#368 ひきこもりの漱石

 今日は朝から断続的に雨が降っています。春先は天気が安定せず、数日おきに天気が悪くなり、さらに気温も安定せず、気温の高低を繰り返します。そして桜前線と共に本格的に春めいた気候となります。
 さて、本日は文豪夏目漱石のロンドン留学時代のことに触れてみたいと思います。皆さんもご存じのように漱石は英語の教師でもあり、のちに作家として成功した人物です。漱石は文部省より英語教育法研究のため(英文学の研究ではない)英国留学を命じられ、ロンドンで数年間過ごしますが、大学の授業に参加することなく下宿の部屋にこもり読書にふける毎日を過ごしました。今で言う「引きこもり」です。これには様々な理由がありますが、最大の原因は漱石の英語が現地で通じなかったことが挙げられます。
 確かに漱石は英文を読みこなす力はありましたが英語によるコミュニケーション能力はあまりありませんでした。明治時代の英語教育は蘭学の続きで、欧米の先進諸国から情報を入手することが第一で、コミュニケーションに重きを置いていませんでした。ちなみにsometimes を「ソメチメス」と発音していた時代です。当時日本国内の外人講師の人数は非情に限られており、ネイティブの英語に接する機会はほとんどありませんでしたので、漱石の英語コミュニケーション能力が低かったことは想像に難くはありません。「失敗図鑑」(文響社)の夏目漱石の項目によると、次のような文章があります。
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・・・・・・長旅の末、たどり着いたロンドン。しかし、辛い現実が待っていました。ロンドンの町は空気が汚すぎて、のどがおかしくなる。でも、そんな町を歩く人たちは皆背が高く、美しい顔立ちの人ばかり。めずらしく小さくて汚い男がいると思ったら、鏡に写った自分だった。・・・・・・知らない町で、話が通じない人に囲まれて暮らす。もともと悩みがちだった漱石の心は落ち込み、やがて外に出るのも嫌になり、ついには部屋から一歩も出なくなってしまいます。。そうなのです漱石はロンドンの町で今で言う「ひきこもり」になってしまったのです。・・・・・・
(「失敗図鑑」文響社p.41より引用)
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 上記に「ロンドンの空気は汚い」とありますが、「霧のロンドン」という表現がありますが、19世紀当時は暖房に質の悪い石炭を用いたために各家庭から煙が出て、それがロンドン中の霧につながっています。げんざいでは真冬でも霧が出ることはありません。
 夏目漱石でさえも「ひきこもり」を経験しています。下宿部屋で読書に浸った彼は名作「倫敦塔」を後に執筆します。そして倫敦留学を通して人の心を扱う代表作「こころ」を著わします。もしロンドン時代の「ひきこもり」がなければ漱石は日本を代表する作家になることができたか疑問です。「ひきこもり」=「内向き」と考えれば、自分自身を深く見つめることができます。
 一般的に「ひきこもり」をマイナスに考える人が多いですが、大きく飛躍するためには身体を縮めて力をため込む必要があります。「ひきこもり」を力を蓄積する期間と考えますと、現在引きこもりで悩んでいる人達にも光明があります。夢を実現させるためには様々な障害を乗り越え、努力の末に獲得できるものです。ある意味で「ひきこもり」は重要な時期だと言えます。

2021年03月07日