身を守っています。だいたい1株のイソギンチャクにひとつの群れが暮らしていますが、群れのなかにはメス1匹だけで、あとはすべてオスです。
 このメスはどこから来たのかというと、なんとオスが性転換したもの。群れの中で一番大きなオスがメスに変わり、残ったオスの中で一番大きなオスと夫婦になって卵を産むのです。
 イソギンチャクから離れられないクマノミは、卵を産んでいいのは一番大きなものの特権ということでしょうか。

 クマノミの面白い習性ですね。人間でいえば、一種の同性婚でしょうか?この点ではクマノミの方がずっと進歩しているのでしょう。次は私たちの身の回りにいるハトの話です。

〇ハトはあおむけにされると動けない
 公園や駅にいるハトは、つねにせわしく動き回っていますが、じつは体をあお向けにしてギュッとにぎると、置物のように固まって動けなくなります。
 これは死んだふりの一種と考えられます。敵につかまり身動きがとれなくなったら、いったんムダな抵抗をやめ、油断したすきに全力で逃げるという作戦のようです。
 この性質に目をつけたのが手品師。どこに置いてもじっとしているので、箱やらハンカチやら胸ポケットにしまわれることになりました。そして1000年も前から、ハトは手品師のよき相棒として、みんなを楽しませているのです。

 確かにテレビで手品を観ていますと、どこからとなくたくさんのハトが手品で登場します。ハトの性質を利用していますね。ところで以前手品を見ていたときに、ハトを使った手品があったのですが、ハトが手品師のポケットから飛び出さずにそのまま固定された状態で床に落ちたことがありました(笑)。ハトが緊張しすぎて固まってしまったのでしょうか。もうひとつ紹介しましょう。

〇ウマは全力で走ると死ぬ
 ウマは頭がよく、人になつきやすい性格をしています。人を乗せて走れる動物の中では最も速く、乗馬というスポーツもできたほど。昔はウマに乗って戦ったり、旅をしたりしていたので、いくらでも走れそうに思いますが、実際は頑張りすぎると、心臓発作で死んでしまいます。
 実際に、モンゴルのお祭りで行われている草原を30kmも走るレースでは、ゴール前に力尽きてしまうウマもあるそうです。人間もほかの動物も、限界が来る前に力を緩めてしまうものですが、ウマは全力を尽くし、身を滅ぼしてしまうのです。

 ウマは人間の言うことを聞いて一生懸命頑張りすぎるのでしょうか。でも競馬では距離が短いせいか、途中で死んだウマの話を聞いたことがありません。ところで一番長距離を走ることができるのは人間らしいです。このことは英検2級の問題に出題された内容ですが、チーターなどはとても足が速い代わりに短距離しか走れません。しかし人間は長距離に適した骨格をしており、他の動物に比べてそれほど足は速くありませんが、狩りをするときに、獲物を追い詰めて仕留めてしまうことを繰り返して、今日の繁栄の基礎を作ったと問題文に書いてありました。
 私たちが知っているようで、けっこう知らないことがたくさんあります。今まで当たり前と思っていたことが、様々な発見により新しい世界が広がっていきます。些細なトリビアですが、知ることで世界が広がっていき、楽しくなります。

2019年09月08日

#258 夏の終わりとセミの声

 先日の豪雨による大きな災害が佐賀県を中心にでています。特に大町町では工場からの工業用油の流失で付近の田畑や住宅が大規模の範囲で油まみれになっており、稲作が全滅の状況です。また油の一部が有明海に流れ込んでおり、国内最大のノリ養殖に甚大な危害が出る可能性があります。想定以上の豪雨のために予期せぬ人災が生じてしまいます。企業側は様々なことを想定したうえで、自社の工場等を守り、かつ周囲に影響を与えないような対策を取る必要があるでしょう。災害地がすみやかに復旧することを祈ります。
 ところで今日は8月31日で、暦の上では夏の終わりです。普段ですとお盆過ぎからセミの鳴く声がツクツクボウシへと変わり、晩夏を彩るのですが、今年の夏はお盆過ぎから連日雨が続き、特に先日の豪雨でここ数日はセミの声がほとんど聞こえません。おそらくセミたちも雨に打たれて死んでいったのでしょう。ツクツクボウシの鳴く日が今年来るのか心配です。去りゆく夏を惜しんで鳴くセミは晩夏の風物詩とも言えます。
 さて、今日はセミに関する面白い記事を見つけましたのでご紹介します。

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『セミの最期は澄んだ空を見ることさえできない
        土の中に何年も潜り、一夏で子孫を残す』(東洋経済オンライン)
 生きものたちは、晩年をどう生き、どのようにこの世を去るのだろう──。
老体に鞭打って花の蜜を集めるミツバチ、成虫としては1時間しか生きられないカゲロウなど生きものたちの奮闘と哀切を描いた『生き物の死にざま』(稲垣栄洋著 草思社)から、セミの章を抜粋して掲載する。

〇死を待つセミは何を見る。
 セミの死体が、道路に落ちている。セミは必ず上を向いて死ぬ。昆虫は硬直すると脚が縮まり関節が曲がる。そのため、地面に体を支えていることができなくなり、ひっくり返ってしまうのだ。
 死んだかと思ってつついてみると、いきなり翅(はね)をばたつかせてみたりする。最後の力を振り絞ってか「ジジジ……」と体を震わせて短く鳴くものもいる。
 別に死んだふりをしているわけではない。彼らは、もはや起き上がる力さえ残っていない。死期が近いのである。仰向けになりながら、死を待つセミ。彼らはいったい、何を思うのだろうか。彼らの目に映るものは何だろう。澄み切った空だろうか。夏の終わりの入道雲だろうか。それとも、木々から漏れる太陽の光だろうか。
 ただ、仰向けとは言っても、セミの目は体の背中側についているから、空を見ているわけではない。昆虫の目は小さな目が集まってできた複眼で広い範囲を見渡すことができるが、仰向けになれば彼らの視野の多くは地面のほうを向くことになる。もっとも、彼らにとっては、その地面こそが幼少期を過ごした懐かしい場所でもある。
〇「セミの命は短い」とよくいわれる。
 セミは身近な昆虫であるが、その生態は明らかにされていない。セミは、成虫になってからは1週間程度の命といわれているが、最近の研究では数週間から1カ月程度生きるのではないかともいう。とはいえ、ひと夏だけの短い命である。
 しかし、短い命といわれるのは成虫になった後の話である。セミは成虫になるまでの期間は土の中で何年も過ごす。
 昆虫は一般的に短命である。昆虫の仲間の多くは寿命が短く、1年間に何度も発生して短い世代を繰り返す。寿命が長いものでも、卵から孵化(ふか)して幼虫になってから、成虫となり寿命を終えるまで1年に満たないものが、ほとんどである。
 その昆虫の中では、セミは何年も生きる。実に長生きな生き物なのである。
〇幼虫の期間が長い理由
 一般に、セミの幼虫は土の中で7年過ごすといわれている。そうだとすれば、幼稚園児がセミを捕まえたとしたら、セミのほうが子どもよりも年上ということになる。
 ただし、セミが何年間土の中で過ごすのかは、実際のところはよくわかっていない。何しろ土の中の実際の様子を観察することは容易ではないし、仮に7年間を過ごすとすれば、生まれた子どもが小学生になるくらいの年数観察し続けなければならない。そのため、簡単に研究はできないのだ。土の中での生態については、いまだ謎が多いのである。それにしても、多くの昆虫が短命であるのに、どうしてセミは何年間も成虫になることなく、土の中で過ごすのだろう。
〇セミの幼虫の期間が長いのには、理由がある。
 植物の中には、根で吸い上げた水を植物体全体に運ぶ導管(どうかん)と、葉で作られた栄養分を植物体全体に運ぶ篩管(しかん)とがある。セミの幼虫は、このうちの導管から汁を吸っている。導管の中は根で吸った水に含まれるわずかな栄養分しかないので、成長するのに時間がかかるのである。
 一方、活動量が大きく、子孫を残さなければならない成虫は、効率よく栄養を補給するために篩管液を吸っている。ただ、篩管液も多くは水分なので、栄養分を十分に摂取するには大量に吸わなければならない。そして、余分な水分をおしっことして体外に排出するのである。
 セミ捕り網を近づけると、セミは慌てて飛び立とうと翅の筋肉を動かし、体内のおしっこが押し出される。これが、セミ捕りのときによく顔にかけられたセミのおしっこの正体である。夏を謳歌するかのように見えるセミだが、地上で見られる成虫の姿は、長い幼虫期を過ごすセミにとっては、次の世代を残すためだけの存在でもある。
〇繁殖行動を終えた成虫に待つのは…
 オスのセミは大きな声で鳴いて、メスを呼び寄せる。そして、オスとメスとはパートナーとなり、交尾を終えたメスは産卵するのである。これが、セミの成虫に与えられた役目のすべてである。繁殖行動を終えたセミに、もはや生きる目的はない。セミの体は繁殖行動を終えると、死を迎えるようにプログラムされているのである。
 木につかまる力を失ったセミは地面に落ちる。飛ぶ力を失ったセミにできることは、ただ地面にひっくり返っていることだけだ。わずかに残っていた力もやがて失われ、つついても動かなくなる。
 そして、その生命は静かに終わりを告げる。死ぬ間際に、セミの複眼はいったい、どんな風景を見るのだろうか。あれほどうるさかったセミの大合唱も次第に小さくなり、いつしかセミの声もほとんど聞こえなくなってしまった。
 気がつけば、周りにはセミたちのむくろが仰向けになっている。夏ももう終わりだ。季節は秋に向かおうとしている。
(https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/セミの最期は澄んだ空を見ることさえできない-土の中に何年も潜り%ef%bd%a4一夏で子孫を残す/ar-AAGhqYF#page=2)

 人間の80年の命に比べれば、成虫となりわずか7日しか生きられないセミは確かに短命ですが、人間と大木を比較すると、何千年も生きる木と比べると人間は短命です。真夏に声を絞りながら必死に生きていくセミのように、私たちも勉強し、働き、自分の人生を謳歌して命を全うする人間でいたいものです。
 明日は9月1日、暦の上では秋がもう始まります。

2019年08月31日

#257 ざんねんないきもの

 ここ数日秋雨前線のせいで、ぐずついた天気が続いています。昨晩は室温が25度以下でしたので、エアコンをつけずに寝ましたが、今朝は寒さで目が覚めました。外気温が17.4度、室内の温度計では22度でした。私の記憶では8月にこれほど気温が下がった日はないと思います。10月中旬までは最高気温が25度を超える日がありますので、今日の気温はまるで10月下旬の気温です。わずか一日で2か月ほど気温が進んだ感覚です。天気が回復すればまた30度を超える日々が続くのでしょうか。日々の極端な気温変化のせいで、体調を壊さないように充分ご留意してください。
 さて先日歯の治療のために近くの歯科医院に行きましたが、治療を待っている間に面白い本を見つけました。「ざんねんないきもの事典」(高橋書店)という児童向けの漫画時点です。ページをめくると面白い内容が次々に出てきます。雑学事典として子どもだけでなく大人でも十分楽しめる内容です。少し紹介しましょう。

〇ダチョウは脳みそが目玉より小さい
 ダチョウは世界最大の鳥で、あらゆるサイズが規格外です。頭までの長さが2.4m、体重150㎏にもなる巨大な体は文句なしに鳥類ナンバーワン。卵の重さも1.5㎏あり、その黄身は世界最大の細胞でもあります。当然体のパーツも大きく、目玉だけでも直径5㎝、重さは60gあります。これはニワトリの卵とちょうど同じぐらいの大きさです。
 こうなると脳の大きさもさぞおおきそうなものですが、たった40gしかありません。つまり目玉以下です。頭のよさは大きさだけでは決まりませんが、実際ダチョウはかなり記憶力が悪いそうです。

「大男総身に知恵が回り兼ね」(体ばかりが大きくて知恵のない人をあざけっていう言葉)と言いますが、ダチョウにもこの事が当てはまりそうです。もう1つ紹介します。

〇シマリスのしっぽはかんたんに切れるが、再生しない
 シマリスはふさふさのしっぽを上手に使って、木の上でバランスをとったり、毛布がわりに抱えて眠ったりします。
 とても便利なしっぽですが、ひっぱられると簡単に抜けます。しっぽの骨のまわりの毛と皮膚がずるっとむけてしまうのです。これはリスの仲間に共通する特徴で、敵に襲われたときにしっぽを捨てて逃げるという、トカゲと同じ発想の防御方法です。ただし、リスのしっぽは再生しません。ペットとしても大人気のシマリスですが、はしゃいでしっぽを持つと地獄絵が広がることにもなるので、注意しましょう。

 リスのしっぽは体の部分に比べて大きくふさふさしており、特に冬はしっぽを体に巻いて暖かく過ごすなど、とても便利なものですが、まさかしっぽがちょん切れるとは知りませんでした!!!。ブログ読者のみなさんは決してペットのリスや観光地にいるリスのしっぽを引っ張らないように注意してください。簡単に抜けるそうです。しっぽが抜けた後のリスを想像してください。なんだかネズミみたいな姿になってしまいます。あまりにも哀れな姿になっていしまいます(笑)。
 この他にも私たちが知らない情報がこの本にたくさん載っています。雨の日に暇つぶしにこの本のページをめくるのはいかがでしょうか。このような雑学は読むだけでなく、周囲の人に教えてあげましょう。一度に人気者になりますよ!
 現在このシリーズは4巻発売されています。興味のある方は書店まで足を運んでみてください。きっと新しい世界が広がると思います。

2019年08月25日

#256 長崎とNagasaki

 先日の大騒がせな台風が秋風を何処からか運んできたようです。ここ数日間昼間はまだ厳しい残暑が続いていますが、早朝や夜遅く涼しい風が吹き出しています。少しずつ夏が終わりを告げているようです。
 さて、同じ言葉や表現でも、ところ変われば全く使い方が異なる事例が散見されます。例えば「長崎」と言えば日本人は異国情緒、中華街、出島、26聖人を始めとするキリスタン弾圧などが思い浮かぶのではないでしょうか。ところがアメリカでは意外な意味に使われていることが明らかになりました。今月8日の西日本新聞で、次のような記事が紹介されました。(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/533636/)

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『米ドラマで「ナガサキする」 “破壊する”の意味で使用 原爆に着想、俗語表現か』
 米国で大ヒットし、日本でもNHKで放映されている連続ドラマ「THIS IS US(ディス・イズ・アス)」で、「Nagasaki」という単語が「破壊する」「つぶす」という意味の動詞として使われている。原爆の壊滅的な威力を踏まえ、完膚なきまでにたたきつぶすという意味合いで用いたとみられる。日本語版製作関係者によると「ナガサキする」という動詞としての用法は、過去の欧米作品には見当たらず「ショックを受けた」といった声が上がっている。
 作品は誕生日が同じ36歳の男女3人と両親を中心に描く連続ドラマ。米NBCテレビが放映し、テレビ界最高の栄誉とされるエミー賞の主演男優賞も受賞、続編の製作が続いている。
「Nagasaki」がせりふに使われたのはドラマのシーズン1(計18話)第2話「ビッグ・スリー」。主要人物の一人、俳優ケビンがコメディードラマで道化役を続けるのに嫌気が差し降板を決意、テレビ局の代表と会話する場面だ。ケビンに対し代表は言う。
 「If you do,I'll be forced to Nagasaki your life and career.(もし降りるなら、君のキャリアを徹底的につぶすしかない)」
 さらに、かつて人気だった別の俳優の名前を挙げ、自分に逆らった俳優の末路を思い知らせようとする。さらに、かつて人気だった別の俳優の名前を挙げ、自分に逆らった俳優の末路を思い知らせようとする。
 「I Nagasak'd him.(私がつぶした)」
 (日本語訳はDVD吹き替え版、英語は英語字幕より)
 日本市場向けに作品の字幕・吹き替え製作を担当した東北新社(東京)によると「Nagasaki」という単語が動詞に使われたケースは「確認できる範囲では、過去に事例はない」といい「このような使い方をされていることに驚いた」と話した。
 一般的な辞書には記載がなく、特殊な俗語表現とみられる。
 西日本新聞は電話とメールでNBCに取材、表現の意図をただしたが、同社広報担当者は回答しなかった。NBCの発注でドラマを製作した米国の20世紀フォックステレビジョンは取材に対し「プロデューサーは、エピソード自体に語らせることを望んでおり、残念ながらそのことについて話すつもりはない」と回答した。
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 どのような背景でNagasakiが使われるようになったのか詳細は分かりませんが、脚本家の印象としてnagasaki=破滅の意味で用いたのでしょう。しかしその脚本家は原爆投下後の長崎の惨状を知らないと思われます。実際の長崎の惨状をフィルムや写真等で目にすれば、このような表現を使おうとは思わないでしょう。nagasakiという表現は正式な英語表現ではないようですが、軽はずみで使用して欲しくないと思います。
 同じく西日本新聞の今月9日のオピニオン欄に次の記事が掲載されました。

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『福岡県大牟田市の高校3年、古賀野々華さんが留学したのは米ワシントン州リッチランドという町…』(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/533999/)
 福岡県大牟田市の高校3年、古賀野々華さん(現在明光学園高等学校の3年生です。)が留学したのは米ワシントン州リッチランドという町。長崎原爆に使われたプルトニウムの生産基地だった
 戦後も核関連産業が経済を支える「原子力の町」。原爆のきのこ雲は町のシンボルであり誇りでもあった。学校のロゴマークや学用品にもそのデザインが使われていたという。
 そんな米国での「当たり前」が、長崎の原爆資料館を訪れた経験もある古賀さんに違和感と疑問を募らせる。多くの人の命を奪った原爆は誇れるものですか。犠牲になったのは普通の市民なんです―
 現地で思いを発信した。どんな反応が返ってくるか、不安や恐怖心さえあっただろう。反響は両論あった。「原爆のおかげで終戦が早まった」との肯定論は変わらずにある。一方で、あなたが声を上げなければ「日本側の考えを知る機会は一生なかった」との意見も届いたそうだ
 原爆を落とした側にとって、立ち上るきのこ雲は軍事的にも政治的にも勝利の象徴である。だから、その下で起きた惨劇は国民に伝えられない。街や人が溶かされるように壊されたことを、知る機会も知らされる機会も多くはないと聞く
 3日前の本紙にあった古賀さんの記事を読みながら、異国で振り絞ったであろう勇気の大きさに心が揺れた。「被爆国の国民として問い続けていきましょう」と18歳の若者に後押しされたような、今日は長崎原爆の日。
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 なお、古賀野々華さんに関する記事は次のものです。動画サイトが添付されていますので、興味のある方はぜひご覧ください。

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『【動画あり】「きのこ雲、誇れますか?」高3の動画が話題に 米留学先の高校ロゴに異議』
 「きのこ雲の下にいたのは兵士ではなく市民でした。罪のない人たちの命を奪うことを誇りに感じるべきでしょうか」-。福岡県大牟田市の高校3年生、古賀野々華さん(18)が、米国の高校に留学していた5月、校内向けの動画で、原爆のきのこ雲を模した高校のロゴマークに異を唱えた。動画はインターネット上で拡散し、広く話題に。1年間の留学を終え、6月に帰国した古賀さんは「批判を恐れずに、自分の意見を伝えることの大切さを学びました」と振り返った。
 留学先は米ワシントン州リッチランドにあるリッチランド高。町では戦前、長崎に投下された原爆のプルトニウムが生産された。原子力の生産や技術の研究が町の発展に寄与し、核関連産業が町の経済を支えてきた。
 同校のロゴマークは「R」の文字にきのこ雲を模したもので、パーカやジャージーなどあらゆる学用品にあしらわれている。
 「原爆を、こんなふうに扱っていいの?」。留学後に町の歴史を知り、日々を過ごすうちに膨らんだ違和感が問題意識に変わったのは半年が過ぎた頃。米国史の授業で、多くのクラスメートが「原爆のおかげで戦争が終わった」との考えを示していたからだ。
 そんな古賀さんの様子に気付いた教師から、校内放送に出演し、メッセージを伝えることを勧められた。読み上げる英文作りには、ホームステイ先のホストマザーも協力してくれた。
 帰国を間近に控えた5月30日、校内放送に出演した。原爆投下で大勢の市民が犠牲になったこと。日本では原爆の恐怖を学び、犠牲者を悼む「平和の日」があることなどを紹介。「きのこ雲は、爆弾で破壊したもので作られています。きのこ雲に誇りを感じることはできません」と締めくくった。
 歴史あるロゴマークに愛着を持つ人も多い中、同級生から「あなたを誇りに思う」「あの動画がなければ日本側の意見を知ることは一生なかった」と勇気ある行動を称賛された。地元紙でも取り上げられ、古賀さんのメッセージをきっかけにさまざまな場所で議論が生まれた。
 「ここまで反響があるとは思いませんでした。私はロゴマークを変えさせたかったわけではありません。ただ、(原爆を)投下された側の気持ちを知ってほしかった」。いま、古賀さんはそう振り返る。将来は、米国で学んだことを生かした仕事に就きたいという。
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/533053/?page=2)
*動画サイトのURL(https://youtu.be/mpY8q1XH3QI)
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 加害者が被害者の心情を理解するのは難しいものです。足を踏んだ者は踏まれた者の痛みを理解するのが難しいものです。私たちの日常生活でも何気なく話していることが相手の気持ちを傷つけることが多々あります。それを避けるために相手に対して思いやりを持って接する必要があります。換言すれば、いじめている者はいじめられている人の気持ちが分かっていません。自分がいじめられて初めてその心情を理解できるのです。相手の立場を少し想像すれば相手の気持ちが分かるはずです。よいコミュニケーションとは常にお互いの気持ちを考え言動することです。このことは個人間だけでなく、国家間にも当てはまります。

2019年08月18日

#255 進研模試が売買される!

 お盆休暇を混乱させた大型台風もようやく日本列島から遠ざかり、今日はまた真夏の太陽が輝いています。休暇を1日繰り上げて帰宅した人や、帰郷を1日延期した人などで昨日は列島中が混乱しました。今後も多くの台風が発生すると予想されますので、これからの台風シーズンに備える必要があります。
 さて本日のブログですが、教育界で心配されていたことが実際起こっています。2日前の西日本新聞によりますと、高1から高3、受験生まで広く全国規模で行われている進研模試がネット上で売買されているようです。

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『進研模試、ネット売買横行 全国で40万人受検 実施日のずれ悪用』
 「インターネット上で進研模試の『ネタバレ』が売買されています」。高校1年生の子どもを持つ母親から、特命取材班にそんな声が届いた。進研模試とは、通信教育大手ベネッセコーポレーションが実施し、全国の高校約3千校で約40万人が受検する民間模試。参加校で実施日が異なるのを利用し、問題と解答・解説が会員制交流サイト(SNS)などで出回っているという。調べてみると、他の模試も含めて不正は10年以上横行していた。
「高1 7月の進研模試の国数英すべての問題、解答の写真をiTunesカード1500円でお送りします」
 7月中旬。ツイッターで「#進研模試ネタバレ」と検索すると、同種の投稿がずらりと並んだ。「全教科配布できます」「問題のみ アマギフ1500円 回答つき アマギフ3000円」-。
 模試の表紙や問題の一部を写した写真が添付されている。iTunesとは、音楽・映像配信サービス「iTunes(アイチューンズ)」、アマギフとはネット通販大手「アマゾン」のギフト券のこと。欲しいという人にはメールで全写真を送り、電子マネーで報酬をもらうやり方だ。大手予備校の河合塾、駿台予備校の模試についても同様のツイートが確認できた。
 フリーマーケットアプリ大手のメルカリにも数百~数万円で多数出品されていた。試しに7月の進研模試地歴、公民、理科の3教科を計888円で購入すると、3日後に書き込みのない問題と解答・解説、解答用紙が手元に届いた。
 ベネッセによると、ネットを利用した「ネタバレ」が問題となり始めたのは2005年ごろ。「ネタバレ板」と呼ばれる掲示板に問題や解答を直接書き込む形だった。同社は不正な書き込みの削除申請を続けている。近年、ツイッターやフリーマーケットアプリで不正が確認されたことから、18年からは大手3社(メルカリ、ヤフオク、ラクマ)と連携。削除を確実に行うという約束を取り付けたという。
 それでも不正な投稿、出品は絶えない。ベネッセは「SNSを常に監視はできない。連携する3社以外については、申請をしても削除するかどうかの判断、時期はSNSの運営側に委ねられる」と頭を抱える。
 模試には「統一実施日」があるが、実際は行事など各校の都合で前後して実施する高校が多い。7月模試は6月29日が実施日とされていたが、取材班に声を寄せた女性の子どもの高校では7月13日に行われた。
 そもそも実力を試すための模試で、不正をするメリットはあるのか。女性は「模試の結果を大学の推薦に利用する学校もあると聞いた。子どもの学校では、クラス分けの判断材料に使う重要な試験だと言われた」と打ち明ける。
 確かに昨年7月、関西の私立大付属高校で一部生徒が模試の解答をネット上で入手していた問題が発覚。同校では、模試を内部進学の合否判定に使っていた。
 ほかにメリットはなさそうだ。福岡県の公立高校に勤める30代女性教諭は「模試の結果が、内申点や大学推薦に影響することはあり得ない」と話す。
 不正によって模試でいい成績をとっても、実際の入試で結果を出さなければ意味がない。女性教諭は「親が高いお金を出しているのにもったいない」。長崎県の公立高校の50代男性教諭も「模試のデータ全体の信頼性にも関わるし、進路選択上も問題が出てくる。不正をしても自分のためにならない」と呼び掛けた。
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/534969/)
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 進研模試や河合模試など、全国規模の模試は多くの高校で生徒の学力を測ったり、特に高校3年生では志望校の判定に使用したりします。これらの模試は学校行事のために標準実施日の前後2週間を実施予定日として各学校で実施日を定めています。その際に問題が漏れないように、標準実施日よりも早く実施する学校では試験終了日に問題を回収し、標準実施日以降に生徒に返却するのが普通です。
 進研模試の利用としてはクラス編成や志望校判定等に利用しますが、進研模試だけを判断材料にすることはまずありません。クラス編成など使用する重要な資料として、定期試験等による学期・学年成績と校内実力試験が挙げられます。両者を比較検討し、最終的に進研模試などの校外模試を参考にすることがあります。特に高3の大学推薦入試では高校3年間の学習成績(5段階評定)に加えて生徒会役員や部活動の部長や全国大会に出場した優秀な経歴を持つ生徒を受験するにふさわしい生徒として選ぶのが普通です。
 進研模試の成績は生徒個人の成績を表す1つの指標となりますが、それがすべてではありません。実際、学期成績と進研模試の成績は正比例しますので、進研模試だけ成績がずば抜けていることはありません。
 過去において他校の生徒から進研模試の問題をもらったかは判断できませんが、突然成績が急上昇した生徒がいました。もちろんこのような生徒の模試成績は充分注意して扱ったことを思い出します。
 ネットが普及した現代では何でも売買することが可能ですが、小銭稼ぎのために良心を無くすことは恥ずかしい犯罪行為だと分からないのでしょうか。嘆かわしいことです。

2019年08月16日

#254 上を向いて歩こう

 今日は8月13日、今日から15日までが盂蘭盆会(うらぼんえ)で、お盆の仏事供養(くよう)または供養のための法要・儀式のことで、略して盆会、盆供(ぼんく)、盆といわれ、魂祭(たままつり)ともよばれています。関東では7月13日から7月15日まで行われるそうです。ニッポニカによりますと、この儀式の由来は次のように説明されています。

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 おそらく5世紀前後に中国(あるいは西域(せいいき))でつくられたと思われる『盂蘭盆経(ぎょう)』が、この仏教行事の直接のよりどころである。この経によれば、目連(もくれん)尊者が、餓鬼道(がきどう)に落ちて苦しむ母親を救おうとし、仏陀(ぶっだ)(釈迦(しゃか))の教えに従い7月15日の自恣(じし)の日(夏3か月の修行の終わる日)に百味(ひゃくみ)の飲食(おんじき)を盆に盛り、修行を終えた僧たちに供養したところ、その僧たちの偉大な功徳(くどく)によって母親を救うことができたという説話(目連救母)に基づく。この故事によって、7月15日の盆供養は現在の父母のみならず7世の父母をも救いうると考えられ、中国では早くも南朝梁(りょう)の武帝(在位502~549)の時代に同泰寺で盂蘭盆斎が設けられ、以後、中国の年中行事の一つとなって大いに流行したという。日本にも7世紀のなかば以前に伝わり、飛鳥寺(あすかでら)の西に須弥山(しゅみせん)の形をつくって盂蘭盆会が催されたと伝えられる。733年(天平5)には宮中で盂蘭盆供養が催されており、以後、宮中の行事ともなった。また民間でもお盆の行事は正月と並ぶ重要な年中行事となったが、これは、農耕儀礼やそれにまつわる祖霊信仰のなかに仏教がうまく溶け込んだ結果であろう。
----------(https://kotobank.jp/word/盂蘭盆会-441915)

 このお盆の期間中多くの人が里帰りや墓参りで故郷で過ごします。年末年始休暇とともに日本人の2大民族移動と言えます。
 さて昨日は520人が犠牲となった日航機墜落から34回目の慰霊の日となりました。あの事故以来遺族の方々は今日にいたるまで慰霊の登山を続けて来られました。私がまだ20代だった頃の悲惨な事故でした。当時この事故を表す「ダッチロール」という言葉が流行っていました。飛行機の操縦ができずに飛行機が迷走する状態を表す言葉です。
 この事故の犠牲者の中に有名な坂本九さんがいらっしゃいます。享年43歳という若さでした。彼の歌った「上を向いて歩こう」は「SUKIYAKI」の曲名で世界的にヒットし、1963年にアメリカのビルボードで4週連続1位となった曲です。
 私はこの歌にささやかな思い出があります。オーストラリアのシドニーで暮らしていた1995年頃にこの歌の日本語バージョンを何度も聴いたことがあります。ある日シドニー市内のニュータウンという通りを歩いていた時に、どこからかこの歌が聞こえてきました。それも坂本九さんの日本語の歌声です。それから時々坂本九のオリジナルバージョンや英語バージョンが街中に流れていたことを思い出します。
 日本に住んでいた頃、この曲の偉大さにはそれほど気づきませんでしたが、南半球の片隅で聴いた「上を向いて歩こう」はこの歌の持つ時代を超えた魅力に改めて気づかされた出来事でした。
 坂本九さんが今生きておられたら、どんなに素晴らしい歌手になっていらっしゃったことでしょうか。本当に残念です。でも彼が歌ったこの歌は世界中でいつまでも歌い継がれて行くことでしょう。

2019年08月13日

#253 焼き場に立つ少年

 暦の上では立秋を迎えましたが、最高気温35度を超える猛暑の日々が続いています。また夜も最低気温が25度を下回らない熱帯夜が続いており、エアコンなしでは眠れない夜が続いています。
 さて今年もまた鎮魂の月がやってきました。8月6日の広島、8月9日の長崎、そして8月15日の終戦日です。原爆による被害だけでなく、それまでに国土の多くが焦土と化しました。またこの戦いを通して300万以上の国民が命を落としました。
 毎年8月には広島、長崎の原爆を始めとする太平洋戦争(第2次世界大戦)の特集を様々なメディアが特集します。その中で毎年のように採り上げられるのが「焼き場に立つ少年」の写真です。このブログを読まれている皆様も一度は目にしているのではないかと思います。今年の11月にローマ教皇が来日される予定ですが、フランシスコ法王が平和へのメッセージとして、この写真を取り上げたことでも知られています。
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『ローマ法王、長崎原爆後の写真「焼き場に立つ少年」配布』(朝日新聞)
(https://www.asahi.com/articles/ASL124Q7HL12UHBI009.html)
 カトリック教会のローマ法王庁(バチカン)が昨年末、教会関係者に向け、1945年に原爆投下を受けた後の長崎で撮影された写真入りのカードを配布した。フランシスコ法王が配布するよう命じたもので、教会関係者によると、法王が年末にカードを配布するのは異例。「核なき世界」を訴えてきた法王が出した強いメッセージと受け止められている。
 カードには、米国の従軍カメラマン故ジョー・オダネル氏が45年に撮影した「焼き場に立つ少年」が印刷されている。法王はこの写真に「戦争の結果」とするメッセージと自身のサインを添えた。
 法王はカードに「亡くなった弟を背負い、火葬の順番を待つ少年。少年の悲しみは、かみしめて血のにじんだ唇に表れている」と、スペイン語の説明も加えた。
 法王は昨年11月に核軍縮をテーマにしたシンポジウムの参加者に「核兵器は人類の平和と共存しない」と述べるなど、核廃絶を求めるメッセージを全世界に投げかけている。
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 さらに西日本新聞の記事によりますと、次のように説明しています。
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『「焼き場に立つ少年」はあの子?謎追う被爆者 ローマ法王注目の写真』
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/532764/)
 亡くなった弟を背負った少年が、真っすぐ前を見つめる。原爆投下後の長崎で撮影したとされる写真「焼き場に立つ少年」は、11月に来日予定のローマ法王フランシスコが世界中に広めるよう呼び掛けたことで注目された。法王は言う。<このような写真は千の言葉よりも伝える力がある>。だが少年の身元も撮影場所も分かっていない。長崎市のある被爆者は今も、写真の謎を追っている。
 写真は、米軍の従軍カメラマンだった故ジョー・オダネルさんが1945年に長崎で撮影。少年が焼き場で弟を火葬する順番を待っている場面だとされる。
 「あの子じゃなかろうか」。長崎市の元小学校長、村岡正則さん(85)は10年ほど前、写真が長崎で公開されることを伝えるニュースを見て驚いた。同じ銭座国民学校(現銭座小)に通っていた少年にそっくり。学級は違ったが、何度か校庭で遊んだことがある。丸顔でおとなしい性格。転校生だったと記憶するが、名前は思い出せなかった。
 45年8月9日、村岡さんは爆心地から1・6キロ離れた自宅で被爆。外出しようとした瞬間、閃光(せんこう)が走り吹き飛ばされた。がれきの下からはい出し、両脚と左腕のやけどの痛みをこらえながら母たちと裏山に逃げ込んだ。あの少年も幼子を背負って裏山にいた。「どうしよっとね」と尋ねると、少年は「母ちゃんを捜しよると」と言い、立ち去ったという。それっきり会っていない。
 2017年末、法王は写真をカードに印刷し、<戦争がもたらすもの>というメッセージを添えて各国に配るよう指示。日本ではカトリック中央協議会(東京)などを通じて配布された。「私はあの子に会うたとさ、話したとさ」。カトリック信者でもある村岡さんは法王の行動に背中を押され、少年を捜し始めた。
 銭座小は児童約850人のうち約500人が犠牲となり、学籍簿も焼失した。写真のことが書かれた本に出てくる人に会い、自分の記憶と照らし合わせて手掛かりを探った。調査範囲は市外にも広げたが、有力な情報は得られていない。
 法王はかつて<核兵器は人類の平和的共存の基礎にはなれない>と語り、その教訓となる被爆者の証言を<予言的な声>と表現した。「焼き場に立つ少年」は核廃絶が進まない世界の未来を示唆する、と伝えたいのだろうか。
 法王は11月、長崎と広島を訪れる予定だ。「この写真は末永く戦争の惨禍と平和の尊さを力強く、訴え続けていくに違いない」と村岡さん。少年に光を当てた法王の来日を機に、新たな証言が出てくることを待ちわびる。
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 先日NHKで放送された特集番組『もう一度”長崎の原爆”を見つめる「焼き場に立つ少年」を探して』によりますと、該当する少年の氏名は「上戸明宏」または中村明廣」で、写真を詳しく分析すると意外なことが分かっています。少年の瞳の周囲と鼻に詰め物をしている状況から、原爆症の専門医師の話では原爆による骨髄障害ではないか、ということです。(https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2019/08/0809.html)
 もしそうであれば、この少年は原爆症により早晩亡くなっていたのでは、と推測できます。この写真は多くの人命が失われた戦争の悲惨な一面を如実に示しています。
 終戦から74回目の夏を迎えますが、平和への祈りは今でも絶えることなく、8月15日まで様々な行事が全国各地でおこなわれます。世界各地では今でも様々な紛争が続いています。この国が率先して平和を築く努力を行う時が今です。

2019年08月11日

#252 夏の風物詩

 毎日猛暑続きで、特に九州地方は異常高温注意報が連日出されています。昨日は久留米市で38.4度を記録し、全国最高気温となっています。気象庁は室内での熱中症を防ぐためにエアコンの適切な使用を呼びかけています。確かにエアコンを使用しませんと、室内では33度以上の高温となり、じっとしていても汗が流れます。電気代はかかっても熱中症防止のためにエアコンの使用をお勧めします。
 またこの異常高温のために小学校では熱中症を防ぐために、プールの使用を中止している学校があり、その地区の子供たちの夏休みの楽しみが奪われています。週の初めに台風8号が九州地方に接近する見込みですが、この暑さも一緒に持ち去ってもらいたいものです。
 さて8月となり、毎週末全国各地で花火大会が予定されています。福岡県内では明日8月5日に行われる西日本屈指の筑後川花火大会や8月13日の関門海峡花火大会が有名です。残念ながら、福岡市の大濠花火大会は観客数が40万人を超え、観客が花壇を踏み荒らしたり、また安全確保が難しいとの理由により昨年で終了しました。観客がマナーを心得て、安全が確保された時に再開して欲しいと思います。
 さて花火は一瞬の光の芸術です。最近では様々な形の打ち上げ花火が登場しています。昨夜、塾生の都合により授業がなくなり、テレビ中継されていた大曲花火大会(全国花火競技大会)を久しぶりに観ました。どの花火師の作品も甲乙つけがたく、夜空を一瞬の美しい光で染めて多くの観客を魅了していました。
 翻って誰でも楽しめるのが家庭で行う市販の花火です。家族揃って庭に円を描いて座って子供たちが花火を楽しむ様子は夏の風物詩と言えるものでしょう。特に線香花火は人の人生を象徴しているように思えます。線香花火の輝きにはそれぞれ名称が付けられており、ウィキペディアでは次のように説明しています。
(https://ja.wikipedia.org/wiki/線香花火#燃え方)
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線香花火の燃え方は、段階に分けられ名前がついている。
蕾:
着火すると直径5mm程度の火球(玉)ができる。炭素の燃焼により気泡ができては破裂し、再び火球の形に戻るを繰り返すため、火球が震えて見える。
牡丹:
火球内の燃える火薬が、温度上昇により液体状に。火球が破裂した時の表面張力で生じた流れに沿って、火花が飛び出す。
松葉:
火花がより多く、激しく散って、松葉のように見える。
柳:
火花が低調になる。
散り菊:
消える直前。火花が分裂しなくなり、火球は落ちたり、燃え尽きたりする。
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 上記の名称を人の人生に例えると、蕾は人の幼少時代、牡丹は青春時代、松葉は壮年時代、柳は老年時代、そして散り菊は人生最後の時となります。この線香花火で面白いことは、最後まで見事に燃え尽きることがあまりないことです。燃え盛りの時に突然火球が落ちてしまったり、あまり火球が大きくならずに、しょぼしょぼと燃え尽きたり、線香花火1本1本が様々な光彩を奏でてくれます。
 私たちの人生も線香花火そのものです。人生の長短は人それぞれで、様々な生き方があり、様々な人生の輝き方があります。あなたの人生は今どのように輝いていますか。

2019年08月04日

#251 夏休みに子供が痩せる?

 今日も早朝からセミが一斉に鳴いています。夏休みに入り、すでに1週間が過ぎました。子どもたちは学校生活から解放されて、毎日家でのんびりしたり、友だちと遊んだり、あるいは一日中塾で勉強したりと、様々な生活をしています。この期間お母さんたちは大変です。子どものために昼食の準備をしなければなりません。普段は学校の給食を子供たちは食べますが、夏休みの間多くの子供たちは昼食を家で食べますので、その準備をしなければなりません。お母さんたちにとっては受難の季節かもしれません(笑)。
 ところで、夏休みに痩せる子供がいるそうです。別にダイエットをしているわけではありません。夏休みのために学校給食がないので、特に貧困家庭で昼食を食べられない子どもがいるのです。この問題を論じた記事を掲載します。

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夏休みに痩せる子どもたちへ フードバンクで広がる支援』朝日新聞DIGITAL
(https://www.msn.com/ja-jp/news/national/夏休みに痩せる子どもたちへ-フードバンクで広がる支援/ar-AAESeGV#page=2)
 東京や静岡、京都など各地のフードバンクが近年、長期休み中の子どもたちに無償で食料品を届ける取り組みを始めている。給食がない夏休みが明けると、痩せて学校に戻る子どもが少なからずいるからだ。「栄養格差を縮めるうえで意義がある」と識者らは言う。
 小学4年の娘がいる東京都狛江市に住む30代女性は昨年の夏休み、フードバンク狛江(FBK)から食料支援を受けた。米やみそ、乾麺など、1人あたり3キロの食品が段ボール箱で届く。「お米があると、おかずにお金を回せ、バリエーションを増やせた。本当に助かった」と話す。
 夏休みは食費の負担が増える。一人親家庭で、手取りは月約15万円。半分が家賃で出る。「毎月、食費で調整して乗り切っているので、8月はきつい。支援があると心もほっとします」
 狛江市の2017年の調査によると、過去1年に経済的理由で必要な食料を買えなかったことがあると答えた一人親世帯は4割を超えた。FBKは昨夏から、長期休みの食料支援を開始。市が一人親世帯に送る児童扶養手当の現況届提出依頼が入った封筒に案内を入れ、昨夏は希望した44世帯に食料を届けた。
 国会では5月、食品ロス削減推進法が成立し、フードバンクとの連携強化も促された。FBKの田中妙幸(たえこ)理事長(66)は「食べられない子どもがいる一方で、捨てられる食品がある。子どもが幸せに暮らせる循環を作りたい」と話す。
 夏休み明けに痩せる子どもの存在は09年、「子どもの貧困白書」(明石書店)で取り上げられ、話題に。フードバンク山梨が15年、長期休み中、希望する子育て世帯に食料品を届ける「こども支援プロジェクト」を始めた。
 夏休み中に学校へ来た子どもに「先生、何か食べるものない?」と言われた小学校教諭からの相談がきっかけだ。現在、8市町と協定を結び、学校を通じて就学援助世帯に案内を出す。今夏は624世帯1312人の子どもに届けるという。
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 子ども食堂やフードバンクが国内で急速に増えており、多くの子供たちが恩恵に預かっていますが、これらの慈善団体がない地域の子供たちが「夏休みに痩せる」ことになるのでしょう。各地に少なくとも1つはスーパーマーケットやコンビニがあります。売れ残ったお弁当や消費期限切れのパンなどは廃棄されます。まだ消費できる食品を必要な家庭へ配るようなシステムを各自治体で作れば食品ロスを防ぎ、食品を無駄にならないように回すことができます。各自治体は該当する子供の数を把握し、早急に有効な手段を取る必要があります。子どもは国の宝です。政府は幼児教育無償化を謳っていますが、裕福な家庭には不必要でしょう。その分、日々の生活に困っている未成年の子供たちに食料を含め、適切な学費援助や給付奨学金の支給などの支援をしてもらいたいものです。夏休みは始まったばかりです。すべての子どもたちが日々充分な食事を取れるように、各自治体は早急の対策を取る必要があります。

2019年07月28日

#250 人間力の衰退

 今日は早朝から激しい雨が断続的に降っています。現在朝鮮半島を進んでいる台風5号に刺激された梅雨前線の活発化に伴い、昨日から五島や対馬で降り続いていた線状降水帯が夜半から九州北部にかかっています。その影響で佐賀や久留米など筑後平野を中心に大雨が続いています。2年前の梅雨末期の豪雨では、朝倉を中心に大きな被害が出ました。また昨年は広島県を中心に大きな被害が出ており、毎年のようにどこかで大きな被害が出ています。
 地震被害を含め災害を防ぐために、あらかじめ災害規模を予想して充分な準備をすることが大切です。今回の豪雨被害がこれ以上広がらないことを切に願っています。また本日は参院選の投票日でもあり、投票への影響を懸念しています。
 さて、また悲惨な事件が起きてしまいました。連日報道されている京都アニメーションの放火事件です。本日現在34名の方々が亡くなられ、重体の方々を含め多数の人が入院中です。報道によりますと加害者の一方的な思い込みにより、短絡的に放火殺人に走ったことが分かっています。京都アニメーションは「京アニ」の名称で世界的に知られているアニメーション制作会社で、故手塚治虫氏のアニメ会社「虫プロ」から独立したアニメ会社だそうです。細やかな表現と丁寧な作品制作で国内だけでなく海外にも多くのファンがいます。事件現場での献花のために連日多くのファンが駆けつけています。多くの尊い人材が失われたことは今後のアニメ制作に大きな影響を与えることでしょう。亡くなられた方々へ深い哀悼の意を表したいと思います。
 今回の放火殺人事件にかかわらず、日常の何気ない生活にも意味不明かつ不可解な言動が溢れています。一例としてはヘイトスピーチやネットでの誹謗中傷や嫌がらせ、あおり運転や飲酒運転を含む危険な運転行為など、巷には人間の心の崩壊と思わせるような事件が後を絶ちません。
 このような人間の基本的な生き方の否定に関わる行為がどこから来ているのでしょうか。専門家は様々な分析をしますが、1つ言えることは本来人間の持つ倫理観や正義感など人間として持たなければならない精神性、いわゆる「人間力」が徐々に欠如していることではないでしょうか。人は一人では生きていけません。生まれてから成長するまで絶えず周囲の人達に囲まれ、様々な知識や知恵を身につけていきます。それに伴い他人との関わり合いを倫理・道徳として身につけていきます。しかしながら、現在人は特に他人との協調性よりも個人の価値観を優先し、勝手気ままに振る舞う傾向にあるようです。言い換えれば、「相手の立場や心情に考慮せず、自分が正しい。相手が間違っている。自分が失敗したのは自分が悪いのではなく、すべて社会が悪い。」といった悪感情が個人から政治家まで世界に溢れています。
 これでは様々な問題の根本的解決にはならず、異なる意見の国家同士であれば戦争に突入していくことでしょう。何が正しく、何が間違っているか、感情に囚われずに物事の本質を考える思考を絶えず行う必要があります。そのための家庭でのしつけであり、学校教育でなければなりません。単に頭がよい子供を育てるのではなく、心豊かな子供を育てるのが、より良い社会をつくる主たる目的です。事件を起こした犯人を責めるだけではなく、日常生活で他者を不当に非難したり、貶めたり、差別したりする心がないかどうか、私たち一人ひとりが一度自分の身をふり返って反省する時期が来ているのではないでしょうか。このままでは人間力の衰退に伴い、人類は滅亡の道をたどっていくことでしょう。世に現れる現象はすべては私たちの心が決めます。

2019年07月21日

#249 天国のマネージャーへ

 今日は朝から晴れています。少々蒸し暑く、最高気温が30度を超えそうです。九州南部などで大暴れした今年の梅雨もあと1週間ほどで明けることでしょう。梅雨末期の大雨に注意したいものです。
 さて昨日の朝日新聞(電子版)に次の記事が載っていました。個人的に全く無関係の記事ではありませんの、紹介したいと思います。

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『天国のマネジャーへ 果たした約束、球場に響いた校歌』
(14日、高校野球熊本大会 熊本国府11―2玉名)
 リブワーク藤崎台の第1試合、2回戦の熊本国府―玉名。シード校に挑む三塁側スタンドの玉名の応援席に、遺影を手に試合を見守る夫婦がいた。熊本市北区植木町の会社員西林尚綱(たかつな)さん(47)と久美さん(46)。今年1月31日に骨肉腫で亡くなった娘の蒼さん(享年19)は、玉名のマネジャーだった。
 野球好きの家族の影響で、蒼さんは中学3年の時には1人で球場に通うほどになっていた。高校1年の5月に骨肉腫を発症しているのが判明した。治療のため2年次は留年。3年目の秋に、野球部監督をしている1年の時の学級担任に誘われ、もともとやっていたソフトボール部のマネジャーから野球部に転向した。
 治療のため、東京の病院と熊本を行き来する日々が続いた。骨肉腫が足から発症していたため、普段歩くときは松葉杖を使っていた。重いものを持てないため、ボール渡しやボール磨きでチームに貢献した。
 昨夏の熊本大会もマネジャーとして参加する予定だったが、雨のため日程がずれ、東京での治療のため試合を見ることができなかった。結果は開新に0―1で惜敗。保護者がLINEで実況してくれるのを病院で見ながら、「一緒に応援したかった」「1試合でも勝ってもらいたい」と悔しがった。
 蒼さんが迎えられなかった今春の卒業式の日。尚綱さんの元を、今の野球部の2年と3年が訪れ、寄せ書きを渡してくれた。「ご卒業おめでとうございます」「天国で見守っていてください」……。部員たちは「大会で必ず勝って校歌をきかせる」と約束してくれた。
 そしてこの夏、約束は果たされた。1回戦で玉名は10―3で天草拓心に勝ち、球場に校歌が響いた。「この大会は校歌を聞かせるために来ました」。尚綱さんは待望の勝利を、スタンドで蒼さんの遺影と共に喜んだ。2回戦は敗れたが「よく頑張ってくれた」と選手たちをたたえた。
 玉名の栗屋翔世主将(3年)は試合を終えて、「西林さんに勝利をという気持ちは、チーム全員の心の中にあったと思う。1回だけでも勝てて良かった」と安心した表情を見せた。(渡辺七海)
(https://www.msn.com/ja-jp/sports/news/天国のマネジャーへ-果たした約束、球場に響いた校歌/ar-AAEiqL2)
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 この記事を読んで、現在大学1年生の元塾生が語っていたのを思い出しました。彼は玉名高校の出身で、お母様のご友人の紹介で熊本県の和水町から車で40分ほどかけて2年ほど当塾に通いました。その元塾生から今年の冬に「同級生の女生徒が亡くなって通夜に行きますので授業に来れません。」との連絡を受けたのでした。次回当塾に来た時に彼に話を聞くと、病気で亡くなったとのことでした。亡くなった詳しい理由を聞くのは失礼に当たると思い、尋ねるのを避けましたが、昨日病気で亡くなられた女生徒、西林蒼さんに関する記事を偶然目にしたのでした。元塾生から話を聞いていなければ、素通りした記事でした。
 子供が親よりも先に他界するのを”逆縁”と言いますが、親御さんの心中は察して余りあるものがあります。天国にいる蒼さんが母校の球児たちのマネージャーとしていつまでも活躍できるように、心から祈りたいと思います。

2019年07月15日

#248 心

 昨日は所用で福岡へ行きましたが、昼過ぎから土砂降りの雨模様となりました。ここ大牟田でも今日の午前中雨が降っていましたが、今現在雨が止んでいます。明日は天気が少し持ち直しそうですが、九州北部の梅雨明けまでもう少し時間がかかりそうです。
 さて、稲森和夫という名前を聞いたことがあると思います。現在京セラの名誉会長であり、KDDIの最高顧問を務めていらっしゃいます。また2010年には日本航空の社長に就任し、日航の経営を立て直したことでも知られています。日本のビジネス界を事実上牽引しているビジネスマンのお一人です。私はここ数年来、稲森氏が書いている書物を読んでいますが、彼の「生き方」や「働き方」はベストセラーとなっています。最近新刊が出ましたので冒頭部分を少し抜粋させていただきます。

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『心』稲森和夫(サンマーク出版)
人生のすべては自分の心が映し出す
 これまで歩んできた八十余年の人生をふり返るとき、そして半世紀を超える経営者としての歩みを思い返すとき、いま多くの人たちに伝え、残していきたいのは、おおむね1つのことしかありません。それは「こころがすべてを決めている」ということです。
 人生で起こってくるあらゆる出来事は、自らの心が引き寄せたものです。それらはまるで映写機がスクリーンに映像を映し出すように、心が描いたものを忠実に再現しています。それは、この世を動かしている絶対法則であり、あらゆることに例外なく働く真理なのです。
 したがって、心に何を描くのか。どんな思いをもち、どんな姿勢で生きるのか。それこそが、人生を決めるもっとも大切なファクターとなる。これは机上の精神論でもありません。心が現実をつくり、動かしていくのです。
 そんな”心”のありようについて最初に気づくきっかけとなったのは、私がまだ小学生のころ、肺結核の初期症状である肺浸潤にかかり、闘病生活を余儀なくされたことでした。幼い私にとってそれは、暗くて深い死の淵をのぞいたような強烈な体験でした。
 鹿児島にあった私の実家は、叔父二人、叔母一人が結核で亡くなるという、まるで結核に魅入られたような家でしたが、私は感染を恐れるあまり、当時、結核にかかった叔父が寝込んでいる離れの前を通り過ぎるときには、鼻をつまんで走り抜けていました。
 私の父といえば、肉親を世話するのは自分しかいないと覚悟を決めていたのでしょう。感染することなどまったく恐れず、とても献身的に看病していました。私の兄もまた、そんなにたやすくうつるものではないだろうと、まったく気にもとめていませんでした。
 そんな父や兄は感染することなく、私だけが病魔に襲われてしまった。ひたひたと迫りくる死の恐怖におののきながら、私は日々鬱々とした気持ちで病床に伏せるほかありませんでした。
 そんな私を見かねたのか、当時隣に住んでいたおばさんが1冊の本を貸してくれました。そこにはおよそ、次のようなことが書いてありました。
「いかなる災難もそれを引き寄せる心があるからこそ起こってくる。自分の心が呼ばないものは何一つ近づいてくることはない」
 ああ、たしかにそうだ、と私は思いました。病気を恐れず懸命に看病していた父は感染せず、また病気など気にせず平然と生活していた兄もまた罹患しなかった。病を恐れ、忌み嫌い、避けようとしていた私だけが、病気を呼び寄せてしまったのです。
 すべては”心”がつくり出している―このとき得た教訓は、その後の私の人生に大きくかかわる大切な気づきとなりましたが、当時はまだ年端もいかない子どものこと。その意味するところを十分理解するまでにはいたらず、それによって人生が大きく変わることもありませんでした。
 その後、少年期から社会に出るまでの私の人生は、挫折と苦悩、失意の連続でした。中学受験には二度も失敗し、大学受験をしても希望の学校に行くことはかなわず、続く就職試験も思うようにならない。なぜ自分ばかりがこううまくいかないのだ、何をやってもダメに違いないと失望し、うちひしがれ、暗い気持ちで日々を送るばかりでした。
 そんな人生の流れが大きく変わったのは、大学を卒業し、京都にある碍子メーカーに就職してからのことです。不況による就職難の中、大学の先生からの紹介をいただいて、やっとのことで入社した会社でしたが、フタを開けてみればすでに経営は行き詰っていて、ほぼ銀行の管理下にあるというボロ会社でした。
 同期に入社した仲間は一人、二人と辞めていき、とうとう私一人になってしまいました。逃げ場のなくなった私は、それならば、と心を入れ替えて仕事と向き合うことにしました。どんな劣悪な環境であっても、できるかぎりの仕事をやってやろうと肚を据え、研究室になかば泊まり込むほどに研究開発に没頭したのです。
 やがて成果が上がりはじめ、おのずと周囲からの評判も上がると、ますますやりがいを感じて研究に邁進する。するとおもしろいように、さらによい結果が出る。そんな好循環が生まれ、やがて私は、当時世界的にみても先駆的な独自のファインセラミックス材料の合成に成功することができたのです。
 けっして能力が向上したわけでも、すばらしい環境が与えられたわけでもない。ただ考え方を改め、心のありようを変えただけで、自分をとりまく状況が一変した。
 人生とは心が紡ぎ出すものであり、目の前に起こってくるあらゆる出来事はすべて、自らの心が呼び寄せたものであるー少年のころにつかんだその法則を、このときあらためて実感し、人生を貫く”真理”として心に深く刻みつけることとなったのです。.....
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 ”心”の在り方を徹底的に追求した人物は釈迦牟尼仏陀(釈尊)ですが、釈尊も心の動きに囚われやすい人間の性(さが)を冷徹に語っています。心の定義は様々ですが、釈尊は心の動きに囚われず、心を制御することが悟りを開く目的であると語っています。
 確かに私たちは何かを思うことで因果が生じ、それが実現する過程を体験します。言い換えれば、自分が思わない事柄に関しては生じない法則があります。良きにつけ悪しきにつけ、自分の思いがすべての事象を生じさせると言えそうです。稲森氏の著書「心」に興味のある方はぜひ続きをお読みください。

2019年07月14日

#247 大学入試採点に"学生バイト"?

 先週からの大雨に伴い九州南部を中心に大きな被害が出ています。今日は梅雨の中休みで朝から晴れていますが、梅雨が終わるまではまだ安心できません。すでに充分雨が降りましたので、農作物に水か不足することはないでしょう。また数日前からセミも鳴き始めました。本格的な夏の始まりも、すぐそこまで来ています。
 さてこのブログで2020年度から始まる「大学入学共通テスト」について、度々コメントしていますが、また心配なことが起こりました。大学入試の採点に学生バイトを利用しようというものです。関係する記事を引用します。

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『大学入試採点に"学生バイト"は絶対反対だ』
(https://president.jp/articles/-/29243)
 2021年1月から始まる「大学入学共通テスト」では、初めて記述式の問題が導入される。その採点をめぐり、文部科学省は「アルバイトの大学生も認める方針である」とNHKが報じた。予備校講師の小池陽慈氏は「大学生に任せるべきではない」と強く反対する。その理由とは――。

予備校関係者震撼「大学試験の採点にバイト大学生」
 2019年7月4日、大学入試関係者を震撼させるニュースが流れた。大学センター試験の後継として2021年1月から実施される「大学入学共通テスト」の採点者に、なんと“大学生”が採用される可能性があるというのだ。
 これまでの「センター試験」は、すべての教科で“マーク式”の問題が出題されていた。よって“採点者”は必要なかったが、後継の「大学入学共通テスト」は、生徒の「思考力」を試すという名目のもと、国語と数学で“記述問題”が出題されることになったのだ。
もちろん記述問題は、機械にかけて一斉に採点などということはできない。そこでは当然、“人力”による採点が不可欠となる。すなわち、“採点者”が必要となるわけだが……。
例年、センター試験は、約50万人が受験する。「大学入学共通テスト」でも、受験者数は同じレベルになると見込まれる。つまり、50万人分の答案を、きわめて短い一定の期間内に、正確に採点することが求められるのである。そして文部科学省は、その正常な運営には1万人の採点者が必要であると想定している。では、その“1万人”を、果たしてどうやって確保するのか。

“シロート学生”に記述式解答の採点を公平にできるのか
 これまでそれは、民間業者との連携のもと、プロの採点者や大学院生などでまかなうとされてきた。ところがそこに、「アルバイトの大学生」も採用する方針であることが明らかになったのだ。
 再来年から始まる「大学入学共通テスト」には、初めて記述式の問題が導入されます。その採点には、およそ1万人が必要とされていますが、アルバイトの大学生も認める方針であることが、文部科学省への取材で分かりました。(NHK NEWS WEB<「共通テスト」採点にバイト学生 認める方針 疑問視の声も>2019年7月4日)
 このニュースに触れて、「大学生に大学入試の記述答案など採点できるのか」と思った人も多いのではないだろうか。私は現在“予備校講師”として現代文を指導しているが、講師になる以前、5年ほど大手の予備校で「現代文」の全国模試の採点者を担当していたことがある。
 その予備校の採点者は、大学生では採用に応募することすら許されず、私も大学院に進学してから採用されたのだが、研修や、模試のたびの会議、それに実際の採点に対する本部からの指摘など、一連の採点作業が入念に行われるため、当初は本当に驚いたものだ。あの現場を直接に経験していればこそ、「大学生に大学入試の記述答案など採点できるのか」という意見が出るのは、当然のことと思われるのだ。

“優秀な大学生”なら一定レベルの採点も不可能ではない
 ただし、「大学入学共通テスト」の「国語」の記述問題に関するかぎり、人選を間違えなければ、つまり優秀な大学生であれば、あれを“採点できない”ということは、必ずしも言えない。それはひとえに、「大学入学共通テスト」国語の記述問題の特質による。
「大学入学共通テスト」国語の記述問題は、大量の枚数を短期間で正確に採点する――のみならず、受験生が少しでも正確に“自己採点(センター試験同様、受験生は同テストの結果いかんによって最終的な出願校を決定するので、即時の自己採点を要求されることになる)”することができるように、解答が“一義的”に決まるよう、さまざまな仕掛けがなされているのだ。
 例えば、本文や資料について話し合う【会話文】で解答の方向を“誘導”する。あるいは、設問に過剰なまでの“条件”を付して、解答をにおわせる。したがって「大学入学共通テスト」の国語の記述問題では、同テストとは別の試験(私大や国公立大の2次試験など)の記述問題にしばしば認められるような、“許容できる解釈にそこそこの幅がある”という事態がそれほど発生しないと推測される。採点者のチーフなどを配置して細かい点をきちんと調整するなら、“優秀な大学生”であればある程度の機械的作業で一定レベルの採点も不可能ではない。

「共通テスト」記述問題採点者に大学生採用は断固“否”
 では、それなら「大学入学共通テスト」の記述問題採点者に大学生を採用することは“アリ”なのだろうか?答えは、“否”である。断固として、“否”である。先に触れたとおり、私は、長い間模試の採点者をしてきた。その中で、いろいろな経験をした。例えば、私の採点に、受験生から「納得できない」と質問をもらうことはたびたびあった。それは場合によって、クレームとなることもあった。受験生も必死なのだ。
 日々のたゆまぬ努力の成果をすべて答案用紙にぶつけた結果、“納得のいかない”採点結果が返却されてきたなら、文句の一つも言いたくなるのは当然だろう。そして考えてみてほしい。“たかが模試”でも、そのようなことは起きるのだ。
 ましてやこれが、実際の進学先を――すなわち場合によっては自分の未来を――決定づけることになる入学試験本番であるならば、得点開示の結果、“採点ミス”や“納得のいかない採点”が判明した場合、それに対するクレームは、より激しくなるだろう。そうしたプレッシャーを、つい先日まで自らも受験生であった大学生に負わせることは、果たして「国の政策」として許されることなのだろうか。

大学生採点者は受験生50万人への「責任」を負えるのか
 もちろん、実際にこのシステムが運用される際には、少なくとも形式上は、大学生採点者が何かしらの“責任”を問われることや、“クレーム対応”の矢面に立つことはないだろう。彼らを統括するチーフや責任者が、一切を請け負うはずである。
 しかしながら、仮に自分が受け持つ会場や地域から、受験生の将来を左右しかねないような重大な採点ミスが出たことが発覚したなら、あるいはそれに対するクレームが入ったなら、たとえそれが自分の採点答案であるかどうかわからないにせよ、重く責任を感じる“大学生採点者”は必ずいるはずだ。とりわけ、そういった業務に誠実にとりくむ、まじめな学生であるならば。
 さらに気になるのは、仮に本当に大学生を採用する事態になったとして、そこで実際に採用されることになるのは何年生の学生なのかということだ。まさか、つい前年まで高校生、あるいは受験生であった大学1年生は、採用の対象とはならないだろう。かといって4年生を卒業間際の1月以降に採点へと駆り出すことも考えにくい。となると実際に採用の対象となるのは、大学2~3年生である可能性が高い。
 だが、大学2年生の1月は、本来なら、自らの研究したい方向もそれなりに見えてきて、それに向けて勉学にいそしむべき時期だろう。3年次に、本格的なゼミが始まる大学もあるに違いない。少なからずいる有為の学生であるならば、いよいよ始まる大学での本格的な学習に向け、それぞれの勉強にじゅうぶんな時間を費やしたいはずである。ましてや3年生なら、多くの大学・学部で次なる4年次に始まる卒論ゼミを見据え、その下準備に専心することを望むはずだ。
 そのような、大学生にとって本来最も大切な“本分”であるべき勉学の時間を、今回の措置は犠牲にしてしまう可能性があるのではないだろうか。下手をしたら、学生が断りにくい状況が作り出され、“ボランティア”という名の強制労働すらありうるのではないか――というのは考えすぎだろうか。

文科省の「暴挙」を許してはならない
 私は、大学受験業界で“飯を食う”人間として、今回の入試改革を受け、それに対応した多くの教材を執筆し、また、映像授業の撮影もしてきた。私自身の長年の夢でもあった、受験参考書を単著で執筆するという機会も手にすることができた。「共通テスト対策講座」が満載の内容で、すでに原稿は編集者に送り、校正の段階に入っている。だから、本当のことを言えば、怖い。
 もし、自分を含め、われわれ教育業界の人間が今回の文部科学省の施策に対して異を唱えることによって「大学入学共通テスト」の実施が延期、もしくは中止になってしまったなら、長年の夢であった単著デビューも“お蔵入り”になってしまう可能性があるのだ。せっかく皆で協力しながら教材を作り、そして撮影した「共通テスト対策講座」の映像授業も、おじゃんになってしまうこともありうるのだ。でも、それでも強く訴えたい。「大学入学共通テスト」の採点者に大学生を採用することだけは、だめだ。絶対に、だめだ。教育業界の方も、そうでない方も、「どうか、お力をお貸しいただきたい」と私は声を大にして言いたい。この国の教育のために。この国の将来を担う、若者たちのために。文科省の「暴挙」を許してはならないと思う。
小池陽慈(こいけ・ようじ) 予備校講師
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 かなり長文の引用となりましたが、文科省に対する疑念は1つです。「大学生がアルバイトとして大学入試の採点をすることが可能だろうか」です。人生を左右する大学入試に結果責任を負わない大学生を採用する発想が分かりません。確かに記述式問題を採用することで受験生の思考能力を判断することが新入試の目的でもありますが、記述式問題には採点者の人数を確保しなければなりません。文科省はそこまで考慮して新入試の導入を考えているはずですが?入試の公平な採点に疑惑を生むような採点者の導入は止めてもらいたいと思います。同様に民間試験として公認される英検の採点を全く無関係の外人に依頼するニュースもあります。この問題は別の機会に意見を述べたいと思います。

2019年07月07日

#246 世界でたったひとりの自分を大切にする

 九州北部はようやく入梅となりましたが、「降れば土砂降り」で昨夜はかなりの雨が降り、熊本や甘木など非難情報が出た地域もあったようです。しかしながら、稲を育てている農家の方にとっては嬉しい梅雨の到来となります。
 入梅したことで、あの嫌な感覚が戻ってきました。そうです。肌にまといつくような、あのべたべたした湿気の感覚です。太平洋高気圧が暑さと共に湿気も運んできます。この感覚は夏が終わるまで続くことになります。来年の東京オリンピックはこの湿度の高い亜熱帯気候のような状況下で行われます。選手だけでなく観客にも熱中症対策が求められることでしょう。
 さて、雨の休日はゆっくり家で過ごすのが一番です。読みたい本を開いて頁をめくる至福の時間は何よりも大切です。今日は久しぶりに鈴木秀子さんの本を取り上げてみたいと思います。本日のブログタイトルは最近手にした本のタイトルです。内容を紹介する意味で、本の前書きから引用します。

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『人生を支える「2つの心」』
 人は誰しも「自分にないもの」を求めたがるものです。あの人はいいものを身につけている。美人でスタイルもいい。みんなから愛されている。いい結婚をしたあの人がうらやましい。子供がいない人は自由で楽しそう。自分の仕事で輝いている人がまぶしく見える。
 自分ももっと〇〇だったら、もっと幸せになれるのに......。あの人みたいになれたら、人生が楽しいだろうに......。自分と他人を比べて、「うらやましい」「自分は損をしている」と思い込んでしまうのです。
 でも、このような思い込みは、すべて自分の心が作り出した妄想です。事実ではない妄想に振り回されているだけです。振り回されているうちは、どんなにがんばっても心が満ち足りることはありません。幸せを感じることもできません。では、どうすればこの思い込みやめられるのでしょう。
 それは「他人をうらやむのは当たり前」「自分は今、そういう気持ちに振り回されてしまっている」と自分に言い聞かせてあげることです。
 私といっしょに暮している、魅力ある高齢のシスターの話です。彼女は聡明で成績もよく、学校の先生になりたいと思っていました。でも、出征した父親が戦死し、中学を卒業すると働きに出ることになりました。貧しい家を支えるため、師範学校に行くことをあきらめなければならなかったのです。
 彼女が働きに出る前の晩、祖母は彼女にこう言って聞かせました。
「人さまの持っているものを見て、うらやましがったり欲しがったりしてはいけないよ。」
 すると、聞いていた祖父がぽつりとつぶやきました。
「こんな若い子にうらやましがるな、だなんて酷だ。そういう気持ちにならないわけがない。うらやましがって当たり前だよ。」
 2人は少し間を置いて、もう一度同じことを繰り返します。祖母は「うらやましがってはいけない」祖父は「うらやましがって当たり前」と。
 彼女はこの言葉が、人生を生きる上でたいへん役に立ったと言います。
「おばあさんの言葉だけだったら、私は自分を『うらやましがるべきではない』と厳しく律し、つらい思いをしながら生活することになったでしょう。おじいさんの言葉だけだったら、自分を甘やかし気ままな人間になっていたでしょう。自分の中に、相反する2つの声がいつも聞こえていたからこそ、私は何が本当に必要かを考え、物事の中庸を取ることができたのです
 人と比べて心がかき乱れたときは、みなさんもこの「2つの心」を思い出しましょう。人は人、自分は自分。それでいい。そう思う気持ちがきっと芽生えます。

『心の土台を整える』
 あの人に負けないようにがんばらなければいけない。
 たくさん努力して一番を目指さなければいけない。
 こういう気持ちが起こるのは、決して悪いことではありません。人間ならば、むしろあって当たり前。他人を意識し、うらやましがるということは、生きるエネルギーに満ち溢れている証拠でもあります。
 ただし、他人との比較に価値を置き過ぎると、一生そうやって生きることになってしまいます。「〇〇が欲しい」「〇〇がないから不安」「〇〇でなければダメ」......これにとらわれてしまうと、一生そこをグルグル回り、心をすり減らすことになりかねません。
 比べること、評価することの中で自分を見ていると、自信はどんどん失われるばかりです。そこで大事なのが、「幸せになるための心の土台」を整えるということ。

『世間一般の常識ではなく、自分の幸せのものさしで考えてみるのです』
 昔の修道会には、「教えるシスター」と「労働するシスター」がいました。先にお話ししたシスターは成績優秀であったにもかかわらず、進学できなかったために「労働する人」になりました。
 「教える人」と「労働する人」では、仕事内容に違いはあれ、身分差はありません。でもこういうとき人はつい「教えるほうが上だ」「大学に行けなかったせいで身分が下になった」などと思ってしまいます。
 シスターも、そんな気持ちに揺れ動くことがあったかもしれません。でも、彼女は祖父母の言葉に耳を傾けることで、世間一般でではなく、自分自身の幸せのものさしを手にすることができました。祖父母からの教えが、彼女に「幸せになる心の土台」を与えてくれたのです。
『人間が幸せになるための「3つの絆」』
 「心の土台」を作る方法を、もう少し具体的に考えてみましょう。心の中で「3つの絆」を育てるのです。1つ目は「自分との絆」。2つ目は「他人との絆」。そして3つ目は「自分を超える大きな力との絆」です。この3つがしっかりと育まれれば、幸せの土台はおのずと築かれます。たとえどんな苦難が訪れても、幸せを見失うことはないでしょう。
 1つ目の「自分との絆」とは、ほかならぬ自分自身との絆です。
 人は他人の目は気にするものの、自分のことはいい加減にしがちです。他人の評価でウロウロし、自分を責めてイライラする。これでは、いくらがんばっても自分との絆は育まれません。長い人生の中には、つらいこと、苦しいことがたくさんあります。それを乗り越えるには、地を足につけて「自分は自分でいい」と言って聞かせることで、自分との絆を強めることができます。
 2つ目の「他人との絆」とは一人ひとりの個性を認めるということ。
 この世界は異なる個性の人々で成り立っています。それぞれが異なる個性を持っているからこそ、私たちはつながり合い、補い合い、生きることができます。考え方がまるで正反対の人も、自分を生かす大切な存在である。それを心に刻むことが、他人との絆を作るということです。
 3つ目の「自分を超える大きな力との絆」とは、人間の中にある、大いなる存在を感じることです。
 私たちは単に「生きている」のではなく、神様から分け与えられた聖なるもの=愛や尊厳によって「生かされて」います。たとえ神様を信じられなくても、大自然の山々や樹木、季節を彩る草花によって、私たちは命の尊さ美しさ、生きることの素晴らしさを実感することができます。
 身近にある何気ない自然の営みに感謝し、賛美すること。これが「自分を超える大きな力との絆」を育んでくれるのです。幸せになるための努力とは毎日少しずつ、この3つの絆を築くよう訓練していくことです。

「世界でたったひとりの自分を大切にする」 鈴木秀子(文嚮社)
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 梅雨の時期には雨に濡れたアジサイが似合います。適度の雨は田畑を潤し、作物を育てます。梅雨明けが7月下旬ですので、梅雨の時期が3週間ほど続くことになります。災害に充分気をつけて、この季節を乗り切りましょう。

2019年06月30日

#245 空梅雨記録更新と沖縄慰霊祭

 今日も朝から晴れています。例年ですと毎年今頃は雨が断続的に降る蒸し暑い日々が続いていますが、今年はまるで梅雨明けを思わせる日々が毎日続いています。実際、梅雨明けというより五月晴れと言った方がふさわしいかもしれません。日中は気温が30度近くまで上がりますが、湿度があまり高くなく、朝晩は涼しい日々が続いているからです。新聞記事によりますと昨日1967年の最も遅い入梅の記録に並んだそうです。今日も雨が降りそうにありませんので、確実に記録更新ということになります。以下の記事は西日本新聞のネット記事です。

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『九州北部、梅雨記録的遅さ』(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/520944/)
 梅雨入りが平年(5日ごろ)より大幅に遅れている九州北部地方は、22日も広範囲で晴れ間が広がった。1951年の統計開始以降、梅雨入りが最も遅かった67年の記録に並んだ。23日も天気は崩れない見込みで「記録更新は確実」(福岡管区気象台)という。一方、少雨の影響でダムの貯水位は日々下がり、市民生活への影響が出始めている。
 気象台によると、九州北部は5月1日ごろから雨が少なく、6月22日までの総雨量は福岡市109・5ミリ(平年比40%)▽佐賀市96・5ミリ(同26%)、長崎市140・5ミリ(同40%)▽熊本市195・5ミリ(同48%)と平年の半分以下だ。
 21日現在、福岡県内の主要18ダムの平均貯水率は37・3%と同時期平均の80・3%を大きく下回っている。同県添田町の油木ダムは14・4%とより深刻で、下流の同県行橋市と苅田町は家庭に送る水の圧力を下げる「減圧給水」を実施。佐賀県の主要15ダムも平均貯水率は35%と低い。
 気象台によると、梅雨前線が九州付近に北上するのは26日ごろ。その後は雨が続く予想で、ようやく梅雨らしいじめじめとした時季に突入しそうだ。
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 この記録的空梅雨で思い出しますのは、私が1978年に大学入学後、9月から一人暮らしを始めた頃のことです。当時の福岡市はその年の夏より渇水状態が続き、福岡市は夜間断水を実施していました。福岡市民は夜間断水に備えてバケツや20リットル容器に水道水を溜めて生活用水として使用していました。結局10月中旬まで断水が続きましたが、夜間断水とはいえ不便な生活を強いられました。私も20リットルの容器に水を溜めて生活水として使用していました。当時の学生はワンルームマンションというものはあまりなく、住居は下宿や間借りが普通でした。当然お風呂はなく、近くの銭湯へ通っていました。その銭湯も断水のあおりを受けて、断水が始まる8時頃には営業を終了していました。その後40年近く福岡市で暮らしましたが、節水対策を市民に呼びかけても、市内で実際に断水が起こったことは記憶にありません。福岡市は人口が158万に達し、40年前のおよそ1.5倍に増えています。当然生活水の使用量も増えていますので、主要なダムの貯水量が気になるところです。
 確かに梅雨時の季節はじめじめして蒸し暑く、気持ちも滅入りますが、それでもこの国には必要な時期として私たちは生活していかなければなりません。梅雨時の雨が稲穂を成長させ、秋には豊かな実りをもたらします。長い間この国の根幹となった稲作農耕の源となる一因がこの梅雨になります。極端な気候変動は困りますが、農耕文化を源流として栄えた日本は、様々な季節を伴い今日まで栄えてきました。今後もこの国が繁栄していけるように、豊かな水源と水量を誇る国として生き続けることができるように、梅雨時の水を大切に扱いたいものです。
 また今日6月23日は沖縄戦から74年目の慰霊の日になります。私が福岡雙葉学園に勤めていた頃、姉妹校研修の一環として沖縄平和学習に参加し、石垣島と沖縄本島に1週間滞在して沖縄の文化や歴史、沖縄戦について知る機会がありました。その後何度も沖縄を訪れたことがあり、沖縄の慰霊の日は他人事ではありません。沖縄が本当に平和で豊かな文化を持つ島に再びなることができるように、平和の祈りを捧げたいと思います。本日の「沖縄全戦没者追悼式をNHKで観ていましたが、追悼式の前に「県歌」と言われている「月桃」の歌が流れていました。

『月桃』(作詞・作曲 海勢頭 豊)
1.月桃ゆれて 花咲けば
  夏のたよりは 南風
  緑は萌える うりずんの
  ふるさとの夏

2.月桃白い花のかんざし
  村のはずれの石垣に
  手に取る人も 今はいない
  ふるさとの夏

3.摩文仁の丘の 祈りの歌に
  夏の真昼は 青い空
  誓いの言葉 今も新たな
  ふるさとの夏

4.海はまぶしい キャンの岬に
  寄せくる波は 変わらねど
  変わるはてない 浮世の情け
  ふるさとの夏

5.六月二十三日待たず
  月桃の花 散りました
  長い長い 煙たなびく
  ふるさとの夏

6.香れよ香れ 月桃の花
  永久(とわ)に咲く身の 花心
  変わらぬ命 変わらぬ心
  ふるさとの夏

 沖縄戦を歌った曲で、森山良子の「さとうきび畑」が有名ですが、沖縄の人々にとって「月桃」の歌は欠かせません。爽やかなメロディですが、歌詞は激しかった沖縄戦を体験し、戦いを超えて平和の調べとなっています。沖縄が本当に平和になれば日本も平和になります。また世界平和へとつながります。一度YouTubeでお聴きください。(https://www.youtube.com/watch?v=4EPGYSc0dkw)

2019年06月23日

#244 親父にさよなら

 九州北部はまだ梅雨入りしません。金曜日に久しぶりに雨が降りましたが、一転また晴天が続いています。雨天が続かないので、気象庁が梅雨入りを宣言できないのでしょう。このままでは空梅雨の6月になりそうです。
 さて今日は6月第3日曜日「父の日」です。「母の日」と比べて何かと影の薄い「父の日」ですが、それでも小さな子供がいる家庭では子供たちがお父さんになにかプレゼントをしてくれるのではないでしょうか。子供が成長するにつれて、特に思春期に入りますと、父親は煙たがられる存在となりがちです。今までいつも話しかけられていたお父さんは子供から口をきいてもらえず、家族とのコミュニケーションも段々少なくなり、家族から疎まれ、まるでさだまさしの噺「父さんとポチ」のようになってしまいます。お父さんが家族から相手にされず、飼い犬のポチとしか会話できない噺です。(「父さんとポチ」は立川談春のYouTubeでお楽しみください。)
 母についての話題は尽きずに、母の歌もたくさんありますが、父親については母親と比べると数が少なく、テレビ番組「寺内貫太郎一家」のような昔の頑固おやじのイメージが今でもつきまといます。「頑固おやじ」ももはや死語となりつつあるご時世ですが、友だちパパのイメージよりも「頑固おやじ」が日本の伝統的な父親像を今でも表しているのではないでしょうか。
 ところで私的には「親父」をテーマにしたある歌が今でもなつかしく蘇ってきます。森本レオの「親父にさよなら」という歌です。レコードが1970年発売となっていますので、私が中学生だった頃の歌です。私はレコードは持っていませんが当時深夜放送でよく流れていた曲です。今でも妙に頭の片隅に残っていて、時々ふと思い出す歌です。今日は「父の日」ですので歌詞をご紹介します。ネットで検索すればYouTubeで視聴できます。(https://www.youtube.com/watch?v=49Dh96nYUxo)世のお父さん達に捧げます。

『親父にさよなら』(森本レオ)
父さん さよなら
イエスキリストの父さんと同じ職業の大工だった父さん さよなら
小学校しか出てなかったのにたくさん字を知っていた父さん さよなら
父さん いろいろなこと知ってたよね
自転車の正式な名称はチンチン自転車というのだ
と教えてくれた父さん さよなら
神経痛の薬だといって酒ばかり飲んでいた父さん さよなら
酔っ払うと普段は機嫌がいいんだけど
仕事がうまくいかないと母さんに茶碗や箸をぶつけてた父さん さよなら
母さんも大変だったよね
夜中にみんなが寝静まった頃 
そっと起きて壊れた茶碗を糊ではっつけてた父さん さよなら

そういえば父さん 寝ててもおならしてたよね
臭いと音の両面攻撃でみんな夜中に悩んだんだよ

お前の女房は絶対俺が見つけてやると言って
とうとう一人も見つけてくれなかった父さん さよなら
そのくせ孫の名前ばかりたくさん作って
引き出しをいっぱいにしちゃった父さん さよなら
父さん いくら俺がタフだからって そんなには無理だよ
僕が泣くと 泣くのは女の仕事だと言って 
鬼瓦のような声で怒鳴った父さん さよなら

恐い顔してたねー 僕の未来図かと想うと 
何度自殺したくなったことか
あれからだよ 父さん僕がニヒルになったのは
でも機嫌がいいと 男はでっかくならにゃいかんと言って
肩車をしてくれた父さん さよなら
でっかくなれよと言ったわりには 
母さんよりちびだった父さん さよなら

女を持つのは男の甲斐性だと言って
とうとう一人も持てなかった父さん さよなら
大きくなっても絶対にこんな所へ来るんじゃないぞと言って
競馬場でみそおでんを買ってくれた父さん さよなら

お風呂で100数えるまで出るんじゃないぞ と言って
先にぶったおれちゃった父さん さよなら

お正月になると凧の足を長く長く作ってくれた父さん さよなら
僕が泣いてせがんだら あんなに嫌いだった犬を
懐にいれて買ってきてくれた父さん さよなら

あの時の父さんの手はとってもでっかかったのに
僕がデモに行くと言った時 もう寝たきりだった父さん
布団をはねのけて 僕をつかまえて 頭ぺたぺたぺたぺた叩いたよね
あの時の父さんの手はもうちっちゃくてしわしわで
とっても悲しかった

天皇陛下の好きだった父さん さよなら
町内会長でもなかった父さん さよなら
市長でもなかった父さん さよなら
大統領でもなかった父さん さよなら
人の家ばっかり作って 
とうとう自分の家は一軒も作れなかった父さん さよなら
照れ屋で内弁慶でおっちょこちょいで
甘ったれでもう一度会いたい父さん さよなら
俺の親父だった父さん さよなら

2019年06月16日

#243 夜の女の闘い!?

 九州南部や中国、四国を除いて入梅となりましたが、九州北部は今日も晴天の一日です。金曜日の夜半に一時大雨が降りましたが、一転降雨のない日々が続いています。昨年の梅雨時の豪雨と比べますと、雨の降らない梅雨も異常気象と言えるのではないかと思います。
 さてご存じと思いますが、地上波の夜の11時台のニュース番組がものすごいことになっています。NHKを含めニュース番組のキャスター(アナウンサー)がすべて女性になってしまいました。この現象を私は不可解な現象としてとらえています。まるで「夜の女の闘い」の様相を示しています。(失礼!)
 ニュース番組の性格上、その日に起こった出来事を正確かつ分かりやすく伝えるのがニュース番組の主な役割だと思います。各テレビ局の方針に沿って様々な出来事を取捨選択し、一番大事なものを順に視聴者に伝えていきます。その際に男性、女性アナウンサーの区別はないはずです。(従来は男性が主としてニュースのメインキャスターを務めていましたが、必ずしも男性が優れているわけではありません。)
 ところが、すべてニュース番組が女性アナウンサーに変更になった背景に視聴者を無視した各テレビ局の視聴率争いが見え隠れしているように思えてなりません。これは差別と偏見に関わる微妙な問題ですが、ニュース番組の質とは無関係で、中高年の男性視聴者を引き付ける目的があるような発言をしたある放送局幹部がいました。これが真実ですと、ニュースを取り扱うこと自体が「Show ショウ」であり、一種の娯楽番組となってしまっていることです。
 私が各ニュース番組を視聴したところ、テレビ東京のWBSの経済ニュース以外は各番組に独自性は見られず、浅薄な知識のキャスターがニュース原稿を読んでいる感じです。これではネットでニュース検索をした方が、より詳しい情報を得られます。(ただしネットのフェイクニュースに気をつける必要があります。)視聴者は当然テレビやラジオ、新聞等のマスコミを通してのみニュース情報を得ることができますが、このような状況では本当に必要な情報がテレビから得ることができないことになります。特に海外ニュースは各テレビ局の性向が見られ、欧米では重要視されているニュースが日本国内では放送されないことも多々あります。
 また、1つ気になることがあります。ニュースに関わらず放送内で「美人アナウンサー」や「美人レポーター」という表現が使われますが、欧米では差別用語として身体的特徴を表す語は用いることができないことになっています。マスコミは必要以上に多くの放送自粛用語を規定していますが、先に述べた表現に関して日本のテレビ局の態度は非常に甘いと思います。
 ただ私が大いに称賛したいのはBS各局のニュース番組はどの局も質が高く、専門家の意見も多岐にわたり、一見する価値があります。同じ放送局でも地上波とBSでは内容が大幅に変わることも多く、BSのニュースを観て地上波のニュースを視聴しますと、その内容の違いにびっくりします。たかがニュースですが、視聴者に与える影響は大きいので、バラエティ番組と異なり、視聴者に情報を正確に伝えることを第一に考え、その上で優秀な女性キャスターを大いに起用してもらいたいと思います。

2019年06月09日

#242 8050問題

 今日は朝から曇天で、時折小雨が降っています。九州南部はすでに梅雨に入りましたので、北部もまもなく入梅となるようです。
 さて、また痛ましい事件が発生しました。先日発生した川崎殺傷事件です。小学生ら19人を死傷し、事件現場で自ら命を絶ったのは51歳の男性で、80代の伯父らと同居し、引きこもり傾向にあったと言われています。事件の原因について多くの専門家がニュース等で意見を述べていますが、その中で1つ気になったのが8050問題です。ご存じのない方にこの問題をウィキペディアから一部引用します。
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『8050問題』(https://ja.wikipedia.org/wiki/8050問題)
 引きこもりの若者が存在していたがこれが長期化すれば親も高齢となり、収入に関してや介護に関してなどの問題が発生するようになる。これは80代の親と50代の子の親子関係での問題であることから「8050問題」と呼ばれるようになった。
 2018年に内閣府は、40歳から59歳までを対象とした初の実態調査を行った。それは従来までは引きこもりの問題は若者特有の問題であるとして調査されていたものの、中高年の実態はどうであるかを把握して支援に役立てるため。そして2018年度の予算案に調査費として2000万円を計上した。
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 川崎殺傷事件では容疑者が同居していた伯父らが80歳代で、かつ容疑者がひきこもり状態であったことから、この8050問題が大きくクローズアップされています。引きこもりと言えば若い世代のひきこもりが連想されますが、厚生労働省は平成21年度よりひきこもり地域支援センター設置運営事業を行っており、先月内閣府がまとめた資料によりますと、40~64歳のひきこもり状態の人が全国に61・3万人いるそうです。この年齢では養親は少なくとも70代以上で年金暮らしをされていることと思います。いつ病気で倒れてもおかしくない世代になります。
 この中高年ひきこもりに対して様々な意見があり、どれも正論のように聞こえますが、ひきこもりの解決法まで述べている意見ほとんでが見当たりません。この国では8050問題が晩婚化・少子化とともに近い将来大きな問題となっていくことでしょう。
 それでは具体的な解決法があるかと思えば、残念ながら私には解決法を見出すことができません。個人的な問題なのか、あるいは公的な援助を必要とする国を挙げての問題なのか判断できない事柄だからです。ひきこもりに関してはケース・バイ・ケースの問題で、それぞれの対処方法が異なります。しかし、時間をかけて取り組むわけにはいきません。最悪の場合は養親が年老いて亡くなり、引きこもりの子どもが後を追う可能性が高いからです。
 世間では引きこもりの人たちに働くように促す意見がありますが、働くことができないから8050問題が生じているのです。引きこもりには何らかの要因があり、特に中高年の引きこもりではリストラや配置転換、上司のパワハラ等がきっかけとなり、引きこもりが発生している報告が多々あります。確かに61.3万人は少なくない数字です。この問題は喫緊の課題として老々介護と同様に国を挙げて取り組まなければならない深刻な問題です。この問題に関心のある方はNHKの「ひきこもりクライシス 100万人のサバイバル」をご参照ください。(https://www3.nhk.or.jp/news/special/hikikomori/articles/crisis_04.html)

2019年06月02日

#241 嘘つきは泥棒の始まり!

