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#450 10年ぶりの再会

 2週間ぶりのブログになります。実は先週の17日土曜日に東京で旧友S君に再会しましたので、日曜日のブログの更新ができませんでした。私が利用しているHPはネット上で更新ができません。したがって久しぶりの更新となります。
 S君と私はシドニー大学付属の英語学校で1995年に知り合い、それ以来親交を続けています。10年前に私がシドニーへ行って彼と再会し、それ以来の出会いとなります。当日は酒を酌み交わしながら、お互い10年間の出来事や生活の様子などを語り、話は尽きませんでした。私は大学卒業後に帰国しましたが、彼はオーストラリアに移住することを決心し、それ以来20年以上シドニーで暮らしています。
 シドニーでの暮らしぶりを尋ねると、物価高により、生活が厳しくなっているそうです。将来は物価が安いサウスオーストラリア州都のアデレードへの移住も考えていると話していました。またオーストラリアは世界中の情報が集まる国で、日本の置かれている状況を憂慮していました。いわゆる日本人はお花畑に住んでいて、世界の状況が分かっていない。日本は現実に即した外交を行うべきだ、と語っていました。夜も更けて、また近いうちに再会することを約束して別れました。
 予定では19日月曜日に福岡に戻るつもりでしたが、台風14号のせいで羽田は全便欠航となりましたので、1日延泊し、翌日火曜日に戻りました。18日と19日は自由行動にしていたのですが、台風の影響で東京は火曜日の午前中まで大雨で、新宿駅の漏水の様子はテレビのニュースでも流されたくらいです。本当にものすごい土砂降りでした。ホテルの窓から外を見ていますと、100mほど離れている隣のビルが降雨の激しさで見えなくなるほどです。ビルが見えなくなるほどの大雨は今まで経験したことがありません。
 2連休はできるだけ雨に濡れないように書店で過ごしました。日曜日は東京駅近くの八重洲ブックセンターで午前中を過ごしました。この書店は来年の3月でビル移転のために閉店する予定です。ここは他の書店と違い、客の興味を惹きつける店内の配置を工夫しています。たとえば各階に著名人のサイン本を置いたり、エスカレータ付近に話題作や写真展を設置したりしており、ついそれらを見たくなります。また専門書も豊富に取り揃えてあり、各階じっくり時間をかけて見て回ることができます。来年3月以降どこに移転するか、まだ発表されていませんが、ブックセンターならではの雰囲気を残してもらいたいものです。
 午後は東京丸の内にある丸善本店で過ごしました。丸善と言えば日本一の洋書在庫数で有名です。4階ワンフロア―を洋書や洋書関係の資料が占めています。丸善で他店にない特筆すべきものとして、3階奥に手塚治虫の直筆コーナーを設置しています。彼の多くの作品集と共に手塚治虫の「鉄腕アトム」や「火の鳥」、「ブラックジャック」など作者直筆の作品の一部が展示されており、作者の息遣いを眼にすることができます。丸善も日本になくてはならない大型書店です。
 月曜日には池袋のジュンク堂まで足を延ばしました。この書店は9階建てビルで、様々なジャンルの書籍や資料を扱っています。この書店だけで半日過ごせます。他の書店との差別化の1つとして、この書店は全国の地方出版物を扱っています。つまり北海道から沖縄までの地方出版社が発行している書籍を置いています。特筆に値するものです。
 今回は都合で神保町の古書街には行けませんでしたが、また東京に行く機会があればぜひ行きたい街の一つです。
 また19日夜はイギリスのエリザネス女王の国葬がテレビでも中継されました。私はテレビだけでなく、YouTubeでも国葬を夜半過ぎまで見ていました。イギリスと言えば私が初めて海外に行った国であり、ホームステイを含め数回訪れた国です。イギリス=エリザベス女王のイメージしか浮かびませんので女王の死去は本当に残念でなりません。チャールズ3世のイギリスが何処へ向かうか、世界中が注目しています。

2022年09月25日

#449 英国の薔薇、散る!

 最高気温が30度を超す残暑がまだまだ続いていますが、それでも朝夕は過ごしやすい涼しさが戻ってきました。このまま秋になってもらいたい気がします。
 さて、ご存じのようにイギリスのエリザベス女王が8日逝去されました。96歳の高齢でしたが、亡くなられる直前まで新首相の任命を行うなど、精力的な活動を行う姿に生涯を国のために捧げた英国魂を見た気がします。この訃報に接し世界中から哀悼の意が寄せられています。イギリス王室と縁の深い日本の皇室の代表として天皇陛下が深い悲しみの気持ちと心よりの哀悼の意を表されました。
 エリザベス女王は日本が先の大戦で敗北し、連合国から国土の4分割案と皇室の廃止が提案された時に反対されたと言われています。真偽は定かではありませんが、終戦当時の日本の憂い、日本国の安寧や皇室の存続を祈られたのは日本国民として感謝すべきことです。
 エリザベス女王逝去後に長男のチャールズ皇太子がチャールズ3世となり、新しいイギリスが始まりますが、多くの点で変更が生じるようです。これに関する記事を転載します。
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『エリザベス女王死去で変更続々 国歌、紙幣、硬貨、憲法も』
英国ではエリザベス女王の死去とチャールズ3世国王の即位に伴って、国歌の歌詞や紙幣、硬貨のデザインなど、さまざまなものが変わる。
 英国の各メディアによると、一番わかりやすい例が、国歌「ゴッド・セーブ・ザ・クイーン」だ。歌詞の「クイーン」が「キング」に書き換えられる。ただ、国民が数世代にわたり慣れ親しんできた歌であるだけに、「人々が新しいバージョンを堂々と歌えるようになるまでには時間がかかりそうだ」(ガーディアン紙)との見方がある。
 紙幣、硬貨も変わる。現在、英国内では、エリザベス女王の肖像が描かれた銀行券約45億枚が流通しており、総額は800億ポンドに上る。英政府はこれをチャールズ3世国王の肖像画を描いた銀行券に置き換える予定だが、最低2年間の期間が必要とみられている。英中央銀行は「女王の肖像が描かれた現行の紙幣は引き続き法定通貨である」とする声明を発表した。硬貨については、これまで王位継承によって一気に変更されたことはなく、時間をかけて置き換えられることになりそうだ。
 このほか警察署や海軍などで使用されているエリザベス女王の肖像が描かれた旗や、国会議員の宣誓の文言なども変更される見通しだ。
 またエリザベス女王は旧植民地諸国を中心とした連合体・英連邦(コモンウェルス)の元首でもあった。エリザベス女王の地位が憲法で定められている国では憲法の変更が必要となる。
(https://news.yahoo.co.jp/articles/160d6f607b221774eb6d272ddb613f529b4

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 日本では考えられない事ですが、国王の肖像画を紙幣などに使用していると、イギリスのような大きな変更が生じることになります。イギリスは新しい国王の下にどのような国造りをおこなうのでしょうか。かつての大英帝国が今後どのように変貌を遂げていくか世界は見守っています。

追記:
週末は所要のために留守しますので、次の日曜日のブログ更新は休みます。

2022年09月11日

#448 ゴルバチョフの功罪

 大型台風11号が沖縄近海を北上しています。現在は時速15キロ程度の速さですが、火曜日の午前中には九州北部に最接近すると予想されています。火曜日は多くの小中高等学校で休校になると思われます。
 しかし、適度の大きさの台風は陸上では作物の害虫を吹き飛ばしたり、海では海水をかき混ぜることにより、熱くなり過ぎた海水の温度を適度な水温まで引き下げ、海を常態化させます。物事には様々な面がありますが、何事も中庸が大切だということです。
 さて、ペレストロイカを行ったゴルバチョフが死去し、本日葬儀が行われました。ソ連最後の書記長に相応しくない葬儀のようでした。読売新聞では次のように報じています。
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『ゴルバチョフ氏葬儀・告別式、「国葬」ではなく静かな別れ…
                      米英独は駐露大使が参列』
 8月30日に91歳で亡くなったミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領の葬儀・告別式が3日、モスクワ中心部で営まれた。ソ連最後の最高指導者として東西冷戦を終結に導いた偉業にもかかわらず「国葬」ではなく、プーチン露大統領も公務を理由に欠席した。
 タス通信によると、ハンガリーのビクトル・オルバン首相が参列したが、米英やドイツは駐露大使にとどまった。ロシアによるウクライナ侵略も影を落とす静かな別れとなった。
 露大統領府に近い労働組合会館「円柱の間」での告別式は大統領府儀典局が支援し、国葬に準じる形で行われた。露国内ではゴルバチョフ氏が1991年のソ連崩壊をもたらした張本人との批判が根強いことを反映したとみられる。露国営テレビもほぼ通常どおりの放送だった。
 ゴルバチョフ氏はモスクワ市内のノボデビチ墓地で、99年に死去したライサ夫人の隣に埋葬された。墓地にはソ連の後継国家ロシアのエリツィン初代大統領ら著名人も埋葬されている。2007年に死去したエリツィン氏は、国葬だった。
https://www.yomiuri.co.jp/world/20220903-OYT1T50212/
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 ゴルバチョフ氏の評価はロシア国民の中で分かれるようです。ソビエト連邦を崩壊させた張本人として嫌うロシア人もいれば、国に自由をもたらした人物として評価するロシア人もいます。もしウクライナ戦争が起こっていなければ、東西冷戦を終結させ、東側の政治体制を変革させ、ソ連の多くの衛星国を独立させた功績により、ゴルバチョフ氏は国際的に評価され、国葬になっていたことでしょう。
 時とともに時代は常に変化していきます。5年後、10年後に世界はどのような変化を迎えているでしょうか。未来は誰にも分かりません。ひとつだけ言えるのは未来は突然現れるのではなく、日々の変化の集大成だということです。つまり、今日の世界の人々の言動が明日の世界を創造し、未来の世界を形成することになります。明るい未来が登場するかどうかは、すべて私たちの考えや言動の結果だということです。よりよい未来を創るためには現在の私たち一人ひとりが努力する必要があります。

2022年09月04日

#447 ヘアドの勧め

 8月も最終週となり、2学期がすでに始まっている高校もあります。以前は9月1日が2学期の始まりでしたが、最近は様々な理由により早めに2学期が始まる傾向にあります。今日も子どもたちは今夏休みの宿題に追われていることでしょう。
 さて、全国に小児ガン等の治療に特化した子ども病院があります。そこでは病気に罹っている子どもたちのために様々な便宜が整えられています。その中のひとつにヘアドネーション(ヘアド)の活動があります。ヘアドとは小児ガンの治療等で髪の毛が無くなった子どもたちのために人毛のかつら(ウィグ)を寄付しようという活動で、同じ同世代の子どもたちが自分の長い毛を切ってもらい、それを毛のない子どもにウィグをプレゼントする活動です。先日ヘアドに関する記事がありましたので、転載します。
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「髪の寄付」広まる 悩む子どもにウィッグ提供―団体「理想は活動いらない社会」
 病気で頭髪が抜けるなどの悩みを抱える子どもたちに贈るウィッグ(かつら)を作るため、髪の毛を寄付する「ヘアドネーション」が広がりを見せている。善意で協力する人も多いが、ウィッグの提供などを行う団体の代表は、「目指すのは活動が必要とされない社会」と語る。
 ヘアドネーションは1990年代に米国で広まり、日本では2009年9月に専門のNPO法人「ジャパンヘアドネーション&チャリティー」(JHD&C、大阪市)が設立された。寄付を希望する人は、所定の条件で切った髪を同法人に送付する。一つのウィッグを作るのに30~50人分必要で、海外工場でのトリートメント処理などを経て完成品となり、希望する18歳以下の子どもたちに無償で提供される。
 同法人によると、当初はほとんど知られていなかったが、15年に俳優の柴咲コウさんが長い髪を切って寄付したことで知名度が急上昇した。それまで1日に15件ほどだった寄付は、15年後半には50件ほどに増加。近年は多い時期だと約500件、平均すると300件ほど送られてくるという。
 ウィッグを受け取った子どもや保護者からは「気軽に外出できるようになった」「周囲の目が気にならなくなった」などの声が寄せられているという。JHD&C代表理事の渡辺貴一さん(51)は、「困っている人にとっては救いであり、わらにもすがる思いで申し込む人もいる」と話す。
 寄付が増えることに対し、渡辺さんは複雑な思いも持っているという。「ウィッグを必要とする人が減らないということは、髪のない人が『多数派』の髪がある人に合わせ続けているということだ」と指摘。「髪がある状態が普通」という社会の意識を変える必要があるとし、「髪を寄付する際は、『良いことをした』で終わらず、こうした問題にも目を向けてほしい」と話した。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022082000304&g=soc
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 福岡市にも子ども病院がありますが、そこに入院している子供たちのために小学生の男児が2年近く髪を伸ばした後でヘアドするために断髪した様子がニュースで流れていました。ヘアド用の髪は30センチほどの長さにならないと利用できないのでその男児は断髪する前は女の子のような顔つきでしたが断髪後にはすっきりした男の子になっていました。
 このように病気のために無毛になった子どもたちを助けるために、ヘアドに協力する人々が増えています。自分ができる範囲で他人のために何かをすることは素晴らしいことです。微力でも、他人のために役に立つ人間になりたいものです。



2022年08月28日

#446 九州分裂!?

 残暑厳しい日々が続いていますが、さすがに夜は涼しげな風が吹き始めました。また秋虫の声が響き始めています。ところで昨晩の豪雨はすさまじいものがありました。わずか数時間の大雨でしたが、夜半過ぎに九州管内いたるところで大雨警報が発令されました。また屋久島でも午前中短時間大雨警報が出されるなど、大気の不安定な状態が続いています。「降れば土砂降り」という諺がありますが、今夏は日本のいたるところで大雨に見舞われる状況となっています。
 さて話題は変わりますが、NHKのブラタモリでも話題になりましたが、将来九州が分裂する話を聞いたことがあると思います。近未来の出来事ではありませんが、大分から島原まで続いている 別府島原地溝帯を境目にして九州が分かれる可能性がある、ということです。関連の記事を転載します。
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『「日本沈没」は始まっている:(2) マントルの流れで九州が分裂』
 日本列島は重いマントルの上に浮いている。だからこの列島全体が沈没することはない。しかし中部地方で本州が2つの島に分かれ始めている。さらに九州の一部でも沈没が始まっているようだ。
 日本列島はかつてアジア大陸の一部だった。しかし今から約2500万年前に大陸の断裂が始まり、その後分裂した日本列島はほぼ現在の位置まで移動した。そして列島と大陸の間は沈没して日本海となった。
実は今、このような大変動が九州で起きようとしている。

<引き裂かれる九州>
 九州の地殻変動をGPSで見てみよう(図左)。南九州が北九州に対して顕著に南へと移動していることが分かる。そしてその境には、地盤が溝のように落ち込んだ「地溝帯」が形成されている。別府湾から島原半島まで続く「別府-島原地溝帯」だ。そしてこの地溝帯は、年間1cm程度の速さで広がっている。つまり、九州は真っ二つに引き裂かれているのだ。
 このまま九州断裂が進行すると、やがてこの地帯には瀬戸内海と有明海から海が入り込んで沈没し、海峡となるだろう。そして九州島は完全に2つの島に分裂する。
 別府-島原地溝帯の西端である島原半島の沖合の海底には、「沖縄トラフ」と呼ばれる海底の凹地がある(図左)。沖縄トラフは琉球列島に沿って大陸側(海溝の反対側)の海底にある断裂帯で、尖閣諸島周辺から北東方向へ約1000kmにわたって延びる。数百万年前に始まった海底の断裂は次第に北へと進展しているようだ。そのうちこの沖縄トラフと別府-島原地溝帯はつながり、さらに九州島の分裂を加速する可能性もある。

<九州分裂のメカニズム>
 なぜ九州は南北に分断されようとしているのか?その謎を解く鍵は、九州北西部で約800万年前から始まった火山活動にあるようだ。
 九州は、火山大国日本でも最も火山が密集する場所だ(図左)。ほとんどの活火山はいわゆる成層火山であり、フィリピン海プレートの沈み込みによって造られた。一方で九州北西部には、約800万年前から広大な溶岩台地を形成するような大規模な火山活動が起きていた。この火山活動は、地球の深部おそらく600km程度の深さに起源を持つマントル上昇流が引き起こした(図)。五島列島の活火山である福江火山群も、この上昇流に関連して形成されたものであろう。
 このマントル上昇流は地殻の底まで達すると周囲へと広がっていく。やがてこのマントルの流れは、沈み込むフィリピン海プレートによって冷やされてできた「剛体コーナー」を押すようになる(図右)。この力によって上盤プレートは引き延ばされて九州で断裂が生じたと考えられる。
 この九州分裂のシナリオは、日本列島がアジア大陸から分離・移動し日本海が誕生したのとよく似ている。

<分裂帯は地震の巣>
 九州が2つの島に分裂するのはおそらく100万年くらい先のことだろう。だからと言って安心してはいけない。これだけの地殻変動が今も起きているのだから、活断層が密集し地震が頻発するのは当然のことといえよう。2016年の熊本地震では、M3.0以上地震の多くが別府-島原地溝帯の中で起きた。
 あらためて、私たちは世界一の変動帯そして地震大国に暮らしていることをしっかりと心得ておく必要がある。地震から逃れることはできないが、この試練を甘んじて受け入れるのではなく、被害を最小限に抑えていち早く日常を取り戻すことができるように、国や地域、そして個人ができる備えをしておきたいものだ。
https://news.yahoo.co.jp/byline/tatsumiyoshiyuki/20211213-00272286
なお、掲載記事の図表ならびに「日本沈没は始まっている(1)」の記事に関心がある方は次のページを参考にされてください。
https://news.yahoo.co.jp/byline/tatsumiyoshiyuki/20211212-00272187
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 九州は地震というよりも火山大国です。桜島や阿蘇山、島原の普賢岳など多くの火山が存在します。鬼界カルデラは鹿児島県南方およそ50kmの硫黄島と竹島を含むカルデラですがおよそ7000年前に大噴火し、九州一面火砕流や火山灰におおわれ、当時住んでいた縄文人は滅亡したと言われています。
 自然災害には人類はなす術もありません。私たち人類は地球という星に住まわせていただいている意識を常に持ち、地球に感謝して暮らしていかなければなりません。

2022年08月21日

#445 盂蘭盆会

 暦の上では立秋を過ぎましたが、残暑厳しい日々が続いています。九州地方は35度前後の日々が続いていますが、北海道や東北地方・北陸地方は例年にない大雨で大きな災害が出ています。同じ国内で北と南では相反した天気が存在する奇妙な状況が今年の夏発生しています。今週後半の天気予報では全国各地で長雨による災害も予想されていますので、充分な注意が必要です。
 さて今日14日はお盆の中日ですが、お盆休暇で里帰りしていた人々の帰郷が今日ピークを迎えているそうです。コロナ禍での久しぶりの里帰りで心身ともにリフレッシュできたことと思います。
 この「お盆」ですが、正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と呼ばれます。この起源は様々な説がありますが、ウィキペディアでは次のように説明しています。
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 盂蘭盆の行事は中国の民俗信仰と祖先祭祀を背景に仏教的な追福の思想が加わって成立した儀礼・習俗である。旧暦7月15日は、仏教では安居が開ける日である「解夏」にあたり、道教では三元の中元にあたる。仏教僧の夏安居の終わる旧暦7月15日に僧侶を癒すために施食を行うとともに、父母や七世の父母の供養を行うことで延命長寿や餓鬼の苦しみから逃れるといった功徳が得られると説く。一方、道教の中元節とは、宇宙を主るとされる天地水の三官のうち、地官を祀って、遊魂などの魂を救済し災厄を除くというもので、仏教の盂蘭盆とほぼ同時期に中元節の原型が形作られた。
 本来的には安居の終った日に人々が衆僧に飲食などの供養をした行事が転じて、祖先の霊を供養し、さらに餓鬼に施す行法(施餓鬼)となっていき、それに、儒教の孝の倫理の影響を受けて成立した、目連尊者の亡母の救いのための衆僧供養という伝説が付加されたと考えられている。
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 このお盆の期間中に故人となった親兄弟や親類を偲んで墓参したり、親戚一同が集まり食事会をしたりしますが、それに加えて個人的には今までお世話になっためったに会わない存命中の恩師や恩人、ペットや壊れた愛玩物に対しても年に一度は思い出す時期だと思います。例えば連絡が途絶えて久しい旧友や長い間愛用して壊れてしまった時計など。日頃会えない人や手元にない思い出の品を意識するのも時には必要だと思います。
 明日15日は終戦記念日です。今日の平和は先の大戦で亡くなった300万人以上の日本国民の犠牲の上にあります。この平和がこれからも続くか否かは現在の私たちの努力にかかっています。平和を維持するには何が必要かを一人ひとりが考えることが必要です。そのことが先の大戦で亡くなった人々に対して心からの追悼になります。

2022年08月14日

#444 人を呪わば穴二つ

 毎年8月、日本は鎮魂の月となっています。77年前の8月に日本はその後の国運を換えるほどの国難に遭いました。6日の広島、9日の長崎原爆投下、ならびにソ連の参戦、そして15日の終戦と大きな出来事が立て続けに起こった月です。毎年8月15日の平和への願いは今でも各地で続いています。
 さて「人を呪わば穴二つ」とはよく言われる格言ですが、私たちが発する悪口もこの格言に当てはまるようです。悪口の多い人ほど不幸になることが「東洋経済ON LINE」の記事に載っていましたので転載します。。
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『よく悪口を言う人ほど「不幸になる」科学的根拠』
 今年5月(注:2020年)、恋愛リアリティー番組『テラスハウス』に出演中だった女子プロレスラーの木村花さんが自殺しました。ネット上での過激な誹謗中傷が原因と言われています。この事件以後、今まで野放し状態であったネット上の誹謗中傷に対して、もっと厳しく取り締まるべきだという声が増えています。
 なぜ人は、悪口、誹謗中傷が好きなのでしょうか? 明らかに相手に精神的なダメージを与える行為なのに、どうしてやめられないのでしょうか?

<「悪口を言う人」の心理>
 アメリカの心理学者であるレオン・フェスティンガーの言葉にもあるように、人間はついつい他人と自分を比較してしまう生き物です。
とくに日本人の場合、集団での和を乱さないためにも、他人の顔色をうかがう、他人の行動や言葉に目を光らせ、自分と比べるなどの傾向が強いと言えます。
 コロナウイルスの流行に伴ってあらわれた「自粛警察」と呼ばれる人たちも、自分は自粛のルールを守っているのに、それを守ろうとしない奴がいるという怒りが行動の元になっている。つまり、「他人と比較してしまう心理」が原因にあるわけです。
 人間は、他人と自分を比べたときに自分が優れていると「優越感」を抱きます。その逆に、自分が劣っていると感じたときに「劣等感」を抱きます。
 劣等感は強烈なネガティブ感情なので、それを何とか払拭したいという衝動にかられる。それを、悪口や誹謗中傷という形で発露したくなるのです。
 悪口や誹謗中傷を言うことで、相手をおとしめることができます。自分対相手との比較において、相手を引きずり下ろすことによって、自分の価値を相対的に高めることができる。それによって、内なる劣等感を緩和しようという心理が働いてしまうのです。
 最近「自己肯定感」という言葉をよく耳にしますが、自己肯定感が低い人ほど自分に自信が持てません。そういう人は、自分対相手との比較において、自分が劣っていると感じやすい傾向があります。だから、実は自己肯定感の低い人ほど悪口を言う傾向にあるのです。
 自己肯定感が高い人は、自分の考えや行動に自信を持てます。他人にとやかく言われても、その考えや行動はゆらぎません。相手と自分をいちいち比較することもなければ、悪口を言うこともないのです。
 ここまで理解できると、もしあなたの周りに悪口好きな人がいたとしても、「自己肯定感が低いとっても残念な人」なんだなと上手に聞き流すことができるはずです。

<悪口は「依存症」である>
 一方で、悪口が好きな人はなぜそれをやめられないか? それは「悪口は依存症である」と考えると、非常に腑に落ちます。
 誰かの悪口を言うと、やる気や快楽に関与するホルモン「ドーパミン」が放出されます。ドーパミンが出ると楽しい気分になります。だから、悪口を言うことは基本的に楽しいことなのです。
 しかし、ドーパミンはよくばりな脳内物質でもあり、一度放出されると「より大きな刺激」を求めるようになります。つまり、悪口の回数を増やしたり、より過激な悪口を言わないと、新たにドーパミンが出ず、楽しい気分になれなくなってしまうのです。
 結果、悪口を言うことが癖になって、なかなかそれを改善しづらい状態に陥ります。悪口を言えば言うほど深みにはまってしまう。これはアルコール依存症や、薬物依存症と同じ原理です。かくして「悪口は依存症」と言っても、遜色ないのです。
 多くの人は、悪口は「ストレス発散になる」と思っているでしょうが、実際は逆です。悪口はストレスを増やします。最悪の場合、脳を傷つけ、寿命を縮める危険性もあります。
 東フィンランド大学の研究によると、世間や他人に対する皮肉・批判度の高い人は認知症のリスクが3倍、死亡率が1.4倍も高い結果となりました。批判的な傾向が高ければ高いほど、死亡率は高まる傾向にあったそうです。
 また、悪口を言うと、ストレスホルモンであるコルチゾールが分泌されます。コルチゾールというのは、ストレスを感じたときに放出されるホルモン。先ほどドーパミンが放出されると言ったので快楽を得ていると思いきや、悪口を言っているときは同時にストレスも感じているのです。
 心理学の法則で「返報性の法則」というのがあります。人は誰かに親切にされたとき、「その親切をお返ししないといけない」という気持ちが湧き上がる心理です。
 「好意の返報性」を上手に使うと、あなたの信頼度を高め、人間関係を深めることが可能です。しかし、残念なことに世の中の多くの人は、「悪意の返報性」を使っています。
 ネガティブな感情に対しては、人はネガティブな感情を返したくなるものです。「倍返しだ!」とやり返してしまうのが、正に「悪意の返報性」。そして人に悪口を言うと、やはり「悪意の返報性」で悪いものが帰ってくるのです。
 「本人がいないから悪口を言っても大丈夫」と思っていても、あなたは「よく悪口を言う人」と周りにネガティブな印象を植え付けてしまいます。いつ自分に矛先が向かうかわからないので、周りの人たちは悪口を言う人を心から信頼しないでしょう。

<悪口から卒業する唯一の方法>
 健康を害し、信頼を失う悪口をやめるにはどうしたらいいでしょうか? いちばんの近道は「自分を褒める」ことです。悪口を言う人は、自己肯定感が低い人。つまり、自己肯定感が高まれば、悪口は自然と減っていきます。
 気に入らない相手をおとしめるのではなく、自分を高めることによって、相手と自分のギャップを埋めればいいのです。自分のささいな成功を独り言でいいので、褒めてみる。褒めるのが無理なら、ネガティブをポジティブに置き換えるだけでもいいでしょう。
 例えば、同期入社のAくんが自分より先に昇進した場合。「たいした能力もないのに、先に昇進しやがって!」(ネガティブ)と言いたいところを「俺も頑張って、すぐに追いつくぞ」(ポジティブ)と言い換えたり。
 自分の中でポジティブな言動を積み上げることで、自己肯定感が高まり、怒りや嫉妬、不充足感が満たされ、ネガティブな感情を抑えることができます。結果、悪口や誹謗中傷から卒業できるわけです。
https://toyokeizai.net/articles/-/366140
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 日常的に不満を抱えている人は他人に対して、また自分に対して色々な不平不満を言いがちです。しかし上記の記事が述べているように、悪口は究極的に自分を不幸にしていくものです。特に怒りが伴う悪口は「怒りは心身を焼き尽くす」とお釈迦様も厳く戒めています。感情にかられて口から出た不平不満は争いの基となり、結局は自分の身を焦がします。感情に激化しない中庸な心を持ちたいものです。

2022年08月07日

#443 和の心(2)

 7月も今日で終わり、明日から8月が始まります。ここ数日は台風のせいで、すっきりしない天気が続いていますが、明日からは夏らしい晴天が予想されています。また酷暑がしばらく続くようです。熱中症や新コロには充分な注意が必要です。
 さて前回の「和の心」の続きになります。ストークス氏は続けて語りかけています。
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『なぜ欧米人にとって、日本は理解しにくいのか』
 日本は先の大戦に敗れて、アメリカ軍による占領を受けるまで、他民族や異文化による占領、支配を蒙(こうむ)ることがなかった。
 日本はいつの時代であれ、長い歴史の中で異文化を上手に取り入れ、日本に適するように、きわめて独自なものに作り替えて、日本文化として熟成させてきた。
 欧米人にとって、日本人の「心」はあまりにも異質であるために、容易に理解することができない。
 日本民族は異なるものを、二律背反的な対立構造でとらえなかった。大きく「和の心」をもって共存させ、全体の調和を保つことによって、独自の文化を織りなしてきた。
 西洋文明は対立構造の上に、成り立ってきた。つねに白黒をはっきりさせ、神と悪魔の戦いのような世界観によって、築かれてきた。
 イスラム文明も同様に、アッラーか、悪魔(サタン)かという二者択一を迫る。欧米人の思考は、二律背反なのだ。それに対して、日本人はできるだけ対立を避けようするから、欧米人にとって曖昧(ファジー)だ。
 たまに、日本人も「白黒をはっきりさせましょう」ということがあるが、欧米人はつねに、相手にイエスかノーか、二者択一で答えることを、求める。
 日本語は最後まで聞かないと、いったい肯定しているのか、否定しているのか、分からないことが多い。肯定している意見を言っているのかと思ったら、最後に「ということは、ない」とつけ加える。
 土壇場になって、肯定と否定が逆転するなど、英語などのヨーロッパ諸語では、ありえない。それでも、最後に肯定か、否定が明確にされればよいほうで、日本語では、しばしば最後まで話を聞いても、いったい、肯定なのか、否定なのか、煙に巻くような話し方をすることもある。
 欧米人はそれを不誠実だ、誤魔化そうとしていると、受け取ってしまう。そこで、日本人は狡(ずる)いとか、信用できないと言って、批判する。
 聖書の世界に生きる欧米人は、「神か、悪魔か」「天使か、悪魔か」という極端な二者択一を迫られるなかを生きてきた。もちろん、自分の側が神か、天使だと思い込んでいるから、対立する相手を「悪魔」とみなして撃退するように、攻撃する。
 論理的に説明がつかずに論破されると、自分が悪魔になってしまうから、必死だ。神はつねに勝利し、天使は「ウソをつかない」原則があるから、躍起になって、ディベートする。
 それに対して、日本人は禅問答のようだ。「善でもあり、悪でもある」と、一方が100パーセント正しく、他方が100パーセント間違っているという極論を避ける。もちろん、これは敵をつくらない、よい方法でもある。
 「ファジー」理論という概念も、ゼロか一(いち)か、オンかオフか、イエスかノーかという二者択一ではなく、「不明瞭」、つまり「どちらでもない」「分からない」とい第三の選択肢をもとにしている。欧米人がこうした思考訓練を始めたのは、二者択一が対立を生み、戦争をも誘発してきたという、過去に対する反省があろう。
 そのうえ、日本人が「和」を重んじるために、寡黙であることも、欧米人には「狡いから、愚かだから」とか、「はじめから主張に怪しげな根拠しかない」「口を開く前から言い負かされているために、物を言わないのだ」と受け取られてしまう。中国人やインド人やアラブの人々も真っ当な人なら饒舌(じょうぜつ)でなければならない。
 それと反対に、日本ではお喋りな男は、無教養であるとか、軽々しいとか、野卑だと思われて、見下される。日本人の場合は、外の世界の人々よりも、もっと洗練されていて、お互いに相手を察し合う、「和の文化」だからだ。
 日本には、「以心伝心」とか、「空気を読む」という方法がある。はじめから、同じ「心」を分かち合っているから、できることだ。自己を主張するのではなく、相手の立場に立って、相手の思いを「察する」のだ。譲り合いは、日本人にとって人間関係の基本である。きわめて日本的なものだ。
(ヘンリー・S・ストークス:
   「英国人記者が見た世界に比類なき日本文化 祥伝社新書 より抜粋」)
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 ストークス氏は英国人記者として50年以上も日本に滞在し、日本と諸外国を行き来しながら日本と日本人を客観的に見つめてきた人物です。彼の言葉には説得力があり、我々日本人が気づいていなかった言動を「他者の観点」から鋭く追及しています。新しい「日本人論」、「日本文化論」として彼の著書を読めば今まで見えてこなかった「日本」の姿が見えてきます。日本論・日本人論に興味がある方は彼の著書をぜひお読みください。

2022年07月31日

#442 和の心(1)

 昨日と今日は太牟田大蛇山夏祭りで、会場の本町多くの数台の大蛇山が集まっています。3年ぶりの開催となりますが、新型コロナBA5の猛威により、さらに感染が懸念されている中での開催になります。昨日の時点で福岡県は新規感染者が1万2千人を超え、太牟田では291人が確認されています。個人的な推測では、福岡県の感染者が1万人を超えたのは福岡市の祇園山笠や県内各地の夏祭りで、多くの人が集まったことが一因と考えられます。太牟田では先週末に港まつりが行われ、それを契機に急増しているとみられます。例年と異なりかなり制限された中で行われる今年の大蛇山祭りですが、今後どれほどの感染者が出るか、非情に心配しているところです。
 さて、ヘンリー・S・ストークスというイギリス人をご存じでしょうか。1964年に来日し、フィナンシャル・タイムズやザ・タイムズなどの東京支局長をを歴任し、日本に50年以上暮らして日本人以上に日本文化に親しんでいる親日家です。彼は日本文化論に関する多数の書籍を出していますが、日本人からすると何気ないしぐさや行動が欧米人からすると尊敬に値すると評しています。今日はその中から、「和の心」について彼の説明を引用したいと思います。
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『「和」の「心」こそ、日本の最大の長所』
 文化が、ある国や民族が培った固有な精神生活から発するものであるのに対して、文明は、より便利な道具や手法を使うことによって、民族や、国や、地域を超えて、世界にひろがってゆくものである。
 日本は数千年以上もの長きにわたって、独自の文化を育ててきた。
 日本文化のあり方には、これから世界が学ぶべきところが、大いにある。
 西洋に限らず、人類が戦争のない平和な世界を構築して、共存してゆくために、世界は日本のさまざまな長所を認めて、取り入れてゆくべきだと思う。
 日本をよく知るほどに、これから世界に「日本文化の時代」というべきものを、招き寄せたいものと、願っている。
 これは私だけではない。いま、多くの日本に住む心ある外国人が、日本国民の心に触れて、世界が日本を手本にして、日本人の生き方から学ぶべきであると、思うようになっている。
 このような「和」による社会は、中国にも、東南アジア、インド、中東、アフリカからヨーロッパにいたるまで、どこにも存在してこなかった。
 なかでも、今日の世界は、西洋列強が築き上げた文明によって、とくにアメリカから発した享楽と大量消費を賛美する物欲の文化によって、毒されているといわねばならない。
 もちろん、いうまでもなく欧米世界には優れているところが、たくさんある。他の地域の文化にも、それぞれ長所があるのは、いうまでもない。
 もし、西洋に学ぶべきものがなかったとしたら、今日、欧米諸国が世界の主要国とはなっていなかったことだろう。西洋は近代科学技術を編み出すことによって、人類に未曽有の物質的な豊かさや、医療などの長足の進歩をもたらして、人類の福祉を増進することに、大きく貢献してきた。
 私は東京オリンピックの年から五十年余も、日本をジャーナリズム活動の本拠として暮らしてきたから、日本について実体験がある。
 一九六四年に、日本にはじめてやってきてから、イギリスに一時戻っても、アメリカを訪れることがあっても、取材のためにアジアを巡っても、常にその国を日本と比較してきたから毎日が日本との新鮮な出会いであってきた。そこから学んだことを、いまのうちに語っておかなければならないと、思っている。
 日本で生活していると、日本人にとっては、ごくなにげないことであっても、外国人にとって驚くようなことが、たくさんある。外国人の眼は、日本人が日本を再発見するうえでも、きっと役に立つと思う。
 円安も手伝って、大勢の外国人観光客が日本の各地を訪れるようになっているが、日本人の「おもてなし」に触れて、多くの者が自分の国や、外国とまったく異なった空間に身を置いていることに気づく。
 この「おもてなし」は、計算ずくではなく、心のなかから発するものだ。
 私は多くの外国人が、日本文化の素晴らしさに気づくことによって、日本から多くを学ぶかたわら、日本人も日本に特有な文化を大切な宝物として守り、未来へつなげていってほしいと願っている。……
(祥伝社新書: ヘンリー・S・ストークス 英国人記者が見た「世界に比類なき日本文化」より抜粋)
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次回のブログに続きます。

2022年07月24日

#441 世界は見ていた

 安部元首相の暗殺から1週間が経ちますが、マスコミは連日犯人の家庭環境や宗教とのつながり等を報道しています。ただ不思議に思うのは、この事件の背後に黒幕は存在しないのだろうか、という疑念です。換言すれば、ただの単独犯なのか、それとも単独犯に見せかけた国内外の暗殺集団が背後にいないかどうか。何はケネディ大統領の暗殺にも似たものがあるような気がします。これは今後の警察の調査にまかせることになります。7/12日付のFNNプライムオンラインでは、次のような報道がされました。
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 林外相は閣議後の記者会見で、これまで259の国や地域、機関から1700件以上寄せられていることを明らかにしました。林外相は「多数のメッセージが寄せられていることを受けて、改めて外交に残された大きな足跡を感じている」と語たりました。
 また、林外相は「安倍元首相は地球儀を俯瞰する外交を実践し、多大なる功績を残された。積極的な首脳外交を展開し、各国地域と良好な関係を築かれた」と述べた上で、哀悼の意を表しました。(https://www.fnn.jp/articles/-/388062)
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 儀礼的な要素がありますが、それでも259の国や地域からの弔辞は今まで聞いたことがありません。それほど安部元首相が世界を飛び回り、日本と各国の信頼の架け橋となっていた証左と思われます。
 それでは世界中の人々は安部氏に対してどのような感情を抱いていたのでしょうか。時々引用しています「【海外の反応】パンドラの憂鬱」から少し引用してみます。
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『海外「自分は日本人じゃないのに…」安部元総理の最後のお別れの光景に世界が涙』
 今月8日に逝去された安倍晋三元総理の告別式が12日、東京・港区の増上寺で営まれました。告別式には岸田総理の他、森元総理や福田元総理など、約1000人が参列し、麻生元総理が弔辞を述べています。
 告別式では、喪主を務めた昭恵夫人が、「政治家としてやり残した事はたくさんあったと思うが、種をいっぱいまいているので、それが芽吹く事でしょう」とあいさつ。安倍元総理に頬ずりをし、しばらく別れを惜しむ場面もあったそうです。出棺の際には、歩道に溢れるほどの人が集まり、感謝の言葉とともに、拍手で送り出していました。
 安倍元総理を乗せた車は最後のお別れとして、永田町の自民党本部や、総理官邸、国会議事堂に。その後、都内の斎場に入り、荼毘に付されました。
 最後のお別れの様子は多くのメディアが報じており、FNN(フジニュースネットワーク)は、一連の様子をまとめた動画をYouTubeに投稿しているのですが、タイトルなどは全て日本語のみにかかわらず、映像は海外のネット上でも拡散されており、1万を超えるコメントのうち半分近くが、外国からのメッセージになっています。寄せられていた反応をまとめましたので、ごらんください。

■ この取り返しのつかない、そして早すぎる喪失を悼みます。
  アベさんのご家族、ご友人、日本国民、
  そしてアベさんを愛する友好国の人々に、
  心からの哀悼の意を表したいと思います。 +493 ブラジル

■ 偉大な日本の首相だった。
  祖国のために素晴らしい事をしてきた。
  彼のような政治家は非常に稀だ。 +872 ロシア

■ あれだけの国民が集まった。
  その事からもアベ元首相がいかに愛されていたのかが伝わってくる。
  今はゆっくり休んでください。 +73 ウクライナ

■ ニュースを観たときは衝撃を受けたよ……。
  そして日本国民が僕と同じように、
  嘆き悲しんでる姿を見て心を揺さぶられた。
  これだけ愛された人なんだ。
  きっと天国でも、永遠に幸せに暮らすよ……。 +23 ベトナム

■ これだけ深く悲しまれているのは当然。
  アベ元首相は自分の国のためだけではなく、
  地域、そして世界のために動いた人だったのだから。
  ドミニカ共和国の議員として、
  心からのご冥福をお祈りいたします。 +86 ドミニカ共和国

■ "サウジアラビア王国の市民はとても悲しいです、
  私は強い日本を共有します、私は悲しみと悲しみを感じます、、
  彼の両親、妻と家族への私の哀悼の意"(原文ママ)。 +4 サウジアラビア

■ ミスター・アベを失ってしまった日本のために祈ります。
  偉大なリーダーであり、私たちの真の友人でした。
  あなたがこの世界から旅立ってしまった事を、
  世界中の人たちが寂しく思う事でしょう。 +383 アメリカ

■ お悔やみ申し上げます。
  こんな別れは悲し過ぎる!! +1287 カザフスタン

■ 表現する言葉が見つからない。
  私は4年間日本で暮らしていて、
  その期間に接した日本の人々はみんな素敵で大好きだった。
  アベさんは特にパンデミック禍の対応が、
  信じられないくらいに素晴らしかったと思います。
  悲しくて悲しくて仕方がない😭 +83 ネパール

■ 偉大なリーダーがその政権下で善政を行うと、
  国民から惜しまれて旅立つ事になる。
  その事がありありと分かる光景だ。
  心からのお悔やみを申し上げます。 +510 カナダ

■ ミスター・アベ、ゆっくりお眠りください。
  ぼくらをサポートしていただき、ありがとうございました。
  ガーナ国民はあなたの貢献を絶対に忘れません。 +5 ガーナ

■ アベ元首相、どうか安らかに。
  日本と、日本の文化と、日本国民が大好きだ。
  日本は偉大な国。
  世界最高の自動車もあなた方が造りだす。 +4 スイス

■ インドと日本の関係を次のレベルへと導いてくれた。
  私たちインド国民、特にこの国の若者たちは、
  インドと日本がアジア太平洋地域、
  そして世界の民主主義の聖火ランナーとなるために、
  アベ元首相が私たちに遺してくれた遺産を常に思い出し、
  大切に、喜んで受け継いでいく事でしょう。
  ミスター・アベ・シンゾウ。
  改めて、あなたは偉大な友人です。 +2059 インド

■ 世界で最も優しい国民である日本人、
  アベさんのご家族、愛する人々、同僚、そして国家に対し、
  深い哀悼の意を表したいと思います。

  日本に滞在した日々の事を絶対に忘れないでしょう。
  心の芯に、真の平和を持つ人で溢れていた。 +919 オーストラリア
http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-4258.html
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 弔意のメッセージはまだまだ続きますが、全文は上記のリンクをクリックしてください。(なおメッセージ横の「+の数字」は賛同する数を示します。)
 国内各地に記帳の場所が設けられ、多くの人たちが長い列を作り、記帳する場面がニュースで流れていました。また出棺時には沿道に溢れるばかりの人々が列を作り、安部元首相に別れの挨拶をしていました。その中には10代や20代の若い人たちの姿が目立ち、政治色に染まってない彼らの姿に日本の明るい将来を見た感じがしました。
 それに比べて赤化教育を受けた60代、70代の年配者は安倍総理の真実を見ようとせず、安部氏逝去後も様々な批判を繰り返しています。物事の真実を見抜けないかわいそうな世代です。
 私蜂は世の中で起きている事象の表面を見るだけでなく、その裏側に何があるのかを深く考える必要があります。決して付和雷同的に踊らされるのではなく、物事の本質を考えなければなりません。

2022年07月17日

#440 哀悼の意

 本日は参院選の投票日です。私たち国民一人ひとりが国政に対して意思を示す唯一の場です。棄権せずに多くの人々が自分の意思を示して次の日本の舵取りに影響を与えてもらいたいと思います。
 ところで、金曜日に世界を震撼させた暴挙が発生しました。ご存じのように安部元首相の暗殺です。私がこの一報に接したのは仕事を終えて帰宅した午後4時過ぎのことでした。何気なくテレビのスイッチを入れると、どの放送局も一斉にこの事件を報道していました。そして午後5時過ぎに下安倍首相の逝去が速報で流れました。
 まったく残念という他ありません。事件の報道番組の映像でしか判断できませんが、安部氏が演説を行っている時に周囲のSPや警官が彼の後ろを全く警戒していません。一発目の弾丸が発射された時にも安部氏を守ろうとする行動を誰も取っていませんでした。この場面を見て思い出されるのは、かつてレーガン大統領が暗殺未遂事件に遭遇した時に、周囲のSP達が犯人と大統領の間に入り込み、大統領の命を救った場面です。残念ながらSPの一人は射殺されています。
 奈良県警も自分たちのミスを認めていますが、重要人物の警護には細心の注意払い、最善をつくすべきです。特に安部氏は政界の指南役として今後の活躍を期待されていた人物です。謹んで哀悼の意を表したいと思います。
 安部氏に関しては政権後半に森友問題などで批判されていましたが、彼ほど日本や世界のために世界中を飛び回って根回し外交した政治家はいないでしょう。特に安部氏はトランプ氏と懇意にしていましたので、各国の首脳がトランプ氏と会談をする前に安部氏に会談がうまくいくようにアドバイスを求めた逸話が残っています。
 安部氏が言っていたように外交は国防の第一義です。国を守るためにいかに他国との協調路線を行い、争いを防ぐためにお互い意見交換をするかは長期政権の人物しかできません。かつて毎年のように首相が代わっていた日本は顔のない国として世界に認識されていました。「金は出すが汗はかかない国」として湾岸戦争時には貢献した国として日本の名前は出ませんでした。当時日本は自衛隊を派遣し、海上の機雷撤去等に活動し、連合国に多大に寄与したにも関わらず、一言もお礼の言葉がありませんでした。それは日本の首脳の存在が薄かったからです。
 安部氏は政治家一家に生まれ、外交の重要性をを幼い頃から学んでいたのでしょう。「外交なしには国の防衛なし」、「国の防衛なしには国民の命を守れない」。このような意識が強かったと思います。安部氏について様々な意見がありますが、国を守るという姿勢は他の政党や政治家には見られないほど真摯な姿勢が見られたと思います。
 世界中の主な首脳から弔意の言葉が届けられています。それほど彼の外交姿勢は素晴らしかった言えます。彼亡き後に日本丸は何処へ進んで行くのでしょか。

2022年07月10日

#439 ここまで進んだホームドア

 前回のブログで梅雨明けを予想しましたが、確かにその通りになりました。各地で猛暑日が続出し、東京では昨日の時点で9日連続の猛暑日となっています。例年の梅雨末期の豪雨は避けられましたが、今度は干ばつや水不足が懸念されます。特に梅雨時期が極端に短かったので、実際多くの作物に影響が出ています。米作農家の話では今年度の米穀高は3割減になるそうです。またナスなどの野菜にも水不足による大きな影響が出始めています。天気も社会活動も「中庸」が一番です。極端な偏りは負の影響しか与えません。
 さて、最近では駅ホームからの転落防止のために都会を中心にホームドアの設置が進んでいます。確かに転落防止には効果がありますが、設置費用に多額の費用がかかり、車両の種類によりドアの数が異なるので、設置不可能な駅もあるそうです。そのような状況下で車両のドア数に応じてドアの位置が移動する「未来のホームドア」と呼べるようなものが登場しました。そのニュースを以下に転載します。
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『未来駅“うめきた”に世界初の最先端『ホームドア』案内を表示…車両に合わせて動く』
 来年春に開業予定の「うめきた(大阪)地下駅」。まだ仮の名前ですが、開業後は今は大阪駅に止まらない特急「はるか(関空方面)」や特急「くろしお(和歌山方面)」などが停車予定です。JR西日本によりますと世界初の技術を採用した最先端の駅になるということです。一体どのようなものなのでしょうか。
 ホームからの転落や列車との接触を防ぐために鉄道各社が導入を進めてきたホームドア。多くの駅で導入が進み、すっかり見慣れたものになりましたが、6月27日に公開されたのは最先端の『フルスクリーンホームドア』と呼ばれるもの。開発中のうめきた新駅に導入される予定です。
 フルスクリーンホームドアは、各車両のドアの位置に合わせて開くもので、安全でスムーズな乗り降りが可能になります。ディスプレイには、開閉時の注意喚起だけでなく、乗車位置や電車の案内も表示されるので、目的の電車に迷わず乗車できます。JR西日本によりますと、フルスクリーンホームドアと呼ばれる方式であらゆる車両のドアに対応できるのは、世界初だということです。
 JR大阪駅の北側・通称「うめきた」の地下に建設中の新駅。完成すれば大阪駅と改札内の通路で結ばれ、あわせて大阪駅として運用されます。駅構内のサービスはデジタルを駆使した最先端のものを目指しているのです。
 ほかにもスマホで目的地を登録すると自分のためだけの案内が案内板に表示されるシステムも。新駅の中でも迷うことなくスムーズに移動できそうです。
 (JR西日本・イノベーション本部 小森一担当課長)
 「ここにしかないものですので、未来の駅としてすごいものがついているなとか、これは便利だなとか、わかりやすいねとか、そういうお声をいただければ開発した甲斐があるなと」
 これらのシステムが導入される「うめきた新駅」の開業は来年春の予定です。
https://www.mbs.jp/news/kansainews/20220627/GE00044487.shtml
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 ホームドアも「ついにここまで来たか」の感があります。日本らしい世界に誇れるホームドアです。大阪は元々「進取の気性」に富んでおり、歩くエスカレーターも1970年の大阪万博で登場し、大阪が発祥の地でした。東京にはない人間味のある大阪で、このような未来のホームドアが登場した理由が分かるような気がします。訪日外国人がまた驚嘆し、世界中のニュースになることでしょう。科学技術は戦争ではなく、平和のために使用して欲しいものです。

2022年07月03日

#438 未知との遭遇

  梅雨末期の気象のせいか、昨日まで3日連続で朝の通勤通学時間帯に雨が土砂降りで、落雷も発生するなど、ものすごい気象状況が続きました。特に昨日の朝は風が強く、まるで台風のような強風が豪雨とともに吹いていました。特に8時台は落雷も発生しました。
 さて、昨日は土曜日でしたが、明光学園がオープンスクールを実施したために、時間割変更で授業をすることになりました。降車駅の倉永駅で突然風雨が強くなり、歩ける状態ではなかったので、しばらく駅舎で様子を見ていますと、突然近くに落雷しました。その瞬間は目の前が真っ白になり、直後に雷鳴がとどろきました。すると電車が来ないのに警報が鳴り遮断機が降り始め、自動改札機のボタンが点滅し始めました。おそらく駅の電源トランスに強い電流が流れ、誤作動を引き起こしたのでしょう。この状態が数分間続き元に戻りましたが、めったに味わえない貴重な体験をいました。まるで映画「未知との遭遇」でUFOが接近すると踏切の警報が鳴った場面とそっくりでした。一歩間違えば雷に打たれていたかも知れませんでした。雷鳴が聞こえてきたら充分注意する必要があります。
 ところで今年は梅雨明けが異常にに早くなりそうです。日本気象協会は次のように予想しています。
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『2022年梅雨明け予想 異例に早い6月下旬か 猛暑による熱中症と水不足に警戒を』
 日本気象協会が、本日24日(金)に発表した「2022年梅雨明け予想」によりますと、今年の梅雨明けは、異例の早さで九州南部~東北南部にかけて「6月下旬」の予想です。最も早い梅雨明けとなる所も多くなるでしょう。東北北部は7月中旬の予想です。
<2022年梅雨明け予想>
日本気象協会の「2022年梅雨明け予想」によりますと、今年の梅雨明けは、異例の早さで、九州南部~東北南部にかけて「6月下旬」の予想です。最も早い梅雨明けになる所も多くなりそうです。東北北部は7月中旬の予想です。
 この先は、太平洋高気圧の北への張り出しが強まり、平年より早く九州~本州を高気圧が覆うと予想されます。そのため九州南部~東北南部は、6月下旬に「梅雨明け」の予想です。6月下旬に梅雨明けとなると異例の早さで、最も早い梅雨明けとなる所もあるでしょう。

『6月下旬に梅雨明けとなると』
九州南部 2番目に早い(これまでの最早は1955/6/24頃、6月は2回目)
九州北部 最も早い梅雨明け(6月は初)
四国   最も早い梅雨明け(6月は初)
中国   最も早い梅雨明け(6月は初)
近畿   最も早い梅雨明け(6月は初)
東海   2番目に早い(これまでの最早は1963/6/22頃、6月は2回目)
関東甲信 最も早い梅雨明けの可能性(これまでの最早は2018/6/29頃、6月は2回目)
北陸   最も早い梅雨明け(6月は初)
東北南部 最も早い梅雨明け(6月は初)

<梅雨明けのあとは危険な暑さに警戒>
 きょう24日(金)も、気温が35℃以上の猛暑日が多数観測されるなど、暑くなっていますが、梅雨明けのあとも暑さに警戒してください。きのう23日(木)に気象庁より発表された、1か月予報でも、来月後半にかけて、気温は高め傾向が続く予想です。梅雨が早く明けると、暑い時期が長くなる恐れもあります。こまめな水分補給や屋内では適切に冷房を使用するなど、熱中症には十分に注意してください。関東甲信などでは、梅雨入り後、平年より降水量が少なくなっています。水不足にも注意してください。
https://tenki.jp/forecaster/y_maki/2022/06/24/18034.html
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 天気予報によりますと明日からしばらく晴天が続きそうです。今年は異常に梅雨明けが早くなりそうです。気象庁は数日中には梅雨明け宣言をするかもしれません。熱中症には充分ご注意ください。

2022年06月26日

#437 絵本専門店

 ここ数日梅雨の中休みが続いていますが、天気予報によれば明日から本格的な梅雨になるようです。毎年梅雨明けが7月20日前後になりますので、およそ1か月続くことになります。しとしと降る雨は歓迎ですが、ここ数年は毎年異常なほどの豪雨が降り続き、全国各地で大きな被害をもたらしています。気象庁は降水線状帯の予報を今年度から始めましましたが、的中率はわずか25%足らずだそうです。しかし局地的に大雨を降らす線状降水帯は予想できるだけでも有難いものです。大雨予報を知ることで災害を防止できます。
 さて、雨が降る日は家で読書をする人が多いと思いますが、大人も子どもも一緒に楽しめるのが絵本です。先ほど亡くなったエリック・カールの「はらぺこあおむし」は世界的なベストセラーとなっていますし、親は子どもの年齢に応じて様々な絵本を与え、一緒に楽しんでいます。
 そんな中、先日NHKの「ドキュメント72Hours」で面白い絵本専門店を紹介していました。ドキュメント72Hoursは私もよく観る番組ですが、今回紹介された書店は絵本を中心に子ども用の本を揃えた「ブックハウスカフェ」という書店で東京の神田・神保町の古書街の一角にあります。世界中の人気のある絵本はもちろん様々なジャンルの絵本が豊富に揃えてあります。
 他の児童書店と唯一異なるのは、この店はは閉店後にカウンターバーに変身することです。仕事帰りのサラリーマンがこの店に立ち寄り、アルコールを飲みながら店主の女性が絵本を読み聞かせます。数十年ぶりに絵本を読んでもらった大人たちは、みんな一堂に感慨深い思い出を語っていました。幼い頃に親や祖父母から読んでもらった絵本の内容を今でも覚えている人が意外と多く、幼いころの読書体験が大人になった今でも影響していることが示されています。
 私も幼い頃に親から絵本を含めてたくさん本を買ってもらいましたが、書名までは覚えていません。しかし学生の頃読んだ「百万回生きた猫」は今でも覚えています。
EhonNaviページからこの本の見どころを紹介します。
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『100万回生きたねこ』 作・絵 佐野洋子
 そのねこは、100万回も死んで、100万回も生きたのです。ある時は船のりのねこ、ある時はサーカスの手品つかいのねこ、どろぼうやおばあさん、小さな女の子のねこにもなりました。彼らはみんなねこを可愛がり、ねこが死ぬと泣きます。でも、ねこは1回も泣きませんでした。
 ねこは飼い主なんか嫌いだし、死ぬのなんて平気。自分のことが大好きだから、誰のねこでもない、のらねこになったのを喜んだのです。
 何度も生き死にを繰り返したという驚きの話にふさわしく、堂々とした立ち居振る舞いと、立派なひげ。そして美しい緑色の目が強く印象に残る彼の風貌。ただの一度も悲しんだことのなかったその人生、でも決して悔いている様にも見えません。
 ところがそんなねこの生き方を大きく変貌させる出来事が起こるのです。それは白く美しいねことの出会いで……。
 絵本の中で何度も語られる「100万回生きた」ねこのそれぞれの人生。どれも物語があり、簡単に通り過ぎることが出来ないくらい想像が膨らんでいきます。それでも最後の物語が全く違うのは、彼が知らなかった感情を知ってしまうから。大きな真実に気づいてしまうから。それは一体、幸せなことだったのでしょうか。
 その全く穏やかで豊かになったねこの表情を、読者は自由に読み解きながら、好きなように解釈していく、そんな楽しみがこの絵本にはあります。読み終わった時に何を思うのか。その時浮かんできた「自分の言葉」、大切に残していってくださいね。
https://www.ehonnavi.net/ehon/94/100%E4%B8%87%E5%9B%9E%
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 このブックハウスカフェをテーマにしたドキュメント72HoursはNHKBS1で6月22日(水)午後5:00-5:30に放送されますので、興味のある方はぜひ視聴してください。東京に行く機会があればぜひ行ってみたい場所です。
 絵本は子どもだけのものではありません。大人も充分楽しめる本です。絵本を楽しめない大人は何か大切なものを失っているかもしれません。雨の日にはゆっくりお気に入りの絵本を楽しみましょう。

2022年06月19日

#436 気象病

 今日は朝から晴天ですが、昨日は午前中まで雨が降り続き、気象庁は九州地方に梅雨入り宣言を出しました。いよいよ梅雨の始まりです。毎年のように九州北部は梅雨時に大雨や洪水に見舞われ、ここ太牟田でも昨年は内水氾濫で2人の死者が出ました。今年はすでに梅雨に入っている沖縄や関東、東北地方で大雨が続いており、大荒れの天気が続いています。雷雨や雹(ひょう)など近年の梅雨は極端な気候の変化が見られますので、特に梅雨末期の大雨には注意が必要です。
 さて、気象病という言葉が最近ニュースなどで取り上げられるようになりました。気圧や天気の変化に身体は異常に反応する症例ですが、面白記事を見つけましたので、転載します。
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『梅雨に多い「気象病」、気圧変化による不調はアプリで“予測”』
 梅雨が始まると、急な気圧や気温の変化によって、体調を崩す人が少なくない。その症状は、頭痛やめまい、倦怠(けんたい)感などさまざま。このような不調は「気象病」とも呼ばれ、近年、認知が広がりつつある。そんな中、気圧の変化を知ることで体調管理に役立てるアプリが重宝されている。天気予報を見るように、事前に起こりうる体調不良を確認できることから、利用者が増えているという。
「曇りや雨の日は、眠気や頭がモヤモヤするような頭痛に襲われることがあります。でも、病院に行くほどでもなかったんです。最近になって、それが気圧に左右されているとわかり、少し気持ちが楽になりました」
 こう話すのは、片頭痛持ちの30代女性。夫も同じタイミングで頭痛を訴えていた。「気象病」というのがあることを知り、自分たちの不調が気圧の影響を受けているかもしれないと思ったという。
 気圧などの変化で不調をきたし、病院を訪れる人は少なくない。愛知医科大学客員教授の佐藤純医師は、天気による体調の悪化や寒暖差による不調を「天気痛」と命名し、同大学病院で「天気痛・気象病外来」を開設して患者の治療にあたっている。
「体調を崩す3要素である気圧・温度・湿度が、耳の奥にある内耳や自律神経に作用することで、体調不良を引き起こします。特に気圧の影響が大きい。もともと高気圧で晴れている時は、体の活動性を上げる交感神経が優位になりますが、低気圧で曇りや雨の時は、休息モードの副交感神経が優位になります。しかし、現代人は運動不足や生活リズムの乱れにより自律神経の働きが弱くなっていて、天候の変化にうまく対応できなくなってしまうことがあります」
 不調を感じる「時点」にも注意したい。上空が低気圧に覆われて天気が悪くなる前、つまり、気圧変動が起きている時の方が人は体にストレスを感じやすいという。症状として表れるのは、頭痛やめまい、倦怠感、関節痛、ぜんそく、うつ病などさまざまで個人差がある。佐藤医師の「天気痛・気象病外来」には片頭痛の患者が多いという。
「いわゆる『古傷が痛む』という症状の人は、外来にはあまり来ません。患者に多い症状は頭痛で、深刻な例には、仕事を辞めてしまう人や、学校に行けなくなる子どももいます。雨が降るだけで、日常生活に支障が出るほど体調不良になるというのは、周囲の理解を得られにくいため、患者本人と家族は苦しい思いをすることがあります」
 女性患者のなかには、PMS(月経前症候群)と気象の乱れが重なった時に、体調が普段より悪くなるという人も少なくないという。
<気圧の変化を視覚化>
 気圧は肌感覚や目で見てわかるものではない。気圧の変化などを視覚化して、これから起きる体調不良を予測したスマホのアプリがある。
 気象情報会社「ウェザーニューズ」は、「天気痛予報」を配信している。大きな気圧の変化のみならず、微小な気圧変動(微気圧変動)や、毎日決まった時間に起きる「大気潮汐(たいきちょうせき)」による気圧の変動幅まで、3つの要素から予測できる1週間分の“天気痛予報”を出している。
「微気圧変動は台風シーズンの秋に起こりやすくなります。フィリピン海沖など遠くで発生した台風から、波紋のように伝わってくる微小な気圧変動でさえ、影響を受けて頭痛を引き起こす人もいます」(ウェザーニュース広報)
 ウェザーニュースのアプリのダウンロード数は3000万を超える。「天気痛予報」はそのコンテンツのひとつだが、同社によると、不調の警戒日を知らせる「天気痛アラーム」機能の登録者は20万人を超える。これは、花粉症の人向けの「花粉対策アラーム」と肩を並べる数だという。
「『天気痛アラーム』を始めたのが2020年6月だったのですが、そこから登録者が右肩上がりに増えている状況です」(ウェザーニュース広報)
 顧客関係管理(CRM)事業を展開する「ベルシステム24」は、気圧変動による体調不良が起こりやすい時間帯を予測する「頭痛ーる」というアプリを提供している。利用者の86%が女性で、20~30代が6割を占める。
https://diamond.jp/articles/-/304424
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 私も時々片頭痛がしますが、元来鈍感ですので気象病なのか判断できません(笑)!とにかく体調不良の場合は気象が関係することもあると認識しておくべきでしょう。その日の体調と気象をメモしておけば、何らかの関連性が把握でき、体調管理に役立つかもしれません。

2022年06月12日

#435 荒尾市立図書館

 今日は朝から本降りの雨が降り続いています。季節はもう6月、もうすぐ梅雨入り宣言が出る頃です。関東ではここ数日間雹(ひよう)による被害が続出しており、作物への被害が懸念されています。
 さて昨日は朝から一日中晴天で、買い物ついでに荒尾図書館へ行ってきました。荒尾まではグリーンランド行きのバスが一番便利ですが、グリーンランドに遊びに行くお客さんでバスが込み合いますので、私はひたすら自転車で行くことにしています。当塾から50分ほどかかりますが、サイクリングついでに途中寄り道をして景色を楽しながら進みます。
 荒尾図書館は荒尾シティモールの中にあります。今年の4月にリニューアルオープンしました。太牟田市立図書館の1.5倍ほどの広さがあり、ゆったりした雰囲気のつくりとなっています。また紀伊国屋書店も新しく隣接し、運営管理を委託されています。紀伊国屋書店のHPで次のようなページがあります。
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『2022年4月1日 熊本県荒尾市に荒尾市立図書館と紀伊國屋書店あらおシティモール店がグランドオープン』
 株式会社紀伊國屋書店(代表取締役会長兼社長 高井 昌史)は、2020年11月に熊本県の荒尾市及び荒尾シティプラン株式会社と締結した「荒尾市立図書館の質の向上とあらおシティモールの活性化に関する協定」に基づいてプロジェクトを進めて参りましたが、この度、4月1日に荒尾市立図書館と紀伊國屋書店あらおシティモール店がグランドオープンいたします。
 コミック・児童書・学習参考書を中心にビジネス書、実用書、CD・DVD等々、幅広いジャンルの商品を品揃えいたします。隣接区画に開館する荒尾市立図書館とともに、そして皆様とともに、歩んで参ります。図書館・カフェと隣接した立地を生かし、本の魅力を多くのお客様に伝え、最新の情報・話題の商品を提案いたします。
 荒尾市立図書館は本格的なデジタルライブラリーを備えた市立図書館として、あらおシティモールに床面積約3,300㎡(約1,000坪)、蔵書冊数約10万5千冊、電子図書館7000点、座席数約250席にて移転し、オープンいたします。指定管理者として紀伊國屋書店が運営・管理を受託しています。
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 図書館の写真や詳細は詳細はhttps://mirai.kinokuniya.co.jp/2022/03/31912/にアクセスしてください。素晴らしい雰囲気の図書館を眺めることができます。
 この荒尾市立図書館は荒尾市以外の大牟田市を含む近隣の市町村も利用できますので近隣の方々はシティモールで買物のついでにぜひ立ち寄ってください。
 また先月から「ありあけ圏域電子図書館」も始まりました。この電子図書館は大牟田市、柳川市、みやま市、長洲町に在住している人利用できる図書館です。自分のコンピュータやスマホからアクセスすることができます。現在8000タイトル以上の書籍が登録されています。
 これからも様々なタイプの図書館が登場してきますが、無料で借りることができる公立図書館は知識の宝庫です。大人も子供も大いに地元の図書館を利用したいものです。

2022年06月05日

#434 荒尾競馬閉鎖

 地方競馬と言えば、小倉、佐賀と並んで荒尾にもかつて競馬場がありました。2011年に廃止され、場外売り場が残されていましたが、それも今日移転されて廃止となりました。地元の競馬ファンに取っては懐かしい競馬場です。この荒尾競馬に関する記事を転載します。
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『学校サボって観戦、落ちこぼれ馬の覚醒…
         荒尾競馬跡地29日閉鎖、最後の食堂「寂しい」』
 場外馬券発売所として活用していた荒尾競馬場跡地(熊本県荒尾市)の旧スタンドが、発売所の移転新築に伴い29日で閉鎖される。場内に唯一残っていた食堂「朝日屋」もこの日で閉店。今秋から施設全体の解体が始まる。元馬主でもある食堂経営者の池田政照さん(84)=福岡県大牟田市=は「思い出が染みついた場所が無くなるのは、寂しくてたまらない」と惜別の念を募らせる。 
 荒尾競馬場の開設は1928年。池田さんは幼少時、祖父に手を引かれて訪れ初めてレースを見た。たちまち馬のとりこになり、「大きくなったら馬を飼う」と祖父に誓ったという。
 競馬場は戦時中に一時中断したものの46年に再開。石炭増産の国策でいち早く復旧した三池炭鉱の労働者らでにぎわった。55年から、荒尾市と県の一部事務組合による公営になった。
 池田さんによると、当時レース開催日には花火が上がったという。高校時代、花火の音が聞こえると、そわそわしたという池田さん。「競馬好きの同級生と、学校をサボって何度、競馬場に通ったことか」と笑う。上京した大学時代も、中央競馬などに通い詰めた。
 帰郷してからは、塗装会社やガソリンスタンドの経営を始めた。その先に見ていたのは、馬を飼うという幼年期からの夢。所得要件をクリアし、30代でついに馬主登録を果たした。
 池田さんの所有馬は通算約20頭。中でも忘れられないのは「ダンディジョイフル号」。中央競馬から移籍し、鳴かず飛ばずだったが「養い方次第で走る」と確信して買い取った。仕事の合間、競馬場の厩舎(きゅうしゃ)に足しげく通った。「朝日屋」の壁には、98年の優勝写真が飾られている。愛馬と並ぶ池田さんは誇らしげだ。
 しかし前年の97年、三池炭鉱が閉山。得意客を失った荒尾競馬場はその後、赤字が続き、2011年12月、約14億円の累積赤字を残して廃止された。
 当時、競馬場には10軒の食堂があった。池田さんが04年に高齢の前経営者から引き継いだ朝日屋もその一つ。競馬場の廃止で一斉に閉店したが、池田さんは「馬を近くに感じたい」と存続を決めた。
 馬券発売所の客が訪れる食堂には、その日の出馬表や予想を掲示。15年間勤める石丸フサエさん(73)、智美さん(53)親子が作るちゃんぽんや焼きそば、験担ぎのカツ丼やカツカレーが人気だった。年配の常連たちは池田さんとの競馬談議を楽しみに来店した。
 29日の営業が終われば、人生の大半を過ごした「競馬場」ともお別れ。「いよいよこの日が来た。しばらくは何も手に付きそうにない」。池田さんの目が潤んだ。
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/930995/)
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 荒尾競馬の跡地に建って、広い競馬場を眺めますと、かつての賑わいが目に浮かびます。私は競馬の趣味はありませんが、それでも所要で競馬場の前を通り過ぎるとき歓声が轟いていたことを思い出します。競馬場の広いトラックの向こうに視線を向けますとラムサール条約に登録されている荒尾干潟が有明海に広がっています。その向こう側には雲仙の普賢岳がそびえています。悠久の自然の姿は変わりませんが、人の作った物はいつしか朽ちていきます。

2022年05月29日

#433 消費者物価指数急上昇

 ウクライナ戦争は世界中に様々な悪影響を与えています。外務省のデータによりますとウクライナの小麦生産高は世界7位で、戦争のために現在輸出可能な量は1/10にすぎないということです。また4位のアメリカや6位のカナダでは天候不良のために作付けさえもできない状態が続いています。このような状況でWFP国連世界食糧計画(国連WFP)は次のように懸念しています。
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「私たちの最大の関心事のひとつは収穫です。ウクライナでは供給システムが困難に陥っており、食料が不足しています。紛争が続けば、世界的な食料危機が発生するでしょう。これほど悪いタイミングはないでしょう。アフガニスタン、エチオピア、シリア、イエメンなどの国々では、食料価格が過去最高値に達しています。食料不安に陥る人びとの数は急増しています。戦争以前からニーズは利用可能な資源を上回っていました。そして今は、食料の購入と輸送にかかるコストがより高くなったのです。」
(https://ja.wfp.org/stories/ukurainazhanzhengnongdekazhanchangni
               shijiedenajiehenoyingxiangniduisuruxuannian)
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 また消費者物価指数も急激に上昇し、2.1%を示しています。国民の給与が上がり、お金がうまく循環すればよいのですが、現実は部下だけ上昇し、国民の生活は苦しい状態が続いています。そして昨日の西日本新聞に衝撃的な記事が載っていましたので、転載します。
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『病院に行けず 制服も買えず 光熱費と食費高騰、困窮家庭を直撃』
 4月の全国消費者物価指数は、前年同月より2・1%伸びた。新型コロナウイルス禍で疲弊する困窮家庭に、エネルギーや食料品といった物価の高騰が追い打ちをかける。ロシアのウクライナ侵攻が長引く中、年内は物価の上昇が続くとの見方が広がっている。
 福岡県の40代女性は、夫と子ども5人の家族7人で暮らす。最近の光熱費は、ガス2万3千円、電気2万円…。請求書を見て「節約しているのに厳しい」とため息をつく。水道料金以外は毎月値上がりが続き、支払いは滞りがち。供給を止められることもある。
 女性の家計は困窮している。コロナ禍で、夫は建設作業員の日雇いの仕事が減った。女性は昨年8月に福祉関係の職場を辞め、希望の転職先が見つからない。コロナ禍前は夫婦の手取り収入が月25万円程度あったが、今は11万円程度。失業保険や児童手当を足しても、19万円程度にとどまる。
 そこに襲いかかるのが世界的なインフレだ。光熱費は、昨年秋ごろから本格的に上昇した。コロナ禍から世界経済が急激に回復し、原油などエネルギー相場が上がった。今年2月以降は、ロシアのウクライナ侵攻や円安の進行が重なり、価格上昇を一段と加速させた。女性が切り詰められるのは食費ぐらいだが、エネルギーだけでなく穀物や食料などの輸入価格も高騰した。
 食料品の値上げが相次ぎ、女性は3月から、生活困窮世帯の支援団体に頼るようになった。米などの食材を月1回もらうが、1週間で尽きる。食費は月に約2万円が上限で、もやしや豆腐など安い食材しか買えなくなった。子どもを優先して食事を抜く日も多く、商店を回ってパンの切れ端などをもらうこともある。
 家族が病気になっても病院に行けず、春に中学と高校に入った子どもの制服やバッグを買えなかった。「物の値上がりが落ち着く気配がない。どうやって暮らせばいいのか」と訴える。
 みずほリサーチ&テクノロジーズが物価高の影響を4月に試算したところ、年収に対する光熱費や食料品などの負担率は、年収1千万円以上の世帯は0・5%の増加だったが、年収300万円未満は2・1%増え、約4倍の開きがあった。
 酒井才介上席主任エコノミストは「光熱費や食費は生活に欠かせないため、低所得者ほど負担が大きくなる。娯楽費を切り詰めるだけでは足りず、教育費を削る家庭も出てくる。教育格差が拡大し、貧困の連鎖につながる恐れがある」と指摘する。
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/926591/)
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 確かにスーパーマーケットに行くと全体的に商品の価格が高くなっています。年金世代や生活保護者など低所得者は物価上昇によりますます生活が困窮することでしょう。今、政治の力が必要とされる時です。政党の目前の利益に左右されることなく、国民のために大ナタを振るってもらいたいと思います。

2022年05月22日

#432 三省堂、また会う日まで

 今日は5月15日、沖縄復帰の日です。本土復帰から50年経ちますが、米軍基地問題など問題が山積しており、国際情勢も反映して本来の沖縄に戻るにはまさまだ時間がかかりそうです。
 さて、東京の老舗書店の1つである三省堂ビルが建て替えのために取り壊されることになりました。読売新聞では次のように報じています。
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『三省堂の神保町本店が一時閉店、社長「本にしおりを挟むのと同じです」』
 本の街「神保町」を象徴する存在として親しまれてきた東京都千代田区の三省堂書店神保町本店が8日、建て替えのため一時閉店した。ビルの老朽化が進んだことなどが理由という。建て替え中は近くの仮店舗で営業し、2025年に新店舗での開業を予定している。
 1981年にオープンした現在の店舗は、6階まで売り場があり、約140万冊を扱っていた。同新宿区の紀伊国屋書店新宿本店などと並び、都内の大型書店の先駆けだった。本の街らしく、文芸や人文書などの書籍に詳しい店員が多かった。近年は話題の新刊を塔のように積み上げて売る「タワー積み」などが名物となっていた。
 元店員の女性(57)は、「村上春樹さんの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は発売のとき、タワー積みをして1日2000冊が売れました」と懐かしんだ。
 「お店で働く前の学生時代から訪れた思い出の店でした。本の好きなお客さんが多く、こんなことを知らないのかと怒られることもありました」という。
 閉店後の午後8時半から正面入り口で行われたセレモニーで、三省堂書店の亀井崇雄社長(46)は「一時閉店をさせていただきますが、これは本にしおりを挟むのと同じようにまた物語を再開するのに必要なステップです。我々はこの時代の大転換期に第二の創業のつもりで次世代の新しい書店を目指す挑戦をすることにいたしました」とあいさつした。一時閉店後は、6月1日から近くの仮店舗で営業を行う。
(https://www.yomiuri.co.jp/culture/20220508-OYT1T50096/)
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 以前は東京で教員研修会があったり、本の買い出しで年に1,2回上京する度に、決まって最初に行く書店が三省堂でした。JRお茶の水駅から歩いて坂を下り、小川町交差点近くにこの書店があります。店内の各階を散策しながら、面白そうな本を見つけると手にしてページをめくり、早速購入したものです。この三省堂から西へ進むと神保町の古書店街が広がっています。世界最大の古書街です。全部で百数十件ほどの古本屋が並んでおり、ぶらぶら歩きながら気に入った店に入り、書棚に視線を移したものです。
 東京には他に多くの大型書店が立ち並んでします。この数年間は東京へ行く機会はありませんが、三省堂に続いて、新宿の紀伊国屋書店本館、池袋のジュンク堂本店、東京駅にある丸善本店、それに八重洲ブックセンターには必ず足を運びます。これらの書店で入手できない本はどこへ行っても手に入りません。
 最近はアマゾンで購入することが多くなりましたが、やはり本は自ら手に取り、ページをめくって内容を確認した後に購入するものだと思います。デジタル時代でもあり、電子書籍も人気がありますが、書籍のような気がしません。やはり両手に本の重さを感じながら一字一句目を通していくのが読書の醍醐味だと思います。もし、東京へ行かれる方があれば、ぜひこれらの書店に立ち寄ってください。本の世界が広がります。

2022年05月15日

#431 グリーン葬?

 ゴールデンウィークも今日で終わり、明日から平常の生活に戻ります。今年のゴールデンウィークはコロナ規制も無くなり、全国的に様々な場所で休日を満喫した人々のニュースが流れていました。また海外で休日を過ごした人も前年度に比べ飛躍的に増え、航空業界は久しぶりに嬉しい悲鳴となりました。やはりウィズ・コロナで経済を回せば、様々な業界が活気づきます。改めて経済活動の重要性を肌で感じたところです。
 さて、埋葬に関して先日面白い話題を見つけました。欧米は宗教の影響で今でも土葬が中心です。日本でも以前は土葬していましたが、埋葬する場所や環境問題等から火葬が行われています。さらに、近年では散骨や樹木葬など故人の遺言で埋葬方針を決める遺族の方も増えています。
 ここで、ユニークな埋葬がアメリカで始まりました。「グリーン葬」と呼ばれる埋葬方式です。それではこの記事に関するニュースを転載します。
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『亡きがらを堆肥化する「グリーン葬」 米国で注目』
【5月7日 AFP】シンディ・アームストロング(Cindy Armstrong)さんは米西部の丘にたたずみ、木立のそばの一画を見つめていた。その土には今は亡き息子、アンドリュー(Andrew Armstrong)さんの亡きがらが含まれている。
 米国では家族を埋葬する際に、環境への負荷が少ない方法を選択する人が増えつつある。アームストロングさんもその一人だ。
 アンドリューさんは生前、「テラメーション」と呼ばれる方法での埋葬を強く望んでいた。ワシントン州は2019年、ひつぎを使った埋葬や火葬の代わりに、遺体を土に返す埋葬方法を米国の州として初めて合法化した。
 「最初はなぜという思いでした」とアームストロングさん。「今、埋葬を終えてみて心から賛成できるようになりました。私自身もテラメーションを選ぶつもりです」
 昨年、がんのために36歳で死去したアンドリューさんの遺体は堆肥化され、他の数十人分と一緒にシアトル(Seattle)郊外ケント(Kent)の丘で安息の眠りに就いている。
 米国で毎年数千人が選んでいる「グリーン葬」は、薬品による遺体の防腐処理や、コンクリートや金属などカーボンフットプリント(温室効果ガス排出量をCO2に換算した数値)が多い物質の使用を避けることができる。
 草木が根を張りつつある緑豊かな丘の中腹で、アームストロングさんは「息子は自然に返りたがったのです」と語った。
 この土地を所有しているのは新興企業リターンホーム(Return Home)で、同社は7か月前に近隣のオーバーン(Auburn)で事業を開始して以来、40件のテラメーションを実施している。

■「より良い死に方」
 同社の創業者でトップを務めるマイカ・トルーマン(Micah Truman)氏は「ここに葬られた人々は、より良い死に方を私たちに教えてくれているように感じます」と語る。
 倉庫ほどの大きさの部屋棚には、「ベッセル(船の意)」と呼ばれる金属製コンテナが並んでいる。コンテナの中に入れられた遺体は60日間、密封状態で分解過程を経る。
 明るい照明がついた部屋には、アップテンポの曲が流れている。この60日の間に訪れた遺族は、亡き人の人生を祝福する曲を選ぶことができる。
 ベッセルの中の遺体には防腐処理は施されていない。遺族には花や堆肥化可能な思い出の品を添えてもらう。さらに分解過程を促進するために、わらなど遺体の体重の約3倍の有機物が加えられる。その結果、出来上がる100キロ以上の堆肥は、見た目も感触も普通の腐葉土と変わらない。
 環境配慮型の埋葬を推進するNPO「グリーンベリアルカウンシル(Green Burial Council)」のエドワード・ビクスビー(Edward Bixby)会長は、世界各地で遺体の堆肥化を選択する人が増えていると語る。「基本的にわれわれは生まれてきた土に返る、ちりはちりに戻るということです」
 リターンホームで遺体の堆肥化にかかる費用は5000ドル(約65万円)で火葬とほぼ同じだが、従来の葬儀を行えばこの2~3倍の費用がかかる。
「グリーン」埋葬は、死そのものに対する自然な向き合い方だ。遺族は、遺体の埋葬準備に関わること、そして故人がこれからも生き続ける生命の一部になるのを見ることができる。
「愛する人が亡くなっても、いつでも思いをはせることはできるのです。ただ触れることができなくなっただけです」とビクスビー氏は語った。
(https://www.afpbb.com/articles/-/3403565
*なお動画をご覧になりたい方は上記のページにアクセスしてください。
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 遺体を土に帰すために、日本を除いて多くの地域で土葬が行われていますが、この遺体を「土に帰す」新しい方法として「グリーン葬」が登場したようです。遺体が完全に土に帰り、肥料として自然環境に貢献できる点で、今後注目を浴びそうな埋葬方式だと思います。
 ただし宗教や文化の違いによりどれほど普及していくかは不明ですが、人口が減少し始めた日本では墓守不在が増えており、いずれは無縁墓が急増していくと思われます。そのような状況下で自分の死後の墓守や墓参を懸念している人はグリーン葬をすることで、墓を建てる必要が無くなり、また遠隔地に住んでいる遺族の方々は墓参を気にせずに各自の家で祈りを捧げることができます。おそらく新しい形式の死者の弔い方として今後注目を引きそうな気がします。

2022年05月08日

#430 絶対に関わってはいけない人物

 今日は5月1日です。「初夏」の季語が使われる月です。また本日はメーデーや日本赤十字社創立記念日です。木々を見ながら新緑が深緑へと変化していく季節感があります。
 さて、世の中には絶対関わってはいけない種類の人間がいます。もちろん暴力団など反社会的な人物は言うまでもなく、以外に私たちが気づかない人物が周囲にいます。先日このことに関する面白い記事を見つけましたので転載します。
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『【現役僧侶が教える】絶対に関わってはいけない「4種類の人」の特徴とは?』
 わたしたちがいま生きているのは「ストレス社会」とも呼ばれる、精神的に疲労が溜まりやすい時代だ。気持ちが沈みがちな人も多いのではないだろうか。人間関係や仕事、お金や健康など、悩みの種を挙げはじめたらきりがないが、むやみにストレスを溜め込んでしまうと心身に不調をきたしてしまう。
 そこで、精神的負担を軽減するために参考になるのが、仏教の視点から人生の様々なストレスや悩みへの対処法を語るYouTubeチャンネルが人気の、現役僧侶・大愚元勝の初の著書『苦しみの手放し方』(ダイヤモンド社刊)だ。SNSでは「心が洗われた」「人生の歩み方を学んだ」といった感想が相次いでいる。本稿では、本書より一部を抜粋・編集し、友人として絶対に付き合ってはいけない「4種類の人」をご紹介する。

<絶対に避けるべき「4種類の人」とは?>
 人間は、必ず、他人の影響を受けています。だからこそ、「誰と付き合うか」が重要です。お釈迦様は、「次の4種類の人は敵であって、友に似たものにすぎない、と知るべきである」と述べ、「危険な道を避けるように、敵を遠く避けなさい」と教えています。
「4種類の敵」とは、
1)何ものでも取っていく人
・人に与えるときは少ないのに、自分が受け取るときは、できるだけ多く得ようとする人
・自分の利益のみ追及する人
2)言葉だけの人
・「あのときは、ああしてあげた」と、過去のことを恩に着せて友情を装う人
・「今度、こうしてあげるから」と、未来のことに関して友情を装う人
・なすべきことが迫ってくると、「都合が悪い」と言い出す人
3)甘言を語る人(甘言:口当たりのよい言葉)
・目の前ではお世辞を言い、裏では陰口をたたく人
・うわべだけはうまい言葉を語って、中身がともなっていない人
4)遊蕩の仲間(遊蕩:ギャンブル、お酒などに溺れること)
・飲酒、ギャンブルに明け暮れている人

のことです。

<真の友人といえる「4種類の人」とは?>
 一方で、お釈迦様は、「次の4種類の友人は、心のこもった友であると知るべきである」と述べています。「4種類の友人」とは、
1)助けてくれる友
・元気がないときに、守ってくれる人
・正常な判断ができなくなったときに、正しい行動に向かわせる人
2)苦しいときも楽しいときも一様に友である人
・窮地に陥っているときに、見捨てない人
・辛いときにも一緒にいてくれる人
3)自分のためを思って話してくれる友
・悪い道に入らないように忠告したり、大切な情報を教えてくれる人
4)同情してくれる友
・落ち目になったときに心配してくれ、上り調子のときには一緒に喜んでくれる人
・人から悪口を言われたときに、弁護してくれる人

 お釈迦様は、このような「4種類の友人」こそ「親友」であると説き、「真心を持って交流しなさい」と説いています。
 心が弱っているとき、心が欲しているとき、心が憤っているときには、悪友が寄って来やすいものです。人間関係の苦しみを手放すには、「どのような人と付き合い、どのような人と付き合わないか」の基準を持つこと。
 その基準となるのが、お釈迦様の教えにある「4種類の敵」と「4種類の友人」なのです。

<苦しみはあなたの心の「SOS」>
 あなたは今、何かしらの苦しみを胸中に抱えていらっしゃるのではないでしょうか。ひょっとしたら、あなたではなく、あなたの大切な人が「苦しみ」を抱えていらっしゃるのかもしれません。
 苦しみは、あなたの肉体や精神を傷つけ、あなたの心身の力を失わせ、あなたから貴重な時間を奪っていきます。それは一見とても不幸なことに思えるでしょう。けれども別の見方をすれば、「苦しみ」はあなたの潜在意識が発するSOSでもあるといえるのです。
 たとえば、さまざまな病気が、私たちが知らず知らずのうちに積み重ねてきた、望ましくない生活習慣に対して発せられる体からのSOS(警鐘)であるように、あなたの「苦しみ」は、あなたが知らず知らずのうちに積み重ねてきた「生き方」に対してのSOSなのです。

<日々の積み重ねが「苦しみ」や「幸福」をもたらす>
「生きる」とは、心で思ったことを言葉に表し、行動に表すことです。日々「何を思い、何を話し、何を行うのか」その積み重ねが、「苦しみ」という結果をもたらすし、また「幸福」という結果ももたらします。
 病気になりやすい生活習慣もあれば、病気になりにくい生活習慣もある。同様に「苦しみ」を生み出しやすい生き方もあれば、「苦しみ」を離れて生きる生き方もある。ぜひ、この本を読んでそのことに気づき、新たな一歩を踏み出していただきたいと思います。(本稿は、『苦しみの手放し方』より一部を抜粋・編集したものです)
(ダイヤモンド・オンライン https://diamond.jp/articles/-/302150)
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 さすがにお釈迦さまの人を見る力は素晴らしいものがります。人間の心を見つめ究極的に悟りに至った仏陀の偉大さには心より感服します。仏陀の知恵は2500年経った現代でも充分通用する人生哲学です。
 私は寝る前に時々仏教伝道協会が発行している仏教聖典(様々な経典から抜粋したもの)を開きますが、どのページを開いても仏陀の神髄が輝いています。まさに心のオアシスと言えます。
 一日置いてゴールデンウィーク後半が始まります。新コロウィルスを忘れて、久しぶりの観光も結構ですが、充分な時間がある時に今一度自分の心を見直して古今東西の名著を開き、偉大な教えに触れることも休日の過ごし方です。日頃のストレスで心が疲労しています。休日を楽しく過ごして、心を今一度リフレッシュしましょう。

2022年05月01日

#429 生まれる国を間違えた

 月日の経つのは早いもので、今週は4月の最終週となり、来週は5月を迎えます。慌ただしく始まった新年度・新学期ですがもうすぐゴールデンウィークが始まります。時間の加速度がますます速くなり、あっという間に真夏を迎えそうです(笑)!
 さてこのブログでは時々「パンドラの憂鬱」より面白い記事を転載していますが、先日興味ある日本と欧米の異文化に関する違いを述べている記事がありましたので、転載します。
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『海外「生まれる国を間違えた」北欧の空手家が語る日本人と欧米人の決定的な違いが話題に』
今回は、空手に関する動画などを各種SNSに投稿し、空手に関する書籍も数冊著しているスウェーデン出身の空手家、ジェジー・エンカンプさんが発信したメッセージからで、日本と欧米の空手家の違いを以下のように説明しています。

「欧米人は質問が好き!?
 僕たちはしばしば、あまりにも早く答えを知りたがる。
 だけど日本では真逆だ……。
 通常欧米の生徒は、動きを実践する前に、
 『何を、何故、どのように』やるのか知ろうとする。
 そうしないと意欲が湧かないんだ。
 だけど日本の生徒は、練習を積む事で答えを見つける事を推奨される。
 これが『質問による学習』と『実践による学習』の違いだ。
 先生の役割は、生徒の質問に答えるのではなく、
 自己発見に導いていく事なのではないだろうか」

 少なくともエンカンプさんは、長年空手の研鑽を積んだ上で、日本のやり方が正解だと考えているようですが、コメント欄には各国の人々から様々な意見が寄せられていました。その一部をご紹介しますので、ごらんください。

■ 本当にその通り!
  まずはやって体で覚えるしかないんだ! +3 オーストラリア

■ そう、僕もまず体を動かしてみるというやり方。
  結局はそれがベストなんだと思ってる。 ブラジル

■ 学習には「文脈」が必要だからね。
  アイキドウの練習で、ある技を何度も繰り返してると、
  ふとした時に体が何かを掴む瞬間があるんだ。
  僕が受け持っている外科の生徒たちには、
  「見るまでは見えない」と教えている。
  彼らがそのことを理解した時になって初めて、
  「それでは勉強を始めよう」と言ってるよ。 +11 アメリカ

■ 俺としては、なぜその練習をやるのかを、
  事前に理解してた方が習得が早くなると思う。
  武道の領域で日本の方がレベルが高いのは、
  説明の不足を補えるだけの高い教養が、
  多くの生徒に備わっているからなのでは? +2 カナダ

■ これはよく分かる。
  多くの欧米人は時期尚早と言えるタイミングで質問する。
  とは言え、説明が不十分な先生も多いよね。 アメリカ

■ 言ってる事は間違ってないんだけど、
  最近のカラテ道場は若い生徒さんが増えてるからね。
  日本みたいなやり方だと上手く行かないんだよ……。
  「つまらない」「楽しくない」
  「基礎ばかりで派手な技が学べない」……。
  それで諦めて辞めちゃうんだ……😥 +11 アメリカ

■ 日本の場合は、ゴールよりも道のりを楽しむ事を学べる。 イギリス

■ うん、これはかなりクールな指摘だと思う。 +2 ブラジル

■ 日本人の物事に対するアプローチは深いね。
  彼らの姿勢は、日々の訓練を単なる訓練ではなく、
  1つの長い道へと変化させるんだ。 アメリカ

(http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-4154.html)
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 確かに、上記の欧米人たちが指摘している通り、日本の「道」のつく武道(剣道や柔道、弓道など)や茶道、生け花などの伝統文化では師匠が弟子に理屈で説明しません。ひたすら型を覚えることから始めます。それも何年も繰り返し練習させて、身体で覚えさせる方法を取ります。また禅宗の座禅を体験したい外国人がたくさんいますが、禅の理屈ではなく、ひたすら座ることで禅の何かを掴んでいきます。
 このように欧米文化と日本文化の根本的な違いのひとつに言葉によるコミュニケーションの方法が全く異なることです。とにかく欧米人は言葉で理解することがコミュニケーションの基礎なので、お互いに何か言葉で伝えないと意思が伝わらないと思いますが、日本では言葉で語らずとも相手のしぐさや態度で相手の様子が分かります。
 ただし、外交関係では沈黙してはいけません。くどいほど繰り返し相手に対してこちらの意図を明確に説明しないと、誤解されたり揚げ足を取られたりします。国際交渉の場面では言葉を使った交渉が一番です。日本人らしい交渉術が必ずしも成功するとは限りません。異文化間コミュニケーションの知識が必要となる由縁です。

