#637 ビリギャルのその後
来週には早くも令和8年度の1学期が始まります。4月7日が始業式、8日が入学式を行う小中学校・高校が多いのではないでしょうか。学び舎にまた活気が戻ってきます。校舎内で一日中生徒の元気な声が響くことでしょう。
さてビリギャルという言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」です。著者は坪田信貴さんで、個人塾を運営されています。このビリギャルは映画にもなり、主人公の小林さやかさんは中高一貫校に在学中の高校2年の夏、母の勧めで学習塾の面談へ赴いて坪田信貴と出会い、坪田の懇切丁寧な指導で猛勉強に励んで1年半で偏差値が40上昇した結果、慶應義塾大学総合政策学部・関西学院大学・明治大学への現役合格を果たしました。(以上ウィキペディアより)この小林さんの手記がありますので紹介いたします。
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『死ぬ気で頑張った経験は一生の宝物になる』小林さやか
私がモデルとなり、累計百万部を突破した「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に合格した話」の出版から早十余年。出版や講演を通して、いまも変わらずビリギャルとして活動させていただいています。これらもビリギャルの著者である坪田信貴先生との出会いから始まったことを思うと、感謝してもし切れません。
地元・名古屋の中高大一貫校に入学した私は、受験勉強の反動から夜遅くまで遊び回るように。素行不良で停学になることもしばしば。ついには大学への内部推薦は受けられないと告げられました。
そうして迎えた高校二年の夏、母の薦めで面談に行ったのが坪田先生の勤める個人塾でした。周りの大人に煙たがれていた私にとって、坪田先生は私の話に真摯に耳を傾けてくれる、初めての大人でした。二時間話し込んだ末、先生はこう呟かれたのです。「君みたいな子が慶應に行ったら、ドラマチックだよなあ」
慶應がどんな大学かさえよく知りませんでしたが、先生の語りから未知の世界が待っている気がして、ワクワクが止まりませんでした。様々な人と出会えるかもしれないという好奇心に突き動かされ、慶應を目指そうと決めました。
とはいえ、当時は偏差値二十台で学年ビリ。周りからは「受かるはずがない」と罵られる有り様でした。それでも諦めなかったのは、傍で支えてくれる母がいたからです。母は常に私の意志を尊重してくれ、塾に通いたいと伝えた時は涙するほど喜んでくれました。たとえ失敗しても、学びの機会と捉える母に育てられたからこそ、臆することなく挑戦できたように思います。
心理学を専攻していた坪田先生もまた、モチベーションを引き出す天才でした。先生は私のモチベーションが下がらないように、当時の私の学力に適した小学四年生レベルにまで立ち返り、一から基礎固めをさせてくれました。
「小さなできるを大きなやる気に変える」。日々の小さな成長感覚を何よりも優先してくれた坪田先生の指導が、私の心に火を付けました。毎日十五時間勉強し続けるうちに、みるみる成績は上がっていく。何度も挫けそうになりながらも、精いっぱい努力を重ねた先に、慶應義塾大学総合政策学部への入学を果たしました。
自分の能力より一段難しい問題をクリアしていけば、やがて大きな景色が見えてくる。坪田先生に教わった”生きる知恵”は代え難い財産です。
充実した大学生活を経て、ウェディングプランナーとして働いていた2013年、ビリギャルが出版。私も講演で全国を飛び回るようになり、多くの保護者や子どもたちと接する機会に恵まれました。
そこでひしひしと感じたのは、人は努力したプロセスには目もくれず、結果からしか判断しないということです。「さやかちゃんはもともと頭がよかった。うちの子には無理」などの否定的な声を耳にすることが少なくありませんでした。中には第一志望に不合格となり、「あんたを信じた私が馬鹿だった」と母親に言われたことがトラウマになっている高校生もいました。
周りにいる大人の姿勢が子どもたち可能性を潰しているのではないか。その現状に疑念を覚えました。教育を変えるには、子どもが触れる大人のあり方を変えなければならないと思い至り、2019年、聖心女子大学大学院に進学したのです。
大学院では私だからできたのではなく、環境や努力の方法次第で誰しも成長できるっということを科学的に説明するために認知科学を研究。研究すればするほど、本場アメリカで学びたいとの思いが沸々と沸き、コロンビア大学教育大学院に留学しました。2020年、34歳の時です。
講義はおろか、オリエンテーションの内容さえ分かりません。クラスで英語ができないのは私一人でした。ただ、不安よりは期待感に満ち溢れていました。「ここで頑張ればさらに成長できる」。未来の姿を思い描くことで、自分自身を奮い立たせたのです。
ついていくのに必死でしたから、講義を録音しては繰り返し聞く。皆が2時間で終わる課題も、2日かけて取り組みました。また、授業ではたとえ恥をかいても最初に発言することを心掛けました。
這いつくばるように坪田先生の教えを実践するにつれ、すこしずつ言葉が分かるようになる。自ずと自信に繋がり、思う存分研究に没頭できたことで、今年5月にオールAで卒業することができました。
ビルギャルの物語を理論立てて解き明かした成果は、近著「私はこうして勉強にハマった」にまとめました。今後はこの研究を基に、大人のあり方を変える教育ビジネスを立ち上げたいと考えています。
「君が死ぬ気で何かを頑張ったといえる経験こそが、君の一生の宝になるんだよ」
受験を間近に控えた高校三年の冬、坪田先生にからもらった言葉です。30歳を超えて初めての留学に踏み出せたのも、過去の自分に背中を押されたからに他なりません。勇気を振り絞り挑戦を重ねた経験が、人生軸を築いていくのだと心から実感しています。
だからこそ、結果ではなくプロセスに焦点を当ててほしい。失敗は成長するために必要なステップだと、思える環境をつくってあげてほしい。そうすれば、一人ひとりの才能が花開く幸せな社会に繋がる。これが私の切なる願いであり、ビリギャルの物語で伝えたいメッセージです。
(致知「致知随想」6年11月号より)
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人は何事も出会いが大切です。良い師との出会いがその後の人生を大きく変えることになりますし、悪い友人との出会いは人生の破滅へと繋がる可能性を秘めています。その出会いも自ら求めれば、必要に応じてふさわしい人物との出会いが生じますし、あくまでも自分の意識が周囲に反映されることとなります。私が英語の教師として人生を歩み始めたのも浪人時代に尊敬できる優れた英語の師と出会えたからです。ビリギャルのように人との出会いは本当に人生を変えます。聖書にありますように、「求めなさい。そうすれば見つかるであろう」という言葉が全てを語っています。