 ここ数日は快晴の状態が続いていますが、異常高温注意報が出されており、午後3時現在、北海道の佐呂間では38度を超える猛暑を記録しました。全国でみると、926の観測地点中53地点で猛暑日となっており。このうちの44地点が北海道だそうです。気象庁は、北海道から近畿にかけての多くの道府県に高温注意情報を発表し、猛暑日が予想される所もあるとして、熱中症に警戒を呼びかけています。全国的に真夏並みの猛暑が続いていますので、充分水分を補給するなど健康管理には充分注意したいものです。
 さて、世の中はオレオレ詐欺などの「特殊詐欺」の犯罪に溢れています。タイで行っていた特殊詐欺の一団が逮捕され、日本に移送されたニュースが先日放送されていました。この詐欺集団を含め、特殊詐欺の背後に暴力団が関わっていると報じられています。暴力団排除条例等により運営資金確保が難しくなり、様々な詐欺事件に暴力団が関わっているのでしょうか。詐欺事件には充分注意したいものです。
 ところで2か月以上前のことになりますが、3月某日のニュース特番で「フェイクニュース」の特集をやっていました。この特番をご存じない方もいらっしゃると思いますので、かなりの長文になりますが、その関連記事を下記に引用します。

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『数千万稼ぐ者も…「フェイクニュース製造村」で見た驚きの現実』
(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55222)
 世界を覆うフェイクニュースの洪水。その発信源のひとつは、なんと東欧の小さな村だった。NHKのディレクター・佐野広記氏が「フェイクニュース村」に潜入し、見たものとは――。

<フェイクニュースでベンツを買った>
 「あ、またフェイクニュースよ」ニューヨークに住む1児の母、アビーさんは、ため息交じりにつぶやいた。いまアメリカでは、市民が日常的に触れる情報の中に、ウソの記事=フェイクニュースが当たり前に飛び交っている。この日アビーさんが見ていたのは、『歯磨き粉のチューブ』に関する一本の記事。『印刷されている読取コードの色が、実は、有害物質の含有量を示している』というデタラメな内容だった。
 「もう何を信じていいか分からなくなってきています」事実が歪められ、ネット上で一瞬にして広がる「フェイクニュース」。今年3月に放送した「放送記念日特集 フェイクニュースとどう向き合うか~“事実”をめぐる闘い~」(NHK総合。NHKオンデマンドで配信中)を制作するにあたり、私たちはその実態を取材した。
 日本でも、『記録的な寒波で、ナイアガラの滝が完全凍結した』とか『大量の塩水を一気に飲めば、腸内をきれいにできる』といった生活情報や健康情報などのウソが出回っている。東南アジアは深刻で、去年『物乞いや妊婦などのフリをした人が、子どもを誘拐しようとしている』というフェイクニュースを信じた人々が、ホームレスを集団で暴行し殺害する事件まで発生していた。
 こうした記事には、広告が埋め込まれており、多くの人がアクセスして広告がクリックされると、発信者に収入が入る仕組みとなっている。ニュースメディア「バズフィード」が発信元を追跡調査した結果、100を越えるフェイクニュースサイトが、ヨーロッパのとある町で運営されていることが明らかになった。バルカン半島にあるマケドニア共和国の地方都市、ヴェレスだ。ニューヨークから飛行機を乗り継ぐこと20時間。「フェイクニュース工場」の異名を持つヴェレスに、今年2月、取材に入った。200~300人の若者がフェイクニュース作りに手を染め、多額の広告収入を手にしていると言われている。
 平均月収約5万円の、決して豊かではないこの町。道行く車の多くは、凹みやキズが修理されずに放置されたまま。バンパーが外れている車も珍しくない。そんな中、BMWやベンツなど、ピカピカの高級車が、2年前から突如増え始めた。しかも乗り回しているのは20代の若者ばかりだという。マケドニアの高級車ディーラーが教えてくれた。「業績はうなぎ登りです。貧しいマケドニアで、若者たちが高級車を買ってくれるなんて思ってもみなかった。彼らはインターネットを使ってお金を儲けているようです」

<すべてがウソばかりになってしまった>
 2年前にフェイクニュースを作り始めた2人組に出会った。金色のピアスが耳に光る、イマドキで端正な顔立ちの男子大学生だった。取材場所に指定されたのは、5つ星ホテルの一室。大学で経営学を学ぶ2人は、先輩から「ネットで記事を書くと金になるぞ」と聞いたのを機に、始めたという。
 当初は、『トランプ候補が「メキシコ国境に壁を作る」と発言した』など、大手メディアでも話題になっていた内容をまとめた記事を作っていたが、どうもアクセス数が芳しくない。そこで方針を変えて、『「ネバダ州の砂漠に強制収容所を作る」と発言した』という具合に、トランプ候補の発言にウソを入れて過激にしてみたところ、アクセス数が急増。広告収入が一気に増えた。当初は「本当」も混ぜていたが、気づくとタイトルから記事、写真まで、すべてウソばかりになっていったという。
 「一番のヒット作だ」という1本の記事をスマホで見せてきた。『速報 ドナルドトランプが心臓発作で死亡』。トランプ氏が仰向けに倒れ、血のようなものが流れている写真が添えられており、画像加工ソフトも駆使して作り上げたという。ホームページ作成方法は独学で学び、英語も使いこなし、アメリカ国民向けにウソの記事を書き続ける2人は、「とにかくタイトルで興味を引くことが重要」と繰り返す。
 作成した記事は、フェイスブックのシェア機能を使って投稿するが、より多くの人に拡散するよう、時差を考慮してアメリカ時間に合わせて投稿するなど、細かい工夫を重ねている。こうしたフェイクニュースで、多い時には月に約60万円(この町では1年分の収入)の広告収入を得ているという。

<フェイクニュースを交換するバー>
 「実際にはありえないような内容を書いているのに、たくさんのお金が入る。アメリカ人って馬鹿だなと思うようになったよ。2020年のアメリカ大統領選挙でも稼がせてもらうよ」と淡々と話す2人に、「罪悪感はないのか?」と問いただすと、「悪いのはフェイクニュースを作っている俺たちじゃない。読んで騙される彼らの方だ」と言い放った。
 2人は、稼いだ金で毎晩のように飲み歩いている。決まって飲むのは、ジャック・ダニエル。マケドニアにも、ワインや蒸留酒のラキアなど国産酒はたくさんあるが、外国の高いウィスキーを飲むのがステータスだという。店はフェイクニュース制作者が情報交換する場になっていて、大勢の若者で賑わっている。
内臓が揺さぶられるほど大音量のクラブ音楽が流れる店内で、彼らは叫ぶように将来の夢を語り合っていた。
 「このままマケドニアにいても、タクシードライバーになるか、レストランのウェイターになるしか道はない。早くマケドニアを出て、自分の会社を興して、未来をつかみたい」2人は空が白むまで踊り明かしていた。
 彼らがフェイクニュースを作る背景には、同国の厳しい経済状況がある。マケドニアが旧ユーゴスラビアの一部だった昔、ヴェレスは国営の工場が集まる一大工業地帯で、活気に溢れていた。ところが、ユーゴスラビアが解体すると、工場は次々と閉鎖。現在、住民のおよそ3割は失業者だ。若者たち口を揃える。
 「親には頼れない、金は自分で稼がなくてはいけない」町の市場を訪ねると、特産のパプリカ、トマト、チーズなど新鮮な食材が並ぶが、お世辞にも賑わっているとは言えない。店主の大人たちは茶を飲み、ヒマそうにおしゃべりする中、忙しく動き回っているのが子ども達だ。6~7歳の少年たちが、外国人の私たちを見つけ「お金をくれ」と言ってきた。
 現地コーディネーターが硬貨を配ったのだが、驚いたのはそのすぐ後。少年の1人がポケットを裏返し、「ほら、僕はまだもらっていないよ。お金をちょうだい」と、ウソをついて、金をさらにせびってきたのだ。フェイクニュースの原点を見た気がした。

<息子にはもっとフェイクニュースを書いてほしい>
 取材では、マケドニアの若者たちの間で「先生」と呼ばれている人物に面会した。ミルコ・チェセルコスキ氏。彼の名刺には「トランプ大統領の誕生を手伝った男」と書かれている。ミルコ氏は7年前から、ネット上で広告収入を得るノウハウを教えており、これまで大勢のヴェレスの若者を指導してきたと言う。
若者たちに必ず紹介するという、1本のフェイクニュースを見せてきた。見覚えのある記事―アメリカで出回っていた、あの『歯磨き粉のチューブ』のニセ記事だった。
 「この1本だけで、1000万円稼ぎ出しました。世界で1億回も読まれたんですよ。実はこの記事を作ったのは、私の妻なんですけどね」。勝ち誇ったような笑い声が、耳にこびりつく。
 「『大きい』とか『たくさん』のような普通の言葉を使ってはダメなんですね。『途方もない』『ものすごい』『計り知れない』『壮大なスケールの』『天井知らずの』など大げさなフレーズを使うんです。『ここだけの』とか『速報』とかをつけ加えれば、クリックの獲得は間違いなしです。中身は必ずしも事実でなくても良いのです」
 去年、フェイスブックやグーグルは「フェイクニュース対策」を強化すると発表。ヴェレスの若者のサイトやアカウントは次々と閉鎖された。しかし彼らは、今なおフェイクニュース作りを続けている。今回、フェイクニュース作成者10人近くに話を聞いたが、その中には警察官もいた。彼らは「そもそも国や企業が出す情報もウソばかり」と言い、ウソをつくことへの閾値が、私たちとはまるっきり違うのだ。
 ある家族を訪ねた際、私は、絶句するしかなかった。まだあどけなさの残る17歳の男子高校生が、事実をねじ曲げたウソの記事をスラスラと作り上げ、あっという間に全世界に発信していた。それを横で見ていた母親は、止めるどころかむしろ、もっと面白いウソをつきなさいと煽っている。
 『衝撃ニュース! サンドラ・オー(カナダ出身の有名女優)がケガをして、ドラマを降板した』――目の前で、高校生が作り上げたフェイクニュースだ。両親の年収を優に超える稼ぎを手にし、その金でイタリア製のバイクを買ったばかりだという。
 「罪の意識はないのか?」と尋ねると、息子は「クラスメイトの4割くらいがフェイクニュースを作ってるよ」と言い、母親は「それほど悪いことだとは思いません。お小遣いをあげなくて済んで家計は助かっていますし、息子にはもっと頑張って欲しい」と悪びれることもなく言い切った。私にとっては異常な光景が、彼らにとってはただの日常だった。フェイクニュースがなくなる日は、はるか遠い先のことかもしれない。
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 いかがでしたか。この記事を読んで暗澹たる気持ちになります。「自分はフェイクニュースに騙されないぞ。」と自信を持って言えるでしょうか?そういう私も今冬に配信された『記録的な寒波で、ナイアガラの滝が完全凍結した』の記事にすっかり騙されてしまいました。確かにアメリカでは当時記録的な寒波が続いていましたが、あの巨大なナイアガラ瀑布が完璧に凍結してしまうことは常識的にあり得ません。氷河期を除いてはあの滝の莫大な水量はどんな手段を用いても止められません。
 何となく新聞やネット等のニュースを読むと騙されることになります。特に日本の各新聞社、テレビ局は「社是」の方針なのか、フェイクニュースを流すというよりは、世界で進行している重大なニュースに対して「掲載しない、沈黙を続ける」という奇妙が現象が見受けられます。この件に関してはいずれブログで述べてみたいと思います。
 世の中はSNSで情報が広がる傾向にありますが、フェイクニュースを知らない大衆がフェイクニュースに踊らされ、それが暴動に発展する日も近いと思われます。特にAIの発達により、国家の首脳の動画を編集し、声紋を利用した動画を流すことにより、大衆を簡単に扇動する時代が来ることでしょう。そのような時代の到来について私たちは情報源がフェイクであるか否か、様々な情報を元に冷静かつ客観的に判断することを迫られています。とんでもない世の中になったものです。
 特殊詐欺やフェイクニュースを作成する輩は幼い時に親から、そして学校で習わなかったのでしょうか?「嘘つきは泥棒の始まり」だということを。

2019年05月26日

#240 文科省に大喝!

 沖縄・奄美地方はすでに梅雨に入りました。九州地方もあと2週間ほどで梅雨入りになることでしょう。昨日は屋久島で50年に一度の豪雨が降り、現在240人以上の観光客が孤立しています。毎年繰り返されていますが、梅雨時の豪雨には充分注意する必要があります。今まで安全と思われていた地域でも、いつ災害に見舞われるかもしれません。大雨警報が出た場合は避難先の確認も含め、充分な警戒が必要になります。
 さて2020年度の大学入試からセンター試験に代わる新しい入試が導入されます。この件について、このブログでも何度か取り上げましたが、数日前にNHKなどでその採点方法に関するニュースが報道されました。特に英語の採点方法を聞いて私は唖然としました。この件についてご存じない方にNHKが報道した記事をいくつか引用します。

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『大学入学共通テスト 英語の民間試験 海外の業者による採点も』
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190516/k10011917451000.html)
 今のセンター試験に代わり再来年から始まる「大学入学共通テスト」に導入される英語の民間試験。文部科学省がその採点者として、委託された海外の業者なども認めていることがわかりました。専門家は、採点の質の確保や信頼性の観点で懸念があると指摘しています。
毎年50万人余りが受験する今の大学入試センター試験は来年が最後となり、再来年1月からは「大学入学共通テスト」が始まります。
 このうち英語は、書く力と話す力を新たに測定するため、7つの民間事業者による英検やTOEICなどの検定試験が導入されます。再来年1月の受験生は来年4月から12月にかけて、これら民間試験を2回にわたって受け、そのスコアが受験する大学に提供される仕組みです。
 試験の採点者について、文部科学省は受験生が在籍する高校の教職員を除くこと以外、条件をつけていませんが、関係者によりますと、アジアなど海外の委託業者や学生のアルバイトなども採点者として認められていることがわかりました。
 これについて、7つの事業者を取材すると、大卒以上で、英語の指導歴が3年以上あることを採点者の基準としているところがある一方、海外の英語を話す人とだけしているところや、「機密事項」として基準を公表していないところもありました。
 入試制度に詳しい東京大学高大接続研究開発センターの南風原朝和前センター長は「どの国で採点されているかも分からないくらいなので、国の共通テストとして利用するならば、採点者の資質が分かるデータを提供してほしい。外国での採点などは質の確保や信頼性の観点で懸念がある。国は実態を確認し、対策を考える必要がある」と指摘しています。
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『バイトや海外業者も採点 大学入試 英語民間試験 信頼性に懸念』
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190516/k10011918441000.html)
 採点の質や信頼性は確保できるのでしょうか。今のセンター試験に代わり再来年から始まる「大学入学共通テスト」に新たに導入されるのが英語の民間試験です。民間試験では採点を海外の業者に委託することなども認められていますが、すでに採点に疑問があるケースも見つかり、懸念する声がでています。
毎年50万人余りが受験する今の大学入試センター試験は来年が最後となり、再来年1月からは「大学入学共通テスト」が始まります。このうち英語は書く力と話す力を新たに測定するため、7つの民間事業者による検定試験が導入されます。
 再来年1月の受験生は来年4月から12月にかけて、これら民間試験を2回にわたって受け、そのスコアが受験する大学に提供される仕組みです。
 試験開始まで1年を切り、今週、民間事業者が試験の日程や会場などの概要を相次いで公表するなど、準備が進められています。
 文部科学省は民間試験の採点について、受験生が在籍する高校の教職員を除くこと以外、条件をつけていませんが、取材すると、海外の委託業者や学生のアルバイトも採点者として認めていました。そのため採点の質の確保や信頼性に懸念を示す専門家や学校関係者もいます。

<一切利用しない大学も>
英語の民間試験の利用方法をめぐって、大学の対応も分かれています。大手進学塾のまとめでは、82ある国立大学のうち、民間試験を合否判定に利用する大学は筑波大学や広島大学など38校、出願資格などとして利用するものの合否判定には使わない大学は39校です。このうち東京大学や京都大学など8校は出願資格としての提出を任意としています。一切利用しない大学は北海道大学や東北大学など3校。まだ具体的な方針を公表していない大学が2校となっています。文部科学省は「各大学の方針は尊重するが民間試験を活用する方向で検討してもらいたい」としています。

<民間の検定試験導入>
7つの民間事業者による検定試験の具体的なスケジュールは、第1回となる再来年1月に共通テストを受ける人たちの場合は、来年4月から12月の間に、これら民間試験のうち希望したものを2回受けます。そのスコアは大学入試センターを通じて受験する大学に提供され、各大学の判断で出願資格や合否判定に使われます。
民間試験の実施から4年間、つまり2024年1月までは従来どおり大学入試センターによる英語の試験も実施されますが、2025年以降については未定だということです。

<専門家「民間任せの弊害 国は対策を」>
入試制度に詳しい東京大学高大接続研究開発センターの南風原朝和・前センター長は「どこの国のどんなレベルの人が採点するのかがブラックボックスとなっていて、採点の公平性や質の確保の観点で懸念がある。国は民間事業者に対して受験料は下げて採点などの質は上げるよう求めているが、それは矛盾している。大学によって活用に差があるのはこれらの試験を信用していないことの表れで、それぞれの大学が影響を小さくする方法を考えているのが実情だ。民間に任せることの弊害として国が実態を確認し、対策を考える必要がある」と話しています。
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『大学入学共通テスト 英語の民間試験 海外の業者による採点も』
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190516/k10011917451000.html?utm_int=detail_
 contents_news-related_002)
 今のセンター試験に代わり再来年から始まる「大学入学共通テスト」に導入される英語の民間試験。文部科学省がその採点者として、委託された海外の業者なども認めていることがわかりました。専門家は、採点の質の確保や信頼性の観点で懸念があると指摘しています。
 毎年50万人余りが受験する今の大学入試センター試験は来年が最後となり、再来年1月からは「大学入学共通テスト」が始まります。
 このうち英語は、書く力と話す力を新たに測定するため、7つの民間事業者による英検やTOEICなどの検定試験が導入されます。再来年1月の受験生は来年4月から12月にかけて、これら民間試験を2回にわたって受け、そのスコアが受験する大学に提供される仕組みです。
 試験の採点者について、文部科学省は受験生が在籍する高校の教職員を除くこと以外、条件をつけていませんが、関係者によりますと、アジアなど海外の委託業者や学生のアルバイトなども採点者として認められていることがわかりました。
 これについて、7つの事業者を取材すると、大卒以上で、英語の指導歴が3年以上あることを採点者の基準としているところがある一方、海外の英語を話す人とだけしているところや、「機密事項」として基準を公表していないところもありました。
 入試制度に詳しい東京大学高大接続研究開発センターの南風原朝和前センター長は「どの国で採点されているかも分からないくらいなので、国の共通テストとして利用するならば、採点者の資質が分かるデータを提供してほしい。外国での採点などは質の確保や信頼性の観点で懸念がある。国は実態を確認し、対策を考える必要がある」と指摘しています。
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『文法もつづりも間違いでも得点 数々の疑問 英語民間試験』
 今のセンター試験に代わり、再来年から始まる「大学入学共通テスト」に新たに導入される英語の民間試験に対しては、さまざまな疑問の声が上がっています。
 西日本の高校で英語を教えている教員は去年、生徒が受けたある民間試験の採点に疑問を持ちました。「地域をきれいにするためにできることは何だと思うか、1つ取り上げて理由を書きなさい」という英作文の問題で、生徒の解答用紙には「I think to inportant」としか書かれておらず、文法や単語のつづりも間違っていました。この教員は、過去に民間試験の採点に関わった経験があり、自身ならば「0点」にすると言いますが、業者から返ってきたスコアは160点満点中41点だったということです。この試験の採点はアジアなど複数の国の業者に委託するなどして行われているといいます。
 この教員は「自分の能力を測定するだけの検定試験なら、生徒のやる気を損なわないため、多少甘い採点もあり、かもしれない。しかし、入試に使われると思うと、満点の4分の1もの点が付いているのは疑問だ。本番でもきちんと採点が行われるか不安があるし、ある試験の採点がやさしいと評判になったらそこに受験生が殺到して結果的に公平な評価にならず問題だ」と話しています。

<各事業者で採点基準が大きく異なる>
民間試験を実施する7つの事業者は、採点者の基準やその公表方針が、それぞれ大きく異なっています。
▽「ケンブリッジ英語検定」は、大卒以上で英語教育に関する資格を保持し、英語の指導歴が3年以上などとしています。
▽「TOEFL iBT」は、大卒以上で英語の指導経験があるなどとしています。
▽「IELTS」は、大卒以上で英語教育に関する資格を保持し、英語の指導歴が3年以上などとしています。
▽「TOEIC」は、大卒以上で英語教育に関する資格を保持し、一定期間の指導経験があることなどとしています。
▽ベネッセコーポレーションが実施する「GTEC」は、海外の英語を話す人で、採用試験に合格した者、などとしています。
▽「英検」、「TEAP」、「TEAP CBT」は、いずれも日本英語検定協会が実施していますが、採点者は国内・海外を問わないが、応募資格などは「機密事項」につき公表できないとしています。

<異なる試験の点数どう平準化 受験料もまちまち>
 採点以外にも課題が指摘されています。1つは異なる試験によるスコアをどこまで公平に平準化できるかです。この手段として国は、国際的にも使われている「CEFR」という指標を用いるとしています。
 しかし、目的や手法も異なる試験のスコアをどこまで公平に評価できるのか、問題視する意見が根強くあります。また、試験によって受験料がまちまちで、6000円ほどから高いものでは2万5000円を超えるものもあります。
 大学入試センターに提出できるスコアは2回ですが、練習で試験を受けることも可能です。このため、家庭の経済状況や地域によって受験機会に格差が生じることも懸念されています。
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注:上記の記事の内容はかなり重複していますが、ここでは別記事として扱っています。

 4つの記事の引用でかなりの長文となりましたが、最後までお読み頂いた方は新しく実施される英語の試験が現在どのような状況になっているのか、お分かり頂けたと思います。文科省は民間試験の採点方法に関して充分な資料を集め、関係者と綿密に連絡を取り、採点方法の裁可を決めなくてはなりません。一国を代表する大学入試問題に変わる試験の採点を全く部外者の外国人に任せる国がどこにあるでしょうか。少なくとも私は聞いたことがありません。
 特に多くの高校生が受験している「英検」はCEFRという国際基準を数年前から採用していますが、具体的な採点基準は公開していません。民間業者の試験を「大学入学共通テスト」に採用するなら、具体的な採点基準を詳細に公表すべきです。またTOEICはビジネスに関する問題が多数出題され、高校生には不利な試験です。また試験問題を持ち帰ることができず、自分の取った点数しか分かりません。
 このように民間の英語試験を利用することは大学入試として多くの問題があり、早急に改善されませんと、2020年度の試験のために来年から民間の試験を受験することになります。文科省はこの問題に対して真剣にかつ緊急課題として取り組む必要があります。受験生の一生が左右される大学入試です。安易に考えてもらったら困ります。わずか1点で合否が分かれる入試を公正にかつ平等に扱う姿勢が文科省に問われています。

2019年05月19日

#239 償いー交通事故の悲惨さを歌う

 今日は5月の第2日曜日、「母の日」です。子供たちはきっとお母さんに素敵なプレゼントをしているでしょう。ところで最近母子や幼い子供たちが巻き込まれる交通事故が相次いでいます。4月19日に東京・池袋で高齢者運転の車が暴走し、3歳の女の子と母親が死亡した事故。5月8日に大津市で散歩中の保育園児の列に車が突っ込んだ死傷事故。5月10日に愛知県西尾市で2歳の男の子と33歳の母親が乗用車にはねられた事故など、多くの子供達が死傷する事故が増えています。特に大津の事故では子供たちを見守る保育士には過失はなく、園長先生の涙ながらの会見は涙を誘いました。
 交通事故は自分が注意していても避けられない場合があります。車を運転する人は細心の注意をして車を運転すべきでしょう。ちょっとした油断が事故を引き起こし、かけがえのない命を失わせることになります。また、その後の賠償金や治療費などは一生かかって払い続けることにもなります。
 今日は、さだまさしの「償い」という歌を紹介します。交通事故を起こした若者がどのようなことになるか如実に語っています。この歌は実話に基づくもので、また2001年に東京都で、4人の少年が40代銀行員の男性に対し、車内で足が当たったと口論の末、三軒茶屋駅のホームで暴行を加え、くも膜下出血で死亡させる事件がありましたが東京地裁において判決公判が行われ、主犯格少年2人に対して、裁判長がこの「償い」を聞くように諭したことでも有名な曲です。YouTubuで聞けますのでぜひお聴きください。

「償い」(作詞・作曲 さだまさし)
月末になるとゆうちゃんは
薄い給料袋の封も切らずに
必ず横町の角にある郵便局へ
とび込んでゆくのだった

仲間はそんな彼をみてみんな
貯金が趣味のしみったれた奴だと
飲んだ勢いで嘲笑っても
ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり

僕だけが知っているのだ
彼はここへ来る前にたった一度だけ
たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ

配達帰りの雨の夜横断歩道の人影に
ブレーキが間にあわなかった
彼はその日とても疲れてた

人殺しあんたを許さないと彼をののしった
被害者の奥さんの涙の足元で
彼はひたすら大声で泣きながら
ただ頭を床にこすりつけるだけだった

それから彼は人が変わった何もかも
忘れて働いて働いて
償いきれるはずもないがせめてもと
毎月あの人に仕送りをしている

今日ゆうちゃんが僕の部屋へ泣きながら走り込んで来た
しゃくりあげながら彼は一通の手紙を抱きしめていた
それは事件から数えてようやく七年目に初めて
あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り

「ありがとうあなたの優しい気持ちはとてもよくわかりました
だからどうぞ送金はやめて下さい
あなたの文字を見る度に
主人を思い出して辛いのです
あなたの気持ちはわかるけど
それよりどうかもうあなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」

手紙の中身はどうでもよかった
それよりも償いきれるはずもないあの人から返事が来たのが
ありがたくて ありがたくて ありがたくて ありがたくて ありがたくて

神様って思わず僕は叫んでいた
彼は許されたと思っていいのですか
来月も郵便局へ通うはずの
やさしい人を許してくれてありがとう

人間って哀しいね
だってみんなやさしい
それが傷つけあってかばいあって
何だかもらい泣きの涙が
とまらなくて とまらなくて とまらなくて とまらなくて

2019年05月12日

#238 子どもの貧困対策に「給食費無償化」?

 今年のゴールデンウィークはどのようにお過ごしになられたでしょうか。長かった連休も明日で終わり、5月7日(火)から普通の日常生活に戻ります。今年は長い休日のために5月病に罹る人が増えるのではないかと心配しています。一方では子供たちが学校に戻っていくので内心ほっとされているお母さんたちもいらっしゃることでしょう。今月は運動会や体育祭、文化祭など様々な学校行事が予定されています。子供たちも学校生活に戻り、また慌ただしい日々を過ごすことでしょう。
 さて今日は「子供の日」ですが、昨日のマスコミ報道によりますと、子供の数が38年連続で減少しており、それに伴い日本の人口も減り続けることになる旨の内容を放送していました。確かに人口減少は国力の衰退にもつながり、喫緊の課題となっています。その子供を巡る問題の1つとして学校給食があります。経済的に困窮している家庭の子供たちが給食費を払えない問題です。
 本日の "DIAMOND on line" にこの問題に関する記事がありましたので、長文になりますが紹介します。

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『子どもの貧困対策に「給食費無償化」が最適な理由』(https://diamond.jp/articles/-/199656)

本当に必要な家庭に届いていない「就学援助制度」
 子どもの学校関連の出費のなかで、最も大きな割合を占めるのが給食費である。文部科学省「平成30年度学校給食費調査」によれば、給食を実施している公立学校の保護者の年間負担額は、1人あたり小学校4万7773円、中学校5万4351円となっている。貧困家庭には、この給食費が大きな負担になる。その給食費を含む、学校に通うのに必要な費用を援助する制度が「就学援助」である。
 就学援助とは、学校教育法第19条で「経済的に就学困難と認められる学齢児童又は学齢生徒の保護者に対しては、市町村は、必要な援助を与えなければならない」と定められている制度のことだ。就学援助などの支援を受けている小中学生は、2015(平成27)年度で約6人に1人、全国で149万人にのぼり、最も負担が大きい学校給食費をはじめ、学校で勉強するために必要な文房具・楽器などの学用品代や、クラブ活動費、PTA会費などが支給される。
 ただし、就学援助は自治体間で格差が大きい上に、必要な家庭に届いているとはいえない現状がある。
「生活保護なども同様ですが、行政による支援を受ける場合、保護者が自ら就学援助の申請をしなければなりません。しかし、本来その必要性が高い家庭ほど、支援内容や申請方法について情報を把握していないケースが多く、制度対象から漏れている可能性が高いのです」(鳫氏、以下同)生活保護に比べて、就学援助という制度の知名度がそれほど高くないが故の現象である。

横浜市の公立中学校の給食実施率はゼロ
 また、給食の有無や、その充実度も自治体によって大きく事情が異なる。小中学校の昼食には、「完全給食(ミルク、おかず、主食)」、「補食給食(ミルク、おかずのみ)」、「ミルク給食(ミルクのみ)」、「給食なし」の4パターンがある。そもそも学校給食が実施されていない自治体も、まだ少なくない。
 前述の文部科学省「平成30年度学校給食実施状況調査」を参照すると、全国の完全給食実施率は、公立小学校は98.8%だが、公立中学校では79.0%とやや数値が下がる。「神奈川、近畿地方、高知、広島、九州北部の各県の完全給食実施率は低く、そのなかでも特に、横浜市の公立中学校の完全給食実施率は何と0%。完全給食以外だと、給食費が少ない、もしくはゼロですから、給食費を支援する就学援助の金額も少なくなる。貧困解決にならないのが現状です」
 2016年7月、横浜市は市立中学校12校で給食の代わりに「ハマ弁」という配達弁当を導入。2017年1月には、全145の市立中学校に拡大したが、「おいしくない」との評判が多数で、昨年12月の利用率はわずか2.6%と、まったく普及していない。

 しかし、ハマ弁の利用率が上がらないのは、味以外にも大きな理由があると、鳫氏は指摘する。「これは横浜市独自の制度なのですが、子どもの立場になって考えてないことは明らか。というのも利用者が少ないのは単に味の問題だけでなく、周りの友人から『あの子は弁当をつくってもらえなくてかわいそう』などと思われることを気にするあまり、非常に注文しづらいという背景があるのです」
 学校給食の歴史を振り返ると、始まりは1889(明治22年)年、山形県鶴岡町(現・鶴岡市)の忠愛小学校で貧困児童を対象に無償で行われたのが発祥といわれている。鳫氏によれば、その後も貧困救済として給食を支給される子どもに負い目を感じさせないよう、教師たちも気遣う必要があったという。横浜市は、学校給食制度当初と同じ問題を抱えているのだ。

年間5120億円あれば無料で給食が食べられる
 このように、就学支援制度や給食事情が自治体によって大きく異なるために、子どもの学校にかかる費用のうち最大割合を占める「給食」に関する支援がなかなか行き届かない。こうした現状の中で、鳫氏が提唱するのは、「完全給食にして、給食費を一律無償化する」ことだ。よくある「お金持ちの家庭まで無償にする必要はあるのか」という意見に対しては、こう反論する。
「高校授業料無償化のときも同じ議論がありましたが、個人の所得を把握するのはとても大変でコストもかかります。また、給食はどの子どもにとっても大事なものですし、所得の多い家庭はたくさん税金を納めていると考えれば、不平等とはいえません」
 2016年に行われた政府の経済財政諮問会議では、子ども・子育て世帯の支援対策として、給食費無償化が提案され、そのためには年間5120億円が必要になるとの試算が示された。学校給食は1食あたり、250~300円ほどの安価でありながら、栄養バランスがとれている。地域によっては、「おいしくない」などという課題もあるとはいえ、貧困家庭には非常に助かるはずだ。
 ここ数年、貧困家庭の子どもを念頭に月に数回、無償で食事を提供する「子ども食堂」という活動も活発化し、全国各地2200ヵ所にまで広がっている。ただ、「子ども食堂」は貧困対策というよりも、地域のコミュニティー活動としての役割を担う側面の方が大きい。給食費をタダにして、誰もが未納の心配なく平等に学校給食が食べられるようになれば、貧困に苦しむ子どもたちが間違いなく救われる。あらためて、学校給食の意義を社会で捉え直す必要があるだろう。
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 確かに貧富の差にかかわらず、子供たちが同じ給食を食べることができるのは理想ですが、それに必要な年間5120億円をどこから捻出するかが大きな問題となります。衣食住足りて最低限の文化的生活ができますが、親の経済状態に関わらず、せめて子供たちには学校で十分な食事を与えてやりたいものです。子供の日にあたり、このような記事を紹介させていただきました。

2019年05月05日

#237 令和+018=西暦!?

 普段は仕事の関係で週1の遅いペースでブログを更新していますが、今週は連休が続いており、比較的時間が取れますので、今話題の元号に関するブログを書き続けています。
 さて、昨日元号が平成から令和に変わりましたが、意外と煩わしいのが和暦⇔西暦の計算です。すぐに計算できる人は少ないのではないでしょうか。只今ネットで新聞記事を閲覧していましたら、面白い記事が載っていましたので引用します。

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『令和+「018(れいわ)」=西暦…簡単に換算』(読売新聞より引用)
(https://www.yomiuri.co.jp/kaigen/news/20190502-OYT1T50023/)

 今後、学校や職場で増えそうなのが、「令和8年って西暦何年だっけ?」といった和暦・西暦換算のやり取りだ。そんな時に「2026年です」とスラッと答えるための知って役立つ計算式とは――。
 実は、令和を西暦に換算する方法は過去の元号の中で最も覚えやすい。令和の年数に「018れいわ」を足せば西暦の下2桁になるからだ。
 例えば、令和31年であれば、18を足して「2049年」が正解となる。高校や塾の数学講師と、「タカタ先生」という芸人の二足のわらじを履く高田和典さん(36)は「令和2018(れいわに、れいわ)と覚えましょう」と提唱する。
 なお、平成を西暦の下2桁に換算するには88を足す。働く女性の差別禁止が強化された平成19年は2007年となる。タカタ先生は「平成は女性の社会進出が進んだので、平成の年数に1988(いくはは)を足す、と覚えましょう」と時代背景を踏まえて解説する。
 役所に提出する申請書や契約書など、日常生活の中で和暦は意外に多く使われる。タカタ先生は「語呂合わせなら覚えやすく、暗算力を磨くこともできる。パッと計算できれば『できる人』と思われるメリットもある」と語る。
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 ちなみに上記の同じページの左側にある和暦から西暦への計算方法は次のようになっています。
*基準年数は和暦元年の西暦-1です。

【大正】基準年数 1911
(覚え方)大正デモクラシー 自由求めて行く人々(1911)
(例)大正10年+1911=1921年  
(注)下2桁 21-11で大正10年になります。

【昭和】基準年数 1925
(覚え方)高度経済成長 い一靴でGO(1925)
(例)昭和20年=1945年     
(注)下2桁 45-25で昭和20年になります。

【平成】基準年数 1988
(覚え方)女性の社会進出 社会に出て行く母(1988)
(例)平成30年=2018年     
(注)平成は2000をまたぎますので、1999年までと2000年以降に分かれます。
  1.1999年までは下2桁から88を引く。 95-88=平成7年
  2.2000年以降は下3桁から88を引く。 2002を102として、102-88=平成14年

【令和】基準年 2018
(覚え方)令和に令和(2018)
(例)令和5年=2023年
(注)下2桁 23-18で令和5年になります。

 留意して頂きたいのは基準年数が実際の年号よりも「1」少ないことです。これは旧年号最終年と新年号元年が重複することから生じていると思われます。なお明治の換算方法が書いてありませんので、各自でお考え下さい(笑)。以上元号にまつわるトリビア(雑学)でした。(上記の各元号の換算式の(注)は私自身がコメントした追加情報です。)

追記 上記の内容を簡単に記憶したい人は「1125 8818」と携帯番号のように覚えておけば大丈夫です。

2019年05月02日

#236 令和時代の始まり

 昨晩から本日にかけて新元号「令和」を祝福する全国各地の様々な行事をテレビを通して見ることができました。特に午前零時に新時代を迎える頃には、何か年越しの雰囲気を感じさせるような盛り上がりでした。民放のCMでは、ある企業が "A Happy New Year" をもじって "A Happy New Era" (Era は時代のことです)と宣伝していました。平成の代替わりと異なり、上皇陛下が存命ですので賑やかな雰囲気が国中に溢れています。
 さて午前10時過ぎの国事行為である「剣璽等承継の儀」と11時過ぎに行われた「即位後朝見の儀」をテレビで見ていましたが、テレビ各局すべて実況中継していました。全テレビ局が一斉に同じテーマを中継するのは東日本大震災以来ではないかと思います。それだけにマスコミも新しい時代の始まりを真摯に取り上げているのでしょう。
 さて令和が始まりましたが、令和="Beautiful Harmony" のように素晴らしい時代を築いてもらいたいものです。もちろん新しい時代を築いていくのは皇室だけの課題ではありません。私たち国民一人ひとりがその置かれた環境において絶えず自己研鑽し、その努力に応じて新しい文化を生み出し、そして他者のための幸せに貢献していく、そのような時代を創造して行かなければならないと思います。
 世界的に視野を広げますと、民族対立や人種対立、宗教対立や、南北問題など様々な紛争がいたる所に存在しています。また国内外で地震や火山噴火などの自然災害や経済問題を始めとする大きな問題が山積しています。令和の時代にはこれらの問題と日本がどのように関わりあうかが大きな課題となります。日本人および日本文化は色々な意味において世界から注目されています。つまり私たち一人ひとりの言動が世界に影響を与えていると言えます。民度の高い国民として多くの国々に評価されていますので、さらに世界に貢献できるように新しい時代を迎えた今、はしゃぎ過ぎることなく、真摯に自分と向かい合うことが必要でしょう。私たち一人ひとりの努力が令和の名にふさわしい時代を創り上げることになります。世界に唯一の元号を持つ国の国民として、新元号にふさわしい日本人でありたいものです。

2019年05月01日

#235 平成時代の終わり

 本日は4月30日、平成最後の日になります。各テレビ局は早朝から天皇陛下、皇后陛下の話題を中心に皇室に関連した番組を放送しています。NHKでは先週から皇室関連の特別番組を流しており、平成の世において皇室の在り方を考えさせるような特集を組んでいます。
 昭和から平成への世替わりは昭和天皇の崩御とともに平成が始まりましたので、悲しみと慶びが入り混じった不可思議な雰囲気がありましたが、今回の平成から令和への世替わりは、なにかしら12月31日の大みそかのような雰囲気が漂っており、明日正月が来るような華やいだ気分になります。言いかえれば、真の意味での新しい時代の始まりです。
 さて以前のブログでも書きましたが、平成時代の31年間は皆様にとってどのような時代だったでしょうか。英語の generation (1世代)はおよそ30年を意味します。子どもが生まれ、成人し、そして次の家庭を作るまでが30年かかるという意味が含まれています。今生きている方で60歳までの方々は人生の半分以上を平成時代に過ごしたことになります。すべての人々が人生の途上で喜怒哀楽を感じ、様々な体験をなさったことでしょう。私も昭和と平静を半分ずつ生きたことになり、次の令和を生きることになりますと3つの時代を生きることになります。明治・大正・昭和を生きた方々はすでに100歳を超える御年となられますが、さすがに人生が1世紀を超えますと、その長寿に思わず頭が下がります。
 天皇陛下が仰るように、この平成を通して確かに日本が戦争に巻き込まれることはありませんでしたが、周囲の地域紛争や日本の平和維持に関わる姿勢が常に問われていた時代でもあります。また地震や台風、大雨等による自然災害が多数発生した時代として記憶されることでしょう。特に福岡県や九州に住んでいる方々は2005年の福岡西方沖地震や、2016年の熊本地震を体験しています。また九州は大地震だけでなく火山による被害も他の地域に比べて多く、普賢岳の大火砕流はいつまでも記憶に残る災害となっています。
 また平成は社会不安も多かった時代です。人間のものとは思えぬ異常な大量殺人や猟奇事件、カルト事件が多く発生し、特にオウム事件は歴史上初めてサリンを使った化学兵器を使用し、多数の死傷者を出しました。この後遺症で今でも苦しんでいる人が多くいます。この時代には対外戦争は起こりませんでしたが、誠実な生き方とは異なる拝金主義や詐欺事件など人々の心の中の戦争は今でも続いています。
 明治以降近代国家に向かった日本は令和の時代にに入り、どのような国家になっていくでしょうか。この国がいつまでも平和であり、世界に模範となるような国であり、平和を率先して作り上げていく国家になって欲しいものです。今日で平成が終わり、そして明日から令和が始まります。さよなら平成!

2019年04月30日

#234 高齢者ドライバーは老害?

 ゴールデンウィーク10連休がいよいよ始まりました。この長い連休を利用して海外や国内の観光地を訪れたり、里帰りや近くの山や海に出かける方が多いと思います。また家でのんびり過ごす方もいらっしゃることでしょう。せっかくの10連休ですので有意義に過ごしたいものです。一方ではデパートなどのサービス業に携わっている方々は残念ながら連続して休みを楽しむ機会がないと思います。そういう意味では国民全員がこの10連休を楽しむわけではありません。
 さて、連休と言えば多くの人が近場で楽しむのではないでしょうか。地元の繁華街での買い物や近くの公園等で家族と過ごされる方が多いと思います。しかし、この時期に気を付けておかなければならないのが交通事故です。市街地や高速道路で頻繁に交通事故が起きています。自分の身の安全は自分で守らなければならない時世です。それでもどうしても避けられない事故もあります。昨今頻繁に発生している信号無視等による車の突っ込み事故です。特に問題になっているのが高齢者による交通事故です。
 先日通勤の準備をしている時にたまたまテレビをつけていたのですが、高齢者による事故の瞬間を特集していました。信号無視はもちろんのこと、逆走、線路内への車の侵入、そして先日池袋で発生した87歳の高齢者による親子2人の死亡を含む多数の死傷事故など枚挙にいとまがありません。もちろん交通事故はドライバーの年齢にかかわらず、全世代を通じて発生しますが、歩行者を巻き込む事故は圧倒的に認知症を含む高齢ドライバーが原因となる場合が昨今では多いようです。
 このような悲惨な状況をどうして避けることができないのでしょうか。事故を起こした高齢者の家族は以前より自分の高齢の親に運転を止めるように説得してきましたが、本人が納得しなかった旨の発言をしています。確かに小さい子供を叱るのは簡単ですが、高齢者を納得させて運転免許を返納させることは本人の自尊心もあり、とても難しいと思います。まして子供を叱るように自分の親を叱ることはなかなかできないと思います。一度死亡事故を起こしたら、若い人は一生かけて賠償金などの償いができますが、高齢者は経済的な理由や余命の関係などで不可能です。事故を起こした加害者が寿命で亡くなりますと、当然被害者への補償は高齢者の家族が引き継ぐことになります。つまり親子2世代にわたり被害者への償いをすることになります。高齢者ドライバーはこのことを十分理解しておかなければなりません。死傷事故を起こした場合は自分だけの問題では済まないのです。
 家族による高齢者ドライバーの免許返納が難しい現状では、残念ですが運転免許に法的規制をする必要があるでしょう。一案として次のようなことが考えられます。
(1)70歳以上の運転免許所持者に対して毎年筆記試験と実地試験を行う。筆記試験では選択問題だけ
   でなはく、筆記試験も行う。筆記試験を行うことで認知症の度合いを判定できる。
(2)実地試験では自動車学校や公立の運転免許試験場を使用して、複数の車を走らせて実際の運転に近い
   状況を作り出し、運転技術を確認する。脱輪や信号無視等の違反は免許更新ができない。
 上記の試案では認知症のドライバーを排除できるとともに、年齢にかかわらず元気な高齢者は何歳になっても車を運転できることになります。公的な試験を課すことにより、運転を続けたい高齢者なそれなりの努力(交通法規を覚え直したり、自分の運転技能を見直すなど)をする必要があります。試案のポイントはこの試験を毎年実施することです。毎年行うことで高齢者の認知症の程度を把握できますし、体力や身体上の問題を抱えている高齢者に注意を促すことになります。ただしこれを実施するには多額の費用や負担が生じますが、現状のままでは高齢者による事故が増加の一途をたどり、次の令和の時代には大きな社会問題と発展するでしょう。それを防ぐためにはどうしても法的規制が必要になると思います。ただし、運転免許返納者への考慮として特に地方の公共交通機関の充実が望まれます。少なくとも30分おきにコミュニティバスが利用できる等の利便性が必要です。より安全な社会となるよう、様々な工夫が求められます。
 せっかくの10連休です。事故のない楽しい連休となるように交通事故には十分注意して、平成の終わり、そして令和の始まりに相応しい思い出になるような休日をお過ごしください。

2019年04月28日

#233 貧困を救う!ママのハーブティ

 今日は朝から20度を超える気温が続いています。桜花はすでに散ってしまいましたが、入れ替わるようにサツキや藤が咲き始めています。また田んぼではレンゲの花が咲き乱れ、初夏のような陽気が続いています。
 本日のブログは「貧困を救う!ママのハーブティ」です。これは今朝RKBで放送された情報番組「世界一の九州が始まる」の内容で、母乳に悩んでいるお母さんのために作られたハーブティの紹介でした。ただこの製品の素晴らしさはそれだけでなく、遠く離れたミャンマーの貧困の村を救っていることでした。番組の概略をRKBのHPから引用します。

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4月21日放送 「貧困を救う!ママのハーブティ」
 年間9億円の売り上げがあるオーガニックハーブティ。販売しているのは、福岡に拠点を構えるボーダレス・ジャパン。なぜそんなに売れているのか?愛用者は母乳で子育てしているママ。母乳の量が不足している、母乳が詰まり乳腺炎を発症し高熱が出る、など悩みを抱えるママは全国にたくさん。しかし授乳期は薬の使用は控えたいもの。そこで、オーガニックハーブティが重宝されているのだ。創業から約10年。今や全国の20%の産婦人科で販売や退院時のプレゼントとしても利用されている人気商品!だが…今回の物語はそこで終わらない!
ハーブティ販売の裏側には、原産地の貧困問題を解決するという壮大なテーマがあった。原産地はミャンマーのリンレイ村。長年たばこの葉の栽培を行い、農薬による健康被害や安定して収穫できないことで貧困に苦しんでいる農家が多い村。そこで、たばこの葉からハーブ栽培に生計の切替えを提案。買い取りを保証することで、現地の人々の暮らしが格段に改善されているのだった。ボーダレス・ジャパンでは、ハーブティ事業以外にも世界の貧困問題を解決する事業を展開。田口一成社長(38)曰く「世界の貧困問題は必ず全て解決できる」。 (https://rkb.jp/sekakyu/)
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 さらに、取材後記には次のように書かれています。
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 初めて、ボーダレス・ジャパンの田口社長にお会いした後、今まで以上に熱くこみ上げてきた私の感情です。皆さんが取り組まれている事業のスケール、偉大さ、そして情熱に感銘を受けたのです。ボーダレス・ジャパンは、世界の貧困や環境問題をビジネスを通して解決する取り組みを行うソーシャルビジネスの会社です。私の中では、これまで、貧困の解決策と言えば「募金」「貧しい国に学校をつくる」それくらいしか思いつきませんでした。その考えの浅はかさに自己嫌悪に陥りました。こんなやり方があったのか!と。社長をはじめ、社員はほぼ20代から30代の若者です。彼らは、自分の人生をかけて社会貢献しています。お金儲けしたくて頑張っているわけではありません。本気で世界の貧困を救いたいと考えているのです。具体的にどんな問題をどう解決しているのかはぜひ番組で確認して頂きたいのですが、ミャンマーやバングラデシュなどで貧しい家庭の子どもたちが学校に通えるようになるなど、彼らの活動による効果は確実に表れています。と言っても、暑苦しいキャラクターの社長ではありません。社員の方々は、田口社長のことを「まるで少年のようで、日々の生活においては心配になることもたくさん」とおっしゃっていました。実際、現在、自転車で転んで左手の指を骨折しています。しかし、頭は常にフル回転。田口社長は取材中におっしゃいました。「世界の貧困問題は絶対に全て解決できる」。(https://rkb.jp/sekakyu/kouki/2019/20190421/index.html)
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 ビジネスを通して貧困問題を解決したり社会貢献を行うことは企業活動の理想と言えるものでしょう。企業の利益のみを考えるのではなく、あくまでも「社会問題を解決していくために存在する企業形態がこれからの世界を救う1つの基準になるのでは」と思います。既存の考えに捕らわれずに、自社の利益を上げながら、同時に社会問題を解決していく発想が若い世代を中心に出てきているのがうれしい限りです。

2019年04月21日

#232 ももかの花が咲いたよ

 今日4月14日は熊本地震が発生して3年目になります。震度7の大地震が続けて発生した珍しい地震です。最初の地震は14日の午後6時25分頃だったと記憶しています。2005年3月20日に福岡西方沖地震(M7.0、最大震度6弱)を体験していた私は当塾の室内で同様の揺れを感じ、大きな被害が発生したのではないかと危惧しました。そして2日後の深夜1時半前に就寝しようとした時に2度目の大地震が発生しました。部屋にあるタンスが大きく揺れたのを覚えています。その夜はその後発生した多くの余震で一睡もできませんでした。夜が明けてニュースで熊本地方を中心に大きな被害が発生していることが分かりました。今まで大地震の記録がなく、安全と思われていた熊本地方に大地震が起こり、改めて大地震はどこにでも起こりうると痛感しました。
 さて、熊本地震に関する記事が本日の西日本新聞のネット版に感涙する記事が載っていましたのでご紹介します。改めて地震で亡くなられた方々にご冥福をお祈りいたします。

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『庭の桃に亡き娘重ね 益城町・橋村さん「ももか、お帰り」「いのち」の詩、胸に前へ』
(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/502502/)
 淡いピンク色の花が初めて咲いた。3月末、熊本県益城町の自宅の庭で、桃の枝を見つめる橋村りかさん(46)の胸に、昨年9月に亡くなった長女のももかさん(享年17)への思いがあふれた。「ももかの花が、咲いたよ」。自宅を購入した15年前、庭に植わっていた桃の老木。伐採した切り株から3年前、思いがけず新芽を出し、今年初めて花を付けた。まるで娘が帰ってきたかのようだった。
 夫婦と子ども3人の5人家族。脳性まひのももかさんは、ほとんど体を動かせなかった。気管を切開していて話すこともできず、表情と足の動きがコミュニケーションの手段だった。
 2016年4月16日未明、熊本地震の本震が発生。突然の大きな横揺れに、介護ベッドが大きく揺すぶられた。夫がももかさんを抱きかかえ、家族みんなで外へ飛び出した。話せない娘は青ざめて、ずっと震えていた。自宅は全壊した。
 約3カ月の避難所生活を終え、仮設住宅に入居。春に松橋支援学校高等部(同県宇城市)に入学したももかさんが、わずかに動く右手でペンを持ち、筆談を覚えたのは、このころだった。
 じしんはこわい/じしんはこわい/はやくおわるといいな(略)
 最初に書いたのが、地震。初めて娘の「言葉」に触れた感慨と同時に、それまで吐き出せなかった恐怖を思い、胸が詰まった。
 その年の11月、30分ほど仮設の自宅を留守にして戻ると、娘は顔色をなくし、呼吸をしていなかった。胸の鼓動も止まっている。命に関わる発作は、幼いころから何度も繰り返していた。救急車を呼び、必死で心臓マッサージをした。
 3日間の入院後、仮設に戻った娘は手紙のような詩を書いた。タイトルは「いのち」。
 いのちはたいせつ/いのちはだいじ(略)/おかあさん/いのちをくれて/ありがとう/みんなありがとう
 「私はももかの母だけど、中身はこの子が育ててくれている」
 仮設団地での生活は、地域の人たちと一緒で心強くはあったが、狭い室内では車いすが使えず、不自由を強いられた。ようやく自宅の修繕が終わった昨年7月、わが家に戻ってきて、娘は安心した顔をしていた。
 2カ月後の9月16日。眠ったまま逝った。泣いて、泣いて、放心した。
 小中学校の友人たちが写真を飾ったボードを届けてくれた。意志が強く、学校が大好きで、いつもみんなに囲まれていた。今年3月の卒業式では同級生が遺影を持ち、卒業証書を受け取ってくれた。
 桃の季節に生まれ、百の香りを放つ花のような魅力的な人にと願いを込めて名付けた「ももか」。あらためて、名前のような娘だったと感じた。
 巡り合わせだろうか。地震の年に現れたひこばえが、娘を失った悲しみの庭に花を咲かせた。背を押されている気がする。「怖かった地震からもう3年だね。いのちはたいせつ。一日一日を大切に生きていくからね」
=2019/04/14付 西日本新聞朝刊=
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 亡くなられたももかさん以外に多くの人が死傷されています。仮設住宅で多くの人々がまだ生活されています。地震や大雨などの自然災害は「対岸の火事」ではなく、「明日は我が身」です。活断層が発見されていない地域でも、「発見されていない」だけで自分の身の回りに存在すると想定しておいた方がよいと思います。実際数日前の新聞記事で、柳川市周辺やや佐賀県南部に活断層が存在すると伝えていました。また久留米市から浮羽市にかけて存在する水縄(みのう)断層帯は、福岡県の南部に位置する活断層帯です。この断層帯は記録によりますと679年(天武7年)の筑紫地震であった可能性があります。
 このように私たち現代人が知らない活断層が日本全国に無数にあります。自然災害は常に自分に降りかかることを想定し、日頃より災害に対処する姿勢が必要です。

2019年04月14日

#231 明光学園ハンドボール部日本一!

 私が非常勤講師をしている明光学園で、昨日ハンドボール部の全国選抜優勝報告会が講堂で行われました。その記事が西日本新聞のHPに載っていましたので、それを引用します。

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『明光学園が初の日本一 ハンドボール全国高校選抜大会 報告会で主将「3冠目指す」』
 3月に関東で開かれた全国高校ハンドボール選抜大会女子で初優勝した明光学園高ハンドボール部の報告会が9日、大牟田市倉永の同校で開かれた。同学園中学校の生徒を含む350人がホールに集まり、登壇したキャプテンの3年、柿添まどかさん(17)ら部員20人に大きな拍手を送り、同校では各種競技を通じても初めてとなる全国制覇の快挙を喜び合った。
 同部は創部5年目。西窪将志監督(36)によると、福岡市内や熊本県内からの通学生が多く、片道約2時間かけて通う部員もいる。授業前の朝8時から校内清掃ボランティアをするのが部の日課で、心技体を日々鍛えているという。ディフェンスからの速攻が得意で、大会でも実力を存分に発揮して県外の強豪校を次々に破り頂点に立った。
 報告会で柿添さんは「絶対に日本一になると宣言して達成できたのでうれしい。夏のインターハイ、秋の国体も優勝し、3冠をしっかり取りにいきたい」とさらなる飛躍を誓った。
=2019/04/10付 西日本新聞朝刊=
(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_chikugo/article/501382/)
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 ハンドボールはまだマイナーなスポーツで、マスコミもなかなか採り上げてくれませんが、それでも全国大会での優勝は「あっぱれ!」です。生徒たちは次のインターハイでの全国制覇に向けて毎日猛練習を行っています。彼女たちのこれからの健闘にエールを送りたいと思います。

2019年04月10日

#230 大牟田動物園で総選挙!?

 本日は市内の中学校で入学式が行われ、新一年生が初登校しました。市内の中学校で統廃合が進んでいますが、新入生の笑顔はいつも爽やかです。さてネットに面白い記事が載っていましたので掲載します。大牟田で唯一?賑わっている動物園の記事です。

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『AKBは途切れても…大牟田市動物園で「総選挙」 飼育員×動物、ペアで立候補』
(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/501182/)

 福岡県大牟田市の市動物園で、飼育員が動物とペアで“立候補”して動物の魅力の伝え方などを競い合い、評価してもらうユニークな投票イベントが開かれている。エントリーしたのは「エミュー×かわかみ」「カンガルー×おの」など11組。入園者らは、園内に掲示された飼育員手作りのパネルなどを参考に投票する。今年は10年間続いたアイドルグループ「AKB48」の選抜総選挙が途切れ、寂しい人も多いはず。飼育員と動物で頂点を目指す「動物園版総選挙」に清き一票を投じて盛り上がってみませんか。
 イベントは昨年に続いて2回目。飼育員も評価の対象とするイベントは、動物の生活の質を高める「動物福祉」に力を入れている大牟田市動物園ならではの企画だ。「動物の魅力の伝え方」「取り組みの素晴らしさ」「パネルのデザイン性」の3点が投票のポイントになる。
 エントリーした飼育員と獣医師計11人のうち、川上万央(まお)さん(27)は担当する8種の動物のうち「マイナーだが顔が格好良い」とエミューと組む。パネルでは、餌を探すのにあえて時間がかかる工夫を施した餌箱を写真付きで紹介。餌をすぐに取り出せないようにしたのは、餌取りが難しい野生に似た環境にするためだ。
 飼育員2年目の古賀秋穂さん(21)は「喜ぶと尻尾を振ったり、寝そべったりして、人なつっこくてかわいい」とミニブタを選択。7頭の家族相関図のイラストや、普段の生活の様子をパネルに描いた。にぎやかな“家族”の光景が思い浮かぶようで、「ミニブタの古賀さんと覚えてもらえればうれしい」と話す。
 今年のイベントでは初めて、全11組の取り組みを紹介する動画を撮影し、動画投稿サイト「ユーチューブ」にアップした。NG集も制作し、飼育員たちが楽しく動物と向き合っている姿が映し出されている。椎原春一園長は「動物の人気投票とは違った企画で、飼育員たちの創意工夫を広く知ってもらうきっかけにしたい」と話す。投票締め切りは15日。大牟田市動物園のフェイスブックからも投票できる。

●一時は閉園のピンチ 「動物福祉」で復活
 大牟田市動物園は1941年に九州5番目の動物園として開園した。92年度の全面リニューアルで入園者数は年間40万人超とピークを迎えたが、その後はレジャーの多様化などで2004年度には13万人余りまで落ち込んだ。
一時は閉園が検討されたが、市が06年に指定管理者制度を導入以降、動物の魅力を生かしたイベントや、「動物福祉」を重視した飼育が話題となり、入園者数は回復していった。16年度以降は23万人以上を維持し、大規模リニューアルによらない「復活劇」は全国的に注目され、動物園の専門家も高く評価している。
 人気上昇は、各飼育員の動物福祉の取り組み自体も「展示」し、発信している点が大きい。動物の健康維持のために定期的に行う採血の様子を公開したり、狭い獣舎でも動物本来の行動ができるように餌を隠して探させたりと、飼育員も含めた「丸ごと展示」が来場者増につながっている。
        §   §
 大牟田市動物園には4.4ヘクタールの敷地にホワイトタイガーやキリン、モルモットなど51種239頭が飼育されている。入園料は大人370円、高校生210円、4歳以上80円。3歳以下は無料。0944(56)4526。
=2019/04/09付 西日本新聞朝刊=
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 AKBは人気の陰りもあり今年総選挙を中止しましたが、大牟田動物園では多くの動物が元気に過ごしています。筑後地区唯一の動物園ですので、県内や隣県から休日には多くの人が訪れます。時間があればぜひ動物たちと遊んでください。

2019年04月09日

#229 投票率上昇への一考察

 本日は第19回統一地方選の前半戦となる11道府県知事選と6政令市長選、41道府県議選、17政令市議選の投票が各地で行われています。しかしながら、いつも問題となっているのが投票率です。前回から18歳による投票が始まりましたが、結果として大人の投票率を下回りました。公益財団法人「明るい選挙推進協会」のデータによりますと、昭和26年の地方選挙で投票率82.99%を記録して以来投票率が低下しており、最近では50%を下回る状況が続いています。
 他国の状況を見てみますと、独裁国家を除いて民主国家のオーストラリアでは毎回90%を超える投票率を維持しています。「投票は国民の義務とされ、正当な理由なく投票しないと、20オーストラリアドル(約1600円)の罰金が科せられる。この義務投票制度が導入されたのは1924年。51〜71%だった投票率は、それ以来90%を下回ったことはない。」
(NHK選挙ウェブより https://www.nhk.or.jp/senkyo/chisiki/ch18/20160304.html)
 日本でこのような投票拒否に対する罰則規定を提起するような議員は出ないでしょう。そのようなことを言い出せば地元の選挙民からそっぽを向かれることでしょう。それではどうすれば投票率を上げることができるでしょうか。
 私的に次のようなことを考えてみました。
 1.国民主権として選挙に投票した人だけが政治に口を出すことができる。投票しなかった人は公の場で
   政治に口を出すことができない。当然デモ等にも参加できない。
 2.選挙に投票した人には投票証明書を発行し、消費税を5%にする。投票証明書を持たない人は消費税
   を15%にする。
 3.選挙に投票した人にはクーポン券を発行し、商品の割引などに利用する。
 いかがでしょうか、罰則規定では国民の反発が予想されますので、あくまでも投票した人にプラスになることを実施することで投票率の上昇につながるのではないでしょうか。理想を言えばあくまでも選挙民の意識を向上させることで、投票率を挙げるのがよいのでしょうが、現実には難しいものがあります。選挙は人々が自分の意思を表す唯一の手段です。暮らしやすい世の中を作っていくために大切な一票を行使しましょう。

2019年04月07日

#228 新元号は「令和」

 本日は4月1日で、今日から新年度が始まり、日本中いたる所で入社式、入学式が行われています。また5月1日の新天皇の即位に当たり、今日新元号が発表されました。新しい元号は「令和」です。出典は大化から始まる元号の歴史上初めて我が国の古典「万葉集」から選ばれました。報道によりますと、「令和」は万葉集の梅の花の歌32首の序文にある「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かお)らす」から引用されたということです。この歌は福岡の大宰府で詠まれた歌らしく、地元で暮らす者にとり誇らしい気がします。
 今まで我が国の元号は中国の古典から引用されていましたが、今回の元号の成り立ちを考えますと、これからの日本の元号は大きな影響を与えてきた古代中国から精神的にも独立し、新たな日本独自の精神文化を作り上げる意味合いが含まれているものと推察します。
 新元号「令和」ですが、「令」という字はふつう「命令」のような形で使用される場合が多いのですが、新しい元号では「すばらしい」とか「めでたい」という意味合いで使用されます。また、「和」は元々「和む」の意味合いで使用しますが、「昭和」でも使用されています「平和」のイメージも含みますので、新元号「令和」は寒い季節を乗り切った後に咲く梅の花に例えて、これからの新しい日本を象徴するような元号だと思います。またバブル経済崩壊後の不況にあえいだ日本が再び立ち上がり、希望の時代を築いていく象徴のような元号だと思います。
 ちなみにローマ字では「REIWA」と書くそうです。「れ」は「LE」ではなく「RE」になります。日本語の発音からすれば「れ」は「LE」に近いのですが、正式なローマ字の日本語表記では「RE」だそうです。いずれにせよ、5月から新しい天皇を擁し、日本国は多くの自然災害や経済不況にもかかわらず、不死鳥のように飛翔することでしょう。
 また新元号に合わせて私たち日本人万葉集で歌われている古代の人々の自然に調和した生き方を参考にして、新しい生き方を模索していかなければなりません。それは拝金主義的な生き方ではなく、自然環境に調和し、地球と共存する生き方になるでしょう。日本が率先して自然環境に即した生き方の模範を示せば他国が自ずから生き方を改めていくことでしょう。そのような世になることを期待しています。

2019年04月01日

#227 THANK YOU, ICHIRO

 今日は3月31日、平成最後の3月末日となりました。昼間は所用で福岡まで行ってきましたが、電車の車窓から見る景色はどこも桜が満開で、線路の近くの公園では多くの人が花見をしている光景が広がっていました。また菜の花も咲き誇り、桜花との見事な色彩のコントラストを示していました。
 今日のブログは前回に続き、イチロー選手の話題です。3日ほど前にシアトルマリナーズの地元の新聞社シアトルタイムズに粋な全面広告が話題になりました。イチロー選手の同僚のマリナーズのディー・ゴードン内野手が米国での開幕戦を迎えた28日、“師”と仰ぐイチロー外野手への感謝を綴った広告を掲載しました。メジャーでは、移籍した選手が古巣へのメッセージを全面広告で伝えるケースは少なくありませんが、引退したプレーヤーに同僚が惜別の思いを綴るのは異例だそうです。
 英文はネットで検索できますが、日本語訳は掲載されていないようなので、拙訳してみました。ゴードン選手の気持ちが伝われば幸いです。

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THANK YOU, ICHIRO

親愛なるイチローへ
まず最初に、僕への偉大な友人として、そして今日まで僕の大好きな選手としていてくれたことに感謝を言いたいと思います。
君のおかげで僕は野球が好きになりました。僕は子どもの時エイボンパークにいた頃、君に心酔していました。僕が生まれる前に世に出回ったテレビゲームで人々は君の名前にちなんでプレーヤーを名付けました。
 それから2012年がやってきました。シアトルでドジャーズが君たち選手と対戦していました。僕はショートの守備位置で君のすべてのプレーを見ていました。そしてついに君の(日米)ヒット合計数を数えることになりました。実は君の守備よりも君がヒットを打つことにもっと注意を払っていました。(ドジャーズごめんなさい。でもそれがイチローなのです!)
 翌日僕が君に打撃について聞こうとする前に、君はヤンキースにトレードされました。
僕はそれで打ちひしがれましたが、2015年がやってきました。僕がマイアミ・マーリンズにトレードされて数日後に君がマイアミと契約しました!
 そこで僕は飛び上がり、親友に叫びました。「イチローと一緒にプレーすることになったんだ!冗談だろうって?とんでもない!」僕は君がボールを打ったり走ったりするのを見ることができるように、ロジャー・ディーン・スタジアムへ行ったことを覚えています。球場へ到着し、僕が緊張して君の所へ歩いて行ったとき、君は僕にとても親切にしてくれました。君は僕にできることは何でも手助けする、と言ってくれました。そのことが僕をとても感動させたと断言できます。今日まで僕は次のように言っています。「僕がイチローとプレーする?どうやって?僕はエイボンパーク出身さ!」
 この数年間君がどれほど僕を助けてくれたか、人々は知りません。イチロー、僕たちはよい時も悪い時も、浮き沈みを経験してきました。しかし、君の友情はけっして揺るぎません。君はいつも僕のそばを離れなかったし、助けてくれました。僕が不当に扱われたら、そのことで君が非難されても、君はいつもそばにいてくれました。
 ツイートやインスタグラムはこの場合ふさわしくないと思ます。だからふさわしい方法で君への感謝を示したかったし、どのくらい君に感謝しているか言いたかったのです。君の友情や指導なしには、(君の秘密は決して言わないけれど)ディー・ゴードンという名前の首位打者はいなかったでしょう。
 兄貴、愛しているぜ!君はずっと僕の人生の一部だ。君が引退後の生活を楽しむことを期待しています。僕はきっと頼れる君がいなくてさみしく思うから、オフの日には僕と一緒にボールを打とう。

愛弟子、デバリスより
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 イチロー選手を師と仰ぐゴードン選手の熱い想いが伝わってきます。またメジャーリーグの多くの選手からイチロー選手を称える声が聞こえてきます。イチロー選手は日本だけでなく、野球本場のアメリカからも偉大な選手と称賛されています。野球道を極めた選手に贈られる最高の賛辞です。イチロー選手は日本人の誇りでもあり、日本人の一人として喝采を挙げたいと思います。
 さて、明日は新元号が発表されます。どのような元号になるのか楽しみです。従来通り中国古典から引用されるのか、あるいは日本の古典から引用されるのか、日本中で興味深い話題になっています。

2019年03月31日

#226 不世出のヒーロー

 お彼岸の中日も過ぎ、全国各地から桜の便りが届く今日この頃です。近くの中学校の桜の花も3分咲きとなり、次の週末には満開が予想されます。今年も多くの人々が花見に出かけることでしょう。
 さて21日のメージャーリーグ戦途中で大きなニュースが流れました。イチロー選手の引退を知らせるテロップが各テレビ局のTV画面に一斉に流されました。このニュースを知って東京ドームの観衆には試合途中でざわめきが起こり、イチロー選手がバッターボックスに立つごとに大歓声が沸き起こりました。イチロー選手の引退のうわさは東京ドームでの開幕戦以前からありましたが、実際日本での公式試合でイチロー選手が引退するとは夢にも思いませんでした。
 野球のスーパースターと言えば王、長嶋選手の名前が思い浮かびますが、イチロー選手はこの2人に劣らず、それ以上の評価を得ることになるでしょう。また彼は将来アメリカの野球殿堂入りが確実視されています。日本で培った野球をアメリカのベースボールで実践し、多くの大記録を作った小さな大選手として人びとの記憶にいつまでも残ることでしょう。
 英語の教科書にイチロー選手の逸話が載っていますので、ここに紹介します。
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 ある日著者(教科書に出てくる高校時代のイチローの同級生)が眠れずに深夜に寮内をぶらつくと、一人の生徒が洗濯をしていた。声をかけるとイチローだった。理由を聞くと、イチローは次のように答えた。「練習が終わって皆が一斉に洗濯をするけれど、洗濯機の数が少なくて長時間待たなければならない。待つ時間に居残り練習をして、誰もいない午前3時頃に選択すれば時間を無駄にしなくても済む。」このことを聞き、著者は「すごい。」というより「頭がおかしい」と思った。
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 このことを知ってイチローの野球に対する非凡な考えを改めて知るとともに、彼が努力の天才であることを改めて痛感しました。イチローの偉大さは21日の試合後に観客が帰り支度をせず、イチローがグラウンド内に現れることをひたすら待ち続けたことにも表れています。イチロー選手が登場すると東京ドームの観衆は全員総立ちで、イチロー選手を迎え、そして彼が姿を消すまで拍手と声援が鳴り響いていました。王、長嶋選手の場合は引退試合を行いましたが、イチロー選手の場合は実質上日本での試合が引退試合となりました。平成最後のスーパースターで、このような選手は2度と現れないでしょう。さよならイチロー、そしてご苦労様でした。
 なお深夜過ぎまでおこなわれた会見の詳細は次のページで読むことができます。
  https://www.yomiuri.co.jp/sports/mlb/20190322-OYT1T50249/

2019年03月24日

#225 黄金の花

 「黄金(こがね)の花」(♪ネーネーズ)

 黄金の花が咲くという 
 噂で夢を描いたの
 家族を故郷 故郷に
 置いて 泣き泣き 出てきたの
 素朴で純情な人達よ
 きれいな目をした人たちよ
 黄金でその目を汚さないで
 黄金の花はいつか散る
 
 楽しく仕事をしてますか
 寿司や納豆食べてますか
 病気のお金はありますか
 悪い人には気をつけて
 素朴で純情な人達よ
 ことばの違う人たちよ
 黄金で心を汚さないで
 黄金の花はいつか散る

 あなたの生まれたその国に
 どんな花が咲きますか
 神が与えた宝物
 それはお金じゃないはずよ
 素朴で純情な人達よ
 本当の花を咲かせてね
 黄金で心を捨てないで
 黄金の花はいつか散る
 
 黄金で心を捨てないで
 本当の花を咲かせてね

 ここ数日間マスコミが取り上げているニュースが、東京福祉大学で3年間でおよそ1400人の留学生が所在不明となり除籍されていた問題です。この大学では、別に500人を超える留学生が退学になっていたことが判明しました。報道によりますとこの大学は早稲田大学に次いで多くの留学生を受け入れているそうですが、ニュースで知る限り大学の体をなしていません。いったいこの留学生はどこへ姿を消したのでしょうか。文科省はこの事件の真相を調査するそうです。かつて黄金の花と呼ばれた日本ですが、バブル崩壊とともに失われた20年を経験したこの国に、まだ発展途上国から富を求めて多くの人たちが出稼ぎにやってきます。政府も「新移民政策」(政府は移民政策という呼称を用いていませんが、実質上移民政策です。)を推進して国内の労働力不足補うつもりです。日本で数年間働けば故国で一生働かずに暮らせるほどの収入を得ることができます。まさしく彼らにとって日本は「黄金の花」です。
 誰にとりましても生活するための金銭は必要ですが、人間の欲は果てしなく、生活に必要以上の富を求めます。そのためには他人を殺めても平気でいる世の中です。お金は確かに必要ですが、人びとはお金に支配されています。日本に出稼ぎにやって来た素朴で純情な人たちにこのことを忘れないで欲しいと思います。上記の唄は沖縄の女性グループ「ネーネーズ」が歌った唄です。故筑紫哲也氏がキャスターを務めていたニュース番組の最後に流されていました。
 さて、3月15日には多くの小学校で卒業式が行われました。児童数減少のために今年で廃校や休校になる小学校もあるそうです。また3月22日には多くの小・中・高等学校で修了式(終業式)が行われ、春休みを迎えます。この若い世代が希望を持つことができる世の中を創っていくことが大人の責務です。「黄金の花」に心を奪われずに人生を歩む生き方を大人は身をもって子供たちに示す必要があります。なお「黄金の花」はユーチューブで聞くことができます。

2019年03月17日

#224 白秋期-地図のない明日への旅立ち

 大牟田市内の中学校卒業式が3月8日に行われました。県立高等学校の入試合格発表が3月14日となっていますので、この日に中学校卒業生の進路の大半が決まることになります。それぞれ新しい学び舎で頑張ってもらいたいものです。高等学校は中学校と異なり、教科数も増え、授業内容も難しくなります。今以上の努力が必要となります。将来の進路を切り開くために高校3年間を有意義に過ごしてもらいたいと思います。10代の若者にとり、青春という時期は輝かしくもあり、また悩みも尽きぬ時期ですが、努力次第ではどのような人生も歩める可能性に満ちています。まさに青葉輝く季節です。
 一方では白秋という時期もあります。本日のブログタイトルは五木寛之氏の著作「白秋期ー地図のない明日への旅立ち」(日経プレミアシリーズ刊)から採っています。本書で五木氏は「60代、70代は老人ではない。白秋期は人生の黄金期である。」と主張しています。次に本書の前書きを引用します。
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 人生五十年といわれた時代があった。そのころ、青春、朱夏につづく白秋期は、晩年の少し前の、おだやかで静かな季節のイメージだったと思う。
 仕事や、家庭や、さまざまな社会的活動から身を引いて、これまでの人生をふり返る時期と考えられていたのである。
 しかし、今はちがう。人生百年という言葉は、すでに目前にせまっている現実だ。五十歳を過ぎて、さらに五十年の明日が待ち受けている。それは人間の歴史始まって以来の出来事である。
 その未来に地図はない。私たちは手さぐりで、さらなる五十年を生きなければならないのだ。人生を、青春、朱夏、白秋、玄冬の四つの時期に分けて考えれば、白秋期とは五十歳から七十五歳あたりまでの二十五年間である。その季節を私たちはどう生きるのか。
 白秋期は晩年ではない。フィジカルにはさまざまな問題を抱えていたとしても、いまの五十歳から七十五歳までの時期は、むしろ人生の収穫期ではないか、と私は思う。
 無駄なエネルギーを消費せずに、合理的に冷静に歩いていく。周囲を眺める余裕もある。さまざまな経験もつんでいる。そして新しい物事を学ぶ気力や好奇心も衰えてはいない。
 自分自身をふり返って見ても、五十歳から七十五歳までの白秋期は、もっとも自分らしく生きることができた最良の季節だったような気がする。
 鴨長明が山林に隠棲したのは、五十歳の頃だった。人生五十年の時代のことだから、いまでいうなら最晩年の百歳前後にあたる。
 いま高齢者と呼ばれるのは、七十五歳以上、百歳あたりまでの人びとだろう。私たちは五十代から七十代の半ばまでの二十五年間を、人生の黄金時代として考えなければならない。
 なにも人を驚かせるような、目立ったことをするのが白秋期の目標ではないだろう。実りは静かにやってくる。それを大切に育てるのが白秋期の仕事だ。
 それぞれの白秋期を生きる何かのヒントにでもなれば、というのが、この本にこめられたひそかな願いである。白秋期を人生の収穫期とするために、地図のない旅へ旅立つ人に、ささやかなエールを送りたいと思う。
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 五木氏は1932年生まれですので、今年87歳になられます。氏は白秋期をすでに終え、いま玄冬期を過ごされています。本書は五木氏の長い人生経験から得られた深い知恵が至る所に見られ、これからの人生を生きる人たちにとり参考にできるところが多々あります。老若にかかわらず一読に値する本です。
 以前のブログ("216)にも書きましたが、青春は短く、その時期を通り過ぎた者が振り返ると甘く切ない季節です。青春は可能性に満ちていて、それでも多くの挫折に満ちた季節でもあります。今、青春を生きる若い人たちはこの貴重な時期を無駄遣いしないよう、後悔しないように充実した毎日を過ごして欲しいものです。

2019年03月10日

#223 1早春賦

『早春賦』 (作者:吉丸一昌、 作曲:中田 章)
春は名のみの 風の寒さや
谷のうぐいす 歌は思えど
時にあらずと 声もたてず
時にあらずと 声もたてず
氷融け去り 葦(あし)はつのぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空
春と聞かねば 知らでありしを
聞けばせかるる 胸の思いを
いかにせよと この頃か
いかにせよと この頃

(歌詞の意味)
春とは名ばかりの風の寒さ
谷のウグイスは 歌おうと(鳴こうと)するが
まだその時ではないと 声も出さない
氷は解け 葦(あし)は芽吹く
もう春が来たかと思ったが あいにく
今日も昨日も雪模様だ
春だと聞かなければ
知らなかったのに(気づかなかったのに)
聞いてしまったから気がはやる
(そわそわして落ち着かない)
この気持ちをどうしたらいいのか 今頃の時期は
(http://worldfolksong.com/songbook/japan/soushun.htm より引用)

 上記は有名な「早春賦」の歌詞と、その意味を載せています。今日は3月3日、ひな祭りの日です。昨晩から雨が降り続いており、3月にしては「春は名のみ」の肌寒い日となっています。これからもまだまだ寒い日が続きますが、季節は次第に真春に向かって進んでいきます。多くの高校では3月1日が卒業式で、私が講師として勤めている明光学園の卒業生も3月1日に学び舎を巣立って行きました。私個人としては教員生活30年のうち、高校3年生を15年ほど担当し、高3の担任を10回経験しました。教え子達から時々便りをもらいますが、社会の中堅として様々な分野で活躍しているようです。
 学び舎を去って行く卒業生は母校を訪れる機会はあまりありませんが、卒業生を送る立場の教員は同じ学び舎で毎年卒業生を見送ります。特に卒業生と関わりの深い高3の学年団は進路相談や人生相談まで様々な相談に応じつつ、最終学年の生徒一人ひとりに気を配りつつ、本人たちの将来を案じます。私の場合は教職歴の半分を高校3年生と共に過ごし、他の学年では経験できないような多くの貴重な体験をさせて頂きました。毎年この時期になりますと、卒業していった生徒たちの顔をふと思い出したりします。教え子たちが学び舎に一堂に集まることは二度とありません。喜びも悲しみもすべて思い出の中に佇んでいます。4月になれば、また新しい生徒との出会いが待っています。人の出会いと別れは毎年3月・4月に繰り返されます。

2019年03月03日

#222 素晴らしい置き土産

 2月も残り5日となりました。明日から国公立大学の2次試験が始まり、今週の金曜日(3月1日)には多くの高等学校で卒業式が行われます。卒業生は進学や民間企業への就職など、4月から様々な人生を歩み出します。彼らの上に神のご加護がありますようにと、祈りたい気持ちになります。
 さて本日西日本新聞のネット記事に臓器移植に関する心温まる記事が載っていましたので引用させていただきます。読みながら思わず涙がこみ上げてきました。

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西日本新聞(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/489293/)
「あいつなら臓器提供する」18歳の命、家族がつなぐ 6人に移植「共に生きている」

 臓器移植法の下、国内で初めて行われた脳死移植から今月末で20年となる。年10件前後で推移していた臓器提供者は、本人の意思が不明でも家族の承諾があれば提供できる改正臓器移植法の施行(2010年)後、徐々に増えてきた。家族はどんな思いで提供を決断したのか。鹿児島県のある家族を訪ねた。
 最後の朝、仲良し5人きょうだいが久しぶりに手をつないだ。「みんなの役に立てるように頑張ってこいよ」。家族そろって、四男=当時(18)=を臓器摘出手術に送り出した。
 その2週間前の未明。母親(50)の携帯電話が鳴った。通信制高校に通う四男が「交通事故に遭った」との知らせだった。数時間前に「ちょっと行ってくる」と家を出たのを見送ったばかり。「けがでもしたかな」。重く受け止めてはいなかったが、現実は違った。
 重症の頭部外傷を負った四男は救急搬送された病院では十分な処置が難しく、ドクターヘリで大きな病院に運ばれた。明るく穏やかで、友達がいっぱいいて、卒業式を間近に控えていた。「会わせたい人がいれば呼んだ方がいい」。医師の言葉に、ヘリに同乗した父親(50)は状況を察した。呼吸をつかさどる脳幹が機能しておらず、自発呼吸は戻らない、との説明だった。遠方に暮らすきょうだいたちも駆け付けた。
 1週間後。医師から「息子さんには二つの道がある」と告げられた。一つは、つないでいる器具や管を外す選択。自然に臓器が弱り、命が尽きることになる。残された時間は2週間くらいという。もう一つは、臓器提供を選ぶ道だった。
 ドナーカードがなくても家族の承諾があれば臓器提供ができる。その晩、家族会議を開いた。両親の意見は一致していた。「五体満足で生まれてきたんだから、五体満足のまま、あの世に送り出してやりたい」
 きょうだいの意見は、もう一方の道で一致していた。「あいつの性格からして『臓器が欲しい人にあげたい』と絶対言うよ」と長男(27)。長女(17)は「お母さん、灰になったら何にもなくなってしまうよ」と言った。
 両親は数年前の、とある日を思い出した。たまたま見ていたテレビ番組が臓器移植を取り上げていた。四男は「助けた方がいいだろ。自分なら絶対提供するよ」と、さらっと口にした。その時は気にも留めなかった。きょうだいげんかすらしたことがない、子どもたちの迷いのない総意に「あの子の気持ちになれば、そうだな」。両親の心が動いた。
2回の脳死判定を経て臓器摘出手術の朝が来た。集中治療室(ICU)で約1時間、家族水入らずで過ごした。事故の擦り傷がすっかり治った四男の心臓の音を聞いたり、顔を触ったり。最後は、ベッドの上で5人きょうだいが手と手を重ねた。温かかった。
 手術後、四男の心臓は真っ先に病院のヘリポートへ。「さよならじゃない。移植を受ける人、その家族、友人、たくさんの人を救ってくるんだよ」。大きく手を振り、四男の“門出”を家族全員で見送った。
 たくさんの管が取り外された四男は、くすっとはにかんだような顔をしていた。伸びたひげをそり、体を拭き、好きなスポーツブランドのTシャツを着せた。スポーツジムを開くことを夢見て、細身ながら鍛え上げられた体はこの日も、ただのTシャツをおしゃれに着こなした。
 「どんなお金持ちにも、どんな権威がある人にも、誰にもできないことをやった息子を誇りに思う」。父親は、葬儀、告別式に参列した千人の人々に胸を張った。同級生からは「かっこいい」とメッセージが届いた。
 四男の命は、多くの力で「つながれた」と感じる。事故直後に偶然通りかかって人工呼吸をしてくれた友人や、医療関係者のリレーでつないだ命が、臓器移植を受けた10代を含む6人の患者を救い、支え続けている。中には「余命1カ月」の人もいた、と聞いた。
 6人のその後は、鹿児島県移植コーディネーターの山口圭子さん(56)を介した手紙で伝わった。「無事に退院できた」「少しずつ復職している」「大好きな乳製品を食べられるようになった」。ドナー家族とレシピエント(移植を受ける患者)は互いの個人情報を知ることはできないが、ある人は「元気になったら里帰りさせていただきます」と記してくれていた。
 「家族にとって手紙が生きる励みになっている。息子は、私たちと同じ時代を生きているんだって」
=2019/02/24付 西日本新聞朝刊=
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 世の中には臓器移植でしか助からない重篤な病の人たちがたくさんいます。日本では宗教観の違いなどにより、まだ臓器移植に対して抵抗がある人が多いと思いますが、上記のような家族が増えれば、臓器移植に対して積極的に取り組む人たちが増えるのではないでしょうか。水泳の池江 璃花子選手が白血病で入院したニュースが報道されましたが、その直後に骨髄ドナーの登録者が急増したそうです。また運転免許証の裏面には臓器提供に関する項目が記載されています。臓器提供は死に逝く人たちのこの世へのささやかな置き土産になるでしょう。