2022年04月24日

#428 さだまさし70歳に

 春爛漫の季節となり、いたる所で花々が咲いています。最高気温も20度を越える日が続き、半袖で過ごしてもよい気候です。
 さて、先日歌手のさだまさし氏が70際になりました。フォークソング世代の代表として様々な場面で大活躍されています。それに関連する記事がありましたので、その一部を引用します。
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<4月10日は、70歳の誕生日>
 きょう4月10日は、さだ自身の誕生日で、70歳を迎えた。今年は彼にとって1972年に吉田政美(当時・正美)とフォークデュオ「グレープ」を結成してから(レコードデビューは翌年だが)50年の節目でもある。
その音楽の原点は3歳から始めたバイオリンで、軽音楽に転じてからはギターを弾くようになる。それだけに、本来はサウンド志向で、グレープでデビューした頃は歌詞なんてついていればいい、あくまでメロディを聴かせるんだと思っていたという。そもそも歌うようになったのも、グレープの初ライブを前に、ボーカルを吉田政美と押し付け合ったあげく、じゃんけんをして負けたからにすぎない。
<「北の国から」誕生のきっかけは…>
 そんなさだにとって、歌詞はなくメロディラインをハミングなどで歌うインストゥルメンタルの「北の国から」はまさに面目躍如といえる。言わずと知れた倉本聰脚本の同名ドラマのテーマ曲だ。放送開始の前年の1980年暮れ、札幌でのコンサートの翌日に倉本の家へ招かれ、ドラマの最初の2回分のビデオを見せられると、その場で音楽を依頼された。何度も映像を見て考えた末、ようやくメロディができてギターを弾いたが、言葉が出てこず「ああー」とメロディラインを歌ったところ、倉本からOKが出たという。《言葉がなくても歌は成立するんだなぁ、と勉強になりました。言葉があったら飽きられていたかもしれない、とも思います》とさだはのちに語ってい。
 もちろん、さだの曲には、物語の形をとった歌詞で印象に残るものも多い。初めてこの形式を取り入れたのは、グレープの2ndシングル「精霊流し」(1974年)だった。彼の故郷・長崎の精霊流しでは、新盆の家が船をつくり、親類や友人が集まって故人の霊魂を流す。前年に同い年のいとこが海の事故で亡くなったことや、地元の恩人である実業家・作家の宮﨑康平の強い勧めもあって、この行事を歌うことになった。そのために物語のディテールをまずつくり、初めて身を削るようにして詞を書き上げたという。
<「軟弱」「右翼的」という批判もあった>
「精霊流し」はヒットし、日本レコード大賞の作詩賞も受賞する。しかし、それからというもの詞ばかりがあれこれ論評されるようになり、彼を悩ませることにもなった。ソロになってからの最初のヒット曲「雨やどり」(1977年)では、軒下で雨やどりしていた女性がたまたま出会った男性と恋に落ち、プロポーズされるまでを掌編小説のように歌い、人気を博すも“軟弱”と批判もされた。
 その後もさだの曲をめぐって世間ではたびたび賛否分かれて議論が持ち上がる。男性から結婚する女性への要求を並べ立てて歌にした「関白宣言」(1979年)には、“女性蔑視”だの“熱烈な夫婦愛の表現”だのさまざまな声が上がり、社会現象にまでなった。日露戦争を描いた映画『二百三高地』の主題歌としてつくられた「防人の詩」(1980年)では、映画のイメージもあいまって“軟弱”から一転“好戦的な右翼”とのレッテルを文化人などから貼られる。
 しかし、命の尊さを歌ったつもりだった彼にはそうした反応は心外であった。あまりに音楽とは違うところで批判されることにショックも受けた。「これが伝わらないところでやっていてもしょうがない」と、歌手をやめようとさえ思ったという。そこで向かったのが中国だった。鄧小平による改革開放路線が始まったばかりの1980年、大河・長江を源流へとたどりながら各地の人々や歴史を描くドキュメンタリー映画『長江』を撮影し、翌年公開する。
<映画はヒットしたが、多額の借金が…>
 映画自体はヒットし約5億円の配給収入があった。だが、それ以上に製作費がかさみ、さだは莫大な借金を抱えることになる。その総額は金利も入れると35億円におよんだという。借金を返済し、スタッフに給与を支払うためにも懸命に働くしかなかった。そのために以前から年間100回程度行っていたコンサートが、一時は160回ほどにも増えた。
 のちに当時を振り返り、ノイローゼになる暇もなく、《返すにはどうしたらいいんだろうと思うと、自転車操業で働くしかない。でも、お客さんがたくさんコンサートに来てくれた。お客さんが借金を返してくれたんです》と語っている(※3)。もちろん、客を呼ぶために、さだのほうからもトークで爆笑をとるなどサービスを惜しまなかった。もともと彼のコンサートは歌よりもトークが長いと評判だった。
 返済に追われる一方で、1987年には広島に原爆が落とされた8月6日に同じく被爆地である長崎から平和を祈る野外コンサート「夏・長崎から」をスタートさせている。広島とくらべて長崎はアピールが弱いとの思いから始めたもので、入場料は無料のため毎回少なからぬ赤字を出しながらも、2006年まで20年続いた。
<「素人でいつづけることが大切」>
 郷里ではまた、1995年に「ナガサキピーススフィア・貝の火運動」がさだの呼びかけで発足し、全国各地のボランティアと連携しながら平和の大切さを訴える活動を行っている。2003年には同運動のなかで寄せられた寄付をもとに「ナガサキピースミュージアム」も建設された。こうした一連の活動についてさだは次のように語っている。
《戦争や平和、あるいは環境の問題にしても、素人でいつづけることが大切じゃないかな。歌手である僕の役割は、それぞれの問題の入り口を示すことだと思っています。〈玄関思想〉と勝手に言っているんですが、僕の歌を聴いて、何かを感じてくれればいいんです。(文春オンラインより)
(https://bunshun.jp/articles/-/53419)
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 現在のJ-Popの先駆けとなったフォーク世代で、今でも現役として活躍しているミュージシャンはそれほど多くありません。その代表がさだまさし氏です。彼の作品には家族や人生について数多くの作品があり、他のミュージシャンと違う才能が溢れています。いつまでも活躍してもらいたいミュージシャンの一人です。

2022年04月17日

#427 消えたオバQ

 先日藤子不二雄Ⓐさんの訃報が届きました。日本の漫画黎明期を築いた偉大な漫画家のお一人です。私はオバケのQ太郎やパーマン世代ですが、全世代に愛されているドラえもんは藤子不二雄Fさんの代表作となります。
 ところでオバQに関して次のような記事を見つけましたので転載します。
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『故・藤子不二雄Ⓐさんが生前解決しきれなかった「消えたオバQ」問題』
 相棒の藤子・F・不二雄さん(享年62=本名・藤本弘)の死去から25年半。日本を代表する漫画家の藤子不二雄Ⓐさん(88=本名・安孫子素雄)の訃報に追悼の声が相次いでいる。
  小学校で出会ったFさんと共に1954年、故郷の富山県から上京。伝説のアパート「トキワ荘」の住人となり、「藤子不二雄」の共同ペンネームを使って二人三脚で創作活動に没頭した。64年に連載を始めた「オバケのQ太郎」が大ヒットし、人気漫画家の仲間入り。その後もⒶさんの描いた「忍者ハットリくん」「怪物くん」はアニメや実写化され、不動の地位を築いていった。
 「ドラえもん」「パーマン」など主に児童漫画を描いたFさんに対し、Ⓐさんは「魔太郎がくる!!」「笑ゥせぇるすまん」といった人間の欲望や心の闇をテーマにしたブラックユーモアものを得意とした。
 ちばてつや氏が「恐らく日本初のゴルフ漫画」と言う「プロゴルファー猿」や、トキワ壮の仲間と過ごした青春時代を振り返る自伝漫画「まんが道」など、あまたある名作の多くは今も単行本や文庫が販売中で、電子コミックでも読める。
 Ⓐさんの訃報を機に久々に手に取る人も多いだろうが、出世作の「オバQ」を読み返すのは数年前まで不可能に近かった。
 高い人気にもかかわらず、88年を最後に単行本の増刷がストップ。他の作品と異なり、文庫版や愛蔵版も出版されず、絶版状態はFさんの死去後、2009年に刊行された「藤子・F・不二雄大全集」にⒶさんと著者名併記で収録されるまで、20年以上も続いた。おかげで古本価格はかなり高騰したものだ。
「オバQは『藤子不二雄』としての2人の最後の共作で、著作権を共同で持つ作品です。ⒶさんはFさんについて『漫画の世界に引っ張ってくれた恩人』と繰り返し感謝と敬意を示していたほど、強固な友情の絆で結ばれていました。2人が版権の取り分を巡って揉めることは考えにくく、周囲の人々の感情のもつれで再版が見送られていたようです」(出版関係者)
 ようやく15年に新装版「オバQ」の単行本が刊行、電子コミック化もされているが、過去3度のアニメ化作品で現在、ネット配信されているのは85年開始の第3作のみ。DVDソフト化は全作されていない。
 Ⓐさんが完全に解決しきれなかった「消えたオバQ」問題──。天国で再会したFさんと共に「新しいアニメ化オバQを今の子供たちに見て欲しい」と願っているに違いない。
(https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/303649)
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 確かに元祖オバQの再放送は見たことがありません。上記のような著作権がらみの問題があったのでしょうね。名作に関してはできるだけ当時の作品をそのまま見たいものです。このオバQとは異なりますが、放送当時のまま決して再放送されないアニメに「トムとジェリー」があります。年配の方々はご存じと思いますが、初期の「トムとジェリー」はナレーションの面白さにあります。しかし放送当時のナレーションは人種差別に関する表現があるために、最近販売されている「トムとジェリー」のDVDは吹き替えがすべて新しいものに変わっており、放送当時の面白さが無くなっています。
 このようにオバQにせよ、トムとジェリーにせよ、その作品を尊重して放送された当時のままのものを見たいものです。人の考え方や倫理基準は時代とともに変わりますが、芸術作品は発表された当時の状況を鑑みてオリジナルのものを見たり聞いたりしたいものです。

2022年04月10日

#426 中国が南シナ海を欲しがる理由

 平成4年度が始まりました。今年度は4月1日に多くの企業で対面による入社式が行われました。また多くの大学で入学式が行われました。昨年はほとんど全ての入社式・入学式がオンラインで行われましたが、今年度は同じコロナ禍でも明るい雰囲気に満ちているようです。しかし徐々に感染者が増えていますので、同じ過ちを繰り返さないように、これ以上感染が広がらない対策や自助努力が必要となることでしょう。
 さて、前回のブログは「13歳からの地政学」の記事を引用しましたが、面白かったので早速ネットで購入して読んでみました。その中で気になった内容をまとめてみたいと思います。まず最初の章になぜアメリカが世界一の大国であるか、面白い説明をしています。簡単にまとめると次のようになります。

・世界の貿易はほとんどが海を経由し、海を支配するアメリカが世界の仕切り役になっている。このためアメリカのドルが世界中の貿易の大半で使われている。
・アメリカは自国通貨で外国からの物を買うことができるので、豊かになっている。
・世界のほとんどのデータは海底を経由し、海の支配は情報を押えることにつながる。
・情報はたくさん集めても、分析して使えなければ、持っていないのに等しい。
・経済成長の度合いは人口と技術の伸びによって決まる。

 上記は現在のアメリカの状況を表しています。国際決済は大半がアメリカドルなので、アメリカが世界の経済を牛耳っています。またインターネット情報はすべてがアメリカ経由で世界につながっていますので、アメリカは簡単に盗聴やデータを盗むことができます。
 次になぜ中国があれほど南シナ海に固執するかを、筆者の独特な視点で説明しています。

・核兵器は①原子力潜水艦②海中からミサイルを発射する能力③深くて安全な海、の3つを揃えて初めて最強のアイテムになる。
・中国は③である南シナ海を支配し、アメリカと対等になることを目指している。
・遠くの国と仲良くして近くの国の脅威に対応する「遠交近攻」は地政学の王道である。
・日本がアメリカと同盟を組んで、中国に対する立場を強めようとするのも、「遠交近攻」の一環である。

 私は中国が南シナ海の領土を主張しているのは単に領土拡張かと思っていましたが、著者によると実は各ミサイルを搭載した潜水艦を隠しておく場所を確保するためのようです。東シナ海などの中国の領海は海底が浅いために潜水艦が空から容易に見つかります。南シナ海は1000mを超える深海のために、空から探査するのは不可能です。著者が指摘しているように核ミサイルの本当の怖さは陸上でなく、深海に潜んでいるミサイルとなります。
 陸上のミサイルはたとえ移動式でも、軍事衛星により正確にミサイルの場所を特定し攻撃破壊することができますが、水中のミサイルは基本的に不可能です。また深海を極秘に進み敵国の領海に入って核ミサイルを発射すれば短時間で目標に到達することが可能で、先制攻撃が威力を発揮します。例えば、北朝鮮が陸上からミサイルを発射すれば警戒警報を出すことは可能ですが、北朝鮮が現在開発している核搭載のミサイルを積んだ潜水艦が就航すれば日本にとり大きな脅威となります。
 また「遠交近攻」は中国や韓国が日本に対して何でも文句を言う「いちゃもん外交」で、いかに日本が間違っているかを世界に発信しています。特に、韓国が世界中に慰安婦像を設置しているのは、日本の立場を悪くする「遠交近攻」の一例となります。
 「13歳からの地政学」には他に少数民族問題やアフリカの貧困など興味深い内容が沢山ありますので、御一読を勧めます。

2022年04月03日

#425 領土拡大の心理

 今日は朝から快晴の一日です。気象庁は本日福岡県の桜が満開したと報じました。コロナ禍で桜の下での宴会はできませんが、それでも花を愛でる気持ちは誰でも抑えられません。近くの公園や道端に咲いている桜花を目で楽しみたいものです。このように日本では戦火の音も聞こえずに平和な日々を過ごすことができますが、ヨーロッパでは連日のロシアによるウクライナ侵攻の影響を受けて各国の首脳が集まり、その対策に追われています。
 一方なぜロシアは今回ウクライナに侵攻したのでしょうか。その理由の1つにロシアが抱えている心理状態にあるようです。次の記事はロシアや中国など自国の周囲が他国に囲まれている国の心理状態をうまく説明しています。かなりの長文になりますが、ご一読ください。
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『「ウクライナ戦争」が起こる知られざる深い事情
   国際政治記者がストーリーでわかりやすく解説』
 ロシアによるウクライナへの侵攻は世界を揺るがし、ガソリンや食べ物の価格を通じて日本にも大きな影響をもたらしている。ウクライナのクリミア半島のロシアによる併合も現地で取材してきた元モスクワ特派員の田中孝幸氏が上梓した『13歳からの地政学』は、高校生の大樹と中学生の杏の兄妹と、年齢不詳の古物商「カイゾク」との会話で地政学について学べる1冊だ。今回は、ウクライナの戦争のような事態がなぜ起こるのか、本書から一部抜粋のうえ再編集して紹介する。
<なぜ領土を求め続けるのか>
 大樹:素朴な疑問なのですが、ロシアも中国もとても大きな国なのに、なぜそんなところの領土にこだわるのでしょうか? 国同士の境目は、管理ができないくらい寒くて、人もいないんですよね? なぜそんな土地を取り合うのでしょうか?
 カイゾク:ふむ、ちょっとくらいの領土なんて、こだわらなくてもいいんじゃないかということだな。しかし、実際にはそういう考えにはならない。国が大きければその分、さらに大きくしたいと思うものだ
 そこでカイゾクは、1本足の地球儀を少しずらして、デスクの真ん中に白い紙を1枚置いた。そしてそこに赤のサインペンで小さな丸を描いてから、2人に聞いた。
 カイゾク:仮にこの赤い丸を自分の領土としよう。周りはほかの国に囲まれている。そして自分の領土を守るために、周りの国も攻め取って自分のものにする
 カイゾクは赤い丸の外側に、大きな赤い丸を描いた。
 カイゾク:こうすれば、中の丸い部分は安全になる。でも、新たに取った部分は外に面しているからまだ安全ではない。せっかく大変な苦労をして、自分の国のたくさんの兵士の命を犠牲にして攻め取った部分だろうから、なんとしても取られたくないと思うのは自然だ。さあ、どうすればいいだろうか?
 大樹:やっぱりさらに外側の国も自分のものにしなければいけない、と思うのでしょうか?
 カイゾク:そうだな。自分を守るために、それに今までの苦労を無駄にしないために、さらに周りの土地をどんどん取っていこうと思うようになる。自分のものにできなくても、自分の言いなりになる子分にしようと思うようになる。しまいには、この紙全体を真っ赤に変えようとするだろう
 カイゾクはさらに大きな赤い丸を次々に描き足した。
 大樹:それって北方領土も同じでしょうか? だからロシアは、あんな小さな島なのに、日本に還そうとしないんですか?
 カイゾク:ああ、それもまったく同じだ
<なぜ隣同士仲良くできないのか?>
 杏:ちょっと待ってよ! 取るとか攻めるとかの前に、周りの国と仲良くすればいいんじゃないの? 隣同士は仲良くしたほうがいいんでしょう?
 杏は赤い丸が描かれた紙を手でたたいた。
 カイゾク:杏さん、その通りだ。だがこちらが仲良くしようとしても、相手がこちらと仲良くしたくないかもしれない、相手がこの土地を取りたいと思っているかもしれないと疑心暗鬼になるわけだ。陸続きになっているとほかの国から攻められやすいので、なおさらだ
 カイゾクは、紙の右上の隅に黒ペンで小さな丸を描いた。
 カイゾク:しかし、この黒い丸の国の人々には、このどんどん大きくなる赤い丸はどのように見えるだろうか?
 大樹:恐ろしいです。自分のところまで来るんじゃないかって
 カイゾク:そうだろう。本人は自分を守るためだけにやっているつもりでも、周りの国からは攻撃的で危険なやつだと見られるようになる。ロシアがクリミア半島を奪ったり、中国が南シナ海の島々を取ろうとしたりしている動きには、こういう心理が働いている
 杏:守るためにずっと戦ってなきゃいけないなんて悲しいね。そういうところとはどうしたら仲良くなれるのかな?
 カイゾク:それはお互い信用する関係、つまり信頼関係を築くことだ。だが信頼関係を持ち続けることは案外難しい。例えば隣同士の国でちょっとでも戦いが起きて人が死ぬと、信頼関係はかなりのダメージを受ける。普通、国は攻められればそれに抵抗して、争いになるものだ。すると、攻めたほうは『やっぱりやつらは敵だったんだ』と思って、その争いはひどくなる。たとえ隣の国が、今のままの状態で平和を保とうとしていても、そういう記憶が人々の中に残っている限り、その後も争いが起きやすくなる
 杏:平和な世界って、口で言うのは簡単だけど結構難しいのね
 カイゾク:その通りだ。中国とソ連、どちらも第2次大戦で侵略されて、1000万人をはるかに超える死者を出した。死者数で言うと、日本の4倍以上だ。だから、ほかの国をそんなに信頼していない。そして自分の安全は自分で守ろうとする。そのために、周りの国とうまくやっていけない傾向がある。こういう外国に向かって強く出る国は内部に大きな問題を抱えていて、それから人々の関心をそらそうとしていることもある
 杏:内部の問題?
 カイゾク:そうだ。それは大陸にある陸続きの大きな国の、共通の問題でもある
<国民の「反戦」声が届かない理由>
 杏:でも私たち普通の人が、侵攻をやめて、とか思っていてもどうしようもないのかな? 国には逆らえないから
 大樹:いや、選挙がありますよね? そういう国民の声を合法的に政府に届けるには、選挙でそういうことをしない政治家を選べばいいんじゃないでしょうか
 カイゾク:大樹くん、その通りだよ。だが中国のリーダーを選ぶ方法は、日本の選挙とは違う。基本的に、国民が投票でリーダーを選んでいないんだよ
 杏:えっ、そうなの? 日本はよくやってるよね、選挙。良さそうだなと思う人に投票して、その人がやっぱりあんまり良くなかったら、次の選挙の時は投票しなければいいんでしょ?
 カイゾク:ああ、日本はそうだな。杏さんが言った、国民が選挙で代表者を選ぶ仕組みが、民主主義というものだ。自分が選んだ政府であれば、納得感があるだろう。では民主主義でない国では、そのリーダーに納得できない場合、国民はどうするだろうか?
 大樹:えっと、たしかフランス革命では、王様を殺して、民主主義になったんですよね
 カイゾク:そう。王様も王妃もその取り巻きの貴族たちもギロチンで殺された。つまり、リーダーを暴力で物理的に消したということだ。選挙がある国では、負けるということは権力を失うということだけだが、選挙のない国では、負けるのは往々にして死を意味する。民主主義の利点は、暴動やギロチンがなくてもリーダーを代えられるということにつきる
 大樹:じゃあ、中国はその仕組みがないので、下手をすると国民に殺されると、えらい人たちは思っているのでしょうか?
 カイゾク:それは間違いない。だから生き延びるために必死だ
 杏:じゃあその民主主義にすればいいじゃない、中国もさ
 カイゾク:しかし、実は世界には民主主義をちゃんとできている国というのは、そんなに多くない。そして必ずしも民主主義でなくても、国民を納得させることはできる。大樹くん、毛沢東はどうやって選ばれたリーダーだい?
 大樹:今の中国を作った人だよ。どうやって選ばれたかは、えっと、建国の父だから、初めからリーダーというか
 カイゾク:ふむ、毛沢東は、戦争を勝ち抜いて国を立ち上げたリーダーだ。その圧倒的な実績で、トップであることを国民に納得させたんだな
 杏:ふぅん、その人の後は?
 大樹:鄧小平ですよね?
 カイゾク:そうだ。鄧小平は政治家だが、戦争で大きな功績をあげた軍人でもあった。そして鄧小平はその後のトップに江沢民、胡錦濤の2人を指名した。この2人はこれも戦争の実績のあった鄧小平から選ばれたということで、国民を納得させてきた。それに、鄧小平から後の時代に国はどんどん豊かになっていった
 杏:カリスマってやつだね
 カイゾク:戦争で勝てば、国民にリーダーであることを納得させやすくなるわけだ。最近でも、小さな戦争で勝って、カリスマを得ようとしているリーダーたちがいる。ロシアのプーチン大統領は、ウクライナのクリミア半島を奪って、自分の人気を急上昇させた。中国のリーダーが台湾を攻め取ろうとしているのも、同じ理由だとわしは思っている
 杏:そんな理由で戦争するなんて、なんかひどいね
 カイゾク:そうだな。そして、中国で近年リーダーになった人は、戦争に勝ち抜いたわけでもないし、そういうリーダーたちから直接選ばれたわけではない。国民にとってなぜトップとして認めないといけないのか、それまでのリーダーたちよりもわかりづらい人だ
<記者に銃を向ける国>
 カイゾク:それに民主主義をうたっている国でも、選挙でインチキをやる国もある。政府に反対する人を殺したり、牢屋に入れたりして、自分に都合のいいような結果にするんだ。例えばロシアでは、選挙の前に反対派をいろんな手を使っておさえこんで、立候補できなくするというケースが多く聞かれる
 杏:そんなことしたら選挙の意味ないじゃん!
 カイゾク:その通りだ。だが実際、そうやって高い地位にとどまり続けているリーダーは世界では結構多い
 大樹:でもそんな方法で選ばれた人を、周りの国はリーダーとして認められるのでしょうか? 国と国が仲良くするには、信頼関係が大事なのに
 カイゾク:そう、そういうリーダーたちもまさにその不安を感じているだろう。だから、都合の悪いことはできるだけ世界の目から隠そうとする。外部に知られなければ、どんな悪いことをしても世界の国々から厳しい目で見られたりしないからだ
 大樹:あ、それでさっき言っていた情報管理が必要になるわけですね
 カイゾク:ああ、一般市民が、国がひどい状態であることを世界に伝えるのを防ぐために、SNSとかインターネットを自由に使えないように厳しく制限する。そして情報管理のやり方には、もう1つ、ジャーナリストたちにあまり仕事をさせないようにすることもある
 杏:ジャーナリストって新聞とかテレビとか?
 カイゾク:そうだ。こういう場合、国民の不満を押しつぶしていることなど、都合の悪いことを世界中に伝えようとする記者たちは、政府の敵になる。そういう国々では、常に記者の通話は盗み聞きされるし、ひどい時は牢屋に入れられたり殺されたりする
 大樹:そんなこと、本当にできるんですか?
 カイゾク:これは実際に起こっていることだ。でも、いくら徹底的に情報を管理しても、ひどいことを隠し続けるのには限界がある。全部ではなくても、一部はばれることになる。そうなると、隠そうとしていること自体も批判されるようになる。いずれにしても、記者に銃を向けるような国は、それよりずっと前に自分の国民に銃を向けているわけだ。そして、記者を殺すような国に未来はない、とわしは思っている
(東洋経済ON LINE https://toyokeizai.net/articles/-/540181)
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 上記の文に出てくる「杏」の発想には多くの日本人が、特に国会議員が共感するのではないでしょうか。しかし世界には私たち全く違う考え方をする集団がいます。この国の平和を維持するために今強力な外交が必要となります。ロシアは日本政府の経済対策を受けて北方領土で軍事演習を行っています。また驚愕すべき情報としてアイヌ民族に対してロシア人と同じ祖先を共有し、アイヌ民族を保護する姿勢を打ち出しています。これはウクライナ侵攻前の状況に酷似しています。北海道占領を以前から唱えているロシアの動きを注視する必要があります。
 9条があれば平和を守れると公言する政党がいますが、「敵が攻めてきたら何もせずに両手を上げて降伏すべきだ」という考えは日本でしか通用しません。この国の平和を保つためには何が必要か、一人ひとりが(特に国会議員が)考える時が来ています。

2022年03月27日

#424 新しい季節に向かって

 昨日(19日)当塾で今年度最後の授業が終わりました。明日から27日まで年度末の休業を取り、1年間使用した問題集や資料を整理します。28日から授業を再開しますが、実質的には昨日が今年度最後の授業となりました。
 3月は別れの季節と言われます。今年度は中学3年生が4名、高校3年生が1人、大学生が1人の8名が当塾で学びましたが、大学生を除いて全員が当塾を卒業しました。中学生の何人かはまた来年度も当塾で学ぶ予定ですが、それぞれの進学先で4月から新しい季節を迎えます。
 今年で40年ほど教員として生徒と共に過ごしたことになりますが、この教職という職業は季節感のある職業だと思います。桜の花とともに新学期が始まり、体育祭や文化祭を通して生徒たちと交流し、1学期が過ぎていきます。夏休みには課外授業や部活動、生徒個人の活動等を通して、生徒の個性を伸ばしていきます。2学期は学力向上や様々な学内外の活動のために慌ただしく時間が過ぎていきます。冬休みをはさんで3学期は将来の進路を考え、生徒たちは自分に適した進路を選びます。そして、また桜の季節を迎えます。
 中学生も、高校生も勉学に部活動に一生懸命取り組む貴重な時間過ごします。10代は「疾風怒濤の時代」と言われますが、確かに勉学に悩み、友情に悩み、将来の進路に悩み、様々な出来事に一生懸命対応しなければなりません。この時期に努力を怠ると自分の希望する進路を塞ぐことになります。多くの挫折を経験しながら、この青春時代の努力に応じて自分の将来が開けてきます。すでに体験した大人から見れば、たわいもない出来事かもしれませんが、彼ら若者には何事も未体験のものばかりです。
 勉強の意味は自分自身を知ることにあります。「自分がどの分野に向いているのか」、「何に興味があるのか」、「将来の夢を実現させるために、どうすればよいか」等を時間をかけて考える時期でもあります。中学・高校時代は自分の可能性を見つける時期です。この時期をどのように過ごすかで後の長い人生が決まります。今年卒業した全国の生徒たちが有意義な人生を歩めるように心からエールを送ります。

2022年03月20日

#423 ロシアとウクライナ

 ロシアがウクライナに侵攻してから、連日トップニュースで各テレビ局が報道しています。様々な専門家が番組に出演して軍事から経済の影響まで幅広く論じていますが、ウクライナとロシアの歴史的関係があまり述べられていないのは残念です。この2か国の今までのつながりが理解できなくてはこの戦争の真実が見えてこないからです。本日はその歴史的な流れに沿って説明しているサイトから転載します。2月21日の公開ですので多少、時間的なズレはありますが、両国の歴史観を知るには充分です。
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 ロシアとウクライナの間には大きな歴史上の認識の違いがあり、それが現代まで様々な紛争に結びついている側面があります。
 ロシアとウクライナの祖ともいうべき国は、9世紀ごろにヴァリャーグと呼ばれた北欧のバイキングが立てたルーシという国です。
 やがてこの国の中でキエフが有力となり、世界史ではキエフ大公国なんて呼ばれたりします。(テストではそう呼ばれますが正式国名はルーシのままですし、別に大公とかいませんでしたが)しかしキエフ大公国は13世紀にモンゴルに滅ぼされ、その支配下となってしまいます。
 さてそこまではロシアもウクライナも同じ認識なのですが、問題はその後です。
間も無くタタールのくびきと言われたモンゴルの支配が衰え、独立した東スラブ人の国々は我こそはあの輝かしいキエフ大公国の後継者であると主張します。
 その一つが現在のロシアの直系のご先祖様モスクワ大公国。
もう一つが現在のウクライナにあったハールィチ・ヴォルィーニ大公国です。
 そしてここで大きな認識の差が生まれます。ロシア人からすればルーシはモスクワ大公国が引き継いだと考えます。だからロシア人にとってキエフのあるウクライナは同じルーシ発祥の地であり、日本人で言えば京都のような印象を持っています。
 一方ウクライナ人はハールィチ・ヴォルィーニ大公国こそがルーシの正統後継者であり、この時点でウクライナは独立したのだと考えるのです。
 その後の歴史は非常に面倒なので省きますが、プーチン大統領が経済的にはどう考えても割の合わないウクライナへの軍事的干渉を辞めないのは、ルーシの統一を熱望するロシア人の歴史認識(しかしウクライナはそれを望まない)が根底にあると私は考えています。
(大山 敬義)株式会社バトンズ CEO
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 今週の展開は、ミサイルや空爆で始まりますが、ここに至るまでには、原因としての歴史があります。
 ウクライナは、何百年もの間、ロシアの統治下に入ったり、独立したりを繰り返してきました。朝鮮半島と中国のような関係ともいえます。
 最初にウクライナがロシアの支配下に入ったのは18世紀です。それまでのウクライナは、リトアニア、ポーランド、トルコとロシアが奪い合う地域でした。
 クリミア半島周辺には、クリミア汗国という、モンゴルの末裔のムスリムの国がありましたが、1783年にロシアに滅ぼされました。この子孫が、今のウクライナの少数民族、クリミア・タタール人です。
 その後、19世紀を通して、ロシア帝国によるウクライナのロシア化が進められ、ロシア語が普及されました。
 1917年のロシア革命で、ロシア帝国が倒れたのを契機に、ウクライナ人たちは独立を宣言しました。しかし、ソ連の侵攻を受け、1921年まで続いたソ連・ウクライナ戦争(ウクライナ独立戦争)の後、ソ連に組み込まれました。
 その後、1920年代から30年代にかけて、ホロドモールと呼ばれる大量餓死の時代が来ます。豊かな穀倉地帯であるウクライナは、食糧難と財政難で極めて不安定であった初期のソ連で、収奪の対象となりました。穀物や家畜が社会主義の名によって接収され、外貨獲得のために輸出もされました。餓死者は、少なくとも400万人、1000万人にのぼったという説もあります。
 1941年、ドイツがソ連に侵攻してきたのに呼応して、一部のウクライナ人はドイツ軍に呼応して、ソ連への反乱を起こしました。第2次世界大戦は、最終的にソ連が勝利し、ウクライナ人やタタール人は強制移住させられ、彼らの農地がロシア人に与えられたりしました。
 ウクライナが独立を得たのは、1991年、ソ連が崩壊した結果です。ここに至るまでの歴史は、ウクライナ人がロシアの支配を嫌悪するには十分すぎるのですが、ロシア人は加害者としての自覚が非常に希薄です。
 ロシア人の圧倒的多数は、ウクライナ人を何百万人も餓死させたことなど知りもしません。ロシアの一部になるのがなぜそんなに嫌なのか、まったく不思議だ、くらいが、世論の大勢でしょう。ロシア帝国の頃からそうでしたが、虐げられる人々への理解と共感の完全な欠如が、世界最大の版図になるまで領土を拡大するのを可能にさせました。
(塩崎 悠輝 )静岡県立大学国際関係学部 准教授
(https://newspicks.com/movie-series/14?movieId=1886)
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 いかがでしたか。この両国に限らずヨーロッパ各国は複雑な歴史を抱えています。例えば第2次世界大戦ではドイツやイタリアが他のヨーロッパ諸国と戦いましたが、今はEUのトップとしてドイツは君臨しています。また隣に面した各国は歴史を通して常に敵対する関係が続いています。イギリスとフランスなど枚挙にいとまがありません。
 次回のブログではロシアに対してもう一つの見方をご紹介します。お楽しみに!

2022年03月13日

#422 琵琶湖は呼吸している

 3月を迎え、春めいた日差しが降り注いでいますが、今日は寒の戻りで寒い一日となっています。
 さて、毎日ニュースではウクライナ情勢が伝えられており、ロシアの侵略が止まりそうにもありません。この話題については次回のブログで述べてみようと思います。今回は面白い話題を提供します。琵琶湖と言えば日本で一番大きい湖ですが、何と呼吸をしているそうです。産経新聞の記事を転載します。
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『「琵琶湖の深呼吸」今年も確認 2年連続』
 滋賀県は1日、琵琶湖で酸素を多く含んだ表層の水が湖底の水と混ざり合う「全層循環」が昨年に続き観測されたと発表した。湖底に酸素を供給する役割を果たすことから「琵琶湖の深呼吸」とも呼ばれる。平成30~令和元年度には温暖化で観測されず、生態系への影響が懸念される事態となった。
 全層循環は例年1月下旬から2月にかけて観測される現象で、表層の水が十分に冷やされることで比重が大きくなり、下層の水と混ざりあう。
 琵琶湖で最も深いとされる北部の高島市沖合で先月下旬に行われた水質調査では、水深90メートルの湖底と表層の酸素濃度がほぼ同一となり、十分に混ざりあっていることが確認された。
 水中ロボットを使った調査では、水深90メートル地点で固有種のイサザやホンモロコの生息を確認した。
(https://www.sankei.com/article/20220201-YFKE4ZB455LPDKZJF6E4E6MQTU/)
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 琵琶湖も自然の一部です。動物と同じように呼吸して湖の環境を整え、住んでいる魚たちに新鮮な酸素や栄養を与えるのでしょう。
 ところで、不思議に思われるかもしれませんが、琵琶湖は長い時間をかけて現在の位置に移動してきたことをご存じでしょうか。最初は三重県付近で琵琶湖が形成されたそうです。それが長い年月をかけて移動し、現在の滋賀県にたどり着いたそうです。その記事をご紹介します。
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『「2cm」 琵琶湖が毎年移動している距離』
 日本で一番大きな湖といえば琵琶湖ですが、毎年少しずつ北に移動しているということはご存知でしょうか?
 移動距離は2cmほどだそうですので、目に見えて実感するのは難しいそうですが、これが長い期間を考えると大きな移動になります。
 滋賀県にある琵琶湖ですが、400万年ほど前には今の三重県伊賀市あたりにあったと言われています。そして、琵琶湖はこのまま少しずつ北に移動していくと100万年後には、日本海にくっついて湖自体が消滅する可能性があるのだそうです。残念ながら今を生きている私たちがそれを見ることはできませんが、100年足らずの人間の一生とは全く異なる長い時間で動いている自然界については改めてその壮大さを感じます。
 一般的に湖の寿命は数千年から数万年と言われているそうで、数百万年という歴史を持つ琵琶湖は世界でも有数の長寿の湖だそうです。世界最長寿国の日本に世界的長寿の湖もあるというのは何とも興味深い事実ですし、外国人観光客を呼び込めるような観光開発ができると面白いのではないかと思います。
(https://tokyomarketingblog.com/2cm-biwako-move)
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 「本当かなあ?」と言いたいところですが、歴史的事実です。これも自然の不思議と言えるでしょう。琵琶湖に関わらず、地球的規模で見れば、伊豆半島は元々太平洋にあったものがフィリピンプレートに乗り、日本列島に到着しています。また将来ハワイは日本列島に接近すると言われています。自然の景色はいつまでも変わらないと思いがちですが、悠久の時を経て姿を変えていきます。それに比べると人間の一生は朝露のごとしです。喜怒哀楽で日々を過ごしていますと、人生はあっという間に過ぎ去ってしまいます。

2022年03月06日

#421 明日は我が身?

 月末になり、長く居座っていた寒気もようやく去り、今日は春らしい気候となりました。明後日3月1日は多くの高校で卒業式が行われます。新卒の生徒たちに4月から新しい人生が待っています。「幸ある人生あれ」と、心からエールを送りたいと思います。
 さて恐れていたことが現実となりました。ロシアによるウクライナ侵攻です。連日マスコミが詳しい情報を伝えていますので、お分かりと思いますが、これは国際法に完全に違反する重大な侵略行為です。欧米各国はそれぞれの思惑があり、なかなか足並みが揃わず、現状ではロシアに対して強力な対抗手段を取れない状態が続いています。また「アメリカは軍の派遣を行使しない」とバイデン大統領が公言したこともロシアの軍事進攻のきっかけとともなっているようです。
 事の真相はさておき、個人的にさらに懸念していることは中国共産党の動きです。現在起きているロシアの「力による」行動を正当化すれば、中国は早晩台湾に侵攻することでしょう。すでに秒読みになっているかもしれません。事実ロシアがウクライナに侵攻を開始した日に中国の戦闘機9機が台湾海峡を通過し領海侵入を行っています。
 中国は数年以内に台湾侵攻を行うことを宣言をしており、台湾と同時に尖閣諸島にも侵入を開始するかもしれません。「お花畑に住んでいる」日本人にとり、ウクライナ問題は他人事ではないのです。果たして何人の日本人が現在の日本の状況を理解しているでしょうか。北方領土は終戦直前にロシアが千島・樺太に侵攻し、それ以来北方4島は旧ソ連ロシアの支配下にあります。また竹島は韓国の初代大統領李承晩が1952年に「李承晩ライン」を一方的に宣言し、それ以来韓国の実質管理下に置かれています。さらに尖閣諸島は連日のように中国による領海侵犯が行われています。つまり外交的な話し合いではいずれも解決できない状況です。実質的に日本の領土の一部が占領されている状況と言えるでしょう。
 ウクライナ問題は日本にとって対岸の火事ではないのです。軍事力による「力の行使」がこの世で一番強力な武器であるとロシアは世界に知らしめました。この前近代的な考え方が広がれば世界はまた戦火の絶えない暗黒時代へ戻ることになます。少なくとも自国は自国民が守る姿勢が無ければいつでも侵略されることを今回のロシアが如実に示しています。

2022年02月27日

#420 オリンピックで示された文化的相違

 2月も下旬となりましたが、連日最高気温が10度未満の1月のような寒気が続いています。今年の冬は例年にないほどの寒さでした。しかし、それでも梅の花や水仙が満開で、春の息吹を感じさせてくれます。
 さて、北京オリンピックは今日で閉会式を迎えますが、これほどオリンピックに対して様々な異論が出たオリンピックはないでしょう。まずスキー場を設営するために元々自然保護地区であった会場を意図的に変更し、雪の少ない北京に人工雪でスキー場を設営したのは自然破壊の愚挙でありました。またウィグル人問題やチベット問題などをうやむやにしてオリンピックを開催させたことは、平和の象徴としての五輪の終焉を如実に表しています。
 前回のブログでもお伝えしましたが、スキージャンプでの失格疑惑において、日本と欧米の対応の差は文化的違いを物語っています。文化的相違の卑近な例として挙げられるのが日米の母親の態度です。一例として、母子がクマに襲われそうになった時に日本人の母親は子どもを守るために、子どもに覆いかぶさりクマには背中を見せますが、アメリカの母親は自分の背後に子供を置き、クマに立ち向かおうとします。
 このようにある出来事に対して振る舞う行為が文化的相違として今回のスキージャンプでも見られました。日本チームの関係者は高梨選手の失格に対してIOCには強く抗議せずに、意見書を提出したと聞いています。逆に失格となった国々の関係者は今回の異常な検査に対して一斉に抗議の声をあげています。この場合日本人であれば日本人関係者が取った行動は「潔し」と受け取るのではないでしょうか。
 しかし、国際的な立場で考慮すると、今回の抗議しない日本の立場は「不正を認めた」という印象を国際社会に与えています。日本人の潔い態度は必ずしも国際社会で認められるとは限らないのです。それよりも、失格となった選手の国のオリンピック委員会と手を組んでIOCに強く抗議する態度が国際的に正しい見方とされます。
 このように色々な場面で文化的な相違が出ますが、国際社会で事を起こすときには、文化的な相違を超えた一致協力が必要になります。日本から遠いウクライナですが、日本の協力の仕方で、今後東アジアに同様な紛争事態が生じた時に各国の対応が決まります。日本が立つ位置により国際社会での日本の役割が問われます。そのような非情に重要な時期に日本が置かれていることを自覚しなければなりません。

2022年02月20日

#419 疑惑五輪

 北京オリンピックも後半に入り、様々な種目で日本人選手が活躍しています。その一方で選手や判定の仕方に関する疑惑も数多く存在しています。オリンピックは4年に1度の世界最大のスポーツイベントであり、選手たちはオリンピックに人生を賭して臨みます。そのような状況下で不正行為や判定ミスは決してあってはならないことです。
 しかし、今回の五輪では多くの疑惑が存在しているようです。ご存じのようにスキージャンプ混合団体における高梨沙良選手を含む5人の選手が「スーツの規定違反」で失格となり、以前とは異なるスーツの測定方法に大きな疑惑が生じています。またスケート・ショートトラックにおける不可解な順位判定や失格の判定、ロシアの女子フィギュアスケート選手のドーピング問題など枚挙にいとまがありますせん。本日の産経新聞ネット版では、このような状況を的確に説明しています。
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『ドーピング、疑惑判定…トラブル相次ぐ北京五輪』
 北京冬季五輪で各国代表選手らによる熱戦が繰り広げられる中、競技のルールや判定をめぐるトラブルが噴出している。フィギュアスケートでは金メダル候補にドーピング問題が浮上し、スキージャンプでは有力選手が相次いで失格する異例の事態に陥った。他にも疑惑の判定などが出ており、複数の競技で論争を呼ぶような展開となっている。
 大会中盤となった現在、最も注目を集める事件はロシア・オリンピック委員会(ROC)として出場するカミラ・ワリエワ(15)のドーピング問題だ。フィギュア女子シングル金メダル候補で、7日の団体でROC優勝に貢献。だが8日、昨年12月にロシアで開かれた大会でのドーピング検査で陽性反応が出たことが報告された。
 8日の団体表彰式は異例の延期となり、国際オリンピック委員会(IOC)は閉幕後にずれ込む可能性に言及したが、ロシアの検査機関はワリエワへの資格停止処分をわずか1日で解除。処分解除を疑問視するIOCなどがスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴する事態となった。CASは12日、裁定が出るのは14日午後と発表。裁定の中身次第では15日からの個人戦出場も危うく、団体の金メダルも取り消されかねない。
 一方、出場規定をめぐり世界的な論争に発展しているのがスキージャンプだ。混合団体で日本の高梨沙羅(25)ら4カ国5人の女子選手が1、2本目の飛躍後の検査で、「スーツの規定違反」で失格となった。同じスーツで出た個人戦では問題になっておらず、各国メディアは「あり得ない判定」「ばかげたルール」と疑問を呈する。
 全日本スキー連盟も検査方法に関する文書を国際スキー連盟(FIS)に出す方針で、関係各国も問題提起の構えを見せる。欧州メディアはFISが来季に向け、規定変更を検討していると報じるなど、最高峰の大会である五輪でのトラブルは異例の状況だ。
 ショートトラックでは中国に有利な判定を下したとの疑惑が出た。7日の男子1000メートル準決勝で、上位でゴールした韓国選手2人がビデオ判定でレーン変更違反で失格となり、中国の2選手が決勝進出。決勝でも1位のハンガリー選手がゴール後に失格、中国選手が金、銀メダルとなった。
 ある韓国紙は「史上最悪の五輪だ」と批判。韓国選手団も記者会見で「不当な判定」と訴え、IOCと国際スケート連盟(ISU)に抗議文を送り、CASに提訴する方針を示した。
 一方、河北省張家口市で開かれたバイアスロンでは、風が強く複数の選手が「鼻に凍傷ができた」「凍え死ぬ」とSNSに不満を投稿。規定では「氷点下20度以下ならレースを中止する」とされるが、スイスなどの関係者は「体感温度は氷点下30度以下だった」と異常な寒さを指摘している。
(https://www.sankei.com/article/20220213-IDOGJK4A2FIGRIDGEE2MDXQ7
ZQ/?outputType=theme_beijing2022)
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 今回のオリンピックは選手のための五輪ではなく、国威発揚を狙った中国共産党と利益追求を目指したIOCの意図が明らかになっています。一流の選手と一流の審判員が集まる五輪に不正や疑惑が存在してはなりません。今回の五輪はまさに「疑惑五輪」です。
 しかしながら、このような疑惑は国内でも生じています。高校野球選抜大会の予選で、準優勝した高校が選抜大会に出場できない事態となっています。東海地区の「2枠」の2校目に、昨秋の東海大会で準優勝した聖隷クリストファー(静岡)ではなく、ベスト4で敗退した大垣日大(岐阜)が選ばれたことを巡り、疑念の声が今も相次いでいます。常識的に考えれば、地区大会で優勝した優勝校と、準優勝校が代表として選抜大会に出場しますが、今回の代表校選定として次のようなことが判明しています
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……ところが、東海大会で優勝した日大三島(静岡)に続く2枠目は、ベスト4に終わった大垣日大(岐阜)に決まった。その理由を、東海地区の選考委員長を務めた鬼嶋一司氏は「個人能力の差」「投手力の差」「甲子園で勝てるチームかどうか」とした。同じ説明を、塚原の前でもできるのだろうか。聖隷の関係者からすれば、チームの和で決勝まで勝ち上がった聖隷の選手を否定されたような選考理由だった。……
(https://www.news-postseven.com/archives/20220213_
                      1726062.html?DETAIL)
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事の真相ははっきりしませんが、上記が選抜の理由であれば、わざわざ地区予選をする必要がありません。個人的に能力のある選手を集めている学校を代表校にすれば済みます。なぜこのような判定になるのか、理解に苦しみます。これも一言で言うと「疑惑甲子園」です。日本高野連は今回の不祥事?に関して、万人が納得するような説明をすべきです。

2022年02月13日

#418 奇妙な一致

 暦の上では立春を過ぎましたが、春は名ばかりで、まだまだ寒い日々が続きます。それでも街角の梅も花をつけ、早春賦のような雰囲気が漂っています。
 さて、新コロ禍の中で北京冬季オリンピックが始まりました。選手たちはバブル方式で競技会場と宿泊施設の往復のみ許可されています。また競技会場は無観客で、あらかじめ許可された者のみが入場可という厳戒の下に開催されています。
 ところで、多くの政府機関が選手や大会関係者に呼びかけていることがあります。それは情報の漏洩を避けるために個人の携帯を使用せずに、別途最低限度の連絡をするための携帯を持参するように呼びかけています。これは異常です。監視カメラ台数世界一の中国では個人情報の抜き取りは日常茶飯で、少しでも挙動不審な態度を示せば、警察に補導されます。香港問題で世界から非難を浴びている中でのオリンピックです。海外のマスコミもすべて行動制限が行われています。今回の五輪を一言で表せば「監視オリンピック」です。
 この北京冬季オリンピックには奇妙な一致が見られます。それは第2次世界大戦前に開催されたベルリンオリンピックが行われた世界情勢です。簡単にベルリンオリンピックの状況を述べてみます。(ウィキペディア(Wikipedia)より抜粋)

<ベルリンオリンピック>
(実施時期)
 1936年1936年8月1日から8月16日まで、ドイツのベルリンで行われたオリンピック競技大会であった。
(主催者)
 ヒトラーがオリンピックの開催を決めた後は、オリンピックを「アーリア民族の優秀性と自分自身の権力を世界中に見せつける絶好の機会」と位置づけた。
(当時の人種差別)
 ベルリンでの開催決定後にドイツの政権を握ったナチス党が、ドイツ国民の支持の下にユダヤ人迫害政策を進めて行ったことや、反政府活動家に対する人権抑圧を行っていることを受けて、ユダヤ人が多いイギリスやアメリカ、そして開催地の地位を争ったスペインなどが、開催権の返上やボイコットを行う動きを見せていた。
(第2次世界大戦前の最後の大海)
 この大会の3年後、1939年9月にドイツによるポーランド侵攻を機に第二次世界大戦が勃発し第12回東京大会と第13回ロンドン大会が中止されたため、この大会が大戦前最後の大会となってしまった。

<北京冬季オリンピック>
(実施期間)
 2022年2月4日から2月20日まで(競技により開会式前の種目もある)
(主催者)
 北京市と中華人民共和国であるが、実質的に現代のナチス党である中国共産党が支配している。人民オリンピックと謳い、漢民族の優秀性と中国の国威発揚を世界に見せつけるために絶好の位置付けと考えている。
(現在の中国をめぐる状況)
 中国はチベットやウィグルを侵略して、その民衆を虐待・殺害し、人権を蹂躙している。今回の冬季オリンピックに対し欧米の主な国々は外交的ボイコットを行っている。これはナチスドイツがユダヤ人を迫害した状況に似ている。
(今後の世界情勢)
 中国は97年の香港返還後にイギリスとの1国2制度の約束を破り、香港市民に対し中国共産党の意図をくむ行政を行い、香港市民に対し人権を蹂躙している。さらに台湾に対し軍事行動も厭わぬ発言を繰り返している。またロシアは現在ウクライナ問題を抱えており、ウクライナ侵攻の準備をしている。
 中国やロシアは世界からの非難を避けるために、オリンピック期間中は軍事行動を控えると思われるが、オリンピック終了後に具体的な行動に出る可能性が高い。従って良識ある世界の人々は両国が侵略行為を行わないように注意して世界情勢を見守る必要があり、世界の民主主義国家は団結して両国が軍事行動に出ることを阻止しなければ、第3次世界大戦への序章となるだろう。

 以上が私が夢想したベルリン五輪と北京冬季五輪の奇妙な一致です。オリンピック後の世界情勢を注視する必要性を感じます。このことが現実にならないことを強く望みます。

2022年02月06日

#417 危険!ただ今自己虫増殖中

 大学入学共通テストも何とか無事に終わり、早くも入試シーズンに突入しました。太牟田地区の高校先願入試は1月21日に実施され、当塾から1名受験し、無事に合格しました。また筑後地区の私立高校前期入試は2月2日に予定されており、当塾から中学3年生3名が受験します。さらに大学受験において、現在高校3年生が受験に向けて最後の追い込みを行っています。高校入試、大学入試に関わらず人生を決める入学試験は日々の努力の総決算です。コロナ禍の受験になりますが、体調に注意して悔いのないように頑張ってもらいたいと思います。
 ところで、新コロよりもはるかにおそろしい出来事が世の中で急速に増殖中です。いわゆる自己虫(自己中)です。先日発生した「埼玉県・ふじみ野市で起きた立てこもり事件」で、散弾銃で撃たれて人質となった医師が死亡、他の医療関係者も負傷を負いました。21年12月17日、大阪・北新地で谷本盛雄容疑者が放火殺人事件を起こし、クリニックの医師を始め多数の方が犠牲になりました。さらに19年7月に発生し36名が焼死した京都アニメーション放火事件など枚挙にいとまがありません。
 これらの凄惨な殺人事件に共通するものは「自分さえよければ他人の生命を奪ってもかまわない」という自分中心の考えです。「あおり運転」やオレオレ詐欺など「特殊詐欺」などの事件も同じ範疇に入ります。自分のことしか考えないのです。自分の利益しか考えない人間。人生がうまくいかないことで他人を巻き添えにして一緒に死のうとする卑怯者。
 今までは世間の常識が通用し、ある程度抑えられていたマイナスの感情が自己中心的な人間が増えるにつれて感情を爆発させる人間が急増しています。21年10月に発生した京王線放火・刃物刺傷事件はその最たるものでしょう。つい数か月前に発生した事件ですが、それを忘れるほどの凶悪事件が次々に発生している昨今です。
 それではこのような凄惨な事件から身を守る方法がないのでしょうか。残念ながら無いと言わざるをえません。人の多い大きなショッピングセンターでも殺傷事件は生じます。実際、20年8月に福岡ドームに隣接した「MARK IS 福岡ももち」で、15歳の少年が女性を刺殺し、警官に取り押さえられました。人通りが多い目立つ場所でも簡単に殺傷事件が発生する昨今です。
 日本社会は安全だと以前は思われていましたが、日本社会はもう安全ではなくなりました。自分の命は自分で守る時代が到来したことを上記の事件が如実に示しています。自分の命は他人任せにするのではなく、突然発生する自然災害に対しても不可抗力の人災に対しても、私たちは意識的に身を守る手段を取る必要があります。

2022年01月30日

#416 郵便局よ、お前もか!

 新コロ禍での不景気の中、様々な値上げや改革が行われています。その中にはやむを得ないものも含まれますが、給料が上がらない状況での様々な値上げは家計に直接響きます。特に食料品や生活必需品には各地で悲鳴が上がっています。
 ここにきて、別の意味で値上げともいえる事案が生じました。1月17日より開始された郵便局(正確にはゆうちょ銀行)の硬貨手数料の導入です。郵貯側には硬貨の手数料を取る正当な理由がありますが、子ども相手に小銭を扱う駄菓子屋や募金活動を行う慈善団体などには大打撃です。NHKではこのニュースを次のように報じています。かなり長い記事ですが、そのまま転載します。
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『ゆうちょ銀行 硬貨での預け入れや振り込みに手数料 きょうから』
 ゆうちょ銀行では、17日から硬貨で預け入れをする際などに枚数に応じて手数料がかかるようになりました。利用者からは理解を示す声がある一方、困惑する声も聞かれました。
 ゆうちょ銀行では、17日から硬貨で預け入れや振り込みをする際、枚数に応じて手数料がかかるようになりました。窓口では硬貨の種類にかかわらず50枚までは無料ですが、

▽51枚から100枚までは550円
▽101枚から500枚までは825円
▽501枚から1000枚までは1100円で

 これより多い場合は500枚増えるごとに550円加算されます。またATMで預け入れをする場合は、硬貨の種類にかかわらず1枚から手数料がかかります。

▽1枚から25枚までは110円
▽26枚から50枚までは220円
▽51枚から100枚までは330円です。

 硬貨の取り扱い手数料は低金利で収益環境が悪化していることもあり大手銀行や地方銀行でも導入が相次いでいて、ゆうちょ銀行では硬貨の利用が年々増えコストが膨らんでいたことから導入を決めたとしています。
 最近はキャッシュレス決済も広がっていますが、硬貨の決済が多い商店や、さい銭を扱う寺や神社などでは影響が出そうです。また駅や空港など郵便局やゆうちょ銀行の店舗以外の場所にある自社のATMの利用についても、平日の夜間や休日に限って17日から手数料が必要になりました。
 手数料について利用者の男性は「ほかの金融機関も手数料が必要だからしかたがない」と話していました。
 一方、郵便局をよく利用しているという80代の女性は「ゆうちょ銀行は自分のお財布代わりに使っているが、手数料が必要になると使いにくくなります」と話していました。

<募金活動で硬貨を取り扱う団体からは戸惑いの声>
 募金活動で硬貨を取り扱う団体からは、戸惑いの声があがっています。
このうち盲導犬の育成を行う日本盲導犬協会では、運営費の多くを企業や個人からの寄付と募金でまかなっていて、全国およそ1万8000か所の商店などに募金箱を設置しています。
 集まった募金は、商店などの協力者が年に一度、郵便局の窓口から協会に振り込んでいて、総額は年間1億5000万円に上ります。
 募金は、1円や5円といった硬貨が多いことから、手数料が募金額の1割から2割ほどになるおそれがあり、協会では善意で集まった募金が目減りしてしまうと危惧しています。また、協会には、手数料の導入に伴い、複数の協力者から「手数料を取られるなら、募金箱の設置をとりやめたい」という相談が寄せられたということです。
 こうした声を受けて、協会では、協力者に対して募金の一部を手数料に充てるよう連絡するとともに、手数料なしで募金を取り扱ってもらえるよう、ほかの金融機関に要請することにしています。
 日本盲導犬協会の横江湧真さんは「1円や10円の積み重ねで成り立っている事業なので、募金してくれた方の善意の輪に対して、硬貨だからという理由で一律に手数料を引かれてしまうのは非常に残念です」と話していました。

<駄菓子店の店主「手数料負担すると経営には痛手」>
 手数料の導入は硬貨を使った決済が多い小規模な商店で影響が出そうです。東京 江戸川区にある駄菓子店は、あめやガムなど主に100円未満の菓子を販売していて、夕方になると小銭を持った子どもたちでにぎわっています。
 消費税込みの価格で販売しているため、客から受け取る代金やお釣りは1円や5円、10円硬貨が多く、これまで店では売り上げ金をゆうちょ銀行の口座に毎日、入金して管理していました。
 しかし、17日から導入された手数料には困惑しています。客1人の1回当たりの支払い、いわゆる客単価の平均は200円ほどで、利益も多くないため、手数料を負担すると経営には痛手になるといいます。
 また、キャッシュレス決済についても、スマートフォンを持っていない子どもが多いうえ、決済事業者に支払う手数料負担もあり、導入は難しいと感じています。
 「駄菓子屋はるちゃん」の店主、内田春江さんは「子どもたちは1円玉や5円玉で支払うので、すぐに硬貨がたまってしまいます。キャッシュレス決済も難しく、困っています」と話していました。

<なぜ手数料?>
 ゆうちょ銀行が、手数料の導入を決めた理由のひとつには、硬貨の枚数を数える専用機器の維持コストが膨らんでいたことがあります。ゆうちょ銀行では、店舗の窓口で硬貨の預け入れや振り込みを受け付けると「オートキャッシャー」と呼ばれる専用の機器で、硬貨の種類ごとに枚数を数え、合計金額を計算します。
 ATMにも同じような機能を持つ機器があります。ただ、古くなった硬貨が、変形していたり汚れがついていたりした場合、機器が故障しやすくなります。
 そして、ここ最近は、故障が急激に増えていたということです。銀行では、ほかの金融機関で硬貨の取り扱い手数料の導入が相次ぐ中、これまで無料だったゆうちょ銀行に硬貨を持ち込む顧客が増えたことや、新型コロナウイルスの感染拡大で在宅時間が増える中、自宅でためていた「小銭貯金」を預け入れる顧客が相次いだことで機器を動かす回数が増え、故障が多くなったとみています。
 故障した機器の修理費に加え、持ち込まれた硬貨の輸送や保管にもコストがかさむようになり、負担は年間数億円にのぼっていたということです。
 一方、ゆうちょ銀行は、大規模災害の被災者に対する義援金は手数料の対象外にする方針です。
 ただ、今後は義援金や寄付金ごとに、事情を考慮して扱いを判断するということで、個別に問い合わせに応じるとしています。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220117/k10013434661000.html)
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 民間銀行は経営悪化のために様々な手数料を設けていますが、まさか郵便局も民間銀行に続くとは……せめて小銭を扱う業者や慈善団体には従来通りの対応をして貰いたいものです。シェークスピアの小説に出てくる有名な「ブルータスよ、お前もか」のセリフをもじって、郵便局にこのように言いたいと思います。
「郵便局よ、おまえもか!」

2022年01月23日

#415 大自然の驚異

 昨日のトンガ火山大噴火により今日の深夜に日本の太平洋岸に津波警報・注意報が出されました。火山噴火による津波はきわめて珍しく、そのせいか気象庁は津波が到着した後に警報を出す失態を演じました。気象庁によりますと地震に因る津波は10万通りのシミュレーションを基に警報を出すことができるが、今回の火山による津波は例がないということで、警報発令が遅れたと説明していました。
 この火山の噴火による津波は太平洋沿岸諸国に届き、最大1m数10㎝の高さになった地域があります。不思議なことに噴火に近い地域よりも日本やペルーなど火山から遠い国により高い津波が到着したことです。今日は大学入試共通テストの2日目ですが、津波警報などで試験を延期した大学もあるようです。朝日新聞は今回の噴火を次のように報じています。
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『トンガの海底噴火、噴煙は半径260キロに広がる 「大量の軽石も」』
 南太平洋のトンガ諸島で発生した大規模な海底火山の噴火について、防災科学技術研究所火山研究推進センターの中田節也センター長(火山地質学)は「噴煙が最大2万メートル(20キロ)近く、半径260キロにも広がっており、1991年のフィリピン・ピナトゥボ火山の噴火と似ている。噴火規模を0~8で示す火山爆発指数(VEI)も同じ6程度の可能性がある」と指摘した。
 ピナトゥボ火山の噴火では、噴出物が成層圏に大量に放出され、太陽の光が遮られて世界的に気温が下がった。2年後には記録的な冷夏となり、日本では米が大凶作となってタイ米を緊急輸入する事態になった。
 ただ、ピナトゥボ山は北半球だったのに対し、今回の噴火は南半球で起きた。今後の影響については「現状ではまだ分からない。より詳しい解析が必要で、しばらく状況を注視する必要がある」とした。
 ただ、噴火の規模が極めて大きいため、周辺にまき散らされた軽石の被害が心配されるという。「やはり海底火山が噴火した小笠原諸島の福徳岡ノ場と同じように、大量の軽石による被害が出る可能性がある。噴出量は福徳岡ノ場よりはるかに多く、広範囲に被害が出るだろう」と話した。
(https://www.asahi.com/articles/ASQ1H75PSQ1HULBJ00C.html)
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 上記の記事にあるように、ピナトゥボ火山の噴火により、冷夏となりタイ米を緊急に輸入しましたが、あまりの不味さのために、様々な料理専門家がタイ米の料理の仕方をテレビで説明していたことを思い出しました。
 実際、今回の噴火が世界にどのような影響を与えるか現時点では分かりませんが、食料自給率が極端に低い日本にとって近い将来悪影響が出そうです。また特に九州には様々な活火山が集中しており、その活動にも注目しておく必要があります。大自然の驚異は人智を超えており、自然災害にはなす術もありません。

2022年01月16日

#414 鏡開きとお年玉

 今日は成人の日です。多くの地域で成人式が開催される予定ですが、新コロの急速な感染拡大に伴い、中止や延期をする自治体もあります。オミクロン株は他の株に比べて重篤になりにくいデータがでていますが、これまでにない強い感染力を示しています。そのような状況下で、あくまでも個人の行動自粛が求められます。
 さて明日1月11日は鏡開きとなっています。地方により鏡開きを行う日が異なりますが、多くの地方では11日となっているようです。先日NHKで鏡開きに関する興味深い話をしていました。その内容を簡単にご紹介します
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<鏡開きの意味>
鏡開きの意味は、鏡餅を開いて年神様の恩恵をいただき、力を授かることです。鏡開きでは刃物は使用しません。これは、その昔刃物を使ってお餅を切ることが武士にとっての切腹を連想させたから、神様の依り代であったお持ちに刃物を向けるのは縁起でもないからといった理由が挙げられます。このため鏡開きではお餅を「切る」「割る」とは言わずに、「開く」という表現が使われるようになったと言われています。
 さらに日数が経過し、固くなった鏡餅を食べることで歯固めと言って、丈夫な歯で長生きしようという意味もあります。
<鏡開きのやり方>
鏡開きには年神様の依り代として飾ってあった鏡餅を下げて、木槌や手で開きます。これは昔の武家の慣わしで刃物は切腹を連想させるから、また神様の依り代だった鏡餅に刃物を入れてはいけないからといった理由からです。
 開いた鏡餅はさらに手で食べやすいサイズに分けます。この時、細かくなった欠片も捨てないように気を付けましょう。最後に開いた鏡餅を余さずいただいて、鏡開きは終了です。(https://lovegreen.net/lifestyle-interior/p279712/)
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 上記の記事には載っていませんが、鏡餅の由来は神社の御神体である鏡に由来するそうです。鏡に似せて餅を丸い形にして、年神様を祀ったことから丸い餅を鏡餅というようになったそうです。
 次に「お年玉」ですが、今ではすっかり子供たちにお小遣いをあげる様式に変わってしまいましたが、元来はそうではありませんでした。ウィキペウィアによりますと、次のように説明しています。
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 お年玉の語源は、正月に歳神(年神)を迎えるために供えられた、丸い鏡餅(=歳神(年神)の霊魂が宿った依り代、歳神(年神)の象徴)が、家長によって子供に分け与えられ、その餅が「御歳魂(おとしだま)」と呼ばれたことから、とする説がある。つまり、その年を、1年間を、生きるために必要な、歳神(年神)の霊魂=生命を、子供に分け与えることで、(強い生命力には、魔=災厄を退ける力がある)、子供の無事な成長を願う、宗教的な意味がある。また、これを年のありがたい賜物(たまもの)であるとして「年賜(としだま)」と呼ばれたことから、とする説もある。なお、「トシ」は「稲や稲の実り」を意味する語でもあり、歳神(年神)は豊穣神でもある。
 お年玉の習慣は中世にまでさかのぼり、主として武士は太刀を、町人は扇を、医者は丸薬を贈った。現代のように現金を渡すのが一般的になったのは、昭和30年代(1955年 - )以降だとされている。これは、経済成長とともに農村社会が解体され都市生活者となり、稲(米)や餅を作らなくなった代わりだともされている。
 また、昔は正月に子供に玩具を与えており、お金は玩具の代わり=玩具代だとする説もある。または、この場合、お金が鏡餅と同じ意味・機能を果たしているとも考えられる。例えるなら、稲(餅米)が昨年の収入、鏡餅が家産の集合体、お年玉(=砕いた鏡餅の断片)が家産からの財産分与、ということになる。
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E5%B9%B4%E7%8E%89)
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 来年から子供たちには本来の意味のお年玉として丸いお餅を1個渡しましょう。親御さんは経済的に助かりますが、子供たちからの大ブーイングが聞こえてくることでしょう(笑)。
 鏡開きにしても、お年玉にしても本来の意味を知っている人は多くないでしょう。この国に昔からある何気ない日常言葉や行事の中にこの国の文化の奥深さを歴史の重みを感じることができます。

2022年01月10日

#413 新年のご挨拶

 本日は1月4日、多くの企業にとって仕事初めの日です。しかしながら、当塾は昨日から授業を行っています。例年は12月30日から1月3日を年末年始休業日としていますが、この間に2回授業を受けない生徒がいましたので、昨夜授業をしました。今年度は塾生の大半が受験生ですので、悠長にしていられません。教える側も必然的に受験生にならざるをえません。1月15・16日が大学入試共通試験、1月21日が私立高校専願入試、2月2日が私立高校前期入試となっていますので、このひと月が勝負になります。
 さらに高校3年生は共通試験が終われば私大・国公立2次試験に向けて受験対策をする必要があり、中学3年生は私立高校入試後に県立高校入試に向かって残り1か月を頑張ることになります。
 さて、今年2022年は個人的には記念すべき年になります。この「2022」という数字は実は私の大学時代の学籍番号なのです。同じ数字が並んでいましたので覚えやすく、今でも口からすらすらと出てきます。今年一年間何か良いことがありそうな、です!(笑)
 それでは今年一年間学習塾二コラをよろしくお願いいたします。

2022年01月04日

#412 普通の幸せ

 2021年(令和3年)も今日で終わります。今年もコロナに始まり、コロナで終わった一年でした。文科省の指示により小規模の塾・予備校は運営を継続できましたので、当塾は幸い授業を休まずに運営できました。塾生たちもほとんど休まず、元気に授業に参加してくれました。
 一方、世間に目を向けますと、コロナの影響で多くの業種に不況の波が押し寄せています。特に航空業界では需要の激減により多くの客室乗務員が出向となり、中には神社の巫女さんになっている女性がニュースで報道されていました。また旅行業界、特に多くの旅館が閉鎖になったことは言うまでもありません。また非正規社員を中心に多くの失業者が今でも出ており、生活の基盤が失われたのは悲しい現実です。
 他国と比べて、現在の日本はコロナ感染が一応落ち着いていますが、それでも世界的なオミクロン株の流行や、年末年始の人出の多さに伴い、いつ大規模な流行につながるか分かりません。コロナ禍の現状に油断せず、できるだけ人込みを避けるような工夫は今でも必要です。オミクロン株が国内で流行するかどうかは一人ひとりの自覚にかかっています。
 このようにコロナ禍が続く今年一年間をふり返ってみますと、多くの人々が気づいたことがあります。それは「普通の幸せがいかに大切か」ということです。普通に働ける仕事がある。勉強ができる学校がある。家族皆が元気である。自由に移動や旅行ができる。これらはコロナ前には誰もがあまり意識しなかったことです。
 多くの人が普通に生活し、不平不満を漏らし、自分以外の外に幸せを求める傾向があったのですが、コロナ禍で生活が一変し、今まで暮らしてきた普通の生活がいかに幸せで貴重な時間だったかをようやく世の中の人々は気づき始めました。これは不幸中の幸いと言わざるをえません。コロナの発生起源については様々な憶測が乱れ飛んでいますが、一つだけ言えることは「このコロナ禍で人類は何を学んだか」ということです。その答えの一つが「普通の幸せ」です。
 日本のヘレンケラーと呼ばれた故中村久子さんの「こころの手足」という本の中に次のような詩があります。

ある ある ある
さわやかな秋の朝
「タオル取ってちょうだい」
「おーい」と答える良人がある
「ハーイ」という娘がおる
歯をみがく
義歯の取り外し かおを洗う
短いけれど指のない
まるいつよい手が何でもしてくれる
断端に骨のない やわらかい腕もある
何でもしてくれる 短い手もある
ある ある ある
みんなある
さわやかな秋の朝

 今年もいろいろありました。来る年が皆様にとって、幸せな年となりますように心から祈念します。

2021年12月31日

#411 今日はクリスマス

 今日は12月25日、クリスマスの日です。昨日はクリスマスイブで、日本国内では新コロの影響も少なく、全国各地で賑わったイブとなりました。特に都会ではクリスマスのイルミネーションが輝き、クリスマスの雰囲気を高めています。
 ところで、クリスマスの本当の意味を分かっている人がどれほどいるでしょうか。この私も幼い頃はケーキが食べられる日と思っていました(笑)。日本にはキリスト教信者が少ないせいか、25日は平日と変わらない日を過ごしますが、キリスト教が国教となっている国々では今日は休日で、多くの人が教会でお祈りしたり、家族で静かに過ごします。
 それでは、イエス・キリストは本当に12月25日の深夜に馬小屋で誕生したのでしょうか?また、本当のクリスマスとは何でしょうか?先日、明光学園のシスターから頂いた冊子を引用して、クリスマスの真の意味を考えたいと思います。
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『クリスマスの豆知識」』「希望のクリスマス」(ドン・ボスコ社)より
 英語の Christmas の語源はラテン語の「クリストス・ミサ」です。「救世主キリスト
Christ のミサ聖餐式(mass)」のことで、キリスト降誕を祝うミサのこと。
 キリストの誕生が12月25日に定められたのは、4世紀半ば、コンスタンテヌス帝統治下のローマ。12月に冬至を迎えるローマでは、冬至を経て太陽の光がよみがえるということで、12月25日は太陽神の祭日だった。そこで「キリストは正義の太陽」と考えるキリスト教徒たちがこの日をキリストの降誕祭として祝うようになった。ちなみに、キリストの誕生日が12月25日と確定できる記述は聖書にない。
 イエスがベツレヘムで誕生されたとき、星の光に導かれ、「占星術の学者たちが東の方から」(マタイ2・1)やってきた。聖書には人数も名前も明記されていないが、彼らが三つの贈り物を献げたことから「三人」、「タルシシュや島々の王が献げ物をシェバやセバの王が貢ぎ物を納めますように」(詩編72・10)という旧約の預言から「賢王」
「博士」といわれ、842年ごろラヴェンナの修道院長アグネルスによって書かれた歴史書からメルキオル、バルタザル、カスパルという名前が伝わるようになった。
 クリスマスプレゼントの始まりといわれる三博士の贈り物は……

・乳香
乳香樹かた採られる白色の樹脂。香水や薬品として用いられた。神性の象徴
・没薬
香りのよさから珍重された非情に高価な樹脂。古来死者の防腐処理に使用されたことから、将来の受難と復活の象徴
・黄金
太陽に結びつき、神の現存、その輝きを示す装飾として契約の櫃(ひつ)などの祭具に用いられ、メシアを象徴する金属。王権の象徴
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 以上が冊子の中にあるクリスマスの説明ですが、キリストの生誕日びついて私は若い頃に調べたことがあります。一説としてイエスが誕生した2000年前から同じような生活を営んでいる遊牧の民ベドウィン族がいますが、彼らでも冬にはとても寒く遊牧活動ができないそうです。まして外気温度に近い馬小屋で出産するのは不可能だ、という記述を読んだことがあります。したがってキリストはおそらく3月末か4月初めに誕生したのではないか、という説が有力のようです。少なくとも12月25日ではないようです。
 はるか2000年以上も前の出来事ですので、正確な日にちは分かりませんがヨーロッパの風習と相まってキリストの誕生日が定められたのでしょう。
 いずれにしても今日はクリスマス。 Merry Christmas to You!

2021年12月25日

#410 葉っぱが世界を救う!?

 今年も残すところ2週間足らずとなりました。大学入試共通テスト(来年の1月16,17日実施)まで1か月足らずの時期となりました。受験生は最後の追い込みに必死となっています。今年もコロナ禍での入試になりそうですが、受験生は健康に留意して難関をみごと乗り越えて欲しいものです。
 さて、先日テレビ東京 (テレQ)の「ガイアの夜明け」で面白い特集をやっていました。私は途中からしか観ていないので、詳しい内容は分かりませんが。葉っぱを使ってワクチンができるそうです。これをネットで検索してみると、次のような内容がありましたので転載します。
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『タバコの葉を使ったインフルエンザワクチンの新しい作り方』
<ワクチンとは何か>
 多くの人は誤解しています。インフルエンザワクチンは、感染を予防するためのものではありません。悪化を予防するためのものです。そもそもワクチンとは、病原ウイルスを死滅もしくは力を弱めたものです。それを体内へ入れることにより、自己免疫でウイルスに対する抗体を作る!本物の敵が来る前に練習しておくようなものです。そのため抗体の作り方に失敗すると、ワクチンに入っているウイルスで発症するリスクもあります。だからでもありますが、ワクチンを接種することによる副作用が稀ではないのです。
<これまでの作り方>
 新しい作り方と言われても、これまでの作り方はどうだったのでしょうか。そもそもウイルスは、自分単独で仲間を増やすことができません。この点が細菌類など他の生物との違いでもあります。ではウイルスはどうやって増えているのか?まず他の生きた細胞に入り込みます。その細胞内にある材料を利用して、新しいウイルスを作ります。そして細胞から出て、新たな細胞を探す!この繰り返しで倍々に増えていきます。なおワクチン製造に際しては、この細胞として主に鶏卵が用いられています。鶏卵が使われる理由は、入手しやすい材料である。また栄養分が豊富な点も重要です。とはいえ1個の卵からは1人分のワクチンしかできません。ワクチンの緊急的な大量増産が難しい理由がここにあるのです。
<新しい作り方のメリット>
新しいワクチン製造法のメリットはどこにあるのでしょうか。
1.製造期間が短縮される
 第一のメリットは、製造期間が短縮されることです。つまり鶏卵を使った従来の方法では、約6カ月かかりました。また昆虫を使った製造方法もあります。それでも3カ月かかりました。しかし今回のタバコ葉を使った方法では、1カ月で済むようです。これならば新しい型のウイルスが出現しても、直ぐに対応できます。パンデミックが起きそうな際にも、緊急措置が取れるのです。なおインフルエンザ以外のウイルスでも研究中だとか。可能性はどんどん広がります。
2.卵アレルギーの心配がない
 卵アレルギーの人は少なからずいるようです。食品アレルギーの1/3を占めるそうです。この人たちはワクチンを打てませんでした。つまり製造に際して鶏卵を使っていたからです。これが従来法の難点でもありました。とはいえ今度はタバコの葉を使います。卵アレルギーの心配がありません。昨今はアレルギー患者が増えています。そういう意味でも早く実用化して欲しい製造方法です。ただしタバコアレルギーはないのか。調べておく必要はあるでしょう。
3.感染の恐れがない
ワクチンの問題点として、接種時に感染してしまうことがあります。つまり予防のために打ったワクチンで、病気を発症する事例が稀ではないのです。とはいえワクチンの原理は、接種することにより一時的な発症を促します。そういう意味では、間違いではないのです。これも誤解してはいけません。例えばコレラのワクチンでも、接種後に微熱が出ることがあります。しかし体調不良だったり体力が衰えていると?それで重篤化することもあります。なお今回作られるワクチンは、後述するようにウイルスを含んでいるわけではありません。そのため私たちの感染リスクが下がります。これも大きなメリットです。
<ウイルスを作るわけではない>
今回開発した手法が画期的な点は、ウイルス自体は作らないことです。詳しい内容は不明ですが、ウイルスへの抵抗力を付けるために必要な成分を作る!ワクチンとは言いますが、厳密には予防薬と言えるのでしょう。タバコは生長が早く葉も大きいですね。
かつ比較的簡単に栽培できます。いずれにしても成功することを祈りたいですね。
(https://www.inc-reliance.jp/life/34400)
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 世界中で使用されている新型コロナワクチンは「遺伝子組み換え技術」を用いたワクチンですが、大々的な治験を行わずに接種しているために、多くの副作用を引き起こしています。ワクチン未接種者よりもワクチン接種者に多くの健康被害が出ている現状です。はたして、この体に優しい「葉っぱワクチンは」世界を救うことになるのでしょうか。一日も早い実用化が待たれるところです。

2021年12月19日

#409 マスターズ甲子園

 師走とはよく言ったもので、学校の先生方は現在2学期の成績処理で大忙しの日々が続いています。私も今日一日現在非常勤講師として教えている生徒たちの成績処理に追われました。教員は授業や生徒指導などで日常的に忙しいのですが、学期末は特に成績処理や生徒・保護者面談の準備などで多忙な日々を過ごします。学期末の行事が終了するまで気が抜けません。
 さて、「マスターズ甲子園」という言葉を聞いたことがありますか。先日たまたまニュースを見ていましたら、このマスターズ甲子園の特集を放送していましたので、つい最後まで観てしまいました。ウィキペディアではマスターズ甲子園のことを次のように説明しています。
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『マスターズ甲子園』
マスターズ甲子園(マスターズこうしえん)とは、高校野球にかつて出場した元高校球児たちが阪神甲子園球場を舞台に世代を超えたOBチームを結成し、野球を通しての同窓会を行い、それを生涯スポーツとし発展させて、また次世代の子供たちに野球の素晴らしさを伝えていくことを目的に2004年から毎年開催しているスポーツ大会である。別名「秋の甲子園」。
 2004年の第1回大会は1日間だけの開催だったがそれを2005年以後は2日間開催として大会を全国規模に拡大することを目指し、更に2007年以降はそれを定着させるために3日間開催の実現を目指していたが、2019年現在、2日間開催である。ただし、試合数は2020年から1日4試合から1日5試合に増加させる予定。
<それを実現させるための方針>
「1人でも多く、1チームでも多く」を目指し将来的な全国全都道府県からの出場実現を目指した大会日程の調整、プログラムの調整を図る。
また高校野球全国大会の出場の有無、プロ・アマ経験などのキャリアなどを一切問わず、同じ高校野球同窓生として甲子園に再び出場できる機会を提供する。
大会の運営は自己負担を原則とし、参加者からの会費(参加料)を基本にスポンサーからの支援を仰いで継続的な大会実施を目指す。
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 マスターズ甲子園は2004年から開催されていたのですね。全然知りませんでした。元高校生の選手たちの試合ですので、一種の同窓会のようなものでしょうか。大会の詳細はマスターズ甲子園HPをご覧ください。
 この「甲子園」とつく全国大会がたくさん開催されています。例えば「マンガ甲子園」、「書道甲子園」などが特に有名です。若者たちが「甲子園」めざして日々練習を重ねる姿は素晴らしいものです。たとえ「甲子園」に出場する機会に恵まれていなくても、その日々の努力は称賛に値します。
 若い時には打算なく何かに打ち込むことができます。たとえその夢が実現しなくても後の人生に実りのある体験となって活かされます。年齢問わずに何かに打ち込むものを持っている人は幸いです。それに夢中になることで日々の嫌なことは忘れます。あなた自身の「甲子園」は何でしょうか。

2021年12月12日

#408 神田川、逝く

 すでに師走を迎え、今年もひと月足らずとなりました。ついこの前正月を祝ったばかりでしたが、もう1年が瞬く間に過ぎてしまいました。本当に月日の経つのは早いものです。
 さて、先月22日に「神田川」の作詞をした喜多條忠さんが逝去されました。「神田川」は南こうせつさんの率いる「かぐや姫」のベストヒット曲ですが、喜多條さんはデビュー作として「マキシ―のために」の歌詞も書いています。読売新聞には次のような記事が載りました。(読売新聞からの転載です。)
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『名曲「神田川」の作詞家・喜多條忠さん死去、74歳…南こうせつさん「大事な戦友失った」』
 「神田川」など多くの作品を生み出した作詞家、喜多條忠(きたじょう・まこと)さんが11月22日、肺がんで死去した。74歳だった。告別式は近親者で行った。喪主は妻、輝美さん。
 大阪府出身。早稲田大学入学後、学生運動に飛び込み、大学は中退。放送作家をしていた時、南こうせつさん率いるフォークグループ「かぐや姫」に詞を提供。「神田川」「赤ちょうちん」「妹」を大ヒットさせた。特に、「 貴方あなた は もう忘れたかしら」と歌い出す「神田川」(1973年)は、自身の学生時代の体験をもとに、3畳一間の下宿で 同棲どうせい する男女のささやかな暮らしを描き、共感を呼んだ。「小さな 石鹸せっけん  カタカタ鳴った」という映像を喚起させる一節もあり、名作として歌い継がれている。
 青春のほろ苦さを表現したフォーク、恋愛の機微を描いたポップス、日本情緒に彩られた演歌と、その作風は多彩で、幅広い世代から支持された。ほかの代表曲に、キャンディーズ「やさしい悪魔」「暑中お見舞い申し上げます」、梓みちよ「メランコリー」、柏原芳恵(当時・よしえ)「ハロー・グッバイ」、山内恵介「スポットライト」など。小説も執筆していた。日本レコード大賞作詩賞などを受賞。2014年から20年まで日本作詩家協会会長を務めた。

<南こうせつさんのコメント>
 「神田川」などを作曲し、歌った南こうせつさんがコメントを発表した。
 喜多條さんの体調不良は知っていましたが、こんなに早く亡くなるとは思っていませんでした。奥様からの留守電で訃報を知って驚いています。
 最後に喜多條さんにお会いしたのは、今年の11月5日。御自宅に伺って、ベッドの上に仰向けのままの喜多條さんと、時に手を握りながら1時間くらい話をしました。「二人でもう一度いい歌を作ろうよ、神田川の次は三途の川じゃないからね」と冗談を言ったり昔話をしながら、喜多條さんは涙を浮かべて微笑んでいました。
 お互いまだ学生だった頃、喜多條さんは文化放送の新人の放送作家、僕はペーペーのミュージシャンでした。文化放送の近くの喫茶店で二人が意気投合して、いつかきっと青山にでっかいビルを建ててみんなで夢を語れる自由なお城を作ろうよ!と語り合ったのがつい昨日のことのようです。
 また一人大事な戦友を失い、寂しい気持ちでいっぱいです。僕はこれからもギターを抱えて歌っていくからずっと空から見守っていてください。
 さようなら喜多條忠!
(https://www.yomiuri.co.jp/culture/20211130-OYT1T50248/)
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 この「神田川」の誕生秘話として次のような話があります。喜多條さんが「神田川」の詩を創り、電話でその詩を南こうせつさんに伝えたところ、こうせつさんは歌詞を書きとりながら自然とメロディーが浮かんできたそうです。歌詞のもつ不思議な力なのでしょうか。世代を超えて今でも歌い継がれている名曲です。
 かぐや姫は「神田川」の他に、「赤ちょうちん」、「妹」、「22才の別れ」、「なごり雪」など今でも痛い継がれている多くの歌があります。
 なお、生命の永遠の尊さを歌った音楽作品「千の風になって」の訳詩と作曲などで知られた芥川賞作家の新井満(あらい・まん、本名・みつる)さんが3日、 誤嚥 性肺炎で死去されました。お二人のご冥福を心よりお祈りします。

2021年12月05日

#407 JAXA、月へ!

 北日本ではこの時期に珍しい大雪で様々な支障が生じているようです。九州でも最低気温が5度前後の日々が続いています。いよいよ本格的な冬の訪れです。新コロのオミクロン株という変種が世界的に流行し始めています。日本のコロナは現状では落ち着きを見せていますが、いつ何時オミクロン株が暴威を振るうかもしれません。インフルエンザの流行と相まって、今年の冬は充分な注意が必要です。
 さて、先日のニュースで、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)の新しいミッションが発表されました。「日本初の月面着陸」のニュースです。
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『日本初の月面着陸へ超小型探査機打ち上げ JAXA』
 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は25日、来年2月以降に、米航空宇宙局(NASA)が開発中の月に向かう次世代宇宙船「オリオン」の無人試験飛行に合わせ、超小型探査機を2基打ち上げると発表した。月探査に向けた調査や技術実証などが目的で、1基は日本の探査機としては初の月面着陸にも挑戦する。
 2基は「OMOTENASHI(オモテナシ)」と「EQUULEUS(エクレウス)」で、JAXAと東京大が共同開発。縦20センチ、横30センチ、高さ10センチ程度の超小型探査機で、オリオンを打ち上げるNASAの新型ロケット「SLS」に相乗りし、打ち上げ後は独自に月に向かう。
 オモテナシは、固体ロケットを搭載し軌道制御しながら月への着陸を目指す探査機で、将来の有人探査に備えて飛行中に地球から月周辺までの放射線の計測も行う。エクレウスは、太陽や月の重力を利用し、物流の拠点となる「宇宙港」の設置が検討されている月の裏側の地点まで効率的に到達することを目指す。月面に降ってくる隕石(いんせき)の大きさや頻度なども調べる。
 JAXAが開発した月周回衛星「かぐや」や、現在開発中の日本初の無人月面着陸機「SLIM」(スリム)などの中・大型探査機と比べ、超小型探査機は大幅なコスト削減が可能となり、民間や大学などに探査の間口を広げることも期待できる。JAXAは「超小型探査機による新たなミッションの創出、技術開発実証を行っていきたい」としている。
(https://www.sankei.com/article/20211125-4WAPEZ34I5MTNJL6GZEHT
                                  QUHVA/)
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JAXAといえば「はやぶさ1」、「はやぶさ2」で小惑星を探査し、その表面の岩石を地球に持ち帰ったことで知られています。また月面探査として「かぐや」が月面のハイビジョン映像を撮影したことでも知られています。今回はアメリカと共同して月面探査に乗り出すようです。はるか彼方の小惑星まで探査衛星を往復させた日本の科学技術は卓越しています。その技術を持ってすれば、月面調査などたやすいことと思います。
 人類は月を拠点として、将来火星や他の惑星へ移住者を送り出すことになるのでしょう。現在の科学技術では遠い将来のことになりますが、現在のおもちゃのようなロケットではなく、SF映画に登場するような高性能の宇宙船を開発して数世紀後には宇宙探査や移住する星を見つけることでしょう。SF映画はそのような人類の姿を描いています。ただし、あくまでも現在のコロナパンデミックを乗り越え、人口爆発を抑え、人間の感情や理性をコントロールできるようになったあかつきのことです。
 人類の更なる進歩や廃退は現状の課題をいかに解決するかにかかっています。私たちの子孫が豊かに暮らせるように、現在地球上にいる私たちが生態系破壊などの様々な問題を解決しなければなりません。明るい将来が来るか否かは私たち一人ひとりにかかっています。宇宙時代の到来はその後です。

2021年11月28日

#406 大牟田がロケ地に!?

 11月も下旬になり朝晩は寒くなっていきました。明日は寒冷前線が九州を通過し、その後日中の最高気温が13度前後の真冬並みの気候になるようです。本格的に冬の季節が近づくころになりました。
 さて、2016年に大牟田市を描いた映画「命スケッチ」が公開されましたが、それに続く映画のロケ地に再び大牟田が選ばれました。18日付の読売新聞電子版に関連の記事が出ていましたので、以下に転載したいと思います。
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『元炭鉱町親子描く映画「向田理髪店」 大牟田で来月撮影へ』
寂れた元炭鉱町で困難にぶつかりながらも、前を向く親子などを描く映画「向田理髪店」の撮影が、12月に大牟田市を中心に行われることが決まった。メガホンを取る森岡利行監督(61)は「都会や地方、どこで暮らしても頑張れば温かな気持ちになれる、そんな作品にしたい」と意気込んでいる。
 映画の原作は、直木賞作家・奥田英朗さんの作品で、かつて炭鉱で栄えたものの、過疎に悩む北海道の架空の街を題材とした同名の小説「向田理髪店」。
 森岡監督は「ツレがうつになりまして。」や「子猫の涙」など、様々なドラマや映画の脚本、監督を務めた。奥田さんの原作映画「純平、考え直せ」で監督を務めた後、「向田理髪店も映画化したい」と構想を練ってきたという。
「福岡のエンターテインメントを盛り上げてほしい」という県内の自身の支援者の願いもあり、舞台を北海道から九州に移してロケ地を探した。そんな中、昨年5月に訪れた大牟田市では、旧三池炭鉱施設や自然などに触れ、「小説の中のリアルを感じることができた」という。
 映画「向田理髪店」は、都会の広告代理店勤務を辞め、九州のかつての炭鉱町で理髪店を営む男性が主人公。自身と同じように東京から理髪店の跡を継ぐと地元に戻った息子との人間模様などを、宮原坑や三池港、有明海などの風景とともに、コメディータッチで描く。
 大牟田市内を中心に、12月上旬から約2週間撮影を行い、来年の秋~冬頃に全国公開予定。出演する俳優は調整中だが、「著名なキャストになる」(映画製作会社)という。
 今月15日には市役所で、森岡監督や撮影を支援する大牟田商工会議所青年部の田中達憲会長(46)らが記者会見。森岡監督は「大牟田には自分が手がけた映画にはない風景がある。温かな作品に仕上げたい」と意気込みを語った。
 田中会長は「 閉塞へいそく 感が漂う大牟田のPRとともに、撮影を通じて、市民が明るい気持ちになってもらえるよう、(撮影の)すべてに協力したい」と話した。
(https://www.yomiuri.co.jp/local/fukuoka/news/20211117-OYTNT50087/)
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 私は小説「向田理髪店」をまだ読んでいませんので、この機会に読んでみようと思います。どのような映画になるか楽しみです。「命スケッチ」では当塾のすぐ近くにある大牟田市動物園(通称、延命動物園)を舞台にした動物や人間ドラマが描かれており、映画のいたる場面に大牟田市の様々な風景が描かれていました。今度の映画撮影に大牟田市がどのように関わっていくか知りませんが、太牟田のPRになると思います。
 私が子供だった大牟田市は人口が22万人を超える国内有数の炭都で、街中がたいへん賑やかで、子供たちの歓声が溢れていました。私が大人になるにつれて、炭鉱が無くなり、街も次第に廃れていき、現在は人口11万人をかろうじて維持する地方都市になってしまいました。昔は三池港を中心とした大きな工場群が並んで、炭鉱や港は24時間体制で石炭の積み出しを行っていました。今はその面影もなく、三川抗は炭鉱の遺構を残して静かにたたずんでいます。また三池港の周囲にはだだっ広い空き地だけが残り、当時の面影はまったくありません。以前破産を財政破綻危惧する都市として北海道の夕張、九州の大牟田と言われた時期がありましたが、どちらもかつては国内最大の炭都です。この街の昔の繁栄を知っている者として隔世の感があります。

2021年11月21日

#405 落ち葉の絨毯

 あなたが首をかしげて見ていた
 あの銀杏はもうすっかり黄色
 落ち葉はあなたの足跡消して
 私に何も残さない
(♪「眼を閉じて」かぐや姫)

 季節はすでに晩秋となり、街はすっかり落ち葉の季節になりました。銀杏のある並木道は黄色い落ち葉の絨毯にすっかりおおわれて、去り行く秋の装いに彩りを添えています。北国からはすでに雪の便りが届き、今年の冬は例年にない寒い季節の予感がしています
 最近は季節の境目がはっきりしない年が増えてきましたが、それでも他国と違って日本は春夏秋冬の四季が明確に分かれており、それぞれの季節に応じた衣食や生活様式があります。日本は衣食を通して季節感を味わえる国だと思います。特に秋は紅葉を求めて海外から旅行客が押し寄せ、京都は毎日どこへ行っても混雑状態です。さすがにコロナ禍で外国人客はほとんどいませんが、週末は国内から集まった観光客で清水寺や嵐山は特に人気があります。また国内の観光地もコロナの急減に伴い、ようやく観光客が戻ってきました。このままコロナが落ち着いてくれれば、観光地に活気が戻り、経済の循環も始まることでしょう。
 私が以前滞在していたオーストラリアでは四季に当たる季節がなく、なんとなく暖かくなり、真夏を迎え、そして何となく涼しくなり、冬を迎える3シーズンとなっています。もちろん住む場所にもよりますが、私が暮らしたシドニーでは真夏は日本のような湿度の高いじめじめした夏ではなく、湿度のないカラッとした真夏で、外を歩いても汗が噴き出ることはありません。ただし紫外線が強いので、少し外出してもすぐに日焼けします。また地元の人たちは真昼には海で泳ぎません。紫外線が強すぎて皮膚がんの発症など害が多すぎるからです。泳ぐときには昼間を避けて朝または夕方に泳ぎます。またTシャツで泳ぐ人が多く見られます。
 またシドニーの冬はそれほど寒くなく、日本の11月下旬のような季節感です。朝はさすがに最低気温が10度を下回り、ヒーターを使用しますが、昼には20度近くまで気温が上がり、コートなしで過ごせる感覚です。雪が降ることはなく、年に1,2回あられが降った時もありました。
 このようにオーストラリアあまり季節感がない国です。もちろんケアンズやダーウィンのような熱帯地域では冬がなく、メルボルンやタスマニアのような南極に近い街は寒さがより厳しくなります。国土が大きいので気候差も大きくなります。
 気象庁は先日南半球でラニーニャ現象が発生したと見られると発表しています。「例えば、2020年夏から2021年春にかけてもラニーニャ現象が発生。2020年~2021年の冬は、一時的に強い寒気が流れこんだ影響で、富山市では35年ぶりに積雪が1メートルに達するなど、記録的な大雪となりました。この冬も西日本を中心に寒気が流れ込む予想がでているため、注意が必要です。」(https://tenki.jp/forecaster/deskpart/
2021/11/10/14805.htmlより)
 今年はどんな冬になるでしょうか。石油の値上がりに伴い、暖房に必要な灯油などの油も高止まりとなっています。特に暖房が必要なビニールハウスの作物には例年の1,5倍の燃料費がかかっているようです。コロナ禍で経済が下火になっている時期に燃料費の高騰が懸念されます。春が来るまでしばらく寒い季節を辛抱することになります。

2021年11月14日

#404 創立7周年を迎えました

 朝から爽やかな秋晴れの快晴が続いています。車窓から見る田畑は稲刈りがすでに終わり、来春まで静かな眠りについています。秋の日はつるべ落としと言いますが、さすがに日の暮れも早まり、今日の大牟田の日没はは17時23分となっています。
 さて、2015年11月4日に当塾が開塾して以来、早いもので7年目を迎えました。この間当塾に来る生徒が絶えることなく、毎年10名前後の塾生が学んでいます。今年は現在中学3年生が4名、高校3年生が1名、大学生が1名在籍しています。中学生と高校生は来春当塾を卒業していきますが、次にどんな生徒が来てくれるのでしょうか。新しい生徒との出会いを楽しみにしています。学習塾二コラの活動はまだまだ続きます。
 ところで個人的なことになりますが、昨日福岡雙葉学園同窓会による追悼ミサが浄水通教会で行われました。過去1年間でお亡くなりになられた旧職員や同窓生のための御ミサです。私が雙葉学園に奉職した時から公私共々大変お世話になりました森邦蔵先生が今年の3月に帰天されましたので、今年の追悼ミサは特に違ったものとなりました。
 森先生は英語科の大先輩として当時新任教師であった私に様々なことを教えて下さり、いつも叱咤激励してくださいました。また教頭先生として重責を担いながら、職員や生徒たちに慈愛の眼差しを絶えず向けられて学校運営に当たられました。そのお姿はまさに人格者でいらっしゃいました。職場から帰る方向が同じでしたので、時々週末は西新の居酒屋で盃を交わしながら、遅くまで談笑を交わした沢山の思い出があります。
 私が学習塾二コラを設立する旨を報告するためにご自宅に訪問しましたが、その帰りに近くの居酒屋で杯を交わしたのが最後になりました。コロナ禍でしばらくご無沙汰していましたが、まさかこんなに早くお別れするとは夢にも思っておりませんでした。私がいつか帰天した時に、森先生や人生の諸先輩方に胸を張って報告できるように、現在の仕事を頑張りたいと思っています。森先生大変お世話になりました。心よりお礼申し上げます。

2021年11月07日

#403 伝説の心医

 今日で10月も終わり、明日から11月(霜月)を迎えます。さすがに朝晩は気温が下がり、扱う水も冷たくなりました。あれほど暑かった10月も終わりを告げます。今年もかすかに漂う木犀の香りを楽しみながら、残り少ない秋を感じながら過ごしたいと思います。
 さて、「ホジュン・伝説の心医」がテレQで毎朝再放送されています。数年前にBS東京で放送されていたものを見ましたが、久しぶりに見ると、このドラマの秀逸さを改めて感じます。私は普段テレビでドラマを見ませんが、この番組だけは特別です。ドラマのストーリーやその内容に魅了されます。このドラマの魅力の一つに毎回様々な人間模様やどんでん返しの顛末が盛り込まれ、次に何が起こるのか視聴者に期待させ、飽きさせないことにあると思います。
 翻って、日本のドラマ、特にNHKの大河ドラマは登場人物の細かな表情や背景を詳細に描きますが、毎回の盛り上がりに欠け、見ていて退屈になり、最後まで見る気になりません。(意見には個人差があります!)人気の韓流ドラマにはいたる所に視聴者をとりこにする仕掛けがあり、それが日本女性を惹きつけている理由かもしれません。このホジュンは韓国で視聴率63%を記録したMBC放送局のドラマです。
 この「心医」とは名誉や金銭を求めず常に患者に寄り添い、患者のために全生涯を捧げる医師のことです。古今を通して医学に志す者の根底には人を救う「慈悲心」がありますが、最近では医学や医療技術の進歩により、医者の中には分析されたデーターをコンピュータ画面で確認するだけで、患者に病状を細かく尋ねようとしない医者もいます。患者個人により病状が異なり、詳しい問診をせずに患者にあった適切な治療ができるわけがありません。医者と患者の間には人間味のあるコミュニケーションが必要です。それができるか否かが名医とやぶ医者の違いだと思います。
 コロナ禍で世界中の医療従事者は日々コロナ患者に対応して激務をこなしています。まさに「医は仁術」です。そのような医療従事者に「ホジュン」はぜひ視聴して頂きたい番組の一つです。

2021年10月31日

#402 阿蘇山噴火

 10月も残り1週間となりました。10月の前半は30度を超える真夏のような日々が続いていましたが、後半になると急速に気温が下がり、秋を飛ばして初冬のような日々が続いています。北国では初雪の便りが届き、東京でも12月のような気候が続いています。本当に今年の天気は春先から例年に比べると何かおかしい状況が今日まで続いています。遅ればせながら今日の晴れ間を利用して衣替えをおこない、冬支度を整えました。
 さて、先日20日午前に阿蘇山の中岳第1火口が噴火しました。幸いに死傷者は出ませんでしたが、この噴火にともなって、火砕流が火口より1km以上に達し、噴火警戒レベルを3に上げ、入山規制を発表しています。気象庁によりますと、水蒸気噴火とみられており、マグマ噴火には至っていない様子です。
 阿蘇山は世界有数のカルデラ噴火をおこした火山です。その火砕流は福岡県の北部まで届いたと言われています。特に九州の火山活動は激しいものがあり、桜島、霧島、雲仙岳を始めとする火山が九州を貫いています。また九州南方の口永良部島や諏訪之瀬島の火山活動も活発であり、気象庁はこれらの火山活動を注視しています。
 つい2,3日前に沖縄の海岸に多量の軽石が漂着しました。この軽石は東京から南へ約1300キロ離れた小笠原諸島の海底火山「福徳岡ノ場」で8月に発生した噴火による軽石がはるばる沖縄まで漂流していったものと推察しています。またこの軽石による船舶被害が発生しました。
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 23日午後6時5分頃、沖縄県糸満市の喜屋武岬から南に約55キロの海上で、中城海上保安部の巡視艇しまぐも(約100トン)が軽石を吸い込み、エンジントラブルで航行不能となった。射撃訓練中で、同じ訓練をしていた別の巡視船に約3時間半後に引航された。乗員9人にけがはなかった。
 沖縄周辺では、海底火山から噴き出したとみられる軽石が漂流しており、同保安部は付近を航行する船舶に注意を呼びかけている。
(https://www.yomiuri.co.jp/national/20211024-OYT1T50067/)
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 日本は毎年のように地震や水害などの自然災害に見舞われますが、火山の噴火も忘れてはならない災害です。特に九州・沖縄地方は多くの火山に囲まれており、噴火の兆候が現れたら充分な注意が必要となります。
 日本という国は地球の地殻を形成する大きなプレートに囲まれており、プレートの移動やせめぎ合いにより地震や火山が発生します。日本列島の形成時期には多くの大地震や大噴火が発生し、現在のような列島の姿になっています。その過程でできたフォッサマグナや中央構造線は今でも動いており、その様子は衛星写真ではっきりと目にすることができます。
 そのような動きの激しい大地に住んでいる私たちです。古代より日本人は厳しい自然と共存してきました。そして荒ぶる自然に感謝の念を捧げてきました。私たちはこれからも自然を克服するのではなく、共存する姿勢で生き続けなければなりません。これが神道がこの国に生まれた由縁です。この大地で生きる限り、自然に感謝と敬意を示す必要があります。日本人の根本的な生き方がここにあります。

2021年10月24日

#401 親に反対された結婚がたどる結末?

