#334 七つの善行

 今日は11月29日、11月最後の日曜日です。今日は朝から寒く、天気予報によると最高気温が13度しかならないそうです。晩秋というにはほど遠く、季節は初冬の装いを見せています。
 2020年は新型コロナウィルスに始まり、寒い季節を迎え日本でも現在猛威を振るい始めています。これは一人ひとりの問題であるとともに、社会ならびに国家総動員で対処すべき大きな国難と言えるものです。皮肉にも今年のインフルエンザは今日現在では予想されているほど流行していないようです。インフルだけでもおとなしくしてもらいたいものです。
 さて最近出会った本の中に味わいのあるものを見つけましたので、ここにご紹介します。仏教の逸話が面白く書かれてあり、その内容は現代の生活にも充分適応できるものです。
----------
『今すぐ、この場でできる「七つの善行」』
 お釈迦さまの教えに感銘を受け、その活動を支援していた、スダッタ長者という富豪がいました。この長者の息子の妻は玉耶(ぎょくや)といい、世にもまれな美しい姫でした。
 しかしこの玉耶姫、あまりの美貌にうぬぼれて一切働かず、好きなときに起き、日中はお化粧と買い物と、わがまま勝手な生活をしていました。
 スダッタ長者は困り果て、お釈迦さまにおすがりすると、お釈迦さまは「わかりました。明後日、伺いましょう」とおっしゃいました。
 スダッタは、使用人を集めて、言いました。
 「明後日、お釈迦さまとお弟子たちがこの屋敷にいらっしゃる。その準備をしてくれ。ただし、玉耶にだけは悟られないように。」
 使用人たちは、気づかれないようにお釈迦さまたちのお出迎えの準備をしたのですが、何かあると感じ取った玉耶は、新米の使用人に尋ねたのです。
 「さっきから忙しそうね。私もお父様から手伝うように言われたわ。いらっしゃるお客様は、確かえーっと……」
 「はい、なんでも明日、お釈迦さまという方がいらっしゃるそうで」
 玉耶はピンをきました。
 「お釈迦さまがいらっしゃる?そんなの聞いていないわ。きっと私のことが手にあまって、説教でも聞かせるつもりね。……よし、明日は自分の部屋から一歩も出るもんか。私が出てこなければ、お釈迦様の手前さぞかし困るでしょうね」
と、部屋に引きこもってしまいました。
 翌日、お釈迦さまをお迎えするために、屋敷の者は朝から大忙しでした。その中で長者だけが、ハラハラしながら玉耶の行方を探していました。
 「玉耶よ、いるのか、出てこないか」と部屋の扉を叩きますが、返事がありません。困り果てているところへ、お釈迦さま御一行が到着されました。
 「まことに申し訳ございません。実は、玉耶が部屋から出てこないのです」
 長者が事情をお釈迦さまに申し上げると、
 「わかった。私に任せなさい」
 とおっしゃって、お釈迦さまは神通力で、長者の屋敷を透き通るガラスの家に変えてしまわれたのです。
 部屋の押し入れの中に隠れていた玉耶は、あたりが急に明るくなったのに気がつき、顔を上げて驚きました。なんと、壁という壁、一切が透けて、家中の様子がありありと見えるではありませんか。隠れている自分の姿も丸見えで、屋敷の者たちは、不思議そうに自分を見つめています。
 これでは、へそを曲げて閉じこもっていることが丸わかりです。恥ずかしさのあまり、部屋を飛び出し、お釈迦さまの前にひざまずきました。
 「お釈迦さま、ひどいんです。お父様ったら意地悪して、私にお釈迦さまがいらっしゃることを教えてくださらなかったんです」
 そんな玉耶に、お釈迦さまはこう諭されました。
 「玉耶よ。どれほど顔や姿が美しくとも、心の汚れている者は醜いのですよ。それよりも心の美しい者になって、誰からも慕われることこそが、大切とは思わぬか」
 「心が美しい人になる……」
 玉耶は、初めて自分の悪態の限りが知らされ、このままではいけないと思いながらも、認めることも改めることもできずに、自分の殻に閉じこもっていたことが知らされました。
 お釈迦さまの前に立つと、そんな自分の心のすべてを最初からご存じだったように思え、固く閉ざしていた心がひとりでに開き、不思議と素直な気持ちになりました。
 「玉耶よ、すべては、お前の日々の心がけ次第なのです」
 「私に何ができるのでしょうか」
 「まず、家族や使用人に、常に微笑みをたたえた笑顔で接しなさい。優しいまなざしで向き合いなさい。そして、ねぎらいと感謝の言葉を忘れずに伝えなさい。これならできるだろう」
 優しい微笑みやまなざし、これらは「無財の七施」(むざいのしちせ)といわれます。お金や物、人より秀でた才能や能力がなくても、思いやりの心さえあれば誰にでもできる七つの施しです。

和顔施(わげんせ)・・・微笑みで接すること
眼施(げんせ)・・・優しいまなざしを施すこと
言辞施(こんじせ)・・・優しい言葉やねぎらいの言葉を伝えること
身施(しんせ)・・・人の荷物を持ったり、手伝ったり、身体を使って相手を
          助けること。
心施(しんせ)・・・形だけでなく、思いやりの心を込めて接すること
床座施(しょうざせ)・・・場所や順番を「お先にどうぞ」と譲ること
房舎施(ぼうしゃせ)・・・困っている人に自分の家を宿として提供すること

笑顔をたたえ、優しいまなざしで、分け隔てなく人に接しなさい。
常にねぎらいと感謝の言葉を心がけなさい。
自ら進んで、人を助けなさい。
人とぶつかったら、なるべく譲ってあげなさい。

お釈迦さまはこれらのことを、玉耶に説かれたのでした。
美しい姿はやがて衰える。けれど心の美しさは衰えることなく、自分も周囲もいつまでも幸せにする。このお釈迦さまの教えに目を開かされた玉耶は、皆から好かれる存在にないたいと願い、教えを素直に実践したといわれます。
(岡本一志著:『心が「スーッ」と晴れるほとけさまが伝えたかったこと』三笠書房
----------
 お釈迦さまは極めて常識的なことを仰っています。お釈迦さま(ゴータマ・シッタルダ)はおよそ2600年前に生きた人ですが、その教えは現代でも充分通用すような内容です。上記の逸話は現代に生きる私たちにとっても当てはまることばかりです。特に新型コロナの影響でギスギスしている世の中で必要な「無財の七施」です。」いかにお釈迦さまの教えが時代を超えて生き続けているか、ということを示しています。

2020年11月29日