2019年02月24日

#221 平和の象徴になった親友

 前回のブログで株式会社クマヒラ発行の「抜粋のつづり その七十八」をご紹介しましたが、今日はその中のもう一つ記事をご紹介させて頂きます。ブログタイトルにあります「平和の象徴になった親友」とは広島の原爆により、原爆症で亡くなった佐々木貞子さんのことです。佐々木さんの話は今日まで多くの書物で扱われており、教科書に掲載されるなど、日本人では知らない人がいないほど知られている方ですが、今日掲載する記事は彼女の友人から見た佐々木さんについてのもう一つの話です。
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  平和の象徴になった親友
           川野 登美子  (「抜粋のつづり その七十八」より抜粋)」
 広島市の広島平和記念公園にある「原爆の子の像」。1958年に建立されてから60年、ドーム型の台座に折り鶴を掲げる少女が立っている。モデルになった女性は佐々木貞子さん。2歳で被爆し、12歳のとき原爆症で亡くなった私の親友だ。
     小学校のクラスメート
 クラスメートになったのは50年、市立幟町小学校2年の時だった。6年生まで同じクラス。当時は、背の低い順に並ぶことが多く、私の前が貞ちゃんだったこともあって仲良くなった。おとなしい子だったが、体育の授業になると輝いた。特にかけっこは男子を入れても一番。私も走るのには自信があったが、一度も勝てなかった。
 卒業間近の55年1月。ずっと皆勤賞の貞ちゃんが突然休み入院した。先生ははっきり言わないが原爆が原因であることは分かった。クラスメート62人のうち、私も含め3分の1が被爆者。新聞は盛んに原爆症を取り上げ、発症したら死ぬと子供心に刻まれていた。
 クラスメートは交代で毎日お見舞いに行った。みんな貞ちゃんは原爆症で、いずれ死んでしまうだろうと感じていた。つらかった。貞ちゃんはいつも帰り際に病院の階段下まで見送ってくれたが、さみしそうな顔で一歩も動かない。玄関までの長いロビーが、貞ちゃんと私たちを隔てる壁のように思えた。涙をこらえ「振り返ったらいけんよ」と声を掛け合い、出口まで必死で走った。
     恐怖と戦い鶴折る
 いつしか貞ちゃんは鶴を折るようになった。千羽鶴が病を大空へ運んでくれると看護師さんから聞いたようだ。すごく集中して折っていた。折り紙がないから、薬が入っていた小さなセロハンを使って、細かい部分は針や爪ようじを手にしながら器用に折った。
 中学に上がると、貞ちゃんは学校生活について聞きたがった。あまり楽しい話をするわけずにもいかず、会話は減っていく。みんなで黙々と鶴を折って帰った。次第にお見舞いがつらくなり、8月末から行くことができなくなった。貞ちゃんが白血病で亡くなったという知らせを受けたのは、その2か月後だ。
 涙があふれるとともに「自分だったら」と恐怖に襲われた。見舞いを途中でやめた自分たちのことを責めた。後から知ったが、貞ちゃんは自分が原爆症とだと知っていた。病室の引き出しから白血球の数を記した紙が出てきた。恐怖と戦いながら泣き言も言わず、鶴を折っていた姿を思うと胸が張り裂けそうになった。
     銅像建立へ寄付募る
 私たち元6年竹組のメンバーは貞ちゃんのために何かしたいと銅像の建立を計画する。ガリ版で2000枚のビラを作り広島市で開かれた全日本中学校長会で配り、寄付を呼びかけた。これがきっかけで、市内の小中高の児童会と生徒会が集まり『広島平和をきずく児童・生徒の会』が発足。最終的に全国から540万円が寄せられた。
 元竹組のメンバーは中学時代のほとんどをこの活動に費やした。しかし、組織が大きくなるにつれ、貞ちゃんを慰霊するという本来の思いが置き去りにされていくように感じた。像のデザインや設置場所など何も教えてもらえなかった。像が建ったあと、私たちは口をつぐんだ。貞ちゃんと自分たちがわかっていればいいと思ったからだ。
 92年、企業経営者になっていた私は広島県中小企業家同友会から、講演依頼を受ける。貞ちゃんのことを話してほしいという。母に相談すると、原爆で多くの犠牲者が出た旧制広島一中にある追悼碑の前に連れて行かれた。そこには兄の名前も刻まれている。母は「お兄ちゃんのためにも貞ちゃんのことを話さないけんよ」と言った。
 兄は「僕は残念だ、残念だ」と言い残して亡くなったという。被爆時に3歳だったわたしには、原爆の被害は語れない。語れるのは幼くして亡くなった親友のことだ。彼女を通して今の子どもたちに、平和の尊さを伝えるのが私の役目だと気づいた。以来、私は語り部となった。
 今も原爆の子の像の前をよく通る。像は本当に貞ちゃんにそっくりだ。世界各国の人がその下に集い、多くの千羽鶴さささげられている。親友は「かわいそうな貞ちゃん」ではなく「世界平和の象徴」になった。通り過ぎながら言う。「貞ちゃん、私も頑張るね」
     (かわの とみこ=語り部・日本経済新聞文化面 30年8月3日)
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 佐々木貞子さんの友人、川野が語る言葉に71年前の原爆投下から原爆症を発病し亡くなる貞子さんの様子が鮮やかに描かれています。また原爆の子の像の建立の際に大人の都合による様々な政治的駆け引きがあったことを読み取ることもできます。
 広島・長崎への原爆投下から今年で71年を迎えますが、核廃絶にはまだまだ長い道のりがあります。また近頃アメリカの中距離核戦力全廃条約の破棄に関するニュースが世界中を駆け巡りました。最悪の場合、再び核大国による核兵器の増強が始まるかもしれません。人類はいつになれば相互不信による愚かな軍拡競争を止め、平和な世の中を作ることができるのでしょうか。

2019年02月17日

#220 ささやかな贈り物

 今日は2月10日です。つい先日新年を迎えたと思っておりましたが、もうすでに2月も上旬が終わる頃となっています。さすがに自然は嘘をつかず、福岡の日の出時間が現在7時8分となっています。一番遅い日の出が7時23分(1月16日頃)ですので、すでに15分ほど早くなっていることになります。また一番早い日没が17時10分(12月1日頃)ですが、現在は17時59分頃ですので約50分ほど日が長くなっています。春に向かってお日様もパワーアップしているようです。
 さて今日のテーマは「ささやかな贈り物」です。以前同じような内容を書いたと思いますが、自分のブログを読み返すことをしませんので、何回目のブログか思い出せません(笑)。その贈り物とは毎年この時期に送っていただいております株式会社クマヒラの小冊子「抜粋のつづり」ことです。この冊子は毎年無料で発行されており、全国各地の熊平製作所の支店や営業所で入手することができます。この冊子との出会いはおよそ10年ほど前になりますが、まだ現役の教員として働いていた時に職員室の片隅に置いてあったものを目にしたことです。ページをめくると様々な珠玉の名文が散りばめられており、その出典は全国で販売されている様々な本屋や、雑誌、新聞や機関誌などから著者の許可を得て掲載されています。この冊子を目にして以来、読者になった次第です。この冊子はあくまでも無料配布ですが、私は郵送費を払い毎年この時期に送ってもらっています。今年のこの冊子の中に次のような添え書きが挿んであります。(一部引用)

拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
  さて、毎年寄贈させていただいております「抜粋のつづり その七十八」が出来上がりましたので、
  お送り申し上げます。
   「抜粋のつづり」は社会への感謝・報恩の思いから昭和六年に創刊。著者、新聞・出版各社の
  ご理解を得て、戦中・戦後の混乱期を除き毎年刊行し、百十五ヵ国の日本大使館や総領事館、全国
  の各種団体、企業、個人に四十五万部を無料配布させていただいております。
  今年も本日、全国いっせいに配布いたします。広くご高覧賜れば幸いに存じます。なにとぞよろしく
  お願い申し上げます。
   末筆ですが、皆様のご健勝、ご発展をお祈り申し上げます。    敬具

この冊子を作成するのに多額の費用がかかっていることは明らかです。この会社の善行に対し、まさに頭が下がる思いです。今日は最新版「抜粋のつづり その七十八」から次の文を抜粋したいと思います。

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「叶わなかった高校進学」 山本孝弘
 肉体は単なる乗り物であって、本来の自分は魂である。子どもの頃から私はそう感じていました。先日、五年前のみやちゅうを読み返していると、スピリチャル・カウンセラーである神光幸子さんの記事を見つけました。記事を読みながらあらためて「魂」という真理が心に落ちました。
              *
 七年前に肉体を離れた父の魂は、今どこにあるのか。
 生き方が下手で、反面教師を絵に描いたような父でした。母に迷惑を掛け続け、それでも父なりに生き抜いた73年間は、彼にしかわからない思いの中で日々苦しくもがいていたこともあったのではないかと思います。
 戦後の貧しい時代、5人の兄弟の次男として生まれた父は小学生の時に父親を亡くしました。1つ違いの長男と二人、家計を助けるために中学を出てすぐ工場で働きました。父のお通夜の時、末っ子の叔母が涙を流しながら言っていたことを、私は一生忘れないと思います。
 「兄ちゃんは頭がよかった。中学3年の時、先生が家に何度も来て『何とか高校に通わせてやってほしい』と母ちゃんを説得してた。でもその度に兄ちゃんは『幼い弟や妹のために僕は働きます。高校に興味はありません。』って言ったんだよ。兄ちゃんありがとう…」
              *
 私の兄が高校受験をした日は、家族の中で父だけがそわそわしていました。そして合格したと分かった時、父はとても興奮し、「握手しよう」と兄に手を差し出しました。でも思春期の息子というものは素直ではありません。
 「あんな高校、名前を書けば誰だって入れるんだ!」
 そう言い放った兄に父は怒るでもなく、「そんなことを言うな」と、ただ悲しそうに呟きました。そのことを兄が覚えているとは思っていませんでした。ですが父が亡くなった日の晩、兄は言いました。
 「あの人にとって高校進学っていうのは夢だったんだよな。あんなことを言わなきゃよかった。握手すればよかった…」
              *
 私が結婚する前、妻の実家に両親を連れてあいさつに行った時はとても不安でした。父が何がしかの失態を演じるのではないかと思ったのです。しかし、父は普段とは全く違っていました。その時の父の話は本当に面白く、私を含めみんな大笑いしました。そんな父は見たことがなく、私は驚きました。「自分はこの人のことを何も知らないんだな」と思いました。
 結局、父とお酒を飲む機会はありませんでした。今いきなり目の前に父が現れても全く驚かないので、一緒に飲んでみたい気もします。もうすぐ7回目の命日がやってきます。
 (やまもと たかひろ=みやざき中央新聞社中部特派員
                  みやざき中央新聞「取材ノート」30年4月9日)
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 上記のお父さんのように昔の父親は頑固一徹でした。「寺内貫太郎一家」の父親のように無口で、口下手で自分の感情を素直に表現できない父親が多くいたものです。私の父は大正生まれで92歳の人生を全うしましたが、この記事の父親と似通った点がたくさんあり、自分の父親のことが書かれているようでした。
 今では誰もが高校に行く時代ですが、本当に勉強の大切さを理解している高校生がどれだけいるでしょうか。「何となく親や周囲に勧められて高校までは出ておかないと」と思っている高校生が多いことと思います。私は現在電車で明光学園に通勤していますが、電車の中で様々な高校に通う生徒達のほとんどがスマホで遊んでいます。定期試験期間中を除いて勉強している生徒はほとんどいません。この一文をその生徒たちに読ませてやりたい気持ちになります。勉学の大切さに気づいている生徒は幸いです。

2019年02月10日

#219 神の慮り

 今日は2月3日、節分です。明日は立春となり、暦の上では春を迎えます。しかし、春とは言いながらまだまだ寒い日が続きます。今年の福岡の冬は昨年と比べてそれほど厳しい寒波が到来していませんが、東北地方やや北海道では例年通り大雪となっています。また北アメリカでは零下30度を超す極寒が続いており、ナイアガラ瀑布も凍結しかかっています。寒波による死者もすでに20名を超えているそうです。これ以上寒波が続かないことを祈るばかりです。
 さて福岡県内の私立高校の入試はすべて終了し、5日には公立高校の推薦入試が実施されます。以前は公立高校で推薦入試は行われていませんでしたが、生徒減少による生徒確保のためでしょうか、公立学校でも推入試が行われています。また現在すでに大学入試も始まっており、地元の福岡大学や西南学院大学を始めとする各大學の入試が実施されています。入試は受験生にとって大きな試練となります。その後の人生を左右する大切な選択ですので、第1志望の合格を目指してもらいたいと思います。
 しかしながら、誰もが第1志望に合格できるとは限りません。本人の努力に応じて結果がついてきますし、当日の健康状態や運も成功する大きな要素となります。これは入試だけでなく、入社試験や人生の岐路においても当てはまります。特にスポーツや芸術において優勝や入賞の栄冠を手にするのは参加者の中でごくわずかの勝利者のみです。大半の人はそれを獲得することができず、挫折や失望感を味わい、その厳しい競争から姿を消していきます。これはすべての分野にも言えることです。例えば企業で昇進する人数は限られており、管理職までたどり着けるのは、ごくわずかの人だけです。本人の能力や日々の努力と営業実績、そして運が大きく左右します。大半の社員は途中で昇進を諦めなければなりません。このことは日本だけでなく、世界中で行われている現実です。ある意味では厳しい競争なしには発展しない世の中となっています。
 そのような環境で生きている私たちですが、挫折を経験した人に素晴らしい詩を紹介したいと思います。本日のブログタイトルの「神の慮り(おもんばかり)」です。この詩はずいぶん前に何かの本で読んだことがありましたが、記憶の中からすっかり消えていました。現在受験生の指導をしており、ふとこの詩を思い出した次第です。なお原詩は英語ですが、よく知られている神渡良平詩の訳詞でご紹介します。

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  「神の慮り」A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED  (神渡良平訳)

  大きなことを成し遂げるために
  力を与えてほしいと      
  神に求めたのに
  謙虚さを学ぶようにと
  弱さを授かった

  より偉大なことができるようにと
  健康を求めたのに
  より良きことができるようにと
  病弱な体を与えられた

  幸せになろうとして
  富を求めたのに
  賢明であるようにと
  貧困を授かった

  世の人々の称賛を得ようとして
  権力を求めたのに
  得意にならないようにと
  失敗を授かった

  求めたものは一つとして与えられなかったが
  願いはすべて聞き届けられていた
  言葉に表されていない祈りが叶えられていたのだ

  ああ、私はあらゆる人の中で
  もっとも豊かで祝福されていたのだ

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 この詩はニューヨーク大学病院リハビリセンターのロビーに掲げられている、ある患者さんの詩で作者不詳となっています。どのような患者さんか分かりませんが、自分の与えられている病状や今までの人生を振り返り、このような詩が生まれたと考えられます。実に味わい深い詩です。受験や入社試験の失敗、失恋や闘病など人生に失敗はつきものです。その「失敗から何を学ぶか」が一人ひとりに人生の課題として与えられています。それぞれの失敗を学び、克服し、失意の中から新しい希望を見出したいものです。
 高村光太郎の詩「道程」の一節にあります「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」はすべての生き方に通じるものです。自分の人生を振り返ると、一本の道ができています。それが一人ひとりの人生です。自分の未来はまだ分かりませんが、目の前のものを取捨選択することで新しい人生が生まれます。与えられたものには何一つ無駄なものはありません。人生の一つ一つの課題をこなして一歩一歩前に進んでいきましょう。目の前の大きな課題を与えられている受験生頑張れ!

2019年02月03日

#218 大天晴!

 昨日テニスの大坂なおみ選手が全豪オープンテニスで日本人初めて優勝しました。彼女の業績に大いに天晴(あっぱれ)を差し上げたいと思います。テニスの4大大会(全豪、全仏、全英、全米)のシングルマッチで今まで日本人は優賞することができませんでしたが、彼女がこの偉業を成し遂げてくれました。この試合を全国の多くのテニスファンが応援したことと思います。
 スポーツの世界では競技の種類や身体能力の傾向などによって活躍する人種が偏る傾向にあります。例えば陸上では主に黒人が活躍し、フィギュアスケートでは主に白人やアジア人が活躍する傾向があります。テニスもその例にもれず、1960年代までテニスは白人のスポーツとして知られていました。その壁を打ち破ったのが男子ではアメリカの黒人アーサー・アッシュ選手、女子ではオーストラリア人先住民の血を引くのグーラゴング選手だったと記憶しています。
 日本人の活躍する場面はなかなか出てこず、男子では松岡修造の次に錦織圭まで待たなければなりませんでした。錦織はこれまでの男子選手と比べてアメリカでの豊富な練習量に支えられ、またマイケル・チャンの優れたコーチング力を背景に大きな大会で決勝まで進めるほどになりましたが、優勝するにはまだ力不足の感があります。テニスやスケートなど特殊な技術を要するスポーツの勝敗は優れたコーチの存在が欠かせず、例えばジョコビッチのような超一流の選手には常時数名のコーチが付き添っています。言い換えれば、本人の才能や努力だけでなく優秀なコーチとの出会いがその選手の成長を決めることになります。
 私も中学・高校とテニス部に所属し、毎日部活動に明け暮れましたが、テニスはメンタルスポーツと言われるように、精神力が要求されるスポーツです。団体スポーツでは選手がお互いに声かけあって励まし合えますが、個人スポーツでは信頼できるのは自分のみであり、自分で支えるしかありません。この精神力は厳しい練習に耐えることで育まれます。大坂選手は天賦の才能、本人の努力そして恵まれたコーチとの出会いによって開花したと言えるでしょう。
 このことはスポーツだけでなく、人生においても言えると思います。人生において誰とどのような出会いをするかにより、その後の生き方が変わってきます。特に子供たちの持っている才能は側にいる大人たちが見つけてやらなければなりません。子どもの持つ才能と、その才能を引き出す大人との出会い、そして恵まれた練習環境が満たされれば、どの分野においても子供たちは能力を開花させることでしょう。昨今の将棋界や囲碁界で優秀な若者が活躍していますが、このことをよく表しています。今後も大坂選手だけでなく、多くの若い人たちに頑張ってもらい、多くの人たちに勇気と希望を与えてもらいたいと思います。頑張れ若人!

2019年01月27日

#217 受験生頑張れ

 今日と明日は大学入試センター試験が実施されます。毎年この時期にセンター試験に関するブログを書いていますが、今日は社会、国語、英語の3教科が行われ、明日は数学と理科が実施されます。当塾からは3人の高校3年生が受験しています。2人の塾生はすでに進路が決まっていますが、各自の学校方針でセンター試験を受験します。現在のセンター試験は来年で終了し、2020年からは新しい大学入試制度「大学入学共通テスト」が始まります。この制度については様々な意見が出されており、良い面としては、数学や国語で思考力を試す試験問題が出されます。受験生は暗記に頼るのではなく、様々な知識を用いた思考力が試されます。危惧される点としてまず挙げられるのが英語の試験です。2020年から国公立大学は英語の入試を大学入学共通テスト+民間の英語試験と定めています。つまり英検やTOEICなどの民間の試験を受けて入試成績を総合判断することになります。
 ところが東大など一部の国公立大学では民間の英語試験の成績を入試に考慮しないと宣言しています。換言すれば、国公立大学大学において共通した物差しで受験生を評価することができないということです。また受験生や親御さんの立場とすれば余分に民間試験の受験料を払わなければなりませんし、地域によっては民間の英語試験会場の数が少ないことも挙げられます。つまり平等な受験の機会を受験生に与えることができなくなる可能性があります。文科省はこの点を考慮して大学入試共通テストを実施するつもりでしょうが、様々な懸念が今でも多くあります。
 また私立大学では現在民間の英語テストを評価する大学もあります。例えば福岡大学は英検2級を取得している受験生には英語の入試を受けなくても8割の得点をもらえますので、その分他教科を頑張ることができます。ただ慶応大学のような難関大学は大学独自の入試を受けなけらばならず、受験生は様々な入試に対応することになります。受験生の立場ではどちらが良いか正直悩ましいところです。とにかく2020年の入試を迎える現高1の生徒が一番影響を受けますので、様々な対策を講じる必要があります。とにかく受験生頑張れ!

2019年01月19日

#216 青春

 本日は「成人の日」の祝日で、昨日と今日は全国各地で成人式が行われています。成人式を迎える20歳の若者だけでなく、この日を楽しみにしている親御さんも多いことでしょう。昨年は貸衣装の振袖が届かないという、とんでもない出来事が発生しました。それを受けて今年は「ママ振」という言葉が登場しました。母親もしくは祖母の振袖を仕立て直して、成人式に参加する女性が増えているそうです。いずれにしても、人生で1回しか参加できない式ですので、新成人の方々は育ててくれたご両親に感謝するとともに、一人の大人として責任あるふさわしい言動をしてもらいたいと思います。
 そのような新成人に対して1編の詩を紹介したいと思います。1980年代に日本国内で採り上げられ、広く知られた詩です。詩というよりも教訓的な表現で書かれています。原文は英語です。

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  【青春】サムエル・ウルマン(宇野 収、作山宗久訳 「青春という名の詩」より))

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う。薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体 ではなく、たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは怯懦(きょうだ)を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。ときには、二〇歳の青年よりも六〇歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。

歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神は芥になる。

六〇歳であろうと一六歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探求心、人生への興味の歓喜がある。君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。人から神から美・希望・喜悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲歎の氷にとざされるとき、二〇歳であろうと人は老いる。頭(こうべ)を高く上げ希望の波をとらえる限り、八〇歳であろうと人は青春にして已む。

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 私がこの詩に出会ったのは若さがみなぎるまだ20代の頃でした。「青春は若者の特権である」、と考える人が多いのですが、還暦を過ぎた今この詩を読み直してみますと、確かに身体的な若さのみを青春というのではなく、何事にも挑戦する心(精神)の若さを「青春」という言葉で表すことができると思います。もちろん年を取りますと体力や気力が衰え、若者ほど身体を十分に活かすことができなくなりますが、心の若さは保つことができます。言い換えれば、この詩にあるように、若くても志がなければ、生きる意欲がなければ、その人はすでに「心の萎えた老人」だと言えるでしょう。
 日本では70過ぎの高齢者が大学や大学院に合格するだけでニュースになりますが、欧米では中高年の人々が学び直すことがしばしば見られます。私がオーストラリアに留学している時にも70過ぎのおばあちゃんが3人大学院に学びに来ていました。そして積極的に発言し、講師を困らせていたことを思い出します。確かに体力的には衰えますが、意欲・気力は本人が維持できる要素の一つです。もし生きる気力や学ぶ意欲が無くなれば、高齢者は急速に老化し衰えていくことでしょう。常に新しいことに興味を持ち、意欲的に生活することが若さを保つ秘訣であることは古今東西の偉人の生き方を見て分かります。「成人の日」の今日、ふとこの様なことを考えてみました。

2019年01月14日

#215 災難は忘れた頃にやって来る

 今日は1月7日、七草粥の日です。スーパーマーケットでは七草の食材を販売していますので、比較的簡単に七草粥や雑煮を楽しむことができます。大変遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。年末年始はいかがお過ごしでしたか。今年の正月は平成最後の正月となりました。これから5月の新天皇即位まで様々な行事が行われることと思います。
 さて私事ですが、先月の下旬に腰を痛め(ギックリ腰?)、ようやく痛みが無くなり普通に歩けるようになりました。また新年早々愛用のデスクトップコンピュータが故障し、保存していたファイルが全て消えてしまいました。このHPはバックアップしていましたので、現在別のノートブックコンピュータを使用して、このブログを書いています。(それで新年の挨拶が遅れてしまいました)デスクトップはハードディスクが壊れていますので、データの復旧はほとんど不可能です。大切なデータは必ずバックアップを取るようにしませんと、全てが消えてしまいます。地震と同じように機械はいつ壊れるか分かりませんので、必要なものは事前にデータを保存するなどの処置が必要となります。現在新しいハードディスクに新しくWindows10をインストールしましたが、仕事で使用する様々なソフトをインストールして元の使える状態にするのにしばらくかかりそうです。
 年末のギックリ腰や新年のコンピュータ故障で、今年の正月は悲惨な結果となりました。皆様もスマホの大事なデータは必ずバックアップを取るようにしてください。さもないとデータが永遠に消えてしまうことになります。これほど悲惨な正月は経験したことがありません。今後はひたすら運がついてくるのでは、と思っています(笑)!それでは今年もよろしくお願いします。

2019年01月07日

#214 平成最後の晦日

 本日は12月30日、平成最後の師走も残り1日となりました。年末のテレビは忙しく平成30年間の報道特集やニュース番組を流していますので、平成がどのような時代だったかダイジェスト版で確認できます。英語では1世代(one generation)を30年と規定していますが、まさに30年という時間は一人の人間が生まれ育ち、社会人として活躍する時間そのものだと実感します。幼児は大人に、青年は老年になるのに十分な時間です。すべての人の人生において、30年という長さに喜怒哀楽のすべてが詰まっていると言っても過言ではないでしょう。さらに次の30年を考えると、生存している人がどのくらいいるでしょうか。私を含めて甚だ疑問です。
 人生50年と言われた時代はすでに過去のものとなり、昨今では長寿のおかげで人生80年ではなく、人生100年と呼ばれるようになりました。しかし本当にそうなるでしょうか。ただ長生きするだけでは何の価値もありません。いかに充実した生き方をするか、換言すれば、他人のためにいかに有意義のある人生を送るかが大きな課題となります。新しい元号のもとに今までの経済中心・自己中心の生き方は改められ、本当の幸せを求める生き方が問われる時代になるような気がします。そうしないと人間の存在自体がこの地球という惑星の生殺与奪を決定しかねる状況となっているからです。
 この惑星に生命体が誕生して以来様々な進化が行われました。その歴史を簡単に振り返ると、地球上に登場した最初の生命体は藻でした。次に藻を食料とする植物が登場しました。そして様々な種類の植物が大量に増えた結果として草食動物が誕生し、植物を管理していきました。また肉食動物が登場し、増えすぎた草食動物を管理します。最後に新参者として人間が登場し、動植物を管理する役割が与えられました。長らく人間の役割は主として動植物を管理することだったのです。
 ところが知恵を身につけた人間が様々な経済活動を行い、急速に人口を増やしていきます。人口が急激に増えるにつれて経済活動もさらに活発となり、様々な資源を湯水のように使い果たしていきます。その結果今日の世界の人口は70億を超えて、平等な社会の確立ではなく格差社会が拡大し、一握りの人間が世界を管理する様な現在の状況が生じています。
 このような状況を踏まえ次の30年間に思いを向けた時に、どのような時代が待っているでしょうか。希望に満ちた時代であるとはとても言えません。宇宙船地球号は定員オーバーの状態が続いており、現状では人口が増えるに伴い、環境問題が大きくなり、食料を含めて資源の枯渇も危惧されます。次の30年、2049年にどのような世界が登場するのか見当もつきません。希望的な憶測では科学技術が進み、ロボットと共存する未来社会が想像できますが、悲観的な憶測では人口が100億を超え、自然破壊が拡大し、格差社会がさらに深刻化し、少数の人間が大多数の人間を管理する社会が登場することになるでしょう。
 いずれにしても未来を創るのは現在の私達です。希望ある未来を作り上げるために今何をしなければならないでしょうか。現在のような強欲資本主義を続けていけば早晩世界の破滅を引き起こすことになるでしょう。そのためには惑星地球と共存できる新しい思想や社会体系を作ることが急務となります。そうしないと結果は日を見るよりも明らかです。そのための新しい時代が来年から始まると思っています。私たち一人ひとりの力は微々たるものですが、大河は一滴の水から始まります。各自が今までの生き方を改め、地球と共存する自然に沿った生き方を始めると、すべてが変わっていくことでしょう。将来の子ども達のために、より良い社会を作っていくのは大人たちの責務です。
 平成最後の晦日にこのようなことを考えてみました。今年一年間お世話になりました。それでは良い新年をお迎えください。

2018年12月30日

#213 遥かなるクリスマス

メリークリスマス
二人のためのワインと それから君への贈り物を抱えて駅を出る
外は雪模様 気づけば ふと見知らぬ誰かが僕にそっと声をかけて来る
振り向けば小さな箱を差し出す 助け合いの子供達に僕はポケットを探る
携帯電話で君の弾む声に もうすぐ帰るよと告げた時のこと
ふいに誰かの悲鳴が聞こえた 正面のスクリーン激しい爆撃を繰り返すニュース
僕には何にも関係ないことだと 言い聞かせながら無言でひたすら歩いた

メリークリスマス
僕達のための平和と 世の中の平和とが少しずつずれ始めている
誰もが正義を口にするけど 二束三文の正義 十把一絡げの幸せ つまり嘘
僕はぬくぬくと君への 愛だけで本当は十分なんだけど

本当は気づいている今のこの時も 誰かがどこかで静かに命を奪われている
独裁者が倒されたというのに 民衆が傷つけ合う平和とは一体何だろう
人々はもう気づいている 裸の王様に大人達は本当の事が言えない
いつの間にか大人達と子供達とは 平和な戦場で殺しあうようになってしまった
尤も僕らはやがて自分の子供を 戦場に送る契約をしたのだから同じこと
子供達の瞳は大人の胸の底を 探りながらじわりじわりと壊れていく
本当に君を愛している 永遠に君が幸せであれと叫ぶ
その隣で自分の幸せばかりを 求め続けている卑劣な僕がいる
世界中を幸せにと願う君と いえいっそ世界中が不幸ならと願う僕がいる

メリークリスマス
僕は胸に抱えた小さな 君への贈り物について深く考えている
僕は君の子供を戦場へ送るために この贈り物を抱えているのだろうか
本当に愛している 永遠に君が幸せであれと叫ぶ
本当に君を愛している 永遠に永遠に君が幸せであれと叫ぶ

メリークリスマス
凍てつく涙を拭いながら
生きてくれ生きてくれと叫ぶ
雪の中で雪の中で雪の中で
白い白い白い雪の中で

メリークリスマス
メリークリスマス 


♪さだまさし「遥かなるクリスマス」


 今日はクリスマスイブですが、クリスマスイブが振替休日となるのは今年が最後でしょう。昨日の天皇誕生日の祝日が今年で終了するからです。将来は分かりませんが、12月23日を祝日としない限りクリスマスイブが日曜日以外の休日となることは2度とありません。その意味では感慨不快ものがあります。
 さて今日はクリスマスイブ。街中が賑やかな雰囲気で満たされていますが、世界中の人々が素直にこの日を喜んでいるわけではありません。今も戦闘の中で逃げ惑う子ども達や弱者がいるのです。平和な世の中で暮らしている私達には理解しがたいですが、サンタからの贈り物をもらえない子ども達がたくさんいます。上記の詩にある「ふいに誰かの悲鳴が聞こえた 正面のスクリーン激しい爆撃を繰り返すニュース僕には何にも関係ないことだと 言い聞かせながら無言でひたすら歩いた」という人が多いことでしょう。自らの幸せのみを追求する多くの人がいるなかで、「伊達直人」のような身寄りのない子ども達にランドセルを寄贈する人もいます。
 人々の様々な思いが交錯する中で、今年もクリスマスがやってきました。争いのない平和な世の中で愛する人たちと一緒に過ごすことのできるクリスマスを幸せに思わなければなりません。宗教の違いを超えて世界中の人達が平和の尊さを祝える日にしたいものです。Merry Christmas!

追伸: さだまさし「遥かなるクリスマス」はYouTubeで聴くことができます。一度検索してみてください。

2018年12月24日

#212 平成最後の天皇誕生日

 今日は天皇誕生日です。そして平成最後の祝日となります。この12月23日を将来祝日として定められるか分かりませんが、今日の祝日は今年で最後になります。現皇太子の誕生日が2月23日ですので、この日が祝日となるのでしょうか。4月29日は昭和天皇の誕生日でした。現在は「昭和の日」として祝日と定められています。法律では今上陛下の誕生日が祝日とされています。
 さてこのブログ読者の皆様にとって「平成」はどのような時代だったでしょうか。この30年間すべての人にとり喜怒哀楽に満ちた時代であったのではないでしょうか。個人的には昭和と平成を半分ずつ生きたことになります。特に故郷大牟田の盛衰を目の当たりにした時代だったような気がします。
 昭和30年代は三池炭鉱が最も繁栄した時代でした。幼い頃、床に就くと数キロ離れた三池炭鉱三川坑からかすかに流れてくる労働歌を子守歌がわりにしたものです。街中は活気にあふれ三川坑のある三川町から三池港まで工場群が立ち並び、夜でも工場の照明が明々と灯っていたことが記憶に残っています。今では工場群は存在せず、そこに広々とした空き地が点在しています。
 昭和38年11月9日に発生した炭塵爆発は今でも覚えています。当時幼稚園に通っていましたが、友人たちと遊んでいた午後3時過ぎに大きな爆発音と同時に地響きが起こり、急いで家に帰ったことを記憶しています。多くの方が犠牲となり、親戚の方も亡くなりました。そして石炭産業の衰退とともに大牟田の街も廃れていきました。人口が22万人から現在では10万人台へと半分に減少しています。大牟田だけでなく石炭産業で繁栄した国内の町はすべて廃れていきました。
 時代は昭和から平成へと移り変わりましたが、昭和の終わりとともにバブル経済も終わり、日本経済が低迷する時代を迎えます。「勝ち組」「負け組」の言葉に象徴されるように経済格差が広がる時代となりました。平成は昭和時代以上に多くの貧困層が生じた時代でもあります。「平成」とは名ばかりで国内では多くの事件や災害が毎年のように起こり、国外では多くの戦争や紛争、大地震などの災害が続発した時代になりました。
 簡単に昭和から平成までを個人的体験とともに振り返りましたが、ブログ読者の皆様にとりましても平成30年間だけでも本当に悲喜こもごもの日々だったのではないでしょうか。
 来年から新しい元号になりますが、どのような時代を迎えるのか、期待を込めて迎えたいと思います。

2018年12月23日

#211 ロボットカフェ登場

 今日は朝から雨が降っています。もう少し気温が下がればみぞれや雪に変わるのでしょうが、冬には珍しく本降りの雨が降り続いています。
 さて今日のブログのテーマはロボットカフェです。現在ロボットは様々な分野で働いており、工場などで働く「機械」としてのロボットから、ホテルの受付嬢や病院で介助人として働く人型ロボットまで用途が様々で、人間との接点がますます広がっています。そのような状況下で新しい種類のロボットが登場しました。カフェで働くロボットです。このロボットの大きな特徴は身体を動かせない身障者の方々がロボットを遠隔操縦していることです。かなり長くなりますが、ロボットカフェのニュースを紹介します。

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Yomiuri Online (https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20181211-OYTET50035/)
『自宅から遠隔操作できるロボットカフェ
   病気や障害で外出が難しくても自分の声で「いらっしゃいませ」』

 ロボットが接客する新しいタイプのカフェが11月26日から12月7日まで、都内で期間限定で営業した。身長120センチの白いロボットが3台、店内を動き回って注文を取り、お客さんの待つテーブルへコーヒーやオレンジジュースを運んだ。
 「いらっしゃいませ」「飲み物は何になさいますか?」「今日はどちらから?」。ロボットから聞こえてくるのは電子音ではない。本物の人の声だった。

【ロボットを動かしたのはALSや頸髄損傷などの男女10人】
 実はこのロボット、外出が困難な人たちが、自宅に居ながら遠隔操作していた。筋 萎縮 性側索硬化症(ALS)や 頸髄 損傷で自力歩行が難しい人など、20~40歳代の男女10人が、全国から公募で選ばれた。「テクノロジーの力があれば、重い障害がある人が働ける場所を作れる」。ロボットを開発したオリィ研究所(東京)代表の吉藤健太朗さん(31)は胸を張る。
 カフェがオープンしたのは、東京・赤坂にある日本財団ビルの一角。接客するロボットの名前「OriHime(オリヒメ)-D」は、七夕にちなみ、「離れていても会えるように」という願いを込めて名付けられた。専用ソフトをインストールしたパソコンがあれば、遠くにいても操作は簡単だ。ロボットの額にあるカメラが撮影した映像を自分のパソコン画面で見ながら、マウスをクリックし、進行方向を決める。内蔵されたマイクで客に声をかけることもできる。

【28歳で亡くなった親友の言葉が開発のきっかけ】
 カフェのオープンを前に、ロボットのOriHimeを片手に意気込みを語ったオリィ研究所の吉藤さん。初日の営業が終わったあと、吉藤さんは店内を眺めながら、つぶやいた。「番田に見せられなくて、悔しいですね。」
 番田雄太さんは、吉藤さんの秘書。今回のカフェの実現を心待ちにしていた親友でもある。4歳で交通事故に遭い、頸髄を損傷した番田さんは、手足を自由に動かせなくなり、20年以上、入院先の病院や自宅のベッドで過ごしてきた。吉藤さんの存在をインターネットで知り、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて連絡してきたのをきっかけに知り合い、2015年から同研究所で活動をともにした。
 番田さんは吉藤さんの机の隣に置かれた20センチの小型のOriHimeを介して、岩手県の自宅や入院先の病院から“出勤”。 顎あご で動かす特殊なマウスでパソコンを操作し、秘書として吉藤さんのスケジュールを管理したり、名刺を整理したりした。
 約3年前のある日、吉藤さんは番田さんに声をかけ、冗談でこう言った。「秘書なら、私の肩もんだり、コーヒーを持ってきてよ」。すると、番田さんは「じゃあ、そんな体つくってくれよ」と返した。今のOriHimeより大きな、番田さんの分身になるロボットをつくる。それを動かして、カフェができたら……。この会話をきっかけに開発が進んだ。

【同じような境遇の人たちに希望を】
 だが、番田さんは昨年9月、28歳の若さで亡くなった。吉藤さんは一時、気力をなくし、夢を見失いかけた。また前を向けたのは、こんな思いからだ。「番田は自分のためだけにカフェをやりたかったわけじゃない。同じような境遇の他の人たちにも、希望を与えたいと言っていた。」ようやく実現したカフェは連日満席。営業日10日間で約900人が訪れるにぎわいぶりだった。

【記者もカフェ体験 取材相手とロボット介して再会】
 記者もカフェを体験。ホットコーヒーを飲みながら、ロボット操作役の「さえちゃん」との会話を楽しんだ。オープン初日には、記者もカフェを体験した。温かいコーヒーをトレーに載せ、ロボットはそろりそろりとテーブルへ近づいてきた。その姿は、湯飲みをお盆に載せて運ぶ「からくり人形」に似て、なんだか面白い。「どうぞお取りください」。到着したロボットに促され、トレーからコーヒーを受け取った。
 ロボットの左胸には「さえちゃん」とニックネームが書かれたプレートが付いている。「さえちゃん」は埼玉県の女性(36)。身体症状症という病気で、吐き気やめまいを起こしやすく、外出が難しい。ロボットを操作しての接客は、約10年ぶりの仕事。「社会から切り離された気持ちが強くなっていたけど、今日は家にいるのに人と関わることができています。自分や難病の人だけじゃなく、育児や介護で悩んでいる人など、いろんな人を外の世界とつなぐ可能性を秘めていると感じました」。仕事の合間、女性はそう語った。

【11月24日付の夕刊で紹介した永広さんとも、ロボットを介して「再会」】
 カフェのオープンを前に、読売新聞夕刊(11月24日付)の記事で紹介した永広 柾まさ人と さん(25)とも、ロボットを介して「再会」した。永広さんは全身の筋力が低下していく脊髄性筋萎縮症(SMA)という難病を患う。わずかに動かせる指先を使ってマウスを操作し、都内の自宅からロボットを動かす。勤務1日目の感想を聞くと、永広さんは「緊張して言葉につまることもあったけど、お客さんに楽しんでもらえたみたいでよかった」と答えてから、「働くって疲れるんですね」と言い添えて笑い声を上げた。共感した記者もつられて笑ってしまった。「ほかにロボットを使って挑戦したいことは?」という質問には、少し考えて「楽器を弾いてみたい。バイオリンの音色が好きなんです」と教えてくれた。今回、操作役の10人には時給1000円が支給される。「給料が出たら、家族に贈り物をしたい」と話している人もいる。

【どんな人も働くことにチャレンジできる未来へ】
 中央省庁の障害者雇用水増しが問題になった昨今、体が不自由な人の働く場所は不足し、周りの理解も進んでいないように思える。人工知能(AI)を活用した技術の登場で、単純労働を中心に、人間の仕事が機械に取って代わられるのではないかと不安の声も聞かれる。
 一方、今回のカフェは、重い障害で外出が難しい人であっても、在宅での仕事を可能にする一つの実例を社会に示した。同研究所は2020年をめどに、常設店の開業や他業種への拡大など、ロボットの様々な使い方を検討していく予定だ。
 吉藤さんは「体が自由に動かせなくても、番田はやりたいことを諦めなかった。ロボットを使って『働きたい』『誰かの役に立ちたい』という思いをかなえてもらえたら」と語る。
 テクノロジーの使い道も、視点を変えれば、多様な働き方を生み出せるかもしれない。どんな人も働くことにチャレンジできる未来に期待したい。
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 ロボットカフェは身障者の方々にとって朗報です。障害のレベルにかかわらず、外部の人達と仕事をしながら会話を楽しみ、おまけに給料ももらえます。従来では病室や自宅に閉じこもらざるを得なかった人々が健常者と同じように働くことができるのです。このようなロボットカフェを全国に展開して、多くの身障者が働き、生きがいにしてもらいたいと思います。さらにAIなどの技術が進めば、遠くない将来にロボットに介助してもらい、買い物もロボットに行ってもらうことも可能です。ロボットのカメラを利用して途中の景色も楽しめます。兵器開発に多大の費用を使う代わりに、本当に人間に役に立つロボットを開発したほうが、老人介助や身障者介護のような社会福祉の点で人類に大きく貢献できます。そのような日が来ることを待ち望みたいと思います。

2018年12月16日

#210 サっちゃんが行ってしまった

 ♪サっちゃん (作詞阪田寛夫、作曲:大中恩)
  サッちゃんはね サチコっていうんだ ほんとはね
  だけど ちっちゃいから 自分のこと サッちゃんって呼ぶんだよ
  おかしいな サッちゃん

  サッちゃんはね バナナが大好き ほんとだよ
  だけど ちっちゃいから バナナを 半分しか 食べられないの
  かわいそうね サッちゃん

  サッちゃんがね 遠くへ行っちゃうって ほんとかな
 だけど ちっちゃいから ぼくのこと 忘れてしまうだろ
  寂しいな サッちゃん

 先日「サっちゃん」を作曲した大中 恩(おおなか めぐみ)さんが死去されました。大中さんは他にも「犬のおまわりさん」などの名曲を残されています。この有名な2曲は今でも多くの幼い子どもたちによって歌い継がれています。この歌についてウィキペディアに次のような説明がなされています。

【サっちゃん】(https://ja.wikipedia.org/wiki/サッちゃん)
「1959年10月10日に開催されたNHKラジオ「うたのおばさん」放送開始10周年記念リサイタル(主催:松田トシ)にて、新曲として発表された。作詞の阪田寛夫は、この歌は「近所に住んでいた少女サッちゃんのことを歌っている」と語っており、サッちゃんのモデルとなった少女は、阿川佐和子であるとされている。阪田寛夫と、佐和子の父・阿川弘之とが知り合いで、互いの自宅も近かったためで、このことは週刊文春で阿川が連載していた対談「この人に会いたい」の中で阿川が阪田と対談した際に判明した。しかし、2011年3月18日放送のTBS系『ぴったんこカン・カン』に阿川が出演した際には、「『実は阿川は関係無く、幼馴染の少し影のある少女が幼稚園を転園したときの思い出を書いた曲』と言われた」と発言している。」

 幼い頃に聞いたり歌ったりした唄はいつまでも心に残るものです。特に童謡・唱歌として親から聞いた子守歌や童謡・唱歌は日本語の美しい語感や音楽のメロディやリズムの素晴らしい感性に基づいた一流の作者による作詞・作曲が行われており、明治時代に作られた歌も時代を超えて生き続けています。この「サっちゃん」もその中の1つでしょう。
 その一翼を担ってきたのが毎日放送されているNHKの歌番組「みんなのうた」だと思います。5分程度の短い放送でありながら、この番組を通して様々な童謡・唱歌が流され、多くの日本人の心の中に音楽の感性を醸成させてきました。この歌番組は「NHK全国学校音楽コンクールと」併せて音楽という媒介を通してNHKの社会貢献のひとつだと思います。
 ところがNHKの最近の傾向として、「みんなのうた」に登場する多くの歌は童謡唱歌のような叙情豊かな歌ではなく、誰に向けて歌っているのか訳のわからない歌ばかり流されています。NHKは民放と異なり公共放送です。極端な偏りのある番組や報道は自ら慎む姿勢を持っているはずです。ところがこの「みんなのうた」は以前と異なり、情緒不安定な歌ばかり流しています。一体誰がどのような基準で選曲しているか、大いに疑問です。
 話題は変わりますが、今年の「平成最後の紅白歌合戦」も同様の傾向が見られます。従来はあらゆる世代を考慮した歌手を出場させていましたが、最近の傾向として特定の世代(特に若い世代)受けを狙った番組作りが見受けられます。これでは公共放送ではなく、民放で放送されているただの歌番組と同じです。その年のヒット曲だけでなく、世代を超えて歌われている歌を多く採用すべきです。そうしないと今まで歌い継がれてきた数々の名曲が失われていきます。人々が口にしなくなった瞬間から歌は消えていきます。換言すれば、時代の波を超えて生き残ったものが名曲となるのです。その意味でNHKは子どもたちが観る歌番組に取り上げる曲の選定に十分すぎるほど気遣っていただきたいものです。

2018年12月09日

#209 平成最後の師走

 月日の経つのは早いもので、もう師走を迎えました。あとひと月で新年を迎えます。今年の師走は平成最後の師走になります。平成時代の師走はもう二度とやって来ません。来年の師走は新しい元号の師走になり、新しい時代が始まります。
 さて平成30年間という年月は皆様にとって、どのような時代だったでしょうか。英語では1世代を30年と規定しています。子どもが生まれ、その子供が成人し家庭を持ち、次の子どもが生まれる間の年月です。確かに30年という時間は長いようで、過ぎ去ればあっという間の短い時間でもあります。
 個人的にはこの30年の間にオーストラリアへ3年間留学したり、妹や両親が他界したり、様々な出会いと別れを繰り返した期間でもあります。また最大の出来事は無料学習塾ニコラを4年前に開塾したことです。
 翻って国際的にはベルリンの壁崩壊後のドイツ連邦の復活や、ソ連の消滅によるロシアの復活、多くの戦争や数えきれないほどの大きな自然災害の発生など、この30年の間に世界情勢が目まぐるしく変化していきました。
 今でも昭和の終わりから平成の始まりの特異な瞬間を覚えています。昭和天皇が崩御された1月7日は静かな朝で始まった記憶があります。街中を歩きましても、不思議に静かな空間に満たされ、国中が喪に服した一日を体験しました。それと同時に新しい元号「平成」がテレビ画面で発表されて、新しい時代への期待と一抹の不安が心の中で交差したことを覚えています。
 この平成の30年間は昭和の時代と異なり、物心両面で様々な変化が起こりました。昭和には存在しなかったインターネットの普及、ケータイからスマホへの劇的な変化、IT革命、オレオレ詐欺やネット詐欺を始めとする詐欺犯罪の拡大など、昭和では考えられなかったような技術革新における進歩や、それに関連する犯罪の深刻化があげられます。
 また昭和時代の後半から平成を通じて国内で深刻な問題のひとつが核家族の増加と、それに伴う引きこもりやニートなどの様々な家庭問題の出現が挙げられます。このことは一般家庭だけでなく、皇室にも及んでます。皇太子妃の環境不適応や最近では秋篠宮家の結婚問題など、平成時代は明らかに家族と個人の問題が深刻化した時代だったと思います。
 さて来年は4月30日で平成が終了し、5月1日から新元号となります。新時代がどのような時代になるか予想がつきませんが、平成時代以上に科学技術が進む一方で、人の心がどのように移ろい行くかが大きな課題となるでしょう。今月は各地で新年を迎える様々な行事が控えています。平成最後の師走を心ゆくまで楽しみたいと思います。

2018年12月02日

#208 無料食堂の挑戦

 寒さも徐々に厳しくなり、空腹の人には堪えられない季節を迎えています。寒い季節を乗り越えるには衣食住が必要となります。そのような季節の中で、3週間ほど前にNHKが心温まるニュースを流しました。奈良にあるとんかつ店による無料食堂の挑戦です。その内容を朝日新聞の記事より引用します。
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【朝日新聞Digital】
『お金無くて腹ぺこ…コソッと相談を 「無料食堂」の挑戦』
https://www.asahi.com/articles/ASL586262L58POMB00C.html

 奈良市神殿(こどの)町のトンカツ店「まるかつ」の壁に、「無料食堂のお知らせ」が今月、貼り出された。「お金がなくて、おなかがすいていたら、相談してほしい。無料提供も考えます」との思いで店長が書いた。「困った時のために覚えておいてください」と話している。
 日曜日の昼下がりに店を訪れると、テーブル席のほとんどは家族連れで埋まっていた。キッチンでは、店長の金子友則さん(41)が真剣な表情でトンカツを盛りつけていた。
 無料食堂の理由を聞くと、「100人来て99人にだまされても、1人の本当に困っている人を救えるならいいのかなと思って始めました」。
 きっかけは、2年ほど前に受けた一本の電話。「ほんまにお金、ないんです」。声の主は、何度か家族連れで来た男性客だった。来店時に改めて聞くと、男性は「病気がちで働けず、生活苦に陥った。妻と子が出ていった」と語った。
 「月末には生活保護のお金が入るので、それまで食べさせてもらえませんか」。その1度だけ、トンカツをごちそうした。
 以来、来店のたびに相談に乗った。最初の1度を除き、男性はきちんと支払ってくれた。今年、久しぶりに男性が来店した。「子どもと一緒に暮らせそうだ」と明るい表情を見せた。
 ほかにも「お金がないが、食べさせてもらえないか」と電話を受けたことがある。飲食店としてできることを考えて、5月4日、A4用紙で無料食堂の貼り紙をした。
 「もしどうしても、お腹(なか)がすいても、お家にお金がないときやお子さんにおいしいものをお腹いっぱい食べさせてあげたいのにご事情があってむずかしいときなどはコソっと店長に相談してください――」
 ツイッターで投稿すると、ひっそりと始めるつもりが、2万件を超える「いいね」が寄せられた。
 事情がある相手とはいえ、無料で料理を提供する試みが正しいのか今もわからない。「『こっちはお金を払っているのに』とほかのお客さんに言われたら、謝るしかないです」
 告知から2週間ほどたち、数人が利用した。金子さんは「ない方がいいんですけどね、こういうのは」と思いつつ、「いつか困った時のために頭の片隅で覚えておいてもらえれば」と考えている。
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 以上の内容ですが、店長の金子さんには本当に頭が下がります。特に「99人に騙されても1人を救いたい」という心意気に熱いものを感じます。ずいぶん前に「一杯のかけそば」という物語が日本中で話題となりましたが、とんかつ店「まるかつ」は現在進行形の実話です。これから年末にかけて様々な募金活動などの慈善活動が行われるでしょうが、すべて一人ひとりの善意に支えられています。少しでも協力したいものです。
 なおNHKニュースをご覧になりたい方は次のHPにアクセスしてください。
http://www.nhk.or.jp/osaka-blog/ohayou/308775.html

2018年11月26日

#207 日仏戦争勃発?

 寒気のせいで今朝は最低気温が大牟田では1.8度を記録し、今秋一番の寒い朝となりました。また最高気温も12.6度となり、晩秋というよりも初冬の一日になりました。季節は日一日と冬に向かって進んでいきます。今週末は冬支度の準備が必要になる週末になりそうです。
 さて、ここ数日間日本だけでなく世界も驚かせているのが日産前会長のカルロス・ゴーンの逮捕劇です。連日テレビや新聞等で報道されていますので、すでにご存じと思いますが、共同通信では本日次のように伝えています。
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共同通信「報酬不記載120億円かゴーン前会長、具体的指示」
https://this.kiji.is/438607481650201697

 金融商品取引法違反の疑いで逮捕された日産自動車の前代表取締役会長カルロス・ゴーン容疑者(64)が有価証券報告書に記載しなかった報酬は、逮捕容疑を含め少なくとも総額120億円前後とみられることが23日、関係者への取材で分かった。ゴーン容疑者が実際の報酬額と報告書に記載する額を、側近の前代表取締役グレゴリー・ケリー容疑者(62)に書面で具体的に指示していたことも判明。東京地検特捜部はこの書面を押収し、虚偽記載の実態解明を進めている。
 逮捕容疑の計約50億円に加え、直近3年間に計約30億円の報酬も記載しなかったとして、特捜部は立件を検討する。
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 今回の事件ではゴーンの単なる報酬の虚偽記載では終わらないような気がします。様々な憶測が飛び交っています。フランスのルノーと日本の日産・三菱は連合関係(不平等提携)の立場を取っていますが、ルノーは元々フランスの国営企業だった経緯があります。ルノーはゴーンをCEOとして残すと発表していますし、たとえ日産がゴーンの会長職を解任してもルノーに留まることになります。日産が経営危機に陥ったときには資本提携でルノーの力を借りましたが、現在は日産の売り上げによる利益がルノーの経営を支えている現実があります。
 様々な報道から憶測しますと、「ルノーが日産と三菱を完全支配下にする計画を日産が見抜き、ゴーンの虚偽記載を発端として日本側が資本提携の解除を画策したのではないか」ということです。フランス側では今回の事件を日本側のクーデターと考えているようです。ルノーにはフランス政府が支援しています。一方では日産・三菱グループには日本の通産省が支援しています。今回の件がカルロス・ゴーン個人の事件として片づけられない様相が溢れています。ルノーは以前にドイツのダイムラー社との資本提携をしていましたが、ルノーがダイムラーを傘下に引き入れる状況を危惧し、ダイムラー資本解消をした経緯があります。
 同じことを日産に対して画策していたのでしょうか。フランス政府とカルロス・ゴーンの動きを読み取り、今回の事件を契機として日産・三菱(日本側)の逆襲が始まったような感がしています。今回の事件がどのような結末を迎えるかはまだ分かりませんが、ゴーンは産業スパイとして日本の技術を他国に持ち出したというような憶測もあります。今回の事件では一企業を通して国家の戦略が見えてきます。いわゆる産業戦争です。武器を使わずにいかに相手国の経済を支配するかが現代の戦争の一形態です。事の顛末は推理小説よりも奇妙な結末を迎えるかもしれません。しばらくこのニュースから目を離せない日々が続きます。

2018年11月23日

#206 猿がスト!?

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 山は赤く 赤く色づいて 
 すすきが風に、風に揺れている
 朝はとても冷たい もうすぐ冬が来るね
 朝はとても冷たい もうすぐ冬が来るね
(♪26番目の秋 岡林信康)

 秋も深まり、木々の葉もようやく色づき始め、青空に紅葉が映える時期となりました。日中は気温が20度前後まで上がりますので爽やかで過ごしやすいのですが、朝晩、特に早朝は10度前後まで下がりますので、洗顔する水が冷たく、冬の到来を感じさせる今日この頃です。
 さて、面白いニュースを見つけましたので、早速引用させてただ来ます。

『高崎山職員サル代役 無料の日“スト”で午前現れず』(西日本新聞2018年11月18日)
 https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/466458/

 野生ニホンザルの餌付けで知られる大分市の高崎山自然動物園は17日、年に1度の感謝デーとして園を無料開放した。餌の減量などを理由にサルが山から下りてこない“ストライキ問題”が続いており、職員は動向にやきもき。午前中は寄せ場に現れなかったため、職員がサルに扮(ふん)して入園客を楽しませた。
 例年5千人が訪れる人気イベント。「主役のサルが不在でも入園客を楽しませたい」と、職員はかぶり物や頬を赤く染める化粧をしてサルに扮し、普段の高崎山の様子を紹介したり記念撮影に応じたりと奮闘した。
 同市の小学3年工藤真菜美さん(9)は、ボスザルが座る切り株の上でポーズを取り“ボス気分”を味わった。「サルに会いたかったけど、いつもなら入れないボスザルの席に座らせてもらえて楽しかった」と、特別サービスにご満悦だった。
 園のサルは、午前中に寄せ場に来ていたC群が姿を見せない日が増え、午後に訪れるB群もわずかな時間で帰るなど出現は不安定。この日は午後1時前からB群が寄せ場に現れ、園は通常の姿に戻った。ガイド担当の職員は「午前中から待っていたお客さんにサルを見てもらえてほっとした」と話した。

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 上記の記事が載る以前に「猿のストライキ」を扱う記事がありましたので、併せて載せておきます。

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『サルが“ストライキ” 餌への不満爆発、山にこもる 大分の高崎山』(西日本新聞2018年11月08日)
 https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/463831/

 大分市の高崎山自然動物園で、餌をやる寄せ場にサルが現れなくなっている。サル数を抑制しようと餌の量を年々減らしてきた園に対し、不満を募らせたサルが山奥に引きこもり“ストライキ”に打って出たのが原因で、群れの力関係も影響しているとみられる。書き入れ時の7、8月の来園者は例年より計1万人以上も減り、普段は穏やかな園で緊張感が高まっている。
 園によると、高崎山はもともと農作物を荒らす野生のニホンザルに餌付けし、観光資源にした施設。山にはB群(約640匹)とC群(約590匹)が生息し、寄せ場には午前にC群、午後にB群が現れるのが一般的だった。
 異変が顕著になったのは今春以降。C群は毎月10日ほどの“欠勤”が続き、9月は連続11日を含む22日間、10月も12日間、姿を見せなかった。B群も来ない日があるほか、わずかな時間で山に帰っていくなど、不安定な状態が続いている。
 園では、一時2千匹を超えたサルを800匹まで減らそうと、約30年前から1匹あたりの餌を少しずつ減量。B群で「餌への不満が爆発した」(職員)ため、餌が豊富な夏から秋にかけて山奥に引きこもるようになったと推察している。さらに餌場を広げようと山の外に出る様子も目撃され、寄せ場に来た時に木の実をたくさん頬張っているサルも確認されている。
 C群は、かつてのリーダー格が恋人を求めて次々にB群に入ったため、急激に弱体化。2016年以降、山の木の実などが減る冬場はB群が寄せ場を占拠するようになった。近づけなくなったC群は「寄せ場に来る習慣自体、なくなった可能性がある」という。
 サルの減少に伴い来場者は大幅減。7月は1万4166人(前年同月比4573人減)、8月は3万1290人(同6758人減)、9月は1万3421人(同4059人減)となった。園は今夏、デザートの芋を「紅あずま」などのブランド芋に変え、「スイーツの魅力」でサルを誘ってきたが、結果には結びついていない。
 さらに園が懸念するのはC群の消滅だ。今の群れの様子は、覇権争いに敗れて寄せ場に来なくなり、02年に消滅を確認したA群と似ているという。C群には、英国の王女と同名で有名になり、「選抜総選挙」で連覇した人気者のシャーロットもいる。
 A群が消滅した直後には、園を去ったサルが付近の畑などで農作物を食べる「猿害」が多発しており、同様の事態も心配している。
 サルたちの今後の動きは予断を許さない。園側は「慎重に経過を観察しながら対策を考えるしかない」と気をもんでいる。
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 猿が餌の量を不服としてストを決行するのですね。元々は野生の猿を餌食して観光にしたのが高崎山の動物園です。他所から猿を連れてきたのではなく、野生として住み着いていた猿を利用しています。猿から見れば餌をくれるので、餌場にやって来ただけなのでしょう。餌が少なくなれば当然猿たちは出て来なくなります。何だか、どこかの国の春闘のストライキに似ているような気がします。「ベースアップしないとストを決行するぞ!」「賃上げを行え!」と叫ぶ声が聞こえてきます。その点猿たちの行動ははっきりとしています。餌をくれなきゃ出ない!、何だかドタキャンした芸能人のコンサートに似ています。猿だといって馬鹿にできません。猿も人間も同じ行動をとる動物なのでしょう。面白い現象です。

2018年11月18日

#205 寺社、団体外国人に困惑

 昨今は世界的に日本ブームで、多くの外国人が日本を訪れています。日本政府も観光業に力を入れており、2020年の東京オリンピックに向けて大々的に観光としての日本を世界に売り込んでいます。多くの外国人が日本を訪れ、この国の歴史や文化、日本人の生活を理解するのは文化交流という点からも、外交の面でもこの国の利益になることであり、親日の外国人を増やすことで武力よりもはるかに効果があります。
 しかし、文化交流はあくまでも出会った人々が礼節をわきまえ、様々な親善活動を行うことで、お互いを理解し、それによって実り豊かな国交が行われます。自分の文化や習慣を他者に押し付けるだけでは文化交流にはなりません。その一例として、次のような出来事が昨日の西日本新聞の一面に載りましたのでご紹介します。
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『寺社、団体外国人に困惑 南蔵院、個人以外お断り 境内で大音量音楽、屋根に上って写真』
(西日本新聞 2018年11月10日)
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/464466/

 巨大なブロンズ製釈迦涅槃(しゃかねはん)像で知られる福岡県篠栗町の南蔵院が、観光で訪れた外国人団体客のマナー悪化を理由に受け入れを停止している。大音量で踊りながら境内の動画を撮るなど「集団になると風紀を乱す行為が目立つ」という。ただし、外国人を全面的に拒否する意図はないとして個人客は断らない方針。マナー違反に苦慮する宗教施設は他にもあり、国が外国人観光客受け入れに力を入れる中、文化の違いからくる摩擦にどう対処するか関係者は頭を悩ませている。
 南蔵院は、「ねぼとけさん」の愛称で親しまれる全長41メートル、高さ11メートルのユニークな釈迦涅槃像がインターネットで話題になり、毎年多くの外国人客が訪れる。
 南蔵院が停止措置を決めたのは約1年前。林覚乗住職によると、数年前から外国人団体客が増え始め、中には境内で大音量の音楽を鳴らして踊りながら動画を撮ったり、寺院の屋根に上って写真を撮影したり、水子地蔵の前で記念撮影するなどの行為も目立つようになった。注意をすると聞く人もいるが、「なぜ怒られるのか」と耳を貸さない人もいるという。
 林住職は「集団心理なのか団体の方がマナーが悪い。外国人を排除しているつもりはなく、祈りの場の雰囲気を壊す人は日本人でも退去してもらっている」と説明する。個人客には12カ国語による注意書きでマナー厳守を呼び掛けている。
 南蔵院はバスツアーを主催する旅行会社などに受け入れ停止の方針を通知しているほか、県や篠栗町などにネットの観光サイトから同院の情報を削除するよう要請。町は「人気のある南蔵院の情報を発信できないのは痛い」とこぼす。
 九州の他の地域でも同様のケースが起きている。熊本県八代市の八代宮では、クルーズ船で大勢訪れる外国人客によるたばこのポイ捨てやごみの放置などが増えたため、昨年8月から約2カ月間、船が寄港する日に合わせ施設を閉鎖。その後、市が警備員を配置するなどの対策に乗り出し、事態収拾を図ったという。
 一方、年間約1千万人の参拝客が訪れる太宰府天満宮(福岡県太宰府市)もトイレを汚すなどの行為に悩まされているが、「受け入れ拒否まではさすがにできない」として特別な措置は取ってないという。
 観光庁は、観光地での外国人客によるトラブルが増加傾向にあるとして実態調査を進めている。「南蔵院のようなケースが増えるようであれば、持続可能な観光推進はできない。調査を急ぎたい」(同庁外客受入参事官室)としている。
 南蔵院の林住職は「国は4千万人もの訪日外国人客の受け入れを目標に掲げているが、現場の苦悩にも目を向けてほしい」と話している。
■日本でのマナー 根気よく説明を
 九州大大学院比較社会文化研究院の松永典子教授(多文化共生教育論)の話 南蔵院の外国人客の受け入れ停止は、そうせざるを得ないほどひどい状況だったということだろう。ただ、文化の違いから起こりうることでもあり、日本で求められるマナーについて根気よく説明する必要がある。国も外国人観光客増加による観光振興を掲げる以上、大々的に相互理解を促すキャンペーンを展開すべきだ。そうすることで外国人客の理解を助け、マナーを巡る衝突回避につながると思う。
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 上記の記事は極端な例と思いますが、心無い外国人観光客による無謀と思える事件が日本国内で多発しています。「郷に入っては郷に従え」と言いますが、海外旅行をする際にはまず観光先の事情を入手しなければなりません。次に訪問先の歴史や文化を尊重し、人々のしきたりに従う必要があります。このことを無視すると必ず現地でのトラブルに巻き込まれます。特に団体旅行では羽目を外し、大騒ぎして現地の人達からひんしゅくを買います。
 これは日本人が海外旅行を解禁された1960年代にも起こりました。その時の生まれた日本人のイメージが、「眼鏡をかけて首からカメラを提げた日本人」です。当時団体旅行が主流だった日本人が世界中から、特に欧米から日本人のなりふり構わぬ行動を非難されたことがあります。さすがに当時から50年が経過し、海外旅行を楽しむ日本人はマナーが素晴らしい、と称賛されていますが、そのような時代があったことを決して忘れてはなりません。
 同様にこの国に観光に来る外国人も日本のしきたりを守る必要があります。自分の行動規範をそのまま訪問先に持ち込んではならないのです。あくまでも訪問地の風習やしきたりに従い、その範囲内で大いに観光を満喫することができます。このことを知らしめさせるのは個人ではなく、国の仕事です。日本政府観光局を始めとする外務省や法務省等が手を組み海外の観光客に周知徹底させる必要があります。外国人も日本人もお互いを理解し、文化交流を深めてもらいたいものです。

2018年11月11日

#204 創立4年目に入ります

 今日は早朝から雲一つない快晴で、秋らしい一日となっています。稲刈りはすでに終わり、田圃は地肌を見せています。昔は子ども達が稲刈り後の田んぼで脱穀した稲穂を利用して秘密基地を作り遊んでいました。今では子ども達が田んぼで遊ぶ光景は見られず、過ぎ去った時代の思い出になっています。
 さて今日11月4日は学習塾ニコラの創立日になっています。4年前の今日開塾しました。以前ブログにも書きましたが、なぜ11月4日が創立記念日なのか?その理由は簡単明瞭です。当塾のある建物の番地が114番だから11月4日なのです(笑)!
 実際、記念日など特別な日がたくさんあればあるほど、結構忘れるものです。例えば親兄弟の誕生日や命日、友人たちの誕生日など、増えれば増えるほど、うっかりして忘れることがよくあります。そこでうっかりミスを防ぐために、11月4日を当塾の創立日にした所以です。
 当塾創立以来4年目を迎えたわけですが、世の中はそれに伴うように多くの自治体や民間に問わず無料学習塾の創立、学習支援活動、子ども食堂などが国内に広がり、多くの子ども達が救われています。また世代を超えて災害地へのボランティア活動や慈善活動などが広がっており、以前に比べてボランティア意識が高まっているように思えます。
 それでも国民レベルで考えますとボランティア意識は欧米諸国と比べてまだまだ低く、山口県周防大島町で行方不明2歳の男の子を発見した「スーパーボランティア」と呼ばれている尾畠さんが今でもニュースで取り上げられるのは、彼の行為が珍しいからでしょう。尾畠さん曰く、「自分は今まで他人から助けてもらってきたので、お返しに奉仕活動を行っているだけです。」この言葉にボランティア活動の神髄があります。彼としては当然のこととして行ってきたことが、「世にも珍しい」としてマスコミが取りあげることが、この国のボランティア精神の低さを示しています。
 誰も一人では生きていけません。特に若い頃は親兄弟を含め多くの人に助けてもらって生きています。人生を歩み、家庭を持ち、子どもが成長し独立して、生活にある程度余裕ができれば、残りの人生は世の中に少しでも恩返しができるように生活ができれば理想的な晩年となるでしょう。作家の五木寛之氏が提唱している「林住期 りんじゅうき(初老/白秋)」(現役を退いたあと質素だがしがらみ(柵)から自由になる時期)を有意義に過ごすためにもボランティア活動は有意義だと思います。私はこの点において「世の中への恩返し運動」を提唱したいと思います。定年過ぎて時間的に余裕がある人は今までお世話になった世の中に恩返しとして、何かの形でボランティア奉仕をすることです。もちろんこれは自分に無理なくできる「身の丈に応じた活動」をすることを意味し、例えば子ども達の登下校の見守りや、町内清掃など、誰でもできることがたくさんあります。また子ども達に教える知識があれば、各自治体が行っている学習支援活動のボランティアとして子ども達に接することもできます。
 高齢者の悩みとして「周囲からの孤立や孤独」が挙げられますが、ボランティア活動を通じてこの孤立や孤独を無くすことができます。また子ども達から感謝されるという「おまけ」までもらえます。人生の晩節において若い時のように自己満足・欲望を追求することではなく、人のために役立っているという意識を持つことがこの人の生きがいとなり、他人とともに生きる「共生」がこれからの時代に必要なことと思われます。ボランティアの精神は誰もが持つことのできるものであり、利他の精神でもあります。

2018年11月04日

#203 老子の遺言(2)

 雨の多い1週間でしたが、一雨ごとに秋らしくなっているようです。夜の虫の合唱は夜間の気温が下がっているせいか、日ごとにその声が小さくなっているようです。冬を迎える前に死に絶えてしまう悲しみの声でしょうか、昨晩はか細い声で鳴いていました。私たちもそろそろ冬支度に入る頃となったようです。
 さて今回のブログも松原老子の珠玉の言葉をお届けします。101歳まで生きて来られた老子の深い言葉を味わって頂きたいと思います。

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「人は順調なときほど墜落の種を蒔き、
    逆境のときにこそ進歩の種が蒔けるのです。」

 あなたがたが今、逆境におかれているとしたら、とても幸福なことなのだと感じていただきたい。なぜなら、それは、あなた自身の人間育成のひとつのチャンスなのですから。
 逆境の中では自分の本意ではないこと、つらくて苦しいことが待ち構えているかもしれません。ときにはそんな人生を恨めしく思うこともあるでしょう。
 でも101年も生きた私が思うのは、いい人生を送るためのカギは逆境にあるということです。逆境をどう生き抜くかで、その後の人生は決まると言ってもいいでしょう。歴史を振り返ってみると本当に伸びている人は逆境に抗うことはなく、むしろ従いながら生きている。そして、もがき苦しみながらも、そこで何かを掴んでいく。努力をして進歩の種を蒔いているのです。
 逆に、人生が順調なときほど人間は堕落の種を蒔いていると思ったほうがいい。やることなすことすべてがうまくいっているときこそ気をつけなければなりません。知らぬ間に傲慢になり、忙しいと、とかく挨拶もろくにできなくなってくる。相手を思いやることもできなくなるから次第に嫌われかねません。つまりは調子にのるなと言いたいのです。調子にのると元も子もなくしてしまう。災いが出てくるわけです。
 もう一つ申し上げると、努力もせずに掴み取った成功は一瞬のことでしかありません。努力することを知らなければ、次第に怠惰心顔を出し、その成功をも消し去ってしまうでしょう。怠惰心というのは本当にクズだと思います。一時の成功に執着し、何もしないままでは生きる意味がありません。
 ですから嫌なこと、気に食わないことがあっても、それはもう浮世の務めだと割り切って従いましょう。その間に未来の自分への勉強をすればいい。逆境を心して乗り切ることで、人間は本当に伸びることができると思います。

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 松原老子の仰るとおり、70年代に高度経済成長で図に乗ったこの国の多くの企業が、先達者のように堅実に働くことを忘れて土地の売買や株式の売買で巨額の富を手にしました。しかしバブル経済が終了するや否や巨額の負債を抱え、多くの企業が倒産の憂き目に遭いました。その影響は今でも続いています。
 またこのことは個人においても言えることです。特に子どもの勉強は忍耐の連続です。「わからない。」「できない。」から逃げることは簡単ですが、それからは何も学ばないでしょう。勉強を通して「我慢すること」「忍耐」を学ぶことで道は開けます。
 また大人は自分の仕事に邁進することで、必要とされる技能を身につけ、それを元に自分の仕事のキャリアを広げることができます。仕事をせずに遊んでばかりいる人間は、一時的に楽な生活を送ることができても、人生のどこかでつまずき倒れます。そうならないように自分の生き方に責任を持ち、辿ってきた道を絶えず振り返ることで、実りある人生を歩むことができるでしょう。
 松原老子は1世紀を超える人生において様々な出来事を経験して英知を身につけ、それを元に日本社会に警鐘を鳴らされました。個人から企業、社会に至るまでいかに堅実に生きることが大切であるかを訴えて生涯を閉じられました。「人間万事塞翁が馬」、「好事魔多し」と言いますが、常に我が身を振り返り、日々努力を続ける大切さを老子は私たちに教えてくれています。

2018年10月28日

#202 老子の遺言(1)

生きる意味とは何なのか?よくそんな質問をされますが、答えは実に簡単です。
すべては他(ひと)のため、自分のためではありません。
人は他の役に立つことを目的に生まれたのです。
自信を持ってください。あなたはきっと誰かのために役に立ちます。

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 上記の言葉は2009年に101歳で遷化された臨済宗の僧侶、松原泰道氏の言葉です。氏が日本人への遺言として著された「つまずくことが多い人ほど、大きなものを掴んで成功している」の冒頭の一節です。次に以下のような文言が続きます。
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 「私は何のために生まれてきたのだろう?」「生きる意味とは?」。これは誰もが一度は心に問いかける大命題ではないでしょうか。しかし、この問題についての私の答えはいつもはっきりしています。
 生きる目的とは他(ひと)の役に立つことです。人間はそのために生まれたのです。自分のためではありません。なかには自分の人生は自分のものとおっしゃる方がいるでしょう。もちろんそれはその通り。ですから自分の人生を通して、いかに他のお役に立つかを考えればいい。なぜならあなたはひとりで生きていくことはできません。他との縁があってはじめて人生を育むことができるのです。
 追々お話ししますが、他のためとは自分のためであることと別物ではありません。他のために何かをするということは、翻って自分のためになるのです。そんな人生観を築くことができたら生きる意味や、やり甲斐を得ることができる。そしてそこに、喜びを見出すことができれば人生はより豊かになるでしょう。
 なに、大丈夫ですよ。あなたは必ず他の役に立つことができる。自信を持って前を向いて、進んでいってください。
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 松原泰道老子の書物は私が若い頃から読み親しんできたものですが、大往生を遂げられる直前まで多くの著書を世に出されました。本日引用しているものは2013年にマガジンハウスより出版され遺作となったものです。仏教関係の著述を通して絶えず私たち日本人に問いかけて来られた偉大な老子のお一人です。一読していただきたい著者の一人です。本書にちりばめられている言葉を最後に引用します。

・「人」はもたれ合いを意味する象形文字。「間」には巡り合いという意味がある。そう考えると、人間の在り方ははっきりとしています。
・ひとりで生きていくことは、誰にもできません。
・長い人生で気がついたのは、つまずくことが多い人ほど大きなものをつかんで成功しているということ。
・人生の中で起きた不幸な出来事は、どこから送られてきたかはわかりませんが、受取人は確実にあなただということです。受け取ったものをどう展開するか、そこはお手並み拝見というところ。
・人に救いを求めてばかりいたら、いつまでたっても幸せにならない。
・読書をしないということは考えることをしないに等しい。本の中には先人の知恵、苦労した人の考え方、何でもかかれています。参考にしない手はありません。
・解決した人生などありません。私自身101歳になった今でもどう生きて行こうか、毎日自問自答しています。
・この世に不変なものはひとつもない。もちろん、変わらぬ愛などありはしない。
・感動できなくなったら、人間は終わり。進歩しません。

2018年10月21日

#201 誰もいない海

今はもう秋 誰もいない海
知らん顔して 人がゆきすぎても
私は忘れない 海に約束したから
つらくてもつらくても 死にはしないと  
(♪トワエモア)

 一日ごとに秋らしくなってきています。この時期は早朝と日中の温度差が一年で最も大きく、最低気温が10度近くに下がりますが、最高気温が24度前後あり、昼間は半袖でも過ごしやすい気候です。しかし、夜はかなり冷えますので、風邪を引いたり、体調を壊したりしますので健康に充分ご留意下さい。
 さて、冒頭の歌詞は伝説のデュエット「トワエモア」のヒット曲「誰もいない海」の歌詞の冒頭です。夏には海水浴に多くの人が海を訪れますが、この時期になりますと朝夕散歩で訪れる人がいる程度で、日中浜辺で戯れる人はすっかりいなくなり、静かな海に戻ります。次に賑やかな海に戻るのは来春の潮干狩りの時期でしょうか。
 人間は現金なもので、自分が必要としているものについては褒め称え賛美します。卑近な例は桜花です。毎年桜の満開の季節には多くの人が身近な公園に足を運び、桜花の下で宴を催しますが、桜の花が散ってしまうと見向きもされなくなります。そのような桜木は来年の開花に向けて人知れずに秋には蕾をつけ、蕾のままで越冬して春にまた開花します。このように考えますと、海にしろ桜花にしろ、人が存在する以前から同じことを延々に繰り返し続けています。変わっていくのはいつも人の心です。
 海で思い出しましたが、昨今世界中で問題になっているのがプラスチックごみの問題です。特にマイクロプラスチックごみは外洋まで達しており、海洋生物に多大な影響を与えています。ニュースでよく引用される動画がウミガメの鼻に刺さったストローを取り出す場面です。ウミガメが痛さのあまり涙をこぼす画面が世界に衝撃を与え、特にアメリカではプラスチック製ストロー全廃に向けて大きな一歩に繋がる要因となりました。このプラスチックごみの影響に関して東京大学は次のようなコメントを出しています。
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 海の生き物に必要な栄養は、まず、海の表層にいる植物プランクトンが、太陽の光を受けて光合成で作りだします。それを小さな動物プランクトンがえさにして、さらに魚などが、その動物プランクトンを食べます。
この動物プランクトンが、植物プランクトンと間違えてマイクロプラスチックを食べてしまっていることが、最近の研究でわかりました。この動物プランクトンを魚が食べ、その魚をさらにサメやクジラのような大型の生き物が食べることで、海の生き物全体にマイクロプラスチック汚染が広がっていくる可能性があります。また、動物プランクトンが栄養のないマイクロプラスチックを食べて満腹になれば、発育不足になって生態系のバランスがくずれるかもしれません。
 プラスチックにかぎらず、物体の表面にはさまざまな物質が付着しやすいので、マイクロプラスチックが生き物の体内に入れば、それと同時に、表面についた有害な物質が取り込まれる可能性もあります。プラスチックそのものに有害な物質が添加されていることもあります。
実際に、魚や貝、水鳥などの体内から、プラスチックや、そこから溶けだしたとみられる有害物質がみつかっています。
 プラスチックのごみは、海流や波、風によって世界の海に広がっていきます。その実態調査には費用も人手もかかるので、全体像を正確に把握できるところまではいっていません。
とくにマイクロプラスチックについては、海面で確認される量が予想より少なく、どこかに行ってしまっているのを見逃しているという見方もでています。相当な量のマイクロプラスチックが、すでに海のどこかにたまっているのかもしれません。
(東京大学海洋アライアンス)https://www.oa.u-tokyo.ac.jp/learnocean/news/0003.html
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 プラスチックは私たちの現代生活にとり必要不可欠なものですが、私たちが気づかないところで様々な悪影響を与えています。それが回り回って人間の生活に悪影響を与えることになります。プラスチックを材料にしたPETボトルは環境ホルモンの一因になっており、私たちの日常生活に忍び寄ってきます。文明の利器を利用する際には将来の影響を考えるだけでなく、地球の生物に与えうる潜在的な可能性にも目を向ける必要性があります。

2018年10月14日

#200 この秋に

 今日は体育の日で、3連休の最終日になります。連休初日は台風25号の影響で九州地方は日中暴風や強風が吹き荒れた天気でしたが、昨日は秋らしい爽やかな一日でした。所用で福岡に行きましたが、電車の車窓から見える田園風景は稲が黄金色に輝いており、稲刈りが進んでいる田圃もありました。空気もかなり乾燥しており、背振山地や久留米の高良山は細かな山肌まできれいに見えるほど空気が透き通っており、秋らしい一日でした。また今日は昨日と同じように晴天の一日ですが、やや湿度が高くて蒸し暑く、室温も29度まで上がり、一転晩夏に戻ったような空気感があります。
 さて、このブログも今回で200回を迎えました。開塾と同時に始めたブログですが、週1回のペースでのんびりと書き続けていますので、不特定少数(笑)?向けに4年近く続けたことになります。この間読んでいただいた方々も累計で6000人を超えました。心より感謝申し上げます。学習塾ニコラが続く限り、このつたないブログ「ひつじの独り言」も続きます。
 ところで、秋と言えば「読書の秋」「食欲の秋」など様々な秋がありますが、皆さんの秋はどのような秋でしょうか。人生もよく四季に例えられます。人生のそれぞれの時期を「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」と表現しますが、秋は「白秋」となります。柳川育ちの北原白秋の「白秋」です。ここで余談ですが、北原白秋の生い立ちをウィキペディアより引用します。
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【北原白秋】
1885年(明治18年)1月25日、熊本県玉名郡関外目村(現・南関町)に生まれ、まもなく福岡県山門郡沖端村(現・柳川市)にある家に帰る。父・長太郎、母・シケ。北原家は江戸時代以来栄えた商家(油屋また古問屋と号し、海産物問屋であった)で、当時は主に酒造を業としていた。1887年(明治20年)、弟・鉄雄が生まれる。またこの年、白秋に大きな影響を与えた乳母・シカがチフスで逝去する。
1891年(明治24年)、矢留尋常小学校入学。1897年(明治30年)、柳河高等小学校より県立伝習館中学(現・福岡県立伝習館高等学校)に進むも、1899年(明治32年)には成績下落のため落第。この頃より詩歌に熱中し、雑誌『文庫』『明星』などを濫読する。ことに明星派に傾倒したとされている。1901年(明治34年)、大火によって北原家の酒蔵が全焼し、以降家産が傾き始める。白秋自身は依然文学に熱中し、同人雑誌に詩文を掲載。この年、初めて「白秋」の号を用いる。1904年(明治37年)、長詩『林下の黙想』が河井醉茗の称揚するところとなり、『文庫』四月号に掲載。感激した白秋は父に無断で中学を退学し、早稲田大学英文科予科に入学。上京後、同郷の好によって若山牧水と親しく交わるようになる。この頃、号を「射水(しゃすい)」と称し、同じく友人の中林蘇水・牧水と共に「早稲田の三水」と呼ばれた。1905年(明治38年)には『全都覚醒賦』が「早稲田学報」懸賞一等に入選し、いち早く新進詩人として注目されるようになる。この頃、少年時代南関の家で本を読み、白秋に本の大切さを教えた叔父が亡くなる。
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北原白秋は多くの童謡の詩も残しています。例えば「雨降り」「ゆりかごのうた」「砂山」「からたちの花」「この道」「ペチカ」「あわて床屋」「待ちぼうけ」「城ヶ島の雨」など今でも多くの人が口ずさむ童謡がたくさんあります。柳川は観光地として多くの外国人が来ていますが、私の母の故郷ですので、私が幼い頃には毎年柳川を訪れていました。ここ数十年は母の故郷を訪問することもありませんが、いつか暇を見つけて遠い昔に母と歩いた田舎道をこの秋に歩いてみようと思っています。

2018年10月08日

#199 グラミン銀行が日本へやって来る!

 前回の台風21号よりもさらに強い台風24号が現在沖縄を通過しています。明日(9/30)は九州から近畿地方まで西日本は台風の影響が終日続きます。前回の台風は関西空港を始めとする多くの重要な施設が大きな被害を受けましたが、今回も大きな被害が想定されますので、台風の進路に当たる方々は充分ご注意願います。
 さてグラミン銀行という言葉を初めて聞かれた方が多いのではないかと思います。私自身も2、3年前に英検の問題集で初めてグラミン銀行のことを知りました。御存じない方々へブリタニカ国際大百科事典より引用します。(https://kotobank.jp/word/グラミン銀行)

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【グラミン銀行】
 バングラデシュの特殊銀行。貧しい人々を対象に無担保で少額融資(マイクロクレジット)を行う銀行で、その創設者ユヌス博士とともに2006年のノーベル平和賞を受賞した。
 グラミン銀行誕生のきっかけは、ユヌスが体験した1974年のバングラデシュの大飢饉(ききん)であった。当時、チッタゴン大学の経済学部長であったユヌスは、貧困のために飢えて死んでいく人々を救う方法を模索し、考え出したのが少額融資による貧困撲滅計画「グラミン・バンク・プロジェクト」であった。少額融資事業を始めたのは1976年からであるが、1983年に特殊銀行として正式に発足、ユヌスはその総裁に就任した。なおグラミンとはベンガル語で「村の」という意味である。
 銀行の株は政府が60%、残り40%をメンバー(1人1株)が保有する。銀行の特徴としては、融資の対象が貧しい人に限定されていることである。さらに融資を受ける人は5人のグループを形成し、担保を必要としないかわりに、返済については連帯責任となる。また毎週集会が開かれ、それへの参加も義務づけられている。グラミン銀行は、融資するだけでなく、この集会を通じて、識字教育、保健衛生の普及、家族計画、職業訓練などのプログラムを実行している。バングラデシュの農村部における識字率は1997年現在で男性44.5%、女性35.3%にすぎず、グラミン銀行の活動は教育の普及、生活向上にも役だっている。イスラム教の盛んなバングラデシュでは、女性の地位が低い。とくに女性が就職や財産管理などの経済活動を行うことを嫌う傾向がある。そのため、グラミン銀行から融資を受ける人は、自分で自由になる金銭を求める女性が圧倒的に多く、2006年ではメンバーの95%が女性で占められ、勤勉な女性が経済的に自立できる例が多くみられている。一方、グラミン銀行に対して、年20%という高金利、相互監視のようなグループ連帯保証などに対し批判の声もある。しかしグラミン銀行で成功したマイクロクレジットは、開発途上国はもとより、先進国にも広がりをみせている。2006年10月現在、メンバー数は667万7000人、累積融資額は57億7000万ドルであり、融資の返済率は99%に達している。
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 この銀行が今秋日本で活動する記事が先日ネットに掲載されました。この銀行は貧しい人にお金を貸すのではなく、貧しい人たちの起業を通して援助し、教育活動も行う団体で、上記の記事のようにバングラデシュで成功を収めています。グラミン日本のHP(https://grameen.jp/about/)から引用しますと、

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 先進国と呼ばれる日本。しかしながら、格差は徐々に拡大し、今では国民の6人に1人が貧困ライン以下での生活を余儀なくされています(*)。現代の日本では、貧困は失職、病気、ケガ、事故、配偶者との離別・死別などによってほとんどの人に起こり得る、明日は我が身の問題になっています。
グラミン日本は、貧困や生活困窮の状態にある方々に低利・無担保で少額の融資を行い、こうした方々が起業や就労によって貧困や生活困窮から脱却し自立するのを支援するマイクロファイナンス機関です。これまでの金融ではカバーされなかった人たち、たとえば働く意欲はあっても今は生活が苦しいシングルマザーやワーキングプアの人たちに、生活資金ではなく、「起業や就労の準備のためのお金」を融資します。
私たちは、働く場所があるということが真の意味で人を貧しさから救う、そして融資資金はそのための種(シード)になると考えています。
グラミン日本は、開発途上国のみならず、欧米先進国でも貧困削減に効果(**)を上げているグラミン銀行の日本版です。日本の実態にあった方法で運営します。
貧困のない、誰もが活き活きと生きられる社会をつくりたい、それが私たちの想いです。
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 確かに生活保護のような生活資金を与えるだけでは生活保護者に働く機会を与えることにはならず、貧困の解消には繋がりません。意欲のある貧困の人達が集まって起業することにより生産性が高まり、それから生じる利益により貧困から抜け出すことができます。ただし、これまでは起業する資金が借りられなかったことが現状でした。グラミン銀行は貧しい人たちの起業を支援する目的で創設されました。一人では何もできませんが、数名集まれば知恵や技術も集まり、そこから起業することも可能です。日本の銀行では資金援助をしない場合でも、グラミン銀行は支援してくれます。日本社会でグラミン銀行が根付くことが今後の課題ですが、貧困にあえぐ人たちが自立するためには必要不可欠な銀行です。これからグラミン銀行に注視していく必要があります。

2018年09月29日

#198 アルツハイマー病は脳の糖尿病だった!?