 昨晩の寒冷前線の南下に伴い今年一番の寒気が日本列島に入ってきました。今朝は最低気温が15.4度を記録し今秋一番の冷え込みとなりました。いよいよ秋本番の到来となり、衣替えを急ぐ必要があります。先週までは30度を超える日が毎日続いていましたが、来週からは20度前後の最高気温になりそうです。今年の秋は極端に短くなりそうです。
 さて世の中を長らく騒がせていた話題にようやく終止符が打たれます。26日に秋篠宮真子様と小室さんの結婚記者会見が行われる予定で、この件には様々な賛成・反対意見があり、皇室の存在にも危機感が忍び寄っています。今回の件の本質は一体何だったのでしょうか。考えられることの1つに、「はたして周りに祝福されない結婚が幸せかどうか」の一言につきます。先日興味深い記事を見つけましたのでご紹介します。
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『眞子さまは、小室圭さんと結婚して本当に幸せになれるのか…「親に反対された結婚」がたどる結末は?』
<眞子さまと小室圭さん、結婚へ>
 約4年に渡って注目されてきた秋篠宮家の眞子さま(29歳)と小室圭さん(29歳)の話がここへきて進展。とうとう結婚が決まったということで話題を集めています。
正式な発表はまだとはいえ、納采の儀などをはじめとするいわゆる結婚式はおこなわず、婚姻届を提出した後はニューヨークで暮らすことになるとのこと。いろいろと取りざたされながらも最終的に「NYで事実婚」という結末には、疑問を感じる人も多いのではないでしょうか。
 個人的な意見ではありますが私は、今回のことは、小室さんはもっと前の段階で眞子さまとのお付き合いを辞退すべき案件だったと思っています。望まれていた「多くの国民が結婚を祝福する状況」をつくろうという努力もせず、自分と母親の弁明に追われたものの失敗に終わっただけで、結局は強引に結婚に持ち込んだ、というのが世間の見方ではないでしょうか。
 一方、眞子さまとしては、おそらく、「はじめて好きになった相手と、どうしても結ばれたい」という気持ちを優先させた一連の行動だったのでしょう。いろいろなことを犠牲にし、味方であった人たちを敵にまわしてまでも小室さんと結婚をしたかった。そこにあるのはもはや「愛情」ではなく、「意地」や「執着」としか思えません。ところが残念ながら、意地や執着でもぎとったその先にあるのは、必ずしも幸せとは限らないのが現実なのです。

<親に反対された結婚は、長続きしにくい⁉>
 一般的にも、意地や執着が“負のエネルギー源”となって、強引に結婚にいたるケースはあります。身近な例でいえば、「親の反対」にあって結婚するケースです。
 自分の親や、相手の親から猛反対されると、なぜかそのことを原動力に「何がなんでも結婚しなければ」と思い込むタイプの人たちがいます。『ロミオとジュリエット』の物語のように、反対されればされるほど、「私たちの恋愛や結婚には特別な価値があるに違いない」と信じて疑わず、お互いの想いを募らせることになります。
 ところが、親が反対する恋愛や結婚には、必ず問題を含んでいるものです。子どものことを誰よりも身近で見て、理解している親には、子どもに対する愛情から「ウチの子が幸せになれない理由」を本能的に嗅ぎ取っているケースも多いのです。仕事やお金といった条件面はもちろん、本人や家族に対する思いやりなど感情面にいたるまで、わが子が将来、困難におちいったり失敗したりする姿を想像できるのが親というものでしょう。

< 「意地」や「執着」は、離婚を招くもと>
 私が経験した相談事例においても、離婚にいたった夫婦の一定数は「もともと親に反対されて結婚した」と打ち明けます。「自分たちの力で結婚してみせる」という意地や、「結婚相手はこの人以外に考えられない」という執着が親の反対を乗り越えていった結果、結婚して数年たってから「想像していた結婚生活と違う……」「こんなはずじゃなかった……」という違和感が生じます。
 意地や執着による結婚は、二人が結婚できたことで目的は達成されます。目的が達成されれば、その後、永続的に愛情を育んでいくためのエネルギー源もなくなります。そこではじめて冷静になり、「親があんなに反対していたのは、私のことを心配してくれていたからなんだ」と気づくようになるのです。
 もちろん、そこであらためて自分の本当の幸せを考えるのも悪いことではありません。自分の人生で幸せになろうとすることに、「手遅れ」はないからです。
 ただ、「してやったり」という気持ちで“押し切り婚”を決行するよりは、愛してくれるすべての人に祝福されて「ありがとう」という気持ちで結婚するほうが、幸せへの近道であることはたしかでしょう。
(https://allabout.co.jp/gm/gc/489630/)
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あくまでも一般論ですが、結婚を目的とした交際は長続きしません。結婚は二人の人生の始まりだからです。毎日一緒にいることで情熱も冷め、お互いを冷静に見ることができるようになり、欠点も目立つようになります。そこから本当の愛が始まるのです。愛は情熱でなく忍耐です。お互いどれほど忍耐できるかが結婚のカギとなります。

2021年10月17日

#400 ウィルスは自壊する!?

10月も上旬が終わろうとしていますが、日中は30度を超える残暑が毎日続いています。天気予報ではあと1週間ほど厳しい残暑が続くそうです。体調の管理に気をつけたいものです。
 さて、ここひと月ほどで新型ウィルスの感染者数が急激に減少しています。これはワクチン接種が進んだこともありますが、それだけでは明確な理由とはなりません。専門家も首をかしげるばかりです。政府が今度の選挙のために故意に感染者数をコントロールしている旨の陰謀論を主張する者もいますが、ここで新しい仮説が登場しています。ウィルスが自壊するというものです。言葉自体分かりにくいものですが、次のような説明があります。
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『東京都のコロナ新規感染者数 7-9月が「6.9倍と急増→24分の1へと急減」した理由』
 「今年の夏に新規感染者が急増した理由は、緊急事態宣言・まん延防止等重点措置疲れで、感染症対策の気の緩みから人流が増えてマスクの着用や3密回避の行動などがおろそかになった、などといわれてきました。しかし、それだけで7倍近い新規感染者増になるとは考えにくい。そもそも通常のコロナウイルスによる風邪は、冬と夏に流行します。今回はその季節性の要因に加えて従来株よりも感染力が強いデルタ株が出現したからでしょう」
 では、その後に新型コロナの新規感染者数が急に減少したのはなぜか?人流が減ったからではない。都が公表している「東京都内における繁華街の混雑状況および滞在人口(人出)の増減状況」を見ると、お盆の時期を除き、8月以降の東京、新宿、渋谷、品川、立川などのターミナル駅の15時での人出は大きく減っていない。銀座、六本木、池袋など21時での繁華街も同じだ。
 ワクチンのおかげなのか?都の資料によると新規感染者数が減少に向かう8月13日時点での2回接種完了者は60代62.2%、70代81.8%、80代以上81.7%。確かに感染・重症化リスクの高い高齢者のワクチン接種は進んでいたが、全体で見ると27.9%。集団免疫が獲得される状況でもなかった。つまり、新規感染者数激減は、ワクチンだけによるものでもなさそうだ。新規感染者数の激減も、急増と同じくウイルス変異にその原因があったのかもしれない。

<新型コロナウイルスが自壊を始めた?>
「そこで注目されているのがドイツの生物物理学者で1967年のノーベル化学賞受賞のマンフレート・アイゲン博士が71年に発表した『エラーカタストロフの限界』という考え方です」
 ウイルスは増殖する際にコピーミスが起き、変異株が出現する。その中には増殖の速いタイプのウイルスが生まれ、急速に感染拡大していく。ところが、増殖が速ければそれだけコピーミスも増える。結果、ある一定の閾値を超えると、今度はそのウイルスの生存に必要な遺伝子までも壊してしまい、ウイルスが自壊する、という考え方だ。
 アイゲン博士は生物の進化に必要な自己複製に関する数理モデルを解析。複製に際してエラーが起きた際の振る舞いなどについて研究しており、エラー率と進化ダイナミクス(動態)を考察していた。
 つまり7月以降にデルタ株が急速に感染拡大したのは、デルタ株の複製時のコピーミスが増えて変異が蓄積して高い複製能力を獲得したからで、8月半ばにはコピーミスが「エラーカタストロフの限界」を超えたためウイルスの自壊が始まり、急激に感染が減少したのではないか、というのだ。
「この考え通りなら、今後何もしなくても新型コロナウイルスが収束するじゃないか、と楽観する人がいるかもしれません。しかし、これは単なる仮説のひとつに過ぎません。冬にはデルタ株に代わる別の厄介な変異株が流行するかもしれず油断は大敵です」
 いま大事なことは第6波への備えをしつつ、“生物進化のダイナミズムの前ではいまの人間の科学の力は微力であって、いくら頑張ってもこれを完全にコントロールすることなどできない”と知ること。できるだけの感染予防を実践したあとは、明るく生きていくよう努めることではないのか。
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 上記の仮説に関して、たまたまBS-TBSの報道1930(21/9/21放送)を見ていましたら東大名誉教授の児玉龍彦先生が分かりやすく説明されていましたので、興味のある方は次のアドレスにアクセスしてください。
https://youtu.be/TmGfDgds88M
 素人なりに考えてみますと、自然界には急激に増加した種は暴走を始め、その種が滅亡するまで続きます。レミングの集団暴走や、バッタの異常発生など多くの例があります。種の大小に関わらず、発生した種がコントロールか聞かないほどに急激に増えた場合に自然界のバランス(ホメオスタシスと言います)が働いて異常な種を何らかの方法で滅ぼします。今回のウィルス急減に関しても仮説の一つとして考えられるのではないかと推測します。ただし、日本以外の国や地域に当てはまるかどうかは不明です。今後の調査が必要になります。
 とにかく、感染者数が減り、次のコロナ禍が始まるまでに充分な準備をする必要があります。緊急宣言が無くなったからといって、ウィルスが滅亡したわけではありません。変異を繰り返し、人類が免疫を確保するまでこの戦いは続きます。自分の健康は自分で守る必要があります。

2021年10月09日

#399 祝!大牟田市動物園80周年

 新型コロナ緊急事態宣言解除により、多くの人々が観光地へと繰り出しています。今まで外出を控えていた人たちも、近くの公園や催し会場へと家族連れで出かけています。
 そのような中で10月1日に大牟田市動物園が80周年を迎えました。映画「いのちスケッチ」の舞台になった動物園です。この動物園はこんもりとした片平山の中腹に位置し、当塾から歩いて5分ほどの所にありますが、今朝ここに来る前に動物園に行く多くの家族に出会いました。今日は休みなので一日中動物園は多くの親子連れで賑わうようです。ここで「広報おおむた」より動物園のあゆみを転載します。

昭和16年10月 「延命動物園」として開園
昭和31年4月  大牟田産業科学大博物館の開催に合わせて整備され、
        名称も「大牟田市動物園」へ
平成4年4月   リニューアル。敷地面積が2倍ほど拡大し、現在のキリン舎の
        整備が進む
平成18年4月  市営から指定管理者制度へ
平成25年9月  2代目ゾウのハナコ死亡
平成27年3月  園内に動物病院が完成
平成28年3月  雌キリン「プリン」来園
平成28年12月 NPO法人ZOOネットワーク主催「エンリッチメント大賞2016」受賞

 大牟田市動物園の特筆すべき点は「ハズバンダリートレーニング」といわれるものです。これは動物の心身の健康管理など飼育上必要な行動を動物たちに協力してもらいながら行うトレーニングです。このおかげで、定期的な検査による病気の早期発見や効率的な治療を行うことが可能になりました。大牟田市動物園では、多くの動物において実施しており、ライオンやトラ、マンドリル、エミューなどの動物において無麻酔採血を国内で初めて成功させるなどの成果が、全国から注目されています。(広報より)
 また、動物園園長のの椎原春一さんは、「飼育されていても動物たちが必要な行動をできるように、環境エンリッチメントに取り組み、同時に裏方だった飼育員が表に出て、お客様に自分たちの取り組みが伝わるようにガイドを始めました。…(中略)…80年の歴史の中で、動物を取り巻く環境も接し方もずいぶん変わったと思います。お客さまには、動物がどうすれば幸せになれるかを考えることをきっかけとして、自分自身の幸せも考えてもらえる動物園であり続けたいです。」
 ここは県南部では唯一の動物園です。お近くにお越しの際には、ぜひお立ち寄りください。動物園HPは次の通りです。https://omutacityzoo.org/

2021年10月03日

#398 ...の秋

 秋らしい快晴が続いています。秋と言えば「・・・の秋」が思い浮かびます。スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋など、その人の好みに応じて様々な秋が存在します。あなたは今年どの秋を過ごしますか。

 秋の夜長と言えば、「読書の秋」がすぐに思い浮かびますが、仕事や勉強で忙しい日々を多くの人は過ごしており、読書の時間をなかなか確保できないようですが、就寝前の少しの時間を利用して読書したいものです。寝る前に難しい本を読むと頭がますます冴えてきますので、寝つきの良くなる内容の本が最適です。特にお勧めは老若男女にかかわらず、昔読んだ童話や少年少女向きの本です。童話というと大人の読み物ではないという人もいますが、子どもだった時の素直な気持ちを思い出すには昔読んだ本が良いと思います。
 私が好きな童話作家は小川未明です。小川未明を知らない人が多いと思いますが、日本の童話の黎明期に活躍した作家です。今では彼の作品は単なる童話というよりもお店が読んで楽しめる「古典文学」の香りがします。今日は彼の作品の中で、最も知られている作品の1つをを紹介します。
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『牛女』
 ある村に、脊の高い、大きな女がありました。あまり大きいので、くびを垂れて歩きました。その女は、おしでありました。性質は、いたってやさしく、涙もろくて、よく、一人の子供をかわいがりました。
 女は、いつも黒いような着物をきていました。ただ子供と二人ぎりでありました。まだ年のいかない子供の手を引いて、道を歩いているのを、村の人はよく見たのであります。そして、大女でやさしいところから、だれがいったものか「牛女」と名づけたのであります。
 村の子供らは、この女が通ると、「牛女」が通ったといって、珍らしいものでも見るように、みんなして、後についていって、いろいろのことをいいはやしましたけれど、女はおしで、耳が聞きこえませんから、黙まって、いつものように下を向いて、のそりのそりと歩いてゆくようすが、いかにもかわいそうであったのであります。
 牛女は、自分の子供をかわいがることは、一通りでありませんでした。自分が不具者だということも、子供が、不具者の子だから、みんなにばかにされるのだろうということも、父親がないから、ほかにだれも子供を育ててくれるものがないということも、よく知っていました。
 それですから、いっそう子供に対たいする不憫がましたとみえて、子供をかわいがったのであります。
 子供は男の子で、母親を慕したいました。そして、母親のゆくところへは、どこへでもついてゆきました。
 牛女は、大女で、力も、またほかの人たちよりは、幾倍もありましたうえに、性質が、やさしくあったから、人々は、牛女に力仕事を頼たのみました。たきぎをしょったり、石を運んだり、また、荷物をかつがしたり、いろいろのことを頼みました。牛女は、よく働きました。そして、その金で二人は、その日、その日を暮らしていました。
 こんなに大きくて、力の強い牛女も、病気になりました。どんなものでも、病気にかからないものはないでありましょう。しかも、牛女の病気は、なかなか重かったのであります。そして働くこともできなくなりました。
 牛女は、自分は死ぬのでないかと思いました。もし、自分が死ぬようなことがあったなら、子供をだれが見てくれようと思いました。そう思うと、たとえ死んでも死にきれない。自分の霊魂は、なにかに化けてきても、きっと子供の行ゆく末を見守ろうと思いました。牛女の大きなやさしい目の中から、大粒の涙が、ぽとりぽとりと流れたのであります。
 しかし、運命には牛女も、しかたがなかったとみえます。病気が重くなって、とうとう牛女は死んでしまいました。
 村の人々は、牛女をかわいそうに思いました。どんなに置いていった子供のことに心を取られたろうと、だれしも深く察して、牛女をあわれまぬものはなかったのであります。
 人々は寄より集まって、牛女の葬式を出して、墓地にうずめてやりました。そして、後に残った子供を、みんながめんどうを見て育だててやることになりました。
 子供は、ここの家から、かしこの家へというふうに移り変わって、だんだん月日とともに大きくなっていったのであります。しかし、うれしいこと、また、悲しいことがあるにつけて、子供は死んだ母親を恋しく思いました。
 村には、春がき、夏がき、秋となり、冬となりました。子供は、だんだん死んだ母親をなつかしく思い、恋しく思うばかりでありました。
 ある冬の日のこと、子供は、村はずれに立って、かなたの国境の山々をながめていますと、大おおきな山の半腹に、母の姿がはっきりと、真白な雪の上に黒く浮き出だして見えたのであります。これを見ると、子供はびっくりしました。けれど、このことを口に出してだれにもいいませんでした。
 子供は、母親が恋しくなると、村はずれに立って、かなたの山を見みました。すると、天気のいい晴れた日には、いつでも母親の黒い姿をありありと見ることができたのです。ちょうど母親は、黙って、じっとこちらを見つめて、我が子の身の上を見守っているように思われたのでありました。
 子供は、口に出して、そのことをいいませんでしたけれど、いつか村人は、ついにこれを見つけました。
「西の山に、牛女が現われた。」と、いいふらしました。そして、みんな外に出て、西の山をながめたのであります。
「きっと、子供のことを思って、あの山に現われたのだろう。」と、みんなは口々にいいました。子供らは、天気のいい晩方には、西の国境の山の方を見て、
「牛女! 牛女!」と、口々にいって、その話でもちきったのです。
 ところが、いつしか春がきて、雪が消えかかると、牛女の姿もだんだんうすくなっていって、まったく雪が消えてしまう春の半ばごろになると、牛女の姿は見られなくなってしまったのです。
 しかし、冬となって、雪が山に積もり里に降るころになると、西の山に、またしても、ありありと牛女の黒い姿が現われました。村の人々や子供らは冬の間、牛女のうわさでもちきりました。そして、牛女の残していった子供は、恋しい母親の姿を、毎日のように村はずれに立ってながめたのであります。
「牛女が、また西の山に現われた。あんなに子供の身の上を心配している。かわいそうなものだ。」と、村人はいって、その子供のめんどうをよく見てやったのす。
 やがて春がきて、暖かになると、牛女の姿は、その雪とともに消えてしまったのでありました。
 こうして、くる年も、くる年も、西の山に牛女の黒い姿は現われました。そのうちに、子供は大きくなったものですから、この村から程近い、町のある商家へ、奉公させられることになったのであります。
 子供は、町にいってからも、西の山を見て恋しい母親の姿をながめました。村の人々は、その子供がいなくなってからも、雪が降って、西の山に牛女の姿が現われると、母親と、子供の情合について、語たり合ったのでありました。
「ああ、牛女の姿があんなにうすくなったもの、暖かになったはずだ。」と、しまいには、季節の移り変わりを、牛女について人々はいうようになったのでした。
 牛女の子供は、ある年の春、西の山に現われた母親の許しも受けずに、かってにその商家から飛び出して、汽車に乗って、故郷を見捨てて、南の方の国へいってしまったのであります。
 村の人も、町の人も、もうだれも、その子供のことについて、その後のことを知ることができませんでした。そのうちに、夏も過ぎ、秋も去って、冬となりました。
 やがて、山にも、村にも、町にも、雪が降って積もりました。ただ不思議なのは、どうしたことか、今年にかぎって、西の山に牛女の姿が見えないことでありました。
 人々は、牛女の姿が見えないのをいぶかしがって、
「子供が、もう町にいなくなったから、牛女は見守る必要なくなったのだろう。」と、語り合いました。
 その冬も、いつしか過ぎて春がきたころであります。町の中には、まだところどころに雪が消えずに残っていました。ある日の夜のことであります。町の中を大きな女が、のそりのそりと歩いていました。それを見みた人々は、びっくりしました。まさしく、それは牛女であったからであります。
 どうして牛女が、どこからきたものかと、みんなは語り合いました。人々はその後もたびたび真夜中に、牛女さびしそうに町の中を歩いている姿を見たのでありました。
「きっと牛女は、子供が故郷から出ていってしまったのを知らないのだろう。それで、この町の中を歩いて、子供を探しているのにちがいない。」と、人々はいいました。
 雪がまったく消えて、町の中にはその跡もなくなりました。木々は、みんな銀色の芽をふいて、夜もすこし明るくくていい季節となりました。
 ある夜、人は牛女が町の暗い路地に立たって、さめざめと泣いているのを見たといいます。しかしその後、だれひとり、また牛女の姿を見たものがありません。牛女はどうしたことか、もはやこの町にはおらなかったのです。
 その年以来、冬になっても、ふたたび山には牛女の黒い姿は見えなかったのであります。
 牛女の子供は、南の方の雪の降らない国へいって、そこでいっしょうけんめいに働きました。そして、かなりの金持となりました。そうすると、自分の生まれた国がなつかしくなったのであります。国へ帰っても、母親もなければ、兄弟もありませんけれど、子供の時分に自分を育ててくれたしんせつな人々がありました。彼は、その人たちや、村のことを思い出しました。その人たちに対して、お礼をいわなければならぬと思いました。
 子供は、たくさんの土産物と、お金とを持って、はるばると故郷に帰ってきたのであります。そして、村の人々に厚くお礼を申しました。村の人たちは、牛女の子供が出世をしたのを喜び、祝いました。
 牛女の子供は、なにか、自分は事業をしなければならぬと考えました。そこで村に広い地面を買って、たくさんのりんごの木を植えました。大きないいりんごの実を結ばして、それを諸国に出そうとしたのであります。
 彼は、多くの人を雇って、木に肥料をやったり、冬になると囲いをして、雪のために折れないように手をかけたりしました。そのうちに木はだんだん大きく伸びて、ある年の春には、広い畑一面に、さながら雪の降ったように、りんごの花が咲きました。太陽は終日、花の上を明るく照らして、みつばちは、朝から日の暮れるまで、花の中をうなりつづけていました。
 初夏のころには、青い、小さな実が鈴なりになりました。そして、その実がだんだん大きくなりかけた時分に、一時に虫がついて、畑全体にりんごの実が落ちてしまいました。
 明くる年も、その明くる年も、同じように、りんごの実は落ちてしまいました。それはなんとなく、子細のあるらしいことでありました。村のもののわかったじいさんは、牛女の子供に向むかって、
「なにかのたたりかもしれない。おまえさんには、心あたりになるようなことはないかな。」と、あるとき、聞きました。牛女の子供は、そのときは、なにもそれについて思い出すことはありませんでした。
 しかし、彼は独りとなって、静かに考えたとき、自分は町から出て、遠方へいった時分にも、母親の霊魂に無断であったことを思いました。また、故郷へ帰ってきてからも、母親のお墓におまいりをしたばかりで、まだ法事も営まなかったことを思い出しました。
 あれほど、母親は、自分をかわいがってくれたのに、そして、死んでからもああして自分の身の上を守ってくれたのに、自分はそれに対たいして、あまり冷淡であったことに、気づきました。きっと、これは母の怒りであろうと思いましたから、子供は、懇んごろに母親の霊魂を弔らって、坊さんを呼び、村の人々を呼び、真心をこめて母親の法事を営んだのでありました。
 明くる年の春、またりんごの花は真白に雪のごとく咲きました。そして、夏には、青々と実りました。毎年このころになると、悪い虫がつくのでありましたから、今年は、どうか満足に実を結ばせたいと思いました。
 すると、その年の夏の日暮ぐれ方のことであります。どこからとなく、たくさんのこうもりが飛んできて、毎晩のようにりんご畑の上を飛びまわって、悪い虫をみんな食べたのであります。その中に、一ぴき大きなこうもりがありました。その大きなこうもりは、ちょうど女王のように、ほかのこうもりを率いているごとく、見えました。月が円るく、東の空から上る晩も、また、黒雲が出て外の真暗な晩も、こうもりは、りんご畑の上を飛びまわりました。その年は、りんごに虫がつかずよく実って、予想したよりも、多くの収穫があったのであります。村の人々は、たがいに語らいました。
「牛女が、こうもりになってきて、子供の身の上を守るんだ。」と、そのやさしい、情の深い、心根を哀れに思ったのであります。
 また、つぎの、つぎの年も、夏になると、一ぴきの大きなこうもりが、多くのこうもりを率いてきて、りんご畑の上を毎晩のように飛びまわりました。そして、りんごには、おかげで悪い虫がつかずによく実りました。
 こうして、それから四、五年の後には、牛女の子供は、この地方での幸福な身の上の百姓となったのであります。
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 初出が1919(大正8)年5月となっていますので、現在では使用されない表現が使われています。それでも親子の厚い情が窺われる名作です。小川未明の作品には他に「ろうそくと人魚」など多くの名作があります。秋の夜長にお好きな児童文学をお勧めします。

2021年09月26日

#397 風とともに去りぬ

 9月も下旬となり、日中は最高気温が30度を超える日もありますが、朝夕は涼しい風が吹き、最低気温が20度を下回る日も出てきました。残暑がまだ厳しい日々が続きますが、爽やかな秋風と共に暦の上ではすでに秋が始まっています。
 さて、先日16日にデュオグループ「風」の大久保一久さんが死去されました。彼は「かぐや姫」の伊勢正三さんとかぐや姫解散後に「風」を結成し、デビューシングル曲「22才の別れ」は大ヒットしました。この「22才の別れ」は元々「かぐや姫」のアルバム「3階建ての詩」の中の1曲でした。シングル発売の予定がありましたが、なぜか実現しませんでした。このアルバムにはイルカが大ヒットさせた「なごり雪」も入っています。「風」や「かぐや姫」をご存じの方は50歳以上の世代だと思います。70年代当時に多くのファンを獲得したグループでした。
 伊勢正三さんは現在南こうせつさんと「ひめ風」というデュオで時々コンサートを行っていますが、大久保さんの死去を受けて次のような言葉を残しています。
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『伊勢正三、大久保一久さん訃報に感謝を語る』
 昭和のヒット曲「22才の別れ」で知られるフォークデュオ・風のメンバー大久保一久さん(71)が亡くなったことを16日、所属レコード会社が発表しました。
 大久保さんは1975年、かぐや姫解散コンサート中に伊勢正三さんとフォークデュオ・風を結成。デビュー曲「22才の別れ」は累計で100万枚を超えるヒットを記録。その後「あの唄はもう唄わないのですか」や「ささやかなこの人生」など、ヒットを連発し昭和のフォークソングブームを支えてきました。
 近年は、体調不良により活動を休止し治療を続けていましたが、9月12日家族に見守られながら亡くなったそうです。詳しい死因については明らかにされていませんが、16日近親者のみで葬儀が営まれたそうです。
 大久保さんの訃報を受けメンバーの伊勢正三さんがコメントを発表しました。『やさしかった久保ヤンへ』と書き出し『久保ヤンが「猫」、僕が「かぐや姫」のメンバーだった頃、出番前の楽屋の隅でいつも二人でギターの弦を張り替えながら、音楽の話をしたものです。思えばその頃から、すでに、「風」は結成していたんだね。「風」の頃の僕達は、朝から真夜中までいつも一緒だった。再結成しようとしていた矢先に病気で倒れてから、長い間ほんとにがんばったね。そして、朝方眠るように天国へ旅立ったと聞きました。「風」は今でも解散宣言をしていないデュオ。久保ヤンのやさしさがなかったら、「風」は存在せず、僕はただの孤独な男に過ぎなかったのです。ありがとう、久保ヤン。おやすみなさい』と大切な相方へ感謝の気持ちを語りました。
(https://www.news24.jp/articles/2021/09/16/08940614.html)
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 60年代から70年代にかけて活躍したフォークシンガー達も齢70歳を超えるほどになりました。70歳を超えて現役で活動しているシンガーはわずかしかいません。歳を取れば声が出なくなり、作品を創る創造性も衰えてきます。その中でさだまさし氏のように活躍するミュージシャンは稀です。
 年々若いミュージシャンが登場し、それぞれの世代にはその世代にあったアイドルが存在します。個人的には、今の若い世代の唄はあくまでも同世代に訴えるものが大半で、世代を超えた歌はあまりないよいに思います。
 「懐メロ」と言われても、自分が過ごした青春時代に流れていた音楽が今でも心に響く音楽です。時々聴いたり口ずさむことで、古き良き時代の思い出がよみがえってきます。そしてそれが明日への活力となります。大久保さんは「風」とともに去って行きました。ご冥福をお祈りいたします。

2021年09月19日

#396 夏休み子ども科学電話相談

 今年の夏は東京オリンピックやパラオリンピックの中継で通常の番組が大幅に変更になりましたが、毎年夏休みに楽しみにしているラジオ番組があります。大人も聴いてためになるNHKラジオの「夏休み子ども科学電話相談」です。例年でしたら夏休み中午前8時から2時間ほど放送しており、子供からの様々な質問に専門家が答える形式で番組が進みます。その中には大人でも首をかしげるような難問があり、思わずうなってしまいます。大人にとって当たり前のことだと思っていたものが、子どもの視点で考えますと今まで信じていたものが崩壊していきます。そのような質問を一冊の本にして現在出版されています。書名は文字通り『大人もおどろく「夏休み子ども科学電話相談」』(SB Creative サイエンス・アイ新書)です。本日はその中の極めつけの質問と回答を転載します。
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『カガミに映ると反対になるのはどうして?』
(質問者:5歳)
「なぜ、カガミに映ると右左が反対になるのですか?」
(司会)
「ああ、よくありますね。これ、わからないですね」
(回答者)
「カガミに映ったものというのは、右と左が反対になるのではないんですよ。ちょっと難しいですが、前と後ろが反対になるんですね」
(質問者)
「はい……」
(回答者)
「今、カガミはありますか?すぐそばになければ、あとでいいんですけれど、カガミを見てくださいね」
(質問者)
「はい」
(回答者)
「そうすると、カガミの中の……あなたは、どっちを向いているか、ということなんです」
「カガミの中のあなたが、本物のあなたと同じ向きを向いているなら、頭の後ろとか背中が見えるはずですよね」
「でも、実際には顔とか胸が見えるでしょう?ということは、カガミの中のあなたは、本物のあなたと反対方向を向いているんですよ。前と後ろが反対になっているんです。」
「これ、実はすごく難しい問題なんですけれど……。右と左は逆さになってないんですね。前と後ろが逆さなんです。」
----- 他の先生方のため息と感嘆の声が-----
(回答者)
「どうでしょう……。大人でも右と左が逆さまだと思っている人が多いんですけれど……」
(司会者)
「いいですか?」
(質問者)
「はい」
(司会)
「司会のおじさんも、よくわからないんです」
(回答者)
「これを、右と左って感じてしまうのは、人間の体の形が右と左で同じようになってるからなんですね。だから右と左が逆さまと思うんですけれど、カガミで逆さまになるんだったら、上と下も逆さまになるはずなんです」
「でも、上と下は逆さまにならないですよね。難しい言い方ですけど、右と左が反対だと思うのは『錯覚』なんです」
(質問者)
「はい」
(回答者)
「右と左が逆さまに感じるけれど、本当はそうじゃない」
(質問者)
「えええー」
(司会者)
「へえ……。前と後ろが逆さまだと思ってくださいね」
(質問者)
「は……い」
-----その後-----
(司会者)
「いやあ、むずかしいです」
(回答者)
「そうですね。これはすごく難しくて、大人になって大学で、哲学とか物理学という学問で、初めてはっきりわかる問題なんですね。でも、この問題に5歳で気づいたのはすごいですね。」
(司会)
「カガミに向かって右手を上げますよね。そうするとカガミの中では左手を上げたようにみえますよね……。」
(回答者)
「そう感じてしまうんですけれども、右手なんです。」
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 読者の皆様はお分かりになりましたでしょうか。私は何度読み直しても、よく理屈が分かりません。凸レンズを通した像は光の屈折の関係で上下左右が反対になりますので分かりやすいですが、カガミの中で前と後ろが反対になる……?右と左が逆になっていると考えた方が理屈に合うような気がしますが……?とても不思議です。皆様の考えはいかがでしょうか。

2021年09月12日

#395 国民の命を守らない国

 前回のブログで述べましたが、東京パラリンピックも本日が最終日で、閉会式が夜に行われます。様々な競技がテレビ放送などを通して紹介され、日本人アスリートたちが大活躍しています。オリンピックは主に若人の集いですが、パラリンピックは中高年のアスリートたちが頑張っています。50歳以上の選手も稀ではなく、障がいの程度や能力に応じて競技が振り分けられているので、同じレベルの選手が集まり、年齢にかかわらず参加しています。また、日頃あまり目立たない種目も放送され、パラリンピックの種目の多さに目を見張るばかりです。
 このパラリンピックの普及により、障がい者への理解がより深まることと思いますが、パラリンピックに参加できないような障がいの大きい寝たきりの障がい者などへの理解も同時に進めていくべきでしょう。障がい者に優しい街作り、国造りはまだまだ進んでいません。道路や建物などのハード面だけでなく、他者に対する思いやりなどのソフト面も充実させる必要があります。これは私たち一人ひとりの課題です。
 さて、残念な非情に腹の立つ事案が発生しました。先月アメリカ軍の撤退によりアフガンはタリバン政権に取って代わられましたが、その際に日本政府は日本人救出に遅れたばかりに数百人の方が今でもアフガンに取り残されています。
 外務省はかなり早い段階でアフガン情勢を把握していたはずです。また報道でも連日のようにアフガンの危機的な状況を伝えていました。ところが政府が実際自衛隊機を派遣させたのは首都カブール陥落する直前でした。これでは国外退避どころか、地方にいる日本人たちがカブール空港に集まるのは不可能です。
 アフガンにある日本大使館は政府と逐次連絡を取っていたのでしょうが、あまりにも政府の無能・無策に腹が立ちます。これは新型コロナ対策にも言えます。アフガンにしても、コロナにしても政府は非常事態の意味が分かっていないのです。すべて段取りに時間がかかる平時の行動様式を取っています。アフガン撤退に関して興味ある記事がありましたので、かなり長い記事ですが転載します。
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『日本の「アフガン退避作戦」こんなにも遅れた理由』
 自衛隊にとっては歴史的な任務だった。8月23、24日に、数百人の自衛隊員が拍手に送られ、行進しながら3機の軍用機に乗り込んだ。指をズボンの縫い目に当て、まるで戦地に向かうかのようだった。最終目的地はアフガニスタンのカブール。目的は現地に残る数人の日本人を帰還させ、日本に関係する約500人のアフガニンスタン人を国外退避させることだった。

<約500人のアフガン人を保護する予定だった>
 今回の退避作戦が成功していれば、自衛隊による初の外国人救援になっていただろう。救援したアフガニスタン人に対して、定住者ビザを発行していれば、移民の受け入れについては世界からかなり後れをとって批判されている日本のプラスになったかもしれない。
 日本が保護することを考えていたアフガニスタン人500人は、通常時の約16年分の亡命件数(2005年から511件)に相当する。2020年に日本が許可した数が47件だったことを考えるとかなりの数だ。
 だが、残念ながら作戦は完全に失敗に終わった。このためにパキスタンに3機の自衛隊機を送ったが、脱出させることができたのは日本人1人だった。このほか14人のアフガニスタン人を搭乗させたが、彼らはアメリカ人に雇われていた人たちであり、今回の作戦の対象となった人は誰1人カブール空港にでさえ到着できなかったのだ。
 「考えうる最悪の退避オペレーション。派遣された自衛隊員、米軍兵士らに責任はない。限界以上のことをしている。各政府の見通しと計画の問題」と、紛争の予防に尽力する国際NGO、REALsの瀬谷ルミ子理事長はツイッターにこう書いた。「搭乗予定だった数百名の個人情報は検問を通るためという理由でタリバンに提出されている。それが何に使われるか」。
 今回の成果は、韓国と比べてもかなり見劣りする。韓国人に雇われたアフガニスタン人とその家族391人は8月26日にソウルに到着し、長期滞在許可証を取得する予定だ。
 いくつかの報道によると、自衛隊は日本に雇用されているアフガニスタン人をその場で脱出させようと試みた。26日、十数台のバスをカブール市内の各所でチャーターしたが、輸送と同時に空港付近でテロが起こったため、その任務を中止せざるを得なくなったのだ。今回帰国した唯一の日本人である共同通信社の安井浩美氏は、ジャーナリスト用にカタールがチャーターしたバスになんとか乗ることができたという。
 この失敗から学べる教訓はあるだろうか。自衛隊法第84条の3または第84条の4は、邦人、および外国人を避難させるための法的根拠である。これらの条項は、現地当局の同意、または活動状況の安全性が確かであることを求めているが、今回の場合、例えばタリバンの同意を得ることは現実的ではないなど、法律の限界を指摘する声も少なくない。
 だが、瀬谷理事長が述べている通り、今回の失敗は軍事ではなく、政治的な失敗だ。「カブールが陥落したのは15日だが、政府がアフガニスタン入りを決めたのは23日。日本のアフガニスタン入りは遅すぎたし、行動を起こすのも遅すぎた」と、安全保障問題に詳しい慶應義塾大学総合政策学部の鶴岡路人准教授は指摘する。
 自衛隊の動きが遅かったのは今回だけではない。「2013年にフィリピンでハイエン台風が起こり、日本が『緊急援助隊』をフィリピンに送った時、自衛隊は大災害の2週間後に到着した。自衛隊はあまり多くの人々を救助できなかった」と、ある外国の軍事関係者は振り返る。
 「自衛隊は8月25日に到着した。アメリカ軍撤退予定日のわずか1週間前だ。フランスの最後の飛行機はその1週間前に到着している」と、フランスの軍事関係者も話す。
なぜ日本政府が動くのはこんなにも遅かったのか。残念ながら、日本政府は日本人に協力してきたアフガニスタン人について何も考えてなかったように見える。
 実際、日本大使館の職員12人は8月17日にイギリスの軍用機を利用して国外退避した。この時、アフガニスタン人のスタッフが1人も同乗していない。
 「いったん外交官の退避が終わると、『任務は完了した』という安堵感が漂った」と、鶴岡准教授は指摘する。「政治家たちの注意力は低いままだったが、自民党議員に背中を押され、他国の作戦を目の当たりにしてやっと、政府はアフガニスタン人の同僚たちも救出されるべきではないかと気がついた」。
 岡田隆駐アフガニスタン大使は、ガニ政権崩壊までにアフガニスタンを離れていたと伝えられている。イギリスやフランスの大使が、最後まで残って業務を続けたのと対照的だ。

<フランスは今春から退避計画をしていた>
アメリカ軍が撤退することはすでに前トランプ大統領時に決められていた。タリバンによる全土掌握が予想以上に早かったとはいえ、日本政府が事前に準備することはできなかったのだろうか。
 「そもそもフランスが本国への送還を始めたのは、この状況が予測できるようになってきた今春のことだった。まず、大使館の現地職員とその家族を脱出させ、7月には残りのフランス人を送還するための特別便を計画した。このため、8月15日以降の避難活動は、アフガニスタンの一般市民と、7月の便での帰国を拒否した一部のフランス人が中心となっている」と、フランス人らの退避に携わったフランスの外交官は説明している。
日本大使館や日本の関係機関へ協力してきたアフガニンスタン人は今も危機にさらされている。日本政府にはこうした人たちを救うために、引き続き尽力してもらいたい。
(東洋経済ON LINE: https://toyokeizai.net/articles/-/451919)

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 日本政府は国内の事件や災害に対する対応は確かに早いですが、国外の事案になると極端に対応が遅くなります。これは領土問題や外交に関する問題なども同様の対応を行う傾向があります。北方領土や尖閣列島、竹島の問題が進まないのも政府の積極的な対応を行わなかったことに起因します。残された方々の安否が懸念されます。
 現在試行中も新型コロナに対する対応も、ワクチン接種以外は遅々として進んでいません。自宅待機者が10万人を超え、自宅で亡くなる方も増えています。海外では「野戦病院」を各地に作り、増加する患者に対応してきましたが、日本では多くが民間の病院で、患者の受け入れを断る病院が少なくないと報じています。政府は諸問題が山積していますが、ワクチン接種だけでなく、「野戦病院」を設置して現在の緊急課題である多くの自宅待機者を救うべきです。これでは国民の命を救う政府・国家とは言えません。誰のための国でしょうか。

2021年09月05日

#394 素晴らしき挑戦者たち

 8月も間もなく終わりを告げますが、夏の終わりとともに晴天が戻ってきました。残暑というよりも猛暑の続きと表現する方が適切かもしれません。とにかく奇妙な8月でした。高校によってはすでに2学期が始まっていますが、甲子園は雨天続きの試合日程変更で本日が決勝戦となります。
 さて現在パラリンピックが開催されていますが、ここでも多くの日本人アスリートが活躍しています。NHKは前回のパラリンピック放送枠を大幅に拡大して連日朝から晩まで様々な種目を放送しています。パラリンピックは前回(1964年)の東京オリンピックから始まったそうですが、当時あまり報道されず、人々の関心もそれほどなかったようです。それから60年余りが経ち、時代とともに障がい者に対する偏見や誤った認識も変わり、今では普通のアスリートとして世間に受け入れられるようになっています。
 実際様々な種目を観戦していますと、健常者にはできないような種目がたくさんあります。例えば視力障がい者のゴールボールやブラインドサッカーでは、ボールの中に入っている鈴の音を頼りにボールを投げたり、蹴ったりして得点を競い合います。もちろん全員アイシェイド(目隠し)を着用して競技しますが、常人には不可能なスポーツです。他の種目でも障害の程度により競技種目が細かく分類されており、オリンピック競技と違った意味で面白く観戦できます。
 障がい者(以前は障害者と表現していました)という表現ですが、パラリンピックを観戦しながら、「障害」というよりも「個性」という印象が強く、果たして健常者と障がい者の違いは何かと考えざるを得ません。あるパラアスリートは「自分が失った身体の部分を今では当然のこととして受け止めており、無くしたものを嘆くのではなく、残されたものを活用して生きている」旨の発言をなされています。
 世の中も障がい者に対する意識が向上し、様々な面で障がい者に対する施策が行われ、以前に比べると暮らしやすい社会に成りつつありますが、それでも不便な生活を強いられる場面が多々あります。健常者としては普通のことでも様々な障がいを持つ人々にとって住みにくい世の中ですが、建物や道路などのハード面だけでなく障がい者に対するに思いやり等のソフト面も充実させなければなりません。
 障がい者を表現する英語の表現はいくつかあります。a handicapped person や a disabled person などが用いられていますが、文字通り「障害」を意味する否定的な表現なので、最近では a challenged person を用いる傾向があります。この challenged は「挑戦(challenge)」という名詞の形容詞ですが、「人生の課題や難題、障害に挑戦する」という良い意味で最近使われ出しています。つまり、障がい者は「挑戦者」ということになります。最近、「障害者」を「障がい者」で表現するようになりましたが、英語のように思い切って「挑戦者」と表現してはいかがでしょうか。何に対する挑戦者か。自分に与えられた「障がい」という個性に挑み、人生を謳歌する意味での「挑戦者」です。「目くら」などの「差別語」を無くすことには、その言葉に歴史的・伝統的な背景や意味合いがあり、私個人は必ずしも賛成しませんが、新語を創り出すことにより、現代の状況に応じた適切な表現を用いることができます。換言すれば、私たちが用いる言葉を変えることにより、障害者に対する私たちの意識は変わっていきます。その意味で「障がい者」は「素晴らしき挑戦者」なのです。

2021年08月29日

#393 近くて遠い国

 私たち日本人は中国や韓国に対して近親感を感じながら、両国政府の日本に対する態度に不信感を感じざるを得ません。同じアジアの国でどうしてこれほどの国家間の違いが生じるのでしょうか。私たちは自国の考えや立場で隣国を考えようとしますが、民族や文化が異なれば、当然相手の態度も変わってきます。ここに外交や政治の困難さが発生します。
 太平洋戦争が勃発する以前に日本の敵国になったアメリカは徹底的に日本人の思想や文化を研究し、それを戦争へ大いに活用しました。その代表作がルース・ベネディクトの「菊と刀」です。この書物は当時の日本人を考え方を如実に物語っており、一読をお勧めします。それでは外交を行う際に中国人や韓国人の考え方を日本政府および政治家はどれだけ理解しているでしょうか。評論家である石平氏は次のように指摘しています。
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『中韓と日本は「異質の文明」』
《日本と中国・韓国との比較論について書いた著作も多い。同じ北東アジアで、儒教の影響を受けてきた共通点がある3つの国の「違い」は何か》
 確かに同じ北東アジアに位置し、儒教の影響を受けていたり、漢字(を基本とした言語)を使ったりするといった類似点はあるでしょうが、よく言われるような、「同文同種の文化」「一衣帯水の地」というのは誤解でしょう。文明の本質で言えば、日本と中韓は「異質」と言っていいほど違いがあります。
 まずは、国としてのあり方の違いです。日本は明治維新によって、いち早く近代化を成し遂げることに成功しました。「法の支配、自由、人権、民主主義」といった価値観を持つ法治国家となったのです。
 これに対し、中国や朝鮮半島の国(韓国、北朝鮮)はどうでしょう。平然と国際法のルールや国家同士の約束事を無視し、権力者の意向次第で政治が左右される。法治国家とはいえず「人治」です。

《日本人は「公」を重んじるが、中韓に「公」の意識は薄い》
 これまでも触れてきましたが、中国では、儒教の影響を受けた宗族(そうぞく)(父系の血縁社会)主義の下、一族の繁栄のみを追い求めてきたのです。歴代の王朝を見ても、漢王朝は劉氏、唐王朝は李氏…と、それぞれ一族(私)の政権であり、国家などという「公」の意識はまずありません。
 現代の中韓でも、かつての皇帝のごとく、国家主席や大統領が「一族の長」として絶大な権力を握り、人事や権限を独占している。利権やポストの〝甘い汁〟を求めて一族の連中がぶら下がり、一族丸ごとによるケタ違いの不正蓄財がなされる構図です。
一方の日本は、「私」よりも国家、会社といった「公」を大事にしてきました。順法精神や道徳心も高い。
 皇帝など絶対権力者にではなく、天皇―幕府―各藩といった多元的な権力構造を構築したこともよかった。このシステムは、聖(宗教)・俗の権力が分かれていた西欧に、むしろ似ていると思います。

《日本は「科挙(かきょ)」(儒学による中国隋(ずい)~清(しん)まで続いた官吏登用試験)を取り入れなかった。そこが、中韓との違いになった、という》
 試験に合格すれば、官吏になれる「科挙」は一見、公平なチャンスが与えられる制度のように見えます。ところが、科挙至上主義に陥り、それ以外の道はさげすまれました。とくに商人や職人がないがしろにされたことで「中間層」が育たなかったのです。
 一方、科挙を導入しなかった日本は江戸時代に町人文化が花開きます。庶民層も「読み書きそろばん」を身につけ、商工業が発達し、自由な発想が育つ。それが明治以降の近代化につながっていきます。
 日本は中国と距離を置いていた時代ほどよかったのです。遣唐使を廃止した平安時代。鎖国の江戸時代。「脱亜入欧」を掲げた明治期も、日露戦争まではよかったのですが…。日本の失敗は「中韓が同じ思想、同じ文明の持ち主」と誤解してしまったことにあるのです。
(https://www.sankei.com/article/20210805-BS2JXUX2ONM6BIGQYKM
                                ZHFEDOQ/)
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 テレビでは毎日韓国や中国の歴史ドラマを放送していますが、この両国に対して私たちはどれほどの認識を持っているでしょうか。韓国文化の根底には「恨(はん)」の思想があり、先祖が受けた恥辱は子孫がはらす考えがあります。これが慰安婦問題や、さらに400年前の秀吉による朝鮮出兵への恨みとなっています。
 一方中国は「三国志」に代表される「兵法」の国です。いかに敵をごまかすか、いかに戦わないで勝つかを常に考えます。この考えは現在の共産主義中国にも当てはまります。尖閣列島問題しかり、香港問題しかりです。隙を見て相手の弱点を突いてきます。韓国政府や中国政府と交渉する際には一筋縄ではいきません。相手国の思想や文化、歴史的な関係性を考慮しないと、外交交渉はうまくいきません。政治家はその点しっかりと勉強して外交交渉に望んてもらいたいものです。外交交渉の可否は今までの歴史がすべて物語っています。

2021年08月22日

#392 異常な夏

 8月を迎えても不安定な天気が続いていましたが、10日頃より断続的に雨が降り出し、徐々に豪雨へと変わっていきました。今回の豪雨は九州地方だけでなく、広島や近畿地方、さらには岐阜県など信州地方から東北へと全国的に降り続き、多くの場所で大災害を引き起こしています。現在は前線が九州南部へ下がり小康状態ですが、明日の未明からまた大雨が降り始めると予想されています。
 昨年の7月に大牟田は水害に襲われ、諏訪川の排水ポンプが停止し、三川地区は浸水しましたが、今年は新たに排水ポンプを設置してフル稼働のおかげで、深刻な水害は現在のところ防がれています。しかしながら今回の豪雨は九州北部に線状降水帯が長期にわたって居座り、長崎、佐賀の多くの市町村、福岡も久留米や朝倉など大きな水害が生じています。被害に遭われた多くの方々に心よりお見舞い申し上げます。
 さて、日本で発生している大雨による災害は世界中の多くの地域でも発生しています。例えば現在猛威を振るっている梅雨前線ですが、インドの北部から始まっており、中国南部を通って日本まで伸びています。中国政府は自国に不利な情報は発信しませんが、中国の南部では数か所のダムが決壊し、多くの村が水害に見舞われています。またダムの決壊を防ぐために中国軍が川縁をダイナマイトで壊し、川の流れを変える荒々しい方法を使用しています。その周囲の村落は大迷惑ですが、数年前に事故を起こした中国新幹線を地中に埋めたことを考えると、ダムの決壊を防ぐ意味で川縁を破壊することはありうると思います。
 またヨーロッパでは数週間前の豪雨でドイツやフランスなど多くの国が洪水に襲われ、多くの犠牲者を出したことは記憶に新しいところです。また現在ギリシャでは大規模な山火事に見舞われています。専門家の意見では、今年の自然災害は地球を周回しているジェット気流の蛇行が原因だそうですが、地球温暖化も一因となると思われます。
 地球温暖化については様々な意見がありますが、人類が産業革命以来使用している石油や石炭など化石エネルギーが地球の温度を上昇させている主な原因となっています。換言すれば、人類が今までの生き方を変えない限り、今年のような自然災害が来年以降も続くことになります。現在世界中の政府やマスコミが「SDGs」(持続可能な発展目標)を声高に叫んでいますが、はたして可能でしょうか。国際連合広報センターのHPには次の文言が載っています。
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持続可能な開発目標(SDGs)とは、すべての人々にとってよりよい、より持続可能な未来を築くための青写真です。貧困や不平等、気候変動、環境劣化、繁栄、平和と公正など、私たちが直面するグローバルな諸課題の解決を目指します。SDGsの目標は相互に関連しています。誰一人置き去りにしないために、2030年までに各目標・ターゲットを達成することが重要です。
(https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/31737/)
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詳細な説明は省きますが、SDGsには17の目標が設定されています。

・貧困をなくそう
・飢餓をゼロに
・すべての人に健康と福祉を
・質の高い教育をみんなに
・ジェンダー平等を実現しよう
・安全な水とトイレを世界中に
・エネルギーをみんなにそしてクリーンに
・働きがいも経済成長も
・産業と技術革新の基盤をつくろう
・人や国の不平等をなくそう
・住み続けられるまちづくりを
・つくる責任つかう責任
・気候変動に具体的な対策を
・海の豊かさを守ろう
・陸の豊かさも守ろう
・平和と公正をすべての人に
・パートナーシップで目標を達成しよう

 しかし、いくら立派なお題目を唱えても、私たち一人ひとりの意識が変わらない限り、この惑星を維持できないでしょう。否、私たちが地球を維持するのではなく、この惑星が私たち人間をふるい落としにかかるでしょう。今蔓延している新型コロナ以上に高い致死率を持った感染症が人類を絶滅させるかもしれません。地球にとって現在の私たちは「ガン」そのものなので、自然と共存する生き方を考え実践しない限り、現代文明は終わりを迎えることになります。

2021年08月15日

#391 世紀の大誤訳!?

 オリンピック招致から様々な物議を醸した東京オリンピックですが、今日ですべての種目が終了し、今晩閉会式を迎えます。その間新型コロナの急速な蔓延に伴い、国内は毎日1万人以上の新規感染者が生まれています。東京オリンピックの総括は別の機会に述べることにして、オリンピック開会式に関して大変興味のある記事が昨日ネットに出ていました。「国家元首によるオリンピック開会宣言の日本語訳が間違っている」、ということなのです。実際、この記事を転載して皆様に読んでもらいたいと思います。
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『東京五輪、天皇陛下はJOCの「誤訳」をさり気なく訂正
                開会宣言に垣間見えた元首の器』
 コロナ禍で国民に寄り添い、「祝う」を「記念」に変えたことで注目された天皇陛下の東京五輪の開会宣言。実は、気づく人はほとんどいなかったが、陛下はJOCの誤訳を、人目につかぬよう訂正していたのだ。平成の天皇陛下の侍従として、記者会見の英訳を担当していた多賀敏行元チュニジア大使が、令和の天皇が見せた「元首の器」を語る。
 東京五輪の開会式のあと、天皇陛下の宣言とJOCが五輪憲章で公表する和訳を見比べていた元チュニジア大使の多賀敏行・大阪学院大学教授は、あることに気づいた。
「7月23日に天皇陛下が述べた開会式の宣言は、JOCの誤訳を、さり気なく訂正なさっている」
 そもそも開会宣言は、仏語と英語でかかれた五輪憲章の原文に明記されている。日本オリンピック委員会(JOC)によって和訳された宣言文を、開催国の元首が読み上げることになっている。東京五輪の開会式では、次のとおり宣言文を読み上げた。
「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します」
 コロナ禍に配慮した天皇陛下が、規定文の「祝う」を「記念」に変えたことだけが注目された。実は、天皇陛下は、重要な「誤訳」を訂正していたのだ。JOCが公表する「五輪憲章2020年版・英和対訳」を見てみよう。

「わたしは、第(オリンピアードの番号) 回近代オリンピアードを祝い、(開催地名)オリンピック競技大会の開会を宣言します」

 何が違うのか。多賀教授の解説によると、天皇陛下の実際の宣言では、天皇である「私」の行為は、「宣言する」のみだ。一方、JOCの和訳では、「私」は、「祝う」ことと「宣言する」という二つの行為をしていることになる。ちなみに、「オリンピアード」とはオリンピックが始まるべき年から4年間の期間を意味する。宣言に登場する第32回は、2020年から23年までの4年間のことだ。
「コロナ禍に配慮して、『記念する』という言葉を使われたことに注目が集まりました。しかし、もうひとつ重要なことは、文の構造を取り違えた重大な誤訳について、騒ぎにならないよう、さり気なく訂正されているという点です」原文とそれを訳したJOCの日本語版を詳しく比較してみよう。

「『祝う』という動詞に注目しましょう。ここでは何が何を祝っているのでしょうか。JOCの日本語版では、天皇陛下である『私』が『第32回オリンピアード』を祝っていることになります」(多賀教授)
 多賀教授が注目するのは、英文のこの部分だ。

<……..the games of Tokyo celebrating the 32nd Olympiad…………>

 つまり、「東京大会」が「第32回オリンピアード」を祝っているのは一目瞭然だ。
 JOCの和訳のように、天皇陛下である「私」が「オリンピアードを祝っている」わけではないのだ。
 多賀教授は、このことは五輪憲章の仏語版を見れば疑問の余地はない、と話す。というのも、五輪憲章の規則22付属細則3は、仏語版が優先される旨を記しているからだ。
 《オリンピック憲章およびその他の IOC 文書で、フランス語版と英語版のテキスト内容に相違がある場合は、フランス語版が優先する。ただし、書面による異なる定めがある場合はその限りではない》
 仏語版の宣言文を見てみよう。

《Je proclame ouverts les Jeux de… (nom de l’hôte) célébrant la…
(numéro de l’Olympiade) Olympiade des temps modernes.》

 多賀教授は、「私」が主語で、「オリンピアードを祝っている」のならば gérondif を使って「en célébrant」としなければならない、と分析する。しかし、上記のように仏語版では前置詞の「en」 が無く、ただの「célébrant」になっている。
 このcelebrant が、直前の東京大会(les Jeux deTokyo)を修飾していることは明らかである、と指摘する。
 わかりやすいように、7月23日の開会式の実際に陛下が口にした宣言をもう一度、確認してみよう。天皇陛下は、「祝う」を「記念する」に変えて、次のように述べた。

「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します。」
 
 やはり、「この記念する」、が修飾するのは、「東京大会」だ。AERAdot.編集部は、「五輪憲章2020年版・英和対訳」に掲載された宣言文における、誤訳の可能性について、JOCに問い合わせた。すると広報からは、メールでこんな返事が返ってきた。

<お問合せいただきましたオリンピック憲章の件につきまして下記のとおりご回答いたします。第18回オリンピック競技大会(1964/東京)公式報告書によりますと開会宣言として

「第18回近代オリンピアードを祝い、ここにオリンピック東京大会の開会を宣言します。」

 とあります。従って、我々は、オリンピック憲章においてもこの和訳を使用しております。以上、何卒宜しくお願い致します。
 日本オリンピック委員会広報部 >

 多賀教授は、英語学習についての著書を何冊も執筆している。そして、日本オリンピック委員会(JOC)の回答についてこう話す。「JOCのスタッフに、英語に専門的に習熟した人が居ないのでしょう。この和訳は、高校レベルの英文法ですし、英検2級の合格者でも理解できる人はいると思います。
 何より、ここで問題にしているのは、celebratingという、現在分詞の主語は何かという点です。昭和天皇が宣言していたから問題ありません――というロジックで切り抜けようという思惑であれば、あまりにお粗末です。こうして丹念に英仏日の宣言文を比較、検証してみると、64年の東京五輪では、昭和天皇に誤った翻訳の宣言文を読み上げさせてしまった、ということになります」
 多賀教授は、平成5年から8年まで当時、天皇だった上皇さまの侍従として仕えていた。当時、天皇であった上皇さまの記者会見を、御用掛を務めていたアイルランド人の学者と一緒に、英語に翻訳するのも仕事だった。多賀教授は、上皇ご夫妻はもちろん、いまの天皇陛下も言語に対する感性が鋭敏だと話す。
 「天皇や皇族方は、ご自身の言葉を最適な表現に翻訳して伝えることの重要性を何より、理解なさっている方々でした」
 多賀教授が思い出すのは、言語に対する感覚の鋭敏さを表す次のようなエピソードだ。
 皇太子時代に執筆した『テムズとともにー英国の二年間-』(学習院教養新書)。そのなかで、オックスフォード大学への留学中に、テニスの試合における得点の数えかたについて興味を持ったエピソードが登場する。たとえば、15対0のとき、英語で「fifteen  love」と表現する。0をなぜ「love」と呼ぶのか。好奇心を持った徳仁皇太子が、英国人の指導教官にたずねると、フランス語の「œuf(卵)」から来ていることが分かった。「0(ゼロ)」の形をした卵から、ゼロを表現したことを突き止めたのだ。「œuf(卵)]に定冠詞が付くとl’oeufになり、発音はloveに近づく。
 「その謎解きの過程を語られる筆致がユーモアにあふれ、とても楽しかったのを思い出しました。私がバンクーバー総領事を務めていたころ、徳仁皇太子がお立ち寄りになったことがありました。著書に書かれていた、卵とゼロの話題をしたところ、皇太子殿下も喜んでおられました」
 平成の時代、明仁天皇は、ご自身の記者会見の内容が、迅速に正しい英語に翻訳されて発表されることを願っていた。侍従を務めていた多賀教授らの翻訳作業は、深夜に及ぶことも多かった。
 「翻訳作業は、陛下のご発言の一文一文をきめ細かく分析し、正確な英語表現を複数考えて最適の解を探してゆかねばならないからです」(多賀教授)
 ある晩、人の気配を感じてふと、顔を上げると、すぐ目の前に明仁天皇が、ほほ笑みながら立っていたという。
「どうですか」
 翻訳と格闘していた御用掛にこうたずねた。 記者会見で発言した日本語が、どのような英文になっていくのか、ご興味があったのだろう。同時に、それにもまして、夜遅く自分のために仕事をしてくれる人たちをねぎらいたい、そんなお気持ちが強かったのだと思う、と多賀教授は振り返る。
 ひるがえって、令和の天皇陛下はコロナ禍で開かれた五輪の開会宣言では、国民の思いに寄り添う形で、「祝う」という言葉をさけた。
 さらに宣言文の「誤訳」について、多賀教授はこう推し量る。「五輪憲章の『誤訳』の件で誰かが傷ついたり、責任を問われることのないように、というのが陛下の一番の願いであったと思います。そうしたなかでも正しい日本語として宣言できるよう、人目につかないように、ひっそりと訂正なさったのだと思います」
(https://dot.asahi.com/dot/2021080600079.html?page=5)
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 英語を教えている立場からすると、基本的な英語の誤訳です。このような誤訳が様々な文書で多数発見されるのではないでしょうか。特に商取引ではわずか1語の誤訳で契約全体に大きな影響を与えます。国際大会での宣言のような重要な文言では、複数人数で原稿を何度も確認して誤訳を防いでもらいたいものです。

2021年08月08日

#390 コロナ禍のオリンピック

 今日から8月です。8月にしては珍しく午前中大雨が降っていました。唐津市では短時間大雨警報が出たほどです。例年この時期は雲一つない真夏の青空がまぶしいほどですが、今年は太平洋高気圧が偏って張り出していますので、高気圧の縁を回って湿気が日本に回り込んでいます。そのために各地で雷雨や落雷などの不安定な天気をもたらしています。
 さて、オリンピックも後半戦に入り、陸上競技が始まりました。日本選手の大活躍もあり、マスコミもオリンピック開催反対をひるがえし、今ではオリンピック報道一色に豹変しています。しかし、残念ながらオリンピックの裏側で新型コロナ(特にインド株)が急増しています。東京ではここ数日新規感染者が4000人を超え、改めて非常事態宣言が東京都その周辺の各県に発出されました。
 最初は海外から様々なコロナ株が持ち込まれることを懸念してオリンピック関係者や選手たちに「バブル方式」と呼ばれるコロナ対策を実施してきましたが、皮肉なことに国内の新コロ急増がかえって世界中にインド株を拡散させるのではないかとの懸念で満たされています。
 また酷暑の中でのオリンピック開催には海外のマスコミから次のような批判が出されています。
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『東京の夏は理想的?「うそつき」と海外メディアから批判』
(朝日新聞社 2021/07/30)
「五輪が開催される東京の夏は温暖で、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候です」。東京大会の招致委員会が2013年、国際オリンピック委員会(IOC)に提出した立候補ファイルでこう説明していたことに、現在、海外メディアから批判の声が相次いでいる。というのも、開催中の東京五輪では、酷暑に苦しむ選手の姿が目立っているからだ。
 米ネットメディアのデイリー・ビーストは26日、立候補ファイルの説明について、「この時期の東京に行ったことがある人なら誰でもわかるように、それはよく言えば楽観的、最悪な言い方をすればうそだ」とする記事を配信した。IOCに対しては、「なぜこれを真実として受け入れたのだろうか?」と疑問を呈した。
 こうした事態が起きる背景には、大会の招致には巨額の費用がかかるため、絶対に招致を成功させなければならない事情があるからだと指摘した。
 そして記事の末尾には、スポーツコラムニストのダン・ウェツェル氏の言葉を引用した。「日本は天候について謝る必要はない。しかし、アスリートがこの環境で疲弊し続けることについては、全ての人に謝らなければならない。地獄のようにうそをついたのだ」
 米ウォールストリート・ジャーナルは25日、「東京の、時に過酷な夏の気候は、大会招致が決まった2013年当時から心配されていた」と指摘。その上で、「今まで経験した中で最悪の暑さ」「この湿度は残忍だ」などとするアスリートの言葉を紹介した。
 さらに「東京大会の主催者は、暑さの問題を小さく扱おうとしてきた」と、招致委を批判した。
 英紙ガーディアンも20日に配信した記事で、19年にマラソンの開催場所が東京から札幌に変更されたことに言及。その理由として、「7~8月の気候が『穏やか』で『アスリートにとって理想的』だとする東京側の主張への疑念」があったと強調。前回の1964年東京五輪では、暑さを避けて10月開催だったと指摘した。
(https://www.msn.com/ja-jp/news/sports/)
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 日本の真夏はスポーツに適していないのは明らかです。もちろん、その酷暑の中で高校野球やインターハイなどの全国大会が行われていますが、これらのスポーツの実施時期も考えるべきだと思います。日中の気温が35度を超える最近の日本の夏は最高気温が30度前後だった昔の夏とは全く異なります。あくまでも選手の身体的かつ精神的健康を考えて実施時期を考慮すべきです。
 東京の酷暑を避けて札幌でマラソン・競歩が行われますが、皮肉にも今年の北海道は東京と同じような35度を超える記録的な猛暑となっています。実施時間等を再考し、選手に熱中症が出ないように対策を取るべきです。
 オリンピックも残り1週間です。これ以上コロナが広がらないように、また選手に感染しないことを祈るばかりです。

2021年08月01日

#389 東京オリンピック始まる!

 コロナ禍での東京オリンピックがいよいよ始まりました。開会式が行われるまでに競技場デザインの変更や、エンブレムの盗作疑惑、女性蔑視問題など幾度となく不祥事を起こした東京オリンピックでしたが、緊急事態宣言の中でようやく始まりました。日本選手の活躍が素晴らしく、すでに水泳や柔道などメダルの報告が届いています。オリンピックが始まったからには最後まで大きな事故や事件が発生せずに無事に終了してもらいたいものです。
 様々な異なる意見がある中で、開会式が行われました。私は授業をしていましたので、開会式すべてをリアルタイムで見ていたわけではありませんが、日本らしい様々な工夫をしていたようです。開会式のメインは選手入場なので、長すぎるスピーチや意味の分からない寸劇は嫌われます。また各関係者は5分以内のスピーチで充分です。そうしないと4時間を超える開会式は選手にとり大きな負担となります。また寸劇も世界に理解される寸劇でないと、何をやっているのか意味不明な退屈な時間となります。開会式を欠場し、各自の出場種目に集中する選手さえいるほどです。無駄とは言いませんが、コロナ禍の折、シンプルで洗練された開会式の方が選手にも、また見ている視聴者にも有難いものです。
 さて、この開会式を世界がどのように見ていたか分かる記事をご紹介します。
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(パンドラの憂鬱より)
『海外「日本らしさが全開だった」東京五輪の開会式の演出に海外からの絶賛の声が殺到に』
■ Wow, wow, wow!
  今の難しい状況の中でオリンピックを開催して、
  不可能を可能にしてくれた美しい日本の人々に、
  ありがとうと伝えさせてください。 +53 フランス
■ ありがとう日本。
  感動的で、美しい開会式でした!❤️ +61 オーストラリア
■ ピクトグラムのシーンがかなりクリエイティブだった!
  とにかく可愛かったし。OMG😆 +102 マレーシア
   ■ あれ良かったよねぇ。
     日本のバラエティ番組のスタイルだね😍 +6 アメリカ
■ 逆境の中で開会式を成功させた強い心と忍耐力に感動した。
  もちろん会場に行けなかったのは悲しいけど、
  テレビで観られただけで十分です❤️❤️❤️ +28 アメリカ
■ 正直日本であればもっと良い開会式に出来た気もする。
  競技はもっと面白いものになるといいな。 +13 トルコ
   ■ 私は文化的な開会式だったと感じた。
     そもそも開会式は何かを誇示する為のものではない。
     日本の文化を理解している人の多くは、
     実に日本らしい開会式だと思ったはずだよ。 +12 イギリス
■ ドローンの演出は目を疑うほど素晴らしかった。
  ニッポンはアメージングな仕事をやってくれた! +18 バングラデシュ
■ 本当に素晴らしい開会式だった。
  観客がいない中でオリンピックが持つ強いメッセージを伝える、
  心に響く一連の芸術的演出は見事だったよ。 +5 オーストラリア
■ ドラゴンクエストとファイナルファンタジーの曲が流れて驚いた!
  選手入場の時に使うなんて超クールじゃん! +29 アメリカ
■ 選手入場の時のBGMに関しては、
  ドラゴンクエスト以外の方が良かったと思う……。 +4 国籍不明
   ■ 日本には人気面でドラクエを超えるゲームはない。 +28 国籍不明
■ 開催してくれた事を日本と東京に感謝したい。
  大会初の金メダルは日本人選手に獲って欲しい! +11 オランダ
■ アイルランドの選手団が入場の時に、
  お辞儀をしてたのが凄く素敵だった!!😍 +28 オーストラリア
■ 任天堂の音楽が使われなかったのが残念。
  絶対マリオとゼルダは使うと思ってたのに。
  日本のゲーム業界でかなり重要な存在だから。 +10 国籍不明
■ 日本はゲーム音楽の価値を認めて、敬意を払ってくれた。
  ゲーム音楽の美しさを世界に伝えてくれたよね。 +925 国籍不明
■ 個人的にはワーストだ。
  観客がいない中の選手入場は本当に退屈だった。
  2時間観てチャンネルを変えたよ。 😡+4 +2 オーストラリア
■ 日本、あなた達は常に世界を驚かせてくれる🇯🇵 +24000 フィリピン紙
   ■ こうやって同じ話題を共有して、
     世界の人々が1つになっている姿は素敵だね。 +7 イギリス
   ■ 私が今まで観てきた開会式の演出の中で、
     一番クールなパフォーマンスでした。
     お願いします。もう一度観られるようにしてください。
     見逃した人にもぜひ観て欲しい!
     本当に楽しかった! +50 アメリカ
   ■ 個人的にはその感動を共有できないね。
     今回の開会式は本当に酷かったから。 +5 南アフリカ
      ■ その考えを共有出来ない。
        日本は刻一刻と変わる状況の中で、
        出来る限りの事をやったと私は思う。
        逆境の中の開催だった事を理解しよう。
        異常な状況に適応する必要がありながら、
        開会式を成功させた日本に敬意を表します。 +68 アメリカ
■ 本来はもっと大掛かりな開会式になる予定だったんだろうね。
  だけどコロナの影響で変更せざるを得なかった。
  その中で日本は本当によくやった!
  これから2週間、世界中の人が楽しむイベントがある。
  私はその事を嬉しく思う。アリガトウ日本!!! +26 フィリピン
(http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-3893.html)
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 新型コロナがどれほどオリンピックに影響するか不明の点が多々ありますが、東京オリンピックは様々な点で今後のオリンピック運営に影響を与えることになりそうです。もう一度オリンピックの原点に戻る時が今です。平和な世界におけるスポーツの祭典を楽しみたいものです。

2021年07月25日

#388 元の木阿弥

 全国的に梅雨が明け猛暑の夏が始まりました。今日は35度を超える多くの地域が予想され、関東や東北を中心に今年度から始まった「熱中症警戒アラート」発令されています。さて今年度から大学入試共通テストが始まりましたが、その根幹を揺るがすようなニュースが先日流れました。共通テストの英語民間試験導入の断念と国語や数学の記述式問題の断念です。共通テストはこの2本柱を錦の御旗として導入されましたが、これが脆くも挫折したことになります。次の記事はNHKウェブニュースからの転載です。かなり長い記事ですが、ご一読ください。

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『大学共通テスト 英語民間試験と記述式導入断念へ 文科省』
 大学入試の在り方を議論している文部科学省の有識者会議は、2025年の大学入学共通テストにおける、英語民間試験の活用と記述式問題の導入について「実現は困難」とする提言案を示しました。文部科学省は、この夏にも導入の断念を正式に決定する方針です。
 ことしから始まった大学入学共通テストでは当初、入試改革の柱として、英語の民間試験の活用と、国語と数学の記述式問題が導入される予定でしたが、地域格差や経済格差の懸念など制度の不備への指摘が相次ぎ、おととし、いずれも導入が見送られました。その後、文部科学省は、新たな学習指導要領で学ぶ、今の中学3年生が受験する2025年以降の大学入試の在り方について有識者会議を設け、2つの柱について、改めて共通テストへの導入の可否を検討してきました。その結果、22日の会議で提言案が示され、この中では、
▼英語の「読む」「書く」「聞く」「話す」の総合的な力の評価に英語民間試験を活用することについては、試験ごとに会場数や受検料、障害のある受験生への配慮が異なる中、地理的、経済的事情などによる格差への対応が不十分な点や、コロナ禍で中止も相次いだ外部の試験に依存することへの課題が指摘されました。
▼記述式問題も、50万人以上が受験する中で公正な採点体制の確保などの課題を克服できないとして、いずれも「実現は困難と言わざるをえない」と盛り込まれました。
 一方、提言案では、各大学の個別試験では、いずれも導入を進めていくべきだとして、推進策の充実も盛り込まれています。
 文部科学省は、今回の提言案がまとまりしだい、この夏にも正式に導入の断念を決定する方針で、これにより2025年の大学入学共通テストでは、いずれも導入されない見通しになりました。

<2つの柱 英語の民間試験と記述式問題 経緯>
大学入試改革の2つの柱、英語の民間試験と国語と数学の記述式問題。
 当初は、ことしの大学入学共通テストから導入される予定でした。
2つの柱は、2013年10月、政府の教育再生実行会議が「知識偏重の1点刻みの選抜」からの脱却を掲げ、センター試験に代わる新たな共通テストの導入を提言した際に盛り込まれました。2014年12月には、中央教育審議会が「読む」「聞く」に加え「書く」「話す」も含めた英語の4技能を評価するため、民間試験を活用することや、記述式問題を導入することを盛り込んだ改革案を答申しました。

<英語の民間試験の課題>
 その後、文部科学省は、2020年度からの開始を正式に決めますが、実施が迫る中で、さまざまな課題が指摘されます。
 英語の民間試験については、都市部に比べ、地方では試験や会場数が限られ、受験機会の面や移動に伴う経済負担の面で地域格差が課題となったほか、受験料が高額で、経済的に厳しい家庭の受験生への減額措置が試験団体に委ねられる中、経済格差が生じるといった指摘が相次ぎました。
 こうした中、2019年10月には萩生田文科大臣の「自分の身の丈に合わせて頑張ってもらえば」という発言もあり、高校生や学校現場から導入への批判の声が上がる中、文部科学省はこの年の11月、2020年度からの導入を見送ると発表しました。

<記述式問題の課題>
また、記述式問題についても、50万人以上の答案を短期間で採点する中で、質の高い採点者を確保できるのかや、民間の採点事業者が業務で知り得た情報を漏えいしたり、受託自体を宣伝に利用したりしないかなど、公正、公平な採点における課題が指摘されました。
 そして、英語の民間試験導入の見送りの発表から1か月後、文部科学省は記述式問題についても「安心して受験できる体制を整えることは現時点では困難」として、導入の見送りを発表。
 初の大学入学共通テストを、およそ1年後に控えた受験生や教育現場は混乱を余儀なくされました。

<有識者会議の議論は>
 文部科学省はその後、新たな学習指導要領で学ぶ、今の中学3年生が受験する2025年以降の大学入試の在り方について有識者会議を設け、改めて共通テストに英語の民間試験や記述式問題を導入すべきかどうか検討してきました。
 会議では、インターネット上で国民から意見を募ったり、当事者である高校生や高校教員が意見を述べる場も設けられたりしましたが、否定的な意見も示されました。
 また、有識者からは「これまで指摘された課題が解決できる見通しがない」とか「各大学の個別入試で導入するほうが現実的だ」といった指摘が相次ぎ、再度、見送られる形になりました。

<2025年に大学入試 中学3年生は>
 今回の提言案を受け、2025年に大学入試を受験する中学3年生からも、さまざまな声が聞かれました。さいたま市見沼区の私立の進学校、栄東中学・高等学校では、入試改革の2つの柱が示されて以降、教員みずから英語の民間試験を受けたり、記述式の自己採点を徹底するよう生徒に指導したりして、対策を進めてきました。
 英語の「話す」「書く」力も伸ばすため、生徒どうしが英語でスピーチをしたり、英文の手紙を書いたりする授業を通じて、自分の気持ちを表現する取り組みも続けています。
 今回、提言案が示された2025年の大学入学共通テストの対象となる中学3年の男子生徒は「自分は目の前の勉強に励むだけだが、大学受験は、その後の人生を左右することもあるので、できるだけ努力が反映される公平な試験を実施してほしい」と話していました。
 中学3年の女子生徒は「公平性を保つのが難しいと思っていたので、見送りは理解できますが、大学入試だけでなく、その先の社会に出てからのことを考えると、思考力や、海外でコミュニケーションを実現できるよう英語を話す力をつけることが必要だと思っています。民間試験を受けるための費用負担が厳しい人もいるので、国は家庭環境や住む場所で差が出ないような公平な試験を考えてほしいです」と話していました。
 自身も英語の授業を担当している田中淳子校長は「子どもたちは柔軟に対応していますが、教員たちはカリキュラムや指導方法などを準備していたので、導入断念となるのは率直に落胆もあります。公平性や機会均等の課題は国が責任を持つべきだと考えています。一方で教育現場として、教えることに変わりはなく、基礎はもちろん、入試だけを目標にするのではなく、子どもたちが、その先も自分で物事を考えて表現できるよう、生きていく力を身につけてもらうことが重要だと考えています」と話していました。

<識者「導入見送りの結論は評価」>
英語の民間試験の活用と記述式問題の導入が見送られたことについて、大学入試に詳しい、東京大学大学院教育学研究科の中村高康教授は、この間の経緯を振り返り「導入を見送るという結論は評価すべきで、冷静に議論されたと思う。理念に基づいて改革することは大事だが、理念先行に陥りがちで、現実に対する目配りが十分に行き届いていなかったのではないか。教育改革は効果が出るまで時間もかかり、大きな影響があるわりには、誰も責任がとれないという性格を持っているので、慎重に進めるべきだ。政府や文部科学省には検証して教訓を生かしてもらい、今後はこういうことがないようにしてほしい」と指摘しました。
 そのうえで、今後については「大学入試が変わらないと高校教育が変わらないという議論は昔からあるが、過去の改革で失敗している例も多々あり、その前提で議論を積み上げること自体に危機感を持っている。入試だけに救世主のような期待を寄せるのではなく、高校の授業を変えるため、先生の働き方を議論すべきかもしれないし、総合的な英語力や思考力の育成を大学教育で行う選択肢もある。そもそも私たちが前提としている議論や理念自体について、もう一度考えてみることが重要だ」と話しています。

<元大臣補佐官「合意形成得られず」>
2018年まで文部科学大臣補佐官を務め、入試改革を進めてきた、東京大学と慶應義塾大学で教授を務める鈴木寛氏は、英語民間試験と記述式問題の導入が見送られたことについて「文部科学省が政策形成の在り方や、それへの合意形成を得られなかったことは事実で、改善や反省すべき点はある。これだけの改革を進めるにあたり、十分な人員が割ける状況になく、地域に出向いての説明も不足し、中身や実施体制などさまざまな疑問や心配に対する修正や改善をすることができなかった」と振り返りました。
 一方で、記述式問題は各大学の個別入試に広がっているとして、英語のスピーキングなど4技能の評価以外は入試改革は成功したとしたうえで「AIの時代となりグローバル化も進む中、国内にいながら世界中の人と交渉や交流をすることが日常となる一方で、日本の高校生や若者たちの英語コミュニケーション能力や論述力は非常に危機的な状況で、一刻の猶予もない。身につけなければいけない能力が急速に変わる現状に、高校生たちの英語の学びをどうするのかや、大学の個別試験での英語民間試験の活用をどう加速していくのかを、さらに議論していくことが重要だ」と話しました。
 そのうえで、個々の大学での民間試験の活用について「文部科学省はみずから主導することはなくても、今後は大学間や生徒間で生じる格差に対して支援に回るなど、役割の認識を改め直す、よい機会にすべきだ」と指摘しています。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210622/k10013097081000.html)
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 大学入試の欠点を補うものとして英語の「話す力」と「書く力」を試したり、国語や数学の「記述式問題の導入」は発想としては良いものの、50万人もの受験生の答案処理については対策は考えなかったのでしょうか。これではせっかくの両案も元の木阿弥です。文科省にその後の対応策を望みます。

2021年07月18日

#387 静かな夏

 昨日まで荒れ狂った梅雨末期の豪雨で九州南部は水害に見舞われましたが、今日は早くも梅雨明け宣言が出ました。九州北部も今日は雨が止み、晴れ間が見えています。おそらくここ数日中には梅雨雨宣言が出るものと思います。先週の熱海の土砂崩れを始めとして、ここ数年は毎年梅雨末期に大きな災害が発生してきました。昨年はここ大牟田でも諏訪川流域の内水氾濫より三川地区に大規模な水没流域が発生し2名の方が犠牲となられました。以前の梅雨末期と異なり、毎年必ず大災害が発生しています。今まで災害が被災していない地域にお住まいの方でも今後の天災には充分お気をつけ下さい。これまでの災害で被災された方々にお見舞い申し上げます。
 さて、夏を迎えたとはいえ、昨年の夏に続き今年の夏も何か変です。そうです。夏祭り開催の声が聞こえてこないのです。例年ですと、夏祭りの準備に太鼓や笛を練習する子どもの声が聞こえてきますが、コロナ禍でその雰囲気は全くありません。大牟田の夏祭りは勇壮な「大蛇山」で始まります。7月に入りますと街中いたるところで夏祭りの練習が始まり、夕方から太鼓やカネの音が聞こえてきます。しかしその音も今年は聞こえません。本当に静かな夏を迎えています。コロナ感染拡大を防ぐために博多の山笠を始め、全国的に祭りが中止になっています。祭りは元来疫災を防ぎ、御霊を鎮める意味を持ちますが、コロナ禍ではその鎮魂祭もできません。祭りの本来の意味さえも失われているのです。
 福岡県は本日で非常事態宣言が解除されますが、また新規感染者が徐々に増える傾向にあります。子供たちが楽しみにしている海水浴やプールは今年も閉鎖になります。また福岡市東区にあります「香椎花園」のように老舗の遊園地もコロナ禍の営業不振で閉園となる遊園地が出ています。新型コロナは思いもかけないような業種にも悪影響を及ぼしています。コロナ禍の出口はまだまだ見えません。
 東京オリンピックも開催まで2週間を切りましたが、東京の感染者急増に伴い、ほとんどの競技で無観客実施となります。政府の思い描いた経済構想がことごとく「裏目」に出てしまい、(「おもてなし」オリンピックが「表なし」=「裏目」になってしまいました。)経済効果は大きなマイナスで、多額の借金を抱えることになります。
 このオリンピック負債を誰が返済するのでしょうか。東京都民でしょうか。政府でしょうか。いずれにしても私たち一般国民の税金からの捻出となることでしょう。つまり再び消費税上がるということです。様々な問題を抱えたオリンピック開催の是非は別として、「コロナ蔓延」という置き土産を残さずに早く無事に滞りなく終了してもらいたいものです。東京オリンピック開催が是か非か遅くとも今秋には分かるでしょう。

2021年07月11日

#386 福岡雙葉同窓会新53回生の方々へ

 福岡雙葉同窓会の方々、いかがお過ごしでしょうか。会報誌「ふたば」が先日届きました。会誌のスタイルが今年から冊子に変更され、編集に携わった幹事の方々は大変な作業だったと拝察いたします。ご苦労様でした。またコロナのせいで昨年に続き同窓会総会が中止になり、同窓生の方々との団欒の機会が無くなりました。そのために会報誌に20年前の高校3年生の旧担任団の近況報告が載ってますが、紙面の都合上、字数が制限され、詳細な内容が書けませんでした。そこでこのブログを借りて、あらためてご挨拶申し上げます。
 会報誌を開いてページをめくるたびに、改めて20年という年月を感じざるをえません。20年前に学園を卒業なされた皆様がすでに中堅世代としてリーダーになり社会で活躍され、あるいは家庭で子育てに日々過ごされるなど、置かれた場所で着実に花を咲かれていると思います。皆様とお会いしたのは私がまだ40代の頃でした。「歳月人を待たず」と申しますが、私は現在64歳になりました。皆様が学園で過ごされた当時の諸先生方の多くがすでに退職されています。一口に20年と言いますが、10年ひと昔、20年ふた昔で、時の流れの速さに今更ながら驚かざるをえません。
 会報誌にも書きましたが、私は2015年3月に福岡雙葉学園を早期退職して、故郷大牟田市で無料学習塾二コラを創立し、今年度で6年目をむかえます。塾名「二コラ」は皆様もご存じのように幼きイエス会創立者ニコラ・バレ神父様のお名前を拝借しています。
 早期退職して学習塾を創設した理由は会報誌には書いておりませんが、今から6年前高1から高3まで3年連続でクラス担任として、また学年主任として生徒たちと過ごし、卒業生を見送り、そして私が知っている生徒がすべていなくなったことにあります。換言すれば、学園での仕事に区切りがついたことです。もちろん定年まで勤め上げ、非常勤講師で学園に残ることも考えました。しかし残りの人生を何か別の形で過ごすことができればと考え、経済的に学習塾に通えない子どものために学習塾を創設し、終活の一環として少しでも社会貢献をすることができればと思ったのが、学習塾二コラの原点です。
 当塾には毎年8名~10名ほどが当塾で学んでいますが、経済的に困難な生徒はそれほど多くなく、毎年1~2名ほどです。その理由は様々ですが、経済的困難な家庭の両親が教育に対して理解がないことが挙げられます。親が教育に関心が無ければ、その子供たちも学習に関心を持ちません。貧困はその悪循環でもあります。この悪循環を断ち切る唯一の手段が教育です。
 毎年塾生の人数は変化します。今年度は中学3年生2名、高校3年生2名が3月に卒業し、現在コロナ禍でもありますので、新規塾生の募集を一時停止しています。コロナ禍が落ち着けば、また新しい塾生が増えてくると思います。
 現在私は塾の運営費を賄うために地元の明光学園中学校・高等学校で非常勤講師をしています。また大牟田市の学習支援事業のボランティアとして毎週木曜日に公民館で中学生を対象に英語を教えています。大牟田市は現在市内の2か所の公民館で毎週木曜日に学習支援活動を行っています。主に小学生と中学生が集まり、基本的に個別指導の形式で学校の宿題や課題に取り組んでいます。中学3年生は高校入試に向けて受験勉強を行います。
 同窓生の皆様は社会で様々な経験を積み、学生時代には経験しなかった出来事や困難に直面されたことも多々あることでしょう。時には不条理な周囲の非難や態度に振りまわされたこともあるでしょう。これからも様々な嫌なことを経験することと思います。そのような時に学園で学んだことを思い出してください。シスター達から学んだこと、聖書の中の一節、先生たちが励ましてくれた言葉など。当時は気づかなくても自分を励まし支えてくれる言葉が心に残っているものです。学園で学んだものが有形無形となり皆様の人生の指針になってくれます。
 皆様はこれからも様々な場面でご活躍なさると思いますが、学園は人生の教育の原点です。次の世代の方々(子や孫)に学園から頂いた宝物(愛と奉仕の精神)を伝えてあげてください。そして実り多き人生を歩んでください。またいつかお会いしましょう。それまでお元気でお過ごしください。

追記:上記の拙文は福岡雙葉学園同窓会新53回生の方々だけでなく、私が関わった全ての卒業生・同窓生の方々に捧げます。

2021年07月04日

#385 初めての買い物

 今日は6月27日です。今年もすでに半分終ってしまうことになります。1か月後にはいよいよ東京オリンピックが始まります。東京ではコロナの新規感染者が増加に転じ、徐々に増えていく傾向が見られます。またオリンピックに向けて世界から多くの選手や関係者が入国しますが、東京都や国はどのような感染防止策を取るのでしょうか。口先だけの安心・安全では誰も信じません。超新型コロナが日本発とならないように祈るばかりです。
 さて話題を変えて、少しほんのりする話をお伝えしましょう。テレビではよく幼い子どもに一人で買物に行かせる番組があります。親は我が子が無事に買い物ができるかどうかモニターテレビを見ながらハラハラする場面がテレビに映し出されます。買い物を終えて無事に我が家に帰ってきた子どもを母親が涙を流して迎える場面がよく流れます。しかし誰もが必ずしも一人で買い物に行けるとは限りません。お年寄りや体の不自由な方々は近くのコンビニに行くことさえも叶わない人がいます。そんなお話です。
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『初めての買い物』
 伝説の実演販売員、河瀬和幸さんが体験した「お客さん」の話です。その日、河瀬さんは大手有名雑貨店で、高級石鹸を販売していました。平日で店が開店したばかりの時間。お客さんはまだほとんどおらず、店内は閑散としていたそうです。
 と、エレベーターから車つきの大きなベッドが降りてきました。見ると、そのベッドには、おそらく脳性麻痺によって両手両足を動かすことができない女の子が横たわっています。
 どうやら、施設の先生たちに付き添われて、店舗を訪れたようでした。車つきの大きなベッドを移動させるのは、ほかのお客さんの迷惑になるかもしれないという配慮から、開店直後の人がいない時間帯を見計らってやって来たのでしょう。
 女の子の名前はミサちゃんでした。中学生くらいでしょうか。付き添いの先生は、「ミサちゃん、ほら、(商品が)いっぱいあるね……楽しいね」と話しかけています。それに対して、女の子は「アー」とか「ウー」と返事をしていました。その少女を見た河瀬さんはこんなことを思います。
 「この子に、お買い物の楽しさを伝えたい」
 河瀬さんは、いつも高級石鹸を売るときと同じように、ベッドの少女に笑顔で話しかけます。
 「お嬢様、お手をどうぞ」
 河瀬さんの言葉を聞いた付き添いの先生は、「ミサちゃん、おじさんが手を洗ってくれるんだって、やってみる?」と少女に話しかけて、ベッドを河瀬さんの前へ進めます。
 わずかしか動かせない手を、河瀬さんの前に差し出そうとする少女。その手を引っ張り出して、両手で支えてあげる付き添いの先生。
 「じゃーん、では、手を洗うね。この石鹸はお肌がスベスベになるよ!」と河瀬さん。 いつものように商品の説明をしながら、少女の手を石鹸で泡立て、それを洗面器のお湯で洗い、タオルで拭いてあげます。洗い終わった手に触れた、付き添いの先生が声をあげます。
 「どーれ、ミサちゃん、まあ、綺麗になったわね。すべすべだー!どうもありがとうございました!」
 そう言って、ベッドを動かして立ち去ろうとしたときです。
 「アーッ、アーッ」と少女が声をあげたのです。
 「えっ、何?ミサちゃん、なになに?」
 少女の口元に耳を寄せる先生。
 「えっ、欲しい?欲しいの?石鹸?ちょっと待ってね。買えるかなあ?1個591円だよ」
「ウーッ、ウーッ」と応える少女。
 「ミサちゃん、買えるね。ミサちゃんのお小遣いで買えるね。買うの?」
 「ウーッ」
 先生はベッドの下から黄色のかわいい財布を出しました。河瀬さんが一緒にレジまで行くと、少女はお会計のときに、河瀬さんに向かって、ニッコリと微笑みました。そんな少女の姿を見て、付き添いの先生は大泣きしながら、河瀬さんにお礼を言ったそうです。
 「ありがとうございます。ありがとうございます。こんな経験をさせたかったのです。」
 河瀬さんは、このときのことについてこう言っています。
 「商売冥利に尽きました」
 こんな体験こそが、モノを売るという行為の醍醐味なのだと……。
 もしかしたら、それは少女にとって、「生まれて初めてのお店でのお買い物」だったかもしれません。
 お店でモノを買う。
 そんな、私たちが普段、何気なくやっていることが、少女にとってはこのうえなく楽しい体験だったのです
 この少女の話を知って、私は以前本で読んだ、余命わずかなホスピスの患者さんが「何かしたいことはありますか?」と聞かれたときの回答を思い出しました。
 何か、特別な願いごと。たとえば、「もう一度、子どもの頃に食べた〇〇が食べたい」とか。「世界一周がしてみたい」とか。
 そんな願いごとが返ってくると思った私は、その言葉に衝撃を受けたのを覚えています。すでに身体の自由が利かなくなっているその患者さんは、「何かしたいことは?」と聞かれて、こう答えたのです。
 「道を歩きたい」
 コンビニへと向かう、普通の道。その道を、死ぬ前にもう一度歩きたいと……
 お小遣いで買い物をする。
 コンビニへの道を行く。
 そんな、普段の「普通のこと」がいかに尊いことなのか。少女の「初めての買い物」は、そんなことを私に思い出させてくれました。
(西沢泰生「ほろりと泣けてくるいい話33」王様文庫より)
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 健康な私たちは好きな時に出かけて買い物をしたり、食事をしたりと自由に自分の時間を使えます。それが当然と思っています。しかし、周囲を見回すと歩くことさえも不自由な人がたくさんいます。「他人に優しい社会」とは健常者と同じように身体の不自由な人が快適に生きていける社会と定義できます。そのためにはお互いに助け合う心が大切です。そのような社会を作って行きたいものです。

