#618 小林一茶
今日は11月30日です。月日の経つのはまさに「光陰矢の如し」で、今年も残りひと月となりました。師走も何となく慌ただしく日々を過ごすことで、また新年を迎えるような気がします。幼い頃は時間がゆっくり過ぎ去りましたが、社会に出て慌ただしく過ごすようになると、時間があっという間に過ぎていきます。定年過ぎて老年の域に達することには数年間がまるで数週間のように感じます。本当に「歳月人を待たず」です。人生は長いようで、あっという間に終わってしまいます。後悔しないような生き方をしたいものです。
さて私は俳句を詠むような高尚な趣味は持ち合わせていませんが、江戸時代の三大俳人、松尾芭蕉、与謝蕪村、小林一茶の名前は知っています。特に小林一茶の「雀の子そこのけそこのけ御馬が通る」は誰でも知っている有名な俳句です。
この一茶ですが、多くの俳句を通して庶民的な生活の感覚を表現しています。しかし、一茶の一生は波乱万丈の一生であったことを知っている人は多くないと思います。本日は彼の生涯を紹介します。下記は一茶記念館のHPからのより引用です。
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『俳人小林一茶の生涯』
小林一茶は、1763(宝暦13)年、長野県の北部、北国街道柏原宿(現信濃町)の農家に生まれ、本名を弥太郎といいました。3歳のとき母がなくなり、8歳で新しい母をむかえました。働き者の義母になじめなった一茶は、15歳の春、江戸に奉公に出されました。奉公先を点々とかえながら、20歳を過ぎたころには、俳句の道をめざすようになりました。
一茶は、葛飾派三世の溝口素丸、二六庵小林竹阿、今日庵森田元夢らに師事して俳句を学びました。初め、い橋・菊明・亜堂ともなのりましたが、一茶の俳号を用いるようになりました。
29歳で、14年ぶりにふるさとに帰った一茶は、後に「寛政三年紀行」を書きました。30歳から36歳まで、関西・四国・九州の俳句修行の旅に明け暮れ、ここで知り合った俳人と交流した作品は、句集「たびしうゐ」「さらば笠」として出版しました。
一茶は、39歳のときふるさとに帰って父の看病をしました。父は、一茶と弟で田畑・家屋敷を半分ずつ分けるようにと遺言を残して、1か月ほどで亡くなってしまいました。このときの様子が、「父の終焉日記」にまとめられています。この後、一茶がふるさとに永住するまで、10年以上にわたって、継母・弟との財産争いが続きました。
一茶は、江戸蔵前の札差夏目成美の句会に入って指導をうける一方、房総の知人・門人を訪ねて俳句を指導し生計をたてました。貧乏と隣り合わせのくらしでしたが、俳人としての一茶の評価は高まっていきました。
50歳の冬、一茶はふるさとに帰りました。借家住まいをして遺産交渉を重ね、翌年ようやく和解しました。52歳で、28歳のきくを妻に迎え、長男千太郎、長女さと、次男石太郎、三男金三郎と、次々に子どもが生まれましたが、いずれも幼くして亡くなり、妻きくも37歳の若さで亡くなってしまいました。一茶はひとりぽっちになりましたが、再々婚し、一茶の没後、妻やをとの間に次女やたが生まれました。
家庭的にはめぐまれませんでしたが、北信濃の門人を訪ねて俳句指導や出版活動を行い、句日記「七番日記」「八番日記」「文政句帖」、句文集「おらが春」などをあらわし、2万句にもおよぶ俳句を残しています。
1827(文政10)年閏6月1日、柏原宿の大半を焼く大火に遭遇し、母屋を失った一茶は、焼け残りの土蔵に移り住みました。この年の11月19日、65歳の生涯をとじました。
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幼いころから苦労を重ねた一茶は妻や子供と縁がなく、何度も子供との死別の不幸を経験しています。そして最後の子どもが生まれる前に息を引き取っています。このような不幸な人生を経ても、なお心温まる俳句を次々に詠んだことは尊敬に値します。悲しみを乗り越えて人生の貴さを俳句に込めて人生を見つめていく姿に敬意を表したいと思います。
一茶に限らず、歴史に名を残した多くの人たちは人生の大きな障害を乗り越え、それぞれの分野で優れた業績を残しています。言いかえれば、障害を乗り越える強い意志があればこそ名を残すことができたと言えるでしょう。人は誰でも生きていく間に様々な困難な出来事に遭遇します。その際にどのように課題に対処するかで、その後の人生の歩み方が変わってきます。シューベルツの楽曲「風」の中にあるように
♪ちょっぴりさみしくて振り返っても
そこにはただ風が吹いているだけ
人は誰も人生につまずいて
人は誰も夢破れふり返る
このような心境は年齢にかかわらず誰でも経験することです。その経験から何を学ぶかが大切です。明日から12月が始まります。寒い季節に耐えることで、春の訪れを楽しみに待つことができます。また冬には冬の楽しみもあります。人生の晩年の季節もまた然りです。