 今日は秋分の日です。昼間と夜の時間が同じで、明日からは夜の時間が長くなっていきます。また本日はお彼岸の中日でもあり、多くの人が墓参に出かけていくことでしょう。日本以外でお彼岸の習慣があるかどうか分かりませんが、春と秋の彼岸に墓参するのは祖先を敬う意味でも日本の素晴らしい伝統だと思います。
 さて9月21日は「世界アルツハイマーデイ」でした。世界中でアルツハイマー病に罹る人が急速に増えています。本日のブログのテーマである「アルツハイマー病は脳の糖尿病だった」は以前私が読んだ本(『アルツハイマー病は「脳の糖尿病」 2つの「国民病」を結ぶ驚きのメカニズム (ブルーバックス)』)の感想ですが、それ以降の情報が今週の「週刊新潮」で特集記事が掲載されていましたので、ここに取り上げてみます。
 私は専門家ではありませんので、詳細に説明することができませんが、2025年には患者数が国内で700万人を超えると言われている認知症のうち8割がアルツハイマーと言われています。この病気には現在根本的な治療法がありません。換言すれば病気の進行を止める薬や治療法がないのが現状です。現在行われている研究で分かっていることは脳内のたんぱく質であるアミロイドβが溜まることによりアルツハイマー病が引き起こされるということです。
 ところが最近の研究で”アルツハイマーは脳の糖尿病ではないか”、という仮説が出ており、それを元に様々な研究が現在行われています。この説によると、糖尿病患者にアルツハイマーを患う割合が多く、糖尿病と深い関係のあるインスリンがアルツハイマーの発症と深く関わっていることが判明したそうです。「新潮」の記事を引用しますと、
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「健康な状態では、すい臓で作られたインスリンは血液脳関門という、脳にある”関所”を通過して脳で作用する。ところが、インスリン抵抗性の状態(体がすい臓から分泌しているホルモンのインスリンが、標的とする細胞(筋肉や脂肪)に十分作用しないこと)だと、インスリンは血液脳関門を超えられず、脳まで届かない。インスリンは記憶を司る海馬などにブドウ糖を取り込む働きがありますが、インスリンが届かなければそれが出来ず、記憶力が低下する。また、脳の神経伝達物質であるアセチルコリンはブドウ糖で作られるために、インスリンが脳で上手く作用しないと、アセチルコリンの機能低下にも繋がるのです。」
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 人が長生きすことは素晴らしいことですが、人がより長生きすることで以前は発症しなかった老化に関連する様々な病気が発症するようになります。アルツハイマー病も「恍惚の人」や「老人ボケ」などと呼ばれた時代もありましたが、現代では国民病と呼ばれるくらいに事態は深刻化しています。私事ですが、先日若年性アルツハイマー病で私の友人の一人が亡くなりました。
 この病気は誰にでも発症する可能性があり、他人事とは思えません。この病気は患者本人が気づかないままに、発病する20ほど年前に脳内にアミロイドβの沈着が始まるそうで、年を取れば誰にも罹患する可能性があります。アルツハイマー病を始め、根本的な治療法のない病気に対する研究が進み、少しでも病気に悩む人たちへの福音となるように医学研究の進展を望みたいものです。

2018年09月23日

#197 もう一つの時代の終わり

 今日は敬老の日ですが、今朝のテレビ各局のワイドショーで昨日紹介しました安室奈美恵さんのラストライブの特集と樹木希林さんの訃報を報じていました。樹木希林さんは昭和から平成を代表する女優さんで、テレビの「時間ですよ」や、「寺内貫太郎一家」に出演して、特に「寺内」ではおばあちゃん役が大評判で、西城秀樹さんと息の合った配役はお茶の間を毎回沸かせていました。また偉大な女優さんが逝ってしまいました。ご冥福をお祈り申し上げます。
 さて安室奈美恵さんは今年デビュー25周年で引退したわけですが、もう一人今年デビュー50周年を迎えた歌手がいます。マスコミはほとんど取り上げませんでしたが、この人物もおそらく日本の歌曲史上に名を遺すことでしょう。その名は岡林信康です。知る人ぞ知る「フォークの神様」と言われている人です。1968年に「山谷ブルース」でデビューした彼は自作自演の弾き語りスタイルで脚光を浴び、その後はっぴいえんどとロックに挑み、都会から離れた山村での生活を通して生まれた演歌風作品は美空ひばりとの交流につながりました。以降も歌謡ポップス、テクノポップスと演奏スタイル変えていき、現在は日本伝統の民謡のリズムを取り入れたエンヤトットを中心に活動しています。彼の作った歌は決して万人向けの楽曲ではありませんが、彼の主張する生き方や考え方には共感する熱狂的なファンがたくさんいます。多くのミュージシャンが彼を尊敬しています。
 私は中学1年生で彼の歌に出会いましたが、その衝撃は今でも忘れません。それ以来45年ほど彼の「追っかけ」をしています。彼との出会いがなければ音楽を趣味にしていないでしょう。彼は今年72歳になり、本人は明言していませんが、年齢的に現在行われている全国ツアーが最後の活動になるかもしれません。先週の木曜日と金曜日にコンサートが福岡で行われ、私は金曜日のコンサートに出かけました。コンサート会場は普段と違い、70歳前後の老人?が多く集まって、老人会のような雰囲気でした(笑)。彼の容貌はさすがに72歳の年齢は隠せず、歌の大半椅子に座って歌っていましたが、その歌声は若い時と大差なく、伸びのある声が印象的でした。2時間を超すコンサートでしたが、最後まで気力溢れる姿を目にすることができました。もしこれで彼が引退すれば、「フォークソングの一つの時代」が終わります。
 彼の歌の魅力は実生活から生まれた歌詞と旋律豊かな曲のみごとな調和です。そして彼の歌の一番の魅力は歌詞の奥深さです。

♪自由への長い旅
 いつの間にか私が私でないような
 枯れ葉が風に舞うように小舟が漂うように
 私がもう一度私になるために
 育ててくれた世界に別れを告げて旅立つ
 信じたいために疑い続ける
 自由への長い旅を一人
 自由への長い旅を今日も

 この道がどこを通るのか知らない
 知っているのは辿り着く所がある事だけ
 そこが何処になるのかそこで何があるのか
 分からないまま一人で別れを告げて旅立つ
 信じたいために疑い続ける
 自由への長い旅を一人
 自由への長い旅を今日も

 この歌は彼自身が永遠の新曲だと言っていますが、人生を旅に例え、旅人として日々生きていくことを示唆しています。また彼の楽曲で一番好きな歌詞が「山辺に向かいて」です。達観した人生観を表わしています。


♪山辺に向かいて
 緑に濡れている山 赤く燃えてる山
 白い眠りにつく山 いろんな色に
 姿を変えて生命は巡る 街から遠く 
 そんな風に見えた

 山の雪は川に落ち 川は海に注ぐ
 水はいつか空の雲 流れるように
 姿を変えて生命は巡る 街から遠く 
 そんな風に見えた

 無理やり冬を生きてた そんな気持ちがした
 何かをひとつの色に 閉じこめていた
 巡る生命の音が聞こえる そいつに乗れば 
 素敵なことだろう

 いろんな顔を見せてよ まだ見ぬ俺の
 たやすく決めつけないさ 自分のことを
 巡る生命の音が聞こえる そいつに乗れば 
 素敵なことだろう 

 緑に濡れている山 赤く燃えてる山
 白い眠りにつく山 いろんな色に
 姿を変えて生命は巡る 街から遠く
 そんな風に見えた

 Youtube等で上記の歌を一度お聴きください。岡林信康の生きざまが歌の端々ににじみ出ています。彼の魅力の一端に触れることができるでしょう。今年72歳になった岡林信康ですが、50年歌い続けることは並大抵のことではありません。様々な音楽ジャンルを通して自分の音楽スタイルを絶えず追求してきた岡林信康。いつまでも現役で歌い続けて欲しいと思っています。

2018年09月17日

#196 一つの時代の終わり

 昨日は多くのテレビ局で安室奈美恵さんのラストライブのニュースを報道していました。彼女は1990年代から現在まで日本の音楽界をリードしてきた一人です。昨日の具体的なライブの内容は報道管制が敷かれていますので、明日にならないと詳細は分からないそうですが、90年代の音楽界だけでなく流行や彼女の言動など様々な影響をこの国にもたらした人物です。彼女のファンのことを「アムラー」という言葉で表現したこともあります。この言葉が流行った当時、私はオーストラリアにいましたので、この言葉を初めて聞いたときに新しい携帯電話(セルラー・フォン)が発売されたものと思っていました(笑)。現代はすべてネットで情報が入手できますが、1995年当時はウィンドウズ95が発売された時代で、インターネットを通して今ほど情報が簡単に手に入る時代ではありませんでした。特に芸能記事はそれほどネットで拡散されていない時代でしたので、キンキ・キッズという言葉も関西地方に住む子どものことかと思っていたほどです。この言葉の意味を後で聞いて赤面しました(笑)。「歌は世につれ世は歌につれ」とよく言われますが、確かにそれぞれの世代にはそれぞれのアイドルやスターがいて、彼らとともに一緒に過ごした時代を共有します。その人物の引退とともに一つの時代が終わったと感じます。安室さんはその最たるものではないでしょうか。特に30代から40代の人にとって彼女の引退は感慨深いものがあるでしょう。
 もうひとつ昭和から平成の時代の終わりを示すニュースが先日ありました。それは毎年福岡市の大濠公園で開催されていた「西日本大濠花火大会」が今年で終了したことです。今年の花火大会の開催日には大会終了の件について全く報道されていませんでしたが、先日の主催者である西日本新聞紙上で、花火大会終了のあいさつが掲載されましたので、それを引用します。(https://www.nishinippon.co.jp/nlp/event/hanabi/)

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「西日本大濠花火大会」終了のごあいさつ 
 福岡の夏の風物詩として親しまれる弊社主催の「西日本大濠花火大会」は、今年も8月1日夜に行い、多くの市民の皆さまに夜空を飾る大輪の花をお楽しみいただくことができました。誠にありがとうございました。
 戦後まもなく福岡市中央区の福岡県営大濠公園を会場に始めた当大会は、数度の中断・休止を経て今回で56回を数えました。
 半世紀を超す歴史を刻む間に、福岡市は飛躍的な発展を遂げ、大濠公園を取り巻く環境も激変しました。観覧者の増加や急速な周辺開発に伴って、安全な大会運営は大きな曲がり角に来ています。数年来、主催者として観覧者ならびに周辺の安全確保の議論を重ねてまいりましたが、「2019年以降は実施が難しい」と判断するに至りました。楽しみにされる方が多数おられることは重々承知しておりますが、安全確保の観点から断腸の思いで、ここに大会の終了をお知らせいたします。
 長年にわたり、大会運営にご協力・ご支援いただいた関係者、大会を愛してくださった皆さまに心より感謝を申し上げます。
 「西日本大濠花火大会」は1949年、戦没者の鎮魂と戦後復興を目的に始まりました。まだ戦争が色濃く影を落としていた時期です。翌50年の大会開催を報じる西日本新聞紙面は、緊迫する朝鮮戦争の状況も掲載しています。大会は文字通り、平和と豊かな暮らしを希求する戦後日本とともに歩んできました。
 67~78年の間、大会は中断しましたが、福岡市制90年・大濠公園開園50年の79年に復活して以降、大濠公園改修工事(88年)の年を除く毎年開催し、福岡の夏に欠かせない行事として定着しました。多くの方々に愛され、楽しんでいただく大会を主催できたことは、私たちの喜びであり、誇りでもありました。
 大会運営は順調な年ばかりではありませんでした。台風接近でやむなく順延した年もありました。天候不順のため、朝から夕方まで開催の有無を尋ねる電話が鳴りやまなかった年もありました。上空の風が強くて花火の形が乱れた年、逆に無風で花火が煙に包まれた年もありました。花火の燃えさしが近隣の施設や住宅に飛散し、きついお叱りを受けたこともあります。毎回課題に悩みながらも、大会を待ち望んでくださる皆さまを思う一心で改善を図り、これまでやり通してまいりました。
 市街地の大濠公園で催す大会は、国内で他に例のない「全方向から観覧できる都市の花火大会」でもあります。福岡市の成長や交通網の整備も相まって、会場および周辺に集まる観覧者数は毎年40万人を優に超える規模に膨れ上がりました。一人でも多くの皆さまが観覧できるようにと願い、安全対策に努める福岡県警察や福岡市消防局の指導を仰ぎながら細心の注意を払って大会運営に携わってきました。
 それでも、主催者として「安全・安心」の確保に限界もあります。今年は過去最多の警備員、誘導員を投入して場内整理を行いました。出入り口の特設監視カメラも駆使し、危険回避に努めました。混雑具合に応じて細かく入場規制も実施しました。しかし一歩間違えば雑踏事故につながりかねない観覧者の滞留が、随所で発生しました。
 規制に反して入場しようとする方、出入り口以外から会場に侵入を試み、負傷して病院に搬送された方もいました。園児や児童が大切に育てていたヒマワリ花壇が観覧者に踏み荒らされるという痛恨の出来事は、会場の収容人員をはるかに超える観覧希望者が殺到している現状の一端だったとも言えます。周辺道路に人があふれ、多数の座り込み観覧が生じていることもパトカーや消防車の緊急出動を妨げかねず、街の安全を脅かしています。
 今夏の猛暑も混雑に拍車をかけました。多くの観覧者が開始時刻の午後8時の直前まで公園外で待機し、開始と同時に一気に入場する現象が起きました。誘導員が整理に努めましたが、一時は制御能力を超え、身の危険を覚えるほどの事態に陥ったことも事実です。
 幸いにもこれまで、福岡県警察、福岡市消防局、同市交通局をはじめとする運営関係者の努力、観覧者の協力を得て大事故もなく大会を続けることができました。私たちも「何としても大会を維持したい」と、踏ん張ってまいりました。しかし、昨今の現場の混雑ぶりや事故を懸念する数々の指摘、安全対策の限界といった事情を考え合わせると、これ以上の継続は難しいと結論づけざるを得ませんでした。
 「西日本大濠花火大会」を愛し、支えてくださった皆さまありがとうございました。皆さまの思いを重く受け止め、私たちはこれからも街ににぎわいをもたらす催しに取り組んでまいります。変わらぬご支援をよろしくお願いいたします。
西日本新聞社 代表取締役社長
柴田 建哉
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 福岡市民や毎年花火大会を楽しみにしていた多くの人々にとって晴天の霹靂だったことでしょう。いつまでも続けてもらいたい夏の風物詩でした。しかし上記の「終了あいさつ」にありますように、来場者数が限度を超えており、また観客のマナーの悪さや風紀を乱すことを懸念した主催者側の憂慮も充分理解できます。それほどまでに福岡市が大きくなりすぎたと言えるのではないでしょうか。3年前までおよそ40年ほど暮らした福岡市ですが、人口が増えるにつれて福岡の古き良き時代が消えてしまい、大都会にありがちな慌ただしい街へと変化したように思います。そこには博多人の粋な生活はなく、雑多なせわしい日常が存在するのみです。時代が変化するにつれて、良くも悪くも様々なものが変わっていきます。安室奈美恵引退と西日本大濠花火大会終了はその象徴のように思えます。

2018年09月16日

#195 真の意味?

 昨日と本日は秋雨前線の影響で最高気温が25度を下回り、先週の真夏のような天気とは真逆にすっかり秋らしい天気となっています。このまま本当の秋になってもらいたいのですが、まだまだ残暑が続く予報が出ています。また先日の台風21号や北海道の地震で亡くなられた方々に心より哀悼の意を表しますとともに、被災された方々にお見舞いを申し上げます。また日本に近づく台風22号の今後の動きにも注視したいと思います。
 さて日本が中国から漢字を取り入れて2000年近い時間が経ちます。その間に日本でも様々な漢字が作られています。例えば「峠」は日本人が発明した漢字です。このように日本社会では漢字を使用しないでは生活できないほどに漢字の存在が日常生活の奥深く入り込んでいます。また日本人が使う文字も多種多彩で、漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字など日本語学習に取り組んでいる外国人を悩ませています。私たち

”ネイティブ日本人”も日本語の表記には困惑することが多々ありますので、外国人にとっては確かに不可解な言語と思われるでしょう。
 ところで、私たちが頻繁に使用している漢字の中に「真」があります。「しん」や「まこと」と読みますが、元来どのような意味なのかご存知でしょうか。この「真」を明確に説明しているサイトを偶然見つけましたので、ここに引用します。(https://www.epochtimes.jp/2018/09/36014.html)

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 日本人の名前にも「真」の字は男女問わず多く使われており、とても身近に感じる漢字ですが、古代にこの漢字に込められた本当の意味とは何でしょうか。生まれたばかりの赤ちゃんの命名にお悩み中のお父さん、お母さん、気になる異性の名前の意味をひも解きたいお年頃のみなさん、ぜひご参考ください。
今回は第一回目なので、古代の漢字の成り立ちからご紹介します。
【漢字の成り立ち】
 黄帝(こうてい)が治世した時(紀元前2500年ごろ)蒼頡(そうけつ)という史官がいた。彼は、古代から伝わる縄を結んで事を記述する方法で、史実を記した。しかし、時間が経つと、結び目を付けた縄がたまり、何を記録しているのか分からなくなるという問題があった。ある日、彼が狩りに出かけると、三叉路で同行の年寄りたちが言い争いを始めた。ある老人は、その先にカモシカがいるから東へ行こうと言い、もう一人の老人は、その先遠くないところに鹿の群がいるから北へ行くと言う。更に別の老人は西へ行くべきで、その先に2頭のトラがいるからと言い張った。
 蒼頡がそれぞれに根拠を尋ねてみると、皆は地面に残っている野獣の足跡を見て判断したのだと言う。その時、彼は一瞬ひらめいて喜んだ。「一種類の足跡が一種類の野獣を表すことができるのならば、私も符号を使って記録したいものを表現できるではないか」。彼はすぐに走って家に戻り、物事を記述する符号の作成に取り掛かった。人に邪魔されないように、彼は閉じ籠って一心に様々な符号を作り始め、それらを「字」と名付けた。
 最初に造った字は、すべて事物の形態を真似て描いたものだった。例えば「日」は丸い太陽を真似て描いたもので、「月」は夕月の形をなぞったものであり、「人」は人間の側面を、「爪」は鳥獣の爪の形を観察して描いた。彼はこのように細かく万事万物を観察し、大変な苦労を経て様々な字を造り上げた。黄帝はこれを知って大いに蒼頡を賞賛し、各部落に行ってこれらの符号の使い方を教えるよう命じた。こうして、彼が造った字は広く使われるようになった。

【漢字の意味を説明する書「説文解字」】
 中国の漢の時代の許慎(きょしん)が、漢字の成り立ちやその本義を部首ごとにまとめた書を「説文解字(せつもんかいじ)」という。第一回「毎週一字」でご紹介する漢字「真」について、「説文解字」には以下のように書かれている。
 真,漢代許慎《說文解字》曰:仙人變形而登天也,此乃真之本義。
さて、中国語が分かる人も分からない人も、古代に「真」に込められた本当の意味を悟ることができますか。
【「真」の意味】
 漢字の「真」は、上部の「十」と、真中の「目」という文字から成る。「十」は、仏教でいうところの「十方世界(宇宙には十次元、またはそれ以上の異なる次元が存在するという考え方)」を意味し、その下に「目」があることから、全ての次元を見通す「佛の目」を表す。古代中国では、神や佛、仙人などの人間より高い次元に住む生命のみが、真実を見通す力があると信じられていた。彼らは肉体を持たず、自由自在であり、何によっても束縛されないからである。一方、人間は己の主観思想に限定され、人間の肉体が知覚する感覚によって、気分も考えも翻弄されてしまう。
 「真」はまた、中国古代から伝わる道教で非常に重んじられている。道教では、教えに従って修練を積み、「真」を求め、「真人」になることを目指す。真人は、どのような概念、観念、感覚からも解放され、自由自在である。真人の心は完全に「無」であり、だからこそこの世のいかなる要素からも束縛されないのである。
「真」と対象的なのが中国語の「假(うそ)」や日本でもお馴染みの「偽」である。この二つの文字に共通するのは人偏である。嘘、偽りなどは、人間の心から生まれると古代から信じられてきたからである。
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 私たちが何気なく使用している感じですが、「真」の文字だけでもこのような深い意味が込められているのですね。漢字の持つ奥深さを改めて感じますとともに、漢字を生み出した古代中国に敬意を表します。NHKの人気番組「日本人のおなまえっ!」に変った名前が出てきますが、皆さんのお名前にどのような漢字が使われており、それがどのような意味を持っているのか調べると面白い発見があるかもしれません。

2018年09月09日

#194 ブルータス、お前もか

 9月に入り、暦の上では秋になりましたが、まだまだ残暑の厳しい日々が続いています。学校はすでに2学期が始まりましたが、日中の暑さは収まらず、エアコンの設置がない学校では子ども達の健康が心配されます。また私たちの夏バテ解消も涼しい季節を迎えるまで、もう少し時間がかかることでしょう。
 さて、ほほえましいニュースをお伝えしたいところですが、スポーツ界でまた不祥事が発生しました。今度は体操界の不祥事です。記憶に残る不祥事だけでも、レスリングの伊調選手へのパワハラ、日大のアメフト問題、アマチュアボクシング界の試合での不正判定、アジア大会でのバスケットボール選手の買春問題、そて今回の体操界における暴力行為だけでなく、塚原夫妻によるパワハラ疑惑など次々にスポーツ界の不祥事が暴露されています。以前では隠蔽されていたものがSNSなどの発達で世の中にすぐに拡散される時代です。また不祥事に対する人の意識がは変わってきたことも不祥事は発覚一因となるのでしょう。
 スポーツの本来の目的は身体と精神を鍛え、スポーツを通じて人格を向上させることだと思います。確かにスポーツには勝負事の一面があり、アスリート達は勝利に向かって自分自身を鍛え、他者に勝利するために全てを犠牲にして日々猛練習を行います。その中で一握りの選手が栄冠を手にすることができます。特にオリンピックや世界大会で活躍するレベルでは、3,4歳の幼い頃から専門のスポーツに接することが必要となります。幼い頃からの不断の努力の結果、栄冠を手にしたアスリートに対して惜しみない称賛が与えられます。スポーツの持つ素晴らしい一面です。
 しかし現在発生している様々な不祥事はスポーツ界だけでなく、権力を持つ者の持つマイナスの面が現れている気がします。民間レベルでも、国家レベルでも、権力の座に就いた者は自分の言動に絶えず注意して行動しないと、周囲を恐怖と混乱に陥れます。その結果、民間レベルでは企業内で不正が横行し、業績が傾いたり最悪の場合は倒産したりします。大塚家具やヤマト運輸がこの例に当てはまります。国家レベルでは昨今の文科省や財務省の官僚たちが隠蔽行為がそれを端的に示しています
 権力の座に就いた当初は気も引き締まり、様々な課題に誠実に取り組み、実績を残しますが、権力の座に長く留まりますと気が緩み、様々な不正が横行するものです。今回の体操界の不祥事を知り、「ブルータス、お前もか」という気持ちになりました。不義、不正が横行する世の中ですが、せめて努力した選手が正当に報われるスポーツ界であってほしいと思います。

2018年09月02日

#193 さくらももこさん逝く

 昨日「ちびまるこ」の作家であるさくらももこさん死去のニュースが伝えられ、多くの「ちびまるこ」ファンが涙を流しました。さくらももこさんは8月15日午後8時29分、乳がんのため死去されました。心よりお悔やみ申し上げます。このニュースは国内だけでなく、海外でもさくらももこさん訃報のニュースが一斉に伝えられました。いかに「ちびまる子」が国境を越えて、アジア諸国に人気を博した証左となるものです。以下は時事通信のニュースからの引用です。(https://www.jiji.com/jc/article?k=2018082800515&g=
soc&utm_source=top&utm_medium=topics&utm_campaign=edit)
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 1990年代半ばからアニメ「ちびまる子ちゃん」が放映され、絶大な人気を誇った台湾では、主要紙が「美しい子供時代をありがとう」(リンゴ日報)とこぞってさくらももこさんの訃報を伝えた。自由時報は28日、ちびまる子ちゃんの実写ドラマで花輪クンを演じたタレント、汪東城さんの「先生(さくらさん)の全てに感謝している。先生の作品を読むととても幸せな気持ちになれた」と語る追悼の言葉を紹介した。
 韓国の聯合ニュースは「韓国でもアニメが放送され、人気を博した『ちびまる子ちゃん』(韓国放映タイトル「まるこは9歳」)の作者が53歳で他界した」と報道。中央日報(電子版)は、「ちびまる子ちゃんが人気を得たのは、日本人にとって多くの意味を持つ昭和時代の日常を伝えたからだ」と解説した。
 香港各紙も大きく取り上げた。星島日報は「まる子の永遠の笑顔を残して逝く」と題して詳報。現地で放送されたアニメの主題歌を歌った女性歌手の欧倩怡さんは「子供の頃から大好きだった。キャラクターも個性的だった」と振り返り、早過ぎる死を悼んだ。
 シンガポールの中国語紙・聯合早報もさくらさんの死去を伝えた。
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 「ちびまるこ」の主題歌、「おどるポンポコリン」はさくらももこさん自身の作詞で、売上100万枚を記録したヒット曲でもあります。「サザエさん」は昭和初期から中期の時代を反映した漫画ですが、「ちびまる子」の舞台設定は作家の子ども時代の体験を描いた昭和時代の後半から平成始めです。私と同世代の人達にとって、「ちびまる子」を観ていますと、番組内で流される懐かしい歌とともに子ども時代に体験した場面がいたるところに出てきます。次の日曜日の「ちびまる子」は、さくらももこさんを偲び、番組を変更して放送するそうです。世代を超えて家族一緒に楽しめる番組は数少なく、「ちびまる子」はその中の1つです。「サザエさん」のように、作者が逝った後でも、いつまでも続いてもらいたい番組です。故さくらももこさんと、ちびまる子に感謝、感謝です!

2018年08月28日

#192 「ボット」してるんじゃねーよ!

 今日は8月最後の日曜日です。1週間過ぎると9月になります。時の流れは早いもので、今年も3分の2が過ぎ去ったことになりますが、この厳しい残暑の中では残りの日々を数える気にもなりません。とにかく暑い8月でした。猛暑のために日中は何もする気になれず、熱帯地域、亜熱帯地域の人々が木陰で昼間長く休憩する気持ちがよく分かりました。
 さて、NHKで今世代を超えて人気が出ている番組が「チコちゃんにしかられる」です。5歳の女の子が番組のクイズ解答者たちに質問しますが、答えられないと、「ボーっと生きてんじゃねぇよ!」と顔を真っ赤にして叱るチコちゃんを見ていて、思わず笑いが出てきます。たくさんクイズ番組が放送されている中で、異色の面白い番組です。
 「チコちゃんに叱られる!」は見ていて笑いが出る楽しい番組ですが、先日とんでもないニュースが飛び込んできました。本日のブログタイトルの「ボット」の件です。ご存知のない方にNHKのニュース記事より引用します。
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『チケット注文の9割は「ボット」から 買い占め狙いか』
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180824/k10011592101000.html)
 コンサートなどのチケットをめぐり、大手販売サイトでは、注文しようとする通信の9割が「ボット」と呼ばれる自動プログラムによるものだったことがわかりました。チケットの転売が問題となっている中、何者かがチケットを買い占めようと「ボット」を操っているとみて警戒を強めています。
 チケット販売サイト大手のイープラスは、アメリカの大手IT企業、アカマイ・テクノロジーズと協力して、ことし5月に発売されたコンサートのチケットの注文の記録などを分析しました。
 その結果、発売が開始された午前10時から30分間に寄せられた50万件のアクセスのうち、人手では不可能なスピードで大量の注文が送られていたり、サイト上でマウスが極めて規則的に動いていたりするなど、「ボット」と呼ばれる自動プログラムによるアクセスが45万件と全体の9割を占めていました。
 チケットのネット販売をめぐっては、何者かが「ボット」を使って買い占めるケースが続出しているほか、高額での転売も問題となっています。
 このため、イープラスでは、読みにくい文字を表示して客に入力させるなど人間でないと注文できないよう対策をとっていましたが、最近は「ボット」の性能が上がり、こうした対策を突破できるようになってきているため、不自然な注文を遮断する新たな対策を導入したということです。
 イープラスの小西雅春さんは「チケットを買いたい客のほか、イベントの主催者も被害を被っているため、早急に対策を進めたい」と話しています。
 アカマイ・テクノロジーズの中西一博さんは「新たな対策をとるとボットが突破するという、いたちごっこの状況だ。換金性の高いものを狙ってより高度な技術が使われるようになっており、警戒が必要だ」と話しています。
 「ボット」は「ロボット」の略称で、人間がコンピュータを使って行う処理を自動的に行うプログラムのことを指します。
 手作業で検索を行わなくても、あらかじめ設定した言葉や情報をインターネット上やデータベースから拾い集めるといった機能に加え、ソーシャルメディア上で自動的に投稿したり、会話をしているかのように問いかけに応じたりと、AI=人工知能の発展とともに急速に技術が進んでいます。
 「ボット」はマーケティングや顧客対応を効率的に行えるとして活用されている一方で、チケットの買い占めなど金を目的とした活動に悪用される状況が続いています。
 さらに、うその情報を拡散するといった行為やサイバー攻撃に悪用される懸念も指摘されています。
東京電機大学の佐々木良一特命教授は「金もうけを目的としてボットを悪用する組織は、金を惜しまずより高度で複雑なプログラムを作成し、分業化も進む傾向がある。一方で、ボット対策を厳重にすると利用者が使いにくくなる。利便性とセキュリティーはトレードオフの関係にあり、抜本的な対策が難しくなっている」と指摘しています。
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 最近の人気アーティストのコンサートチケットは本当に入手しにくくなっており、特に昨今はネットによるチケット申し込みが一般化しています。以前はチケット販売所前で2,3時間も並べば良い席が買えましたが、現在は座席がすべてコンピュータ指定になっており、希望の席が入手できない状況です。そのような状況下で「ボット」のようなコンピュータによるチケットの買占めには本当に頭にきます(怒!)
 問題は「誰が買い占めているか」です。チケット十数枚であれば個人の可能性がありますが、数百枚単位では組織的に動いている可能性が高いと思います。以前東京でレアものの商品を代理人を並ばせて買い占める事件がありましたが、類似する事件の香りがします。金儲けのためには何でもする浅ましい姿勢はひんしゅくものです。まさに、「ボット」してるんじゃねーよ!です。

2018年08月26日

#191 七夕と公害(2)

 お盆休みも終わり、多くの人々はまた多忙な日常生活に戻っています。子ども達は夏休みの宿題に追われています。多くの学校では2学期の開始日が最近早くなってきています。エアコンを教室に設置しているために、大牟田地区の中学校では8/27日に2学期が始まります。厳しい残暑が続きますが、夏休みも残り1週間ほどで終わりを迎えます。
 さて、前回のブログの続きになります。
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 光害は経済至上主義社会が生み出したものです。というのは、光害の大きな原因となっているのが原子力発電だからです。
 現在日本の発電事業は、火力、水力、原子力の三つに支えられています。水力発電はダムを造り、落下する水の力でタービンを回し発電しています。火力発電は、石油などエネルギー資源を燃やし、その熱でお湯を沸かし、蒸気の力でタービンを回し発電します。原子力発電も、火力発電と同じようにお湯を沸かしてタービンを回すのですが、決定的に違うのは、原子力発電は生産量をコントロールすることができないという点です。
 原子力発電は、核融合エネルギーを用いるため、状況に合わせ発電量をコントロールすることができません。原子力発電は一度動かし始めてしまうと、電気があまり使われない真夜中でも、昼間と同量の電気を生み出し続けなければならないのです。
 電力会社によって深夜の電気使用量拡大策として考えられたのが、観光地の「ライトアップキャンペーン」でした。歴史的建造物や、橋、高層ビルやタワーが明るい光に照らし出される様子は美しいものですが、それによって夜は確実に明るくなり、人類は満点の星空を失いました。植物そのものに豆電球を飾り付ける電飾も都市などで盛んに行われました。夜のライトアップが植物を死滅に追いやっているにもかかわらず、人々は灯りを消そうとしません。
 それはなぜでしょうか。お金儲けにつながっているからです。観光地はライトアップすることで人を集め、都市ではネオンサインを使って自社製品を宣伝します。二十四時間営業のコンビニエンス・ストアが必要以上に明るいのも、人の購買意欲をそそるためです。
 すべてがただお金を儲けるために行われているのです。私たちはもうそろそろ、お金よりも大切なものがあることに気づかなければなりません。そのためには、私たちがこれからも地球で生き残っていくために本当に必要なものは何なのかということを見直すことが必要です。お金儲けを最優先事項にしている限り、人類は崩壊のシナリオを歩み続けるだけだ、ということに気づかなければなりません。
 地球で生きることを大前提とした産業構造や経済構造を考え、移行していくことが必要なのです。命というのは循環です。一つの命が滅びても、生み出された新たな命が生をつないでいきます。自然界でも、動物の死体は食物連鎖の中で別の命の栄養源となり、さらに大きな命の循環を支えていきます。この命の循環はどこかで度を越した余分や不足が出ると、崩れてしまいます。循環は限られたバランスの中でしか維持することができないからです。これが膨大な意識がつくり上げた、このゲームのルールなのです。
 しかし、人間だけが地球上のバランスを崩してしまっています。それは、命の循環よりもお金儲けや自分たちの欲望を優先してしまうからです。
 私たち個々の意識は膨大な意識につながっています。どうすればバランスを維持し、命を謳歌することができるのか、その答えを膨大な知識は知っています。どんな困難に直面しても、人はそれを乗り越えるだけの力を持っています。最後まであきらめずに、どうすれば環境のバランスを整えることができるのか、一人ひとりが自分の問題として取り組んでいけば答えは必ず見つかります。なぜなら私たち一人ひとりが膨大な意識そのものでもあるからです。
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 著者が主張していますように、私たちは電気や水資源などエネルギーの無駄遣いを日々行っています。地球の限りある資源を将来の世代につなぐことを考えないで母なる地球から搾取しています。昨今の地球温暖化はその結果生じたものでしょう。原子力発電も電力会社が主張する様な安価なエネルギーではありません。廃炉に必要な費用を考慮していないからです。廃炉に必要な費用がどのくらい必要かは福島の原発処理が良い例です。また原子力発電で生じた夜間電力を消費するのにNHKを始めとする大半のテレビ局は24時間放送を行っています。特に夜間の番組はショッピング番組など、どうでもいいような内容の番組を放送しており、電気エネルギーを大量に浪費しています。
 私たちは自然と切り離された環境では生存することができません。地球が与える環境下でのみ生きていくことができるのです。今年の夏は世界的に異常気象が発生しました。この事象が今後も続くのかどうか私たちは慎重に見守らなければなりません。宇宙船地球号は人類のためではなく、地球で生活するすべての命のものです。
 なお、著者の木内鶴彦氏は彗星探索家として名を知られています。彼が発見したスウィフト・タットル彗星は周期が135年ですが、次の接近の際(2126年)に地球に衝突する可能性があり、木内氏が主唱して1994年に将来世代にどのような地球環境を残すかを話し合う「将来世代フォーラム」という世界会議ができました。また氏は「臨死体験」ではなく医者が死亡を宣告した「完全死」を体験した人でも有名です。興味のある方は「生き方は星空が教えてくれる」(サンマーク文庫)をご一読ください。

2018年08月19日

#190 七夕と光害(1)

 暦の上では立秋を過ぎましたが、日中はまだ35度を超える猛暑が続いています。それでも早朝や夜は涼しい風が吹き始め、特に深夜に今まで鳴いていなかった虫の音が聞こえてきます。残暑厳しい中で季節は確実に移ろい始めているようです。
 さて今日は七夕と「光害」について述べたいと思います。最近では七夕の行事をを7月に行うことが多くなりましたが、七夕行事は旧暦で行うのが常識です。7月に行いますと、季節は梅雨後半になりますので、梅雨空では夜の星空を目にすることができません。まして織り姫と彦星は1年に1回しか出会えませんので、昔の人は二人に対してそのような酷な設定はしないはずです。旧暦の7月7日(8月の上旬に当たります)に祝ってこそ夏の夜空が楽しめるということです。七夕伝説は古来中国から日本に入ってきていますので、当時の中国の文化が色濃く影響しています。
 ところで、なぜ七夕がこの時期に設定されたかご存知でしょうか。夏の夜空が奇麗だからでしょうか。昔の人は現代のような優れた科学力を持っていたわけではありませんが、現代人よりも自然観察力に秀でていました。もし現代の知識を用いて七夕の時期を説明すると次のようになります。「生き方は星空が教えてくれる」(木内鶴彦著、サンマーク出版)から引用します。かなり長い引用になりますので、2回に分けてお伝えします。
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『夜空の「明るさ」が人類を破滅に追い込む』
 ところで、唐突な質問ですが、みなさんはなぜ1年のうちで七夕の日だけ、織り姫と彦星が合うことができると言われているのか知っていますか?
 実は、旧暦の七月七日というのは、1年のうちでただ一度、半月が天の川の中に位置する日なのです。半月も天の川も、その明るさは共に十七等星と同じです。天の川を形づくる無数の星々もこの日だけは半月の明るさにその輝きが相殺されるため、天の川は夜空から姿を消してしまうのです。天の川の流れが消えてなくなるため、織り姫と彦星はめでたく会えるというわけですね。
 今の都会では、七夕でなくても天の川は姿を消してしまっています。それだけ夜空が明るくなってしまっているということです。
 なぜ、この話を持ち出したかというと、夜空が明るくなっていることが、地球上に深刻な問題を引き起こしているからです。前述の「将来世代フォーラム」の世界会議の最中、彗星や小惑星の地球への衝突を回避させるという私の提案に水を差す人物が現れました。ヨーロッパの植物学者である彼は、次のように言いました。
 「君が言っているのは百年も、百二十年も未来のことだろう。地球はどうせそこまでもたないのだから、そんな計画も結局は無駄になるだけだ。だからやめてしまったほうがいい。」
 私はビックリして、なぜ地球が百年もたないのかと、尋ねました。
 「君は今年(1994年)、ヨーロッパの植物学会で発表された内容を知らないのか?」
 知らないと答えると、彼は実に衝撃的な報告をしてくれたのです。それは17年後には、世界中の植物がいっせいに枯れ始め、約三年ですべての植物が枯れてしまうだろうという調査報告でした。1994年から数えて17年後ですから、2011年には植物がいっせいに枯れ始めてしまうというのです。
 植物の死は、動物の死に直結します。つまりこの植物学者は、2014年にはどうせ人類はみな死に絶えてしまうのだから、彗星のことなど気にするだけ無駄だと言ったのです。
 植物がいっせいに枯れるなんて、そんなバカな 、そう思われるかもしれませんが、この植物学者の言ったことは嘘ではなかったのです。最近、昔よりも夜が明るくなったと感じている人は少なくないはずです。夜空に見える星の数が減ったのは、大気汚染のためばかりではありません。夜空が明るいために、星の明るさが打ち消されてしまっているのです。
2002年7月7日、七夕の日の朝日新聞に次のような記事が載っていました。
 「全国の市民の協力で夜空の「明るさ」を調べたところ、調査を始めた88年以来、今年1月が最も明るかったことが分かった。(中略)02年1月は全国381地点で観察。明るさの平均値は巨大都市(人口100万人以上)が16.9等、大都市(同30万人以上)が17.6、中都市(同10万人以上)が18.0、小都市(10万人未満)が20.4だった。」
 この数字は空の明るさを星の等級で表したもので、数が小さいほど明るく、大きいほど暗いということになります。
 皆さんは「光害」という言葉をご存知でしょうか。これは一晩中消えることのない街のネオンや照明、大気汚染や気象条件の変化などによってつくり出された「明るい夜」がもたらす害のことです。夜空が17等星の明るさというのは、空一面が17等星の星で埋め尽くされたときの明るさなのですが、一般の方にはなかなかピンとこないかもしれません。17等星で埋め尽くされた明るさというのは、実は半月時の夜空の明るさとほぼ同じです。そして夜空にはもう1つ同じぐらいの明るさのものがあります。それは天の川です。そこで冒頭で述べた七夕の話につながるわけです。では、なぜ夜が明るいことが害になるのでしょうか。
 昼間は明るく、夜は暗く、これが自然のリズムです。植物は昼間、太陽の光を受けて光合成を行い、夜の闇では休むというサイクルをもった生き物です。それが一晩中人工的な灯りにさらされているため、ストレスを感じ弱ってきているのです。人間が同じような環境におかれたらどうなってしまうでしょう。つまり、夜になっても寝かせてもらえず一晩中働かされ続けたら、です。眠らないということが、どれほどの肉体的・精神的ダメージにつながるかということは、容易に想像がつくと思います。つまり、光害とは私たち人類の文明が植物に与えている害なのです。
 植物がすべて枯れてしまうと、大気中の酸素濃度はエベレストの山頂と同じぐらいの薄さになると言われています。エベレストの山頂ぐらいなら、息苦しいけれど死ぬほどでもないだろうと思われるかもしれませんが、実際には酸素より二酸化炭素のほうが重いため、人間の生活圏は二酸化炭素に覆われ、酸素濃度はゼロになってしまうのです。
 この危機を回避するためには、1994年から10年以内に、地球上の緑の面積を1984年当時のレベルまで戻さなければならないというのです。その植物学者は、「でも木内さん。今から10年間で地球上の森林面積を10年前の状態に戻すことなどできると思いますか?これは実際には不可能なことです。その証拠に、私がいくら訴えても、どこの国に親書を出しても誰も取り合ってくれなかった。」と、悲しそうに言いました。
 地球の大気の78%を占めているのは窒素です。あとは酸素が21%、残りの1%にその他の成分が含まれています。地球温暖化の原因として取りざたされている二酸化炭素も、大気全体から見ればわずか0.031%にすぎません。しかしこれは大気の平均的な数字で、実際には二酸化炭素は他の成分よりも重たいため、そのほとんどが地上近くにとどまることになるのです。
 地球温暖化の問題から排出量規制が叫ばれるなど、二酸化炭素は悪者扱いされることが多いのですが、植物にとっては必要不可欠なものです。我々動物が酸素がないと生きていけないように、植物は二酸化炭素がなければ生きてきけません。ですから、地球上の動植物が命をつないでいくために求められているのは、大気中の酸素と二酸化炭素のバランスをとることなのです。投げやりな気分になってたその植物学者に、私はさらなるデータの収集を頼みました。
 大気中の二酸化炭素の適切な割合というのは、何パーセントから何パーセントまでなのか、そして現在、標高ゼロメートル地帯にある都市部の二酸化炭素濃度はどのくらいで、それは生存可能範囲のどの辺りに位置しているものなのか、それを知ることができる分布図を作ってほしいと頼んだのです。
 今、自分の国がレッドゾーンに入っていると知れば、先進国もこの問題を真剣に考えてくれるようになるでしょうし、逆に酸素を世界中に提供している国があれば、先進国が援助の手を差し伸べることによって森林伐採を食い止めることができると考えたからです。
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(次回のブログに続きます。)

2018年08月12日

#189 南国バスガイドの汗と涙の奮闘記

 八月に入り、蝉の鳴き声けたたましく、まだまだ35度以上の猛暑が続いています。今日甲子園で全国高等野球選手権大会が始まりました。今年は100回目の記念大会で、例年よりも多い56チームが全国から集い、すでに熱戦を繰り広げています。各県代表の選手たちが思いっきりグランドでプレーできるように熱中症に注意して頑張ってもらいたいと思います。
 さて、テレビで毎日放送される番組ですが、地上波、BS波、スカパーなどのCS波を含め、ものすごい数のチャンネルが24時間中放送されています。中には電波の無駄使いのような私たちの生活に全然役に立たないような番組も多くあります。実際、どんちゃん騒ぎのような、どうでもよい番組がかなり目につきます。そのような中で地元の人々の生活に密着し、励ましてくれるような番組も確かに存在します。
 一例として、毎週日曜日の朝に放送されている「新・窓を開けて九州」(RKB)は九州に住む人々の生活を等身大で見つめる良識ある番組の一つです。今日は宮崎交通に入社した新人バスガイドを特集していました。この番組の内容をRKBのHPから引用します。
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 南国情緒にあふれ九州屈指のリゾート地として栄えていた宮崎県。昭和40年代には「フェニックスハネムーン」がブームとなり、年間37万組もの新婚カップルが宮崎を訪れていました。そんな宮崎の観光に欠かせなかったのが、車内を盛り上げる歌と豊富な知識で観光客をおもてなしする“バスガイド”。観光宮崎を支えてきた宮崎交通には、年に125名がバスガイドとして入社することもあったほど女性が憧れる仕事の代名詞でしたが、現在は在籍しているバスガイド全体でも11名、めっきり減少してしまいました。観光宮崎の復活のためにも人材確保が叫ばれています。
 今年4月、宮崎交通に入社した新人バスガイドはわずか3名。志望動機は「大好きな宮崎の自然をPRしたい」「若いうちにやりたいことに全部挑戦したい」「アイドルみたいにキラキラしているバスガイドに憧れた」など、三者三様。そんな彼女たちが一人前としてデビューするには、3ヶ月に渡る厳しい修行を乗り越えなければなりません。礼儀作法や言葉遣いは勿論、難しい民謡の歌い方も熟練のバスガイド教官に叩き込まれ、膨大な量のガイド文章をひたすら暗記。果たして、全員が無事にデビューすることができるのか?奮闘の日々を追いました。(http://rkb.jp/madoake/)
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 私が担任をしている時に何度か奈良・京都の修学旅行を引率しましたが、ガイドさんの説明する内容や話し方に生徒たちも耳を傾けます。修学旅行を担当するバスガイドさんは比較的若い方が多いのですが、車中内では見学地の説明から雑談まで絶えず生徒たちに気を配り、見学地ではクラスの先頭に立って交通整理や見学地内を案内してくれます。バスガイドさんはガイドをしている間は気を抜けません。また業務上、体調管理にも充分気をつけなければなりません。大変な仕事です。「新・窓を開けて九州」は九州・沖縄の各県に関係のある日常生活の何気ない一面を捉えています。日曜日の朝に視聴者を爽やかな気持ちにさせてくれる番組です。
 また「新・窓を開けて九州」の後に放送される番組「世界一の九州が始まる」は九州を舞台にして活躍している中小企業や農家など日頃私たちが知らない人たちが毎回登場し、世界的な特許製品や、農産物などを紹介してくれます。九州にも多くの優良企業が存在し、地元の将来性を期待させてくれる番組です。今回ご紹介した番組以外にも視聴する価値のある番組がたくさんあります。ネット視聴がテレビ視聴を超えたと言われますが、テレビの役割はまだまだ大きいものがあります。

2018年08月05日

#188 東京オリンピックにサマータイム導入?

 今日から8月になり、台風一過後にまた猛暑が戻ってきました。台風12号はまだ九州の南海上でうろうろしていますが、中国大陸に向けて動き出すようです。今月は統計的にも台風が発生数の多い月ですので、今後発生する台風の進路には充分な注意が必要になります。
 さて、おかしな人が世の中にはたくさんいますが、先日妄言を吐いた人がいます。森喜朗「しんきろう」氏です。彼の提案では東京オリンピックの暑さ対策としてサマータイムを導入するように安倍首相に提案したそうです。この件についてNHKのウェブニュースでは次のように報道しています。
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 東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会の森会長は、安倍総理大臣と総理大臣官邸で会談し、大会期間中の暑さ対策の一環として、夏に生活時間を早める「サマータイム」の導入を検討するよう要望しました。
この中で森会長は、安倍総理大臣に対し、2020年東京大会に関連して、47都道府県を回る聖火リレーの概要や、開会式や閉会式の演出の在り方などについて説明しました。
 そのうえで森会長は「マラソンなど一部競技の日程を朝早くにしたが、それだけで異常な暑さに耐えられるのか。抜本的な暑さ対策を考えなければならない」と述べ、大会期間中の暑さ対策の一環として、夏に生活時間を早める「サマータイム」の導入を検討するよう要望しました。
 森会長によりますと、これに対し安倍総理大臣は「一つの解決策かもしれない」と述べたということです。会談のあと森会長は、記者団に対し、「安倍総理大臣は非常にまじめに聞いてくれた。2020年東京大会を契機にサマータイムが実現すれば、大会の大きな遺産になるのではないかと思う」と述べました。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180727/k10011552261000.html?utm_int=detail
 _contents_news-related_001)
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これに対して菅官房長官は次のように述べています。
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 菅官房長官は30日午前の記者会見で、東京オリンピック・パラリンピックでの猛暑対策をめぐり、夏に生活時間を早めるサマータイムは国民生活に大きな影響が生じるとして慎重に検討する考えを示したうえで、競技時間の前倒しなどの対策を徹底する考えを示しました。
 東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会の森会長は先週、総理大臣官邸で安倍総理大臣と会談し、大会期間中の暑さ対策の一環として、夏に生活時間を早めるサマータイムの導入を検討するよう要望しました。
 これについて菅官房長官は午前の記者会見で、「猛暑対策というのは重要な課題であり、サマータイムは一つの提案として受け止めるが、国民の日常生活にも大きな影響を生じるものだ」と述べ、慎重に検討する考えを示しました。
 そのうえで菅官房長官は「暑さ対策は競技の開始時間の前倒しや沿道の緑化、それに路面の温度の上昇を抑制する舗装などの取り組みを進めており、ハード・ソフトの両面で総合的な対策を徹底したい」と述べました。(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180730/k10011555991000.html)
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 猛暑の中サマータイムを実施して1、2時間ずらしたとしても、根本的な暑さ対策にはなりません。サマータイムの悪影響を森氏は理解していないのでしょう。以前このブログで夏季オリンピックの開催時期について私見を述べましたが(ブログ#158)、猛暑の中での東京オリンピックとサマータイム導入は別件として扱わなければならない問題です。
 まずサマータイムに関してですが、ヨーロッパ各国では3月の最終日曜日午前1時から 10月最終日曜日の午前1時まで実施します。具体的に述べますと開始日の午前1時が午前2時に、最終日の午前2時を午前1時に変更します。オーストラリアで3年間暮らし、サマータイムを体験した私としては、身体が慣れるのにサマータイム開始日から2週間ほどかかりました。わずか1時間の変更でもでも体内時計がおかしくなります。
 サマータイムの発想は特に高緯度のヨーロッパにおいて昼間の長い時間を有効に利用しようとするものです。早く仕事に取りかかり、早く仕事を終えて、個人の自由な時間を大いに楽しむ発想ですが、サービス残業の横行する日本では逆に仕事の時間が増えるだけだと思います。北海道を除いて、それほど高緯度ではない日本国内は仕事終了後の明るい時間はそれほど長くありません。ウィキペディアによると、戦後一時期に日本でサマータイムを実施したこと説明しています。
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 日本において夏時間は、太平洋戦争敗北後の連合国軍占領期にGHQ指導下で公的に導入され、1948年(昭和23年)4月28日に公布された夏時刻法に基づき、同年5月2日の午前0時から9月11日にかけて初めて実施された[3]。以後、毎年5月(ただし、1949年(昭和24年)のみ4月)第1土曜日24時(= 日曜日0時)から9月第2土曜日25時(= 日曜日0時)までの間に夏時間が実施されることとなったが、残業増加や寝不足を引き起こすなどとして不評を呼び、1951年(昭和26年)度はサンフランシスコ講和条約が締結された第2金曜日の9月7日で打ち切られ[3]、翌1952年(昭和27年)4月27日の占領終了と同月28日の条約発効による日本の主権回復に先立ち、夏時刻法は同年4月11日に廃止された。
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 東京オリンピックを機会にサマータームが導入されますと、同じような結果になると思われます。森氏の名前のようにサマータイムが「しんきろう」のように終わってしまう可能性大です。
 問題は「なぜ真夏の時期に夏季オリンピックを開催しなければならないか」という根本的な問題です。すべてはアメリカとヨーロッパの都合で、夏季オリンピックが真夏に回されたことです。秋季開催ではアメリやヨーロッパでの人気スポーツ開催時期と重なり、視聴率が確保できないことが一因です。つまり、アスリート・ファーストではなく、視聴率ファースト、換言すれば、お金ファーストということになります。オリンピックを含め、世の中すべてがお金中心に動いています。世の中で一番強いのは政治ではなく、「お金」です。金さえあれば権力でも何でも手に入る世の中です。困ったものです...

2018年08月01日

#187 夏休みがやって来ました(2)

 夏休みが始まり1週間が過ぎました。小学生の子ども達は以前は朝から友達と暗くなるまで遊び回っていました。その中でも学校のプールに行くのが一番の楽しみで、プールを利用できる指定された曜日と時間帯を楽しみにしていたものです。ところが今年は猛暑のせいでプールを閉鎖する小学校が増えています。
 その理由の一つにプールの水温が33度を超えてしまうことが挙げられています。(プールの水がぬるま湯状態で、かつ湿度100%では発汗作用が無くなり、体温が下がりません。またプールサイドでは日光の照り返しなどの輻射熱のために急激に温度が上がり、熱中症になりやすい状況になります。)東京の小学校で始まったプール閉鎖が福岡市の小学校でも130校以上でプール閉鎖が始まったと昨日のニュースで流れていました。それでも子ども達には待ちに待った夏休みです。普段できないような時間を有意義に過ごしてもらいたいものです。
 子ども達にとっては楽しい夏休みですが、お母さんたちにとっては子ども達が一日中家にいることになり、それだけ家事が増えることになります。食事も子どものために毎日3食作らなければならず、それだけ負担が増えます。お母さんたちの本音は「こどもの夏休みはいらない」ということでしょうか。「夫元気で留守がいい」に通じる部分があるようです。
 ところで高校入試や大学入試を控えている受験生にとって、夏休みは入試の天王山と言われるほど重要な時期になります。この期間の過ごし方によって、その後の勉強の仕方や志望校を変更することになります。全ての受験生に与えられている時間は平等です。特に高校3年生は学校で夏休みの課外授業が8月上旬まで実施されますので、完全な夏休みは1週間ほどしかありませんが、その間の自学自習の時間を工夫することで、かなりの時間を確保することができます。その時間の活用次第で志望校が近くも遠くもなります。猛暑に負けず、日々努力してもらいたいと思います。
 さて台風12号が接近しています。今夜以降に東海地方に上陸し、九州北部は明日の夜以降近づく予報が出ていますが、例年の台風と異なり東から西へ移動する奇妙な動きをしています。今週末は全国各地で夏祭りや花火大会が予定されていますが、関東地方では花火大会の順延や中止が相次いでいます。ここ大牟田では今日と明日が「大蛇山祭り」となっていますが、台風の動きによっては明日の祭りは中止になりそうです。とにかく人騒がせな台風です。台風の勢いで猛暑を連れ去ってくれればよいのですが、猛暑と台風のダブルパンチではたまりません。豪雨の被災地では今でも多くの人が片づけに追われています。台風による大雨が2次災害とならないように天に祈るばかりです。

2018年07月28日

#186 夏休みがやって来ました(1)

 福岡県内の大半の小・中・高校は7月20日に終業式を迎え、夏休みに入りました。今回の西日本豪雨による被災地の学校は避難所として使用されているために早めに夏休みに入っている学校もあります。テレビの報道番組によりますと、被災地の子ども達は夏休みに入っても地元の復興の手伝いをしており、のんびりと過ごしている時間はありません。それどころか、多くの生徒達の教科書や勉強道具が洪水で流されてしまい、勉強どころではないと危惧されます。
 政府は今回の西日本豪雨を被災者の権利や利益を保全する「特定非常災害」に指定する方針を固めました。過去に指定された例は阪神大震災、新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震の4件で、地震以外での指定は初めてとなるそうです。今回の豪雨では甚大な被害が広範囲に及び、多くの被災者が避難所暮らしを余儀なくされており、政府は生活再建や復旧を後押しするためにも指定が必要と判断しました。
 今回の豪雨で感じましたのは、豪雨による被害全体が想定されていた以上に凄まじく、今朝のNHKの日曜討論で参加者の方々が口々に解説されたところによりますと、東日本大震災よりも被害額が超えるのではないかと懸念されていました。今回の豪雨がもし東京首都圏で発生すれば被害額が60兆円を超えると推定されるそうです。
 ある意味では、豪雨は大地震よりも幅広い被害をもたらします。地震では建物が損壊しても、建物内にある家具や電気製品は使用できる可能性があります。また自家用車は建物に押しつぶされない限り使用でき、避難所までの交通手段として、また仮シェルターとしても利用できます。しかし豪雨による洪水ではすべてが流されてしまいます。流れずに残った家屋でも泥水や土に覆われ、建て替えしなければなりません。もちろん家財道具や車も使用不可となります。今回の豪雨災害を目の当たりにして洪水は地震よりも大きな被害をもたらすことを改めて認識させられました。被災地では猛暑の中での復旧作業に追われる日が続きます。健康に充分留意して後片付けをして頂きたいと思います。
 ところで今年の暑さは確かに異常です。天気予報の解説では太平洋高気圧とチベット高気圧が重なり、猛暑の原因となっているそうですが、この暑さは当分続くそうです。実際、エアコンをつけない部屋の温度は日中では34度を超えています。夜になりましても32度前後までしか下がりませんので、夏バテや熱中症を防ぐために一日中エアコンを利用することになりますが、健康維持のために仕方がないことです。私はバッグに小さな温度計を入れています。その温度計では日陰では35度前後示しても、ひなたでは軽く40度を超えてしまいます。天気予報に出てくる各地の温度はあくまでも日陰の気温ですので、街頭では気温が5~6度高いことになります。特にベビーカーに乗っている乳幼児は路面に近いので、保護者の皆さんは充分な注意が必要になります。
 今日は日中の猛暑を避けるために午前中に近くのショッピングセンターまで自転車で買い物に行ってきましたが、自転車に乗っている間は前から風が来ますので、比較的凌ぎやすいのですが、信号などで一旦停止すると汗が全身から噴き出してきます。やはり真夏の時期の体調管理は充分慎重に行う必要があるようです。自分の健康は自分で守りましょう。

2018年07月22日

#185 明日は我が身

いくつかの水たまりを残して 梅雨が駆け抜けてしまえば
湿った風の背中越しに 君の好きな夏が来ます.... (♪「ほおずき」グレープ)

 梅雨末期の豪雨が去った途端、梅雨が去って厳しい猛暑がやってきました。肌にまとわりつくような湿気のある空気感が真夏の始まりを告げています。一昔前の日本の梅雨は上記の歌詞のように情緒深く、しとしと降る長雨の後に眩しい光の夏がやってきたものですが、最近の梅雨は「降れば土砂降り」のように毎年どこかで大きな災害をもたらしています。これも地球温暖化の影響でしょうか。水害だけでなく、地震や台風などますます大きな被害をもたらす自然現象となっています。
 さて前回のブログでも触れましたが、今月5日に発生した西日本豪雨(気象庁は平成30年7月豪雨と命名しました)から1週間以上経ちましたが、この豪雨による死者は200名以上、行方不明者もまだ多数いらっしゃいます。また数多くの被災者がまだ多くの避難所で生活を余儀なくされています。改めてお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。
 特に今回の豪雨被害の状況はニュースの画面を見ながら何故か東日本大震災の状況に似たものを改めて感じさせられました。テレビ画面に映し出される被害状況が本当にそっくりなのです。東日本大震災では被害を受けた家屋や家財道具等が道に沿って並べられていましたが、今回の豪雨によって被害を受けた家財道具等の災害ゴミも同じように道に沿って並べられています。地震と水害の違いはありますが、大規模災害に見られる悲惨な状況です。
 さて今回の豪雨災害の直前に気象庁は特別警報を発し、災害が発生する可能性の高い地域に充分な注意を呼びかけましたが、残念ながら災害への注意喚起が活かされない結果となってしまいました。異常気象が常態化している現状では私たち一人ひとりが身の回りの安全を考える時期に来ています。「自分だけは安全だ」という考えを改めない限り、今回のような災害が繰り返し発生することでしょう。地震は日本国内で暮らす限り、どの場所にも発生します。地震の発生しない安全な場所などどこにもないのです。地震が起こっていない地域はたまたま発生していないわけで、いつ何時大地震が発生してもおかしくありません。大地震が発生しないと思われていた福岡や熊本が良い例です。また台風や豪雨による水害も特に山際や川や池などの水辺で生活している人は普段より災害を想定して生活する必要があります。
 またこのことは自然災害だけではありません。猛暑による断水や熱中症などの生活支障も考慮しなければなりません。気象庁は猛暑による「高温注意情報」を発表しますが、熱中症は一人ひとりが注意して生活すれば防ぐことができます。特に気温が35度を超えるような猛暑日には室内でもエアコンなどで室内温度を適切に保つなどの対策を取る必要があります。犯罪だけでなく自然災害からも「自分の身は自分で守らなければならない」時代です。台風や水害は事前に避難や被害が予測できます。「自分だけは大丈夫」という考えを捨てて、非常事態にすぐ行動できるように普段から災害に備える準備が必要です。

2018年07月15日

#184 ミスター笑点逝く

 この1週間は大きな出来事が立て続けに起こった週になりました。サッカーワールドカップにおける日本チームの活躍、日本国中広範囲にわたる豪雨被害、元台風による北海道の豪雨被害、オウム真理教の幹部7人への死刑実施など良いニュースや悪いニュースが混在した1週間だったように思えます。いずれもこのブログでひと言述べたい出来事ばかりですが、特に豪雨による被害は凄まじく、今日現在で死亡者、行方不明者合わせてすでに100名以上になっています。被害に遭われた方々に心より御見舞い申し上げます。大地震と同様に水害も発生後の片付けが大変です。特に床上浸水に見舞われた家の建て替えや、避難生活など金銭問題を含め、解決すべき問題が山積します。被災者に対し国や地方自治体の速やかな支援が必要です。
 さて、もう一つ大きな出来事がありました。「ミスター笑点」と言われる落語家、桂歌丸さんの逝去です。歌丸さんの残した功績は大きく、人気長寿番組「笑点」の顔として50年以上も活躍されました。また笑点を通じて落語をより身近な存在として国内外の多くの方に紹介し、落語を歌舞伎や文楽と同じような古典芸能の域まで深めた先達の一人だと思います。
 落語を大衆芸能と捉える人が多いのですが、落語で語られる世界は実に奥が深く、小噺の中に多くの教訓や至言、人生訓が含まれています。一例として多くの人がご存知の「寿限無」という落語があります。「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ・・・」で始まる落語です。冒頭は誰でも口ずさむことができる有名な一節ですが、五劫の擦り切れの意味を知っている人は意外に少ないのではないでしょうか。
 「劫」は時間の長さを表わす言葉ですが、どのくらいの長さでしょうか。一説によりますと、十里四方の大きな岩があり、その岩の上に3千年に1度天女が天から舞い降りて、羽衣の裾でその岩を触ります。するとほんの少し岩がすり減るそうです。それを繰り返し、すっかり岩がすり減って無くなるのが「劫」という時間の単位だそうです。それを5回繰り返すほど長生きしてもらいたい、という親の願いが「劫」という言葉に含まれています。「寿限無」は多くのめでたい言葉をつなぎ合わせて生まれた子どもの名前にする落語ですが、出てくる言葉の一つひとつに奥深い内容があります。ぜひ文字で読んでいただきたい落語の一つです。なお古典落語を分かりやすくまとめたものが講談社や角川文庫から出版されていますので、手軽に購入できます。
 桂歌丸さんは無くなる直前まで寄席やテレビなどで落語を語っていた仕事一筋の方でした。「自分から落語を取ったら何も残らない。」「楽になりたいので今苦労しているんだ。楽になるときは、目を閉じたときだ。」などの名言を残しました。後世に名を遺す名落語家のお一人です。今頃は故円楽師匠と笑点の思い出話を語り合っていらっしゃることでしょう。

2018年07月08日

#183 絵本作家の役割

 昨日は九州北部が梅雨の集中豪雨のために北九州市や長崎の壱岐などに洪水警報が出されましたが、今日は一転して梅雨明けのような晴天が朝から続いています。関東地方はすでに梅雨明けし、厳しい暑さが続いています。関東地方が6月中に梅雨明けするのは観測史上初めてということで、本格的な夏の到来とともに水不足が心配されます。また新しく発生した台風の進路も気にかかります。現在沖縄に接近していますが、明日以降九州に近づきますので、期末試験を実施している学校では試験日の変更などが懸念されます。
 実は私も本日は朝から期末試験の問題を作成していました。何とか試験問題が出来上がりましたが、試験の時期にはいつも原稿の提出期限が迫った作家のような気分で問題作成に取りかかります。調子がいい時にはすぐに問題が完成するのですが、調子が悪いと(気分が乗らないと)あれこれと考え時間だけが過ぎ去ります。何度も見直して加筆修正しますが、満足のいくものにはならず、ため息ばかりが出てきます。
 さて試験問題を作成しながらテレビを見ていましたら、NHKの「プロフェショナル仕事の流儀」で今年5月に亡くなられた、かこさとし氏の特集を再放送していました。NHKのHPによると『「からすのパンやさん」など数々の名作を生み出した絵本作家・かこさとしさんが、5月2日、亡くなりました。私たちは3月から1か月間、創作の現場を取材しました。死期が迫っていることは、ご自身もご家族も悟っていました。「生きた証しを遺(のこ)せるなら…」と、かこさんは取材に応じてくださいました。これは“追悼番組”ではありません。最後まで、絵本作家として生きた一人のプロフェッショナルの記録です。』と述べています。私も仕事の手を止め、しばし番組を見ながら、かこ氏の最後のお姿や重病にもかかわらず仕事に打ち込むその姿勢にプロとしての姿勢を改めて学ばせていただきました。
 どの仕事もそうですが、初めから天職というものはありません。自分が始めた仕事を通して様々なことを学び、職場や仕事先の人間関係を通して人生や生き方を学びます。その延長が天職となります。様々な職業がある中で、子どもたちに夢を与える素敵な仕事の一つが絵本作家ではないかと思います。かこ氏関連の記事を朝日新聞のページから引用します。
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1926年、現在の福井県越前市に生まれ、東大工学部を卒業。終戦後、昭和電工に勤める傍ら、休日を使って医療や教育などに困難を抱えた人々を支援する「セツルメント活動」に力を注いだ。軍国少年だった自らへの悔いが背景にあったという。戦災にあった地域の子どもに見せていた自作の紙芝居が、福音館書店の編集者だった松居直さんの目にとまり、59年に絵本「だむのおじさんたち」でデビューした。
 「かわ」「海」「地球」など、子どもの好奇心を引き出す科学絵本も数多く手がけた。専門家に取材して最新の知見を盛り込みつつ、語りかけるような文章に加え、挿絵や図版を多くして理解を助けるよう心を配った。ラオスやベトナム、オマーン、中国などで識字活動や障害児教育にも取り組んだ。紙芝居や一般書を含めた作品は700点を超える。
 約29万点の資料をもとにまとめた「伝承遊び考」全4巻の完成などが評価され、08年に菊池寛賞を受賞。13年に「からすのパンやさん」の続編4冊、「どろぼうがっこう」の続編2冊、14年には「だるまちゃん」シリーズの新作や半生を語った「未来のだるまちゃんへ」を出版するなど、最近まで盛んな創作意欲を見せていた。 (https://www.asahi.com/articles/ASL574GBLL57UCLV00K.html)
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 まだ文字が読めない子どもにとって絵本は様々な夢や情報がつまった宝物です。絵本を通していろいろなことを知ることができます。かこさんは絵本だけでなく大人も理解するのが難しい内容の科学を子ども達にも理解できるように、分かり易い図表を用いて分かりやすく説明した方でした。「絵本は子どもだけのもの」と大人は思いがちですが、大人も楽しむことができるのが本当の絵本です。絵本は子ども達に夢を与え、その知的好奇心を刺激して、彼らに将来の生き方にも通じるような考え方の土台を作る手助けをしてくれます。かこ氏のご冥福をお祈りします。

2018年07月01日

#182 ゲーム依存症は疾患!

 昨日沖縄地方では梅雨明け宣言がありました。沖縄では毎年6月23日は沖縄戦の犠牲者を悼む「慰霊の日」であり、沖縄県内各地で追悼行事や慰霊祭がありました。沖縄南部の糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園では県など主催の「沖縄全戦没者追悼式」が営まれました。沖縄と九州では梅雨の期間がひと月ほどずれますので、九州地方はこれからが梅雨本番になります。昨年は福岡県や大分県を中心に集中豪雨の被害が相次ぎましたが、今年は未然に災害を防ぐ手段をできるだけ講じて、被害者を出さない工夫が必要です。
 さて先日気になる記事が新聞やテレビで報道されましたので、目にされた方も多いことと思います。以下に朝日新聞のHPより関連記事を抜粋します。
(https://www.asahi.com/articles/ASL6K741TL6KULBJ009.html)
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 スマートフォンなどのゲームのやり過ぎで日常生活に支障をきたすゲーム依存症が「ゲーム障害」として国際的に疾患として認められた。世界保健機関(WHO)が18日公表した、改訂版国際疾病分類「ICD―11」の最終案に明記された。来年5月のWHO総会で正式決定される。ICDは日本をはじめ多くの国が死因や患者の統計、医療保険の支払いなどに使う病気やけがの分類。
 厚生労働省の調査では、成人約421万人、中高生約52万人がゲームなどのネット依存の恐れがあると推計されているが、政府は依存を防いだり依存傾向のある人を早期発見したりするための対策をほとんどとっていない。ゲーム障害が国際的に疾患として認められたことで、予防対策や適切な治療を求める声が強まるとみられる。
 ゲーム障害は、依存性のある行動で日常生活に障害をきたす精神疾患の一種とされた。日常生活に支障が出てもゲームを優先する状態が12カ月以上みられる場合で、症状が重い場合はより短期で診断できるとした。ただし、飲酒同様、ゲームをする行為自体が問題とされたわけではない。
 国内で初めて専門外来を開いた、国立病院機構久里浜医療センターの樋口進院長は「公式な疾患になることで、ゲーム障害は本人の意志が弱いからではなく、治療が必要な病気だと理解してもらえるようになって欲しい」と話す。
 日本企業も加盟する米国のゲーム業界団体など20カ国以上のゲーム業界団体がゲームに依存性はないと反対している。WHO担当者は「科学的な根拠に基づき疾患に加えた。各国は予防や治療態勢の計画を立てるべきだ」と反論する。
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 以上が記事の抜粋ですが、WHOもついにゲーム依存症を疾患として認定したようです。なおこの疾患の定義をまとめると、
・ゲームをする時間などを自分でコントロールできない。
・ゲーム以外の出来事や関心事の優先度が低くなる。
・日常生活に支障をきたしてもゲームを優先する。
こういった状況が12カ月以上続くと「ゲーム障害」と認定される。深刻な場合にはより短期でも診断される(同記事)、ということです。
 確かに、多くの世代で携帯等を使用してゲームに夢中になっている人たちを通勤途上でしばしば見かけますが、「ゲーム」に関わらず、スマホ依存症もこの類の疾病と定義してもよいと思います。なお、このスマホ依存症については脳生理学の立場で別の機会に述べてみたいと思います。
 ゲームは確かに面白く、気分転換や暇つぶしに最適のツールですが、依存症になるほどのめり込んでは人生が終わってしまいます。この点でパチンコなどのギャンブル依存症に似た様な生活状況を作り出します。物事には中庸(ほどほど)が肝心です。

2018年06月24日

#181 他人の目線が気になる

 今週は沖縄、奄美地方が台風による大雨に見舞われましたが、北部九州では晴天続きで湿度も低く、梅雨の中休みが続いています。しかし天気予報によりますと週の中頃より梅雨空になる見込みで、それまで今しばらく爽やかな日々を楽しめそうです。
 さて、私たちは良くも悪くも他人の目線が気になるものです。他人が自分のことをどのように感じているかは老若男女関わらず常に関心の中心にあります。「自分が何者であるか」は自分自身が評価するよりも、他人の意見を参考にすることが役立つ場合が多々あります。それは自分が気づかない一面を他人は感じているからです。このことは個人だけでなく国と国の間にも存在します。例えば私たち日本人が他国の人たちからどう思われているかは、日本人が自ら自国の文化や日本人像を再認識するのに役立ちます。また私たちが当然と思っている事柄が他国の人々から見て驚くほど奇妙であったり、尊敬に値するような事柄であったりします。そのような日本人の一面を扱っているサイトがネットに沢山ありますが、私が時々アクセスしている面白いサイトがサーチナ(http://www.searchina.net/)というサイトです。ここは日本旅行を体験した一般の中国人が日本や日本人をどのように見ているか、本音で評価をしているサイトです。私たち日本人に対して批判する意見もありますが、概ね日本に対して好意的で、中国政府がマスコミ等を通して表明しているような嫌日本感は全くありません。それよりも日本人の習慣や考え方を評価する意見で溢れています。例えば次のような書き込みがあります。

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『こういう設備は、気配りの日本人だからこそ作れるのだと思う!=中国メディア』
(2018-06-14より抜粋)

 中国メディア・今日頭条は13日、「これらの創意あるデザインは、日本人だからこそ発想できたのではないか」とする記事を掲載した。
 記事は、「自分は日本人を恨んでいるが、それでも日本の創意ある設備や人にやさしい生活用品の数々には感嘆を禁じ得ない。中国人にとっては大いに参考になるものばかりだ」としたうえで日本で見かける、細かい配慮が感じられる事物について列挙している。
 まずは、トイレに関する話。温水洗浄便座や消音装置の完備といった点はすでに周知の通りということなのか、紹介されていない。記事は、「どの個室が空いているかを知らせる案内板がついたトイレ」、「トイレには専用のスリッパが配備されている」、「非常時にトイレとして使うことができるイスを備え付けたエレベーターがある」とした。
 続いては、乗り物についてだ。駅で電車を待つ人がちゃんと整列していること、足湯のサービスがある列車が運行されていること、喫煙デッキを備えた列車があること、ボタンを押すとスピードを抑えてより安全走行してくれるタクシー、合理的に枠が配置され、しかも、利用者がちゃんと枠内にきれいに駐車している駐車場などを挙げている。
 また、旅行中でよく見られる点としては、団体観光客が自分の荷物を見つけやすいように、スタッフが空港の荷物受け取りターンテーブル前でトランクを色別にきれいに並べる光景、ホテルの部屋にはベッドごとにライトスタンドがあり、隣で寝る人の邪魔をすることなく本を読んだりできることに言及した。
 記事はこのほか、スーパーなどの商業施設に冷蔵用のコインロッカーがあること、ATMの横に傘や杖のほかにドリンクカップのホルダーも用意されていること、病院などで表に記入する場所に老眼鏡が置かれていること、缶飲料の上部に何の飲み物であるかを示す点字が打刻されていることなどを紹介している。
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このように私達には当然と思っていることが他国の人々からは驚異の目で見られています。中国だけでなく、東南アジア諸国や欧米各国の人々も日本人に対して尊敬の念を抱いている人が多く見られます。私たち日本人は他国の人からそのような評価をしていただいていることを常に自覚して国際理解や協調に努めていかなければならないと思います。

追記 上記のブログは主に中国人の目線から見た日本人および日本文化への評価ですが、世界各国の人々の日本への評価は次のHPを参照してください。
【海外の反応」パンドラの憂鬱 http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/

2018年06月17日

#180 異常な世界

 この一週間で報道されているニュースに人間の異常性が感じられます。昨晩の臨時ニュースは新幹線内の殺人事件でした。航空機ではチェックインする際に厳しい荷物検査が義務付けられていますが、JRや民間の電車ではまったく荷物検査はありません。当然乗客は安全と思い車両に乗り込むわけですが、今度の事件をきっかけに第2、第3の類似事件が発生しないかと心配になります。言いかえれば、通り魔殺人事件が電車内で発生するようなものです。航空機と違い、電車内に警備員や警察官がいない状況では自分の身は自分で守るしかないようです。これでは電車内で居眠りもできません。
 またここ数日ニュースに登場しているのが「紀州のドンファン」と言われる男性の不可解な死です。遺体から大量の覚せい剤が見つかりましたが、警察は殺人事件とみて捜査しています。また彼の愛犬の遺体も掘り起こされて捜査の対象になっています。彼の自宅には多くの監視カメラが取り付けられており、現段階では不審者の姿は報じられていません。現場にいたのは若い妻と家政婦のみ。それでは誰が彼を殺したのか?ミステリー小説のような何とも言えない不可解な事件です。
 そして多くの人が涙を流した事件が「目黒虐待死」です。文字を覚え始めた5歳の女児の親への哀願は涙なしでは読めません。全部ひらがなで書かれていますが、毎日新聞よりその一部を紹介します。

 ママとパパにいわれなくってもしっかりとじぶんからもっともっときょうよりかあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします
 ほんとうにおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおす これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだから やめるから もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします


両親の悪行は言うまでもありませんが、児童相談所が虐待の状況を把握しておきながら行政として何もできなかったのは問題です。児童虐待や家庭内暴力(DV)に対しては行政側は条例等を改正して積極的に介入すべきだと思います。そうしないと同じような虐待事件が何度も繰り返されます。実際今この時に虐待されている子ども達がたくさんいるのです。犠牲になるのは特に弱い幼い子ども達です。10代の子どもと違い、幼い子ども達はどんなにひどい親でも唯一の信頼できる存在として自分の親を妄信します。親に気に入られるためには自分を犠牲にしても何でもやり通そうとするのです。実際この女児は親が寝ている午前4時に起きて電気をつけずに暗い中で文字を書く練習をしていたそうです。覚えたての文字を使って上記の「遺書」と思える文を書いたのでしょう。この事件に関する記事は涙なしには読めません。梅雨空の中、天も涙しています。
 全く異常な世界が私たちの目前に展開されています。人間の神性が忘れ去られ、猛獣以上の残虐性や獣性が野放しにされている現在です。身の安全は自ら守る時代になったのでしょうか?