2021年06月27日

#384 AMラジオが消える日

 今日は梅雨の中休みらしく、朝から晴れています。室内の温度はすでに28度を超えており、最高気温が32度を超えるものと思われます。真夏のような一日になるようですが、日中のマスク着用はマスク内に汗をかいて不快感が増します。汗を吸い取ってくれる夏用のマスクに替える時期が来たようです。
 さて先日とんでもないニュースが飛び込んできました。AMラジオの終わりが近づいています。それも令和10年度までには廃止する予定だということです。産経新聞では次のような記事をネットに掲載しています。
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『AMラジオが消える日 文化部・道丸摩耶』
 学生時代、深夜ラジオを聞くのが楽しみだった。特に熱心に聞いたのは、応援していた音楽ユニットがパーソナリティーを務める番組。メンバーの出身地、愛知県のAMラジオ局が放送していた。
 といっても、当時私が住んでいたのは横浜市。ラジカセのアンテナを限界まで引っ張っても、昼間は雑音ばかりで何も聞こえない。ところが深夜になると、かなり小さな音ではあるが、確かに番組が聞こえたのである。悪天候の日はまるで聞こえなかったり、違う放送局の音が聞こえてきたりもしたが、番組をカセットテープやMDに録音し、自分の投稿が読まれた日は何度も聞き直したものだ。
 そんな「AMラジオ」がなくなる日が来そうだ。AMラジオ放送を行う民間事業者全47社でつくる「ワイドFM対応端末普及を目指す連絡会」は15日、全国44のAMラジオ局が、令和10年秋までにFM局への転換を目指すと明らかにした。一部の局は10年以降も補完放送としてAMを継続するが、在京3社(TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送)は同時期までにAMを完全に停波する方針だ。
 AMラジオを送信するには、広い敷地に高さ100メートル規模のアンテナが必要。設備が老朽化する中、比較的簡易な設備で維持費も安いFM放送に切り替えたいと各局が考えるのは仕方がない。転換後のFMは原則、旧来のラジオで受信できない周波数の「ワイドFM」のため、受信機器の普及が急がれる。
 もっとも、AMラジオが消えるころには、ラジオはインターネットで聞くものになっているかもしれない。パソコンやスマートフォンで全国のラジオ局の番組が楽しめる「radiko(ラジコ)」の利用者は増え続け、放送波を上回る聴取者を獲得している。リアルタイムで楽しむだけでなく、放送終了後も一定期間聞ける番組もある。地域も時間も電波の長短も飛び越えられる、ラジオ好きには喜ばしい時代が来た。
(https://www.sankei.com/article/20210619
                   -OVMSVRS2YFNK7JS3C7UX62D3DE/)
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 福岡県内のAMラジオ放送局RKBやKBCもAM放送をFM放送に移す予定だそうです。FM放送は音声がきれいで、NHKFMは主にクラシック音楽を、FM福岡はポピュラー音楽を流すイメージがあります。しかしながら、電波の届く範囲が狭く、福岡県以外の地方の放送局の番組を聞くことはできません。もちろんネットで有料の「ラジコ」を視聴すれば全国の放送局を視聴できますが...。
 おそらく50代以上の人々にとって10代の頃はAMラジオが情報を収集する唯一の手段だったと思います。インターネットが普及するまでは今のようにネットやSNSから情報を入手する手段はなく、若者たちはラジオを通して同世代の情報を入手していました。当時の深夜放送は若者たちの情報を交換する場でもありました。オールナイトニッポン、パックインミュージックなど全国の若者たちが投書の形式で様々な情報を交換したものです。深夜放送を通してヒットした新曲も数知れません。そのために中学・高校生は帰宅して仮眠を取り、勉強するふりをして深夜放送を聞いていたものです。
 いまでは様々な媒体が情報を交換する場として存在していますが、当時の深夜放送のような1つの媒体を全国の若者が共有する時代は終わりを告げました。情報交換はオタク文化に象徴されるように同じ関心を持った者同士が集まる場へと変化しています。
 ラジオの放送はAMラジオの終焉で1つの文化が終わりを告げます。放送自体が終わるわけではありませんが、ラジオのダイヤルを回して放送局を探していたアナログの時代が終わるのです。深夜何気なくダイヤルを回していると、遠い地方の放送が聞こえました。北海道や京都、東京や大阪の放送局が雑音交じりにラジオから流れ、遠い地域に憧れを抱いたものです。また外国からの放送も届き、韓国や中国からの放送はもちろん、ロシア語や不明の言語がラジオから流れて、異国情緒を感じたものです。日本ではラジオ文化において1つの時代の終焉を迎えます。

2021年06月20日

#383 AIサクラ 花盛り

 IT技術の発展と共に様々な分野でAI(人工知能)が使用されています。日本では人材不足を補うために工場では製造ロボットが、ホテルでは受付嬢ロボットが活躍しています。受付嬢ロボットは一見すると人間に見えますが、顔の表情や話し方から人間ではないと即座に理解できます。
 ところが、本日AIに関するとんでもないニュースが飛び込んできました。AIサクラが登場したらしいのです。Weblio辞書によりますと、「サクラ」はもともとは露天商(テキ屋)の客引き手段として、一般客を装って店や品物をそれとなく宣伝し、他の一般客に興味を抱くように仕向ける役割の者です。昨今では行列や集会に加わって大人気・大盛況であるかのような雰囲気を盛る役割や、オンライン通販サイトや口コミサイトなどで販売者側に通じている関係者が高評価レビューを投稿するという役割などもサクラと呼ばれます。以下は読売新聞からの転載記事です。

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『架空の顔で「お客様の声」「大満足」…AIで生成、90サイトで宣伝に悪用』
 AI(人工知能)で作り出された架空の人間の画像が、あたかも実在するかのような形で多数の業者の宣伝サイトで使われていることが、読売新聞の取材でわかった。商品やサービスを推奨する客などを装って掲載されていた。すでに海外では悪用が問題になっており、歯止めなく使われれば、取り扱いのルールを巡って議論になる可能性がある。
 画像は、大量のデータから特徴を学ばせるAIの深層学習(ディープラーニング)の技術で精巧に自動生成できる。国内では大阪市のIT企業「ACワークス」が、イメージ写真や仮想モデルなどとしての利用を想定し、会員登録すれば無料でダウンロードできるサービスを2年前に開始。実在の客を装っての掲載などは規約で禁止していた。
 しかし、読売新聞が同社から提供を受け、103人分の画像の利用状況を調査した結果、規約に反するとみられる方法で掲載しているサイトが少なくとも90に上ることが確認された。
 健康食品や人材派遣、システム開発会社などが、「お客様の声」として「おすすめです」と述べているように載せているサイトが目立った。会社側が在籍する税理士などとして紹介していたが、記載内容自体が虚偽だったケースもあった。いずれも信頼性を高める狙いがあるとみられ、ACワークスは「画像の削除を求める」としている。
 AIの悪用を巡っては、政治家の映像などを改変する「ディープフェイク」の広がりが懸念されるが、架空の人物画像は、別の倫理的問題をはらむ。海外では、政治的主張を広める偽のSNSアカウントにも用いられているが、本人が実在しないため発覚しにくいという。日本でも偽情報や詐欺などの犯罪に悪用される恐れがある。

◎名前も年齢も◎
 <資格がある会社に頼んで良かったです>
 東北地方の遺品整理業者のウェブサイトには、そんな「お客様の声」とともに、穏やかな表情を浮かべる男性の顔写真が2枚並ぶ。
客や講師、税理士、ライターなどとして宣伝サイトで使われた架空の顔画像。一部は読売新聞の指摘後、削除された=画像は一部修整しています
 「49歳 松本さん」「55歳 安藤さん」と記された2人は、この世に存在しない。AI(人工知能)で生み出された画像だ。 「顔があればコメントの信ぴょう性が増す。名前や年齢もでたらめだが、リアルっぽくする必要がある」。サイトの運営者は、そう理由を明かした。 実際の客の写真は本人の許可を得るのが難しく、「架空の顔なら誰も文句を言わないだろう」と考えたという。作成元の大阪市の「ACワークス」は利用規約で認めていないが、運営者は「規約まで読んでいなかった」と釈明した。
 家電の通販や整骨院、資格講座……。客や受講者などを装って画像を載せていた90以上のサイトの業種は多岐にわたっており、「大満足」「新規事業を始め、資格をいかしています」といったコメントとともに掲載されていた。

◎200万枚◎
 業者側がスタッフの顔として載せ、信頼性を演出しているケースもあった。 <一流のバイリンガル教師陣です> そう宣伝する子ども英会話のサイトは、講師16人のうち少なくとも11人の顔が架空の人物だった。
 顔だけではなく、記載内容のウソも確認された。中部地方のコンサルティング会社は所属する「税理士」や「司法書士」の名前を記していたが、日本税理士会連合会などに問い合わせたところ、そうした人物は存在しなかった。
 「介護付き旅行」の予約サイトは、おすすめの観光地を紹介する「ライター」として30人以上の顔を載せているが、代表者は、名前や経歴についても「事実ではない部分がある」と認めた。ライターとされる一人の顔を調べると、他の通販サイトなど少なくとも7件で、異なる名前の客などとして使われていた。
 ネット上に架空の顔はどこまで広がっているのか。国内で提供できる企業は現時点では数少ないとみられるが、今後、生成技術が普及し、参入が相次ぐと見込まれている。
 すでに海外には無料や低料金で提供するサイトが複数あり、日本からも利用できる。「白人」「黒人」「アジア系」など200万枚以上から選べるほか、年齢層や髪の色などを調整し、利用者が好きなように顔を作り出すこともできる。
 こうした機能が使われれば、どんな顔が生成されたのか、利用者本人以外は誰もわからない。今回のように悪用を検証することも、より困難になる。
 海外では日本と同じようなケースに加え、世論操作が目的とみられるSNSの発信にも悪用されている。 フェイスブックは2019年、虚偽の米国人の名前をかたって自動的に大量投稿していた約600のアカウントを削除したと発表。トランプ大統領(当時)を支持する内容で、架空の人物の顔が含まれていた。 20年には、米国人らを狙い、ロシアや中国から政治的な主張を広めていた偽アカウントに使われていたことも明らかになった。
 別のSNSでも、プロフィルに米国の有名な大学や調査機関を記していた女性の顔や名前が架空と発覚した。米政権のアドバイザーや、英国の王立機関のロシア専門家らと接触しようとしており、スパイの可能性が指摘された。
 AIや偽情報の問題に詳しい明治大の湯浅 墾道はるみち 教授(情報法)は「日本では特に『顔写真があれば本物だろう』という信頼感を持つ人は多い。政治的意図を持ったSNSでの偽情報の拡散や、悪質商法に利用されることもあり得る」と指摘し、危機感を示す。
 「空想と現実の境界があいまいになれば、何が本当なのか分からなくなる。倫理的な線引きや規制のあり方の議論を始めるべきだ」
 私たちがネット上で目にする情報は、消費行動に大きな影響を与える一方で、知らない間に粉飾されていることも少なくない。ネット空間の虚実を考えるシリーズの第3部は、買わせるウソを生む構図に迫る。
(https://www.yomiuri.co.jp/national/20210613-OYT1T50073/)
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 AIの登場により様々な業種で仕事の効率化が進められ、中にはAIが企業の中枢として業務し、人間の社員が周辺に押しやられている職種もあるようです。これからもAIは急速な進化を遂げていくでしょうが、私たち人間はそれについて行くことができるでしょうか。それとも機械の奴隷としてAIに隷属するのでしょうか。
 まるで手塚治虫のマンガのような近未来の世界が近づいてきています。機械にこき使われないように、私たちは主体的に考え生きていかなければならないでしょう。そうしないと人間の文明は終焉を迎え、やがて機械に支配されたSF映画のような世界が登場します。
 嘘が嘘を呼ぶ世の中です。特にネットの世界は虚偽で溢れています。オレオレ詐欺だけでなく日頃より常に考え行動する習慣を身につけていないとAI詐欺に騙されてしまします。困った世の中になったものです。

2021年06月13日

#382 赤い花 白い花

赤い花摘んで あの人にあげよ
あの人の髪に この花さしてあげよ
赤い花 赤い花 あの人の髪に
咲いて揺れるだろう お日様のように

白い花摘んで あの人にあげよ
あの人の胸に この花さしてあげよ
白い花 白い花 あの人の胸に
咲いて揺れるだろう お月さんのように

 上記の歌は「竹田の子守唄」や「翼をください」等を歌っていたフォークグループ「赤い鳥」が歌った「赤い花白い花」です。赤い鳥の隠れた名曲で、世代を超えて歌い継がれています。私はこの歌を長い間「赤い鳥」のオリジナルソングだとばかり思っていました。ところが昨日のBS朝日の番組「子供たちに残したい美しい日本のうた」(毎週土曜日10時から12時まで放送中)で偶然この歌の解説が流れ、無名の女子高校生が口ずさんでいた歌だと知り、本当にびっくりしました。事の経緯は次の通りです。
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 作詞・作曲の中林三恵さん(当時 遠藤三恵さん)が1960年代初めごろに、口ずさんでいた曲を群馬大学在学時代の、1964年秋に学内にて発表。群馬大学の学生の間で広がっていったのが始まりです。
 数年後に北海道で歌われていたこの曲を「赤い鳥」のメンバーが知るところとなり、誰が作った曲か全くわからなかったため、某ラジオ番組にて、作者が誰かを全国に呼びかけた所、群馬大学の学生が聞いていて、中林三恵さんに手紙で伝え、中林三恵さんの作品だと知られることとなりました。
 1970年に「赤い鳥」がシングルのB面にてレコード化。さらに、1976年に「みんなのうた」で「ビッキーズ」が歌ったことにより全国的に知られることになる。
 なお、芹洋子さんが1977年にレコード化する際、中林三恵さんが書下ろした新しい3番の歌詞が追加されました。

赤い花揺れる あの娘(コ)の髪に
やさしい人の 微笑みに揺れる
白い花揺れる あの人の胸に
愛(イト)しい人の 口づけに揺れる
口づけに揺れる
(https://dic.nicovideo.jp/a/赤い花白い花)より抜粋
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 プロやアマにかかわらず、自分の作った歌が時代を超えて歌い継がれていくのは作者冥利につきます。ちなみに赤い鳥が歌った「竹田の子守唄」も作者不詳で、京都の被差別部落の子どもの労働歌として伝わったものです。「赤い花白い花」を聞きたい方はYouTubeでお聴きになれます。
(https://www.youtube.com/watch?v=TsCcAqGheWg)

2021年06月06日

#381 一億総玉砕!?

 5月末になってようやく本来の5月らしい天気が戻ってきました。例年ですと、6月の第1週に入梅するのですが、今年の天気は異例です。異例と言えば、今年開催される予定の東京オリンピックも異例の展開を迎えています。
 オリンピック開催まで残り2か月となりましたが、本当に開催できるのでしょうか?この時期になり様々な業界から開催に対して異論が出されてきました。これもひとえに政府が明確な指標を出さないからでしょう。菅政権は現時点であくまでも開催する方向で調整しているようですが、このコロナ禍では多くの懸念が伝えられています。来月末に緊急事態宣言が取り消された後で、はたして大きなリバウンドが発生しないか誰も分かりません。人命とオリンピックどちらが大切かは明らかです。IOCの無謀な要求に応えてオリンピックを開催した場合、もし感染者が急増したら内閣総辞職では済みません。国民の命と引き換えにオリンピックを開催した汚名が永遠に残るのです。
 それを避けるために政府は具体的な開催スケジュールを明示すべきでしょう。コロナ禍の状況を考慮していつの時点でオリンピック開催か中止かを宣言しなければなりません。そうしないと、いつまでも医療従事者を中心に多大な迷惑をかけることになります。医療従事者はオリンピック開催期間中に数百人単位でオリンピックに従事することになります。日本医師会の談話によりますと、現状ではオリンピックに従事できる医療関係者の数が不足しており、各地域の医療体制もひっ迫している状態です。
 また、様々な業界からも異論が続出しています。昨日次のような記事がネットに掲載されました。
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『東京五輪に慎重論 経済界で浮上、緊急宣言影響も警戒』
 新型コロナウイルス感染症の収束が見通せない中、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長ら著名経営者が今年夏の東京五輪・パラリンピック開催に懸念の声を上げた。緊急事態宣言が延長されることを受け、開催反対の世論が高まる恐れがあり、現時点で静観する多くの企業でも戸惑いが広がっている。
 五輪開催について孫氏は23日、ワクチン接種が遅れている日本で「(感染で)失われる命や、緊急事態宣言した場合の補助金、GDP(国内総生産)の下落、国民の我慢を考えるともっと大きな物を失うと思う」とツイッターで表明した。
 楽天グループの三木谷浩史会長兼社長も今月中旬放映の米CNN番組で「リスクが大き過ぎる」と主張。五輪スポンサー企業では朝日新聞社が26日付朝刊に「中止を決断するよう菅(義偉)首相に求める」との社説を掲載した。
 一方、政府系金融機関の支援が決まった居酒屋大手ワタミの渡辺美樹会長は28日の記者会見で、「やめるべきだとは思うが、(菅首相が)突き進むならば支持したい」と語った。有力スポンサー、NTTの澤田純社長は12日の決算会見で「私自身は、オリンピックは開くべきだと考えている」と強調し、安全な開催への議論を呼び掛けた。
 JTBは開幕まであと2カ月に迫り、観戦チケット付きツアーの販売再開に踏み切った。別の旅行業界関係者は「開催ありきではないが、準備を進めないと間に合わない」と頭を抱える。
 緊急宣言延長で行動への制約が続き、国民のストレスは募る一方だ。はけ口のようにインターネット上で選手らの言動に不満を示す動きも見られる。トヨタ自動車の長田准執行役員は12日の決算説明会で、安全な開催に期待しつつ「(選手への批判は)スポンサーとして大変心を痛めている」と語った。
(https://www.jiji.com/jc/article?k=2021052800899&g=eco&utm_source=
top&utm_medium=topics&utm_campaign=edit)
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 また最近のIOC委員からの日本に対する威圧的な意見にも批判の声が挙がっています。
「新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからず、開催の是非が問われている東京五輪。そうした中、IOC(国際オリンピック委員会)の最古参委員、ディック・パウンド氏(79)が、「週刊文春」の単独インタビューに応じ、「菅首相が中止を求めても、大会は開催される」などと述べた。」(https://www.msn.com/ja-jp/news/national)
 一民間団体が国家より上位だと考えること自体が間違っています。以前よりIOCには様々な疑惑があり、IOC委員の中には開催希望国からの賄賂をもらって逮捕される事件も生じています。いわゆる「オリンピック貴族」が存在するのです。1週間ほど前に次のような記事が開催されました。
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『IOC幹部の特権 1泊300万円の宿に4万円で宿泊、差額は組織委が負担』
 新型コロナウイルスの感染拡大が収束しないなか、国民からは中止や延期を求める声も多く出ている東京五輪。しかし、何が何でも「開催ありき」で突き進むのが、一部の政治家や“五輪貴族”たちだ。日本政府は、入国する五輪関係者に対して「14日間の隔離」を免除するなど“入国特権”を与えているが、五輪関係者の特権はまだまだある。
 来日する各国選手は選手村と競技会場を行き来するだけの「バブル方式」が適用され、事実上の“軟禁状態”に置かれる見通しだ。一方でバッハ会長をはじめIOC(国際オリンピック委員会)や各競技団体の幹部は5つ星ホテルでの“貴族生活”が約束されている。
 東京都は大会期間中に「The Okura Tokyo」「ANAインターコンチネンタル」「ザ・プリンス パークタワー東京」「グランドハイアット東京」の4ホテルの全室を貸し切り、IOC関係者に提供することを保証している(「立候補ファイル」より)。
「The Okura Tokyo」には、国内最高額とされる1泊300万円のスイート(720平米)があるが、IOC側の負担額の上限はどんな部屋でも1泊400ドル(約4万4000円)までと定められ、差額は組織委が負担する。
 さらに今年4月28日に開かれた政府と組織委、東京都の五輪コロナ対策調整会議で、感染防止のために大会関係者と選手の移動は「新幹線一両貸し切り」「航空機はチャーター」などと決められた。バッハ会長が「ぼったくり男爵」(米国ワシントン・ポスト紙)と報じられるはずである。
 日本の組織委幹部の待遇も破格だ。東京五輪は開催しても中止しても大きな赤字が出ることが予想され、最終的には税金で穴埋めすることになるが、常勤役員報酬の最高額は月額200万円で、別に交通費、通勤費、旅費(宿泊費含む)、手数料等の経費が支給されると定められている。経費の見直しが行なわれても役員報酬は減らされていない。
 どれだけ感染拡大してもIOCや組織委側が「中止」を言い出さないわけである。
(週刊ポスト2021年5月28日号)
(https://www.news-postseven.com/archives/20210522_1659932.html?DETAIL)
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 近代オリンピックの創設者クーベルタンがこのことを知ったらどう思うでしょうか。彼はすぐにもオリンピックを無くしてしまうでしょう。オリンピックはあくまでも平和の採点です。平和の象徴として開催すべきだとと思います。その中にはコロナ禍で練習もままならぬ世界中の選手たちに平等に練習する機会を与えることも意味します。それができない現状では本当のオリンピックの価値はありません。練習環境に不公平があるからです。
 この先オリンピック開催がどのような状況になるのか、私たち国民は注視していく必要があります。そうしないとかつての太平洋戦争のように「一億総玉砕」となりかねません。戦争で命を落としても、疫病で命を落としても、同じ命です。政府は国民の命を預かる立場として真摯に考えてもらいたいものです。

2021年05月30日

#380 運命と因果応報(3)

 今週末は久しぶりに晴天が続いていますが、明日からまた梅雨空が続くようです。今年の5月はひと月早い五月雨となっています。
 さて運命と因果応報の3回目となります。この文章を呼べば稲森和夫氏が一生を通してどのような考え方を貫いたかが如実に分かります。

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運命と因果応報(3)

 しかし、「因果応報の法則」はあるのです。宇宙の始まりはひと握りの超高温超高圧の塊でした。それが約百五十億前に大爆発して、素粒子同士が結合して用紙や中性子、中間子をつくり、そこに電子がトラップされて水素原子ができた。その水素原子同士が融合して、ヘリウムという原子ができた。このようなことを繰り返して、現在宇宙に存在するあらゆる元素がつくられ、さらに分子や高分子がつくられ、やがて生命体が生まれ、われわれ人類に至っているのです。
 最初の素粒子のままで百五十億年間とどまってもかまわないし、原子の段階で止まってもおかしくはない。しかし、宇宙は次から次へと生成発展を繰り返し、人類というものまでつくった。なぜか。宇宙には神羅万象あらゆるものを生成発展させ、成長させようとする意識が働いているのです。
 われわれが善き意識をもったとき、それは宇宙に充満する「すべての生きとし生けるものよ、よかれかし」という意識-「創造主の意識」といってもよいかもしれませんが-と合致します。そのような美しい個人の意識は、宇宙の意識と波長が合い、すべてがうまく行き、物事が成功、発展へと導かれていくのです。逆に、宇宙の意識に逆行すれば失敗するに決まっているのです。
 そう考えると、没落や衰亡が起こるのも理解できます。たとえば、会社が倒産するのは、うまくいっていたときに「善きことをしなかった」「世のため人のためになることをしなかった」「その後、真面目に働かなかった」等々、つまり宇宙の意識に反するようなことをした報いとして起こるわけです。
 昨今、かつては高く評価されてきた企業が倒産したり、倒産寸前の死に体の状態に陥ってしまう事例が目につきます。それに従って、名経営者と讃えられ、尊敬を受けてきた人が失墜し、没落の憂き目に遭っています。三十年、四十年というスパンで発展から衰退の道をたどることもあれば、昨今のベンチャー企業のように、わずか数年で急成長をとげ、まもなく転落していくところもあります。いずれにせよ、功なり名をとげた企業があっけなく崩れていきます。
 経営者であれば、企業が傾いたり倒産するような事態は「何がなんでも避けたい」と願うはずです。それなのに、なぜ、成功がつづかないのかといえば、「運命」もありますが、やはり「因果応報の法則」の結果だと私は思います。
  二十世紀初頭のロンドンでは、インテリたちが集まり、死んだ人の魂と交流する交霊会というものがよく開かれていたそうです。ある町医者が主催する交霊会には、いつもシルバーバーチと名乗るインディアンの霊が現われ、いろいろな話をしたそうですが、その話がまとめられ本になっています。その本をたまたま読んでいたときに、1カ所、強く惹きつけられるところがありました。長年疑問に思っていた「因果応報の法則」が説明できないということについて、シルバーバーチは次のように述べていたのです。
 「みなさんは因果応報の法則を信用していないでしょう。善きことをしたからよい結果が出るとか、悪いことをしたから悪い結果が出るということがはっきりしないので、信用しないのだと思います。しかし、短い期間ではそのとおりに出てきませんが、十年、二十年、三十年という長いスパンで見れば、必ずそうなっています。また、現世では結果が出てこないケースもありますが、私のいる世界(あの世)も含めて見れば、一分一厘の狂いもありません。寸分の狂いもなく、悪いことをした人は悪いように、善いことをした人は善いようになっています。因果応報の法則は正しいのです。」
 三十年、四十年という長いスパンで見れば、だいたい辻褄が合う。それでも結末のつかない場合も、あの世に行けば寸分の狂いもなく帳尻が合う、といっているのです。
 いま、われわれが行なっていること、思っていることが、何年先か何十年先か分かりませんが、やがて必ず起こる結果をつくっているのです。いまつくっている業(カルマ)が原因となる現象は将来必ず現れます。そのときに慌てふためいて悲しんでも、もはや遅いのです。ぜひ、このことを心にとめて、日々善きことを行なうようにしていきたいと思います。
(「稲森和夫の哲学 ― 人は何のために生きるのか」PHP文庫 第十二章より)
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 三回に分けて稲森氏の人生に対する考え方をご紹介しましたが、はたして起業家のなかに稲森氏のような人生観を持っている人がどれだけいるでしょうか。特に成長著しいIT企業の盛衰が激しいのは、この運命と因果応報の法則を無視した結果のような気がします。利益中心の企業精神が産んだ負の連鎖でしょう。
 このことは個人の一生や、企業の存続だけでなく国家にも言えることです。人民を無視した国家の滅亡は例外がありません。旧ソ連や、ルーマニアがよい例です。現在の中国や北朝鮮、軍事政権のミャンマーがいつまで存続するかは分かりませんが、国民を無視した国家の命運がすでに定まっています。国家の興亡は因果応報の法則に従います。歴史は繰り返すのです。

2021年05月23日

#379 運命と因果応報(2)

 九州北部では早くも入梅しました。平年より3週間ほど早い梅雨入りとなります。例年ですと5月のこの時期には快晴で湿度も低く一年で一番過ごしやすい時期が続きますが、今年は天候も異常です。
 さて、前回の続きになります。かなり長いですが大切な内容ですので一読してください。

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運命と因果応報(2)(陰隲(しつ)録より)
 袁了凡はもともとの名前を袁学海といい、代々医術を家業とする家に生まれました。父を早くに亡くしたため、母の手で育てられ、彼の母は息子に医者を継がせようと医学を学ばせていたところ、ある日頬髯(ほおひげ)の立派な老人が訪ねてきて、こう言いました。
 「私は雲南で理法(易)をきわめた者です。袁学海という少年に理法を教えるようにという天命が下ったのでやってきました。お母さんはこの子を医者にしようとお考えかもしれませんが、彼は科挙の試験に通り、立派な役人になります。県で受ける一次試験には何番で通ります。二次試験、三次試験にも何番で受かります。そして科挙の本試験に臨む前に役人になり、若くして地方長官に任じられます。結婚はしますが、子供さんはできません。そして五十三歳で亡くなる運命です。」
 学海少年は実際に医者の学問をやめ、役人の道へ進みます。すると、恐ろしいぐらいに老人が言ったとおりになっていく。何番で試験に受かるというのもそのとおりなら、地方長官になるのもそのとおりでした。すべてが老人が予言したとおりだったのです。
 その後、南京の国立大学に遊学することになった袁了凡は、雲谷禅師という素晴らしい老師がいる禅寺を訪ね、相対して三日間座禅を組みました。
 「お若いのに、一点の曇りも邪念もない素晴らしい禅を組まれる。これほど素晴らしい座禅を組む若い人を見たことがない。一体どこで修行をなされたのかな。」
 雲谷禅師が感心して言いました。これに対して、袁了凡は子供のころに出会った老人のことを話しました。
 「私の今日までの人生はその老人の言葉と一分の狂いもありませんでした。すべて老人がいったとおりです。子供もできませんし、おそらく五十三歳で死ぬのでしょう。だから、思い悩むことは何もないのです。」
 その話を聞いた雲谷禅師は一喝しました。
 「悟りを開いた素晴らしい男かと思ったら、そんな大馬鹿者だったのか。」
 そして、「老人があなたの運命を言ったというが、運命は変えられないものではない」といって、善きことをすればよい結果が生まれ、悪いことをすれば悪い結果が生まれるという「因果応報の法則」を説きました。
 「善きことを思いなさい。さすれば必ず、あなたの人生も好転していきます。」
 そういわれた袁了凡は、「自分は間違っていた。老師にいわれたように、今後は善きことをしていこう」と誓い、善きことをすればプラス一点、悪いことをすればマイナス一点というように、点数をつけ、日々善きことを重ねるよう努めました。その後、袁了凡は七十三歳まで生きながらえました。
 また、できないといわれた子供にも恵まれました。袁了凡はその子に向かってこう語ったのです。
 「雲谷禅師に出会うまでの人生は、運命のとおりだった。しかし、そのあとの考え方を変え、善きことに努めたところ、おまえが生まれ、本当ならば五十三歳で死んでいなければならないのに、七十を過ぎたいまでも元気だ。なあ、息子よ。人生とは善きことを重ねることで変えられるものなのだよ。」
 「運命」というものは決まっています。われわれが望んで動かせるものではありません。一方、「運命」と同時並行で流れる「因果応報の法則」は、そうではありません。この法則を使えば、決まっているはずの「運命」すらも変えられるのです。このことを「立命」といいます。そうであれば、われわれは「運命」を変えることができる、この「因果応報の法則」をもっと有効に使うべきだと私は考えています。
 ところが、現代社会においては、「運命」や「因果応報の法則」が縒(よ)り合って人生ができていくという単純なことさえも信じられていません。なぜか。一つには「運命」や「因果応報の法則」に対する偏見が影響しています。人智を超えた運命は科学で説明できない。したがって、多少なりとも学問を学んだ知性的な人-インテリ-は「運命」を迷信のようなものと考えてしまいがちです。また、「因果応報の法則」は「悪いことをすればバチが当たるぞ」という表現が示すように、土俗的に使われてきたため、子供だましのように受け止められ、学問のない人が子供を戒める方便のように思われている面があります。
 また、それ以上に「運命」や「因果応報の法則」の正否を証明することがそもそも難しいということも大きく影響しているのでしょう。運命がどうなっているのか、われわれには知りようがないし、善きことをすればよい結果が出るということもなかなか明確な形では表われてはきません。
 それは先にも述べましたように、「運命」と「因果応報の法則」が縒り合うようにして人生が形づくられているからです。
 たとえば、運命的にたいへん悪い時期に少しぐらいよいことをしても、それくらいでは事態は好転しませんし、逆に運命的に非常によい時期に若干悪いことをしても、打ち消されて一向に悪くならないこともあるのです。だから、「あんなに悪いことをしている人が、どうして幸せな人生を送るのだろう」というようなこともあるわけです。
 さらに、こんなこともあるそうです。ある人が霊能力者に友人の運勢をみてもらったところ、こんなことをいわれたそうです。
 「この人は今年たいへん悪い運命にあり、おそらく大病などを患っているはずだが、それが平穏無事だとすれば、近年素晴らしくよいことをされたに違いない。これほど運命的に悪い時期に、体調も仕事も順調であるはずはない。」
 このように、「運命」と「因果応報の法則」はDNAの二重らせんのように複雑にねじれ合い、縒り合うようにしてできているために、「1+1=2」というような整合性がなく、誰も人生がこの「運命」と「因果応報の法則」の二つの要素からできていること、そして「因果応報の法則」のほうが「運命」に勝り、人生を変えることができるということを信じようとはしないのです...
(次回に続きます)
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 「因果応報」と言えば何かしらおどろおどろしい響きがありますが、次のように考えられるでしょう。日々勉強する子どもは学力が身につき、将来希望する職業に就くことが可能になります。逆に日々遊んでばかりいる子どもは学力が身につかず、入試や就職に失敗する可能性が高くなります。最近では「因果応報」という言葉よりも「原因と結果」という表現が使われています。表現が異なっても内容は同じです。
 次回もこの話題が続きます。稲森氏は「運命」と「因果応報の法則」についてどのように考えているのでしょうか。

2021年05月16日

#378 運命と因果応報(1)

 新型コロナが全国的に拡大しており、第4波が勢いを増しています。福岡県も12日より緊急事態宣言を発出することになりました。今回の緊急事態宣言で学校が臨時休校になることはありませんが、部活や学校行事などの中止や延期が考えられます。またオンライン授業などの対策も取られることでしょう。とにかく人流を押さえない限りはいつまでも新コロが収まることはないでしょう。私たち一人ひとりの自覚が問われていることになります。
 さて稲森和夫といえば京セラやKDDIを設立し、経営不振にあえいでいた日本航空を再建させた日本経済界の重鎮ですが、その稲森氏は多くの著作を通して人生や会社経営など様々な分野のご意見番として活躍されています。私も時々彼の著作をひも解いていますが、今日はその中の一節をご紹介します。果たして人間に運命や因果応報というものが存在するのでしょうか。
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 われわれの人生を形成する要素として、二つのものがあると私は考えています。まず第一にあげられるのは、もって生まれた「運命」です。たとえば、時代を代表する優秀な学者がいるとします。彼の頭脳が明晰なのは、両親から素晴らしい脳細胞を遺伝として受け継いだからだとしても、それだけでは優秀な学者にはなれません。病気をせずに健康で過ごすこと、学問に打ち込める環境があること、恩師や支援してくれる人々にめぐり合うことなど、さまざまな条件が加わって初めて、人はその与えられた才能を十二分に開花させることができます。つまり、一流の学者という地位を得るかどうかは、自分の意志や遺伝子の力が及ばない「何か」―運命―の範疇に属することなのです。
 東洋の政治哲学・人物学の権威として知られる故安岡正篤さんは、「易は宇宙の真理を包含した学問だ」ということをおっしゃっていましたが、中国では古くから「易」が自然の理として研究されていました。西洋でも占星術が深く研究され、膨大な文献が残っています。いずれも「運命」というものの重みを理解し、何とかしてそれを知ろうとする人々の強い願望が生み出したものでしょう。
 この「運命」とは別に、もう一つ、われわれの人生を形づくる大きな要素があります。それは「善根は善果を産み、悪根は悪果を生む」という「因果応報の法則」です。「思いのままに結果が表われる」ということを私は機会あるたびに話していますが、それは思ったこと、行動したことが原因となって結果が生じるということです。これが「因果応報の法則」と呼ばれるもので、「運命」と同時並行的に、われわれの人生を滔々と流れています。
 つまり、我々の人生をつくっている要素には、その人がもって生まれた「運命」と、その人の現世における思いや行為によってつくられる業(カルマ)がなす現象との二つがあるわけです。表現を換えれば、「運命」と「因果応報の法則」がまるでDNAの二重らせん構造のように縒(よ)り合って人生がつくられているのです。つまり、善きことを思い、善きことを行なうことによって、運命の流れをよき放校に変えることができるのです。
 これは私が勝手に考えたことではありません。安岡正篤さんはその著書『運命と立命』の中で「運命は宿命ではなく、変えることができる。それには因果応報の法則が大慈なのだ」という趣旨のことを述べ、中国の古典『*陰しつ録』という本から袁了凡という人物に関する話を紹介しています。……(次回のブログに続きます)
*『陰しつ録』の「しつ」は”こざとへん”に”つくり”は小と馬を立てに重ねます。
(『稲森和夫の哲学―人は何のために生きるのか』PHP文庫 第十二章より)
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 今回のテーマは古今東西に遍在する「運命」という考えです。人は運命を絶対変わらないもの(これを宿命と言います。)ととらえる人もいますし、運命は自分の人生に全く関係ないものだと考える人もいます。科学があまり発達していなかった時代では「運命」を当たり前のように受け止めていた人が多かったのですが、科学の進歩と共に物質主義がはびこり、前近代的な考え方を駆逐する風潮が起こりました。
 はたして、この話の続きはどのようなものになるのでしょうか。次回のブログはかなり長いものになります。それでは次回をしばらくお待ちください。

2021年05月09日

#377 さよなら、ツンドラ

 今年のゴールデンウィークも昨年と同じように新型コロナの影響で各地で外出自粛が呼びかけられています。福岡市ではドンタクも中止となり、静かな5月の連休となっていまが、昨年と異なり、多くの人たちが様々な観光地や繁華街へ繰り出しています。変異株の猛威により福岡県の新規感染者は400名を超えており、このままいけば大阪や東京のような状況になりかねません。
 変異株が現在緊急事態宣言を発出している地域だけでなく、全国的に拡大しています。政府がいかに自粛を呼びかけても一般市民が自粛の意識が無ければ、いつまでも新コロの影響は無くならないでしょう。東京オリンピックの開催も危ぶまれます。中国のように強制的に人民を隔離することができない以上、私たち一人ひとりが感染を防ぐために意識を持たなければこの状況は改善できないでしょう。その結果、当然東京オリンピックは中止になります。
 さて、新型コロナの影響で様々な業種で倒産や事業縮小などの悪影響が生じています。特に外食関連の倒産件数が増えています。このことは老舗の店も例外ではありません。福岡で私が一番好きだったレストランも諸事情により5月7日に閉店となりました。福岡で一番の老舗のロシア料理「ツンドラ」です。先日西日本新聞にツンドラに関する記事がありましたので転載します。
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『ロシア料理名店「ツンドラ」61年の歴史に幕 天神、5月閉店』
 福岡市・天神地区にあるロシア料理の老舗「ツンドラ」が、5月7日で61年の歴史に幕を下ろす。20代から店に立った2代目経営者の徳永哲宥(てつひろ)さん(77)が、後継者の不在や地価の上昇などを考慮して決断した。九州のロシア料理店の草分け的存在で、多くの人に親しまれた。惜しむ声が広がっている。
 ツンドラを創業したのは徳永さんの母、初美さん(故人)。1950年代後半、東京にいた息子に会いに上京した際、国内初のロシア料理店「渋谷ロゴスキー」に立ち寄った。その味に感動し、福岡で同業の店を開くことを思い立ったという。
 店に1カ月泊まり込んで修業した。冷戦の真っ最中で、当時行き来が難しかった旧ソ連も訪問。各地を巡って料理を学び、帰国したという。徳永さんは「無鉄砲で、バイタリティーあふれる人だった」と母をしのぶ。
 60年に開業。店名は「他にない名前を」と考えた初美さんが、世界地図に「ツンドラ地帯」とあったことから決めた。当時、洋食を提供する店は少なく、瞬く間に人気に。日本人だけでなく、米軍基地から米兵たちも訪れた。
 名物は伝統料理「ボルシチ」。本場では西洋野菜ビーツの色素でスープを赤に染め上げるが、創業時は手に入らずトマトピューレで代用した。それが60年続く「ツンドラ流」となった。「創業から調理法や味付けは変えていない。長く続いた理由の一つかもしれません」と徳永さん。
 ここ数年、母や店を長年支えてくれた親族が、相次ぎ亡くなった。店は、再開発が進んで地価が上昇する天神に隣接する中央区大名にあり、今後、賃料の値上げも予想される。「潮時かな」と考えるようになった。事業譲渡も検討したが、コロナ禍で不調に終わった。閉店を決断した。
 4月に入り、常連客に閉店を伝え始めた。中には毎週通う高齢夫婦や、ひ孫まで4代連れ立って来店する家族もいる。「思い出の場所だ」「やめないで」と言われると、徳永さんは目頭が熱くなる。
 営業最終日まで残りわずか。「最後まで、大人にも子どもにも『おいしい』と言ってもらえる料理を提供できるよう頑張りたい」。店を、料理を通じて、多くの人の心とつながりが持てたことに感謝する。
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/726299/)
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 この「ツンドラ」には懐かしい思い出があります、私が大変お世話になった方の誕生に有志の方々でお祝いをし、ツンドラで晩餐会を毎年開いていました。出されるロシア料理は本当に一流の味で、毎年この日を楽しみにしていました。ツンドラでの夕食後は全員で西鉄グランドホテル内のカクテルバーで深夜遅くまで様々な話題を心行くまで談笑し合ったものです。その方もすでに他界されて、その後ツンドラで食事を楽しむことは無くなりました。ツンドラ閉店のニュースを聞いて、早速ツンドラに電話しましたがすでに7日の閉店まで予約で一杯とのことでした。残念ながらツンドラの料理味わう機会は永久になくなりました。
 時代の流れとともに、人も物も様々なものが変遷していきます。そして消え去ったものは思い出の中にいつまでも静かに佇んでいます。誰でも一度や二度はふり返ってみたい出来事があります。今日は懐かしい思い出を少し語ってみました。

2021年05月02日

#376 コーヒーとピーマン

 朝から晴天が続いています。春爛漫というより初夏の雰囲気が街中に漂っています。多くの草花も至る所で咲き乱れ、サツキが満開を迎えています。ここ数日の最高気温も25度を超え、半袖でも充分過ごせそうな季節となりました。
 さて4月の日曜日も今日が最後で、次の日曜日は5月2日です。ゴールデンウィークの真っ只中になります。しかし多くの都市で新型コロナによる非常事態宣言が発出されており、昨年のゴールデンウィークに引き続き、今年の大型連休も静かな休日となりそうです。また7月の夏祭りも各地で中止の発表がすでになされており、福岡の山笠や大牟田の大蛇山も早々に中止となりました。残念ですが、来年こそは盛大に夏祭りを開催してもらいたいものです。
 ところで本日のテーマ「コーヒーとピーマン」は多くの子どもが好まないものです。コーヒーを好む子どもはおそらく砂糖を入れて飲んでいるのではないでしょうか。苦いコーヒーをそのまま飲む子どもはおそらくいないことでしょう。私も子どもの頃はコーヒーよりもジュースを好んで飲んでいました。子どもの味覚は苦いものよりも甘いものを好みます。お菓子も塩辛い煎餅よりも甘いチョコレートやケーキを好むものです。
 同様に子どもが嫌う食べ物の代表がピーマンやニンジンです。特にピーマンのあの苦さは子どもが最も嫌う味の一つです。私も子どもの頃はピーマンやニンジンが大嫌いでした。ニンジンはカレーや煮込み料理に加えると、独特な香りや歯ざわりが消えて、それなりに美味しくなります。
 一方で、ピーマンだけは炒めてもあの独特な苦さが消えず、敬遠していたものです。しかしながら、大人になって世の中の不公平や理不尽さを体験するようになると、コーヒーもピーマンの苦味が分かるようになり、好きになってきました。
 言いかえれば、「苦み」や「渋み」は人生の深みを表しています。子どもや若い頃は人生の辛さをそれほど感じずに成長し、人生の楽しさが全面に現れ、いわゆる「甘い」日々を送りますが、社会に出て世間に揉まれるにつれて人生の悲しさや辛さをいやほど味わいます。そして「甘み」よりも「苦み」や「渋み」を好むようになります。お年寄りが渋茶を好むように、歳を取るにつれて様々な苦労を体験することで、人生に深みと味わいが出てきます。人生の甘い一面だけでなく、悲しさ、切なさ、辛さを体験することで、各人の顔にその人の生き方が如実に現れます。
 人生において様々な体験をし、色々なことを味わうことで何とも言えぬ人生の深みが出てきます。「茶の三煎」のように最初は茶の甘さを味わい、次に苦みを味わい、最後に渋みを味わうような人生を送りたいものです。

2021年04月25日

#375 看護師さんの優しい気づかい

 昨日は所要で福岡へ行っていましたので、ブログの更新が本日になりました。昨日は日曜日でしたが、福岡市の人出は予想以上に多く、先週の水曜日からコロナの新規患者が100名を超えていますが、この人出を見て有りうることだと思いました。コロナに感染しないためにはなるべく外出しないことです。
 福岡市に限らず、大牟田でもこの数日間感染者が急増しており、日によっては20名を超える日も出ています。以前は毎日1~2名の患者が発生してましたので、急激な増加となっています。
 さて、朝から晩まで新コロのニュースで憂鬱になりがちな毎日です。このような時こそ、心温まる話題が欲しいものです。今日は『夜、寝る前に読むと心が「ほっ」とする50の物語』(西沢泰生著)からこころ温まる話をご紹介します。

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『看護師さんの、優しい気づかい』
 これは、私が薬をもらいに近所の病院へ行った時に目撃した、その病院の女性の看護師さんの「実に気がきいた、優しい対応」の話です。
 どうも、その日は健康診断の実施日のようで、何人かの人たちが「今日、健康診断を予約しているのですが……」と言って受付をしていました。
 と、そこへひとりのおじいちゃんが……
 以下、おじいちゃんと受付の看護師さんの会話。

「あの~、今日健康診断にきたんだけど」
「はい。では、予約票をお願いします」
「予約票?」
「健康診断を申し込まれた時に、もらいませんでした?」
「……」
「じゃあ、今日、予約が入っているか見てみますね。え~と、お名前は?」

おじいちゃんから名前を聞いて、パソコンで今日の受診予約者を調べる看護師さん。ところが、その中に、そのおじいちゃんの名前がない。

「今日の受診予定者の中にお名前が無いみたいですねえ」
「えっ。今日のはずなんだけど……」
「じゃあ、今日受診できるかどうか、担当に聞いてみますね」

そう言って、おじいちゃんを帰そうとはせず、内線電話をかける看護師さん。なかなか優しい対応ぶりです。
しかし、私が「すばらしいな」と思ったのは、このあと看護師さんが、内線電話に出た相手へ言ったひと言でした。看護師さんはこう言ったのです。
「〇〇さんが『健康診断の日を本日に変更したい』と受付にいらっしゃっているのですが、大丈夫でしょうか」

 じつにシンプルです。要は、たぶん日にちを間違えて病院にきてしまったおじいちゃんの予約日を、今日に変更できればそれでOK。
 そのためには、経緯なんて、ちょっとくらい変えてしまったっていい。最初から最後まですべて説明する必要なんてないんですよね。ここでもし、
「〇〇さんが受付にきて、今日の受診予定だとおっしゃっているんですけど、予約票を忘れているみたいで……。それで調べてみたら、本日の検診の予定者の中に、名前が無いんです。間違えていらしたのだと思うのですが、どうしましょう?」
 なんて、すべての経緯を、大きな声で言ってしまったら。
 おじいちゃんも、「自分のせいで、迷惑をかけてしまったかな?申し訳ないことをしたな……」と、気にしてしまうでしょう。
 そうなると、待合室で順番待ちをしている他の患者さんの目も気になってしまうはずです。この看護師さんは、とっさにそんな配慮をした上で、経緯を省略して話したのです。
 そして、内線をもらった相手にとっても、忙しい時にくどくどと長い話を聞かされないですむ、こうした「簡にして要を得た」説明は助かります。
 この看護師さんは、おじいちゃんにとっても内線の相手にとってもベストな、優しくてすばらしい対応をしたのです。
 その後、看護師さんはおじいちゃんに「今日は、受診者の数が少ないので大丈夫ですよ。そのままお待ちください。」とにこやかに告げていました。
 めでたし、めでたし。
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 この看護師さんのような咄嗟の対応はなかなかできるものではありません。特に慌ただしい時には相手に対し角が立つものです。どんな時でも相手の立場に立った対応ができるようになりたいものです。

2021年04月18日

#374 売れ残ったペットの末路

 春爛漫の季節となりました。桜の花は散ってしまいましたが、つつじが咲き始め、多くの春の花が咲き誇っています。新学年は色々な面で慌ただしく、新しい授業の準備や課題の春休みの点検などの仕事に追われる日々がしばらく続きます。
 さて多くの家庭で犬や猫などのペットが飼われており、家族の一員として暮らしています。そのペットたちはペットショップで買われたり、親類から貰われたりして幸せに暮らしています。しかしペットショップで売れ残ったペットたちはどのような運命が待っているかご存じでしょうか。先日興味深い記事がありましたので紹介いたします。

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『盲目で心疾患持ちのトイプードルを社販で買った元ペットショップ店員の告白』
 生きている動物を展示販売することを「生体(せいたい)販売」と呼んでいるが、動物の愛好家たちから批判が多い方法だ。その販売方式を伴うペットショップの多くで、ペットにも感情や記憶があり、きちんと向き合うべき命だということを無視したような行為が横行しているからだ。俳人で著作家の日野百草氏が、元ペットショップ店員に、精神的にも金銭的にも搾取された体験を聞き、レポートする。

「私は以前、ペットショップで正社員として働いていました」
 彼女はすぐに電話をくれた。メール中では本名だったが仮に「ムギさん」(30代)としようか。ムギさんは元ペットショップ店員、とは言っても10年以上も前の話だが、彼女によれば現在もそれほど変わらないとのこと、どういうことか。
「コロナでペットショップがまた乱立しています。私の住む吉祥寺も増えました」
 吉祥寺はコロナ禍以前からペットショップの激戦地だ。富裕層が多く住むだけに高価な犬や猫がよく売れる。
「ペットショップのケバケバしい看板を見ると、あのころのトラウマがよみがえります。私はいまも病院で治療をうけています」

 ムギさんはペットショップの仕事で精神を病んでしまった。動物専門学校を卒業後、ムギさんは都内のペットショップに入社した。配属先は都心の繁華街。リーマンショック後の失業率5%台、悪質な派遣業者が食い散らかした残りカスのような求人市場 ―― そんな時代、好きな動物の仕事で就職できたムギさんは幸運だと思っていた。もちろん、動物が好きなだけでは勤まらないと聞かされてはいたが、まさかこれほどの地獄とは思わなかったという。
「入社してすぐ、ヤバい、辞めようと思いました。売れない子たちが大きくなって、ショーケースにぎゅうぎゅう詰めでした。店は都心のど真ん中、とても狭くて自由に放す場所もありません。大きくなった子は店の奥、下の段に入れられますが、5万円でも売れません。店のスタッフも餌をやるだけ。でも、どの子も噛んだり吠えたりしない、おとなしい子でした」

<たくさんの子が大きくなっては店から消えました>
 まだ2013年施行の改正動物愛護管理法前、幼齢の犬猫の販売制限もなければ、終生飼養すら明記されていなかった。ショーケースの基準もなかったので、ムギさんの言う通り大型犬が身動きできない状態で売られることもあった。筆者も15年くらい前、歌舞伎町の某店舗でそんなブルドッグやレトリバー種を目撃している。売れない犬や猫を自治体の保健所という「無料処分施設」に送りつけて在庫一掃なんてことが平気でまかり通っていた。
「店長は怖い人でした。あとで聞いたら本当に怖い関係の人でした。社長も実は雇われみたいで、本当のオーナーのことはわかりませんし聞いてもはぐらかされました。威圧的な幹部ばかりで、女性の副店長はいつも私たち店員を怒鳴ったり、酷いと小突いたりしてました」
 昔の話だから構わないだろうが、一部ペットショップは反社会的勢力の資金源だった。日本における生き物を扱う仕事と反社の関係は長い歴史がある。明治時代から日本には「畜犬商」という商売があった。いまで言うブリーダーの元祖だろう。それと平行して、「犬屋」という商売もあった。これをペットショップの元祖と言っていいか微妙なところだが、生まれた子犬を引き取って売る商売である。戦後では1960年代、血統書付きの犬が投資になると称して事業を拡大し、1970年に出資法違反の疑いで捜索、社長が詐欺で有罪となった東京畜犬、1990年代にはブリーダー詐欺のあげく殺人事件にまで発展したアフリカケンネル、いわゆる埼玉愛犬家連続殺人事件など、どこかグレーな部分を引きずっている。事件化は極端かもしれないが、命の売買は綺麗事ではない。
「そうです。綺麗事じゃありません。たくさんの犬や猫、小動物が仕入れられて、全部が売れるわけがないのですから。売れなければ処分です。殺すんです」
 殺すとは直接的に店員がするわけではない。昔はきっちり殺せる店員がいたと1980年代に個人で鳥獣店を経営していた老人から聞いたことがある。鳥獣店とは若い人には馴染みがないかもしれないが、古くは鳥を專門に扱う「鳥屋」だったものが戦後になって小動物も扱うようになった昭和の個人店である。現在も地方に行けば「○○鳥獣店」と屋号のついた小さなペットショップを見かけるかもしれない。
「たくさんの子が大きくなっては店から消えました。1歳過ぎたらまず見込み額では売れません。でも保健所へ連れていけば簡単に在庫処分ができますからね」
 2013年の改正で自治体は引き取りを拒否できるようになった。それまでは公衆衛生の目的もあるため、引き受けざるを得なかったし、そもそも引き取って処分することが保健所の「義務」だった。野犬となり危害を加えるとか、狂犬病が広がるなど現代では笑い話だが、日本も大昔は野良犬によるそういった被害があった。その名残もあって、飼えないとなれば保健所は業者であっても引き取って処分しなければならなかった。悪質なペットショップやブリーダーはそれを逆手にとって「在庫」を引き取らせていたが、現在は法改正もあってほとんどの自治体は業者の持ち込みを拒否している。ムギさんの店も、そんな店だった。
「でもね、”そんな店”でも、みんな私が毎日ご飯を作って、綺麗に洗って、小さなお店でずっと一緒にいた子たちです。だからセールスは必死でした。もう抱かせて、かわいいですよかわいいですよってアピールして、あまり治安のいい場所じゃないから酔っ払ったカップルとか客にペットをねだるキャバ嬢とかが多いですけど、それでもここで陳列されて殺されるよりマシって、お願い救ってあげてって、それくらいしかできませんでした」
 ブラック労働の恐ろしいところは、反発していたはずが気づかぬうちに加担してしまうことにもある。過酷なほど、その矛盾を是としてしまう。思考停止だ。ペットショップの多くは古くから労働条件がいいとは決していえない環境にある。悪質なペットショップは動物も悲惨だが、人間の扱いも軽い。結局、辞めた理由はそれなのか。
「はい。でも辞めるきっかけになったのは、トイプードルの女の子です。その子は来たときから様子がおかしくて、もう目は開いてるはずなのに、鼻でくんくんするばかりで私を見ません。小さく咳こむこともありました。(生まれて)2ヶ月なのにおかしいと思ったんです」
 店に来た時は生後1ヶ月、徐々におかしな仕草が増えていった。すると獣医師とは思えない出で立ちのおじさんがやって来て、店のバックヤードで診察したという。結果、その子は進行性網膜萎縮症、動脈管開存症という先天性疾患だと診断された。確かにこの2つの診断は比較的容易とされるが、病院にも連れて行かず店のバックヤードで診察して終わり、診断したのに手術の話もない。その適当ぶりにムギさんは唖然としたという。

<「移送」が決まっていたトイプードルを社販で買った>
 若い人には信じられない話かもしれないが、2000年代までのペットショップには信じられないほどずさんで悪質な店が存在した。また提携獣医師の中にはその片棒を担ぐ者が存在した。日本におけるコンパニオンアニマルの医療は歴史が浅い。大動物や家畜衛生が主だった時代の獣医大学で古い教育を受けた高齢獣医師の中には、知識のアップデートもないままに免許だけ、名義貸しで食っている者がいた。悪質なペットショップの一部はそうした獣医師と結託する。店としても目が見えなくなりかけた心疾患持ちの子犬など、治すより新しく仕入れたほうがいい。その悪行の積み重ねが動物愛護管理法の改正につながった。
「店長は『返品しなきゃな』と言ってました。私は『ほっとけ』という上司の命令を無視してその子の世話しました。店では疎まれてましたね。バックヤードの隅のケージに入れられた子は私だけが頼りです。本当はいけないのですが、こっそり『モモ」って名前もつけてました。で、ついに”移送”というその日、店長に『私が買います」と言ったのです」
 ムギさんいわく、その店における”移動”は別の店に行くことだが、”移送”は別の意味を指す。それを知っていたムギさんはその子を社員割引価格で買った。
 店の利益に貢献してしまったムギさん。こうして、悪質なペットショップは従業員すら食い物にする。良心やその呵責につけこむ。筆者は店の売れ残りの猫をお迎えし過ぎて多頭崩壊寸前になった店員を知っている。情が移ると、いや人間の心を持っていると見捨てられなくなる。見捨てることが平気な店員は、それを「プロ意識が足りない」「この業界に向いていない」と笑う。そういった輩、人間に向いてないという自覚はないらしい。
「儲けさせるのは悔しいけど、その時はこの子、モモを救うには仕方ないと思ったんです。女の子は売れなくても繁殖犬にできるから返品が多かったのですが、その子の場合は心臓疾患があるわけで、遺伝的にも繁殖犬には向かないから難しいと思いました。となれば処分ですから、私が親になるしかなかったのです」
 ムギさんは安いワンルームに住んでいたがペット不可だったため、小型犬の飼えるアパートに引っ越した。アパートとはいえ家賃は上がったし、都心の店からも遠くなった。生活も苦しくなった。それでも、モモちゃんとの生活は幸せだったという。

「モモは目が見えませんでしたが、犬ってもともと目に頼ってませんから、目が見えなくても鼻と耳さえ効いてれば平気なんです。おとなしくて吠えたりもしない、とってもいい子でした。いつも私の膝に乗ったり、お尻をぴったりつけて寝てました。私も幸せでした」
 よく寝る子 ―― モモちゃんの場合は心疾患も影響していた。迎えてすぐ動物病院に連れて行ったが先の病名の通り、かつ手遅れだった。目はともかく、心臓だけはと願ったが遅かった。犬の動脈管開存症はしかるべき医療機関で早期に外科的手術を施せば完治がほとんど。ただし、手遅れだと心不全が進行する。個々の獣医師の判断にもよるが、末期となると手術は困難、内服治療は無理。モモちゃんは舌が青紫色だったという。チアノーゼだ。
「もうちょっと早く病院につれていってあげられたらと、後悔しています」
 生後半年ちょっと、モモちゃんは虹の橋を渡った。「虹の橋」とは作者不明、ペットは死ぬと健康な身体になり、飼い主を虹の橋で待ち続けているという散文詩である。
「モモの一生はなんだったんだろうって思うんです」
 それでも、モモちゃんは幸せだったと思う。短い一生だったかもしれないが、ムギさんと出会い、安らかに暮らした。大好きな飼い主がそばにいたからこそ、どんな運命も安らかに受け入れられた。そう信じたい。人間が勝手に思っているだけ、動物の気持ちなどわかるものかと冷笑する輩がいるかもしれないが、それくらい思ってあげられずに何が人間か。
「モモだけじゃなく、あのペットショップに運悪く仕入れられてしまった子たち、処分された子たちを考えると、本当にペットショップが憎いし、加担した私がいまも許せません」

<心配なのはコロナでペットバブルが凄いこと>
 時代も、店も悪かった。でも許せないとムギさんは言う。なぜならその店は現在も営業していて、会社はより大きくなっているという。2000年代まで好き放題の荒稼ぎをしたペットショップチェーン、さすがに度重なる法改正で以前のような荒っぽい商売はできなくなったが、命の仕入れと在庫、そして処分というシステムは変わっていない。ペットショップチェーン一社あたりが仕入れる年間数百、数千の犬猫、このすべてを売り切り、売れ残りはすべて店舗や店員がすべて引き取る ―― 個人店ならまだしも、そんなことできるわけがない。しているわけがない。現に自治体、保健所の大多数が引き取り要請を拒否できるようになったいま、引き取り屋と呼ばれる闇商売が跋扈している。
「心配なのはコロナでペットバブルが凄いことです。さっきも言いましたが、続々とペットショップが増えてます」
 既存チェーンが店舗拡大しているだけでなく、新規参入する業者も後をたたない。いまやコロナ禍で空前のペットブーム、犬も猫も、コロナ以前の市場価格の倍どころか3倍に跳ね上がっている。ブリーダーの規制や改正愛護法の影響もあるが、犬猫の生む数には限りがある。その奪い合いになっている。そして一生涯に渡り、一つの命を引き受けるという覚悟もないまま、玩具やアクセサリーを買い求めるように命を買い求めるような客が押し寄せる。返品だ、遺棄だ、そんな事例は枚挙にいとまがない。
 ムギさんは辞めて十年以上を経た今も、心の後遺症で薬を飲み続けている。ペットショップの派手な看板を見ると吐き気がするし、ショーケースに陳列された犬や猫という光景もトラウマだという。ムギさんはごく短期間でペット業界とは手を切り、子どもはいないが結婚して幸せに暮らしている。体調の問題で活動などはできないが、保健所からお迎えした小型犬も2頭飼っている。大好きな動物たちの末路を日々思い知らされ、それに加担したという心の傷 ―― ムギさんを追い詰めたのは、残業代も一切つかず、休みも週に一度あるかないかの過酷な労働環境にもあった。動物に休みなどない、ご飯もトイレも毎日なのは当たり前だが、ムギさんの会社は超絶ブラック、新人は365日来て当たり前という社風で、動物も悲惨だが人間もまた悲惨だった。社長は数千万円する超高級外車を乗り回していた。辞めても代わりはいる。就職実績の欲しい専門学校が新卒をいくらでも供給してくれる。
「専門学校も動物関係は胡散臭い金儲けのとこばっかりです。獣医師か飼育員になれなければ動物の仕事は辞めたほうがいいと思ってます」
 これはあくまでムギさんの意見だ。しかし獣医大、獣医学部は超難関の鬼倍率。同世代の受験ヒエラルキーにおける上位層でなければ難しい。飼育員に至ってはさらに狭き門、空きを待つしか無く、定期採用でも数名の枠に千人以上が応募する。非正規でも100倍を超えることがある。それでも大学に入らなければいけない獣医師とは違い飼育員に資格はいらない(公務員試験が前提となる国公立の動物園、水族館はのぞく)、よく学校側が「憧れの飼育員になれます」なんて宣伝文句に使う理由だろう。現実は大半が別業種、ペットショップへの就職すらマシなほうだ。数百万円かけて専門学校に通う結果がそれ、という、その厳しさは覚悟しておくべきだろう。また人気職の割には経営側と獣医師を除けば薄給だ。ムギさんの今回の申し出もペットショップだけでなく、そういった「動物が好きだから」、というだけで安易に選択する子たちへの警鐘の意味もある。
「(ペットショップで)動物園気分で喜んでる連中! あの光景を見て楽しい、かわいいなんて、はしゃげるなんて異常です!」
 ときおり語気が強くなるムギさん。つらい過去を思い出させてしまった。トラウマは根深く、そのせいでスイッチが入るとエキセントリックになってしまうと謝っていただいたがそれは仕方のないこと。むしろ苦しい中、こうして話をしていただいたことに感謝したい。
 断っておくが、ペットショップのすべてが悪ではないことはムギさんもわかっている。心ある大半の店員はむしろ被害者かもしれない。売れる命はどんな手を使っても売る経営者と業界の古い体質、それをいまだに許容している社会に問題がある。たかが犬猫、と思うなかれ、命に対する搾取の構図は、そっくりそのまま人間にも返ってくる。個々の業者をあげつらっても意味がない。社会そのものを、日本全体のペットに対する意識を変えていかなければ抜本的な解決には至らない。日本の法律で動物は「物」だが、ドイツの法律では動物は「物」ではない。犬の法律(Tierschutz-Hundeverordnung)すらあるドイツのようになるのは時間がかかるかもしれないが、動物を守るということは翻って人間を守ることにもつながる。それを倫理と呼ぶ。動物の命の軽い国は人の命も軽い。ムギさんの店のように。
 ムギさんとモモちゃんの話は美談かもしれないが、もうこんな悲しい美談はたくさんだ。
(https://www.news-postseven.com/archives/20210327_1645453.html?DETAIL)
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 かなりの長文でしたが、ペットショップの実態を垣間見た記事でした。もちろん全部のペットショップが必ずしも上記の内容通りではないでしょうが、売として成り立つためには不必要なペットは処分しなければならないのでしょう。哀れなペットたちの天国にいる魂を祈らざるをえません。安易にペットを買い求めて、要らなくなれば捨てる飼い主にも問題があります。ペットは家族の一員です。責任もって命の尽きる最後まで飼ってもらいたいものです。

2021年04月11日

#373 新入生に送る言葉

 新年度を迎え、多くの大学では入学式が行われています。また昨年度に新型コロナの影響で入学式ができなかった新大学2年生に対して改めて入学式を挙行する大学も少なくないようです。確かに大学2年生は新型コロナのためにほとんど対面授業ができず、大半の授業がオンラインで行われ、また新しい友人をつくる機会も奪われ、大学生の中には退学した人もいます。今年度はそのような状況が少しでも改善されることを願っています。
 さてノートルダム女子大学の理事長を長い間務められた故シスター渡辺和子さんが多くの入学式式辞を残していらっしゃいますが、今日はその中の1つをご紹介したいと思います。もちろん中学生や高校生にも当てはまる内容ですが、大学生活は自らが主体的に行うことで、中学・高校と異なる面があります。また次の式辞はおよそ50年前のことですので、それを考慮してお読みください。

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『考える葦に』(昭和47年度入学式式辞 1972年4月)
 きびしい進学勉強の後の安堵感の中にも、皆さんには新しい環境への適応、従来と異なった勉強の仕方、教師、友人とのかかわり方など、数多くの不安があると思います。私たち教職員と在学生は、皆さんが一日も早く学校に慣れ、また大学生活になじんでくださることを願い、そのためにお役に立ちたいと思っています。
 普及したとはいえ、現在の日本ではまだ四人に一人しか大学進学が許されていません。その一人である皆さんは、したがって、「なぜ大学に学ぶのか」という点でははっきりした目的を持っているはずです。”皆が行くから私も行く式”で入学したとしても、または親の言いなりになってきたとしても、今日からは一人ひとりが大学に学ぶ意義を自分なりに見出し、達成してゆかなければならないのです。
 パスカルが「人間は一茎の葦にすぎない。それは宇宙の中でもっとも弱いものである。しかしそれは考える葦である」と言いました。大学は数多くの免許状、資格を出すことができます。しかし大学は決して職業訓練の場ではありません。それはまずもって、人間のもっとも人間らしい機能、すなわち「考える力」を練磨する道場であり、その明確な判断基づいて己の行為を選択する自由人を形成するところであります。
 英文、国文、家政、児童、食品、栄養と所属する学科は分かれていても、大学生として皆さんに共通して求められることは、一般教育課目にせよ、専門科目にせよ、授けられる知識に能動的に働きかけて、知識を知恵に、すなわち自分にとって価値あるものにしてゆくことです。これが考える力を付与された人間の特徴です。
 皆さんの四年間が自らの手によって意義あるものとなりますように。人間は価値あるものに取りかこまれている時幸せです。この大学にお学びになる皆さんの幸せは、利己的なものでなく、他人の幸せを願う心のゆとりと、神の前に生きる人の謙虚さによって特徴づけられていてほしいと思います。
 成人してゆく女性の美しさに加えて、考える力と、豊かな心と、謙虚さがこの四年間つちかわれるようにと祈ります。
(「あなただけの人生をどう生きるか」渡辺和子 (ちくまプリマ―新書より)
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 上記の文は女子入学生に向けての式辞ですが、文中にあります1972年当時、「四人に一人の大学進学率」が2019年には53.7%に上昇しています。また男女の進学率はそれほど差がなく、2018年は男性の大学進学率が「56.3%」であるのに対し、女性の大学進学率は「50.1%」と、ほぼ同数まで比率を伸ばしています。
(https://vanilla-ice.info/university-entrance-rate/)
 約50年前と比べて女子の大学進学率が飛躍的に伸びています。大学進学に関して、ほぼ男女同じということが言えます。
 また、シスター渡辺は「自由人」について同書の別の箇所で次のように説明しておられます。

……では、自由人というのは、いったいどういう人をさすのか。これもいろいろの考え方がありますが、皆さん方もおわかりのように、決して自分勝手な、好きなことをする人という意味ではありません。その言葉が示すように、自らに由(よ)ることができる人、自らに由る思考、行動、それのできる人であり、その責任を取ることができる人、他に由るのではなく、つまり、他人の言いなりになったり、他人への思惑に振りまわされたりする人でなくて、自分の内部に行動の理由、または信念を持っていて、自分の手で自分の人生築いていくことのできる人。これが、自由人の一つの解釈といっていいかと思います。…… (同書45頁より)

 シスター渡辺は長年ノートルダム女子大の理事長を務められましたが、シスターが残された多くの名文は、人々の心の中で今でも輝いています。当塾から2人の女子生徒が東京と千葉の大学にそれぞれ進学しましたが、本日のブログに掲載したのシスター渡辺のお言葉をそのまま2人に捧げたいと思います。

2021年04月04日

#372 春風に誘われて

 昨晩から雨が降り続いています。昨日の日中までは晴天が続き、大牟田市内の桜も満開でした。久しぶりに春風に誘われて各地の桜を見に行きました。市内の桜見物には車を使う必要はなく、自転車で見て回りました。
 金曜日にはまず歩いて5分ほどの距離にある大牟田市動物園に隣接した延命公園の桜を見ました。コロナ禍による花まつり中止のために、桜を見る人はほとんどいませんので花見を独占できました。ほとんどがソメイヨシノですので、一斉に開いた姿は見事の一言です。
 次に県境にある四つ山まで足を延ばして桜見物をしました。四つ山は厳密には荒尾市にありますが、その名の通り標高50mほどの小さい山が4つ並んでおり、頂上には四つ山神社があり、山全体が桜の花で包まれています。「虚空蔵こくんぞさん」の愛称で親しまれ、有明海に臨む四ツ山山頂に鎮座四山神社は、6世紀後半に造られ、虚空蔵菩薩が降臨した地とされる四山古墳に、延久2年(1070)菊池氏初代の菊池則隆がお堂を建立したのが創建とされます。
 ここから見る雄大な有明海の風景は素晴らしく、有明海の対岸には雲仙普賢岳がそびえています。また天気のよい日には有明海のはるか彼方には天草の島々も小さく見えます。この四つ山には小学生のころ歓迎遠足で毎年来た記憶があります。小学1年生は小学6年生に手を引かれて山に登っていました。桜が満開の頃でしたので、今でも記憶に残っています。
 昨日土曜日には大牟田市の北部に行きました。北部で有名なのは甘木山の桜ですが、今回は見送って、大牟田市動物園を舞台に撮影された映画「いのちスケッチ」に登場した堂面川河畔の桜を見て回りました。桜並木を春風に吹かれて自転車で動き回り、川面には散った桜花が浮かび、花筏ができていました。この季節ならではの風景です。その後堂面川に沿って有明海まで進み、夕暮れにたたずむ有明海対岸の太良町や諫早の街明かりを見ることができました。
 3月も終わりを迎え、当塾の授業も月曜日から再開しますが、久しぶりにのんびりしたひとときを過ごすことができました。人気のない満開の桜を見ることは周囲を気にせず、桜と一体となり、いつまでも心行くまで楽しむことができます。コロナ禍後の花見が始まれば、喧噪の中の花見となることでしょう。静かな花見は今年だけの事かもしれません。今年は桜たちも静かな時間を過ごしていることでしょう。

2021年03月28日

#371 出会いと別れの季節

 昨日は春分の日でしたが、これからは夜よりも昼の時間が長くなります。確かに本日の日没の時刻が18:30となっていますので、冬至の頃(17:08)と比べますと1時間半ほど昼間が長くなっています。春陽のきらめきと暖かさで近くの公園の桜はもう満開です。今年の桜花は新年度までは持ちそうにもありません。
 さて3月と4月は出会いと別れの季節です。厳密には「別れ」と「出会い」の季節と言えるでしょう。3月には卒業式や人事異動、4月には入学式や入社式など様々な場所で出会いと別れが繰り返されます。当ブログ(#367)でも書きましたが、今年度は当塾から中学3年生2人、高校3年生2人が旅立ちました。塾生たちの幸せな門出を心より祝福します。そして機会があれば時々顔を見せてもらいたいと思っています。
 教師という仕事は生徒を社会に送り出すことが主な仕事です。そのために日々の勉強を通して学力だけでなく学校行事などの集団活動を通して社会へ適応する術や知識を身につけます。換言すれば、自分の長所や短所を理解した上で、いかに社会で自分を活かすことができるか、その基盤を築くのが学校生活です。その基礎力を造る手助けをするのが教師の仕事です。単なる生徒に学力をつけさせるだけではありません。授業を通して、また生徒の関りを通して生徒を育てることが教師の仕事です。
 ところで、20年ぶりに福岡雙葉の卒業生から連絡が来ました。同窓会出席の案内です。ただし、今年は同窓会総会ができませんので、会報に旧担任団のコメントを載せる形式に変更することになったそうです。久しぶりに卒業アルバムを開くと懐かしい顔ぶれが並んでいます。そしてあの頃の自分の姿が写真を見ながら走馬灯のように心に浮かんできました。20年の月日を重ねていますが、アルバムの写真は当時のままで様々な思い出がよみがえりました。卒業生たちは今年38歳になります。家庭の主婦として子育てに奔走していることでしょう。あるいは社会の第一線で活躍していることでしょう。この20年間で様々なことを体験し一生懸命生きてきたことを思い巡らせながら、卒業生一人ひとりの幸せを祈らざるをえません。そしてコロナの終息後また再会できることを楽しみにしています。

2021年03月21日

#370 天使の声ー10年目の祈り2

 前回のブログにおいて、紙面の都合で書けなかったことを本日は述べたいと思います。東日本大震災で様々な悲惨なニュースが報道されましたが、私にとって今でも忘れることができないニュースがあります。ご存じの方もおられると思いますが、震災当日に宮城県南三陸町の防災対策庁舎から防災無線で町民に避難を呼び掛け続け、津波の犠牲になった町職員遠藤未希さん(当時24歳)の事です。彼女は市民に防災無線で呼びかけ多くの人命を救いましたが、残念なことに津波の犠牲となってしまいました。このニュースは震災時のニュースとして全国的に報道され、多くの涙を誘いました。震災当時の河北新報の記事がネットにありますので、かなり長い記事ですが転載します。
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『住民救った 「高台に避難してください」<4月12日 河北新報>』
 「大津波警報が発令されました。高台に避難してください」
 防災無線の呼び掛けが、多くの命を救った。だが、声の主の行方は震災から1カ月たった今も知れない。
 3月11日午後2時46分、宮城県南三陸町の防災対策庁舎2階にある危機管理課。町職員遠藤未希さん(24)は放送室に駆け込み、防災無線のマイクを握った。
 「6メートルの津波が予想されます」「異常な潮の引き方です」「逃げてください」
 防災無線が30分も続いたころ、津波は庁舎に迫りつつあった。「もう駄目だ。避難しよう」。上司の指示で遠藤さんたちは、一斉に席を離れた。
 同僚は、遠藤さんが放送室から飛び出す姿を見ている。屋上へ逃げたはずだった。が、津波の後、屋上で生存が確認された10人の中に遠藤さんはいなかった。
 南三陸町の住民約1万7700人のうち、半数近くが避難して命拾いした。遠藤さんは、多くの同僚とともに果たすべき職責を全うした。
 遠藤さんは1986年、南三陸町の公立志津川病院で産声を上げた。待望の第1子に父清喜さん(56)と母美恵子さん(53)は「未来に希望を持って生きてほしい」との願いを込め「未希」と命名した。
 志津川高を卒業後、仙台市内の介護専門学校に入学。介護の仕事を志したが、地元での就職を望む両親の思いをくみ、町役場に就職した。同僚は「明るい性格。仕事は手際よくこなしていた」と言う。
 2010年7月17日、専門学校で知り合った男性(24)と、町役場に婚姻届を出した。職場仲間にも祝福され、2人は笑顔で記念写真に納まった。
 両親は当初、2人姉妹の長女が嫁ぐことに反対だった。「どうしてもこの人と結婚したい」。男性が婿養子になると申し出て、ようやく両親も折れた。ことし9月10日には、宮城県松島町のホテルで結婚式を挙げる予定だった。
 美恵子さんは「素直で我慢強い未希が人生で唯一、反抗したのが結婚の時。それだけ、良い相手と巡り合えたのは幸せだったと思う」と語る。
 遠藤さんの声は、住民の記憶に刻まれている。
 山内猛行さん(73)は防災無線を聞き、急いで高台に逃げた。「ただ事ではないと思った。一人でも多くの命を助けたいという一心で、呼び掛けてくれたんだろう」と感謝する。
 娘との再会を果たせずにいる清喜さんは、無念さを押し殺しながら、つぶやいた。  「本当にご苦労さま。ありがとう」
  ◇◇◇
 震災後の対応に忙殺され、市町村職員の死者・行方不明者数はいまだに実態が把握されていない。

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『最後まで避難呼び掛け 不明の職員遺体発見 <5月2日 河北新報>』
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の職員で、最後まで防災無線で町民に避難を呼び掛け、行方不明になっていた遠藤未希さん(24)とみられる遺体が志津川湾で見つかった。
 父清喜さん(56)や母美恵子さん(53)らによると、遺体は4月23日、志津川湾に浮かぶ荒島の北東約700メートルの地点で捜索隊が発見した。
 両親や昨年7月に結婚した夫(24)が遺体を写真で確認し、左足首に巻かれているオレンジ色のミサンガや、右肩付近のあざなどの特徴が遠藤さんと一致したという。ミサンガは夫からのプレゼントだった。
 家族は死亡診断書が届き、遺体が遠藤さん本人と確定し次第、遺体を火葬し、葬儀を営む予定。
 遠藤さんの実家も津波で被害を受けた。両親は避難所で暮らしながら、手掛かりを求めてがれきの街を捜し回り、遺体安置所の町総合体育館に通い続けた。
 美恵子さんは3月下旬、遠藤さんが水中で亡くなっている夢を見た。「未希が『早く捜してほしい』と、助けを求めていると思った。亡くなったことはつらいが、遺体が見つかり、家に迎え入れることができるだけでもよかった」と言う。
 清喜さんは「家に帰って来てくれれば、いくらかでも気持ちは違うと思う。今も行方不明の方々がいることを考え、葬儀はしめやかに行いたい」と話した。
 遠藤さんは3月11日午後2時46分から約30分間、防災対策庁舎2階にある放送室から防災無線で「高台に避難してください」「異常な潮の引き方です。逃げてください」などと呼び掛け続けた。津波が庁舎に迫ったため放送室を出た後、行方が分からなくなっていた。

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『挙式控え犠牲、防災無線の職員追悼 <6月10日 河北新報>』
(天国へウェディングソング)
 防災無線で住民に避難を呼び掛け続け、津波の犠牲になった宮城県南三陸町職員遠藤未希さん(24)にささげる歌が震災発生から3カ月となる11日、同町で披露される。9月に結婚式を控えていた遠藤さんの思いが伝わるようなバラード。自ら作詞した東京都の歌手水戸真奈美さん(28)=宮城県柴田町出身=は「勇気ある行動をした未希さんのことを忘れてほしくない。被災地の復興も願い、歌う」と誓う。

(宮城県柴田町出身の歌手 あす披露)
 ◇花嫁の思いを紡ぐ◇
 曲名は「WEDDING ROAD」。作詞した時点で、水戸さんは震災の犠牲となった遠藤さんのことを知らず、遠藤さんを意識して作ったわけではなかったという。
 しかし、5月に南三陸町を訪ねた際、遠藤さんの両親の知人から「歌で慰めてほしい人がいる」と頼まれ、遠藤さんの実家に案内された。
 父清喜さん(56)、母美恵子さん(53)らと会い、専門学校で知り合った男性(24)と挙式予定だったことなどを知った。
 「WEDDING ROAD」の歌詞が、まるで遠藤さんの言葉のように思えてきた。手話を熱心に学ぶなど自分との共通点も見いだした。
 水戸さんはその場で、遠藤さんの遺影を見つめて歌った。「磁石のようにひかれ合った二人の未来 手を離さないようにこれからも握り続ける」
 「たくさんの愛で育ててくれたね 二人の娘であること感謝します…ありがとう」。歌詞に込めた気持ちを伝えるため、手話を交えた。遠藤さんの両親や親類は静かに聞き入っていた。
 水戸さんは「遺影の前で歌い終え、『遠藤さんのための曲だったんだ』と不思議な運命を感じた。本人になったつもりで、両親に歌をささげた」と振り返る。
 歌は11日午後7時から、南三陸町のホテルで披露される。

(遺族、悲しみ癒えぬまま「庁舎見るのつらい」)
 震災からほぼ3カ月がたった今も、遠藤さんの両親の悲しみは癒えない。町内の仮設住宅の抽選に当選したが、入居を辞退した。住宅からは、遠藤さんが最後まで避難を呼び掛けていた防災対策庁舎が見えるからだ。
 母美恵子さんが、遠藤さんと最後に会った記憶にも庁舎が映る。大震災前日の3月10日、庁舎近くで石巻市内から通っていた遠藤さんに会い、2時間ほど会話をした後、「明日(11日)は実家に泊まるから」と言われ、楽しみにしていた。「庁舎を見るのはつらく、仮設住宅には住めない」と美恵子さん。
 全国から寄せられる称賛や追悼の声。両親は「多くの人が未希を思ってくれるのはありがたい」と語る半面、「そっとしてほしいという思いもある」と打ち明ける。

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『南三陸町職員の遠藤さんが教材に <1月27日 河北新報>』
(避難呼び掛け犠牲 遠藤さんが教材に)
 宮城県南三陸町の防災対策庁舎から防災無線で町民に避難を呼び掛け続け、津波の犠牲になった町職員遠藤未希さん=当時(24)=が埼玉県の公立学校で4月から使われる道徳の教材に載ることが26日、分かった。
 埼玉県教育局によると、教材は東日本大震災を受けて同県が独自に作成。公立の小中高約1250校で使われる。
 遠藤さんを紹介する文章は「天使の声」というタイトル。遠藤さんが上司の男性と一緒に「早く、早く、早く高台に逃げてください」などと必死で叫び続ける様子が描かれ、「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた」と語る町民の声を紹介している。
 教材ではほかにも、埼玉県深谷市出身で津波に流される車から市民を救出した釜石市の男性職員の話などが掲載される予定。
 「思いやり伝えたい」
 同教育局生徒指導課の浅見哲也指導主事は「遠藤さんの使命感や責任感には素晴らしいものがある。人への思いやりや社会へ貢献する心を伝えたい」としている。
 遠藤さんの父清喜さん(57)は「娘が生きた証しになる」と話し、母美恵子さん(53)は「娘は自分より人のことを考える子だった。子どもたちにも思いやりの心や命の大切さが伝わればいい」と涙を流した。
 遠藤さんが防災無線で避難を呼び掛け続けた南三陸町の防災対策庁舎では、遠藤さんを含む町職員ら39人が犠牲となった。佐藤仁町長が津波被害の象徴として保存の意向を示したが、遺族の強い反発を受けて解体が決まっている。

(「天使の声」 教材の要旨)
 遠藤未希さんを紹介した教材の要旨は次の通り。
 ◇天使の声◇
 誰にも気さくに接し、職場の仲間からは「未希さん」と慕われていた遠藤未希さん。その名には、未来に希望をもって生きてほしいと親の願いが込められていた。
 未希さんは、地元で就職を望む両親の思いをくみ、4年前に今の職場に就いた。(昨年)9月には結婚式を挙げる予定であった。
 突然、ドドーンという地響きとともに庁舎の天井が右に左に大きく揺れ始め、棚の書類が一斉に落ちた。
 「地震だ!」  誰もが飛ばされまいと必死に机にしがみついた。かつて誰も経験したことのない強い揺れであった。未希さんは、「すぐ放送を」と思った。
 はやる気持ちを抑え、未希さんは2階にある放送室に駆け込んだ。防災対策庁舎の危機管理課で防災無線を担当していた。  「大津波警報が発令されました。町民の皆さんは早く、早く高台に避難してください」。未希さんは、同僚の三浦さんと交代しながら祈る思いで放送をし続けた。
 地震が発生して20分、すでに屋上には30人ほどの職員が上がっていた。すると突然かん高い声がした。
 「潮が引き始めたぞぉー」
 午後3時15分、屋上から「津波が来たぞぉー」という叫び声が聞こえた。未希さんは両手でマイクを握りしめて立ち上がった。そして、必死の思いで言い続けた。「大きい津波がきています。早く、早く、早く高台に逃げてください。早く高台に逃げてください」。重なり合う2人の声が絶叫の声と変わっていた。  津波はみるみるうちに黒くその姿を変え、グウォーンと不気味な音を立てながら、すさまじい勢いで防潮水門を軽々超えてきた。容赦なく町をのみ込んでいく。信じられない光景であった。
 未希さんをはじめ、職員は一斉に席を立ち、屋上に続く外階段を駆け上がった。その時、「きたぞぉー、絶対に手を離すな」という野太い声が聞こえてきた。津波は、庁舎の屋上をも一気に襲いかかってきた。それは一瞬の出来事であった。
 「おーい、大丈夫かぁー」「あぁー、あー…」。力のない声が聞こえた。30人ほどいた職員の数は、わずか10人であった。しかしそこに未希さんの姿は消えていた。
 それを伝え知った母親の美恵子さんは、いつ娘が帰ってきてもいいようにと未希さんの部屋を片づけ、待ち続けていた。
 未希さんの遺体が見つかったのは、それから43日目の4月23日のことであった。
 町民約1万7700人のうち、半数近くが避難して命拾いをした。
 5月4日、しめやかに葬儀が行われた。会場に駆けつけた町民は口々に「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた。あの放送がなければ今ごろは自分は生きていなかっただろう」と、涙を流しながら写真に手を合わせた。
 変わり果てた娘を前に両親は、無念さを押し殺しながら「生きていてほしかった。本当にご苦労様。ありがとう」とつぶやいた。  出棺の時、雨も降っていないのに、西の空にひとすじの虹が出た。未希さんの声は「天使の声」として町民の心に深く刻まれている。
(http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_bosai-tyosya_miki.html)
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 いずれの記事も涙なしには読めないものばかりです。津波の犠牲になった遠藤未希だけでなく、多くの警察官や消防士の方々が人命救助を行いながら命を落とされています。「殉職」という言葉では表現できないくらい悲しい出来事です
 私たちは阪神大震災や東日本大震災から得た体験をもとに、近い将来に発生する東海、東南海、南海大地震に備えなければなりません。その備えこそが震災で亡くなった多くの方々への鎮魂の祈りとなります。明日は我が身です。日頃からの災害に対する備えが大事です。

2021年03月14日

#369 10年目の祈り1

 今日は東日本大震災発生から10年目の祈念日に当たります。10年目の節目に当たり各テレビ局は数日前からこの大震災の様々な特集番組を放送しています。午後2時26分には全国で黙祷をささげ、災害で亡くなられた方々に鎮魂の祈りを捧げました。
 この3月11日が毎年近づくにつれて、このブログでも何度か震災関連の記事を紹介してきました。10年目の節目とは言いましても、この大災害が終了するわけではありません。災害に見舞われた各地域は復興半ばです。また福島第1原発事故の収束には全く目途がついていません。被災地が完全に復旧するにはまだまだ長い年月がかかります。少しでも早い復旧を祈っています。
 そのような状況の中で、今でも行方不明になっている肉親を探している方々がたくさんいらっしゃいます。
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『津波被災地、手掛かり求め捜索 岩手・福島の沿岸』
 東日本大震災から10年を迎えた11日、岩手、福島両県警が行方不明者の手掛かりを求め、津波で大きな被害を受けた沿岸部を捜索した。宮城県警は10日に行った。
 震災関連死を含め市民1761人が犠牲となった岩手県陸前高田市。震災前には約7万本の松が立ち並んでいた「高田松原」で、大船渡署員ら約60人が黙とう。熊手のような道具で砂浜を探り、遺品や手掛かりがないか確認した。
 東京電力福島第1原発が立地する福島県大熊町の夫沢地区でも双葉署員らが捜索。
 被害の大きかった岩手、宮城、福島3県警などによると、震災による3県の行方不明者は10日時点で2521人。
(共同通信社 2021/03/11)
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 「災害は忘れたことにやって来る」と言います。様々な災害で亡くなった人々が多くの教訓を残してくれています。今一度災害に遭遇した時にどのような行動を取ったらよいか平時より考えておく必要があります。日頃より非常食や水の準備、避難場所の確認、家族との連絡方法など備えておくべき事柄はたくさんあります。明日は我が身なのです。いざという時のために充分な準備を怠らないようにしましょう。

2021年03月11日

#368 ひきこもりの漱石

 今日は朝から断続的に雨が降っています。春先は天気が安定せず、数日おきに天気が悪くなり、さらに気温も安定せず、気温の高低を繰り返します。そして桜前線と共に本格的に春めいた気候となります。
 さて、本日は文豪夏目漱石のロンドン留学時代のことに触れてみたいと思います。皆さんもご存じのように漱石は英語の教師でもあり、のちに作家として成功した人物です。漱石は文部省より英語教育法研究のため(英文学の研究ではない)英国留学を命じられ、ロンドンで数年間過ごしますが、大学の授業に参加することなく下宿の部屋にこもり読書にふける毎日を過ごしました。今で言う「引きこもり」です。これには様々な理由がありますが、最大の原因は漱石の英語が現地で通じなかったことが挙げられます。
 確かに漱石は英文を読みこなす力はありましたが英語によるコミュニケーション能力はあまりありませんでした。明治時代の英語教育は蘭学の続きで、欧米の先進諸国から情報を入手することが第一で、コミュニケーションに重きを置いていませんでした。ちなみにsometimes を「ソメチメス」と発音していた時代です。当時日本国内の外人講師の人数は非情に限られており、ネイティブの英語に接する機会はほとんどありませんでしたので、漱石の英語コミュニケーション能力が低かったことは想像に難くはありません。「失敗図鑑」(文響社)の夏目漱石の項目によると、次のような文章があります。
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・・・・・・長旅の末、たどり着いたロンドン。しかし、辛い現実が待っていました。ロンドンの町は空気が汚すぎて、のどがおかしくなる。でも、そんな町を歩く人たちは皆背が高く、美しい顔立ちの人ばかり。めずらしく小さくて汚い男がいると思ったら、鏡に写った自分だった。・・・・・・知らない町で、話が通じない人に囲まれて暮らす。もともと悩みがちだった漱石の心は落ち込み、やがて外に出るのも嫌になり、ついには部屋から一歩も出なくなってしまいます。。そうなのです漱石はロンドンの町で今で言う「ひきこもり」になってしまったのです。・・・・・・
(「失敗図鑑」文響社p.41より引用)
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 上記に「ロンドンの空気は汚い」とありますが、「霧のロンドン」という表現がありますが、19世紀当時は暖房に質の悪い石炭を用いたために各家庭から煙が出て、それがロンドン中の霧につながっています。げんざいでは真冬でも霧が出ることはありません。
 夏目漱石でさえも「ひきこもり」を経験しています。下宿部屋で読書に浸った彼は名作「倫敦塔」を後に執筆します。そして倫敦留学を通して人の心を扱う代表作「こころ」を著わします。もしロンドン時代の「ひきこもり」がなければ漱石は日本を代表する作家になることができたか疑問です。「ひきこもり」=「内向き」と考えれば、自分自身を深く見つめることができます。
 一般的に「ひきこもり」をマイナスに考える人が多いですが、大きく飛躍するためには身体を縮めて力をため込む必要があります。「ひきこもり」を力を蓄積する期間と考えますと、現在引きこもりで悩んでいる人達にも光明があります。夢を実現させるためには様々な障害を乗り越え、努力の末に獲得できるものです。ある意味で「ひきこもり」は重要な時期だと言えます。

2021年03月07日

#367 卒業

 今日は2月末日で、明日から3月になります。3月1日は多くの高校で卒業式が行われます。卒業する高校3年生にとって次の段階へ進む節目となる大切な行事です。昨年同様、今年も新型コロナの影響下で、多くの学校で卒業生のみの卒業式が行われることでしょう。高校3年間の思い出を抱いて、卒業生はそれぞれの道を歩んでいきます。同じ学び舎で席を並べて学ぶことはもうありません。卒業式がお互い最後の出会いの日となる生徒も多くいることでしょう。
 さて、卒業と言えば私事になりますが、教員生活30年ほどで高校3年生の担任を10回いたしました。また高校3年生を教科担当したのは教員生活の半分ほどになります。どういうわけか高2、高3の担任や学年主任を担当することが多く、生徒たちの人生に深く関係してきたことが今更ながら痛感します。特に高校3年生の担任は、他学年に比べて仕事量が圧倒的に多く、担当クラスの生徒や学年全体の生徒の進路指導に深く携わり、各学期の個人面談や模試ごとの面接等を通して、生徒本人の進路指導に深くか関わります。その意味で、生徒個人の状況を把握し、将来の進路を確保する意味で毎日が残業だったことを思い出します。実際、毎晩9時過ぎまで職員室に残り、授業の準備だけでなく様々な進路資料作成や学年の成績分析など多くの業務をこなしてきたことを今では懐かしく思い出します。あの頃は多忙過ぎて後ろを振り返る余裕がありませんでしたが、今当時をふり返ると多忙すぎる中にも充実感が溢れていたことを感じます。
 さて、当塾も中学3年生2人、高校3年生2人が卒業します。全員進路を確保していますので、一安心です。学校教育と異なり塾は在籍している生徒の学力向上を主な目的としています。換言すれば、生徒の成績が向上しない塾には行かないことです。当塾では生徒の学力に応じた授業を行いますので、必然と個別対応になります。学校のように各コース別に数十人の生徒を集めて授業する場合、どうしても授業についていけない生徒や自分の学力を持て余す生徒が出てきます。これでは生徒個人の学力伸ばすことはできません。そのために当塾では個別指導を行っています。在籍している生徒は少ないですが、生徒一人ひとりの学力を把握できますので、より懇切丁寧な授業展開ができます。
 ところで、当塾に在籍している高校3年生の一人に中学1年生から通っている生徒がいます。当塾の創立当時から在籍している「1期生」です。彼女は努力家で、志望大学にいくつか合格し、さらに現在国公立大学を受験しています。彼女からの朗報を心待ちにしています。
 「卒業」という言葉は最近になり様々な状況で使われています。芸能人が「今日で卒業します。」と言えば、芸能界からの引退を表します。また携わっている仕事から辞めるときも、「卒業します。」という表現を使っています。英語では "graduation" の単語が知られていますが、"commencement"という単語もあります。"graduation" は文字通り「卒業」の意味ですが、"commencement"は「始まり」という意味の「卒業」です。これから社会に出ていく卒業生への花向けの言葉となります。
 世の中には様々な「卒業」があります。学生時代の「卒業」は次の段階へ進むための学校からの卒業、社会人の「卒業は」「退職」や「転職」を意味します。人生の「卒業」は「この世を去ること」です。人生の卒業を迎える前に様々なことを体験し、たくさんのみやげ話を抱えて故郷(あの世)に帰りたいものです。この世に存在する目的は「出世などの俗世界の成功」ではなく、生きている間に様々な体験をして大切なことを学び、どれほど人を愛したかによります。私たち一人ひとりが人生という旅の途上にいます。人生を大いに楽しみましょう。

2021年02月28日

#346 先生にいただいた三冊のノート

 今日は春めいた天気が朝から続いています。数日前は真冬を思わせる寒波が二日ほど続きましたが、本日は最高気温が20度に達すると予想されています。春はもうすぐそこまでやって来ています。
 さて、毎年1月末に1冊の冊子が届きます。株式会社クラヒラの「抜翆のつづり」です。この冊子は全国の新聞や雑誌、機関誌などから珠玉の文章を集め、1冊の冊子に編集して無料で学校や企業などに配布しています。私は毎年この冊子が届くのを楽しみにしています。仕事の合間に少しずつ読んでいますが、名文ばかりです。今日はその中の1文を紹介します。

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『先生にいただいた三冊のノート』(臼杵 巌)
 中学二年生の七月。定期試験も終わり、間もなく夏休みに入る、最も気分のゆったりしているときだった。
 そうした時期の体育の授業の終わりに、先生が突然、クラス全員に「ノート」の提出を求めた。思いもせぬその言葉に、教室中に驚愕の声が沸き上がった。
 雨天時には教室で先生の講義があるが、みんな実技ばかりに興味を示して、満足にノートを取る者はあまりいない。先生は熟知していた。「三日中には全員、職員室まで持ってこい!」という先生の声で、体育の授業は終わった。
 動揺した。仲間のそれとはまったく別の意味で。私の使用している「ノート」は、あまりにも粗末な代物だったからだ。広告紙の裏を利用し、それを綴じ込み、ノートの代用品としていた。
 私にとって、貧しさと恥ずかしさの証で、一番触れてもらいたくないものだった。クラスで恥をさらすのは耐えられない。相談できる者などいなかった。
 その日の夕刊の新聞配達を終え、配達先の集金作業を行い、翌日の折り込み広告の整理と段取りを終えると、夜の八時。夕食をとる気力もなく、店の二階の下宿部屋に引きこもった。全身から力が抜け落ちたように、三畳の部屋に倒れ込んだ。どうしたらいいのか、どう考えても、答えは出なかった。
    贅沢は言えない
 新聞専売所二階の下宿生活は、もう一年近く続いていた。私一人だけが中学生で、あとは大学生以上がほとんどだった。
 店の人が心配そうに顔を見せてくれたが、先生の昼間の言葉が強烈に胸に残っていた。この日の疲労は特別だった。
 翌朝の三時、朝刊の準備で店が騒がしくなっても、先生の言葉が耳元にあり、まったく寝付くことができなかった。
 長男の私は、家への仕送りが必要だった。父は北海道の炭鉱で三度の倒産にあい、それからは長年定職に就けず、各地を放浪の末、遠い友人を頼り一家で横浜へ移住した。が、仕事運はなく、私の給料が我が家の貴重な収入となっていた。
 給料を送金したときの、母の安堵した顔を思い浮かべることが、私の一番を幸せだった。新聞専売所へ下宿できたのも、事情を知った店主の計らいと温情からだった。
 そうした生活の中で、唯一恵まれていたのが、新聞専売所の「紙」だった。毎日の折り込み広告が無数にあり、広告配達の依頼が絶え間なくあった。倉庫には配達残りの広告がいつも無造作に積まれていた。
 店主に断り、この広告紙に裏面の白いものがあれば、いつも五十枚ほど分けてもらい、綴じてノートの代わりとした。
 すべての学科の「ノート」が広告紙の裏だった。市販のノートは一冊として購入しなかった。当然、学科ごとに「ノート」の大きさも異なり、表紙などはなかった。紙質も鉛筆の滑りも悪く、でも贅沢は言えなかった。
    負けるな、諦めるな、絶対に!
 「ノート」の提出にいい案など思いつかず、時間ばかりが非情に過ぎた。最終日、覚悟を決めた。放課後、職員室に友人たちがいないことを見定め、入室した。
 先生は先刻から待っていて、最終提出者が私であることを告げた。頭を下げ周囲を気にし、表紙のない広告紙の「ノート」を提出した。唖然とした先生の表情があった。
 もう正直に、一切の事情を打ち明けるしかなかった。家庭生活、父の失業、相次ぐ転向、母への仕送り、新聞店での下宿……。
 話をしながら、悔しさと羞恥心で肩がふるえ、涙が流れだした。体中が熱くなり嗚咽がとまらなかった。先生は一言も発さずに、うなずいて聞いてくれた。
 一週間後、「ノート」の返却で職員室を訪れた。先生は私を見据え、「絶対に負けるな!諦めるな!いいか!」と諭しつつ、両手を私の肩に置き、何度も押さえつけた。
 手のぬくもりを感じた。自分を理解してくれる人がここにいる。大きな安堵感と歓喜で言葉も出ず、胸がいっぱいになった。
 返却された「ノート」には「整然としています」と評価があり、最後に先生の大きな字で「負けるな、諦めるな、絶対に!」と力強く二度書かれていた。
 広告紙の「ノート」は新品のバインダーに綴じられて、別に真新しいノートが三冊、先生から手渡された。
 先生の言葉が書かれた「ノート」は、今も手元にある。これまでの自分の長い旅路で、一体何度この言葉を凝視し、かみしめ、挫折と闘い、蹴飛ばし、無事帰還してきたことか。
 先生にいただいた三冊のノートは贅沢過ぎて使えず、今も私と共に人生を歩いている。
(うすき たかし=会社経営 PHP「生きる」2年6月号より)
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 おそらく著者は70過ぎの方でしょうか。私が小・中学生の頃、新聞配達のバイトをしている友人がいましたが、家庭の生活費を稼ぐために行っていたようです。著者は現在会社経営をされていますので、若いころの苦労が実を結んだのでしょう。頭が下がります。また文中に登場する「先生」の生徒に対する思いも素晴らしく、教育の現場において先生の何気ない一言がいかに生徒に影響を与えるかのよい例です。昭和30年代の頃の日本はまだ貧しく、多くの人がその日暮らしをしている状況がありました。そのような中で著者のような努力の人が高度経済成長の土台となったことが偲ばれます。

2021年02月21日

#345 ただ今迷走中!