2018年06月10日

#179 流れる星は生きている

 前回のブログで九州北部の梅雨入りに少し時間がかかるとお伝えしましたが、何とその翌日に梅雨入り宣言が出てしまいました(笑)。それでも週の後半は晴天になり、梅雨の中休みが続いています。今日も朝から快晴です。
 さて話題が代わりますが、友人との出会いには何か運命的なものを感じさせます。例えば小学校の頃は同じクラスで親しい友人でき、毎日のように一緒に遊んでいても、学年が変わりクラスが変われば何となく疎遠になった経験がありませんか。同じように中学時代や高校時代で親しい友達ができても、卒業して学校が変わり、お互い生活する環境が変わればいつの間にか疎遠となっていく傾向があります。そのような時間の経過の中で、友情関係が続いて行くのが本当の親友と言えるのではないでしょうか。
 また友情が始まるのにいくつかのパターンがあります。最初に出会って意気投合して友情が長く続くパターンや、何となく飽きてしまい、直ぐに分かれるパターン。また気になる人がいて、こちらから話しかけたいけれども、何となく躊躇してしまい、その後しばらくして何かのきっかけで話しかけると、その後一生続くような友情が築かれるなど、様々な友人との出会いがあります
 これは本との出会いにも言えると思います。書店で本のタイトルや表紙に魅かれて読み出したけれど、期待したほど内容が面白くなく、途中で読まなくなったり、何となく気にはなるけど、なかなか手にしない本もあり、その後何かのきっかけで購入し読み出すと、とても面白く、最後まで一気に読み終えてしまうようなものもあります。人と同じように外見で判断してはいけないということです(笑)。
 前書きがかなり長くなりましたが、今日のブログのタイトルは知る人ぞ知る名著「流れる星は生きている」(藤原てい著)です。私が初めてこの本を見つけたのは高校時代の頃で、今から数十年前のことになります。最初は天文学の本かと思い、手にしても何となく中身を読み出すまではいかず、結局購入しないで長い年月が過ぎてしまいました。ところが最近ふとこの本のことを思い出し、頁をめくると朝鮮半島の地図が載っており、終戦直前の満州からの脱出劇を一般人の目で詳細に述べてある本だということを知りました。そこで購入して読み出すと最後まで一気に読んでしまいました。ちなみに著者の故藤原ていさんの御主人は新田次郎さんです。私はこの事も知りませんでした(只々赤面です!)。
 この本はソ連の満州侵攻直前直後の満州や朝鮮半島の状況を実体験を通して事細かく記しており、当時朝鮮半島を脱出することがいかに過酷であったか。また幼い子供3人を抱えて食料も不足している状況で、いかに子ども達の命を守ったかを母親の立場で詳しく述べています。また日本人同士でありながら朝鮮半島脱出の過程でお互い助け合ったり、反目し合ったりする様子も詳しく書かれています。当時の脱出劇がいかに悲惨なものであったか、またその途中で多くの日本人が差別に合い、死んでいったかを事細かに書いてあります。
 この本の刊行は昭和24年で、私が生まれるずっと以前のことです。この本は当時日本国内でものすごい反響を呼び、映画にもなったそうです。本のタイトル「流れる星は生きている」は戦争当時、南方にいた部隊の二人の兵隊さんが作詞、作曲した歌の歌詞の一部から採っています。この曲はYouTubeで聴くことができますので興味ある方は検索してみてください。なおこの本には日本に帰国後に著者の故郷の長野県諏訪市に帰るまでを描いていますが、著者の生い立ちや帰国後の生活を詳しく知りたい方は自伝的小説「旅路」を併せてお読みください。両著とも中公文庫から出版されています。一読する価値のある本です。

2018年06月03日

#178 自転車に乗って(2)

 九州南部はすでに梅雨入りしましたが、九州北部は入梅までにもうしばらくかかりそうです。梅雨時期には高温多湿になりやすいので、天気の良い日にできるだけ室内の清掃や庭の草取りなどを行いたいものです。また食中毒も発生しやすい時期になりますので、食事や健康管理に注意して生活していきたいものです。
 さて今日も朝から快晴の一日でした。午前中買い物ついでに1時間半ほど自転車で移動しましたが、湿度が低く爽やかな風が吹いていました。サイクリングには最適の一日となりました。先日の雨で洗われた木々の緑がいっそう鮮やかに輝いています。
 ここ大牟田は有明海沿岸にあり、高い場所に上りますと有明海を一望できます。また大牟田川や諏訪川の河口に行きますと目前に有明海が広がり、遠く佐賀や長崎まで見渡すことができます。普段は天気や湿度の関係でで遠くの山々が霞んで見えないことが多いのですが、今日は遠く北は佐賀県の背振山地、西は有明海対岸の長崎県鹿島市や太良町と多良岳、諫早市の街並みがきれいに見渡せました。実際対岸の建物が小さく並んでいるのが視認できました。また南の方に目を向ければ雲仙岳(普賢岳)が高くそびえ、麓の島原市内も一望できました。このような日は年に数回しかなく、自転車に乗ってわざわざ大牟田川河口まで行ったのは正解でした。
 天気の良い日はできるだけ外で体を動かしたいものです。前回のブログでも述べましたが、自転車は健康や体力維持にも役立ちます。また車による移動と異なり、自然に吹く風を満喫できます。また景色の見え方も違ってきます。車を運転しているときは風景をじっくり楽しむことができませんが、自転車はペダルを漕いでいる時や、立ち止まっている時に好きなだけ景色を楽しむことができます。自転車は自然に優しい究極のエコカーです。雨の季節を迎えるまでもうしばらく楽しみましょう。

2018年05月27日

#177 自転車に乗って(1)

 今日は風が強く、夕方から少し曇ってきましたが、それでも朝から快晴で気温や湿度が低く、梅雨入り前の爽やかな一日となりました。あと10日もすれば北部九州で入梅となりますので、今日は5月最後の晴天の休日になるかも知れません。
 さて今日は久しぶりに自転車の掃除を行いました。毎日移動に使用していますので、あちこち埃がこびり付いており、時間をかけてきれいにふき取ってあげました。またクランク(ペダルのついている部分)の根元がガタついていましたので、自転車屋に持って行き、ベアリングの部品交換と後ろのタイヤを交換してもらい、全部で7千円ほどかかりましたが、また元のように快適に乗ることができました。
 人口が最盛時の半分ほどになった大牟田ではバスの便数も減らされ、どこへ行くにも不便を感じます。自宅の近くのバス停では以前は15分おきにバスが来ていましたが、現在は1時間に1本しかなく、バスが来ない時間帯もあります。そこで活躍するのが自転車です。自家用車は長距離を移動するには便利ですが、ガソリン代や税金など予想以上に維持費がかかります。その点自転車は市内を移動する程度でしたら、バスを待つ必要もなく、道路の渋滞でイライラすることもありませんので気楽に移動できます。また自転車に乗ることで軽い運動にもなりますので、交通費の節約と健康のために一石二鳥です。
 ただ唯一困るのは雨の日に自転車が使えないことです。合羽を着て乗るのは可能ですが荷物が濡れてしまします。そこで雨の日には職場まで歩いて行くことになります。雨に日には少し早起きして、歩く時間を考慮して早めに移動しなければなりません。それ以外は四季を通して(冬でも)、自転車は重宝する移動手段となります。大事に使用すればタイヤや部品交換するだけで5,6年は乗ることができます。皆さんも健康のために、また気分転換に天気の良い日には自転車を利用しましょう。

    自転車にのって ベルを鳴らし
    隣りの町まで 嫌なお使いに
    そして帰りにゃ 本屋で立ち読みを
    日が暮れてから おうちに帰る
    自転車にのって 自転車にのって
    ちょいとそこまで歩きたいから     ♪高田渡「自転車に乗って」より抜粋

2018年05月20日

#176 ヤングマンと澄子さん逝く

 今週の前半は真夏のような日が続いていましたが、今日は一転梅雨のような一日で、湿度が高く、断続的に雨が降り続いています。梅雨空に合わせるかのように昨日と本日続けて訃報が飛び込んできました。
 昨日から西城秀樹さん死去のニュースを各テレビ局トップニュースで報道しています。西城秀樹さんと言えば、芸能人では言わずと知れた大スターです。1970年代から現在のような「アイドル」ではなく「スター」として大活躍し、輝いていました。また歌手だけでなく俳優としても才能を発揮しました。特に私が好きだったテレビ番組「寺内貫太郎一家」では小林亜星さん演じる貫太郎と長男周平役の西城さんが繰り広げるちゃぶ台返しの取っ組み合いに毎週日本中の人々が腹を抱えて笑ったことを思い出します。
 大歌手としての彼の数多い歌の中で、私は特にブルースカイ・ブルーが好きです。その理由は大学生時代にバンドを組んでいましたが、ライブで演奏するために私はベースギター担当として、この楽曲のフレーズを必死で覚えたことをつい昨日のように懐かしく思い出します。西城秀樹の名前はいつまでも「ヤングマン」の代名詞として芸能史に輝くことでしょう。
 本日もうひとり大スターの死去が伝えられました。加山雄三「若大将シリーズ」でヒロイン役と務めた「澄子さん」こと、星由里子さん訃報のニュースです。彼女に対する私の印象は、私が小学校の頃に怪獣映画と若大将映画がカップリングされて上映され、彼女はどちらの映画にもヒロイン役として登場されました。もちろん1960年代から銀幕の女優として数多くの映画やテレビドラマに出演され、活躍されてきました。現在でもBSテレビやスカパーなどで若大将シリーズや怪獣映画が時々放送されますが、テレビ画面には若かりし頃の星由里子さんの姿がまぶしく輝いていると同時に、あの頃の懐かしい時代を振り返ってみたりします。若大将シリーズと怪獣映画の2本立てで上映されていた古き良き時代の銀幕スターです。懐かしい昭和の香りが漂っています。お二人のご冥福を心より祈りたいと思います。

2018年05月18日

#175 魑魅魍魎の世界

 久しぶりに雨が降っています。今日の仕事は雨が降る前に冬に使用したダウンコートとマフラーを近くのクリーニング店に持って行き、その後庭の草取りをすることでした。当塾には部屋の南側に16畳ほどの小さな庭があり、春になるとすぐ草が生えてきて、ほおっておけば森のようになってしまいます(笑)。午前中に雨が降る前に何とか大きな草を抜いてしまい、これで2週間ほどは大丈夫でしょう。これから晩秋までは草との壮絶な闘いが続きます(笑)。
 さて本日のブログのタイトルですが、いま魑魅魍魎(ちみもうりょう)が世界に広がっています。ビットコインなどの仮想通貨の話です。昨晩NHKで面白い番組を放送していました。NHKスペシャル「仮想通貨ウォーズ~盗まれた580億円を追え」(再放送は5月17日(木)午前1時となっています)という番組で、NHKのHPでは次のようにこの番組を紹介しています。

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前代未聞、史上最大の“580億円分”の仮想通貨が交換会社から流出した事件。仮想通貨の普及を図る国際団体「NEM財団」は、流出した仮想通貨NEMに目印をつけて追跡を続けていたが、先月、追跡を停止したことを発表した。犯人側は匿名性の高いダークウェブを介して、巨額のNEMをビットコインなど、別の仮想通貨に交換。もはや犯人側の“勝利”かと思われた・・・。しかし、警察や財団とは別に、独自に犯人を追跡しているITのスペシャリスト「ホワイトハッカー」たちは諦めていなかった。「こうした事件を放置すると仮想通貨の未来が揺らぐ」という信念の元、各国のホワイトハッカーが犯人包囲網を構築し、交換後も追跡が可能な“独自のプログラム”を開発し、交換に関わった人物から情報を集めるなど、サイバー空間を舞台に一進一退の追跡劇が続いているのだ。果たして犯人は何者なのか?知られざるハッカーたちの攻防に密着する。
https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180512(予告動画あり)
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 見ていて背筋がぞっとするような番組でした。この番組は今年の1月に国内大手の仮想通貨交換所コインチェックから580億円が盗まれたその後を追跡しています。犯人を追跡する数名の天才的ハッカー達と犯人との攻防をドキュメンタリー形式で追跡した番組です。私の背筋が寒くなったのは次の事柄です。
 悪事をするためにはお金が必要です。一例として中東のISが国家を維持するためには莫大な金が必要でした。不当に獲得した原油を売ったりして国家を維持していました。資金が無くなりますと国家を維持することができません。ISが消滅した原因の1つは資金の枯渇です。
 ところが近年簡単に大金を手にすることができるようになりました。仮想通貨を盗んで現金に換金することです。コンピュータプログラムを作り出す知識があれば、その知識を用いて簡単に仮想通貨を手に入れることができる現代世界です。世間の人々はビットコインを始めとする仮想通貨に投資して金儲けしようとする投資熱に浮かされていますが、あくまでも国家が運営する現実の金銭ではありません。いつ無くなるかもしれない仮想の金銭です。私はどうしてもこの状況が80年代のバブル期の国内の投資熱と重なってしまいます。仮想通貨がうまく運営されているときには問題は起こりませんが、一端不況や紛争などが発生しますと仮想通貨は雲散霧消してしまいます。文字通り何も残りません。
 この番組を通して見えてきましたのは、世界を動かしているのは国家や経済ではなく、すべてが金だということです。つまり金を所有する者が国家や経済を動かし、人間をも動かし、この世を支配しているという現実に改めて気づかされました。本当に恐ろしい魑魅魍魎の世界です。

2018年05月13日

#174 #ThankYouIchiro

 今年のゴールデンウィークも残すところあと2日となりました。昨日までは晴天でも強風が吹いていましたが、本日は穏やかな天気になり、行楽には絶好の一日となっています。近くの大牟田市動物園には多くの子ども連れの親子で賑わっています。大牟田市も多くの来園客に対応できるように、大牟田駅から動物園まで臨時の無料バスを運行しています。
 さて昨日はイチロー選手に関するニュースが世界中を駆け巡りました。国内外のマスコミはこぞってイチロー選手に関するニュースをトップ扱いで報道していました。イチロー選手本人もインタビューでこの日が来ることを覚悟していた様子でしたが、「球団の会長付特別補佐」としてシアトルマリナーズに「生涯雇用」の肩書で残るそうです。今季は選手として試合には出ませんが、来季は選手として出る可能性も残っているそうです。今後イチロー選手はいつもの通り選手に同行して練習をするそうです。
 しかしイチロー選手にとっては実質上の引退と思われます。今季成績が振るわなかった上、外野手が5人もいては活躍する選手が最優先されます。また選手登録枠数の問題もあります。アメリカ人は活躍する選手に対して本当に称賛しますが、不振な選手に対してはブーイングが起こり、下部組織への移動や引退解雇など厳しく対応します。イチロー以外の選手でしたら、今回即解雇または自由契約となることろでしょう。シアトルマリナーズはこれまで素晴らしい実績を残してきた偉大なイチロー選手に最高の敬意を表して今回の措置を決めたのでしょう。球団の大英断に喝采を送りたいと思います。なお本日のブログタイトル#ThankYouIchiroは米大リーグ公式ツイッターで、『「#ThankYouIchiro」のハッシュタグ(検索用ワード)をつけて動画を投稿。鋭い送球で走者を刺す「レーザービーム」や07年のオールスター戦でのランニングホームランなどを紹介し9時間で41万再生を超えた。』とあります。参考にご覧ください。

2018年05月05日

#173 高校の「朝課外」揺れる現場

 今日で4月が終わり、明日から5月になります。新学期が始まり、あっという間にひと月が過ぎたことになります。福岡県内の高等学校では2020年の大学入試改革に備えて、様々な改革が行われています。また文科省でも新形式の入試に備えて全国の指定された高校で新形式の模試を繰り返し、そのデータを集めています。入試改革に備えて待ったなしの状況が続いています。
 さて冒頭のタイトルですが、これは西日本新聞で現在取り上げている福岡県内の公立高校の朝課外についての報道です。(詳細はhttps://www.nishinippon.co.jp/nnp/anatoku/article/410668/をご覧ください。)福岡県内の公立高校では1970代より「朝課外」の名目で普通科の高校を中心に早朝7:30頃より授業が行われています。ほとんどの学校で生徒に授業を強制的に受けさせており、この朝課外授業に対して不満に思っている生徒が少なくありません。この状況に対して県教育委員会は各高校に対して朝課外授業の状況を調査しており、朝課外を選択制にするように通達しています。当塾に通っている生徒の話によると、今年度から朝課外が選択制となり、学校の対応の苦慮が見られます。
 私が聞いた話では朝課外授業は鹿児島県から始まり、現在九州各県で行われています。この習慣は関東や関西では見られませんが、70年代当時大手の予備校が九州に進出していなかったので、都会の生徒の学力に追いつこうと、授業時間を増やすために始まったと考えられます。その背景には大学入試の合格者を増やそうという各学校の思惑があります。特に普通科の公立学校では大学入試合格者数によって評価される傾向があり、入試結果は教員の人事移動にも影響します。
 生徒の中には早朝から授業を受ける意味がないと考える者も多く、この点で学校側と生徒側の意識のずれがあります。また朝課外授業だけでなく、放課後の課外授業もあります。放課後の課外授業も多くの学校で行われており、たいていは16:00~18:00まで授業を行っている学校が多くあります。生徒たちはその後部活動に参加し、福岡市内の県立学校の生徒達は7時半過ぎに校門を出ています。
 70年代と異なり、各県には大手の予備校があり、そこで勉強する生徒も多い現状では、果たして高校生にとり朝課外が必要なのか、この朝課外については今後も検討する大きな課題だと思います。

2018年04月30日

#172 生きていくあなたへ(3)

 緑がますます輝き始める頃になりました。近くの国道の花壇にはポピーやスミレの花が咲き乱れています。今日も朝から晴天ですが、空には少し霞がかかっています。さて昨日から大型連休に入りましたが、皆様はどのように過ごされるおつもりでしょうか。当塾はお盆休暇、年末年始休暇、年度末休暇以外は休まず授業をしていますので、大型連休中も平常通り授業をおこないます。
 さて故日野原先生の言葉を本日まで抜粋したいと思います。「生きていくあなたへ」には他にも多くの珠玉の言葉がありますので、是非一度お読みください。

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Q:どうしたら先生のように、年をとっても若く元気でいられるのでしょうか?
A:お若いですね、とか元気ですね、と言っていただけるのは、素直に嬉しいものです。僕は食べることや健康習慣だけでなく、美容にもそれなりに気を使っているのです。実は、この年末に、肌のしみとりにもチャレンジしてみたのです。人間には外見を整えることで、人に会いたくなったり、積極的な気持ちがわいてきたりする心が備わっているのだと実感します。
 そういった外見の若さというのも大事ですけれど、もし僕が若々しいと言われるのだとすれば、一番の原因は、常に新しい自分との出会いを大切に過ごしているからではないかと思います。
 過去の自分にこだわり、自分のやり方はこうだとか、自分はこういう性質だ、ということを決めつけず過ごしています。だから毎日が自己発見の連続なのです。
 その中には、日常の小さなことから、人生を変えるような重大なものまで様々あるのですが、特に大きく自己を見つけられたのは、苦難に遭ったときや病気を患ったときに多かったように思います。
 人間というものは苦難にあわなければなかなか目が覚めない。
 105歳まで長寿を頂いた僕ですが、実は子どもの頃から身体が弱く、結核や腎臓炎を患ったりと病気がちでした。そして今も心臓に病を抱え、思い通りにいかないあれこれの連続です。しかし病は僕にたくさんのことを教えてくれました。
 ルカによる福音書に、「貧しい人は、幸いである」「今泣いているものは、幸いである」という言葉がありますが、病を抱えている僕にはこの言葉の意味がよくわかります。
 人間というのは不思議なもので、苦しいとき、逆境のときにこそ自分の根源と出会うことができるのです。病や苦難によって、新しい自分を見つけたら、その恵みを受け取ると同時に、過去の自分の皮を脱ぎ捨てましょう。常に「キープ・オン・ゴーイング(前に進み続けよう)」。
 若々しさの秘訣にもつながる僕の大好きな言葉です。
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 幼い子ども達は常に自分の周りのものに興味を持ち、「何?どうして?」と近くの大人に問い続けます。日野原先生も仰るように、常に新鮮な気持ちで生きることが若さを保つの秘訣でしょう。年を取れば取るほど、物事を分かったつもりになり、感動することが無くなる傾向になりますが、世の中は常に変化していきます。例えば若い世代は古い世代には苦手なスマホを使いこなしています。何歳になっても世の中の動きに注視し、様々なものに興味を持って生きたいものです。生きている限り、これで終わりということはありません。常に新しい自分と出会いたいものです。
 それでは大型連休を有意義にお過ごしください。

2018年04月29日

#171 生きていくあなたへ(2)

 ここ数日間各地で真夏のような天気が続いています。昨日は30度を超えた場所が多くあったそうです。ここ大牟田でも最高気温が26度ほどでしたが、空気が乾燥していますので、木陰に入ると涼しく、爽やかな気分になります。
 さて本日も日野原先生の「生きていくあなたへ」から抜粋したいと思います。

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Q:離婚を経験し、もうこんな思いはしたくなくて、新たな出会いを求められずにいます。
A:どんな出会いにも、いつか必ず別れの時が来ます。
 僕も妻も長く夫婦でいましたが、結局死によって分かれる時が来ました。人はいつか必ず別れなくてはいけない。どれほどつらくても、曲げようもない事実であり、受け入れなくてはいけません。
 出会いは感動を伴うけれども、その幸福感が大きければ大きいほど、別れの時に覚える喪失感も大きいものですね。でも生きることと死ぬことの片方だけを選べないように、出会いと別れというものも、どちらか一方だけをとるというわけにはいかないのです。出会いと別れというのは1つのものなのです。
 出会いに感動しながらも、この感動の正体はどこにあるのだろうと、さらにむずむずしてしまう、そんな経験があなたにありませんか。出会いがもたらしてくれる感動の本質が何であるのかということは、その人と一緒にいる間には、すぐにわからないものなのだと僕は感じます。別れなければ、出会ったことの意味、本当の喜びを知ることはできません。
 別れというものはすでに出会いの中に含まれているものだとすると、別れたくないからもう新たに出会いたくないという人もいるかもしれませんね。でも人は生まれてきた時から、他人と出会わずに生きていくことはできないのです。
 愛する人と別れ、こんなつらい思いをするならいっそう出会わなければ楽だったのではないか、という気持ちになる日もあると思います。あるいは、たくさんの別れに心が疲れ、新たな出会いを避けたり恐れたりする気持ちになることもあるでしょう。人間とは弱いものです。
 別れというものは本当に悲しいものですね。それでも別れるべきその日が来たならば、ただ悲しさを感じて終わりにするのではなく、別れが教えてくれる「出会いの意味」に目を向けてみてほしいのです。別れとは、出会いの中にあり、悲しく静かに僕たちが出会った本当の意味を再確認させてくれるものだからです。たくさんの別れを経て、感動の正体を探し続けた今、僕は改めてそう感じているのです。
 『星の王子さま』にこんな別れのシーンがあります。王子さまが、自分の星に大切な薔薇(ばら)を置いてきてしまったことを後悔し、「絆(きずな)を結んだ人と交わした約束には永遠の責任があるんだ」と言って帰っていくとき、王子さまは地球で出会った、大切な真の友である飛行士にこう告げます。
 「悲しみはいつか和らぐよ。いつかその悲しい気持ちが和らいだら、僕と出会ってよかったって思うよ」
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 日野原先生が仰る通り、出会いと別れは表裏一体をなすものです。これは人の出会いだけではなく、ペットとの出会いや、書物など物との出会いも含まれます。大切にしていた指輪や本を失くしてしまうことも1つの別れでしょう。身近な人や物や健康などは自分の周りに存在する間は、その大切さが分かりませんが、失って初めてその価値に気づくものです。

2018年04月22日

#170 生きていくあなたへ(1)

 4月も早や中旬を迎え、青葉がますます煌めき始める頃となりました。昨日は低気圧通過のせいで、九州地方はかなりの雨量となりましたが、それがかえって新緑の季節に色合いを添えています。
 さて本日から数回にわたり故日野原重明の最後の対談集である「生きていくあなたへ」(幻冬舎刊)から抜粋したいと思います。この本は日野原先生が亡くなられる半年ほど前に対談形式で録音したものを編集したものです。先生の最後の肉声が聞こえてきます。また、あとがきに先生最期のメッセージが載っています。今日はその中から印象に残ったものを取り上げてみます。

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Q:先生は命の尊さを伝える活動を続けてこられましたが、命とはどんなものなのでしょうか?
A:命とは目には見えないけれど確かに存在する、エネルギー体のようなものです。ではそのエネルギー体はどこに存在するのかということですよね。僕は長年、命の尊さを伝えることを使命として、「命の授業」というタイトルで全国の10歳の子ども達と交流してきました。僕は子ども達にこう問いかけます。
「命はどこにあると思う?」
 そうすると子ども達は心臓のあたりを指したり、脳みそと答えたりするのです。
 心臓は身体を動かすために働いている単なるポンプのようなものに過ぎないよ。脳みそはいろんなことを考え出す機能を持った身体の一部でしかないんだよ、そして、「命というのは君達が使える時間の中にあるんだよ」と子ども達に伝えてきました。僕は続けます。
 君達は今、毎日朝ごはんを食べて、学校に来て勉強して、友達と遊んで……。これは誰のためにしてると思う?すべて自分のためだよね。君達は、子どものうちは与えられている時間を全部自分のために使いなさい。だけれども、君達が大きくなったら、その時間をほかの人のため、社会のために使わないといけない。そう気づく時が必ず来るよ。だから大きくなって大人になったら、君達の時間をできるだけまわりの人のために使ってくださいね。
 そして地上での時間が終わったとき、神様が天秤を持って待っているのです。生きてきた時間のうち、人のために使った時間が多いか、自分のために使った時間が多いかをはかって、人のために使ったほうが多い人が天国に行けるんだよ。
 そう話すと、子ども達は目をきらきらさせて、僕の話を聞いてくれます。子ども達は、大人よりすんなりと理解してくれるものです。「天の御国は子どものような心を持ったもののためにある」という意味の聖書の言葉があります。
 命とは何であるか。本当に理解しているのは、もしかしたら子どものほうかもしれないですね。
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 日野原先生の仰るとおり、人間の価値はお金や地位や権力、容姿容貌で決まるのではなく、生きている間にどれだけ他人のために自分の時間を使ったか、換言すれば、「どれだけ人を愛したか」に尽きると思います。私のような我欲の多い凡人にはなかなか到達できる心境ではありません。しかし自分にできることを少しずつ実行していくことで、いつか神様の善悪をはかる天秤が少しでも平行になるよう努めたいと思います。

2018年04月15日

#169 ランドセルの旅立ち

 この1週間は新年度を迎え、小学校から大学までのほとんどの学校で始業式や入学式が行われました。校舎に生徒の笑顔が溢れて、すっかり学校らしい雰囲気が戻ってきました。学校という場所はもちろん生徒が主役であり、生徒あっての学校です。今年度の学校教育はどのような顔を見せてくれるでしょうか。生徒の明るい笑顔に期待したいと思います。
 さて昨日ネット検索をしていましたら、面白い記事に遭遇しましたので、今日はそれを引用します。
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「約9000個のランドセルが旅立ちへ」
(https://www.jiji.com/jc/movie?p=n000844)
 使い終わった約9000個のランドセルに学用品を詰めてアフガニスタンの子どもたちに贈る作業が7日、横浜市内で行われた。全国から送られてきたランドセルを、クラレの社員や関係者ら約190人が一つ一つ開封、検品し、ノートやペンを詰めて段ボールに梱包していった。ランドセルは船で運ばれ、秋以降に現地の子どもたちの手に渡る予定。【時事通信映像センター撮影】
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 上記のニュースは画像がありますので、ぜひご覧ください。ものすごい数のランドセルが山積みとなり、関係者がが整理に追われています。たしかに小学校を卒業して使われなくなったランドセルは、ただのごみになります。子供の記念としてミニチュアのランドセルに作り変えるサービスもありますが、大抵は押入れの片隅に保存されて、ついには捨てられる運命になるのではないでしょうか。捨てられるくらいなら、古いランドセルを発展途上国の子どもたちに使ってもらう方がランドセルにとって大喜びです。日本のランドセルは作りもしっかりとして耐久性にも優れています。文具を買えない子どもたちにとって、かけがえのないプレゼントになります。心温まるニュースです。
 もう一つ似た様なニュースがあります。
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「JR武蔵野線の列車、行き先「ジャカルタ」表示」
(http://www.yomiuri.co.jp/economy/20180407-OYT1T50067.html)
 行き先を「ジャカルタ」と表示した回送列車が3月以降、千葉市から新潟市に向けて走っている。日本での役割を終え、新潟の港からインドネシアに輸出される中古車両の活躍を願い、JR東日本の社員が表示板を手作りした。粋な心遣いが、沿線住民や鉄道ファンの間で話題を呼んでいる。
 千葉県習志野市のJR新習志野駅に3月30日午前9時半過ぎ、機関車に引っ張られた8両編成の回送列車が到着した。最後尾の運転席上部に掲げられた行き先表示は、インドネシアの首都「ジャカルタ JAKARTA」。ホームでは約50人の鉄道ファンが熱心にシャッターを切る。機関車の警笛が鳴り響く中、列車は異国に向けて旅立った。
 車両は営業運転を終えた武蔵野線の「205系」。JR東はインドネシアの鉄道会社から申し出を受け、2020年までに、1985年~91年の製造で更新期を迎えた336両をこの会社に有償で引き渡す。3月2日から順次、千葉支社の車両センターから出発させている。
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 日本では一定期間を過ぎると電車は世代交代のために廃車となりますが、まだまだ充分走ることができます。そのような電車たちに第2の人生(余生)を海外で過ごしてもらおうという企画です。電車をただ海外に移送するのではなく、電車に花道を迎えさせるために行先を「ジャカルタ」と表示させたのでしょう。電車たちを気遣い、勇退させようとする日本人らしい発想だと思います。
 上記の2つのニュースを通して、久しぶりに日本人らしい細やかさを感じることができました。

2018年04月08日

#168 桜雨の降る頃に

 今日は4月1日、新年度の始まりです。本日は日曜日のために実質上は明日2日から大半の企業や官公庁で新年度が始まることになります。いくつかの大学や小学校で本日入学式が行われる場面をテレビで流していました。いずれにしても新しい季節の始まりです。
 今年の桜は天気にも恵まれ、日本国内の多くの場所で今週末まで花見が行われています。地域によってはさすがに葉桜が増えてきていますが、それでもまだ桜を愛でる日が続いています。日本の桜まつりは最近では日本国内だけでなく海外でも評判がよく、中国や韓国を始め多くの外国人がこの季節に合わせて日本にやってきます。日本の風情を最も楽しめる季節の一つとして世界中に知られるようになりました。
 桜と言えば、開花から1種間ほどで満開を迎えますが、今年はかなりの地域で1週間以上咲き誇っているようです。特に満開を過ぎて花弁が風に吹かれて一斉に散っていく桜雨の様子は形容しがたいほどの桜花の潔さを示し、古来より日本人の心を表わすような佇まいを表現します。特に卒業式や入学式に見ることができる桜は春の季節の色合いをいっそう高めてくれます。

  桜の雨が降る頃に 君に初めて出会った
  まだ幼い笑顔が とても素敵だったね
  いつしか季節はめぐり 君はここを出ていく
  思い出胸にかかえて 君は故郷を出ていく
  愛は春風のように 心に花を咲かせて
  そして遥かな旅路へと 君を誘っている
  桜の雨が降る頃に 君と出会い別れた
  そしていつか 帰っておいでよ
  ここは君のふるさと  (♪桜雨の降る頃に)

 桜雨の季節が終われば、新緑の候を迎えます。緑がひと際美しい季節を迎えます。また新たな気持ちで新年度に臨みたいと思います。

2018年04月01日

#167 戦慄の近未来!

 今日で平成29年度(2017年度)が終了します。当塾では昨日から授業を再開しましたが、今年度は中学3年生4名が当塾を卒業しました。いずれの生徒も2~3年当塾に通った生徒でした。4月からは全員が第1志望の高校へ進学します。生徒達の前途を心より祝福したいと思います。
 さて昨日録画しておいた映画を観ましたが、あまりにも面白くて、つい夜更かしをしてしまいました。それと同時に近未来におそらく類似した事件が発生するだろうと考えると背筋がぞっとしました。映画のタイトルは「アイ、ロボット(I, Robot)」です。あらすじを簡単にまとめますと次のようになります。
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 近未来の2035年、舞台はアメリカで、ロボットが活躍する社会です。利便性の増した次世代家庭用ロボットNS-5が各家庭に導入されます。そんな折にロボット嫌いなスプーナー刑事の下に連絡が入ります。ロボット工学の第一人者であり、スプーナーの恩人でもあるラニング博士がU.S.R.本社ビル内で死亡しているのが発見されます。現場に残されていたホログラムプロジェクターにはスプーナーを呼ぶよう遺言が残されていました。警察は自殺と判断しますが、腑に落ちないスプーナーは、ラニング博士の愛弟子であるロボット心理学者のカルヴィン博士と共に研究室の中を探り、「サニー」と名乗り人間に近い感情を持つNS-5型ロボットを発見します。そのサニーが逃亡し、ロボットが人間に逆らい自由意思を持つことが明らかになります。…途中省略…そのような状況下でロボットが人間に対して反乱を起こし、人間とロボットの戦いが始まりますが、ロボットをコントロールしているのはロボットを管理しているホストコンピュータ「ヴィキ」だということが判明します。このコンピュータを破壊することでロボットによる反乱は終息を迎えます。ロボットはすべてミシガン湖畔の倉庫へと収容され、使命を遂げたサニーもそこへ向かいます。サニーが丘を見つめその上に立つと、集められたロボット達はサニーを見上げます。それはまさに、サニーが夢の中で見た「ミシガン湖の湖畔と、丘の上に立つ人物がロボットを解放する」光景だったのです。(ウィキペディアより抜粋、要約)
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 このような内容のSF映画ですが、ロボットが反乱を起こした理由は、「①人間は自然を破壊してきた。②人間は人類にとり自ら脅威となっている。③地球を救うために人間の排除が必要である。」と映画の中で訴えていました。確かに3つの理由すべてが理にかなっています。私たち人類はこれまで地球環境を破壊し続け、人間以外の他の多くの生物たちを死に追いやりました。さらにこの惑星地球も今破壊尽くそうとしています。
 このような状況下で、もし地球に意思があるとすれば、地球が自分の命を守るために早晩今の人類を天変地異等により滅ぼす手段に出てもおかしくありません。実際起こり始めているのではと、危惧したくなります。
 私たちは生きている地球に感謝して、他の生命体と共存できる環境を作り上げるような時期に来ていると思います。そうしないと人類自ら作り上げたAI(人工知能)やインターネットの暴走により、または悪意ある集団の管理下により人類全体が危機に陥ることになりかねません。特に囲碁や将棋の世界ではAIの絶対的な勝利が人間以上の能力を持つことを証明しています。また工場では多くのロボットが働いており、それを管理する少数の人間がいれば充分な状況です。最近ではロボットの受付嬢が働くホテルも登場しました。今後は様々な分野で有能なロボットが登場することでしょう。このことは私たち人類を労働から解放することを意味していますが、反対に無能は人間は社会からはみ出すことも危惧されます。近未来は私たちの自由意思にかかっています。
 便利な世界が人類にとり必ずしも幸せとは限らないでしょう。人類の未来は今生きている私たちの行動にかかっています。特に映画の最後のシーンが何を意味しているかを皆さんにじっくり考えていただきたいと思います。ぜひ観ていただきたい映画です。

2018年03月31日

#166 子ども食堂、悩むニーズ把握

 前回まで政治的な話題が続きましたので、今日は久しぶりに「子ども食堂」の話をしたいと思います。昨日の西日本新聞に『子ども食堂、悩むニーズ把握 7割「来てほしい子来ない」九州運営者アンケート』という記事が載っていました。(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/403341/を参照)この記事を引用します。
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 温かい食事や居場所を提供する「子ども食堂」について、九州の運営者にアンケートしたところ、7割が「来てほしい家庭の子に来てもらえない」とニーズ把握に悩んでいることが分かった。17日に福岡県春日市であった「広がれ、こども食堂の輪! 全国ツアーin福岡&九州サミット」の実行委員会が調査した。実行委は「地域や子どものニーズに合わせて食堂の形態を考えていく段階に来ている」と指摘する。
 アンケートは2~3月に実施。九州7県で子ども食堂を運営する49の団体・個人から回答を得た。利用対象者を尋ねたところ、7割以上が「大人を含めて誰でも」。子ども食堂は貧困対策を出発点としてきたが、最近は家庭や地域に居場所のない子の受け皿になったり、学習支援の場になったりと形態が多様化しており、対象を「生活困窮家庭の子」に限っているのは2カ所だけだった。
 課題は、地域の中で「来てほしい子」をどう把握するか。呼び掛けるだけでは限界もあり、アンケートでは、35カ所がスクールソーシャルワーカーや民生委員など他団体から紹介してもらったことがあると回答した。どんな子に来てほしいか、運営側の意識統一ができていないケースもある。
 一方、食堂に来た子を児童相談所や自治体の支援窓口につなげたことがあるのは5カ所にとどまった。運営スタッフは有志中心で対応が難しいケースもあり、実行委員長を務めた大西良筑紫女学園大准教授(社会福祉学)は「子ども食堂を持続可能な取り組みにするには、スタッフの負担を減らし、専門機関とも連携を深める必要がある」と提言する。
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 確かに上記の記事にある通りだと思います。私は毎週木曜日に手鎌地区公民館で大牟田市の委託による社会福祉協議会主催の学習支援活動にボランティアとして参加していますが、現在10数名の生徒が学習しています。しかし、民生委員などの話では市内に百数十名ほどの貧困家庭の子ども達がおり、市内2か所の学習支援に参加している子どもの割合はおよそ全体の2割程度になります。また大牟田市内にも「こども食堂」に該当するボランティア団体がありますが、参加人数はそれほど多くありません。
 この原因はいろいろあると思いますが、まず第一に支援の必要な家庭の保護者が学習支援やこども食堂の存在を知らないことが挙げられます。大牟田市では「市政だより」等で広報をしていますが、「市政だより」を見ませんと親御さんは気づきません。どのように知らせるかが今後の課題であり、まだまだ努力不足があるようです。次に考えられるのが親御さんが必要性を感じていない。言いかえれば子供の教育に関心がない、ということになります。いずれにしても子ども自身がこのような支援活動に気づくことは少なく、市役所の福祉課や、民生委員の努力により支援活動の存在を知らせていく必要があります。
 また子ども食堂の運営に成功しているところもあります。一例として「赤ちゃんポスト」で有名な熊本の慈恵病院の「エンゼルこども食堂」は熊本地震2週間後に子ども食堂を始めたそうですが2年間でのべ6000人のこどもに食事を提供したそうです。貧困世帯のほか、親が働いて一人で食事する孤食の子どもに無料で食事を提供しています。(https://www.nishinippon.co.jp/sp/nnp/kumamoto/article/403037/)
 これからも学習支援や子ども食堂のような福祉活動が広がりを見せるでしょうが、地域や子どものニーズに合った活動となるように工夫を凝らす必要があります。

2018年03月25日

#165 疑心暗鬼2

 前回のテーマの続きになります。前回はフェイクニュースに関する疑心暗鬼を述べましたが、今回はもう一つの疑心暗鬼の話です。ご存知のようにテレビや新聞、雑誌を含め総じてマスコミは「自分の不利になる情報は出さない、載せない」ということです。一例を挙げますとチベットで行われている中国による蛮行を記事にする報道各社はほとんどいません。これが政府圧力による報道管制によるものなのか、各社の自主規制によるものか判断できませんが、中国の不利になる情報を取り上げると、それ以降の取材等が厳しく制限され記事が書けなくなるという懸念がNHKを含め報道各社にありそうです。このことは国内だけでなく、海外、特にアメリカによく当てはまります。例えば日本に普及しているCNNのニュースは反トランプ姿勢が目立ちます。トランプ大統領の地元ニューヨークではトランプ人気が依然続いていますが、CNNはこの事実を無視して反トランプの意見を流しています。一般市民のインタビューでも反トランプ内容の意見が目立ちます。
 また卑近な例では、スマップ騒動顛末並びにNHKの紅白歌合戦の出演歌手所属の芸能事務所の偏りに自主規制の傾向が見られます。テレビではスマップの3人が脱退した後に元の芸能プロダクションから圧力がかかり、3人に関する情報があまり見られない様になっています。このことは3人の人気に陰りが出た結果ではなく、芸能プロの機嫌を損なわないように、各芸能記者が自主規制しているということでしょう。また昨年大晦日のNHK紅白歌合戦では、ある芸能プロ所属の歌手の人数が突出しており、いかに芸能プロの勢力を無視できないかという証左にもなります。本来であれば、紅白歌合戦はあらゆる世代の歌手を登場させる国民的番組でなければなりませんが、最近の紅白は著しい偏向が見られます。また年末の日本レコード大賞では候補者のノミネートの際にも金銭売買で候補者を選ぶ旨の黒いうわさが飛び交っていますが、真相は闇の中です。
 前回と今回の2回のブログを通して言いたかったことは、「流れてくる情報をそのまま鵜呑みにしてはならない」ということです。1つの情報に対して本当に正しいかどうか一応疑ってみる必要があります。いわゆるクリティカル・シンキング(物事に対して客観的かつ批判的に考えること)を私たちは日頃より実践する必要があります。今はネット時代ですので、様々な情報が流れてきます。1つの情報だけでなく、様々な角度からいくつかの情報を俯瞰しなければ正しいかどうか判断できないのです。

2018年03月24日

#164 疑心暗鬼1

 昨晩NHKで面白い番組を放送していました。フェイクニュースについての特集です。私が愕然としたのは、番組冒頭で紹介された「ナイアガラ完全凍結」のニュースでした。確かにネット上で騒がれたニュースでもあり、当塾の生徒達にも紹介しましたが、ナイアガラ滝周辺の人々はこのニュースを完全に否定し、完全なデタラメだとNHKでは説明していました。私もすっかり騙されてしまいました。
 ネット上には様々なニュースや情報が飛び交っています。発信された情報について何が真実なのかまるで分らない状態です。コンピュータやITテクノロジーのおかげで特に画像や音声は簡単に作り変えることができます。NHKの番組内でも説明していましたが、フェイクニュースを作ることで多額の広告費を得ることができるそうです。1月で60万円稼げるそうです。金のためには何でもする拝金主義が世界中を跋扈しています。
 この人倫にも劣る状況はネット上の情報に限らず新聞や雑誌等のマスコミも実際行っています。一例としてA新聞が引き起こした慰安婦問題が取り上げられます。吉田清治なる人物が書いた捏造本をA新聞はその内容を確かめもせずにそのまま信じ世界中に流布してしまい、その結果今のように韓国や中国から日本国家があたかも慰安婦を性奴隷として国家組織的に扱った事に対して激しく抗議している状況を作り出しています。ここでは個々の慰安婦事例については取り上げません。日本国家が慰安婦を組織的に性奴隷にしなかったということです。
 また湾岸戦争を引き起こした原因であるイラクが1990年にクウェートに侵攻した直後にアメリカや世界中である映像が繰り返し放送されました。クウェートから脱出してきた難民の少女がアメリカの下院議会にて「イラク兵はクウェートの病院まで攻めてきて赤ちゃんを保育器から出し殺すところを見ました」と涙ながらにクウェートでの現状を訴える映像です。また油まみれになった水鳥の映像も繰り返し放送されます。これは、イラク軍がペルシャ湾に原油を流出させたためにこのような状態になっている世界中に訴えかけられたのです。これらはアメリカや世界の世論を大きく動かし湾岸戦争へ突入する一因となります。しかし実は、この映像は後に完全なる「やらせ」であったことが発覚します。まず、クウェートの難民の少女。彼女は本当のところクウェート駐米大使の娘だったことが発覚!しかも、クウェートに一度も行ったことすらなくずっとアメリカに住んでいた・・・。(http://www12.plala.or.jp/rekisi/wangann.htmより引用l)
 このように戦争さえも引き起こすことがあるフェイクニュースに私たちは充分気をつける必要があります。1つの情報に頼るのではなく、複数の情報源を元に何が正しいか、間違っているかを常に意識する必要があります。そうしないと簡単に騙されてしまいます。特にニュース番組がデモや街頭インタビューを行いますが、その対象者が一般市民なのか、左翼、右翼等のシンパなのかを見極めなければなりません。私たちはいつの間にか洗脳されてしまいます。いつも疑心暗鬼になるひつようはありませんが、常に与えられた情報が正しいかどうかを考える必要があります。

2018年03月23日

#163 止まり木

 昨日と今日は開塾当初から通っていた中学3年生(卒業生)達3名が最後の授業を受けて卒業していきました。3名とも中学1年生から2年以上当塾に通っていた生徒でした。高校入学後も引き続き授業を受ける予定の生徒もいますが、塾開設当初から通ってきた中学生はすべて卒業したことになります。これで学習塾ニコラも一つの時代が終わり、次の時代へ進むことになります。
 新年度になり新しい生徒たちが来ることでしょう。そしてまたいつかこの学び舎を去っていきます。在籍年数が定まっている学校とは異なり、当塾の存在価値は生徒の学力に応じた学習効果を高めてやることです。生徒によっては1~2か月の短い在籍かも知れませんし、2~3年学び続けるかもしれません。各家庭の経済状況に関わらず、生徒のニーズに応じた学習の場を提供することが当塾の目的だと思っています。
 学習塾ニコラは例えると渡り鳥が移動の途中で休んでいく止まり木のような存在だと思っています。当塾では数十名の生徒を相手にした集団授業はしません。生徒の人数が多くなればなるほど生徒間の学力差が大きくなり、生徒個人に応じた学習指導ができなくなるからです。あくまでも生徒一人ひとりを大切に考えると個別指導が理想になります。受験指導のように同じ程度の学力を持つ生徒であれば数名単位の授業が可能になりますが、それでも残念ながら多少の学力差が生じてしまいます。
 当塾ではこれまで様々な年齢の生徒を受け入れてきました。時期は異なりますが下は小学2年生から上は4年生大学の編入試験を受ける短大生まで様々な生徒が来てくれました。学年が異なれば準備する教材や指導の仕方が変わります。色々大変なことがありますが、これからも当塾に来てくれる生徒のために精進するつもりでいます。どのような生徒たちが来てくれるか楽しみです。
 なお「新着情報」にも載せていますが、当塾は来年度の準備をするために3月21日から3月28日まで休業になります。問い合わせ等は従来通り受け電話やメール付けています。

2018年03月18日

#162 3.11に思う

 今日は3月11日です。東日本大震災から7年が経ちました。朝からNHKや民放の各テレビ局が震災に関する特集番組を放送しています。月日の経つのは本当に早く、あれから7年経ったとはとても思えないくらいです。以前のブログにも書きましたが、大地震が発生した時は私は授業中で、授業を終えて職員室に戻った時に同僚から地震のことを聞き、テレビ画面に映された津波の状況を目にし、茫然となったことを思い出します。
 あの震災から7年が経ちましたが、その間に多くの自然災害が発生しています。霧島連山の新燃岳の噴火や2年前の熊本地震を始めとする熊本や大分で発生した一連の地震被害、九州北部豪雨など毎年のように大きな自然災害が起こっています。地震、噴火、風雨災害など、いつどこで災害が発生してもおかしくない状況が続いています。最近は気象情報技術の進歩により台風や大雨の予報はかなり進歩しましたが、急に発生する地震や火山噴火については今でも予想しがたい状況です。
 自分の住んでいる場所が自然災害から安全であると言える場所は日本にはどこにもありません。この国は地震と噴火が同居する火山列島であり、私達の祖先は多くの自然災害と共存しながら生活してきたのです。ここ大牟田は地盤の関係で熊本地震でも震度4程度の揺れで済みました。しかし臥龍梅で有名な普光寺の社伝によりますと、「建久3年1192の三池山大地震で堂宇は全て破滅した。」とあります。やはり1千年ほど前に大牟田でも大地震が発生しているのです。
 台風や大雨など予め予想されている被害については充分な対策を取ることができますが、地震など突然発生する災害に対しては常日頃より防災意識を持ち、食料や水の備蓄品などを用意しておく必要があります。また隣近所の方々との日頃のコミュニケーションも必要となります。都市部ではマンションやアパートで多くの人が暮らしており、以前のように隣近所の人が集まり井戸端会議をすることが少なくなりましたが、やはり災害を生き抜くには人々の日頃の繋がりが必要です。
 遠からず東日本大震災よりもはるかに規模の大きな南海・東南海地震が発生します。この大地震が発生した時には九州地方から関東まで広域の大災害が予想されます。「災害は忘れたころにやって来る」を常に心に留め、災害からは自分自身で身を守ることを意識して生活しましょう。東日本大震災で亡くなられた方々に心より哀悼の意を表します。

2018年03月11日

#161 2355

 今日は日中23度を超える最高気温を記録し、早春から一気に初夏になったような一日でした。しかし、この天気はこのまま続かずに、週の中頃にはまた冬に戻るような気温になると天気予報が伝えています。三寒四温の続く3月ですが、花粉も飛び散る時期ですし、花粉症の症状がひどくなる時期です。体調管理には充分気をつけてください。
 さて「2355」という言葉を聞いたことがありますか。この言葉をご存知の方はすでにこの番組のファンとなっている方でしょう。この「2355」はNHKのEテレで月曜日から金曜日まで放送されている5分番組です。番組のタイトルが示す通り、深夜23時55分に始まります。番組のテーマソングは細野晴臣氏が歌っています。毎回趣向を凝らしながら、視ていてホッとする数少ない番組の1つです。有名歌手や芸能人による様々な歌も登場します。今年は戌年なので、「ポチが通ります」は名曲です。番組の中で特に面白いのは「日めくりカレンダー」です。日めくりカレンダーを様々なアニメキャラクターがめくり、翌日の日付を確認していきます。また番組の最後に出てくるトビハゼは何ともかわいらしい表情で、一日の疲れを取ってくれる優れモノです。2355を見た後で寝床に入ればぐっすり眠れます。
 なお朝番組に類似番組の「0655」がありますが、朝慌ただしい時間帯であり、視る時間がありません。また録画して観るのはお勧めできません。録画して観たことがありますが、あくまでも朝の番組ですので、元気なニワトリが勢いよく鳴き回り、観ていますと精神がだんだん興奮してきます。この番組を視た後にますます眠れなくなります。あくまでも「2355」を見て、良い眠りについてください。
 今日はEテレの宣伝でした(笑)。

2018年03月04日

#160 暦の上では

君が涙ぽつんと落とした日 街では
もう春のセーターが店先に並んでた
街はまだ冬の名残り 風は冷たい・・・ (♪「暦の上では」伊勢正三)

 今日は3月1日です。暦の上では春ですが、朝晩はまだ寒く、冷え込みが厳しい日もあります。しかし季節は早春を迎え、日一日と春の兆しがみられる今日この頃です。
 さて3月1日には福岡県内の県立、私立高等学校の多くで卒業式が行われます。勉強や部活動などで忙しい高校生活の3年間はあっという間に過ぎ去り、次の新しい人生に一歩を踏み出すのが卒業式です。次の学校へ進学する生徒もいますし、一足早く社会に出ていく生徒もいます。私も長い教員生活で高校3年生の教科担任を15年、高3担任を10回経験させて頂きました。高校3年という学年は他の学年と比べて比重が重く、次の進路を目指して生徒と教師の共同作業を行う学年です。学校としては生徒の卒業後の進路を確保する出口の学年でもあります。高校3年生の担任をして初めて学年全体や生徒指導が把握でき、他学年に比べて仕事量が多く、毎日の仕事に追われますが、自分が担任した教え子を卒業させるということは教師冥利につきる、と言えます。
 現在非常勤講師を務めている明光学園でも本日卒業式が行われました。私は1クラスだけでしたが、英語を担当しましたので、卒業していく生徒たちの顔を懐かしく見ていました。彼女たちのこれからの人生に幸多かれ、と祈りたいと思います。自我が目覚める10代の時期には自分が両親や周囲の人々から守られていることになかなか気づきません。様々な誘惑の多い10代の時期をうまく乗り越え、大人になることができるのは周囲の暖かい眼差しと助言のおかげです。
 「卒業」という言葉は学生だけのものではなく、人生の様々な節目にある人にも言えます。今までの世界に別れを告げ新しい世界に進む人には、今までの環境をすべて「卒業」することになります。就職、結婚、離婚、転職すべてに当てはまります。今日卒業した高校3年生だけでなく、新しい環境に入っていく全ての人たちに祝福の言葉を送りたいと思います。
 ところで、3月7日には福岡県立高等学校の入試が行われます。当塾に来ている中学3年生は全員私立高校の入試に合格していますが、県立高校の入試にも挑戦します。中学3年生は1週間後の入試に向けて最後の頑張りに入っています。泣いても笑っても残り1週間が勝負です。日本中のすべての中学3年生の健闘を称えたいと思います。頑張れ受験生!

にぎやかな午後のひととき
暦の上ではもう春なのに
まだまだ寒い日が続く・・・ (♪ 「暦の上では」伊勢正三)

2018年03月01日

#159 平昌オリンピックと今後の課題

 平昌オリンピックも今日閉会式を迎えます。ブログで3回にわたりオリンピックを取り上げましたが、今回のオリンピックは日本選手にとり一番印象に残る大会となったようです。獲得メダル数では長野オリンピックを超える13個となり、選手個人だけでなく、国を挙げて取り組んだ成果が実ったようです。またメダルを取れなかった競技も選手たちの健闘が称えられるものとなりました。次の北京大会につながる大会となったようです。選手たちの頑張りは私たちに本当に勇気と希望を与えてくれます。私たちにできないことを代表して選手たちが闘ってくれます。そのような選手たちに経済的、精神的援助を差し伸べることも私たちができることの1つになります。2年後には東京オリンピックが開催されますが、今以上に選手たちを応援し支えていく必要があります。
 今朝のニュース番組を見て納得したのですが、前回のブログで指摘した国際オリンピックの金銭問題の件です。アメリカのNBCテレビが10年間の放送権料を1兆円を超える金額ですでに獲得しているそうです。NBCの年間スポーツ放送計画によりますとオリンピック放送の最適な時期が夏しかなく、ここに東京オリンピックの開催をするようにオリンピック委員会に提案し、それが了承されたそうです。オリンピック委員会は1兆円を超える金額に目が眩んだのでしょう。日本の真夏がいかに酷暑であるかという現実に目をつぶり、日本開催を決定したのが真相のようです。このような金まみれのオリンピックは早晩息詰まるでしょう。権威ある大会をいつまでも続けるために早急の大改革が必要となっています。金銭まみれの国際オリンピック委員会ですが、日本オリンピック委員会にはまだ善意があると信じたいです。まず自国の委員会から姿勢を正して世界にスポーツにおける公正な精神と不正をただす働きをしていただきたいと思います。3月9日はパラリンピックが始まります。今回のオリンピックほど注目度は高くありませんが、参加選手が堂々と競い合える大会にしてもらいたいと思います。日本選手頑張れ!

2018年02月25日

#158 誰のためのオリンピック?

 今日は朝から快晴で正午の気温も10度近くあり、霞がかかったような早春の空が広がっています。あれほど厳しい冬がまるで過ぎ去ったかのような陽気です。すでに2月の下旬になりますので、このまま温かな春になればと思っています。
 さて平昌オリンピックも後半に入りましたが、昨日の男子フィギュアスケートは圧巻でした。怪我から復帰した羽生選手は見事金メダル、また宇野選手は銀メダルを獲得し、会場に初めて国歌「君が代」が流れました。2人ともこれまでの努力が見事に報われた瞬間でした。「努力は報われる」を地で行った2人です。またカーリングを始め多くの種目で日本選手が頑張っています。彼らにも大いに声援を送りたいと思います。
 ところで、今回の平昌オリンピックを始め、最近のオリンピックは誰のためのものか首を傾げる状況が続いています。言いかえればオリンピックは元来参加する選手のための競技会であるはずですが、巨大な利権が複雑に絡み合い、オリンピック組織委員を含め、それに群がる私欲の集まりと化しています。変則的な競技時間の設定など、欧米社会の視聴時間に設定して競技を行っていますので、完全に選手の体調やコンディションを無視したものとなっています。例えば男子ノーマルジャンプは夜遅く行われ、強風も吹き、たびたび競技が延期されました。けっきょく表彰式は午前零時過ぎに行われ、観客はほとんどいない状態でした。これではメダルを獲得した選手に失礼です。
 話によるとアメリカのあるTV放送局がオリンピックの放送権を獲得し、その意向が強く働いているそうです。これは2020年の東京オリンピックにも影響するとのことで、おそらく今回同様に参加選手にとり過酷な競技の設定時間となるでしょう。また東京オリンピックは6月の下旬に始まります。国際オリンピック委員会は日本の梅雨の時期がどのような状況か知らないのでしょう。高温多湿の時期に競技をすることは選手の能力以上に運が左右します。観衆のためのオリンピックに成り下がった状態は古代ローマで行われた猛獣と戦う戦士を彷彿させます。猛獣と戦い、敗れた戦士は別の戦士と取り替わります。猛獣に勝った戦士は観衆から賛美をもらいます。同様に今のオリンピック参加選手は残念ながらオリンピック委員会やTV局にとり消耗品でしかないのです。
 前回の1964年の東京オリンピックは参加選手にとり競技しやすい時期で、最高の実力が発揮できる10月でした。今回の日本オリンピック委員会は開催地獲得のために、組織委員会に日本の6月の気候について強く言えなかったのでしょうか。いずれにしても不可解です。前回のブログでも述べましたが、ロサンゼルス大会以降は金満オリンピックが続いており、利権獲得のために莫大な金銭が飛び交っています。オリンピック組織委員会メンバーの収賄事件も後を絶ちません。嘆かわしい限りです。これでは「一民間団体」であるオリンピック委員会に代わり、利権が絡まない国際連合などの国際団体が運営する競技会に移行するような運動を起こさない限り、早晩現在のオリンピックは継続できなくなるでしょう。せめて2020年の東京オリンピックでは本来のオリンピックの目的を果たせることができるような大会にしてもらいたいと思います。

2018年02月18日

#157 平昌オリンピック始まる

 平昌オリンピックが始まりました。開催前から様々な問題を抱えていたオリンピックですが、開会式の熱狂でそれを吹き飛ばしたかのような雰囲気です。日本の隣国での開催にすでにテレビ各局は一日中オリンピックの放送に力を注いでいます。スキーやスケートを始め、様々な種目で日本人選手の活躍を大いに期待したいと思います。
 さて4年おきに開催される夏季・冬季オリンピックですが、創設者クーベルタンの思いとは裏腹に最近のオリンピックの政治的な利用、商業利用、国家的ドーピング問題、環境破壊等様々な問題を抱えています。個人的な意見として平和な牧歌的なオリンピックはおそらく1964年の第18回東京オリンピックで終了したように思われます。特に閉会式では国家を超えて一丸となって競技場に入場した選手たちの表情が印象的でした。(東京オリンピックのDVDで楽しめます。)
 次の第19回メキシコ大会では南アフリカのアパルトヘイトに反対してアフリカ諸国のボイコット騒動。さらに1972年の第20回ミュンヘンオリンピックは日本男子バレーボールチームが金メダルを取った記憶に残るものでしたが、イスラエルチームへのパレスチナゲリラテロにより死傷者が出た大会でもありました。また第21回モントリオール大会でもアパルトヘイトが問題となり、アフリカの22ヵ国が実際ボイコットしました。オリンピック史上最大の影響を与えたのが第22回モスクワ大会で、ソ連のアフガニスタン侵攻により西側諸国がオリンピックをボイコットしました。次の第22回ロサンジェルス大会ではその報復としてソ連や東側諸国がボイコットしました。
 このようにオリンピックと政治問題は切り離すことができない問題となっています。今回の平昌オリンピックも北朝鮮なしでは語れないでしょう。オリンピック終了後のアメリカの出方が気になるところです。また国家ぐるみのドーピング問題やオリンピック委員の収賄問題など、大会としては相応しくない由々しい問題が少なからず存在します。選手たちが競技に集中できる環境作りを各国のオリンピック委員会は積極的に作らなければなりませんし、平和の祭典であるオリンピックに政治の入らない環境を作るべきでしょう。2020年は東京オリンピックが開催されます。このような問題が少しでも減らすことができるように、日本国民が一致団結してオリンピックの準備をする必要があります。もう一度平和の祭典を実現してもらいたいと思います。

2018年02月11日

#156 雪の朝

 暦の上では立春を迎えましたが、「春は名のみの風の寒さや...」(♪早春賦)の歌詞のように、とても寒い立春となりました。新聞紙面や天気予報では今日の天気を「立春寒波」と呼んでいます。雪がほとんど降らない大牟田でも今朝は雪が少し積り、一面真っ白な雪の朝を迎えました。昼過ぎにはさすがに雪も解けて晴天になりましたが、それでも日陰の雪は解けずに残っています。
 立春ともなりますと、確かに日の出の時間が少し早まり、午前7時20分頃に朝日が昇ります。また日の入りは冬至に比べて40分ほど遅くなり、17時40分頃に日没を迎え、残照がいつまでも残っています。自然は嘘をつかず、日ごとに春が近づいていますが、寒波は今週半ばまで居座り、寒い日がまだまだ続きます。インフルエンザの脅威もまだ衰えていません。福岡県内の大学入試は地方受験を含め今週ピークを迎え、次週からは関東・関西地区の入試が始まります。
 ところで1月31日に実施された私立高校入試の合格発表が先日行われ、当塾の生徒全員が合格しました。これで高校入試の滑り止めが確保されました。生徒たちの嬉しそうな笑顔を目にしながら、少しホッとしています。現在当塾に在籍する中学3年生は4名いますが、第1志望校に合格した1名を除き、県立高校などの入学試験に向けて、残り3人はこれから努力を続けることになります。
 大学受験にも高校受験にも言えることですが、生徒の真摯な努力に応えるべく、日々生徒の学習指導を行い、「合格」の朗報を聞くことができるのは教師冥利に尽きます。生徒あっての教師です。生徒を合格へ導くのはたやすいことではありませんが、生徒が努力するからこそ、教員の日々の苦労が報われます。すべての入試が終わるまであと1カ月ほどありますが、最後まで努力して生徒たちと春を迎えたいと思います。春はもうすぐそこまで来ています。

2018年02月04日

#155 福岡県内の私立高校入試が行われる

 早いもので1月も末日を迎えました。受験シーズン真っ只中です。福岡県内の大学入試は先日の九州産業大学の入試を始めとして、すでに1月下旬から始まっています。2月の上旬には福岡大学や西南学院大学などが入試を実施します。今年度当塾には高校3年生が在籍していませんので気分的には楽ですが、今日は筑後地区の私立高校入試が現在行われており、当塾の中学3年生4人のうち2人が只今志望校を受験しています。(他2名はすでに志望校に合格しました。)最後の最後まで健闘してもらいたいと思います。
 さて福岡県の公立高校では、推薦入試(2/8,9)と一般入試(3/7)が行われます。また私立高校の入試は地区ごとに分かれており、福岡地区は推薦・専願入試が1/23日、一般入試(前期)が2/2日、一般入試(後期)が2/10日となっています。北九州地区では推薦・専願入試が1/23日、一般入試Aが1/30日、一般入試Bが1/31日、一般入試Cが2/1日となっています。(A、B、Cは実施する高校が定められていますので、北九州地区の受験生は最大3校受験することが可能です。)筑豊地区は推薦・専願入試が1/23日、地区内の各高校でそれぞれ入試を1/29、1/30、1/31日に実施します。筑後地区では推薦・専願入試が1/23日、一般入試(前期)が1/31日、一般入試(後期)2/9日に実施されます。
 どの地区も私立高校は1/31日を中心に入試が実施されますが、受験生の能力を計るために多角的な入試が実施されます。特に公立私立を問わずに実施される推薦・専願入試ですが、高校側が少しでも優秀な生徒を確保するために実施する傾向があり、生徒数確保のための重要な入試となります。また受験生にとって推薦・専願入試は一般入試よりも合格し易く、高校側と生徒側にとってWIN・WINの関係となります。
 しかしながら福岡都市圏の高校に比べて郡部の高校は生徒数の減少に伴い、生徒数の確保に苦闘しています。特に私立高校では文科省からの補助金が1人当たり100万円と言われていますので、生徒が集まらない学校は学校運営の資金が確保できずに、教員の給与カットや、学校施設の充実ができなくなります。極端な場合には学校存続の危機になります。
 とにかく受験生にとって大きな山が眼前にあり、それを乗り越えたところに「合格」の二文字を得ることができます。インフルエンザが全国的に流行し、受験生は風やインフル対策など、学力以外にも気を配る必要があります。厳寒の時期ですが、努力した者には暖かい春が待っています。頑張れ受験生!

2018年01月31日

#154 受験シーズン

 去る1月13、14日に大学入試センター試験が行われ、受験生はその結果をもとに国公立大学やセンター利用の私立大学への願書を提出し、今後の私立大学入試や国公立大学2次試験に備えることになります。また今日は大牟田市内のいくつかの高校で専願入試が行われています。
 私が非常勤講師として勤めている明光学園でも本日専願入試が実施されていますので、在校生は自宅学習となっています。最近は推薦入試や専願入試を私立の高校だけでなく、県立の高等学校でも行っています。福岡都市圏ではそれほど影響がありませんが、郡部では生徒数の減少が著しく、いかに生徒を集めるかが緊急の課題となっています。また女子校の不人気もあり、久留米市の久留米信愛女子高校は来年度より男女共学になり、筑後地域では明光学園が唯一の女子校となります。
 そのような厳しい生徒募集の状況では各学校が必死で自校のアピールを行っています。先生方は各地域の塾や予備校を回り、必死に生徒の勧誘を行っています。中には生徒の学業成績や模試等の成績次第で入試を受験する前に合格を確約する学校もあります。また奨学金や授業料免除で優秀な生徒を集める学校もあります。生徒募集は学校の経営にも大きく影響し、各学校とも様々な工夫をして自校の魅力をアピールしています。各学校必死で生徒募集に力を入れており、これに乗り遅れますとクラス数の減少や最終的には廃校等の厳しい状況に見舞われます。
 このことは学校だけでなく、塾や予備校にも大いに言えます。生徒が集まりませんと、経営的に行き詰まり閉校となります。かつて福岡市にありました地元の大手の予備校、九州英数学館や水城学園がそのよい例です。この受験期になりますと、新聞に様々な塾や予備校の広告が入ってきますが、すべて合格者数を自慢するものばかりです。それも有名校の合格者数を強調しています。果たして現実はいかがでしょうか。塾・予備校の系列校が多ければ多いほど、必然的に合格者数は多くなります。合格者数だけでは判断できない授業の質や生徒への指導助言など目に見えない部分は判断されません。入塾を考えている生徒の皆さんはこの点をしっかり考える必要があります。塾や予備校名で判断するのではなく、本当に自分に必要な学校かどうかは無料講座やお試し期間を通じて判断すべきです。
 さて今年も当塾の生徒1名が志望高校に合格しました。私としてもまず一安心です。また1月31日には筑後地区で私立高校の一般入試が実施されます。当塾からも数名受験します。その入試まであと1週間あります。最後まで諦めず、努力した者に栄冠は輝きます。受験生の奮闘を祈ります。

2018年01月23日

#153 親子の縁

 今日は実家で亡くなった父母の13回忌が行われました。両親が亡くなった年月は異なりますが、法事に参集してくれる親類の負担を減らすために、お寺に依頼して同じ日に法事をしていただきました。振り返りますと両親が亡くなって13回目の法事をしたことになります。あらためて年月の流れを感じざるを得ません。子どもの年齢が50前後になりますと、親子の代替わりが始まります。子どもが若い時に不幸にも世を去る親御さんがいらっしゃいますし、子どもが70、80歳になっても100歳を超えて元気な親御さんもいらっしゃいます。
 親がいなければ、子どもはこの世に生まれてきません。同様に祖父母がいなければ親もこの世に存在しません。私たちは遠い先祖から世代替わりを繰り返しています。ここに先祖への感謝と先祖供養の意味が存在します。ある計算では親が二人、祖父母が四人、祖祖父母が八人と繰り返していくと、10代目を超えるころには先祖の総数が百万人を超えるそうです。それだけ多くの先祖を私たちは一人ひとり背後に持ちながらこの世に存在していることになります。
 それでも直近の父母や祖父母との繋がりが一番強いものです。良い親に恵まれるか、そうでないかは生まれてくる子どもの一生に関わります。ここに親子の不思議な縁が存在します。親子の愛憎は血の繋がりのある人間関係の中で一番強いものです。異論はありますが、最近の研究では子どもが両親を選んで生まれてくる、と言われています。心理学の発達で、退行催眠術や臨死体験経験者への調査の結果、様々なことが明らかになってきています。それによりますと、私たちは様々な経験を体験するためにこの世に生まれてくるそうです。そして、各自の人生において一番貴重な体験をするために両親を選ぶそうです。
 親は生まれてくる子の幸せを祈り、そして将来の幸せを願って子育てをしますが、必ずしも子どもは親の願いを知っているわけではありません。また子どもを虐待する愚かな親も存在します。子どもは子どもの人生があり、社会に出てからは親と同居する子どもは少ないことでしょう。親は子どもが成人するまでは責任がありますが、子どもが巣立ちを迎える頃には親もまた子どもから自立しなければなりません。また子どもは結婚し、自らが親となります。人の一生はこの繰り返しです。
 世代交代は人間だけのことではありません。社会や国も代替わりを行います。この国は来年代替わりを迎えます。今上陛下に代わり、現皇太子が新天皇となりますが、どのような世の中になるか誰も分かりません。日本国がいつまでも存続するように、私たち一人ひとりの生き方が大切になります。

2018年01月21日

#152 新センター試験への懸念

 今年も大学入試センター試験が昨日と本日行われています。昨日は国語、社会、英語が実施され、今日は数学、理科が実施されています。昨日は大雪の関係で地域によっては試験時間を繰り下げる措置が取られました。また寒い時期でもあり、風邪やインフルエンザなどで体調を壊す受験生が少なからずいると思われます。とにかく受験生には最後まで頑張ってもらいたいと思います。
 さて、現在実施されているセンター試験は2020年度から「大学入学共通テスト(仮称)」となり、試験内容も大幅に変更になります。国語や数学では記述式問題が採用され、そのプレテストが現在全国の指定された特定の高校で実施されています。その結果をもとに新たな入試問題を作成するようです。
 問題は英語です。文科省は新テストで英語の入試を廃止し、代わりに民間の英語検定試験の成績を採用すると発表しています。共通テスト開始から3年間は現在のセンター試験形式の問題を併用して、その試験結果を入試に反映するようです。個人的な意見ですが、はたして英検などの検定試験が公正かつ公平に実施されるのでしょうか。
 まず英検(英検協会が主催する実用英語検定試験)ですが、現在1級から5級までのグレードがあります。このうち実際に入試の合否判定に使用できるのは入学試験に対応する2級、準1級、1級の3種類になると思われます。2級はセンター試験程度のレベル、準1級は難関私立大学(早稲田や慶應など)の入試レベルとなります。1級に合格できる高校生はほとんどいませんので、ここでは論じません。この2級、準1級の問題構成ですが、主として語彙問題、メール問題、長文問題から構成されており、解答はすべてマークシート方式となっています。この点で文科省が提唱している記述問題の導入に反しています。また語彙問題はあくまでも英単語を覚えているかが焦点となり、文法や表現を問う問題はほとんどありません。単語を暗記していれば解ける問題です。言いかえれば小学生でも単語を覚えれば解ける設問です。他の問題も解答は選択式ですので、答えが分からない問題も勘で解答できます。また採点方式ですが、英検協会では最近「英検IBA CSEスコア」を採用しており細かな点数基準を定めています。果たしてこの採点方式が公正な評価かどうか意見がが分かれます。(詳細は次のURLを参照してください。http://www.eiken.or.jp/eiken-iba/)
 英検を採用する際に一番心配なのが、高校などの試験実施会場では事前に試験問題が送ってきますので、学校関係者が事前に試験問題を見て、それに応じた問題を生徒に演習させることが可能になります。つまり教員による不正行為が簡単にできることになります。現在のセンター試験では試験問題が厳重に管理されていますが、民間の検定試験、特に英検に関しては不正が横行することがあり得ます。この点を文科省がどう対応するかが課題です。
 他の検定試験(TEEP, TOEIC, TOEFL, IELTSなど)にはそれぞれ一長一短があり、受験料、受験開催地数をふくめ、全国の高校生に公平に受験できる機会を与えることは不可能です。また成績をどのように入試に反映するかが今後の課題となります。現在の中学3年生から大学入学共通テストを受験することになりますが、英語に関して、どのような方針を出すのか、文科省は詳細をできるだけ早く提示する必要があります。

2018年01月14日

#151 怒れ、日本人大学生!

 正月松の内も明けないうちに、日本政府にひと言苦言を呈したいと思います。ある確かな情報筋の話です。現在海外から多くの留学生が日本国内の様々な大学で学んでいますが、その多くの学生が奨学金の返還を必要としない「給付型奨学金」を貰って生活しています。問題はこの給付型奨学金の配布方法です。
 その情報筋は現在ある国立大学に所属する人物で、その人物の話によると中国や韓国など近隣国の優秀な学生はアメリカやヨーロッパに留学をするそうです。この国や地域に留学できない能力不足の学生もしくは海外旅行気分で留学したい学生が日本にやって来るそうです。そのような能力不足の留学生にたいして政府は給付型の奨学金を与えています。日本人の学生は苦労して「貸与型奨学金(いわゆる奨学金ローン)」を貰い、卒業後に苦労して何百万円も返金しなければなりません。なかには奨学金ローンで水商売をする女子学生もいると聞きます。
 別の問題はその留学生の多くに勉学の意欲がない、ということです。情報筋によりますと、長期休暇になると奨学金を利用して日本国内を旅行して回り、休暇中の研修やセミナーには参加しない、とのことです。また授業出席率の悪い生徒や成績が振るわない学生に対して注意や叱責すると、学校に登校しないようになった、との報告を受けています。このような留学生の状態を文科省に報告すると、文科省の役人たちは問題は留学生にあるではなく大学の対応にあると、大学側を厳しく非難するそうです。不良留学生を注意するのは大学側の責任ですが、文科省の連中はその現状を認識しようとしません。また留学生数の実績を残さない大学に対して文科省は次年度の予算を減らすそうです。そこで大学は仕方なく留学生に対してお客様扱いで現在対応しているとのことです。
 この話を聞いて皆さんはどう思われますか?日本にいる留学生が全員このような状態ではないでしょうが、全ての留学生に対して一律に給付型奨学金を支給するには問題があります。むしろ優秀な日本人大学生に給付型奨学金を支給すべきではないでしょうか。確かに以前は日本育英奨学金(現在の日本学生支援機構)において、支給型と貸与型の奨学金があり、私は4年間貸与型奨学金を貰っていました。大学卒業後に教職についたために、奨学金返還の免除が適応され、大いに助かりました。
 日本政府は現在、大学生の奨学金制度を改善しようとする動きがありますが、あまりにも行動が遅すぎます。このことはODA(政府開発援助)にも言えます。必要な国や地域に援助をするのは当然ですが、必要でない国に対しても援助する傾向があります。例えば世界第2位になった中国に対して、つい最近までODAの支援を行っていました。中国が現在の地位に上り得たのは日本政府によるODA支援のおかげです。中国の国民はそのことを全く知りません。中国政府が自国民に対してODAによる日本からの援助を伝えていないからです。おまけに中国政府は自国が経済大国になったにもかかわらず、まだ発展途上国だと主張して、この主張に応じて日本政府は多額の援助をおこなってきました。中国の宇宙開発は日本政府によるODAのおかげです。
 人にも、国にも言えることですが、他人を意識して外面の良い者は身内に対して厳しい一面を持っています。確かに貧しい国や地域に対しての経済援助は必要でしょう。しかしながら日本国内にも貧困で苦しんでいる多くの人がいることを忘れてはなりません。1970年代、80年代のような「一億総中流時代」はすでに終わったのです。「勝ち組、負け組」の言葉に見られるように、日本国内でも経済格差がますます拡大し続けています。日本社会をこれから支えていくのは若い世代です。彼らが勉学に打ち込むことができるように、奨学金制度の速やかな改革を望みます。

2018年01月07日

#150 朋有り、遠方より来る

 平成30年(2018年)が始まりました。年末年始恒例の帰省ラッシュが今日ピークを迎えています。故郷で過ごした家族がまた日常生活へと戻っていきます。故郷のご両親は子供や孫たちの姿を見送り、次の再開の日を楽しみにしていることでしょう。毎年お盆の時期と年末年始の時期に繰り返されるこの情景は故郷を思い都会で暮らしていても帰郷の念を忘れずに持ち続ける日本人らしい心根を象徴するものだと言えます。
 同じことが同窓会にも言えるのではないでしょうか。社会に出て働き始めますと同郷で育った友との交流も仕事の忙しさに紛れて段々無くなっていきます。そしていつの間にか音信不通となってしまいます。そのような時に卒業した学校(小学校や中学校、高校、大学など)の同窓会は日常生活で忘れ去った懐かしいひと時を思い出させてくれます。
 昨日30数年ぶりに大学時代の友人達と楽しい時間を過ごすことができました。30余年の月日が過ぎたとはいえ、話すごとに、杯を交わすごとに昔の懐かしい思い出やお互いの近況報告など楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまい、再開を約束して別れました。まさに論語にある一節「朋有り、遠方より来る。亦楽しからずや」です。また今晩は中学時代の同窓会が予定されています。還暦を迎えた仲間が顔を合わせます。どんな話が聴けるか楽しみです。今年は戌年、ワンダフルな年にしたいものです。それでは今年もよろしくお願いいたします。

2018年01月03日

#149 今年を振り返って

 今年もまもなく終わろうとしていますが、今年ほど国内外で多くの事件や事故が多発した年はないのでしょうか。あまりにも多すぎて記憶に残らず、今年の出来事なのかどうか確認しなければならないほどでした。特に今年の最後までテレビのワイドショーを賑わせていたのが大相撲の暴力事件です。この暴力事件の裏に何があるのか分かりませんが、蒙古襲来状況の大相撲界にあって、日本人力士との諍いが少なからずあることでしょう。貴乃花の姿勢がそれを示しています。
 また世間を大いに騒がせたのが政治家や芸能人によるセクハラや不倫問題です。人として見本を示さなければならない立場の人がずいぶん堕落しています。これは教職員のセクハラにも言えることです。また大企業による談合や不正な事業行為など、世の中の様々な分野において多くの「悪徳」という名の膿が吹き出ています。これでは世の中が良くなるわけがありません。まず大人が毅然として自らの姿勢を正し、子どもたちに見本を示さなければこの国は決して救われません。
 もちろん、このことは日本以外の多くの国々にも当てはまります。換言すれば、人としての倫理観や生き様が著しく低下しているのです。利己主義的な「我良し」の考えではいずれ息詰まるでしょうし、個人の不正がいずれ国家間の紛争や戦争へと繋がっていきます。紛争は戦争や国家の上層部が行うのではなく、国民全体の意識がそうさせます。今一人ひとりが自らの生き方を考え直し、より良い人生を歩まなければ、紛争や戦争はいつまでも絶えることがないでしょう。私たちに生き方が問われているのは今です。
 来年も様々な出来事が生じるでしょうが、個人として、国家として生じる出来事に一つ一つ誠実に対応することが求められる一年となりそうです。
 今年もこのブログを読んでくださった皆様にお礼を申し上げます。ただの個人のつぶやき(「ひつじの独り言」)ですので、何卒ご無礼お許しください。なお当塾は本日より1月3日まで休業になります。来年も皆様にとりまして良き一年となりますように、心よりお祈り申し上げます。

2017年12月30日

#148 クリスマスイブに

 

 今日24日はクリスマスイブで、明日25日はクリスマスになります。日本では12月25日は休日になりませんが、欧米のキリスト教国ではではクリスマス休暇を取る国が多くあり、およそ1週間の休暇を取る人達がほとんどです。その代わりに正月は1月1日のみ休日となり、1月2日から仕事が始まります。国が違えば社会習慣もかなり異なります。
 私は幼い頃にクリスマスはプレゼントをもらい、ケーキを食べる日だとばかり思っていました。クリスマスの本当の意味を理解したのはずいぶん大きくなってからのことでした。キリスト教国ではない日本でクリスマスの意味を理解している人がどれだけいるかは疑問ですが、世界中でなぜクリスマスを祝っているのか、少し立ち止まって考えてみるのもよいでしょう。
 さて今日はクリスマスイブにちなんだ話をご紹介しましょう。英語の問題集などでも掲載されていますし、1990年代のセンター試験の出題源にもなった本に「心のチキンスープ」(Chicken Soup for the Soul)という英語の本があります。心温まる内容ばかりを集めた本ですが、英語のシリーズ本は現在までに10数冊発行されています。そのシリーズ最初の本の中に"A brother like that"という一文があります。今日のクリスマスイブに相応しい名文です。

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A brother like that (from Chicken Soup for the Soul)

 これはぼくの友達、ポールの話である。ある年のクリスマスイブのこと、ポールは兄さんからクリスマスに新車をプレゼントしてもらった。ポールがオフィスから出てくると、街でよく見かける少年が、そのピカピカの新車の回りを歩き回っていた。よほどその車が気に入ったらしく、ポールに話しかけてきた。
「この車、おじさんのかい?」
「ああ、兄貴からのクリスマスプレゼントさ」
 と、うなずきながらポールは答えた。少年はそれを聞いてひどく驚いた様子だった。
「えっ?おじさんの兄さんがくれたって?おじさんは全然お金を払わなくてよかったの?うわあっ、すごいな!ぼく・・・」
 と、少年は何かを言いかけたが、そのまま口をつぐんでしまった。少年は、「ぼくにも、こんな兄さんがいたらなあ」と言いたかったのだろう、とポールは思った。ところが、少年の口から出た言葉にポールは耳を疑った。
「ぼくね、おじさんの兄さんみたいになりたいなって思ったんだ」
 ポールは、まじまじと少年の顔を見つめていたが、自分でも思いがけない言葉が口をついて出ていた。
「この車に乗ってみるかい?」
「本当?ウン」
 車を走らせてまもなく、少年の目はキラキラと輝き始めた。
「おじさん、ぼくの家の前まで乗せてくれる?」
 ポールはおもわずニヤッとした。きっとこんな大きな車で帰ってくるところを近所の人たちに見せて、自慢したいんだなと思った。しかし、その憶測はまたもやはずれた。
「あそこに階段がついている家が見えるだろう?そこでちょっと待ってくれる?」
 少年は車を降り、駆け足で家に入っていった。しばらくすると家の中から、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。少年が体の不自由な弟を背負って出てきたのだった。弟を階段の一番下に座らせ、車がよく見えるように弟の体を支えた。
「ほら、お前。見てごらん。さっき言ったとおり、すごい車だろ。そこにいるおじさんの兄さんがクリスマスプレゼントにくれたんだって。それも、まるっきりタダでくれたんだって。お前も待ってなよ。兄ちゃんが、いつかきっとあんな車をおまえに買ってやるからね。そしたら、いつも話してるクリスマスのきれいな飾りを、その車に乗って見に行こうね」
 それを聞いたポールは何も言わずに車を降りると、少年の弟を抱き上げ車の助手席に座らせた。目をキラキラ輝かせた少年もその横に乗り込むと、三人はドライブに出かけた。本当に素晴らしいクリスマスのドライブだった。
 このクリスマスの日、ポールは聖書のみことばをしみじみ感じたのである。
「受けるよりは与える方が幸いである」
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 クリスマスの本当の意味をどれだけの人が知っているでしょうか?今年もクリスマスがやってきますが、本当にクリスマスの祝福が必要な子どもは周りから相手にされない子どもたちや、貧しい家庭の子どもたちかも知れません。

Merry Christmas to those people in need!

2017年12月24日

#147 クリスマスの集い

 クリスマスを迎えるまでちょうど1週間となりました。街中にはクリスマスソングが流れ、にぎやかな雰囲気がただよっています。子どもたちは今年はどんなプレゼントをもらえるか心待ちにしていることでしょう。
 さてキリスト教の学校ではこの時期に様々なクリスマスの集いが開かれます。特にカトリック学校ではクリスマスミサや集いが催され、クリスマスの意味を考える時期になります。私が現在非常勤講師をしている大牟田の明光学園では一般の方々を招いた全校生徒によるクリスマスの集いが昨日催されました。その前日に集いの練習やハレルヤの合唱の練習等が行われました。クリスマス集い当日にはキリスト誕生の寸劇から始まり、その後クリスマスミサへと続いて行きました。その集い中で聖歌隊の合唱やオーケストラの演奏など趣向を凝らした演出が素晴らしく、観客を魅了しました。およそ2時間ほどの集いでしたが、司教様のお話や共同祈願等を通し生徒たちはてクリスマスの意味を心に留めたようでした。
 同じカトリック学校でも母体となる修道会やその学校によって様々な形式の集いが催されます。例えば私が奉職した福岡雙葉学園では、全校生徒が参加するのではなく、卒業をひかえた高校3年生がクリスマス・キャンドルサービスを行います。キャンドルサービスとは聖歌などの歌を通してクリスマスを祝う行事です。30分ほどの時間ですが、聖歌やクリスマスキャロル、自分たちが選んだ歌を全校生徒の前で歌い、クリスマスを盛り上げます。高校3年生にとって、学年最後の行事であるとともに、後輩たちへのメッセージとして40年以上もの間このキャンドルサービスが続いています。毎年高校3年生が趣向を凝らしてキャンドル代わりのペンライトに色セロファンを付けて、もみの木やハート型など様々なイルミネーションを演出します。ユーチューブでご覧になれます。(https://www.youtube.com/watch?v=9QPCA7xCrjg)
 クリスマスが近づくにつれて、多くの人々はクリスマスの本当の意味を考えずに、パーティや忘年会の宴会代わりに飲み食い、賑やかに楽しく過ごすのでしょうか。この現代の世相を表わすかのように、さだまさしの「遥かなるメリークリスマス」という歌があります。その歌詞は次のような出だしで始まります。

『遥かなるクリスマス』 byさだまさし

メリークリスマス
二人のためのワインと それから君への贈り物を抱えて駅を出る
メリークリスマス
外は雪模様気づけば ふと見知らぬ誰かが僕にそっと声をかけてくる
メリークリスマス
振り向けば小さな箱を差し出す 助け合いの子供達に僕はポケットを探る
メリークリスマス
携帯電話で君の弾む声に もうすぐ帰るよと告げた時のこと
メリークリスマス
ふいに誰かの悲鳴が聞こえた 正面のスクリーン激しい爆撃を繰り返すニュース
メリークリスマス
僕には何も関係ないことだと 言い聞かせながら無言でひたすらに歩いた........

名曲です。ユーチューブなどでお聴きください。いずれにしてもクリスマスが今年もやってきます。けれど世界には貧困のために、また戦火に追われクリスマスを祝えない多くの子どもたちがいます。。家族や友人で楽しく過ごすことも大切ですが、今一度クリスマスの本当の意味を原点に戻って考えたいものです。
I wish you Merry Christmas!

2017年12月17日

#146 死は人生で最も大切なことを教えてくれる

 季節はすでに晩秋から初冬へと移り、例年になく真冬のような寒さが続いています。昼前から雨が降り出しましたが、気温が数度低ければ、雨が雪に変わるような今日の天気です自然の季節には四季があり、青春・朱夏・白秋・玄冬と呼ばれていますが、人生にも同じような四季があります。釈迦は生老病死を唱えましたが、まさに私たちの人生のそれぞれの段階を表しています。
 さて本日のブログのタイトルは、以前ご紹介しました聖心会シスターである鈴木秀子氏の最近の本で考えさせられる一文がありましたので、今日はそれをご紹介します。

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「死」で人は、攻撃しなくなる
     「死は人生で最も大切なことを教えてくれる」鈴木秀子(SB Creative刊)より抜粋

 中学3年生の少女、Eさんの話です。Eさんは、とある女子校に通う明るく朗らかで気立てのよい少女でした。幸せな家庭に育ち、何不自由なく過ごしていました。
 しかしある日、突然体調に異変を感じ、大きな病院で精密検査をいくつも受けることになります。検査の結果、彼女の内臓には末期のガンが見つかりました。しかも、そのガンがあまりにも進行しているため有効な治療法はなく、Eさんは余命いくばくもないことがわかりました。
 もちろんその結果は、主治医からEさんのご両親にすぐ告げられました。でもご両親は、それれの事実をすべて、彼女に伝えないことを決意します。そして彼女が息を引き取るその日まで、皆でゆっくり過ごすことにしたのです。
 とはいえ、カンが鋭いEさんは「私はもう死に向かっているのかしら?」と察している節があったそうです。さらには「私の病気には、治療の手立てがもうないのかしら?」とご両親に尋ねたこともありました。しかしご両親は「本人のためにも最後まで本当のことを告げない」という方針を貫くことにします。
 それは、娘のEさんが通う学校に対しても同じでした。ある日お父様はわざわざ仕事を休み、一度学校を訪れ、担任の先生と直接話をします。とはいっても、次のことしか伝えませんでした。
 「娘がいつもお世話になりまして、ありがとうございます。実は娘は体調が悪く、学校を休まざるを得なくなってしまいました。また通えそうになりましたら、ご連絡します。」
 Eさんの症状も病名も、何も明かさなかったのです。でも、その程度の伝達事項であれば電話連絡でも十分なはずですから、その時に担任の先生は「お父様がなぜ欠勤してまで学校を訪れ、娘が休むという意思を伝えにきてくださったのか」と少しいぶかしく思ったそうです。
 あとからお父様に聞くと「娘の病気のことを言葉にして伝えると、娘が本当に死んでしまうと思ったのです」と弁明していました。つまりお父様自身も、Eさんの死を受け入れることができでいなかったのです。
 やがて、Eさんは亡くなります。その事実が学校に伝えられた時、今まで何も知らされていなかった担任の先生をはじめ、級友たちはあまりの突然の悲劇に驚きました。数カ月前まで同じ教室で机を並べて楽しい時間を共有していたEさんが、一言も別れを告げずに天国に旅経ってしまった。それは確かに、衝撃的な事件であったはずです。
 そして、担任の先生も級友たちも、Eさんの葬式にそろって参列しました。すすり泣く声が満ちてただでさえ悲しい雰囲気の中、そこには追い打ちをかける出来事が起こりました。それは出棺の時のことです。
 その地域では、「親が子どもに先立たれた場合は、母親は火葬場に赴いてはいけない」という風習がありました。ですから霊柩車に棺が乗せられると、あとは「お骨になって、骨壺に入って帰ってくるだけ」になるのです。
 お母様は、その風習をとても受け入れられなかったのでしょう。「それならば、棺を霊柩車には絶対に乗せるまい」と、男性たちが運ぶ棺にしがみつき、往来で人目もはばからずEさんの名前を呼び、泣きじゃくり続けました。周りの人たちに押さえられ、なだめられるうちに、お母様の着物の裾は乱れはだけて、白い襦袢があらわになりました。けれども、そんなことを気にするそぶりを微塵も見せず、お母様は懸命の抵抗を試みました。
 その格闘は数分間も続いたでしょうか。何人かの屈強な男の人たちがお母様をなんとか押さえつけ、羽交い絞めにして、ようやく霊柩車は火葬場へと出発しました。それを追いかけるように、ご親族たちもしめやかに車で移動していきました。
 Eさんの同級生たちはそれら一連の騒動を、道路の向かい側からまるで演劇でも鑑賞するように、ただぼんやりと静かに傍観していたそうです。多感な年代の少女たちの柔らかな心に、「死」の実感が強烈に印象づけられたのです。
 それから、Eさんのクラスは、雰囲気がガラリと変わりました。教師に口答えするなど犯行的な態度をとっていた多くの生徒たちが、打って変わって素直になりました。それまで、特定の生徒に悪口や虫などのいじめを行っていたグループが「許してほしい、そして仲良くしてほしい」と謝ったりしたのです。
 そのような変化は隣のクラスやその学年にまで広がりました。そして教師たちの手に負えなかった不良グループまでもが急に反省の色を見せ、派手な身なりや行動を改めはじめました。さらには、生徒たちを叱るだけだった教師たちの姿勢にも変化が起こり、学校全体に「優しさ」が伝播したというのです。「その年の入学試験の受験者数も増えた」とも、あとから風の便りに聞きました。
 Eさんの突然の死は悲劇としか言いようがなく、多くの人に衝撃と悲しみを与えました。しかし、Eさんは、自身の死を通して「命があることが当たり前ではない」という「ともすれば忘れがちな真理」を、級友や教師など多くの人に教えてくれました。
 その結果、命の尊さに気づいた仲間たちは。「命ある限り、人には優しくしよう」と、はじめて行動を変えることができました。Eさんの死は、周囲の多くの人々を成熟へと導いてくれたのです。
 私たちもEさんの人生から、貴重な教訓を学ぶことができます。「明日、身近な人が死ぬとわかっていたらどうするか」、想像力をたくましくして考えてみましょう。その人が嫌いだったとしても、きっと優しく接することができるはずです。
 またその応用形として「明日、自分が死ぬとすればどうだろうか」と考えてみましょう。嫌いだった人の長所も見えてくるはずです。

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 長文の抜粋となりましたが、確かに「命」について考えさせられる名文です。この場合、死に逝く者に対して事前告知をどうするか、という問題は別にして、自分の身近な人に死期がが迫った場合にどうふるまうか、また自分の命がまもなく尽きることが分かった場合に、どのように受け止め行動するか等、様々なことが考えさせられます。そして自分自身の「死」に対して正直に向かい合うことで「人生の意味」や「真摯に生きる」という意味を掴むことができます。この本の一読をお勧めします。


2017年12月10日

#145 平成の終わりと、はしだのりひこ逝く

 久しぶりにブログを書いています。実は非常勤講師をしている学校で現在期末試験が行われており、私が担当している授業のテストを3種類作らなければならず、その作成に時間がかかりましたので、ブログの更新ができませんでした。現在は採点に追われています。加えて成績締め切り日まで試験後の3日間の猶予しかなく、テスト返却後にすぐ成績処理をしませんと間に合いません。今月は師走ですが、学校の先生方はテストの採点や成績処理、親子との個人面談の準備で大忙しの日々を過ごすことになります。
 さて先日皇室会議が開催され「平成」が再来年の4月30日に終わることが正式に公表されました。これで平成は31年間で終了することになります。天皇陛下がご存命中に元号が変わるのは200年ぶりとのことです。元号名の「平成」は必ずしも平和な時代ではなかったと思います。昭和と違い平成は戦争に介入するはありませんでしたが、それでも様々な大事件や大事故が続けて発生し、異常な殺人事件も多く起こりました。事件や事故が起こるたびに以前の出来事が忘れ去られ、年末の特集番組でようやく思い出すようなことが続いています。
 思い返せば1989年(昭和64年)1月7日は昭和の終わりと平成の始まりという2つの時代が重なった1日でした。この日の不可思議な一日を今でも覚えています。早朝に昭和天皇の崩御が報じられ、国内は正常な生活が営まれていましたが、どことなく空虚感が漂っていました。一時代が終わり、新しい時代が始まった一日でした。再来年の平成の終わりと新しい時代の始まりをどのような雰囲気で迎えるのでしょうか。今から楽しみです。
 個人的に大きなニュースが昨日ありました。はしだのりひこ氏の逝去です。はしだのりひこ、と言えば年配の人達はご存知でしょうが、フォーククルセダーズのメンバーで、名曲(迷曲?)「帰ってきたヨッパライ」で世の中を風靡しました。この歌の微妙なリズムと歌詞の内容はそれまでの歌謡曲の範囲を超えた奇妙な衝撃を世の中に与えました。特にテープレコーダーの回転数を変えて曲作りを行った奇抜なアイデアには世の中が驚きました。勿論ビートルズからの影響です。また彼はシューベルツの「風」、クライマックスの「花嫁」を不朽の名曲として世に残した人物としても知られています。またフォークソングを世の中に広めた一人でもあります。両曲ともに作詞はきたやまおさむ、作曲ははしだのりひこです。彼の曲は特に親しみやすく、誰でも口ずさむことができるメロディーです。「風」は教科書に載せられ、「花嫁」は1971年に発表され、その年の紅白歌合戦に出場しています。特に「風」は一度は誰でも口ずさむ名曲中の名曲です。

「風」 作詞 きたやまおさむ
    作曲 はしだのりひこ


人は誰も ただ一人旅に出て
人は誰も ふるさとを振りかえる
ちょっぴりさみしくて 振りかえっても
そこにはただ風が 吹いているだけ
人はだれも 人生につまずいて
人はだれも 夢破れ振りかえる

プラタナスの 枯葉舞う冬の道で
プラタナスの 散る音に振りかえる
帰っておいでよと 振りかえっても
そこにはただ風が 吹いているだけ
人は誰も 恋をした切なさに
人は誰も 耐え切れず振りかえる

何かをもとめて 振りかえっても
そこにはただ風が 吹いているだけ
振りかえらず ただ一人一歩ずつ
振りかえらず 泣かないで歩くんだ
何かをもとめて 振りかえっても
そこにはただ風が 吹いているだけ
吹いているだけ 吹いているだけ

 寒い季節に歌いたい1曲ですが、タイトルの「風」について北山修氏があるエッセイでこのようなことを書いていました。「自分は京都駅近くの家で幼いころ暮らしていましたが、いつも京都駅を乗り降りしている人々を興味深く見ていました。その人々の動きから一陣の風が吹くことをいつも感じていました。そのような経験から「風」という市が生まれました。」人生は生きて愛することの繰り返しです。過ぎ去ったものを振り返っても、そこには風しか吹いていません。一歩前に進めることが必要です。
 はしだのりひこ氏はフォークルのメンバーであった故加藤和彦氏と今天国で語り合っていることでしょう。彼のご冥福を祈りたいと思います。

2017年12月03日

#144 こんな手があったとは!