 昨夜の大地震には驚かされました。東北地方を中心とする東日本全域が揺れたM7.3の地震のことです。気象庁の発表では東日本大震災の余震と言っていますが、熊本地震の例にもあるように、前震の後に本震がくる場合がありますので、該当する地域にお住いの方々は充分注意する必要があります。
 さて、一体何をしているのでしょうか?日本の恥が世界中に拡散されました。ご存じのように東京オリンピックが迫っている中、森会長の失言により辞任するに至りました。またその後継人事に正規の手続きを踏まなかったことで川渕氏も辞退することになりました。今後はJOCの会議で公選が行われるようですが、一番手に挙がっているのがオリンピック大臣である橋本氏です。ところがこの人は以前男子スケート選手に宴会の席で無理やりキスをした旨で叱責された人です。もしこの人が会長に推挙されれば、また一波乱ありそうです。
 今回の東京2020は最初からトラブル続きでした。簡単に列挙すると次のようになります。

①国立競技場の設計変更
②エンブレム“盗作”騒ぎ
③招致活動での買収疑惑と日本オリンピック委員会竹田会長退任
④マラソン・競歩の会場変更
⑤組織委員会の森会長辞任
⑥コロナ感染によるオリンピック中止?

 森前会長を擁護するつもりはありませんが、今回の件をマスコミが取り上げた際に、森会長が述べた言葉の中で「女性蔑視」の表現のみを切り取って批判したのは遺憾です。森氏が語った文脈からすれば決して意図的に女性蔑視をしているわけではありません。それを女性蔑視だと突きあげたのはマスコミの横暴です。専門家の中には「メディア・リンチ」と呼ぶ人もいます。多角的に情報を集めて考察するのではなく、一方的に悪と決めつけるマスコミの不遜な態度です。
 同様なことがアメリカでも起こっています。例のワシントン議会堂乱入事件のことです。トランプ元大統領は平和的に行進しようと呼びかけたのですが、これを利用した極左連中がトランプ支持者に紛れて議会堂に侵入し、混乱をもたらしたのは明白です。トランプ元大統領への弾劾裁判は本日却下されましたが、保守派の人々のSNSの利用が凍結されている現在、一方的な情報のみ発信されて情報が偏っており、アメリカで今何が起こっているか分からない状況です。
 はたして東京2020は一体どうなるのでしょうか。コロナ感染が収束しない中でオリンピックを開催したい政府の思惑は理解できないものがあります。競技施設等建設等に1兆円以上をつぎ込んだので無理やり開催にこぎつけたいのでしょうが、そこにはオリンピック精神が欠けています。オリンピック創立者クーベルタンが述べているように、オリンピックはあくまでも平和の祭典です。
 オリンピックは競技選手のものだけではなく、オリンピックを応援する世界中の観客のためでもあります。特にアメリカやヨーロッパでは感染収束が見えないまま、オリンピック予選が行われない競技が多くあります。そのような中で果たしてオリンピックが開催されるでしょうか。オリンピック開催まで多難な道がまだまだ続きます。

2021年02月14日

#344 大河の一滴

 暦の上では立春を迎えましたが、吹く風はまだ冷たく、冬の名残があちこちに見られます。しかしながら冬至の頃と比べますと、降り注ぐ光がまぶしく、日没時間が徐々に遅くなっております。そして、あと3週間もすれば3月の声を聞くころとなります。それまで寒さに耐え忍べば弥生の季節を迎える頃になります。もう少しの辛抱です。
 さて本日のブログのタイトルは「大河の一滴」です。これは五木寛之の書名から頂きました。人はそれぞれ生まれた人種や時間、場所は異なっても1つの枠、つまり「人間」に分類されます。一人ひとりの人生は全く異なりますが、人類全体として見た場合に一滴の水が集まった大きな河の流れとして人類の歴史が滔々と刻まれて行きます。
 五木寛之は作家という枠に入らずに様々な体験や活動を通して多くの書を世に出されています。彼が「大河の一滴」で次のように述べています。
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・・・私たちの生は、大河の流れの一滴にすぎない。しかし無数の他の一滴たちとともに大きな流れをなして、確実に海へとくだっていく。高い嶺に登ることだけを夢見て、必死で駆けつづけた戦後の半世紀をふり返りながら、いま私たちはゆったりと海へくだり、また空へ還っていく人生を思い描くべきときにさしかかっているのではあるまいか。
「人はみな大河の一滴」
ふたたびそこからはじめるしかないと思うのだ。・・・
(「大河の一滴」五木寛之 幻冬舎文庫p.46-47)
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 人は皆生まれてから死ぬまでのほんの短い期間を生きます。人生80年と言いながら縄文杉のような大樹から見ると、私たちは一瞬の時を生きる生命体です。朝日の前の朝露のような存在です。その中でどのような川の流れを体験するかで生き方が変わってきます。川岸のよどんだ水たまりとして生きるか、瀬音の激しい流れのまっただ中で生きるか、様々な選択肢を与えられています。
 流れが海にとどく前に様々な思いや体験を通して大河の一滴として人類の歴史に刻まれて行きます。現在の私たちが現在の人類の歴史をつくっているところです。百年後、千年後の人類が今の時代を考証する時に、20世紀や21世紀の時代は何だったかが分かるでしょう。様々な思いをのせて「大河」は海へと流れていきます。あなたも私も歴史を創造する「大河の一滴」なのです。

2021年02月07日

#343 タモリの原点

 今日は1月31日です。明日から2月が始まります。2月の上旬に福岡県内の私立高校の入試や地元の私立大学の入試が行われ、その後関西、関東地区の大学入試へと続き2月下旬には国公立大学の個別入試が待っています。実際2月は入試の月となり、中高生の受験生にとり試練のひと月となります。
 さて、先日西日本新聞にタモリさんに関する面白い記事がありましたので、掲載させていただきます。タモリさんが芸能界にデビューする以前の話です。

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『踊りながら乱入した「タモリ」…山下洋輔が遭遇した即興、爆笑の一夜』
福岡市中央区のホテル「タカクラホテル福岡」が31日付けで事業を停止し、自主廃業する。1968年創業の老舗は、ある大物芸能人の誕生のきっかけとなった場所でもあった。ジャズピアニスト、山下洋輔さんにタカクラホテルで過ごした一夜の思い出を寄せてもらった。
 あの場所がなくなると聞いて思い出がよみがえってきた。あそこで、ぼくとタモリが最初に出会ったのだ。そのことについて書いてみよう。
 1972年に福岡で、渡辺貞夫さんのグループと我々(われわれ)のトリオが同じコンサートに出るということがあった。終演後同じホテルに泊まった。我々は部屋飲みをして勝手に騒いでいた。面白好きのテナーサックスの中村誠一が浴衣姿のまま踊り出した。籐のゴミ箱を頭からかぶり、虚無僧の真似(まね)だと言って「そこで虚無僧…」などとセリフを言う。大受けのドラムの森山威男とぼくは「いよう、カッポンカッポン」などとでたらめに盛り上げて大笑いをしていた。
 一方、早稲田大学のジャズ研究会でトランペットを吹いていた経験のあるタモリは、当時の仲間のギターの増尾好秋やベースの鈴木良雄がメンバーとして参加していた貞夫さんのグループに会いに行っていた。そして、その帰り道、エレベーターに向かう途中で、我々の部屋のドンチャン騒ぎが耳に入ったのだ。何だろうと思ったタモリがその部屋のドアノブを触ってみると開いた。昔はオートロックではなかったのだ。それが幸いした。浴衣でデタラメ踊りをする誠一の姿がタモリの目に入った。そのときに「ここはおれのいる場所だと思った」とのちにタモリは言っている。そのまま自分も踊りながら中に入ってきて、大爆笑のうちに我々と出会ったというわけだ。
 ところでこの場面については、別の意見をいただいたのでご紹介する。実は同じ部屋に福岡のジャズ好き、つまりタモリの顔なじみの人たちもいたと言うものだ。だからタモリも安心して入って来られたと。しかし、確かめたところタモリにはその方々の姿は目に入らなかった。部屋は大きくて奥に曲がっており、その方々はそこに集まって飲んでいた。やはりタモリは我々と直接出会っていたのだ。
 我々からすれば、見知らぬ男が突然踊りながら入ってきたわけで、面白くないわけがない。名前を聞く暇もなく騒ぎは続いた。籐のかぶりものを中村誠一から取り上げてその男が自分でかぶって踊り始めた時に、とうとう誠一が咎(とが)めた。得意のデタラメ韓国語でだ。「お前、誰ニゲンナ、ゴスミダ!」というような調子だ。すると男から返ってきたデタラメ韓国語がもっとすごかった。そういうデタラメ外国語のやりとりが、フランス語ドイツ語イタリア語と続き、爆笑続きの我々は息も絶えだえになった。これを言いふらさずにはいられない。というわけで、これをきっかけにタモリは世に知られるようになった。見知らぬ人間が急に入ってきて何かを始めても、それが面白ければ一緒に騒ぐことができる。ジャズのジャムセッションと同じだ。タモリもジャズの人間としてそのことをよく知っていたのだ。今になってこの場所が懐かしくてならない。
(2021/1/27 西日本新聞)
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/685112/)
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 「笑っていいとも」や「ブラタモリ」でおなじみのタモリさん(本名:森田 一義)は日本の芸能界に欠かせない存在となっていますが、上記の記事は芸能界前の若きタモリさんの逸話です。無名の時代から人を引き付ける才能があったのでしょう。踊りながら部屋に入ってきた彼の姿が目に浮かぶようです。
 ちなみにタモリさんは福岡市出身ですが、私が新任教員の頃にタモリの姪御さん(当時高校3年生)を教えた思い出があります。何か不思議な縁を感じます。

2021年01月31日

#342 大切なものは目に見えない

 1月もあと1週間ほどになりました。1月は「行く」、2月は「逃げる」、3月は「去る」と言われます。新年が始まり慌ただしく時が過ぎ去ることを上手く表現したものです。またこの時期は入試や卒業式等が重なり、子どもを持つ家庭では子どもの成長に合わせてこれらの行事を体験します。子供の成長とは言いかえれば親が年を重ねることを意味します。現在進行形では慌ただしく時間が過ぎ去りますが、人生を振り返れば過ぎ去った過去の出来事が走馬灯のように思い出されます。
 さて「大切なものは目に見えない」はサン・テグジュペリの「星の王子様」に出てくる名言ですが、懐かしさのあまり久しぶりにこの本を読んでみました。子どものための童話というよりも大人に読んでもらいたい本だと思います。
 大人になるにつれて人は外部の世界にこだわるようになります。外見、容姿容貌、学歴、出世、金、権力など自分の本質とは関係のないものに惹かれ、それを求めます。しかしそれらは一時的なもので、いつしか消え去り行くものです。
 「大切なものは目に見えない」は人間の本質を表しています。例えば「愛」がそうです。流行り歌では「愛」を叫んでいますが、「愛」が何かを説明しようとはしません。なぜなら目に見えないからです。現代科学では目で見えないもの(観測されないもの)は非科学的なものとして排除されます。では「愛」は存在しないのでしょうか。
 いいえ愛はたしかに存在します。自分にとって一番大切なものが「愛」です。そのために人は生きています。狭義的には男女の愛、広義的には博愛と人により定義は変わりますが、人生の目的は「愛するために生きる」と言えるでしょう。言いかえれば「愛」が生きがいとなっている人は「強い人」だと言えます。マザー・テレサが死にゆく人達に愛情を注いだように、何かに愛情を注ぐことのできる人は幸せです。
 「星の王子様」を読んで、久しぶりに「大切なものは目に見えない」という文言を考えてみました。一読する価値のある本です。

2021年01月24日

#341 共通テスト始まる

 センター試験に代わる第1回大学入試共通テストが昨日と本日の2日間に渡って行われています。この共通テストが実施されるまでに紆余曲折がありました。共通テストの理念はセンター試験では試されていない思考力を試すことが主目的の1つでした。特に数学は文章題の導入を目論んでいましたが、様々な議論の後で結局今回は導入しないことになりました。また一番議論の多かった英語ですが、民間試験の導入を白紙に戻し、リスニングとリーディングの2種類を行うことで今回の試験は決着しました。
 さて多くの課題があった英語ですが、全般的に問題が難化しています。このことは2回の試行テストでも明らかになっています。まずリスニングは2回読みと1回読みの問題に分かれており、1回読みの問題でもリスニングの中で文法的な内容を問う問題が出されています。つまり、全6問のうち、第1問から第3問まではリスニングを利用して文法問題や語彙力を問う問題が出されています。 後半の第4問から第6問までは計算を含む問題や、一覧表と照らし合わせて問題を解く問題など日頃から練習しておかないと得点できない問題があります。
 またリーディングではセンター試験に出題されていた発音問題や文法問題、整序作文がすべて無くなり、読解問題だけの出題と変更されています。また全体として単語数も増えており、日頃からの速読・多読の訓練が必要です。難しい単語を思える必要はありませんが、高校生が学校の授業で使用しているような単語集を利用して4000語程度の単語・熟語は身につける必要があります。
 さて1つ大きな懸念があります。50余万人が受験した共通テストです。コロナ対策をして安全を期したテストですが、新型コロナの拡散がどの程度発生するかが今後の大きな問題です。最近の傾向として家庭内感染が主流となっています。受験会場で感染し、そのまま帰宅した受験生から家族が感染することが考えられます。受験生をお持ちのご家庭は杞憂かもしれませんが新コロ対策には必要以上に考慮しなければならないでしょう。共通テスト終了1週間後をめどに感染者が増加することが、その指標となります。
 関東だけでなく福岡を始め様々な地域で医療崩壊が叫ばれています。新コロ感染だけでなく一般の医療行為にも大きな影響を与えていますので、急病を除いて各自の健康は各自で守る必要があることは言うまでもありません。とにかく感染がある程度落ち着くまでは不急不要の外出は避けた方が良いでしょう。

2021年01月17日

#340 キツネとタヌキの化かし合い

 ここ数日大寒波が続いており、特に北陸地方では大雪のために数百台の車が立ち往生しています。外出時には天気予報でどのくらいの降雪があるか確かめる必要があります。そうしないと車内で死亡することにもなりかねません。昨日所要で福岡へ行きましたが、車窓から久留米以北は積雪がいたるところで見られました。久留米以南はそれほどの積雪はなかった模様です。
 さて今日は成人の日で祝日ですが、新型コロナの影響で成人式を中止したり、延期したりする市町村が多いそうです。一生に一回しかない式典に参加できない新成人はかわいそうです。何らかの形で成人式を開催してもらいたいものです。ちなみに大牟田市は昨日成人式を開催しました。
 ところで本日のブログタイトルは「キツネとタヌキの化かし合い」となっています。今から述べることはトンデモ情報なので信じなくてもかまいません。いや、信じられないと言った方がよいかと思います。日本のマスコミは様々な事柄に忖度して全く正しい情報を伝えませんので、いた仕方ないことです。
 アメリカ大統領選挙はバイデン氏が正式に時期大統領となり、1月20日に就任式を迎えますが、今回の選挙で大々的に不正が行われたのはご存じと思います。特に郵便で投票した投票用紙はほとんどがバイデン票だったそうです。また投票所で中国製の偽の投票用紙と交換した投票所があり、監視カメラにその状況が残されています。さらにドミニオン社製の「投票読み取り機」は外部からネットを通して操作できる状況になっており、バイデン票が増えるように意図的に操作された痕跡があります。
 このような状況下でトランプ大統領が激怒したことも理解できます。そこで彼は1月6日にワシントンDCで集会を行い、議会堂まで共和党支持者の行進を促し、暴徒化した支持者が議会堂に乱入して4人が死亡したアメリカの歴史上悲劇的な惨劇となりました。このニュースは世界中に報道され海外から多くの非難が起こりました。
 しかし、この暴動を起こした真犯人は実は共和党支持者ではなく、彼らの中にに潜り込んだアンティファ(極左翼運動家)であることが判明しています。彼らは一般の共和党支持者とは異なる服装をしており、顔を隠して素性を分からないようにしていました。そして議会堂の窓を壊して侵入し、何も知らない一般の共和党支持者が一緒に議会堂内に入っていきました。映像にも映っていますが、議会堂のドアのところにいた警官らしき人物が故意に議会堂のドアを開けたことです。
 多くの人たちが議会室に侵入しましたが、不思議なことが発生しました。民主党の議員のノートパソコンが何者かによって数台盗まれました。このノートパソコンには重要な秘密情報が入っていたらしいのです。それは今回の不正選挙のやりとりやバイデンと中国の関係(実際に彼は数年前習近平と会談をしており、その際に日本の尖閣列島は中国のものである旨の話をしたといううわさがあります。)、バイデンの息子ハンターが中国との収賄関係など様々な国家反乱罪にふさわしい内容をパソコンが記録していると言われています。
 これらのことは日本の一般のニュースでは全く表に出てきません。海外のネット情報やネットでのやりとりと通して初めて確認できます。ただし注意しないといけないのは、何が正しく、何がフェイク(偽物)なのかを見極めることです。様々な出来事や事件が国内外で起こりますが、事件の表層だけでなく、その裏に誰が何のために仕掛けているのかを考えていく必要があります。1つの出来事を様々な情報を得て多角的に考えるクリティカル・シンキング(批判的思考)が重要になります。
 世に出回る情報には様々な裏があります、トランプ大統領のツィータやユーチューブが永久に削除されたのは背後に中国の影が見え隠れしています。というのは、ツイーターやユーチューブの運営には中国が関係しているからです。
 1月20日の大統領就任式までに何かが起こるような気がします。無事に就任式が終わるまで不正を行った民主党は安心できません。ちなみに6日以降姿を見せないトランプ大統領はどこにいると思いますか。彼は現在テキサス州の軍事基地にいます。囚われているのではなく、安全なところに身を隠しています。現在アメリカは国を2分するような状況にあります。共和党と民主党の「キツネとタヌキの化かし合い」が行われています。アメリカはいったいどこに向かうのでしょうか?
 以上の内容はあくまでもトンデモ情報です。興味がある方はご自分でお調べください。
参考資料:
「米議会乱入事件、議事堂のドアを開けたのは誰だ?」
 あまりにも無防備だった連邦議会議事堂の謎
(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63575)

2021年01月11日

#339 令和3年はどんな年に

 本日は1月3日です。令和3年(2021年)が始まりました。今年はどんな年になるのでしょうか。おそらく誰も予想できないでしょう。昨年の今頃はまさか武漢肺炎をもたらした新型コロナウィルスが世界中に拡散するとは誰も予想しませんでした。昨年末に首都圏で急速に拡大した新コロですが、東京都は政府に対して緊急事態宣言について審議している模様です。年末には1300人超の感染者を出し、明日から仕事始めとなりますが、さらに感染者が出ることが懸念されます。どのような対策が取られるのでしょうか。気になります。
 昨年は新コロの影響でリモートワークが進みましたが、今年はどのような形態の職業が出てくるでしょうか。昨年外出自粛の影響で目を引いたのがウーバーイーツでした。登録すれば気軽に出前を配達でき、小銭を稼げますので、仕事の無くなった若者には特に人気がありました。しかし、あくまでも一時的な仕事でしかないでしょう。新コロ収まり、人々が普段通りに働きに出ると、一時的に栄えたものはあくまでも臨時的な存在でしかありません。
 ここで世間の人は気づいたはずです。流行に流されず、影響を受けない職種とは何か、何が大切な生き方かを。新コロは様々な意味で私たちの生活を変えてきましたが、必ずしもマイナスの面だけではありません。プラスの面も少なからずあります。例えば営業時間短縮で家庭に早く帰宅したり、自由時間が増えた人は家族との団欒の時間が増えたり、自分の趣味を生かしたり、サイドビジネスを始めたりなど、今まで仕事に追われて出来なかったことを始めることができます。
 このように「災い転じて福となす」という気概が必要な1年となるでしょう。新コロは暖かな季節が始まるまでまだ続くと思われます。まだまだ油断できない新コロです。自分の身は自分で守る必要があります。
 さて今月は受験の月でもあります。当塾では中学3年生が2人、高校3年生が2人それぞれ受験します。特に大学受験生にとって共通テストは初めてのテストになります。文科省による試行テストが2回実施されていますが、特に英語において従来は得点源となっていた文法問題、整序作文がなくなり、すべて長文読解問題となります。今回の結果を踏まえて文科省はより良い試験問題を作成していくことでしょう。その意味では今年の受験生は予断できません。共通テストの導入で、様々な分野において影響が出てくるでしょう。教育現場では様々な変更を余儀なくされます。また35人学級の導入も検討されており、様々な改革が行われていくことでしょう。
 それでは今年も一年よろしくお願いいたします。

2021年01月03日

#338 今年一年を振り返って

 今日は寒波の影響で現在雪が降っています。また寒冷前線のために強風も吹いています。天気予報では今夜が大雪だと言っていますので、明日の朝には積雪があるかもしれません。九州地方は大雪になることがあまりありませんが、それでも充分な警戒が必要です。
 さて今日が今年最後のブログになります。通常であれば原則として毎週日曜日に更新しますので、27日(日)にブログを更新する予定でしたが、現在高校3年生が2名在籍しており、授業が年末年始休業にかかりますので、27日(日)と29日(火)に振り替え授業を実施しました。そのために本日のブログ更新となりました。第1回目の共通テストが1月16・17日に実施されますのでどのような問題が出題されても充分対応できるように準備する必要があります。
 ところで今年1年をふり返りますと、まず新年早々発生した武漢ウィルスが世界中に広がり、多くの死亡者を出しました。今日現在で世界の感染者数が約8200万人、死者約180万人となっています。この新コロナウィルスの感染拡大を受けて、政府は3月初めに臨時休校を指示し、そのために地域により異なりますが、全国の小中高の生徒たちが5月下旬まで自宅待機となり、特に各学校の新入生は大学生も含めて入学式が実施されないという事態になりました。
 当塾は在籍数が少ないので、大人数の予備校や塾のように授業を中断することはありませんでしたが、風邪気味の生徒には授業に参加しないなど気を配る必要がありました。全国の小中校では5月末より徐々に授業が再開されましたが、その影響は大きく授業時間確保のために2学期が8月中旬より開始される等の異常な状態が続き、感染防止のために様々な学校行事が中止・延期となりました。また授業はオンラインで行われ、生徒だけでなく教師もオンライン授業に対応するために不慣れなタブレットやコンピュータを用いた授業をおこなっています。さらに大学でも対面授業ではなくオンライン授業が行われ、多くの大学生が孤立し、特に新入生は友人を作る術がなく、様々な悪条件の中で自主退学する学生さえも出ています。
 このコロナ禍はまだ収まる気配がなく、変異種の発生が最近イギリスと南アフリカで確認され、その脅威が懸念されています。またワクチンの開発が行われ、接種するまでになりましたが。充分な治験も行われずに接種を行っていますので、その副作用も出ています。
 このように今年一年間をふり返ってもコロナの話題しか上りません。来年こそコロナか禍を乗り越えて、よい年を迎えたいものです。ブログ読者の皆様にもよい年になりますように心よりお祈り申し上げます。

2020年12月30日

#337 コロナ禍で自由な国、日本

 今日は朝から冬晴れの一日です。都大路では高校駅伝が行われ、女子では北九州市立高校が4位、男子は地元大牟田高校が8位とみごと入賞を果たしました。特に大牟田高校は地元出身の生徒を中心にチームを構成しており、8月の新型コロナ感染で学校が一時休校という措置を取りましたが、それを乗り越えての入賞は見事でした。
 新型コロナはスポーツだけでなく様々な分野で今も大きな影響を与えています。特に秋以降の感染率の急上昇は大都市圏だけでなく、全国に及び、クリスマスや年末年始の売り上げを期待していた多くの業種の人々を落胆させています。このコロナ禍がいつまで続くか予測できませんが、医療関係者の方々の奮闘に改めて感謝の意を表したいと思います。
 さて、国内の感染状況は毎日のニュースや新聞等で逐次伝えられますので詳細な情報を入手できますが、海外の状況はテレビニュース等でしか分かりません。まして海外の一般人が新コロに関してどのように対応しているかまでは詳細に分かりません。本日面白い記事を見つけましたので、ここに掲載します。
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『フランス人が日本に戻って心底感じた「自由」』
 同じコロナ禍でもフランスとは様子が違う

 かつて日本がこんなに「自由」だと感じたことがあったでしょうか――。
 やっと日本に"帰って"来ることができました。日本は、25年以上前、初めて来てから私が自然と受け入れることができた国(それとも私を受け入れてくれた国と言ったほうがいいでしょうか)です。それなのに、今年3月にフランスに発ってからというもの、ここ何カ月も日本に戻って来たくても、なかなかそれがかないませんでした。なぜなら日本は永住権を持っている、私のような外国人にさえ門戸を閉ざしてしまっていたからです。
 これではまるで鎖国をしていた江戸時代と同じ。やはり日本は島国だったのだ……と思ったのもつかの間、11月にさまざまな手続きを経て、ようやく日本に戻ってくることができました。そして、とても奇妙なことに、ここ日本でこれまでにないほどの自由を感じているのです。

<どうやって入国したか>
その前に、どうやって日本に入国できたのかをお話ししましょう。まずはフランスを発つ前にパリでPCR検査を受け(出発の72時間前以内)、関西国際空港についてからも医療スタッフによる検査を再度受診(今度は唾液検査)。その結果が出るまで45分待ち、陰性の場合は入国手続きを行います。このとき、さらに厳重に検査結果を調べるほか、パスポートや搭乗券も通常時より厳しくチェック。やっと終わったと思って前に進もうとすると、入国審査官から「ダブルチェック!」と呼び止められました。この時、人生で初めて入国できるか不安に。でも辛抱強く待っていると、ようやく最終的なOKが出ました。
 パリから関西国際空港の機内には40人(400席のうち)ほどしか乗っていませんでしたが、この日がボジョレーヌーヴォーの正式な解禁日ということもあり、飛行機はワインでいっぱいでした。搭乗前に預けていた荷物を受け取ろうと、コンベアを見ると私のスーツケースがぽつん、と置いてあるだけでした。もちろん私は公共交通機関を利用することが許されなかったので、大阪に住む知人が空港まで迎えに来てくれました。
 それから、私は友人の自宅で2週間の自己隔離を行いました。入国するのにあれだけ厳しかったので、入国管理局などからこの間、連絡があるのではないか、と思っていましたが、一旦入国してからはとくに追跡調査はありませんでした。
 ただし、隔離されているとはいえ、やっと息ができるような気がしました。道行く人たち、お店やレストランが開いている様子、友人たちの多くがいつものように忙しく仕事をしているのを見るだけで生きている心地がしました。社会的、経済的活動がほぼストップしているフランスとは正反対です。
 フランス政府の新型コロナウイルスへの対応は、あらゆるレベルで最初から悲劇的なものだったと私は思っています。エマニュエル・マクロン大統領は、連日ように、まるで王様ように国民に話しかけます。私たちが小さな子どもであるかのように。彼は非常に厳しいアナウンスをし、それから首相や関係大臣を登場させ、これから起こることを詳しく説明させます。何がもう「許されない」のか、何が閉鎖されるのか、何が中止されるのか……。
 今やフランスはひどい官僚主義と中央集権、そして国民の政府への信頼性の欠如により、恐怖に基づいたシステムができてしまいました。国民を守る代わりに、国民を脅し、「規則」を守らなければ罰を与えられる。何とも気が滅入ってしまう話です。

<書店すら規制の「標的」に>
3月10日にフランスに到着したとき、街でマスクをしているのは私だけでした(「コロナ禍「フランス」は1週間で様変わりした」2020年3月24日配信)。そのとき、多くの人は私のことを病気か、危ない人か、という目で見ていました。当時、政府は、私たちはマスクをする必要はないとアナウンスしていました(が、数カ月後、これは覆されました)。
 二度にわたるロックダウン(都市封鎖)期間中は、外出するためには、戦時中のように外出理由を記載した「証明書」が必要となりました。これを持っていないと、罰金を科せられます。仕事はすべてテレワーク、レストランやバーも(論理的な説明もなく)現時点で2月まで閉鎖されることになっています。
 確かにフランスでは、人口が日本の半分なのにもかかわらず、コロナによる死亡者がすでに5万5000人に達しています。(もしここ数年の間、政府が病院の予算をこれほど削減していなければ、こうした問題は起きなかったかもしれません)。とはいえ、社会的、経済的、心理的影響を政府はあまり考えているようには見えません。
 実際、フランス政府の政策には首を傾げたくなるものが少なくありません。例えば、ロックダウン時の書店をめぐる規制です。夏の間、多くの書店は人数制限を行ったり、顧客間の距離を保つなど感染予防対策を取りながら、店を開けていました。実際、家にいる時間が長い今、本は心の健康を保つ重要な役割を果たしていました。ところが、二度目のロックダウンの際、政府は、書籍は生活必要な必需品に当たらないとして、書店の閉鎖を決めました。
 これに対して書店の経営者が、スーパーや大型店では本の販売ができるのになぜ個店を対象にするのか、と抗議すると、政府は大型店などでの本の販売を禁止しました。次に「問題」になったのがアマゾンですが、なんとフランス政府はどうしたらフランス人がアマゾンで書籍を購入できないようになるか、を考えたのです。こんな馬鹿げだことがあるでしょうか。
 外出規制についても同じです。二度目のロックダウンが始まったとき、フランス政府は「散歩は1時間以内なら可能、ただし1キロ以内」という決定をしました。これには何の根拠もありません。これに対してフランス人が抗議を行った結果、1日に外出できる時間は3時間に、移動できる距離は20キロにまで増えました。ただし、なぜこの数字になったのかはいまだにわかりません。

<日本とフランスの違いは?>
日本では、賛否両論があるものの、「GoTo」キャンペーンが実施され、多くのお店がオープンし、人々は今までとほぼ同じように仕事をし、子どもたちは公園で遊び、サッカーの試合を観戦しています。日本に帰ってきて日本の「エネルギー」に大きな感銘を受けました。日本では「ワーケーション」のように、コロナ禍でも新しいアイデアを取り入れていることも素晴らしいと思います。
 私がこうした点を称賛すると、日本人の友人たちは日本の習慣が感染拡大の抑制につながっていると話します。家に上がる前に靴を脱ぐ、挨拶の際にキスや握手をしない、人との距離を自然と保つ、マスクを着用すること慣れている、そして手を洗う習慣がある(あるいはおしぼりを利用する)、ことなどです。そして、何より日本人には自制心があるように見えます。警察にチェックされなくても、多くの飲食店は要請されれば、夜10時には閉店するのですから。
 日本で最も重要なのは、他人の目にどう映るか、人が自分たちをどう見るか、世間や社会が自分たちをどう見るかということです。これは罰金よりはるかに強力です。
 私から見ると、日本人のこうした態度はコロナと「共に(with)」(あるいはコロナ「後に(post)」)生きるというもので、コロナに「対抗する」というものではありません。ヨーロッパでは、ウイルスと「闘う(fight)」や「戦争(war)」という言葉が使われています。これは神道や仏教の影響かもしれません。人間は自然の一部であり、欧米人のように自然は戦う相手ではないのです。
 私はいつも何よりも自由に重きを置いています。そして、フランス人にとって最も重要な原則は「liberté」(自由)だと思ってきました。それなのに今のフランスには自由がなく、人々は罰を恐れるようになってしまいました。今回日本に到着したときに感じたこの信じられないほどの開放感と安堵感を私はこれから先も忘れることはないでしょう。自己隔離中でさえ、フランスに比べれば天国だったのですから……。
(https://toyokeizai.net/articles/-/397366)
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 ニュースで流れるフランスの状況とはかけ離れた現実が上記の記事に書かれています。日本では政府が国民に要請しますが、あくまでも強制力はありません。しかしフランスでは政府の一言で個人の自由が奪われてしまいます。様々な意見がありますが、日本は個の行動に対して自由な国です。

2020年12月20日

#336 黄金色の命綱

 12月も早中旬を迎えました。師走の月、学校の先生方は学期末の成績処理や保護者面談の資料作成に追われています。昨今は成績処理や資料作成にデーターベース化された資料を作成するのに短時間で処理できますが、ひと昔はすべて手作業で作成していましたので、生徒の成績処理に多くの時間が費やされました。
 最近は生徒数の減少に伴い、1クラスの人数が少ないので保護者面談にかかる時間はそれほどでもありませんが、第2次ベビーブームの1990年前後には1クラス50人前後の生徒がいて、3日間で面談を済ませるために1時から7時過ぎまで休まず面談を行ったものです。とにかく学期末は教師にとり殺人的な忙しい時期になります。
 さて、前回のブログでは「はやぶさ2」のカプセルの無事帰還をたたえる記事を紹介しましたが、本日はアメリカの火星探査機にかかせない日本の企業が制作した「命綱」を紹介します。おそらくこの技術は「はやぶさ2」のカプセルがオーストラリアの砂漠に着陸した際にも使用されたものと思われます。
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『火星への探査機着陸で起きる「死の7分」、成否を握る80本の「黄金色の命綱」は日本発』
 米航空宇宙局(NASA)の火星探査機「パーシビアランス」が来年2月、火星に着陸する。火星の大気圏に猛スピードで突入し、急減速して着陸するまでわずか7分。「死の7分」とも言われるこの過酷な時間を乗り切るカギは、日本発の「強靱(きょうじん)な繊維」が握っている。

■着陸パラシュートのロープ…帝人「テクノーラ」
火星の大気は薄く、大気圧は地球の0・6%。そんな中、突入4分後に開く直径21メートルのパラシュートは、わずか2分間で時速1500キロ・メートルから同320キロ・メートルに急減速させる。重量約1トンの探査機と傘をつなぐ80本のロープには、大きな負荷がかかる。切断されれば探査機は地上に激突し、ミッション終了だ。
 「命綱」ともいえるこのロープは、繊維大手「帝人」の「テクノーラ」で作られている。強度は鉄の8倍もあり、繰り返し引っ張ってもびくともしない。
NASAの委託でパラシュートを開発した米企業が、その高い能力に目を付けた。事前の試験で、80本で37トンの重みに耐え、期待通りの強さを見せつけた。

■理想の条件求め16年
 同社がテクノーラを発売したのは1987年。「それから30年以上たって、世界的なプロジェクトに採用されたことが感慨深い。先輩たちも喜んでいると思う」
 そう話すのは、帝人のアラミド繊維技術開発課長の山口順久さん(44)。「ただ、強度を上げるのは本当に大変だったようで、開発には16年の月日を要した」
 テクノーラは「パラ系アラミド」と呼ばれる繊維の一つ。リングのような化学構造が繰り返しつながる特殊な細長い分子が、何本も束になっている。それぞれの分子が「平行」に整列すると、引っ張り方向の強度が格段に高まるという。
 平行に近づけるには、繊維を引っ張って伸ばすのが有効だが、そのタイミングや力の加減、温度などの条件がずれると、理想の繊維に仕上がらない。
初期の試作品は、分子の向きがバラバラで、強度も弱く、安定しなかった。膨大な条件を一つずつ検証し、十数年を経てようやくたどりついたのが「350度~550度で8~12倍の長さまで引っ張る」という結論だった。

 最も苦労したこの工程を経ると、繊維は美しい黄金色に変わるのだという。「きれいな色ですよね」。テクノーラを抱え、山口さんはそう語った。
(https://www.yomiuri.co.jp/science/20201210-OYT1T50146/)
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 宇宙開発には多大の費用がかかるだけでなく、あらゆる分野において宇宙環境に耐えうる材料やロケットの開発など、科学技術の粋を集めた体制が必要になります。その中で日本の技術が用いられるのは素晴らしいことです。日本の宇宙開発の優れた技術は糸川博士のペンシルロケットに始まる60年以上の歴史の結晶です。地球環境を守るために今後も月面を始めとする宇宙開発が続けられることでしょう。日本の技術がさらに貢献できるように期待したいものです。

2020年12月13日

#335 はやぶさ2カプセル帰還!

 本日午前2時半過ぎに、はやぶさ2から放出されたカプセルがオーストラリアの砂漠に着陸し、無事地球への帰還を果たしました。NHKではこのカプセルが大気圏突入から着陸までを特別に放送し、私もその時間眠気を戦いながらテレビの画面に見入っていました。特に大気圏突入後にオレンジ色に燃える流れ星のような軌跡を描いて飛び続ける姿は感動的でした。今朝早くカプセルが回収され、早ければ明後日には日本に帰って来るそうです。
 はやぶさ初号機はあくまでも実験機で、初号機から得られた多くのデータが今回のはやぶさ2号機の成功につながっています。はやぶさ初号機が多くの苦難を乗り越えて無事に地球に帰還した様子が何本かの映画になって上演されましたが、私もその1つを鑑賞した記憶があります。特に初号機が地球に突入し、カプセルを投下した後で最後には燃え尽きましたが、その姿は我が子を命に代えても産み落とす母親の姿にも似ており、日本中の人々に感動を与えました。その初号機が地球に突入する前に最後に移した地球の写真を私は今でも手元に置いています。
 今回の2号機の成功の裏には初号機にはない様々な工夫がされたと聞いています。はやぶさを動かしているのはイオンエンジンという特殊な推進装置ですが、これは日本人が発明したエンジンです。従来の化学燃料を使用するロケットエンジンは強い推進力を出しますが燃料の重さがロケットの大半を占め、非常に非効率的な推進装置です。しかしイオンエンジンは推進力は微力ですが長時間に渡りエンジンを作動することができ、「ちりも積もれば山となる」で遠距離まで飛行することができます。2号機はカプセルを地球に投下した後向きを変えて新しい小惑星への約10年間の旅に出かけます。はやぶさ2号機の新しい門出を祝福したいと思います。
 ところで、はやぶさ2号が世界で初めて成し遂げた偉業が7つあるそうです。その記事を掲載します。
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「はやぶさ2」帰還で実現する7つの偉業とは
〇前回のはやぶさは本番前の実験機
小惑星の探査計画がスタートしたのは1995年3月。小惑星サンプルリターン計画が、その後、はやぶさの打ち上げへとつながっていった。
 小惑星サンプルリターンとは、それまでNASAが行っていた小惑星探査を一歩進めて、小惑星のサンプルを採取して地球へ帰還させるプロジェクトだ。これまで人類は月以外の天体のサンプルを地球へ持ち帰ったことはない。しかも地球から3億キロ離れた小惑星イトカワ(ちなみに地球と月の距離は約38万キロである)相手にやろうというのだ。これがいかにハードルの高い挑戦か、わかるだろう。
 前回のはやぶさの成功を受けて、2014年12月3日に打ち上げられた『はやぶさ2』は、はやぶさの後継機ではない。実は前回のはやぶさは小惑星サンプルリターンの実験機で、本番での観測は、はやぶさ2で行われたのだ。はやぶさ2で行った人類初のミッションは次の7つである。

・複数の探査ロボットの小天体(今回はリュウグウ)への投下
・小型探査ロボットによる小天体表面の探査
・天体着陸精度60センチメートルを実現
・人工クレーター作成とその過程、作成前後の詳細観察
・1機の探査機が同じ天体の2地点に着陸
・地球圏外の地下資源にアクセス
・最小/複数の小天体周回人工衛星を実現

 いずれも今後の天体探査を変えていく重要な技術だ。その意味でも、はやぶさ2の無事な帰還は宇宙技術史に重要な足跡をしるすことになる。

〇小惑星探査が極めて重要な理由
そもそも「なぜ小惑星を調べる必要があるのか」と疑問に思う人も多いだろう。はやぶさプロジェクトは、あの民主党政権による事業仕分けで予算が激減するという日本の科学発展の暗黒期があったものの、打ち上げが行われた2014年度は126億円の予算が計上された。
 これほどの金額について、「生活に困っている人も多いのになぜ?」とか「月や火星をもっと詳しく調べる方が役に立つのではないか?」などと考える人もいるだろう。
 もちろんそうした惑星探査は重要だ。特に地球の資源に限界が見え始めた現在、月に資源探査基地を作ることは夢ではなく100年後を見据えた重要な国際プロジェクトである。
 しかし一方で、小惑星を調べることも極めて重要だ。太陽系は宇宙のチリやガスが集まって太陽が生まれ、太陽の回転が周囲のチリをさらに集めて、太陽の周りをたくさんのチリの塊が回り始めた。この塊がさらに集まって地球のような惑星を作った。地球は誕生後に火山活動を始め、惑星になる前の状態はどこにも残っていない。
 惑星になれなかったものが小惑星として今も太陽系を回っている。つまり小惑星を調べることで、太陽系ができたころの様子を知ることができるのだ。

〇はやぶさ2が生命の原料を持ち帰る?
 生命が地球に誕生した仕組みはいまだにわかっていない。生命のもととなるアミノ酸や核酸といったものが地球上でどのようにして生まれたのかさえも仮説の域を出ない。複雑な構造を持つ有機物は、原始の地球では生まれず、小惑星が地球に衝突してもたらされたのではないかと考える学者は多い。
 1970年にオーストラリアで採集されたマーチンソン隕石からアミノ酸が見つかり、その後も隕石からアミノ酸が見つかり続けていることから、すべてかどうかはともかく、地球のアミノ酸の一定量は隕石が運んできたという考えは誰も否定しない。
 隕石の元をたどれば小惑星だろうと考えられている。小惑星から分かれた隕石が地球に衝突したことがきっかけで有機物が揃い、生命の生まれる条件が整ったことになる。リュウグウから採取したサンプルにアミノ酸のような有機物が含まれていれば、小惑星が生命の原料を供給したことが確定する。
 はやぶさプロジェクトのもうひとつの意義は、小惑星の衝突から地球を守ることである。恐竜が絶滅したのは、ユカタン半島に落ちた直径10キロ(サイズには諸説あり、最大では80キロという説も)の隕石のせいだ。直径160キロのクレーターを作った隕石は、大量の粉塵を成層圏まで噴き上げ、火山灰に日光を遮られた地球は寒冷化、草木が枯れて恐竜は餓死した。
 はやぶさ2の誘導技術を使えば、地球へ向かってくる小惑星に人工衛星をぶつけ、地球からそれる軌道へはじき飛ばすこともできるだろう。
 太陽系には100万個もの小惑星があり、すべてが手つかずの資源である。はやぶさ2の成功を使い、こうした小惑星の資源開発ができれば、もし地球の資源がなくなっても安心だ。
 リュウグウには正体不明の黒い物質(高分子の有機物ではないかと推測されている)や水(土に微量の水が含まれていると推測されている)があるとされ、科学者たちはサンプルの回収を待ち望んでいる。はやぶさ2がどんな秘密をもって帰還するのか、とても楽しみである。
(https://diamond.jp/articles/-/256260)
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 宇宙開発には多額の費用がかかり、現在ではアメリカ1国だけでは宇宙探査や開発ができない状況です。隣国は軍事利用のために無人宇宙船による月面着陸を行い、自画自賛しています。人口爆発が続いている地球で自然環境をこれ以上悪化させないためにも宇宙開発は必要になってくるものと思われます。宇宙の平和利用のために各国が資金を出し合い、最初に月面にコロニーを建設し、さらに遠くの火星へと人類は旅立つことでしょう。それまでには少なくとも数百年を要することになります。またさらに文明が進めば地球人類が太陽系外の宇宙へ進出することも可能でしょう。その意味で私は数百年早く生まれたと後悔しています(笑)。今後も宇宙開発を続けてもらいたいと思います。

2020年12月06日

#334 七つの善行

 今日は11月29日、11月最後の日曜日です。今日は朝から寒く、天気予報によると最高気温が13度しかならないそうです。晩秋というにはほど遠く、季節は初冬の装いを見せています。
 2020年は新型コロナウィルスに始まり、寒い季節を迎え日本でも現在猛威を振るい始めています。これは一人ひとりの問題であるとともに、社会ならびに国家総動員で対処すべき大きな国難と言えるものです。皮肉にも今年のインフルエンザは今日現在では予想されているほど流行していないようです。インフルだけでもおとなしくしてもらいたいものです。
 さて最近出会った本の中に味わいのあるものを見つけましたので、ここにご紹介します。仏教の逸話が面白く書かれてあり、その内容は現代の生活にも充分適応できるものです。
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『今すぐ、この場でできる「七つの善行」』
 お釈迦さまの教えに感銘を受け、その活動を支援していた、スダッタ長者という富豪がいました。この長者の息子の妻は玉耶(ぎょくや)といい、世にもまれな美しい姫でした。
 しかしこの玉耶姫、あまりの美貌にうぬぼれて一切働かず、好きなときに起き、日中はお化粧と買い物と、わがまま勝手な生活をしていました。
 スダッタ長者は困り果て、お釈迦さまにおすがりすると、お釈迦さまは「わかりました。明後日、伺いましょう」とおっしゃいました。
 スダッタは、使用人を集めて、言いました。
 「明後日、お釈迦さまとお弟子たちがこの屋敷にいらっしゃる。その準備をしてくれ。ただし、玉耶にだけは悟られないように。」
 使用人たちは、気づかれないようにお釈迦さまたちのお出迎えの準備をしたのですが、何かあると感じ取った玉耶は、新米の使用人に尋ねたのです。
 「さっきから忙しそうね。私もお父様から手伝うように言われたわ。いらっしゃるお客様は、確かえーっと……」
 「はい、なんでも明日、お釈迦さまという方がいらっしゃるそうで」
 玉耶はピンをきました。
 「お釈迦さまがいらっしゃる?そんなの聞いていないわ。きっと私のことが手にあまって、説教でも聞かせるつもりね。……よし、明日は自分の部屋から一歩も出るもんか。私が出てこなければ、お釈迦様の手前さぞかし困るでしょうね」
と、部屋に引きこもってしまいました。
 翌日、お釈迦さまをお迎えするために、屋敷の者は朝から大忙しでした。その中で長者だけが、ハラハラしながら玉耶の行方を探していました。
 「玉耶よ、いるのか、出てこないか」と部屋の扉を叩きますが、返事がありません。困り果てているところへ、お釈迦さま御一行が到着されました。
 「まことに申し訳ございません。実は、玉耶が部屋から出てこないのです」
 長者が事情をお釈迦さまに申し上げると、
 「わかった。私に任せなさい」
 とおっしゃって、お釈迦さまは神通力で、長者の屋敷を透き通るガラスの家に変えてしまわれたのです。
 部屋の押し入れの中に隠れていた玉耶は、あたりが急に明るくなったのに気がつき、顔を上げて驚きました。なんと、壁という壁、一切が透けて、家中の様子がありありと見えるではありませんか。隠れている自分の姿も丸見えで、屋敷の者たちは、不思議そうに自分を見つめています。
 これでは、へそを曲げて閉じこもっていることが丸わかりです。恥ずかしさのあまり、部屋を飛び出し、お釈迦さまの前にひざまずきました。
 「お釈迦さま、ひどいんです。お父様ったら意地悪して、私にお釈迦さまがいらっしゃることを教えてくださらなかったんです」
 そんな玉耶に、お釈迦さまはこう諭されました。
 「玉耶よ。どれほど顔や姿が美しくとも、心の汚れている者は醜いのですよ。それよりも心の美しい者になって、誰からも慕われることこそが、大切とは思わぬか」
 「心が美しい人になる……」
 玉耶は、初めて自分の悪態の限りが知らされ、このままではいけないと思いながらも、認めることも改めることもできずに、自分の殻に閉じこもっていたことが知らされました。
 お釈迦さまの前に立つと、そんな自分の心のすべてを最初からご存じだったように思え、固く閉ざしていた心がひとりでに開き、不思議と素直な気持ちになりました。
 「玉耶よ、すべては、お前の日々の心がけ次第なのです」
 「私に何ができるのでしょうか」
 「まず、家族や使用人に、常に微笑みをたたえた笑顔で接しなさい。優しいまなざしで向き合いなさい。そして、ねぎらいと感謝の言葉を忘れずに伝えなさい。これならできるだろう」
 優しい微笑みやまなざし、これらは「無財の七施」(むざいのしちせ)といわれます。お金や物、人より秀でた才能や能力がなくても、思いやりの心さえあれば誰にでもできる七つの施しです。

和顔施(わげんせ)・・・微笑みで接すること
眼施(げんせ)・・・優しいまなざしを施すこと
言辞施(こんじせ)・・・優しい言葉やねぎらいの言葉を伝えること
身施(しんせ)・・・人の荷物を持ったり、手伝ったり、身体を使って相手を
          助けること。
心施(しんせ)・・・形だけでなく、思いやりの心を込めて接すること
床座施(しょうざせ)・・・場所や順番を「お先にどうぞ」と譲ること
房舎施(ぼうしゃせ)・・・困っている人に自分の家を宿として提供すること

笑顔をたたえ、優しいまなざしで、分け隔てなく人に接しなさい。
常にねぎらいと感謝の言葉を心がけなさい。
自ら進んで、人を助けなさい。
人とぶつかったら、なるべく譲ってあげなさい。

お釈迦さまはこれらのことを、玉耶に説かれたのでした。
美しい姿はやがて衰える。けれど心の美しさは衰えることなく、自分も周囲もいつまでも幸せにする。このお釈迦さまの教えに目を開かされた玉耶は、皆から好かれる存在にないたいと願い、教えを素直に実践したといわれます。
(岡本一志著:『心が「スーッ」と晴れるほとけさまが伝えたかったこと』三笠書房
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 お釈迦さまは極めて常識的なことを仰っています。お釈迦さま(ゴータマ・シッタルダ)はおよそ2600年前に生きた人ですが、その教えは現代でも充分通用すような内容です。上記の逸話は現代に生きる私たちにとっても当てはまることばかりです。特に新型コロナの影響でギスギスしている世の中で必要な「無財の七施」です。」いかにお釈迦さまの教えが時代を超えて生き続けているか、ということを示しています。

2020年11月29日

#333 天国と地獄の違い

 11月も下旬となり銀杏の葉もすっかり黄金色に変わって落ち葉が黄色の絨毯のように見えます。この季節には東京の神宮外苑の銀杏並木がテレビに映し出され、行きゆく人々が足を止め、しばしこの光景に見とれている場面が放映されます。季節はすっかり晩秋の装いを漂わせています。そして11月もまもなく過ぎ去ろうとしています。
 さて「天国と地獄の箸」の話をご存じでしょうか。先日久しぶりに仏教に関する本を検索していましたら、この話が出てきましたのでご紹介します。宗教的な意味合いでなく現実の世の中にも当てはまる物語です。
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昔、ある所に、地獄と極楽の見学に出掛けた男がいました。最初に、地獄へ行ってみると、そこはちょうど昼食の時間でした。食卓の両側には、罪人たちが、ずらりと並んでいます。
「地獄のことだから、きっと粗末な食事に違いない」と思ってテーブルの上を見ると、なんと、豪華な料理が山盛りにならんでいます。それなのに、罪人たちは、皆、ガリガリにやせこけている。「おかしいぞ」と思って、よく見ると、彼らの手には非常に長い箸が握られていました。恐らく1メートル以上もある長い箸でした。
 罪人たちは、その長い箸を必死に動かして、ご馳走を自分の口へ入れようとするが、とても入りません。イライラして、怒りだす者もいる。それどころか、隣の人が箸でつまんだ料理を奪おうとして、醜い争いが始まったのです。
 次に、男は、極楽へ向かいました。夕食の時間らしく、極楽に往生した人たちが、食卓に仲良く座っていた。もちろん、料理は山海の珍味です。「極楽の人は、さすがに皆、ふくよかで、肌もつややかだな」と思いながら、ふと箸に目をやると。それは地獄と同じように1メートル以上もあるのです。
 「いったい、地獄と極楽は、どこが違うのだろうか?」と疑問に思いながら、夕食が始まるのをじっと見ていると、その謎が解けました。極楽の住人は、長い箸でご馳走をはさむと、「どうぞ」と言って、自分の向こう側の人に食べさせ始めたのです。にっこりほほ笑む相手は、「ありがとうございました。今度は、お返ししますよ。あなたは、何がお好きですか」と、自分にも食べさせてくれました。男は、「なるほど、極楽へ行っている人は心掛けが違うわい」と言って感心したという話です。
 同じ食事を前にしながら、一方は、俺が俺がと先を争い傷つけあっています。もう片方は、相手を思いやり、相手から思いやられ、感謝しながら、互いに食事を楽しんでいます。どちらが幸せかということは明らかなことです。自分さえよければでは、幸せになれません。一人ぼっちになってしまいます。幸せの花は、相手(他)と自分との間に咲くからです。
「仏教事典 三尺三寸箸 極楽の箸はなぜ長いのか」より引用
(https://bukkyouwakaru.com/dic/s34.html)
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 上記の話の出典は残念ながら分かりません。ネットで調べても様々な意見があり、定まっていないようです。一説には禅宗の山田無文老師の説話の中に出てきたという話もあります。ただこの話は単なる仏教説話ではなく、私たちが生きている現実の世界を表しています。毎日戦いに明け暮れる国もあれば、自国の利益しか考えない国もあります。世界は我欲の塊で動いています。その結果が戦争へとつながります。
 また個人レベルでは金のために犯罪に手を染める者も世の中には数多くいます。日々様々な悩みに苦悩する人も多くいます。上記にある天国(極楽)のようにお互いが思いやりを持って接することができればこの地上に天国を作り出すことができるでしょう。この世を天国にするか、地獄にするかはすべて私たち一人ひとりの日々の心がけにかかっています。どうせ住むなら地獄よりも天国に住みたいものです。

2020年11月22日

#332 万引き横行

 市内の田んぼでは稲刈りも終わり、すっかり晩秋の雰囲気が漂っています。近くの川には川面に多くのカモが楽しそうに泳いでいます。また川岸には枯れススキが去りゆく秋を見送るように風に揺れています。
 さて、市内の中学校では今秋から期末試験が実施されます。当塾の生徒たちも期末試験に向けて予想問題を中心に演習を行い、最後の追い込みに入っています。多くの高校では期末試験は来週に予定されています。生徒たちは期末試験に向けて奮闘する時期が来ました。精一杯頑張ってもらいたいと思います。
 ところで国内には新型コロナを始め様々な問題が生じていますが、中でもマイバック導入時からとんでもない犯罪が増加しています。万引きの横行です。マイバッグ導入前はスーパーマーケットなど各店で専用のレジ袋が無料で配布され、それを使用していましたが、マイバッグ導入によりレジ袋が有料となり、多くの買い物客が各自のマイバックを使用することになりました。
 ところがマイバッグの導入により万引きする客が横行しているそうです。本日はそれに関する記事をご紹介します。
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レジ袋有料化で被害10倍!「かごパク・万引き・メルカリ転売」急増する非常識な客
 お酒や日用品などを精算前にマイバッグに入れて万引きして、フリマアプリで転売。コロナ感染者が出た店舗をSNSで誹謗中傷。レジのかごまでパクる……。最近、スーパーマーケットを悩ませる不届きモノたちが増えている。中には、わが物顔で犯行を繰り返し、逆ギレするケースも―。

<「かごパク」被害急増中>
「買った品物がマイバッグに入りきらないときは、かごのまま駐車場まで運んで、ついつい持って帰ってしまいます。レジかごは次に行ったときに返せばいいかなと思って」
そう明かすのは九州地方に住む30代の会社員の男性。実は彼、「かごパク」の常習犯。悪びれる様子はなく、これまで持ってきたレジかごを返却したことはない。過去にはカートも持ち帰ったことがあるというから悪質だ。
 「かごパク」とは、買い物で使うレジかごを精算後にそのまま持って帰る行為のこと。“エコバッグを持っていない。持っていても品物が入りきらない”“でも、レジ袋は買いたくない”そんな自分勝手な理由で犯行に及んでいる。レジかごは店舗の備品のため、勝手に持っていけば盗難、つまり窃盗罪になる。
「かごパク」は以前から起きていたが、今年7月にレジ袋が有料化されると被害が増えた店もあるという。そのひとつが東京練馬区に本店があるスーパー『アキダイ』。秋葉弘道社長が明かす。
「レジ袋有料化前の10倍の被害が出ています。でも、この件が報道されると“困らせてごめんね”と謝って返却してくれたお客様もいました」
 スーパーを困らせるトンデモ客の行為は「かごパク」だけではない。もっとも深刻なのが万引きだ。万引き対策専門家の伊東ゆうさんが解説する。「セルフレジが増えたことなどから、ここ数年、万引きがしやすい環境になってしまった。さらにコロナ対策で死角が増えたこととレジ袋有料化が重なり、犯人の捕捉数も増えています」
 生活費の節約目的で万引きをする年金生活の常習犯や、最近では30~50代の初犯も多いという。前出・伊東さんは、「コロナで失業し、路上生活になってしまい、万引きせざるをえない人が増えています。最初は生活のために弁当などをやむなく盗むのですが、慣れてくると盗品を換金するようにもなります」
 日用品や食品などを日常的に盗み、メルカリなどのフリマアプリなどで転売して金銭を稼ぐ手口。まさに「メルカリ万引き」だ。
ポリ袋の消費量は2倍に増えた

<「レジ袋万引き」もいる。>
 伊東さんはレジ袋そのものを盗んだ犯人を捕まえたことがある。被害額5円だ。「セルフレジから1枚取ってレジ袋の精算をせずポケットに入れて売り場にいく。商品を精算後、先ほど盗んだレジ袋をポケットから出し、持参したように見せかけ商品を入れる。5円節約したいがための犯行ですが、これも万引きには変わりない」
 レジ袋だけでなく、無料でもらえるポリ袋も店の備品。大量に持っていくと逮捕の対象になる可能性がある。
「“エコバッグが汚れるから”“ゴミ袋やペットの汚物処理などに使う”などの理由からポリ袋欲しさに買った商品を1点1点ポリ袋に入れる人や、ロールごと持っていく人もいます」(前出・同)
 精算前の商品を持参したポリ袋に入れ、さも支払いがすんだように見せる万引きの手口もあるそうだ。このような現状に前出・秋葉社長はため息をつく。
「ポリ袋の消費量は2倍に増えました。温暖化対策のためにレジ袋を有料化したはずなのに、これでは本末転倒です」
 ほかにも『かご抜け』と呼ばれる、会計前の商品をかごやマイバッグに入れ、レジをスルーし、外に出て万引きする手口も増えているという。しかし、万引き犯を捕まえるのはなかなか厳しい。「コロナ禍でみんなマスクをしているため、顔がわかりにくく困っています。精算後の商品をレジ袋やマイバッグに入れず、手に持ったまま売り場に戻る人は特に難しい。精算がすんでいるのか、店員も迷います。不審な人物には声をかけますが、やっていない人にまで不愉快な思いをさせてしまうことも……」(同)
 全国万引犯罪防止機構は、警察と連携。万引き防止を促すポスターを作成するなど注意喚起を行うが、事務局の担当者は厳しい現状を語る。
「店舗の中には万引きなどの被害届を出さないところも少なくありません。すべての事件で届けを出してくださいとお願いしていますが……」というのも店舗の規模によっては事件の取り調べに従業員がとられると、その間の人手が足りなくなるからだ。
 「多くの店舗が泣き寝入りをしている状況です。万引きによる損失が増えれば商品の価格に上乗せすることにもなりかねない。損失により閉店に追い込まれることも。そうなれば一般の顧客も被害者。一部の心ない人のせいで、みんなが追い詰められるんです」(前出・事務局)

<コロナのせいで俺のせいじゃない>
 やめられない常習犯もいる。「“万引きはコロナのせいで俺のせいじゃない。仕事もなく、2日も食べてない。どうしたらいいんだ”と逆ギレする犯人もいます。家もなく、生活に困窮していて生きるか死ぬかで犯行に及ぶ人もいるんです」(前出・伊東さん)
 レジの担当者に精神的な負担をかける不届きモノもいる。スーパーマーケット協会団体の担当者が明かす。「4、5月、来店する顧客はイライラし、殺気だっていました。売り切れ商品を出せと無理難題をぶつけたり、マスクをしていないお客様へのクレームをお店に向けたり。些細なことで怒り、怒鳴ったり……。それらの理不尽を一手に受けたのがレジ係です。疲弊した人は多かった」
 追い打ちをかけたのはコロナの「感染流布」。東京・大阪といった大都市と感染者が少ない地方との温度差は大きかった。「地方の店の店員が都内に行ったことが漏れると風評が広がることもあったようです。感染し、地元にウイルスを持ち込めば店は袋叩きにあい、お客様は来なくなる」(前出・担当者)
 さらには危険な売り場としての烙印を押され、口コミやSNSで誹謗中傷されることも。従業員もその店で働いていたことが地域でバレると村八分にあうおそれもあった。
 前出・担当者は続ける。「スーパーは安心安全なものをみなさんに届けようと努力していますし、ほとんどのお客様はちゃんとルールやマナーを守っています。残念ながらほんの一部にはそうではない人もいますが……」
 消費者も立ち上がらないといけないのかもしれない。

週刊女性2020年11月17日号(https://www.jprime.jp/articles/-/19299?page=3)
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 万引きは青少年や高齢者だけの犯罪と思っていましたら、全世代型の犯罪へと傾向が変わってきたようです。いくらマイバッグで簡単に商品を手に入れることができても犯罪は犯罪です。子どものいる大人はどうやって自分の子どもに言いわけをするのでしょうか。ここまで国民の倫理観が低下してきたのでしょうか。万引きと新型コロナとは全く関係ありません。非常に嘆かわしいことです。

2020年11月15日

#331 米国次期大統領確定?

 アメリカ大統領選挙が激戦になっています。本日日付が変わった深夜1時30分ごろに速報が流れ、バイデン氏の大統領確定のニュースが発表されました。まだ開票は続いていますが、ペンシルベニア州の開票の流れでマスコミが公表しました。従来でしたら確定した段階で敗者が敗北宣言をし、勝者に電話してお互いねぎらい、来年1月に正式に大統領に就任することになりますが、今回は違います。トランプ大統領が敗北を認めず、法廷闘争を準備しているからです。
 それではトランプ氏はどのような対抗措置を持っているのでしょうか。トランプ大統領は民主党が今回の選挙で大々的な不正をしたと主張しています。それでは、どのようにしてトランプ大統領は再選を狙っているのでしょうか。かなり長くなりますが日本のマスコミがほとんど取り上げないトランプ大統領再選の極秘の方法をこっそりとお教えします。
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★米民主党の選挙不正
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米国の大統領選挙は、民主党が開票時に広範な不正を行った可能性がしだいに濃厚になっている。ウィスコンシン、ミシガン、ネバダ、アリゾナ、ペンシルバニアなどの州で、投票後の開票作業中だった現地時間の11月4日未明に、遅れて到着した郵送票の束を偽装して、偽造された大量のバイデン票が開票所に運び込まれ、それまでのトランプ優勢がバイデン優勢に覆された。各地の選挙管理委員会の要員はもともと共和党と民主党の支持者が同数になるように設定されているが、11月3日の夜、いろんな理由をつけて共和党側の要員が開票所から追い出され、民主党側が開票を主導する態勢が作られた。そして郵送票の到着を装って不正が行われた。ウィスコンシン州では11月4日の午前4時に10万票が到着して開票され、そのすべてがバイデン票だった。この加算により、同州はトランプ優勢が覆され、バイデンの勝ちが宣言された。

この加算により、あり得ない現象も起きた。ウィスコンシンの最大都市ミルウォーキーの7つの投票区で、投票総数が有権者登録数を上回ってしまった。このことは地元のメディアも報道し、不正の可能性が濃厚であることが一時全米に知れ渡った。民主党が支配する選挙管理委員会は、問題のミルウォーキーの投票区の有権者登録数を修正し、投票総数の範囲内におさまるように事実を再調整した。

ミシガン州デトロイトでも、11月4日の午前3時半に13万8千票の郵送票が開票所に届き、優勢がトランプからバイデンに代わり、バイデンの勝ちが確定した。ネバダやペンシルバニアでも同様の不正の疑いがあり、トランプ陣営は開票作業の停止や再開票を請求した。だが、すでにマスコミ上で確定しているウィスコンシンやミシガンのバイデン勝利を覆すのは簡単でない。昨日の記事に書いたように、再開票しても偽造票を見分けられなければ意味がない。「投票用紙を作った国土安全省は偽造防止の透かしを入れているので見分けがつく」という説があるが、投票用紙を作っているのは連邦政府でなく地元の州などだ。偽造票を短時間で見分ける方法があるのかどうかわからない。

民主党の選挙不正は、インターネットの言説を支配するSNS諸企業や、マスコミもぐるであり「不正などない。トランプ支持者の妄想だ」という話だけが今後も流布する。不正を指摘するSNSの書き込みは消される。選挙不正が公式の話として認知されるのは簡単でない。そのため昨日の記事では、不正によってトランプの敗北が確定してしまうのでないかと悲観的なことを書いた。しかし、それから1日経ってみて、どうもそうでないようだという感じが出てきている。

私が注目したのは、マスコミが発表する開票速報が、バイデン264、トランプ214のまま止まっていることだ。バイデンは、あと6人とれば当選確実になる。残っている4州のうち一つ取ればよい。マスコミが勝敗を確定すると覆すのが困難になる。民主党とマスコミなど軍産側は、ネバダあたりの選挙管理委員会を急かせて不正票含みで開票を進めてバイデンの勝ちを確定するのが良い。しかし、どういうわけかそれは寸止めされている。

もしかして・・・と私が思ったシナリオは、民主党に不正をさせるのがトランプの仕掛けた罠でないか、というものだ。トランプ側は不正をしない。隠れトランプが大勢いる。民主党が不正をしなければトランプの勝ちになる。トランプは、夏前から郵送投票に反対しつつも阻止せず、民主党が今回のような不正をやるように仕向けた。不正が行われ、バイデンが今のようにもうすぐ勝つ状態になったところで、トランプは開票作業を止めさせた。バイデン親子の中国ウクライナからの贈賄について司法省から電話させれば、バイデンはとりあえず開票作業の一時停止に応じる。これが今だ。

今後、この膠着状態のまま時間がたつほど、民主党の選挙不正について詳細がわかってくる。トランプ傘下の諜報界は、民主党側にスパイを潜り込ませ、不正について何らかの証拠を握っている(証拠を握れる状態を作れなければ民主党に不正させない)。これは「おとり捜査」である。これから証拠がリークされていく。ロシアゲートの逆転劇に似ている。決定的な証拠がリークされる前後に、マスコミがネバダ州のバイデン勝利を確定し、バイデンの当選を発表するかもしれない。しかしそれと同時に民主党の選挙不正について決定的な証拠が暴露され、マスコミも選挙不正に協力してバイデン勝利を捏造していたことがバレていく。

このシナリオが成功すると、民主党だけでなくマスコミの権威も失墜させ、軍産の全体を潰せる。最終的な次期大統領はトランプになる。もう少しで勝てたのに、と悔しがる民主党左派は、全米で絶望的な暴動・略奪に走る。米国は混乱が続いて国際信用が低下し、経済も破壊され、軍産が最も望まない覇権の失墜になる。その中でトランプの2期目が始まり、米中分離や隠然多極化を進めていく。結局のところ、一昨日書いた記事のシナリオに戻っている。嘲笑してください(笑)。
(田中宇の国際ニュース解説 無料版 2020年11月6日 http://tanakanews.com/)
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 上記のようなことがはたして起こるでしょうか。各国の首脳が時期大統領のバイデン氏に祝福のメッセージを送っています。そのような中でトランプがどのような動きを示すか興味津々です。アメリカ大統領は世界に大きな影響を与えます。今後4年間の世界情勢を左右するのは次期大統領の手腕にかかっています。

2020年11月08日

#330 創立6年目を迎えました

 本日は学習塾二コラの創立日です。2015年の11月4日に創立して以来5年が過ぎ、6年目を迎えました。経済的に塾に行けない子ども達のために創設した学習塾ですが、毎年該当する生徒(授業料免除)が数名学んでおり、その生徒を含み合計10名前後の生徒が毎年当塾で学んでいます。
 基本的に個別対応で授業をおこなっているために、今まで当塾で過ごした生徒の数はそれほど多くありませんが、この5年間で累計50名ほどが当塾に在籍し、様々な生徒や保護者との出会いがありました。平均すると2年ほどの在籍期間ですが、長い生徒では4年近く学んでいる生徒もいます。当塾は全く宣伝をしませんが、口コミで生徒が集まり、本当にありがたいことです。
 これから後半の5年間を迎えます。5年後当塾を継続するかどうか、まだ決めていません。次の5年間の塾運営の状況を踏まえて判断するつもりです。塾の運営には予想以上の資金が必要になります。事実、当塾は賃貸物件ですので、毎月6万5千円の賃貸料がかかります。さらにコピー機のリース代や光熱費等を含め、合計10万円が運営費として毎月支払うことになります。その他問題集や資料の購入などで数万円を出費します。
 現在地元にある明光学園の非常勤講師として得た給料で当塾の運営費を補っていますが、いつまで続けられるか分かりません。また健康でなければ塾の運営に支障が出てきます。できるだけ健康には気を遣っているつもりですが、いつ何時病気になるかもしれず、入院等が生じた場合には早めに閉塾するかもしれません。その意味で最低でもあと5年は続けたいと思っています。
 5年後世の中はどのように変わっているでしょうか。学習環境に関して公立学校・私立学校を問わず様々な支援制度が整いつつありますが、まだまだ不備な点が多く、経済的に苦しい家庭の子が希望通り学習に取り組む環境が整っているとは言い難い状況です。このような子どもたちのためにも初志貫徹で塾運営を続けたいと思います。今後もよろしく願いいたします。

2020年11月04日

#329 アインシュタインの言葉

 今日から11月です。歳月の経つのは早いもので、今年も残り2か月となりましたが、全くそのような気持ちになりません。おそらく新型コロナのせいで全国の多くの学校が2か月ほど授業が中止になり、そのせいで時間の流れが心の中で止まっているせいでしょう。また日中の暖かさも相まって、まるで9月末のような感覚でいます。
 さて、書棚で探し物をしていると懐かしい本が出てきました。30年ほど前に私が出した英語の問題集です。「基礎英文問題精講 Brush-Up Test 60」(旺文社刊)の初版で、当時福岡雙葉の生徒のために福田美代先生と私が共同で作成した原稿を旺文社に打診し、問題集にしていただいたものです。この問題集は版を重ねながら今でも発売されています。その中に何度読み直しても心に残るアインシュタインの名文がありますので、ここに紹介いたします。
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 この地上における我々の立場は不思議なものである。我々はみなこの地球を訪れて、つかの間、地上に滞在する。-----なぜそうなるかはわからないが、ときにはある目的を推測することができるように思われることもある。しかしながら、日常生活という観点からすれば、我々が確かに知っていることが1つある。それは、人間は他人のために-----とりわけ、その人々のほほえみと幸せに我々自身の幸せがかかっている人々や、その人々の運命と我々が共感のきずなによって結ばれている数知れない見知らぬ人々のために-----この世に存在するということである。

 Strange is our situation here upon earth. Eachof us comes for a short visit,
not knowing why, yet sometimes seeming to drine a purpose. From the
standpoint of daily life, however, there is one thing we do know: that man is
here for the sake of other men ----- above all for those upon whose smile and
well-being our own happiness depends , and and also for the countless unknown
souls with whose fate we are connected by a bond of sympathy.
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 アインシュタインの名文ですが、構文や文法上難しい表現が目立ちます。古典の香りがする英文です。分かりやすく要約すると次のようになります。
「私たちは何処からかこの世に生まれて短い人生を過ごします。その短い間、他人のために私たちが生き、お互い幸せになるように、生きることが人生の目的です。」
 確かに本人が意識しているかどうかにかかわらず、他人の幸せのために生きている人は幸せです。他人の身体的幸せには医療従事者や介護関係者が当てはまることでしょう。また周囲に笑顔を振りまく人も幸せを他人に与えています。自分がどんな立場に置かれても周囲の人を幸せにするような生き方をしている人は幸いです。それが個人の幸せや社会の幸福につながります。今の世の中に必要な存在です。

2020年11月01日

#328 核兵器禁止条約、来年1月発効

 今日は10月最後の日曜日で、朝から快晴です。通りを歩きますと、ほのかな甘酸っぱい香りが漂っています。キンモクセイの香りです。この香りが無くなりますと冬に向かって季節は走り始めます。
 さて先ほどビッグニュースが飛び込んできました。国際連合が核兵器禁止条約を決議し、来年1月に発効する予定です。時事通信の速報を掲載します。
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『核兵器禁止条約、来年1月発効 批准50到達、使用や威嚇を禁止―保有国は不参加』
【ニューヨーク時事】核兵器禁止条約の批准書や受託書を国連に寄託した国・地域が24日、発効に必要な50に達した。ホンジュラス国連代表部が同日の批准書寄託を確認した。条約は90日後の来年1月22日に発効する。核兵器の使用や保有を初めて違法化する国際条約となる。
 ただ、加盟国以外に効力は及ばず、現状では核保有国や日本を含む同盟国の参加は絶望的。条約発効だけで核軍縮につながる可能性は極めて低い。今後、こうした国の加盟に向けて、いかに圧力を強めていくかが課題になる。
 核兵器禁止条約は2017年3月、核軍縮の停滞を背景に非保有国の主導で制定交渉が始まり、同7月に採択された。核保有国やオランダを除く同盟国は交渉に参加せず、軍縮条約としては異例の速さで採択に至った。
 条約は前文に被爆者の「受け入れ難い苦痛と損害」に留意すると明記。核抑止力を意味する「核兵器を使用するとの威嚇」も禁止した。一方、核保有国が交渉に参加しなかったため、具体的な軍縮措置は盛り込まれなかった。
 核兵器禁止条約制定を働き掛け、ノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」で国連を担当するセス・シェルデン氏は「条約発効で(核兵器は違法という国際的な)規範が強まることで、非加盟国の行動に影響を及ぼす可能性はある」と指摘。核保有国などに加盟を促す活動を続けていく方針だ。
(https://www.jiji.com/jc/article?k=2020102500169&g=int)
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 広島、長崎に原爆が落とされて早や75年経ち、ようやく世界が核兵器禁止へと動き出しましたが、核保有国はこの条約に反対し、独自の道を動き出すことでしょう。ここに現在の国連の力の限界があります。第2次世界大戦の戦勝国で作られた国際連合は当時の5大国に拒否権を与え、その後の様々な改革をこの拒否権により多々中断されてきました。
 上記の記事にありますように核保有国はこの条約には加盟しておらず、現在自由陣営と共産主義陣営に分かれて対峙しています。お互いに相手に対して恐怖と不信感がある限り軍縮は進まず、まして核兵器を廃棄することはありえないでしょう。また核兵器を廃棄すると見せかけて、秘密裏に保管するなど、常に上位に立ち、相手を威嚇する手段を残すはずです。
 この人類の愚かな性癖は国家レベルだけでなく個人にも当てはまります。自分の利益を追求して他人を貶める行為は社会のいたる所で見られます。このような利己的行為が無くならない限り、本当の平和は実現しません。戦争は国家レベルの行為ではなく、私たち一人ひとりの心の中に棲んでいる悪感情の表れです。遥か未来に別の生命体がこの惑星に登場し、過去の地球の歴史を調べると、この地上にかつて人類という愚かな種族が存在したことを発見するでしょうか。嘆かわしい限りです。

2020年10月25日

#327 外国人が衝撃を受けた日本人の姿

 10月も下旬に入り、すっかり秋らしくなりました。今朝は大牟田で最低気温が11度となり、朝洗顔する水の冷たさがいつも以上に手のひらに感じます。また稲刈りの終わった田んぼが目立ち、季節の移り変わりの早さを肌で感じることができます。そろそろ冬支度をする頃となりました。
 さて私たち日本人は当たり前すぎて日頃ほとんど意識することがないような事柄でも海外の人から見れば驚きの出来事が多々あります。そのような一例を中国人の目から見た日本文化を紹介する「Searchina」から引用します。
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『時間に厳格、大災害でも泣き叫ばず…「外国人が衝撃を受けた日本人の姿」とは』
 日本人は「民度が高い」と訪日中国人からたびたび称賛されているが、具体的に日本人のどんなところが中国人や世界の人々を感心させているのだろうか。中国メディアの今日頭条はこのほど、「外国人を驚かせている日本人の国民性や日本の習慣」を5つ紹介する記事を掲載した。日本に来たことがある人や、日本に住んでいた様々な国の外国人からの回答を伝えている。
 「外国人を驚かせている日本人の国民性や日本の習慣」の1つ目は、「予測しない非常事態でも冷静に列を作る」こと。これが最も多く寄せられた感想だという。ある人はコロナ感染拡大という緊急事態においても、日本人が落ち着いて列に並んでマスクを買っていたことに非常な感銘を受けたそうだ。別の男性は、東日本大震災のニュースを母国で見て、大災害に直面しても泣き叫んだり、喚いたりせず、秩序を失わずに冷静に列に並んでいる光景に心を打たれ、日本で働くことにしたと伝えている。非常事態でさえ冷静さを失わない日本人は、外国人に良い意味で衝撃を与えているようだ。
 2つ目は「親しき仲にも礼儀あり」であること。ある男性は、「どんなに親しい人でもドタキャンをしてこないし、不快なことをしてこない」と感心しているが、日本人からすると人として最低限のマナーと言えるのではないだろうか。別の人は「日本人は、リモートで仕事していてもきちんとした身なりをしている」と称賛している。これも、日本では社会人としてのマナーだが、世界の標準ではないのかもしれない。
 3つ目は「時間に厳格で遅刻しないこと」。ある人は日本の電車が3分遅れて謝罪のアナウンスを流しているのを聞き、耳を疑ったそうだ。また、必ず約束の5分前に到着している日本人の同僚がいると回答した人は、「これはきっとその人のマイルールだろう」と推測しているが、日本ではごく当たり前のマナーだ。
 4つ目は「おじぎ」で、これは日本独特のあいさつなので多くの外国人が驚くようだ。5つ目は「まめに手紙を送り挨拶すること」。日本人は、要件を伝えるメールにわざわざ「わかりました」と返信したり、年賀状や暑中見舞いなど、季節ごとに手紙を送るため、まめに感じさせるようだ。このように見てみると、日本では当たり前の習慣や礼儀も、外国ではそうでもないようだ。冷静で細やかで、相手の立場に立った言動のできる日本人は、外国人を驚かせ、感動を与えているようだ。
(http://news.searchina.net/id/1693388?page=1)
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 私たちが海外旅行をして異文化に接するときに日本人にはない文化や習慣に驚き、不思議に思うことがたくさんあります。海外から日本に訪れる人も同様に日本人の日頃の言動に感動したり、訝(いぶか)しがったりします。「おもてなし」は日本人の心の一面を表す言葉であり、また他者との距離感は日本人の礼儀を表すとともに、何か他人行儀を示すこともあります。他国にはない日本人の良い特性はいつまでも忘れないようにしていきたいものです。

2020年10月18日

#326 知らぬが仏

 日本はこれから寒い季節を迎えることになりますが、南半球ではこれから暖かい季節を迎えます。オーストラリアでは今が早春で、12月から1月にかけて夏になります。ただし日本のような四季はなく、何となく暑くなったり、寒くなったりします。私はシドニー郊外に住んでいました。一番寒い時期には最低気温が7,8度くらいまで下がりますが、それでも日中は20度近くまで上がりますので、日本でいえば11月中旬の気候と言えます。
 オーストラリアはこれから春から夏へと季節が変わっていきます。今でも思い出しますのは、初めての春を迎えた頃のことです。当時私は大学近くのアパートに住んでいましたが、郊外の住宅地はブッシュの間に家が建っている状況です。ブッシュ(bush)とは森林(forest)というより「林」の感覚です。灌木の間に住宅が建っています。真夏にブッシュ・ファイヤー(山火事)が頻繁に発生しますが、ブッシュの中に建っている住宅は真っ先に被害を受けます。しかしブッシュの中にある住宅は住みやすく、田舎に行けばカンガルーやコアラなど野生動物との生活がそこに存在します。
 さて、初めて住む土地には地元の人しか知らないような様々な注意すべき事柄があります。特に春先に注意しなければならないのが「鳥」です。オーストラリアの鳥は人を襲います。そのことを知らなかった私は大学に通うのに近くのブッシュを通っていました。ある日一羽の鳥が私をじっと見ていましたが、突然襲ってきました。最初私は勘違いかなと思ったのですが、2度目に襲ってきたときには偶然ではないことに気づきました。その際に耳の後ろをくちばしで突かれ、少し出血しました。襲ってきた鳥はマグパイと呼ばれるカササギです。姿はカラスに似ていますが、白黒のブチ模様です。佐賀ではカチガラスと呼ばれています。ただ佐賀のカチガラスが人を襲うとは聞いたことがありません。
 このマグパイは春先に木々の枝に巣をつくります。自分の巣を守るために巣の近くを通る人間に襲ってくるのです。この鳥は人の頭を中心に襲う傾向があり、最悪の場合は目を突かれて失明する人もいます。そこでマグパイの襲撃を避けるために、ブッシュの近くを通る場合には必ず1mほどの枯れ枝を拾って、その枝を頭の上で振りながら木々の間を歩いていきます。特に人の通る道には「Beware of magpies」(マグパイに注意)のような警告が道に書かれています。
 昨日見つけた記事につぎのようなものがありましたので掲載します。
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『子どもを何度も襲う一匹の鳥。
 オーストラリアで春先に起きるマグパイ・アタックがこれだ【動画】』
 恐怖で泣き叫びながら必死に逃げる子どもを、頭上から急降下して何度も攻撃する一羽の鳥。オーストラリアでマグパイ(カササギフエガラス)と呼ばれる鳥は、春先に最も恐れられている動物だ。それを証明するのが、ウェイン・シャーウッドさんが投稿したこの動画。シドニーの南にあるイラワラ湖近くで、キックスケーターに乗っていた息子がマグパイから執拗に攻撃されている場面をとらえた。
 「オーストラリアは美しい国ですが、野生の鳥たちは恐ろしい。生きた子どもを襲って食べようとする。だから気をつけて�」とシャーウッドさんは冗談交じりにコメントしている。
 マグパイは春先の繁殖シーズンに、巣を守るために人間を攻撃することがある。多くのオーストラリア人は同情を示すと同時に、「毎年の恒例行事」「37年間見てきた中で、一番いい攻撃」など、これは春先によく見られる行動だということを、コメント欄で説明している。動画はTwitterでもシェアされ、多くの人たちが反応している。
 ツイート「これはオーストラリアの全ての子ども達が、春になるたびにする経験。マグパイは巣作りの時期にとても凶暴になり、特に自転車やキックスケーターに乗っている子どもたちを攻撃します。自転車での登校は悪夢です。多くの人たちが先の尖ったものを、ヘルメットにつけています」
 ツイート「マグパイは1年のうちのある時期、近づく人たちは自分を攻撃していると思い込みます。急降下して襲われれるのはめちゃくちゃ恐怖ですよ」
 マグパイが人間を攻撃するのは子育てをする約6週間で、通常春の初めだ。とはいえ、マグパイが突然人間を襲うことはほとんどない。一般的に、マグパイは巣がある木から100メートル離れた場所にいる人間を攻撃する。攻撃するのはオスで、巣を守るための行動だ。
 また、マグパイは敵を記憶する能力に優れており、一度敵と認識すると一生忘れないと言われている。オーストラリアでは、春の始まりはマグパイから頭を守るシーズンの始まりでもある。
 時に出血するほど激しく攻撃されることもあるため、オーストラリアの人たちの多くは9月になると、アイスクリームの容器や後ろに目が描かれた帽子、先の尖った物体をつけたヘルメットなど、様々な物で頭を守る。
 マグパイ攻撃がトラウマになってしまったのではないかと心配だが、シャーウッドさんたちは親子でもう一度挑戦することで、恐怖を克服したようだ。
https://www.huffingtonpost.jp/entry/magpie-attacking_jp_
5f816055c5b6e6d033a2b9f5)
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 動画をご覧になりたい方は上記にアクセスしてください。HUFFPOSTのネット記事です。10月にオーストラリアに旅行される方はマグパイに充分ご注意ください。「知らぬが仏」では済ませられません!