 先週の後半から始まった寒波がまだ続いています。ここ大牟田では2日前の最低気温が-0.8度と氷点下を記録したそうです。今年の冬は例年以上に寒くなると思われます。これからは風邪やインフルエンザにかからないように健康管理が大切になります。
 さて先日の西日本記事の1面に画期的な記事が載っていました。『ネット”神”授業 講師は現役教諭 福岡発無料動画再生700万回「学習の機会均等に」』(ネット記事の詳細はこちらです)
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/374414/
 この記事によりますと、福岡県の公立高校教師の山崎圭一さんが授業動画を「ユーチューブ」に投稿しており、人事異動で高校を転任する時に生徒から先生の授業をユーチューブで流してもらいたいと依頼されたそうです。最初は世界史だけでしたが、その後日本史、地理と科目が増え、最近はホームルームなどの動画も投稿されています。授業動画は大手の予備校や通信教育会社が有料で配信していますが、山崎さんは無料で投稿しており、「教員の配置や教育課程の都合で生徒が興味に合った科目を選択できず、学習の機会が失われている。先生にも見てもらって授業の参考にしてほしい」と語っています。
 私はこの記事を読んで、この手法は貧困家庭の子どもたちや不登校の子どもたちにこそ利用してもらいたい手法だと思いました。私は時々話題となっている動画を時々ユーチューブで観ていましたが、自分がユーチューブに投稿する発想は全くありませんでした。実際授業を投稿することになると、小学校から高校までの学年別授業形態や科目の種類など様々な課題がありますが、複数の教員が集まり、それぞれの学習形態に合った授業を録画して投稿すれば、様々な理由で授業を受けられない子どもたちに福音となります。このような手法はまず優秀な教育人材を有する政府に考えてもらい、至急実行すべきだと思います。発想を変えるといろいろなことが実現できる一例だと思いました。ネットの悪用が叫ばれている昨今ですが、この記事はまさに文明の利器の良い使い方の例です。彼の発想と実行力に脱帽します。

2017年11月23日

#143 ちいさい秋見つけた

 今朝は今秋一番の冷え込みとなり、当地では最低気温5度を記録しました。現在は気温10度ですが、日中はこのまま気温が上がらない状態が続く見込みです。週末から急に寒くなり、晩秋というよりも初冬の雰囲気が漂っています。特に本日は年末年始の寒さだそうです。
 さて前回のブログでは童謡・唱歌の「紅葉」を紹介しましたが、今朝から「小さい秋見つけた」が何故か胸の中でこだましています。私がこの歌を初めて聞いたのは、たしかNHKの「みんなの歌」だったと思います。時期は分かりませんが、おそらく幼稚園の頃ではなかったかと思います。ボニージャックスが歌うこの歌の前奏が物悲しく、秋から冬へと移る季節感が漂い、不思議な雰囲気を醸し出しています。作詞・作曲は、かのサトウハチロー、中田喜直です。ウィクペディアによると、作詞のきっかけは『サトウハチローが住んでいた東京都文京区弥生の自宅の庭にはぜの木が植えられており、この木の紅葉する情景を見たのが作詞のきっかけとなった。この自宅は1996年に岩手県北上市のサトウハチロー記念館に移築され、はぜの木は後楽園駅近くの礫川公園に移植された。』と説明しています。なお歌詞は次の通りです。


  「ちいさい秋見つけた」
  作詞:サトウハチロー 作曲:中田喜直

  だれかさんが だれかさんが
  だれかさんが 見つけた
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた
  目隠し 鬼さん 手の鳴る方へ
  澄ました お耳に かすかに沁みた
  呼んでる口笛 百舌(モズ)の声
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた

  だれかさんが だれかさんが
  だれかさんが 見つけた
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた
  お部屋は 北向き 曇りのガラス
  うつろな目の色 溶かしたミルク
  わずかな 隙から 秋の風
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた

  だれかさんが だれかさんが
  だれかさんが 見つけた
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた
  昔の 昔の 風見の鳥の
  ぼやけた 鶏冠(トサカ)に はぜの葉一つ
  はぜの葉 赤くて 入日(イリヒ)色
  小さい秋 小さい秋
  小さい秋 見つけた

 この歌の1番の歌詞「目隠し 鬼さん 手の鳴る方へ澄ました お耳に かすかに沁みた」、2番の歌詞「お部屋は 北向き 曇りのガラスうつろな目の色 溶かしたミルク」、3番の歌詞「昔の 昔の 風見の鳥のぼやけた 鶏冠(トサカ)に はぜの葉一つ」には何かしら日常生活とは異なる不可思議な空間を思わせるサトウハチローの独特な死生観を表しています。今年も秋が例年よりも短く、冬の装いが近づいています。季節の変わり目ですので、ますますご自愛ください。

2017年11月19日

#142 秋晴れの一日

 放射冷却の影響で最低気温が10度を下回る日が続いています。北日本では雪の便りが届く頃となりました。日ごとに秋が深まっていきます。街路樹の銀杏の木も黄色に色づき、葉が散り始めています。遠くの山々は赤や黄色に変わり、紅葉が見ごろになる日が近づいています。ここでふと唱歌「紅葉」を思い出しました。小学校の音楽の授業でこの歌で輪唱の練習をしたことを覚えています。
 
    「紅葉」
 秋の夕日に照る山もみじ
 濃いも薄いも数ある中に
 松をいろどる楓(かえで)や蔦(つた)は
 山のふもとの裾模樣(すそもよう)
 溪(たに)の流に散り浮くもみじ
 波にゆられて はなれて寄って
 赤や黄色の色さまざまに
 水の上にも織る錦(にしき)

 この「紅葉(もみじ)」は、作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一による唱歌で、1911(明治44)年に「尋常小学校唱歌(ニ)」上で発表されそうです。この岡野・高野コンビは、「紅葉(もみじ)」の他にも「故郷(ふるさと)」、「春が来た」、「春の小川」、「朧月夜(おぼろづきよ)」などの日本の名曲を数多く残しています。童謡、唱歌は日本人の心の故郷を表しています。誰でも幼い頃に子守歌として聞いたり、また幼稚園や小学校で歌ったことがあります。時代が変わっても日本人の原風景として心に残る童謡、唱歌はいつまでも歌い続けてもらいたいと思います。季節を感じながら、何気ない一日の幸せを感じることも大切です。

2017年11月12日

#141 創立3周年を迎えました

 当塾は今月創立3周年を迎えました。実際、創立記念日は昨日でしたが、昨日は所用のため福岡へ行き、その後授業を行いましたので、ブログを更新する時間が取れませんでした。改めて本日ブログを更新します。
 さて当塾の創立記念日ですが、以前にも書きましたように、11月4日でなくてもよかったのですが、当塾の住所が大牟田市浄真町114番地ですので、語呂合わせで11月4日を創立日にした次第です(笑)。
 現在10名前後の生徒が当塾で学んでいます。創立当初から個別指導を中心に授業を行っていますので、当塾では最大10名前後が収容能力の限界となります。当塾の設立当初は5名から10名程度のコース単位の授業を考えましたが、コース単位で授業を行いますと、コース内の生徒の学力差を考慮しなければならず、コース制を取っている他校との差別化ができません。また公立学校との区別もつきにくくなります。確かに大手の進学塾ではコースの細分化を売りにしている塾がありますが、文言通りに効果が出ているかは甚だ疑問です。授業の内容も吟味せずに塾の名前に魅かれて大手の塾に通っている生徒も多いのではないでしょうか。
 当塾では一人ひとりを大切にして、その生徒の学力に応じた授業をするには個別指導の方がよりよい授業ができます。コース制と個別指導性を比べてどちらが良いかは一概に言えませんが、各塾がその特徴を活かして経営していけばよいと思っています。換言すれば、「人は人、自分は自分」の発想になります。
 幸いにも、あえて生徒募集をしなくても口コミで生徒が集まってきますので、これも今までご支援してくださった多くの皆様のお陰と思っております。当塾の今後の課題として、必要とされる生徒に学びの場を提供するとともに、全国各地に同様な学びの場を与えるきっかけを作ることができれば幸いだと思っています。実現するのに少なくとも数年はかかるでしょうが、自分のできる範囲でやれることから少しずつ始めたいと思っております。それでは今後もよろしくお願いいたします。

2017年11月05日

#140 長崎へ行ってきました

 例年になく天候不順だった10月も終わり、今日から11月になりました。季節は慌ただしく秋から冬へと変わっていきます。日中は20度を超える気温ですが、朝晩はかなり冷える日々が続いています。特に早朝は最低気温が10度前後の朝が続いています。ブログ読者の皆様は体調に充分ご留意ください。
 さて本日は講師をしている学校が創立記念日のために授業が休みになりましたので、気分転換に長崎に行ってきました。大牟田から長崎まではJR鹿児島本線の鳥栖駅で長崎本線に乗り換え、3時間ほどで到着します。佐賀駅を過ぎた頃から多数の気球が空を飛んでいました。そうです。毎年この時期に佐賀の嘉瀬川河川敷でバルーンフェスタが行われます。本日は初日で河川敷には多くの出店が並び、賑わっていました。毎年テレビのニュースでバルーンフェスタの様子は目にしますが、実際自分の目で見たのは今日が初めてでした。
 今日長崎を訪れた理由の一つは長崎県立美術館で「さだまさし展」が開催されていて、彼の自筆の楽譜や実際コンサートで使用したギターを見るためです。彼との付き合い?は古く、私が高校生の時にグレープとして活躍していた頃に遡ります。当時「精霊流し」がヒットしていた頃で、彼は今ではNHKテレビ番組の「生さだ」を始め、毎年多くのコンサートに出演し、名前を知らない人はいないほどの人気を博していますが、グレープ当時の彼を振り返ると、まさか日本を代表するシンガーになるとは全く予想していませんでした。
 その後、歩いて大浦天主堂まで行ってきました。途中コルベ記念館に寄り道しました。第2次世界大戦中にアウシュビッツで他人に代わり、命をささげたコルベ神父様が長崎に滞在した頃の様子を残している記念館です。今回初めて訪問する機会を得ました。コルベ神父に関する書物や資料がたくさんあり、彼の長崎での生き様が偲ばれます。長崎は「坂の町」というだけでなく、「教会の町と」言った方が相応しいほどです。大浦天主堂などの大きな教会は観光地化されている面がありますが、裏通りに一歩入ると敬虔な祈りが捧げられる街です。
 また今日は県立図書館で宮崎康平生誕100周年記念の展示会も行われていましたので、足を延ばして彼の直筆や手紙等を鑑賞してきました。宮崎康平といえば「まぼろしの邪馬台国」や「島原の子守歌」で世に知られています。さだまさしと宮崎康平は旧知の中で、さだまさしがグレープとしてデビューするきっかけを作ったのが宮崎康平だと言われています。
 今日の長崎は快晴で秋らしい雰囲気が漂っている一日でした。同じ九州管内で距離的に近いわりには、なかなか行く機会がなく、1日だけの滞在では十分満喫することはできません。またいつか時間が取れたら1泊して長崎市内を隅々まで堪能したいと思っています。
 

2017年11月01日

#139 鈴木秀子さんのこと

 先週末に続き今週末も台風に見舞われました。2週連続の台風襲来になります。ここ大牟田はそれほど大きな被害はありませんでしたが、先週の台風で各地で大きな被害が出ましたので、被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。地震にしても台風にしても、一度発生しますと大きな被害が生じますので、日頃からの防災意識が大切になります。
 さて今日のブログのタイトルにあります鈴木秀子さんをご存知でしょうか。鈴木さんの著者紹介より引用抜粋させていただきます。

鈴木秀子:聖心会シスター。国際コミュニオン学会名誉会長。長年にわたり、全国及び海外で講演活動を行い、特に、死が近づく人や、その関係者からの相談が多い。

 私が鈴木さんを知るようになったきっかけははっきりと覚えていませんが、おそらく故渡辺和子さんの著書の中であったような気がします。シスター渡辺と同様に、シスター鈴木は珠玉の名文を書かれる方でもあり、様々な本から引用して素晴らしい内容を読者に紹介されます。その内容は万人を首肯させるものがあります。本日はシスター鈴木の最近出版された本の中の名文1つを紹介したいと思います。
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 『自分の感情を良きものに変える』(「今、目の前のことに心を込めなさい」海竜社より)
 あるアメリカ人がこういう話をしてくれました。その人はもう年配の男性ですが、これは9歳の時の思い出です。
 小さい時、お父さんがサーカスに連れて行ってくれました。家はそんなにお金持ちではありませんでした。お父さんが、今日はサーカスに連れて行ってあげるというので、9歳の男の子はもううれしくてたまらなかったのです。
 会場につくと、切符を買う長い列ができていました。自分たちはその列のいちばん最後になりました。すぐ前には、十人家族が並んでいました。それはお父さん、お母さんと八人の子どもたちの、とても貧しそうな家族でした。着ているものは質素でしたが、きれいに洗濯してありました。その家族は貧しいながらも、きちんとした生活をしている人たちだと子ども心にも思いました。
 「サーカスってところはね、ライオンがいたり、象がいたりするんだよ。そうして象が鼻の先で輪を回したり、いろんな動物がいろんなことをするんだよ」とお父さんは得意になって話していました。
 子供たちは二人ずつ四列に並んで、うれしそうに聞いていました。母親の方は、はじめて家族全員でサーカスを見ることができた、そして夫がそういう稼ぎをして連れてくれたということが、誇らしげに見えました。
 いよいよ切符を買う順番が近づいてきました。その家族が買えば、次は自分たちです。9歳の男の子は、とても待ちきれない思いでいました、もうサーカスのざわめきが外まで響いています。動物たちの鳴き声も聞こえてきます。
 十人家族のお父さんが、切符売り場のところに立ちました。そして大きな声でほんとに誇らしげに、「大人二人、子供八人」と言いました。それは後ろに並んでいる9歳の男の子のところまで聞こえてきました。お母さんもうれしそうに傍に寄り添い、子供たちもわくわくしている様子でした。
 ところが突然、お父さんはさっきまでの威勢の良さがなくなって、うなだれてしまったのです。お母さんは何事が起ったかと思ってお父さんを見守り、子どもたちはなんか様子がおかしいということで、しょんぼりとし始めました。
 そのお父さんはしばらく黙って地面を見ていました。しかし、今度はまた勇気を出して、切符売り場のところで顔をつけ、まるで切符売り場の窓の中を覗くようにして、「大人二枚に、子ども八枚でいくらですか」と聞きました。その声は他の人には聞こえなかったのですが、お父さんはその窓口から後ずさりすると、肩を落としてうなだれて下を向いてしまいました。あれほど誇らしげに見えたその男の人が、小さく見えました。
 突然9歳の男の子と手を繋いでいたお父さんが、四列に並んでいた子どもたちの前を通り越して、うなだれているお父さんの方を叩きました。
 「今ここに、百ドル札が落ちていますよ。あなた、落としたんじゃありませんか」と言いました。しょげきっていたお父さんは、持っているはずはなかったのですが、思わず辺りを見渡しました。
 その間に、9歳の子どものお父さんは百ドル札を地面から拾って、そのお父さんに渡しました。「あなたのポケットから落ちるのを私は確かに見ました。ここには他に人がいません。あなたが落としたんです。きっと気づかないうちに百ドル札があって、それが落ちたに違いありませんよ。」と言ったのです。
 そのお父さんはただ黙って、手に置いてくれたその百ドル札を見つめました。そして、相手の顔をじっと見て深く頷き、涙をぽろぽろ流して、「ありがとうございます」と言いました。
 そのお父さんは紙幣を持って「大人二枚、子ども八枚」と誇らしげな声で切符を買いました。「さあ、みんなサーカスだぞ」と言って、子どもたちを先に中に入れ、振り返って自分たちに深く頭を下げました。そして夫婦はサーカスの中へ消えていきました。
 9歳の子の父親は子供の手を取って、「さあ、うちに帰ろう」と言いました。そしてお父さんと男の子はそのまま家に帰ってきたのです。
 9歳の男の子は何も言いませんでした。でも大人になった今、思い出してみると、自分はあのとき、人生はどのように生きるのかということを学んだといいます。自分の中に起ってくるいろいろな感情や考えを、良いものにしていくにはどうしたらいいのか。サーカスを見る以上の素晴らしい宝を、あの瞬間に自分は父からもらいました、という話をしていました。
 これは「自分で自分を変えていく、そうすると周囲も変わってくる」という、まさにその瞬間を体験した話でした。
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 まさしく名文です。子供は親の背中を見て育ちます。若い世代は大人の姿を見て学びます。煽り運転の例を挙げるまでもなく、昨今のすさんだ世情を反映すような事件が多発しています。人の心がすさんでいる証拠です。ネットでも匿名性を利用して誹謗中傷するものが数多く見られます。まず自らを正して誠実に世の中に向き合うような生き方が必要とされる今日この頃です。

2017年10月29日

#138 明日は選挙です

 コスモスが咲き乱れる季節となりました。先日テレビで福岡県内のコスモスで有名な公園が紹介されていました。数千本のコスモスが咲き乱れ、公園一面がコスモス畑になっていました。しかし残念ながら当塾横の国道の花壇には今年は花が一輪も咲いていません。国道沿いの電柱地中化工事が行われているためです。真冬も咲いていたコスモスの姿は今年は見ることができません。可憐な姿は来年に期待したいと思います。ただ鹿児島本線の線路沿いに数本コスモスが咲いているのに気づきました。おそらく人の手を借りずに自ら成長したものでしょう。その健気な姿に頭が下がります。
 さて明日はいよいよ衆議院選挙となりますが、超大型台風の襲来が予想されていますので、投票率が心配されます。また今回の選挙から18歳以上の若者が投票しますので、若い世代の意識も選挙に影響します。連日のようにテレビ番組で選挙予想や党首討論などの意見を伝えていますが、果たして政権を取るのはどの政党でしょうか。前回のブログでも述べましたが、この国の将来に関わる大切な選挙です。「たかが一票」と思っても大切な一票となります。国政はあくまでも国民の意思の表れです。
 明日は荒天が予想されますので、私は今日期日前投票に行ってきました。市役所内の投票所ですが、それほど混雑はしていませんでした。ニュースでは期日前投票が前回の1倍半増加となっているそうです。おそらく鄭風の影響を心配して多くの方が投票所に足を運んだのでしょう。特に18歳の若者の積極的な投票活動を期待したいと思います。「たかが一票、されど一票」です。この国の将来のために大切な一票を投じましょう。明日は超大型台風の影響が懸念されています。台風の進路に当たる地域の方は充分お気をつけください。

2017年10月21日

#137 カズオ・イシグロの思い出

 昨日の昼から雨が降り続いており、今朝から10月には珍しい本降りの雨となっています。傍の国道を走る車の轍の音で雨の強さが分かります。さて今年のノーベル文学賞を受賞した長崎生まれのイギリス国籍を持つカズオ・イシグロ氏ですが、彼の名前は私がオーストラリアのシドニーで暮らしていた20年以上も前に聞いたことがあります。
 当時私はシドニーの大学院に入学する半年ほど前にシドニー大学付属の英語学校に通っていました。この英語学校は大学生・大学院生になるために英語力を磨くためだけではなく、大学での授業の受け方やプレゼンテーションの仕方、レポートの書き方などを教えてくれました。そこで出会った講師の一人、ジュディス・ウィーリーからイシグロ氏の話を伺いました。彼女はイシグロ氏の小説はとても面白く、ためになるのでぜひ読んだほうが良い、とアドバイスしてくれました。早速シドニー市内の書店に行き、彼の本を1冊購入しましたが、その後本の頁を開くこともせず、そのままになっています。
 その本をまだ捨てずに書棚に保管していると思い、さっそく探してみました。見つかりました。本のタイトルがKazuo Ishiguro "The Unconsoled"となっています。発行年が1995年とありますので、22年前に購入しており、ペーパーバックの本が歳月の経過により酸化し、頁の端々が赤茶けた色に変ってしまいました。今となっては遅すぎますが、あの時ジュディスの助言通りに彼の本を一読していれば、彼の読者になっていたかも知れず、彼のノーベル賞受賞後に彼についての自慢話ができたかもしれません(笑)。私たちはあらゆるものに対してどこでどのような縁があるか分かりません。人の助言には素直に従うものです。読書の秋に相応しく、少し時間を見つけてシドニーでの思い出に浸りながら、この本の頁を少しずつ進めていこうと思います。

2017年10月15日

#136 小池知事「核武装容認」!?

 今日は朝から快晴です。朝早く花火の音がしましたので、どこかで運動会が行われるのでしょう。さて先日ノーベル文学賞にカズオ・イシグロ氏が選ばれました。彼についての思い出を書こうと思いましたが、面白いネット記事を見つけましたので、急遽その話題に切り替えたいと思います。イシグロ氏の話は後日書きたいと思います。
 さて本日のブログタイトル「小池知事核武装容認」の記事ですが、詳細は次のページでお読みいただけます。(https://withnews.jp/article/f0171008000qq000000000000000W05x10701qq000016025A)早く読まないと削除される可能性大です。
 問題は小池知事が過去において核武装を容認したか否かではなく、HPから削除された記事を過去に遡って検索するサイトがあることです。私はこの記事を読んで、びっくり仰天しました。一度HPから削除された記事は原則としてアクセスできません。興味ある記事を後で読もうと思っても、削除された後は全くアクセスできなくなります。ところが、Wayback Machine というサイトを利用すると、削除されたページが読めるようになります。上記のページから引用しますと:

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 「Wayback Machine」は、全世界のウェブサイト情報を自動収集、保存しているデータベースを持っており、調べたいサイトのURLを入力すると、そのサイトの過去の姿が見られる、というサイトです。
 「Wayback Machineは、過去のウェブページが検索できる世界で唯一のサイトです。米国ではすでに、検索した過去のサイト情報が、裁判の証拠としても使われています」
 「Internet Archive」のサイト内の記述によれば、1996年の設立以来、各年代の計約3千億ページを保存してきました。
 データベース収容情報を都度、呼び出して作成されるページや、パスワードロックされたページ、ロボットによる情報収集を拒む設定をしているサイトを除けば、「Wayback Machine」はほぼすべてのネット情報にアクセス。ロボットとの相性で保存できてないページもありますが、Twitterなど一部を除く世界中の全ウェブ情報が、「Wayback Machine」で検索できる状況になっているそうです。
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 いやはや、とんでないことが私たちの知らない間に行われています。管理社会の裏側で様々な情報収集が行われていることでしょう。例えば監視カメラについては私たちの目に直接見えますので、その賛否の意見がよく交わされていますが、このようなサイトが存在することについて大半の人が知らないと思います。詮索したくありませんが、個人の電子メールや携帯のメールなど絶えず収集しているものが存在しているかもしれません。インターネットを通じて便利になった反面、個人の情報が絶えず危険にさらされている時代です。とんでもない時代に私たちは暮らしていることを自覚しなければなりません。

2017年10月08日

#135 運動会の思い出

 今朝遠くから鼓笛の音が聞こえてきましたので、当塾に来る途中で母校の小学校を覗いてみました。あの鼓笛の音は運動会の合図でした。グラウンドに目をやると徒競走が行われていて、大きな声援が聞こえてきます。親が子どもの走る姿を応援している様子は今も昔も変わりません。その様子を垣間見ながら小学校の運動会のことをふと思い出しました。
 当時小学生の私は足が速く、毎年のように紅白ブロックのリレーや学級対抗リレーの選手に選ばれていました。特に小学校6年生の時には紅白リレーのアンカーとして最後を任されていました。私がバトンを受け取って走り始めた時には前方を走る選手と少し距離がありましたが、必死で走り、ゴール直前で追い抜いてゴールテープを切ったことを今でも覚えています。そのゴールの瞬間が小学校の卒業アルバムに載り、その写真を見るたびに懐かしく、小学校時代のことを思い出します。
 私が在籍した当時の学校は木造2階建ての校舎でしたが、今では鉄筋コンクリートの校舎となり、隣地区の小学校と合併して学校名も変わってしましました。変わっていないのはソフトボールで使うバックネットとグラウンドに今でも残っている数本の樹だけです。

 最近では中学校や高校で春に運動会を行う学校が増えてきましたが、運動会はやはり秋がふさわしいと思います。爽やかな秋の風を感じつつ、体をおもいっきり動かし、昼食時に食べたデザートのナシやクリなどの果物の味を今でも思い出します。昔は小学校の運動会と言えば親戚一同集まって応援に行くなど、家族の一大行事でした。少子化により子どもの数が少なりましたが、子どもだけでなく大人も楽しめる日本の文化の一面を運動会は示しているのではないでしょうか。

2017年10月01日

#134 実るほど頭を垂れる稲穂かな

 今日で9月も終わります。あれほど暑い残暑が続いた今月でしたが、今日は爽やかな晴天の一日でした。季節はすっかり秋になり、水田の稲穂も頭を垂れるほど豊かな実がなっています。早くも稲刈りが始まっている田んぼもあります。7月の豪雨や9月の台風にも耐えて稲穂は実り豊かな姿を私たちに見せてくれています。
 「実るほど首を垂れる稲穂かな」の意味は「稲が実を熟すほど穂が垂れ下がるように、人間も学問や徳が深まるにつれ謙虚になり、小人物ほど尊大に振る舞うものだということ。」と辞書に載っていますが、今まさにこの格言が試される状況をこの国は迎えます。衆議院選挙のことです。安倍首相が先日衆議院解散を表明してから、各政党は「風雲急を告げる」状況に陥り、特に小池氏が希望の党を立ち上げて以来、民進党は解党の状況に陥っています。
 昨今の政治は劇場型政治と言われていますが、今度の選挙ほど有権者を引き付けるものは最近なかったのではないかと思う次第です。内憂外患が渦巻いている日本国内外におきまして、今度の選挙は大変重要な選挙になるものと思います。国内の憲法問題や景気回復など様々な問題だけでなく、朝鮮半島の有事や中国、ロシアなどの動向を踏まえ、この国がどこへ向かおうとしているのか、またアメリカとの関係を基盤とする日本の将来の防衛と安全など様々な外交問題が山積しています。
 特にアメリカのトランプ大統領は自国を北朝鮮から守るために、準備が整えば北朝鮮への攻撃を来年早々に始めるかもしれません。それを意識した安倍首相の衆議院早期解散だと述べた評論家もいます。事の真偽はさておき、私たち有権者にとりこの国の将来にとり、どの政権政治が今求められているのかを考えなければなりません。今までの実績を優先するべきか、また改革を必要とするか、私たちは賢い選択を迫られています。この国の将来を決めるのは私たち国民です。選挙の結果はそれが意にそわなくても受け入れなければなりません。本当にこの国のために尽くしてくれる政治家を選ぶ必要があります。明日から10月が始まりますがこの国の運命を決する大切な月になりそうです。

2017年09月30日

#133 暑さ寒さも彼岸まで

 今日は秋分の日で祝日に当たりますが、秋彼岸の中日でもあります。道端には沢山の彼岸花が咲いています。お墓参り行かれた方も多くいらしたのでは、と推察します。「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、日中は最高気温が25度を超える日がまだ続いていますが、就寝時にはエアコンをつけなくても済みます。朝は半袖姿では寒いくらいの日もあります。つい2週間ほど前までは残暑が厳しい日々が続いていましたが、ここ数日ですっかり秋めいて来ました。
 さて今日を境に次の春彼岸まで夜の方が長い日々が続きます。確かに日の出の時間が朝6時を過ぎるようになりました。また日没は18時15分を切るようになっています。私は今年は早朝の課外授業のために勤務している高校に週2回6時半過ぎに家を出ますが、最近では朝日を浴びながら40分ほどかけて通勤しています。出勤時はまだ明るいですが、これが冬至近くになりますと星明りの中での出勤になります。
 これは生徒にとっても同じことです。大牟田市内や近郊の各高等学校はスクールバスを所有しており、電車やバスなどの公共交通機関が発達していませんので、スクールバスで生徒の登下校を行っています。八女や山鹿、玉名等の遠方から通学してくる生徒たちは早朝の課外授業に参加するために、5時半に起床することになり、保護者の方の愛情が生徒を支えていることでしょう。特に共働きのお母さんは子供のお弁当作りで、子供の起床時間よりも早く起きますので、仕事と家庭生活の両立は大変厳しいものがあります。特に母子家庭では経済的な負担だけでなく、お母さんの体力的な問題も抱えていらっしゃることと思います。子供が在籍する高校3年間を辛抱すれば、子育てからはある程度解放されますが、それまでが大変です。日頃より健康に留意して子供のために頑張って貰いたいと思います。

2017年09月23日

#132 高齢世帯4分の1が貧困

 昨日の台風18号は福岡県にはそれほど大きな被害をもたらしませんでしたが、台風が通過した鹿児島や、宮崎、大分の各県では大きな被害を与えました。特に津久見市や佐伯市では、いたるところで川が氾濫し、大きな水害になりました。また、この台風は日本列島に沿って通過し、各地で大きな被害を与えています。現在この台風は北海道を進んでおり、まだ十分な警戒が必要です。この台風による被害を受けた多くの人々に心からのお見舞いを申し上げます。
 さて本日は敬老の日ですが、数日前に西日本新聞に衝撃的な記事が載りました。ネット記事はこちらです。(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/358641/)
 この記事によると『高齢世帯4分の1が貧困 独居女性では2人に1人「生活保護未満」』の見出しで、65歳以上の高齢者がいる世帯の貧困率が2016年時点で27.0%だそうです。また1人暮らしの女性は特に深刻で、2人に1人が生活保護の水準を下回る収入で暮らしており、その背景には年休受給額の減少を指摘しています。以前に貧困家庭の子供たちの状況をこのブログで取り上げましたが、現実には子供の6人に1人が貧困家庭の子供という事実だけでなく、高齢者も4人に1人が貧困ということになります。
 貧困家庭の子供が成人すれば、正規・非正規に関わらず就職の機会に恵まれますが、高齢者となりますと、考慮すべき年齢はもちろんのこと、体力や気力の面で大変厳しいものがあります。得られる収入は年給しかありません。生活できるほどの年休をもらえる人は良いですが、年休の掛け金が少なかったり、生活できるほどの年金がもらえない人にとっては死活問題となります。また老々介護のように高齢者が介護を必要とする状況になった場合は支出する金額が大幅に増えてきます。つまりある程度の個人的な貯金がないと老後の生活がなりたたないことを意味しています。
 最近の若い世代は年金を積み立てることをしない人が増えていますが、高齢者の現状を考慮して、生活できるだけの年金をもらえる対策を今から建てておく必要があります。「明日は我が身」です。日々の生活費を節約して少しでも貯蓄に回す等の個人の対策が必要です。国も財政的に疲弊している現在、多くのことを国に頼ることはできません。どの世代もまず自立することを考え、余裕があれば他人のために尽くすことが、これからの世の中に必要なことと考えられます。敬老の日に考えさせられる新聞記事でした。

2017年09月18日

#131 遺贈という考えについて

 遺贈(いぞう)という言葉をご存知でしょうか。人生最後の社会貢献として様々な場所に自分の財産を寄付し、自分の生きた証を残す活動です。先日NHKのクローズアップ現代で遺贈について特集番組が放送されていました。この番組によると自分の家族への遺産だけでなく、社会貢献の1つとして遺贈を考えている人が増えているそうです。特に家族のいない独居生活をしている人の中には、自分の死後に国に財産を取られるよりも何らかの形で自分の生きた証を残す意味でも社会福祉団体等に寄付している人がいるそうです。
 ただし遺贈をする際にいくつか留意する点があります。1つは「家族の同意ができているか」という点です。つまり家族と話し合い、遺言書の形で自分の意思を明確に示すことです。これがないと自分の死去後に遺族間で醜い遺産争いが生じる可能性があります。次に「自分の意思を汲んでくれる団体が遺贈に相応しいかどうか」ということがあります。「オレオレ詐欺」ならぬ「遺贈詐欺」が流行るかもしれません。対象となる団体(介護や福祉団体など)を一度自分の目で確かめた方が良いでしょう。NHKによると遺贈の流れは次のようになるそうです。 遺贈先を決める → 遺言書を作成する → 死去 → 遺贈
 遺贈に関して無料で相談できる窓口もあるそうです(いぞう寄付の窓口 日本レガシーギフト協会)。また全国各地で遺贈セミナーが催されています。出生率が下がっている現代の日本では老後を子供に見てもらうことができない高齢者が今後も増えていくことと予想されます。終活の一端として、また自分の人生の集大成として、遺贈という考えは確かに理にかなっていると思います。遺贈という形で少しでも世の中に役に立つ社会貢献は素晴らしい慈悲心の現れです。

2017年09月10日

#130 ゆく川の流れは絶えずして

 九月になり季節は日ごとに秋めいてきました。つい一週間前には朝の最低気温が28度前後でしたが、今日の最低気温は20度を下回り、18.6度を記録しています。確かに日中はまだ30度を超す日が続いていますが、それでも朝夕はすっかり秋の気候になり、寝るときもエアコンを使用しなくてもすみます。日々の忙しさに追われている間に、いつの間にか季節は移ろい、そして静かに時は流れて行きます。
 個人的にはこの季節感が一年で一番好きな時期です。夏の季節に秋の気配が漂い、2つの季節の微妙なコントラストを肌で感じることができます。例えば秋空を示すイワシ雲が上空に漂う一方で、遠くの山々の上空にはまだ入道雲が沸いています。スーパーマーケットの食品コーナーではまだスイカが販売されている一方で、ナシやリンゴがすでに売り場に並んでいます。
 私が大学生の頃には今ほど地球温暖化が進んでいませんでしたので、毎年お盆過ぎには今日のような季節感を楽しむことができました。毎年八月の下旬に京都へ出かけ、レンタサイクルを利用して京都市内を一周したものです。朝の九時過ぎに当時京都駅前にあるレンタサイクル店で自転車を借りて、清水寺や銀閣寺、京都大学を前を通り、大覚寺や嵐山、そして桂川沿いに京都駅まで戻ってきます。京都市内およそ7時間で一周できるサイクリングをしたものです。特に加茂川や嵐山の桂川の川辺を自転車で走りますと、夏の暑さの中で吹く秋風を感じたものでした。いつか機会があればまた京都を訪れたいと思っています。
 夏が終わり、秋が始まるこの微妙な季節感がとても面白く、いわゆる「わび」や「さび」を感じさせてくれます。「方上記」の冒頭に「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」と語った鴨長明がこのような季節感を愛でていたのが分かる気がします。彼も移ろい行く季節の中で日々の出来事や人々の営みに無常感を感じていたことでしょう。
 季節と同様に、世の中もいつの間にか移ろいで行きます。私は所用で月に二度ほど以前住んでいた福岡に行きますが、先日バスの車窓から以前よく行っていた六本松の隣にある梅光園の書店が無くなっているのを見つけ、無常感を感じたところです。今まで慣れ親しんだ事物が無くなることに、一抹の寂寞感を感じるとともに、六本松地区の再開発の進展に新しい街の息吹を感じ、まさに「いく川の流れは絶えずして」の感があります。また天神地区も今後数年で新しいビル群が誕生します。時代とともに福岡市は大きく発展していきます。
 また人も同じように老いてこの世を去る人がいる一方で、新しい命を授かる人もいます。すべてが「いく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」です。それでは私たちがこの世に留まる短い間に、何ができるでしょうか?答えは人それぞれ異なりますが、自分のためだけでなく「他人のために生きる」ことができる人は幸いな人だと思います。人生も、時代もすべて流れていきます。悔いの残らない人生を歩みたいものです。

2017年09月03日

#129 去りゆく夏

 今日は8月最後の日曜日です。来週には9月が始まります。大牟田市内の中学校では8月30日に2学期が始ますので、夏休みも今日を含め残り4日間となります。子供たちは今ごろ夏休みの宿題に追われているのではないでしょうか。
 個人的には昨日で勤務している学校の課外授業が終わり、気分転換を兼ねて荒尾市のグリーンランドの近くまで運動不足を解消するために自転車で行ってきました。当塾から自転車でおよそ50分ほどの距離ですが、今日は湿度が低く、カラッとした夏日でした。暇なときには月に1回ほどグリーンランドまでサイクリングを兼ねて遠出します。その時の気分でラムサール条約に登録された荒尾干潟まで足を延ばすこともあります。
 さて当塾の生徒たちや他校の生徒に聞いたところ、大牟田市内の各中学校で夏休み期間中にエアコン設置の工事が終了したそうですが、エアコンの運用は来年度からだそうです!?生徒の話によると市の予算の関係で今年度は使用できないと、ある中学校の校長先生が生徒たちに詫びていたそうです。変な話です。確かに税収に苦労している大牟田市としてはエアコン設置に莫大な予算を取っているでしょうが、エアコンを設置したからには即運用することが正道なのではないでしょうか。せっかくのエアコンが「絵にかいた餅」になってはいけません。もちろん光熱費の名目で生徒から電気代を取っている自治体が多く、大牟田市もそれに準じることも可能なはずです。(あるいは議員の歳費を削っても各学校のエアコン運用費に充ててもらいたいものです。((笑))そうしないと気温35度を超える猛暑の中、教室内でもそれに近い状況になります。効率的な授業をするにはエアコンを使用することが必須です。一昔前の夏ではありません。おそらくエアコンの効いた部屋で過ごしているお偉方には学校の酷暑の現状が分かっていないのでしょう。彼らの速やかな意識改善が求められます。
 ところで、昨夜無事に大曲の花火(全国花火競技大会)大会が行われました。毎年テレビで中継してくれますので、塾の授業が始まるまで見ていました。夏の終わりの風物詩として多くの人が楽しみにしている花火です。今年は大雨のために開催が危ぶまれてましたが、開催本部や地元の人たちの努力のおかげで今年も夜空に美しい大輪を咲かせました。夏と言えば規模の大小にかかわらず全国各地で花火大会が催されます。これも日本が平和な証拠です。同じ火薬を使用しましても、戦争に使用すれば爆弾や弾丸となり人を殺す道具となります。その最たるものは核兵器でしょう。一度使用すれば人類を何度でも殺せるほどの核兵器が世界に存在しています。その同じ火薬を平和に利用すれば花火となり、多くの人々を感動させ満喫させてくれます。同じ火薬を使用するのであれば、平和に利用したいものです。
 まだ30度を超える日々がしばらく続きますが、夏は静かに去ろうとしています。季節はいつの間にか移り変わって行きます。来週には全国の学校で2学期が始まります。大人も子供も気分を入れ替えて、次の季節に進んでいきたいものです。今年も夏が去っていきます。

2017年08月27日

#128 夏休みが短くなる!?

 お盆休みも終わり、残暑がまだ厳しい日々が続いていますが、何となく秋の気配が近づいている雰囲気がしています。例えば数日前うるさいクマゼミの鳴き声の中にツクツクホウシの声が聞こえてきました。また日中はまだ30度を超える日が続いていますが、それでも朝夕涼しい風が吹き始め、夜にはコオロギや鈴虫などが鳴いています。
 さて子供たちの夏休みも残り10日ほどになりましたが、当熟の生徒に聞いたところでは大牟田地区は8月30日から2学期が始まるそうです。最近の夏休みが何日あるかご存知でしょうか。ちなみに福岡県(福岡市)では7月22日から8月27日までの37日間だそうです。1番長いのは千葉県(千葉市)の45日、1番短いのは北海道の27日間となっています。もちろん雪国では逆に冬休みが長くなります。私の子供の頃の夏休みは7月21日から8月31日まででした。2学期は9月1日からと決まっていました。今年度の夏休み期間については詳しく知りたい方は次ページを参考にしてください。

       http://読めばなるほど.com/archives/2100.html

 ここ数年で全国的に夏休みが短くなる傾向があります。その理由として、授業時間の確保による長期休暇の減少や教員の負担の軽減などさまざまです。公立学校では土日が休業となっていますので、長期休暇の日数を減らして対応するしかないようです。教室にエアコンがある学校では、子供たちは集中して授業に取り組めますが、それ以外の学校では35度を超える教室は一種の温室であり、授業に集中するどころか、注意緩慢による様々な事故が考えられます。まして炎天下の下での体育は考えられません。長期休暇に関しては各地方自治体が実施することになっていますが、文科省は実態を把握し、適切な指導をする必要があるでしょう。
 日本人の特色として、他人が何かを始めれば、事の善悪に関わらず取り入れる傾向があります。言いかえれば、自分で考え行動せずに、周囲の雰囲気に合わせて一斉に「右に倣え」をします。学校の長期休暇の問題を始めとして、「子供たちのために今必要なものは何か」という視点で考えなければなりません。大人の都合で犠牲になるのはいつも子供たちです。

2017年08月20日

#127 72回目終戦の日

 本日8月15日は終戦の日で、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で開かれました。再来年に元号の変更が実施されることを考えますと、今上天皇が参加されます追悼式は来年で最後になります。毎年終戦記念日の前後にテレビで様々な特集番組が放送されますが、その中でも涙なしで見られないのは特攻隊を扱った番組です。今年もその特集をテレビで放送していましたが、17、18歳の若さで特攻に志願した若者の気持ちは当時でなければ分からないでしょう。鹿児島の知覧からだけでなく、福岡の太刀洗飛行場からも多くの若者たちが沖縄へ向かって飛び立って逝きました。
 様々なテレビのコメンテーターが当時の戦争を「無謀な戦争」と言っていますが、現在の視点から歴史を見てはいけません。歴史を学ぶ際に一番大切なことは「当時はどのような歴史的背景が存在し、それに対して各国がどのように動いたか」ということです。この視点がなければ、また同じことを繰り返すことになります。言いかえれば、歴史から何も学んでいないことです。戦後70余年が過ぎ、戦争を体験した世代が少なくなってきましたが、先人達が体験した熾烈な戦争体験を踏まえ、72年間戦争をしていない平和国家として平和の尊さをこの国から世界に訴える必要があります。
 さて明日から行使をしている学校で夏季課外授業が始まります。このブログも週1回程度の更新になりますが、これからもよろしくお願いします。

2017年08月15日

#126 どんな人生にも意味がある

 今日部屋の書棚を何気なく見ていましたら5年ほど前にNHKのEテレで放送されていた「100de名著 フランクル夜と霧」のテキストが出てきました。フランクルは第2次世界大戦中にドイツナチスによりアウシュビッツ強制に収容されて生き残った方ですが、のちに「夜と霧」という名著を残しています。ページをめくると、素晴らしい言葉で溢れています。本日のブログはこのテキストより引用したいと思います。(NHKテレビテキスト 100de名著 32~33ページ)

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どんな人生にも意味がある 「何か」があなたを待っている
 生涯、精神科医として迷える人、苦しむ人の心と向かい続けたフランクル。その独特なアプローチは「ロゴセラピー」として体系化されています。
 ロゴセラピーとは、「ロゴス(意味)によるセラピー(癒し)」という意味です。ロゴセラピーでは、人がみずからの生きる意味を見出し、人生を紡ぎあげているのを援助していくのです。
 フランクルの思想の ― したがってロゴセラピーの考えの ― エッセンスは、次のように言えます。
  どんな時も、人生には、意味がある。
  なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。
  この人生のどこかに、あなたを必要とする「何かがある。」
  あなたを必要とする「誰か」がいる。
  そしてその「何か」や「誰か」は、あなたに発見され実現されるのを「待って」いる。
  「何か」があなたを待っている。
  「誰か」があなたを待っている。
 私たちは、常にこの「何か」「誰か」によって必要とされ「待たれている」存在なのだ。だからたとえ今がどんなに苦しくても、あなたはすべてを投げ出す必要はない
 あなたがすべてを投げ出しさえしなければ、いつの日か、人生に「イエス」ということのできる日が必ずやってくるから。
 いや、たとえあなたが人生に「イエス」と言えなくても、人生のほうからあなたに「イエス」と光を差し込んでくる日が、いつか、必ずやってくるから。
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 確かに至言です。人は「誰か」のために、「何か」のために頑張ろうという意識があってこそ、やる気が出てきます。日々の暮らしの中で、他者のために生きる気持ちがあれば自分の人生に意味を持つことができます。たとえ他人から見て不遇の人生であろうと、その人にとって生きがいのある人生と言えるのではないでしょうか。
 

2017年08月13日

#125 いのちの使い方(その3)

 今日は日航機が群馬県の御巣鷹に墜落した日で、あれから32年が経ちます。当時私は高校3年生の授業を担当していました。当時流行った言葉が「ダッチ・ロール」でした。つまり日航機が事故原因となった圧力隔壁の破壊でコントロールできずに、機体が揺れていた状態を言います。遺族の方々にとって32年という時間はどのようなものだったのでしょうか。今でも多くの方がやり切れない気持ちでいらっしゃると思います。歌手の坂本九さんも犠牲者の一人でした。改めて犠牲になられた方々に冥福を捧げたいと思います。
 さて本日のテーマは「いのちの使い方(3)」です。前回紹介しました日野原先生の別書(『3.11後を生きる「いのち」の使命』48頁~51頁)から引用します。

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 女性飛行士先駆けであるアン・リンドバーグは、また社会学者でも作家でもあります。この方の随筆『海からの贈り物』の中に、次のような一節があります。
 「私が中年になったからには、人生の後半が始まると思うから、しばらく島に行って、どうこれから生きればよいかということを考えよう」
 そして彼女は1週間ばかり、昼間は海岸の砂浜で過ごし、夜は帰って机の上で、浜から持って帰った貝殻を手にしながら、将来の生き方を考えるのです。
 自分はどんな貝殻に住むべきか。壮年期は外へ向かって、いかに自己を顕示するかが課題だったが、五十歳という中年を迎えた今、内なる自己を見つめて、これからは内に向かう自己と外へ向かう自己を調整する時が来た、と。
 彼女は五十歳を中年の「入り」と考えています。そしてそれが、ちょうど内なる自己を考えるタイミングの年だというのです。
 残された日々、まだ行ったことのないところに行ってみよう、という計画もあるかもしれません。しかし、何よりも大切なのは、生きることについて、これまで以上の「深さ」を求めることです。
 私たちのこれまでの人生の中で、意味のある時間というのは、はたしてどのくらいあったでしょうか。社会の中で、あるいは家庭で、生きるための努力をした時間。遊んだり、楽しむために使った時間はかなりあったでしょうが、自分のことを考える一方、私ではない他者のために考える時間はどれだけあったでしょうか。そのバランスはどうなのでしょうか。
 私たちが死ぬ時、あなたがもらったものの重さと、あなたが捧げたものの重さのどちらが重いか、と聞かれたらどう答えますか。六十歳まではもらったものの方が多いでしょうね。
 若いときには学校に行くとか、社会の仕事が忙しいとか、子供に手がかかるとかで、なかなか思うように時間がとれません。しかし、人生の午後になると、私たちは自分で選択する時間が与えられます。そしてその選択をする時に、「何のために」ということを考えなくてはなりません。
 今までは、家庭のためとか、社会的な地位とか名誉のためだったかもしれません。しかしゴールを見定め、人生に結末をつけることを考えると、意味とか価値という事柄に重きを置くようになります。与えられた時間をどうデザインするか、それはその価値観によって決められるのです。
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 105歳で天寿を全うされた日野原先生らしい御言葉です。人生の午後になって慌てずに、人生の日が沈む頃になってあたふたすることのない様に、将来を見据えて残された時間を考慮しながら今後の生き方を考えたいものです。

2017年08月12日

#124 お盆休みになります

 台風5号は各地に大きな災害を残して消滅しましたが、今年の夏は各地で不安定な天気となっています。今日は「山の日」の祝日ですが、高低にかかわらず山に登る人は天気の急激な変化に充分ご注意ください。特に山で発生する雷は上空からではなく、真横から来る傾向がありますので、少しでも天候が変わる兆しがある場合には、無理をせずに下山する等の退避行動を取る必要があります。
 さて学習塾二コラは明日12日より16日までお盆の休暇に入ります。当塾では毎週木曜日、日曜日以外は祝祭日も授業をしていますので、本年度は今回が実質上の休みになります。私はこの期間を利用して今まで使用した教材の整理をしたり、部屋を少し片づけようと思います。また新しい教材を探しに福岡まで出かけようと思います。
 田舎町で暮らす最大の欠点は必要な書籍が手に入らないことです。福岡市には今でこそジュンク堂や丸善、紀伊国屋書店など比較的大きな書店があり、必要な教材がある程度入手できますが、一昔、二昔前には大きな書店が無く、若いころには年に1度は東京まで本の買い出しに行っていました(笑)。今でも東京に行く機会があれば時間を見つけて本屋巡りをします。三省堂書店、新宿紀伊国屋書店、ジュンク堂池袋店、丸の内丸善書店、八重洲ブックセンターには必ず立ち寄ります。また神田神保町にある古書街にはお気に入りの店が何件かあり、時間があればぶらっと立ち寄ります。
 世界最大の書籍文化を誇る東京の主な書店を巡るだけでも数日を要します。最近はアマゾンを利用する機会が増えましたが、やはり実際自分の目で直接書籍の内容を調べて購入しないといけません。生徒にはできるだけ最新の内容を含んだ教材を与えたいと思っています。
 英語の教材に関しては何十年もロングセラーを続けている名著がありますが、時代に応じて教授法も変わり、それに応じて教材も変わっていきます。以前の教材は難しい和訳や文法問題が載っている問題集が中心でしたが、最近の問題集はセンター試験の問題に合わせた傾向があり、以前ほど細かなことを問う問題集は姿を消しつつあります。また2020年のセンター試験に代わる新形式の入試に合わせて、今後数年間で英語の参考書や問題集が大きく変わることが予想されます。それに合わせて英語を教える人は新しい教授法を身につける必要が出てきます。塾や予備校が今後生き残ることができるかどうかは、新形式の試験にどれだけ対応できるかにかかっています。特に英語を教える教師はそれに対応するための不断の努力が要求されます。言い換えれば本物の英語力を持った語学教師しか生き残れない世の中になります。

2017年08月11日

#123 広島そして長崎

 今日は長崎に原子爆弾が落とされて72回目の日を迎えました。8月6日の広島と8月9日の長崎は私たち日本人だけでなく世界中の人達にとって決して忘れてはならない日となっています。NHKの国際放送であるNHK Worldではインターネットを通じて記念式典を英語でライブ中継していました。
 毎年8月はテレビで戦争や原爆に関するドキュメンタリー番組が8月15日の終戦日まで放送され、改めて戦争と平和の意味を私たちに考えさせる月となっています。今年7月に核兵器禁止条約が採択されましたが、核保有国は会議にすら参加せず、また条約自体が強制力を持たないので、実質上実行力はありません。しかし常に核戦争を危惧し、愚かな戦争を防ぐためにも常に世界に訴えていかなければなりません。
 世の中には様々な社会や考え方やあり、国家同士の利害が複雑に絡む中で、必ずしも意見が一致するものではありません。しかし平和への願いを絶えず唯一被爆国である日本が訴えていかなければなりません。今日世界を見渡してみますと、第2次大戦後果たして戦争や紛争を経験していない国がいくつあるでしょうか。新聞やテレビで紛争の場面を見ない日は1日もない現状です。政治や思想の違いを超えて世界が平和を迎えるために、私たち一人ひとりができることを考え実行する時が来ています。先人たちが戦って残してくれた平和な日々をいつまでも続けていくために、各人の努力が求められます。私たち日本人にとって毎年8月は先人たちの苦労を思い、平和を祈念する月です。

2017年08月09日

#122 いのちの使い方(その2)

 前回のブログで、日野原先生のお言葉を紹介しましたが、「自分のいのちを使って、だれかのために使う命」という考え方は究極のボランティア(奉仕)精神であると思います。10~20代の若い人は自分の夢に向かって、たとえそれが叶わぬ夢であろうと、邁進することが必要でしょうし、そのことから学んだ様々な知識や知恵、経験を用いて社会に出て活躍することができます。そのための日々の勉強が大切です。
 30~40代の人は子育てや家族の人間関係、家族以外の周囲の人付き合いを通して人間関係を学ぶ大切な時期であります。また50代~定年までの期間は子育ても終わり、自分の生きて来た道を振り返り、次の新たな人生を踏み出す時期ではないかと思います。特に60代からは身につけた知識や知恵、人生経験や技術を生かせるようないのちの使い方、換言すれば他者への奉仕ができる世代ではないでしょうか。勿論自分に与えられた残り時間を面白おかしく過ごすのも1つの生き方です。誰も否定できません。自由とは自ら考え行動することでしょうし、その結果はすべて自己責任であることを意味します。
 私が思うに、日野原先生のお考えは長い人生を生きてきた方で、まだ体が充分動くうちにできる範囲で誰かのために命を使うことが他者に与える幸福であり、同時に自分にとっても幸福感に満ちた時を過ごすことではないかと思います。これは「他者への奉仕は究極的に自己愛である」(情けは人の為ならず)と言いかえることができるでしょう。
 奉仕(ボランティア)には大小はありません。自分にできるところから始めればよいと思います。例えば町内掃除やごみ拾いなども立派な奉仕になります。またどんな時にでも相手に笑顔で接することは、相手を温かな気持ちにすることができます。日本が本当の「もてなしの国」になるために、奉仕の精神は誰もが持たなければならないものだと思います。日野原先生はそれを実践された方でした。

2017年08月05日

#121 いのちの使い方(その1)

 現在非常勤講師をしています学校が夏休みになりましたので、個人的に少々時間に余裕があり、この時間を利用してできるだけブログを進めていこうと思います。実際、非常勤講師と当塾の授業を掛け持ちしていますので、週30時間の授業を行っています。(非常勤講師授業19時間、当塾11時間、授業は3種類+8種類、計11種類を担当しています。)そのために普段は週1回程度のブログ更新しかできませんが、休みの期間中は比較的時間が確保できますので、日頃身の周りで気づいたことを述べてみようと思います。あくまでも「ひつじの独り言」です。(笑)
 さて先月18日に聖路加国際病院理事長・名誉院長の日野原重明先生が105歳で帰天されました。日野原先生は医師としてだけでなく、様々な書籍や講演会を通して私たちに生き方を教えてくださった賢人でもあります。書店に行けば必ず先生の御著書が数多く置かれています。このブログを読まれている皆様も先生の御著書を1,2冊は読まれていることでしょう。今日は先生の「いのちの使い方」という本から少し引用して、先生の生き方、人生に対する考え方をお伝えしたいと思います。

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「いのちの使い方」日野原重明(小学館)より
人生を変える希望のメッセージをあなたへ  日野原重明

 人生に何を期待できるかでなく、人生から自分が何を期待されているかを考える。つまり、これまで人生から受け取ってきたたくさんのものを考えれば、求めるばかりでなく、自分のいのちを使って、だれかのためにその恩恵を返すことがあっていいはずです。

 人間は運命を生きるものではありません。人間は生き方を変えることができる。過去は変えられませんが、未来は自分でこれからつくれるものです。

 予期せぬ災害に見舞われることが不幸なのではなく、そのときに、希望を失ってしまうことが不幸なのです。

 やろうと思うだけでは、やらないことと同じです。行動こそが勝負です。

 長生きもいいけれど、”1日を長く生きる”ことも大事です。

 人は未知の分野に挑戦すると、これまで使われていなかった遺伝子が目を覚まして、活動し始めます。

 ”創(はじ)める”ことは年齢にいのちという水を注ぐことです。

 死んでいった者のいのちの意味、残された者のいのちの意味を見つけることはできるはずです。その意味を見つけ出すことは残された者の使命ではないかと思います。

 昔は”余生を暮らす”と言ったものですが、余った生、余分の生などというものはありません。
 
 100歳を過ぎてもわからないことがまだまだある。それを知りたい、わかりたい、追いかけていきたい。その気持ちがあってこそ精いっぱい生きていけるのです。
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いずれの言葉も珠玉に満ちています。105歳で天寿を全うされた日野原先生に相応しい言葉です。(続く)
 

2017年08月03日

#120 教師と夏休み

 真夏の8月を迎えました。ここ数日間九州地方では猛暑が続いており、特に佐賀市では今日は体温よりも高い38度の気温が予想されており、ここ大牟田でも37度まで気温が上がると予想されています。ここまで高い気温が続きますと、エアコンが設置されていない公立の学校では授業に集中できず、補習・課外授業が成り立たないでしょう。
 さて世間では「学校の教員は夏休みが長くて羨ましい。」と思っている方が多いですが、最近の教員は普通の会社員と同じく長期の夏休みはありません。確かに私が教員になった30年ほど前には、まだ牧歌的な雰囲気があり、部活動の顧問や特に仕事の無い教員は研修期間を除いて生徒と同じ夏休みを取っていました。しかしながら現在は生徒が学校に登校しなくても、毎日出勤して退勤時間まで職員室で過ごすようになっています。
 学校によっては自宅研修を認めている所もありますが、そのために多量の研修レポートを課されますので、大半の教員が学校内勤務を選びます。また生徒が登校しない期間中に県主催や私学主催の様々な研修が催され、それに参加しなければなりません。また高校の教員は普通7月末まで、そして8月の後半2週間は夏季課外授業を行いますので、実質上の休みはお盆前後の1週間のみとなります。
 加えて運動部の顧問をしていますと夏休みはお盆期間中の3,4日しか休みが取れません。また夏休み期間中に様々な練習試合や合同練習、合宿等が入ってきますので、普段以上に自分の時間が取れない日々が続きます。私もテニス部等の顧問を10数年しましたが、お盆、年末年始の休み以外全く休日が取れない状態でした。高校野球や春高バレーなど世間から称賛される部活動が多くありますが、顧問の先生は苦労が偲ばれます。

2017年08月02日

#119 夏休みとラジオ体操

 7月も明日で最後となりました。ここ数日間福岡県南部では35度を超える猛暑が続いており、今日は最高気温37度が予想されています。実際エアコンを入れてない部屋は34度を超えています。これも地球温暖化の影響でしょうか。ひと昔と異なりエアコンなしの夏の生活は考えられない状況です。
 21日より夏休みが始まりましたが、現在非常勤講師をしています大牟田の明光学園の中2の生徒に対して28日まで指名補習をしていましたので、個人的には昨日よりやっと夏休みが来た気がしています。指名補習には1学期に欠点と取った生徒を中心に希望者も含め10名ほどが参加しました。1年生の復習から始めて、生徒が間違えやすい単元を中心に行いました。生徒たちは積極的に参加し、和やかな雰囲気の中で授業を進めることができました。中学1、2年生の英語は何よりも基本的な事項を繰り返して学習させることです。明光学園はプログレス21という教科書を使用していますので、公立中学の検定教科書と異なり学習量がかなり多く、英語が苦手な生徒は授業についていくのが大変です。
 さて夏休みと言えば、子供の頃に早朝のラジオ体操に参加することが定番となっていました。夏休みになると小学校の子供達は近くの公園や学校の運動場に朝早く集まり、6時半のラジオ体操の放送に合わせて一緒に体操をしたことを思い出します。親に起こされ、眠い目を擦りながら小学校のグラウンドに集合してラジオから流れる体操に合わせて第1、第2体操を行い、終了後にカードにハンコを押してもらったことを覚えています。
 現在の小学校で夏休み期間中このようなラジオ体操の行事が行われてるかどうか知りませんが、NHKでは今でも日曜日や夏休み期間中に全国巡回ラジオ体操を実施しており、リハーサルまで含めると午前6時に集合するそうです!?ラジオ体操のように全国の人々が参加して行う体操行事は世界でも珍しく、日本独自の国民の健康増進法の一つと思われます。最近では様々なストレッチ体操などが登場していますが、幼い頃に覚えたラジオ体操は私たちにとって一生忘れないものとなっています。なおこのラジオ体操は各地の方言版や英語を始めとする数か国語に翻訳されています。興味のある方はNHKのホームページやYouTubuでご確認ください。まだまだ酷暑がしばらく続きます。夏バテにならないように健康には充分ご留意ください。

2017年07月30日

#118 大牟田の夏祭り

 昨日と今日は大牟田の夏祭り「おおむた大蛇山祭り」が行われています。私の子供の頃は7月21日、22日に行われて、大蛇山とともに夏休みが始まったことを思い出します。昨日は塾も休みにして、生徒たちは祭りを見に行きました。ここで、「おおむた大蛇山祭り振興会」のHP(http://www.omuta-daijayama.com/)から少し引用します。

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〇大牟田の勇壮な夏祭り
 おまつりの期間中は約35万人の人出で賑わうおおむた「大蛇山」まつり。始まりは三池地方の祇園社の祭礼に伴う行事で、はっきりとした文献はありませんが、寛永17(1640)年に三池祇園社が建てられ、寛政3(1791)年の文献には地域の祇園さんのお祭りのことが書かれていますので、江戸時代の前期から中期にかけて始まったと考えられています。
 山車に人が乗り、太鼓や鐘を打ち鳴らしながら、町中を練り歩きます。この山車のことを「大蛇山」と呼んでいます。大蛇山は、長さ約10メートル、高さ5メートル、重さが最大3トンにもなり、木製の山車に和紙、竹、わら等を組み合わせた、頭・胴体・しっぽをつくり、大蛇のように飾りつけがなされます。この勇壮な大蛇たちが、街の各所で、祭りに、そして人々の心に火をつけていきます。

〇遠い昔から守り続けられた祭り
 300年以上も前にさかのぼると推定される大蛇山の起源。いくつかの言い伝えも残されています。
大蛇山は、こうしたはるかな時を重ねて、古いしきたりと伝統の技術で受け継がれてきた祭りです。竹材の枠に何重にも和紙を張り合わせて作るという、昔ながらの製法が今も守り続けられ、同じ山車はふたつとありません。毎年毎年、それぞれに意匠を凝らし、より迫力ある大蛇山を作るために努力が重ねられているのです。

〇大蛇山伝説(http://user.ariakenet.com/~egashira/daijyayamadensetu.htmより引用)
 三池地方に昔から伝わる大蛇山伝説と三池の地名にまつわる伝説は次の様なものです。昔々、三毛の地に三毛中納言師親の娘で、それはそれは美しい「玉姫」という姫君が「ツガニ」を大層可愛がっていました。年が流れて姫が、十八歳の春を迎えた時に、三毛の地に不幸をもたらしていた山奥の「大蛇」を鎮めるために、人身御供として、さしだされる事になりました。そして世にも恐ろしい大蛇に、今にも飲み込まれそうになった時に、巨大なツガニが現れ、大蛇を頭・胴・尾と三つに断ち切りました。その時より山には三つの池が出来たとか。以来この地は三池といわれる様になりました。現在も三池山の中腹には、水の枯れることがない三つの池があります。今日まで「大蛇山」は祇園祭の神事として伝えられています。  
 江戸時代初め頃の三池(三毛)地方は、荒地が多く農産品の収穫は不安定、さらに疫病もはやり、時の領主により悪病よけと 雨乞いへの強い祈願が込められ、祭神を悪病よけや農業の神とする「祇園」のお宮が造られました。三池祇園の大蛇山は、古くからの水神信仰と三池藩の立花氏により導入された祇園信仰の二つの要素(どちらも農業に関係する神様である)により、やがて祇園の祭りに大蛇が取り入れられ「大蛇山」の形が出来たと言われています。
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 本格的に暑い夏がやって来ました。今年も各地で猛暑が予想されています。読者の皆様も体調管理に充分お気をつけください。

2017年07月23日

#117 夏祭りの祭囃子

 今日は「海の日」で祝日ですが、この祝日は1995年に制定されました。当時オーストラリアに住んでいた私はこの祝日の詳しい経緯を知りませんが、1998年に日本に帰国して「海の日」が制定されたことを知り、いささか驚いたことを思い出します。
 さてここ数日前から朝早く蝉が鳴いて目覚まし時計代わりに使えます。特にすぐ近くで鳴かれると車の騒音のように聞こえます。車はすぐに通り過ぎてくれますが、蝉はその場で数分間鳴きますので、蝉の鳴き声を聞いていると段々耳が遠くなってきます。1週間の命と思えば耳障りな鳴き声にも憐れみを感じますが、しかしうるさいものです。
 ところで昨年のこの時期のブログにも書きましたが、大牟田の夏祭りが今年は7月22日、23日に行われますが、その祭囃子の練習が各地で行われています。毎日夕暮れ時から8時過ぎまで各地域の子供達や大人たちが一生懸命に祭囃子を練習しています。この囃子の音が聞こえ始めると夏が近づいたことを知ります。夏祭りに詳しい生徒に聞いたところでは、夏祭りの中心の出し物である大蛇山の山車が6台(六山と言います。)出て、市内の各地域を練り歩きます。その後歩行者天国に集合し大蛇山のパレードが行われます。他の夏祭りの山車と異なるのは大蛇山の口から火を噴くことです。もちろん花火ですが、それでも勇壮な姿を見せてくれます。最近では白大蛇や金色の大蛇が登場するそうです。また個人で制作した大蛇も参加するそうです。
 昨年の夏祭りの夜に祭りの様子を見に出かけましたが、いつもは閑古鳥が鳴いている通りにものすごい数の人々が集まり、身動きができない状態で通りを歩いたことを思い出します。大牟田が一番元気だった頃の街並みを思い出しました。当時は大牟田の繁華街だった築町や栄町は多くの店が並んで、アーケード街は人々で溢れかえり、賑やかな歓声で街中が満ちていました。
 日本全国に様々な祭りがあり、祭りを通して各地の伝統文化が継承されています。特に夏祭りは京都の祇園祭のような優雅な祭りを始め、勇ましい祭りや博多の祇園山笠のようにタイムを競う祭りもあります。自分の生まれた土地の祭りは自分のアイデンティティと言うべきものです。いつまでも大切に継承してもらいたいものです。

2017年07月17日

#116 砂の上の足跡

 数日前の北部九州豪雨では多大な犠牲者が出ました。今日現在行方不明者が20名以上報告されています。依然として孤立している村落があるようです。できるだけ早い救出が望まれます。まだ梅雨末期の大雨が続きますが、まもなく梅雨が明けます。道路や水道、電気など復旧するまで被害を受けた方々はもうしばらくご辛抱ください。
 5年前の豪雨災害と比べて今回の豪雨による被害は数倍に及ぶと見込まれています。またこれまでに発生した熊本地震等の地震災害による被災者の支援もまだ続いています。この国で暮らすということは常に災害と隣り合わせを意味します。日本人は昔から自然災害と向き合ってきました。火山、地震、台風、豪雨などできるだけ被害を少なくするために、相互扶助という考えを常に意識して生活してきました。そして対処できないことに対してはすべて受け入れる諦念感を身につけてきました。
 様々な困難に直面し、絶望感に陥った時に「神も仏もあるものか!」と叫びたくなるものです。そのような方に次の詩を送ります。「あしあと」(Footprint in the Sand)というタイトルがついています。

  あしあと

ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
 あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
 わたしと語り合ってくださると約束されました。
 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
 ひとりのあしあとしかなかったのです。
 いちばんあなたを必要としたときに、
 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
 わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。
 あしあとがひとつだったとき、
 わたしはあなたを背負って歩いていた。」

マーガレット・F・パワーズ
translation copyright(C)1996 by Pacific Broadcasting Association

2017年07月09日

#115 九州北部豪雨

 ここ数日間北陸・東北地方、中国地方と豪雨が続いており、昨日は九州北部が豪雨に見舞われました。特に福岡県の朝倉や大分の日田を中心に大きな被害が出ており、各地で断水や停電が発生し、久大線の鉄橋が流されるなどライフラインや交通関係に多大な影響が出ています。被害に会われた方々には心よりお見舞い申し上げます。ここ大牟田でも昨日は断続的に大雨が降っていました。市内全域に避難勧告が出され、特に山間地区では避難指示も出ていたようです。その影響で大牟田を含む筑後地区の学校はすべて臨時休校となりました。現在激しい雨は降っていませんが、豪雨をもたらす雨雲が北九州市付近にあり、その地域で現在雨が激しく降り続いています。
 この豪雨で5年前の平成24年7月11日から14日まで続いた九州北部豪雨のことを思い出しました。当時私は高1の学年主任をしており、豪雨が発生した期間に2泊3日の宿泊学習会で杖立温泉のホテルに滞在していました。11日の深夜にホテルの下を流れている杖立川が氾濫し、警戒警報が鳴り続けていました。宿泊していた部屋から外を見ると杖立川が氾濫し、向こう岸の民家に水が押し寄せ、駐車していた車が半分水に浸かっていました。翌日からも日田で激しく雨が降り続け、日田市内が洪水のために交通期間が不通になりました。宿泊学習会は13日まで行われ、午後1時にホテルを出発して4時過ぎに帰福を予定していましたが、送迎バスが日田市内を通ることができずに、遠回りをして大分経由でホテルに到着ししました。その後帰宅の準備をして午後5時過ぎにホテルを出発し、中津、北九州経由で福岡に戻ってきました。学校に到着したのは夜9時近くで、多くの保護者が校門付近で子供たちの帰りを心待ちにしていらっしゃったことを覚えています。子供たちが保護者とともに下校したときに安堵のため息をついたことを覚えています。まさか自分がこのような災害に巻き込まれるとは夢想だにもしていませんでした。災害はどこでも発生します。日頃の準備が大切です。昨今地震や台風も大きな被害をもたらしています。様々な災害に対して充分な対策が必要です。

2017年07月07日

#114 中体連の予選が始まりました

 7月に入り、今年もいよいよ後半に入ります。今日は梅雨の中休みで、曇天の空ですが、時折日差しも射してきます。昨晩は阿蘇地方で震度5弱の地震が発生し、ここ大牟田でも少し揺れを感じました。その1時間ほど前に北海道でも大きく揺れましたので、日本の南北で同時に揺れたことになります。今まで地震を経験していない地域にお住いの方々も、いつ発生するか分からない地震にはくれぐれもご注意ください。
 さて今週は中体連の予選が大牟田市内の各地区で行われていますので、中学3年生の授業は中止になり、久しぶりに授業がありませんでした。3人の生徒たちはバスケットボールとソフトテニスに所属しており、本日が予選だそうです。3人の健闘を期待します。
 ところで、私も中学時代はソフトテニス部に所属しており、毎日放課後は7時近くまで練習に明け暮れていたことを思い出します。当時日曜日は練習がありませんでしたが、自主練という形で練習していました。そして中学3年生の最後の中体連予選で団体戦、個人戦とも準決勝に進みましたが、どちらも決勝には進めずに筑後地区大会には出場することができませんでした。私にとって中学時代の良き思い出の1頁でもあります。
 当時の部活動は勝利至上主義のように他者から強制される活動ではなく、生徒が自ら集まり積極的に活動していた時代でした。しかし練習は厳しく、先輩からの叱咤激励が毎日飛び交っていました。部活の疲れで授業中に居眠りすることもなく、部員は全員勉強も頑張っていました。今話題になっているブラック部活と違い、牧歌的な活動でした。先輩後輩の良き関係を育て、年齢を超えた繋がりを身につける場所でした。
 民間のスポーツクラブと異なり、学校の部活動はあくまでも活動したい生徒の集まりです。特に運動部では生徒の負担にならない、かつ練習の厳しさも伴う活動が再び脚光を浴びてほしいものです。

2017年07月02日

#113 本格的な雨の季節を迎えて

 3週間ほど前に九州地方は入梅し、その後しばらく雨が降りませんでしたが、数日前から本格的な雨の季節に入りました。沖縄地方はすでに梅雨明けとなりましたが、九州地方はこれからが梅雨本番になります。先日より鹿児島地方はかなりの雨量を記録しています。九州北部でも昨日はかなりの降雨量が観測されました。今日は小康状態が続いていますが、夜には再び大雨が予想されています。梅雨明けまでに3週間ほどかかりますが、この季節が無ければ農作物は育ちません。
 この国の四季には明確な特徴があり、先人たちはそれぞれの季節に合った暮らしを営んできました。現代の日本人はエアコンなどの文明の利器を利用して、以前に比べ天国のような快適な暮らしを手に入れていますが、自然と共存した生活から離れることで様々な弊害が出てきます。かつて存在しなかった様々な身体的、精神的な病気にかかり、苦しんでいる人が増えています。これらの病気に対処する様々な薬や治療法が開発されていますが、根本的な治療にはなりません。なぜなら自然と乖離することで発生した病気が数多く存在します。文明病と呼ばれる病気を治すために、今一度自然と共存する生活を再考する時期が来ているのではないでしょうか。
 ところで、昨今テレビやマスコミで多く取り上げられているニュースが乳癌に罹っている小林麻央さんに関するものではないでしょうか。彼女は残念ながら一昨日他界しましたが、彼女が世間に与えた様々な影響は言葉では言い表せないほど大きなものがあります。夫である市川海老蔵さんのコメントにありましたが、彼女の最期の言葉が「愛している」とのことでした。この二人を通して本当の夫婦愛を感じた人が多くいたのではないでしょうか。彼女のご冥福を祈りたいと思います。

2017年06月25日

#112 中学校の英語教育に?

 大牟田市内の中学校では来週から期末試験が始まりますが、当塾でも現在試験対策の授業を行っています。さて当塾に通っている中学1年生から聞いた話によると、期末試験の範囲が広く、塾に行かなければ理解できないほどの範囲と量だそうです。クラスの生徒の大半が塾に通って勉強している現状だそうです。実際期末試験に出題される問題集の範囲を見せてもらいましたが、授業担当の英語の先生は答えを配布するだけで問題の解説は生徒に全くしないそうです。これは入門期の中学1年生にとって英語につまずく最たる例です。
 入門期の英語学習においては、基本例文を何度も繰り返し覚えさせ、英語の語感を身につけさせるのが常道です。進学塾などでは生徒の学力に応じて授業進度を早めますが、基本的な英語力を身につける入門期の生徒たちには懇切丁寧な指導が必要となりあす。また生徒が理解できるように各課の単語テストや復習テスト等をする必要があります。この生徒が通っている中学校ではそのような指導が全くないとのことでした。この中学校に限らず市内の中学校で細かな指導を行っている話は聞きません。誰のための授業でしょうか?
 学校教育の本来の目的は基本的な学力を生徒に身につけさせ、塾に行かなくても学習を理解できる生徒を育てることだと思います。「授業が分からなければ塾に行って勉強しなさい。」では何のための学校か、と疑問に思います。本来塾の役割は学校教育を補完するために存在し、学校と二人三脚していくものですが、これでは塾に丸投げの状況です。毎日一生懸命子供たちのために頑張っている先生もたくさんいらっしゃいますが、生徒の現状を把握し、自分の授業では落ちこぼれの生徒を出さないように復習テストなどを実施し、生徒の学力把握をするべきだと思います。また理解力の劣る生徒に対しては放課後に居残り指導するなど様々な対策を取るべきです。学校では部活動など様々な活動がありますが、まずは生徒の学力保障を第一に考えるのが学校の役割です。

2017年06月18日

#111 大牟田に金閣寺が?

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 先週梅雨入りしましたが、一日雨が降っただけで、相変わらずの晴天が続いています。今朝明け方少し雨が降りましたが、今はすっかり上がっています。この時期にしては湿度の低い爽やかな日々が続いています。
 さて世に知られている事物に似たものが意外にも身近にあることに気づかされます。今日のブログタイトにあります「金閣寺」が意外にも大牟田にありました。(画像はブログタイトル「ひつじの独り言」をクリックしてください)何となく雰囲気が金閣寺に似ていると思いませんか。本物の金閣寺は京都市北区にあり、三階建で多くの観光客に人気があります。金閣寺の手前に池(鏡湖池)があり、金閣寺が湖面に映って金色の艶やかな姿を見せてくれます。
 一方大牟田の金閣寺は1階建ですが、手前の池はまるで鏡湖池のように見えます。もちろん民家を撮ったものですが、手前に池があり、金色ではありませんが壁面の色が似ており、背景に木々があり、どことなく雰囲気が似ています。このように注意深く周囲を観察すると有名な事物に似たものが見つかると思います。皆さんも探してみてはいかがでしょうか。

2017年06月11日

#110 日本卓球の躍進とブラック部活(2)

 日本卓球の大躍進が伝えられています。卓球・世界選手権個人戦で平野美宇が銅メダルを獲得しました。また混合ダブルスで吉村・石川ペアが48年ぶり金メダルを獲得しました。昨今の卓球界における大活躍は卓球協会の長期計画が見事に実った結果でしょう。どのスポーツにも言えることですが、スポーツをマスターするのには10年ほどの年月がかかります。現在活躍している10代の卓球やフィギュアスケートなどの選手は2,3歳からスポーツを始めています。その成果が10代で表れている証左になります。
 福岡県では福岡県タレント発掘事業が行われており、参加する小学生や中学生の適性を専門家が観察し、彼らに相応しいスポーツを勧めます。そのようにして将来活躍する能力を持っている選手を発掘し育てています。一種のスポーツエリート教育です。確かに才能を持っている子どもで、適性に応じたスポーツを奨励することは本人にとって将来を切り開く芽を与えることになります。才能のある子どもたちに頑張ってもらいたいと思います。
 一方で、前回のブログでも述べましたが、ブラック部活と学校の体制に疑問詞がつくような話を聞きました。当塾に中学生が6名ほど通っていますが、生徒から聞いた話では今月の下旬から中体連の予選が始まるそうです。(このことは大牟田市内のことだけかも知れません。)私は中学生の頃、ソフトテニス部に所属していましたが、中体連の予選は1学期の終業式が行われる7月20日以降に始まりました。昨今の中体連の予選がひと月以上も早まった理由は分かりませんが、問題はその予選が平日に行われていることです。高体連の予選は週末や連休中に実施されることが多いのですが、なぜ中体連の予選が平日に行われるのか正直言って分かりません。
 特に問題なのはクラスの中で中体連に参加する生徒がいた場合、授業が自習になるそうです。授業を担当する先生が顧問として生徒の引率に当たることもありますが、クラス全員が予選に参加することはありえません。たとえクラス生徒の1/3が参加としても残り2/3の生徒は授業を受けることが可能なはずです。予選参加により授業を受けることができない生徒に対しては放課後に補講等の対策が取れるはずです。それをクラス全員に自習させることは考えられない状況です。中学校はこのような状況を把握した上で、放任しているのでしょうか。そうだとしたら学校全体で教育を放棄していることになります。生徒の部活動は大いに賛成ですが、一部の生徒のために大多数の生徒が犠牲になっては本末転倒です。前回のブラック部活に合わせて、教育界に警鐘を鳴らしたいと思います。

2017年06月04日

#109 休みのない中学生ーブラック部活

 5月がもうすぐ終わり、今週の後半には6月になります。梅雨の便りが聞こえてくる季節に入ります。今日も暑いですが湿度が低く、爽やかな一日となりました。来週は体育祭や文化祭を行う学校があります。様々な学校で1学期の主な行事が行われます。
 ところで以前にもブログに書いたことですが、部活動、特に運動部に所属している中学生は日曜日にも部活動を行っており、毎日何らかの形で学校に登校していることになります。彼らはいつ休んでいるのでしょうか。部活動をすることは大いに賛成ですが、週に1回は休みを取ることを考えませんと様々な面で歪みが出てきます。特に毎日体を動かす運動部では怪我が多く、10代で大怪我をして将来を失うことにもなります。また運動部顧問の先生も休むことができず、本来の教職活動ができない状態です。
 将来のオリンピック選手を育てるのであれば理解できますが、該当する選手は全国的に多くないと思います。県大会や全国大会に出場して推薦入試に合格することも可能ですが、普通の運動能力しかない中学生には高値の花です。先ほども文科省より部活動に休業日を設ける提言がなされましたが、中学生の部活動の実態は目に余るものがあります。中学生の身体的発達特徴を考慮せずに毎日、特に週末は一日中部活動をしていては、いつ体を休めたり勉強したりするのでしょうか。
 学習面では福岡都市圏の生徒は放課後に大手の予備校や塾で毎日のように勉強しています。それに対して郡部の生徒はそれほど学習に対して意欲がありません。このような状況ではますます学力差が大きくなっていきます。ここ福岡県でも国公立大学には郡部の高校生が合格できない現状があります。部活動と学習活動が良質する環境を大人が考慮しないと子供たちの将来の芽を摘んでしまうことになります。ネットで「ブラック部活」を検索すれば、関連した記事がたくさん出てきますので、興味のある方は御一読ください。

2017年05月28日

#108 講演デビュー

 沖縄地方はすでに梅雨入りとなりましたが、九州地方は梅雨入りにまだ2週間ほどの余裕があり、湿度の低い爽やかな夏日が続いています。昨日は土曜日にもかかわらず近くの中学校で授業参観が行われており、多くの保護者の姿がありました。土曜日でないと保護者が参加できないからでしょう。また今日は日曜日ですが中学生たちは部活動のためにグランドで汗を流しています。
 さて先週の日曜日のことになりますが、元同僚の方の依頼で福岡通訳協会で講演をさせて頂きました。講演時間は90分、その後質疑応答の時間が30分あり、計2時間の講演会を楽しく体験させていただきました。講演のテーマは「私にできること」で現在運営している学習塾ニコラの活動状況だけでなく、英語との出会いや学習方法まで幅広く講演させて頂きました。
 日頃の授業で、90分授業などには慣れていますが、講演となると話す内容を事前に考え、対象となるリスナーの方々の興味や関心を踏まえた上で講演しなければなりません。仕事柄今まで多くの講演会を聞いてきましたが、まさか自分が講演者の立場になろうとは夢にも思いませんでした。一生に一度の講演会になるかもしれませんが、良い体験をさせて頂いたと思います。御多忙の中、講演会に来て頂いた福岡通訳協会の方々に心よりお礼申し上げます。

2017年05月21日

#107 甚三郎始末記

 毎週土曜日午前8:05からNHKラジオでラジオ文芸館が放送されています。様々な作家が書いた短編小説をNHKのアナウンサーが朗読する番組です。毎週ではありませんが、私は時間が取れるときは聞くようにしています。昨日はあさのあつこ作「甚三郎始末記」が放送されました。あさのあつこ、と言えば人気作家で「バッテリー」などの現代小説を思い出しますが、今回放送された短編小説は時代物でした。時代物と言えば藤沢周平や高田郁などの名前が浮かびますが、あさのあつこの時代物も秀逸です。放送後すぐに彼女の文庫本を買いに行きました。購入したのは文春文庫の「もう一枝あれかし」ですが、「甚三郎始末記」だけでなく、表題の「もう一枝あれかし」も素晴らしい作品でした。
 読書と言えば、小学生の頃に、親が世界少年少女全集を子どもたちに買ってくれたことを覚えています。日本神話や世界の民話など多くの物語があり、時折読書しながら夜更かしをしていました。今でも本を読みながら夜更かしする習慣が続いていますが、一日の仕事が終わり、ほっと一息できる時間でもあります。本のジャンルにかかわらず、好きな時に好きな本を読むことができる幸せは何にも代え難いものです。

2017年05月14日

#106 新緑の季節

 5月の大型連休が今日で終了しますが、当塾に来ている生徒たちは休みの間部活動やその他の活動で忙しかったようです。以前と違って休日に部活動を行う学校が増えており、家族と一緒に過ごす時間が減っているようにも思えます。明日からまた平常の生活が始まります。2週間後には公立の中学校や高校で中間試験が始まり、当塾では来週より試験対策の授業が始まります。
 ところですっかり新緑の季節となりました。近くの公園や遠くの山々を見渡すと鮮やかな緑が目に沁みます。同じ緑色でも木々が異なりますと、微妙に色合いが変わります。一つの山を見ましても様々な緑が溢れています。秋には様々な紅葉が見られることでしょう。早朝もそれほど寒くなく、早起きするには申し分ない時期になりました。昼間は半袖でも過ごせるくらいの気温になります。これから入梅になるまでの3週間ほど快適な季節を過ごすことができます。
 考えてみますと、この国で暮らすことは様々な季節に応じた自然を楽しむことだと言えるでしょう。春夏秋冬に応じたそれぞれの生活があり、周囲を豊かな自然に囲まれた中で生活をしてきた祖先の人々は豊かな感情を生み出してきました。現在の日本では自然環境の悪化とともに自然に親しむ機会が減ってきましたが、それでも自然に沿った生活様式がまだ存在していると思います。この連休では各地で潮干狩りに多くの人たちが出かけましたが、これも一例です。いまの自然を残し、できるだけ自然と共存する生活を大切にしたいものです。

2017年05月07日

#105 ゴールデンウィークと部活動

 今日はこどもの日です。『祝日法2条によれば、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」ことが趣旨である。1948年に制定。ゴールデンウィークを構成する日の一つである。』とウィキペディアに書いてあります。こどものための祝日とともに母親に感謝する日でもあります。毎年5月の第2週の日曜日が母の日となっていますが、実は5月5日も母の日なのです。
 ゴールデンウィークは今日で終わります。公立の中学校や高校に通っている生徒は日曜日まで連休が続きますが、部活動、特に運動部に入っている多くの生徒には休みがありません。この期間中は練習試合や合同練習が予定されているからです。私が中学生だった頃は毎週日曜日は休みでした。中体連や新人戦の直前を除いて祝日などにも練習したことはありませんでした。ところが今の中高生は土日に練習試合や合同練習などが実施されますので、原則として休みがありません。特にシード校などは週末に県内や県外遠征をしますので、週末の方が忙しくなります。そのために月曜日の部活を休みにしている学校があります。
 問題は部活の顧問の先生です。週末は部活動の指導で生徒の活動や引率に丸一日が使われます。月曜から仕事が始まり、授業の準備もしなければなりません。文化部でも大会の前などは1か月間休みなく練習する場合が多く、部活(特に運動部)の顧問の先生は休息を取る日がないのです。前回のブログでも述べましたが、これが過労死ラインをはるかに超えている現状です。
 主に若い先生が部活動の顧問になっていますが、若い先生ほど授業の技量を上げるためにしっかり勉強して頂きたいのです。しかしこれでは自分の授業の準備もおぼつかないことでしょう。また生徒も部活動に時間を取られ、授業中に居眠りをするなどの弊害が見られます。部活動と学習のバランスを取ることが大切です。期間限定であれば何事も我慢できますが、先が見えませんと身ともに疲労が溜まり、健康を害することになります。何事も中庸が大切です。

2017年05月05日

#104 中学教師6割が過労死ライン

 昨日のニュースで冒頭の記事が目に入りましたので、ネット掲載記事の一部をJiji.comから引用します。
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 文部科学省は28日、2016年度の公立小中学校教員の勤務実態調査の速報値を公表した。中学教諭の約6割が週60時間以上勤務しており、過労死の目安とされる水準を超過。前回06年度の調査に比べ、教諭や校長ら全職種で勤務時間が増えた。授業時間が増加したほか、中学では土日の部活動の時間が倍増。同省は「学校が教員の長時間勤務に支えられている状況には限界がある」として、中央教育審議会に改善策の検討を諮問する。(http://www.jiji.com/jc/article?k=2017042800386&g=soc)

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 教師の仕事はやればやるほど際限なく仕事量が増えてきます。確かに勤務時間は8:30-16:30となっていますが、16:30に退勤することはまず不可能です。多くの教師が部活の顧問をしており、特に運動部の顧問は19:00まで部活動をしますので、それからが自分の仕事をすることになります。私もソフトテニス、硬式テニスの顧問を合わせて10年以上担当しましたが、生徒の完全下校が19:00でしたので、その後自分の仕事に取りかかり、仕事が終わり退勤するのはほとんど毎日21:00を過ぎていました。換言すれば毎日5時間ほど残業していたことになります。(ひと月で100時間を超えることになります。)私の場合は毎週日曜日は部活を休みにしていましたので、日曜日は完全に休んでいましたが、(それでもゴールデンウィークや9月の連休など試合前にはほぼ1か月間休みが取れない状況が続きました。)昨今の中学校や高校では日曜日に練習試合や合同練習をしている学校が多いので、顧問の先生は休みを取る時間がありません。顧問が複数いる場合は交代で休みが取れますが、顧問一人の場合はそれが不可能です。
 仕事を真面目にすればするほど、ますます仕事が増えるのが世の常ですが、教師の場合は残業手当はありません。(その代わり教員調整額が設定されていますが、決して残業代ではありません。)確かに16:30に職場を退勤する教員もいましたが、多くは仕事をしない教員でした。
 最近の教師の仕事は教科の仕事だけでなく、生徒指導や進路指導、さらに問題のある生徒や保護者への対応など多岐に渡っています。一昔前の教員は生徒の長期休暇の際には教員も自宅研修等で出勤しなくてもよかった頃がありましたが、今では夏休みなどの長期の休み期間にも出勤して仕事をしています。教職は仕事と割り切ればよいのでしょうが、それではサラリーマン教員(昔で言うデモシカ教員)になっていまします。どうしたら残業を少なくして能率的に仕事ができるか、教師の時間確保が大きな課題となっています。

2017年04月29日

#103 印象に残る英文(その1)

 授業で多くの英文に接していますと、印象深い英文に出会うことがあります。出典が記載されている場合には、ネットなどですぐに検索できるのですが、大半の英文は出典が不明です。ところがGoogleなどの検索ソフトの発達のおかげで、最近ではキーワードや文を入力すると出典が分かる場合も出てきました。今日ご紹介する英文は今までに印象に残った英文のひとつです。

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A Water Bearer and a Cracked Pot

By Sacinandana Swami
A water bearer in India had two large pots, each hung on one end of the pole he carried across the back of his neck. One of the pots had a crack in it, and while the other pot was perfect and always delivered a full portion of water at the end of the long walk from the stream, the cracked pot arrived only half full. This went on every day for two years, with the bearer delivering only one and a half pots of water to his master’s house.
Of course, the perfect pot was proud of its accomplishment and saw itself as perfectly suited for the purpose for which it was made. But the poor cracked pot was ashamed of its imperfection and miserable that it was able to accomplish only half of what it had been made to do. After two years of what it perceived as bitter failure, it spoke to the water bearer one day by the stream. “I am ashamed of myself and I want to apologize to you.”
“Why?” asked the bearer. “What are you ashamed of?”
“For the past two years, I have been able to deliver only half my load because this crack in my side causes water to leak out all the way back to your master’s house. Because of my flaws you have to work without getting the full value of your efforts,” the pot said.
The water bearer felt sorry for the old cracked pot, and out of compassion he said, “As we return to the master’s house, I want you to notice the beautiful flowers along the path.” Indeed, as they went up the hill, the old cracked pot took notice of the sun warming the wildflowers on the side of the path. The pot felt cheered.
But at the end of the trail, the pot still felt bad because it had leaked out half its load, and again it apologized for its failure. The bearer said to the pot, “Did you notice that there were flowers only on your side of your path, but not on the other pot’s side? That’s because I knew about your flaw and took advantage of it. I planted flower seeds on your side of the path, and every day while we walk back from the stream, you’ve watered them for me. For two years I have been able to pick these beautiful flowers to decorate my master’s table. If you were not just the way you are, he would not have such beauty to grace his house.

All content copyright (c) by SacinandanaSwami.com

(訳)
インドの水運搬人は、川から彼の主人の家へ水を運ぶことによって、彼の主人に仕えました。彼は、肩にかけてつり合いを保った棒の両端に引っ掛けた2つの壺に水を入れて運びました。壺の1つは、ひびが入っていました;もう一方の壺は、無傷でした。無傷の壺は、いつも川から水を満杯にして届けましたが、他方、ひびの入った壺は、いつも、主人の家に着くころには、半分しか入っていませんでした。まる2年間このことが続きました、毎日、水運搬人は、満杯の壺と半分水の入った壺を主人の家に届けました。当然、満杯の壺は、その仕事ぶりを誇りに思いました、それが作られた目的に申し分なかったからです。しかし、ひびの入った壺は、不幸でした、そして、自分の不完全さを恥じていました。
ある日、ひびの入った壺は、水運搬人に話しかけました。「私は、私自身がとても恥ずかしいです。」と、それは言いました。「私は、あなたに謝罪したいです。」「しかし、どうしてだい?」と、水運搬人は尋ねました。「過去2年間」と、その壺は言いました。「私の側面に入ったひびは、水を漏らしてしまいます、そして、私は、自分の負うべき負担の半分しか届けることが出来ませんでした。あなたは、毎日、川から私たちのご主人の家へ私を運ぶ仕事をしますが、私の欠陥のために、あなたは、あなたの努力に十分見合ったものを得られません。」と、その壺は、ため息まじりに言いました。やさしく、水運搬人は、言いました、「今日、私たちが、ご主人様の家に帰る時、途中の可愛らしい花に注意してごらん。」
3人[*]が、丘を登って帰る時、その古いひびの入った壺は、魅力的な野生の花に気付きました ― 太陽が、花の輝く顔を照らし、そよ風が、その頭を傾けていました。しかし、それでも、その欠陥のある壺は、すまないと感じました、なぜならば、また水を半分漏らしてしまったからでした、それで、その壺は、失敗を水運搬人に謝りました。
しかし、水運搬人は、言いました、「あぜ道のお前の側にだけ花が咲いていることに気がつかなかったかい?私は、お前に欠陥があることを知っていたから、あぜ道のお前の側に花の種をまいたんだよ、そして、毎日、お前は種に水やりをしてくれたんだ。だから、毎日、私はこれらの美しい花を摘んで、私たちのご主人さまのテーブルを飾ることが出来るんだ。もしも、お前がそのようでなかったら、ご主人様は、家を優美にするこの美しさを得られなかっただろうね。」
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 自分の短所や欠点が長所になりうる話です。短所や欠点は見る角度を変えると長所にもなります。意義深い内容の英文です。

2017年04月23日

#102 加川良逝く

 ここ数日春というよりも初夏のような日々が続いています。昨日は大牟田でも25度を超える夏日でした。半袖でも過ごせるような気候でした。さてフォークソングの先駆けとして常に第一線で活動していた加川良さんが4月5日に亡くなりました。彼とは私が学生時代にバンドをしているときに知り合い、彼のライブコンサートを手伝った思い出があります。個人的に何度か語り合ったこともあり、お元気で活躍されていると思っていました。大変残念に思います。彼の記事をネットから引用します。

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加川良が急性白血病のため逝去
フォークシンガーの加川良が4月5日の9時39分、急性白血病のため逝去した。69歳だった。
加川は昨年12月9日から山梨県内の病院に検査入院し、12月14日には公式サイトにて「検査入院、少々つかれ気味でした。本日6日目、今しばらくの入院生活となりそうです」と直筆のコメントを掲載していた。葬儀は本人の意向を尊重し、家族・親族のみの密葬として執り行なわれる。
長男であるgnkosai(リトルキヨシトミニマム!gnk! / gnkosaiBAND)は、自身のfacebookで「家族、親族が見守る中、約4ヶ月の闘病生活を終え、静かに息をひきとりました」と加川が亡くなったことを報告。また、「個人的には山梨から東京の病院へ移ってからの数ヶ月、日々、変化の絶えない闘病生活でしたが、毎日の様に病院で父と過ごせた時間に、心から感謝しています」「父ちゃん、おつかれ! いつまでも家族。あんたが一番格好良いぜ! ありがとうね。」と綴った。
加川は滋賀県出身。学生時代にグループ・サウンズのボーカリストとして活動。1970年には『第2回全日本フォークジャンボリー』に飛び入り出演し、1971年にアルバム『教訓』でデビューを果たした。
(http://www.asahi.com/and_M/okmusic/OKL2017167330.html)
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 彼は70年代当時吉田拓郎と人気を二分するほどのシンガーでしたが、独自の道を歩み、マスコミにはほとんど登場しませんでした。しかし彼には熱烈なファンがいて、彼のライブはいつも超満員でした。特に「下宿屋」という歌はギター弾き語りの原点です。最近はYouTubeで彼のライブ姿が見られますので、興味のある方は検索してみてください。
 さて加川良だけでなく今週は訃報が続きました。夫婦漫才で一世を風靡(ふうび)し、俳優としても活躍した京唄子さん。「南国土佐を後にして」「ドレミの歌」などのヒット曲で知られる、歌手のペギー葉山さん。私と世代は異なりますが、昭和の一時代を築いた方々です。ご冥福を祈ります。昭和の時代がまた遠くなったと感じられる今日この頃です。

2017年04月16日

#101 桜満開の入学式

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 4月7日(金)に福岡県内の多くの小学校・中学校・高等学校で入学式が行われました。桜満開の入学式は本当に久しぶりです。ここ10年間ほどなかったと思います。最近は3月の下旬に満開の時期を迎え、4月の入学式には葉桜になっていましたが、今年は3月に冷え込んだせいもあり、先月末まで大牟田近郊の桜は蕾のままで過ごしていました。それがここ数日で見事に満開となり、一昔前の入学式のような雰囲気を醸し出しました。写真は近くにある延命公園の展望台から写したものです。(ブログタイトル「ひつじの独り言」をクリックするとご覧いただけます。)
 昨日所用で福岡市に行きましたが、帰り道に大濠公園や舞鶴公園を歩いてみました。福岡市もまだ桜満開の時期が続いており、いたる所で観光客の中国語や韓国語が飛び交っていました。福岡に住んでいた頃は、公園で桜を愛でることはあまりなかったのですが、福岡市を離れて改めて公園の桜花を目にしますと、その美しさも格別です。明日は雨の予報が出ていますので、桜雨となることでしょう。満開の時期は儚く過ぎ去り、桜木たちも翌年の満開に向けて長い準備期間に入ります。桜花に乾杯!

2017年04月09日

#100 新年度が始まりました

 今日から平成29年度が始まります。入社式や入学式を行ったところもあります。当塾に参加している生徒たちも1学年上がることになり、4月3日から今年度の授業が始まります。中3になる生徒達には先月より高校受験に向けての授業が始まっていますが、”The sooner, the better”(早ければ早いほど良い)の格言にありますように、目標に向かって早めに取り組めば、余裕をもって物事を進めることができます。受験勉強だけでなくスポーツも勉強も目標を持たずに何となく継続しても実力は付きません。明確な目標を持ち、それに向かって地道な努力を継続することが大切です。さて今年度はどのような出会いや出来事があるでしょうか。実のある出会いや出来事を通して自分を成長させて行きたいものです。

2017年04月01日

#99 兵どもが夢の跡

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 今日は三池炭鉱が閉山して20年目の日です。地元のNHKなどのニュースで取り上げていました。平日は三川鉱内に入れないのですが、本日は特別に開放する旨を聞きましたので、午後行ってみました。坑口と関連する施設が残っているだけで何も残っていません。炭鉱の施設や工場があった場所は一面ただ空き地になっています。(写真をご覧ください。遠くに見える社屋が坑口です。写真はブログタイトル「ひつじの独り言」をクリックするとご覧いただけます。)子供の頃は構内に入ることができず、外から炭鉱施設を見るだけでした。小学校の3年生の頃に図工の時間で施設を写生に出かけたことがあります。
 あれだけの活気が溢れていた場所が今は何も残っていません。炭鉱遺産として当時走っていた炭鉱電車が3台置いてあり、坑口はコンクリートで塞がれ、構内に炭鉱夫を連れて行った車両が錆びたまま置き去りにされています。松尾芭蕉が奥の細道の旅の途中、平泉(今の岩手県平泉町)で詠んだ句、「夏草や兵どもが夢の跡」をふと思い出しました。あれだけ栄えていた三池炭鉱が閉山し、それに伴いこの街も寂れていきます。子供の頃賑やかだった街を覚えている私にとって、今日目にした炭鉱跡はまさに「兵達が夢のあと…」です。
 このことは三池炭鉱だけに当てはまるものではありません。企業や国も無関係でないのです。大企業だからといって決して社員に安定した場所ではありません。山一証券然り、銀行の再編然り、最近ではシャープや東芝がそうです。かじ取りを誤れば企業の大小にかかわらず必ず訪れる結果です。国家にも当然当てはまります。世界地図を広げてみると紛争地域では絶えず国が変わっています。一見安定しているように見えるヨーロッパの国々も数百年単位で見ると、絶えず国が変わっています。フランスはかつてのフランク王国、ドイツはかつてのプロシアなど何一つ無常でないものはありません。石油で潤っているサウジアラビアも将来の石油枯渇を案じて日本や中国との経済協力を要請するために訪問しました。彼らも将来を危惧しているのです。
 話を戻しますと、特定の産業に依存している企業や団体、地域社会は、関連する産業が無くなれば第二の夕張や大牟田になります。つねに先のことを考え、行動する必要があります。国家もそうです。特に日本は資源のない国なので、常に国の将来を考え行動しなければなりません。そのために必要なのが国民の教育です。教育を通して有能な人材を育て、活用することが必要です。日本が将来も生き残る唯一の手段です。

2017年03月30日

#98 F1で人類滅亡?(その2)

 前回のブログでF1種の危険について述べましたが、品種改良という点から考慮すればF1すべてが悪というわけではありません。品種改良により害虫に強い品種や、寒冷地に適した品種を作ることができます。実際今の豊かな野菜等が市場に出回るのも様々な品種改良の努力のおかげです。
 ただ私たちが常に注視しなければならないことは、遺伝子組み換え食品にしろ、F1種にしろ、果たして将来的に人類に悪影響を与えないかということです。換言すれば人類滅亡につながらないかということに尽きます。このF1種で問題になっているのは「除雄」または「雄性不稔」という操作です。「雄性不稔とは、植物の葯(やく)や雄しべが退化し、花粉が機能的に不完全になることをいう。動物に当てはめれば、男性原因の不妊症だ。」(野口勲著『タネが危ない』より引用)
 自然界では欠陥のある種は自然淘汰されていきますが、人間が作った食料(品種改良)に関しては例外となります。食物連鎖という立場で考えると、除雄されて作られたものを毎日食べていると、どのような結果が生じるかは誰にも分かりません。ミツバチの消滅現象(蜂群崩壊症候群)や人間の精子の減少など自然界で今生じている現象を考慮すると、F1種の影響があるかもしれません。F1種に関する科学者の検証が待たれます。核で人類が滅亡しなくても、F1種などの品種改良を食することによる人類の静かな死が訪れるかもしれません。興味がある方は次の本の一読をお勧めします。 
 野口勲著「タネが危ない」日本経済新聞出版社

2017年03月30日

#97 F1で人類滅亡?(その1)

 大袈裟なブログのタイトルです。ここで言うF1というのは自動車レースのF1グランプリのことではありません。F1種と呼ばれる種子のことです。このブログではあまり政治色の強い話題は避けたいと思っていますが、このF1種については知らない人が多いので、あえて取り上げます。(私も最近知った情報です。)
 専門的な知識は関連するネット記事や書籍を参照して頂きたいのですが、種子には在来種(固有種)とF1種と呼ばれるものがあります。この違いは端的に言いますと、「種ができるかどうか」に尽きます。例えば在来種は種子を育てて野菜ができると種が生じますが、F1種では種を生じることができません。種子ができないというよりは、優性遺伝の操作を繰り返して作った種子ですので、F1種から生じる種は劣等遺伝を持つものなので、商品として作る野菜の種子としては不適格となります。
 以前は在来種(固有種)が多くを占めていましたが、最近ではF1種から出来た野菜が大半を占めているそうです。なぜこのような状況が生じたかと言いますと、在来種では野菜の品質が季節や年に影響され、結果として出荷高の増減が生じていました。これを改善するために生み出されたのがF1種という種子です。
 「同じ品質の野菜が安定的に供給され、多くのスーパーで売られているものです。しかしこのF1の作り方に問題があります。F1品種というのは、一代交配とよばれ、雑種強勢という遺伝の法則を利用した育種方法です。
元々の在来種を自己増殖させて(近親交配みたいなもの)遺伝子的に混じりけがなく、非常にピュアな状態の作物を作ります(この作物は、品種としてはめちゃめちゃダメです。)。これが親種です。こうしてできた親種を全く形質の違う別の親種と交配させると、親とは全く違うイイトコどりをした品種ができます。これがF1品種です。
ピュアな親のイイトコどりをしても、次の世代には、その形質は受け継がれないという種苗メーカーには都合の良い遺伝の法則があるために、F1品種から出来た種を次に播種しても、親のF1品種と同じ形質にはなりません。」(「」の部分はここまでhttp://ameblo.jp/nougyoukonnsaru/entry-11595854429.htmlから引用)
 F1種を作る方法として「最近行われているのが「雄性不稔(ゆうせいふねん)」という方法です。この「雄性不稔」という言葉は、聞きなれない言葉ではありますが、不稔とは、雄しべや葯(やく)に異常があり、花粉を作れない又は花粉の機能不全を意味します。動物で考えると、つまり男性不妊・無精子症などに当たります。」(「」の部分はhttps://kosodatemedia.com/archives/804#i)
 この話の信憑性は読者の皆様にまかせることとして、世の中には私たちが知らないところで様々なことが行われていることです。実際、今国会で森友学園のことが盛んに取り上げられていますが、その裏で密かに可決された法案があります。それは「主要農作物種子法を廃止する法律案」です。「最近における農業をめぐる状況の変化に鑑み、主要農作物種子法を廃止する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」が提案理由です。平成30年4月1日となっています。この法律施行後におそらく海外からのF1種が大量に入ってくると思われます。私たちの重要な食生活に大きな影響を与える法案ですが、皆様はこの法案に対してどのようにお考えでしょうか?(続く)

2017年03月29日

#96 春休みになりました

 福岡県内の大半の公立小学校・中学校の修了式が昨日行われ、本日から春休みになります。大牟田市内の私立中学・高校は18日にすでに修了式を迎えています。公立、私立の違いはありますが、本日から一斉に春休みを迎えました。新学期までしばらくの間各学校から生徒の賑やかな声が消えることになります。当塾では本日まで授業を行い、来週1週間(4/2まで)はお休みになります。来年度に向けて、教材の入れ替えやHPの変更修正等に使用します。昨年の12月より現在在籍している生徒たちに授業を行ってきましたが、生徒の学年が変わりますとそれに応じて教材も変更することにしています。また時間割もそれに従って変更になります。新しい時間割は4月3日から始まります。それまでは少しの休みを頂きます。当塾の休業日は毎週木、日曜日、お盆前後の5日間、年末年始の5日間、それに学年末の1週間となっています。それ以外は祭日も授業を行っています。生徒たちも意欲的に学習に取り組んでおり、今年度も気持ちよく生徒たちと学習することができました。市内に沢山ある塾の中で当塾を選び、ほとんどの生徒が来年度も継続して当塾の学習活動に参加してくれることは有難いことです。このブログは休み中も続きます。

2017年03月25日

#95 春の小川

 街を吹く風はまだ冷たいですが、それでも日光は眩しく、春らしい日差しとなってきています。近くの川の土手には菜の花やレンゲの花が咲いており季節も春を迎えています。唱歌の「春の小川」のような雰囲気を醸し出しています。
 「春の小川」で思い出しましたが、大牟田市にはかつて松屋デパートがありました。1937年(昭和12年)に開業した老舗のデパートですが、残念ながら2004年(平成16年)に閉店しました。建物は解体され、現在は駐車場となっています。この松屋デパートは毎日必ず11:55分と16:55分にミュージックサイレンが街中に鳴り響き、大牟田の人々に時刻を知らせていました。私の実家はデパートから離れていましたが、それでもはっきり聴くことができました。ただデパート付近で耳にすると、かなりうるさく、実際音楽というよりサイレン(警報)のような大音響でした。
 このミュージックサイレンで思い出しますのは、正午の曲が「春の小川」で、夕方の曲が「埴生の宿」でした。私の家には小さな田んぼがあり、幼稚園に入園する前の幼い頃、私は田んぼのあぜ道に座って家族が田植えや稲刈りをしていたことを見ていました。近くには用水路があり、その土手には様々な花が咲いていました。正午には「春の小川」が遠くから聞こえて、家族と一緒に昼食をとったことを覚えています。幼い頃の思い出の1頁です。また夕方にはミュージックサイレンとともに家路につくよう促されたことも覚えています。あの音楽はもう聞こえませんが、今でもふと思い出す懐かしい曲です。

2017年03月22日

#94 さだまさしが大牟田に来た!

 去る3月14日にさだまさしが大牟田市制100周年を記念して、文化会館でコンサートを開催しました。80周年にも当地を訪問し、20年ぶりのコンサートでした。私が福岡に住んでいるときに彼のコンサートに数回行ったことがありますが、彼との付き合い?は意外と古く、彼のグレープ時代に遡ります。
 彼がグレープ時代に「精霊流し」で人気グループに仲間入りし、数々のヒット曲を生み出しましたが、1976年に解散します。当時高校生だった私は長崎放送でグレープの解散コンサート見るために、屋根に上り長崎に向けてTVアンテナを新設したことを思い出します。(ここ大牟田は既存のアンテナでも福岡や熊本、佐賀の放送が見られます。長崎の放送はアンテナを西に向ければ見ることができます。)
 あれから40数年、彼がこんなにビッグになるとは夢にも思っていませんでした。今ではNHKの「今夜も生さだ」や様々な歌番組に出演し、日本を代表するミュージシャンの一人になっています。70年代のフォークソングは現在のJポップへの礎となっており、今ではすでに「懐メロ」扱いになっていますが、それでもあの時代に過ごした若者たちにとり青春賛歌となっています。

2017年03月19日

#93 HPアクセス数が3000を超えました

 本日当塾HPへのアクセス数が3000件を超え、3001となりました。一昨年の10月にHPを作成し公開しましたが、1年半足らずで3000の大台に乗りました。もちろん人気のHPとは程遠いもので、ブログの更新も週に一度の遅いペースで行っていますが、それでも関心を持って頂けるとは感謝の極みであります。
 ところで昨日は福岡県内の公立高校の合格発表の日でした。受験生の結果にご家族の方々は悲喜こもごもだと思います。どの入試にも言えることですが、「実力」+α(アルファ)が必ず伴います。この+αを手にするためには不断の努力が必要です。ただ当の本人は自分がどれくらいの実力や才能を持っているか判断できかねる場合が多々あります。この場合的確に判断できるのが本人の周囲にいる大人です。私心を捨て、本人の将来を考慮した上での助言が必要となります。(この点で親は自分の子供に対して感情移入しやすいものです。)
 人生の節目に差し掛かった若者に対して希望を与え、励ますことができるのはある意味で第3者的立場の大人(教師や叔父叔母など)でしょう。ただし本人と良好な関係を維持している大人に限ります。
 あと半月で平成29年度が始まります。第1志望校に合格した人も、そうでない人も与えられた場所で自分を育てていきましょう。

2017年03月16日

#92 明日は我が身?

 昨日は3.11東日本大震災が発生して6年目の日でした。あれからすでに6年が経ったことになります。地震が発生した時は授業中でしたので、授業が終わり職員室に戻った時に初めて地震のことを聞きました。震災当時職員の誰もが休憩室にあるテレビにくぎ付けになっていました。そして帰宅後に震災の状況や津波の映像に食い入るように見ていたことを思い出します。
 昨年4月には熊本地震が発生しました。大牟田から熊本まで40数キロの距離がありますが、ここでもかなり揺れましたので、熊本県にお住まいの方は大変な思いをされたことと思います。また2005年(平成17年)3月20日には福岡県西方沖地震が発生し、震源地に近い玄海島は震度6弱の揺れに襲われました。福岡市でも強い揺れを感じました。最初はゆっくりとした揺れでしたが、その後30秒ほど大きな横揺れが発生し、死ぬのではないかと思ったほどです。
 このように大地震は1995年の阪神淡路大震災以来頻繁に発生しており日本中どこでも発生すると思われます。地震・雷・火事・親父と言いますが、地震だけはいつ起こるか誰にも分かりません。日本中安全なところは存在しません。自分だけは無事だという考えは止めた方がよいでしょう。地震だけでなく、どんな災害がいつ起こっても、即対応できるように日頃から備えが必要です。すくなくとも3日間は耐えうる水や食料は備蓄する必要があります。明日は我が身です。しっかり災害に備える生活をする必要があります。

2017年03月12日

#91 大牟田市が100歳になりました

 3月1日に大牟田市が市制100周年を迎えました。人間で言えば100歳を迎えたことになり、国から金杯や賞状をいただき表彰されることでしょう。しかし市町村の自治体では必ずしも喜ばしいことばかりではありません。特に地方自治体では人口減による税収の減少や高齢者福祉事業など問題が山積しています。巷で言われている「地方消滅」の問題です。
 ここ大牟田市でもその現象が顕著に表れています。特に人口減は顕著でこの市が炭鉱で栄えていた往時は23万人を超えていましたが、現在は12万人を下回るほどに減少しています。つまり人口が半減したことになります。人口減の主な理由は炭鉱閉山による地元産業の減少です。大牟田市は三井鉱山関係の企業で成り立っていた街で、炭鉱が無くなり、新しい産業の開発や企業のの誘致がうまくいっていない状況が現在の大牟田市です。
 私が子供の頃は大牟田市が最盛の時でした。市内には大人や子供が溢れ、休みの日には当時の繁華街だった築町や新栄町、県境の四ツ山などに皆で出かけたものです。「街に行こう!」が合言葉でした。デパートも松屋、井筒屋の2つあり、アーケード街が市内の至る所にあり大変な活気を呈していました。昭和30年代頃、大牟田市は福岡市や北九州市に次いで県内で3番目に大きな街だったと思います。(当時は久留米市よりも大きかったのです。)しかし今ではアーケード街はシャッター通りに変わり、デパートもすでに無くなり、駐車場や空き地となっています。市内で往時を偲ばせるものは大牟田市役所の古い建物と大牟田駅のプラットホーム(JR3ホーム、西鉄5ホーム、計8番ホームまであります)だけではないでしょうか。
 大牟田市の現状は他の地方都市にも当てはまります。北九州市も人口100万人を割っています。スペースワールドは今年閉園が決定しています。県内で元気な街は福岡市だけとなっています。いわゆる大都市への人口や企業の一極集中がより進んでいる現状です。この状況を改善するために地方都市は何ができるでしょうか。「勝ち組」や「負け組」の言葉が頻繁に使われていた時期がありましたが、この言葉は人だけでなく、自治体にも当てはまります。各自が努力し、自分の才能や能力をアピールできるようなものがなければ、人も自治体も生き残れない時代が来るでしょう。経済成長時代やバブル時代と異なり、本当の意味において自ら努力する自己革新が求められる時代となっています。

2017年03月05日

#90 オリオンは西へ

 前回のブログで春が近いことを書きましたが、確かに夜空にもその兆候が表れています。塾の仕事が終わり、夜の10過ぎに外に出るのですが、真冬には真南の空に堂々と輝いていたオリオン座が今は少しずつ西へ傾き始めています。春の訪れの気配です。星座にも四季があり、春はおとめ座、夏はさそり座、秋はアンドロメダ座、そして冬はオリオン座をはじめとする冬の大三角形やおうし座、おおいぬ座などが有名です。特に冬の大三角形の一角を占めて白く光るおおいぬ座のシリウスは一際明るく天空で輝いています。またおうし座のすばるは国産自動車メーカの名前になっていますが、れっきとした日本語です。
 さてオリオン座で思い出しますのは、宮沢賢治が作詞作曲した「星めぐりの歌」です。この歌は高倉健の遺作となった映画「あなたへ」の挿入歌で、田中裕子が歌っていましたが、映画をご覧になった方は「あの歌か…」と思い出されることでしょう。宮沢賢治は「雨にも負けず…」の詩で知られていますが、作曲家としての一面も持っています。歌詞を下記に載せています。実際の歌はユーチューブ等で聴けますので、興味のある方は探してみてください。
 2月ももう終わりです。3月1日には多くの高校で卒業式が行われます。全国の高校3年生が進学や就職等で学び舎を旅立ちます。彼らがけっして悪に染まらず、大学生や社会人としてより良い人生を歩んでいくように心から祈りたい気持ちです。
 
 「星めぐりの歌」 宮沢賢治 作詞・作曲


   あかいめだまのさそり
   ひろげた鷲のつばさ
   あをいめだまの小いぬ
   ひかりのへびのとぐろ
   オリオンは高くうたひ
   つゆとしもとをおとす

   アンドロメダのくもは
   さかなのくちのかたち
   大ぐまのあしをきたに
   五つのばしたところ
   小熊のひたいのうへは
   そらのめぐりのめあて
 

2017年02月26日

#89 春になれば

 立春も過ぎ、日差しも少しずつ明るくなり強くなってきたような気がします。今年の冬は氷点下になった日もありましたが、昨冬のように市内の水道管が凍結するような事態にはならず、このまま暖かい春がやってくるのではないかと思っています。確かに日の出の時間も少しずつ早くなり、また日没も徐々に遅くなっています。非常勤講師として市内の学校に勤務していますが、早朝課外授業のある日には6時半過ぎに家を出ます。ひと月ほど前は夜明け前の暗闇の中を灯をつけて自転車に乗っていましたが、今では日の出前の薄明で灯火は不要です。
 天文年鑑によると福岡の日の出の最も遅い時間は1月上旬の午前7時23分となっていますので、本日の日の出時間6時56分と比べますと25分ほど早くなっています。また日没の最も早い時間が12月上旬の17時10分ですが、今日の日没は18時8分ですので、およそ1時間弱ほど昼間の時間が長くなっています。確かに午後6時過ぎましてもまだ明るく、暦の上ではすでに春ですが、実際の暖かい春の訪れがまもなくやってくる気配が漂っています。ようやく寒い冬から解放され、厚着をしなくても過ごせる日々がやって来ます。
 高校受験を控えている中学3年生は半月後に公立高校の入試を受けることになります。最後の追い込みが待っています。後悔しないように精一杯の努力を続けてもらいたいものです。入試は3月8日に実施され、合格発表は15日に行われます。受験生に春が来るまでもう少しの辛抱です。きっと良い春がやって来ます。最後まで諦めずに頑張りましょう。

2017年02月19日

#88 Sayonara Nakamura

 私が旅に出るときには、いつもポケットにラジオを入れて旅先で聴くことにしています。もちろんタブレットも使用しますが、現地の情報を気軽に手にするにはラジオが手軽で便利です。その土地に住んでいる人々の声が直に聞こえてくるからです。これは日本国内だけでなく、海外に行った時もホテルの部屋や休憩している時などにラジオのスイッチをいれて滞在先の雰囲気を感じることにしています。
 数年前に韓国のソウルに滞在した時も、いつものように夜になってラジオのダイヤルを回したところ、微かですがNHK熊本放送が聞こえてきて少々驚きました。無論夜遅く韓国や中国からラジオ放送が聞こえてきますので、同様に韓国や朝鮮半島でも日本の放送が聞こえてくるのは当然のことと思います。電波の世界では国境はありません。世界的に見ればネットではなく、ラジオによる国際放送が依然として一般的で、短波ラジオが今でも必需品の地域が世界に多くあります。
 ところで冒頭のタイトルですが、5年ほど前にオーストラリアのシドニーに滞在していた時に、聞いていたラジオから流れてきた曲です。当時はそれほど気にならなかったのですが、改めてネットで調べてみると次のようなことが分かりました。(以下のやり取りはYahooJapan知恵袋から引用しています。)

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質問:

ドナ・バークさんの「さよなら、ナカムラ」の作曲者は誰ですか。原曲といわれている曲を聴いたのですが、メロディーがぜんぜん違っていました。

 

回答:

「Goodbye Nakamura」とは、日本人の我々には気になるタイトルだが、実はこの曲はもともとはオーストラリア人のフォーク・シンガー、テッド・イーガンさんによって書かれたもの。ある日ドナさんがオーストラリア大使館で歌っていた時、一人の歳取った日本人男性が彼女のもとに近づき、「『Goodbye Nakamura』という歌を知っていますか? 自分にとっては唯一その歌だけが日本とオーストラリアとを結びつける曲です」と、話しかけたという。
気になったドナさんは、「Goodbye Nakamura」という曲を探し出し、その曲が、20世紀初頭にオーストラリア北西部のブルーム沿岸で命を落とした日本人青年、ナカムラについて歌われていることを知った。オーストラリア北西部の小さな街、ブルームは真珠の産地として知られ、世界の四分の三の真珠が産出されているらしい。20世紀初頭、海に潜り、原始的で危険な方法で真珠をとっていたのは、日本人や中国人、マレー人やアボリジニたちだった。沖縄から出稼ぎに来ていたナカムラ青年もまたその一人で、沖縄に待たせたままの許嫁と再会を果たす直前に、彼は命を落としてしまった。「Goodbye Nakamura」は、その実話が歌われたもので、その曲を聴いて感動したドナさんは、テッド・イーガンの曲を新たにフォーク・バラードにアレンジし、レコーディングもして、いずれアルバムの中の一曲に収めようとしていた。ところが今年1月にブルームで地元のラジオ局のライブに出演して歌ったところ大反響を呼び、急遽シングルで発売されることになったのだ。
シングルでの発売にあたり、日本語ヴァージョンも入れようということになり、ドナさんと知り合いの五十嵐正さんを通じて、日本語の歌詞を作る依頼がこのぼくにやって来た。ぼくもドナさんの歌う「Goodbye Nakamura」を聴いて、とても感激したので、もちろんふたつ返事で引き受けた。日本語の歌詞を作るのはかなり難しかったが、原詞にできるだけ忠実に日本語の歌詞を作るよう心がけた。そして出来上がった日本語の歌詞を、ドナさんがとても素晴らしい、それもただじょうずなだけではない、心のこもった日本語で見事に歌っている。
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 上記の通りなのですが、テッド・イーガン(Ted Eagan)が作った歌です。オリジナルタイトルは「Sayonara Nakamura」となっています。20世紀初頭に多くの日本人がハワイやブラジルなどに移住して行きました。この歌に登場するNakamuraさんも移住ではありませんが、オーストラリアまで出稼ぎに行っていたのでしょう。残念ながらオーストラリアの土地で亡くなりました。この歌を一度お聞きください。Ted Eaganで検索すればYouTubeで彼の歌を聴くことができます。日本人のことを歌った数少ない名曲です。

2017年02月12日

#87 私立高校入試の合格発表と次に向けて

 前回のブログで高校入試について述べましたが、早くも今週末に地元の私立高校入学試験の発表が行われ、当塾の中学3年生3人が無事に合格しました。次はいよいよ県立高等学校の入学試験に向けて最後の頑張りが始まります。福岡都市圏と異なり、郡部の中学生の第1志望はあくまでも県立高校になります。これには様々な理由がありますが、県立高校や福岡都市圏の私立高校に比べて進学率が高くないこと、特色ある学校が少ないこと、さらに高い授業を出せない経済的な理由が挙げられます。もちろん地元の私立学校は奨学金の給付や授業料免除などの特典を謳ってはいますが、生徒がなかなか集まらない現状です。
 合格した受験生が入学する割合を俗に「歩留率(ぶどまりりつ)」と言っています。例えば、歩留率30%ならば、合格者100人のうち30人が入学することになります。言い換えれば70人の合格者が別の学校へ入学したことになります。特に私立学校では、この歩留率を重視して合格者の人数を出します。現実には、よほどの難関校や人気校以外では、極端な点数(例:0点など)を取らない限りは、ほとんどの受験生が合格します。例えば400人が受験したとして、不合格になる受験生は1割(40人)もいないでしょう。学校によってはほぼ全員が合格というところもあるそうです。
 生徒数の減少でどの私立学校も生徒の確保に必死になっています。郡部の私立学校は生徒を確保できなければ、学校の存続にかかわります。また最近では県立高校の推薦入試も行われ、今年は2月8日に実施されます。県立高校も生徒募集に必死になっており、地元では数少ない受験生を奪い合う争奪戦が繰り広げられます。高校の受験戦争も様変わりした昨今です。

2017年02月05日

#86 今日は高校入試が行われました

 本日2月1日は筑後地区の私立高校前期入試日になっています。当塾からも中学3年生3人がそれぞれ志望校を受験しています。福岡地区は2月3日に実施されます。なお東京の私立中学校入試は本日行われているようです。
 地元の私立高校入試に関しては第1志望というよりも県立高校のすべり止めで受験するイメージが強く、福岡地区の私立高校とは少々趣きが異なるようです。福岡地区の私立高校は大学進学やスポーツの全国大会常連校などに特化している学校が数多くあり、県立高校を選ばずに私立高校に進学する中学生が多くいます。実際大牟田から福岡市の学校に通学している生徒もいます。
 しかし地元の私立高校は一部を除き、正直言ってそれほど進学率が良いとは言えません。また現実に中学生を教えて感じますのは福岡都市圏の子どもと比べて学力的に劣る子どもが多く、進学に対する本人や保護者の意識も都市圏と比べると低いものがあります。このことは県内のどの郡部の生徒にも言えることだと思います。

 当塾に参加している生徒の話では、高校入試のための指導は学校で一切ないそうです。そこで塾に通い受験勉強をすることになっています。まるで中学校が塾での勉強を奨励しているような状況です。せめて入試直前の生徒に対し、各中学校で責任もって指導をしていただきたいと思います。そうしないと塾の授業料を保護者は払って受験勉強をする羽目になり、保護者にとり学校の授業料と塾の授業料の二重の経済的負担になります。また塾に通わせる余裕のない家庭もあり、自ずと経済格差が高校受験の段階で表面化することになります。せめて中学校では生徒の進路を確保するために放課後の補習を行うなど対策を立ててほしいと思います。

2017年02月01日

#85 満天の星空

 塾の授業が終わって10時過ぎに外に出るのですが、晴れた夜には満天の星空が見られます。真冬で湿度が低いこともありますが、小さな星まで見ることができます。南天に目をやるとオリオン座や冬の大三角形など教科書でお馴染みの星座を目にすることができます。オリオン星雲さえも裸眼で確認できます。

 星空を眺めながら確かに大牟田の夜空は以前よりもきれいになった気がします。炭鉱が盛んだった頃のこの街は昼も夜も一日中工場の煙突から煤煙が出ていた記憶があり、あまりきれいな夜ではなかったと思います。現在は炭鉱もなくなり関連する工場もごく限られているせいか、晴れた夜には綺麗な星空が見えるようになった気がします。

 翻って私が住んでいた福岡市の最近の夜空は悲惨なものでした。20年前ほどの夜空は結構きれいで、そこそこ星が見えていましたが、ここ数年は街中の光害の影響で真夜中でも天神方面の空は白っぽい色に光り、1・2等星ぐらいしか目にできない日もありました。これは福岡市に限ったことではなく、全国の大都市に当てはまることと思います。以前のように「夜は暗いもの」という常識が無くなりつつあります。昼間と同じようにネオンが煌々と輝き、その影響で上空の大気が明るくなっているのです。

 その意味では皮肉なことですが、主要産業が無くなったこの大牟田は昔の夜の自然環境を取り戻しているようです。月夜の明るい夜道、月のないの満天の星空や天の川の輝きは失ってはならない私たちの原風景だと思います。

追記
 先日の寒波で今まで頑張って咲いてきたコスモスが命をすべて全うしました。この子どもたちが今年の秋にはまた元気な姿を見せてくれると思います。

2017年01月29日

#84 冬のコスモス、まだまだ頑張ります!

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 雪の中で行われた大学入試センター試験も終わり、センター入試事務局や各予備校から各教科の平均点等の結果が出ています。受験生の皆さんはどうだったでしょうか。入試はこれからが本番です。体調管理に注意して、最後まで諦めずに頑張りましょう。
 また大牟田地区の高校の専願入試が24日に行われます。前期入試は2月1日に予定されています。まだまだ復習する時間が残されています。志望校に向けて最後まで努力しましょう。
 さて12月26日付のこのブログでも紹介しましたが、冬のコスモスがまだ咲いています。先日の寒波で大半の花が枯れましたが、それでも寒風の中、元気に花が咲いています。(写真参考:「ひつじの独り言」をクリックしてください。)いつまでも咲いていてもらいたいのですが、現在花が咲いている国道の工事が行われており、近々縁石の工事が始まるようです。工事に伴い、おそらく花壇の花も片づけられるかもしれません。また明日はここ大牟田でも積雪の予報が出ています。すこしでも長くコスモスにき続けてもらいたいものです。
 頑張れ冬のコスモス、まだまだ咲きます!

2017年01月22日

#83 卒業生の成人式同窓会

 ほぼ1週間前になりますが、1月9日に福岡雙葉高等学校で最後に担任をした卒業生が成人式を迎え、当日の夜に同窓会が催されました。卒業生180余名のうち8割ほどが出席したと聞いています。また卒業生に関わった先生方も多数出席されていました。卒業生とは2年ぶりの再開でしたが、すぐに名前が出てくる生徒や名前がなかなか出てこない生徒など様々卒業生が参加して賑やかな同窓会となりました。
 ところで、成人式の日に同窓会を開くことは、それほど以前からあったのではないと思います。私が知っている限り5,6年前から始まったものと思います。それ以前は卒業生が集いますのは卒業して20年後の学園の同窓会幹事を担当する年か、学年によっては10年ぶりに集まる機会を設ける等がありました。高校3年生の担任として卒業生を10回ほど送り出しましたが、私が記憶する限り3年前の前回に続いて今度が2度目になります。
 成人式を迎え卒業生も大学生や社会人など様々な道を歩んでいます。乾杯の式辞を依頼され、卒業生に祝言を言わせていただきましたが、「成人できたのはひとえに親御さんのおけげです。ご両親に感謝してください。また大学など高等教育を受けたくても受けられない境遇の人もいます。与えられた自分の境遇に感謝するとともに、皆様のご多幸を祈っています。」と簡単ながらスピーチをさせていただきました。彼女たちには、これから様々な事が待ち受けています。良いことも悪いことも受け止めて、有意義な人生を歩いてもらいたいと思います。彼女たちの上に神さまの祝福がありますように心より祈ります。

2017年01月15日

#82 シスター渡辺の思い出

 昨年末(12月30日)に岡山のノートルダム清心学園理事長のシスター渡辺和子さんが帰天されました。偶然その日に当塾に参加している受験前の生徒にシスター渡辺の著書を紹介したことを奇縁に思っています。私はシスター渡辺とは直接面識はありませんが、若い頃よりシスターの著書を何度も読み返し、市販されている本はほとんどすべて所有しています。シスターの講演会のCDも持っています。
 またシスターの講演会には3回ほど参加したことがあります。最初は今から20年ほど前に福岡雙葉学園創立60周年の記念講演会でシスター渡辺は心温まる講演をなさいました。当時は背の高いシスターの印象を受けましたが、3年ほど前に福岡で行われました講演会では小柄なおばあちゃんシスターの印象に変わりました。シスターの話では骨粗しょう症で身長が12㎝ほど低くなったとのことでした。世間には「置かれたところで咲きなさい」の小冊子が有名だと思いますが、PHP文庫からもシスターの本がたくさん出ていますので、興味のある方は一度ページをめくって見て下さい。シスター心温まる珠玉の言葉がいたる所に見出せます。
 思い返せば、私のこれまでの人生で多くのシスターに助けられてきました。福岡雙葉学園の幼きイエス会のシスター方、特に故シスター・アガタには大変お世話になりました。私が教科主任をしていた時に入試問題の添削をシスターにいつもお願いしていました。病弱でありながら、快く引き受けてくださいました。シスターが入院されたときにお見舞いに行きましたが、最後のお別れの際に握手して頂いた手の感触は今でも残っています。
 それからオーストラリア留学時代にお世話になったジュディス:ウィーリー。彼女には英語だけでなくオーストラリアの文化や人々の考え方、生き方も教えてもらいました。彼女も3年前に帰天しました。4年前にオーストラリアでお会いした時には、80歳を過ぎていましたが、毎日車を乗り回しており、当時私を空港まで迎えに来ていただき、それから2時間ほど高速道路を運転して彼女の暮らす修道院まで連れて行ってくれました。もっと長生きされると思っていましたが、3年前の7月のある日、眠るように息を引き取られたと同僚のシスターから手紙が届きました。
 進学や就職、結婚など人生の節目には必ず人生を左右する人物や書物、出来事に誰もが出会うものです。それを生かすどうかは、その人の人生観や生き方にかかっています。人生は長いようでも光陰矢のごとく過ぎ去っていきます。与えられた命を有意義に使って行きたいものです。

2017年01月06日

#81 2017年仕事始め

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 平成29年(2017年)明けましておめでとうございます。今年も一年間よろしくお願いします。
 さて当塾では本日が仕事始めになります。今日は正月三が日の最終日ですが、昨年度同様に希望する受験生のために1日早く授業をおこないます。センター試験まで10日余り、まだまだ時間はあります。今まで勉強してきたものを総復習するには充分な時間です。体調管理に充分留意して試験に臨みましょう。また大牟田地区の私立高等学校の前期入学試験は2月1日となっており、当塾に中学3年生が複数いますので、今から入試日まで追い込みの時期に入ります。
 ところで当塾では受験生には太宰府天満宮のお守りを、その他の学年の生徒には干支に因んだものをお年玉として渡しています。(画像はブログタイトル「ひつじの独り言」をクリックするとご覧いただけます。)昨日大宰府まで足を運び、お守りを買ってきました。参拝客は相変わらずごった返しており、時間を節約するために、参道を通らずに天満宮の脇から入り、お守りだけ買ってきました。帰りに梅が枝餅を買おうと思いましたが、どの店も長蛇の列ができていましたので、今回は買わずに帰宅しました。
 お守りで思い出すのは、私が高3を担任していた時にはクラスの生徒全員に大宰府天満宮のお守りを買って3学期の始業式日に渡していました。(クラスの人数が多いと私のひと月分の小遣いが吹っ飛んでしまいました...。)私個人としてはお守りにご利益があるとは思いませんが、もらった生徒の励ましになればと思っています。
 とにかく受験生には正月はありません。志望校に合格した時が正月です。最後まで諦めずに努力した者に栄冠が与えられます。受験生頑張れ!

2017年01月03日

#80 森繁久彌の”遺言”秘話

 今年も残り2日となりました。当塾では高3の受験生のために今日の午前中まで授業を行いました。この生徒は1月1日、2日にセンター試験の直前模試を受験します。今年のセンター試験は1月14日、15日に実施されますので、試験の流れを確認する意味で直前模試は参考になります。センター試験までおよそ半月ありますが、今まで学んできたことを総復習して、体調を整え受験してもらいたいと思います。
 さて冒頭のタイトルですが、今年の3月に銀行に行った際に偶然目にした記事に心を惹かれましたので、ここに引用したいと思います。先日安倍首相がハワイを訪問し、日本軍の真珠湾攻撃で犠牲になった人々に対して哀悼の意を表し、オバマ大統領とともに平和へのメッセージを表明しました。終戦後71年が経ちますが、終戦直後には日本国内でも様々な悲劇があった頃の話です。

--- 春夏秋冬 森繁久彌さんの遺言秘話 ---
  (財界九州2016年3月号より引用)

 森繁久彌さん晩年のことである。作家で脚本家の久世光彦さんは、森繁さんの自宅に週2回通っては聞き書きをし『大遺言書』(新潮社)にまとめた。その中の「混血児(あいのこ)」と「海を渡る花嫁」の章は、ほとんど知られることのなかった”娘桂子”さんのことを遺言のように語ったものである。
 1966(昭和41)年頃、文化放送の帯番組に「今晩は、森繁です」という、毎晩10時から15分間のラジオ番組があり、その中に視聴者の手紙に答えるというコーナーがあった。ある日のこと、東京葛飾区に住む小関桂子という18歳の女の子から、森繁さんにこんな手紙が届いた。
 「拝啓、私は戦後の落とし子と言われる混血児です。私たち混血児は、何かと特別な目で見られて育ってきました。何も悪いことはしていないのに、白い目で見られ、今なお人まえで堂々と歩くことができず、顔を隠して歩く。こんなみじめなことはありません。」
 手紙は几帳面な文字でつづられていて、その子の真剣さが伝わってくる。
 「私の父は黒人です。でも私は父を知りません。生みの母は、私が生まれてすぐ乳飲み子の私を育ての親に預けて行方知れずになりました。その育ての母も、一昨年亡くなりました。私には黒人の血が流れています。黒い肌です。」
 マイクの前で手紙を持つ森繁さんの手は細かく震えた。胸が大きく揺れ、暗闇からいきなり短刀を突きつけられたような気持になった。
 「私は好き好んで混血児に生まれてきたのではありません。戦争が私たち混血児をつくったのです。私にも、他の混血児にも、日本の血が流れています。<アイノコ>でも日本人です。けれど、同情なんか要りません。どうか、せめて私たちを特別な目で見ないで下さい。ただ、同じ日本人として当たり前に思って下さい。それだけです。私は今度の5月で19歳になります。」
 当時よくあった話、といえばそれまでだが、戦後20年、世間がオリンピック景気に沸いている陰に、こんな気持ちで毎日を送らなければならない子供がいたのである。森繁さんは手紙を読み終わり、何も言えなくなってしまった。同情しても、励ましても、この子が過ごしてきた日々と、この子の真実の前では、みんな半端なうそになってしまう。とにかくこの子に会わなければならない。森繁さんはラジオ局の担当者に頼んで、桂子さんと会うことにした。そしてすぐに妻の杏子さんにも会わせ、自分の娘とおなじように愛情で包んだのであった。
 桂子さんは佐世保で生まれ、14歳のとき国籍がないことを知ってショックを受け、東京へ向かった。自殺未遂もした。死ぬこともできず、人を信用することができず苦しんでいるとき森繁さんのラジオの声を聴き、この声には真実があると感じ、正座して森繁さんの声を聴いた。そして、この人には話せるかもしれないと、手紙を書いたのであった。
 放送は反響を呼び、サンフランシスコの日経紙にも紹介され、それを読んだクラークという宣教師の助手をしている青年が桂子さんに会いに来た。やがて愛が生まれて、同じ肌の色のクラークさんと結婚を約束するまでになったのだが、国籍がないためパスポートもビザも出してもらえない。森繁夫妻が懸命に桂子さんを養女にしたと説明しても、戸籍上の手続きが不可能のため門前払いされるだけであった。
 杏子夫人は桂子さんを連れて10日間続けてアメリカ大使館へ通い、「この子の幸せをメチャクチャにするつもりなのですか!」と強く抗議した。ついに大使館も折れて、ビザは発給されたのである。やがて横浜から船に乗ってアメリカへ嫁入りする日が来た。森繁夫妻はこの日のために振袖を用意して見送った。その船の甲板に着物姿をした黒い肌の桂子さんが現れると、船の人も岸壁の見送りの人たちも、声をのんで桂子さんに見入った。花嫁は「お父様~、お母様~」と泣きながら手を振り叫んだ。化粧も髪も乱れてしまったが、その顔はまぎれもない”日本人の顔”であった。
 森繁さんは泣いた。その手を握って涙をこらえる杏子さんの心と体も震えた。そのときのことを桂子さんはこう振り返っている。「1966年の八月三十日でした。汗と涙が入り交じって頬を流れました。国籍のなかった<アイノコ>の私がアメリカ人になったのです。<アイノコ>が<愛の子>になったのです」…と。

--- 引用終わり ---

 かなり長い引用になりましたが、この記事から言えますことは、当時だけでなく現在も混血児(今は「ハーフ」という表現が流行っています。)というだけで差別される人が日本中にたくさん存在するということです。一方では結婚せずに精子バンクを利用して海外から優秀な精子を選び、シングルマザーとして生きていく、と公言する若い女性もいます。
 戦後71年が経ち、日本人の生き方、考え方が大きく変わってきました。経済問題や教育格差など様々な問題がこの国に山積していますが、それらを解決すべく新しい年を迎えたいものです。
 今年のブログは今回が最後になります。お読みくださった方々に感謝します。来年も良い年を迎えられますように、心よりお祈り申し上げますとともに、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2016年12月30日

#79 冬のコスモス

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 昨日は所用で福岡に行きましたが、天神の市役所前広場や博多駅前の広場では盛大にクリスマスフェアが行われていました。ブラスバンドの演奏がクリスマスソングを奏で、沢山の屋台が立ち並び、様々な商品を販売していました。今年のクリスマスは日曜日に当たり、例年になく賑やかな雰囲気でした。
 さてクリスマスも終わり、世の中は年の暮れに向かって動き出しました。今日は昼から小雨が降っていますが、寒空の下、当塾の近くを走っている国道208号線沿いに季節外れのコスモスが懸命に咲いています。(写真はブログのタイトル「ひつじの独り言」をクリックするとご覧いただけます)先日たまたまこのコスモスに気がつきました。国道沿いの他の花壇にはパンジーなど他の花が植えてあるのですが、この一角だけコスモスがいじらしく咲いています。まるで冬の寒さにじっと耐えながら最後の命を全うするかのように見えます。このコスモスを見て、ふと加川良の「コスモス」という歌を思い出しました。

♪コスモス by 加川良

あたいコスモス この身うらんだ事はない
あたいコスモス わきまえているつもり
冬に開く花あれば 夏の日差しに萌える花
垣根の中で咲く花や 野辺に揺れる花もある
小川の夢のささやきを 聞いて眠る花がある
海鳴りを見下ろして 震え祈る花もある

あたいコスモス 器量良しじゃないけれど
あたいコスモス つたない香りと知りつつも
旅のお方の気まぐれに 幼子のいたずらに
摘んで貰える日もあると それを励みに咲いてます

もしも生まれ変われたら 春に咲く花たちを
この目で眺めたい これもまた定めでしょう
あたいコスモス この身うらんだ事はない
あたいコスモス わきまえてきたつもり

隠れた名曲です。なお彼のライブ版コスモスはユーチューブでご覧いただけます。加川良コスモスで検索してみてください。

 

2016年12月26日

#78 クリスマスってなあに?

 今日はクリスマスイブです。街はクリスマスの雰囲気で溢れています。多くの家族連れやカップル達が様々なイルミネーションの前で今夜のひとときを過ごすことでしょう。
 さてクリスマスについて心温まる話を見つけましたので、ここにご紹介します。ドン・ボスコ社の小冊子「クリスマスってなあに?」からの引用です。クリスマスの本当の意味を考えさせられます。


--- 愛のまなざし ---

 クリスマスは私たちにとってどんな日なのでしょうか?そのことを考えるとき、私は、インドの乳児院施設での話を思い出します。

 この施設の子どもたちは親のいない子供ばかりで、いずれ養子として迎えてくれる家族を待っています。その日も、インド国内はもとより外国からも何組もの夫婦がやって来ました。彼らは身元のしっかりした、健康でかわいい子どもを、シスターに尋ねながら探しています。そのなかに静かに佇んでいる夫婦がいました。ほかの夫婦が、それぞれ気に入った子どもを見つけたのを待って、シスターにそっと言いました。
 「シスター、みんなが断った子どもを私たちの養子にさせてください」

 このエピソードは私たちにクリスマスの大切な心を語りかけてくれます。神さまは、この世にいのちを受けた子どもたちすべてが、無条件で受け入れられ、育てられることを望んでおられます。施設でシスターに最後に話しかけた夫婦は神さまの愛の姿といえるでしょう。
 私たちは物事に接するとき、自分の都合のいいものを選び、幸福になろうとあたりを見回し、比較します。でもそれは誤りです。自分の都合に合わせて幸福を測っているかぎり、ほんとうの愛に出会うこともないし、神さまの愛に気づくこともないでしょう。
 神さまが教えてくださる愛は、与える愛、受け入れる愛、理解する愛です。私たちがみんなから断られても、また、私たちが神さまの愛を断ったとしても、神さまは私たちを無償の愛で包み、待っていてくださるのです。神さまは私たちみんなをご自分の子どもにしようとしてくださっているのです。
 では、クリスマスを生きるには、私たちはどうしたらいいのでしょうか。マザー・テレサは次のような言葉で語ってくれました。
   
   あなたと会った人が、
   会ってよかったと、よりよい気持ちで帰れるよう
   そんな接し方をいつでもしてください。
   あなたは、神さまの愛の表現になってください。
   愛が、あなたの顔にもまなざしにも
   あなたのほほえみにも、挨拶にも
   いつも表れているように。
   子どもたちにも、貧しい人たちにも、
   身も心も悩む人たちにも、
   明るいほほえみをいつも絶やさないでください。
   ただお世話するのではなく、
   あなたの心を人にささげてください。

           アルド・プチリアニ(「カトリック生活」1992年12月号より)

2016年12月24日

#77 2学期の終わりを迎えて

 大牟田市内の中学校・高等学校は来週の22日に終業式を迎えます。私立の学校は20日に終業式を行うところもあります。慌ただしかった2学期も、まもなく終了となり、冬休みを迎えます。子供たちは一年で一番賑やかなこの時期にクリスマスや正月を楽しく過ごすことでしょう。また受験生にとって冬休みは入試前最後の自由な時間を過ごせる時期となり、特に多くの高校3年生は学校での冬季補習に参加したり、塾や予備校の冬季講習会で勉強することになります。いずれにしても、この時期の過ごし方で合否が決まると言っても過言ではありません。
 ところで1週間後にクリスマスを迎えます。今年はクリスマスイブが24日の土曜日に当たります。おそらく家族や友達と一緒に過ごす人が例年以上に多くなると思います。気象庁の予報では、しばらく異常高温注意報が出されるそうですので、外出される人は朝晩と日中の気温差に充分気を付けてください。もうすぐクリスマスがやっていきます。

2016年12月18日

#76 ボランティア募集

 現在ボランティアを募集しています。当塾での講師ボランティアではなくて、私が現在ボランティアをしている大牟田市社会福祉協議会が行っている学習支援事業でのボランティアです。
 現在大牟田市の手鎌地区公民館で毎週木曜日に午後6時から8時まで中学生を対象に英語、数学を中心に学校で習った教科書の復習や宿題の手伝い等を行っています。生徒は中学1年生12名、2年生5名、3年生1名、計18名が学んでいます。数学担当のボランティアの方は3人おり、充分対応できますが、英語担当は私一人で、生徒の増加とともに私だけでは対応が難しくなってきました。もし学習ボランティアに関心がある方は大牟田市社会福祉協議会に直接お問い合わせください。(0944-57-2519)なお交通費としてボランティア1回につき1000円が支給されます。

2016年12月11日

#75 本年度の入試合格者第1号

 大学の推薦入試が先月から始まっており、今月の中旬までに各大学から合格発表があります。当塾生も福岡大学の推薦入試を受験しましたが、見事に合格しました。本人は化学の計算問題ができなかったと言っていましたが、日頃の努力が実を結んだことになります。
 今年度当塾には他に受験生4名(中学3年生3名、高校3年生1名)が学んでおり、これからが入試本番を迎えます。今からの一日は今までの1週間に相当します。時間を有効に使い、まだ仕上げていない科目を中心に計画を立てて勉強して行きましょう。現役の生徒は冬休みを迎え、自学の時間が増えますが、それをどれだけ有効に利用できるかが合否に関わってきます。最後まで諦めずに努力した人に朗報が届きます。受験生頑張れ!

2016年12月09日

#74 運命の日

 今日から12月が始まりました。師走です。私が非常勤講師をしている学校は明日まで期末考査が実施されます。そして20日には終業式が行われます。2学期も残り3週間ほどになりました。
 さて1年前の今日は私にとって運命の一日でした。当塾の取材記事が西日本新聞に載った日です。記事の顛末はずいぶん前のこのブログ「ひつじの独り言」に書きましたが、かいつまんで言いますと、当塾を開設するに当たり、大学時代のの友人に連絡したところ、彼がフェイスブックに当塾のホームページを紹介してくれました。このHPを見た彼の教え子が西日本新聞の記者で、その縁で取材を受けたことになります。
その後2月には読売新聞からも取材を申し込まれ、2月19日の地方版(筑後版)に記事が掲載されました。(テレビ西日本からも取材を申し込まれましたが、熊本地震のために取材が延期になっています。)また小学校の友人の縁で、英語関係の書物で有名なアルク社の月刊誌English Jurnal11月号に当塾の紹介記事が載りました。(後日自己紹介代わりにこの記事をブログに載せたいと思います。)
 今思えば不思議な縁ですべてが繋がっています。もし友人がフェイスブックに当塾のことを載せなければ今頃は生徒が集まらず、生徒募集に走り回っている日々を過ごしているかも知れません。お陰様で現在12名の中高生が当塾で学んでいます。人の縁とは不思議なもので、誰と何処でどのように縁を結ぶかは誰にも分かりません。当塾も今まで様々な人々の支えにより今日に至っています。これからも人の縁を大切にして、少しでも長くこの活動を続けていく所存です。12月1日は当塾にとり記念すべき日となっています。

2016年12月01日

#73 12月に修学旅行!?

 大牟田市内の中学校では期末試験が終わりましたが、県立高校では来週の始めまで試験が続きます。また市内の私立中学・高校の多くは来週から期末試験が始まります。いずれにしても学期末試験が終了すれば、本格的に師走が始まります。
 ところで当塾に通っている中学2年生は12月上旬に奈良・京都へ2泊3日の修学旅行に行きます。私の教員経験では秋の11月前後や春の3月中旬に修学旅行に行った記憶がありますが、12月の修学旅行は初耳です。市内の高校では2月に修学旅行を兼ねてスキー旅行をしている学校があります。秋の行楽シーズンの混雑を避けるためや、地球温暖化による紅葉の時期が遅くなっていることを考慮すれば、確かに12月上旬に修学旅行を実施することは晩秋を楽しむ時期でもあり、ある意味で理にかなっているこ思われますが、引率する先生方は学年末の仕事を控え、大変なことと思います。
 他の学校行事も時代とともに実施される時期がかなり変わってきました。例えば運動会は秋の10月に行われるのが一般的でしたが、最近は5月に実施されることが多く、学校によっては梅雨前の6月初めやゴールデンウィーク前の4月末に行う学校もあるようです。いずれにしても時代や社会環境に応じた対応をしているのでしょう。今週の後半からいよいよ12月になります。クリスマス、お正月までひと月ほどになった今日この頃です。

2016年11月27日

#72 期末試験WEEK

 大牟田市内の中学校では今週末から来週前半にかけて期末試験が実施されます。当塾でも中学生たちに対して試験範囲の個所を復習プリントや予想問題プリントを使用して復習しています。また市内の多くの高校は来週から試験期間に入ります。当塾に来ている生徒には教科書の復習を中心に試験に関連した項目のプリント演習を行っています。
 中学生、高校生ともに言えますことは、学力を定着させるためには復習が一番だということです。これは中高生だけでなく、英検やTOEICを受験する人にも言えることです。英語に関しては、まず自分がどのレベルの英語力を有しているか、苦手な分野はどこか、弱点をどのように克服するか等を客観的に分析し、問題を解いて間違った個所を徹底的に復習します。これはリスニングやスピーキングにも言えることです。要するに自分が覚えていない箇所、理解不足の個所は暗記するまで徹底的に復習しないと身につかないということです。
 期末試験が終わればすぐに12月を迎えます。年末を迎え慌ただしい日々が続きます。今年も残りひと月ほどになりました。月日の経つのは本当に早いものです。

2016年11月20日

#71 ピーターラビット展

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 昨日所用で福岡へ出かけたついでに県立美術館で開催されているピーターラビット展を観てきました。今年は作家のビアトリクス・ポター生誕150周年ということで、多くの原画が展示されていました。イギリスの湖水地方を舞台としたうさぎのピーターの物語ですが、ピーターの原画以外にも絵本シリーズや作者の肖像画などが展示されています。福岡の後、仙台、大阪、広島で開催予定となっています。
 福岡は確かに九州最大の都市ですが、文化面では残念ながら都会と言い難い面があります。音楽の面では古いコンサートホールの取り壊し等により、コンサート会場が少なくなり以前ほど便利ではなくなりました。また美術面では福岡市よりも北九州市や山口市の方が有名な絵画展が開催される傾向があり、博多の商人文化と芸術が相容れない面があるのは以前から感じていました。福岡は商業都市としてはかなり成熟していますが、文化面でも様々な展覧会を招致するなど文化的な成熟が望まれます。古代においては我が国と朝鮮半島や中国文化の接点を担った福岡です。今後の地域文化の育成と発展を望みます。(ピーターラビットの絵はブログタイトル「ひつじの独り言」をクリックすればご覧いただけます。)

2016年11月13日

#70 開塾1周年を迎えました

 昨年11月4日に開塾した「学習塾ニコラ」ですが、お陰様で昨日1周年を迎えることができました。特に記念行事をしたわけではありませんが、生徒たちにはハローウィンのお菓子を兼ねてささやかなプレゼントを贈りました。学習塾経営素人の私がここまで来ることができたことも、すべて御支援してくださった多くの方々のお陰と思っています。心から感謝いたします。
 現在中2から高3までの11名の生徒が当塾で学んでいます。昨年の12月に西日本新聞社が、今年2月に読売新聞社が当塾の記事を載せてくれましたが、それ以外は特に宣伝することなく、当塾の存在はまだ広く知られていません。それでも生徒が学びに当塾に来てくれているのは、すべて縁ある事と思っています。普通の学習塾と異なり、生活困窮家庭の子どもに学習する機会を与える目的で設立した当塾ですが、現在該当する生徒はわずかしかいません。当塾を必要としている子ども達にどのように学習機会を与えるかが今後の課題となっています。
 1年前を振り返ってみますと、当塾を設立することは幸運の連続でした。まず当塾の現在ある場所が借りられたのは、偶然入った不動産業者から最初に勧められた物件でした。40年近く大牟田を離れていた私にとって市内の物件は全く詳しくありません。まして学習塾に使えるほどの広い部屋になりますと物件が非常に限られてきます。そこで市内に数ある不動産業者の中で偶然入ったお店の方がとても親切で、学習塾設立の話をすると、「ここがありますよ。」と勧めてくれた物件が当塾のある場所です。5LDKの広さで、襖を取り外し2部屋を使用しています。また学習塾に不可欠な印刷機・コピー機ですが、これも偶然のきっかけで破格の低価格で現在リース契約をしています。以前使用していたM社のプリンタが故障して、修理を依頼したところ、部品の関係で修理できないとの話でした。そこで代替品の購入を営業担当の方に尋ねたところ、驚くほどの低価格でプリンタ兼用のコピー機をリースできることを知りました。そこで早速契約し、最新式のカラーコピー機をリース契約し現在に至っています。また開塾当初は1人の中学生しか入塾せず(この生徒は社協のボランティア活動で知り合った中3の生徒です。)、どうやって当塾を宣伝するかが当面の大きな課題でした。大学時代の友人に当塾を開設したことを以前メールで伝えていたのですが、彼がフェイスブックで当塾の存在を伝えたところ、それが縁で西日本新聞社から取材の依頼を受け、またその後読売新聞からも取材の依頼があり、特段の努力もせずに当塾が世間に知られることとなり現在に至っています。あまりにも順調に進んだ学習塾設立でしたが、これらのことは全て天の計らいと思っています。
 設立1周年で見えてきた課題もあります。当塾を運営するのに必要な資金は部屋の賃貸料や光熱費、コピー機のリース代等を含めて最低10万円はかかります。自分の貯金では限りがありますので、維持費を稼ぐために今年度は市内の学校で非常勤講師をしていますが、現在中高あわせて20時間(中2、高1、高2)を担当しています。塾で14時間指導していますので、週34時間生徒に教えていることになります。正直言いまして1日に2日分働いている感じです。来年度は現在勤務している学校に授業時間数を減らしていただくように依頼しています。そうしませんと体力的に続かず、また塾の宣伝活動やその他の活動に支障がきます。塾運営で現在様々な課題を抱えていますが、一つひとつ乗り越えていくつもりです。塾活動を10年間継続する予定ですが、10年後に当塾がどのような状況に置かれているか、世の中がどのように変わっているか楽しみにしています。

2016年11月05日

#69 鳥獣戯画参上!

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 昨日久しぶりに大宰府へ行ってきました、目的は現在九州国立博物館で展示公開されている鳥獣人物戯画を観賞するためです。普通の時間帯では恐らく大変混雑しているだろうと思い(実際待ち時間が1時間を超えるそうです)、9時半の開館時間に合わせて行ったところ、すでに200人以上の行列ができており、最後尾から展示入口までたどり着くのに40分以上待つ羽目になりました。おまけに入り口近くで待たされることおよそ20分、加えて立ち止まって観賞するころができず、ゆっくり歩きながらの鑑賞となってしまいました。それでも一見するに値する名作と思います。
 個人的にはこの鳥獣戯画は美術作品というより日本の漫画の原点と言った方がふさわしいと思います。平安・鎌倉時代より人々が漫画を楽しんできたということでしょう。現代の漫画ブームの原点となる名作です。11月20日まで公開されていますので、鳥獣戯画を見に行こうと思っていらっしゃる方は待ち時間覚悟の上、ぜひご覧ください。(鳥獣画像の写真はブログタイトル「ひつじの独り言」をクリックすればご覧いただけます。)

2016年10月30日

#68 ほのかな甘い香り

 久しぶりのブログの更新になります。前回のブログに書きましたが、現在勤務している学校の中間考査の採点と成績評価に時間がかかり、本日10日ぶりの更新になります。
 さて本日のタイトルにもなっていますが、ここ1週間ほど市中にほのかなあまい香りが漂っています。昨日の雨で香りが少し消えましたが、それでも甘い香りがそこはかとなく漂っています。お判りでしょうか?この季節に一番ふさわしい木犀の花の香りです。福岡市に住んでいた頃はそれほど感じませんでしたが、大牟田市内を歩くたびに甘い香りがしてきます。確かに住宅地を歩いていますと、各家々の庭に金木犀や銀木犀など大小様々な木犀が植えてあり、それがいっそう甘い香りを引き立て、秋の風物詩となっています。先月は彼岸花が咲き乱れていましたが、今は色鮮やかなコスモスが咲き乱れています。10月も残り1週間となりました。秋の花が咲き乱れる今日この頃です。

2016年10月23日

#67 中間テスト真っ最中!

 先週の台風一過以来朝夕はめっきり涼しくなりました。特に早朝は長袖が必要なくらいの20度以下の気温まで下がります。昼間でもここ2,3日爽やかな風が吹いて、秋日和が続いています。
 さて今週大牟田市内の中学校では中間テストが実施されています。当塾でも希望する生徒にテスト対策を行いました。また私事ではありますが、今年度市内の学校で非常勤講師として昼間勤務していますので、試験問題作成やその採点に現在追われています。
 ところで試験に出題するポイントは決まっています。その課で扱われている文法項目や重要表現は必ず試験に出されます。また本文で扱われている単語や熟語が必暗記項目です。特に英語は反復練習が必要な科目ですので、時間をかけて理解する必要があります。もし高得点を取りたい人は自分が問題作成者になって本文を読めば、どこが重要ポイントか分かります。友達と一緒に試験問題を考えてみるのもよいでしょう。中間テストがまだ終わっていない人は健闘を祈ります。

2016年10月13日

#66 大牟田にオノ・ヨーコが...!?

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 10月になりましたが、まだ蒸し暑い日々が続いています。来週にはまた台風が九州に接近、上陸する動きを見せています。最近毎週のように台風が日本に近づいていますが、台風が接近する地方の皆様は充分な防災の準備をお願いします。
 さて今日は面白い記事を見つけましたのでお知らせします。大牟田・荒尾地区中心に配布されている情報誌「しっとんね」に載っていた記事「大牟田の歴史秘話」ですが、亡きジョン・レノンの妻オノ・ヨーコが大牟田と深いつながりがあるそうです。オノ・ヨーコが柳川出身であることは以前聞いていましたが、まさか彼女が大牟田と深い縁があることをこの記事を読んで始めて知りました。(詳しくは記事の添付写真をご覧ください。ブログタイトル「ひつじの独り言」をクリックすると写真が出てきます。)
 この記事によるとオノ・ヨーコの祖先小野家は代々柳川藩の家老で、その小野家の菩提寺が大牟田にある慧日寺(えにちじ)というお寺だそうです。私はこのお寺にまだ行ったことがありませんが、新幹線の新大牟田駅の近くにあります。この記事にお寺の境内にある掲示板にジョン・レノンとオノ・ヨーコの肖像画が描いてある掲載写真載っています
 言いかえれば、オノ・ヨーコ=ジョン・レノン=ビートルズの関係が見えてきます。ということは、「大牟田とビートルズがどこかでつながっていた」とも言えそうです。(かなりの論理的飛躍ですが...)今日はちょっとしたトリビアでした。

 

2016年10月02日

#65 秋日和

 今日は朝から薄日の射す一日でした。昼間は30度まで気温が上がり、晩夏のように半袖で過ごせる午後でしたが、9月末となり、さすがに朝夕は涼しくなってきました。9月も残り1週間となり、もうすぐ10月になります。本格的な秋の始まりです。あぜ道や川の土手には曼殊沙華(彼岸花)が咲いています。空を飛ぶトンボの数も増えてきました。
 故郷大牟田に帰って一年が過ぎました。40年近く故郷を離れていましたので、故郷というより何か新しい町に引っ越してきたような気がしています。今日の午後は買い物ついでに小学生の頃いつも遊んでいた公園や場所に行ってみました。40年以上も訪ねていませんでしたが、不思議に行く道を覚えているものです。お寺の境内や遊んでいた広場はまだそのままに残っていました。そこは時の経つのを忘れているかのように昔のままでした。確かに周囲には新しい住宅が増え、街並みも少しずつ変わってきていますが、それでも古い石垣はまだ当時のままです。時々夢の中に旧友と遊んでいた場面が出てきますが、昔の思い出が夢の中に出てくるのでしょうか。何か不思議な気がします。久しぶりに穏やかな一日でした。

2016年09月25日

#64 貧困、胎児に深刻な影響 妊婦の疾病、割合高く 5病院調査

 今日は秋分の日です。朝から小雨が降るあいにくの天気ですが、お彼岸の日に墓参や散策などで休日を過ごしている方々が多いと思います。確かに秋分の頃になりますと、「秋の日はつるべ落とし」と言われますように、日没が早くなってきます。ついひと月前には日没が午後7時を過ぎていましたが、最近は6時15分頃に日が沈みます。これからは次第に昼間が短くなり、福岡では冬至前後には午後5時10分頃に日没を迎えます。また日の出の時間も徐々に遅くなり、1月中旬まで7時20分前後に日が昇ります。台風一過でようやく秋めいた日々が続き、これからは過ごしやすい日が続きます。
 さて1週間ほど前のことですが、西日本新聞のHPに気になる記事がありましたので、ここに引用したいと思います。タイトルにありますように貧困が教育だけでなく妊婦にも影響している記事です。危惧されていたことが現実になっています。深刻な内容です。

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経済的に貧困状態にある妊婦は、糖尿病や性感染症を患っている割合が高く、おなかの子に健康被害が生じる危険性があることが、千鳥橋病院(福岡市博多区)など5病院の共同調査で明らかになった。食の偏りや予防接種を受けないなど、貧困と幼児期に関する調査は行われているが、胎児期から影響を及ぼしていることを示したデータはほとんどない。関係者は、妊娠初期からの早期支援の必要性を訴えている。
 調査は2014年4月~15年3月、千鳥橋のほか、あおもり協立(青森市)▽川崎協同(川崎市)▽耳原総合(堺市)▽沖縄協同(那覇市)の各病院で、出産した母親1290人と担当医を対象に実施。このうち収入が判明した677組を、国の基準に当てはめ、貧困群(293世帯)と非貧困群(384世帯)に分けて比較した。
 その結果、妊娠時に糖尿病や予備軍の耐糖能異常と診断されたのが非貧困群2・8%に対し、貧困群は5・4%と割合が高かった。貧血も貧困群の24・2%(非貧困群16・1%)で見られた。妊婦の糖尿病や貧血は、早産や子どもの低体重、先天性奇形に影響するとされる。子どもにも感染しかねないクラミジアや梅毒などの性感染症は非貧困群の1・2%に対し、貧困群の7・9%が患っていた。「妊娠時に喫煙していた」は非貧困群が25・3%、貧困群は37・6%。
 一方、赤ちゃんの状態は、放置すると脳に障害を及ぼしかねない低血糖が、貧困群で3・1%(非貧困群0・8%)に見られた。低血糖は、糖尿病や耐糖能異常の母から生まれた子に起きやすい症状の一つとされる。体重や感染症の有無に有意差は見られなかった。
 1カ月健診では貧困群の14・6%が「問題あり」と診断された(非貧困群8・0%)。内容は、母の育児放棄や育児不慣れが最多の9・4%、母の精神疾患2・8%、パートナーから母へのDV1・0%だった。
 貧困群では、中絶歴や10代での妊娠歴がある母親がいずれも4人に1人と高かった。13・7%が母子家庭で、8・4%は結婚歴がなかった。母親の最終学歴は中卒や高校中退が25・4%(非貧困群9・2%)を占め、低学歴が若年出産や未婚での出産といった不安定な育児環境につながっている傾向もみられた。
 担当した千鳥橋病院の山口英里医師(小児科)によると、欧米の調査で貧困が早産や低体重児の可能性を高めることが分かっているが、日本では収入の把握が難しいという。山口医師は「子の健康格差が学力や就労の格差につながりかねない。貧困の連鎖を止めるために、生活改善など妊娠初期からの支援が必要だ」としている。
=2016/09/14付 西日本新聞朝刊=http://www.nishinippon.co.jp/feature/tomorrow_to_children/article/274501

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以上の記事を読まれて皆さんはどのように思われるでしょうか。貧困の問題は国民の経済問題だけでなく、健康や身体にも影響しています。ボクシングに例えるとジャブのパンチが徐々に聞き始め、ついにはダウン(国家破綻)ということになりかねません。そうならないように、できるところから始める必要がある深刻な問題です。


追伸 4月より平日に非常勤講師の仕事をしている関係で、ブログの更新が週に1回ほどしかできません。ブログの更新が遅々として進みませんが、読者の皆様は何卒ご辛抱ください。

2016年09月22日

#63 日本、33カ国中32位=教育への公的支出割合-OECD

 台風から変わった低気圧や秋雨前線のせいで各地で大雨が降っています。ここ大牟田でも昨日の夜から雨が降り始め、これまでに72mmを超える雨量を記録しています。週明けにまた台風も近づきますので、台風の進路にあたる方々は充分ご注意ください。
 さて今日(9/18)の時事通信社のHP「時事ドットコム」に次のような記事が載っていましたので引用します。

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経済協力開発機構(OECD)は15日、2013年の加盟各国の国内総生産(GDP)に占める教育機関への公的支出割合の調査結果を公表した。日本は3.2%と7年ぶりに最下位を免れたものの、比較できる33カ国中ハンガリー(3.1%)に次ぐ32位にとどまり、OECD平均の4.5%も下回った。
 33カ国の中で最も高かったのはノルウェーの6.2%。次いでデンマークの6.1%、ベルギー、フィンランド、アイスランドが各5.6%で、欧州の国々が上位を占めた。
 大学など高等教育への支出を公費で負担している割合は、日本は35%で、韓国(32%)に次いで2番目に低く、大部分を私費で負担している実態が明らかになった。OECDは、日本では高等教育への需要が高いにもかかわらず、公的支出が少ないと指摘した。(2016/09/15-18:39)(http://www.jiji.com/jc/article?k=2016091500787&g=soc)
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 以前にもOECDにおける我が国の教育支出が低いと論評しましたが、今回も相変わらず政府は教育に対して少しも熱意が感じられません。不要な出費は湯水のごとく使いますが、本当に必要な分野に対しては出費を渋る態度には呆れてものが言えません。国家百年の計として何が大切か全く分かっていない。資源のないこの国は優れた人的資源を生み出していくしか国が存続する手段はないのです。官僚も政治家も私欲のことしか考えず、将来の国家に対して自ら責任を取ろうとしません。この国の大きな欠点の一つとして、事が起これば誰が責任を取るのか曖昧です。東電の福島原発事故もしかり、昨今騒がれている東京都の豊洲市場の土壌問題もしかりです。責任者が誰なのか曖昧で、誰も責任を取ろうとしない。公共団体も民間企業も、また教育現場も事が起こればすべて部下に責任を押し付けて、責任を取らなければならない当事者がのうのうと生きている時代です。嘆かわしい限りです。

2016年09月18日

#62 小さい秋見つけた

 昼間はまだ30度を超す残暑が続いていますが、それでも朝夕はかなり涼しくなってきています。特に朝は20度を下回る日々が続いており、先週の台風の影響でしょうか、台風一過後に蒸し暑い大気が乾いた涼しい空気に入れ替わり、すでに秋の気配が感じられます。大牟田市内の国道208号線沿いには多くの花壇が設置してありますが、夏の花壇からすでに秋の花壇へと模様替えしています。最近ではトンボの姿も多く見かけるようになりました。夜には秋の虫の声も響いています。またスーパーマーケットにはスイカの姿が消えて、ナシやリンゴなどの秋の果物が棚に並んでいます。小さな秋がやってきた今日この頃です。

2016年09月11日

#61 2学期が始まりました

 2学期が始まりました。大牟田市内の中学校は8月29日からすでに新学期が始まっています。残暑とはいえ猛暑の中での新学期です。大牟田市内の小学校にはエアコンが付いていませんので、暑さの中での始業式だったと、知り合いの小学校の先生が話していました。
 一昔前はお盆を過ぎると涼しい風が吹き始め、蝉も種類が変わり、ヒグラシが「オーシンツクツク…(またはツクツクホーシ…)」と鳴き始め、夏の終わりを感じたものでしたが、昨今では9月の中旬まで猛暑が続くこともあり、あいまいな晩夏と初秋になってきました。実際、今年初めてヒグラシの鳴き声を聞いたのは8月末になってからのことでした。
 とにかく2学期が始まりました。学校では様々な行事が予定されており、子供たちにとってまた忙しい日々を迎えることになります。当塾では生徒たちの学校行事に従って授業が変更されます。子供達には元気で熱い残暑を乗り切ってもらいたいと思います。
 また台風12号の接近に伴い明日(9/5)は福岡県内の多くの学校が休校となりました。被害が出ないことを祈るばかりです。なお当塾は台風の通過ならびに警報解除が午後早い時間と予測されますので、明日の授業は実施する予定です。

2016年09月04日

#60 去りゆく夏?