2020年10月11日

#325 変わりゆく世の中

 2週間ぶりのブログになります。原則として毎週日曜日にこのブログを更新するのですが、先週の日曜には2学期の中間試験の問題を2種類作成するために終日時間を費やしてしまいました。現在地元の明光学園の講師を務めていますが、従来は試験問題の提出は自分の試験が実施される前日までに提出すればよかったのですが、今回より試験初日の前日までに提出するように変更され、それを受けて先週の月曜日に提出した次第です。試験最終日に自分の試験が実施される場合も、定期試験開始の前日までに提出することになり、試験期間中に作成することができなくなりました。わずか数日の変更になりますが、それでも今まで以上に多忙になり、休日を利用して問題作成をすることになります。このブログ読者の中にはブログが更新されないので、私に何かあったのではないか、もしかして急死したのでは、と思われた方がいらしゃると思いますが、私は今もしぶとく生きています(笑)。
 ところで10月になり、世の中は様々なところで大きく様変わりをしているようです。国際的にはアメリカのトランプ大統領が新型コロナに感染し、彼の健康状態により11月に行われる大統領選挙はもちろんのこと国際情勢に大きな影響を与えることになるでしょう。またそれに合わせて中国や北朝鮮の今後の動きも気になるところです。国内では菅内閣が先月末に発足し、様々なところで変化が起こっています。
 気になるところでは、酒税が変更され、「発泡性酒類」(ビール系飲料やチューハイ)の分類や税率が見直しになり、価格が高くなりました。家計に占める割合が多少増えることになりそうです。このように見えないところで様々な変化が起こっています。
 個人的には西鉄電車の回数券「パル6」が販売終了となりました。パル6とは福岡ー大牟田間の回数券のことで、5枚分の値段で6枚回数券が買えました。つまり1枚無料でもらえました。それが無くなってしまい、正規の価格で乗車券を買わなければなりません。福岡ー大牟田間の乗車券は1枚1050円しますので、その分損した気持ちです。
 さらに悪い知らせがあります。西鉄電車の停車駅で、利用者の少ない駅が10月より無人化しました。私は倉永駅で乗降しますが、この駅は明光学園、大牟田北、ありあけ新世の3校の生徒が利用しています。生徒の通学時間帯は駅員が駐在しますが、それ以外の時間は完全に無人駅となります。特に夜は駅周辺は人通りが少なく、犯罪の発生も危惧されており、先日の西日本新聞に次の記事が掲載されました。
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『駅の無人化見直しを 高校の校長会とPTA 大牟田市長に陳情書』
 福岡県大牟田市の高校校長会(天河晃洋会長)と高校PTA連合会(城崎優子会長)は9月30日、駅の無人化を進める西日本鉄道に対し、見直しを申し入れるよう市に求める陳情書を関好孝市長に提出した。
 西鉄は、天神大牟田線の県南部区間など計24駅を無人化し、監視カメラやインターホンで遠隔管理する。1日から試行し、来年4月から本格運用する。
 市内の対象4駅のうち倉永、東甘木、西鉄銀水の3駅は、市内6高校の最寄り駅で、多くの生徒が通学に使う。このため陳情書では(1)駅員の配置を再検討(2)試行実施後に意見・要望を利用者らに求める機会の設定-を西鉄に働きかけるよう市長に求めている。
 市役所を訪れた天河会長は「定時制もあり下校が遅くなる生徒もいる。駅員がいないと治安面で不安だ」と訴えた。関市長は「安全安心に通学できるよう、皆さんの声を西鉄にしっかり伝えたい」と応じた。 
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/649960/)
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 パル6の終了や無人駅の導入は新型コロナの影響により、西鉄の営業収益の減収がもたらしたものでしょうか?身近なところにもコロナの様々な影響が出ているようです。
 このようにマイナスの面が多い変わりゆく世の中ですが、良い面でも変化しています。例えば大学の対面授業が増えています。本日のニュースでは西南女学院大学の入学式の様子が伝えられました。また九州大学などで一部の授業が再開され、大学のキャンパスにも賑わいが戻りつつあります。
 新型コロナに関してはまだまだ気を抜けない状況が続きますが、良い意味でも悪い意味でも世の中は確実に変化しており、その流れを注視する必要がありそうです。

2020年10月04日

#324 どうなる来年度入試

 朝晩はすっかり涼しくなりました。特に明け方は15度を下回る気温で、今朝は寒さで目が覚めました。夏用の寝具では過ごしにくい季節となりました。周囲もすっかり秋の装いです。道端に咲く彼岸花が秋らしい雰囲気を漂わせています。また夜にはコオロギでしょうか、鈴虫でしょうか、様々な虫たちが一斉に鳴き合い、子守り唄代わりに眠りに誘います。
 さて来年度の入試まで半年ほどになりましたが、コロナの影響でどのような入試の実施形態になるか分かりません。このままコロナが収まってくれればよいのですが、専門家の中にはインフルエンザと相まって再流行することを予想している人もいます。大学受験や高校受験を迎える受験生にとり悩ましいところです。
 先日の西日本新聞が各県の教育員会の高校入試に関しての指針を発表していますので、その記事を掲載します。
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『コロナに揺れる高校入試 九州7県で出題範囲巡る対応が割れる』
「福岡未公表」生徒、学校の負担にも

 新型コロナウイルスの影響による中学校の臨時休校を受けた高校入試の出題範囲を巡る対応が、九州7県の教育委員会で割れている。長崎、熊本両県は今後の休校にも備えて範囲縮小を決定。夏休み短縮などにより学習の遅れは取り戻せたとして、大分県など3県は例年通りの出題とする。入試は半年後に迫る中、福岡、宮崎両県はなお「検討中」。専門家は「生徒と学校に過度な負担がかからないよう、早めの公表が必要」と指摘する。
 「夏休みに安心して学習してもらいたかった」。九州でいち早く、7月中旬に範囲縮小を発表した長崎県教委の担当者はそう話す。
 除外範囲は、国語の漢文や数学の確率など主に教科書の後半部分で全5教科にまたがる。コロナ感染に伴う再休校を想定すると県内市町の約8割が「範囲の縮減が必要」と回答したのが理由で、1カ月程度の追加休校に対応できるという。
 文部科学省は5月、休校の長期化により受験生が不利益を被らないよう配慮を求める通知を全国の都道府県教委に出した。地域の学習状況を踏まえ、範囲の縮小や問題を選択できる出題方式の採用、面接や作文の活用も呼び掛けた。半数以上の教委から出題範囲縮小の報告があったという。
 7月の豪雨で甚大な被害を受けた熊本県も、さらなる休校を視野に全5教科に除外範囲を設けた。佐賀、大分、鹿児島の3県は例年通り。臨時休校による学習の遅れは「夏休みの短縮などでカバーできた」と大分県。受験生の不安を早めに解消するため、7月下旬に発表した。今後、再度休校になれば出題範囲を再協議するとしている。
 検討中という宮崎県は「学習の進み具合や今後の状況を見極めたい」。福岡県は唯一、公表するかどうかも未定とした。担当者は「範囲を縮小することになって公表した場合、受験生がその範囲を勉強しないかもしれない」と説明する。
 東京大大学院の本田由紀教授(教育社会学)は「臨時休校で学びの欠落が起き、生徒間の学習格差は明らか。地域や学校の対応により差が生じているならば、範囲の縮小が妥当ではないか。基本的な項目のみ問う内容にするなど工夫も可能だ」と指摘。「早めに公表すれば、学校側はゆっくりときめ細かい対応ができる。そもそも範囲縮小は学校現場と生徒の負担を軽減するためであり、公表しないと意味がない」と話している。
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/644397/)
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 新型コロナの影響を考慮して高校入試の出題範囲を素早く変更した長崎、熊本の教育委員会にエールを送りたいと思います。ところで福岡県は一体何をしているのでしょうか。入試が半年後に迫る中で受験生の気持ちを考えないのでしょうか。教育委員会はあくまでも生徒の立場で物事を考えるべきです。従来のような権威主義に陥らず、誰のための教育委員会なのかを第一に考えるべきです。福岡県の担当者のコメントにはあきれます。誰のための入試なのかをもう一度考えてもらいたいと思います。早急な再検討を望みます。

2020年09月20日

#323 秋晴れ

 台風10号は九州各地に暴風をもたらしました。夜半断続的に大風が吹き、熟睡できずに一晩を過ごしました。気象庁の予報では伊勢湾台風並みのスーパー台風でしたが、幸いにも長崎の沖合を通過し、大災害を引き起こさずに過ぎ去っていきました。この台風で空気が入れ替わり、朝晩は涼しい風が吹いて秋らしい雰囲気が漂い始めています。特に今日は朝から過ごしやすい風が吹き続け、久しぶりに庭の草取りをしました。
 当塾には2階にありますが、小さな庭がついています。ひと月ほど前に雑草が生えていましたので、その大半を引っこ抜いたのですが、その後酷暑の中での草取りは熱中症にかかりやすく、涼しくなるまで待っていました。今日やっと秋らしく涼しくなり、ようやく重い腰を上げて草取りをしようと庭をのぞくととんでもない光景を目にしました。
 雑草の生命力はすさまじく、ひと月ほどで庭中に草が茂り、除草するのに1時間ほどかかりました。その結果片づけた雑草の量はゴミ袋7つ分にもなってしまいました。日頃から少しずつ草取りをすれば苦労せずに済みますが、一度にやろうとすれば大きな労力を必要とします。
 これは庭の草取りだけでなく、日頃の掃除や部屋の片付けにも言えます。少しずつ行えば、僅かの労力で済みますが、一度にやろうとすれば、それだけ時間も体力も使います。その前に気力が萎えてしまい、次に回そうとすれば、ますます部屋が混とんとして、整理整頓するのにもっと労力が必要となります。
 何事も気づいたときに即始めることが大切です。物事はその芽が小さいうちに対処することが大切です。健康管理にも同じことが言えます。体調不良の初期には薬等で比較的簡単に対処できますが、そのまま何もしませんと手術等の大きな治療が必要となります。異常を感じた時には早めに病院へ行き対処することが必要です。今日草取りをしながら自分の不作為をひたすら反省する一日でした。

2020年09月13日

#322 大災害にご注意を!

 台風10号が近づいています。近年にない大型台風で、伊勢湾台風に匹敵すると報道されています。午後4時現在は奄美大島近郊にいますが、九州地方はこれから台風の影響を受けることになります。
 他の自然災害と異なり、台風は接近する時間がある程度予想できますので、対策を取りやすく、避難準備がしやすいのですが、それでも強風や大雨による複合災害が起こります。特に停電による大きな被害は実際昨年の千葉県で発生しており、電気が復旧するのに10日以上かかっています。その間事業ができない企業が多く発生しました。
 停電による影響は当塾も免れません。コピー機が使えないので教材がコピーできません。ろうそくを立てて授業することはできないので、電気が復旧する間は休業するしかありません。その後振り替え授業を日曜日に行うなど、大きな負担が生じます。実際今日の補講と明日の授業はすでに中止となっており、後日補講で補います。
 また一般家庭においても、電気・水道などのインフラも停電により止まってしまいます。7月の豪雨では大牟田市内の多くの地区が浸水により数日間の避難所での待機を余儀なくされています。福岡県は夜半から朝にかけて台風10号の最接近を迎えます。充分な警戒が必要です。また明日一日は多くの商店が一時休業になりますので、食料や飲料水の備蓄も大切です。さらに停電の影響も考慮し、少なくとも数日間の備蓄は重要です。どのくらいの被害が出るか想像できませんが、被害ができるだけ少ないことを祈るばかりです。皆様も充分ご注意ください。

2020年09月06日

#321 どうなる日本の将来?

 今日は8月最後の日曜日ですが、相変わらず厳しい残暑が続いています。全国各地で38度を超える気温が毎日続いており、全然8月末の気がしません。9月になっても高温が続くと気象庁は警告しています。
 さて日本国内だけでなかく、世界に大きな衝撃が走りました。長期政権を担ってきた安倍首相の辞任です。安倍首相の功罪はこれから検証されていくことでしょうが、激動の世界情勢にあって、これほど世界を飛び回り各国の首脳と対話を続けてきた首相はいません。特にヨーロッパの各国の首脳たちは安倍首相にトランプ大統領との付き合い方を尋ねたとの逸話が残っているくらいです。
 日本のマスコミは朝日や毎日を始め政府に批判的な姿勢を示すことが多く、必ずしも世論を示しているわけではありません。中には情報操作をするマスコミさえもあります。それゆえテレビや新聞などの報道の真偽には各自が冷静に判断する必要があります。特に市民へのインタビューには様々な印象操作を行っています。各マスコミの真意が何なのか充分考えながらニュースや報道番組に接する必要があります。
 ところで、安倍首相に対して海外はどのような印象を示しているのでしょうか。日本のマスコミが載せないような内容を「海外の反応『パンドラの憂鬱』」より掲載します。
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『豪首相が安倍首相に送ったメッセージが感動的だと話題に』
持病の再発を理由に、昨日辞意を表明した安倍総理。海外での反響は想像以上に大きく、各社が速報で報じ、CNNなどは重要な大統領選の報道を途中で打ち切り、即座に安倍総理の会見を同時通訳で報じたほどでした。
 また、インドネシアのジョコ大統領、英国のジョンソン首相、インドのモディ首相、カナダのトルドー首相、シンガポールのシェンロン首相、ネパールのオリ首相、豪州のモリソン首相、台湾の蔡英文総統、EUの大統領にあたるミシェル首脳会議常任議長、フォンデアライエン欧州委員長など、非常に多くの各国首脳・要人が、自身のSNSで、主に安倍総理のこれまでの外交努力に対して、感謝のメッセージを発信しています。
 特にモリソン豪首相は、ツイッターとフェイスブックに長文を投稿。それが感動的な内容だとして、現地からも感動の声が上がっています。

 「オーストラリアは、日本の首相、安倍晋三氏という、真の友人を得た事に対して感謝の念を抱いています。安倍首相のリーダーシップ、知恵、寛大さ、そしてビジョンは、アジア太平洋地域や世界の平和、自由、繁栄の大義を、これまで以上に広範囲にわたって支えてきました。
 オーストラリアと日本が今、かつてないほど親密になったのは、安倍首相の謙虚さと誠実さによるところが大きいのです。ダーウィン戦没者慰霊碑で、空襲の被害に遭われた方々を偲びながら、安倍首相と並んで花輪を捧げた事を、決して忘れる事はないでしょう。
 安倍首相は友人であり、同時に政治家としての師でもありました。そんな彼が首相の座から離れてしまう事を、非常に寂しく思います。豪州への特別な友情と貢献に対し、感謝を申し上げます。
 妻のジェニーと私は、晋三と昭恵夫人のご健勝をお祈りしています。安倍晋三首相は日本国のために全力を尽くし、日本と世界のために、心から誇れる遺産を残してくれたのです」

以上です。また、首相官邸のホームページにも全く別の内容の長文を投稿。そこでも、安倍総理が豪州の真の友人である事を繰り返し、これまでの貢献に対して、感謝の言葉を送っています。各投稿には、現地から非常に多くのコメントが寄せられています。
その一部をご紹介しますので、ごらんください。

■ モリソン首相による温かいメッセージに感動したよ。
  アベ首相はオーストラリアの真の友人であり続けた。
  難病と闘いながらも、快適な生活を送っていただきたい。

■ ミスター・アベは素晴らしいトップだった。
  こうして外国から敬意を払われるに値するよ。

■ 私も今回の辞任を本当に残念に思ってる。
  素晴らしいリーダーという存在は、
  国家間の関係に違いを作り出せるものなのね。

■ 立派な国の、立派な首相だった。
  健康問題で辞任せざるを得ないなんて、
  本人としてもきっと断腸の思いだろう。

■ 素晴らしいメッセージですね。私たちの首相を誇りに思います。

■ アベさんは良い首相だった。
  後任を務める人も、この荒波と言えるような時代の中で、
  アベさんと同じくらい巧みに国を引っ張っていけると良いが。

■ あれだけのリーダーだったんだ。
  こうして敬意と共に別れを惜しむべきだろう……。

■ 最近は称賛に値するリーダーはめっきり少なくなってしまった。
  だけどアベ首相は紛れもなくその1人だったよ。
  体調が良くなって、今までの仕事に見合う、
  落ち着いた日々を送れることを祈りたい。

■ アベ首相、まずは体調を良くしてください。
  オーストラリア人はすぐに全快する事を祈ってます🙏🙏🙏 

■ 彼は日本で素晴らしい仕事をしただけじゃなく、
  オーストラリアとも緊密な関係を築き上げた。
  俺たちはその事に感謝の念を抱いてるよ�。
(http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-3556.html)
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 総理大臣の役割と重責は大変なものです。新型コロナ発生以来140日余り無休で対応すれば誰でも体調不良になります。潰瘍性大腸炎はストレスにより病状が悪化するそうですので、安倍首相の苦労は一方ならぬものがあったはずです。今は辞任したばかりですので安倍政権に対して客観的な評価を下すには時期尚早でしょう。安倍首相の本当の業績は後世評価されることになるでしょう。
 これからが日本の大きな課題です。誰が時期首相となるのでしょうか。首相の指示で国の進路が決まります。新型コロナへの対応や近隣国への対応など様々な難局が待ち受けています。現代の混迷する世界に日本丸が船出するために、誰が舵を取るのでしょうか。9月中には新しい首相が決まるようです。日本丸よ、お前はどこへ行くのか?

2020年08月30日

#320 「大蛇山」希望の光に

 8月も下旬に入り、今日はいつもより涼しい風が吹いています。午前中は温度計が久しぶりに29度の温度を示していました。あれほどうるさく鳴いていたセミも、役目を終えて亡骸が道端にころがっており、残暑の香りがほのかに漂っています。来週は8月の終わりを迎え、過ぎゆく夏が惜しまれるこの頃です。
 さて、今年の夏はまさに異常続きでした。博多の山笠を始めとする日本中の夏祭りが新型コロナのせいで中止となり、大牟田の大蛇山夏祭りも来年まで延期となりました。市民の間に残念な気持ちが蔓延しています。元来「祭り」は病気退散の意味を持ち、防疫をするためにも神様に祈って行われてきたものです。本来なら祭りを通してコロナを退散させる気を発することができるのですが、現代では「祭り」の真の意味を理解せずに、「密」を避けるために祭りを中止したのは本当に残念です。
 このような残念な状況を打破するために、市内の神社の氏子の方が「ミニ大蛇山」を制作している記事がありましたので、それを転載します。
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『「大蛇山」希望の光に 大牟田の氏子2人が制作』
 新型コロナウイルスの影響で来年に開催延期となった大牟田市の夏祭り「おおむた『大蛇山』まつり」の山車を、同市大正町の三区八剣神社の氏子2人が制作している。「7月の水害からの復興、疫病退散の希望の光になってほしい」との思いが込められており、希望する市内の学校などを近く訪問し、お披露目する計画だ。
 取り組んでいるのは、山車「大蛇山」の制作に十数年携わっている人形師の阿津坂剛秀さん(50)と竹田共秀さん(49)。4月にまつりの延期が決まった後、2人に「大蛇山が見られず寂しい」「就職や進学で地元を離れ、最後の大蛇山だったかもしれない」などの声が寄せられたことを受け、同市大正町の倉庫で6月から制作を始めた。
 大蛇山は、木製の山車に竹や和紙で頭や尻尾などを作り、大蛇のようにかたどられる。実際の大きさは、長さ約10メートル、高さ約5メートル、重さ約3トンだが、今回の山車は実物の3分の2程度。今夏用に切り出していた竹やわらなどを使い、通常は20人ほどで作る工程を2人だけで連日、2時間を費やし、迫力ある頭部(長さ、高さともに約2・5メートル)を作り上げた。現在は、色塗りなど仕上げ作業に追われている。
 完成後は、申し込みがあった幼稚園や小学校、高齢者福祉施設などを訪れ、自由に触ってもらい、太鼓や笛などのおはやしも体験してもらうことにしている。
 2人は「まつりの延期に加え、豪雨による甚大な被害も出た。少しでも、まつりの雰囲気を味わってほしい」と話している。
(https://www.yomiuri.co.jp/local/fukuoka/news/20200820-OYTNT50079/)
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 各市町村には長らく続いている地元の祭りがあります。なかには祭りの起源が奈良・平安時代まで遡るものをあります。その氏子たちが祭りを継承し、その地区の文化的伝統をつないでいます。大牟田にも大蛇山があり、毎年多くの市民で賑わっています。来年こそは勇ましい大蛇山の雄姿を見たいものです。

2020年08月23日

#319 縁を生かす

 大牟田市の公立小中学校は今日から学校が再開しました。夏休みは8月8日から17日までの10日間しかありませんでした。新型コロナの影響で3月から3か月間の休校措置のあとなので夏季休暇が短いことは分かりますが、35度を超える残暑の中ではエアコンがなければ授業にならないでしょう。また生徒だけでなく教員側も休みが取れず、酷暑の中で生徒指導を行わなければならず、例年以上の疲労が蓄積するはずです。
 さて、私が非常勤講師をしています明光学園では昨日2学期の始業式が行われ、午後は教員研修会が行われました。研修会の冒頭でシスターが珠玉の話を紹介されましたので、本日はその話(実話です)をご紹介します。

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『縁を生かす』
 その先生が5年生の担任になった時、一人、服装が汚くだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。
 ある時、少年の1年生からの記録が目に止まった。「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。
 2年生になると、「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。3年生では、「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」。後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、4年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」先生の胸に激しい痛みが走った。
 ダメと決め付けていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として、自分の前に立ち現れてきたのだ。先生にとって目を開かれた瞬間であった。
 放課後、先生は少年に声をかけた。「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?分らないところは教えてあげるから」
 少年は初めて笑顔を見せた。 それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で少年が初めて手を上げた時、先生に大きな喜びがわき起こった。少年は自信を持ち始めていた。
 クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
 雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。「ああ、お母さんの匂い!今日はすてきなクリスマスだ」
 6年生では先生は少年の担任ではなくなった。卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。「先生は僕のお母さんのようです。そして、今まで出会った中で、一番すばらしい先生でした」
 それから6年。またカードが届いた。「明日は高校の卒業式です。僕は5年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」
 10年を経て、またカードがきた。そこには先生と出会えたことへの感謝と、父親に叩かれた体験があるから、患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。「僕はよく5年生の時の先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、5年生の時に担当してくださった先生です」
 そして1年。届いたカードは結婚式の招待状だった。「母の席に座ってください」と一行、書き添えられていた。

鈴木秀子 「縁を生かす」 『致知』(2009年12月号)より
(http://www.foster1.com/article/14595216.html)
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人生において様々な出会いは偶然ではなく、縁によって生じます。親子や兄弟姉妹の縁、夫婦の縁、友情、師弟関係、すべて有縁によるものです。特に多くの人と接する教員は様々な出会いを体験します。出会う生徒や保護者、そして周囲の同僚など不思議な縁でつながっています。良縁や悪縁などもすべて自分で引き寄せたものです。様々な良き出会いを通して、自分がどれだけ成長できるかが人生の目的かもしれません。「人生は旅」に例えられるゆえんです。

2020年08月18日

#318 日本社会5つの予言

 今年のお盆は新型コロナの影響で帰省客が例年の1/3ほどになっているそうです。確かにニュースで新幹線やJRなどで帰省する場面が映りましても、空席が目立っています。羽田空港のロビーも例年のような混雑状態が見られません。新コロは私たちの健康面だけでなく経済にも大きな打撃を与えています。このような状況下で、今日面白い記事を見つけましたので転載します。かなり長い記事になりますが、どうぞ最後までお読みください。

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『コロナで様変わりする日本社会「5つの予言」、秋以降は他人事ではない』
<コロナ禍によって、今何が、なぜ起きているのか>
 新型コロナに関する政府の対応について、「意図がよくわからない」という意見をよく耳にするようになりました。その典型が、コロナ禍でのお盆の帰省問題です。行政の対応が分かれて、東京都知事が「帰省はお控えいただきたい」と意見する一方で、安倍総理は記者からの質問に対して、国民のお盆の帰省自粛は特に求めませんでした。
 国民一人ひとりが判断せざるを得ず、結果として今年のお盆は帰省を自粛する人が多い一方で、例年のだいたい3分の1の人が帰省するといった状況で、国民の判断が分かれています。行政が自粛判断を差し控える中で、新型コロナは徐々に全国に広まりつつあります。そこで、政府の対応がとても無策に感じるという人が多いのです。
 なぜ、行政がこのようなちぐはぐな対応をしているのでしょうか。このことも含めて、コロナ禍によって、今何が、なぜ起きているのか、そしてこれから何が起きるのかを、我々は知っておく必要があります。私の近著『日本経済予言の書』をはじめ、これまでお伝えしてきた未来予測の話をもとに、お話ししたいと思います。
 これから年末にかけて日本の政治・経済面で起きることは、以下の「5つの予言」でまとめることができそうです。

【予言1】大半の人にとってコロナショックは、生死のリスク以上に経済のリスクが大きい。
【予言2】日本政府は国民に「外に出ろ」と言い、国民は「出たくない」と言うようになる。
【予言3】夏のコロナの死者数は有意に少ないが、11月から2月にかけて死者数は急増する。
【予言4】コロナの経済被害は、とりわけ特定業種に集中する。
【予言5】コロナによる構造改革で、企業の業績はむしろ向上するケースが出てくる。
この順序で、今起きていることとこれから起きることを解説していきたいと思います。

【予言1】大半の人にとってコロナショックは、生死のリスク以上に経済のリスクが大きい
 この予言について、まずは大前提となる数字ですが、これまでの新型コロナの死者数は1060人(8月12日時点)です。後で述べるように、この死者数は今年の冬にはさらに増加するリスクが高いのですが、少なくとも今のところはこの程度の被害で収まっています。
 これはたくさんの方々の献身的な努力の賜物ですが、冷静に捉えるとこの数字は、猛暑だった2018年の熱中症の死者数(1581人)よりも小さいのです。同様に交通事故死は3000人となっており、インフルエンザは推定値ではありますが、年間1万人が関連死しているという数字があります。
 「人命は何よりも尊い」と言いますが、だからといって「車は売るべきではない」「インフルエンザの流行中はリモートワークを」とは誰も言わない。これは自動車事故にしても熱中症にしてもインフルエンザにしても、それらのリスクと共生しなければいけないことを前提に、社会が回っているからです。
 新型コロナの問題は実はここにあって、新しい災厄であるがゆえに、例外的にこうした「割り切り」が、まだ世界全体でできていないのです。そのため行政は、責任を取りたくない気持ちが強く、新型コロナを一番リスクが高い指定伝染病に設定して、医療現場や社会への負担を高めてしまっています。
 本来、政治が取り組まなければいけないことは、新型コロナのリスクを社会の中でどのレベルに設定するかということなのですが、現政権はそこを巧みに議論せずに避けています。そのことにより、大半の国民は新型コロナによって、生死にかかわるリスクよりも経済的なリスクによる打撃を強く被っているわけです。これは多くの国民にとって、すでに起きていることです。

【予言2】日本政府は国民に「外に出ろ」と言い、国民は「出たくない」と言うようになる
 この予言は、私が5月9日に記事に記したものです。新型コロナが生死以上に経済へのリスクが大きいことがわかると、政府は(5月25日の)緊急事態宣言解除後は、手のひらを返したように国民に「外に出てお金を使ってくれ」と言うようになるだろうという、当時の予測です。
 この予言は、その通りに的中しました。「Go Toキャンペーン」の迷走から、冒頭で触れたコロナ帰省を自粛させないことまで、今の政府の対応をぴたりと言い当てています。
 そもそもGo Toキャンペーンの後に沖縄では感染爆発が起き、県の人口当たりの新規感染者数は東京の2.5倍に達し、現場では病床が不足するなど医療崩壊も起きています。それでも政府は国の問題としては捉えず、東京以外の道府県から沖縄への旅行客に対して半額補填を継続しています。
 なぜ政府は、このようなおかしなことをしているのでしょう。理由は2つあります。1つは、7月に起きた第二波ともいうべき再流行では重症化患者や死者が目に見えて少ないこと。そしてもう1つは、観光業界が壊滅的な打撃を受けている中で、国民の目が外に向いている今のビジネスチャンスは、10月で終わることがわかっているからです。
 国民からの批判を考えると、【予言1】で指摘したように、「重症患者が少ない新型コロナは、この夏においては生死の問題よりも経済問題として取り扱う」ということを、政府は口が裂けても言えません。しかし、やっている政策を見れば、コロナ問題をそのように扱っていることは明白です。そして国会を開かず、議論の余地をなくして現在の政策を続ける最大の理由は、次の【予言3】で述べるように、「おそらく秋になると、この状況が急変するから」です。

【予言3】夏のコロナの死者数は有意に少ないが、11月から2月にかけて死者数は急増する
 これは医学ではなく統計学的な分析からの予測です。今、世界のコロナの死者数が一番多いのはアメリカの16万人で、それに次ぐ第2位がブラジルの10万人となっています。ところがブラジルは、今年の4月までは新型コロナの死者数が非常に少なかったことが知られています。
 実際、4月15日時点で人口100万人あたりの死者数を比較すると、当時コロナが最も猛威をふるっていたイタリアでは350人でしたが、ブラジルは7人でした。当時ブラジルの死者が少なかった理由は、南半球のブラジルが夏だったからだと考えられています。
 しかし5月に入ると(日本の11月に相当)ブラジルでは100万人あたりの死者数が37人と増加し始め、8月(日本の2月に相当)には480人に到達し、世界第2位の死者数を出す段階まで来てしまったのです。
 あくまで医学的な根拠ではなく、統計分析からの推論ではありますが、今日本で重症化する新型コロナ感染者が少ない理由は、「ブラジルでも夏は少なかったのと同じ現象」といえる可能性があります。猛暑が長引けば、日本人にとって良い状況は10月くらいまで続くかもしれません。
 そうなると日本にとっての問題は、11月以降です。感染者数を比較すると、8月は4月のピークよりも1.5倍くらいに増加していて、政府の対策的にもその数字が減らない構造(つまり、外出自粛などを強制していない)となっています。秋までは、このような状況が広がっていくことが予想されます。
 そしてブラジルと同じように、日本でも秋に入り重症化率が高まるとしたらどうでしょう。今年の5月までの流行では1000人程度で収まった死者数が、この冬の流行では医療崩壊が起きなかったとしても、人口100万人あたり3ケタ、つまり1万人超に到達するリスクが控えているのです。
 そうなると、再度の緊急事態宣言は避けられない。だからこそ政府は今、感染者数が増加していても、重症者が少なく病床に余裕があるという理由から、感染増をあえて問題視しない姿勢を見せているのです。

【予言4】ロナの経済被害は、とりわけ特定業種に集中する
 さて、ブラジルが10万人、アメリカが16万人といってもそれらの国々の人口を考えれば、無事に生きている人の数の方がはるかに大きい。もしも日本でそこまで感染が広まったとしても、やはり新型コロナの最大のリスクが経済災害であることには変わりはありません。
 自宅に籠ることが増えた消費者の買い控え現象から、現在の経済災害が始まっているのですが、秋口にもっとはっきりしてくるのが、耐久消費財や出費の大きなサービスに対する買い控えです。特に被害が大きいのは、自動車でしょう。
 その理由は、新型コロナで打撃を受ける自動車、耐久消費財、旅行、住宅といった業界は、すべて経済学で言うところの「所得弾力性」が高い業界だからです。不況で国民の収入が減ると、真っ先に節約されて売り上げが減る。これを「短期の所得弾力性が高い」というのですが、中でもとりわけこの数値が高いのが自動車です。実際、リーマンショック時にはトヨタ自動車の売り上げは5.8兆円も減少しました。
ヨタはそれでも何とか持ちこたえるでしょうが、問題になるのは地方の旅館やホテル、家具店や工務店といった業種です。これらの業種は中小資本が多いため、経営が傾くと破綻に至るケースが多くなる。そしてそれが、地方銀行などの中小金融機関の経営を直撃します。新たな金融ショックが生まれる可能性も含めて、この冬の日本経済はまったく安心できないのです。

【予言5】コロナによる構造改革で、企業の業績はむしろ向上するケースが出てくる
 さて最後に、一見良いことに思えるものの、よく考えると背筋が寒くなるようなコロナの変化について予言しておきます。【予言4】で触れた苦しい業界とは逆に、新型コロナの影響で業績がむしろ良くなるといった企業も続出するのではないかといわれています。
 これは、インフラ企業や生活必需品を扱う企業など、新型コロナで売り上げがそれほど減らない業種にその効果が集中する現象です。そうした企業がコロナ対応でリモートワークを余儀なくされているうちに、体質がスリム化して、構造改革が進む例が増えているのです。
 新型コロナがもたらした新しい日常では、それまで当たり前と思ってきた仕事の慣行が実は必要ないことがわかってきました。社内でも取引先でも、仕事上の根回しや儀礼的な行動を重んじる文化が薄れ、会議や直接訪問がなくなっています。
 職場では残業や出張が減るわけですが、その結果、当然のように人件費や旅費交通費といった経費も減っていきます。そして企業は、それらのメリットを実感するようになれば、従来ほどの数の社員が要らないことがわかるのです。
 つまり企業は、新型コロナのお陰で不要な人を切ることができる。生き残りのための経営改革を断行するという、大義名分が手に入るからです。

<生活の根幹が崩れるリスクも「自分事」として対処せよ>
 企業にとって一番重要なことは、どのように経営前提が変わったとしても利益を生み出し続けることです。そうでなければ、資本主義社会では投資が起きず、経済も発展しません。よって、本質的にはすべての企業が利益を出すことに向けて、一斉に行動をとる。新型コロナで日本全体の経済需要が冷え込む中、体質のスリム化によるコスト減が対策として一番効果が高いのです。
 日本のあらゆる企業が、リモートワークとそれによるデジタルトランスフォーメーションの効果を実感する中で、人を雇う需要が減っていけば、行きつく先は「失業大国日本」という現実です。そんな怖い話が、見え隠れし始めたのです。
 さて、最後にひとこと申し上げておきます。予言というものは、「このままいけば高い確率でそうなりそうなこと」です。ですからここで取り上げた予言については、それを回避する道もあるはずです。これまで起きてきたことを理解するだけでなく、それをどうすれば変えられるのか――。われわれ一人ひとりが「自分事」として、考えていかなくてはいけないのです。(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)
(https://diamond.jp/articles/-/245385)
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 新コロは日本だけでなく世界中の国々に大きな影響を与え続けています。特に航空産業では多大な被害が出ています。上記の5つの予言は果たして当たるでしょうか。今後の推移を注視していく必要がありそうです。

2020年08月14日

#317 75回目の夏

 毎年8月は私たち日本人にとっては鎮魂の月です。8月6日の広島、9日の長崎、そして15日の終戦記念日と続きます。その間にソ連軍の侵略による樺太や満州での殺戮行為など、戦争の残虐な面が一度に表面化した時期でもあります。
 昨夜NHKのETV特集「焼き場に立つ少年を探して」が放送されました。昨年のこの時期にもブログ#253で紹介しましたが、ローマカトリック教皇がこの少年の写真を紹介したことで、この写真が世界中に知られることになりました。
 ETVの特集番組によると、長崎に投下された原爆後に戦災孤児になった子どもが多く発生して、写真の少年もその一人だったと説明しています。また写真をコンピュータで分析した結果、少年も被爆しており、目や鼻から出血した跡が見られるとのことでした。この少年は亡くなった弟を荼毘(だび)にした後に、どことなく去って行ったということでした。このような戦災孤児は長崎県立の向陽寮で70人ほど生活したとETVは説明していますが、はたしてこの少年がそこで暮らしていたかは語っていません。
 歴史は奇妙に繰り返すことがあります。第1次世界大戦中のスペイン風邪が世界各地で発生し、その後に世界恐慌が発生します。そして第2次世界大戦へと続いていきます。今回の新型コロナウィルスが現在米中の対立を引き起こしていますが、はたして世界はこの先どのような状況を迎えることになるでしょうか。同じ道を繰り返さないように私たちは注意して世の中の動きを見ていく必要があります。
 75年前の悲惨な状況を二度と繰り返さないように、私たち一人ひとりがこの国をと世界の情勢を注視していかなければならない時期に来ています。今日の日本の平和があるのは75年前の終戦から立ち上がって必死で頑張ってきた私たちの祖父母の世代の人たちのおかげです。日本がこれからも平和な国を維持していけるかどうかはすべて今の私たちにかかっています。今日9日は長崎に原爆が投下された日です。長崎は今日鎮魂の鐘が街中に流れています。

2020年08月09日

#316 ついに夏が来た!

 長かった梅雨もようやく明けて真夏らしい日々が続いています。夜明けとともにセミが鳴き始め、うるさいほどの蝉時雨が午前中続きます。あの鳴き声に何となく耳を澄ませますと、高音域の音が段々聞こえにくくなるのは私だけでしょうか。数分間蝉時雨を聞いていますと耳に入ってくる音がこもった感じがして、しばらく高音が聞き取りにくくなります。軽い難聴のような状態になります。それほどうるさい今年の蝉時雨です。
 今年の梅雨は全てにおいて異常でした。大牟田を始め多くの地域で大雨や川の氾濫で大きな水害の被害を受けました。まだ後片付けが終わっていない地域が多くありますが、炎天下の下で作業が大変と思います。熱中症に充分注意してもらいたいと思います。
 また新コロの影響で今年の子どもたちの夏休みが大変短くなっています。大牟田地区の小中学校はでは8月6日に終業式を迎え、10日ほど夏休みを過ごした後、17日より2学期が始まります。教育委員会は授業の遅れを懸念して、授業時間を確保するためにこのような特別措置を行うのでしょうが、被害を受けるのは子どもたちです。ここ数年で教室にエアコンが準備されましたが、体育館は真夏の炎天下の気温と同じで、その中で体育をする生徒たちは大変です。室内でも熱中症になりますので、学校側は十分な配慮をする必要があります。
 さらに大牟田では新コロ患者の急増により、中学校では夏休みの部活動がすべて中止になったと聞いています。Go to トラベルのせいで全国的に新コロ患者が広がっていますので、その影響が全国各地に出ています。沖縄や岐阜では独自の非常事態宣言を出しています。政府は重症患者が増えない限り緊急事態の再宣言しないと言っていますので、私たち一人ひとりが新コロに感染しないように充分健康管理に留意しませんと大変なことになります。感染症の専門家はWHOに対して空気感染の恐れがあると懸念を表明していますが、空気感染では周囲に濃厚接触者がいない場合でも、結核菌のようにいつでも新コロにかかる可能性が大きくなります。感染拡大が収まるまで家にいた方がよいでしょう。
 とにかく今夏は旅行等で出かけるよりも家でゆっくり過ごす方が良いようです。昨年は猛暑の日々が続きましたが、今年はどうなるでしょうか。新コロに対する免疫力を増やすために、とにかく体力をつけて頑張って暑い夏を乗り切りましょう。

2020年08月02日

#315 私をお使いください

主よ 今日一日 
貧しい人や病んでいる人々を助けるために
私の手をお望みでしたら
今日私のこの手をお使いください

主よ 今日一日
友を求める小さな人々を訪れるために
私の足をお望みでしたら
今日私のこの足をお使いください 

主よ 今日一日
優しい言葉に飢えている人々と語りあうため
私の声をお望みでしたら
今日私のこの声をお使いください 

主よ 今日一日
人というだけでどんな人々も愛するために
私の心をお望みでしたら
今日私のこの心をお使いください 
(https://www.youtube.com/watch?v=c7GhyHbT3j0)
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 上記の歌は「マザーテレサの祈り」としてミッションスクールで歌われている聖歌の1つです。私の好きな歌の一つでもあります。マザーテレサはご紹介するまでもなく、インドのコルカタ(旧カルカッタ)で「死を待つ人々の家」というホスピスを開設し、世の中から見捨てられ、死にゆく人達を最後まで看病したことで知られています。一生をかけたその偉業に対し、1979年にノーベル平和賞を受賞しています。上記の聖歌はマザーテレサの祈りの一節を歌にしたものです。(この聖歌をお聴きになりたい方は歌詞の最後にありますYouTubeにアクセスしてください。)
 今日の世界では貧富の差が拡大し、富める国と貧しい国の格差がますます大きくなっています。さらに新型コロナの影響で様々な業種の人々の営業活動がままならず、経済的な苦しみが増えています。
 さらに、先日の九州地方を始めとする全国各地の水害で家を失った多くの人々が今でも苦しんでいます。多くのボランティアが必要なこの時期に、新型コロナの影響で充分な数のボランティアを確保できずに多くの自治体が水害後の後片付けに苦労しています。今年のような水害は今後も毎年発生する可能性があります。他人事ではないのです。
 このような状況で私たちができることは、聖歌「私をお使いください」にあるように、動ける者は手足を動かして弱者を助け、動けない者は募金などで金銭的な支援を行い、自分のできる範囲で他者に奉仕することです。
 「情けは人のためならず」(人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分にもどってくる、の意味)と言いますが、いつ何時自分が地震や水害などの災害の被害者になるとも限りません。様々な形で他人のお世話になることが多々あります。そのために様々な形で日頃より奉仕の精神を培うことが大切です。今回の大牟田の水害で、ふとこのようなことを考えてみました。

2020年07月26日

#314 三峡ダム危うし!

 梅雨末期の集中豪雨が一段落して、全国各地の被災地は後片付けに追われています。ここ大牟田でも特に被害が大きかった三川、三里地区では住民の方々が毎日後片付けに多忙の日々を送っています。九州北部の梅雨明けの平均日は7月19日となっていますが、天気予報を見ますと、まだ梅雨明けには程遠く、今後1週間は曇りや雨の予報が出ており、このままでは月末に梅雨明けの発表がありそうです。今年の梅雨は今までにない梅雨と後世に記憶されるかもしれません。
 さて、この異常な梅雨は日本だけではありません。日本ではあまり報道されませんが、中国の梅雨による洪水の被害がネットで大きな話題となっています。梅雨前線は日本特有のものではなく、はるかインドから連なるもので、中国版部を経由し、日本列島まで伸びています。その中国でとんでもない洪水が中国南部いたるところで発生しています。中国では河川流域の約1500万人に避難指示が出ています。また一番危惧されているのが世界一の三峡ダムの決壊です。中国メディアでは詳細を報道しませんが、ネットでは詳しい情報が数多く出されています。今日はその中の1つの情報を紹介したいと思います。
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『中国で豪雨被害が深刻化 死者・不明者141人、約3800万人が被災』
北京=三塚聖平】中国国営中央テレビ(電子版)は13日、中国南部など幅広い地域で6月から続く記録的な豪雨による洪水などで、これまでに27省市・自治区で延べ約3800万人が被災し、死者・行方不明者が計141人に上ったと報じた。建物2万8千棟が倒壊などの被害を受けたという。中国当局は今後も数日間は大雨が続く可能性が高いとして警戒している。
 豪雨による被害は、長江流域を中心に深刻化している。長江の中・下流や周辺の湖などで水位の上昇が続き、212の河川で水位が警戒ラインを超した。湖北省などで土砂災害も発生し、経済的な損失も拡大している。
 中国紙、湖北日報(電子版)によると、長江中流にある世界最大級の「三峡(さんきょう)ダム」では、下流地域での増水を抑えるため、放水量を減らしているという。
 習近平国家主席は12日、水害対策と災害救助を強化するよう「重要指示」を出した。国営新華社通信によると「最大の努力を尽くして、人民の生命と財産を守らなければならない」と強調し、軍などに積極的な対応を求めた。
(https://www.sankei.com/world/news/200713/wor2007130018-n1.html)
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 また三峡ダムの決壊を危惧するニュースも数多く出されています。その中の1つを紹介します。
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『三峡ダム、警戒水位5.5メートル超え—仏メディア』
2020年7月12日、仏国際放送局RFIの中国語版サイトは、長江にある世界最大級の三峡ダムが、警戒水位を5.5メートル超えたと伝えた。
記事は、「長江水利委員会水文局の水位・水量予報所の専門家によると、暴雨の影響で長江上流から三峡ダムへの流入量が増加しており、新たな洪水が発生する可能性がある」と紹介。11日午後8時の時点で三峡ダムの水位は150.5メートルに達し、警戒水位を5.5メートル超えたという。「洪水調節に基づき、12日からダムの放流量を増やして毎秒3万9000立方メートルとするが、この流量は72時間後に武漢市に到達する見込み」と伝えた。
 記事はまた、中国メディアのこれまでの報道を基に、「6月29日に三峡ダムの水位はすでに147メートル近くにまで達しており、警戒水位を2メートル超えていた」と紹介。「放水量を毎秒3万5000立方メートル以上とすることに決定したが、これは長江の中下流域にとっては洪水防止の大きなストレスになっていた」と説明した。
 そこで三峡ダムは、7月6日午前8時から毎秒3万5300立方メートルだった放水量を7月11日午前8時には毎秒2万2000立方メートルにまで徐々に下げた。これにより武漢市の10日の水位は前日比で9センチ上昇にとどまった。しかし、暴雨の影響で三峡ダムでは水位が150.5メートルに達し警戒水位を5.5メートル超えたため、当局は放水量を毎秒3万9000立方メートルにまで増やすことにしたという。
 中国メディアによると、7月12日午後1時の時点で武漢市漢口の長江の水位は28.7メートルに達し、観測史上4位の水位となり、一部の水位は市内の主要道路より高くなったという。湖北省では9日に水害防止レベルを3級から2級に引き上げており、すでに902万人が被災している。省都の武漢市の状況も深刻だといい、現地メディアによると11日の時点で長江漢口の水位は28.38メートルに達した。この水位は観測史上5位の高さだという。
 長江流域の他の地域も楽観はできないようだ。記事によると、12日午後の時点で南京下関では水位が10メートルに達し、警戒水位を1.3メートル超えた。これは観測史上最高の10.22メートルに迫るもので、三峡ダムができてからは初の10メートル超えだという。
 江西省も同様で、10日に鄱陽湖の水位が1998年に記録した観測史上最高の22.52メートルを超えた。九江市内の水位も上昇し続けており、警戒水位を3メートル超えたため、一部の住民に避難命令が出されたという。(翻訳・編集/山中)
(https://news.biglobe.ne.jp/international/0714/rec_200714_1487300787.html)
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 最近の梅雨時の大雨は太平洋やインド洋の海水温の上昇により、多量の水分が梅雨前線を刺激しているとの研究もあります。今年は台風の発生が少ないようですが、今後発生する台風も大型化が懸念されています。梅雨時の集中豪雨の次は台風による豪雨や暴風に充分注意する必要があります

2020年07月19日

#313 大牟田水没!

 梅雨末期の大雨で日本中で河川の氾濫や山崩れなどの被害が出ています。先週の熊本県南部の水害を始めとする大災害がここ大牟田でもついに発生しました。これまで大牟田は地震などの自然災害が少なく、台風の直撃を受けることも少なく、自然環境に恵まれた街でした。
 しかし今度の水害は今まで体験したことのない大災害となってしまいました。7月6日の午前中より激しい雨が降り始め、明光学園では3時間目で授業が終了し、生徒たちは下校しましたが、昼過ぎより豪雨となり、JRや西鉄電車が運休し、近隣の学校では帰宅できずに学校で待機する事態となったようです。実際2時半頃から豪雨が始まり、ほんの数時間で洪水被害が発生しています。
 特に大牟田市の南部を流れる諏訪川下流の南部(三川・三里地区など)が大規模に浸水し、多くの家屋や車が被災しました。水深2m以上の地区も多く見られ、ニュースで報道された「みなと小学校」では80名以上の児童が帰宅できずに学校で一夜を過ごしました。自衛隊がボートで児童たちを救出したニュースが全国に流れましたので、ご覧になった方もいらっしゃると思います。
 また諏訪川南部だけでなく市内の多くの場所で豪雨による床下・床上浸水が発生し、場所によっては1~2mほどの浸水を記録しています。当塾は高台にありますので被害はありませんでしたが、すぐ前の国道208号線を下ったところにある宅峰中学校近くの右京町交差点は少し雨が降っても浸水します。今回も大規模な冠水が発生し、ニュースでも真っ先に採り上げられました。
 実家の方は幸い浸水被害はありませんでした。しかし宅地を50cmほど盛り土していますが、それでも玄関のところまで水が上がってきました。道を隔てた隣の病院は道路と同じ高さで建築されていますので、玄関から50~60cmほど冠水しており、高価な医療機器が浸水し、医療ができない状態が続いています。
 今回の大水害で反省すべき点は、地震と同じく水害もどこで発生してもおかしくない状況が日本各地で発生しているということです。気象庁は数十年に一度の災害と言っていますが、ここ数年のあいだ大水害は毎年のように発生し、そのたびに多くの貴重な人命が失われています。このような悲劇を繰り返さないように、私たち一人ひとりが災害が起きる前に早めに避難することを心がける必要があります。自分の命は自分で守らなければなりません。
 今回の大水害では大牟田で2人が亡くなられています。そのうちの一人の80歳過ぎの体の不自由な女性は2度電話したにもかかわらず救助が来なかったそうです。その時間帯に400件以上の救助要請があったと聞いています。結局、救助隊員が数時間後に救出に向かいましたが、心肺停止の状態で発見されています。
 このような悲劇を避けるためにも日頃より隣近所に声をかけ合うような人間関係を築く必要があります。梅雨はまだ終わっていません。今年は梅雨末期の状況が長く続く傾向があります。いつ何時また災害が発生するとも限りません。梅雨が明けるまで充分な警戒を取る必要があります。

2020年07月12日

#312 香港は死んだ!

 また今年も梅雨末期の大雨で大きな犠牲者が出ました。線状降水帯による大雨で、熊本県南部の球磨川が氾濫し、数十名の死者・行方不明者が出ています。報道番組で洪水の激しさを映像で流しています。今回の災害は未明に発生し、わずか数時間で最大10メートルの浸水が発生したそうです。今週中はまだ激しい降雨が予想されますので。特に川の近くにお住まいの方は川の増水に対して厳戒態勢でお願いします。
 さて、世界中に衝撃が走りました。7月1日は香港が1997年にイギリスから中国に返還された記念日ですが、返還後50年間は香港に1国2制度を約束していた中国がこの記念する日に「香港国家安全維持法」を施行しました。そして抗議のデモ隊に対して数百人が逮捕されました。この「国安法」に基づいて中国政府は最低3年の禁固から無期懲役まで人権を無視して自由に法を利用できます。つまり中国共産党に歯向かうものは誰でも処罰できる法律です。さらにこの法律が悪辣なのは中国に敵対する外人に対しても適応可能であると国安法に書いてあることです。
 世界が新型コロナウィルス対策で右往左往する中で、火事場泥棒的に新しい法律を制定し、ただちに施行したことに中国の恐ろしい現状が垣間見えます。日本のマスコミはほとんど報道しませんが、中国の悪企みは香港に対するだけではありません。チベットへの殺戮虐待、民族浄化や新彊ウィグルにおける数百万人の強制隔離などはアウシュビッツ強制収容所でのナチスドイツの蛮行に匹敵する行為が平然と行われています。ここでは詳細は省きますが、言葉にするだけでもおぞましい行為が日々行われています。
 このことは対岸の火事ではありません。実際、尖閣周辺で中国当局の船が確認されるのは83日連続で、日本の領海である尖閣に我が物顔で踏み込んでくる様は異常としか言えません。日本はじっと我慢していますが、中国と日本の間に尖閣を巡る衝突が生じた場合に、中国は自国の領土として尖閣を占領するでしょう。この微妙な関係がどこまで続くか、日本政府も思慮深く対応するしかありません。中国が尖閣を狙う理由はずばり尖閣周辺に存在する「海底油田」の存在です。かつては見向きもしなかった絶海の孤島に海底油田が発見されて以来自国の領土を主張しています。
 さらに、南シナ海を中国は「自分のものだ」と主張し、周囲のフィリピン、カンボジア、ベトナムなど力の弱い国々に圧力をかけています。中国は古代より常に拡張主義を取り、周囲の国々や地域に侵略し、自分のものにしてきた歴史があります。欧米や日本のような民主主義国家とは異なり、共産党支配による独裁国家です。中国国民のための国家ではありません。共産党が一声を発すれば国全体が動きます。一例として、新型コロナ対策として武漢のような大都市を即座に封鎖する力を持っています。
 このような独裁国家が新型コロナの影響下にどのような行動を起こすか注視する必要があります。香港の次は台湾、そして尖閣、さらに沖縄を奪取することも考えています。「沖縄?」と思われる方もおられると思いますが、中国は沖縄を日本とは思っていません。琉球王国と中国の朝貢関係を今でも考慮し、沖縄からの援助があれば即座に琉球王国保護の名目で沖縄に侵攻することでしょう。このことは沖縄関係の専門家も声をそろえて危惧しているところです。
 日本は70余年平和を満喫してきましたが、その間世界は大きく動いてきました。日本がこれからも自由な国であるために、周辺の国々、特に中国や北朝鮮に常に注視する必要があります。
 現代の戦争は核兵器による戦争ではありません。核を使用すればお互いが消滅する可能性が大きいからです。現代の戦争は情報戦です。簡単に言えば、武器を使わずに敵国を弱らせ、内部崩壊させることです。今のアメリカが良い例です。白人警官が黒人を殺したことで発生した様々なデモや破壊行動の裏で誰が指導し援助しているのか、冷静に見ていく必要があります。現代史は5~10年単位で動きます。今から10年後にどのような世界が登場しているか、平和な世界か争う世界か、あくまでも私たち生きている人々の生き方、行動の仕方によります。

2020年07月05日

#311 朗報!ジュンク堂営業継続へ

 昨日は降れば土砂降りの雨模様で、久留米市では記録的豪雨が降りました。また今日は一転して梅雨明けを思わせるような晴天が朝から続いています。まだ梅雨はしばらく続きますので十分な雨対策を続ける必要があります。
 さて、本ブログ#309でジュンク堂が今月末で閉店するとお伝えしましたが、昨日の新聞記事で営業用の仮店舗が見つかり、8月からの営業再開が決定したようです。西日本新聞よりその記事を転載します。
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『ジュンク堂福岡店が一転営業続行へ 天神西通りに仮移転、8月オープン』
 入居ビルの再開発に伴い6月末で一時閉店を予定している福岡市・天神のジュンク堂書店福岡店が、近隣の天神西通りにあるビルに仮移転し、8月上旬にオープンすることが分かった。福岡店はこれまで仮移転先の物件探しが難航し、現在地に2024年末完成予定の再開発ビルに再出店するまで営業を休止する見通しだったが一転、天神エリアで継続することになった。
 丸善ジュンク堂書店(東京)によると、仮移転先は現店舗の南西約500メートルにある同市中央区大名1丁目の商業ビル「西通りスクエア」(地下1階、地上4階)。外資系衣料専門店「フォーエバー21」が入居していた施設南側の地上1~3階で展開する。売り場面積は約2400平方メートル、蔵書数は50~70万冊。店名は変えない。
 天神西通りは天神エリア西側に位置し、百貨店やアパレル専門店、飲食店などが集積し、昼夜を問わず人通りが多いエリア。売り場面積は現店舗(約6800平方メートル)の約3分の1、蔵書は約140万冊から半減するが、恵まれた立地条件を生かし、若者向け文具・雑貨類も強化し集客力を維持するという。
 同書店によると、福岡店が4年半の休業に踏み切る見通しを本紙が5月下旬に報じたところ、同書店や福岡店に複数の地元不動産関係者らから移転先の申し出があり、6月上旬から急ピッチで協議を進め決定したという。
 同書店は「仮移転先探しをあきらめかけていたところ、記事の反響が大きく、福岡店がいかに多くの市民に親しまれているかが分かった。天神エリアで営業を続け、再出店につなげたい」としている。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/620705/
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 上記の記事によりますと、売り場面積は小さくなりますが、旧店舗同様のサービスが受けられますので、月1,2回ジュンク堂に行き、参考書や問題集等を購入して無料宅配便を利用している私にとってありがたいことです。
 最近は少なくなりましたが、以前所用で東京へ行く度にジュンク堂池袋本店に立ち寄りました。福岡店とは異なり、本店は9階建てのビルで本当に様々なジャンルの書物が置いてあるのには驚かされます。東京へ行かれる方で、半日ほど自由時間が取れる方には書店巡りをお勧めします。紀伊国屋新宿本店、お茶の水(小川町)三省堂本店、丸の内丸善本店、八重洲ブックセンター、そして池袋ジュンク堂本店がお勧めです。古書店巡りが好きな方は神田神保町の古書店がお勧めです。およそ150店ほどの店があります。
 出版業界は昨今の活字離れの影響で大きな影響を受けています。またネットの普及とともに本のデジタル化も進み、書店で本を購入しない傾向が続いています。町の小さな本屋さんを守るためにも、文庫本や新書一冊を買って本屋さんを支えていきたいものです。書店の大小にかかわらず、書物を国内に幅広く流通させることは書物文化を支える一助となります。

2020年06月28日

#310 Gifted(ギフテッド)

 今日は梅雨の中休みで昼過ぎから晴れ間が見えるようになりました。今年も梅雨入りして、かなりの雨が降りました。洪水警報が出るような降り方はまだありませんが、降る時とそうでない時がはっきりしていますので、警報に対する準備はしやすいと思います。
 さて、世の中には様々な人がいます。優れた才能や能力を持つ人も確かに存在しており、平凡な私から見ればうらやましい限りです。以前NHKでも放送していましたが、ギフテッドと呼ばれる人々がいます。知能指数(IQ)がずばぬけて高く、いわゆる天才と言われている人たちです。この人たちに関する面白い記事を見つけましたので、ご紹介します。
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『天才の原石“ギフテッド” 基礎学習に使う時間短く議論好む』
 高いIQを持ち偉業を成し遂げた人を天才と呼ぶならば、その“原石”といえる人たちがいる。「ギフテッド」と呼ばれる人たちだ。ギフテッドは“天から才能を授かった人”を意味する。おおよそIQ130以上という高い知能や才能を生まれつき持つ人を指し、その人数は諸説あるが「人口の約2~5%」といわれる。全人口の約70%はIQ85~115の間に収まるとされるので、ギフテッドがいかに高い知能を持つかがうかがえる。
 米シリコンバレーにある「ヌエーバスクール(以下、ヌエーバ)」は、そんなギフテッドを対象にした学校、いわゆる「ギフテッドスクール」の1つだ。ギフテッド教育の専門家で、ヌエーバで15年にわたって日本語を教えてきた川崎由起子さんは次のように言う。
 「ヌエーバは1967年に創立された、ギフテッド教育の先駆けといえる存在です。入学できるのは、IQが135以上と認められた子だけ。1学年18名の定員に100名以上が応募するため、“ハーバード大学よりも厳しい競争率”といわれています」
 ヌエーバのようなギフテッド教育(才能教育)で先行してきたのはアメリカだという。才能教育の第一人者で、関西大学教授の松村暢隆さんが解説する。
 「20世紀の初め頃にアメリカが才能教育に取り組み始め、20世紀後半になって世界でも活発化してきました。その背景にはアメリカと旧ソ連を巡る東西冷戦があります。ソ連が世界初の人工衛星の打ち上げに成功したことで、アメリカは“ソ連に負けるな”と国をあげて才能教育を活発化させたのです」
 アメリカでは1978年、才能教育の対象となる「才能児」が法律によって定義付けされた。「知能、創造性、芸術、リーダーシップ、また特定の教科が著しく優れた能力がある子」だという。才能児には、普通の学校のカリキュラムではない特別な才能教育が行われるようになっていった。そうした動きはやがて、世界全体へと広がっていく。
「中国や韓国、シンガポールでは“国家に役立つ人材養成を目指す”という教育理念のもと、才能教育が行われています」(松村さん)
 ヌエーバのようなギフテッドスクールはその代表例だ。「ヌエーバではさまざまな分野の次世代のリーダー育成を目指して、才能教育が行われています。制服もチャイムもなく、席も決まっていない。生徒の自主性に任せた校風です。時間になれば生徒は教室に来て、好きな場所で自由に勉強します。
 国語や数学などの基礎学習も行われますが、得意な教科があれば先に進めるようにマンツーマンで教えるなど“得意を伸ばす”教育が重視されています」(川崎さん・以下同)
 そうした教育方法を取ることで、通常のカリキュラムよりもずっと短い時間で学習を進められるようになるそうだ。そもそも、ギフテッドは記憶力が高く、基礎学習に使う時間が非常に短いという。
「日本語の学習でも、普通の学校なら50音の修得に3か月かかるところ、ヌエーバの生徒は1か月もかからず覚えていました。ギフテッドの子は学習能力も意欲も高く、例えば『あいうえお』を教えなくても、興味を持つと自然に五十音を覚えて本を読めるようになります」
 実は川崎さんの娘さんもギフテッドで、4才からヌエーバに通っていた。
「小さい頃から変わった子でした。3才の誕生日には“今日からおむつはいたしません”と宣言して、実際におむつをはかずに過ごすような子でした(笑い)」
 3才児とは思えない大人びた発言だ。ギフテッドには大人と話すのが好きで、大人びた子供が多いという。「同年代の子供と話すのでは、もの足りないのかもしれません。ギフテッドは好奇心が強く、興味を持って調べたことを誰かに伝え、議論することを好みます。ヌエーバの中学生の中には、日本の『禅道』について自ら調べ“自分ならこう考えるけど、日本人はこう考えるよね。先生ならどう考える?”と尋ねる子もいました」
 ギフテッドはボキャブラリーが豊富という特徴も持つ。“ひふみん”の愛称で親しまれる棋士の加藤一二三九段(80才)も、そのずば抜けた記憶力からギフテッドとされる。いまでもプロ63年の対局すべてを思い出せる、常人離れした記憶力の持ち主だ。
 川崎さんの教え子の1人に、米フェイスブック社のシステム部門幹部を務めるアマン・クマール氏がいる。現在32才のクマール氏は、エストニアのIT分野の国家アドバイザーも務めている。「彼は日本語の50音を1日で覚える抜群の記憶力を持っていました。ハーバード大や米プリンストン大学といったエリート大に合格する、素晴らしいギフテッドでした」
 1946年には高IQの人々が知的交流を深める「MENSA」が設立され、2016年にはソフトバンクの孫正義会長が「孫正義育英財団」を設立するなど、“世界の天才”を支援する場所は年を経るごとに増えている。
 才能教育を受けたギフテッドが、その才能を生かして世界で活躍する例は多い。“世界一のIQを持つ”といわれるマリリン・ボス・サバント氏(73才)もその1人だ。「米ミズーリ州で生まれたサバントさんは、10才のときに成人向けの知能検査に全問正解しました。そこで、『IQ228』『精神年齢22才11か月』という桁外れの記録を打ち立て、才能教育を受けるようになりました。“映画は受動的で頭を使わない。脳によくないので見ない”という、独自の考えを持っていると聞きます」(海外メディア関係者)
 サバント氏の「IQ228」という数字はギネス世界記録に認定された。一般に、東大生のIQの平均は120といわれ、アインシュタインのIQは160~190と推定される。サバント氏は、“アインシュタイン超え”の才能の持ち主といえるだろう。
 彼女は現在、コラムニストとして活躍している。米誌『パレード』で「マリリンに聞く」というコラムの連載を持ち、25年以上読者の質問に答えてきた。
 読者からの投稿は多岐にわたり、「モンティ・ホール問題」という確率論の問題や“妻やマッサージ師に足を揉んでもらうと気持ちいいのに、自分で揉んでも気持ちよくないのはなぜか”という素朴な疑問など、さまざまなものが寄せられた。サバント氏はそうした質問に対して、「人に対する洞察力が深まるので、いつも楽しみにしている」と述べている。
 ちなみに、先の質問の答えは「自分自身でくすぐってもくすぐったくないのと同じ。人間の体は四六時中刺激を受けているから、自分が与える刺激は弱く感じるように脳が進化した」のだという。
(https://www.news-postseven.com/archives/20200614_1569697.html?DETAIL)
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いかがでしたか。ギフテッドのみならず、人は様々な才能や素質を持って生まれてきます。私のように長年教師をしていますと、高い学力や優れた運動能力を持っている様々な生徒に出会います。もちろん、その割合はごく僅かですが、確かに存在します。また一方ではLD(学習障害)の持つ生徒も確かに存在し、人間の能力の幅が大きいことに驚きます。
 しかしながら、このことは人間の優劣ではなく、単にその人間の個性と思うほうがよりふさわしいかも知れません。ギフテッドに生まれついても、必ずしもその才能を活かせるとは限らず、またLDを持っている子供でも幸せに生きる人生が待っているからです。短い一生の間に、いかに自分らしく生き切ることが本当のギフテッドだと言えるのではないでしょうか。

2020年06月21日

#309 さよならジュンク堂

 緊急事態宣言解除を受けて3か月ぶりに所用で福岡に行ってきました。西鉄電車の車窓から見る風景は見慣れたものですが、久しぶりに眺めますと、まるで初めての景色のように見えます。「こんな場所に学校があったかな」と思わず風景に見入ってしまいます。
 用事を済ませ、久しぶりに天神にあるジュンク堂を訪れました。福岡に住んでいた頃は頻繁に訪れたものです。ジュンク堂の閉店時間は午後9時で、職場から天神までは自転車で10分ほどで行くことができまし。仕事が終わって8時過ぎにジュンク堂に到着し、必要な書物や問題集を買ったものです。その後時間があれば各階にある多くの書棚を逍遥したものです。
 たいへんお世話になったジュンク堂が今月一杯で閉店になります。現在のところ代替店舗となる場所がないので、天神ビッグバンに伴う新しいビルが完成するまで酢年間閉店状態が続くそうです。ジュンク堂の閉店により大型の書店は博多駅の丸善か紀伊国屋の2か所になります。ただし、大牟田から通うには西鉄電車で天神まで行き、地下鉄に乗り換えて博多駅まで行く必要があります。
 JRを利用することもできますが、1つ大きな問題があります。JRは博多駅から久留米までは比較的利便性が良いのですが、大牟田までは時間帯により便がないのです。特に午後2時頃の電車は鳥栖止まりで、その先がありません。つまり大牟田は同じ県内でありながら、陸の孤島となっているのです。この問題は九州新幹線が登場したころから生じています。つまり特急がすべて廃止され、急行や快速以外はすべて鈍行となり、その結果、JRを使う博多までの往復が非常に不便な状態となっています。もちろん新幹線を利用する手段がありますが、新幹線の新大牟田駅までは非常に時間がかかり(バスで30分ほどかかります)、運賃も割高になりますので、結局西鉄電車を利用するしかありません。博多から北九州へは利便性が良いのですが、久留米から南方面は全くと言ってよいほど交通体系ができていません。
 さて先日福岡市の書店戦争について面白い記事を見つけましたので、ご紹介します。福岡の書店の歴史がよく分かります。
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『かつては「ブック戦争」も 大型書店が林立した天神の歴史』
 本をめぐる時間旅行にお付き合いください。九州一の繁華街、福岡市・天神では1990年代末に大型書店が林立し「ブック戦争」と呼ばれた。しかし2000年代に閉店が相次ぎ、再開発の影響もあって来年までに在庫数上位の2店舗が姿を消す。天神の大型書店の「大転換期」を前に、私たちはどこで本を買い、知的好奇心を満たしてきたのか、人々の記憶や当時の資料を基に振り返ってみる。

<1970年代~80年代>
 最初に天神に登場した大型書店は1971年に福岡ショッパーズプラザにできた、りーぶる天神だった。開店当日の新聞広告には「童話から洋書・専門書まで常時25万冊!!」「五階独占!一九〇〇平米」と、福岡市民を驚かせる数字が並んだ。「写真集や楽譜などが容易に手に入った」。同市東区で学習塾を営む竹林由起夫さんは、当時中学生。「このころから本を買うため天神に行く習慣ができた」
 りーぶるができる前、天神では新天町のしにせ、福岡金文堂と積文館が書店の代表だった。大型店ではないが、自宅近くの「街の本屋」にはない専門書や参考書はここでそろえた。
 76年、天神コアの開業時に紀伊国屋書店福岡店がオープンした。6階のワンフロアを占め40万冊の在庫をうたう巨大店は、東京資本の有名ブランドゆえ地元関係者に「黒船」と呼ばれた。
 しかし市民は歓迎ムードだった。「新しい文化の風が吹いてきたようだった」。当時九州大1年だった医師の田北昌史さん(63)=同市早良区=が語る。「専門書は大学生協にもあったが、品揃えは圧倒的に紀伊国屋だった」
 田北さんより10歳年下の記者は、天神コアのエレベーターが紀伊国屋に行くオジサンたちで満杯だったことを思い出す。コアはおしゃれなファッションビルではなく知の集積地だった。やがて紀伊国屋が天神の書店の“顔”となっていく。

<1990年代>
 記者は91年、天神の書店を取材し、記事にまとめた。主なものが大小合わせて12店があった。各店とも個性を競っていた。りーぶるや紀伊国屋は展示スペースのフェアを通して文化情報を発信し、丸善イムズ店は店舗をしゃれたインテリア店のようにした。
 90年代後半に大きな波が来た。大型店の開店ラッシュだ。96年=リブロ(岩田屋Zサイド、40万冊)▽97年=紀伊国屋・博多大丸店(8万冊)、八重洲ブックセンター(福岡三越、30万冊)。97年はイムズなどから福岡ビルに丸善(75万冊)が移転した。
 詩人の樋口伸子さん(78)=同市東区=は「喫茶店のある書店もでき、待ち合わせでよく使った。『本を買う』だけじゃない書店の魅力が伝わった」と振り返る。96年は、全国で出版物(書籍と雑誌の合計)の売り上げが史上最高の約2兆6564億円に達した年。天神の出店ラッシュはそんな好景気が背景にあるが、「福岡の都市規模と比べ、書店数が多いと感じたが…」と樋口さん。

<2000年~>
 2000年代は主役交代が起きた。01年に商業施設「メディアモール天神」(MMT)にジュンク堂書店がオープン。売り場面積5500平方メートル、在庫数150万冊は西日本最大級だった。
 「どんな本でもそろう」との看板に偽りなしと記者が感じたのは、古書でも入手困難だった現代教養文庫の異色作家傑作選を書棚で発見したときだ。書籍情報を示すISBNコードがない本の扱いに、レジの店員が困惑していた。
 前後して八重洲ブックセンター(01年)、リブロ(03年)が閉店。天神の“顔”だった紀伊国屋は07年、丸善も10年に撤退した。大型店ではないが青山ブックセンター(07年)、福家書店(13年)など個性的な店もなくなった。りーぶるも17年に天神を離れた。リブロが11年、紀伊国屋(天神イムズ店)が17年に“復活”というニュースもあったが、天神はジュンク堂1強の印象が強まった。
 そのジュンク堂は入居するビルの再開発で今年6月末、一時閉店する。紀伊国屋が入るイムズも来年8月末で閉館する。20年代の天神の書店地図は、ブック戦争のころと比べ空白が目立つようになるだろう。
 どこで買っても本は、本。紙の本はいらない、と言う人がいる。だけどスマートフォンの電子書籍からは、紙の匂いや手にした重み、買ったときの喜びは伝わらない。ネットで買えばいい、と言う人がいる。しかし実際に本が並ぶ書店だから新たな出合いが生まれる。博多駅(同市博多区)周辺の大型書店に行けばいい、と言う人もいる。けれども九州一の商業集積地にこそ、食とファッションだけじゃない、「文化」を感じる場が必要ではないか。
 大規模再開発が行われ、新しい街となる天神。将来も、そこで書店巡りができることを願いたい。 (塩田芳久)
(書店の面積や在庫数、施設名は開店時のもの)
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/601020/)
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 私は福岡で40年近く過ごしましたが、それは福岡の書店の変遷と共に歩んだ人生でもあります。上記の記事は私の人生の側面を表しています。書籍業界の不振が伝えられていますが、福岡は様々な書店が立ち並ぶ姿をまた取り戻してもらいたいと思います。

2020年06月14日

#308 ニホンミツバチはすごい!

 6月を迎え、北部九州はまもなく梅雨の時期を迎えます。今日は朝から晴れていますが、やはり湿度の高い梅雨の時期らしい雰囲気が漂っています。虫たちもこの気温の高い中で積極的に活動をおこなっています。蝶やトンボなどはかわいらしいのですが、蚊やハエなどが周囲を飛んでいますと不快になります。特に寝入りを襲う蚊はしつこく何度も耳元に飛んできて睡眠不足の原因となり、うんざりさせられます。
 さて本日はミツバチの話題を取り上げました。ミツバチの姿はかわいらしく、こちらが悪さをしない限り、襲ってくることはありません。また養蜂業者にとって花の蜜を集めてくれる貴重な益虫です。このミツバチについて、面白い記事を見つけましてので紹介します。1匹ではひ弱なニホンミツバチですが、集団で敵を殲滅させる手段を持っているそうです。
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「まるで日本人のようだ…」 日本原産のミツバチの必殺技がカッコ良すぎると話題に
 日本全国及び東・東南アジアに広く分布するオオスズメバチ。日本に生息するハチ類の中で最も強力な毒を持っており、攻撃性も高いことから、非常に危険な種として知られています。
 そのオオスズメバチが昨年12月にワシントン州に上陸。今年5月に入ってGoogle急上昇ワードで全米5位を記録すると、欧米の大手メディアもこぞってオオスズメバチを取り上げ始めるなど、現在海外で非常に大きな話題になっています。
 オオスズメバチが世界的な話題になった事を受け、英インデペンデント紙やデイリー・メール紙などは先日、この恐ろしい生物に時に対抗も出来る存在として、「熱殺蜂球」という必殺技を持つニホンミツバチを取り上げました。
 「熱殺蜂球」は、数百匹のミツバチがオオスズメバチを球状に取り囲み、飛翔筋を震わせて発熱し、蒸す事でスズメバチを絶命させる攻撃行動。攻撃時、蜂球内の温度は46~47°Cという高温になるのですが、これは、ニホンミツバチが50度近くまで耐えられるのに対し、スズメバチは45度と、若干上限致死温度が低い特性を利用しています。
 この知的な攻撃と団結心に、日本的なものを感じる外国人が続出。様々な声が寄せられていましたので、その一部をご紹介します。

■ うぉー、メチャクチャかっこいい!
  ニホンミツバチ、君たちは最高だ!!! +8 アメリカ

■ この必殺技を使えるのはニホンミツバチだけなんだよな。
  セイヨウミツバチには出来ないんだ。 +13 チリ

■ 日本ではミツバチでさえ、より賢くなるようだ。 +3262 アメリカ

   ■ 本当だな😭
     世の中そういう風に出来てるものらしい。 +109 アメリカ

   ■ こっちのミツバチと比べると、
     日本のミツバチは賢そうな顔してるわ。 +344 ベトナム

■ ニホンミツバチ先生をこっちに招聘して、
  アメリカのミツバチに必殺技を伝承してもらおうや。 +1455 アメリカ

■ 「我々は個々では肉体的に劣るかもしれない。
   しかし、団結力でその差を乗り越えてみせる」 +11 南アフリカ

■ ニホンミツバチ、早く来てくれー! +6 アメリカ

■ あのミツバチたちは命を賭けて巣を守るんだな。
  「祖国の為に」という叫び声が聞こえてくるようだ。 +2575 国籍不明

■ ここで養蜂家の俺が登場。
  ミツバチってこんなクールな生き物だったんだ😀 +101  ニュージーランド

■ ニホンミツバチの輸入は解決策にならないの?
  それかセイヨウミツバチもあの技を習得出来るかな? アメリカ

   ■ 遺伝子に組み込まれてないから無理。
     彼らはスズメバチみたいな巨大な敵に、
     今まで会った事がなかったんだから仕方ない。 +7 アメリカ

(http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-3458.html)
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 「熱殺蜂球」の場面はYouTubeでご覧になれます。(オオスズメバチ vs ニホンミツバチ)1匹のオオスズメバチに対して数百匹のミツバチが周囲を取り囲み、体温を上げることでオオスズメバチが死んでしまします。すごい場面です。 (https://www. youtube.com/watch?v=LLWZHg_TjA0)
 上記のコメントにあるように、集団で行動する日本人の強さが、ミツバチにも宿っているようです。同じミツバチでも日本以外では熱殺蜂球が見られないということで、ニホンミツバチは世界でもすごいハチなのでしょう。ニホンミツバチ万歳!

2020年06月07日

#307 いつまでも分かり合えない男と女

 今日は5月31日です。明日から6月が始まります。新コロの影響でしょうか?3月から5月下旬まで新コロによる休校期間が続き、多くの学校では夏休みが極端に短くなり、遅れた授業を取り戻すことになります。小中高の夏休みは平均すると10日から15日程度に短縮されます。また土曜日に授業する学校も出てきました。最近ではエアコンを設置している学校が増えてきましたが、エアコンが無ければ真夏に室内で35度を超える中での授業は不可能です。学校の設置は地方自治体の仕事ですので、生徒が熱中症にかからないように、できるだけ早くエアコンの設置を各地町村にお願いしたいところです。
 さて、本日のブログタイトルは三流週刊誌のタイトルのようですが、「なぜ男女はいつまでも分かり合えないか」に関する面白い記事を見つけましたので転載します。かなりの長文ですが、我慢してお読みください(笑)。
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『レストランで「男性は通路側、女性を壁側」とするマナー以外の意味』
 異性と話していて、認識の違いでストレスを感じたことはないだろうか。脳科学・AI研究者の黒川伊保子氏は、「実は、とっさのものの見方が男女で違う。そのため、ストレスが生じる場合がある」という——。
※本稿は、黒川伊保子『コミュニケーション・ストレス 男女のミゾを科学する』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

<男女の視覚の守備範囲の境界線は約3メートル>
 「夫は、あれがない、これがない、と忙しい私を呼びつける」、「ドライブ中、妻にナビゲーションさせるとイライラする」、そんな経験はないだろうか。これ、実は、とっさのものの見方の違いから生じる男女間ストレスなのである。
 脳が不安を感じたとき、男性は、空間全体を把握し、動くもの・危険なものをいち早く察知しようとする。女性は、自身の周辺や、目の前の大切な存在に意識を集中する。
狩りをしながら進化してきた男性たちは、「遠く」の「動くもの」に感度が高くないと生き残れなかったからだ。
 子育てを担当してきた女性の側は、自分と子の周辺を綿密に見て、針の先ほどの変化も見逃さないセンスがいる。人間の赤ちゃんは、毛皮に覆われてはいない。生後1年も歩けない。あらゆる哺乳類の中で、最も脆弱な存在だからだ。だから女性は、「近く」を「綿密に」見るのである。男女の視覚の守備範囲の境界線は、約3メートル。男性はその外側を、女性はその内側を担当している。

<男女の立ち位置が、無駄なストレスを作り出す>
 男女で、レストランで食事をするとき、壁際の席に案内されたら、男性は通路側に座り、女性を壁側に座らせたほうがいい。ヨーロッパのマナー通りに。でも、理由は、レディ・ファーストだからじゃない。男性は、半径3メートルの外側に無意識のうちに目線を泳がせ、動くものに目線を走らせる傾向が強いからだ。お店のスタッフの動きや、向かいの客がワイングラスを傾けたしぐさなどに、いちいち目線が行く。目の前の大切な人に集中できる女性からしたら、「食事に集中していない」「自分に集中していない」と感じて不安になるからだ。せっかくのデートなのに、もったいなさすぎる。
 ショールームの設計にも気をつけたほうがいい。男性説明員が、店内を見渡せるような立ち位置で接客すると、他の客の動きに目線を取られることがあり、女性客からしたら、自分に集中していないとか、落ち着きがないように感じることがあるのだ。目線の運び方が違うことを知らないと、男性の“遠くをちらり”は、集中力の欠如に見えてしまう。
 ということは、女性が、男性に何かを説明するときも、立ち位置(座り位置)には気をつけたほうがいいということだ。男性を「他者の動きが目に入る」場所に立たせると、集中力を欠いているように見えてイラっとする。「話、聞いてるの?」と確認したくなることがある。しかし、これは、濡れ衣である。危険察知能力の高い男性脳は、目線が泳ぐのを止められない。そんな男性たちを、「他者の動きが目に入る」場所に立たせて、何かに集中させようとしないことだ。

<男性脳の三次元点型認識>
 男性は、半径3メートルの外側、ときには何キロメートル先までもが守備範囲である。その広い範囲を瞬時にカバーするには、「綿密に見る」というわけにはいかない。
あらゆる奥行きの、いくつもの点をチラチラッと見て、空間全体を把握して距離感をつかむのである。
 構造物を見るときは、角や輪郭をさっと注視し、構造を理解する。テクスチャー(面の質感)を味わうのは、その後になる。すべてを見るのではなく、かいつまんで見るわけだ。かいつまんで見るからこそ、瞬時に距離感が測れるし、ものの構造を見抜くことが得意なのである。
 一方で、「あなた、あそこに、赤い缶があったでしょ?」とか「あのとき、あの人、こんなバッグを持っていたわね」には、「わからん」「見てない」と応えることが多い。女性にしてみれば、「そっけない」「とりつくしまがない」と感じて、「もうちょっと、優しい口の利き方ができないの?」となじりたくもなるのだが、そもそも見ていないので、言いようがないのである。
 奥行きのあらゆる点をかいつまんで見て、空間全体を把握して距離感を測り、ものの構造を見抜く。こういうものの見方を三次元点型認識と呼ぶ。

<女性脳の二次元面型認識>
 うちの息子は、あきれるほど「目の前にあるものが見つけられない」のだが、道の距離感をつかむのは、達人なみだ。私が助手席でグーグルナビを見ながら、「450メートル先右折って言ってるけど、どっちの信号かな」と迷ったりすると、きっぱり「一つ先のほうだね」と言ったりするのだ。あまりにゆるぎないので、ためしに信号までの距離を口頭で言わせてみると、「200……100」というその数字が、グーグルナビの表示とぴったりなのである(!)。この能力は、めちゃくちゃ便利なので、目の前の醬油瓶が見つからなくたって、私もお嫁ちゃんも気にしない。むしろ、目の前にあるのにおろおろする、大きな熊みたいな彼は、お嫁ちゃんの愛情センサーを刺激するらしい。「カワイイ」と抱きしめてもらったりしている。
 一方、女性は、見えるものの表面を面でつぶして、なめるように見る。守備範囲は狭いが、見逃すことがほとんどない。これが女性の、二次元面型認識だ。女同士なら、旅の途中に、「レジ脇に、赤い缶、あったでしょ」「あった、あった。あれ、チョコブラウニーよ」「買えばよかったな」「じゃあ、戻ろうよ」みたいに盛り上がる。これが夫とだと、「レジ脇に、赤い缶、あったでしょ」「わからん」「あれ、気になって……」「それは何だ?」「わからないけど」「……」みたいになる。夫とは旅が盛り上がらないと、妻たちが感じる所以(ゆえん)だが、夫にしてみても、ちんぷんかんぷんなのだろうなぁ、この会話。会話がすれ違う前に、「見ているもの」がすれ違っているのである。

<男女は、究極なまでに効率的なペアの装置>
 夫に道を教えていて、「あなた、あの青い看板」と指さしているのに、「どこだ?」と言われて困惑することがないだろうか。50~60メートルの射程距離だと、とっさに、男女の見る場所が数メートル程ずれることがある。男性が向こう、女性は手前に。さらに、最初に見た場所に目当てのものがないと、男性はさらに遠くへと目線を走らせる。逆に、女性は手前に目線を走らせる。つまり、男女の目線は、けっして交わらないのである。男女は、感覚的に道を教え合うのには、向いていないのかもしれない。
 逆に言えば、究極なまでに効率的な「ペアの装置」なのだと思う。互いの守備範囲をキッパリと分け合って、無駄がない。冷蔵庫の扉を開けた瞬間も、男女で目線の走らせ方が違う。
 男性脳は、奥のほうを中心に、まばらに見ながら、危険な物をピックアップしようとしている。女性脳は、見えるものの表面をなめるように見て、目当ての物を見逃さない。当然、「目当てのものを見つけ出す速さと確度」は、後者に軍配が上がる。その代わり、男性は「賞味期限切れの食品」を見つけ出して、家族を危険から守ってくれるのである。公平に見れば、どちらも家族の役に立っている。妻目線で見れば、「頼んだマスタードは持ってこれないくせに、賞味期限切れの海苔の瓶を持ってくるって、どんな嫌がらせ!?」となるのだけれど。

<男女脳論はマーケティングにも応用できる>
女性は手前、男性は奥。
この話を、あるドラッグストアの店長会でしたことがある。すると、3カ月後、ある店長さんから、報告をいただいた。「女性向けの商品の販促展示を、レジの後ろの棚から、レジ前に変えた。それだけで、月間40本ベースの売り上げが、300本ベースに跳ね上がった」と。この逆もある。美容室で、男性向けの商品を目の前に置いておいても、一向に興味を示してもらえなかったのに、棚に飾ったとたんに気づいてもらえた、というようなケースだ。商品の飾り方、ポップやポスターなどの販促ツールの置き方も、男女でツボが違う。違うとわかれば、話は簡単である。女性向けなら女性スタッフに、男性向けなら男性スタッフに、「目につく場所」を指摘してもらえばいい。
 男女の脳の「とっさの使い方」の違いを知ることは、コミュニケーション・ストレスの解消だけではなく、マーケティングにも有効なのである。
(https://president.jp/articles/-/35713)
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 上記の主張が正しければ、男女お互いの違いを知って会話をしたり共同作業をすることは有益となります。また夫婦喧嘩などの防止にもつながります。要するに男女の考え方、感じ方が根本的に異なっており、それを理解しないでは同じ土俵で議論できないということでしょう。
 それにしても、いつまでも分かり合えないのが男女の心。それゆえに男女のテーマは古来より文学や音楽など広く芸術の対象になっています。今後も永遠に続く人類の大きなテーマとなっていくことでしょう。

2020年05月31日

#306 空港ピアノ

 現在緊急事態宣言が続いている東京、神奈川、埼玉、千葉の首都圏1都3県と北海道に週明けには解除宣言が出されるようです。ようやく日本中が平常に戻りつつありますが、新コロ以前の生活になるにはかなりの時間が必要になるようです。ワクチンや特効薬の開発に時間がかかり、それが世界中に普及するまでにかなりの月日がかかるでしょう。
 そのような中で東京オリンピックの来年開催が10月に判断されるというニュースが先日報じられました。10月の時点での判断は早すぎる気がしますが、オリンピック開催の準備のためには多くの時間が必要とされますので、10月を最終判断としたのでしょう。来年開催することができなければ中止となります。今の新コロ状況が続けば、中止の可能性が高く、日本がオリンピックにつぎ込んだ努力や経費はすべて徒労になります。そうならないように新コロが少しでも早く収束するように、日本だけでなく世界中が協力して感染症に対して防疫体制を整えませんと、第2、第3の新型ウィルスが発生し、その度に同様の緊急事態宣言が出されることになります。
 さて、このような緊急事態の時にこそ心にゆとりを持ちたいものです。多くの県で緊急事態宣言が解除されましたが、それでも自宅で過ごす人がまだ多い状態で家庭内暴力を始めとする様々な問題が生じました。また「自粛警察」のような極端な正義感を振り回す輩も発生しています。それらの原因を一言でいうと、「心に余裕がない」ということでしょう。心の余裕を取り戻すために、音楽を聴くことをお勧めします。一人で、または家族や友人と共通の音楽を聴くことで、心にゆとりが出て人間本来の優しさを取り戻すことができます。
 私のお勧めはNHKのBSで放送されている「空港ピアノ」という番組です。日本だけでなく、アメリカ、欧州、オーストラリアなどの空港にピアノが設置されており、老若男女や年齢にかかわらず誰でも自由にピアノを弾くことができます。ピアノを始めた幼い子どもからクラシック音楽のプロの演奏家やバンドのピアニストなど飛行機の待ち時間などを利用して好きな楽曲を弾くことができます。演奏の終わりにピアノにまつわる思い出やピアノを弾きはじめた理由など一言感想を話してくれます。
 音楽は世界共通の言語です。自分の好きなジャンルの音楽を聴くことで、ストレスを解消し、リラックスすることができます。もちろん音楽だけでなく、その他の芸術やスポーツなど心身ともにリラックスし、明日への活力になるものがあれば幸いです。どんな状況に置かれても心の平静さを失わないような術(すべ)が必要になると、新コロは教えてくれています。「災い転じて福となす」という心がまえが必要な今日この頃です。

2020年05月24日

#305 音楽の泉

 今日は朝から快晴です。昨日の大雨とは異なり、湿度の低い爽やかな五月晴れとなっています。緊急事態宣言の終了に伴い、全国各地では少しずつ街の賑わいが戻りつつあるようですが、それに伴い新コロの第2波の到来が懸念されています。緊急事態宣言は終了しましたが、新コロが終息したわけではありませんので、やはり個人の行動自粛が一番です。
 さて日曜日の朝は時々寝床でラジオを聴くことがあります。朝8時ごろにラジオのスイッチを入れるとNHKの朝のニュースの後で「音楽の泉」が始まります。毎回1作品を特集してクラシック音楽を一般のリスナーに分かりやすく解説し、その曲の構成やモチーフ、作曲家の生い立ちや人生観、作曲の背景にある文化的な営みなど普通のクラシック音楽番組では放送しないような些細にいたる情報を与えてくれます。
 30年以上にわたって「音楽の泉」を担当された皆川達夫さんが4月19日に永眠されました。私は「音楽の泉」を20年以上も何となく聞いていましたが、皆川さんの語る作曲家の人物像を聞きながら皆川さんの姿を想像していました。声色から判断すると、ふっくらしたお顔で眼鏡をかけており、髪は少なく、好々爺の姿をイメージしていました。
 ところが先日NHKのテレビで皆川さんの特集番組をたまたま拝見しましたが、声からくるイメージとは全く異なり精悍な顔つきの方でした。また彼の経歴を拝見しますと隠れキリスタンとグレゴリオ聖歌の関係を研究するなど、音楽の様々な分野にわたる幅広い知識を屈指してクラシック音楽の普及に努めてこられました。
 先日の西日本新聞のコラム「春秋」に皆川さんに関する記事が載っていましたので、ご紹介します。。

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西日本新聞5月14日付「春秋」より
『ラジオ長寿番組の一つにNHK第1の「音楽の泉」がある…』
 ラジオ長寿番組の一つにNHK第1の「音楽の泉」がある。1949(昭和24)年に放送開始のクラシック音楽入門番組。日曜の朝、布団の中で聴くとトロトロ気分で二度寝に誘われる
▼シューベルトのピアノ曲「楽興の時」に乗って、今年3月までは「お話は皆川達夫さんです」の案内で始まった。西洋音楽史家皆川さんの柔らかな、それでいて枯れた語り口に長く親しませてもらった
▼3月29日の放送の最後に「体調にやや不安を覚えるようになりました」と番組を降りられた。88年に解説役になって31年余り。クラシックの魅力を分かりやすく楽しく淡々と伝えてきた
▼著書も多い。「洋楽渡来考」という表題も。最初に渡来した西洋音楽はどんなものだったのか。皆川さんの渡来考は、隠れキリシタンが口伝えで継いだ祈りの歌「オラショ」研究に及んだ。オラショとグレゴリオ聖歌との関係を明らかにしてイタリア政府から功労勲章を受けている
▼学術的業績を、隠れキリシタンの里・長崎県平戸市の生月島を何度も訪ねて積み重ねた。西洋からの古楽が形を変えて継承された史実は、研究者の心を熱くした。「長く厳しい弾圧の中、歌い継がれてきたことは奇跡に近い」。そんな言葉が本紙に載ったこともある
▼番組を終えて約3週間後に老衰による訃報を聞いた。92歳。九州の小さな島で掘り起こした音楽の古い泉を、探究心の源泉にした人だった。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/608146/
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 音楽は人の心の琴線に触れる文化です。そのジャンルが何であろうと生活に密接した文化です。世の中が平和でなければ音楽の隆盛はありません。新コロの影響でコンサートやライブがすべて自粛されていますが、すべての音楽家にとってこれは悲劇です。新コロで外出し難い今、部屋で好きな音楽を聴いて心を潤いを取り戻しましょう。
 長年にわたりクラシック音楽の魅力を伝えた皆川達夫さんのご冥福を心より祈り申し上げます。

2020年05月17日

#304 志村けんと台湾

 奄美地方では今日梅雨入りとなりました。九州地方はおよそ4週間遅れで梅雨入りとなります。蒸し暑い中でマスクをすることは辛いものがありますが、新コロの感染予防には仕方ありません。
 ところでブログ#294で志村けん死去について述べましたが、海外の人々、特に台湾の人々には大きな悲しみが広まっています。その記事をPresident Onlineから転載します。

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『台湾最古の報道機関だけが知る志村けんが同国に愛された理由』
<変なおじさんはもう見られないと台湾が泣いた>
 志村けんさん(享年70)が所属していた事務所であるイザワオフィスが、4月18日から同社のYouTubeチャンネルで、1987年から96年まで放送されたコント番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』を再編集した動画10本を、順次公開すると発表した。現在公開中の動画で見ることができるのは、「ご存知!!じいさんばあさん」「変なおじさん」などのコントだ。
 これらのキャラクターを演じた志村さんが日本はもちろん、台湾の人々の心にも深く刻み込まれていることは、よく知られている。
 彼が台湾で不動の人気を得ていく経緯については、それを後追いで「学習」した世代の台湾人や日本人が語る記事が、志村さんの死後にいくつか掲載された。
 しかし、志村けんというコメディアンの存在が初めて現地の人々に認知され、やがてしっかり根を下ろしていったリアルな様子が、まさに同時代人として実体験した台湾人の口から語られたことはまだない。
 そこで、台湾最古の報道機関である中央通訊社、東京支局長の楊明珠氏(56)に話を聞かせていただいた。
 彼女は台湾の淡江大学日本語学科を卒業後、91年に東京外語大学大学院の修士課程を修了。2006年に中央通訊社東京特派員として再来日し、11年から現職にある。志村さんの死去時には、彼女が台湾に向けて配信した第一報や人物評が多くの現地メディアに掲載され、「日本喜劇泰斗 告別人生舞台」(日本のコメディーの第一人者が、人生に別れを告げた)。「『怪叔叔』成絶響」(「変なおじさん」は、もう見ることができない)といった見出しが躍った。
 では時計の針を一度、1980年代に戻してみよう。

<台湾人たちはどうしても日本のテレビ番組が見たかった>
 台湾では87年まで戒厳令が敷かれていて、解除されるまでテレビ局は3局しかなかった。
「それらの局で放送される番組はすべて政府が検閲していましたから、堅苦しい、面白くもおかしくもない内容ばかりで」(楊明珠氏。以下同)
 さらに72年の日中国交正常化を機に、台湾のテレビ番組では日本語の使用が禁じられていた。
 「日本の番組が放送できないのはもちろん、たまたま日本語が出てくる場面では、音が消されていたんです」
 ところが80年代に入ると、この状況に風穴があく。特殊な機器をつけて日本や香港からの番組を違法受信する人が出てきたり、日本の番組を録画した海賊版ビデオがレンタル店に並び始めたりして、誰もが争って日本の番組を見るようになりました」
 志村さんの死後に出た一部の記事には、そうした海賊版ビデオ人気の根底に、台湾庶民の反政府的な意識が働いていたとするものもあったが……。
 「あの時代の空気を肌で知る人間としてはっきり言えますが、それはかなりうがった見方ですよ。血の通った憩いに飢えていた当時の台湾人は、日本のドラマやお笑い番組、歌番組などが持つ自由な雰囲気を本能的に求めたんです。例えばあの頃、お腹を抱えて笑えるような台湾のテレビ番組なんてひとつもなかったですから」
 当時の海賊版ビデオは、家庭で楽しまれたのはもちろん、台湾ならではの視聴環境もあった。
 「私の大学時代、『MTV』が大流行していました。アメリカの音楽専門チャンネルとはまったく関係なくて、日本でいう個室ビデオ店。とはいっても健全な雰囲気で、店内でいろいろなジャンルのビデオが安く借りられ、その中に日本の番組を録画した海賊版ビデオもたくさんありました。よく友人たち5、6人であれこれ借りて、同じ部屋で一緒に見たものです。当時は学生寮住まいで、ビデオデッキなんてなかったですから」

<ドリフの海賊版ビデオに中国語の字幕>
彼女がブラウン管を通して志村さんの姿に初めて触れたのは、そのMTVか、もしくは大学入学の直前、日本のことを勉強しようとレンタル店から借りてきたあらゆるジャンルの海賊版ビデオを自宅で見漁っていた頃だったと記憶している。
「時代を考えれば、『8時だョ!全員集合』や『ドリフ大爆笑』のコーナーだったと思うんですが、いっぺんでファンになりました。志村さんがコントで演じる人物は、見た目や表情も含めみんな個性が強くて、深く考えなくても笑えますから」
海賊版とはいえ、日本の番組には中国語の字幕が付いていることがほとんどだったという。しかし、細かいニュアンスまで伝わるほどの質は期待できず、文化の違いもあるので、言葉で笑わせるタイプの芸人の面白さは伝わりにくい。その点、キャラクターが強烈な志村さんのコントは、外国人にも理解しやすかった。
ただ80年代のドリフターズや志村さんの番組には、共演者とのセクシャルなやりとりや、上半身裸の女性がしばしば登場していた。女性として、そんな場面に不快な思いなどなかったのだろうか。
 「そもそもアンダーグラウンドなビデオを見ているわけですし、これぐらいのことはあるだろうって無邪気に笑っていましたね。特に男性は、ああいったエッチなシーンにある種の解放感を覚えていたみたいですよ」
志村さんの笑いには性別はもちろん、世代も言語も問わず見る者を引きつける磁力がある。
 「志村さんお決まりのフレーズだった『なんだ、チミはってか?』や『だっふんだ』は、老若男女誰もが真似しました。これはかなり珍しい現象で、台湾人や日本人の他のタレントや芸人が発したフレーズが台湾全土的な流行語になったことは、私が知る限りありません」

<台湾総統も志村チルドレンの一人だった>
 志村さんの影響を受けたのは、一般人だけではない。
 「タレントの陽帆は、志村さんの『ひとみばあさん』(台湾での表記は『瞳婆婆』)をそっくりコピーした『陽婆婆』のキャラクターでブレイクしましたし、胡瓜という芸名の超有名司会者は、志村さんへの尊敬の念を公言しています。志村さんが台湾を訪れたときに自身のバラエティー番組で共演したこともあり、細かいところにまで真剣にこだわる真面目な仕事ぶりに、改めて感銘を受けたそうです。彼の場合は外見的な真似はしていないのですが、女性共演者へのちょっかいの出し方の感じなんかが、志村さんそっくり。食事を共にしたこともあって、志村さんが台湾式に紹興酒へ干し梅を入れて飲んでいたのが印象的だったと語っています」
 さらには志村さんの死去時、「志村けんさん、国境を超えて台湾人にたくさんの笑いと元気を届けてくれてありがとうございました。きっと天国でもたくさんの人を笑わせてくれることでしょう。ご冥福を心から祈ります」と日本語でツイートした蔡英文総統(63)も、間違いなく志村チルドレンの一人だという。
 「彼女は親日派だし、世代的にも志村さんから笑いの洗礼をたっぷり受けているはずですからね。話題になったツイートに添えられた桜の写真は、ちょうど志村さんが亡くなった3月29日に関東で雪が降ったとき、私の知人でもある台湾紙の東京特派員が調布で撮影したものなんです。何枚か撮った写真のひとつを自分のフェイスブックに上げていたら、台湾政府筋から連絡があって提供の要請を受け、内容に一番ふさわしい別ショットを送ったそうです。ツイートの文面にしても、日本語で書かれたことを含め、蔡総統の個人的な強い思い入れがあふれていました」

<台湾人たちがシビれた「志村大爆笑」>
 87年の戒厳令解除に続き、92年に日本の番組が解禁されると、台湾のテレビ局が正式に購入した『志村けんのだいじょうぶだぁ』(台湾名は「志村大爆笑」)などが放映されるようになった。それらは長年にわたって繰り返し再放送され、志村さんの人気をさらに強固なものにしていった。
 そして『喜劇泰斗』(コメディーの第一人者)としての地位の総仕上げになったのが、00年代に放映された日本と台湾を結ぶ日本アジア航空(08年に日本航空が吸収合併)のCMシリーズだ。日台ハーフ俳優の金城武と共演したそれらは日本のみでの放送だったが、志村さんが台湾の魅力を伝えるCMに出演したことは現地でも大きな話題となり、ワイドショーなどで映像が流されたという。
 「大スターの志村さんが台湾を紹介するCMに出てくれるだけでもうれしいのに、故宮博物院のようなありきたりで気取った名所ではなく、金城さんと二人で年代物の原付バイクやローカル列車に乗り、屋台のおじさんや行商のおばちゃんから胡椒餅とか釈迦頭(台湾の有名な果物)を買うといった、地元の庶民の暮らしを体験する設定に、台湾人はしびれたんです。撮影で使われた某ロケ地には、今でも志村さんと金城さんが写った当時の日本アジア航空の広告ポスターが張ってあるとか。『志村けんがここで撮影した』というのは、何よりのPRになりますからね」
 最後に、ある余談をひとつ紹介して、結びとしたい。「志村さんの死が発表された(亡くなったのは29日深夜)のと同じ3月30日、台湾の行政院長(首相に相当。国政の実質No.2)や国防部の参謀総長(日本の統合幕僚長に相当)を歴任した、高名な軍人・政治家の郝柏村氏が100歳で亡くなりました。ところが台湾メディアでの扱いは、志村さんの死のニュースのほうがはるかに大きかったんです。でもその差こそ、台湾の一般的な庶民感情の表れなんですよ」もちろん郝氏の死去を受け、台湾総統府は公式な追悼声明を発表した。しかし、蔡英文総統自身は志村さんに対してしたように、郝氏への惜別メッセージをツイッターで綴ることはなかったのである。
(https://president.jp/articles/-/35070)
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 志村けんさんが日本人だけでなく、台湾の人からも熱烈に愛されていたことが、この記事を通してうかがえます。ドリフの「8時だよ全員集合」や、その後の「大丈夫だあ」当の番組を通して、彼が奇想天外な発想をしてお茶の間に笑いを提供し続けたことが、今更ながらすごいことだと思えます。彼のくだらない笑いには国境や世代を超えた何かがあるのでしょうか。とにかくすごい人物を失ったものです。改めて志村けんさんに追悼の意を表したいと思います。

2020年05月10日

#303 中国人が見た日本の教育

 今日は久しぶりに朝から雨が降っています。毎年5月3日、4日は福岡でドンタクパレードが催されますが、この両日は雨が降る確率が高くなります。今年は新コロの影響でドンタクパレードが中止になりました。
 さて大型連休の後半に入りましたが、新コロのために外出自粛要請のために多くの人が自宅で過ごされることでしょう。散歩等の外出は可能ですが、遠出は厳しい状況にあります。そこで「近場旅行」を勧めたいと思います。「近場旅行」と言っても、ただの「近所の散歩」のことです。自宅の周囲を散歩することで、今まで気づかなかった通りの花壇や屋根瓦の色や、木々の新緑など様々なことに気づくことができます。普段は通らない道を歩いたり、普段散歩する時間帯を変えることで、何気なく見過ごしていた近所の景色を満喫することができます。
 さて面白い記事を見つけましたので転載します。中国人が見た日本の教育についての記事です。かなりの長文ですが中国人の本音が分かります。

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『中国人ママが驚いた日本の教育「ゆとりと思ったら……慶応ボーイ?」「謎の謙譲語トーク、まねできない!」』
 日本に暮らす外国人、中でも、中国国籍の「華僑」と日本国籍に帰化した「華人」の数は合計100万人に迫っています(法務省調べ)。日本に連れてきたり、生まれたりする中国にルーツを持つ子どもが増える中、気になるのは教育です。「ゆとり教育と言っても、日本の受験戦争は激しい」「成長するにつれて、子どもたちは中国語を話せなくなった」。日本で子育てをする中国人の母親の本音を聞きました。

<日本の「ゆとり教育」は本当だった?>
集まったのは以下の4人です。
・方さん(30代、吉林省吉林市出身、一人娘3歳)
・孫さん(仮名、40代、北京市出身、息子二人、長男は21歳、次男13歳)
・王さん(仮名、40代、四川省成都市出身、一人娘8歳)
・記者自身(30代、浙江省出身、息子二人、長男7歳、次男2歳)
中国の教育はよく「詰め込み教育」と批判されています。海外の「ゆとりのある教育」は中国人にとっては羨ましい存在です。日本に来て新鮮だったのは、保育園や小学校の運動会で個人に順位をつけないことだったと言います。
「子どもたちは『紅組』と『白組』に分けられ、2組しかないのに、結果は『優勝』と『準優勝』。つまり、みんな賞がもらえるわけです」(方さん)
日本で義務教育を受けたことがない母親にとって、日本の学校の第一印象は「競争を強調せず、ゆとりがある」ことだったと口をそろえます。
「公立学校の授業もかなり分かりやすく、宿題が少ないです」(王さん)

<「中国にはいない慶応ボーイ」>
一方、日本の教育からは「ゆとり」だけではない面も感じたそうです。
「日本の塾は、受験対応のシステムとして非常によく出来上がっています。日本のエリート選抜は小学校、だいたい10歳の時点で始まっており、中国よりはるかに早いです」(孫さん)
中国の教育の場合、中学、高校に上がる際の試験(「小昇初」と「中考」)がありますが、人生の運命を決める最も重要な試験は、「高考」と呼ばれる大学入試です。学生と親にとって、「高考」は非常に大きなプレッシャーになります。日本の場合、有名私立大の付属校に合格できれば、ほとんどの人は、そのまま大学に進学することが保証されます。極端な場合、幼稚園に入った時から、人生がほぼ決まるケースもあります。
「『慶応ボーイ』のような存在は、中国ではなかなか考えられません」(王さん)
早くから選抜が始まることは、それだけ、チャンスが多いとも言えます。
「親として、子どもにチャンスが多いほうが安心」(孫さん)という気持ちもあるようです。

<中国語で話しかけても日本語で返事>
外国にルーツがある家庭ならではの悩みとして、語学があります。
孫さんの場合、数年前に一時帰国し、次男は小学校4年生の時に再来日したのです。
「再来日した次男は最初、日本語が分からず成績がよくありませんでした」
その後、塾にも入り、成績がぐんぐん伸びましたそうですが、一番よかったのは「本を読むこと」だったそうです。
方さんは「できれば中国語を娘に教えたい」と話しました。娘は3歳で、家では中国語をよくしゃべりますが、保育園での時間が長いので、日本語のほうが上達しているそうです。王さんは夫が日本人で、家で使うのは日本語。「娘に中国語で話しかけても、日本語で返事されます。家庭で中国語を教えるのは難しいと感じています」
記者の場合、子どもが生まれてから家で中国語を話すことを徹底したので、子どもが中国語を話すことは問題ありません。しかし読み書きになると、親が教えることに限界も感じます。

<「子どもが、中国人だと認めたくない」>
中国語への不安に対応するため、最近では「出前」の「中国語教室」が増えています。
「出前」の「中国語教室」では、近所同士の華人がお金を出し合い公民館やマンションの会議室を借り、中国語の先生を呼んで、子どもたちに授業をします。「親としては、中国語を覚えさせたいのですが、教室が開けるのは1週間にせいぜい1回か2回くらい。小学校に入ったら、子どもたちは日本語のレベルがどんどん上がるのに、中国語は話せなくなってしまいます……」(記者)
「中国語の先生を確保したり、教えるレベルを確認したりするのが難しい」(王さん)
「日本は、中国人のための学校である中国人学校が圧倒的に足りないですね」(方さん)
気になったのは、自分から中国語をあまり話さない子どもがいることです。「日本社会の雰囲気として、中国への評価はあまりよくないため、中国人だと認めたくない子どもが多いようです」(王さん)
「子どもに対しても、中国を蔑視するような言葉を使う人がいるため、親としてとても心配です」

<「お土産を持って遊びにくるなんて」>
新型コロナウイルスの影響で外出自粛となる前、中国人の母親たちが驚いたのは、スポーツが盛んなことです。
「週末になると、子どもたちが公園やグラウンドで走ったり、スポーツをしたりして、とても健やかな感じですね」(方さん)
「日本のほとんどの小学校、少なくとも東京では、プールが配備されていて、健康にいいですね。中国では、学費の高い私立の小学校でない限り、なかなかプールはないです」(王さん)
「子どもの礼儀が正しく、教養の高さが伝わります。なにより校舎が綺麗です」(方さん)
孫さんが驚いたのは、息子の同級生が孫さんの家に遊びにきた時のことです。みんな飲み物やハンカチなどを持参してきます。初めて訪問する場合は、お土産までを持ってくる子がいるそうです。中国の親、特に今、母親たちが子どもだった時代には、そこまで気にかけることはなかったそうです。「身だしなみというか、礼儀というか、男子学生も自然にできていて、とても感心しました」

<LINEグループの謙譲語トーク「まねできない」>
最後に「日本の学校のここが変」について聞きました。
孫さんは、PTAに積極的に参加し、日本人の母親との交流も多い方です。日本に長年生活してきたとは言え、いざ「深い」交流が始まると、慣れない、あるいは「変なところ」に気付くことがあるそうです。
ある日、次男の学校にインド人の子どもが入学してきました。インド人の両親は日本語がわからず、子どもも日本語が話せませんでした。すると、ある日本人の母親が「日本語ができなかったら、インター(インターナショナルスクール)に行きなさいよ」と言ったのです。「そのお母さんは、私(孫さん)も外国人だと意識せずに話したと思いますが、自分の子どもがもし日本語が分からなかったら入学する資格もないのか、と思い黙り込んでしまいました」
また、日本人の母親は自分を低い位置に置くことが多いのも気になったそうです。
「ウチは散らかってて…」とか、「うちの子、全然やらなくって」「そうそう、うちもなのよ」などの会話がよくあるそうです。
「同じライングループに入ると、謙虚というか、お母さんたちがほかの人を『褒めて』、自分のことを『下げる』ことが多く見られます。あの謙譲語の使い方は、まねできません」(孫さん)

<架け橋になってくれる子どもたち>
「異常な」ほどプライバシーに気を遣うことも「日本ならでは」と言います。
「学校でしか配らない小冊子でも、子どもの顔がわからない写真が使われてびっくりしました」(孫さん)
孫さんが次男に、友だちの受験校を聞くと「プライバシーだよ。知らない。聞けない。知っても教えられない」という回答が帰ってきたそうです。
「集合写真に子どもの顔を出さない親もいると聞きました」(方さん)
一方、王さんは「中国では子どもが誘拐されるケースもあるので、多少度が過ぎたと思っても、我慢はします」。
母親たちの話からは、日本と中国には、少なくない違いがあることが見えてきました。そして、その違いを実際に受け止めているのは学校に通う子どもたちです。孫さんの次男は小学生高学年のため、差異の部分をしっかり感じとっているようです。「日本の学校では音楽やスポーツも重視するし、多くの新鮮なことに触れる機会が多いです。先生が何かを直接教えるというより、学生は自分たちが考えて問題解決に取り組むことも多いですね。(次男が)授業に出る漢詩を中国語で読んだり、中国語の意味を補足して説明し、中国の文化を紹介したりして、架け橋的な役割も実現している」そうです。
記者の長男も保育園時代から、クラスメートの日本人、ロシア人、マレーシア人のお友達と仲良く遊んでいることが多いです。親の戸惑いはあるものの、子どもたちが両国の架け橋になるよう、大人同士も交流を深めていきたいと思っています。
(https://withnews.jp/article/f0200503001qq000000000000000W02311101qq

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 外国人から見た日本人像は良い意味でも悪い意味でも私たちが普段気づかないことを教えてくれます。日本人とは何かを考える意味で参考になる記事です。それでは残りの大型連休を自宅や近所旅行で満喫しましょう。

2020年05月03日

#302 頑張れ日本人!

 緊急事態宣言の延長を政府は現在考えており、ひと月ほど延長するようです。それに応じて、すでに5月7日、8日の休校を多くの都道府県で実施する予定ですが、おそらく大半の学校が5月末までの休校となることでしょう。
 さて私が勤務しています明光学園では昨年度よりICT教育を進めており、中3と高3以外の学年は全てiPadを持っており、このディバイスを使用して授業を実践している先生もいらっしゃいます。今日は今後のICT教育(オンライン教育)を進める上で希望者に研修会が実施されました。
 本稿の生徒が使用するアプリは「ロイロノート」、Google Drive、そして双方向会議用のZoomです。オンライン教育として必須のアプリとなっています。それぞれのアプリの特性を認識して、新コロによる休校の延長に備えて教師全員がアプリを利用できるように頑張らなければなりません。ゴールデンウィークを利用して私も使いこなすことができるように頑張ります。
 ところで、北海道を除いて、東京や大阪など感染者が少しずつ減少を始めました。収束に向かう兆候が少しづつ見えてきました。この日本人の行動に対して世界から称賛の声が聞こえています。「【海外の反応】パンドラの憂鬱」より引用します。

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海外「これが日本との差だ!」米紙『日本は欧米とは違い強制力なしで感染減少に成功』
 世界中で感染の拡大が続く新型ウイルス。どこの国であれ、現状正確な感染者数を把握するのは難しく、感染者の数はあくまでも拡大状況の参考程度となるでしょうが、米大手紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は、ここ最近の日本の感染状況などに注目。1日の感染者数がピーク時に比べ減少している事などから、「強制的な手段を使わずとも、日本の感染者は大幅に減少」というタイトルで、欧米とは違い罰則付きの都市封鎖をせずとも、国のトップが要請をすると、国民がその要請を受け入れ、さらにそれにより一定の成果が出ていることを伝えています。WSJの記事に対し、アメリカ人から1日で500を超えるコメントが。日本人の規律に対する称賛の声、アメリカ社会への不満の声など、様々な意見が寄せられていましたので、ご紹介します。

■ 日本人は癇癪を起こすことなくちゃんと政府の方針を聞くし、
  今何が必要なのかが分かってるからだろ。 +22

■ 残念ながら俺たちは要請を理解出来るほど頭脳明晰ではない。 +4

■ 日本人は前からマスクを着けてるし、握手もしない。 
  お金やクレカは手渡しじゃなくてトレーに置く。
  そして礼儀正しくて、清潔。
  私が見た限り、日本の通りや空港は本当に清潔だった。
  日本人は個人の利益より集団の利益を優先するのよ。 +233

■ 国のトップが国民に自粛を求め、国民がそれを受け入れる。
  結局国への信頼感が私たちとは違うのでは。 +2

■ 日本人はアメリカ人より高い規律があって人間として成熟してる。
  こっちとは違って甘やかされた環境を求めてないしな。 +6

■ スウェーデンと同じだよね……。
  国民に賢明な人たちが多いと要請でも成立するんだ。

■ 「従順」はアメリカの伝統ではない。良くも悪くも。 +2

■ 他の国では見られない文化がある事を見逃してはいけない。
  つまり、彼らには高い自制心があるんだ。
  そしてそれは多くの国では見られないものだ……。 +3

■ だって日本人はちゃんと政府の指示に耳を傾けるもん。 +5

■ 規律、倫理、礼儀に関して、日本は他のどの国とも違う。 +7

■ 日本には高度に発展した社会がある。
  日がな一日大統領を責め続けてるアメリカ人とは違うんだ。
  ところで、アメリカはあらゆる面で成功を収めたけど、
  医療システムと免疫に関しては失敗してしまったね。
  ヘルス(健康)=ウェルス(財産)なのに。 +6 インド

■ 日本人はコミュニティや集団を俺たちより大切にしてるしな。
  アメリカ人は自分に不便が及ぶ事を許さないんだ……。 +6

■ だけど一日何人検査をしてるの?
  最後に聞いた時、日本は大規模な検査はしてないようだったよ。
  それもオリンピック開催のためだったって。 +4

■ 国民が政府の要請を聞くんだろ? アメリカじゃ不可能さ。 +2

■ アメリカとは違って日本人は小さい頃から、
  自分は特別な存在ではないという事実、
  そしてどんな時も冷静に行動する事の重要性を学ぶ。
  とは言え、オキナワで数年間暮らしてた頃に、
  路上でデモ活動をしてる人たちを見た時は、
  何でも自分の思い通りになると信じてる、
  大きな赤ん坊を見てるような気分になったけどね。 +13

■ だって日本人ってそういう人たちじゃん。 +1 ベトナム

■ 名誉を大事にして見苦しい行動は取らないんだよね。 +2

■ ドイツ人と日本人は高い衛生意識があるし、お上に従う。
  路上でゴミをポイ捨てすることもしない。 +1

■ 日本人ほど高い規律を持つ国民はいないからねぇ。
  アメリカ人は自分の権利を主張してばかりだし。 +2

■ 何で日本では自粛要請が機能してるかって?
  世界にあるのは「日本」と「それ以外」だからだよ。

■ これは本当に興味深い!
  集団主義と個人主義の違いの完璧な例じゃないかな🤔 +2

■ アメリカでも自粛「要請」を試みたけど、誰も聞かなかった。
  だから次のステップに移行するしかなかったんだよ。 +12

■ それはフェイクニュースだ。
  自分の地元では社会的距離を実践し始めてたよ。 +4

■ 日本はスウェーデンよりはるかに模範的だと思う。
  スウェーデンの報告には偽りがある。 ポーランド(中国出身)

■ この前地元で「我々に自由を」ってデモをしてる集団を見たわ。
  自粛「要請」なんてアメリカ人は聞かないだろうな。 +9
  

■ 国民がちゃんと政府の指示に従うなら、
  本来強制的なロックダウンなんて必要ないんだよね。 +42

■ 日本で感染者が減ったのはここ数日だけ。大げさな報道はやめるんだ。

■ 理由は明らかだよ。
  日本の場合は国民に教養があり、社会には礼儀がある。
  それがアメリカとの差だ。 +35

■ 日本人は他者を思いやる気持ちを以前から持っていた。
  私は日本のそういった面が大好きなんだよね。
  他者にどう接するべきなのかについて、
  日本にいる頃に沢山のことを学んだよ。 +2

■ つまりこのバカげたロックダウンは必要ないってこと? +23

■ この国にいるのは日本人じゃなくてアメリカ人だけどね。
  日本人は集団の幸福を大事にしてるし、
  全体のために自己犠牲を払える人たち。
  日本人はワンチームとして動く。
  私たちは個々が好き勝手に動く。 +4

■ 日本人は社会の秩序を保つ行動を取るもの。
  これが日本と残りの他の世界との差だ! +2

■ 地震、台風、洪水、火山の噴火、その他諸々の災害を、
  日本人は自分の人生の一部だと考える傾向があるんだ。
  だからそれらを乗り越えるための規律が備わる。
  アメリカ人が見習うべき文化的な要素だ。 +4

■ 日本で日本人と一緒に仕事をすると、
  何で日本人が自粛要請に反発しないのかが分かるよ。
  アメリカ人はナチュラルに権威を疑ってかかる。
  ただのお願いをアメリカ人にしたところで、
  自粛が上手くいくとはちょっと私には思えない。 +66

■ 政府が出来るのは命令ではなくて要請。
  本来なら理想的な社会のあり方ではあると思う。

■ 日本国民には教養と清潔感がある。
  そしていざって時には社会のルールを守る。
  思い返してみてほしい。
  日本は国土が狭く、地震が多くて、資源も少ない。
  それにもかかわらず世界第3位の経済大国なんだ。
  今回の戦いだって、きっと日本が勝利するさ。 +15
(http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-3432.html)
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 世界から日本はこのように思われています。一日でも早く新コロ収束に向かって皆で力を合わせ国難を乗り越えましょう!

2020年04月30日

#301 愛の戦士たち

 ゴールデンウィークが近づき、東京都では「ステイホーム週間」を設けて初の週末を迎えています。先週末と異なりテレビの報道で知る限りは、主な観光地ではほとんど人込みが見られません。感染率を減らすために、この状況が続いてくれることを期待します。また福岡市の天神も自粛率が70%を超えるなど、新コロへの人々の自粛対策意識が高まっています。このことは新コロの感染を防ぐだけでなく、医療関係者の負担を減らすことにもなり、医療崩壊を防ぐことにもつながります。
 さて「愛の戦士」として医療現場の最前線で働いていらっしゃるのが医師、看護師などの医療関係者です。新コロの感染から自分の命や家族を守りつつ、日夜感染者のためにほとんど休みなしに医療現場で戦っていらっしゃいます。本当に頭が下がります。地震や洪水などの自然災害では、ボランティアとして多くの人たちが災害現場で活動できますが、医療現場では専門職の人々しか働けず、一般の人々はただ現場の推移を見守るしかありません。そのような大変な医療従事者に感謝し声援を送るために、世界各国で決まった時間に皆で拍手したり、歌を歌ったりすることが行われています。この行為は医療現場の人たちと共に気持ちを共有したい意識の表れで、お互い愛の気持ちでつながれた行為に他なりません。
 また医療関係者だけでなく、国の安定に寄与している警察、消防、通信、電気などのインフラ産業、生活を維持するために必要なスーパーマーケット、薬局など、この自粛期間にも毎日働かなければならない業種に所属している人々もまさに「愛の戦士」と言えるでしょう。本当に頭が下がります。新コロが落ち着き、平常の状態に社会が戻れば彼らが社会のヒーローであり、救世者となります。
 ところが、このような慈愛に満ちた彼らの活動にも関わらず、彼らに対して様々な風評被害が発生しています。次の記事は読売新聞の社説です。
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『コロナ過剰反応 偏見は社会不安しか生まない』
 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、過剰反応や差別的な行為が相次いでいる。正しい情報に基づいた冷静な行動を心がけたい。
 目立つのが、医療従事者らに対する心ない言動だ。集団感染が発生した東京都台東区の永寿総合病院に勤務する女性は、娘が通う保育園から登園を自粛するよう求められた。女性はPCR検査で陰性だったが、娘の登園を控えざるを得なかった。
 医師や看護師が感染した兵庫県小野市の北播磨総合医療センターでは、人事異動で転居しようとした職員が業者に引っ越し作業を断られた。家族が勤務先から出勤停止と言われたケースもある。
 日本医師会によると、感染者が出た病院がシーツや枕カバーなどのリネン交換を業者から拒まれた事例も出ている。言うまでもなく、医療従事者は過酷な現場で日々、身を削る思いで、懸命に治療にあたっている。こうした過剰反応は、感染症に対する不安が背景にあるにしても、極めて残念である。
 保育園に子供を預けられなければ、その医師や看護師は病院に行けないかもしれない。寝具の交換ができないと、病院内の業務は滞る。偏見から生まれた行為が、現場を疲弊させ、医療崩壊を招くということを考えねばならない。
 学校現場でも、不適切と言うほかない対応が見られる。愛媛県新居浜市の市立小学校は、感染拡大地域を行き来する長距離トラック運転手の子供に自宅待機を求めた。保護者も子供も体調に問題はなかったが、感染のリスクが高いと判断したという。
 外出自粛が広まるなか、トラック運転手は物流を担い、国民の経済活動を支えている。学校関係者はなぜ、そのことに思いを巡らすことができなかったのか。
 学生の集団感染を公表した京都市の京都産業大には抗議などの電話やメールが数百件届いた。なかには「大学に火をつける」と脅迫するような内容まであった。誹謗(ひぼう)中傷が続くと、感染拡大を防ぐため情報を積極的に公開しようとする動きに、ブレーキがかかりかねない。過激な言動は社会不安をあおる結果しか生まない。
 新型ウイルスには誰もが感染しうる。今、求められるのは、最前線で働く人たちに感謝し、自らも感染抑止に努める姿勢だろう。
 茨城県や福岡市の職員は、医療従事者らへ拍手を送る取り組みを始めた。こうした動きが社会に浸透することを期待したい。
(https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20200423-OYT1T50011/)
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 高校生も難しい対応を求められています。今年のインターハイの中止が決定しました。また高校野球も中止という重大な決定をする時期に来ています。今私たちは二者選択を迫られています。行動自粛を続けてできるだけ早く新コロの影響を脱するか、あるいは中途半端な行動自粛のせいで、今後も長期にわたり経済活動まで自粛させるか。あくまでも選択するのは私たち一人ひとりの意識です。頑張りましょう。

2020年04月26日

#300 10万円の行方

 政府は30万円支給で迷走した挙句に国民全員に突如一律10万円支給を決定し、その支給方法を先日公表しましたが、この10万円支給に対して国会議員の間で様々な対応があるようです。本日「東洋経済 ON LINE」で面白い記事を見つけましたので転載します。前回のブログで書いた国会議員の歳費が詳しく書かれています。

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『歳費2割減で露わになった政治家の独善と欺瞞』
ー批判逃れの茶番劇に国民の批判が高まるー

 国民生活がコロナショックで窮迫する中、国会議員の歳費2割削減や一律10万円の受け取り辞退の動きに、各界各層から厳しい目が注がれている。
各党は、国から受け取る歳費を2割削減することで基本合意した。国民全員に一律で配られる10万円についても、受け取り辞退やいったん受け取った後に寄付などをする動きが出ている。
 ただ、こうした国会議員の対応には「国を動かす政治家の独善と欺瞞が際立つばかり」(有識者)との嘆きが広がっている。

<維新と共産は歳費削減に反発>
 多くの国会議員は「自ら身を切ることで、国民に寄り添う」(自民党幹部)と胸を張り、4月30日と見込まれる2020年度補正予算案の成立に合わせて、各党は最終的な対応を打ち出す方針だ。
 ただ、2割削減には「5割削減が当たり前」などの批判が相次ぎ、10万円の扱いについても各党の対応はバラバラ。国民の政治不信を加速させかねない状況だ。
各党の協議が先行したのは議員歳費の削減だった。緊急事態宣言の全国への拡大や全国民への一律10万円給付の決定に先立ち、4月14日の自民、立憲民主国対委員長会談で「2割削減」で合意した。これを受けて自民党は20日の臨時総務会でこの方針を了承。同党が国会議員歳費法改正案を議員立法で提出し、月内にも衆参本会議で成立させる段取りを決めた。
 国会がコロナショック対応に揺れる中、歳費削減で合意した自民党の森山裕、立憲民主党の安住淳の両国対委員長は、「国会も国民の皆さんと気持ちを一緒にするのが非常に大事」(森山氏)、「我々自身が範を示す」(安住氏)と胸を張った。
だが、これに対し、3月に2割削減を求めていた日本維新の会は「風向きが変わって態度が一変した」と反発。政党助成金の受け取りを拒否している共産党は「筋が違う。今は国民の命と健康、生活と営業を支え、全力で補償する方策を仕上げるのが国会議員の仕事」と安易な歳費削減合意を批判した。
 国会議員の給料に当たる議員歳費については、月額129万4000円と規定されている。2割減額なら同103万5200円となり、25万8800円の削減だ。適用は5月分から1年間とされ、年額では議員1人当たり310万5600円の削減となる。
 これだけ見れば表向きは「範を示した」ようにもみえる。しかし、国会議員は歳費のほかに、文書通信交通滞在費などの名目で各種手当を歳費とほぼ同額受け取っており、これに各党(共産党を除く)に交付される政党助成金や都内一等地の議員会館・宿舎の家賃の優遇などを合わせれば、議員1人当たりにかかっている「コスト」は年額1億円超との推計もある。
 このため、厳しく計算すれば「削減の実態はわずか3%程度という微々たるもの」(政界関係者)となる。こうした実情を知る橋下徹元大阪市長は「せめて5割削減と言えないのか。国会議員は結局、自分の財布が大事」などと批判。永田町でも「批判逃れの茶番劇」「国会議員のモラル低下の表れ」などの自嘲めいた声が広がる。

<大臣は10万円の受け取りを辞退>
 一律10万円給付に対する大臣や国会議員の対応も問われている。政府は21日の持ち回り閣議で、大臣と副大臣、政務官を対象に10万円の受け取り辞退を申し合わせた。安倍晋三首相が20日の自民党役員会で、「10万円については、全閣僚が受け取りを辞退する」との判断を示したことを受けたものだ。これに伴い、自民党も所属国会議員の受け取り辞退を決定する方針だ。
 公明党の山口那津男代表は「私自身は受け取らない」と語ったが、党としての受け取りの可否は決めない考えを示すなど、与党内でも対応が分かれている。
野党側では、立憲民主党の安住国対委員長が国会議員の受け取りの可否について慎重に検討する考えを示し、国民民主党は総務会で党所属国会議員が受け取った10万円を寄付などで社会還元する方向となった。維新の松井一郎代表も、党所属国会議員と地方議員が受け取ったうえで、党が全額を徴収し、寄付に回す方針を明らかにした。
 一方で、共産党の小池晃書記局長は会見で「私はもらわない」としつつ、「受け取るか受け取らないかを聞くこと自体をやめたほうがいい。もらわない選択肢もあるし、もらって全部寄付する人もいる。それぞれが判断すればいい」と党としての方針は決めない考えを示した。
 各党の対応はバラバラとなるが、その背景には、各政党やそれぞれの所属国会議員1人ひとりの台所事情の違いがある。「国会議員だから、として画一的に対応するのはおかしい」との指摘もあるが、「多額の税金で待遇が保証されている国会議員は、10万円どころかさらに身銭を切るのが当たり前」という庶民感覚とのズレは隠せない。
 国会には、自民党の河井克行前法相と河井案里参院議員夫妻のように公選法違反疑惑で雲隠れを続ける議員や、緊急事態宣言下で「セクシーキャバクラ」通いが発覚し、立憲民主党を除籍処分となった高井崇志衆院議員など、「かなりの数の不良議員」(政界関係者)が存在する。

<消える「井戸塀政治家」>
 これらの議員は、政治家としての活動は「ほとんどしていない」(同)とみられるだけに、インターネット上でも「こんな議員の歳費や手当に血税が使われるのは許せない」との声があふれる。
 多くのメディアは、政治家による歳費2割削減や10万円の受け取り辞退などについて、分析や解説記事をあまり伝えていない。大手紙幹部は「コロナ報道に埋没し、議員の格好つけにすぎないので、優先順位が低かった」と釈明する。
 しかし、コロナ対策の成否は「首相や閣僚だけでなく、個々の国会議員の政治判断にもかかっている」(自民長老)のは事実だ。それだけに、「国会議員の自覚不足が、コロナ対応での国民の不信感を広げている」(同)ことは否定できない。
国会議員はかつて「選良」と呼ばれていた。また、一昔前には「井戸塀政治家」という政界用語もあった。前者は「選ばれたすぐれた人物。特に、国会議員をさす」(三省堂大辞林)とされ、後者は「国事に奔走して家財を失い、残るは井戸と塀ばかり」という、清貧を旨とする政治家像を指す言葉だった。
 しかし、「いまや政界では、選良や井戸塀、清貧というような言葉は死語となった」(有力政治学者)のが実態だ。安倍首相はコロナ禍を「第3次世界大戦」と表現したとされるが、今回の議員歳費や10万円給付をめぐる対応をみる限り、「国民や前線兵士を放置して、大本営発表を続けた帝国日本の軍部の姿が二重写しになる」(同)と指摘されても仕方がない。
(https://toyokeizai.net/articles/-/346210?page=3)
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 確かに幕末、明治、大正時代には多くの傑出した偉大な大政治家が国家社会のために身を捧げたものです。現代の政治家にとって「井戸塀」に相当する政治家が何人いるでしょうか。国家危急存亡の時に果たして何人の政治家が立ち上がってこの国を導くことができるでしょうか。挙党一致することなく、与党も野党も口先ばかりの論戦をおこなっています。心中は誰も自分の歳費を減らしたくないのです。政治家を見れば国の将来が分かります。非常に嘆かわしいことです。

2020年04月23日

#299 人の真価が問われる時

 全国に緊急事態宣言が出されて初めての週末を迎えましたが、東京や大阪などの大都市では外出の自粛率が70%を超えているようです。政府が呼びかけた「最低でも7割」を達成しており、このまま新コロのピークが収まるまで続いてほしいと思います。
それでも地方都市では少しずつ感染者が増加しており、ここ大牟田でもついに感染者が出ました。40代の女性だそうです。加えて無症状の感染者はどの町でも少なからず存在すると思われ、手洗いやうがいなど日頃の生活が感染を防ぐのに大切になります。
 日本人は海外から礼節ある国民と評価されていますが、国内の視点(少なくとも私の視点)で見ると、政府の要請に従わない愚輩も少なからずいます。数日前のニュースでは東京でパチンコができない輩が栃木県まで遠征する旨の報道がされましたが、残念ながら、ここ大牟田でも隣の県境の荒尾市までパチンコをしに行っている記事が西日本新聞に載っていました。このような政府の要請を無視してまで、自分の欲に埋没する人たちは、いったい何を考えているのでしょうか。
 このような自覚のない行為が感染を増やすことにつながります。国の存亡にかかわる緊急事態の期間中は不急不要な外出はできるだけ控えてもらいたいものです。
 またこのことは政府や国会議員の言動にも表れています。平時体制であれば国会の審議に時間をかけることは有り得ますが、今は緊急事態です。言いかえれば新コロとの戦争状態です。国の対応が1日遅れれば、それだけいっそう感染が拡大し、被害が大きくなります。
 特に国家の方向を決める国会議員と庶民の意識の間にはかなりの乖離があるように思えます。例えば事業者に対して国は営業自粛を要請していますが、国会議員は現在それに応じて歳費の2割を削減すべく現在審議が行われています。昨夜の報道番組「ニュースキャスタ」によりますと国会議員の年収は次のようになっています。

歳費   約1240万円
期末手当 約640万円
文書通信・交通滞在費 約1200万円
立法事務費 約780万円
年収 約4170万円 2割削減すると約3860万円

 2割削減しても約40000万円が収入として手に入ります。呆れてものが言えません。民間企業であれば事業自粛中はある程度給料保証がありますが、それでも月給の半分程度でしょう。自営業にいたっては営業しなければ収入が入ってきません。最悪の場合、店を廃業することになります。
 少しでも世の中の現状が理解できる国会議員であれば、「自分たちの年収を3割にしてもいいので、削減した分を医療関係者や生活困窮者の足しにして頂きたい。」と言えるのではないでしょうか。ちなみに衆議院・参議院併せて713人です。年収7割削減でおよそ1人当たり3000万円となり、議員713人の削減額が約21億3900万円となります。このような英断をする国会議員はいないのでしょうか。(それ以外に所属の政党から支援金がでますので、実質的にはもっと年収が増えます。)
 国家存亡の時に、まず国会議員が身を正し、国民に評価されるような言動を自ら行うべきです。そうしないと政府や国会議員に対して国民は信頼しません。
 今回のウィルス騒動で明らかになったのは、平時体制では日本社会はうまく機能しますが、一旦緊急事態(戦時体制)になると、現憲法や法律の制限により、政府の強権発動ができないということです。このことは戦後ずっと議論されてきましたが、幸いにも紛争や戦争に巻き込まれることなく70余年を過ごしてきて、その間一度も国家非常事態の対処方法を考えてこなかったことにあります。これは与野党問わず国家を運営する者の怠慢でもあります。
 確かに大地震や台風などの自然災害においては死傷者が多数出ますので迅速な災害対応を国家はしてきました。今回の新コロによる疫災を通して、再度「国防とはなにか、社会を守るとはどのようなことか」を、考える時期が来たと思います。その意味で今は「人の真価がわかる時」「国の非常事態を考えるとき」だと思います。

2020年04月19日

#298 自然との共存へ

 当塾へのアクセス数がいつの間にか1万回を超えてしまいました。ホームページを開設して5年が経ちますが、1日10回程度アクセスがあります。HPを訪問して下さった皆様に御礼申し上げます。
 さて昨日政府は全国の都道府県に緊急事態宣言を出しました。遅きに失している感がありますが、それでも全国民が同じ意識で新コロに立ち向かうことが大事です。もし3週間で新コロの疫災の収束に向かう兆しが見られれば、日本人の団結力が優れている証左にもなります。世界中が日本の対策に注目しています。日本人の底力を示しましょう。
 さて今回の新コロだけでなく、従来から科学者の間で危惧されてきたことがあります。それは新コロのような新感染症に効く薬はなく、一度感染症が勃発すると、交通機関の発達のおかげで世界中が瞬時にパンデミックになりえる、ということです。その理由の1つは人類が科学技術の発達により、今まで踏み込まなかった原野に踏み込み、そこを開発した結果、寝ていた未知のウィルスを起こしてしまうことです。
 また地球温暖化によりシベリアの永久凍土が解けて、その中に封じ込められていた未知のウィルスが働き始めることも以前から指摘されてきました。新コロのパンデミックを体験している今、人類全体が経済活動を含めて今までの生き方をもう一度考え直す時期に来ているのではないでしょうか。自然と共存していかなければ、人類の生存はありません。
 ここで興味ある記事を紹介します。霊長学者で著名なジェーン・グドール氏の記事です。
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コロナパンデミックの原因は「動物の軽視」 霊長類学者グドール氏
【AFP=時事】世界的に有名な英出身の霊長類学者、ジェーン・グドール(Jane Goodall)博士(86)は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)は、人類が自然を無視し、動物を軽視したことに原因があると指摘している。
 アフリカで先駆的な研究に取り組み、チンパンジーの本質を明らかにしたことで知られるグドール氏は、ナショナルジオグラフィック(National Geographic)の新ドキュメンタリー番組「ジェーンのきぼう(Jane Goodall: The Hope)」公開に先駆けて行われた電話会見で、今後の災難を防ぐために過去の失敗から学ぶよう世界に訴え、誰もが変化を起こすことができると語った。

■今のパンデミックについてどう考えますか?
グドール氏:われわれが自然を無視し、地球を共有すべき動物たちを軽視した結果、パンデミックが発生した。これは何年も前から予想されてきたことだ。
 例えば、われわれが森を破壊すると、森にいるさまざまな種の動物が近接して生きていかざるを得なくなり、その結果、病気が動物から動物へと伝染する。そして、病気をうつされた動物が人間と密接に接触するようになり、人間に伝染する可能性が高まる。
 動物たちは、食用として狩られ、アフリカの市場やアジア地域、特に中国にある野生動物の食肉市場で売られる。また、世界中にある集約農場には数十億匹の動物たちが容赦なく詰め込まれている。こうした環境で、ウイルスが種の壁を越えて動物から人間に伝染する機会が生まれるのだ。

■このような動物市場に対し、私たちはどんなことができますか?
 中国が生きた野生動物の市場を閉鎖したのは非常に良いことだ。一時的な禁止措置だが、われわれはこれが恒久的な措置になり、他のアジア諸国も後に続いてくれたらと願っている。
 しかしアフリカではブッシュミート(食用の野生動物の肉)の販売に多くの人の生活が懸かっているため、これを禁止するのは非常に難しいだろう。
 自分自身や家族を養うためのお金を全く持っていない人々に対して(食用野生動物販売の)禁止をどう行うべきかは、かなり慎重に検討する必要がある。ただ少なくとも今回のパンデミックはわれわれに、新たな流行を防ぐにはどんなことをすべきか教えてくれたはずだ。

■私たちは何に希望を持てば良いですか?
 私たちは自然界の一部であり、自然界に依存しており、それを破壊することは子どもたちから未来を奪うことに他ならないということに気付かねばならない。
 世界中で行われている前例のないロックダウン(都市封鎖)という対応によって、より多くの人が目を覚まし、ひいては、どうすれば自分たちの生き方を変えられるのかということを考えるようになればと思う。
 日々の小さな選択をする時にその選択がもたらす結果を考えるようにすれば、誰でも、毎日、影響を与えることができる。何を食べるか、その食べ物はどこから来たのか、その食べ物は動物を虐待して得られたものか、集約農業によって作られたものか(大抵の場合そうだが)、子どもの奴隷労働で作られたから安いのか、生産過程において環境に悪影響を及ぼしたか、どこから何マイル移動してきたのか、車ではなく徒歩で移動できないか。
 それから、貧しいとこういった倫理的な選択ができないため、どうすれば貧困を和らげられるのかも考えてほしい。貧しい人たちは生き延びるために、自分たちにできることをせざるを得ない。どれを買おうかと考える余裕はなく、最も安いものを買うだけだ。食べ物をもっと栽培できる土地を必死に探し、最後の木を切り倒してしまうのだ。
私たちが生活の中でできることは、一人一人少しずつ異なるが、私たち皆が変化を起こすことができる。誰もがだ。
(https://www.msn.com/ja-jp/news/coronavirus/コロナパンデミックの原因は「動物の軽視」-霊長類学者グドール氏/ar-BB12vhoi)
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 私は英語の問題集からたまたまグドール氏のことを知りました。彼女の活動を説明した英文が過去の進研模試に登場したのです。彼女が警告しているように、現代人は自然と共存するよりも拝金主義者と化しており、経済第一主義を唱道しています。言い換えれば他の生命体を犠牲にし、自然を軽視した生き方を選んできたのです。
 日本では明治以前の時代は人々は自然とともに歩いてきました。特に江戸時代は完璧なエコ・リサイクル社会として知られています。江戸時代は廃物という考えはなく、残飯や糞尿は肥料として畑で使用されました。エコロジー(生態学)としては最先端を歩いていたわけです。
 今度の新コロ厄災を契機として、人類が生き方を改めないと、第2、第3の新型ウィルスが発生し、人類の生存を許さないでしょう。そこに地球の意志があるような気がします。あまりにも自然を破壊し、他の生命体の存続を脅かす人類は生命の母なる地球にとって邪魔者でしかありません。

2020年04月17日

#297 触らぬ神に祟り無し

 今日は朝から雨が本降りです。天気予報では夜に雷雨と言っていますが、明日にかけて西日本から東日本まで大荒れの天気が予想されます。大雨で新コロを洗い流してもらいたいものです。
 さて福岡県知事が緊急事態宣言を行って1週間近く経ちました。大牟田市は現在感染者は出ていませんが、今日も久留米では7名の感染者が出ています。筑後市や柳川市も感染が確認されていますので、その南に位置する大牟田市も早晩感染者が出てくることを懸念します。
 ところで昨日食料品の買い物に出かけましたが、イオンでは食料品コーナーのみ営業しており、その他の専門店街はすべて閉鎖されていました。もちろん映画館も閉鎖されており、専門店街にある書店も当然営業自粛になっていました。
 一方で、ゆめタウンはほとんどの店が営業しており、新コロの影響は全く受けていないような雰囲気でした。しかし週明けに小川県知事が再度営業自粛を呼びかけるということで、ゆめタウンも今後営業自粛になるかもしれません。
 安部総理大臣は国民に対して自粛要請を度々呼びかけていますが、国難ともいえる疫災を収束させるには私たち一人ひとりの行動にかかっています。言いかえれば不急不要以外には遊びに出歩かないことです。実際、遊びに行こうと思っても福岡市の天神や博多駅周辺の商業施設は営業自粛のために、ほとんど休業となっており、出かける意味がありません。
 コンビニやスーパーは営業していますが、遊び場所ではありません。このような状況下では大人しく家で読書したり、趣味に時間を使ったりすることが最善です。新コロがウヨウヨしている街中に出かけるよりも安全な家の中で過ごすのが一番です。「触らぬ神に祟り無し」と言いますが、まさに至言です。
 仕事の種類により、街中に出かけなければならない人以外は、テレワークを利用したりして人込みを避けることが必要です。私たち一人ひとりが様々な工夫をして新コロの影響を早く脱しましょう。東日本大震災も国民の努力によって克服しました。世界中の人たちが日本の新コロ対策に注視しています。強制的に都市封鎖をしなくても済むように、私たちの努力で新コロに打ち勝ちましょう。

2020年04月12日

#296 春の小川

春の小川は、さらさら行くよ
岸のすみれや、れんげの花に
すがたやさしく、色うつくしく
咲けよ咲けよと、ささやきながら
(文部省唱歌)

 大牟田市内の小学校・中学校、県立高等学校は小川県知事の緊急事態宣言を受けて5月6日まで休校となりました。私が非常勤講師をしている明光学園も昨日新コロの影響を避けるために放送により入学式をおこない、その後5月6日まで休校になりました。緊急事態宣言がどれほどの効果があるか分かりませんが、少しでも感染者数が減少に向かえば幸いでしょう。また毎週木曜日に行われている学習支援ボランティアもしばらくの間中止となり、今日は一日中休みになってしまいました。
 そこで午後、買い物のついでに運動がてら1時間ほど自転車で近くの諏訪川沿いに三宮古墳まで足を延ばしました。この古墳は大牟田・荒尾地区にある古墳群の1つで、ネットに次のような説明があります。
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三の宮古墳(さんのみやこふん)
荒尾唯一の前方後円墳
主軸をほぼ東西にとる全長60m。
後円墳は直径23m、高さ6m、南東斜面は彩土により削り取られているが、比較的原形を保っている。
前方部は長さ37m、高さ2.3m、幅14m、後円墳と接する部分はせまくくびれており、神社建立の際、一部分が削り取られたが、全体の形は帆立貝型をする未開口の古墳である。古墳の北側にかすかな周皇(みぞ)の跡がある。
後円部に河原石の葺石や円筒埴輪の破片が発見されたが全貌は明らかでない。
(http://yumeko2.otemo-yan.net/e349227.html)
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 古墳がある三宮神社内に案内板がありますが、それを読まないと神社内に古墳があることに気づきません。それほど古い神社です。小学校時代にはここまで鍛錬遠足で何度か来たことがあります。徒歩では1時間半ほどかかります。神社の案内板によりますと、この古墳は5世紀ごろ造られたそうです。この近くには萩ノ尾古墳、潜塚(くぐりづか)古墳、四つ山古墳、そして当塾の近くの大牟田市動物園の上方の貯水塔の下にあります宅ヶ峰古墳などがあります。
 神社を出ると正面に諏訪川の上流が流れており、冒頭に書きました「春の小川」のようにさらさらと瀬音が聞こえ、岸辺には菜の花やれんげが咲き乱れていました。新コロの影響が無ければ子どもたちが水辺で遊んでいる姿を目にすることができるはずです。春は爛漫の姿を見せています。

2020年04月09日

#295 桜満開の日に、海達公子のこと

 新コロの影響で人々の行動自粛が要請されていますが、桜は今年も咲いています。今が満開です。残念ながらクラスター発生を防止するために、桜下での花見や宴会が自粛されています。桜は来年も咲きますが、自分の命は自分で守るしかありません。
 さて、今日は所用で午前中県境のスーパーマーケットまで行ってきました。当塾から自転車で15分のところにあります。そこに行く途中で四ツ山公園に立ち寄りました。この公園は福岡県と熊本県の県境にある4つの小さな山(四つ山)から成り立つ公園です。ここには年に1,2度しか来ませんが、春の桜で有名です。公園の展望台からは有明海やラムサール条約に登録されている荒尾干潟が一望できます。また天気が良ければ遠い天草の島々も見ることができます。また島原湾で唯一の灯台(四ツ山灯台)が公園内にあります。
 また、この公園には四つ山神社と四つ山古墳があります。この古墳は6世紀に造られたと言われていますので、今から1500年ほど前に造られたことになります。この場所には古墳群があったと言われており、おそらく当時の豪族がこの一帯を支配していたのでしょう。四つ山神社の境内からははるか遠く島原の街並みや雲仙普賢岳の姿が一望できます。
 この四つ山神社に登るには車道を通るコースと南側の階段を上るコースがあります。いつも階段を上って神社に参拝するのですが、今日は階段の途中に案内板があるのに気づきました。「海達公子(かいたつ きみこ)の文学散歩道」と書いてあります。はて、そんな文学者がいたかな、と思い、わき道に逸れて小道を進んでみました。小道の左右に詩を刻んだ石碑がいくつも建っており、海達公子の顕彰碑となっています。
 当塾に戻り、ネットでこの詩人のことを調べてみると、次のような記事が見つかりました。(http://yumeko2.otemo-yan.net/e348116.html)
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海達公子(かいたつきみこ)
生誕 1916年8月23日
死没 1933年3月26日

幼少のころより父の影響を受け、雑誌「赤い鳥」などに児童自由詩を発表。北原白秋らの絶賛を浴び、それ以後、詩人として全国に知られるようになる。

 1916年(大正5)8月23日長野県飯田市に生まれ、父・松一の仕事の関係で荒尾市で育ちました。貴文(松一のペンネーム)は公子が荒尾北尋常小学校(現・荒尾第二小学校)に入るや、公子に童謡・自由詩を作らせるため、野や海岸に連れ出し、自然観察わ心がけさせ、家庭では「赤い鳥 (注1」などの児童雑誌や読本などの読み聞かせを行います。
 小学1年生のときから毎日「日記」を書くことを強いますが、公子は好奇心に富み、それが苦になりませんでした。公子は1年生の後半から作品を次々と「赤い鳥」等に投稿し、2年生にして北原白秋折り紙つきの少女詩人として一躍有名となり全国に知られるようになりました。
 1929年(昭和4)ら高瀬高等女学校(現・玉名高校)へ進学、2年のころから若山牧水の妻、喜志子に短歌を習い、短歌の創作をはじめます。1933年(昭和8)3月16日女学校卒業式後に虫垂炎で倒れ、腹膜炎を併発、3月26日 16歳の若さで亡くなりました。
5000編の詩と300首の短歌を遺しました。


【お日さん】
お山の上が
光り出した
お日さんの
上る道
あすこ
あすこ

【すすき】
さら さら すすき
お山のすすき
おててのばして
なにさがす
あおいお空に
なにさがす

【ひし】
とがった
ひしのみ
うらで
もずが
ないた

【てふてふ】
てふてふが
ひらひらとんできた
もちっと向ふへ
とんでいけ
あまちゃの花が
さいている

【夕方】
なたねが
きいない
向ふの方に
人のせた馬が
ぼつぼつ通る

【ばら】
まつかい
まつかい
ばらの花
目にはいつて
るるうちに
目つぶつて
母ちやんに
見せにいこ
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 北原白秋は有名な詩人ですが、海達公子のことを今日初めて知り、今更ながら自分の知識の無さを恥ずかしく思いました。大牟田・荒尾近郊には幕末から明治、大正にかけて活躍した多くの人達がいます。その人達をいつか紹介したいと思います。

2020年04月05日

#294 変なおじさん逝く

 今日は3月31日で、年度末です。明日から新年度になりますが、新コロの影響で明るいニュースがありません。各大学での入学式の中止や小中高の春休みの延長が検討されています。
 さて、昨日志村けんさんが新コロの犠牲になりましたが、国内外に大きな悲しみが広がっています。中国や台湾、韓国でも速報を流したそうです。説明するまでもなく、彼はドリフターズの一員で、様々なコントを国中に提供し、笑いをもたらしました。またドリフターズ解散後も多くの世代に笑いを与えてきたことでも知られています。
 しかし意外と知られていないのが彼の素顔です。彼の性格は舞台で見せる「バカ殿」のようなふざけた性格でなく、物静かな優しい人物であったと言われています。笑いのための役作りのために、徹底し計算された笑いを追求し、舞台やテレビではひたすら「バカ」になりきったそうです。昨晩のNHKの緊急特番「志村けんのファミリー・ヒストリー」を見ましたが、その顔はコメディアンの顔ではなく、素顔に近い真面目でシャイな顔だったことを感じました。稀代のコメディアンとして彼ほど徹底的に独特な笑いを追求した芸人はもう出てこないのではないかと思います。
 昨日からマスコミも彼の訃報を長時間にわたって報道しています。今日「文春オンライン」に次の記事が出ていましたので引用します。
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【追悼】志村けん 取材記者だけが知る“素顔”
         「努力を外に見せない、シャイで繊細な人でした」
 新型コロナウイルスによる重度の肺炎を患い入院中だった志村けんさんが、3月29日に逝去したことが分かった。70歳だった。
 これまで、自身についてあまり多くを語ってこなかった志村さんだが、芸能界40周年となる節目で、「週刊文春」2012年10月11日号のロングインタビューに応じていた。そのインタビューを担当したジャーナリスト・中村竜太郎氏が、取材時に垣間見えた志村さんの“意外な一面”や、誌面に載せられなかったエピソードを語る。

<とても人見知りで、最初はそっけないふうだった>
 志村さんのインタビューは、乃木坂にあるイザワオフィス(志村さん所属の芸能事務所)で行いました。私は1964年生まれで、まさにドリフとともに育ってきた世代なんです。『ドリフ大爆笑』も『志村けんのバカ殿様』もずっと見ていました。ただ、それまでの記者人生の中で志村さんに直接お会いしたことはなかったので、気持ちとしては一人のファンとして、「どんな方なのかな」「やっぱりひょうきんで、軽やかな感じの方なのかな」と思って、取材に向かったんです。
 そして、いざ事務所の応接室でテーブルを囲んでお会いしたら、とても人見知りの方で。非常にシャイで繊細な人なんだな、というのが強く印象に残っています。インタビューでは、限られた時間の中で用意した質問を一つずつ聞いていくんですけど、最初はなんだかそっけないふうでした。
「いつもどうやってギャグを考えているんですか?」と聞いたら、「うーん……。まぁ、どれもたまたまですよ」みたいな。そこで変な間が空いてしまうので、次はより具体的に「では、東村山音頭はどうやってできたんですか?」と聞いたり、少し質問を噛み砕いたり……そうすることで徐々に場の空気がほぐれていった、という感じでした。

<普段の志村さんは「静」の人>
 私たちが思う“志村さん像”には、爆発的なギャグを繰り出したり、舞台上で突然暴れだしたり、やっぱりそうしたイメージがありますよね。でも、それが「動」だとしたら、普段の志村さんは「静」なんです。特にインタビューの序盤は言葉が重たいといいますか、あぁ、実はとても慎重な方なんだな、という印象を受けました。
 私が知る中では、北野武さんの雰囲気にちょっと似ているかもしれません。武さんとは『ビートたけしのTVタックル』で共演したことがありまして、直接お話ししたこともあるんですが、武さんも素顔は人見知りで知られます。でも、ひょっとしたら武さんよりも志村さんの方が、言葉が少ない、寡黙な方かもしれないです。テレビで見ている印象とは全く違いましたね。

<「笑ってるとさ、また頑張ろうって思えるじゃない」>
 特に記憶に残っているのは、志村さんに「お笑いとは何ですか?」とお聞きしたときのやりとりです。その質問に対して志村さんは、「お笑いって、よくわかんないけど元気とパワーをもらえるよね」と仰って。「笑ってるとさ、また頑張ろうって思えるじゃない」と。それは本当に良い言葉だなと思いましたね。
 お話を伺っていると、志村さんは一つ一つのコントをとにかく作り込んでいるんだな、と感じました。こうすると面白いんじゃないか、いや、こっちの方がいいんじゃないかと、何度も試行錯誤しながら作っていく。でも、そうした努力は外に見せない方なんだと思います。
 私もインタビューでは、「あのときはどうだったんですか?」「あの伝説のギャグはどうやって生まれたんですか?」と聞くわけです。でも、やっぱり自分がやっているお笑いを解説するというのは、どこか気恥ずかしいことだと思うんですよね。志村さんが自分の話をされるときに、終始照れ笑いのような、はにかんだ表情をされていたのも、そうした気持ちがあったからじゃないかな、と感じます。

<“厳格な父親”のもとでお笑いを目指した日>
 ただ、それでも「自分は喜劇人なんだ」「コメディアンなんだ」という自負は、すごく伝わってきました。そもそもお笑いの道に進んだきっかけは、子供時代の経験にあるそうなんです。
 志村さんのお父さんはもともと軍人で、戦争が終わってからは小学校の先生をやっていて、教頭にまでなった。そうした職業柄か、とにかく厳格な父親だったそうで。いわゆる、“日本のお父さん”が強い時代の家庭で、ときに堅苦しいような、窮屈なような、そうした家だったんだと仰っていました。
 でも、そんなお父さんも、テレビにエノケン(榎本健一)さんが出てきてお笑いをやると、「ふふっ」と笑いをこらえるようなところがあったみたいです。志村さんは子供時代にそんな姿を見ていて、「こんなに厳しいお父さんが笑うこともあるんだ……。お笑いって、なんかいいな」と思ったそうです。それがお笑いを目指した原点なんだと教えてくれました。

<4年前に肺炎を患ってからは健康面にも気を遣っていた>
 実は最近も、志村さんのことはよくお見かけしていたんです。私の事務所は麻布十番にあるんですが、十番にはよく志村さんがいらっしゃって。地下鉄の麻布十番駅から上がっていくと、地上出口の前にちょっとした広場のようなところがありますよね。そこで待ち合わせをして、「志村けんファミリー」の方と飲みに行っている姿を、よく目にしました。
 2016年に肺炎を患って2週間ほど入院された後は、それまで多いときは1日60本くらい吸っていたタバコをやめたり、お酒も少し控えるようにしていたそうなんです。今年の1月には胃のポリープ切除の手術もしていて、健康面にも気を遣っていたと聞いていたのですが……。
 突然の訃報は本当に残念で、ショックです。言葉も見つからないほど悲しいです。一人のファンとして、あのとき取材させていただいた記者として、心からご冥福をお祈り致します。
(https://bunshun.jp/articles/-/36958)
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 京都産業大学では10数名もの大学生が感染し、クラスターが発生しています。若者が新コロに感染しても病状が軽いという認識は改めなければなりません。現実に10代の人々も亡くなっています。新コロは対岸の火事ではないのです。
 志村けんさんが私たちに教えてくれています。新コロは自分自身で健康管理をして、自分が感染源にならないように、不急の用事以外はできるだけ出歩かないことです。また夜の繁華街の出入りも自粛することです。私たち一人ひとりが彼の死を受け入れ、国民一人ひとりがこの国難に対応しなければならない土壇場にいることを自覚しなければなりません。志村けんさんに衷心より哀悼の念を捧げます。

2020年03月31日

#293 新コロの特効薬はBCG?

 今朝当塾へ来る際に近くの中学校の横を通ってきましたが、桜が7分咲きで、あと数日で満開になりそうです。ただし、福岡県でも新コロの感染者が増加し、昨晩は小川福岡県知事の自粛要請が夜遅くありましたので、ここ大牟田でも今年の桜の花見は中止になりそうです。
 さて、日本におえる新コロ感染が毎日増加しています。政府の緊急事態宣言までぎりぎりのところまで来ています。感染爆発まで秒読みの段階で、都市封鎖の現状はパリやロンドンの街頭中継が物語ってます。ほとんど人影が見えず、街が静まりかえっています。東京でもそんな風景がみられるのでしょうか。
 ところで日本人なら誰でも知っているBCG接種ですが、このBCGがにわかに脚光を浴びてきました。新コロの予防策の1つになるという情報があるそうです。実際オーストラリアでは次のような報道がなされています。
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【シドニー時事】オーストラリア南部メルボルンにある小児医療研究所「マードック・チルドレンズ・リサーチ・インスティチュート」は27日、新型コロナウイルスに効果があるかどうかを調べるため、結核予防に使われるBCGワクチンの臨床試験を開始すると発表した。
 BCGは全世界で毎年1億3000万人の子供に接種されている。発表によると、これまでの研究ではBCGを使うことで、新型コロナに似たウイルスに感染した人のウイルス数が減ったという。BCGは人間の基本的な免疫機能を強化する作用があるとされる。
(https://www.jiji.com/jc/article?k=2020032700946&g=int)
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 上記のニュースには追加情報があり、BCG接種を現在実施していない国(イタリア、フランス、スペイン、アメリカなど)は新コロ感染者数が多く、BCG接種を行っている国(日本など)は比較的感染者が少ないという記録があります。ただしBCG株にはいくつかの種類があり、日本が採用しているワクチン株を使用しているイラク(感染者数506人)では隣国のイラン(感染者数35,408人)ほど感染者数が出ていません。あくまでも人口比等を考慮すべきですが、数字を見る限りでは確かにBCGの効果が出ているようです。
 ただし、BCGはあくまでも新コロに対する1つの指標となるもので、BCGが新コロを防ぐ唯一の手段とは言えないと思います。政府は新型インフルに効く「アビガン」を新コロにも有効かどうかの治験を開始するそうです。新コロに効く特効薬の開発に少なくとも1年はかかると言われていますので、その間に有効な策としてBCGの効き目が認められれば、日本人の感染者の数が少ない証左の一つになりそうです。朗報に期待したいとおもいます。

2020年03月29日

#292 泣き面にバッタ(蜂)!?

 世界中で猛威を振るっている新型コロナウィルスですが、厄災の中心がヨーロッパからアメリカへと移動し始めており、アメリカでは感染者が8万人を超えてしまいました。特にニューヨーク州はそのうちの半数を占めるそうです。一方では新型コロナに勝利を宣言した中国は感染が始まったのは武漢でありながら、感染源はアメリカであり自国でないと高らかに宣言しています。いわゆる情報戦を展開している始末です。
 しかし中国に別の大きな脅威が迫っていることを中国政府は知っているのでしょうか。私が数日前にこの情報を見た時にフェイクニュースではないかと疑いましたが、複数のメディアがネットで話題にしていますので、まんざら嘘でもないようです。もちろん日本のマスコミはまだ報道していません。Newsweekの日本語ネット版から引用します。

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『新型肺炎で泣き面の中国を今度はバッタが襲う』
<新型コロナウイルス制圧を宣言した中国だが、間もなく到来するバッタの大群「蝗害(こうがい)」への備えはあるのか>
 武漢発の新型肺炎を基本的に制圧した、と宣言した中国に新しい脅威が襲い掛かろうとしている。バッタの襲来だ。
 中国の古い文献では「蝗害(こうがい)」と呼び、「黄害」すなわち黄河の氾濫による被害と同じくらいの脅威だ、と歴史的に認識されてきた。黄河の氾濫は歴代王朝の交代を促したから、蝗害も無視できない。中国は今やまさに「泣き面にバッタ」という局面に立たされている。
 今回大量発生したサバクトビバッタはコロナウイルスとほぼ同時に増え始め、最初はアフリカ東部のケニアやエチオピアとその周辺で群れを成した。その総数は3600億~4000億匹と推算されているが、人間の知力で数えること自体が不可能に近い。
 彼らは40×60キロの広さで覆うような陣形をつくり、ゆっくりではあるが、いかなる力にも阻止されない勢いで東方へと突き進んだ。「出アフリカ」を果たし、2月にはパキスタンとインド北西部に到達。マケドニアを出発してインダス河流域に到達したアレクサンダー大王に負けないくらいの恐怖をもたらした。パキスタン政府は軍用機で農薬を散布するなどして対応に出たが、一敗地にまみれた。
 パキスタンとインドを「征服」したバッタの大群は目下、天山山脈に沿って東進し続け、シルクロードを「バッタロード」に塗り替えつつ、間もなく中国国境を侵犯する勢いを見せている。新型ウイルスを相手に「人民の『戦疫』」に勝利した習近平(シー・チンピン)政権は、次の「バッタ戦役」に備えることができるか否かが問われそうだ。
 実は筆者は1992年の晩春から初夏にかけて、パミール高原の東部・中国新疆ウイグル自治区の北西部で「蝗害」を体験している。日本のトヨタ・ランドクルーザーに乗って草原を走っていたとき、車外からまるで砂利道を疾駆しているような音が耳に入ってくる。それは砂利ではなく、バッタをひいた音だ。それが一日中、延々と続くので、好奇心はやがて恐怖に変わってくる。
 バッタは最初に新芽を出したばかりの草原を占拠し、居座る。若草を食い尽くされた家畜は痩せ細って死に、遊牧民のモンゴル人やカザフ人は途方に暮れていた。やがて作物が成長するにつれて、バッタは草原部から畑や水田地域に移っていく。すると、今度はオアシスの農耕民が被害を受ける。当の中国政府は「蝗害」を天災と見なし、何一つ有効な策を講じていなかった。いや、そもそも古代から有効策は発見されていなかったのだが。
 モンゴル草原生まれの筆者は子供の頃から、「中華民国18年(1929年)のバッタ襲来」の話を長老たちに聞かされていた。蝗害の後、モンゴル高原と接する中国北部は大飢饉に襲われ、死者数は1000万人に上った、と推定されている。大飢饉であふれ出した中国人難民はそのままモンゴル草原に進入して定住し、先住民であるモンゴル人の人口を凌駕するようになった。「バッタの襲来が中国人難民を生み、モンゴルの亡国をもたらした」と、遊牧民は理解している。
 蝗害を食い止める唯一の方法――それは、バッタを食べてしまうことかもしれない。農作物と牧草で丸々と太り、タンパク質の塊のようなバッタは栄養価が高い。まるで彼らに復讐するかのように、中国人は古くから好んで食べてきた。
 しかし武漢発の新型肺炎が猛威を振るうようになってから、中国は野生動物の食用をやめるよう呼び掛けている。今回のサバクトビバッタは毒を持っているともいわれる。4000億匹の大量のバッタを食べ切れるのは14億人の中国人だけだが......。
(https://www.newsweekjapan.jp/youkaiei/2020/03/post-53_1.php)
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 アフリカでは数年おきに大量のバッタが発生し、農作地を荒らし回る姿がニュースなどで報道されますが、このバッタがはるばる中国まで侵入していくとは恐るべきです。過去において数回発生しているのは事実ですので、今回も大きな被害を及ぼすことになりそうです。このバッタ群が東シナ海や朝鮮半島を通って日本まで来ることは有り得そうもないですが、しばらくは注視すべきニュースです。特に中国だけでなく、バッタの被害を受けや国々の食料自給に関して大きな被害をもたらすと危惧されます。まさに「泣き面に蜂」ならぬ「泣き面にバッタ」です。
 ところで、東京都ならびに関東各県は今週末に外出自粛をを要請していますが、はたして1400万人の都民にそれができるでしょうか。極論を言えば鉄道やバスなどの交通機関を運休し、デパートなどの店舗を閉鎖すれば可能でしょうが、それができない状況では実質上不可能でしょう。とはいえ、東京都がオーバーシュート(感染爆発)すれば、東京のみならず日本国内全体の政治や経済に大きな影響をあたえることになります。東京都民の善意に期待して見守りたいと思います。

2020年03月27日

#291 桜が一斉に咲く理由

 今日は朝から曇っていますが、春らしい暖かな気温となっています。今朝当塾に来る途中で桜の木を見ましたが、2,3輪の花が咲いているだけで、この辺りは開花宣言が出せない状況です。来週にはもう少し春めいた天気が続き、桜花は七分咲きになっているでしょう。
 さて、新型コロナウイルスの話がしばらく続きましたので、本日は桜に関する話題見つけました。よく特集番組で扱われる「桜はなぜ一斉に咲くか」です。東洋経済オンラインに本日次の記事が掲載されましたので、それを転用します。

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桜の花が一斉に咲き始める"意外すぎる"理由 知れば知るほど面白い「メカニズム」
 間もなく花見の季節。新型コロナウイルスによるパンデミックもあり、人々の交流がさまざまな場面で制限されているが、外出時、道端の桜の木にふと目をやると、花芽がだいぶ大きく膨らんでいる。私たち日本人にとって大切な季節、春がいよいよやって来たのだ。
『雑学科学読本 身のまわりのすごい「しくみ」大百科』を著したサイエンスライターの涌井良幸・貞美両氏に、日本の代表的な春の風物詩である桜の開花と、それに関連した天気予報のしくみについて、図版を交えながらわかりやすく解説してもらった。

開花宣言で、なぜ「ソメイヨシノ」を使うのか?
 日本列島の桜の開花を示す桜前線は、西日本から関東、東北、そして北海道へと移っていく。でも、そもそもなぜ桜は春になると一斉に咲き始めるのだろうか。
 桜は、花が散って数カ月後の7~8月には葉の付け根に花芽をつけ、翌年に咲く花の準備を始める。そして、花芽を持った状態で休眠するが、秋に葉が落ちて冬の寒い空気にさらされると徐々に眠りから覚める。その後、気温が高くなるにつれて花芽が大きくなり、春に花を咲かすのだ。
 日本の多くの地域で桜の開花宣言に使われる桜は、ソメイヨシノという品種である。なぜこの桜の品種が指標に使われるのかというと、実は、ソメイヨシノはすべて同じ遺伝子からなるクローンだからだ。

ソメイヨシノのルーツ
 ソメイヨシノは江戸時代後期、染井村(現在の東京都豊島区駒込あたり)の植木職人によって作出されたといわれる。しかし、ソメイヨシノ同士では交配することができず、接ぎ木という方法でしか増やせない。そこで、1本のソメイヨシノの原木から接ぎ木によって増やしていったのである。
 野生のヤマザクラのように、異なる遺伝子なら個体によって開花のタイミングは違うのだが、クローンなら、地域や気候条件がそろえば一斉に咲き始め、満開となり、散っていくことになる。
 2019年3月、京都府立大学などの研究チームが、東京・上野公園にある、原木と推定されるソメイヨシノの全遺伝情報(ゲノム)の解読に成功したと報じられた。
 解読の結果、通説どおり、ソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラを祖先に持つ可能性がわかったほか、祖先の桜から552万年前にいったんそれぞれの種に分かれた後、百数十年前に交雑によって再び1つになり、ソメイヨシノが生まれたことが判明したのである。
 気候に密接に関係している桜の開花を解説したところで、天気予報のそもそもについても触れておきたい。四季があり、天気の話題が好きな人も少なくない日本だが、知られていない知識は意外に多い。

「降水確率」「平年並」…天気予報で使う用語の意味
 天気や気温によって着る服を決めたり、降水確率で傘を持っていくかどうかを判断したりと、天気予報は私たちの暮らしに深く関わっているが、日本の気象情報を集めて天気を予測しているのは気象庁である。
 地域気象観測システム「アメダス」や気象衛星「ひまわり」、最新のスーパーコンピューターなどを用いて、天気や気温、降水量、風向、風速、日照時間といったさまざまな気象情報を分析している。
 ところで、この天気予報には「降水確率」や、季節予報の「低い」「平年並」「高い」の確率といった「確率」を用いた予報がある。
 たとえば降水確率60%とは、そのような予報を100回発表すると、予報区内において約60回で対象時間内に1㎜以上の降水があり、約40回で1mm以上の降水がないことを意味している。
 勘違いされやすいが、降水確率の数字は、雨の強さや降っている時間・範囲、雨の量などとは関係ないのだ。
 また「平年」も、天気予報の世界では統計学で厳密に規定されている。天気予報における平年の値とは過去30年間の平均値で、「平年並」は次のように求められる。

今年は観測史上最も早い桜の開花宣言に
 まず、各年の平均気温と平年の値(30年間の平均値)の差を求め、平年より平均気温が低い順に並べていく。この30年分のデータを「低い」「平年並」「高い」の3つの階級に分けたとき、真ん中の10年(平年並)の範囲を「平年並」としている。
 つまり、30年間で気温変動のばらつきが小さい10年を導き出しているのだ。これは統計学の言葉でいうと、「平年並」とは、平均値というより「中央値」に近い概念なのである。
 以上、この記事では、桜の開花と、それに深く関連する天気予報についてざっと解説した。東京では先日、観測史上最も早い桜の開花宣言となったが、最近は世相からしてどうしてもネガティブな思考に寄りがちだ。
 でも、私たちのメンタルをポジティブにし、心新たな気分にさせてくれるものは、実は身近に存在する。息が詰まるような今だからこそ、身の回りの自然に目を向けてみてはどうだろうか。
(https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/桜の花が一斉に咲き始める意外すぎる理由-知れば知るほど面白い%ef%bd%a2メカニズム%ef%bd%a3/ar-BB11waEO)
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 昨日テレビで上野公園の桜を中継していましたが、例年とは異なり人数が少なく、花見客でごった返している例年風景とは全く違う様子に、何か新鮮なものを感じました。都会の桜は人が見ていなくても立派に咲きます。人里離れた桜も誰にも見られずに健気(けなげ)に咲きます。どちらも同じ桜です。桜を愛でるこの国の文化を大切にしたいものです。

2020年03月22日

#290 新型ウィルス以上にひどいこと

 新型肺炎ウィルス感染拡大が止まりません。中国や韓国では感染者数が減少していますが、ヨーロッパを中心にイタリアやフランスなど国家非常事態宣言を行う国が出ており、おそらくヨーロッパでは20世紀初頭のスペイン風邪以来の非常事態宣言だと思われます。
 ところで当塾において新型ウィルス以上のことが発生してしました。2日前のことですが、朝9時頃に当塾に来た時に不動産屋から電話がありました。(当塾は賃貸物件です。)何事かと思い話を聞きますと、「お部屋は大丈夫ですか。南側の部屋を確認してください。」というものでした。いぶかしがって塾を開いている部屋に入ると、最初は気づかなかったのですが、障子の一部にしみがついています。変だと思い再度じっくり部屋を見渡すと、何と!!!???机の上に置いている本がずぶ濡れになっているではありませんか!
 急いで周囲を見渡すと天井から水漏れがしており、それが生徒の座らない机に重ねていた大切な教材をすべて濡らしていたのです!被害はそれだけではありません。教材用に作成していたプリント類も濡れていました。生徒が座る机にも水たまりができており、部屋の半分以上が何らかの被害を受けていました。また別の場所に置いているノートパソコンにも水滴がついていました。慌てて水滴をふき取り、パソコンを起動しましたが、水漏れの影響はなく、パソコンに保存しているデータは無事で、不幸中の幸いでした。
 不動産屋さんの話によると、昨晩深夜に4階に住んでいる住民が洗濯をしている時に水道につながっているホースが外れて水が流れ出し、本人が気づかない間にそれが3階の部屋に落ちて、3階の部屋の水が当塾で授業をしている部屋の天井に降り注いだようです。
 被害を受けた教材は辞書を含め30冊以上になります。濡れた本は乾かしてもページがめくれてしまい、使用不能です。新しい本は再度購入できますが、すでに販売を終了したものは手に入りません。水漏れを起こした住民から謝罪があり、ご本人が入っている損害保険で補償できるとのことですが、失われた教材は二度と使用できません。2日ほど24時間部屋のエアコンをつけたままにして部屋の湿気と教材の乾燥に努めましたが、変わり果てた教材に茫然自失で、しばし落涙です!?
 購入可能な教材は即購入し、授業に備えまようと思いますが、水漏れ前日に購入した一度も使用していない本も犠牲となり、補償金で補える以上の損失に言葉も出ません。
 私にとって、今回の事件は新型ウィルスに自分がかかる以上にショックな出来事でした。人生において「好事魔多し」とか「青天の霹靂」とか言われますが、自分に何の落ち度がなくても、様々なことが起こります。地震や洪水などの天災がそうです。今回の件は私にとって大きな教訓となりました。

2020年03月15日

#289 沈黙の春

 今日は春らしい陽気の一日でした。所用で福岡に行ってきましたが、電車の車窓から見える風景は菜の花が満開で、線路沿いのいたる所に黄色い花が咲き乱れていました。寒い冬から抜け出して、外で謳歌したい気分になります。しかし例年の春と異なり何かが違います。そうです。人影が見えないのです。車窓から見える公園やグラウンドには人影がまばらで、子供たちが遊んでいる姿がほとんど見られないのです。毎年のこの時期には多くの人が暖かな日差しを浴びている公園に出かけ、子どもたちの歓声が聞こえてくるのですが、今年の春はその姿は見えません。まるで「沈黙の春」です。
 「沈黙の春」と言えば、60年ほど前にレチェル・カーソンが書いた小説ですが、彼女はこの小説で、農薬の残留性や生物濃縮がもたらす生態系への影響を明らかにし、社会的に大きな影響を与えたことで知られています。「沈黙の春」をブログのタイトルに引用したのは公共の場で遊ぶ子どもたちの姿が消えてしまったからです。
 確かに、電車の乗客は通常の7割程度で、座席の空席が目立ちました。また日曜日の昼間の天神はいつも買い物客でごったがえしますが、今日は客足も少なく、静かな日曜日の風景がありました。
 小中高の一斉休校が始まり1週間が経ちますが、いろんな所で弊害が目立つようです。特に子どもたちにとって悪影響を与えているのが「子ども食堂」の臨時閉店です。先日NHKで次のニュースが報道されました。
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『子ども食堂 感染拡大で中止相次ぐ 都内で260か所以上』
 新型コロナウイルスの感染拡大で人が集まるイベントなどを自粛する動きが広がる中、子どもに食事や居場所を提供する「子ども食堂」も中止が相次いでいます。都内では少なくとも260か所以上が中止していて、関係者は「開催が相当厳しい状況となっていて、行政のバックアップが求められる」と話しています。
子ども食堂は、食事を無料や低額で提供する取り組みで、子ども食堂を支援するNPOによりますと、全国3700か所余りに広がっています。
 NHKが東京・23区にある子ども食堂に新型コロナウイルスの感染拡大を受けた対応について区や社会福祉協議会などを通じて聞いたところ、少なくとも383か所のうち、7割近くにあたる265か所が今月いっぱいの中止を決めたことが分かりました。
 一方、休校で給食が無くなり食事が十分に食べられない子どももいるとして、少なくとも25か所は予定どおり開くほか、中止する代わりに弁当を配るという食堂もあり、対応は分かれています。
 NPO法人全国こども食堂支援センター「むすびえ」の湯浅誠理事長は「自治体から自粛要請があったところもあり、子ども食堂を開くのが相当難しい状況となっている。経済的に厳しい家庭だけでなく子どもの日中の居場所が必要な家庭にきめ細かな支援ができるよう行政のバックアップも必要だ」と話しています。

シングルマザー「仕事が手につかないくらいショック」
各地で相次ぐ、子ども食堂の中止は、これまで利用してきた親子に影響を及ぼし始めています。

関東地方に住む42歳の女性です。
シングルマザーとして、営業の仕事をしながら小学2年の娘を育てています。

女性は限られた生活費でやりくりするため、月の半分近く、複数の子ども食堂を利用してきました。
しかし、子ども食堂の中止が相次ぐ中、今月は、まだ利用できていないでいます。さらに、今月2日から娘が通う学校が休校となり、日中の時間から、学童クラブに通わせた結果、弁当を持たせる必要が出てきました。こうした影響で、食費は2倍に膨らんだといいます。
 女性は「1食300円ほどで、バランスのとれた食事を作るのは難しいので無くなるとつらいです。シングルマザーの世帯にとり、月に1万円違うと影響は大きくて、仕事が手につかないぐらいショックでした」と話しています。
 さらに、忙しい営業活動に加え、こうした食事の準備など、家事の負担が増したことで、唯一の楽しみだった娘と向き合う時間が減ってしまったと、不安を募らせています。
 女性は「子ども食堂によって、私の負担が減って、顔を突き合わせて話をする時間ができていたけど、それがなくなるのがつらいですね。子ども食堂が中止され、初めてこんなに気持ちが荒れるぐらい助けられていたんだと改めて実感しています」と話していました。

あえて開催頻度を増やす食堂も
 多くの子ども食堂が感染のリスクを避けようと中止を決める中、あえていつもより開催する頻度を増やした食堂もあります。
千葉県松戸市で子ども食堂を開いている高橋亮さんは、これまで週に1回、土曜日に開催していましたが、学校の臨時休校が始まったあと週3回に増やしました。
 新型コロナウイルスの感染が拡大する中、開催を続けるか悩んだ時期もありましたが、学校の給食が無くなり、そのうえ子ども食堂も中止になれば利用しているひとり親や共働き家庭の中には日中、ひとりで過ごさざるをえなくなったり食事に困ったりする子どもがいると考えたからです。
 5日、平日の昼間に開いた子ども食堂では、集まった小学生から高校生まで17人に念入りに手や指の消毒をしてもらい、入り口の扉を開けっぱなしにして換気をしていました。
 子ども食堂での感染予防対策について国から具体的な指示はないため一般的に言われている感染予防の対策を可能なかぎり、徹底しているといいます。
 そして、ボランティアが宿題を見てあげたり、一緒にゲームをしたりして過ごした後、野菜や果物を多く取り入れた昼食を食べていました。
 参加した小学5年生の女の子は「お母さんは仕事で忙しいので休校が決まったときは『お昼どうしよう』と困っていました。ここでお昼食べられてお母さんが楽になれるからよかったです」と話していました。
 高橋さんは「私たちにできることは何か相当悩んだが、休校が決まり居場所のない子どもたちを受け入れなければいけないと決断した。ここに子どもたちが来ることが保護者の安心につながるので、衛生管理を徹底しながら、開催を続けたい」と話していました。

専門家「子どもたちは二重の不安」
子どもの貧困問題に詳しい、日本大学文理学部の末冨芳教授は、「子ども食堂は食事の提供だけでなく、子どもたちにとって、心理的な居場所にもなっているので、中止になると、子どもたちは二重の不安に襲われてしまう。学校給食は安全な体制で提供されているので、休校中であっても、希望者には、提供できるようにする仕組みが必要だ」と話していました。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200307/k10012318841000.html?utm_
int=all_side_ranking-social_003)
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 学校給食や子供食堂で一日の主な栄養を取っている子どもたちにとって、休校による給食の停止や、子ども食堂の一時停止は子供の死活問題に関わります。政府は感染者対策だけでなく、子どもの命にかかわる食事の問題を一日でも早く解決してもらいたいものです。

2020年03月08日

#288 全国一斉休校!?

 3月1日、暦の上では今日から春が始まりますが、今日は一日雨が断続的に降っており、気温も低い状態が続きました。
 新型肺炎ウィルスの勢いが止まりません。政府はこの状態を考慮し、明日2日から全国の小、中、高校に対し春休みまでの一斉休業を要請しました。この要請を受けて全国の学校現場では休業に向けて様々な対策が取られているようです。今日は日曜日ですが、多くの小学校や中学校で出校日とし、生徒たちに支持を与えているニュースがテレビで流れていました。当塾に通っている公立高等学校の生徒たちも同様に2日から自宅学習になっています。
 また多くの高等学校では3月1日が卒業式ですが、出席者は高校3年生と保護者のみという前代未聞の式になったようです。また福岡のいくつかの私立高校では卒業式自体を中止にした学校もあるようです。
 私立の学校では対応が微妙に異なっており、私が非常勤講師をしている明光学園では明日が卒業式で出席者は卒業生と教職員、保護者のみとなっています。また3月3日から期末試験が行われ、6日試験終了後に休校となるようです。
 また学校の休業措置に合わせて部活動も中止になります。春に行われる選抜高校野球が果たしてどのような扱いとなるか、高野連の対応に関する発表待ちとなります。おそらく公立高校は休業中に部活が中止となりますが、私立高校では学校の休業中も練習する旨の報道がなされており、同じ甲子園出場校として不公平感があります。さらに選抜野球を開催しても無観客試合とするか否か、非常に微妙な問題が山積しています。
 社会的に大きな影響を受けるのは教育現場だけではありません。スポーツなどのイベントが延期になったり、中止になったりしています。特にコンサートなどのイベントはキャンセル料やチケットの払い戻しなどで、かなりの赤字が予想されます。また様々な中小企業に生産中止や延期など不況に向かう要因が大きくなっています。政府は仕事が無くなった方々への補償を考えていますが、まだ具体的な指針が発表されていません。どれほどの補償になるのか、予想もできない状態です。
 政府は1,2週間が山場と説明していますが、それ以降どのような社会的影響が残るかを見守る必要があります。次回このブログを書く段階でどのような状況になっているか想像できないものがあります。すこしでも被害が少ない方へ動くことを願っています。

2020年03月01日

#287 日本が笑いものに!?