 低気圧のせいで今日は朝から雨が降っています。おそらく大牟田では夕立を除き、今月初めての雨だと思います。それほど干天の猛暑が続いたことになります。また週明けは台風10号の接近・上陸が予想されますので、特に関東、東北地方にお住まいの方は十分ご注意ください。
 ところで一昨日辺りから夜に虫が鳴き始めました。コオロギか鈴虫か、虫の種類は分かりませんが、明らかに秋の虫の鳴き声です。また空の雲の種類も変わってきました。入道雲の中に巻雲(けんうん・すじ雲)が混ざっています。日中はまだ35度を超す猛暑が続いていますが、それでも早朝の空気には秋を感じさせる涼しさが加わり、虫の音も聞こえ、少しずつ夏の終わりが近づき、秋の気配が感じられる今日この頃です。

2016年08月28日

#59 オリンピックとドーピングとカンニング

 リオ・オリンピックも日本時間の明日(8/22)閉会式を迎えます。獲得したメダルの数にかかわらず日本選手の活躍は見事でした。特に水泳や、卓球、バドミントンなどの種目で金銀銅メダルを獲得することは一昔前では考えられなかったことです。各選手の日々の血のにじむ努力が実を結んだことと思います。4年後はいよいよ東京オリンピックです。今回以上の日本選手の活躍が期待できます。
 ところでドーピング問題が今回のオリンピックでも問題化しています。過去においては国家主体のドーピングが問題となり、WADA(世界アンチドーピング機関)は今回のオリンピック前にロシアが組織的にドーピングをしていたことを告発しましたが、IOCのあいまいな態度で結局ロシアがリオに参加することになっています。また陸上競技で一世を風靡した中国の馬軍団ですが、組織的なドーピングをしていたことが明らかになっています。選手が拒否したにもかからわず、コーチが強制的にドーピングをさせていたそうです。
 これほどまでにドーピングが行われている背景にはいくつかの理由が考えられます。まず組織的なドーピングは国家の威信や競技団体の名声などに得るためと考えられます。つまり不正を行っても他国に勝ちたいという偽我(醜い心)の存在です。また選手個人はオリンピックや世界大会でメダルを獲得することで、名誉と金銭が手に入ります。純粋にスポーツに勤しむのではなく、あくまでも我欲のため、ビッグマネーのためにドーピングを行っているのです。一昔のオリンピックはアマチュアリズムと平和の祭典でした。ところがオリンピックの商業化やプロ選手の参加により、オリンピックの精神が変貌していき、今日に至っています。
 このドーピング問題に関しては我々一人ひとりにも言えることです。卑近な例では試験での不正行為です。特に入学試験や検定試験での不正行為(カンニング)フェアプレイに反する行為です。何とかして他人よりも上に立ちたい。そのためには手段を選ばず、他人を蹴落としても上に立ちたい、という醜い精神の現れです。もちろんフェアプレイの精神で正々堂々と闘うのであれば称賛に値しますが、その真逆の精神です。これが拡大して究極的には国家同士の争い、戦争につながります。人間の持つ一番醜い心です。何事もフェアプレイに徹したいものです。

2016年08月21日

#58 暑い・熱い夏

 今年の夏は例年よりも暑い・熱い夏が続いています。以前にも書きましたが、久留米では連日37度を超える猛暑が続いています。ここ大牟田でも本日は最高気温37.5度を記録しました。温風ドライヤの風を全身に浴びているような1日でした。
 ところで高校野球や大リーグのイチロー選手、オリンピックなど連日賑やかな話題が続いています。特にリオ・オリンピックでの日本人選手の活躍には尊敬に値します。メダル獲得の有無にかかわらず、日本代表として堂々とプレーする姿には私たちの胸を打つものがあります。各選手は全力を出して悔いのない闘いをしてもらいたいものです。
 ところで高校インターハイが山口県で行われましたが、地元大牟田の明光学園高校ハンドボールチームが見事全国2位になりました。創部わずか3年目の快挙です。また当塾の中学3年生2人が全国中学水泳大会の代表として出場します。朗報を期待したいところです。
 このように国内外でスポーツをはじめとする様々なイベントが行われています。イベントの大小にかかわらず、何事も努力することが大切だと私たちに教えてくれます。ある意味ではスポーツも芸術も勉強も同じです。日々の努力を最後まで継続した者が栄冠を手にすることができます。もちろん才能や運も必要ですが、運を味方につけるのは努力以外ありえません。まだまだしばらく暑い・熱い夏が続きます。暑さ対策をしてご自愛ください。

2016年08月11日

#57 ポケモンGO訴訟問題

 毎日猛暑が続いています。昨日は所用で久留米に行きましたが、まるでドライヤーの熱風のような風が吹いていました。久留米はここ数日35度を超える日々が続いています。室内でもエアコンを使用するなど熱中症にならない対策が必要です。
 さて本日のニュースで気になるものがありました。Bloombergのニュースを少し引用します。
 「スマートフォンゲーム「ポケモンGO」をプレーしている人がポケモンを捕らえようと自宅の裏庭に侵入しようとしているとして、米ニュージャージー州在住の男性が同ゲームを開発した米ナイアンティックと任天堂を提訴した。全米で配信されているポケモンGOをめぐり両社が訴えられる初の訴訟とみられている。」
 私はポケモンGOが登場した時よりおそらくこのような問題が発生するのではないかと危惧していました。確かにポケモンGOは新しい感覚のゲームで、バーチャルリアリティとスマホを利用しています。私はスマホを持っていませんが、電車やバスの車内でゲームに熱中しているあらゆる世代の人々が目につきます。このポケモンGOもそのようなゲーマーを狙って開発されたものでしょう。
 このゲームの問題点はゲーム会社が場所をわきまえず勝手にポケモンを登場させて、入ってはならない場所にゲーマーを誘導することです。今回の訴訟問題が世界中で行われることになり、裁判で敗訴するようなことになればゲーム会社は倒産する恐れが出てきます。
 ゲーム会社だけでなく、すべての企業や国を始めする公共団体は社会に対して道義的責任があります。金儲けのために何でもやっていいということではありません。「やっていいことと、やってはいけないこと」の判断が必要となります。勿論この規範は個人から国家、国際社会まで適応されます。この規範がないがしろにされた結果、個人間の諍いや国家間の紛争が発生することになるのです。また環境問題もすべて私たち人類が引き起こした問題です。何が正しいか、間違っているか、私たち一人ひとりが考える時期が来ています。

2016年08月03日

#56 東京都知事選と偏向報道?

 明日(7/31)東京都知事選が行われますが、この選挙に関する報道番組やニュースを見て奇妙に感じることはある候補者3名のみに焦点が当たり、他の候補者の選挙公約にはほとんど触れていないことです。昨晩のテレビニュースでは他の候補者にも簡単に触れていましたが、これでは偏向報道と言われても仕方ないでしょう。
 首都圏のニュースを当地では見ることができないので、東京で放送されている選挙報道の詳細は分かりませんが、おそらく東京のNHKでは候補者全員の政見放送をしているものと推察します。しかし莫大な年間予算を有する東京都の都知事選挙は関東圏のみならず全国に影響を及ぼすので、地方の人々も各候補者の公約や選挙運動を観察する必要があります。
 おそらくテレビに出演していた候補者の3名のうち誰かが次期都知事になると思いますが、選挙前の各テレビ局の放送内容次第ではそのテレビ局が間接的に誰を応援しているかが分かります。つまり意識的に選挙民を誘導していることになるのです。ここにマスコミが持っている巨大な権力の恐ろしさが潜んでいます。賢い都民の人々は候補者の人気取りの言葉に酔うことなく、誰が都政を堅実に運営できるかを熟慮して一番ふさわしい候補者を次期東京都知事に選んでいただきたいものです。

2016年07月30日

#55 大牟田の夏祭り

 先週末(7月23日と24日)に行われた大牟田の夏祭りですが、昨年まで福岡市に住んでいたために故郷の夏祭りを長い間見たことがなく、およそ40年ぶりに勇壮な大蛇山を目にしました。大牟田の中心部である大正町周辺に市内の代表の大蛇山が集まり(六山と呼ばれています)、昼間は閑散としている通りですが、身動きができないほどの人だかりができていました。大蛇山は市内の各神社で制作され、氏子たちが山車を引っ張り祭り囃子を奏でながら各地区を練り歩きます。山車の前後には紙でできた大蛇の頭と尾が取り付けられています。また山車の中には太鼓や鐘があり、それで囃子を奏でます。また大蛇の口からは花火を吹き出し、まるでゴジラのような雰囲気を醸し出します。
 福岡市ではこの時期に勇壮な祇園山笠があり、櫛田神社を出発点とする山笠を担いで競争する祭りがあり、多くの観光客が集まります。ただ私は40年近く福岡市で暮らしましたが、一度も山笠を見に行ったことがありません。おそらくそれは幼い頃に大蛇山の奏でるリズムが体に染み込んでおり、故郷の祭り以外はあくまでも異郷の祭りのような気がしているからです。
 全国各地にその土地を代表する祭りがあり、その土地の長い伝統を伝えています。郷土再生の一環として新しい祭りを創生する市町村もありますが、故郷の伝統や民話、祭りなど、いつまでも大切にしてもらいたいものです。

2016年07月27日

#53 夏休みが始まりました

 1学期も昨日で終了し、大半の学校は今日から夏休みです。小学生の子供たちは久しぶりに学校から解放されて一日中友達と遊び回るることでしょう。お母さんたちは一日中子供たちがいるので、食事の準備に追われたり、子供の世話に悩まされることでしょう。
 一方では中学生や高校生は部活動や夏季課外授業、補習が待っています。当塾に来ている中学生の中には夏休みの最初の1週間は自学形式で午前中学習をさせる学校もあります。また中3や高3の受験生は夏休みの過ごし方で志望校が決まると言えるでしょう。受験生にとり「暑い休み」となります。いずれにしても夏休みが始まりました。

2016年07月21日

#54 梅雨明けと海の日

気象庁の発表によると本日九州地方が梅雨明けしました。先月初めの入梅以来例年になく大雨が降り続き多くの災害が発生しましたが、ようやく梅雨が明け真夏がやって来ました。所用で昼間外出しましたが、自転車で移動した際にはまるでドライヤーの熱風を体中に浴びているようで、熱中症になるような気温でした。 今日は海の日ですが、海といえば海水浴を思い出します。大牟田市には以前三池港の近くに三池海水浴場がありました。現在は様々な理由で閉鎖になっていますが、私が子供の頃は多くの海水浴客で賑わっていました。今の砂浜は当時の面影が全くないほどに寂れています。 夏休みになると市内にあります「延命プール」に友達と泳ぎに行ったものです。泳いだ後で食べるかき氷やたこ焼きの味は今でも忘れることができません。このプールは大牟田市動物園の近くにあり、今でも営業を続けています。市内唯一の公共プールとなっています。市内の子供たちは20日に終業式を迎え、本格的に夏休みが始まります。

2016年07月18日

#52 蝉の声と祭囃子

 ここ一両日不安定な天気が続いてますが、今週の初めは梅雨明けしたような真夏の晴天が続きました。また至る所で蝉が鳴いています。今朝は蝉の声で起こされました。蝉の声で思い出しますのは、私が以前勤めていた学校でテニス部の顧問をしていた頃のことです。部活動は9時から12時まで毎日行っていましたが、朝から鳴いていた蝉が11時を過ぎると不思議に鳴かなくなります。そして午後4時近くになるとまた鳴き始めます。蝉が真夏の暑さを感じているか分かりませんが、暑さのためにおそらく昼寝でもしていたのでしょうか。他の場所でもこのことが当てはまるか定かではありませんが、真夏と蝉時雨はどこへ行っても日本の風物詩だと思います。
 また7月と8月は日本中で夏祭りが行われます。昨日所用で福岡に行きましたが、博多駅前には巨大な飾り山笠が飾ってあり、道行く人々も足を止めて見入っていました。ここ大牟田では7月23、24日に大蛇山の夏祭りが行われます。地元の伝統的な祭りで、大蛇山の山車が市内を練り歩きます。私は福岡市で40年近く暮らしましたが、山笠を一度も見に行ったことがありませんでした。山笠は博多っ子の大きな夏祭りですが、あくまでも「他所の祭り」といった気がしていました。それはおそらく地元の大蛇山の祭囃子が体に染み込んでいるからでしょう。幼い日から耳にしてきた祭囃子の拍子は心の奥まで染み込み、それが心の原風景になっていると思います。同様に幼い頃に聞いた童謡や唱歌も自分の音楽の原点となっています。皆さんの故郷ではどんな夏祭りがあるのでしょうか。故郷の祭りや伝統はいつまでも大切にしていたいものです。

2016年07月10日

#51 アクセス数が2,000を超えました

 昨年の11月に開塾した学習塾二コラですが昨日アクセス数が2000を超えました。ホームページ(HP)自体は10月下旬に立ち上げ、ページ数を増やしつつ開塾に向けて準備を進めていました。12月初旬に地元の新聞に当塾の記事が載った以外は特に塾の宣伝しているわけではありませんが、それでも開塾8か月ほどでHPページ訪問数が2000回を超えたことになります。HPの管理者としては、どんな人がアクセスしているか全く見当が付きませんが、それでも少しずつアクセス数が増えていくのは嬉しいことです。
 今年度は昼間市内の高校で非常勤講師をしている関係で、HPの更新が週1回程度になっています。それでも地元の近況や昨今感じた事などを少しづつブログに載せていきたいと思っています。拙い文章ですがお楽しみください。
 ここ大牟田は今日も激しい雨が降り続いています。すでにこの3日間で500mmを超えたそうです。梅雨明けが待ち遠しい今日この頃です。

2016年06月29日

#50 梅雨の晴れ間に

 今日は久しぶりに晴れた一日でした。先日まで土砂降りの日が続き、ここ大牟田では1日に400mmを超える大雨の日もありましたが、今日は一転して気温もそれほど高くない湿度の低い爽やかな一日でした。
 以前オーストラリアのシドニーで3年ほど暮らしましたが、シドニーの人々は今日のような天気をシドニー・ウェザーと呼んでいます。オーストラリアは乾燥大陸で、アウトバックと呼ばれている内陸では真夏は50度を超える日が続きますが、海の近くの町では爽やかな海風が陸地に吹き込み、日本の夏のようなじめじめした夏と異なり、木陰に入れば涼しいひと時を過ごすことができます。ただ乾燥していますので、夏は山火事が至る所で発生し、広範囲に被害が広がることもあります。
 先住民であるアボリジニーは大規模な山火事を防ぐために、少しずつ木々を倒して住処を守ってきました。現在はそのようなことをしていませんので、一度山火事が発生しますと大規模になる可能性があります。私もシドニーに住んでいた頃に地元の大学院で学んでいましたが、図書館で勉強していた時にふと目を外にやると近くの林が燃えていたのに気づいたことがあります。オーストラリアの森林は多くがユーカリの木で、油成分を多く含みますので、摩擦や熱ですぐに燃えやすくなります。
 今日のような爽やかな日にオーストラリアの夏を思い出しました。

2016年06月26日

#49 期末テストに向けて

 大牟田市内の公立中学校は来週から期末テストが始まります。当塾に来ている生徒たちはテストが終了するまでしばらく当塾の授業を休みます。また高校生たちは再来週から期末試験が始まりますが、科目数が多いので大半の生徒は早めに塾を休んで試験勉強をすることにしています。特に当塾の高校3年生は推薦入試を視野に勉強するようにアドバイスをしていますので、どの科目も頑張って評定平均値4.0以上を確保するように激励しています。期末試験が終わるまで生徒たちは来塾しませんが、この間は私にとってささやかな休憩のひと時となります。期末試験が終われば、次の英語のレベルに向けて生徒たちは一生懸命に英語に取り組むことになります。また中学3年生や高校3年生は受験に向けてより一層の努力が求められます。いずれにしても梅雨の後半を迎え、期末試験がはじまります。暑い夏はすぐそこまで来ています。

2016年06月19日

#48 梅雨の中休み

 気象庁が九州地方の入梅宣言をしてから1週間ほど経ちますが、この数日間晴天が続いています。昨日は遠くに見える山々に沿って入道雲が出ていました。まるで梅雨明けのような晴天でした。今日は所用で福岡市に行ってきましたが、30度を超す真夏のような暑さでした。ただ湿度が低かったので、湿気が体にまとわりつくようなことはありませんでした。
 ところで、生まれ故郷の大牟田に戻って1年ほどが過ぎようとしていますが、ここの田舎の生活に慣れてきたからでしょうか?福岡の生活が騒々しく感じられます。大牟田で歩く速度に比べて人や車の慌ただしさは目を見張るものがあります。この街で40年近く暮らしてきましたし、福岡の生活ペースに慣れていたのですが、今では不思議に都会の慌ただしさについていけなくなった自分を感じています。
 若い頃は都会にあこがれ、東京での生活を夢見たこともありましたが、年を取るにつれて故郷の良さを今更再認識しています。故郷を離れて一生遠くで暮らす人もおり、生まれた故郷で一生を終わる人もいます。また故国を離れ海外で生活をする人もいます。まさに「故郷は遠きにありて思うもの」です。

2016年06月11日

#47 命の動物園

 先月のことになりますが、NHKで大牟田市動物園の様子が放送されていました。『大牟田市 動物園は、福岡・熊本両県の境の町・大牟田市の ほぼ中央にある「延命公園」内にあります。動物園は翌昭和16年(1941年)10月に「延命動物園」という名前で開園しています。市民に72年間も愛され続けている動物園です。』(大牟田市動物園HPより抜粋) 

 当塾から歩いて5分ほどの距離にある動物園ですが、人間と同じ年を取った動物が多く暮らしています。NHK「にっぽん紀行」では亡くなったカンガルーを中心に年老いた動物の介護を特集していました。おそらく野生で暮らしていればそんなに長生きしていなかったと思われます。野生の動物は生活環境が厳しく、食事ができなかったり、動けなくなった段階で他の動物に食べられたり死を迎えることになります。動物園にいる動物はえさの心配は不要で、命の保証はされていますが人間と同じ老いに直面します。 

 この番組を見ながら動物園で暮らしている動物がはたして幸せなのか考えさせられました。同時に高齢者の介護の問題も改めて考えるきっかけとなりました。すべての人に見ていただきたい番組でした。なお大牟田市動物園を詳しく知りたい方は動物園のHPをご覧ください。

2016年06月05日

#46 新形式TOEIC評

 本日新形式のTOEICを受験しました。旧形式と異なり設問7の長文問題が増えています。また従来は問題文が2つあるダブルパッセージも変更され、問題文が3つあるトリプルパッセージも登場しました。つまり問題量が増えたわけですが、個人的な感想としては読みにくい英文が少なくなったような気がしました。速読に慣れていれば新形式の方が解きやすい気がしています。
 ところで、ここ数年間にTOEICを入社試験や昇進試験にする企業が増えています。そのために各大学でTOEICの講座を開くなど、その対策に追われている現状です。確かに企業としては試験の結果が点数で示されるTOEICを重視する気持ちも分かりますし、日本人のコミュニケーション能力も少しは上がるでしょう。しかし英語力はTOEICが全てではありません。相手の意見を聞き、自分の考えを英語で伝えるのが本当の英語力と言えます。そのために客観的な英語力を試すのが英検やTOEICを始めとする検定試験ですが、それぞれ長所や短所があります。自分の目標にあった試験を受験しましょう。

2016年05月29日

#45 初夏の訪れ

 今週は全国的に夏日を迎え、北海道でも30度を超える地域が出たそうです。確かに早朝は涼しいのですが、午後25度以上になる日が続いています。ただ湿度が低いので爽やかな夏日が続いています。沖縄地方はすでに梅雨入りをしましたので、九州地方もあと半月ほどで梅雨の季節を迎えます。大雨が降れば熊本地震で被害を受けた地域が心配です。仮設住宅の早期建設が望まれます。
 ところで日本の夏日より深刻なのがインドです。インドでは現在50度を超える日が続いており、その影響で数百人の死者が出ているようです。昨年の日本は猛暑続きでしたが、今年の夏がどうなるか少々心配しています。

2016年05月22日

#44 新緑の季節と体育祭

 新緑の季節を迎え、さわやかな風が吹いています。毎日それほど暑くもなく、寒くもなく一年で一番過ごしやすい季節にだと言えます。最近ではこの時期に運動会や体育祭を実施する学校が増えています。当塾に参加している生徒たちも今週末に体育祭が予定されています。ただ紫外線が強い時期でもありますので、十分な対策は必要でしょう。
 運動会と言えば以前は秋に行われていました。私が小学校の頃には毎年10月に運動会が実施され、当時は家族揃っての一大イベントでした。観戦するため多くの家庭が早朝からゴザを片手に小学校のグラウンドに場所取りに行ったものです。生徒は日頃の練習の成果を見せるために張り切って運動会に参加していました。最近では組体操の段が10段を超えることもあり、骨折などのけがをする児童が続出していますが、当時は4段が最高でした。
 時代は変わっても運動会に対する期待や不安は今も昔も変わりないと思います。運動ができる子供は晴れの舞台として、苦手な子供はそれなりに頑張って家族全員が楽しむことができた一日でした。

2016年05月14日

#43 子どもの日と立夏

 今日5月5日は子どもの日です。また暦の上では立夏になります。確かにここ数日最高気温が25度を超える日が続いており、空気は乾いていますが、外を歩くと日焼けするような強い日差しがあります。本日でゴールデンウィークも終了し、明日から普通の生活に戻ります。
 子どもの日に相当する休日が海外にあるかどうか知りませんが、現代の日本の子ども達他国の子どもに比べて恵まれていると思います。生まれた国や地域によっては生存競争に晒される子供もおり、強制労働に駆り出される子供もいます。その意味ではこの国の子どもは幸せだと言えます。ただし家庭内暴力や校内のいじめ、毎日習い事へ駆り出されるなど、別の意味において子供たちに試練が待っています。
 私が子供の頃は小学生が塾通いしているのは珍しいことでした。もちろん算盤や習字などを習っている子供はたくさんいましたが、進学のために塾通いに追われている子供はいませんでした。時代の要求に合わせて家庭生活も変化していきます。10年後、20年後にどのような世の中になるか誰も予測できません。子供達も時代に応じて生き方を変えていきます。子供たちが生きやすい世の中にするのは現在の大人たちの責任です。大人が幸せにならなければ、子どもの将来はありません。住みやすい世の中を作っていきましょう。

2016年05月05日

#42 母校の移転

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 今日からゴールデンウィークが始まりました。熊本地震の余震も少しずつですが少なくなり、このまま終息してくれれば有難いのですが、午後3時過ぎに大分の湯布院で震度5弱の余震が発生しました。熊本・大分地方の方々強い余震には充分ご注意ください。
 さて久しぶりの連休ですので、サイクリングを兼ねて母校(大牟田北高校)を訪れました。教育実習以来ですので35年ぶりの訪問になります。北高はすでに今年の4月に大牟田市北部の吉野地区に移転しましたので、旧校舎は現在使用されていません。(写真はグラウンドから見た校舎です。ブログタイトル「ひつじの独り言」をクリックするとご覧になれます。)当時自宅から自転車で30分ほどかけて通学していましたが、北高に入学した当初は西鉄電車で通っていました。東甘木駅で降りて徒歩で15分ほどかかります。北高は甘木山の中腹にあり、その麓から登り坂が続きます。「北高の女子生徒は足が太くなる」とよく言われていました。
 誰もいないと思って校門を過ぎると、陸上部の生徒たちが坂道を走っていました。顧問の先生に尋ねると新校舎は敷地が狭く、週末には旧校舎のグラウンドで練習しているとのことでした。確かに旧校舎は自然環境には恵まれています。校舎を眺めていると高校時代のほろ苦い思い出ばかりがよみがえってきましたが、それでも3年間通い続けた校舎や自転車置き場は懐かしいばかりです。あの頃は何を考えていたのだろうと時々考える今日この頃です。

2016年04月29日

#41 震災避難中の学習支援

 熊本地震発生からすでに1週間が過ぎましたが、多くの余震のために多くの学校で授業再開ができない状況が続いています。この地震はこれまで経験した地震と異なり、現時点ではいつ終息するか分からないと気象庁も言っています。そのような状況下で特に中3や高3の受験生は大切な授業を受けることができないでいます。
 確かに多くの校舎が避難先として使用されていますので、当面は授業ができないことは明白です。そこで提案ですが、青空教室のような場所を提供して頂き、テントの中で授業してはいかがでしょうか。もちろん急を要しますので、希望する受験生に学校の枠を取り払い、授業できる余裕のある先生が指導することは可能と思います。あくまでも臨時の手段として考えられるのではないでしょうか。そうすれば被災地の避難先となっている学校に迷惑をかけず、受験生も集中して勉強に取り組むことができるでしょう。地震が終息するまでの臨時措置です。熊本県下の各自治体に提案したいと思います。
 嬉しいことに被災地の高校生たちが率先して各地でボランティア活動を行っているそうです。若い力を活かして今まで以上に素晴らしい熊本を再生してもらいたいと思います。日本国内外から多くの激励や支援が被災地に集まって来ています。熊本の皆さん、もう暫くの辛抱です。くまもんが今まで以上に活躍する熊本に期待します。また熊本県だけでなく大分県も被災していますので、同じ気持ちをこめて大分県も頑張ってほしいと思っています。

2016年04月24日

#40 本震?発生

 本日の未明(1:26分頃)に本震と思われる大地震が熊本で発生しました。気象庁によると、この地震はM7.3の大きさだったそうです。阪神大震災と同レベルの規模で、熊本市内では複数のビルが倒壊し、熊本のシンボルである熊本城もあわれな姿になっています。また阿蘇でも大きな被害が出ています。
 ちょうど床につこうとした時でした。前回(4/14)の地震のように少しガタガタと音を立てるとすぐに大きな揺れが来ました。今回は2005年に福岡で経験したような揺れでした。近くに置いてあるタンスが揺れるほどの地震でした。その後およそ1時間おきに大きな揺れが襲い、結局一睡もできずに朝を迎えました。
 私が特に心配しているのは震源が東へ移動していることです。特に本日の余震は阿蘇を中心に大分まで震源は届いています。さらに正午前には日向灘でも地震が発生しています。この先余震がどのような経過をたどるのか少なからず懸念しています。大分まで揺れるとなると、中央行構造線に影響を与えるかもしれず、結果として南海、中南海地震へとつながることも考えられます。とにかく大地震はどこでも発生する可能性があります。特に余震の影響を受けている人は充分な準備をしてこの数日間を過ごしてください。

2016年04月16日

#39 平成28年熊本地震

 昨晩9時30分頃、熊本を震源とする大地震が発生しました。お亡くなりになられた方々や被災された方々にお見舞い申し上げます。
 昨晩は社会福祉協議会が行っている学習支援事業にボランティアとして参加し、その後当塾に戻って部屋を片づけているときに地震が発生しました。最初窓ガラスがガタガタと揺れて軽い横揺れが起きましたので、地震だと思って様子を見ていると、急に大きな揺れがやって来ました。立ち上がれないほどの揺れではありませんでしたが、かなり大きな地震だと直感しました。というのは私が福岡に住んでいたころに2005年の福岡県西方沖地震を経験したからです。福岡の地震は物凄い揺れでした。テレビは横にガタガタと大きく揺れ、冷蔵庫のドアが開いてしまいました。確か福岡市内では震度6だったと記憶しています。震源地に近い玄海島は大きな被害を受けました。
 昨晩は本震の後に大きな余震も続けて発生し、床につくことができずに、情報を得るためにテレビをつけながらそのまま寝てしまいました。夜に起こる災害は周囲が見えないので、いかに情報を得るかが生死の分かれ目になります。停電に備えて日頃から準備しておく必要があります。明日から天気が下り坂になるとのことです。家を失った方々はこれからの生活が大変です。一刻でも元の生活に戻れるように国や地方自治体の援助が不可欠になります。また義捐金を集める必要性も早急に出てくるでしょう。この国に住む限りは地震を始め災害に直面することが多々あります。日頃からの準備が必要だと改めて思い知らされました。

2016年04月15日

#38 新学期が始まりました

 福岡県の中学校・高等学校では本日始業式または入学式を行う学校が多く、各教室では希望に満ちた笑顔の生徒が多く見られたことでしょう。何事も最初が肝心です。特に進学した学校に慣れるために新入生はしばらく緊張状態が続きますが、自分の殻から出て一歩踏み出すための必要な期間と思いましょう。以前にもブログに書きましたが、自らをさらけ出すことでお互いの信頼感を得ることができます。新しい年度が始まりました。新しい自分を探しに前を向いて歩き出しましょう。

2016年04月07日

#37 桜花満開と父子桜

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 桜花満開の便りが各地から届いています。ここ大牟田でも様々な公園で満開の桜を楽しむ行楽客を目にすることができます。当塾から歩いて5分ほどのところに延命公園がありますが、福岡県南部唯一の市立動物園が併設されています。今朝延命公園の上にある貯水塔まで登って周りを見渡しますと、至る所に桜が咲き乱れていました。掲載の写真(「ひつじの独り言」をクリックしてください。)は貯水塔から見た桜です。遠くに多良岳(長崎県)が見えます。数日中には桜雨が降ることでしょう。
 ところで延命公園を散策していましたら、父子桜という標識が立っていましたので、近くに寄ってみました。すると標識に「伊藤整一」と書かれていました。戦艦大和の艦長で菊水作戦で出撃し戦艦大和の撃沈とともに身を捧げた方です。伊藤艦長は大牟田市の隣町である高田町(現みやま市)の生まれで、墓碑が大牟田市の北部にあります。まさか延命公園の一角に父子を祀る桜が植えてあるとは今まで気づきませんでした。
 戦艦大和は1945年(昭和20年)4月7日、沖縄への出撃中にアメリカ軍機動部隊の猛攻撃を受け鹿児島県の坊ノ岬沖で撃沈されています。また彼の長男は特攻で戦死されています。あまり知られていませんが、伊藤艦長は大牟田市に縁のある方です。戦艦大和が撃沈され今月7日で71年目を迎えます。今日満開の桜の中で、戦艦大和と伊藤艦長に不思議な縁を感じました。

2016年04月03日

#36 新年度を迎えました

 今日から新年度(平成28年度)が始まります。新社会人の方は入社式で緊張されたことと思います。仕事に慣れるまで少々時間がかかりますが、分からないことは何でも先輩方に尋ねましょう。
 新中学1年生、新高校1年生は来週入学式があります。新しい学び舎でたくさんの友達を作りましょう。中高時代の友達は一生の友達になります。自分から積極的に周囲の人に話しかけて自分を知ってもらい、友達関係を広げてください。すべての学年でまもなく新学期が始まります。何事もスタートが肝心です。新たな希望を持って学校生活を始めましょう。

2016年04月01日

#35 小さな卒業式

 当塾に通っていた中学3年生が志望校に合格したことは以前のブログ記事で述べましたが、今日は彼女のために最後の授業を行い、夜にお母様と同伴で挨拶に来ました。彼女は市外の高校へ通うために通学に時間がかかり、当塾で学ぶことができません。学校の卒業式というような大げさなものではありませんでしたが、卒業式の挨拶のようにこれからの進路や生き方について少し語らせてもらいました。当塾初めての卒業生です。彼女は看護学科のある高校に進学しますので、将来は立派な看護師になってもらいたいと思っています。

2016年03月23日

#34 臥龍梅

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 先日大牟田市内にある普光寺に行ってきました。数十年ぶりに参拝しましたが、この寺は臥龍梅(がりゅうばい)で有名です。その名前の由来は梅がまるで地面に伏している龍のように見えるために臥龍梅と呼ばれるようになったそうです。残念ながら梅の季節はすでに終わり、枝にはわずかの花しか付いていませんでした。満開の時期は2月中旬から3月上旬で、来年は満開の時期に訪れようと思います。ただ普光寺に行く途中に菜の花が咲き乱れておりで、田んぼにはレンゲの花が咲いており、モンシロ蝶まで飛んでいました。春満開の今日この頃です。

2016年03月18日

#33 3.11

 今日は東日本大震災から5年目の日になります。午後2時46分に発生した大地震と、それによって引き起こされた大津波により多数の人命が失われました。当時授業を終えた私は生徒たちが地震が起こったと騒いでる声を聴き、職員休憩室に入ったところ、テレビで津波の映像がリアルタイムで放送されており、愕然とした記憶があります。またその後のテレビ画面で国内中に津波警報が発令されていたことも記憶に刻まれています。
 遡ること2005年3月21日には福岡県西北沖地震が発生し、福岡市の沖合にある玄海島が震度6強の大きな揺れに襲われました。当時福岡市に住んでいた私は物凄い揺れを感じ柱につかまったことを覚えています。また室内のテレビが大きく揺れて、冷蔵庫のドアが開いたことも記憶に残っています。地震が少ない福岡にとって青天の霹靂(へきれき)でした。余震はその後半年ほど続きました。
 この国で暮らしていく限り地震や台風など様々な災害に直面しなければなりません。どのような災害が起こっても対処できるように、日頃から災害への準備をしなければなりません。災害は他人事でなく明日は我が身であることを充分認識しながら日々を過ごしましょう。

2016年03月11日

#32 花てぼと大蛇山

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 前回のブログで載せなかった花てぼと大蛇山の写真です。大牟田夏祭り名物の大蛇山について次のような説明書が入っていました。抜粋文です。
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 大牟田の祇園祭は7月13日をかわきりに行われる。悪病退散、五穀豊穣の祈願をこめた夏祭りであります。その行事に10メートル余りの大蛇をこしらえ、山車に乗せ氏子連中が金谷笛、太鼓を打ち鳴らし、時には大蛇に火炎を吹かせ首を打振り街中をねり歩く姿は勇壮そのものです。・・・
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掲載写真は「ひつじの独り事」をクリックしてご覧ください。

2016年03月02日

#31 三池初市

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 毎年3月1日、2日は春の到来を告げる三池初市が三池地区で行われます。地元の初市を見るのは数十年ぶりです。ウィキペディアによると三池初市のことが次のように書かれていました。
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三池地区に春の訪れを告げる、九州最大級の春の市。江戸時代、三池街道沿い(現在の主要地方道大牟田高田線で農作業用品や米・野菜の物々交換が行われたことがその起源とされている。近年は主要地方道大牟田南関線の、主要地方道大牟田高田線との交点から西へ約400mが歩行者天国となり、花てぼ、竹かご、各種の苗木、植木、食べ物など、約200の出店が並ぶほか、地域の人々による催し物も行われる。
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歩行者天国の道路脇には多くので店が並び、ちょっとした縁日の雰囲気が漂っていました。午後早い時間に見に行ったのですが、この時間にたくさんの中高生がいました。(もしかして学校をサボったのでは?)久しぶりに私もいくつかお土産を買いました。大蛇山の置物と花てぼ(竹で編んだかご)も購入しました。地元にも春がやって来ました。

2016年03月02日

#30 3月1日は卒業の日

 今日から3月が始まります。3月は弥生の月、そして3月1日は全国の多くの高等学校で卒業式が行われる日です。様々な思いを胸に卒業生が学び舎を旅立って行きます。進学や就職など進路が決まっている卒業生は希望に溢れ、それぞれ巣立って行きます。まだ進路が決まっていない卒業生は再度自分の夢にチャレンジすることでしょう。健闘を祈ります。また卒業生を御指導、御助言された高校3年担当の先生方や親御さんの御苦労は大変なものと推察いたします。こういう私も1年前の今日、組担任として学年主任として最後の卒業生を送り出し、現在の塾活動に向けて準備を始めたのが3月1日でした。あれからすでに1年経ったことに思いを馳せると月日の経つのは本当に早いものです。今日はまだ真冬並みの寒さですが、日差しはすでに春の日差しです。いよいよ本格的な春の訪れです。

2016年03月01日

#29 読売新聞(筑後版)の記事について

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 2月19日(金)の読売新聞(地域版・筑後)に載った学習塾ニコラの記事ですが、先週末に東京で行われた英語の研修会に参加していましたので、本日の朝に遅ればせながら確認しました。(郵便ポストに読売新聞からの封筒が入っていましたので、その中の新聞記事を見て初めて記事になったことを知りました。)読売新聞から取材をうけましたのは確か2月4日だったと思います。読売新聞から取材の件で連絡があり、西日本新聞の取材を受けていながら、読売新聞の取材を断るわけにはいかず、取材を受けた次第です。その後取材の件をすっかり忘れていました。西日本新聞の記事は掲載される前に電話で何度か原稿のやり取りをしていましたので、掲載日時は事前に分かっていましたが、読売新聞の場合は取材後の連絡がありませんでしたので、取材の件はそのまま忘れておりました。
 私が新聞の取材を受けております理由はただ1つ。当塾の活動を世の中に知らせることで経済的な理由で塾や予備校で勉強できない子ども達のために地域社会や国が早く対策を取ってもらいたい、ということです。それも早急な対策が必要です。日本は人的資源で繁栄してきた国です。言い換えれば、子どもを教育することで優れた人材を世の中に輩出し、国家が成長してきました。その原動力となった教育を軽視することは国家の破たんにつながります。
 ここで塾や予備校などは校外活動になるので、金銭的に余裕がある家庭の子ども達が行けばよい、という反論も聞こえてきます。ただ私が主張したいのは「勉強したい生徒には勉強させる機会を与えたい」、ということです。子ども達全員が塾や予備校に行く必要はありません。そのために学校があります。ただ学校が本来の役割を果たしていない現実も一方ではあります。残念ながらまともに授業ができない教員や、勉強する雰囲気作りができていない学校もあります。地域社会の教育に対する考え方の違いにより、一定基準の教育ができていない現実があります。
 理想的には無料学習塾やボランティアによる学習支援活動が無くなることが一番です。そのためには各市町村による公費による学習支援事業が充実することであり、そのための予算や経費を国や県が面倒見ることでしょう。実際に学習支援事業に取り組んでいる地方公共団体もあります。ただ生活困窮家庭は全国に拡散しており、勉強したい子ども達が勉強できない状況に置かれていることが一番の問題です。

*新聞記事の写真をご覧になりたい方は「ひつじの独り言」をクリックして、全ブログ記事を表示すればご覧になれます。ただ文字が小さいので拡大してご覧ください。

2016年02月23日

#28 細やかな親切

 今日所要で福岡へ出かけたのですが、福岡駅で帰りの西鉄電車を待つ際に到着した車両に車いすの方が乗車されていました。私が待っている側はドアが閉まっているので、助けようにも助けることができません。すると向こう側のドアに待機していた2人の女性職員が車いすの方を手伝うようにドアのレールの上に車いすが通すための板を敷いて手伝っていらっしゃいました。おそらく電車の無線連絡を通して天神駅で職員の方が待機していたものと思われます。このような細やかな親切は本当にありがたいものです。また二日駅で足の不自由な年配の方が電車に乗り込んでこられた際にも、駅員の方が寄り添うように乗車を手伝っていらっしゃいました。時々西鉄電車を利用していますが、見ていて爽やかな気持ちになります。社員教育が徹底しているのでしょうか、今日は細やかな親切に心温まる思いがしました。

2016年02月18日

#27 英語学習者必見のテレビ番組 NHK World

 最近のITディバイスの発達により、多種多様の英語放送が行われています。テレビを始め、インターネットやYouTubeなどで生の英語放送を見られる時代になりました。20年ほど前までは国際放送と言えば短波ラジオが主流でした。私も高校生や大学生の頃は短波ラジオのダイヤルを回しながらNHKのラジオジャパンやアメリカの国際放送VOAなどを聴いていたものです。時代は変わり今はインターネットを通してテレビやラジオの放送が行われており、隔世の感があります。
 今日このブログを読んでいる方にお勧めのテレビはNHK Worldです。この放送は24時間すべて英語で行われており、放送衛星やネットを通して世界中に放送しています。毎時のニュースの他にNHK総合番組で放送されているCool Japanやサラメシ、新日本風土記など興味深い番組を英語に翻訳して放送していますので、総合テレビの番組をあらかじめ見て、英語の番組を視聴すると英語が分かりやすく理解できます。
 ただ残念なことに総合やBSでは放送されていません。インターネットでアクセスするか、タブレットでNHKをインストールすれば視聴できます。もちろん無料です。
 ここでNHKに一言物申します。なぜこのような素晴らしい番組を国民向けに総合またはBSで放送しないのでしようか。総合ならびにBSの電波枠が余っているのに使用しないのは損です。Eテレビには素晴らしい語学番組が沢山ありますが、それに劣らないものがNHK Worldだと思います。国民は高い視聴料を払っていますので、是非NHKには国民に貢献するような事業を行ってもらいたいとおもいます。

2016年02月09日

#26 今日は立春です

 今日は立春です。つい先日正月を迎えたと思っておりましたが、月日の経つのは思ったよりも早く、季節は着実に春へ向かっています。この週末は福岡でも雪が予想されていますが、前回ほどの大雪にはならないでしょう。近くの道端には菜の花も咲いています。もうひと月もすれば雛祭りがやって来ます。
 昨日は筑後地区の私立高校前期入試が実施されました。明日は福岡地区の私立高校前期入試が実施されます。また福岡地区の主要な大学入試もすでに始まっており、今日から西南学院大学の入試が始まりました。受験生はベストをつくして栄冠を手にしてください。健闘を祈ります。

2016年02月04日

#25 正月を知らない子どもたち…貧困がもたらす国の損失

 

 少し前の読売新聞(ネット記事)に上記タイトルの記事がありましたので、ここで紹介します。このブログ(ひつじの独り言)でも教育格差について何度か論じていますが、年を追うごとにますます格差がひどくなっているようです。教育格差を解消するために、国が動かなければ地方自治体に行動してもらいたい。地方自治体が動かなければ、有志の団体や個人が行動を起こし、地方自治体や国、特に議員に訴えかけて社会全体が子供たちの教育に携わるようなシステムを早急に立てないと、この国はやがて立ち行かなくなると危惧しています。
 現在の日本は江戸や明治、大正時代の遺産(精神性や伝統技術の技など)で国力がなんとか保たれていますが、この遺産も消えかかろうとしています。また中国を始めとする新興国は子どもの教育に力を注いでおり、高い学力を身につけさせる教育を行っています。学力の点でいずれは日本を追い越すことになり、様々な特許や諸権利を外国から買わざるを得ない時代になります。このことが日本社会の荒廃や国力の衰退にもつながります。興味がある方は下記のページにアクセスしてください。冒頭は次の文で始まっています。
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(読売新聞ネットの記事より)

17歳以下のおよそ6人に1人が貧困の状況にあり、その割合は増え続けているという。このまま放置すれば、大きな経済的損失を日本にもたらすとする報告書が発表された。貧困状態に置かれ、孤立しがちな子どもたちへの支援は、人道的な理由からだけでなく、将来の国の経済や財政にとっても不可欠だ。子どもの貧困を研究する湯澤教授に寄稿してもらった。
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http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/ichiran/20160114-OYT8T50109.html

2016年01月28日

#24 大寒波による断水!

 大寒波の影響で月曜日の夜から大牟田市全域で断水が続いていましたが、現在は市内の半分に給水が始まったようです。大牟田市水道局は29日までに水道の完全復旧を目指しています。さすがに氷点下7.2度が2日も続けば水道管の破裂や水漏れが発生します。今回の断水は特にインフラの古い地区から始まり、月曜日の夜には広報車が市内を走り回り、断水を呼びかけていました。断水は大牟田市だけでなく九州の多くの自治体に及んでおり、今回の大寒波の余波が窺えます。
 わずか1~2日の出来事ですが、阪神大震災や東日本大震災で被災された方々の心情を少しでも体験できた今回の断水でした。電気や水道など当たり前に利用できる環境の中で生活している私達ですが、自然の猛威の前ではいかに無力であるかを見せつけられた今回の寒波でした。「自分だけは安心」という気持ちを改めて、どこに住んでいようと常に災害を意識して生活する必要性を改めて感じた今回の出来事でした。まだ断水している方々に心よりお見舞い申し上げます。

2016年01月27日

#23 数十年ぶりの大寒波襲来

 昨日と今日は久しぶりの寒波でここ大牟田市内でも一面雪で覆われました。昨夜は当塾の前を通っている国道208号線も真っ白に凍結し、行きかう車両はすべて自転車なみの速度で徐行運転をしていました。私はいつも自宅から当塾まで自転車で通勤していますが、当塾は緩やかな坂の上にあるために、雪や氷の坂道は非常に滑ります。安全のために昨日と今日は歩いて通勤しました。
 どのテレビ局も数十年ぶりの大寒波と報道していますが、振り返ってみますと私が高校生だった1970年代までは一冬に1,2度このような寒波がやって来ていました。道路はすべて凍結し、自転車のペダルをゆっくり漕ぎながら高校まで通った記憶があります。また家の軒下には頻繁につららが下がり、田んぼのあぜ道に氷が張って、雪の日には体育の時間に雪合戦をした思い出があります。数十年ぶりの寒波と言っても私にとって昔の冬に戻っただけの感しかありません。
 さてこの時期に当塾に来ている中学生は本日奈良・京都へ修学旅行に出かけました。新幹線で新大阪まで行くそうですが、この雪の中で遅延せず目的地まで無事にたどり着いてもらいたいと思います。また高校生は明日から新潟へスキーの修学旅行に出かけますが、こちらは雪が沢山降っており、良い思い出になることでしょう。いずれにしても楽しい思い出を作ってもらいたいものです。

2016年01月25日

#22 努力は実る!

 先日荒尾市にあります有明高等学校入試の合格発表がありましたが、当塾から1人合格しました。看護学科を希望していましたが、英語が苦手だということで12月から当塾で勉強しました。冬休みには年末年始の3日間休んだだけで、日曜日にも来塾して英語と国語の受験勉強を続けました。本人の不断の努力もあり、この度見事に合格切符を手にしました。これから学ぶ看護の技術をしっかり身につけ、将来立派な看護師になってもらいたいと思っています。
 前回のブログにも書きましたが、本格的に受験シーズンに突入しました。受験生の皆さんはベストコンディションで受験できるように充分体調管理をしましょう。体調管理を怠ってカゼを引いて発熱すると、今までの努力が無駄になります。体調管理も受験技術の大切な1つです。学力+体調管理が志望校合格の必須条件です。
 自分の努力に応じて結果が出ます。努力なしに何事も結果は出ません。特に受験前1週間は今までの集大成と思って、まだやり残している科目や分野を総復習し、今まで間違えた個所を再度見直し、何度も繰り返して正答が導けるように有効に時間を使いましょう。努力は必ず実ります!

2016年01月24日

#21 受験シーズン突入!

 大学入試センター試験が昨日から始まりまり、本格的に受験シーズンに突入しました。今年のセンター試験受験者は過去最多を記録したそうですが、受験生にとっては人生の大きな節目となる試験になります。
 まだ私が高校の教員をしていた頃のセンター試験で、次のことが思い出されます。受験生は指定された各受験会場で受験しますが、そこには各高等学校から引率の先生方が集まり、自分の生徒に激励を送ります。福岡地区の県立高校では「~高校」と書かれた幟旗(のぼりばた)を立てて生徒を激励する姿がしばしば見られました。まるで運動部の試合前の激励会を見るような感じです。また学校により生徒の雰囲気が異なり、様々な高校生を目にすることができました。受験の季節の風物詩とも言えるものです。
 さて高校入試や大学入試が本格的に始まります。高校入試は今週から専願入試を中心に実施され、福岡では2月上旬に一般入試が行われます。また大学入試は今月の下旬より始まり、2月の上旬に福岡を初めとする地元の大学が、2月中旬には関西や関東の大学が入試を実施します。寒い季節と入試が重なりますので、受験生は健康に充分留意してベストを尽くせるように最後まで頑張りましょう。健闘を祈ります。

2016年01月17日

#20 アクセス数が1000を超えました

 近年にない暖冬と言われていました今冬ですが、1月も中旬になるとさすがに例年の真冬のような天候になってきました。福岡でも火曜日には雪の予報が出ています。インフルエンザの流行も始まったようです。
 ところで当塾のホームページ(HP)のアクセス数がいつの間にか1000を超えました。どのような方がアクセスしているか全く見当がつきませんが有難いことです。正直申しましてあまり面白くないHPですが、少しでも当塾に関心を持って頂けることは本当にありがたいことだと思っています。当塾に参加している生徒も9名になり、少しずつ増えてきています。学校とは異なり、生徒本人の学力や性格に応じた授業を展開することができますので、違った意味で本当に遣り甲斐があります。19日には荒尾市の有明高校、26日には地元の大牟田高校の入試が実施されます。受験生は体調に充分留意してベストを尽くしてもらいたいものです。

2016年01月17日

#19 受験生頑張れ!

 正月休みもすでに終わり、各学校では3学期が始まりました。福岡地区では私立中学入試が今週末より始まります。またここ大牟田・荒尾地区でも1月の下旬より私立高校の専願入試が始まります。また大学入試センター試験が1月16日・17日に実施されます。
 毎年1月・2月は受験生にとって将来の自分の進路を決める大切な時期になります。入試にベストコンディションで臨めるように今から体調を整えましょう。特にカゼやインフルエンザが流行する季節でもありますので、普段以上に健康に留意して実力が出せるように気を付けましょう。
「成せば成る。成さねばならぬ何事も。成さぬは人の成さぬなりけり。」(米沢藩主の上杉鷹山)受験生頑張れ!

2016年01月09日

#18 謹賀新年 2016

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 明けましておめでとうございます。平成28年(2016年)が始まりました。このブログをご覧になっている皆様にとって、今年はどんな一年になるでしょうか。良い年になりますよう祈り申し上げます。
 さて今年の私の目標は当塾の運営を良い方向に持っていきたいと考えております。良い方向と申しましても、生徒が沢山集まるとか、運営資金がどこからか手に入るというようなことではありません。この無料学習塾を始めた主な理由は塾に通えない子供たちに学習の場を提供することでした。当塾の生徒は少しずつ増えてきていますが、私の努力不足により本当に必要な子供に当塾の情報が届いていないことがあります。
 そこで今年の目標は本当に必要な子供に必要な情報を届けることです。おそらく当塾を含めて様々な塾(予備校を含める)が無料または安い授業料で恵まれない子供たちに学習する機会を与えていることと思います。その情報を一元的に管理して必要な情報を提供するような場を設立しようと考えております。どこまでできるか分かりませんが。私の今年の目標です。それでは今年もよろしくお願い申し上げます。
*写真はペットのひつじ達ですが、今年の干支は丙申(ひのえさる)です。詳しくは下記のサイトを参照して下さい。
http://www.eto12.com/2016.html

2016年01月01日

#17 今年の塾活動が終了しました

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 本日で今年の塾活動が終了しました。11月4日に開塾して早くも2か月が経ち、塾の活動もようやく軌道に乗ってきました。12月1日の西日本新聞に当塾の記事が載りましたが、それ以外は特に塾の宣伝はしておりません。それでも当塾のことがクチコミで少しずつ広まり、ホームページ(HP)のアクセス数も900に達しました。どなたが当塾のホームページをご覧になっているか存じませんが、有難いことだと思っております。
 開塾当初は生徒が集まるか不安もありましたが、当塾で勉強したい生徒が少しずつ増えており、現在中1から高2まで8名ほどが学んでおります。現在は個別指導が中心ですが、来年以降今以上に生徒が集まれば、生徒の英語力のレベルに応じて本来の目的であるレベル別の授業ができればと思っています。これまで当塾への多くの支援や激励ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。なお新年は1月3日より受験生のための入試直前授業が始まります。また1月以降の授業時間割も後日HPにアップしたいと思います。

 平成27年(2015年)もまもなく終わりを迎えます。今年も世界中で多くの戦争や災害が相次いだ一年でしたが、来年は皆さんに、また世界中の人々に少しでも幸せが来ますように祈りたいと思います。
*写真は大牟田市の延命公園展望所から撮影した夕暮れの大牟田市南部です。遠くに有明海と雲仙が見えます。

2015年12月30日

#16 I Wish You A Merry Christmas!

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 今日はクリスマスです。世界中でクリスマスの行事や催しが行われますが、クリスマスの意味を知っていますか。私も子どもの頃はプレゼントがもらえる日と思っていましたが、本当の意味は違います。クリスマス=「キリストのミサ」の意味で、キリストの生誕を祝います。詳しく知りたい人は次のHPを参照して下さい。http://family.gr.jp/christmas/keyword/#what
 キリストの誕生日に関しては諸説があり、専門家も特定していませんが12月25日ではありません。ローマ時代に冬至に重ねて25日を生誕日にしたという説もあります。イエス様が生まれたのは3月下旬からから4月の頃だろうという説もあります。アラビア半島で今も野宿生活をしているベドウィン族は2000年間同じ生活をしており、12月は寒くて野営ができないそうです。イエス様は宿ではなく馬小屋で生まれたと言われており、野営同然の環境ではアラビア半島でもかなり寒くなるそうです。
 イエス様の生誕日を特定できないことは、ある意味でロマンでありクリスマスの後で新年を迎えることに何か深い意味があると思っています。キリスト教徒にかかわらず今日はクリスマス。世界中に愛が溢れる日でもあります。ユダヤの町に救世主が生まれた日です。
*写真は塾の教室に飾っている小さな祭壇です。

2015年12月25日

#15 クリスマスイブ


 今日は12月24日クリスマスイブです。おそらく街中で様々なイベントやパーティが行われたり、家族でケーキを囲んで、ささやかな団欒を過ごす方も多いことでしょう。本日はクリスマスイブにふさわしい物語を紹介します。オー・ヘンリーの有名な「賢者の贈り物」です。オー・ヘンリーは「最後の一葉」も書いています。どうぞお読みください。なお、この短編小説は青空文庫より引用しています。
http://www.hyuki.com/trans/magi.pdf

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賢者の贈り物
オー・ヘンリー作(結城浩訳)

1ドル87セント。それで全部。しかもそのうち60セントは小銭でした。小銭は一回の買い物につき一枚か二枚づつ浮かせたものです。乾物屋や八百屋や肉屋に無理矢理まけさせたので、しまいに、こんなに値切るなんてという無言の非難で頬が赤くなるほどでした。デラは三回数えてみました。でもやっぱり1ドル87セント。明日はクリスマスだというのに。これでは、まったくのところ、粗末な小椅子に突っ伏して泣くしかありません。ですからデラはそうしました。そうしているうちに、人生というものは、わあわあ泣くのと、しくしく泣くのと、微笑みとでできており、しかも、わあわあ泣くのが大部分を占めていると思うようになりました。
この家の主婦が第一段階から第二段階へと少しづつ移行している間に、家の様子を見ておきましょう。ここは週8ドルの家具付きアパートです。全く筆舌に尽くしがたいというわけではないけれど、浮浪者一掃部隊に気をつけるためにアパートという名前をつけたに違いありません。階下には郵便受けがありましたが手紙が入る様子はなく、呼び鈴はありましたが人間の指では鳴らせそうもありません。その上には「ミスター・ジェームズ・ディリンガム・ヤング」という名前が書かれた名刺が貼ってありました。その「ディリンガム」の文字は、その名の持ち主に週30ドルの収入があった繁栄の時代にはそよ風にはためいてきました。でもいまや収入は20ドルに減ってしまい、文字たちはもっと慎ましく謙遜な「D」一文字に押し縮めようかと真剣に考えているようでした。しかし、ジェームズ・ディリンガム・ヤング氏が家に帰って二階のアパートに着くと、すでにデラとしてご紹介済みのジェームズ・ディリンガム・ヤング夫人が、「ジム」と呼びながら、いつでもぎゅうっと夫を抱きしめるのでした。これはたいへん結構なことですね。
デラは泣くのをやめ、頬に白粉をはたくのに意識を集中させました。デラは窓辺に立ち、灰色の裏庭にある灰色の塀の上を灰色の猫が歩いているのを物憂げに見ました。明日はクリスマスだというのに、ジムに贈り物を買うお金が1ドル87セントしかありません。何月も何月もコツコツとためてきたのに、これがその結果なのです。週20ドルでは、大したことはできません。支出はデラが計算した以上にありました。支出というものはいつだってそういうものでした。ジムへの贈り物を買うのに1ドル87セントしかないなんて。大切なジムなのに。デラは、ジムのために何かすばらしいものをあげようと、長い間計画していたのです。何か、すてきで、めったにないもの――ジムの所有物となる栄誉を受けるに少しでも値する何かを。
その部屋の窓と窓の間には姿見の鏡が掛けられていました。たぶんあなたも8ドルの安アパートで見たことのあるような姿見でした。たいそう細身で機敏な人だけが、縦に細長い列に映る自分をすばやく見てとって、全身像を非常に正確に把握することができるのでしょう。デラはすらっとしていたので、その技術を会得しておりました。急にデラは窓からくるりと身をひるがえし、その鏡の前に立ちました。デラの目はきらきらと輝いていましたが、顔は20秒の間、色を失っていたのでした。デラは手早く髪を下ろし、その長さいっぱいまで垂らしました。
さて、ジェームズ・ディリンガム・ヤング家には、誇るべき二つのものがありました。一つはジムの金時計です。かつてはジムの父、そしてその前にはジムの祖父が持っていたという金時計。もう一つはデラの髪でした。シバの女王が通風縦孔の向こう側のアパートに住んでいたとしましょう。ある日、デラが窓の外にぬれた髪を垂らして乾かそうとしたら、それだけで、女王様の宝石や宝物は色あせてしまったことでしょう。また、ソロモン王がビルの管理人をやっていて、宝物は地下室に山積みしていたとしましょう。ジムが通りがかりに時計を出すたび、王様はうらやましさのあまり、ひげをかきむしったことでしょう。さて、そのデラの美しい髪は褐色の小さな滝のようにさざなみをうち、輝きながら彼女のまわりを流れ落ちていきました。髪はデラの膝のあたりまで届き、まるで長い衣のようでした。やがてデラは神経質そうにまた手早く髪をまとめあげました。ためらいながら1分間じっと立っていました。が、そのうちに涙が一粒、二粒、すりきれた赤いカーペットに落ちました。
デラは褐色の古いジャケットを羽織り、褐色の古い帽子をかぶりました。スカートをはためかせ、目にはまだ涙を光らせて、ドアの外に出ると、表通りへ続く階段を降りていきました。デラが立ち止まったところの看板には、「マダム・ソフロニー。ヘア用品なら何でも。」と書いてありました。デラは階段を一つかけのぼり、胸をどきどきさせながらも気持ちを落ち着けました。女主人は大柄で、色は白すぎ、冷ややかで、とうてい「ソフロニー」という名前のようには見えませんでした。
「髪を買ってくださいますか」とデラは尋ねました。
「買うさ」と女主人は言いました。「帽子を取って見せなさいよ。」
褐色の滝がさざなみのようにこぼれ落ちました。「20ドル」手馴れた手つきで髪を持ち上げて女主人は言いました。
「すぐにください」とデラは言いました。ああ、それから、薔薇のような翼に乗って2時間が過ぎていきました。…なんて、使い古された比喩は忘れてください。デラはジムへの贈り物を探してお店を巡っておりました。そしてとうとうデラは見つけたのです。それは確かにジムのため、ジムのためだけに作られたものでした。それほどすばらしいものはどの店にもありませんでした。デラは全部の店をひっくり返さんばかりに見たのですから。それはプラチナの時計鎖で、デザインはシンプルで上品でした。ごてごてした飾りではなく、素材のみがその価値を主張していたのです―― すべてのよきものがそうあるべきなのですが。その鎖は彼の時計につけるのにふさわしいとまで言えるものでした。その鎖を見たとたん、これはジムのものだ、と
デラにはわかりました。この鎖はジムに似ていました。寡黙だが、価値がある―― この表現は鎖とジムの両者に当てはまりました。その鎖には21ドルかかり、デラは87セントをもって家に急いで帰りました。この鎖を時計につければ、どんな人の前でもちゃんと時間を気にすることができるようになるでしょう。時計はすばらしかったのですが、鎖の代わりに古い皮紐をつけていたため、ジムはこそこそと見るときもあったのです。
デラが家に着いたとき、興奮はやや醒め、分別と理性が頭をもたげてきました。ヘアアイロンを取り出し、ガスを着けると、愛に気前の良さを加えて生じた被害の跡を修繕する作業にかかりました。そういうのはいつも大変な仕事なのですよ、ねえあなた―― とてつもなく大きな仕事なのですよ。
40分のうちに、デラの髪は小さく集まったカールで覆われました。髪型のせいで、まるで、ずる休みした学童みたいに見えました。デラは、鏡にうつる自分の姿を、長い間、注意深く、ためすつがめつ見つめました。「わたしのことを殺しはしないだろうけれど」とデラは独り言をいいました。「ジムはわたしのことを見るなり、コニーアイランドのコーラスガールみたいだって言うわ。でもわたしに何ができるの―― ああ、ほんとうに1ドル87セントで何ができるっていうの?」
7時にはコーヒーの用意ができ、フライパンはストーブの上にのり、チョップを焼く準備ができました。ジムは決して遅れることはありませんでした。デラは時計の鎖を手の中で二重に巻き、彼がいつも入ってくるドアの近くのテーブルの隅に座りました。やがて、ジムがはじめの階段を上ってくる足音が聞こえると、デラは一瞬顔が青ざめました。デラは毎日のちょっとしたことでも小さな祈りを静かに唱える習慣がありましたが、このときは「神さま。どうかジムがわたしのことを今でもかわいいと思ってくれますように」とささやきました。
ドアが開き、ジムが入り、ドアを閉めました。ジムはやせていて、生真面目な顔つきをしていました。かわいそうに、まだ22歳なのに―― 彼は家庭を背負っているのです。新しいオーバーも必要だし、手袋もしていませんでした。ジムは、ドアの内で立ち止まりました。うずらの匂いにじっとしている猟犬と同じように、そのまま動きませんでした。ジムの目はデラに釘付けでした。そしてその目には読み取ることのできない感情が込められていて、デラは恐くなってしまいました。それは憤怒ではなく、驚嘆でもなく、拒否でもな
く、恐怖でもなく、デラが心していたどんな感情でもありませんでした。ジムは顔にその奇妙な表情を浮かべながら、ただ、じっとデラを見つめていたのです。
デラはテーブルを回ってジムの方へ歩み寄りました。「ジム、ねえ、あなた」デラは声をあげました。「そんな顔して見ないで。髪の毛は切って、売っちゃったの。だって、あなたにプレゼント一つあげずにクリスマスを過ごすなんて絶対できないんだもの。髪はまた伸びるわ――気にしない、でしょ? こうしなきゃ駄目だったの。ほら、わたしの髪ってすごく早く伸びるし。『メリー・クリスマス』って言ってよ、ジム。そして楽しく過ごしましょう。どんなに素敵な―― 綺麗で素敵なプレゼントをあなたに用意したか、当てられないわよ」
「髪を切ったって?」とジムは苦労しつつ尋ねました。まるで、懸命に頭を働かせても明白な事実にたどり着けないようなありさまでした。「切って、売っちゃったの」とデラは言いました。「それでも、わたしのこと、変わらずに好きでいてくれるわよね。髪がなくても、わたしはわたし、よね?」
ジムは部屋をさがしものでもするかのように見まわしました。「髪がなくなっちゃったって?」ジムは何だか馬鹿になったように言いました。「探さなくてもいいのよ」とデラは言いました。「売っちゃったの。だから、―― 売っちゃったからなくなったのよ。ねえ、クリスマスイブでしょ。優しくして。髪がなくなったのは、あなたのためなのよ。たぶん、わたしの髪の毛の一本一本まで神様には数えられているでしょうね」デラは急に真面目になり、優しく続けました。「でも、わたしがあなたをどれだけ愛しているかは、誰にもはかることはできないわ。チョップをかけてもいい、ジム?」ジムはぼうっとした状態からはっと戻り、デラを抱きしめました。さて、それではここで10秒間、趣を変えたささやかな事柄について控え目に吟味をしてみましょう。週8ドルと年100万ドル―― その違いは何でしょうか。数学者や知恵者に尋ねたら、誤った答えが返って来るでしょう。東方の賢者は高価な贈り物を持ってきましたが、その中に答えはありませんでした。何だか暗いことを申しましたが、ここで述べた言明は、後にはっきりと光り輝くことになるのです。ジムはオーバーのポケットから包みを取り出すと、テーブルに投げ出しました。
「ねえデラ、僕のことを勘違いしないで。髪型とか肌剃とかシャンプーとか、そんなもので僕のかわいい女の子を嫌いになったりするもんか。でも、その包みを開けたら、はじめのうちしばらく、どうして僕があんな風だったかわかると思うよ」
白い指がすばやく紐をちぎり紙を破りました。そして歓喜の叫びが上がり、それから、ああ、ヒステリックな涙と嘆きへと女性らしくすぐさま変わっていったのです。いそいで、そのアパートの主人が必死になって慰めなければなりませんでした。包みの中には櫛(くし)が入っていたのです―― セットになった櫛で、横
と後ろに刺すようになっているものでした。その櫛のセットは、デラがブロードウェイのお店の窓で、長い間あがめんばかりに思っていたものでした。美しい櫛、ピュアな亀甲でできていて、宝石で縁取りがしてあって―― 売ってなくなった美しい髪にぴったりでした。その櫛が高価だということをデラは知っていました。ですから、心のうちでは、その櫛がただもう欲しくて欲しくてたまらなかったのですけれど、実際に手に入るなんていう望みはちっとも抱いていなかったのです。そして、いま、この櫛が自分のものになったのです。けれども、この髪飾りによって飾られるべき髪の方がすでになくなっていたのでした。しかし、デラは櫛を胸に抱きました。そしてやっとの思いで涙で濡れた目をあげ、微笑んでこう言うことができました。
「わたしの髪はね、とっても早く伸びるのよ、ジム!」そしてデラは火で焼かれた小猫のようにジャンプして声をあげました。「きゃっ、そうだ!」自分がもらう美しい贈り物をジムはまだ見ていないのです。デラは手のひらに贈り物を乗せ、ジムに思いを込めて差し出しました。貴金属の鈍い光は、デラの輝くばかりの熱心な気持ちを反射しているかのようでした。
「ねえ素敵じゃない? 町中を探して見つけたのよ。あなたの時計にこの鎖をつけたら、一日に百回でも時間を調べたくなるわよ。時計、貸してよ。この鎖をつけたらどんな風になるか見たいの」
デラのこの言葉には従わず、ジムは椅子にどさりと腰を下ろし、両手を首の後ろに組んでにっこりと微笑みました。
「ねえデラ。僕達のクリスマスプレゼントは、しばらくの間、どこかにしまっておくことにしようよ。いますぐ使うには上等すぎるよ。櫛を買うお金を作るために、僕は時計を売っちゃったのさ。さあ、チョップを火にかけてくれよ」
東方の賢者は、ご存知のように、賢い人たちでした―― すばらしく賢い人たちだったんです――飼葉桶の中にいる御子に贈り物を運んできたのです。東方の賢者がクリスマスプレゼントを贈る、という習慣を考え出したのですね。彼らは賢明な人たちでしたから、もちろん贈り物も賢明なものでした。たぶん贈り物がだぶったりしたときには、別の品と交換をすることができる特典もあったでしょうね。さて、わたくしはこれまで、つたないながらも、アパートに住む二人の愚かな子供たちに起こった、平凡な物語をお話してまいりました。二人は愚かなことに、家の最もすばらしい宝物を互いのために台無しにしてしまったのです。しかしながら、今日の賢者たちへの最後の言葉として、こう言わせていただきましょう。贈り物をするすべての人の中で、この二人が最も賢明だったのです。贈り物をやりとりするすべての人の中で、この二人のような人たちこそ、最も賢い人たちなのです。世界中のどこであっても、このような人たちが最高の賢者なのです。彼らこそ、本当の、東方の賢者なのです。
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Merry Christmas to you!

2015年12月24日

#14 サンタクロースはいるか?

 クリスマスが近づいてきました。クリスマスの意味については後日述べることにして、今日は世界で最も有名な社説を紹介します。下記のブログより引用しています。かなりの長文ですが、お読みください。
http://blogs.yahoo.co.jp/porche964_rs/20440344.html

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1897年9月21日 ニューヨーク・サン新聞「社説」より

ニューヨーク・サン新聞社に、このたび、次のような手紙が届きました。
さっそく、社説でとりあげて、 おへんじしたいと思います。

この手紙の差出人が、こんなにたいせつな質問をするほど、わたしたちを信頼してくださったことを記者一同、たいへんうれしく思っております。


きしゃさま
あたしは、八つです。 あたしの友だちに、「サンタクロースなんていないんだ。」っていっている子がいます。パパにきいてみたら、 「サンしんぶんに、といあわせてごらん。しんぶんしゃで、サンタクロースがいるというなら、そりゃもう、たしかにいるんだろうよ。」と、いいました。だから、おねがいです。おしえてください。サンタクロースって ほんとうにいるんですか?

バージニア=オハンロン
ニューヨーク市西九五丁目一一五番地


バージニア、おこたえします。サンタクロースなんていないんだという、あなたのお友だちは、まちがっています。きっと、その子の心には、いまはやりの、なんでもうたがってかかる、うたぐりやこんじょうというものがしみこんでいるのでしょう。うたぐりやは、目にみえるものしか信じません。うたぐりやは、心のせまい人たちです。心がせまいために、よくわからないことが、たくさんあるのです。それなのに、じぶんのわからないことは、みんなうそだときめているのです。
けれども、人間が頭で考えられることなんて、おとなのばあいでも、子どものばあいでも、もともとたいそうかぎられているものなんですよ。わたしたちのすんでいる、このかぎりなくひろい宇宙では、人間のちえは、一ぴきの虫のように、そう、それこそ、ありのように、ちいさいのです。そのひろく、またふかい世界をおしはかるには、世の中のことすべてをりかいし、すべてをしることのできるような、大きな、ふかいちえがひつようなのです。
そうです。バージニア。サンタクロースがいるというのは、けっしてうそではありません。この世の中に、愛や、人へのおもいやりや、まごころがあるのとおなじように、サンタクロースもたしかにいるのです。あなたにも、わかっているでしょう。世界にみちあふれている愛やまごころこそ、あなたのまいにちの生活を、うつくしく、たのしくしているものなのだということを。もしもサンタクロースがいなかったら、この世の中は、どんなにくらく、さびしいことでしょう! あなたのようにかわいらしい子どものいない世界が、かんがえられないのとおなじように、サンタクロースのいない世界なんて、そうぞうもできません。サンタクロースがいなければ、人生のくるしみをやわらげてくれる、子どもらしい信頼も、詩も、ロマンスも、なくなってしまうでしょうし、わたしたち人間のあじわうよろこびは、ただ目にみえるもの、手でさわるもの、かんじるものだけになってしまうでしょう。また、子どもじだいに世界にみちあふれている光も、きえてしまうことでしょう。

サンタクロースがいない、ですって!

サンタクロースが信じられないというのは、妖精が信じられないのとおなじです。 ためしに、クリスマス・イブに、パパにたのんでたんていをやとって、ニューヨークじゅうのえんとつをみはってもらったらどうでしょうか?ひょっとすると、サンタクロースを、つかまえることができるかもしれませんよ。しかし、たとい、えんとつからおりてくるサンタクロースのすがたがみえないとしても、それがなんのしょうこになるのです?サンタクロースをみた人は、いません。けれども、それは、サンタクロースがいないというしょうめいにはならないのです。この世界でいちばんたしかなこと、それは、子どもの目にも、おとなの目にも、みえないものなのですから。バージニア、あなたは、妖精がしばふでおどっているのを、みたことがありますか?もちろん、ないでしょう。だからといって、妖精なんて、ありもしないでたらめだなんてことにはなりません。
この世の中にあるみえないもの、みることができないものが、なにからなにまで、人があたまのなかでつくりだし、そうぞうしたものだなどということは、けっしてないのです。
あかちゃんのがらがらをぶんかいして、どうして音がでるのか、なかのしくみをしらべることはできます。けれども、目にみえない世界をおおいかくしているまくは、どんな力のつよい人にも、いいえ、世界じゅうの力もちがよってたかっても、ひきさくことはできません。ただ、信頼と想像力と詩と愛とロマンスだけが、そのカーテンをいっときひきのけて、まくのむこうの、たとえようもなくうつくしく、かがやかしいものを、みせてくれるのです。そのようにうつくしく、かがやかしいもの、それは、人間のつくったでたらめでしょうか?いいえ、バージニア、それほどたしかな、それほどかわらないものは、この世には、ほかにないのですよ。

サンタクロースがいない、ですって?

とんでもない!うれしいことに、サンタクロースはちゃんといます。それどころか、いつまでもしなないでしょう。一千年のちまでも、百万年のちまでも、サンタクロースは、子どもたちの心を、いまとかわらず、よろこばせてくれることでしょう。

                            フランシス=P=チャーチ

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この心あたたまる社説は、以後50年間サン紙がなくなるまで、毎年クリスマスになると同紙に掲載され、世界中の新聞雑誌にも幾度となくとりあげられてきました。
この社説を書いたフランシス=P=チャーチ氏(1839-1906)は、当時の編集長の回想録によると、「人間生活のあらゆる面について、深い洞察力とするどい感受性をそなえた人物だった」そうです。
社説を書く要因となった、ニューヨーク・サン紙に手紙を送った女の子、バージニア=オハンロンは、やがて教職につき、引退する前の3年間はブルックリンの公立学校の副校長を務めました。バージニアは、1971年81歳で亡くなりましたが、このときニューヨーク・タイムズ紙は「サンタの友達バージニア」という記事を掲載して、彼女を”アメリカのジャーナリズムにおいて、もっとも有名な社説が書かれるきっかけとなった、かつての少女”と評したということです。
そう、これは、ひとりの少女とひとりの記者との永遠に語り継がれるべきおはなし・・・
おとなたちが、こどもに対してなにを伝えなければならないのかを問いかける、ひとつのおはなし・・・
あなたは、こどもの問いかけに、どう答えていますか?
「ねえ、サンタクロースって、ほんとうにいるの?」
この Yes,Virginia,there is a Santa Claus というフレーズは、現在では「信じられない事かもしれないが、それは確かに存在しているのだ」という意味で使われるようになっているそうです

★ サンタクロースの本籍地

1927年のフィンランドのラジオのクリスマス番組が「サンタロースはラップランドの奥深く、コルヴァ・トゥントゥリ山に、小人さんたちやトナカイたちと住んでいます。」と放送しました。現在ではこれがサンタクロースの”本籍地”と考えられるようになっています。

◇◇◇◇


★ トナカイたちの名前

サンタクロースは、トナカイ8頭立てのソリに乗って、世界中の子供たちにプレゼントを配るために飛びまわっています。
さて、その8頭のトナカイの名前は・・・
ダッシャー、ダンサー、プランサー、ビクスン、コメット、キューピッド、ダンダー、
ブリッツェン・・・というそうです。

知ってましたか?(^_^;)

(引用終わり)
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 12月24日はクリスマスイブです。世界中をサンタクロースが飛び回り、子ども達にプレゼントを渡します。


2015年12月22日

#13 ささやかな試算

 昨晩(12/20)午後7時のNHKニュースで以前このブログで紹介しました「子どもの貧困対策センター」の活動を取り上げていました。理事の半分が大学生で、寄付金で運営されている財団法人です。学生や子供たちが中心となって子供の貧困対策に立ち上がっています。
 ところで政府が子供の貧困対策に「子供の未来応援基金」を設置して民間からの寄付を呼びかけていますが、10月末で集まった寄付金がわずか160万円とか。私が当惑しているのはなぜ議員(国会、地方議会)が率先して寄付活動を行わないのか、ということです。ここで簡単な試算をしてみます。議員の種類により歳費が異なりますので、寄付金額を次のように一律に設定してみます。
国会議員   1人当たり1万円(717人)
都道府県議員 1人当たり5千円(2708人)
市区町村議員 1人当たり3千円(34201人) *議員定数は2009年当時のものです。
この人数で寄付金を計算すると、ひと月に123,313,000円(1億2千3百31万円)、年間では1,479,756,000円(14億7千9百75万円)となります。市民の代表、国民の代表が率先して寄付を行えば、これだけのお金が集まり、子どもの貧困対策に使うことができます。議員の方で、どなたかこの発案を実行してくださる人はいませんか。まずは「隗より始めよ」(物事はまず言い出した者が着手すべきである)です。

2015年12月21日

#12 これでいいのか?

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 毎日実家から当塾まで天気の良い日には自転車で移動していますが、その途中にお寺があり、その掲示板に標語が貼ってあります。およそひと月ごとに変わりますが、今貼ってある標語が写真のものです。文字が小さいので引用します。(ブログのタイトル「ひつじの独り言」をクリックすると写真がご覧いただけます。)
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  老いが 病いが 死が
  私の生を問いかけているのです
  「これでいいのか?」と      二階堂行邦
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 確かに至言です。人生が順調に言っている場合にはあまり意識しませんが、入試や就職、結婚、離婚、病気、老いなど人生の節目に差し迫った時に「これでいいのか?」と聞こえてきます。聞こえてくる人は幸いです。今までの生き方を反省し、後の人生をより良く生きていけます。自分の生き様を振り返り、「これでいいのか?」と絶えず自分に問いかけていきたいものです。

2015年12月14日

#11 西日本新聞の追加記事について

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 12月5日付けの西日本新聞(筑後版)に当塾の追加記事が載りましたので、少し説明したいと思います。記事の写真を載せましたが、画像が小さいので本文を引用します。
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(12/5西日本新聞筑後版コラム「はぜの実」より)
 「教員がきちんとしないと教育はよくならない」。元高校教員の西尾和展さん(58)は取材に対し、熱い思いを訴えた。数年後に控えていた定年を前に高校を依願退職し、大牟田市内に世帯年収約200万円以下の家庭の子どもは無料で英語が学べる学習塾を開いた。▼運営資金には退職金と貯金を充てている。正直、将来への不安はなかったのか聴くと、西尾さんは「怖くはなかった。お金は自分に使うのが楽だが、どんな使い方をするのが一番大事」と話した。思わずメモを取る手が止まった。記事には載らなかったコメントだが、今でもその意味を考える▼貧困家庭の子どもの割合が他の地域に比べて高いとされる九州。貧困の連鎖を断ち切るためにも無料学習塾の拡充は欠かせない。社会で支える仕組みを考えたい
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 上記の記事で追加説明したいことがあります。記事の冒頭の前に「親はこの鑑である」が紙面の都合上省略されています。「どのような環境におかれても、親が自分の真摯な生き方を子供に見せる」ことで、子どもは育っていきます。反対に親がいい加減な言動や生き方をすれば、自ずと子どもに悪影響を与えます。昔の人は自分の生き様を見せることで子どもを教育していました。その意味では本当に偉かったと思います。翻って現代の大人はどうでしょうか。若い世代や子供たちに胸を張って生きていると言えるでしょうか。
 なお記事の冒頭ですが、多くの先生方は本当に一生懸命生徒を教え、指導しています。特に多くの高校では7:40より朝補習が始まり、終礼が終わるのが16:00過ぎになります。その後部活動の指導や生徒面接、居残り指導、放課後の課外授業などで放課後の時間を過ごし、自分の授業の準備に取り掛かるのが早くても18:00以降になります。おそらく学校を出る時間が20:00を過ぎる先生方もたくさんいらっしゃるでしょう。
 ところが一生懸命頑張る先生がいらっしゃる一方で、そうではない教員がいることがよく耳に入ってきます。実際当塾に参加している子供達から耳にします。中には学級崩壊状態のクラスもあるようです。そこで記事の冒頭にありますように「教員がきちんとしないと教育はよくならない」ということです。家庭の中心は親です。親がきちんとしないと子供は育ちません。同様に教員(当然学校全体)がきちんとしないと生徒が育たないのです。もし生徒が荒れているクラスや学年、学校があれば、一度教員全体で現状を考え、自分達に落ち度がなかったか考える必要があるのではないでしょうか。「教育は国家百年の計」と言われます。子供が育たないと国が亡ぶのです。そのために教育は労働ではなく聖職です。
 なお記事に運営資金のことが書かれていましたが、正直言いまして金銭的には将来が不安です。ただ現在自分ができることを行わなければ将来もっと後悔することになります。一流企業が倒産する時代です。いくらお金があっても将来何が起こるか誰にも分かりません。私は今世教員人生を歩んできましたので、人生の集大成として現在の活動をしているだけです。「情けは人のためならず」と申しますが、その意味でも活動を始めた次第です。

2015年12月10日

#10 御礼申し上げます

 12月1日の西日本新聞(社会面)に当塾の記事が載り、多くの問い合わせや激励のお電話をいただきました。また当塾の設立趣旨に賛同して文具や寄付金を送って下さった方もいらっしゃいました。本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。
 今回の記事による様々な反響で、人の心の温かさを改めて感じることができました。自分の道楽で始めた学習塾ニコラですが、初心を忘れずに着実に活動を広げていきたいと思っております。またこの場をお借りして一言申し上げたいと思います。皆様の御支援はお気持ちだけで十分です。私には10年間活動できる資金が手元にありますので、物質的なご支援は他の緊急に支援しなければならない団体等になさってください。ご支援くださった皆様に重ねて御礼申し上げます。有難うございました。

2015年12月07日

#9 世の中は狭い・・・西日本新聞記事掲載の経緯(2)

 前回のブログの続きです。新聞記事にありますように、生活困窮家庭の子供たちには無料で学習に参加してもらっていますが、当塾は様々な世代の方に来ていただけるように努めていきます。本日の記事をお読みになった60代や70代の方から参加したいとの連絡を受けました。ありがたいことです。また福岡から子どもを通わせたいというお電話もいただきました。本当にありがたいことです。おそらく各地に無料で教えてくれる塾があると思われますので、各市町村の役場や社会福祉協議会などに問い合わせしていただければ、活動している団体を紹介していただけるかもしれません。
 なお記事の最後に教育格差をなくすために無料塾を支援する仕組みが必要だ」と書いて頂いていますが、より詳しく説明すると、「教育に対する国の仕組み」を変えていきたいと思っています。国は子供の貧困対策にようやく重い腰を上げ始めましたが、まだまだ不十分だと思います。それではどのように仕組みを変えていくか。後日このブログで私見を述べてみたいと思います。

 

2015年12月01日

#8 世の中は狭い・・・西日本新聞記事掲載の経緯(1)

 新着情報欄にも載せましたが、本日西日本新聞社会面に当塾が紹介されました。紙面の都合上、詳細な経緯は書かれていませんが、次のような事がありました。
 現在大分大学で教えている大学時代の友人に無料学習塾を始める連絡をしたところ、彼がフェイスブックに当塾のことを載せたそうです。私はフェイスブックをしませんので、その事を知らなかったのですが、10日ほど前に西日本新聞社の記者の方から電話があり、取材をしたいとの事でしたが、開塾したばかりなので、その時私は取材を断りました。
 しかし電話で話していくうちに私の友人の教え子であることが分かり、けっきょく取材に応じることにしました。(私の方から新聞社に売り込んだ訳ではないので、どうぞ御理解下さい。)
 新聞記事のタイトルにはには無料英語塾と書かれてありますが、当塾の正式名称は「無料学習塾ニコラ」です。なぜ「ニコラ」と名付けたのかは後日説明いたします。当塾を企画した時は国語・数学・英語の3教科の講座を考えていたのですが、志を同じくする大牟田市社会福祉協議会が今年8月から実施しています学習支援事業(私もボランティアとして参加しています。)で参加している生徒たちに数学や国語の指導をしていますので、当塾は当面英語に特化した学習塾と位置づけしています。なお大牟田市内の方で社会福祉協議会の学習支援活動に興味のある方(生徒の学習活動への参加、または学習支援ボランティア希望者)は当協議会へ連絡してください。(続く)

2015年12月01日

#7 日本の教育支出最下位!

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11月25日付の西日本新聞に上記タイトルの記事が載っていました。その記事によるとOECD(経済協力開発機構)の2012年の調査で日本が加盟国32カ国中最下位だったということです。また教員給与も減少していることが述べられています。「教育は国家百年の計」と言われますが、国の将来を背負う子どもを育成せずに国家の隆盛は絶対ありません。その点、幕末や明治維新で活躍した教育者は本当に偉かったと思います。あの時代に様々な分野で偉人が傑出したのは江戸時代の寺子屋制度が国中に広まっていたからであり、国民の教育力の高さが当時の日本を植民地にしようする海外勢力から救ったのです。さて現代の日本はどうでしょうか?国会議員から地方の市町村の議員まで、本当に国のことを憂いている議員がはたして何人いるでしょうか。なさけない世の中になったものです。この記事の詳細は下記のアドレスにアクセスください。

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/lifestyle/article/209042


2015年11月29日

#6 子どもの貧困対策センター あすのば

 先日の日曜日(11/22)に友人の紹介で福岡市で開催された一般財団法人「あすのば」の交流会に参加しました。私も最近知ったのですが、この財団は子どもの貧困対策のために今年の6月に設立された一般財団法人だそうです。
 交流会では様々なNPOの関係者や一般市民、新聞記者など数十人が集まって生活困窮家庭の実情や問題点などを話し合いました。「あすのば」は企業や一般の市民などからの寄付金で運営されています。このような活動を通して生活困窮家庭の子供たちが夢や希望を持ち、将来の道を切り開いて行けるように支援したいものです。「あすのば」に興味がある方は次ののサイトにアクセスしてみてください。

http//www.usnova.org

 

2015年11月25日

#5 九州の子ども2割が貧困!?(続き)

 前回のブログで「九州の子ども2割が貧困」という西日本新聞の記事を引用しましたが、特にここ数年経済格差のさらなる拡大に伴い親から子への貧困の連鎖もより深刻になっています。それが教育の格差にも大きな影響を与えています。そのような社会状況を憂いて全国各地で有志のボランティアによる学習支援活動や無料学習塾がおこなわれています。ただ現状では多くが個別に活動しており、貧困家庭の子供たちのために、手をつないで行動するまでには行かない状況です。このような状況を少しでも打開して行きたいと思っています。

 

2015年11月17日

#4 九州の子ども2割が貧困!?

DSC01602

 少し前の西日本新聞に上記の見出しがありましたのでデータ写真を載せています。写真を表示するには「ひつじの独り言」をクリックしてください。なお写真が小さいので詳細は下記のアドレスを参考にしてください。
 この記事によると九州の子どもの2割が貧困で、福岡県が23.0%、鹿児島県が21.3%と続いています。全国平均が15.6%なので九州の貧困率の深刻さが分かります。厚労省が定義している貧困は平均的な年収の半分(4人世帯で224万円)を下回る世帯ということです。
福岡県では福岡市などの都市部よりも大牟田や田川などの郡部が貧困率が高いと思われます。関係者の話では大牟田市内に約200名の貧困世帯の子どもたちがいるそうです。
「教育は国家百年の計」と言われます。子どもの貧困対策として政府もようやく重い腰を上げましたが、あくまでも活動資金は民間の寄付を当てにしているようですが、果たして国の姿勢がこれでよいのか先が思いやられます・・・(続く)

参考記事: hppt://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/205101

 

2015年11月15日

#3 開塾から1週間経ちました

 先週の水曜日に開塾して1週間経ちました。当塾のホームページアクセス数も150に達しました。特に宣伝していませんが、全国から(海外から?)当塾に関心を持って頂き感謝しております。このブログもできれば週1~2回更新していきたいと思っております。

 塾生は現在中学3年生と高校2年生数名が参加しています。当塾で学ぶ目的は生徒によって異なりますが、教えることによって学ぶことが沢山あります。お互い切磋琢磨し合って行きたいと思っています。

 

2015年11月11日

#2 明日開塾します

ようやく塾の準備が完了しました。特に時間がかかったのがホームページの作成です。ワープロや表計算とは異なり、ネットワークなど別の知識が必要で、それを理解しながらHP作成の手順を理解するのに結構時間がかかりました。なんとかブログでメッセージを伝えることができ、一応ほっとしています。

 

2015年11月03日

#1 ブログ始めました

10月11日に当塾サイトを公開しました。11月4日に開塾します。興味のある方や入塾希望者は一度連絡してください。お待ちしています。
2015年10月11日