 今日は天皇誕生日の振り替え休日です。朝から雲一つない快晴で、早春の香りが漂っています。あと1週間で3月を迎える時期になり、今年も冬もまもなく終わりを告げます。
 ところで連日新型コロナウィルスのニュースが終日報道されていますが、感染者や防疫に従事した人々までを差別する事象が起こっています。対象者に対して暴言を吐いたり、子供に対しては学校でいじめを受けるなど、不当な扱いがなされています。どのような意図で差別行為を行っているのでしょうが。明日は我が身です自分が今度は感染者になる可能性はゼロではありません。感染された人や防疫従事者に対して激励や様々な支援を行うことが正しい在り方と思います。非常事態の時に協力し合うのが文化的な生き方です。
 さて暗い話題が続ていますので、今日は面白い(厳密にいえば恥ずかしい)話題をお届けします。今日たまたま見つけたウェブ記事に次のようなものがありました。

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『競技に興奮すると部屋に閉じ込められる? 東京五輪、競技場の不自然な英語「混乱招く」と懸念の声』
 「Calm down, cool down」「HELLO, OUR STADIUM」ーー東京五輪・パラリンピックのメインスタジアムとなる国立競技場を巡り、場内にあった英語表記の案内板などが「奇妙で意味不明だ」との声が上がっている。海外メディアの記者や英語が母国語の識者がSNSに相次いで投稿。「日本が笑いものにされるだけでなく、混乱を招く恐れがある」と懸念する意見も出ている。(共同通信=松本鉄兵)
▽目立った不自然な英語
 日本勤務が長い米紙ウォールストリート・ジャーナル編集委員で、英国出身のアラスター・ゲイルさんは昨年12月15日、報道関係者向けのお披露目イベントに参加した。完成したばかりの競技場を6時間かけて見て回ったという。競技場は「ピッチが見やすく、デザインもすごく良かった」(ゲイルさん)。それだけに不自然な英語表記が、際立っていたという。
「Calm down, cool down」
「Joho no Niwa」
などだ。
 どちらも何を意味するのか分からなかったという。「五輪は世界的な一大イベントですよ。大勢の人が訪れるのだから細かいところまで考えるべきだった。意味が分からない看板があると残念な気持ちになります」
 国立競技場を管理運営する「日本スポーツ振興センター」によると、「Joho no Niwa」はイベント用のエリアを指すという。
 「Calm down,cool down」は障害がある人の利用を想定しているといい、大勢の中から視線を遮り気持ちを落ち着かせるスペースだという。壁の色を暖色系にするなど配慮した。ただ公共空間での導入例が少なく、バリアフリーに取り組む「交通エコロジー・モビリティ財団」が東京五輪に向けて策定したピクトグラム(図記号)を参考にしたという。
 同財団の担当者は、新しい概念であるため理解しづらかったのかもしれないと話す。またきちんとした定義づけもされていないためピクトグラム化の作業は難しかったという。策定メンバーに言語を扱う専門家は入っていなかった。
▽誤訳が生まれる理由
 「Calm down, cool down」は誤解を招きかねないと問題視するのは、異文化コミュニケーションが専門の鳥飼玖美子・立教大名誉教授だ。「命令形で『落ち着け』と言っている。失礼な印象を受ける」と話す。日本では、競技を見に来て興奮すると部屋に閉じ込められるのかと、意図しない形で解釈される恐れもあると言う。「文法的に間違っていないだけにより深刻だ」。
 米国出身で、異文化コミュニケーションが専門のロッシェル・カップ北九州市立大教授は、お披露目イベントの際に使われたキャッチフレーズ「HELLO, OUR STADIUM」との表現に違和感を抱いたという。「日本人にとっては分かりやすいかもしれませんが、英語にはない表現で、最初に見たときはとても奇妙だった」と戸惑う。
 カップさんは、国立競技場内にあった不自然な英語表記をツイッターで紹介する一方、ニューズウェーク日本版の電子版やジャパンタイムズのオピニオン欄にも寄稿。日本の顔となるはずの国立競技場に1千億円以上も投じながら、なぜ英語表記に十分思いを巡らせることができなかったのかと論じた。外国語表記を考える際、プロ翻訳者のチェックを経ていなかったり機械翻訳に頼り切ったりしているのが原因ではないかと推測する。
 不正確な英訳が話題になったケースは過去にもあった。
 大阪市の地下鉄を運行する大阪メトロでは昨年、公式サイトの外国語ページに、路線名の「堺筋」を「Sakai muscle」(堺 筋肉)とする誤った英訳を掲載していたことが判明。また「3両目」を「3 Eyes」、駅名の「天下茶屋」を「World Teahouse」と表記していた。自動翻訳ソフトが原因だった。
 ▽1964年東京五輪でも
 かつては企業で働く若い女性を和製英語で「BG」(ビジネスガール)と呼んだ時代もあった。しかし英語圏では「接客業」と受け止められるとして、NHKが1964年の東京五輪を前に放送禁止用語にした。間もなく「OL」(オフィスレディー)という新たな和製英語が生まれた。
 鳥飼氏は、日本人の言語に対する意識は前回の五輪からほとんど変わっていないと苦笑いする。「単に英語で表記すればいいということではなく、その言葉を見た人がどう受け止めるか、どう表現したら正確に情報が伝わるかという視点が大事だ。それこそがおもてなしの心ではないのか」と話す。
 その上で、外国語に翻訳する際は、正しい表現であるかどうかをプロの通訳者や翻訳者に必ず確認する必要があると説く。
 日本スポーツ振興センターの広報担当者は取材に「Calm down, cool down」などの英語表記について「現時点で変更する予定はない」。
(https://www.47news.jp/47reporters/4551743.html)
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 大阪の堺筋が"Sakai Muscle"(堺の筋肉)ですか。漫才の材料になるような笑い話では済まされない語訳です。翻訳の難しさは文化的な背景や異なる言語上の観念を無視して、そのまま外国語に直すことです。
 これは日本語をあまり知らない外国人が使う日本語にも当てはまります。私がシドニーに住んでいた頃、語学学校のの先生から日本語のパンフレットの添削を頼まれたことがありました。確かに文法的には正しくても、そのままでは通用しない表現が何か所もあり訂正したことを思い出します。
 ましてオリンピック会場は世界中から人々が集う場所です。正しい表記を使用してもらいたいものです。そうしないと「日本人の英語は変だ」という印象をまた与えてしまうことになり、日本が世界からの笑いものになります。

2020年02月24日

#286 山川異域 風月同天

 今朝は久しぶりの雨が降っていましたが、今後明後日まで気温が低下し、今年一番の寒気が到来すると天気予報が言っています。九州北部でも降雪が記録されることになると、今冬初めての雪になります。
 ところで先週に引き続き、日本国内でも多くの新型肺炎ウィルス患者が発見されています。武漢が閉鎖される前におよそ500万人が脱出した経緯もあり、また中国政府の隠蔽ともいえる対応の遅さにより、新型ウィルス患者の多くが日本国内に入り込み、現状を引き起こしたとも考えられます。とにかくこれまで以上に感染拡大が予想されますので、人込みなど不要の外出はしばらく避けた方がよさそうです。
 さて、日本各地から武漢を始めとするウィルス汚染地区にマスクなど医療品を送ったことで中国人から感謝の声が上がっています。その中に次のようなニュースがありました。

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『日本からの支援に書かれていた「漢詩」、「日本人に逆に教えられた」
 中国では今、「山川異域 風月同天」という漢詩の一部が話題となっている。別の場所に暮らしていても、自然の風物はつながっているという意味で、中国語検定試験「HSK」の日本事務局から中国への支援物資の箱に書かれていたものだが、中国では日本の支援に感謝するとともに、日本人のほうが中国文化に造詣が深いことに衝撃を受ける人が後を絶たないようだ。中国メディアの今日頭条は12日、「日本が教えてくれたこと」と題し、中国の伝統文化を見直してみるようすすめる記事を掲載した。

 日本からの支援物資には、他にも中国の漢詩などを引用したメッセージが見られている。富山県から遼寧省に送られた箱には、「遼河雪融、富山花開。同気連枝、共盼春来」(遼河の雪が融ければ富山の花が開く。同じ気でつながる枝同士、ともに春の到来を待つ)とのメッセージが送られたが、これは千字文をアレンジしたものである。京都府舞鶴市から遼寧・大連市へと送られた支援物資の箱には、場所は離れていても心は一つという意味の「青山一道同雲雨、明月何曾是両郷」という漢文が書かれていた。

 こうした漢文・漢詩は言うまでもなく中国から日本に入ってきたものだが、日本人の方から漢詩を引用してメッセージを送ってきたことを、中国人は大変驚いているようだ。中国国内でも、武漢に対する応援メッセージがネット上などで届けられているが、その多くは「武漢加油」(武漢頑張れ)という単純な一言にとどまっている。

 無論、どちらも「応援しよう」という気持ちに変わりはないが、では中国の伝統文化を活用している日本との格差を目にして、中国人はどう反応すればよいのだろう。記事は、「自虐に走ることはないが、日本から学ぶべきことは学ぶ」ように勧めている。「文化は愛でるものではなく使うもの」だと指摘し、日本との格差を認めつつ、中国のソフトパワーに変えることは可能だと前向きな姿勢を見せている。記事は結びに、改めて日本の親切に感謝しつつ、中国の伝統文化の良さに気づかせてくれたことにも感謝を伝えている。

 今回の中国人を驚かせた、支援物資に見られたメッセージの数々は、日中を問わず中国の文化の良さを改めて再確認させてくれたのではないだろうか。中国に起源をもつ漢文・漢詩に力を得て、新型ウイルスという困難に立ち向かってほしいものである。
(http://news.searchina.net/id/1686864?page=1)
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 上記の記事は中国人が日本人の支援に対して謝意を示している一例ですが、多くの中国人観光客が京都を訪れ、唐を模して造られた京都の街並みに昔の唐時代をを思い起こすようです。1970年代の文化大革命により貴重な多くの文化的価値を失った中国ですが、昔の中国を懐かしむ文化がこの日本に残存しており、この度の支援物資に添付した詩も中国人にとり自分たちの文化を思い起こさせたのではないでしょうか。
 とにかく現時点では、中国の新型ウィルスを抑え込み、中国政府t協力して日本国内で蔓延し始めている新型肺炎を抑える必要があります。今後の拡大を注視する必要があります。

2020年02月16日

#285 今年も届きました

 今朝は全国的に寒気の影響で、最低気温を更新した場所が多かったようです。昨日は強い寒気の影響で北海道は各地で厳しい冷え込みとなっています。7時までの最低気温は、上川地方の江丹別でー36.0度まで下がりました。国内でー35度以下になるのは19年ぶりとなるそうです。
 ところで新型肺炎ウィルスはまだ猛威を振るっており、毎日ニュースでも伝えられていますが、横浜に停泊している客船からほぼ毎日のように感染者の報告が伝えられています。船のような閉鎖環境では下船するわけにはいかず、各船室で待機を求められます。せっかくの船旅が最悪の状況になっています。この状況がいつまで続くかは断定できませんが、この客船のウィルス収束までしばらく時間がかかりそうです。
 さて毎年この時期に楽しみにしていることがあります。1月末にささやかな冊子が届きます。株式会社クマヒラからの「抜粋のつづり」です。この冊子には以前のブログに書いていますが、国内外に無料で配布されており、最近1年間の深部雑誌等から珠玉のエッセイなどを集めたものです。本日はその中から1つのエッセイを転載します。

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『利他のこころ』東 ゆみこ(大法輪「鉄笛」元年7月号より)
 八十歳をすぎた私の両親はともに認知症をわずらい、1年半ほど前、立て続けに同じ病院の三階と四階に入院し、離ればなれになった。最近になって父だけが介護施設に移ったが、病気は進行し、お金も携帯電話も一人で扱うことができず、ほんの少しの着替えと日用品だけで毎日を過ごしている。
 見舞いに行くと、母は毎回「せっかくの昼寝が邪魔された。いい気持ちで寝ていたのに。帰ってくらっしぇ」と言う。父は窓から見える槙(まき)の木の枝が気になるらしく、「あそこが刈られていないなあ」と繰り返しつぶやく。そういえば、別の病院では、禁止されている携帯電話をかけ続けたり、「寿司を持って見舞いに来い!」とどなったりする老人を見たこともある。
 心身が衰え、慣れ親しんだ人や家、大切にしていた物から離れて、記憶さえ薄れていく中にあっても人間は何かにこだわり続ける。なぜこだわるのか。他人には容易に理解しがたいが、そういう出来事に遭遇すると、いつも伯母の死の場面が思い出される。
 ここでいう伯母とは、私の母のきょうだいのうちの最年長の姉を指している。貧しい漁師の家に生ま育ち、若いころは腕の良い海女で、その稼ぎで両親や弟妹たちの生活を支えた。
 あるとき伯母は、子どもがいなかったために跡継ぎを探していた小さな旅館の女将にほれこまれ、養女となった。旅館のことなど何ひとつ知らなかった伯母は、料理はもとより、旅館のきりもり、業者とのつきあいに至るまで、女将の教えを、睡眠時間をけずって習得した。
 女将が亡くなって旅館を引き継いだ後も、教えに忠実だった。墓参りも欠かさず。仏壇に線香とご飯をそなえ、「おばあちゃんが好きだったから」といって、自分では吸わない煙草を口にくわえて火をつけ、線香の隣に立てていた。伯母は、貧しい海女だった自分を二代目に選んでくれたおかげで、自分の家族が金銭的に助かったと、毎日手を合わせて感謝していたのである。
 けれども、そんな伯母が、ひょんなことから子ども向けに書かれた釈尊の四門出遊(しもんしゅつゆう)の物語を読み、先代の女将は、「行商人というものはこちらを騙して、質の悪い魚を高く売ろうとするから気をつけろ。つけいられないように叱り飛ばせ。」と伯母に命じた。伯母はことば通り行商人に厳しい態度をとっていた。だが、人々の苦しみを見て出家を決意された釈尊のように、身内だけでなく他人に対して思いやりの心を持たなければならないと考えた。先代の女将のおかげで自分の家族が助かったように、自分も他の人をできるだけ助けるべきだ、と。そこで、行商人に深々と頭を下げ、これまでの自分の態度を率直に謝り、時折チップを渡すようになった。チップは行商人が商売をたたんだ日まで続いた。
 伯母は釈尊の童話をきっかけとして、これまでの教えを捨て、生き方を抜本的に改めたのである。しかし、感謝の念は絶えることなく、脳梗塞や心筋梗塞で倒れた後も、「車で行けば」という息子の勧めを断って、道端で休み休みしながら、不自由な体で墓参りを続けた。
 その伯母が亡くなったときの話である。
 たまたま帰省していたおり、叔母が危篤状態だとの連絡がはいった。母とともに病院に急行すると、すでに親類縁者、七、八名が集まっていた。私も小学生のころに看てもらった主治医のI先生が、叔母の脈をとっていた。伯母はまさに亡くなろうとしていた。
 旅館の跡取りである長男は。「かあちゃーん、俺をおいて逝かないでくれよォ」と叫んだ。伯父は伯母の名前を呼び、「いろいろ世話になったな。俺も、俺の親も兄弟も、みんな本当に世話になった。」と声をかけた。冗談好きの伯父が伯母の名前をまじめに読んだので、私はそれをはじめて聞いたかのような感慨を覚えた。他の人たちはほとんど口をきかず、身じろぎもせず、じっと様子を見守っているばかりだった。
 そんな中、I先生が右手を大きく動かして、自分の顔をふいたのが目にとまった。驚いたことに、患者の死に慣れているはずの先生が泣いていた。何度か涙をぬぐった後に、こうつぶやいた。
 「この人はさぁ、俺に『体を大事にしてください』って言うんだよなぁ。患者なのに、死ぬっていうときに、医者の体の心配をするんだよ。痛いとか苦しいとか文句も言わないで。こんな患者、はじめて見たよ。」
 数日後、先代の女将が眠る菩提寺で葬儀が営まれた。説法の段になって、それまで式を取りしきっていた若い住職に代わって、奥の方から老住職がよぼよぼとした足取りでやって来られた。老住職はたどたどしい口調で法名について話し始めた。
 「仏の最も大切な教えのひとつである慈悲。この慈悲の中でも大いなる慈悲をあらわす『大慈』の文字をつけさせていただきました。おかみさんは、生前みなさんを大きく慈しみました。仏の教えにつかえる身で、私がおかみさんに慈しみを与えるべきところ、この私にさえ、おかみさんは慈しんでくださった。私は末期がんで、もうすぐあとを追うことになるでしょう。それなのに、こんなことしか言えなくて情けないが、このへっぽこな頭で何度考えても、この方の戒名には『大慈』しかない。これしか思い浮かびませんでした」
 もう三十年以上も昔のことである。
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 人はこの世を去るときに、その人の真の価値が分かります。どれだけ世の中で成功して名を残しても、その人がどれだけ周囲に愛情や慈悲を与えたかにより、本人の本当の評価が決まります。そして、その人の人生の集大成になります。人の生まれは時代や家庭環境により大きく異なりますが、その人の一生の間にどれだけ愛情を注ぐことができるかが、人の真の価値を決めていくことでしょう。

2020年02月09日

#284 感染列島

 今日は朝から春霞のかかったような空模様で、2月が始まったばかりですが、3月初旬のような陽気です。この春のような陽気に誘われて近くの大牟田市動物園の上にある貯水塔に久しぶりに行ってきました。ここは延命公園内にあります。正式名称は「延命貯水池展望台」と言います。当塾から歩いて10分ほどの距離です。その途中に大牟田市を舞台にした映画「いのちスケッチ」のロケ現場の動物園がありますが、チケット売り場には親子連れの列ができていました。展望台の上から大牟田市や荒尾市の一部、そして有明海や遠く島原、雲仙も一望できます。冬枯れた街の風景が印象的でした。
 さて最近毎日トップニュースになっているのがコロナウィルスによる新型肺炎の感染です。本日のNHKのニュースでは「今回の感染拡大に伴う死者は300人を超え、患者の数も2590人増えて1万4380人となった」と報道しています。ご存じのように、日本でも感染者の数が拡大しており、日本政府は今回の新型のウイルスによる肺炎などの感染症を感染症法の「指定感染症」と検疫法の「検疫感染症」にする政令を当初の予定より前倒しして昨日施行しました。この新型ウィルスによる感染がいつまで続くのか分かりませんが、確実に世界中に拡大しています。
 この新型ウィルスの感染拡大に関連して、ふと数年前にテレビで放映された映画を思い出しました。妻夫木聡、檀れい主演の「感染列島」です。この映画をご覧になっていない方に長くなりますが、この映画のあらすじをご紹介します。
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 新型インフルエンザの発見から3ケ月後の日本が舞台である映画です。ある日救急救命士の松岡(妻夫木)のもとへ、インフルエンザと思われる患者が運ばれてきます。松岡はインフルエンザとはみなさず、薬を渡して患者を帰します。しかしその翌日、同じ患者がまたしても運ばれてくることに。しかも昨日とは状況がまったく異なっていて、あらゆる処置が効果を発揮しません。患者は口からも目や鼻からも血を流して死亡してしまいました。
 同時に搬送された、患者の妻真鍋だけは助かります。医療スタッフとWHOは、「これは新型インフルエンザではないか」と疑い始めますが、すでに感染は急スピードで広まっているのでした。院内も徐々に戦場の様相を呈していくことになります。
 新型インフルエンザの広まりを食い止めるためにWHOから一人の人物が日本へ派遣されます。それは松岡の元恋人である小林(団れい)でした。小林は、「この感染症が国内に広まったら3ヶ月以内に交通網・都市機能がストップ、6ヶ月後には感染者数が数千万人になる」というショッキングな予測を知らせます。小林も加わって医療チームは懸命に対処にあたりますが、感染を食い止めることがなかなかできません。
 ついには医療スタッフにまで感染が広がり始めてしまいます。焦りと恐怖が募るスタッフですが、小林と松岡はある1つの疑問を抱きます。それは潜伏期がまったくないことと、発症から死に至るまであまりにも早いという2つの特徴でした。これらのヒントから、小林と松岡は、「新型インフルエンザではない」という仮説を立てます。「パンデミック」と名付けた謎の感染症の感染源とウィルスを突き止めるため、二人の新たな戦いが始まるのでした。
 しかしそうしているうちにも感染者の数は全国で数千万人を超える莫大な数に。それまで献身的に働いていた看護師も、夫と娘を残してこの世を去ってしまうのでした。
 松岡は違法と知りながらもウィルスの正体を突き止めるために、ウィルス研究者の鈴木に検体を渡して調査を依頼します。同時に、鳥インフルエンザの権威である仁志とともに、ウィルスの発症となった地を探し始めました。
 第一感染者である真鍋の家を訪れると、真鍋の父は海外で活躍する医師であるが行方不明で帰国時に体調が悪かったことがわかります。その地を訪れると、感染症と似た症状の患者がいて、感染地が判明します。さらに松岡と仁志は、洞窟内に潜むコウモリが感染源であることまで突き止めました。
 その頃、ウィルス研究者の鈴木も病原体の解明に成功し、ワクチンの作成が進められます。しかしワクチンの完成までは半年ほどかかり、それまで生き延びられるかが問題に。
 小林はパンデミックの患者に血清を輸血する方法を松岡に教えて遠方に旅立ちます。しかしとうとう小林もパンデミックに感染してしまいます。松岡と知り合った養鶏場の娘の夏緒も感染していましたが、松岡は第1感染者から採取した血清を夏緒に打ちます。
夏緒は奇跡的に回復し、松岡は血清が効果を出したことを確かめます。
 血清を持って小林のもとへと急ぐ松岡でしたが、小林はすでに命を落としていました。松岡はかつて小林がガンで弟を失ったことを思い出します。どれほどつらい状況でも、「明日はある」と伝えられる医師でいてほしいと、小林の弟は望んでいました。
そのことを伝えられず後悔する松岡。半年経過してようやくワクチンが完成し、パンデミックは鎮静化に向かうのでした。
(https://magazinekuchico.jp/movie/映画『感染列島』のネタバレあらすじ/)
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 この映画の中で感染した患者が病院に殺到しますが、その場面が現在武漢の病院の待合室で多くの人達が診察を待っている姿と重なります。一見するに値する映画です。日本国内で最悪数百万人の重症感染患者が発生した場合にこのような状況になると思われます。
 現在新型ウィルスがどのような広がりを見せ、どのように収束するかは誰も分かりません。このウィルスがインフルエンザのような性格を持つものであれば、夏前に収束することも考えられますが、WHOも現在判断できない状況です。また東京オリンピックも控えていますので早急な防疫対策が必要となります。特にオリンピックには世界各地から選手や観衆が集まってきます。それまでに終息宣言を出しませんと、オリンピック自体が中止になってしまします。今後の新型ウィルスの動向を注視したいところです。

2020年02月02日

#283 人口の14%?

 ここ数日天気の悪い日々が続いています。雪空ということが言えれば真冬の気候になりますが、まるで春の菜種梅雨のような暖かい雨の日が断続的に続いています。例年の一番寒いこの時期には考えられないことです。これも地球温暖化の影響でしょうか。気象専門家はダイポール現象という表現を用いていますが、冬に雪が降りませんと春以降の全国的な水不足が懸念されます。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とならないように、すべての事柄において中庸が大切です。
 さて、本日のブログタイトルの「14%」の数字から何を連想できるでしょうか。この数字は『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治著 新潮新書)の中に出てくる数字です。この本のタイトルと帯の部分に描かれた不釣り合いに”3等分”したケーキのイラストに惹かれて思わず買って一読した本の中に出てくる驚愕的な数字です。この本を読んでいらっしゃらない方に目次をご紹介します。
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第1章 「反省以前」の子どもたち
「凶暴で手に負えない少年」の真実/世の中のすべてが歪んで見えている?/面接と検査から浮かび上がってきた実態/学校で気づかれない子どもたち/褒める教育だけでは問題は解決しない/一日5分で日本が変わる

第2章 「僕はやさしい人間です」と答える殺人少年
ケーキを切れない非行少年たち/計算ができず、漢字も読めない/計画が立てられない、見通しがもてない/そもそも反省ができず、葛藤すらもてない/自分はやさしいと言う殺人少年/人を殺してみたい気持ちが消えない少年/幼児ばかり狙う性非行少年

第3章 非行少年に共通する特徴
非行少年に共通する特徴5点セット+1【/ 認知機能の弱さ 】見たり聞いたり想像する力が弱い「/不真面目な生徒」「やる気がない生徒」の背景にあるもの/想像力が弱ければ努力できない/悪いことをしても反省できない【/ 感情統制の弱さ 】感情を統制できないと認知機能も働かない/ストレス発散のために性非行/ “怒り"の背景を知らねばならない/ “怒り"は冷静な思考を止める/感情は多くの行動の動機づけである【/ 融通の利かなさ 】頭が硬いとどうなるのか?/BADS(遂行機能障害症候群の行動評価)/学校にも多い「融通の利かない子」/融通の利かなさが被害感につながる【/ 不適切な自己評価 】自分のことを知らないとどうなるのか?/なぜ自己評価が不適切になるのか【?/ 対人スキルの乏しさ 】対人スキルが弱いとどうなるのか?/嫌われないために非行に走る?/性の問題行動につながることも【/ 身体的不器用さ 】身体が不器用だったらどうなるのか?/不器用さは周りにバレる/身体的不器用さの特徴と背景

第4章 気づかれない子どもたち
子どもたちが発しているサイン/サインの「出し始め」は小学2年生から/保護者にも気づかれない/社会でも気づかれない「/クラスの下から5人」の子どもたち/病名のつかない子どもたち/非行化も懸念される子どもたち/気づかれないから警察に逮捕される

第5章 忘れられた人々
どうしてそんなことをするのか理解不能な人々/かつての「軽度知的障害」は人口の14%いた?/大人になると忘れられてしまう厄介な人々/健常人と見分けがつきにくい「/軽度」という誤解/虐待も知的なハンディが原因の場合も/本来は保護しなければならない障害者が犯罪者に/刑務所にかなりの割合でいる忘れられた人々/少年院にもいた「忘れ られた少年たち」/被害者が被害者を生む

第6章 褒める教育だけでは問題は解決しない
褒める教育で本当に改善するのか「?/この子は自尊感情が低い」という紋切り型フレーズ/教科教育以外はないがしろにされている/全ての学習の基礎となる認知機能への支援を/医療・心理分野からは救えないもの/知能検査だけではなぜダメなのか「?/知的には問題ない」が新たな障害を生む/ソーシャルスキルが身につかない訳/司法分野にないもの/欧米の受け売りでは通用しない

第7章 ではどうすれば? 1日5分で日本を変える
非行少年から学ぶ子どもの教育/共通するのは「自己への気づき」と「自己評価の向上」/やる気のない非行少年たちが劇的に変わった瞬間/子どもへの社会面、学習面、身体面の三支援/認知機能に着目した新しい治療教育/学習の土台にある認知機能をターゲットにせよ/新しいブレーキをつける方法/子どもの心を傷つけないトレーニング/朝の会の1日5分でできる/お金をかけないでもできる/脳機能と犯罪との関係/性犯罪者を治すための認知機能トレーニング/被虐待児童の治療にも/犯罪者を納税者に
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 この14%は第4章と第5章に出てくるデータで、著者は次のように説明しています。
 「現在、一般に流通している『知能生涯はIQが70未満』という定義は、実は1970年代以降のものです。1950年代の一時期、『知能指数はIQ85未満とする』とされたことがありました。IQ70~84は、現在では『境界知能』と言われている範囲に当たります。知的障害と判定される全体の16%くらいになり、あまりにも人数が多すぎる、支援現場の実態に合わない、など様々な理由から『IQ85未満』から『IQ70未満』に下げられた経緯があります。ここで気づいて欲しいことがあります。時代によって知的障害の定義が変わったとしても、事実が変わるわけではないことを。IQ70~84の子どもたち、つまり境界知能の子どもたちは、依然として存在するのです。」
 著者は長年の非行少年に対する臨床心理士として非行少年の多くに認知機能の不足を指摘しますが、この「特別な」子どもたちだけでなく、一般家庭の子どもたちのうち、14%に何らかの欠点を持った子どもが存在することを指摘しています。特にクラスの中の下位5人程度に学習障害や問題行動を起こす生徒がいることを指摘しています。またこのような子どもが学校を卒業して世の中に出ると、「忘れられた厄介な人々」になると言っています。
 確かに最近ニュース等で知られています「あおり運転」をする人物には感情を抑えられない等の「普通でない」心理状態が見られます。この14%が正しければ私たちの周囲に高い頻度で問題行動を起こす人物が存在することになります。
 今回のテーマには様々な意見のあることは承知していますが、特に教育者や子供の保護者の方々に一読して頂きたい本です。

2020年01月26日

#282 天に異変が!?

 今年度のセンター試験が本日で終了し、いよいよ来年度から大学入試共通テストが始まります。現在の高校2年生が受験することになりますが、ご存じのように文科省の方針に対して様々な異論が噴出しています。もちろん英語だけでなく、数学や国語などの教科にも採点方法や採点基準等に対して多くの懸念があり、今後の文科省の対応に注視していく必要があります。
 さて真冬の夜空の名物としてオリオン座と冬の大三角形がよく話題になりますが、この冬の大三角形を形作っているオリオン座に今異変が起こっています。冬の大三角形はおおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウスの3つの星がが形成する三角形です。このうちベテルギウスの様子がおかしいのです。天文ファンの間ではここ数年の間大きな話題となっていますが今冬になりベテルギウスの光が2等星以下に落ちているのです。普段のベテルギウスが1等星の輝きで、冬空に一際輝いていますが、昨晩見たところ、確かに光量が落ちており、大三角形の形が崩れています。
 専門家によりますと、ベテルギウスは光量を変える変光星で数10年単位で明るさを変えますが、昨今の明るさの変化は異常としか言えないほど落ちています。このことに関する記事を紹介します。

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『ベテルギウス、爆発迫る? オリオン座、減光で話題に
 冬の夜空に明るく輝くオリオン座の「ベテルギウス」が昨秋から暗くなっている。もともと明るさが変わる変光星だが、通常の範囲を外れた暗さだとの情報が出回り、寿命が尽きて超新星爆発を起こすのでは、とインターネット上で話題になった。だが専門家は否定的だ。
 オリオン座はギリシャ神話の狩人オリオンがモデルで、ベテルギウスは右肩の赤い星。質量は太陽の約20倍、約1千万年の寿命のうち9割を過ぎたとみられる。爆発すれば天の川銀河で約400年ぶりの超新星で、月ほど明るくなった後、見えなくなる可能性がある。
 確かに暗くなってはいるようだ。大西浩次長野工業高専教授によると、通常は0等から1.2等の幅で明るさが変動するが、昨年12月ごろからは従来の幅を超えるくらい暗くなったという
ただ、異常事態かどうかには疑問符が付く。国立天文台の山岡均准教授は「測定精度は観測者による差が大きい」と指摘。2003年と07年にも同程度に暗い時があったとする。何より「超新星爆発と今回の変光は無関係」と山岡さん。爆発前に星が暗くなるような現象は起きないという。「爆発間近か」「星空が寂しくなる」とあおるツイッターなどの書き込みに困惑した様子だ。
 寿命といっても「あと数日という人もいるし、数十万年くらいかも」と大西さん。気長に待つよう勧めている。
(https://news.livedoor.com/article/detail/17683197/)
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 専門家によりますと、ベテルギウスが超新星爆発を起こすかどうかは疑問とのことですが、日蝕や月蝕以外で天文の話題が人口に膾炙するのは面白いことです。小学生の頃に父に天体望遠鏡を買ってもらい、毎晩月や惑星を眺めていたことを今でも思い出します。月は比較的大きな衛星ですので、月面がはっきりと見えますが、惑星にいたっては遠距離にありますので、小さな望遠鏡ではいくら倍率を上げても、にじんだ点にしか見えません。例えば天体写真で土星の輪がはっきり見えている写真がありますが、あれは本格的な望遠鏡を使用して撮った写真であり、残念ながら私の望遠鏡ではぼんやりした楕円形しか見えませんでした。
 最近の高性能の望遠鏡ではコンピュータを連動したものがあり、星座名や惑星名を入力するだけで、その方向に自動的に望遠鏡を向けるシステムをもったものが比較的購入しやすい価格で販売されています。今後ベテルギウスが超新星爆発をいつするのか分かりませんが、たまには夜空を見上げることもよいことです。今夜あたり冬の星座を楽しんではいかがですか。

2020年01月19日

#281 オーストラリアの森林火災

 今日は3連休の最終日になります。空には雲が出ていますが朝から晴れており、現在の気温が9度と冬らしい天気になっています。
 ところで南半球は現在夏ですが、オーストラリアは大規模な森林火災で非常事態が続いています。Japan Forbes の昨日のネット記事では次のように伝えています。

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『オーストラリア森林火災で「種の絶滅」は必至、生物学者が指摘』
 オーストラリアの山火事は壊滅的な被害をもたらし、依然として衰える気配を見せていない。貴重な野生動物が数多く生息する、現地の生態系に深刻なダメージが及んでいる。
 火事でこれまで、推定10億以上の動物が命を失ったとされる。これは想像を絶する数字ではあるが、トータルの被害はさらに拡大する見通しだ。
 「5億から10億の動物が犠牲になったとの議論もあるが、哺乳類や爬虫類、両生類及び鳥類に無脊椎動物を加えた場合、死亡した個体数の合計が兆単位に達する恐れもある」と、イーストアングリア大学の生物学教授でBBCの番組司会者としても有名なベン・ギャロッドは述べた。
 「オーストラリア大陸はきわめて独特な生態系を誇り、この地域の維管束植物(シダ植物や種子植物)の85%と、哺乳動物の80%は、他の大陸では見られないものだ」と彼は続けた。
 10億以上の動物が犠牲になったとするデータは、世界自然保護基金が発表した数値を元に、シドニー大学教授のクリス・ディックマンが試算したものだ。しかし、ディックマンの試算に無脊椎動物は含まれていないという。
今回の火災は既に1800万エーカーを焼き尽くしたが、ギャロッドはその影響が数カ月から数年の間、残り続けると予測する。火災から逃げた動物も棲みかを失い、食べ物の入手に苦しむことが予想される。結果として、いくつかの種が絶滅してしまうことが確実だとギャロッドは考えている。
 「今のレベルの地球温暖化で、これほどの被害が起こるのであれば、仮に地球の平均気温が摂氏2度から3度上昇した場合、一体どのような事態になるだろう。今こそ人類は一致団結して行動を起こすべきだ」と彼は続けた。
(https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/オーストラリア森林火災で「種の絶滅」は必至、生物学者が指摘/ar-BBYRtRp)
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 オーストラリアの森林火災(bush fire)は毎年発生しますが、昨年から今年にかけて発生した森林火災は数か月続いています。森林火災の原因はオーストラリア国内に群生するユーカリプスの木です。コアラの主食として知られていますが、この木は多量の油性分を含み、特に気温の高い夏には枝が風にあおられて、その摩擦熱により簡単に発火します。また落雷により多くの火災が発生します。
 ニュース報道ではあまり知らせませんが、私がオーストラリアにいた時に、現地の人から聞いた話では、森林火災を防ぐために昔はオーストラリア先住民であるアボリジニは森林を少しずつ伐採し、適度の規模の森林火災を発生させて大規模な火災を防いでいたそうです。しかし現在では白人移住者によりアボリジニはエアーズロック近郊の保護地に追いやられ、森林を管理することをしていませんので、一旦火災が生じますと大規模なものになる傾向があります。
 私の体験では、大学の図書館で勉強していた時に、ふと窓の外に目をやると、近くの森林が燃えていました。そのように森林火災は日常的なもので、オーストラリア人にとって夏の風物詩と言えるものですが、確かに今回の大規模火災は今までで一番ひどいものとなっています。上記の記事のように生態系にも大きな影響を及ぼしますので、一刻も早い消火が望まれますが、ご存じのようにオーストラリアは乾燥気候により、夏はほとんど雨が降りません。このまま自然消火に頼るしか方法はないようです。

2020年01月13日

#280 入試シーズンが始まります

 今日は朝から快晴で日中は比較的暖かな穏やかな冬の一日でした。正月休みも本日で終わり、多くの人々は明日6日が仕事始めだと思いますが、当塾では3日が仕事始めでした。高校や大学入試を受験する受験生がいる年はたいてい1月3日から授業を開始します。1月2日から授業を始めた時もありました。今年は高校受験をする生徒がいますので、当塾はすでに授業を行っています。
 受験と言えば、中学入試がまもなく始まります。大牟田市の私立中学入試は大牟田中学校が明日6日に、明光学園中学校が7日に入試が行われます。福岡地区も前後して中学入試が行われます。
 福岡都市圏と郡部の中学入試の違いですが、都市圏では公立中学よりも私立中学を第1志望として考えている小学生が比較的に多いのですが、郡部ではやはり公立中学校を優先する傾向があり、地元の私立中学校を受験する小学生は比較的少ないようです。その理由として公立中学校の方が経済的であり、高い授業料を出してまで地元の私立中学校に子供をいかせる理由が見つからないためです。
 筑後地区では、久留米大学附設中学校は大学進学の優れた実績を残しており、入試の競争率も高く、鹿児島のラサール中学と同じレベルの難関私立中学ですが、それ以外の私立中学校はそれほど学力は高くなく、生徒募集に苦労しています。そのために大牟田地区の私立中学校や高校はスクールバスを持っており、北は久留米・柳川・八女地区までスクールバスを運用しており、南は荒尾・長洲・玉名までスクールバスを走らせています。
 私立の高校入試は月末に予定されています。ただし以前とは異なり、先願入試・前期試験・後期試験と最大3回入試を受験することができます。また定員割れを考慮して、受験する大半の生徒が合格する現実もあります。
 しかしながら、あくまでも入試です。合否は入試当日の体調にも左右されますので、やはり受験生にとって入試は1回勝負の意味合いがあります。自分の志望校に合格すべく受験生には最後まで頑張って欲しいと思います。受験生がんばれ!

2020年01月05日

# 279 令和2年が始まりました

 新年あけましておめでとうございます。令和2年(2020年)が始まりました。今年も皆様にとって良き1年でありますように、心よりお祈り申し上げます。今年は干支の始まりである子年ですので、何事も心機一転で始まる兆しがあります。
 私も初心に戻って学習塾二コラの運営を行う所存です。そのために今年は健康で毎日を過ごすことを第一義と考えています。還暦を既に過ぎた私にとって、若いころと違い、勢いでは健康を維持できませんし、また質の高いの授業を日々実践できません。健康であればこそ、積極的に様々な活動に取り組むことができます。その意味で今年も学習塾二コラは生徒たちに常に意欲的な学習機会を与え続けることができるように心がける所存です。今年も一年よろしくお願いいたします。
 次に新年にちなんで、マザーテレサの言葉をご紹介します。

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『わたしをお使いください
       ~ マザー・テレサの祈り ~』

主よ、きょう一日、
貧しい人や病んでいる人々を助けるために  
わたしの手をお望みでしたら
きょう わたしのこの手をお使いください。

主よ、きょう一日、
友を求める小さな人々を訪れるために
わたしの足をお望みでしたら
きょう わたしのこの足をお使いください。

主よ、きょう1日、
優しい言葉に飢えている人々と語り合うために
わたしの声をお望みでしたら
きょう わたしのこの声をお使いください。

主よ、きょう1日、
人というだけでどんな人々も愛するために
わたしの心をお望みでしたら
きょう わたしのこの心をお使いください。

*この聖歌をお聴きになりたい方は次のページをコピペしてください。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=8&v=c7GhyHbT3j0&feature
=emb_logo
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 このような心構えで毎日を生きている人は幸せです。一人ひとりが自分に与えられている恵みに感謝して生きることがこの世を平和に導いてくれます。個人の心の平安が世界平和へとつながります。今年2020年を平和への礎年としたいものです。

2020年01月02日

#278 今年一年をふり返って

 今年も明日で終わります。このブログ読者の皆様にとって、どのような1年だったでしょうか。国内外では台風や地震災害など数多くの自然災害が発生し、今でも仮設住宅で年を越さなければならない人が少なくありません。また事件や事故が例年以上に発生した年でした。特にあおり運転や高齢者の交通事故が目立ち、様々な道交法の改正へとつながる模様です。
 個人的に一年をふり返ってみますと、正月早々コンピュータのハードディスク(HD)が故障し、その修理依頼に12万円ほどかかり、法外の出費となりました。HDには塾の資料をはじめ多くの貴重な資料を保存していましたので、やはりHDのバックアップは必要です。HDディスクが完全に復旧したわけではなく、いくつかのデータが紛失してしまいました。影響は年末まで続き、年賀状の住所録を再度作らなければならず、今年と昨年頂いた年賀状を中心に住所録のデータを作り直しました。
 また現在非常勤講師をしています地元の明光学園で、諸般の事情により2学期から中学1年生を担当することになり、現在中1、中2、高1、高2の4学年を担当しています。塾と学校の授業の質は落とせませんので、多忙な毎日を過ごしています。
 今年一年お世話になりました。来年は子年で干支の初めでもあります。また東京オリンピックが開催されます。来年も皆様にとりまして、良い年になりますことを祈っております。

2019年12月30日

#277 Merry Christmas!

 今日はクリスマスです。キリスト教の信者だけでなく、世界中で「聖なる日」として楽しまれています。日本では、昨日のクリスマス・イブにお祭り騒ぎで楽しんでいる人が多く見られましたが、クリスマスの本当の意味を分かっている人がどれだけいるでしょうか。本日はクリスマスの日にちなんで、ドン・ボスコ社の「知ってる?クリスマス」より物語を1つ紹介します。
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フォルトナートのクリスマス
グイド・ゴッツァーノ作

 空のかなたを見つめながら、イエスが白く長い衣を着て歩いていく。やがて、イエスはその衣を脱ぎ捨てる。
 権力のもとで搾取され続ける人々、泣き叫ぶ子どもたち、
日々の生活にあえぐ人々の涙を拭うために……。

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 遠い昔のこと。フォルトナートという貧しい男が憔悴しきってうずくまっていた。すると、「なぜ、そんなに悲しい顔をしているのか」と見知らぬ男が声をかけた。
 「家にはお腹を空かせた子どもが五人。でも、私にはお金も仕事もなく、子どもたちに食べさせるものもありません。どうしたらいいのか。」
 「じゃあ、私の仕事をしてもらえないかね。明日の朝早くヒースの野原に行って、枯れたヒースを鎌で刈ってほしい。」
 フォルトナートは、あすはクリスマス、一年のうちでいちばん大事な日に朝から仕事なんてと考えたが、そのとき、空腹で待つ子どもたちの泣き声が聞こえたような気がした。
 「おっしゃるとおりにします。子どもたちと神さまのために。」
 「よろしい。それでは明日の夕方に賃金を払おう。」
 そう言って、男は姿を消した。
 翌朝、フォルトナートは半信半疑のうちに鎌を取り、野原に行って枯れたヒースを刈り始めた。遠くから教会の鐘の音が聞こえた。
 「ああ、神さま、こんな日にミサにも行かず働くことをゆるしてください。」
彼は祈りながら仕事を続けた。ヒースの束は山のようになっていった。
やがて太陽が地平線に沈むころ、彼は鎌を置き、石の上に腰掛けた。突然ヒースの束が燃え始めた。火は、どんどん広がった。彼は火を消そうと必死になったが、あっという間にすべてが灰になってしまった。
「ああ、一日の働きがすべて無駄になってしまった。ご降誕の聖なる日を汚した天罰だ。私は間違っていた。ご降誕の日を大切にしなかった。」
そのとき、「失望してはいけない。」という声が聞こえ、フォルトナートが振り向くと、昨日の男が立っていた。
 「心配するな。あなたの仕事に十分な支払いをしよう。家に帰ると驚くものが待っている。受け取ったものを大事にしてほしい。そしてこれからあなたを訪れる不幸な人たちに門を閉ざさないように。」
 フォルトナートが急いで戻ると、彼の家は壮麗な城になっていた。子どもたちがうれしそうに彼を迎え、中には豪華なクリスマスの食卓が用意されていた。その日から、フォルトナートの生活は一変した。畑を買い、財産を増やしていった。
 初めのうち、彼は恩人との約束を忠実に守った。彼を訪れる人には慰めの言葉やお金を惜しむことなく分け与えた。ところが、彼は次第に約束を忘れ、いつの間にか周囲にはへつらう者が集まり、彼自身も傲慢になっていった。
 クリスマスがやってきた。彼はその日、盛大な宴会を開いて町中の金持ちや有力者を招待した。宴会が始まると一人のみすぼらしい老人がやって来て、「どうかこの哀れな者を助けてください。」と哀願した。召し使いたちが彼を追い返そうとしていると、その様子を見たフォルトナートが「大切なクリスマスの宴会だ。彼を一歩も中へ入れるな。」と怒り狂って叫んだ。老人は首を振りながら立ち去っていった。
 しばらくすると、四頭立ての馬車に乗って、立派な身なりの人物がやってきた。急いで迎えに出たフォルトナートが「どうぞお入りください。」と言うと、その人は「ありがとう。しかし、私はあなたの家には入らない。つい先ほどこの家を訪ねたとき、あなたは私を追い返したから。あなたは一年前に話したことをもう忘れてしまったのか。たった一年間の豊かな生活が、あんなに敬虔だったあなたを、このような傲慢な人間にしてしまったのか。」と言って去っていった。
 気がつくと壮麗な城も、召し使いも、パーティーのごちそうも、すべて消えていた。クリスマスの夜、貧しい家の中ではお腹を空かせた子どもたちが泣いている。しかし、すべてを失ったと思ったフォルトナートの心の奥底から、熱いものがよみがえってきた。彼は決心した、「ほんとうの救いの道を歩こう」と。

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 無我夢中で働き、昇進を果たし、成功を得たと思ったそのとき、ある種のほろ苦さを覚えることがある。衣を脱ぎ捨てたイエスの真意がわかるようになった今、痛みを伴いながら遅すぎる回心を始める……。

(注)回心 キリスト教で、過去の罪や不信の態度を悔い改め、神の道に心を向けること。
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 クリスマスイブの大騒ぎも結構ですが、クリスマスの日にはその意義を考えながら一日過ごすことも大切です。年末になると多くの児童養護施設に匿名で様々な贈り物が届けられます。これもイエス様の意にかなう行為です。世の中のすべての子どもたちに、ささやかな愛と幸せが与えられますように。Merry Christmas!

2019年12月25日

#276 師走の都大路

 今年も残すところ10日となりました。今日は朝から雨が降り続いており、寒い年の瀬となっています。また今日は冬至で、昼間の時間が一年で最も短い日です。
 さて本日、恒例の全国高校駅伝が女子は午前中に、男子は午後に行われました。女子は福岡県代表の筑紫女学園が3位となり、男子は福岡県代表の自由が丘が8位、県代表選考では敗れましたが北九州代表として出場した地元の大牟田高校が18位となり福岡県勢の頑張りが目立ちました。特に大牟田高校は全国優勝5回、準優勝9回、3位2回の実績を持つ高校です。全国優勝を通して斜陽の街を活気づけてきた学校でもあります。
 元々九州は長距離競技が強く、どの県も優勝を狙える実績を持った高校がたくさんあります。多くの強豪が存在する中で、大牟田高校の優勝実績は評価に値するものです。残念ながら最近は優勝から遠ざかっていますが、また古豪の復活を遂げてもらいたいものです。
 年末年始にかけて様々な高校のスポーツが行われます。サッカー、ラグビー、春高バレー、バスケのウィンターカップなど人気のスポーツが行われます。私は中学校の時に軟式テニス部に入っていましたが、練習の厳しさにおいては野球部に比肩するほどでした。今では真夏には適宜水分を補給するなど体調面を気遣いますが、当時の部活動では練習中の給水は禁じられており、練習が終わるとすぐに水道がある場所まで走って、水をごく飲みしたものです。また冬時にはフットワークを鍛えるために動物園のある延命公園まで走って行き、ダッシュや腕立て伏せ、うさぎ跳びと、今では信じられないような鍛錬をしていました。今では懐かしい思い出となっています。
 今日行われた駅伝でも、正選手として全員が出場できるわけではなく、補欠や裏方に回って活動する生徒が多くいます。当然校内での競争に勝ち残らなければ正選手になれないのですが、強豪校になればなるほど厳しい競争が待っています。多くの学校が早朝練習や合宿などで体を鍛え自分の記録を伸ばそうとしますが、誰でも順調に記録が伸びるわけではありません。故障や体調不良などで記録が伸びず、正選手になれずに部活動を引退する生徒の方が圧倒的に多いのです。しかし彼らや彼女たちにとって夢中で練習に打ち込むことができた日々は何物にも代えがたい宝物となっています。苦しい練習に耐えたことが、その後の人生に大きな自信となることでしょう。
 サミュエル・ウルマンの「青春」の詩にあるように、「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時初めて老いる。」ということが言えそうです。年齢に関係なく、いつまでも理想を追い続ける人が若者であり、「青春」を謳歌していると言えます。

2019年12月22日

#275 赤ちゃんポストの功罪

 時間の経つのは速いもので、今年も残り半月ほどになりました。今年も様々な事件や出来事が発生しましたが、あまりにも多くて先月起こったことさえも想起するのに苦労します。
 さて、「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)のことをお聴きになったことがあるでしょう。熊本市にある慈恵病院が事情により育てられない乳児を受け入れる制度です。この制度に対して様々な意見があり、特に生まれた子供に肉親を知らせるかどうかで、かなりの議論があったことを思い出します。この慈恵病院の取り組みについて時事ドットコムに次のような記事がありましたので紹介します。

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『内密出産、進まぬ法整備 子の「知る権利」担保に課題

 ―赤ちゃんポストの病院・熊本』
 乳幼児を匿名で預かる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を運営する慈恵病院(熊本市)が、妊婦が匿名のまま病院で出産できる「内密出産」の受け入れを始めてから1週間。導入の背景には、経済的な困窮などで育てられない母親が、1人で産み落とす孤立出産が相次ぐ現状がある。病院は独自に子どもの出自を知る権利を担保する方針だが、専門家は「民間任せでは不安が残る」として、法整備の必要性を訴える。
 「出産後、自分でへその緒をハサミで切る事例もあった」。2017年9月、ゆりかごの運用を検証する熊本市の専門部会は報告書で、孤立出産の危険性を指摘した。出自を知る権利にも言及し、国に内密出産制度の検討を促した。
 内密出産は、ドイツでは14年に法制化された。母親は出産時に身元を記した書類に封をして行政機関に預け、匿名で出産。子は養子として育てられ、16歳になると書類を見る権利を得る。実母が閲覧を拒否した場合、家庭裁判所が判断する。
 慈恵病院は17年12月、ドイツをモデルとした制度の導入検討を公表し、市と協議を重ねてきた。市は「自治体や民間病院で解決できる課題ではない」として国に法整備検討を要望。厚生労働省は18、19年度事業でドイツなど諸外国の事例を調査・研究中だ。今回、病院は職員1人が親の身元を保管し、子は一定の年齢に達すると出自を知ることができる仕組みで導入に踏み切った。
 これに対し、奈良大の床谷文雄教授(民法)は「母親のプライバシーと子の知る権利という利害対立への対応が保障されていない。本来は行政が担うべきだ」と指摘。市は「出自を知る権利をどう担保するかは社会的な合意が必要だ」とする。
 戸籍など法的手続きも不透明だ。親の身元が分からない「棄児」の戸籍は、首長が名付け親になり単独で編製される。法務局は「無戸籍になることは想定されない」との見解を示し、内密出産の場合も踏襲されるとみられるが、市は対応を明らかにしていない。
 蓮田健副院長は「母子の安全が最優先。事例を重ねないと法整備は進まない」と話す。厚労省母子保健課は「諸外国や国内の現状把握に努めている」とし、自治体に対応を委ねる方針。大西一史市長は「現行法における課題の有無を確認する」とコメントしている。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019121400330&g=soc&utm_source=
top&utm_medium=topics&utm_campaign=edit)
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 慈恵病院の蓮田病院長の講演を聞いたことがあります。蓮田氏は子どもの命の大切さを思い、多くの批判を承知の上で「赤ちゃんポスト」を始めた経緯を述べていました。確かに生まれてくる命を親の一存で消すことはできません。この国では毎年数10万人の命が「中絶」の名目で殺されています。隠れて行われている中絶を含めると、実数はこの数倍に上るかもしれません。
 慈恵病院の取り組みを考える上で、もう一度「命」とは何かを考えることが大切です。生まれてくる子は生まれたい意志を持ってこの世に誕生します。出産する女性は伴侶と共に子供の幸せを常に考えるものです。愛=性欲ではありません。
 10日後には世界で最も祝福された嬰児の生誕祭が行われます。その事を意識せずにクリスマスを祝い、楽しむ人たちが世界中に溢れます。私たちはもう一度「命の大切さ」を考えるときに来ているのではないでしょうか。

2019年12月15日

#274 無言の帰国

 昨日故中村哲医師のご家族がご遺体に悲しみの対面をなさいました。空港には棺を担ぐ大統領の姿も見え、国を代表してご遺族に追悼の言葉をかけていました。本日の午後にご遺体は日本に戻る予定となっています。読売新聞から次の記事を紹介します。
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中村さんのひつぎ、先頭で担いだ大統領「全てのアフガン人が勇敢な男と記憶する」
 アフガニスタン東部で殺害された民間活動団体(NGO)「ペシャワール会」現地代表で医師の中村哲さん(73)の遺体は7日、妻の尚子さん(66)と長女・秋子さん(39)らとともに、アフガンから帰国の途についた。
 出国に先立ち、アフガン政府が首都カブールの空港で見送りのセレモニーを開いた。アフガン国旗に覆われた中村さんのひつぎをガニ大統領が先頭に立って担ぎ、飛行機に向けて運んだ。ガニ氏はあいさつで、井戸や農業用水路の整備に取り組み復興に尽力した功績をたたえ、「全てのアフガン人は、彼をアフガンの勇敢な男として記憶する」と述べた。
 尚子さんらは6日、大統領府でガニ氏と面会した。秋子さんは「(父に)良くしていただいて、ありがとうございました」と述べ、アフガンの人々へ謝意を示したという。
 ペシャワール会によると、中村さんの遺体は9日に出身地・福岡に着き、11日に告別式が行われる。
(https://www.yomiuri.co.jp/national/20191207-OYT1T50249/)
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 また西日本新聞によりますと、中村哲さんに日本政府と地元当局は事前に「危険」を伝達していたそうです。

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アフガニスタン東部で福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」現地代表の医師中村哲さん(73)が殺害された事件で、日本の外務省が中村さんに対し、危険が迫っているとして注意を呼び掛けていたことが7日、分かった。地元当局は約1年前から危険情報をつかみ、事件直前に中村さんに襲撃計画の情報を伝えていた。中村さんも警戒態勢を強めていたものの、犯行グループが用意周到に襲撃を実行した可能性が高まっている。
 複数の政府関係者によると、外務省は直接、中村さんに対して危険が迫っている旨の情報を伝えていたという。外務省幹部は「中村さんとは接触して『危ないです』と伝えていた。(事件に遭ったのは)非常に残念だ」と話した。
 一方、事件が起きたナンガルハル州の当局者は、約1年前に情報機関から中村さんの身に危険が迫っているとの情報が州当局に伝えられ、内務省がボディーガードを派遣して護衛に当たらせていたという。同州のメヤヘイル知事は、情報機関からは約1カ月前にも注意喚起があり、事件前日の3日に中村さん本人に襲撃の恐れがあると伝えた、としている。
 中村さんは4日、同州ジャララバードで、車で移動中に武装した男らに襲われた。銃撃した武装集団は6、7人で、車2台を使ったとの情報があり、地元警察が当時の状況を調べている。
(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/566300/)
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 中村医師はそれに怯むこともなく自分の夢をアフガンの土地に咲かせ続けたのでしょう。彼の意志は永遠にアフガンの地に残るでしょうが、只々残念の一言です。
 国内だけでなく、海外からも中村医師の死を悼む声が多く届いています。このブログでは現地の人々の声をいくつかご紹介します。(出典:「パンドラの憂鬱」)

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■ ナカムラ医師が用水路を作ってくれたおかげで、
  アフガンの砂漠に緑が誕生したんだ。
  他にも様々な施設を作ってくれた。
  地獄を天国に変える術を知っている、偉大な男だった。
 
■ 彼ほどアフガンのために動いてくれた人はいなかったね。

■ 日本の皆さん、ナカムラ医師を守れなくてごめんなさい。
  全てのアフガニスタン人が悲嘆に暮れています。

■ 最近はクナール川の水を地元の人たちが利用出来るように、
  灌漑工事をやってくれようとしてたんだよね。
  本当に犯人が憎くて仕方がない。

■ 祖国を愛するアフガニスタン人の中で、
  彼の命を奪おうと思う人間なんているはずがない……。
  これはアフガンの混乱を求める人間の犯行に違いない。

■ ナカムラ医師はアフガンに緑をもたらし、
  政府の人間はアフガンに荒廃をもたらした。

■ 日本国民とナカムラ医師のご家族に謝罪したい気持ちでいっぱいだ。
  彼の安全のためにもっと警備を強化するべきだったんだ。

■ アフガニスタンのサムライが旅立ってしまった。
  怒りと悲しみで本当にやりきれないよ。

■ 彼はアフガニスタンに天国を作ってくれたんだ。
  彼の御霊が還る場所もまた、天国に違いない……。 

■ 世界の片隅を灯し続けた人生だった。
  そして全てをアフガンに捧げてくれたんだ。
  ああっ、なんて偉大な人なんだろうか。

■ ナカムラ医師がアフガンに遺してくれたものは数多くある。
  難しい地域に平和な暮らしを与えてくれた事もその1つ!

■ アフガン人なら今まで彼が何をしてきたのかみんな知ってるはず。
  それなのに守れなかったことは痛恨の極みだ。

■ ナカムラ医師は砂漠に楽園を作り出してくれた。
  ただただ地元の人たちの幸福を願って……。
(http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-3280.html)
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 上記のサイトでは中村医師に捧げる言葉がまだまだ続きます。中村医師が緑地化したアフガンの写真も掲載されていますので、興味のある方はサイトをご覧ください。
 さらに
 中村医師だけでなく世界の片隅で活躍されている名も知らない日本人がたくさんいます。使命感からそのような活動をされているのでしょうが、彼らの上に安全と幸福がありますように、心から祈ります。

2019年12月08日

#273 中村哲医師逝く

 昨日悲報が突然届きました。長きにわたりアフガニスタンで国民のために活動されていた中村哲医師が殺害されました。犯人はまだ捕まっていませんが、このニュースは現地や日本だけでなく、世界中に伝えられました。ただ無念としか言いようもありません。中村医師は福岡県出身で、地元の西日本新聞では年に数回中村医師の活動を伝える記事が掲載されていました。またNHKなどの番組で中村医師の近況を伝えるニュースも時々流れていました。同じ県民として誇らしく思えたものです。
 本日は中村医師の生前の声を「文春オンライン」から引用します。
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【追悼】中村哲医師
「ペシャワールに赴任したきっかけは、原始のモンシロチョウを見たから」
 12月4日、アフガニスタンで医療や人道支援に尽力していた「ペシャワール会」代表で医師の中村哲さんが、現地で何者かに銃撃されて亡くなった。享年73歳、志半ばでの悲報だった。
 追悼のため、中村さんの歩みを記した「週刊文春」2016年9月1日号の記事を再編集の上、公開する。なお、記事中の年齢や日付、肩書き等は掲載時のものです。
◆ ◆ ◆
 私が子供の頃に暮らしていた福岡県若松市(現・北九州市)は、父と母の双方が生まれ育った土地でした。若松は遠賀川(おんががわ)の河口にあって、石炭の積み出しで栄えた町です。母方の祖父である玉井金五郎は、港湾労働者を取り仕切る玉井組の組長。父親は戦前、その下請けとして中村組を立ち上げ、戦後は沈没船のサルベージなどを生業(なりわい)にしていました。
 ちなみに、玉井組の二代目は作家の火野葦平です。彼は私の伯父にあたる人でしてね。彼が一族の歴史を描いた小説『花と龍』は、小学生の頃に映画化もされました。私は玉井家の実家にいることが多かったので、文筆業で一家を支えていた和服姿の伯父の姿をよく覚えています。

 アフガニスタン東部のジャララバードを拠点に、国際貢献活動を行う医師の中村哲さんは1946年生まれ。港湾労働者を組織した一族の中で、多くの人たちが出入りする家に育った。

自宅には借金取りがしょっちゅう来た
 生活の中心だった玉井の家は大きな邸宅でした。普段から労働者や流れ者風の男たちが行き交い、子供がうじゃうじゃといました。例えば私が兄だと思っていた兄弟が、よくよく聞いてみると従兄弟(いとこ)だった、なんてことも珍しくない。三世代、四世代が入り乱れて住んでいましたね。
 若松の家にいたのは、ほんの数年のことでした。私が6歳のとき、福岡市の近くの古賀町(現・古賀市)に引っ越したからです。後に聞いた話では、中村組の従業員が沈没船引き上げの際に亡くなる事故があったそうです。父は保証人倒れも重なり事業に失敗し、空き家になっていた昔の家に戻った。私はそこで大学を卒業するまで過ごしました。
 古賀町の家は瓦屋根の平屋で、中庭に鯉の泳ぐ池がありました。津屋崎(つやざき)の海岸から運ばせたという庭石が置かれ、事業に失敗して極貧に落ちた、という感じが全くないのは不思議でしたね。とはいえ、借金取りはしょっちゅう来て、強面(こわもて)の男たちが、家具に白墨で差し押さえの金額を書いていく。勉強机にも金額が書かれ、子供心に不安になったのを覚えています。
 ところが、酒豪の両親は心配するより酒でも飲もうと言うばかり。結局、親がクヨクヨしていなければ、子供もクヨクヨしないもので、どこにも悲壮感はありませんでした。
 しばらくして、父は家を二階建てに増築し、借金を返すために旅館業を始めました。「ひかり荘」という旅館の名前は、伯父が付けてくれたものです。部屋は15ほどあり、建設業関係の客が多かったです。土木工事が近くであると、何か月も部屋を借りて出勤するわけです。考えてみれば、私はアフガンで用水路づくりの土木工事をしているので、いまもそうした人たちに囲まれて働いている。何とも不思議な気がします。

宴会客のドンチャン騒ぎから避難して近所の姉の家で受験勉強をしていた
 ただ、子供の頃はそれでも良かったのですが、高校時代は辟易(へきえき)とすることもありました。私の狭い部屋は壁ひとつ向こうが宴会場で、試験の前日でも夜遅くまでドンチャン騒ぎが続くんですよ。
 当時の労働者には命からがら戦地から復員してきた世代が多く、彼らは酔うと盛大に軍歌をうたい始める。手や茶碗を叩き、踊り、大いに羽目を外すものですから、大学受験の時は近所に嫁いだ姉の家に机を置かせてもらい、勉強をしていました。

 一浪の後、九州大学の医学部に入学。1973年に卒業してからは、佐賀県にある国立肥前療養所(現・肥前精神医療センター)の精神神経科にまず勤務した。

 子供の頃、私は虫や蝶の観察が好きだったので、本当は農学部の昆虫学科に行ってファーブル先生のような生活をするのが夢でした。しかし、固い父親からすれば、昆虫学といってもただの遊びにしか聞こえなかったでしょう。
 医学部に進んだのは、医師になりたいと言えばその父の許しが得られると思ったからでした。その頃、ちょうど地方の無医地区の問題がクローズアップされていましてね。自分は医師になって日本国のために尽くしたい。そう言えば表向きは立派です。それでも昆虫学者の夢が諦めきれなければ、後から農学部に転部すればいいと考えたわけです。
 しかし実際に医学部に入ると、国立大学とはいえ高価な医学書を何冊も買わなければなりません。それを父が借金をして買ってくれるのを見ているうち、転部の気持ちはなくなっていきました。親から受けた義理、恩を立てないと親不孝になる。そう思い、医学部を出ようとはっきり心に決めたんです。
 最初、神経科に入ったのは、人間の精神現象に興味があったからです。実は高校の頃の私は極度のあがり症で、教師に当てられただけで汗がわっと吹き出し顔が赤くなる。女性が前に座っていると自然に振る舞えなくなり、固まって動けなくなるくらいでした。そのことでずいぶん悩み、それで哲学の世界を齧(かじ)り始め、読書に没頭していった過去のいきさつもありました。

 一人暮らしを始めたのは、そうして国立肥前療養所に勤務するようになってからです。病院は佐賀の山中にあり、周辺には空き家の百姓家が多かった。そのうちの一軒を借りていました。家は人が住まないと傷むということで、家賃はなし。食事は病院で食べていたので、帰ってきて寝るだけの場所でしたけれど。
 あの頃はうつ病や統合失調症の患者の話を、とにかく聞き続ける日々。カウンセリングでは相手の世界をそのまま受け入れ、会話するのが鉄則です。相手に寄り添うようにして、ただただその人の気持ちを理解しようと努める。
 その経験から私は多くを学んだと感じています。後にアフガニスタンで文化も風習も異なる人たちと接する際、大切なのは彼らの生きる世界を受け入れ、自分の価値観を押し付けないことです。単に違いであるものに対して、勝手に白黒をつけてしまうことが様々な問題を生む。そう考える癖がつきました。

 中村さんが初めてパキスタンを訪れたのは1978年。以前から趣味の登山で付き合いのあった福岡登高会から、ヒンズークシュ山脈への登山に医師としての同行を依頼された。それがきっかけで同地に縁ができ、福岡県大牟田(おおむた)市の労災病院などに勤務した後、日本キリスト教海外医療協力会からペシャワル赴任の打診を受ける。

 福岡登高会からの依頼は、二つ返事で応じました。登山の期間中、医師はベースキャンプに何か月も滞在します。そのあいだに自然の観察ができるのが魅力だったからです。
 ヒンズークシュ山脈周辺はモンシロチョウの原産地と言われ、はるか氷河期の遺物とされるパルナシウスという蝶も生息しています。あの高山に本当にモンシロチョウが居るのかを、自分の目で確かめてみたかった。実際にベースキャンプでは充分に蝶の観察ができました。だから、現地赴任を打診された時も、もともと好きな地域だったので心惹かれるものがあったんです。

 結婚したのも同じ頃です。家内は当時勤務していた病院の看護師でした。

 1984年、前年にロンドンのリバプールで医療活動の準備をした後、ペシャワルのミッション病院へ妻と幼い子供を連れて赴任した。同時に彼の活動を日本から支援する「ペシャワール会」も設立された。

 同地での仕事はハンセン病の治療を行い、その根絶のプロジェクトを進めることです。ですが、私が赴任を決めた背景には、医療の他にもう一つの理由がありました。
 実はその2年前に父が亡くなったんです。父が生きていたら、私は老いた両親を残したままペシャワルに行こうとは考えなかったはずです。昔の親父というのは恐ろしい存在で、生きているうちは自分に自由がないような気持ちがするんですね。だから、あの厳しかった父が死んだとき、寂しいという気持ちは当然ありつつも、それにも増して「これで俺は自由になった」という思いを抱いたのです。人生における重しが消え、これからは自分の思い通りの人生を歩んでいくことになる。そんな思いが私をペシャワルへと押しやったのでしょう。

 さて、私たちが暮らしたのは、ミッション病院の敷地内にある邸宅でした。場所はダブガリという旧市街。以前は英国軍の宿舎や兵舎があった英国支配の本拠地で、病棟は兵舎を改築した建物でした。敷地内にムガール王朝時代の廟もある歴史ある街です。

家族と住んだ大きなイギリス軍将校の元宿舎
 私たちの家も以前は将校のためのもので、600坪ほどの敷地が壁に囲まれた英国風のレンガ造りの建物でした。建坪は200坪くらい。浴室も複数。部屋にはカーペットを敷き詰め、畳に見立てていました。ちなみに英国の影響を受けているパキスタン人は平気で土足で上がってくる。一方でアフガン人は日本人に似ていて、玄関でしっかり靴を脱ぐという文化の違いがある。なので、パキスタン人の来客の際、靴を脱いでもらうのに苦労した思い出があります。
 家族5人、私たちは広さだけはあるその家で、小さく生活していたということになります。大変なのはイギリス風の庭園で、雨がほとんど降らない土地柄ですから、水やりをしなければ芝生も花壇の花もすぐに枯れてしまう。これは自分たちでは維持ができず、病院が雇ってくれた庭師に手入れを頼みました。あと、洋式トイレにはいまもなじめませんですね。
 80年代はアフガン難民の支援のために、欧米各国の援助団体が増えた時期です。そのため、アメリカが出資したインターナショナルスクールがあり、私たちも子供を通わせました。妙な言い方ですが、当時のペシャワルは国際的な援助で活気があったんです。

 ミッション病院でハンセン病の治療を続けながら、中村さんの活動は徐々に広がりを見せていく。86年からは新たな支援団体を設立し、難民キャンプでの活動も開始。無医地区での診療や診療所建設に尽力した。活動が大きな節目を迎えるのは2000年のことだ。

 私の活動がハンセン病の治療に留まらなかったのは、現地ではハンセン病だけを見る診療所が成り立たないからです。ハンセン病の多い地域は、結核やマラリア、腸チフス、デング熱、あらゆる感染症の巣窟です。マラリアで死にかけている患者に、ここは科が違うから帰ってくれとは言えない。あらゆる疾患を診察するようになる中で、ミッション病院を出て独自の活動が始まったわけです。そうして診療所を建てる活動を通して、アフガンの人々との付き合いを深めていった。
 赴任から15年後、ハンセン病については国際的にコントロール達成宣言が出されました。その後、一斉に援助が引き上げられていきましたが、一方、アフガンでの感染症の患者は増え続けていました。そこで日本側からの援助が続く限り患者を診(み)続けようと、現地に活動の拠点となる新たな病院を設立したのです。
 そのタイミングで起きたのが、2000年の大旱魃(かんばつ)でした。当時、WHOが発表した被害は、国民の半分以上が被災し、飢餓線上にある者が400万人、餓死線上が100万人という凄まじいもので、そのとき現地で飢え、死んでいった犠牲者のほとんどは子供でした。水がないために作物が実らず、汚い水を飲むので赤痢や腸チフスにかかる。飢えと渇きは薬では治せません。抗生物質や立派な薬をどれだけ与えても命が救えない状況に、私は医師として虚しさを覚えました。そして医療活動の延長として開始したのが、診療所の周りの枯れた井戸の再生でした。

「家」と呼べるようなものはないに等しい
 3年後、中村さんは「百の診療所よりも一本の用水路」を掛け声に、大河川から水を引く灌漑用水路の整備事業も始める。現在、10年以上かけて完成した水路の全長は27キロメートル。3500ヘクタールを潤す。周辺地域の取水設備も手掛け、2020年までに計1万6500ヘクタール、65万人の農民に水を行き渡らせる計画を進めている。

 いま、私はアフガン人スタッフや時々来る日本人有志とともに、現地の宿舎で暮らしています。ガードを含めると15人ほどの共同生活です。家族はミッション病院を出る際、家内の実家である大牟田に戻りました。
 我々のようにアフガニスタンで活動する国際団体は、お金持ちの別荘のような建物を借り受けて、そこを宿舎や事務所にするのが一般的です。私たちも同様で、ジャララバードの宿舎では一室を私専用の部屋にしてもらっています。六畳くらいの部屋に机が一つ、ベッドが一つ。それだけの部屋です。夜は電気がないため、10時くらいまではソーラーパネルで明かりを付けて消灯。日中は用水路工事の現場にいることが多いですね。
 そのようなわけで、家族と離れてからの私には、「家」と呼べるようなものはないに等しいのですが、ただ唯一のこだわりが風呂です。アフガンには湯船に浸かる習慣がありません。しかし、1日が終わって「ああ、良い湯だな」という瞬間だけは欲しい。そこでイスラマバードのバザールで風呂桶を探し、宿舎のシャワー室に設置しました。これが現地での唯一の贅沢です。
 長年の紛争で疲弊したアフガニスタンでの工事には、時間と忍耐が必要です。最初はシャベルとツルハシしかありませんでしたが、土地の人々の故郷に戻りたいという気持ちに支えられながら、工事を進めてきました。
 この事業を続けていると、水の力のすごさが分かります。旱魃以後、多くの村が土漠と化し、全村が難民化した村もありました。しかし、あるとき用水路が完成すると、噂を聞いたもとの村人が数週間後には現れ、しばらくして荒れた村にテントが並び始める。いずれ村長が帰村し、畑の境界線や村の秩序が以前の状態に復元されるのです。
 そのような村々の様子を見ていると、私はときおり郷愁に誘われることがあります。
 用水路が完成した流域には、緑が文字通りに戻ってきます。水路にはドジョウやフナが泳ぎ、鳥がやってくる。そして、あの稲作の様子や四季の移ろい……。それが日本の何でもない昔の農村風景に非常によく似ている。
 彼らの社会は8割が農民ですから、田植えや稲刈りの季節になれば、それこそ村が総出で農事を手伝う。農業を中心とした共同体の中で、お年寄りが大切にされているのも、生まれ育った若松市や古賀町を思い出させます。
 そして土木作業を行うスタッフと暮らしていると、あの玉井家や実家での日々が胸に甦ってくるのです。その意味で私にとって、アフガニスタンは懐かしい場所でもあるのかもしれません。
(稲泉 連/週刊文春 2016年9月1日号)
(https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/【追悼】中村哲医師「ペシャワールに赴任したきっかけは、原始のモンシロチョウを見たから」/ar-BBXMlGo)
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ノーベル平和賞の候補者に挙がっていた中村医師の生涯はまさに修行僧のような生き方でした。医療の延長として現地で一番必要なものが「水」でした。用水路を数10キロ作ることで砂漠だった地域が緑豊かな耕作地へと変わっていきました。まさに奇跡としか言いようがありません。中村医師の御霊に心より祈りたいと思います。

2019年12月05日

# 272 人生の贈り物

季節の花がこれほど美しいことに 歳を取るまで少しも気づかなかった
美しく老いていくことが、どれ程に
難しいかということさえ気づかなかった
もしも もう一度だけ若さをくれると言われても
おそらく私はそっと断るだろう
若き日のときめきや迷いをもう一度繰り返すなんて
それはもう望むものではない
それが人生の秘密 
それが人生の贈り物

季節の花や人の命の短さに 歳を取るまで少しも気づかなかった
人は憎み、諍い、そして傷つけて 
いつか許し愛し合う日が来るのだろう
そして言葉も要らない友になっていゆくのだろう
迷った分だけ深く慈しみ 
並んで座って沈む夕日を一緒に眺めてくれる友がいれば 
他に望むものはない
それが人生の秘密 
それが人生の贈り物

季節の花がこれほど美しいことに 歳を取るまで少しも気づかなかった
私の人生の花が散ってしまう頃 やっと花は私の心に咲いた
並んで座って沈む夕日を一緒に眺めてくれる友がいれば
他に何も望むものはない
並んで座って沈む夕日を一緒に眺めてくれる友がいれば
他に何も望むものはない
他に何も望むものはない
それが人生の秘密 
それが人生の贈り物
(さだまさし ♪人生の贈り物~他に望むものはない)

 本日は12月1日、今日から師走です。暦の上では冬の季節が始まります。今年も暖冬傾向だと気象庁は予想していますが、さてどのような冬を迎えることでしょうか。
 さて、人生はよく四季に例えられます。青春、朱夏、白秋、そして玄冬という呼び名で呼ばれています。この季節は年齢区分によって異なりますが、作家の五木寛之は次のように区分しているようです。

青春:誕生~25歳頃まで
朱夏:25歳頃~60歳頃まで
白秋:60歳頃~75歳頃まで
玄冬:75歳頃~

 本日のブログの冒頭で「人生の贈り物」を紹介しましたが、この歌はさだまさし氏が老境に入る心境を謳っています。よく言われることですが、若者には体力や気力が漲っていますが、金がない。中年時代は金はありますが、仕事で忙しく余暇や金に使う時間がない。高齢者はある程度貯えがあり、時間が有り余っていますが、気力・体力が追い付かない。
 このように「人生の贈り物」は、各時期において何か欠けているもの(お金、時間、若さ)を暗示しているように思えます。それを求めるために私たちは日々あくせくして勉強し、仕事をしているような気がします。それぞれの時期に手に入らないものや失うものを必死で求めているのです。よい例が「アンチ・エイジング」と言われる老いに逆らう美容術でしょう。歳を取ればいつしか体が置いていくものです。それに抗ってアンチ・エイジングを施しても、私たちの肉体はいつしか枯れていきます。
 人生は短く、儚く、それぞれの時期が過ぎ去って初めて、その時期がいかに大事だったか心から分かるものです。若者は勉学の大切が分からず、刹那的な誘惑に惹かれます。中年時代はやがて忍び寄る老いを意識せずに仕事に忙殺され、自分の人生に本当に必要なものに気づきません。そして老年になって人生をふり返るときに、いかに自分が人生の神髄に気づかず、歳を取って初めて人生の寄り道をしてきたことに気づき、後悔の念に打ちひしがれます。 さだまさし氏は、さりげなく人生の秘密、人生の贈り物を謳っています。何度も味わいたい詩です。冬の季節を迎え、このようなことを感じた次第です。

追伸:この歌はYouTubeで聴けますが、残念ながら、さだまさし本人の歌声は聴けないようです。代わりに岩崎宏美が歌っています。
(https://www.youtube.com/watch?v=qfhdmX-Ccpw)

2019年12月01日

#271 ローマ教皇来日

 今日は台風崩れの低気圧のせいで朝から本降りの雨が降り続いています。昨日から日本に滞在しているローマ教皇は今日午前中に長崎で降り注ぐ雨の中で平和メッセージを述べています。その内容をNHKニュース・ウェブから引用します。
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『ローマ教皇 長崎でスピーチ 核兵器の非人道性を強く非難』
 ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は長崎市の爆心地公園でスピーチを行い、「この場所は私たち人間がどれだけひどい苦痛と悲しみをもたらすかを深く認識させる」と述べて、核兵器の非人道性を強く非難しました。そのうえで「核兵器や大量破壊兵器を持つことは平和や安定につながらずむしろさまたげになる」と述べて核兵器のない世界の実現に向けて各国政府をはじめ、全ての人が一致団結して取り組むことを呼びかけました。
 ローマ教皇として38年ぶりに日本に滞在しているフランシスコ教皇は24日朝、長崎市の爆心地公園を訪れました。雨が降りしきる会場では、レインコートを着て待ち受けていた参加者が見守るなか、フランシスコ教皇は、平和の記念碑の前で深々と頭をたれて献花し、犠牲者に黙とうをささげました。
 このあとスピーチを行ったフランシスコ教皇は「この場所は私たち人間がどれだけひどい苦痛と悲しみをもたらすかを深く認識させる」と述べて核兵器の非人道性を強く非難しました。
 そして「核兵器や大量破壊兵器を持つことは平和や安定につながらずむしろさまたげになる」と指摘し、核兵器を持つことが安全保障につながるという考えは、恐怖と相互不信に基づく誤った認識だとして批判しました。
 そして、核兵器禁止条約を含め核兵器と軍備の削減に向けて各国に引き続き働きかけていく考えを示しました。さらに武器の製造や開発に多額の費用が費やされるのは「途方もないテロ行為」だとしたうえで、貴重な財源は貧困対策や自然環境の保護にこそ使われるべきだとしています。
 そのうえで、フランシスコ教皇は「新しい兵器の技術開発が進む中でわたしたちは多国間主義の衰退が事態を深刻化させているのを目の当たりにしている」と述べ国家間の相互不信の広がりが、兵器を規制する国際的な取り組みを崩壊させかねず、食い止める必要があると訴えています。
 そして「核兵器から解放された平和な世界こそが、数え切れない全ての人が強く求めるものだ」と述べ、核兵器のない世界の実現に向けて核の保有国、非保有国をとわず各国政府をはじめ、全ての人が一致団結して取り組むことを呼びかけました。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191124/k10012189181000.html?
utm_int=detail_contents_news-related_002)
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 また、「焼き場に立つ少年」の写真を撮った従軍カメラマン、オダネル氏の息子と会話を交わしたそうです。その内容を同じNHKのニュースから引用します。
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『ローマ教皇「焼き場に立つ少年」の写真家の家族にあいさつ』
 ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は、長崎市の爆心地公園でスピーチを行ったあと、原爆が落とされたあとの長崎で「焼き場に立つ少年」の写真を撮影した、アメリカ軍の従軍カメラマン、ジョー・オダネル氏の息子と会話を交わしました。

〇焼き場に立つ少年とは〇
「焼き場に立つ少年」は、アメリカ軍の従軍カメラマンだった、ジョー・オダネル氏が、原爆投下後の長崎で撮影したとしている写真です。この写真には、目を閉じた幼い子を背負いながら、唇をかみしめて直立不動で立ち、まっすぐ前を見つめる10歳ぐらいの少年の姿が写されています。
 オダネル氏は、すでに亡くなった弟を背負った少年を写したものだとし、このあと少年が見つめる中で弟は屋外で火葬されたと伝えています。オダネル氏が長崎や広島など日本各地を回り、私用のカメラで撮影したフィルムは、アメリカに帰国したあとも悲惨な記憶とともにトランクの中にしまわれていました。
 しかし、オダネル氏は過去と向き合うことを決意し、帰国から40年余りが経過した1989年にトランクを開き、翌1990年には地元・テネシー州で原爆の悲惨さを訴える写真展を開催。アメリカ国内では反発を招いたものの、その後、日本各地でも写真展が開催され、平成19年、2007年には長崎市にある長崎県美術館で「焼き場に立つ少年」が特別公開されました。
 長崎市に寄贈された「焼き場に立つ少年」は、いまも長崎市の原爆資料館に展示され、戦争の悲惨さを訴え続けています。そして、おととし、平成29年の年末、フランシスコ教皇がこの写真に、みずからの署名と「戦争がもたらすもの」というメッセージを添えて、教会関係者に配布するよう指示したことから再び注目を集めました。
 カードの裏には、教皇のメッセージとともに「この少年は血がにじむほど唇をかみしめて、やり場のない悲しみをあらわしています」という説明も添えられました。
 一方、オダネル氏みずからも来日し、長崎市で少年の行方を探したほか、長崎平和推進協会の写真資料調査部会なども調査を続けていますが、この少年は誰なのか、また撮影された場所はどこなのか、特定には至っていません。

〇撮影者の息子「誇りに思います」〇
「焼き場に立つ少年」の写真を撮影した、ジョー・オダネル氏の息子のタイグ・オダネル氏(50)は「フランシスコ教皇に父親が使っていたメダルを見せると、スペイン語で『ありがとう。あなたと父親に祝福を』とおっしゃった。父親が撮影した『焼き場に立つ少年』の写真がきょう、爆心地に掲げられていたことを誇りに思います。世界中の人がこの写真を見て、『長崎の悲惨な経験を繰り返してはならない』と思いを寄せた瞬間になったのではないかと思う」と話していました。
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191124/k10012189231000.html?
utm_int=news_contents_news-main_001)
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 38年ぶりのローマ教皇は信者13億人の頂点に立つ方ですが、今回の日本訪問の際に核兵器の廃棄について強く訴えています。果たして人類はこの愚かな兵器を廃棄することができるでしょうか。古代から現在まで争うが絶えない人類は様々な兵器を創造して敵を殲滅しようとしてきました。これはすべて相手に対する恐怖と不信感の表れです。個人も社会も敵対する相手に対して共存するのではなく、相手よりも常に優位に立つために、様々な計略を立てて相手を蹴落とそうと策略を巡らせます。
 最終兵器と言われる核兵器を使う日が来るか分かりませんが、世界中に不信や疑惑が満ちている状態が続けば、遅からず「審判の日」が来ることになるかもしれません。これを避けるために、私たち一人ひとりが他者に対して友好に接し、思いやりを持って相手に接する姿勢をもつ必要があります。共存社会や民主国家は個人から成り立っています。人の醜い心が自然破壊や国家間の対立を引き起こします。戦争への道を止まらせるのは私たち一人ひとりの心の在り方だと思います。

2019年11月24日

#270 いのちスケッチ

 11月も下旬となり、街中に晩秋の装いを漂わせています。空気が澄んでいるせいか、夕焼けがきれいな日々が続いています。
 さて11月15日より大牟田市を舞台にした映画「いのちスケッチ」が全国で上映されています。(福岡県内では11月8日に先行上映されています。)昨日は授業変更により夜の時間が空きましたので、早速映画館まで足を運んで鑑賞しました。
 映画を見るのは好きですが、なかなか映画館まで足を運んでみる機会はあまりありません。理由の1つにアクション映画などの娯楽映画は毎月たくさん上映されますが、名作と言われるような作品があまりないと思えるからです。また映画館で鑑賞するには少なくとも往復時間を含め3時間以上の自由時間がないと不可能です。私の場合平日夜の時間は塾の授業がありますのでまず不可能です。日曜日などの休日には買い物や所用で福岡まで行きますので、かなり時間を調整しない限り、休日に映画を見に行くことはまずありません。
 さて、現在上映中の「いのちスケッチ」は地元びいきやお世辞抜きに見る価値があると思います。脚本が素晴らしく、若者の挫折や、親子関係、高齢者の認知症など現代社会の問題点を素直に描いています。また動物を通して「命」の大切さを見事に描いています。
 さらに現在、大牟田市動物園が取り組んでいる高齢の動物への取り組みを作品中にみごとに描いています。一例として大牟田市動物園では園内の動物に対して麻酔なしの血液検査を行っており、これは世界的にも珍しい検査方法だそうです。その検査方法が成功するまでをライオンをモデルにして描いています。
 この映画では大牟田市動物園を「延命動物園」の名称で紹介していますが、この名前は架空のものではなく、実際大牟田市民は延命動物園と呼んでいます。と言いますのは、この動物園がある地区を延命寺町と呼んでおり、中学校の統廃合で無くなりましたが、数年前まで動物園の隣に延命中学校がありました。その跡地は現在動物園の駐車場になっています。動物園には当塾から徒歩で5分ほどで行けますので、私は時々散歩ついでに坂道を登って動物園の前を通りますが、この坂道も映画に登場します。
 大牟田が映画の舞台になっていますので、映画の中で登場人物の背景に浮かび上がる様々な景色や通りの場所を確認しながら楽しみました。大牟田駅のホーム、大蛇山の夏祭り風景、有明海の夕暮れの干潟、そしてラストシーンに登場する白川病院近くの堂面川の桜並木など、大牟田市民にとって日常生活に溶け込んでいる風景が何気なく登場します。
 かつての炭都のイメージはなく、大牟田の現在の田舎町の風景が作品中に出てきます。また以前大牟田市動物園を閉園することが話し合われた時期がありましたが、その状況もさりげなく描かれています。
 「いのちスケッチ」は田舎町での出来事をただ描いているのではなく、大牟田を通して同じような状況にある全国の地方都市を描いていると思います。一見する価値ある映画です。

2019年11月17日

#269 割り箸の衝撃的事実?

 朝夕はかなり気温が下がり、洗顔する水も冷たく感じる頃になりました。今週末には寒波が来るそうなので、本格的な冬支度が始まります。今年も秋は急速に深まり短期間で終わりそうです。
 さて、昨日友人が中国製造の割りばしについてSNSで連絡してきましたので、本日はその衝撃的な内容を抜粋してご紹介します。

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『中国割り箸製造工場の恐ろしい実態!割り箸使用は本当に危ない』
 日本人が年間使っているわりばしの量。なんと軽く260億本を超えるそうです。1日あたりにすると7,100万本が消費されているんですね。確かに仕事や外出先での外食の多くはわりばしを使ってますね。なかなか日本では大きく取り扱われませんが、そのわりばしで恐ろしい健康被害の恐れがあることが分かりました。
 以前に話題になったことがありますが、割り箸を金魚鉢にいれたら7日後には金魚が死んでしまったそうです。本来、あんなきれいな白いクリーンな木のわりばしなど存在せず、製造の過程で漂白剤、防カビ剤が大量に含まれています。
 中国の有名俳優ホアン・ボー氏がレストランで仰天体験したSNS投稿です。彼がわりばしをきれいにしようと店員から水をもらってつけていたら、なんと水が黄色に変色し、変な匂いがしたというショッキングな出来事を紹介したものです。有名人の投稿だけに直ぐに125,000近くが転送投稿され中国では波紋を呼びました。
 実際にわりばしの毒性について研究したレポートがあります。東京都健康安全研究センターの研究レポートで、わりばしに含有しているクロロエタノールの含有調査によると、わりばしや竹串などの竹製品を鶏などの食品に刺すと期間にもよるが3~24%が食品に移行することが確認できたそうです。
 防腐剤に含まれるエタノール(ここでいうクロロエタノール)は、農薬などにも使われ、神経系統、肝臓などに影響を及ぼすことが知られていて国際的な危険有害分類基準では区分1「発がんのおそれ」に分類されているそうです。日本ではこうした中国わりばしの使用量が9割以上です。
 大部分のわりばしは中国の貧しい小さな村で超低賃金で大量生産をしているのが現状です。竹製品の村工場が並ぶ合肥市の製造現場では教育を受けていない労働者が不衛生な環境で製造をしているそうです。
 市の役員は「工場で働くものはみんなきちんとした教育を受けていないですよ。」「ほとんどのわりばしはすぐカビてしまいます。だから、工場で防腐剤と漂白剤を使ってるんです。」と言っています。教育を受けていない工場で働くものがきちんと定められた薬品量で製造しているのかまでは誰も分かりません。

<割り箸の毒性に制限がなくなる中国政府のずさんな管理>
 薬品量の管理はすべて村の工場任せという恐ろしい現実。問題は、中国の定める基準で製造がされているか当局から厳格な取り締まりがあるわけではなく、実質政府は見て見ぬふりをしているのが現状のようです。
 こうしたわりばしを作る工場の多くの地域では製造の認可すら取っていないので、実際に製品元を探し当てることは難しく、製造自体が工場任せになっているのが現状とのこと。(!! これは恐ろしい事実・・)
 中国国際食品包装協会のDong Jinshi氏は「政府には厳密な品質検査を担当するところなんてないですね。たとえば北京のダシン区にはわりばし工場が7、8あって、製造から箱詰めまで全てやっています。
 出荷後にいろいろな販売業者を通していくから、出荷したら工場のオーナーですらどのわりばしが自分の工場のものかなんて分からないんです。」と述べています。
 こんな状況でしたら、ただでさえ有害物質が含まれているのに多くの工場がきちんと適量を使って製造しているとは考えにくいですよね。
 もしかしたら日本人は大量に使っているわりばしからの有毒摂取量によってかなり健康を害している可能性が高いです。日本人が好きなラーメンやうどん、そば、お味噌汁など汁物でわりばしを使っていますが、水分を吸収したわりばしを毎度口に運んでいる行為はそのまま大量の漂白剤、防カビ剤を口に運んでいるのと同じことということになる訳です。
(ほんとうに恐ろしい…。)
(https://blog.goo.ne.jp/1shig/e/3f3c4ea9ae47631a3506d75dd571ba57?fbclid= IwAR0LGGhgPHAIzEOiaK861n9XXOZd5zKPLb1mPmYGV9qual-zPsz8k7pXaxg)
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 上記の記事がフェイクでないとすれば、私たちは汚染された割り箸を日常的に使用していることになります。特にレストランや食堂などで割り箸を使ってうどんやラーメンなど汁物を食べる場合は十分注意しなけらばなりません。
 やはり「My箸」を用いて自分の健康を守るしかないようです。以前の割り箸は国内で伐採された木材の残りで、使用できない木端を割り箸の材料にしていました。しかし今では価格が安いことで、中国産など海外製品を多くの店が使用しているのでしょう。汚染物質は放射性物質と同様に見た目では分かりませんので、自分の健康は自分で守る必要があります。

2019年11月10日

#268 創立5年目を迎えました

 朝から強い北風が吹いていますが、すっかり秋らしい日になりました。北国では今週末に雪の予報が出されており、すでに晩秋といった方が相応しいかもしれません。温暖化の影響でしょうか秋の期間がますます短くなっているようです。
 さて今日11月4日は当塾の創立記念日に当たります。2015年の今日開塾しましたので、創立5年目を迎えることになります。創立当時に在籍した生徒たちはすでに卒塾しました。在籍期間は生徒個人により異なりますが、1年から3年半と様々です。高校や大学に入学しても、引き続き当塾で勉強を続ける生徒もいます。
 当塾は現在、原則として個別対応の授業を行っていますので、受け入れ可能な生徒数が少なく、入塾を希望する方には次年度まで待って頂く場合もあります。当塾は特に宣伝しているわけではありません。すべて口コミで評判を聞いて来ていただいていますので毎年塾生で満たされるのは有難いことです。
 当塾の運営はすべて自己資金で賄っていますので、あとどのくらい続けられるか分かりませんが、創立10周年までは何とか続けたいと思います。その後は資金の続く限り、体力の続く限り続けようと現在は考えています。実際、当塾を運営するのに部屋の賃貸料、コピー機のリース代、電気・光熱費、書籍購入費等を含め毎月15万円ほどかかります。これらの経費は現在勤めています明光学園の非常勤講師の毎月の給料を全部つぎ込み、足らない分は自分の貯金から補っています。
 このような塾の運営方法がいつまで続くか分かりませんが、少なくとも現在在籍している生徒が全員無事に卒業するまでは続けていく所存です。
 それでは学習塾二コラをこれからもよろしくお願いいたします。

2019年11月04日

#267 大学入試 英語民間試験採用断念!

 今日は11月3日、文化の日です。皇居では文化勲章の親授式が行われました。また全国で叙勲された方々が4113人いらっしゃるそうです。それぞれの分野で長年一途に取り組んだことが評価の対象となったのでしょう。
 さて金曜日に大きなニュースが飛び込んできました。文部科学省が2020年度の大学入試で英語の民間試験の採用を抜本的に見直すことを公言しました。この件を受けて全国の高校で大きな混乱が起きています。特に新しい入試に向けて時間をかけて取り組んできた高校からは強い不満や非難の声が上がっています。また民間の検定試験会場から遠いところに住んでいる高校生からは安堵の声が上がっています。
 教育界において、これほど世間を騒がせた案件はないと思います。この民間試験採用の件がいかにずさんな政策だったことは明白です。私はこの問題について以前よりこのブログで批判してきましたが、中途半端な状態で新しい試験制度を実施して大混乱を生じさせることよりも、遅まきながら英語民間試験活用の導入見送りを表明したことは賢明だったと思います。
 かなり長くなりますが、立教大学名誉教授である鳥飼久美子氏のNHKで放送された「視点・論点」(10/16放送)を引用して、再度この問題点を明らかにしたいと思います。

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「大学入学共通テスト 英語民間試験導入を考える」(視点・論点)
 立教大学 名誉教授 鳥飼 玖美子

 今日は、2020年から始まる「大学入学共通テストへの英語民間試験の導入」について、どういう制度なのか、何が問題なのかを説明します。
 「大学入学共通テスト」というのは、これまで行われてきた「大学入試センター試験」いわゆる「センター入試」を廃止した後に始まる、新しい「共通テスト」です。
 国立大学を目指すなら必ず受験しなければなりませんし、私立大学も多く参加していて、毎年50万人以上が受験します。
 その「共通テスト」の英語科目では、大学入試センターの試験に加えて、民間事業者による試験も受けなければなりません。高校2年生は、7種類ある民間試験のどれかを選んで申し込みをします。高校3年生になってからの4月から12月までの間に二回受けられることになっていて、そのスコアが民間試験事業者から、大学入試センターの「大学入試英語成績提供システム」に送られ、それが、大学に送られることになります。
 民間試験のスコアをどのように活用するかは大学が決めるので、国立大学でも「出願要件にする」とか「合否判定には使わない」、もしくは「民間試験のスコアを加点する」などマチマチです。活用を決めかねている大学もありますし、肝心の民間試験で未だに日程や会場を公表していない事業者も複数あるので、高校現場は混乱しています。
 英語に民間試験を導入することになったのは、「読む・聞く・書く・話すの4技能」を測定することが理由です。これまでのセンター入試は「読む・聞く」の「2つの技能」なので、「話す力」「書く力」も測るのに民間試験を使うとなりました。2020年から3年間は、大学入試センターが作る英語試験と民間試験の二本立てで、2024年度以降は民間試験だけにするかどうか決まっていません。
 初の共通テストは2021年1月実施ですが、英語民間試験は2020年のうちに受けなければなりません。
 英語民間試験はすでに多くの大学で活用されていますが、共通テストとして50万人以上が受けるとなれば、規模や運営が全く違ってきます。ところが、そのような認識がなかったのか、制度設計に構造的な欠陥があります。具体的に7点ほど挙げてみます。
 まず、大学入試センターの「共通テスト」でありながら、民間の英語試験だけは、実施する事業者の運営に任せています。そして入試センターの英語試験と違って、民間試験は学習指導要領にもとづいた出題ではありませんし、出題内容を公表しません。
 次に、認定された民間試験は7種類あって、それぞれ目的や試験の内容、難易度、試験方法、受検料、実施回数などが違います。
 3番目の問題は、「格差」です。
 これまでは、大学入試センターに検定料を払って、志望大学に受験料を払うだけでしたが、今後は、別に民間試験の受検料が必要です。受検料は事業者によって違い、一回6000円くらいから2万数千円かかります。
 高校生は誰もが、最低でも2回、できたら何度も受けて練習したいと考えるでしょうが、保護者の経済的負担は大きくなります。結果として裕福な家庭では何度も民間試験を受けさせ、対策講座に通わせてスコアをあげることが可能になり、余裕のない家庭の受験生との経済格差が大きくなります。
経済的に苦しい家庭なので、国立大学を希望していたけれど、英語民間試験の出費を考えると大学進学を諦めるしかない、という高校生もいます。
 また、全国に試験会場がまんべんなく用意されるわけではないので、地域によっては遠方まで出かけて受検しなければなりません。交通費や宿泊費がかかって、地域格差が受験生を直撃します。
 加えて、障害のある受検生に対して、これまでのセンター入試のようなキメ細かい配慮が民間試験では準備されていません。「障害者差別解消法」違反の疑いも指摘されています。
 4番目の問題は、「採点の公正性」です。50万人もの解答を短期間に、誰がどう採点するのか。スピーキング・テストの採点は海外で行う、でも場所は「アジアを含めた世界のどこか」、としか明らかにしていない事業者もあります。どのような資格を持った人が採点するのかを公表していない民間試験もあるので、公正性や透明性が問題となっています。
 5番目の課題は、「出題や採点のミス、機器トラブル」です。
複数の民間試験がパソコンやタブレットを使う予定ですので、機器トラブルや、音声データを聞いても誰の声か分からない、雑音が入っていて採点できない、などの事故が一定の割合で発生することは避けられません。
 大学入試では、何重にもチェックしますが、それでも出題や採点のミスやトラブルが発生することがあります。その都度、大学は対応策を公表します。
ところが、民間試験でそのような事態が起きても公表するかどうか分かりません。文科省の見解は、「民間事業者等の採点ミスについて、大学入試センターや大学が責任を負うことは基本的には想定されません」というものです。
出題や採点、危機管理で、大学入試センターほどの厳密な運営を実現するのは経費も手間も並大抵ではありません。民間事業者に一任で良いのでしょうか。
 6番目の問題は、「利益相反」の疑いです。
民間試験の中には、問題集などの対策本を販売している事業者があります。担当部署が違ったとしても、同じ事業者が、共通テストの一環である英語試験を実施しながら、対策指導で収益を上げるのは、道義的な責任が問われないのでしょうか。
 高校を試験会場には使わないと明言していたのに、最近になって方針を変えた民間事業者もあります。受験生が通う高校を会場にして、その高校の先生たちが試験監督をすることに問題はないのでしょうか。
 最後に、根本的な問題があります。高校は大学入試を無視できないので、高校英語教育は民間試験対策に変質します。授業をつぶして模擬試験を受けさせる高校もすでに出ています。民間試験は学習指導要領に従うことを義務付けられてはいないのですから、民間試験対策に追われることは公教育の破綻につながります。かつては、受験勉強が高校教育をゆがめていると批判されましたが、民間試験対策が高校教育をゆがめることになります。
 「英語を話せるようにしたい」という願いは理解できます。でも、「話す」ことは、状況や相手によって違ってきます。文化的な要素も影響します。「話すこと」は複雑なので、正確に測るのは極めて難しいのです。高校までの基礎力を土台に、大学入学後に時間をかけて指導する方が効果は上がります。
 そもそも「スピーキング・テスト」では、「話す力」の何を測るのでしょうか。文法の正確さを測るのか、発音の良し悪しをみるのか、ともかくよどみなくしゃべれば良いのか、採点基準によって点数は違ってきますし、採点者によって評価はばらつきます。それを避けるために「採点しやすさ」を目指す出題にすると、本来のコミュニケーション能力を評価することにはなりません。「話す力」を入学選抜に使うのは無理があると分かります。
 センター入試は「2つの技能しか測っていない」からダメだとされましたが、実際は、学習指導要領に準拠して、コミュニケーションという視点から、かなり工夫を凝らして、「総合的」な英語力を測定していました。「4技能」は別々に測定する必要はなく、互いに関連しているので、総合的に考えるべきものです。
 受験生を犠牲にすることなく、公正・公平な選抜試験を実施するにはどうしたら良いのか、大学入試は何をどう測るべきなのか、そもそも「コミュニケーション能力」とは何か、などを教育的観点に立ち返って議論できたらと願っています。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/414086.html
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 文科省が現在の英語教育を改革しようとしたこと自体は間違いないのですが、改革案を実施しようとした結果、不平等が生じる事態が生じることを深く考えなかったのでしょう。今後の善処を強く望みたいと思います。
 また、新しい共通テストにおいて、国語の採点方法にも問題点が残っており、バイトを使用して採点を行い事の是非が問われています。すみやかな是正を望みます。

2019年11月03日

#266 令和の時代と自然災害

 10月22日に即位礼正殿の儀が執り行われ、国内外に向けて今上陛下の宣明が発せられました。この儀式のために世界中の多くの賓客が招待され、荘厳かつ厳粛な式典が挙行されました。私もテレビでその一部始終を見ていましたが、200近い国家元首、王族などVIPが日本に集まりました。東洋の片隅の国に世界中の代表者が集うのは尋常ではありません。普段私たちは意識しませんが、いかに日本という国が世界から認められているかを改めて認識する機会となりました。その模様をNHKのNEW・WEBから引用します。
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即位礼正殿の儀
 ことし5月の皇位継承に伴って、新たに即位した天皇陛下が即位を内外に宣言される「即位礼正殿(そくいれいせいでん)の儀」が皇居・宮殿で行われました。天皇陛下は「国民の幸せと世界の平和を常に願い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います」と述べられました。
 「即位礼正殿の儀」は国事行為として行われる「即位の礼」の中心となる儀式で、天皇陛下は皇居・宮殿の「松の間」で皇后さまとともに臨まれました。
 儀式には秋篠宮ご夫妻をはじめ、11人の皇族方が参列されたほか、外国の元首や王族、それに内閣総理大臣など三権の長や各界の代表など、およそ2000人が参列しました。
 21日夜から降り続く雨のため、中庭に整列する予定だった古式ゆかしい装束の職員は人数を減らして屋内に配置されました。
 天皇陛下は平安時代から儀式での天皇の装束とされる「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」に身を包んで「松の間」に入り、正面中央に置かれた高さ6メートル50センチ近くある「高御座(たかみくら)」の台座にのぼられました。
 続いて十二単(じゅうにひとえ)を着た皇后さまが「高御座」と並んで置かれた高さ5メートル50センチほどの「御帳台(みちょうだい)」にのぼられました。
 午後1時12分、侍従と女官によって、「高御座」と「御帳台」のとばりが開けられると両陛下が姿を見せられました。そして天皇陛下が即位を内外に宣言するおことばを述べられました。
 この中で天皇陛下は「国民の幸せと世界の平和を常に願い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います。国民の叡智とたゆみない努力によって、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与することを切に希望いたします」と述べられました。
 続いて安倍総理大臣が天皇陛下の前で「寿詞(よごと)」というお祝いの言葉を述べました。そして安倍総理大臣の発声で参列者が万歳を三唱し、これに合わせて皇居外苑の北の丸公園で自衛隊が21発の礼砲を打ち鳴らしました。
 このあと「高御座」と「御帳台」のとばりが閉じられ、両陛下が「松の間」から退出されて、儀式はおよそ30分で終わりました。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/japans-emperor6/articles/
articles_ceremony_02.html
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 日本は国の内外に令和の時代を宣言しましたが、令和が始まりわずか半年のあまりの間に大きな災害が続いています。平成の時代は大地震を始めとする大災害が多発しました。そして令和の時代になり水害や台風被害を始めとする災害が多くの地域で発生しています。以前ブログ#264でもお伝えましたが、特に関東や東北地方では洪水が発生し、多くの人命が失われました。以前では考えられないほどのものすごい雨量が短時間で降り、そのために多くの河川が氾濫して周囲の町や村が水没する事態を招いています。
 これは平成の時代にはあまり見られなかった災害です。平成は地震や火山災害が多く発生しました「火の時代」が、令和は「水の時代」になるかもしれません。耐震や免振構造など地震対策は多くの住宅でなされていますが、洪水や浸水対策は地震に比べて防災意識が低いないのではないかと危惧します。地震と同じように水災害では電気・水道などインフラが被害を受け、地震災害と同等かそれ以上に長期間にわたり生活に影響を与えます。
 また地震ではそれほど影響を受けなかった